『BNB1-5 再録本』より お試し版 -02.
※注意※
この本は、BNBというパラレルのシリーズの第1−5弾再録本のうちの第1弾です。
BNB6以降を復帰後に発行しているため、既に公開している「BNB1-5 あらすじ」の要約前本文になります
尚、この再録本はオンデマ印刷のため在庫は極めて流動的です。
ご了承下さい。
また、メインは海城(=作中表記はセトジョー)ですが、BNB4以降はバクラ受を含みます。(このお試し版では一切なし)
それぞれのカプが恋愛的に錯綜することは一切ありません。
完全に独立・並存しているWカプですが、苦手な方はご遠慮下さい。
※BNB1-5のあらすじを読めば分かる細々とした注意事項はここに羅列してません、多すぎて… ごめんなさい…
あと、本田と御伽の偽者率がパネェので、ご注意下さい・・・
↓よろしければ、スクロールをしてどうぞ。
■Blue Night BLUE. (BNB-01)
02 出会いの刻
出会いは今から約二年前、ミレニアム連邦の首都であり、ムトー公国の中央都市にもあたる通称王都のドミノポリスで開かれた式典だった。
『……。』
その当時、ジョーノはもう王都に住んで三年だ。十二歳のときにユーギにその手を取らせてもらってから、様々な教育と訓練をこの地で受けさせてもらっていた。
基本的に人間側には魔物に対する一般的なルールがあり、その最も根本にあるものは『危害を加えられない限り魔物を狩らない』ということだ。要するに無益な殺傷はしないということであるが、ある程度の自衛の魔力を人間も備えたとはいえ、好き好んで人間が魔物を狩る理由はあまりない。これはむしろ魔物に対する牽制であり、人間を殺生すれば自衛ではなく攻撃の魔力を備えた特別な人間がその魔物を殺すぞという、至極単純な理論だ。
そして、これは当然ながら混血にも当てはめられる。人間としての過失で誰かを死なせても裁判で死刑になることはあまりないが、魔力を、特に暴走させてしまって人死にが出れば、既に『混血』ではなく『魔物』として扱われ、狩りの対象になるのだ。
ジョーノは南西の山間の田舎の村で育ったが、ハーフである母親が比較的魔力も引き継いでいなかったため、他の混血と変わらぬ生活を送っていた。だがやがてジョーノには母親をはるかに凌ぐ魔力を持ち、それは真紅眼の黒龍の最も得意とする炎という現象で具現化する。
父は魔力など無縁に近い人間で、母親もただジョーノの力に魔物の血が怯えるだけだったらしい。その頃のジョーノは突然冷たくなった両親を振り向かせたくて、しばしば泣いて暴れていた。するとそれは子供の癇癪では収まらず、ボヤ騒ぎどころではない炎が暴走し始めていたのだ。
やがて、その村にはかなり魔力の強い混血児がいるらしいという噂が立ち、いわゆるならず者の集団が勧誘の為に押し寄せるようになった。魔物と血が混じることで得た魔力を、犯罪に使う人間も多くいたのである。そういった集団にとって、強い魔力を持った子供は育て上げれば戦力として申し分なく、また親も疎んでいることが多いので厄介払いで金までもらえるならばと売り飛ばされることもよくあった。だがそういった集団が誤算だったのは、ジョーノの力が少し強いといった程度の魔力ではなかったことである。
結局のところ、父親が売り飛ばそうとしたならず者を見て、怯えたジョーノが力を暴走させて撃退してしまう。これに味をしめた父親は、ジョーノを売ると持ちかけてはジョーノを怖がらせてならず者を追い払って金だけせしめるということを繰り返していた。だがジョーノが力を使えば使うほど、人々はジョーノから離れ、怖がられていったのだ。
そしてユーギが来るきっかけになったのは、何度もジョーノの父親に金を騙し取られたならず者の集団のいくつかが、一致団結して村を襲撃を計画したことだ。その時点で既にジョーノを攫うというより仕返しが目的だったのだろうが、当然真っ先に抹殺の対象となったジョーノは、その恐怖で村全体を焼き尽くして収まらないほどの力を暴走させる。事前に情報を得ていたユーギは、自らの力に怯える同い年の少年をなんとか助けたいと切願していた。
ジョーノの炎による直接の死人が出ていなかったことが幸いし、ジョーノはかなりの暴走を繰り返していたにも関わらず、有害な魔物として処分されることだけは免れた。そして、どうせもうこの村には居場所も何も残っていないということでユーギと共に中央まで出てきたジョーノは、そこでまずは魔術の訓練学校というものに入れられる。
そこでジョーノが初めて知ったのは、子供が大きな魔力を持って生まれた場合、大抵の親は持て余してしまうものだという現実だった。更にそういった子供がならず者に売られたりすることも横行しており、それに歯止めをかけるために王都に作られたのがその学校だったのだ。そこでは親に捨てられずとも、生まれ持った魔力をなんとか制御して生かしたいと志す者が学んでいた。中にはジョーノのように親に見捨てられた者もおり、そういった子供は担当の役人が出向いて保護するということもこの学校の重要な目的だった。その担当者ではなく、連邦の王としても一流の魔術師としても名高いユーギがわざわざジョーノを保護に行ったのは、それだけジョーノの力が強大だったからである。同じ子供からは蔑まれ、大人からは怯えられた魔力の強い子供は、大抵の場合魔力をコントロールできずに瞬間的に膨大なエネルギーを発する。そのため真紅眼の黒龍の再来とまで言われていたジョーノに、ユーギは純粋な興味と、わずかな同情、そしてなにより大きな親愛を抱いて必ず無事に連れ出すと兄であるユウギに誓って、ジョーノを保護するために向かっていたらしい。
『……。』
その話を随分経ってからユウギに聞いたとき、自らの危険も省みずにあの業火の中自分の手を取りに来てくれたユーギに、ジョーノは一生の忠義を新たにした。
学校で魔力の勉強はしたものの、あまり細かい芸当の出来ないジョーノは早々に魔術師としての道は諦める。だがその血はジョーノの身体能力にも多大な影響を与えていたようで、ジョーノは剣の方でその才能を開花させた。鍛錬を重ねるごとに強くなっていくジョーノは、そのことがまた影響与えたのか魔力の収斂にも長けていくようになった。
そして十五を迎える前に魔術師ではなく騎士としての称号を得て、ジョーノは王宮の警護を担当するようになった。とは言ってもユーギやユウギと仲がいいことは周知であったので、この二人のうちのどちらかが遠征する際の身辺警護と参戦をこなす生活を繰り返していたときに、不意にユーギが言ったのだ。
『……授任式があるからって』
珍しいから出てみるかいと軽く尋ねた授任式とは、いずれかの公爵家の当主が代わった際に、形式的に連邦の首長が授任するだけの式典のことだ。どこまで本当か分からないが、四百年前の伝承に寄れば、初代のムトー公爵が、七つの神具、つまり千年宝物を六人に授けたということになっている。よって、その由来に基づき、それぞれの公爵家の当主が代わった際に、ムトー家の当主が千年宝物を授けるという儀式が今でも行なわれているのだ。
もちろん千年宝物はとっくにそれぞれの公爵家に託しているし、扱えない者が家督を継いだ場合本物を持たせれば不慮の事故ということも起こりうるので、通常はレプリカを使用する。つまるところ、本当にただのセレモニーにしかすぎないのだが、今回は珍しいことがあるので見に来ないかとジョーノは誘われた。
『……。』
旧来千年宝物を授けるのはムトー家の当主であり連邦の首長なので同一人物であったが、ムトー家の領地が広がるに従ってその二つの役職が別の人物に委ねられるようになり、伝統的に連邦の首長の方が授任式で千年宝物を手渡すことになっている。今回その渡す相手というのが、先頃空位だった当主の後見人とやらが反逆を企てた挙句、内部からじわじわと放逐されたらしいカイバ公国の公爵家だったのだ。
同い年にして、後見人であった血の繋がらない義父を薙ぎ倒したという噂のカイバ公爵家の新しい当主に、ジョーノは確かに興味はあった。しかもカイバ家では珍しく、授けられている神具、千年錫杖を使いこなせる人物であるらしいのだ。
『……。』
慣例として、千年宝物を使いこなせる者が家督を継いだ場合、授任式は少し遅らせてでも契約した魔物を召喚してみせるということになっていた。よって、今回はその若きカイバ公が魔物を王の前で召喚させてみせるのだ。ジョーノが王都に来たときにはイシュタール家の当主はとっくに当主として活躍していたので、この授任式というのはもちろん初めての経験だった。ユーギたちの警護をしていて何度か召喚された魔物は見たことがあったが、そのどれもがさほど強いものを召喚していなかったこともあり、純粋に興味があった。
『……それが』
つまり、ジョーノがこの式典で最も楽しみにしていたのは、若きカイバ公爵が召喚するらしいという魔物だったのだ。
だが、まどろっこしい儀式などどうでもいいのでさっさと召喚のデモンストレーションに移って欲しいと思っていたはずのジョーノの目を釘付けにしたのは、式の始まりと同時にゆっくりと歩いて入ってきた若き当主そのものだった。
『……。』
同い年の十五歳とは聞いていたが、若きカイバ公はもう少し年上に見えた。それはその落ち着き払った容貌と、かなりの高めの身長からだということは分かっていたが、それよりもなによりも纏った空気があまりに違っていたのである。
凛とした表情と伸ばした背筋で物怖じするでもなく足を進めた若きカイバ公は、透けるような白い肌と青い瞳がとても印象的だった。王を前にしても決して媚びるでもなく、臆することもなく、ただ悠然とその場に立つカイバ公を、ジョーノはムトー公爵として列席していたユウギの後ろで護衛という場所から呆然と見上げる。
静まり返った式典会場で、歩みを止めたカイバ公に唯一動いたのは王であるユーギだ。
『……これを、貴殿に』
『……。』
そう言って差し出したのは、レプリカの千年錫杖である。それを片膝をついて表面上は恭しく受け取った若きカイバ公は、そのまますぐに脇に控えていた者にそのレプリカは渡す。そして何事もなかったかのように腰に差していた本物の千年錫杖を手にする。
『これからも、我が連邦と貴公国に尽くせ。千年の、平和のために』
『……御意』
若きカイバ公が式典で初めて口を開いたのは、そんな短い言葉だったが、少し離れていた場所で見ていたジョーノにはまるで雷にでも打たれたかのような衝撃だった。容貌に違わず涼しげな声でいながら、臆することのない悠然な物言いはジョーノの瞳も思考も完全に虜にしてしまう。
『……さて、ではそろそろ恒例に従い、召喚をしてもらおうか』
『……。』
そして、そう王であるユーギに促され、立ちあがった若きカイバ公はすっと後ろを振り返る。その手には本物の千年錫杖が握られており、それを澄んだ青空に翳したカイバ公は、ジョーノの見間違いでなければ一度ニヤリと笑ったようだ。
『出でよ、ブルーアイズ……アルティメット・ドラゴン!!』
『なっ……!?』
だがそんな不遜な笑みなど確認する前に、突然晴れた空を割って現れた巨大な影にジョーノはまたも視線を奪われた。
そこに現れたのは三つ首の真っ白な竜で、ジョーノの中の竜の血が本能的に警鐘を鳴らすほどの圧倒的な威圧感だった。真紅眼の黒龍の血を濃く引くジョーノでさえそうであるので、他の物見遊山気分だった列席者は、皆平伏したり失神したりしていた。そもそもカイバ家というものは確かに青眼の白龍を紋章にあしらっているが、初代以外に契約を可能にした者などいなかったはずである。それに加えて、三体の青眼の白龍を融合させた究極竜まで使役しておきながら、悠然と見上げている若きカイバ公は、肩越しに振り返ると、こちらも若き連邦の王にこう尋ねたらしい。
『……この程度で、よろしいですかな?』
お望みとあらば山一つくらいお消ししますがと、さも慇懃無礼に尋ねたらしいカイバ公に、ユーギはユーギで軽くいなしたらしい。
『いや、余興としては随分楽しませてもらったぜ? カイバ公』
『……フン』
ちなみにこのユーギの返答に関しては、後で事情を聞いた兄のユウギが「逆撫でしてどうするのっ、山の前にキミの首が消えなかったのが不思議なくらいだよ!!」と相当騒いだというのはまた別の話である。このカイバ公の性格からしてこのとき暴れなかったのは、そうは言いつつもユーギの顔がやや引き攣っていたことに気分をよくしたからだろうというのが、ジョーノやユウギの一致した意見だ。
それはともかくとして、軽く千年錫杖を振って瞬時に究極竜を戻した若きカイバ公が、突然「ワハハハハー!!」とキチガイじみた高笑いをしたことはほとんどの者が失神していたのであまり知られていない事実だ。だがその一部始終をその瞳に焼き付けることが出来ていたジョーノは、震えを止めるのに必死だった。
『お、オレ……!!』
それは、恐怖もあったが、その大部分の理由はまだ説明がつかない。
『オレ……!!』
それでも。
ジョーノは血と心が沸き立つ唯一人の特別な『人間』を見つけていた。
「……。」
目が覚めると、見知らぬ部屋だった。
高級そうな天蓋のついたベッドは当然ながら、兵舎で暮らしていた一介の騎士である自分のものではない。
「……そっか」
そういや公国まで来ちまったんだったという言葉を飲み込んだジョーノは、既に明るい日差しが差し込む部屋に大きなため息をついてしまう。
二年前の式典のときにはそれとは分からなかったが、どうやら自分は初恋のようだとジョーノが気づくまでそう時間はかからなかった。式典の後も、当主が代わったばかりだということでしばしば王都にも呼び出されていたセトに、ジョーノはこれ幸いとしつこく話しかける。だが当然のように無視をされ、怒ったジョーノが挑んだ剣の試合であっさりと勝ったセトは、それ以降ジョーノを負け犬だの凡骨だのとこき下ろしていたのである。
見るからに魔術師だと思っていたセトにあっさりと打ち負かされ、よく考えれば純血なので魔力が使えるはずもなかったのだが、ひどくプライドを傷つけられてしまったジョーノはそれからも警護の仕事はもちろん鍛錬にも励みまくり、セトに勝負を挑んでは負かされた。ユーギたちに言わせればセトとの試合で自分は気が逸って実力を出しきれていないそうであるが、それは当然のことだろうと思うのだ。
「……。」
あの青い目をすっと自分だけに向けられて、その思考のすべてをその瞬間だけは独占できるのだという事実が、ジョーノの血と頭を沸き上がらせて冷静な思考など吹き飛ばしてしまう。そんなジョーノをセトはバカ犬と罵っていたが、無礼な口調を咎めることもなく好きにさせてくれていたセトはそこそこジョーノを認めてくれてはいたと思う。そんなセトにジョーノは高望みはしなかったし、ただ、王都に来たときぐらいは構ってほしいとそれだけを願っていたのに、
「……その、オレが」
まさか花嫁になるなんてと、ジョーノは本来なら嬉しいはずの言葉を飲み込んだ。
取り敢えず婚礼の儀も終えて、自分たちは正式に夫婦になった。
「あれ……?」
だが、それからのことが一瞬分からずに戸惑ったジョーノは、次の瞬間すべてを思い出して愕然とした。
ここがカイバ公国内であることは薄々勘付いていたのだが、いつ足を踏み入れたのか全く記憶がない。それもそのはずで、昨夜青眼の白龍で一気に戻ろうとしていたセトに、一緒に乗せてもらったまではよかったものの、あまりの高度と速度でジョーノは途中で気を失ってしまったのだ。
「……待てよ、っつーことは?」
もしかしてそのまま何百メートルだが何千メートルが上空から落下して、自分はとっくに死んでここは天国なのだろうか。ジョーノは首を傾げてしまう。だがそうしていても仕方がないので、取り敢えず日の光が多く差し込む窓がある方へと顔を向けてみる。
「……。」
すると白と薄い青を基調にして整えられた装飾は、決して華美ではないが高級感溢れるものだった。これが天国では主流なのかと妙に感心しながら今度は反対側に顔を向けてみれば、
「ようやく起きたのかよ?」
「……うぎゃああああっ!?」
ベッドに両膝を置いて頬杖をつくようにしてこちらを不審そうに見ていた子供に、ジョーノは盛大に驚いてしまった。
「なっ、ななななっ、なんだお前!?」
兵士として訓練を積んだ分、気配には敏感なはずなのだが、この子供にジョーノは全く気がつかなかった。もしかすると天国なので争いがないから当たり前なのかもしれない。驚き過ぎてバクバクとうるさい胸を押さえつつ、ジョーノはベッドで体を起こしてそう叫ぶ。するとその子供は嫌そうに顔を顰めると、ゆっくりと口を開く。
「……騒がしい奴だなあ。オマエがジョーノなんだろ?」
「あ、ああ、そうだけどよ……!?」
いきなり確認されて、ジョーノは戸惑いつつも頷いておく。すると肩より長い黒髪に、やはり黒い瞳をクリクリとさせた子供は、しばらくジロジロとジョーノを不躾に眺める。
「な、なんだよ……!?」
「……まあ、一応兄サマに言われたから相手してやるけどさ。オマエ、ほんとに兄サマのお嫁さんなのか?」
「……!?」
その言葉で、ジョーノはようやく我に返った。
もちろんここは天国などではなく、ジョーノもまだ死んではいない。
ということは、ここはカイバ公国内ということであり、最も可能性が高いのは夫であるセト・カイバ公爵の屋敷だ。
「あ、ええっと……?」
「……ま、兄サマがそう言うんだからオレはなにも言わないけどさ。取り敢えずヨロシクな、オレは弟のモクバ」
「あ、ああ……?」
そう告げたモクバと名乗る少年はお世辞にも髪や瞳の色、そして背の高さなどは似ていなかったが、唯一挙げればその瞳の強さはジョーノが結婚した男をどこか彷彿とさせていた。
02−02 凍てつく大地
取り敢えず着替えと食事を出され、身なりを整えたジョーノはモクバと町に出てみる。ジョーノはそれなりにユーギの護衛で地方にも行っていたのだが、カイバ公国は初めてだ。
「ええっと、それで、セトは……?」
気絶した自分を青眼の白龍から振り落とさずに、屋敷まで連れて行き、更に客室のベッドに転がしておいてくれたことは、あのセトにしては最大の厚遇とも言える。大方中央からの客人程度には思って丁重に扱う素振りくらいは見せているのだろうと思いつつも、素直に屋敷に入れてもらえたことは嬉しくて仕方がない。
「ああ、とっくに出かけたぜぃ?」
「ドコに?」
そして、弟であるモクバに面倒を見ろと言いつけてくれたらしいことまではまあいいとして、昼過ぎに起きたジョーノは屋敷内にセトの姿を見つけることはできなかった。その寂しさを紛らわす意味でも初めてなので街も見てみたいと頼んだジョーノに、モクバは一緒に外出してくれた。
「評議会だよ。兄サマがずっと帰って来れなかったからさ、仕事が山積してるんだ」
「あ、ああ、そっか……。」
どうやら『仕事だ』と言っていたのも口実だけではなかったらしい。ジョーノは曖昧に笑って頷いておいた。
モクバの説明によれば、発展を始めたばかりのこの土地は、まだまだきちんと機能しない制度や設備もたくさんあるらしい。局地的なことは担当者が対応できるが、その担当者すらせいぜいキャリアは二年で、ましてやいくつかの部門に渡るようなものの場合にはもっと大きな視野で問題を判断し解決できる人物がいない。
「兄サマを独裁者なんて言うバカな奴らもいるけどさ。実際兄サマが指示しなきゃまだ自分では動けないんだもの、この国は」
「へ、へえ……。」
「それに、兄サマにしかできないことだってあるし」
だから大忙しなのだと、モクバは誇らしげに言いつつどこか寂しそうだった。
実はセトに弟がいたことなどすっかり忘れていたジョーノであるが、よくよく思い出せばセトとの結婚をユーギに打診されたときに、そんな説明もされていた気がする。実際目の前にすれば初対面だというのにモクバは非常によくしゃべり、打ち解けてくれているような気すらしてくる。だがそれも微妙な間違いで、ほとんど使用人の気配もしないあの屋敷で、モクバは寂しかったのだろうということもジョーノは見抜いていた。
「ええっと、それじゃ、セトは評議会に行ってんのか。大変だなあ……。」
もしかすると、セトがこの結婚を承諾したのはこの弟の遊び相手にでもするつもりだったのかもしれないと、ジョーノはたった数時間モクバと一緒にいただけでそんなふうにも考えた。だが途切れることなくご自慢らしい兄とこの国の説明をしてくれるモクバに、評議会の仕事と言われても小難しい書類に向かって判を押すぐらいにしか想像が及ばないジョーノがそう言ってみれば、モクバは少し黙ってしまう。
「モクバ……?」
それに、なにか気に触ることを言ったかと不安に思ってジョーノはその顔を覗き込む。するとモクバはどこかつらそうな顔をしており、ジョーノはしばらく迷った後、近くにあった公園のベンチにモクバを促した。
基本的に気候は寒冷地帯に近いこの公国では、王都とは違い秋の入り口だというのにもう薄手のコートが必要になりそうなほど寒い。元々南西の地方出身で、その後も比較的温暖な王都で過ごすことの多かったジョーノにとっては、かなり肌寒い気温だ。それでもそんな気候すら、数年前に領地替えをされているのにあのセトには随分似合っているような気すらしてくるので不思議なものだ。
「……なんか、評議会で大変なことになってんのか?」
基本的な国の成り立ちなどはもちろん学校で習っていたが、そういった行政などに興味のなかったジョーノにはそれぞれの組織がどういった仕事をしているかなど皆目見当もつかない。そもそも既に公国という形を残しているのは現在三つの国だけであり、それぞれがまた独自な制度も持っているのでいちいちそれを学んだりするよりも取り敢えず移動することの多いムトー公国内のことぐらいをジョーノは知っていればよかったのだ。
だがさほど詳しくは知らないが、この土地がカイバ公国下となったのが先代の後見人の時代である数年前で、それから更にきちんとした評議会を作って街の発展を始めたのがセトが当主となった二年前であるならば、いろいろと不具合も多いのだろう。大概にして田舎というものは年功序列の傾向が強いし、そういった意味でも余所者という意識でもセトは土地の評議会と対立して大変なのだろうか。そんなふうに思って小声で尋ねたジョーノに、モクバは小さく首を振った。
「ううん、そうじゃないぜぃ。確かに最初はみんな頭も固くって大変だったけど、ほら、兄サマってああだからさ……。」
「お、おう……?」
ああだからと言われて、ジョーノが推察できるのは『ああいう有能な人だから今では認められている』なのか、それとも『ああいうちょっとキチガイじみたところもあるから皆遠巻きにして適当に頷いてくれている』なのか。どちらなのだろうと思いつつも曖昧に頷いておく。
「ココって一番最初に公爵家が途絶えてるから、結局三百年くらい不在ってことだろ? 兄サマが当主に正式になって、それから何度か中央は前の領地に戻してくれるって言ってるみたいなんだけど」
「……。」
「それ、ほんとに嫌がってんのはココの民なんだぜ?」
そう言われれば、確かにユーギは何度かセトに元の肥沃な西の大地に公国領を戻すかと打診していたが、セトはいつも横柄に断っていた。それはセト自身が面倒ということより、地元の評議会の一致した要望でもあったのだろう。ジョーノが生まれ育った場所も田舎であったが、かつてのここのように随分昔に公爵家が途絶えて連邦の直轄領となっていた地域である。そこに住んでいると、伝承として聞かされるかつての英雄や七つの神具などはどこまでも御伽噺に過ぎなかったのだ。だがその伝説を現在も受け継ぐ生きた存在が公爵家であるならば、それを人々が崇め奉るのは当然かもしれないとジョーノは思う。
実際使用人も少なく見た目ではさほど厳重に警備されているとは思えない屋敷や、ふらりと出歩く公爵の弟であるはずのモクバに、町の人は温かく接して敬意を払っていた。それはセトが当主になってから生活が良くなったという物理的な面でも、伝説の公爵家がこの地に来てくれたという精神的な面からも人々の支えになっている証拠なのだろう。
「ふうん、人望あるんだな……。」
ジョーノはこれまで王都の、しかも王宮のユーギの部屋の辺りでしかほとんどセトには会ったことがなかったため、顔はいいが性格はややキチガイというイメージしかなかったのだ。有能で身分も高く、立場もあることは頭で理解しているつもりだったが、人のことをこき下ろすことに命を賭けているような言動が多かったのでつい失念しがちだったが、セトはその立場に相応しい仕事をなし得ていたらしい。
なので素直に今度は感心してみせたジョーノに、モクバはまた複雑そうな顔をする。
ここまで聞く限りでは仕事も順調のようで、民からの支持も厚いようである。ならば何故そんな泣きそうな顔をしているのだろうと思ったジョーノに、モクバは小さく呟いた。
「そりゃ、そうだよ。兄サマはなんだってできるもの……そのための、公爵なんだし」
「……?」
もしかして、仕事が忙しすぎて構ってもらえないので寂しがっているのかと思ったが、少し話しただけでも聡明そうなこの弟君がそれを愚痴るようにはジョーノには思えなかった。確かに寂しいことは寂しいのだろうが、到底それだけとは思えない様子にジョーノはますます首を傾げる。そんなジョーノにモクバは諦めたのか、軽くため息をついた後に逆に顔を上げて尋ねた。
「なあ、なんで千年宝物が神具って言われるか、知ってんのか?」
ジョーノたちより五つ年下のモクバは、年齢の割りに更に小さいので隣に座ればその頭頂を完全に見下ろせる位置になる。そんな低い視線を隣からじっと投げてきているモクバの目は思った以上に真剣で、もしセトに言われれば馬鹿にしているのかと怒ってみせたかもしれないそんな質問にもジョーノは面食らいつつ答える。
「ええっと、だから、凄い力があって……そうそうっ、魔物と契約して使えるからだろっ?」
「その千年宝物、まあ今ではそのほとんどがムトー家に戻ってるけどさ。オレたちのトコとか、あとイシュタールとかでも、歴代全部の公爵が使えたワケじゃないだろ?」
そう事実を確認されて、ジョーノは素直に頷いておく。本来ならばモクバは年下であるはずなのだが、利発そうな様子となによりセトの弟ということでジョーノは特に不快感はない。
「おうっ、それも知ってるぜ? なんたってオレ、セトの授任式見てたもんなっ、あいつ青眼の白龍まで使役してんじゃん!!」
スゲェなあと素直に感嘆してみせたジョーノに、モクバはしばらく黙ったままだった。なので、もしかするとセトは弟の前でも青眼の白龍に異常な執着を見せて心配されているのだろうかとジョーノは内心勘繰るが、どうやらそういうわけではないようだ。
「……だから、だよ。どれだけ『人間』が魔法使ったってさ、自衛以上には滅多にならないだろ? 特に魔物相手に、相当大きな都市でも太刀打ちできんのは極わずかだぜぃ」
「そうだよなあ、王都でも精鋭隊は二十人いるかいないかって感じだし……。」
「結局……魔物には魔物が一番手っ取り早いってことなんだ」
そう呟いたモクバの言葉に、ジョーノはハッと息を飲んでしまった。
それは確かにその通りで、どれだけ魔術を磨いてもそれこそ竜族クラスの魔物とやりあえる『人間』など、連邦の中でも極わずかなのだ。各都市で編成されている魔物対策の部隊は要するに人間相手の警察機構と同じであり、事件が起こってからの対処療法だ。よって始めから討伐の対象も定まっており、後は綿密な調査と圧倒的な数を用いて確実に有害モンスターを『狩る』のである。そこまで万全を期するのは、言い替えれば人間が操る魔力と魔術の限界を示しており、人間にちょっかいを出さないだけで強い魔物はごまんといる。
「青眼の白龍はさ、確認されてるモンスターの中で最高峰だろ? しかも三体しかいないって話だし、つまりそれを使役できる兄サマは最強なんだ」
「……。」
ユーギなども魔物を使役はできるが、単体での力勝負では青眼の白龍に及ぶものではない。またユーギたちの場合は何故か魔術も使えるので実際にはどちらが強いのかなどということは一概には言えないが、一般的に考えて、最強と謳われる魔物をすべて契約して配下に置いていればセトは最も強いはずだ。
だがそれを寂しそうに告げるモクバの様子で、ジョーノはもう一つ先ほど自分が失念していたことを思い出していた。
それは何故公爵が民衆の心の支えになるかということであり、ただ単純に伝統や伝説に憧れているだけではないのだ。広く混血が進み魔術も発展した世の中で、自衛程度ならば人間も魔物と戦えることもある。だが、たとえ遭遇する可能性がごくわずかであったとしても、魔術では対抗できないほど強大な力を持った魔物が現存している以上、そんな魔物とあいまみえたときの唯一の対抗手段としての保険が公爵家なのだ。
「……そんなに、ここいらの魔物って強いのか?」
公爵家が人間としての純血を守るよう求められるのは、ムトー家以外の千年宝物はこれまで純血の者にしかその力を発揮させなかったからだ。千年宝物が使えなければ魔物は使役できず、たとえ今はそれほど強大な力を必要とせずとも、いつまた魔物との全面的な戦いが勃発してしまうか分からないという民衆の恐怖からだ。
本当に強い魔物には、それより強い魔物で対抗するしかない。
人間の知恵や魔術である程度のフォローはできても、すべてを薙ぎ払うような圧倒的な力にはより圧倒的な魔物でねじ伏せるしかないのである。
結果として公爵家は千年宝物を使える素材を未来に渡って作る可能性を絶やさないために存在しており、運良く使える当主が現れればそれはどんな精鋭部隊よりも心強い存在となる。セトが稀代の実力者であることを考えれば、当然ながらその『魔物に対する砦』としての活躍を期待されるのは自明だった。
「ココは、ずっと公爵家がいなかったから。いくら連邦の直轄領になったって、中央に伝令が行くだけで何日もかかるだろ?」
「……。」
「こんな辺境じゃ、街の部隊じゃ手に負えないんだよ。かといって中央から派遣してもらっても、そんなに時間経ってからじゃどいつが襲った魔物かなんて分かんなくなるし」
一般的に、有害な魔物を狩る鉄則は『迅速且つ的確に』である。ありきたりな標語ではあるが、こんな辺境レベルの組織の場合、魔物に事情聴取などできるはずもないのでせいぜい魔物が浴びた人間の血の臭いを特殊な方法で追うことしかできないのだ。この方法では数日もすれば痕跡は消えるし、ましてや出血しない方法で襲った場合には犯人の特定ができなくなる。もし間違ってなにもしていない魔物を狩ってしまえばそこから全面戦争に突入するというリスクがあり、それを考えれば尻ごみしてしまうのは当然だ。
そういった事実を淡々と説明するモクバの言葉に、ジョーノはもう一つこの土地の民がカイバ公爵家の領土であり続けたい理由を垣間見た気がした。もう三百年も前から、『砦』を失っていたこの地では、いくら連邦の直轄領になっても、ずっと中央には見捨てられ続けたという不信感があったのだろう。ジョーノは親友としてユーギやユウギの頑張りを伝えたいが、その二人にしたところでその地位に就いたのはせいぜい五・六年前のことなのだ。それより以前のずっと長い期間そんな思いにさらされていれば、たとえ最初は問題を起こして領地替えで飛ばされてきた公爵家であっても、民衆にすれば待ち望んでいた希望だったのだろう。
「まあ、実際はここ寒いしさ、他に比べて魔物の密度が高いってワケじゃないんだ。でも、それまでがそれまでだったから、悪い意味で向こうが人に慣れてんだよ」
「簡単に人を襲っちまう、てことか……。」
「そうそう。だから兄サマがいちいち出向いてんの」
魔物は力が強い分本能で生きている部分が大きいので、人を襲えば報復されるということをきちんと教えておくことが最も効果的である。だがずっと公爵家のいなかったこの土地では魔物も報復の存在自体を忘れてしまっており、それを叩き込むためにセトは評議会の仕事の後にいつも山に向かうのだとモクバは続けていた。
「青眼の白龍見たんなら分かるだろ? 強い魔物ほどバカじゃないからさ。アイツらだって人間にちょっかい出さなけりゃ狩られたりしないって、そう教えて牽制してるんだ。でもさ、ココって寒いから個体数は少ないけど、結構魔物自体は強くって……。」
しかも今まで人間を襲っても罰がなかったからと続けるモクバに、ジョーノはどう言えばいいのかしばらく分からなかった。てっきりセトは単なる青眼の白龍フェチなのかと思っていたが、それは事実の半分で、もしかすると当初の目的はそうすることで民衆を味方につけるためだったのかもしれない。最強と謳われる魔物と契約してシモベとしたと聞いたならば、ここの民衆は先代の後見人とやらを放逐したらしい若き当主を両手を挙げて歓迎しただろう。
「これから本格的に冬になって、冬眠しちゃうようなのはまだいいんだけど。冬こそ力発揮できるようなヤツがいてさ、それが結構厄介で、だから今のうちに手を打たなきゃいけないんだよ」
「そう、か……。」
冬になって力をつける前にと説明してくれるモクバは、それだけ話せるということはセトの使命や実力というものをよく理解しているということである。だが事実を口にすればするほど顔が暗くなっていくのはそうだと分かっていてもやはり兄のことが心配で堪らないのだろうと、ジョーノはようやく分かった気がした。
「だ、大丈夫だっての、だってセト強ぇだろっ!?」
なので殊更明るく言ってみれば、モクバは慌てたようにバッと顔を上げる。
「なに言ってんだよっ、当たり前だろ!? 兄サマには青眼の白龍が三体もいるんだぜっ、そこいらの魔物なんかに傷一つ負わされるハズもないぜぃっ!!」
そしてそう強気に言い返す元気はあるようなので、モクバは本当にただ単純にセトを心配しているのだなと分かってジョーノは少しほっとした。実は強いと言われていても実際に青眼の白龍が戦っているところは見たことのないジョーノであるので、自分が分からないだけで本当にセトが危険な任務に赴いているのならばどうしようなどと考えていた。だが思いの他強い否定をモクバにもらえて安堵していたジョーノは、ぽつりとそんなことを漏らしてしまう。
「あ……でも、だったらオレ連れてってくれりゃいいのに」
「……ハァ?」
だが、そんな言葉にはモクバは失礼すぎるほどあからさまに聞き返していた。そして隣に座ったままで頭のてっぺんからつま先まで不躾にジョーノを見回し、最後にはやはりセトの弟だと実感するような人をバカにしきった笑みを浮かべる。
「なに言ってんだよ、オマエが行ったって兄サマの足手纏いになるだけだぜぃっ」
「けどよ、ここって寒いのが好きな魔物が多いんだろ?」
「そりゃそうだけどさ、ちょっとやそっとの魔法で火おこしたって脅しにもなんないぜぃ?」
それにオマエろくに魔法使えそうにもないしと、見た目で決めつけたわりには鋭いことを見抜かれてジョーノはぐうの音も出ない。だがそれ以上反論しても見栄っ張りだと思われそうだったので黙っていたジョーノは、結局拗ねたままでベンチから立ち上がることにする。
「……もう、日も暮れてきてっから帰るぞ」
すると、モクバはやっぱりとでも言いたげな表情をしつつも素直にベンチから立ちあがった。
「帰るったって、オマエ屋敷までの道覚えてんのかよ?」
「うっ……!!」
「素直に『一緒に帰ってください』て言うならっ、案内してやってもいいぜぃっ」
そしてそんな生意気なことを言うモクバをジョーノは小突こうとして、ふとそんな視線に気がついた。
「……。」
「……ジョーノ?」
それは、いつのまにか二人を遠巻きにするようにして見つめてきていた街の人々の視線だ。殺意や敵意といったものは感じられなかったので今まで気がつかなかったが、どうも怪訝そうに皆一様にこちらを見つめている。それにやや遅れて気がついたモクバも少し不思議そうにしており、こんな物珍しそうな視線を向けられることは日常茶飯事ではないということをジョーノに教えてくれた。
「あれ、なんでみんなこっち見てるんだ?」
「……。」
思わずそう呟いてしまったモクバに、なんとなく察してもジョーノは自ら答えてやることはできない。なので向こうの出方次第だと思って口をつぐんでいると、どうやら何人かで囁き合っていた街の者の中で、一人の割腹のいい中年の男がすっと足を進めてきた。
「あ、パン屋のおっちゃんだよな?」
「はい、いつもご贔屓にして頂き嬉しく思っております、モクバ様」
「え、うん……?」
どうやらモクバとも面識のあるらしいその中年の男性は、そう挨拶をしつつも意識がバシバシとジョーノに向けられていることは、ジョーノの方は気がついていた。そういえばすっかり失念していたが、いきなりモクバと街に出るというのはかなり軽率だった。今更のように思いながら、ジョーノはそっとさり気ない仕草で自分の左手に嵌めている白銀の指輪を隠しておく。
「なあ、みんなどうしたんだ? 変な顔でこっち見てて……?」
だが恐らく一人事情が分かっていないモクバがそう男に尋ねれば、男は一瞬黙った後、今度はしっかりと一度ジョーノに視線を向けてから口を開く。
「……モクバ様、こちらの方は?」
「え? あ、ああ、こいつは兄サマの……?」
お嫁さんとモクバがバカ正直に言ってしまう前に、ジョーノは一切無駄のない動きに腰に刺していた片刃の剣を抜いた。
「うわっ!?」
「ジョーノ!?」
当然ながらその動作に驚いた男とモクバの前で、剣を手にしたままのジョーノはすっとその刃を向けた。
「……街の方々にご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はモクバ様の兄上様、セト様の命により本日より護衛として仕えさせて頂いておりますジョーノという者です」
「えっ、あ、ジョーノ……!?」
抜き身の剣を横に向け、朗々と口上を述べたジョーノにモクバは当然驚いていたが、ジョーノはその剣に彫り込まれた騎士の証である紋章を尋ねた男へとはっきりと示す。
「この任より以前は、王都にて王宮警護の任にあたっておりました。まだまだ若輩者ではありますが、精一杯モクバ様を御守りしたいと思っております」
「い、いやいやっ、こちらこそスイマセン、まさか騎士様とは思いもよらずっ、どうぞお立ちあがりください……!!」
どうやらこの男はそこそこ騎士に対する知識はあったようで、数ある騎士の紋章の中でも最も実働部隊として認められた価値ある紋章を、この若さで手に入れていることにかなり恐縮したようだ。単純に怖いだけかもしれない。無礼をしたと散々頭を下げて立ち去った男は、固唾を飲んで見守っていた他の街の者たちに状況を説明し、それはあっという間に周りに広がって人々の顔が安堵で綻んでいくのがありありと分かる。
「……。」
「……。」
だがそれは、唯一人を除いてだ。ジョーノの朗々とした口上が始まってからむっつりと口を閉ざしてしまったモクバに、ジョーノはやや困りつつも取り敢えずは抜いた剣を鞘にしまってその場から歩き始める。
「……。」
「……なんだよ、モクバ?」
それでも、あまりに居心地の悪い視線にジョーノは一応そう尋ねてみる。すると不貞腐れたようにやや遅れて歩き始めたモクバに、ジョーノは小声で言っておいた。
「おいっ、嘘じゃねえからな? オレ、ちゃんと訓練学校も出てるし、騎士の称号ももらったし、王宮でも警護やってたし……。」
「……。」
「つか、知らなかったってことはねえよな? あ、知らなかったとしても、だからって怒るようなことじゃ……?」
先ほど述べた口上はもちろん嘘ではないし、経歴としてはむしろ立派なものだろう。それ以前に魔物の血故にうっかり村を焼き尽くすところだったことなどは言っていないのだし、仮に今聞いたとしてもモクバが不機嫌になるようなことではないはずだ。
「……そんなのは、とっくに知ってた」
「え、あ、じゃあ……?」
だが、やはりそういったジョーノの表面上の肩書きを知っていたらしいモクバは、それでもどこか怒ったようにスタスタと早足で歩き続ける。身長が低いモクバなので、そうして歩かれても置いていかれるというようなことはない。だが機嫌を損ねさせてしまった理由がいまいち分からなくて戸惑っていたジョーノに、いきなりモクバはピタリと足を止めた。
「モクバ……?」
「……なんで、嘘つくんだよ」
そこはようやく屋敷の入り口近くまでやってきた場所で、辺りにもう街の人の影はなくなっていた。一応周りに人がいなくなるまで我慢していたらしいモクバは、どこか責めるような目でそうジョーノに尋ねる。
「え、だからオレが騎士なのとか嘘じゃ……?」
「そうじゃなくって!! なんでオレの護衛なんて言ったんだよ!?」
「あーっ、そらまあお前が危険な目に遭ってれば助けるとは思うし……。」
むしろ護衛というより御守に感覚は近かったが、それはモクバのプライドが許さないだろうと思いジョーノは黙っておく。だがどうやらそこも微妙に論点ではなかったようで、何故か目を潤ませて今にも泣き出しそうにモクバはジョーノに追及した。
「だからそういうこと言ってるんじゃないよっ、なんで兄サマのお嫁さんだって言わないんだよ!?」
「……。」
「オマエも結局嫌だったってことなのかよっ、じゃあなんで兄サマと結婚なんてしたんだ!!」
そんな言葉で、モクバはかなり詳しくこの結婚の経緯について知っているのだなと、ジョーノは今更のように知った。街の人間に名乗ってもセトの嫁だということがバレなかったのは、情報が遅れているのか、あるいは公開していないのだろう。それにも関わらずモクバがジョーノのことをそれなりに知っているということは、ユーギが連邦の首長という立場からセトに断らせなかった経緯まで聞き及んでいる可能性は高い。
「……まあ、さっき説明しなかったのは、アレだ。ほら、オレって、つまりセトの嫁であるオレって歓迎されてねえだろ?」
それでも、結婚した理由に関しては何も言えないジョーノは、微妙にそこははぐらかしてそもそもモクバが責めたことだけに曖昧に笑って答えておく。するとモクバが一瞬怯んだのが見て取れ、やはり純血の子孫を残さなければならない偉大なる公爵サマの嫁として、ずっとこの土地を見捨ててきた連邦の王から無理矢理嫁がさせられた男など民衆は歓迎していないのだなとジョーノは痛感した。
「ワリィな、オレだって命は惜しいし? まああの場でいきなり斬り殺されるっつうことはなかったかもしんねえけど、できるだけこれからも平穏に街は歩きたかったからよ」
「でもっ、だからって……!!」
「……まあ、それに」
いつまでそうであるかも分かんないしという言葉と、実際そうじゃねえしという言葉は、どちらもモクバを怒らせそうだったので、ジョーノは黙っておいた。
「あーっ、ほんとに暗くなってきたな。なあモクバ、夕飯てどうするんだ?」
「待てよっ、まだ話は終わっちゃいな……!?」
「こっちの料理ってあんま食ったことないんだよなー、ちょっと楽しみだぜっ」
そして、そんな会話をして暗闇が押し寄せる前にジョーノは主のいない寂しい屋敷に戻っていた。
| ▲SSメニューに戻る −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− <<BACK NEXT>> |