『World Edge Cataract.』より お試し版 -02.
※注意※
この本は、RDDという女体パラレルのシリーズの第9弾・完結編です。
単独でも読めますが、気になる方は「RDD1-8 あらすじ」を先にご覧下さい。
尚、RDD1-8の再版・再録予定は一切ありません。
ご了承下さい。
また、メインは海城(=女体城之内)ですが、青眼の白龍×真紅眼の黒竜(擬人化)を含みます。
それぞれのカプが恋愛的に錯綜することは一切ありません。
完全に独立・並存しているWカプで、且つオリキャラくさいので、苦手な方はご遠慮下さい。
※あと雰囲気だけバクラ受くさいですが、カプ成立なしです・・・
あと、転生がテーマということで、何かを察してからお読みください・・・
↓よろしければ、スクロールをしてどうぞ。
■01-02
翌日、まだ夜明け前に海馬は竜導山脈を越えた。
五年前に童実野自治領が長制度を廃止し、行政府を設立して山積していた中央との問題を一気に解決してほしいと打診され、初代の長官として就任したのが海馬である。打診自体はその前の年に受けていたものの、当時の海馬はまだ第二央都で海馬コーポレーションという総合アミューズメント企業の社長職にあった。
この世界においては、近代兵器もいまだ敵わない魔物という圧倒的な力が存在しており、それらを使役する者を召喚師と呼ぶ。戦争が起こらなくなると、魔物の存在は身近ではなくなり、その警告を込めて啓蒙するために考案されたのがマジック・アンド・ウィザード、通称M&Wというゲームだ。現在ではゲーム性が追及され、かなり複雑な魔法や想像上のモンスターもいるが、当初は実在する魔物の能力をかなり正確に数値化して危険性を世に再認識させることが目的だった。そのゲームを行なう者を決闘者と言うのだが、これは『広義の』と注釈がつく。つまり、元々決闘者という呼び方は存在しており、それは召喚師と同義語だった。
現在では『狭義の』決闘者である召喚師が、古くよりそう表現されてきたのは代理決闘に由来する。今でこそ近代兵器もそれなりにあるが、ほんの数世紀前までは人間が魔物を駆逐するなど考えることはできなかった。魔物に対抗するのは、魔物である。つまり、魔物を使役できる召喚師が、圧倒的な武力を持ち、必然的に権力者となる。小国が乱立したり、都市や州制度を採用することが多かったこちらの大陸でも、領主そのものが召喚師か、あるいはより多くの召喚師を抱えることが国力の源となった。そのため、どれほど劣勢でも、あるいは優勢でも、魔物を操る召喚師が一人立ち位置を変えるだけで戦況は劇的に変化する。それまで、人間の部隊同士でどれほど熾烈な戦火を繰り広げても、虚しさしか残らない。よって、いっそ召喚師同士に国を背負わせ、『代理』で『決闘』をし、戦争の勝敗とする。負けて無効だと言い張っても、既に味方の召喚師が敵わないのであれば、どのみち対抗手段はない。大人しく屈服する他はない。そういった歴史が何千年も積み重なれば、召喚師を要職につけ、国の安定と敵国への牽制にするのは、子供でも知っている常識となった。
ここ百年ほどは戦争が起きていないこの西の大陸でも、それは同様だ。そのため、大企業とはいえ、公的機関ではない海馬コーポレーションの社長として君臨していた海馬は、最後の『民間』決闘者、路傍の宝玉と讃えられていた。実在する魔物の中では、単独では最強に入ると謳われる青眼の白龍を三体も使役し、魔術にも長けている。竜への造詣も深く、立派な人物として一般的には捉えられていたからこそ、六年前に童実野の長が行政府長官への打診を要請したのは当然であり、また無謀でもあった。
だが、海馬は元々社長職より開発に専念したいという希望があり、ちょうど弟であるモクバの結婚が決まった時期でもあったのであっさりと承諾した。口にはできなかったが、十数年前、モクバを救うために訪れた童実野の地で出会った少女を忘れられなかったのも事実だ。まさか娘として甦っているなど思いもよらなかったため、城之内が愛した童実野という土地を少しでも良くしてやれればという気持ちで就任したのだが、その予定は大きく変更させられた。
なにしろ、戻ってきた恋人は遺伝子的には娘であり、また魔物とのハーフだったのだ。魔物や魔力、魔術といった類のものはいまだにどこか腫れ物を触るような扱いであったし、そもそも十七歳の年の差がある海馬は数百年の寿命が約束されている城之内と寄り添っては生きていけない。男としての欲求は抑え込み、父として娘のために生きやすいように世界の方を変えることにした。
それが、歴史的英断と称される生存証明法の制定だ。国家元首であるユーギの確約も取り付け、童実野自治領が先行して制定したこの制度は、今いくつかの州では既に始まっている。大きくは二種類あり、魔物とその混血が人間社会で暮らす際の弊害を取り除くものだ。
魔物に関しては、レッドアイズのように擬人化して暮らすことを前提とした場合だ。加齢以外の外見の変化をしないことを条件に、人間と同じだけの権利を保障する。これは魔物の形状に戻ることを禁止するようなものではなく、あくまで擬人化している状態での生活を証明するだけだ。人間同士でも起こりうる喧嘩程度であれば、人間程度の罰しか受けない。悪用すれば、取り消しだけでなく、警察ではなく召喚師が討伐にあたるという保障つきだ。
そして、もっと広く切実だったのは、城之内のような魔物との混血だ。完全な魔物ではなく、人間としての側面が大きい。だが身の内に多く受け継いだ魔力が、寿命などに影響し、社会で生き難くなることを憂慮しての措置である。
いずれも、当人が希望すれば魔物、あるいはその混血なのだと行政府が証明する。ただそれだけの法律なのだが、発表した翌日には発行を求めて長蛇の列ができるほど、魔物と人間はずっと深く関わっていた。
この生存証明法に伴い、そもそも人間が魔物やその混血を畏れるのは、無知ゆえだと見抜いていた海馬がもう一つ作ったのが、複合学術都市である。こちらは、海馬が就任した際に、竜導という概念に内も外もあるかという正論で、山脈の外側の麓も周囲の州から奪い取って併合した童実野特区に建設された。ほとんど海馬の私財をつぎ込んで作ったため、海馬ランドという通称が罷り通っている。魔術研究の第一人者、イシュタール研究所のイシズの協力を仰いでいることもあり、三年目に入っているが極めて順調だ。教育施設としては問題がないし、研究機関としても軌道に乗っている。童実野自治領としては変革の過渡期を乗り切った感もあり、以前のようなとんでもない多忙さからは脱することができた。
「……それが、原因かとも思っていたのだが」
「マスター……?」
私的にも、結婚してからまたしばらく落ち着かなかったが、年明けにはむしろ絆も深まり安定した。
何から何まで、いい方向に転がっている。不安要素など、何もない。
だからこそ気が抜けて、不甲斐なくも過労で倒れるような羽目になったのだと、当初は海馬も思い込んでいた。
「ああ、いや……思ったより、書類もたまっていなかったと思ってな」
「……はい」
「これならば、もう少し屋敷でゆっくりしてくればよかったか……。」
城之内には心配するので伝えていなかったが、以前から、それこそまだ海馬コーポレーションの社長職にあったときから、海馬は仕事のしすぎで倒れたことがある。どうにも、体力を過信しすぎてしまうようだ。限界まで寝食を忘れて仕事に没頭するため、ふとした瞬間にブレーカーでも落とすように昏睡することが年に数回はあった。
年明け、最初に倒れたときは、久しくなかったそれだと思った。ただ、原因を『気が抜けたから』だとしたのは、過労というほど根を詰めて働いていなかったからである。年齢的に体力が以前より落ちたのかも考えたが、むしろ生き生きと漲っているような実感がある。疲労困憊には程遠い状態だったので、海馬は過信していたことを否定できない。
だが、何度も繰り返していくうちに、さすがにおかしいと思うようになった。健康診断などは毎年受けているし、わざわざ王都から医師も呼び寄せたが、結果として『ストレスではないか』という曖昧な結論に至っている。
「……聞いたときは、呆れたものだが」
「……?」
今にして思うと、正しかったのかもしれない。
特効薬に気づいてしまっている海馬は、苦笑してそう呟く。
「以前、精密検査をさせた医者が、ストレスが原因だと言っていただろう?」
「……はい」
「もしかすると、あれは、正解だったのではないかと思ってな」
自嘲するように言う海馬には、疲労感は見えない。なにより、罪悪感がない。もちろん心配させることや、仕事が不定期に遅れがちになることには、後ろめたさがある。
だが、それだけだ。
今のところはかろうじて仕事に重大な支障は出ていないし、身体的には病気の兆候などもない。特効薬のことを思えば不甲斐なくもあるのだが、どこか面映いような気持ちにもなる海馬は危機感が薄かった。
「倒れたところで、城之内を抱けばこうしてすぐに回復する。もしかしてオレは、単に溜まっているだけなのか? ヤりたい盛りの思春期の少年かと情けなくもなるが、事実なのであれば認めざるを得ないな」
「……。」
体力が枯渇していくような感覚はない、むしろ熱い衝動を発散したいような感覚だ。
それが上手く昇華できずに、暴発する前に意識を落とす。
再び正常に動けるようになるには、城之内を抱くしかない。これらの事実から考えれば、発散したいのは性欲で、ただの欲求不満のようである。性的なことに関しては淡白だと思い込んでいたので、こんなふうになるのは意外でもあったのだが、海馬はあまり深刻に捉えていない。
ずっと、城之内にばかり強請らせていた自覚もあるからだろう。求めればすぐに体を開いてくれる愛妻は、きっと悦んでくれている。その証拠に、最近では比較的下の名前でも呼んでくれるのだ。それがまた興奮を高めさせ、愛しさが増すのだとしみじみ思いながら、海馬は独り言のように続ける。
「城之内と出会ってから、既に十八年近い。共に在れなかった時間は長いし、再会できてからもなかなか一緒に過ごす時間は取れなかった」
「……そう、ですね」
「その不満が、取り立てのように積もっていたのかもしれんな。何かを取り戻したいような、そんな感覚すらする」
そう海馬が言ったとき、ふと空気が揺れた気がした。
「ブルーアイズ?」
「……いえ、何でもありません」
今日も護衛は三体目のブルーアイズ、個体名ではクリティウスだ。いつも寡黙なシモベだが、ここのところはその傾向がまた強くなっている気がする。だが警護に徹している間はこんなものだし、仕事中は邪魔にならないように黙している。今は半ば休憩時間だが、海馬の言葉にあまり反応しないブルーアイズは、その気配の方が饒舌だった。
口では否定をしているが、ブルーアイズは明らかに動揺していた。その理由がよく分からず、自分の発言を思い返していた海馬は、やがてぽつりと呟く。
「……まあ、要するにオレは城之内を愛しているということだ」
「……。」
結論をまとめたのは、思い返しても何がブルーアイズを揺さぶったのか分からなかったからである。加えて、どうにも他のことに思考がいきにくい。仕事ならばなんとか集中力を保てるが、ふと気が緩むと頭はすぐに愛しい妻のことを考えてしまう。
城之内。
城之内。
じょうの、うち。
「今日も、早めに帰れるよう、仕事を進めるか」
「……はい」
平日だが、城之内は学校を休み、屋敷にいるという連絡が入っていた。つまり、早く帰れれば、それだけ早く城之内に会えるのだ。夜明け前から出勤したことで、仕事はかなり順調に片付いている。何事もなければ、定時には帰れるだろう。そう考え、自然と笑みが浮かびそうになってくる海馬は、本当に危機感がなかった。
いつも寡黙なシモベが、最近ますます静かになっていることに、気がつくこともなかった。
行政府庁舎にいる海馬にも連絡は入ったように、城之内はこの日学校を休んだ。単純に、前日の夕方から海馬とヤりすぎて体力が限界だったのだ。身体的には魔物とのハーフで、体力は人間の比ではない。だがさすがに頻繁に抱き潰されるためか、あるいは精神的な疲弊も大きいからか、学校に行くのが億劫など困憊することも珍しくない。
「ほんっと、あのヘンタイ、いい加減にしろってんだよな!!」
「……。」
「てめーが怒ったって仕方ねえだろ。……ほら、それより、小娘?」
なんかのプリントだってよ、と差し出された紙を受け取るのも、面倒くさい。片手を伸ばすだけでも疲労を感じる城之内は、居間のソファーに座ったままでチラリと視線を向けるに留めておいた。
今は正午を過ぎた辺り、本来ならば学校で昼休みを迎えた時間だ。城之内が登校していないため、レッドアイズももちろん屋敷にいる。二時間ほど前にやっと寝室から起き上がることができた城之内に、レッドアイズは最初こそ心配しまくっていた。抱きかかえ、遅い朝食を食べさせてくれ、着替えるのも手伝ってくれる。そのうち来客があるとのことで、居間に移動したところで知己を見つけると、レッドアイズは堪えていた鬱憤を発散させるようにそう愚痴り始めた。
正直、あまり聞いていたくない。疲れた体に大声がうるさいということではない。怒ってくれるのは嬉しいのだが、どうにもならないと城之内も今のところは耐えている話題だからである。
少なくとも、まだ、我慢するしかない。
ただあまりに傍で嘆かれると、つい自制の箍が外れそうで怖くなってきていた城之内に、大きくため息をついた来客がプリントをテーブルへと置いた。
「お友達連中も、心配してたぞ」
「……それは、獏良が余計なこと言うから」
学校で配られたプリントを持ってきてくれるなど、口実としても胡散臭すぎる。この存在は、そんな親切さを発揮するはずがない。何かのついでだとしても、せめて放課後になってから訪れるはずだ。
それにも関わらず、昼過ぎにふらりと現れたのはバクラだ。どういう風の吹き回しなのか、想像したくはない。
「いつかはどうせ尋ねられてたことだろうが? てめーみたいな頑丈なヤツが、疲れた顔ずっとしてたら周りも不審がるっての」
「それは、そうだけどよ……でも、だからって……。」
「マスターの言うとおりだぜっ、城之内!! 悪いのは全部あのヘンタイなんだっての!!」
昨日の教室でのやりとりを思い出し、さして意味もなく責任転嫁をしてみれば、バクラから諭される。存在はかけ離れているのに、何故か本当に身を案じられているようで少し不気味だ。一方のレッドアイズは相変わらず海馬を非難することに夢中なようで、それをバクラは呆れて眺めるだけだ。
元々、この二人も謎が多い。レッドアイズは以前の体のときに契約した経緯をあまり話さないし、バクラは言葉の端々にたまに覗かせる程度だ。そのため、城之内が知っているのは、レッドアイズは『親個体』から単体分化してすぐに、研究所のようなところに捕まっていたこと。そこにバクラがやってきて、助け出してくれたらしいことぐらいだ。命の恩人だと思っている節があり、かなりの幼体だったので通常は召喚術の契約はしないにも関わらず、バクラは契約を結んでレッドアイズを使役獣とした。その後、約百年ほど前の大戦で、東の大陸からこちらの大陸に遠隔召喚をし、置き去りにするまで、レッドアイズはほぼバクラの旗艦扱いで戦闘に出たことがなかったらしい。
だから、見捨てられた。
敵陣の真っ只中に取り残され、安全な大陸に喚び戻してもらえないレッドアイズがそう解釈し、絶望したのも当然だ。だが後に獏良が飄々と口にしたことによれば、あれは単なる『獅子の子落とし』のようなものだったらしい。実際にそれでレッドアイズは死にかけたのであるし、やはりバクラの所業は許せない。そう思おうとしても、魔物ですらない純正な存在であるバクラの能力を考えれば、『死』の概念すら曖昧にさせるため、こんな批判も鈍くなってしまうのは仕方がないだろう。
城之内ですらそうなのだ、二度目に本当に死んだ後に復活させてくれたバクラに、レッドアイズはすっかり過去は流して懐いている。きっと、全幅の信頼を寄せている。バクラもまたそれを許容しているようだが、本当にそれだけなのだろうか。
「なあ、マスターもそう思うだろ? 悪いのは全部あのヘンタイだよなっ!?」
「ああ、まあなあ……オレサマは、常に、ヤローとは対極に立つしなあ……。」
「だったら、マスターからも言ってくれよ!!」
レッドアイズからすれば、それだけなのだろう。
生まれてすぐに保護してくれた、親のような存在。
だが、バクラはレッドアイズではない存在を踏まえた上で、こうして構っている気がするのだ。そもそも、数多くいる魔物の中から、どうしてこのレッドアイズを迎えに行ったのか。人間の研究所に捕まっていたからといって、いちいち慈悲をかけてはいられない。代行者としての使命を考えれば、人口の調整を行なう必要がない時期の人殺しは、消滅の危機を招く。加えて、レッドアイズは『子』であることから、いわゆるオリジナルではないし、そもそもすべての竜族は別の代行者から創造されたらしいのでバクラとは関係がない。
それでも、バクラはレッドアイズを迎えに行った。
そう、『迎えに』行ったのだ。自らの元に来るのが当然だという意識が、そこには垣間見えている。
「なにをだよ、ヘルモス?」
「だからっ、悪いのは城之内じゃないって!!」
ヘルモス。
そして、バクラだけが呼ぶ個体名も、とても違和感がある。この名前は、研究所で初めて会ったときから、バクラがそう呼んでいたらしい。マスターがつけてくれたのだと以前レッドアイズは嬉しそうに話していたが、城之内は信じていない。
バクラがレッドアイズをヘルモスと呼ぶたびに、微妙な顔をする存在がいるためだ。最初は、単に仲が良さそうに見えて嫉妬じみた感情にさらされているのかと思った。だが、きっと違う。痛みを伴い、ときにつらそうに歪められる視線は、その者のマスターを見つめるときに似ている。
一度だけ、レッドアイズが不可解そうに、少し怯えたように無理をして笑いながら言ったことがある。
アイツは、本当に優しいんだ、と。
初めて会ったときから、迎えに行けなくてすまなかったと謝られた、と。
「オレサマが言ったところで、小娘には何の意味もねえだろ?」
「あるって、きっと城之内も安心するって!! だから、マスター……!!」
そのときは、レッドアイズも城之内のカタを盗み、瀕死だったので記憶は曖昧らしい。
それでも、レッドアイズがアイツと呼ぶ唯一思慕を寄せる相手。三体目の青眼の白龍、個体名ではクリティウスは、レッドアイズをヘルモスとは呼ばない。レッドアイズの方が、ブルーアイズと呼んでくるからだと言うのかも知れない。だがそれでは、まるでブルーアイズのマスターと同じ理屈のようだ。同時に真逆でもあるのは、ブルーアイズは敢えてヘルモスとは呼ばないことで、同一視を避けている気がすることか。
羨ましいと思ってしまうのが嫌で、城之内はこの思考を無理にでも止めておいた。
聞いたところで、バクラも、ブルーアイズも、やはり答えてはくれないだろう。なにより、当事者であるレッドアイズは聞きたがらないはずだ。
真実を知ることが、いつも幸福に繋がるとは限らない。
そうと分かっていても、既に親友であるユーギに頼みごとをしてしまっている城之内が無意識のうちに体を震わせてしまったとき、ふと二人の視線に気がついた。
「……あ、なに?」
「いや、城之内、なんか気配が揺れたから……。」
「あー……いや、なんでもねえって?」
口を開いて尋ねてきたのはレッドアイズだけだったが、二人とも心配そう、あるいは怪訝そうにしていた。それだけ不安がっていると表に出してしまったかと城之内が内心焦っていると、ますます気遣わしげな顔をしたレッドアイズはバクラへと向き直る。
「なあ……マスターは、なんか知ってるんじゃねえの?」
「……!?」
「何のことだよ」
「だから、よく倒れる原因とか、回復するのに城之内に無茶する理由とか……。」
そして、危惧したとおりのことを尋ねたレッドアイズに、城之内はもう鼓動で心臓が破裂するかと思った。
まだ、聞く勇気はない。
そんな覚悟はできていない。
本当は、ユーギに頼むより、もっと身近で正確な情報を持っている存在がいることは、分かっていた。それでも多忙な親友に頼んでしまったのは、この『かつての同僚のような』存在では、真実の向こう側まで知らされる気がしてしまったからだ。
幾度となく尋ねようとして、同じ回数だけ躊躇い、諦めた。城之内は、本当に怖かったのだ。呼吸も忘れそうなほど動揺し、バクラの言葉を待ってしまった城之内の耳に、あっさりとした返事が届く。
「言いたくねえ」
それには、レッドアイズも面食らっている。
「へ? それって、知ってるけど、言う気がないってことか?」
「知ってるかどうかも、言う気はねえってことだ。だいたい、ヘルモス、てめーには関係ない話だろ?」
「か、関係なくはないっ、だって城之内のことだし!!」
「いいから、てめーはこいつらの件にあんまり首突っ込むな?……それだけで、怯えちまうヤツもいるんだからよ」
「マスター……?」
だが言うだけ言うと、バクラはソファーから立ち上がった。どうやら帰るつもりらしい。確かなことを聞かされないようだと安堵する反面、城之内の中ではまた不安が増した。レッドアイズは、もっと煽られたらしい。慌てたようにソファーから立ち上がると、帰りかけているバクラの腕をつかむ。
「マスター!!」
「……ったく、てめーは、ほんっとお気楽だよな」
まだ海馬の不調の原因を追究するだけのつもりならば、レッドアイズも見送っていただろう。
だが、バクラはレッドアイズがこの件に関わるなと言ってきたのだ。何か悪い影響でも与えてしまうのかと、動揺した様子のレッドアイズに、ほんの少し視線が低いバクラはいつになく真剣な眼差しだった。
「てめーには、覚悟があんのか?」
「マスター……?」
「偽善者がこうなる元凶の一つと、てめーは因縁があるんだよ。これ以上はオレサマも言わねえ、言いたくねえ。覚悟ができたなら、オレサマなんかよりずっと長く寄り添ってきた青い眼の堅物に聞きな」
バクラの言う堅物とは、当然ブルーアイズのことだろう。だが、レッドアイズがそれぞれと共に在ったのは、どちらも百年と少し。比較して、ずっと長くなどと表現されるほど違いはしない。
単純な言い間違いではないのだろう。暗にそう示すことで、レッドアイズを黙らせたのだ。バクラの狙い通り、レッドアイズは何かを察したのか、やや青褪めて呆然としている。それに、軽くため息をついてつかまれていた手を外したバクラは、出て行く前に律儀に約束を果たしてくれたようだ。
「……それと、小娘は悪くねえ」
「バクラ……。」
「すべては、大いなる意思の導きだ。どう転んでも、本質的には、誰が悪いんでもねえんだよ。だから、てめーは、てめーが後悔しねえように生きろ。知りたいなら、てめーになら考えてやるからな」
最後の最後で、親切に見せかけた刃を喉元に突きつけられた気分だ。
すべてではないのかもしれない、海馬の昏倒の原因は分からないのかもしれない。ただ、城之内が覚悟を求められるような、そんな情報をバクラは持っている。
知りたいのならば、教えてもいい。
存在意義を思えば、慈愛を向けられる対象ではない。選択肢を与えられることは、こんなにも苦しいことなのだと、城之内は痛む胸を押さえて黙り込むしかなかった。
■02
初夏の気配も近づく六月。
季節の移り変わりというものを、最近では楽しめるようになった。もう何千年もこうして見てきているはずだが、寒暖にも疎い自分は、あまり気にしたことはない。配慮していたのは、人型を取り、部下として振る舞う必要があった際に、周囲と服装に差が出ないようにしていたときくらいか。
もう、二千年以上も前の話だ。
まさか、かつての創造主と、再び会えるとは思っていなかった。人か、魔か。どちらかに転生したとしても、契約してもらえるとは考えていない。だからこそ、長い時間をかけて、『子』を生み出した。分身にも近いその者たちは、かつての創造主がいずこかに生れ落ちたとき、必ず馳せ参じて守ってくれるだろう。人であれ、魔であれ、かつてほどの丈夫さを期待できない。
ならば、せめて付き従う最強のシモベが、倍になればいい。
そんな願いを込めて千年前と、二千年前に分化させた娘たちは、多少まだ快活な性格を残してはいるものの、マスターにしっかりと忠義を尽くしてくれている。それだけでも充分だったのに、あの竜導山脈の暗い洞窟の奥で、懐かしい黒い竜と共に寄り添っていたとき、その姿を拝むことになった。
お前の力が必要なのだ、と。
大切な人を救うために、お前と契約がしたいのだと請われたときの感情は、喜びや感動といった単純な言葉では言い表せない。
望まれたこととはいえ、かつて自らが手にかけた創造主だ。
気にするなと労わってくれた最期の言葉が、本心だったのだと教えられ、何も知らない年若い少年となっていた存在に、自分はまた永遠の忠誠を誓った。
「よう、てめーがオレサマを呼び出すなんざ、珍しいじゃねえか」
「……。」
「思い出話に花でも咲かせたくなったか、クリティウス?」
再会することがあったとしても、何も言うな、オレも何も言わん。
すべて忘れろ。
かつて世界と同義語だった頃のマスターからの命を守り、いまだにかつての話をするつもりはない。だがいくら自分が忠実に守ろうとしていても、他から耳に入ることまでは止められない。その代表格が、この存在、かつてはマスターと共に闇の代行者と謳われたバクラだ。
軽い調子で、冗談のようなことを口にしながら穏やかに接する。ここ数千年はあまり接触がなかったが、それ以前は何度か共に行動することはあった。人間を毛嫌いしているものの、最も人間らしいと思ったのは一度や二度ではない。かつて、光の代行者が迷走したときも、消失しないようにと手助けしてくれた。付き合いのよさは、折り紙つきだ。いっそ、人間に紛れるには性格的に問題がありすぎたマスターより、頼りにしていた部分もある。
そんな記憶も、もう遠い。互いに離れている時間が長すぎたし、調整者がこの者だけとなったときから、おそらく、自分たちは袂を分かった。
光の代行者であった『セト』を、殺した者と、殺さなかった者。その溝は大きい。
最初に殺すように頼まれたのはバクラであり、断ると同時にセトは斬りかかる。本気なのだと示すためだけの太刀は、バクラの顔を薙ぎ、大きな傷をつけた。だが純正な存在なので、一時的な怪我など跡形もなく消えるはずなのに、いまだに傷跡が残っている。それだけバクラに深く刻み込まれた痛みなのだと、示しているようなものだ。
人口が落ち着きつつある中で、たとえ現在のマスター、海馬瀬人と契約し俗世へと戻っても、このバクラとまで再会するとは考えていなかった。いや、予感はあっても、会わないでいられるならと願っていただけだろう。なにしろ、百年も寄り添っていた黒き竜が、一度も名は口にしなかったものの、このバクラと契約していることは薄々察していたからだ。
本当に、律儀な存在なのだ。
人間からすれば脅威でしかなくとも、自分のような魔物の立場からすると、バクラは悔しいくらいに誠実だと認めざるをえないのが、また億劫さを増させた。
「……懐かしさを愉しむ感性を、否定はいたしませんが」
「ああ?」
「それは、私や調査者殿に対してだけにしてもらいたい」
先週、マスターが再び仕事中に倒れた翌日から、様子がおかしい者がいる。どうやら昼間に屋敷を訪ねてきたこのバクラが、余計なことを吹き込んだらしい。
しばらくは放置していたのだが、時折すがるように向けられる赤い瞳には困った。そのため、苦言を呈そうと思い、機会を狙っていたのだ。幸いにして今日はマスターの警護を娘の一人が仰せつかっており、自分は自由となっている。これまでのように、奥方である城之内と、その護衛についていくようにして学校へと向かい、時期を見計らって調査者の方に伝言を託した。直接告げるには、いろいろな者の目を盗むのが困難だったのだ。ちゃんと伝えてくれたのかは分からなかったが、それならばそれでもいい、一つの結果だ。大いなる意思の導きには違いないと考え、指定した屋上に、六時間目の授業中に足を運べば、ほどなくしてバクラは現れた。
「なんでぇ、言いたいことがあんならハッキリ言えよ」
「……。」
いつものように、やや粗暴だが親しみも滲ませるという器用な態度のバクラに、はっきりと告げれば怪訝そうにされる。
こちらが言いたいことなど、分かっているだろう。無表情に睨んでみても、臆することも、察することもないバクラは、どこか鷹揚に構えたままだ。
「……レッドアイズのことです。曖昧な言い回しで、誤解を招くような真似はおやめいただきたい」
そう具体的に言ってみれば、バクラはますます楽しそうに表情を歪める。
「嘘は言ってねえだろ、勝手に誤解したんならオレサマの責任じゃねえよ」
「あのような中途半端な言葉では、レッドアイズが誤解するのは当然です。むしろ、仕向けたのでしょう?」
「あのなあ、クリティウス、なんでオレサマが……。」
「レッドアイズを落ち込ませるのは、貴殿も望んでないと思っておりましたが」
「そりゃ、望んではねえけどよ?……おかげで、静かになっただろ?」
「……。」
「あのガキ、知らねえからこそ騒ぎすぎなんだよ。ちょっと誤解でもさせて、黙らせとけ。でないと、小娘の方を迂闊に追い詰めかねねえぞ」
あっさりと指摘されたことには、反論ができなかった。
確かに、現状を全く理解していないレッドアイズは、表面的なことだけで責め立てる。それが、奥方である城之内の負担になっていることは否めない。今は自分にも何かしら因縁があるのかと勘繰り出したようで、下手に騒ぐのはおこがましいことなのかもしれないと、想像だけで様子見に入ったのだ。
バクラはそれを狙って、敢えて曖昧なことを言ったのだろう。だがすべてが嘘の産物であれば、自分もここまで危惧することはない。
「……ですが、レッドアイズがすべてを知れば、それもまた奥方様を追い詰めることになると思いますが」
どうやらバクラは、覚悟ができたらブルーアイズに尋ねろという、傍迷惑な助言までしてくれたらしい。
不安そうに真紅眼を揺らすレッドアイズは、どこまでのことを想像しているのだろう。真実を垣間見れば、バクラが配慮したつもりらしい城之内がますます苦しむのではと指摘するが、笑い飛ばされた。
「それはねえなっ」
「そうでしょうか、『ヘルモス』がかつての奥方様を……。」
「そっちじゃねえ、てめーがヘルモスに伝えられねえだろって言ってんだ」
また唇を噛み締めそうになった。バクラは教えるつもりはないようなので、知るとすれば自分から以外にありえない。そうなると、確かにレッドアイズは何を知ることもない。かつて、光の代行者と呼ばれた純正な存在が、死を決意しヒトに堕ちることを望んだ原因。二度目に目の当たりにした最愛の人物の死を直接的に齎したのは、黒い鱗に鮮血のような瞳をした勇猛な竜だった。
「アレで、ヤツは完全に気が狂っちまったしな。うっかり教えでもしたら、今のヘルモスだってやばいだろ」
「……。」
「いや、今のヘルモスも、あの小娘を一度殺してるんだったか? つくづく因縁が深いよな。ああ、それより、オレサマも一つ気になってることがあった」
「……なんでしょうか」
気が狂ったというのは大袈裟だが、確かにあの一件で元々気弱なところもあった真紅眼の黒竜は、塞ぎこむようなことが多くなった。覇気がなくなり、戦うこともできない。それが決定的になったのは、数百年して、代行者だったマスターが消滅してからだ。
その原因を作ったことに、きっと心を痛めていたのだろう。
気がつけばふらりといなくなっており、それっきり消息がつかめなくなった。
「てめー、なんでヘルモスから目を離した」
「……おっしゃる意味が、分かりませんが」
「ヘルモスは、偽善者のシモベの中でもてめーには懐いてた、一番頼りにしてたと言ってもいい。小娘の『前』を殺して、脆くなったヤツが、危険だったことは分かってたはずだ。なのに、なんで見捨てた」
「……。」
「結局、てめーもヘルモスを恨んでるってことか?……てめーは、実際にマスターを殺しやがったくせによ」
正直に言えば、ふらりといなくなったとき、それが最後になるとは思っていなかった。
もっと言えば、望まれたことであっても、自らが代行者であるマスターを殺したことで、余裕がなかった。再び生を受けるはずのマスターに、まだ何かできることはないのか。それで頭はいっぱいになり、他のシモベだった者たちへ思いを馳せることができなかったのだ。
そのことを淡々と指摘してきたバクラは、やがて大きくため息をつくと、ガシャンと音をさせて屋上のフェンスへと寄りかかる。そして澄み切った空を眺めながら、独り言のように呟く。
「……『今』のヘルモスへの態度は、同情。罪滅ぼしってことか」
「……。」
その言葉は、グサグサと胸に突き刺さるようだ。そういう側面があったことは、否定できない。だが今はもうそれだけではない気がすることが、救いになるのか、より救いようがないことなのか。自分には分からない。
「……お互い様だと思いますが」
だからこそ、精一杯の強がりでそう言ってみれば、バクラは自嘲するように笑う。
「まあな、オレサマだって迎えに行けたのもたかだか二百年前だ。まさか、単体分化に二千年以上かかるなんざ、あんときは予想してなかったからな。偽善者のヤロー、適当な約束しやがって」
「マスターは、貴殿には気遣う心積もりは微塵もありませんでしたから……。」
うっかり和みそうになったのは、マスターがまだ代行者だった頃、オリジナルの真紅眼の黒竜が単体分化した後の個体は好きに契約していいと、バクラに口約束したときのことを思い出したからだ。
あの頃が、一番楽しかったのかもしれない。
誰も失っておらず、時間や存在の重み、あるいは違いというものを、まだ本当の意味では突きつけられていなかった。これでは、最初にバクラの言った『思い出話に花を咲かせている』かのようだ。戯れ言にしかすぎないと一蹴したはずなのに、変に空気が穏やかになったところで、冷たく一変される。
「ところでよ?……わざわざオレサマを呼び出して、ほんとにヘルモスの話題だけか?」
「……。」
「……まあ、分かりきったことではあるけどな。あんだけ頑なに口を噤みやがったクリティウスが、昔の話をしてくるなんてよ」
ニヤニヤと、人間でもないのに人が悪そうな笑みを浮かべてくるバクラは、冷酷なのに愉しそうだ。
存在が純正だからこそ、その感情が色濃く気配に出る。隠そうともしないその気配に、絡み付いてくるような懐かしさをなんとか振り切った。
「……率直に、お尋ねします。闇の代行者殿は、どう思われていますか」
そう口にすれば、バクラはフェンスに寄りかかったままでしばらく笑っている。
何に対してだとからかわれるのかと思ったが、そうではないらしい。
「あのよぅ、ヘルモスもそうだったけど、なんでオレサマなら分かるって思い込んでんだよ? 買いかぶりすぎだっての」
「……確証がなくとも、構いません。貴殿の意見をお聞きしたい」
謙遜ではないことは、漂う気配で理解した。本当に、バクラにも分からないのだろう。正確には、推論がある。だが、確証には至っていない。あるいは、確かめようがないことなのかもしれない。
「ただの憶測なら、てめーにもあんだろ?」
「……貴殿の感想を、お聞きしたいのです」
「てめーと、オレサマは、差し引きすれば同程度の情報しか持ってねえんだ。共通なのは、共有した時間。それぞれ違うけど、比べれば同じくらいなのが、オレサマは同じ代行者としての感覚。てめーは、忠実なる第一のシモベとして傍に在ったことによる経験」
「……つまり、私の『憶測』と同じと考えていいのでしょうか」
「だろうな、残念ながら。あの偽善者の夢は、高望みだったってことだ」
そんな一言で、本当に憶測が一緒だったのだと分かり、また言葉に詰まった。
何が原因なのか、どこがいけなかったのか。
悔やんだところで、意味はない。ただ、最初から無理だったというだけの話だ。きっと世界が許容するには、二千数百年では早過ぎたということなのだろう。
「まあ、オレサマたちは目的は違えども、望む結果は同じってことだな」
「……。」
わざとらしく嘆くように言いながら、バクラはフェンスから背中を離し、歩き始めた。
踏みしめる一歩一歩が、終焉を願い、絶望を引き寄せてくるようだ。
「……私は、その方法も違うと思いますが」
人ではない、魔物でもない。
もっと純正な存在は、世界そのものだ。
この者が動き出すとき、必ずヒトは種としての方向を揺さぶられる。かつては同じ使命を担っていたマスターも、今となってはその枠から逃れることはできない。
「それで構わねえよ。結果さえ同じなら、オレサマはてめーと手を組める」
「……私には、そのつもりはありませんが」
「嫌ならそれでもいい、こっちは勝手に共闘のつもりになっとくだけだしな。……ああ、そうだ、クリティウス」
「はい?」
そのまま横を通り過ぎ、屋上から出て行くのかと思われたバクラが、ふと足を止める。
深刻な気配が一掃され、明るい調子で名を呼ばれたため、身構えることなく振り向けば相変わらずの残酷さを思い知らされた。
「オレサマに確認してきたってことは、てめーには、もう一度やる覚悟があるって考えていいんだろうな?」
「……。」
何をと告げなかったバクラだが、頬の傷がまた濃くなったように見えた。
次は、躊躇ったりしない。
そんなバクラの方の覚悟のようにも見え、自分はただ、黙するしかなかった。
「ほんっと、ブルーアイズ、どこ行っちゃったのかなーっ」
「……。」
「気がついたら、マスターもいねえし。ブルーアイズはまだしも、マスターは一応生徒なんだから、授業サボるのよくねえよなっ、城之内?」
「……うん」
努めて明るく言うレッドアイズに、城之内は小さな相槌しか打てない。そもそも、その二人に対して城之内はレッドアイズほど執着や絆はないのだ。だが、ここのところ、少なくともどちらかは一緒に行動することも多かったので、やや物寂しいという印象だけは同意してやれた。
海馬が倒れてから、約一週間。今のところは、元気に仕事をしているようだ。それだけが理由ではないようだが、レッドアイズも海馬を非難する言動は鳴りを潜めている。
「あっ、城之内だけだと嫌だっていう意味じゃないんだぜ!?」
「分かってるって」
おそらくは、海馬が倒れた翌日、学校を休んでいた城之内のところにふらりと現れたバクラからの言葉が、レッドアイズは引っかかっているのだろう。
まるで、現在の海馬を作り出すことになった原因の一つだと糾弾された。正確には、遠因かもしれない。自分は無関係だと信じて疑わないからこそ、他の者が黙りがちなので声高に主張しようという変な気負いも見えていたレッドアイズは、かなり不安になってしまったらしい。
時折、ブルーアイズに尋ねたそうな視線を送っている。
それに、ブルーアイズは困惑しつつも、具体的に尋ねられなければ口を開かないという態度に徹している。
「なあ城之内、そろそろまたテストだよなあっ」
「嫌なこと言うなよ、レッドアイズ……。」
「やっぱ、テスト前の一週間じゃ足りないって!? 期末テストは、もっと前からちゃんと準備して臨もうな?」
ブルーアイズの、生真面目だが頑なな反応が、余計にレッドアイズを不安がらせている気がしないでもない。だが思い詰めるというほどでもなく、比較的明るい様子には城之内も助かった。
この日は、六時間目になった時点で、バクラは教室からいなくなっていた。ブルーアイズはいつもいるような、いないような感じなので、正確にいつ学校を去ったのかは分からない。少しだけ、また海馬が倒れ、本日の護衛であるキサラに呼び戻されたのかとも考えた。だがどうやら屋敷から迎えが来るようなこともなく、そこには安堵したところでレッドアイズからはテストの話をふられる。
「今度は大丈夫だって、オレそんなにずっと勉強してたくねえし」
話題を変えられることは歓迎だが、それがテストや勉強のこととなると気が滅入る。中間テストの追試対策が終わったばかりだという意識が、まだ強いのだ。それでまたテスト勉強などと、正論と分かっていても聞きたくない。
「頑張らねえと、夏休みなくなるかもしれねえぞ?」
「うっ、それは、イヤなんだけど……!!」
「大体、いつ勉強時間が削られるか分か……ああ、まあ、とにかく頑張ろうなっ!?」
時間があるときに、勉強しておいた方がいい。
いつまた海馬が倒れ、それどころではなくなるかもしれないのだから。
そんなふうに続けようとしたレッドアイズは、ハッと気がついたように言葉を飲む。あからさまな気遣いに、城之内のため息が止めることはない。それでも、以前のように憤慨して叫ばなくなっただけでも嬉しいと気を取り直し、適当に頷いておく。
「……夏休みに補習ばっかりなのもイヤだし、まあ、そこそこ頑張る」
「よ、よし、そうと決まれば早速……!!」
まだテスト範囲も発表されていないのに、気合いを入れ始めたレッドアイズには笑ってしまう。
そんな会話をしながら、特区にある屋敷まで並んで歩いて戻ってきたとき、出迎えてくれた執事が城之内へと報告した。
「奥様、先ほどご親友から連絡がございました」
「え?」
親友とは、王都にいる二人のことだ。海馬と同い年なので、城之内からみれば十七歳年上なのだが、双子の兄の方は高校生のクラスに混じっていても違和感がないような外見である。忙しい身なので、クラスメートでもある遊戯はここのところ学校でも会っていない。もう一人、双子の弟の方は国家元首であり、もっと多忙なのは明らかだ。
そのため、まず連絡があったことに珍しいと思った。次に、何故屋敷に入ったのかに首を傾げた。レッドアイズもそっくり同じ角度で首を傾げている。
「城之内の親友って、どっち?」
「これは失礼致しました。武藤アテム様の方でございます」
かつて童実野が閉鎖的だった頃、身分を隠して赴任していた国家元首の武藤アテムは、武藤ユーギという兄の名に似た響きの偽名で通していた。そのため、今でもユーギと呼んでいる親友からの連絡とやらに、城之内は思わず足を止めてしまう。
「……ユーギが、何だって?」
そもそも、ユーギにしろ、遊戯にしろ、城之内とも携帯電話などの番号やアドレスを交換している。私的な内容であれば、そちらに入れればいい。それを敢えて屋敷にまず連絡を入れたのであれば、他に考えようはなかった。
「久しぶりにこちらに来る用事ができたので、お立ち寄りくださるとのことです」
「……。」
「あと三十分ほどで、到着されるようです。居間でお迎えする支度は整えておりますので、奥様も、ご準備ができましたら足をお運びくださいませ」
別の用事のついでだという口実のようだが、そうではないと城之内は直感する。
きっと、何かしらのことが判明したのだ。
一週間前に、バクラには尋ねられなかったことを、今度こそ聞かされるのかもしれない。
「奥様……?」
「城之内……?」
「……あ、うんっ、なんでもねえ。そっか、ユーギに会うのは久しぶりだよな、オレもすげぇ楽しみっ」
バクラのときと違うのは、ユーギに対してはそもそも城之内から調べて欲しいと頼んだのだ。
何を知ることになっても、後悔はしない。
今の閉塞した状況を打破し、たとえ苦難の道であれ一歩を踏み出すには、まず何を恐れても『知る』ことだと城之内は覚悟を決めた。
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