『"Obey ma ALL"』より お試し版 -02.








※注意※


この本は、BNBというパラレルのシリーズ第8弾です。
BNB6はまだ在庫があるので、これから読むとネタバレになります。
同時購入を予定されている方は、ご注意ください。


★以下、BNB6のお試し版の注意文に同じ★

BNB6は単独でも読めますが、気になる方は「BNB1-5 あらすじ」を先にご覧下さい。
尚、BNB1-5の再版・再録予定は一切ありません。
ご了承下さい。

また、BNB6のメインは海城(=作中表記はセトジョー)ですが、バクラ受を含みます。
それぞれのカプが恋愛的に錯綜することは一切ありません。
完全に独立・並存しているWカプですが、苦手な方はご遠慮下さい。
※BNB1-5のあらすじを読めば分かる細々とした注意事項はここに羅列してません、多すぎて… ごめんなさい…


あと、本田と御伽の偽者率がパネェので、ご注意下さい・・・


★ここからBNB8限定の注意文★

この本もBNB7に引き続き、カプとしては本バクがメインです。
海城は友情出演程度なのでご注意ください。
ただ、メインとしては御伽かもしれません。
カプに恋愛的に絡むわけではないので、当て馬や三角関係等はありません。




↓よろしければ、スクロールをしてどうぞ。




























■01





 始まりは、六月の末だった。
 そもそも、三月で藍東公国の暫定公爵、マナの補佐官の出向期間を終了させたオトギに、役職としての肩書きはない。もちろん、所属はゼロ隊のままであり、称号は戦術官だ。だが一ヶ月ほど休暇を取った後、四月終わりに王宮に戻ってからは、主に連邦の王であるユーギの事務仕事を手伝っていた。
 事務官というほど専任ではなく、また補佐官というほど権限はない。本当にただの手伝いだ。ユーギが書類に追われてめそめそし始めると、本人か、見かねたユウギからのお声がかかる。あまりに手伝いすぎるとユーギがこれ幸いと押し付けて、ふらふらと討伐案件に参加したりするので、ユウギが笑顔で遠慮を申し出てくる。稀代の召喚師として謳われるユーギの腕は惜しいが、やはり王自ら出陣となればいろいろ厄介な問題も起きるのだ。調整は実に難しい。
 そのとばっちりというわけではないが、最近自公国の討伐部署に魔道具を導入したいらしい北端の公爵からの短期出向の依頼を受けることになった。滞在期間は二週間ほどだが、移動を考えれば更に前後一週間は王都から離れることになる。涙で見送ってくれたユーギには、自分は書類製造機にしか見えていなかっただろうが、感謝もしている。やはり、自分が究めようとしている道を評価されるのは、相手が誰であっても嬉しい。カイバ公国での指導を終えたのが六月半ばで、王都に帰還したのがその一週間後。途中で十年ぶり近くに立ち寄ることになった父親の家で起こった襲撃劇が、今の状況の元凶とも言えていた。
「まあ、思ったよりは真面目に参加してるみたいだし、たぶんよかったんだよね」
 ちなみに、それはオトギ自身を取り巻く環境ではない。
 地方の元討伐隊長とはいえ、引退した今ではただの民間人だ。しかも、私的な苛立ちで襲撃するなど、一人で一個大隊の戦力と謳われる誇り高きロストナンバーにあるまじき行為である。
 そんな大義名分で、バクラを処分するようユーギに進言した。正確には、強制した。
 半分は、大陸を飛び回ってあまり王宮には来ないバクラに、唯一の血縁である獏良がひっそりと寂しがっていると知っていたからだ。だがその気遣いだけではなく、そもそもバクラにはきちんとした教育が必要だと常々感じていた。
「……。」
 言えば思い出すことでも、きちんと理解して心得ていないことがバクラには実に多い。
 当人の性格もあるが、大半はやはり指導不足なのだ。この大陸は、今のバクラが生身で生きていたときより千年も経っている。同じように人柱として埋められた獏良も、この世界を正しく認識するのに数ヶ月かかった。バクラの場合は、礎だった頃の記憶が中途半端にあることと、それより先に解決すべき恋愛事情があったので後回しにしていたが、いずれきちんと整理させる必要がある。
 だからこそ、これはいい機会である。
 バクラもいろいろと希望はあるだろうが、この世界での常識と、肩書き、組織や課せられた使命を理解した上で、その枠組みの中で叶えてほしい。
 ただ、それは自分の勝手な期待と願望だとは知っている。
 選ぶのは、バクラ自身なのだ。
「……まあ、判断材料くらいになれば、御の字だろうなあ」
 今のバクラは、かつてのバクラではない。全く同じに育つことはありえないし、あったとすれば面白みに欠ける。
 公人としての高潔さを期待しつつ、私人としての横暴さを好ましく思う。
 バクラとは、そういう奇特な存在だ。どう振れるのかはまだ分からないが、取り敢えずは知った上で選んで欲しいという個人的な我儘で、オトギは講師役をユーギとユウギに託した。
 自分がしてもよかったのだが、どうしても恣意的な内容に偏る気がしたのだ。
 それに加えて、今のバクラとはどうも距離を測り損ねている。
「……。」
 理由など、単純だ。今のバクラには、関係を明確に示す直接的な肩書きが存在しない。
 初対面のときは、同行者で、重罪人で、救出作戦の要だった。
 再会してからは、補佐官として仕える上官であり、大陸殺しの主犯だ。
 甦ってからしばらくは、友人と結ばれるべき運命の相手だったが、それが叶った今となってはいまいち直接的な関わりはない。
 友人ではない、上官でもない。同僚という曖昧な括りはあるものの、正確にはバクラたちはゼロ隊の正規要員ではない。成長してほしい方向性はあるものの、私的願望という自覚はあるし、そうならなくても失望しない自信がある。予想外ならば、それはそれで愉しめるのだ。興味はあるものの、接し方はいつも迷う。かといって、殊更離れようとすればあっという間に懐に入って無茶を要求してくるし、ほとほと手を焼いているというのが本音だ。
「……。」
 最近は、少しずつ将来のことが見えてきた。あるいは、覚悟がついてきたのかもしれない。
 きっと、自分のことは自分で決めなければならないのだ。
 極めて原始的な一般論であるし、幼い頃からその持論でのし上がってきた自負もある。むしろ、ここ二年くらいとはいえ、他者に自分の人生を委ねかねない心理に陥っていた方が問題だ。
 自分は、共に歩む存在にはなれない。
 悲観的な開き直りではなく、最初から知っている事実である。ただ、落ち着いて自分自身のことを考えられるようになった理由に、たとえどういう道に進んでも都合のいいときだけは絡んでくるのだろうという、致し方ない事実に気がついたことが大きい。血縁でもないし、恋愛対象では全くない。それでいて、利用されることを疎ましく思うならまだしも、安心してしまう自覚はずっと前からあった。
「……まあ、僕は僕のしたいことをすればいいか」
 肩書きという名の大義名分を欲しているのは、きっと自分くらいなのだ。
 バクラは必要があれば、何の躊躇も見返りも示さず、他人を動かそうとする。駒は有能で、且つ特殊性を持った方がいいだろう。いくらでも代替が効く駒に、特別な価値などない。魔力が絡む方面においては大陸でも随一の実力の持ち主であるし、事務処理以外で自分に特異な分野があるとすれば、きっとこれだろうと射筒を握った。
「……。」
 魔道具には、まだまだ可能性が広がっている。
 使い手の得手不得手を考慮しなくていいので、代替できる魔法の幅がぐっと広がるのだ。だがいかんせん、どうしても裏方のイメージが強く、開発にも実用にも積極的な組織は少ない。ムトー公国が最も進んでいるが、それでも実戦配備されているわけではなく、魔力の節約を目的とした個人が独断で使用を選択する状態だ。
 部隊から支給される正式な装備ではなく、また訓練学校などでも興味がある者だけ自主的に学べる分野に留まる。現金な話だが、訓練にも使用にも出費がかかりすぎるのだ。地方では入手がそもそも困難であるし、教える側の人間も育成されていないため、ほとんど独学に頼るしかないのも習得を妨げる要因だろう。
 経済的理由と、流通的理由、何より習得までの費用対効果で普及が進まない。かつてオトギがユウギに誘われて中央の討伐組織に転籍を決めた理由に、やはり魔道具が最も入手しやすいという側面は大きかった。ただそれは、どこまでもオトギ本人が戦場で使うことを念頭に置いている。だが最近は、自分の多様性を極めることより、それを必要としている人々に広めたい意識も強くなってきた。
「……。」
 当然ながら、カイバ公国での経験が大きい。
 組織的な導入を検討しているとは聞いていたが、それがどれくらい本気なのかは疑っていた。大きな組織であればあるほど、なかなか動かないことは身をもって知っている。
 だが短期出向で足を運んだカイバ公国では、既にいくつかの魔道具が試作されていた。いずれは公国公認の専用工場を作る予定らしい。総合学校でも専門の教育課程に組み込む準備が行なわれ、特に索敵とフラッグ要員には基本的に魔術と併用させたいとのことだ。
 これは、まだ公国として若いカイバ公国だからこそ、できたことだろう。それ以上に、あの公爵だからこそ推し進められたに違いない。神官制度が施行されてから、公爵は必ずしも行政的なトップではなくなっている。だが元々公爵家を抱えていた三つの公国では、伝統的な君主制だ。聡明な君主が収めれば、公国はいい方向に変わる。カイバ公国はその典型だろう。変わりゆく公国に、魔道具という些細な可能性であっても貢献できたのであれば素直に嬉しい。
「……カイバ公国っていうのも、転職先としてはひとつの案かなあ」
 まず受け入れてもらえるかが甚だしく疑問だが、魔道具の講師としてならば職はありそうだ。
 訓練場の端で石畳に腰を下ろし、愛用の射筒をまた撫でたところで、いきなり両側に人が座った。
「ん?」
「……オトギ、お前は気楽でいいな。こんなところで日向ぼっこか」
 おどろおどろしい気配を漂わせているのは、この連邦をまとめあげる偉大なる王である。この日はまだ六月で、初夏の香りが漂ってくるような季節だ。日向ぼっこというには少し気温も高い。そんな昼下がりに、ユーギが現れる。不思議に思ったのは、今日は王宮内で一日中執務だと聞いていたからだ。
「どうしたの? また書類のオバケに追い回されてる?」
 カイバ公国への出向から帰還したのは一週間ほど前で、溜まっていた書類を片付けてくれと泣きつかれた。だがそれは、一昨日には終わったはずだ。どうやらまだ急がない書類もついでに託そうとしていたようで、笑顔で聡明な兄上が止めたことでオトギはしばらく暇になったのだ。
「オレがいつもいつも書類にばかり打ちのめされていると思ったらっ、大間違いだぜ!!」
「そう」
「……だが、まあ、暇なら手伝ってくれるのはやぶさかではないというか、大歓迎というか、むしろ」
「しばらくは自分で頑張るって約束だったでしょ、もう一人のボク?」
 そして、その聡明な連邦の御者、双子の兄であるユウギが、反対側に腰を下ろして期待に胸を膨らませるユーギに釘を刺した。
 ユウギの言葉に顔を引き攣らせて黙ったユーギは、しゅんと項垂れている。相変わらず、この双子も兄の方が強いようだ。そんなことをしみじみ思っていると、反対側からユウギにポンと肩を叩かれた。
「あのね、オトギくん。書類仕事ってわけじゃないんだけど、ちょっと手伝ってもらえたら助かるなあってことがあって、どうかな?」
 オトギはまだゼロ隊の所属であり、上官はあくまでユーギだ。だが連れ立って現れたことからも、ユーギの依頼でもあるのだろう。むしろ、ユウギは伝達役にすぎないのかもしれない。そこまで想像すれば、自然と警戒した。
「……ユウギくんの頼みなら快く引き受けたいけど、いつも律儀で誠実なキミが、敢えて具体的な内容を言わないでとにかく承諾という言質を先に取ろうとしてるのがちょっと怖いんだけど?」
「さすがだねっ、オトギくん」
「勘が良すぎるぜ、オトギ……!!」
「ついでに言えば、ユーギくんがやたら凹んでいることから推測したら、例の厄介な御仁に関わる件じゃないかと思って余計に気が引けるんだけど?」
 詳しいスケジュールまでは知らないが、この二人は今謹慎中の討伐協力者に講師としていろいろ教えていたはずである。
 不真面目な態度に業を煮やし、手を焼いた挙句、諦めたのか。そもそも確実に脱走したがる保険としては、肩書きでは副官、実質的には恋人を同伴させているはずだ。だが恋人は難しい講義などさっぱり理解できないだろうし、当人は恋人に甘えたくて仕方ないだろう。罰である講義などそっちのけになることは、容易に想像がつく。しかもそうなったあの二人を、ユーギやユウギでは強く止められないのも察すれば、内心で同情した。
「あれ、そこまで推理できてるなら、逆に胸が弾まない?」
「……僕は別に彼らのストッパーじゃないんだけどね」
「あいつは、二言目には童貞童貞と、オレたちのことを苛めるんだ!! ここはもう、童貞じゃないオトギしか太刀打ちできないだろうっ、というか躾はお前がしてくれ、いやするべきだ、いやむしろ何故これまでしてこなかった、あちらの姿で詰られると普段以上にオレは傷つくんだぜ!!」
 どうやら、今日は少女の姿らしい。確かに一見すれば十歳近く年下に見える異性から童貞呼ばわりされるのは、傷つくかもしれない。だがユウギは平然としているし、ユーギも今更『童貞王』くらいでここまで凹むとも思えない。単純に、やはり積もり積もった結果なのだろうと察したとき、楽しそうな声が響いた。
「……なんだっ、てめーらココにいたのかよ!!」
 直後に駆け寄るような足音が聞こえたので、オトギは慌ててその場から立ち上がる。そして石畳から下りて振り返れば、片足を上げた状態でまさに少女が立っていた。
「てめー、逃げんなよ」
「あのさあ、大人しく蹴られてあげる義理はないだろ? それより、どうしたのさ。講義中じゃなかったの?」
 ユウギは石畳に座ったままだが、ユーギはそそくさと離れていた。蹴り損ねた足がくるとすれば、自分だという自覚があったのだろう。それは間違いないとオトギも思うからこそ再び同情しつつ、久しぶりに顔を見たバクラにまずはそう尋ねてみた。
 謹慎が決まってから、講義には同席しないのでまず会うことはない。討伐にも出かけないため、書類を作れと居丈高に頼みに来ることもなかったのだ。一応は同僚にあたるが、同時期に王都に滞在していてもすれ違うことすらない。それをしみじみと実感した一週間は、休暇や出向で遠方にいたときよりずっと長く感じた。
「童貞王の話がつまんねえんだよ!!」
「バクラ、どうしてまたオレだけ名指しで……!!」
「ユウギくんは講師してないの?」
「ボクの話はそれなりに聞いてくれるよ、おやつをいっぱい用意してるからね」
「ユウギ、今日は暑くなっから冷たいやつ用意しとけよ!!」
 やはり、子どもの扱いはユウギの方が慣れているようだ。弟もこうしてあしらってきたのかもしれない。それならばユウギがすべて講師をすればいいとも思ったが、時間的にも、権限的にも無理なのだろう。どうやら本当に手を焼いているのか、冷たいおやつを約束してやっているユウギも苦笑していた。
 そこに、少し遅れてもう一人やってくる。バクラが途中から走り出したので、距離ができていたホンダだ。自然と後ろからバクラの腰に手を回し、もう一方の手で頭を撫でながら口を開く。
「オトギ、邪魔して悪いな。訓練中だったんだろ?」
 ホンダがそう言ったのは、ここがまさに訓練場だからだ。王宮の端、どちらかと言えば同じ敷地内にあるだけで、ゼロ隊本営の裏という表現になる。普段はユーギたちが足を運ぶような場所でもない。更に言えば、ここは建物が近すぎることもあり、広さでは中途半端なため本当に訓練したい場合はもっと離れた場所を使うのが常だ。おかげで、いつも穴場のように無人なのでオトギは暇を見つけて通い、魔道具の調整などを行なっている。
 ちなみに、オトギは知らなかったが、ユーギたちは数年前はよくこの訓練場に足を運んでいた。当時はまだゼロ隊にいた親友と、公爵になったばかりの北端の青き誉れが、剣の手合わせをしていた場所だからである。オトギはゼロ隊に招聘される前なので当然知らないが、ホンダは何度も眺めたことがあり、その印象からこの場所は訓練場だという意識が強かった。
 だが今日に限って言えば、オトギはまだ一つも魔道具を放っていない。それが余韻で分かるのか、バクラは不満そうだ。
「なんだよっ、訓練なんかしてねえだろっ。オレサマたちがユーギの小言聞かされてうんざりしてるってのに、戦術官殿はのん気に遊びやがって!!」
「オレが小言を言わなければならないくらいバクラの態度が……!!」
「仮にそれが事実だとしても、僕が遊んでたことをキミに責められる理由はないと思うんだけどね。それより、獏良くんは同席しないの?」
 いまだ一人だけ石畳に座っているユウギに尋ねれば、空気が一瞬緊張した。バクラが黙り込んだのだ。魔物としての気配を殺気として感知できるほど、バクラは動揺している。だが不真面目な態度を正したいならば、自分よりよほど適任だろう。そう思っての質問に、ようやく立ち上がったユウギが服についた砂を払いながら答えてくれる。
「獏良くんは、ちょっと難しいんだよね」
「そうなんだ?」
「……組織の編成とかさ、魔術師の資格とか。そういう話、まだ聞かせたくないみたいだから」
 苦笑してユウギが付け足した言葉で、ふいっとバクラが拗ねたように黙り込む理由はよく分かった。
 要するに、講義の内容が獏良では当事者すぎるのだろう。かねてより、獏良はいつまでも連邦の手厚い庇護を受けることを良しとしていなかった。できれば仕事をしたい、せめて自立した生活を送りたい。そんな希望を叶えるとすれば、偏りはあっても大きな魔力を生かすことをまずは考えるだろう。更にバクラと関わらない仕事に就くはずもないので、どうしても結論を急いでいるような気分にさせられるに違いない。
 獏良はあまり気にしないように思うが、とにかくバクラは双子の兄には過保護だし、同時に臆病である。大切すぎて、警戒心が強くなる。嫌なものは嫌だと無言でも饒舌に訴える様子に、強引に勧めるつもりもなかったオトギは、そこは大人しく納得する。
「そっか。でも、だからといって僕も暇ってわけじゃないんだけどなあ」
 手にしたままの射筒でなんとなく自分の足を叩いてみせながら、わざとらしく言っておく。
 そもそも、講義に真面目に参加させたいというのはユーギたちの意向であり、バクラ本人の希望ではない。余計なことをして無駄な不興は買いたくないのだ。同席しても小言を言う相手が変わるだけだとバクラも分かっているだろうと思ったのだが、どうやら目先の興味を優先したらしい。
「何言ってんだよ、どう見ても遊んでたじゃねえかっ」
「失礼だね、ちゃんと仕事だよ。これから魔道具の調整をしようと思ってたところさ」
 嘘ではない、むしろ時間が取れればいつもしている。だが、ホンダに腕を回されたままで、バクラは不思議そうに首を傾げる。
「今更てめーに調整とか必要なのか?」
「それは珍しくお褒め頂いてるって解釈でいいのかな? まあキミには分からないだろうけどさ、魔道具って、ほんとに種類が多いんだよ。ついでに製造元によって同じ名前でも全然発動具合が違ったりする。天候や地理的条件なんかでも、違ってくるしね。どういう状況なら何が有効なのか、ほとんどデータがないし手探りみたいなものなんだ」
 もちろん、実戦で持ち込むものは発動具合を丹念に確認し、調整済みのものだ。だがそれではいつまでも種類が増えない。魔道具の最大の強みは、買うことさえできればどんな種類でも扱えるということだ。より多くを試したいというのは、自然でもあり、必然でもある。だが説明をしてみれば、バクラは首を傾げたままだった。ちなみにホンダとユーギも似たような表情なので、やはり根本的に不要な人には分からないのだろうなとオトギは再認識した。
「データがないって、どういうことだ? そもそもこういう効果があるって説明書に書いて売ってんじゃねえのか?」
 だが、バクラが不思議がっているのは、そうして新しいものを試す必要性ではなく、そもそも試さないと実戦で使えないという趣旨の方らしい。魔道具を売っているところなど確実に見たことがないのだろうが、そう尋ねたバクラには、ここでは唯一魔道具に理解のあるユウギが説明してくれた。
「もちろん、書いてあるよ? でも、あくまで予想、あるいは予定。大抵のものは効果の保証まではないんだ」
「はぁ? なんだよそれ、ちゃんと発動するかも分かんねえのに売ってんのか?」
「魔道具ってそういうものなんだよ、て言うこともできるけど。なんて言うのかなあ、発動はするよ、ちゃんとする。でもその効果がどこまで正確なのかはぶっつけ本番て感じかな?」
 ますます怪訝そうにしているバクラは、口頭の説明だけでは理解できないらしい。それを見て、仕方なくオトギは装填用のケースから弾状の魔道具をひとつ出してみせた。
「あのね、これなんかは『対火炎用防御弾』として売ってるの」
「つまり、炎を防げるんだろ?」
「防げるよ、ただしあくまで魔力による火炎のみ。相殺型の魔道具は、標的がないとそもそも発動しないんだ。つまり、射程距離は射筒の性能で左右されるけど、実際に発動した際に、どの程度の範囲に拡散するのか、どの程度の威力の炎なら相殺できるのか、それは試してみないと分からない」
「……そういや、射筒はどういうカラクリなんだよ」
「ああ、僕のは魔力充填型。発射にも魔道具を利用するものとか、発射ごとに魔法をかけるものとか、いろいろあるよ。これは百発くらいは一度の充填で撃てるし、万一切れてもすぐに魔力を注げばいいしね」
 その魔力は大した量ではないので、オトギでも問題なく使えるものだ。理路整然と説明しているのに、バクラはますます怪訝そうな顔だ。理解していないわけではなく、単に納得してないのだろう。
 例に出した魔道具も、もちろん発動範囲は設定されている。ただ表現が『広範囲・持続性なし・中位魔物まで』という曖昧さに留まるのだ。広範囲と言っても、五メートルなのか、十メートルなのか、直線状に広がるのか、円状に拡散するのか、さっぱり分からない。魔物の目安も書かれているが、いわゆる高位には含まれない魔物でも、火炎攻撃を得意とするものは威力が大きい。どこまでも、参考程度だ。射筒によっても性能に差は出るし、とにかく撃ってみないことには始まらないというのが事実である。
「……じゃあ、ぶっつけ本番てことにはならねえじゃねえか。一応はこうして試してんだろ」
 だが、引っかかったのは少し前のユウギの説明だったらしい。確かに、種類によっては事前の試し撃ちでほぼ完璧に調整できるものもある。索敵用や、信号弾などは、そういう環境を作り出して何度も確認をすれば精度が上がる。ただ、それには人数や設備が必要なので、組織に頼るしかない。そういう意味では、まだムトー公国の討伐部署にいた頃、オトギからの要望でユウギが全面的にデータ収集に協力してくれたことは本当に助かった。
 それに比べ、こういった相殺型の魔道具が一番難しいのだ。かつてアンズを守るために翼竜に対して放った魔道具は、まだ楽である。物理反射は、木箱でも岩でも簡単に標的の代用ができるからだ。
「それも種類によるんだよ。これなんかは、特に難しい。そもそも発動させるのに魔力製の炎が必要だからね」
「つまり、魔術師なんかと組んで確認作業を積み重ねなきゃいけねえってことか?」
「時限発動型の火炎攻撃弾なんかで代用することが多いけど、それにしても、魔術師に協力してもらったとしても、所詮は『ヒト』が作り出す炎だろ? 実際に討伐中に魔物から殺意を持って放たれる火炎をどこまで相殺できるのか、それはやってみないと分からない」
「ああ、なるほど」
 完璧なデータを取ることは無理でも、少しでも実戦に近づけた状態でデータを重ねることで、精度を上げていく。魔道具とは、そういうものだ。最も広まっている索敵用のものですら、普段使っている種類のものでないなら、オトギであっても数発は試し撃ちをしないと効力を最大限には引き出せない。
 ましてや、データを取る際に実戦とのずれが大きいものは、期待する効果への精度が落ちるのは当然だ。だからといって試さないわけにはいかず、地道な作業を積み重ねるしかない。使命感に駆られているというより、時間があればそうして感覚を体に叩き込んできたので、仕事という意識が低いのも実は本当だった。
「つまり、こういうことか」
「え?……うわっ!?」
 丁寧に説明を重ねれば、やっとバクラも分かってくれたようだ。
 納得したような頷きに、安堵しかけたオトギだったが、千年輪を握ってニヤリと笑ったバクラに面食らう。そしてほぼ同時に背後に凄まじい殺気と魔物の咆哮が上がり、驚いて振り向きながらも手にしていた魔道具を装填し、ほとんど条件反射で撃った。
「……!!」
「おー……それ、ほんとに炎消せるんだな」
「あのねえ、キミ……!!」
 さして広くない訓練場の中央に、火炎攻撃を得意とする魔物が召喚されている。躊躇なく放たれた魔物の火炎と、まださほど試し撃ちをしていない相殺用の魔道具が接触した瞬間、放射状に広がって一気に炎が縮小した。
 だが、完全には消失しない。
 バクラの契約獣は移動などに特化していない限りほぼ高位に含まれるのに対し、この魔道具は不確かな効能表記でも中位対応とあったのだ。
 やはり、この魔道具は完全防御ではなく、威力削減程度に思っていた方がいいらしい。
 ただし放射状に広がる勢いは早く、また五メートル以上は確実にあるようなので、比較的広範囲に使えそうだ。
 そんな検証結果を頭の中で記しつつ、相殺しきれなかったとき用に続けて装填しておいた二発目を放つ。こちらは相殺型ではなく、魔力の軌道を逸らすものだ。適用範囲が極めて狭いので狙いを定めるのが難しいが、オトギは射筒で難なくそれを行い、威力が弱まった火炎攻撃を訓練場の端に逃がして着弾させた。
「実戦データが取りたいなら、魔物の攻撃で試せばいいだろ?」
「それは理想論であってそもそも火炎相殺用のは残りが……うわあっ!?」
「ほら、火ぃ吹け」
 辺りに爆煙が舞い上がる中、バクラは楽しそうに契約獣へと命令する。
 再び放たれた炎に、オトギはもう覚悟を決めて対峙した。
 せっかくだからという意識も強い。バクラにとっては単なる気紛れというか、からかっている範囲であっても、こうして安全に魔物を相手に魔道具のデータを取る機会など滅多にないのだ。そう気持ちを切り替えて対峙したものの、戦術官が一人で相対することは到底ありえない高位の魔物に、若干憂鬱にもなった。
「……いや、安全かどうかは保障されてないか」
「なにぶつぶつ言ってんだよ、せっかくオレサマが協力してやってるってのに」
 恩着せがましく言っているが、バクラは単にこうして手伝いを口実に講義を抜けたいだけだ。それが分かっていても、指摘する余裕はなくオトギは魔道具を放つしかない。
「……今日の講義はもう再開しないよね」
「……相棒、オレはそろそろ風呂にでも入ってゆっくりしたいぜ」
 今日の講義を中断させた責任を取って明日からはオトギに引き摺ってこさせようと、ユーギたちは勝手なことを頷き合っている。
 そんな口実を設けられなくとも、どうせ押し付けられることは分かっていた。
 なにより、ユウギにも見抜かれていたように周りから関われと命令されるのはむしろ胸が弾んだが、今はそれも死の恐怖とあまり区別がつかなかった。




 六月の終わり、講義の手伝いをする見返りとして、訓練に付き合ってくれるようになった。
 だがそれは単なる口実だ。ユーギたちが講師の講義には大人しく参加するものの、一定時間が来ると訓練だと言い始めてバクラは率先して部屋を出る。要するに、講義に飽きただけである。
 その理由にされるだけであっても、貴重なデータが取れるのであれば有り難い。
 そうオトギは当初こそ謙虚に思っていたが、大きな間違いだと気がつくのは早かった。講義の補助官としては二日目、データ採集訓練としては三日目、まだ暦は六月だ。翌日が休日だということも大きかったのか、講義を切り上げての訓練にも、バクラは早速飽きる。
『うわっ!? ……あっぶないなあ!?』
『いつ何時どこから攻撃されるか、実戦では分かんねえだろ? 訓練だからって気ぃ抜いてちゃいけねえなあっ、戦術官殿!!』
 当初は召喚した契約獣にいちいち命令をして魔道具の投擲と合わせてくれていたが、突然バクラが死なない程度に甚振ってやれと言い放ったのだ。召喚術の契約をしている以上、バクラのシモベは逆らえない。だが本来は本能のままに暴れ回る魔物なので、細かい指示にはストレスを溜めていたのだろう。マスターであるバクラからの指示をこれ幸いとして、いきなり体当たりをかまされそうになった。かろうじて防御魔法を張り、直撃こそ免れたが、大きく距離を取って非難してもバクラは実に楽しそうだ。
『……今のって、バクラくんが地道な作業に飽きただけだよねえ』
『……あいつは本当に何もかもが大味だからな』
『昔から我慢できることとできないことが、両極端な子なんだよ〜、ごめんね〜』
 講師役を放棄されていつものように見学に来ていたユーギと、おやつを持ってきていたらしいユウギ、それに普段より早く散歩に戻ってきていた獏良が訓練場の端でのん気なことを言っている。それぞれの言葉にはもちろん納得できるが、バクラの契約獣はいまだに好戦的な殺気を迸らせて、こちらを睨んできているのだ。
 これでは魔道具の性能確認どころではない。いわゆる実戦訓練に近い。だがオトギはあくまで戦術官であり、こうして一人で魔物と対峙することは想定されていないのだ。万一遭遇すれば、斃すことではなく、逃げ切ることを優先する。だがこの場では逃げようもないということは、はしゃいだ声が教えてくれた。
『殺せとまでは命令してねえから、好きなだけ訓練してろっての。……ホンダぁっ、もう部屋に戻ろうぜ、今日は朝が早い童貞王の所為でいちゃつき足りてねえよ!!』
『オレたちの部屋に戻るのか? 獏良が散歩終えて戻ってるぞ?』
『えっ、あ、宿主サマ、その……!?』
『ボクのことは気にしないでいいよ〜、ユウギくんからのおやつ預かって部屋で待ってるからね〜?』
『宿主サマ……!!』
『待って、待ってよ、みんなそんなにあっさり訓練の放棄を認めてあげないでよ、正直僕は今結構な確率での死を覚悟してるんだし』
 訓練場の端でホンダへと懐き、獏良からも認めてもらって嬉しそうにしている様子は、実に微笑ましい。だが幾許も離れていない訓練場の真ん中に、おぞましい咆哮を上げて突進してくる魔物はいまだ召喚されたままなのだ。
 いくら殺すなと命令されていても、この魔物は高位であるし、加減が分からないかもしれない。瀕死から回復魔法をかけてもらったとしても、痛みには確実に襲われるのだ。場合によってはリハビリが必要になるほどの怪我まで想定しても、バクラはホンダに懐き、おやつが入った籠を抱えている獏良に手を振っている。本気でもう飽きたらしいと察すれば、頼む先は別の双子だ。
『ムトー公爵サマ、助太刀をお願いできない?』
『うん、ちょっと待っててね、今日のおやつはババロアにしたから冷たいうちに食べないと味が落ちちゃうし』
『……偉大なる連邦の王は、どうかな?』
『どういうつもりだっ、オレの大事なおやつ時間を邪魔する気か!! せっかく相棒が持ってきてくれたおやつを食べ終えるまで、死なない程度に持ち堪えてるといいぜっ、オトギ!!』
 稀代と謳われる二人からすれば、この魔物も大したものではなく、大怪我をするはずがないという認識なのだろう。講義室で食べ損ねたおやつを広げ、並んで食べている様は年相応に見えなくて微笑ましい。だが、憂鬱な気分になるのは仕方ないだろう。ユウギの言葉に驚いたように足を止めたのはバクラくらいで、獏良が持つ籠を眺めている。大方、ホンダと早くいちゃつきたいが、おやつを美味しいうちに食べたいという欲求で葛藤しているのだろう。
 そこまで推測すれば、もうオトギも諦めた。どうやら本気でこの魔物と一人で対決しなければならないらしい。
『……結局はシモベに任せて退散するなんて、彼もたいがい格好悪いよねえ』
 ため息混じりの皮肉は、意外に声が大きかったようだ。ちなみにこのときもバクラは少女の姿だった。だがオトギの言葉に低く聞き返した声は、既に男のものだ。
『なんだと、てめー? もっぺん言ってみろ』
『何度でも言ってあげるよ、戦闘はシモベに任せて自分は高みの見物すらしないなんて、召喚師以前だよねって褒めてあげたんだ』
 実際には、召喚師であっても魔術や剣術に長けている者も多い。前者はユーギやマハード、後者はセトなどがその典型だ。伝統的公爵家の出身であるイシズは本来魔術が使えないとされていたので訓練しておらず、またシモンは年齢的な問題で魔術などを多用しないように制限しているらしい。だがいずれにしても、契約獣を戦わせておいて、召喚師がその場を離れるということはまずない。意識の問題ではなく、単純に遠隔召喚状態になると不安定になりがちだからだ。
 その点、何もかもが規格外のバクラにとっては、きちんと指示を与えているので不安など感じていないのだろう。実を言えば、オトギも別に悪いことと思って指摘したわけではない。
 単純に、煽ってでもこの場に引き止めたかっただけだ。召喚師がいなくても、バクラのシモベはずっと忠実に命令を守り続けるだろう。つまり、死なない程度であっても攻撃を出し続ける。億劫な未来しか見えなくて、取り敢えずさっさと降参するので早くシモベを戻してほしいと願っていたオトギだったが、期待は意外な方向に転がっていった。
「……!!」
「……今回も、てめーの負けだな?」
 休日前の訓練で、シモベに戦闘を任せることを揶揄したのは、あくまで訓練場にバクラを引き止める手段に過ぎなかった。だが、バクラは完全な挑発と受け取ったらしい。気がつけば首元に剣を突きつけられ、耳の傍で愉しそうに囁かれた。距離が近いのは、バクラが男の姿を取っているためだ。やはり剣を振るったり、体術を披露するには、記憶がなくとも体が覚えている感覚を優先した方が早いらしい。
「オレサマに勝てたらなんでも言うこときいてやるって言ってんだろ?」
「……僕はそんな報酬を求めた記憶はないんだけど」
「つれねえな、戦術官殿は。どうやったらてめーはその新兵みたいなつたない剣術をやめて、本気を出してくれんだ?」
 本気を出していないのではない、これが精一杯なのだ。
 当然分かっていて小馬鹿にしたバクラは、離れるついでに右へと回り、剣を持つオトギの手を容赦なく蹴り上げた。
「うぁっ……!?」
「……ハイハイ、これでおしまいっ、と。子供の遊びに付き合うのはここまでだ、オレサマは大人らしく遊んでくっから勝手に項垂れてろ」
 刃がほとんど研がれておらず、身分証以外の意味を持たない戦術官の剣が、少し離れた地面に転がる。あまりにも軽い音は、子供の遊びと言われても仕方がないのかもしれない。
 男の姿であっても、二十歳前後に見えるバクラは今ではオトギたちよりやや若い。実感のある年数では、更に幼いのだ。だが悠然と笑って訓練の終了を宣言したバクラは、離れた場所で見学していたホンダへと駆け寄っている。
「ホンダッ!!」
「バクラ、もういいのか?」
 立ち上がったホンダが受け止める頃には、二人の身長差は随分と開いていた。獏良が傍にいる場合を除いて、他に理由がないのにバクラが少女になるときは性的なことを期待している合図だ。長くなった裾を引き摺りながら駆け寄り、同じように長くなった袖は鬱陶しそうに捲り上げて、しっかりとホンダの背中に回した。
 抱きついてくるバクラを、ホンダも腕を回して引き寄せる。ねだられたので、キスもしてやったようだ。今日はユーギが王としての行事で王宮にいないため、午前中は講義がなかった。獏良もまだ戻ってきていない。午後からは間に合えばユーギが、間に合わなかったときはユウギの講義が予定されているので、それまでは気持ちいいことをしていたいのだろう。
 先ほどまでの昂揚した殺気など微塵も感じさせず、ただひたすらにホンダに可愛がって欲しくて全身で懐く。撫でられると、嬉しくて無邪気に笑う。本当に、ホンダのことが大好きなのだ。戻った当初はいろいろすれ違いがあっても、こうして二人はちゃんと絆で結ばれた。自分も頑張った甲斐があったとしみじみ眺めているうちに、二人の姿が建物の中へと消え、深くため息をついたところで話しかけられた。
「……オトギくん、大丈夫?」
「え?」
 面食らったのは、かなり近くから声がしたためだ。訓練の終了を宣言されて気が抜けていたとはいえ、気配にも気がつかないとは間抜けすぎる。そんな自嘲もできるが、声の主を思えば警戒しろと言われても難しい。弾き飛ばされたオトギの剣を持ってきてくれていたのは、いつも理解がある大切な友人であり、ずっと前の上官でもあるユウギだ。
「ああ、ありがとう、ユウギくん」
 今日はユーギと獏良がおらず、また午前中なのでおやつの準備もしていない。だが何か思うところがあるのか、それとも単純に心配なのか。バクラがシモベにではなく、自ら剣を持ってオトギに稽古と称した手合わせをするようになってから、ユウギは必ず見学するようになった。
 ちなみに、バクラとの手合わせではいくつかルールがある。
 開始はバクラの宣言、終了はどちらかが負けたと思ったとき。要するに、稽古なので手を止めなければ殺されていたような段階で、勝負は決まる。当然ながら、今までオトギの全敗だ。他にも、バクラは召喚術も特殊召喚も行なわない。魔術に関しては否定しないが、使うつもりはあまりないようだ。同様にオトギも魔術や魔道具を禁止はされていないが、慣れない剣技に応じるのが精一杯で、まともに繰り出せてはいない。
 能力の差は理解していたつもりだが、この条件でも惜敗すらなく、完敗続きなのか。
 バクラにからかわれるまでもなく、プライドが高いオトギはやや凹みそうだ。だがユウギから剣を受け取ったとき、やけに心配されている理由がやっと分かった。
「……ん?」
「オトギくん、その手首、折れてない? 大丈夫?」
「あー……いや、折れてはいないと思う。けど、ちょっと、いやかなり、痛いかな?」
 剣を弾くためだけに蹴られた右手が、ズキズキと痛んだ。どうやらかなりの打撲になっているようだ。傍で見ていたユウギにも、治療が必要な怪我かもしれないことは分かったのだろう。だが途中で止めることはなく、またバクラを非難するでもない。訓練に怪我がつきものであることはオトギも承知しており、自ら回復魔法をかけたところで、ユウギが口を開いた。
「ねえオトギくん、今日の予定は? 特にないなら、お昼は一緒に食べようよ」
「今の僕には、厄介な御仁の講義態度を監視する以外に、仕事らしい仕事も、用事らしい用事もないなら、そのお誘いは大歓迎だよ」
 傷が癒えても、痛みは多少残る。それが、たとえ魔法をかけても怪我を負った事実そのものはなくせないという、限界のようだった。ユウギから受け取った剣を念のため袖で拭い、鞘へと収める。身分証として提示する以外で抜くことがまずなかったので、専用の布など持ち歩いておらず、結果的に北端の公国専任騎士と同じ仕草をしていることには気がつかないまま、オトギは歩き始めた。
 ユーギも王宮にいれば一緒のことが多いが、今日はまだ戻っていないだろう。その場合、ユウギは自らの公爵邸で食事を取るようだが、午後の予定を思えば屋敷に戻るのは面倒かもしれない。そんなことを考えながら隣を歩いていたオトギに、ユウギはいつもと変わらない穏やかな口調で尋ねてきた。
「ねえ、オトギくん」
「なんだい?」
「……キミは、ほんとに、まだ前線に出たい?」
 だが、内容は穏やかさからはかけ離れていた。初夏の過ごしやすい気候が、一気に冷たく凍りついた気すらする。
 どうして、ユウギはそんなことを尋ねてくるのか。
 どうして、今尋ねてきたのか。
 そもそも、どうしてユウギがそれを知っているのか。
 動揺ゆえに何も言えず、黙り込むしかないオトギに、ユウギは安心させるように笑ってくれた。
「ああ、別に責めてるんじゃないんだ。ほら、キミって、とっても合理的でしょ? 無駄なことって嫌いなタイプだから、もちろんさっきみたいな訓練にもちゃんと意味があるんだよね?」
「……。」
「そう考えたら、凄く有効だとはボクも思うんだよ。……オトギくんが、まだ前線に出たいって望んでるとすれば、ね」
「……そうだね」
 どうやら、単純にユウギにはばればれだっただけらしい。ただ、確信には至っていないようだ。
 討伐部署にいても、必ずしも剣術が必要になるわけではない。現場で魔物と戦うだけが、討伐ではないのだ。それこそ、一年間全く魔物と遭遇せずとも、部署に名を連ね、大切な役割を負っている人員も多くいる。事務官などはその代表だ。
 連邦直属のゼロ隊とは違い、ムトー公国の討伐部署をまとめあげるユウギは、本来は率先して陣頭指揮を執る立場ではない。ただ、本人が極めて優秀な魔術師であることと、組織が成熟してきちんと機能しているからこそ、最も偉い人間が一番後ろの安全な建物の中で毎日ふんぞり返っていなくとも成り立つ。
 かつては、オトギもその組織の中にいた。討伐実戦におけるユウギの補佐という立場だったが、今の戦術官という肩書きとは若干異なっている。
「ボクのところにいた頃は、戦術官というより、もっと大きな枠での戦略担当、後方での作戦立案が主だったよね。討伐に同行することもあったけど、どちらかといえば確認と立案のための調査が目的だったし」
「……そう、だよね」
 地方組織にいた頃は率先して実戦にも参加したが、あれは人手も足りないし、回ってくる討伐案件がさほど脅威ではなかったためだ。自衛程度の魔術で貢献を狙うのではなく、ある意味においてオトギの戦いは魔物と遭遇する前に終わっている。様々なデータを集め、いかに安全で、効率がよく、確実に討伐対象を仕留めるのか。その作戦を立てるのが主な仕事だった。
 ただ、その作戦がどこまで忠実に実行してもらえるかは別であるし、始まってしまえば不確定な要素から変更せざるをえないことも多い。そのため、立案した作戦の実効性の確認と、臨機応変な対応の指示のため、オトギはよくユウギについていった。その頃のことを懐かしむようにユウギに、オトギの表情は無意識にでも強張る。
「ゼロ隊に移ってからはいろいろあったけど、でもそれはキミの評価を下げたりしない。年齢的にも、キャリア的にも、キミが望むなら作戦本部付きになることも可能だと思うんだ」
「……。」
「ねえ、オトギくん。キミはほんとはどっちがいいの?」
 討伐関係の部署から離れることは、ユウギも想定していない。ただ、オトギの生い立ちや、素質を考えれば、ホンダと組んでいた時期でさえ本当はその能力を発揮しきれないと思ってくれていたらしい。
 それは嬉しくもあるが、買い被りすぎだろうとも思う。また何も言えないでいると、人気のない廊下を進みながら、ユウギが声を潜めてそっと囁く。
「……キミが、もうそんなに前線に固執しないなら。ボクから彼に言ってもいいんだよ?」
 その言葉はとても親切なのに、オトギはひどくショックを受けた。ここ数日の、特に剣での手合わせを見てユウギは気遣ってくれたのだろう。それだけ、未熟なのだと思い知らされる。なによりつらかったのは、本気で心配してくれているユウギに、こんなことを言ってしまう自分に対してかもしれない。
「……正直、僕は実戦に向いてないとは思ってるよ」
「オトギくん……。」
 このことは、十人にきけば十人が同じように答えるだろう。
 オトギは、実戦向きではない。決して魔術や剣術、あるいは召喚術を駆使して魔物を制圧していくことに長けた人間ではないのだ。
「どうしたって、僕は僕一人じゃ戦えないしね。戦場に出なくても、討伐に協力できることはいくらでもある。部署には身を置いたとしても、前線には出ない事務方の方が僕には合ってると思うよ」
「じゃあ、やっぱり、今の訓練は……?」
「……でもさ、合ってる合ってないですべてが決まるなら、そもそもこの程度の魔力で討伐部署の実戦関係にずっと留まってること自体が、おかしいよね」
「オトギくん……?」
 ユウギのいる中央組織になれば、組織の運営に関わる分野には魔力がない者もいるが、普通はそうではない。魔物に対抗できる魔術をそれなりに習得しているからこそ、人々に期待され、討伐部署に身を置くのだ。
 だから、分相応なのは認める。認めた上で、それでも活躍できる価値と武器をオトギは磨いてきた。
「いずれは退くよ、きっとキミたちよりもずっと早くに、ね。広い意味での実戦はまだしも、魔物と対峙する距離になるような前線に僕が立てるのは、あと数年じゃないかなとも思う。……でも、それまでは立っていたいんだ」
「……そっか」
 無駄な訓練などしないと見抜いていたユウギは、単純にオトギが前線にこだわっていると思ったのだろう。だが、それ以外の理由があるのかもしれないと勘繰ったようだ。誤解の根拠など聞きたくないが、バクラに忠告してもいいという言葉を考えれば、自明だろう。
 どうして、そんなにも逆らえないように見られているのか。
 呆れてみせれば、きっとまた胸に痛い指摘をされる。何より、これに限って言えば、最初の感想が勘繰るまでもない事実だったので、オトギももう笑って答えるしかなかった。
「どれだけ自分の能力のなさに失望してもさ、僕は、まだ、キミたちの戦いを見ていたいって我儘の方が強いんだ。足手纏いにはならない、なるようになったら潔く身を引く。それは約束するから、立てなくなるまでは、立たせてもらえないかな?」
 思えば一年以上も前、ユーギから藍東公国への出向を命じられたときも、この好奇心がとにかく厄介だった。華麗な魔術や召喚術で優雅に戦う姿は、ユウギやユーギでたくさん見てきた。だが、大陸の源を異にする御仁はどうなのか。まだ礎だとも正確に知らされていなかった時期、魔物に最大の慈愛を持って血塗れになりながら穏やかに首を絶つ姿以上の衝撃は、味わったことがない。
 礎でなくなった今はあまり戦っている姿を見たことはないが、やはりどの召喚師とも軸が違う。それを間近で拝むことを、特権や僥倖と感じられる人物は、恐らくとても少ないだろう。
「それは、ボクじゃなくてもう一人のボクが決めることだけど。でも、ダメだとは言わないよ、言わせないから安心して」
「……ありがとう」
 どうやらユウギも不安は払拭されたらしい。オトギが前線に留まりたい意志もないのにバクラが剣の稽古をつけるのであれば、無駄を通り越してひたすら危険だ。もしオトギから言い出せないのであれば、その役目を買って出ようとしてくれたらしいが、そもそも嫌なら嫌と自分で言える。そう思うのだが、周りには思われていないらしいと察し、そちらにややため息をついたときユウギが笑った。
「でも、オトギくんも、素直なようでいて、そうじゃないよね」
「え? ……そうかな、僕にしては結構珍しく本音を話したつもりなんだけど?」
 すっかり雰囲気は柔らかくなっており、からかうような口調にはやや面食らう。だが、ユウギの指摘には最も驚いてしまったかもしれない。
「うん、大半はそうだよね、ボクを信じて話してくれてありがとう。……でも、ひとつだけ、明らかな嘘を見つけちゃった」
「……。」
「『キミたち』の戦いを見ていたい、ていうの、嘘だよね? 嘘というか、正確じゃないよね?」
「……ユウギくんは、やっぱり鋭いよねえ」
 否定することできない、実際に想定していた姿は決してユウギたちではなかったからだ。
 素直に認めてみせたのに、ユウギは念を押してくる。
「ボクやもう一人のボクとかじゃない、彼らと戦いたいんでしょ?」
「……難しいよね、僕が役に立てることなんて絶対ないんだし」
「でも、キミが望めば彼らは歓迎してくれると思うよ? ……そのときは、藍東公国公爵執務室の再生だねっ」
 軽い調子でまとめてくれた言葉に、オトギはもう何も言えなかった。
 藍東公国は現存し、今の公爵は暫定とはいえマナが収まっている。執務室という名はただの部屋、空間しか示していない。再生などするはずがないし、そもそも一年前の当時すら、全員がすべてを承知の上で結束していたわけでもないのだ。
 それぞれが、それぞれを裏切っている。
 あの頃とは、もうみんなだいぶ違ってしまっている。
 全く同じ状態で再生などするはずがないと知っているのに、それでもユウギの言葉は嬉しかった。夢物語だと自分に言い聞かせなければ、そんな期待をしてしまいそうで、本当に怖かった。














▲お試し版メニューに戻る
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

<< BACK


こんな感じで、オトギの身の振り方の話ぽいです。
カプはそれぞれ幸せです。波風立たないです。
オトギだけぐるぐるしてます。
そんな話でも、よろしければ。