『militant Air=FULL.』より お試し版 -01.








※注意※


この本は、BNBというパラレルのシリーズ第6弾です。
単独でも読めますが、気になる方は「BNB1-5 あらすじ」を先にご覧下さい。
尚、BNB1-5の再版・再録予定は一切ありません。
ご了承下さい。

また、メインは海城(=作中表記はセトジョー)ですが、バクラ受を含みます。
それぞれのカプが恋愛的に錯綜することは一切ありません。
完全に独立・並存しているWカプですが、苦手な方はご遠慮下さい。
※BNB1-5のあらすじを読めば分かる細々とした注意事項はここに羅列してません、多すぎて… ごめんなさい…


あと、本田と御伽の偽者率がパネェので、ご注意下さい・・・



↓よろしければ、スクロールをしてどうぞ。




























■00






「これより、旧ムトー公国北東直轄領、新生藍東公国の公爵授任式を執り行う」
 連邦の王、ユーギ・ムトーの厳かな宣言が響く。
 随分と前に公爵家が断絶した北東の過酷な公国領に、新たな公爵が誕生する。もちろん神官制度に則ったものであり、赴任した公爵は一代限りで公爵家を持つことはない。現存している他の三つの公爵家と違い、公国内の政治に関わることもない。
 ただ、魔物という脅威への対抗手段として。
 力で力を捻じ伏せることだけを望まれた討伐組織の最高峰として、千年宝物を託し、召喚師としての活躍を期待する。
 これは栄誉であり、公国民にとっては希望だ。
 たとえ公爵家を持てない一代限りとはいえ、断絶してからはムトー公国に併合されていた公国が、その自立を取り戻せる。神官という名称が付随していても、公爵は公爵だ。
 平和と安定、なによりも自尊心。
 連邦に不満はない、ムトー公国が嫌なのではない。
 ただ、我らは違う公国の民だ。
 その誇りを、北東の民が約百五十年ぶりに胸に抱くことができる。そんな華々しい門出であるべきこの授任式だが、到底そんな雰囲気はない。よく言えば質素、普通に表現するならば地味。悪意を持って見るならば、失笑と軽い侮蔑すら伴っているように感じる。
「……前へ」
 ユーギの声で、式は粛々と進む。だが、そもそも連邦の王であるユーギ本人が進行していること自体が、今回の異様さの象徴だろう。
 これまで、既に死した者も含めれば二人の人物が神官に認定され、公爵として赴任している。どちらのときも、屋外で、かなり大規模な式典だったらしい。王宮周辺の有力者だけでなく、可能な限り他の公爵も列席する。その場で王たるユーギが千年宝物、厳密にはそのレプリカを渡す。託された新たな公爵は、レプリカではなく、既に所持している本物の千年宝物で契約している魔物を召喚してみせるのだ。
 純血にこだわるあまり、公爵家はいくつもの悲劇を生み出し、多くは断絶した。そもそも純血であっても千年宝物を扱えると限らないのであれば、こだわる必要はない。そんな王の英断で始まったこの神官制度は、一代限りの公爵なのだから、お披露目である授任式では魔物を召喚してみせるのは当然だ。
 だが、三人目となる神官、新たな公爵の誕生の場は、召喚を前提とした屋外ではない。とっくに日も落ちた夜に、王宮の少し広めの間で行なわれている。それでもやや閑散と見えるのは、本来大挙して押しかけてもおかしくない列席者がごく少数だからだろう。
「貴殿を神官に任命し、藍東公国公爵の栄誉を授ける」
 連邦の有力者と言われる連中は、ほとんど出席していない。
 他に四人いる公爵にいたっては、誰一人参加していない。
 それを非難することはできない。そのうちの一人、カイバ公国の公爵であるセトの名代として列席しているジョーノにも、理由は正確に理解しているからだ。
『……え、お前は行かねえの?』
 さすがに最初に命令されたときには驚いた。基本的にセトは王宮に行きたがらないし、年末も差し迫ったこの冬の時期は北端のカイバ公国では魔物が活発になり、公爵であるセトの討伐案件が増える。よほどでない限り公国から離れようとしないことは知っていたが、今回はそのよほどの類だろう。
 なにしろ、新たな公爵が誕生するのだ。北東の藍東公国は、北端のカイバ公国とも接している。更に新たな公爵とも既知とあれば、いくらセトでも足を運ぶと思っていたジョーノに、淡々とした答えが返る。
『要請されておらんからな』
『へ?』
『そもそも、公爵は全員名代を寄越せとのことだ。まあ、気持ちは分かる』
 あの男の授任式だ、派手にしたくないのだろう。
 セトは多くを語らなかったが、やっとジョーノにも察することができた。
 新たに公爵となる男は、普通の人間ではない。いや、人間、あるいは魔物ですらない。そもそも公爵などという立場にしたところで、こちらの大陸のために働いてくれるとも思えない。能力の高さは折り紙つきだが、だからこそ、抱えた爆弾は大きくなる。
 だが、それは仕方がないのだ。
 大陸を異にし、憎悪を糧にした意識の集合体。忘れられた大陸が滅びることがなければ、何度でも甦る。礎として、人柱とも呼ばれる存在は、こことは違う大陸の魔物たちにとっての最後の希望だ。
 そんな存在であると、他の四人の公爵たちは既に身をもって知っている。
 警戒するというより、それでも公爵として任命することにした王たるユーギの心境を慮ると、滑稽さを笑うこともできない。
 これは茶番なのだと、公爵ならば誰でも知っている。
 だからこそ付き合わせてしまうのは申し訳ないと、ユーギは考えたのかもしれない。
「……。」
 今も、恭しく千年宝物、正確には千年輪のレプリカを差し出したユーギに、新たに公爵となるべき男は全く緊張した様子もなく手を差し出し、受け取った。無造作に首へと掛けたのは、今回は魔物を召喚してみせる予定がないため、本物と持ち替える必要がないからだ。羽織っている暗い赤のマントこそ繊細な刺繍が施されているが、中に着ているのは礼服としてはかなり簡略化されたものである。到底、一世一代の晴れ舞台に着るようなものではない。そのことも、この授任式の虚しさを表している。
 ちなみに、マントが暗い赤なのは、藍東公国にはカイバ公国のような象徴となる色がないからである。公国名に色が入っているが、それは藍東公国から臨める海だけやたら濁った深い色をしているかららしい。かつて公爵家が存在していたときも、千年輪の一族は名字を持っていなかった。そのためカイバ公国やムトー公国、イシュタール公国のように、公国名に公爵家の名字が採用されていない。よって、四百年前にはもう古語となりかけていた文字を用いて、藍東公国と定められた。その名称を復活させたのだが、要するに当時から海が濁っていたということであり、おそらく命名したと思われる男はそこにどんな皮肉を込めたのだろう。
 ちなみに、最初に神官制度を用いて一代限りの公爵が赴任した西の肥沃な大地も、名称を改めている。第一公国という名は、第二、第三と続くと不満が出るかららしい。藍東公国は当初第二公国という名になるはずだったらしいのだが、当該公国領民から激しい反発を受けた。既に神官が死してムトー公国直轄領へと戻っている千年錠の公国は、当時も行政的な独立は求めておらず、南西公国領という半自治の微妙な扱いだったのでそんな問題は起きていない。正式な独立では二つ目となる今回の北東の公国領からの提案で、第一公国も西陽公国と名を改めた。こちらは旧名を復活させると、領地換えをされる前のカイバ公国になってしまうので、新しく決めたものだ。
 そんなことを考えながら、ジョーノはそっと列席している顔ぶれを見回す。
「……。」
 北端のカイバ公国、セト・カイバ公爵の名代は、男でありながら妻である自分だ。
 南端のイシュタール公国、イシズ・イシュタール公爵の名代は、弟のマリクらしい。半年前の事件からもうだいぶ回復している様子は、今回唯一の朗報かもしれない。
 西の西陽公国、マハード公爵の名代は、顔も名前も知らない男だ。服装から、討伐組織ではなく、評議会の関係者かもしれない。
 そして中央のムトー公国、現在公爵がいない旧公国領も併合して広大な土地を治めているユウギ・ムトー公爵の姿もない。連邦の王たるユーギの双子の兄であり、ムトー公爵家の当主はとても優しい。ジョーノがまだ王宮直属の精鋭部隊、ゼロ隊のロストナンバーとして活躍していたときも、よくユウギに同行しており親友と言っていい仲だ。その懐の深さは熟知しているからこそ、この場にいないことに強い決意を垣間見た気がした。
 ユウギはいつも、王たる弟のことを大切に考え、応援していた。
 連邦のため、公国の民のため。
 時にユーギを窘め、あるいは背中を押し、兄としても支え続けた。
 そのユウギすら、この場には列席していない。これはつまり、今回の授任式に対して、反対ということなのだろうか。
「……いや」
 そんな声がつい出てしまい、ジョーノは慌てて口を閉じた。幸いにして、静かすぎる広間で響くようなことはなかったらしい。それに安堵しながら、ジョーノは自分の中での感想を訂正する。
 本当にユウギが今回の任命に反対ならば、もっと強硬な手段に出たはずだ。存在の稀有さを公にはできないが、そもそも新しい公爵は重罪人である。司法取引が成立したことにして、無罪放免となっていても、人々の記憶には残っている。不安がるのは当然だ。他の公爵のように、存在の異質さを知らない者からすれば、最も怪訝に思う点はそこである。
 かつては邪神を復活させようとした危険人物なのだ、どうしてそのような男を公爵に任命するのか。
 その不可解さ、決定した連邦の王への懐疑が、公爵以外の列席者の少なさだろう。それが分かっていたからこそ、式典はできるだけこじんまりと、強大な魔物を召喚するという行為も安堵ではなく脅威を撒き散らすことにならないよう、取りやめた。
 もしかすると、これはユウギの方の提案だったのかもしれない。公爵が全員欠席とあれば、他の有力者たちも何かを勝手に察した気になって出席を控えるだろう。本当は、ユウギとて見たいに違いない。
 神官制度は、ユーギが連邦の機能を回復させるため、起死回生の一手として打ち出したものだ。
 だがこれまでのところ、一勝一敗である。
 西陽公国は落ち着いた。だが、南西公国領と呼ばれた先に赴任した神官は、その激務に耐え切れず自殺をした。
 制度としての存続が疑問視されている中では、とにかく次の神官を選び、公爵として赴任させるしかない。その点、新しく公爵となる男の魔物の討伐能力と、重圧などものともしない神経の図太さはお墨付きだ。ただ、その存在意義には不安要素が残り続ける。大陸を異にし、自分たちとは全く違う基準で、ただ自らの管轄の者たちのためだけに力を振るう。敵に回すにはあまりに強大で、味方になることは大陸を分かったときから永遠にありえない。いつ手の平を返し、いや、協力する理由が一方的になくなって、罪悪感や義理など微塵もなく公爵という立場を放棄するのか分かったものではない。
 そうなったとしても、非難をする権利はこちらにはない。あちらの大陸を切り捨てたのだから、恨まれていて当然だ。最初から絶対に分かり合えない溝があると知っているからこそ、この新たな公爵をあまり表に出しておきたくないという意識が垣間見えた気がした。
「……。」
 そんなユウギの名代として神妙な顔で並んでいるのは、ジョーノとも既知だ。確かまだ正式には所属はムトー公国ではなく、王宮直属のはずだが、その辺りはあまり厳密に区別されていないのだろう。戦術官は単独で戦闘参加はできないし、既にゼロ隊には彼を必要とすべき騎士もいない。ユーギにスカウトをされる前のように、ムトー公国での討伐に同行しているとも聞いたことがあった。
 今もじっと新たな公爵を見つめているゼロ隊唯一の戦術官、リュージ・オトギはどんな思いでいるのだろう。個人的には複雑な感情のもつれもあったはずだが、半年前のあの事件当時も言っていたように、本人はすっかり納得していたようにも見えた。元々個人の感情より、理性で物事を考えるタイプだ。学者気取りとセトが評していたこともあるように、事態を客観的に分析し、私的な感情を殺して公務に徹することができる。職業意識の高さは尊敬すべきものだが、その範囲内で暴走もしてくれるのでなかなかにして厄介だ。だが、もうオトギが暴走したい上官もいないのだからと思えば、ジョーノの胸の内には物悲しさが広がる。
 オトギが最も心酔し、そして共に在りたいと願っていた上官の道を誤らせたのは、今ユーギからレプリカの千年輪を渡された男である。いくらかつての上官には拒めない大陸の呪縛があったとしても、許せないと思ったはずだ。
 だが同時に、その新たな公爵の横に、オトギのかつての上官の姿もない。
 そのことで、許せたのか。あるいは、それ以前からとっくに割り切れており、今はただこの授任式が連邦にとって吉と出るか凶と出るか、それにしか興味がないのか。漫然と眺めている瞳からは、よく分からない。
「これからは……貴公国に、尽くせ」
 ユーギの言葉に、ジョーノはとりとめもなく考えていた思考を振り払い、中央で執り行われている儀式へと視線を戻した。
 慣例であれば、公国の前に、『我らが連邦と』という内容もつくはずだ。
 だがそれを、ユーギは口にできなかったのだろう。この連邦への忠義を求めるのは、こちらの大陸のために働けと要請することだ。そんなことは新しい公爵は約束できるはずもないし、この場で堂々と断られても困る。だからこそ口にしなかったユーギは、その先は特に不用意だとは考えていなかったらしい。
「千年の、平和のために」
「……。」
 ミレニアム連邦という名称そのものが、千年の平和を願って名づけられている。王としては式典のたびに口にする言い回しであり、ほとんど無意識だったと思われるその言葉に、新たな公爵となるべき男は初めて笑った。
 凛とした空気が弾け、辺りに緊張が走る。
 連邦ができてまだ四百年、願った平和はまだ半分も保たれていない。かつても、大層な名前だとあの男は皮肉っていたので、どうやら連邦の命名には関わっていないらしい。それを示唆させるような言葉を吐いたのであれば、聞こえても意味が分からない者が大半なので大した問題はなかっただろう。
「……。」
「……。」
 だが、男は無言でユーギを睨みつけた。
 ジョーノの夫であるセトも大概にして不遜だが、それでもユーギを王としては評価しているし、立場も分かっているので必要があれば謙虚に振る舞う。敬語を用い、一公爵が連邦の王を支えるという姿勢を見せることができる。
 それに対し、新たな公爵となるべき男は、セトのような不遜さとは種類が違う。そもそも異大陸の礎であり、あちらの魔物からは『王』とも称されている。畏敬と妄信をその身に集め、あるいは集めた結晶であり、絶対的な信頼と絆は互いを隷属させている。あちらの大陸そのものである存在は、こちらの大陸の王であるユーギとは相容れない。だからこそ、本来は栄誉であるべき授与式でも、感動も緊張もした様子はなく、淡々とその場に佇んでいた。
 そんな男が、初めてしっかりとユーギを見た。
 千年の平和を口にした連邦の王を笑った男は、殺気も何も感じさせずに自らの腰に提げられた剣へと手を伸ばす。
「……。」
「……。」
 流れるような自然な動作で抜かれた剣には、思わず息を飲んだ。
 本来公式の場では凶器の類は持込が禁止されているが、魔術が台頭しているといくつもの例外が設けられている。その際たるものは、高い身分の者がその証明として提げている剣は除かれるということだ。ジョーノも、所属こそもうゼロ隊ではないが、騎士の証である新たな剣を提げている。それと同じように、千年輪を授与される男も、当然のように公爵の証である剣を先に与えられていた。
 かつて南の公国であちらの魔物と共に戦った際、男が持っている剣は刃が全く研がれておらず、ただの金属の薄い板のようだった。魔力を纏わせて斬ることが前提になっていたからのようで、それはジョーノがずっと悪友だと思い、今はもういないかつてのオトギの上官と同じ用途を思わせた。
 だが今抜いた物は、煌びやかな装飾が施され、しっかりと刃も研がれている。公爵として持つに相応しい見事な装飾の細身の剣だが、どうしてそれを鞘から解き放ったのか。口元に笑みを浮かべている男に、不穏な意図を予測してジョーノもにわかに緊張が走る。
「……。」
「……。」
 向かい合っているユーギとは、一メートルほどしか離れていない。レプリカの千年輪を手渡ししていたので当たり前だが、既に懐に入っているも同然だ。
 ユーギは強い、召喚師としてだけでなく魔術師としても有能だ。
 だが、やはり大陸そのものである男とは、存在が違う。半年前はかなり実体も希薄になっていたが、あちらの魔物を分解したことで、多少力も戻ってきているらしい。なによりユーギにはこの男を斬れないだろうという確信もあり、思わずジョーノも自らの剣の柄へと手を置いたとき、軽い地震が起きた。
「……!?」
 最近はよくあり、珍しいことではない。規模も小さく、数秒だけグラグラして大地はうめきを止めたが、それに気をとられていたジョーノは直後にまた息を飲んだ。
「……御意。偉大なる連邦の王と、託されし藍東の民のため、我が身を賭して公爵の任に邁進いたします」
「バクラ、公爵……?」
 その場で片膝をつくように跪き、公爵の証である剣を自らの足へと横向きに乗せる。刀身に刻まれた名と称号を見せながらのこの行為は、相手に対して最大の尊敬を示す。
 公爵であれば、ほとんど行なうことはない。公爵より唯一偉いのは連邦の王だけであり、理屈としてはこの対応は間違っていない。むしろ、最も妥当で申し分のない行動だ。
 だが、ユーギも呆然としたように、この男がユーギに、いや、こちらの大陸の王に傅くことなどありえない。それと同時に、あちらの大陸の礎であるこの男、バクラは、ただ一つの根拠のためならばどんなことでもできるとジョーノは知っていた。
「……その言葉、しかと受け取った。活躍を期待している、バクラ公爵」
 面食らっていたユーギも、それに気がついたのだろう。すぐに王としての威厳を取り戻し、そんな言葉で授任式の終了も宣言した。
 列席していた数少ない有力者たちは、皆安堵の息をついている。大陸の溝を知らない者にとって、新しい公爵の最大の不安は、かつて重罪を犯したことによる忠誠の程度だ。それが、王に対して最大の敬意を払って傅き、決意を表明してみせたことで、一応の安心をしたらしい。
 だが、ジョーノのように、あの男の本質を知っている者は震えたはずだ。
 きっと、公爵となることに、バクラも何かしらの価値があったのだ。
 それはこちらの大陸ではなく、あちらの大陸の利になることである。
 だからこそユーギに跪き、格下であることを認める所作も厭わない。忘陸のためになるのであれば、忌避するほどのことではない。まさかまた何か恨みを晴らすための謀略でもあるのかと勘繰ったとき、ジョーノはポンと肩を叩かれた。
「……!?」
「とても、そうは見えないよね。だからこそ余計に不可解だっていうのは、僕にも分かるよ」
「あ、ああ……?」
 もう式典自体は終わっているので、列席者も各々帰り始めている。少し離れた席にいたオトギが、いつの間にかすぐ近くに来ていたらしい。再会の挨拶もままならないうちに、内心の葛藤をそのまま指摘されてジョーノは思わず頷くが、オトギはそのまま立ち去った。
 気がつけば、もう広間の中央にバクラもユーギもいない。
 だが、先ほどの光景をジョーノは鮮明に思い出せる。
「……。」
 かつてカイバ公国で邪神を復活させたときのような凶悪さは、垣間見えなかった。
 かつて現在の西陽公国で異大陸の魔物を大量に召喚し、自らは朽ち果てようとしていた儚さも浮かんでいなかった。
 そして、ほんの半年ほど前、イシュタール公国で実体に希薄にさせつつも、敵だろうが味方だろうが、ただ忘陸の血を引く者のためだけに最後の死力を振り絞っていたような必死さすら、今のバクラにはない。
 また、変わったのかもしれない。
 それはあちらの大陸が揺れたということだ。人間とも魔物とも違う、ただ礎として集合意識を反映しているだけだと分かっていても、ジョーノには慣れることはない。
 再会するたびに別人のような変化を見せるバクラだが、変わらない軸は、唯一つ。
 すべては、あちらの大陸のため。
 切り捨てた半身を忘れ、現を謳歌するだけのこちらの大陸に、警鐘を鳴らし贖罪を求めることだった。




 年末も迫った十二月、ジョーノはカイバ公爵であるセトの名代として新しい公爵の授任式に参列した。南のイシュタール公国で、あちらの魔物を共に退治することになってから、約半年。実体の希薄さが少し解消されたらしいバクラは、保護観察の名の下に王宮に、つまりユーギの監視下に戻ったはずだ。
 それからどういう経緯があったのかは知らないが、次にバクラの続報が入ったのがこの藍東公国への公爵としての赴任である。聞きたいことはたくさんあったが、日程も急すぎて王都に到着したのが式典の数時間前だ。セトのように契約獣に乗ってひとっ飛びとはいかないため、陸路で馬を走らせ続けたジョーノは、本当にギリギリだった。
「どこの部屋にいるのかな……?」
 不可解なまま出席し、もっと不可解な光景を目の当たりにしたところで、式は終わる。そろそろ事情を聞かせてほしいと思い、ジョーノは王宮内をうろうろとしているのだが、目的の人物は見つからない。
 できればユウギ、あるいはユーギ。バクラには直接尋ねにくいし、きいてもはぐらかされる恐れが高い。立場を考えるとオトギが最も捕まえやすいのかもしれないが、広間で一言話しかけられた後は、その姿を見つけることはできなかった。もしかすると、ムトー公爵、つまりユウギの名代として列席することが相当嫌だったのかもしれない。心から穏やかでにこやかな談笑かは別として、オトギであれば世間話くらいはしてくれそうだ。それにも関わらず、あんな言葉だけでさっさといなくなったのは、他に用事でもあるのか。あるいは少しでも早くこの場から立ち去りたいのだろうと、ジョーノは考えていた。
 かつては王宮の警護としても務めていたので、間取りなどは熟知している。控え室として用意されるならばこの辺りだろうと廊下を勝手に進んでいるのだが、なかなか目当ての人物には出会えない。こうなると、王宮内にちゃんとした自室を持っている相手、つまりユーギを訪ねた方が早いのかもしれない。だがそこまでするほどのことだろうかと悩んでいたとき、ふと聞き慣れない声に呼び止められた。
「あ、ジョーノ、さん? だよね?」
「へ?」
 青年の声だが、知っている相手ではない。だが相手はしっかりと名を呼んできたので振り返れば、先ほど式典で見かけたうちの一人が穏やかに笑いかけてくれた。
「ボクはマリク・イシュタール。半年前には、本当にお世話になったね。いつか直接御礼が言えたらなと思ってたんだ、本当にありがとう」
「ああ、いや、オレは大したことしてねえし……。」
 それは南端の薬事国家、イシュタール公国から姉のイシズの名代として列席していたマリクだ。
 ちなみにジョーノは、こちらの姿のマリクにはあまり馴染みがない。せいぜい比較として見せられた写真の中と、救出されてからの意識がなく担がれたままぐったりしている姿くらいしか遭遇していないのだ。ジョーノたちがイシュタール公国にいる間は意識を取り戻さなかったので、こうして話すこともなかった。だが改めて本物と向き合ってみると、顔立ちも雰囲気も相当違う。なにより友好的な会話にはどこかほっとして、ジョーノはしみじみと呟いた。
「でも、まあ……元気になったみたいだし。よかったな」
 そうでなければ、あれだけの犠牲を払ったことが無駄になってしまう。
 思わず続けそうだった言葉をぐっと堪えていると、マリクは不思議そうに首を傾げている。
「ジョーノ、さん? ああ、カイバ公爵夫人様、かな?」
「えっ、あ、いやいやそんな畏まらなくっていいって!? というか恥ずかしいし!! ジョーノでいいぜ?」
「そう? じゃあジョーノ、改めて、本当にありがとう」
 ボクのこともマリクと呼んでくれと笑顔で続けられるが、実を言えば偽者を既に呼び捨てにしていたジョーノは曖昧に頷くしかなかった。
 約半年前、今年の六月にジョーノは当時まだ所属していた王宮直属のゼロ隊から退官したい旨を、ユーギに申請した。既に身も心もセトに捧げているのに、肩書きだけがいつまでも未練がましく王都に残っていることに、申し訳なさを感じていたのだ。そんな願いをユーギはすぐに聞き入れ、代わりに最後の任務に参加してほしいと打診してきたのが、このマリクの失踪事件である。
 紆余曲折があったのでジョーノは後から合流しており、先発隊や実際にマリクをさらって魔力の糧として魔物を薙ぎ払ったセトと比べると、あまり役に立てた実感はない。むしろ敵に捕まり、死を覚悟するほどの状況に追い込まれた。そのことが、まだ核だったキサラを分化させることになり、同様に敵に捕まっていたセトの青眼の白龍の代理を務め、究極竜となって勝つことはできた。だがそれは運がよかっただけで、自分の手柄ではないとジョーノは考えている。
「ねえ、カイバ公爵はやっぱり来てないんだよね? ちゃんとお礼が言いたかったんだけど、それは無理そうだし、ボクがほんとに感謝してたって言付けを頼んでもいいかな?」
「あ、ああ、分かった」
 マリクはどう聞いているのか知らないが、取り敢えずはあの作戦に参加した面々には本当に心から感謝しているようだ。名代として出席したのも、そのうちの数人に会えると期待したからなのかもしれない。
 だが神妙に頼んでくるマリクには悪いが、伝えたところでセトは数秒黙って頷けばいい方だろう。名字を言わなければ、マリクが誰だったかも忘れてる可能性は高い。あまり過去を振り返らない夫の所業を予想であっても教えるのは憚られたので、ジョーノが適当に頷いておけばマリクもほっとしてくれた。
「……でも、キミにはお礼が言えてよかったよ」
「ああ……?」
「カイバ公爵が列席しないらしいというのは、姉さんに聞いて知ってたけど。他の人たちも、なかなか捕まらなくてさ、焦ってたんだ」
 どうやらマリクも式典の直前に来たらしく、あのときの作戦従事者に接触できていないようだ。あるいは、忙しいだろうと察して、終わるまで待っていたのかもしれない。同じような面々を探していたジョーノも誰も見つけられないので、こんなところをうろうろしている。
「ファラオはさすがに簡単に謁見なんてできないしね」
「いや、ユーギは結構軽いから会えないことは……?」
 イシュタールには独自の文化が発展しているため、姉のイシズと同じように、マリクは王という意味の別の単語でユーギを呼んでいる。どうも連邦の王という肩書きに遠慮しているようだが、ユーギはよく言えば格式ばらないので面会は簡単だ。だが、今に関して言えば本当に忙しいか、精神的にきついのかもしれない。そんなふうに考えていると、意外な言葉が続いた。
「戦術官の人には、さっき会えたんだけどさ」
「えっ、オトギいたのか!? 帰ったのかと思ってたのに!!」
「お礼を言ったら、物凄くいい笑顔で『任務だっただけだから気にしないで』て返されちゃったよ。ボク、何か悪いこと言ったのかなあ?」
「……。」
 それはマリクが悪いのではなく、確実にオトギの個人的な恨みだろう。それでも完璧な笑みを見せていたらしいオトギを褒めるべきか、嫌味だと伝わっていたマリクを讃えるべきか。申し訳なさそうに首を傾げていても、マリクはあまり気にした様子はない。腹違いとはいえ、イシズとの血縁を垣間見てジョーノは少し黙ってしまう。
「で、キミには会えて、カイバ公爵には伝言お願いしたから、あと二人なんだけど」
「……。」
「ねえ、もう一人の騎士の人って、もう除隊したんだっけ?」
 だがマリクの話題が別の人物へと流れていくと、ジョーノは違った理由から黙るしかない。
 もう一人の騎士とは、あの作戦に参加していたジョーノ以外の騎士の称号を持つ男のことだ。オトギの元上官であり、戦術官として支えていた相手である。
「……いや、書類上はまだ謹慎中だけど。月末に謹慎明けをせずに除隊が決定してるから、実質解雇だし、もう王都からも離れてる」
「え、そうなんだ?」
 マリクの件は今年の六月で、今はもう十二月だ。おそらく、イシズから何も聞いていないのだろう。謹慎処分を食らう理由が、自身の事件中の服務規程違反だとは思っていない様子だ。除隊するらしいという情報しか持っていなかったようで、マリクはただ会って直接礼が言えないという点のみに残念そうにしていた。
 ちなみに、この処分については式典への参加要請より随分と早く、先月のうちには連絡が入っている。それに、ジョーノは何を尋ねればいいのか、あるいは誰に尋ねてもいいのか、しばらく困惑したものだ。
 既に二回目の長期謹慎であるし、解雇は仕方ないのかもしれない。だが、本当に辞めさせるつもりがあるならば、謹慎処分などせずにすぐクビにすればよかったはずだ。少なくとも、すべての決定権を握っているユーギが望んだ裁定ではないことは明らかであり、それがまたジョーノを混乱させた。
「そっか、それじゃああと一人かっ」
「……。」
 半年前、イシュタール公爵邸での友人たちしかジョーノは知らない。
 あれから、それぞれはどうなったのだろう。どういう心の変遷を経て、ある者は長年勤めた部隊を去り、ある者は公爵の任を拝することにしたのか。どう想像しても心が落ち着かなくなりそうなところで、マリクからあっさりとその名を口にされてしまう。
「ねえ、バクラ公爵ってどこにいるのかな?」
「……。」
「彼がいたから、かなり有利に作戦も進められたって姉さんに聞いたし、ちゃんとお礼が言っておきたいなあ」
 イシズはどういう気持ちで、バクラを功労者として弟に伝えたのだろう。
 確かに、結果的にバクラの知識があったからこそ、あの魔物を討つことはできた。だが、そもそもはあの魔物もバクラの管轄であり、マリクを助けるために尽力したのではない。バクラはバクラの中の規範に則っただけであり、忘陸のルールを破ったあの魔物をあちらの『王』として処分しただけだ。
 このマリクに礼を言われたとして、バクラはどう答えるだろうか。
 お前のためではないと、正直に返すのか。あるいは、式典で見せたように、公爵として胡散臭い笑みで鷹揚に流すのか。
 もしかすると、あのとき失ったものを思い出して、八つ当たりでもするのではないだろうか。
「……ヤツには、会わねえ方がいいと思う」
「え?」
「いや、だって公爵になったばっかりだし? やたら挨拶してくる連中とかいて、今は忙しいと思うんだよな。それよりは、ユーギに面会申し込んだ方が確率は高いと思うぜ?」
 バクラが公爵になったところで、他の者たちのときのようにそんな連中が大挙してくることはないだろう。いたとしても、会いそうにない。そのため、ただの口実には過ぎないが、ジョーノの言葉にマリクは頷いてくれた。
「そっか、それもそうだね。じゃあちょっとダメ元で謁見願いを出してこようかな、ええと、こっちの棟?」
「反対だな。そこの角を曲がって、一度広間に出てから行った方が早いぜ?」
「そうなんだ、ありがとうっ」
 ジョーノの真意には気がつかなかったようで、マリクは道を聞くと素直に広間に戻る廊下へと進みかける。
 だがすぐに足を止めると、一度振り返っていた。
「ジョーノ、本当にありがとう」
「あ、ああ……?」
 どうやらもう一度礼を言いたくなったらしい。律儀なヤツだという印象を深めるが、続いた言葉には思わず顔をしかめてしまった。
「バクラ公爵に会うことがあったら、よろしく言っておいてね」
「……会ったらな」
 そう思わず返してしまったのは、できれば会いたくないと考えていたからだろう。
 なにしろ、バクラというのは会うたびに変化していて戸惑うことが多い。単純に気持ち悪い。いい奴だと思うこともあれば、絶対に許せないと思うこともある。自分たちとは違う指針で動いているからだと頭では理解していても、どう変化しているのか、それが判明するまでは不可解な違和感がずっと付き纏うようで接しにくいのだ。
 ジョーノの葛藤など知る由もないマリクは、手を振るとそのまま広間へと戻る廊下へと進んでいった。
 その姿をしばらく見守ってから、ジョーノは一人ため息をつく。
「……どうすっかなあ」
 マリクをユーギのところに勧めた以上、自分もそちらに足を運んで鉢合わせするのは気まずい。オトギはまだこの周辺にいるようだが、どの部屋かは全く予想がつかない。一応所属先であるゼロ隊の本部のような場所は、かなり離れたところにあるのだ。
 それなりに身分が高い者に用意される客間が並んでいるが、片っ端からノックしてみるような真似もできないことを考えれば、選択肢は二つに一つだ。
「……。」
 このまま諦めるか、あるいはユウギを探すか。
 ユウギもこちらの客間を利用することはある、なにしろ広間に近いので式典などのときは控え室として便利だからだ。だが王宮内には、王の執務室とは別に、ムトー公爵の書斎というものが存在している。現在のようにムトー公爵と連邦の王が別であることは珍しく、またそういう場合も王の方が当主を兼任していることが多かった。そのため、ムトー公爵を呼びつけて公爵家の雑務をさせるために部屋が用意されていたのだが、現在は稀なことに兄であり当主でもあるユウギが公爵なのだ。仕事場としては公爵邸にある部屋が使われているため、あまり王宮内のものは活用されていない。
 だが仕事場としては重要でなくとも、ユウギの私室という認識は高い。むしろ、ユーギが書類ばかりの執務に飽きたりして、よく遊びに行っているようだ。式典に列席予定がなかったのであれば、最初からそこにいるのかもしれない。そんなふうに考え、ジョーノはマリクが進んだのとは違う廊下へと向かい始めた。
「……。」
 授任式が執り行われたばかりだというのに、王宮内はとても静かだ。列席者が少ない上、そもそも歓迎する祝賀ムードというものがほとんどないからだろう。ムトー公爵の仕事部屋に向かう間、何人かとすれ違ったが、いずれも元々王宮内で働いている者たちである。何の変化もない雰囲気は、授任式などなかったと言われても信じてしまいそうなほどで、それがまたジョーノには何故か物悲しく感じた。
 ユーギは、どうしてバクラを公爵にしたのだろう。
 いや、公爵が必要なことは分かる、一人でも多く千年宝物を操れる者がいた方がいい。だが、それはあのバクラに任せる危険をおしてまでのことなのか。
「……けど、それよりも」
 だが、どれだけユーギが声高に理想を叫ぼうが、バクラが受けない以上はこんなことは強行できなかったはずだ。
 そこに、なんの目的があるのか。もしかすると、なんらかの交換条件かもしれない。
 少なくとも、公爵として赴任をすれば、バクラはこの王宮から出ることができる。だが以前と違い、多少実体も戻しているバクラは、脱走したければ勝手にできたはずだ。それにも関わらず、と思考が堂々巡りに陥ったとき、ふと声が聞こえてきた。
「……?」
 角を曲がれば、もうユウギの部屋はすぐだ。本当にユウギはこちらにいたのかと、やや安堵しかけたジョーノはそこで足が止まった。
「返しとく」
「……どうしてボクに?」
「王サマが見つかんねえんだよ、なんか面談があるとかで。どうせ口実だと思うけどな」
 チャリン、と小さく鳴った金属音で、返されたものはジョーノにも分かる気がした。
 どうやら曲がり角の先には、ユウギだけでなく新しい公爵サマまでいるらしい。マリクに伝言を頼まれたが、実行するつもりは更々ない。だが立ち聞きするような後ろめたさがあまりなかったのは、この二人の会話はすぐに終わると思っていたからだ。
 バクラがユウギに渡しているのは、間違いなく千年輪のレプリカだろう。今回は本物の千年輪で魔物を召喚してみせることもなかったので、バクラはレプリカを首に提げたまま式典を終えている。
「せっかくなら、もう一人のボクに直接返してあげてよ。……もう、あんまり会えなくなるんだし」
 受け取りはしたのだろうが、ユウギはそんなふうに言って弟であり連邦の王でもあるユーギを気遣っていた。
 そこには、確かな現実がある。ユーギは、バクラをただ公爵として望んでいたわけではない。できれば妻にと願っていたことを、ユウギは近くでずっと見てきて痛いくらいに知っている。
「オレサマには関係ねえよ、むしろ清々する」
「……まあ、キミはそうなんだろうけど」
 そして、同時にこのバクラの方に全くその気がないことも誰もが知っていた。
 単純な感情の問題ではない、バクラはあちらの大陸の礎なのだ。存在方法は違えども、こちらの大陸の王であるユーギと相容れるはずがない。このバクラにとって、愛すべきは忘陸の魔物と、その血を引く者だけ。半年前、イシュタール公国でその存在意義をまざまざと見せつけてくれたバクラに、ユーギもようやくそこは理解したようだった。
「ねえ、明日にはもう藍東公国に発つんだよね?……最後に、教えてくれないかな?」
「何をだよ」
 理解はしたが、諦めきれない。
 苦しそうに唸っていたユーギだったが、バクラもまた欲した手を取り損ねた様を目の当たりにして、つけこむような真似もできなかったらしい。自棄になっての承諾ならば、喜んだりしない。初夜でも何でも完遂させてやると暴れたバクラに、手を出さなかったユーギは崇高だと思ったが、同時に潔癖すぎるとも感じた。
 あのとき手を出せていれば、バクラとの関係も変わったのかもしれない。それ以前に、バクラに対する意識もユーギの中で変化を見せたのだろうか。どちらにせよ、この公爵への任命は手放すことを決めたも同然だ。
 そんなときに、弟のことを心配してやまないユウギから、このバクラに尋ねることは当然予想がついた。
「どうして、弟の気持ちに応えてくれなかったの」
 だがジョーノですら、それへの返答は分かっている。
「何度も言ってんだろうが? オレサマは向こうの大陸の礎、意識の集合体だ。こっちの大陸の王と仲良くできるはずがねえだろ? オレサマが受け入れてやれんのは、忘陸の魔物か、その魔力を色濃く継ぐ者だけだ」
 恋愛だとかの以前として、好意的な興味を持てるのはあちらの魔物か、その魔力を受け継ぐ存在だけである。逆を言えば、あちらの魔物であれば、どれだけ理不尽で非道なことをし、バクラに歯向かったとしても、バクラは最後に慈愛を持ってすべてを受け止めてやる。
 だから、仕方がない。
 これが大陸の差なのだから、仕方がないのだ。
 ユウギも分かっていて尋ねたのだろうとジョーノは思っていたが、少し間をおいてから返された言葉は、随分と硬く冷たかった。
「……そんな言葉で、誤魔化さないで。ボクたちはムトー公爵家の一員だ、弟は召喚師なんだよ」
「……。」
 だがジョーノには、すぐには意図するところが分からない。肩書きは立派だが、大陸を異にするバクラにはなんの効力もないものだ。そう首を傾げたのに、バクラは黙っている。それもまた不思議に思ったとき、聞こえてきた続きには思わず息を飲んだ。
「純血ってさ、結局そういうことなんでしょ?……あっちの魔力を守り続けることが、千年宝物の発動をさせやすくなる」
「……まあな」
「千年宝物が激しく拒絶するのは、こっちの魔力が色濃い人物にだけ。操れるのは、召喚術を先天的に持っていて、且つそれが増幅すれば発動できるくらいの能力がある人。でも前提として、召喚術も含めた魔術全般の根源となる魔力が、あっちの大陸のものじゃないといけないはずだ」
 千年も前に大陸を分ち、更にかなり過酷な環境にさらされていたらしい忘陸では、魔力の質がかなり異なっているらしい。千年宝物がそもそも四百年前にバクラたちによって持ち込まれ、公爵家の始祖という存在を考えれば、そこに行き着くのは当然なのかもしれない。ユーギからの言葉に、しばらく黙っていたバクラはふっと笑ったようだ。
「……あれから四百年も経ってんだぞ? 程度の差はあるが、今じゃどの千年宝物もそこまで厳格じゃねえ。魔力が混じってやがるヤツも多いしな、どちらかといえば忘陸寄りて程度なら、少なくとも拒絶反応は起きねえはずだ」
 特にムトー家に限定すれば、当初から何故か魔術も使えていたので、純血にはこだわっていなかった。それはもしかすると、召喚術に関わる忘陸の魔力と、他の魔術全般に関わる混血の魔力を身の内で分離できていたのかもしれない。だがそうであれば、少なくともユウギも、もちろんユーギも忘陸の召喚能力を引き継いでいる。大陸の違いを拒絶の理由にはさせないと追及したユウギに、バクラはジョーノから見えないなりに困っているらしい。
「ボクが聞きたいのは、千年宝物の正体なんかじゃないんだよ。どうして弟の気持ちを受け入れてくれなかったの、他に好きな人がいるから?」
「……いねえよ、そんな奴は」
「そういう嘘は、つかないでほしいんだ。もしかしたら、弟のことを思いやってくれてるのかもしれないけど、そんなの無用だよ」
「オレサマがユーギに気遣うとか思ってんのか?」
「思ってるよ、だってキミは優しいもの。どうこう言ったって、キミの存在は純正だ。たとえわずかであっても、ボクたちに忘陸の魔力が引き継がれてる限り、完全な敵として排除することはできない」
「……ったく、仕方ねえなあ」
 やがて、ガシガシと髪をかきむしるような気配と共に、バクラのそんな声が聞こえてきた。
 それに、ジョーノはさすがに後ろめたくなってくる。今となっては言い訳だが、こんなに深い話になるならここで待つつもりはなかったのだ。幾度となくこういう場面に遭遇しているので、さすがに褒められた趣味ではないと立ち去りたいのだが、好奇心には勝てない。
「まあいい、あの童貞王よりは賢かったてめーには特別に教えてやる。まず一つ、確かにてめーらの中にも忘陸の魔力はある。ただ、それはオレサマが唯一毛嫌いしてる血脈だ」
「どういうこと?」
「あの男が、オレサマを裏切りやがったからだ」
 そう吐き捨てたバクラの声には、いつになく苦々しさが混じっている。あの男、とは、ユーギのことではないのだろう。なんとなく察したらしいユウギは、おずおずと確認している。
「……なにか、あったの? ボクたちの祖先と」
「大体分かるだろうがっ。なんでムトー家が盟主になってんだ? 連邦の王を兼任してる? そもそも、忘陸の魔物はこっちの大陸を恨んでる。四百年前なら、尚更だ。それにも関わらず、なんで英雄なんて祭り上げられて、公爵家をひらくことになったと思ってたんだ?」
 千年宝物は七つあるが、王として頂点に立つものは千年錘である。ムトー公国も大陸の中央に位置し、連邦の王を歴代輩出してきた。
 だが、当初の七人の力関係を思えば、バクラが本来は王だったことは間違いない。それにも関わらず、四百年前には二重におかしなことが起きている。
「……ボクたちの始祖が、キミの目的とは違うことを主張したんだね」
「甘い男だったからな、実際にこっちの大陸での惨状を目の当たりにして揺らいだんだろうよ。まあそれは勝手だが、オレサマはあっちの大陸の意思そのものだ。反対したってことは、許せねえってことなんだよ」
「他の人たちは?」
「現状を見れば、分かるだろ? こっちの大陸を平定して、召喚師という肩書きで忘陸の魔物を移動させる。あの男のそんな提案に、まあいろいろあったが、最終的には全員賛同した。オレサマ以外はな」
 それは、バクラにとっては大きな裏切りであり、忘陸をまた切り捨てたと受け取られても仕方のないことだ。
 だから、決して相容れることはない。
 そう告げたと思われるバクラに、ユウギはまだ食い下がる。
「でも、結局はキミも協力したんでしょ? それとも、初代の藍東公国の公爵はキミじゃないの?」
「……オレサマだよ」
 今では名前すら文献に残っていない千年輪の初代公爵は、やはりバクラだったらしい。
 だが、最後まで反対だったと言ったばかりである。結局協力しているのであれば、裏切ったと恨みがましく言うこともないのではないか。
 そうユウギは思ったようだが、ジョーノには一つ心当たりがあった。それは半年前、イシュタール公国に向かう前、カイバ邸でうっかり追及しかけたことだ。
「だったら、許せてるんじゃないの?」
「そうじゃねえ、忘陸の大半はヤツらの提案を望んじゃいなかった。……でも、その六人と、わずかに使役されてた連中は望んでたんだ。オレサマはすべての意識の集合体だ、葛藤が生まれればそれすら反映させちまう。要するに、妥協した」
 ヤツらもまたオレサマの管轄だったからな、と続けたバクラは、本当に優しいのだとジョーノは分かってしまった。
 恐らく、遠回りに話を進めるのは、決定的なことをユウギに教えたくなかったからだ。
 だが、きっと尋ねられれば答えてしまうのだろう。
 たとえわずかであっても、忘陸の魔力を持つ相手に、バクラは誠実であるしかない。
「妥協できたなら、そこまでこだわらなくてもいいよね?」
「あのなあ、だから……。」
「結局、どうして弟の気持ちに応えてくれなかったの?」
 ユウギとしても、嫌いなら嫌いでいいと思っているのだろう。だが、大陸の差だとか、四百年前の因縁だとか、どうあっても現在のユーギには直接関係のないことばかりを言い訳にしているように聞こえる。それが許せなくて、あるいは本当に最後にただ知りたくて、尋ねただけだったのかもしれない。
 それは、大人しいが聡明と評されるユウギにとっては、珍しく不用意な行為だった。
 真実を知ることが、いつも幸福をもたらすとは限らない。
「……てめーは、何代目の当主だ?」
「え? ああ、えっと、ボクは二十……?」
「オレサマが作った千年輪の公爵家は、何代続いた?」
「ええっと、確か……?」
「たとえば、てめーがこれから結婚して、子供が出来たとする。てめーはその子供と結婚できるか?」
「は?」
 いきなり知識を問うクイズとでも思ったのか、ユウギが答えを述べている間にバクラはどんどん質問を重ねていく。しかも、三つ目で飛躍した。ユウギはそう思ったのだろう。かなり面食らった様子で、恐らくは首を振っている。
「そんなの、できるわけないじゃない」
「じゃあ、てめーの子供の子供、つまり孫とは?」
「無理だよ」
「その子供なら?」
「無理だよね、というかもう年齢的に」
「その子供なら?」
「だから、無理だって、現実的に考えて」
「その子供なら?」
「あのさっ、だからそんな質問、キミみたいな寿命でもない限り……!?」
 仮定自体に、意味がない。
 そう言いかけたと思われるユウギは、息を飲んでいた。
 公爵家がかつて絶対条件としていた純血の守り方は、二つだ。過去であれば、まだ魔物と交わったことがなく魔力を全く持たない者も数多くいたので、そちらを子を為す。子供が千年宝物を操れれば、伴侶として向かえた人間が純血だったのだろうと逆説的に判明する。
 だが魔術として発動できないまでも、微量の魔力を持つ者も多くいる。そうそう何度も試し撃ちのように子作りに励むわけにもいかず、次第に公爵家はより正確に純血と判明している者との婚姻を望むようになった。それは、同じ公爵家だ。他の公爵家や、同じ公爵家内で近親婚が進んでいくのは必然だったのだろう。
 その弊害を断つために、ユーギが作ったのが神官制度である。
 元々ムトー家は召喚術だけでなく、魔術も使えていたので、公爵家の中では唯一純血にこだわらず続いてきた。そのため、他の公爵家と婚姻関係を無理に結ぶ必要はなかった。そんなムトー家が、たった一つだけ、血縁的に交わりを持っていた公爵家がかつて北東に存在していた。
「……キミは、ボクたちの始祖でもあるの?」
 やがておずおずと尋ねたユウギに、バクラは笑っている。
「忘陸の魔力を受け継ぐ者は、みんなオレサマの子供みたいなものだ」
「そうじゃなくって、だから……!?」
「千年輪の特殊能力は、カタチあるものにオレサマの意識を埋め込むことができる。たとえ魔力の幻影だろうが、実体があれば可能だ。それをオレサマと同一と見るか、別人と解釈するかは、てめーに任せるよ」
 そうバクラが言うと、また千年輪が揺れているのが分かる。ジョーノには見えなかったが、恐らく額か頬に、唇を寄せたのだろう。
「……!?」
「……聡い子供は、嫌いじゃないぜ? ユウギ、てめーはあの不安定な王に必要だ。ふらふら危なっかしい弟を、しっかり支えてやんな?」
 聡明なる後裔には、祝福を。
 いまだ因果を抜け出せない末裔には、手荒い激励を。
 いついかなるときも、忘陸の血が繁栄することを祈っている。
 バクラとは、そういう存在だった。










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