『The Crime of GROUND Killer.』より お試し版 -01.








※注意※


この本は、BNBというパラレルのシリーズ第7弾です。
BNB6はまだ在庫があるので、これから読むとネタバレになります。
同時購入を予定されている方は、ご注意ください。


★以下、BNB6のお試し版の注意文に同じ★

BNB6は単独でも読めますが、気になる方は「BNB1-5 あらすじ」を先にご覧下さい。
尚、BNB1-5の再版・再録予定は一切ありません。
ご了承下さい。

また、BNB6のメインは海城(=作中表記はセトジョー)ですが、バクラ受を含みます。
それぞれのカプが恋愛的に錯綜することは一切ありません。
完全に独立・並存しているWカプですが、苦手な方はご遠慮下さい。
※BNB1-5のあらすじを読めば分かる細々とした注意事項はここに羅列してません、多すぎて… ごめんなさい…


あと、本田と御伽の偽者率がパネェので、ご注意下さい・・・


★ここからBNB7限定の注意文★

この本に限り、本バクがメインです。
海城は友情出演程度なのでご注意ください。




↓よろしければ、スクロールをしてどうぞ。




























■00





 苦手な話題というものはいくつかあるが、その中でも最も対処に困る。
 男でも、女でも、やたら大事な宝物のように抱えながら、人に見せびらかしたくなるもの。
『なあ、初恋っていつだった?』
 そういう質問をされると、いつも笑って誤魔化すしかなかった。
 ないと断言すると変な顔をされるか、勝手に憐れまれてしまうので、ある程度の年齢になってからは忘れたと返すようになる。そっちこそいつなんだと質問を向ければ、大抵は嬉々として語りだす。
 尋ねてくるような者は、そもそも他人の初恋話などに興味はないのだ。
 聞きたがる素振りを見せることで、代わりに自分の初恋を聞いてくれという合図に過ぎない。惚気にも近い行動は、嫌悪する者も多いらしい。だが、自分は別に嫌ではない。楽しそうに話すことは、聞いていても楽しい。素直によかったなとも思う。
 ただ、礼儀とばかりに追及されると困った。
 本当に恋などしたことがないのだから、話しようがなくて参った。
『……そうか、まだなのか』
 正直に話した場合、解釈されるのは二通りある。初恋で手酷くふられたため、話したくないという意思表示。もしくは、童貞であることを暗に告白している。
 思い込まれても構いはしないのだが、後者の場合は完全な誤認だ。
 だが何故か昔からそう思われることが多かったので、特に追及されない限りは適当に流している。身の内に流れる半分の源流を知っていれば、そういうものかもしれないと納得してくれる確率も高い。
 それでも、自分はやはりヒトでもある。
 相手に対して好意も嫌悪も抱くし、性欲だってある。実を言えば、女性経験もある。ただ、それは思い出したくないほど苦悩しかない記憶というだけだ。
『……ねえヒロト、私、結婚することになったの』
 もうおぼろげにしか顔も覚えていない、同じ村の年上の女性だった。姉のように慕っていたが、本当の血縁関係ではない。それ以上に、魔力の質が似ていた。大陸を同じとするだけでなく、受け継いだ魔力の根源、その種族も近かったのだろう。村役場に登録されている名前など、あってないようなものだ。村自体が幻惑の一つに数えられている中で、通り名を知っている数少ない一人だった。
 打ち明けられたとき、素直にめでたいと思った。寂しさのようなものを感じた記憶はない。それはきっと、結婚相手も同じ村の誰かだと考えたからだろう。会えなくなるわけではない。言葉にも出して祝福した記憶はあるが、それに相手がどう答えたのかは覚えていない。
『……私、この村を出ることになったわ。西の砦の向こう、お屋敷があるの知ってる?』
 初めて驚いたのは、そんな言葉を聞いてからだっただろう。
 てっきり村の誰かと結婚すると思い込んでいたのは、若かった自分の世界が狭かったからではない。むしろ、この世界を正しく理解していた。つまり、自分たちは異端だ。普通のヒトが暮らす大きな場所では、馴染むことができない。生業として割り切ればまだしも、幸せを求め、嫁いでいくには、かなりの困難があることは容易に想像がついた。
 それでいて、大丈夫かもしれないと思ったのは、現実的な理由もある。姉のように慕っていた女性は、魔力が極端に乏しかった。異質だが、微量。恐らく魔術として発動させることもできないほど、魔物としての血は薄かった。これならば、ヒトとして幸せになることもできるのかもしれない。出身の村を考えれば、普通でない性質は理解した上で、相手も結婚を申し込んだのだろう。
 本当に、よかった。
 この村の出身でも、外の世界で幸せになれる者がいるのだ。
 希望の塊のように感じ、実際にそういう目で見つめてしまった自分に、相手は何を思ったのか。今となっても、よく分からない。それは続いた言葉も同じだ。
『……ねえ、ヒロト。だから、お願いがあるの』
 姉のように慕う女性の、祝福になるならば。
 できることならば何でも応じよう、そう心に決めて聞いたが、求められたことの意味はすぐに理解はできなかった。
 他の人と結婚することが決まったのに、どうしてそんなことを求めてくるのだろう。
 少しだけ理屈を考えたのは、初めてであることを引け目に思っていたのかもしれないという程度だ。大半は、悲壮な様子に拒みきれなくて、応じた。とにかく応じなければという義務感が強すぎて、性欲よりただの昂揚が上回ってしまった。
 魔力が大きくとも、外に向けるより身体能力に転化されていた自分は、半ばヒト型の魔物のようなものだ。
 最中の記憶はほとんどないが、気持ちよさより苦しかったという印象が強い。それだけ、必死だった。必死すぎて、終わってから相手が死んだようにぐったりしてしまったことに、青褪めた。
 村の連中に助けを求めなかったのは、結婚を控えた女性と関係を持つなどという、不貞を働いたことがばれたくなかったからだ。そんな浅ましさで、相手の服を調えた後、担いで西の砦を目指した。
 婚約者がいるという、大きな屋敷。
 そこはこの女性にとって、安息の地だと信じて疑わなかった。
 門兵は驚いていたが、女性の名前を告げればハッとしていたので、婚約者というのは間違いないらしい。意識がないままの女性を預け、自分は名乗らずに屋敷を去る。そしてやっと村が見えてきたとき、友人の一人が村に入る前に止めてきた。
『……お前は、村には戻らない方がいい。荷物はまとめてきてやるから、それ持ってすぐに逃げろ』
 言うだけ言うと、友人は村へと入っていく。制された理由は分からなかったが、ただならぬ気配というものは、魔力からも明らかだ。仕方なく村の外の森に身を伏せて隠れていると、友人はわずかな着替えと貴重品をまとめて持ってきてくれた。
 貴重品と言っても金品はほとんどなく、友人と作った玩具だとか、両親からもらった道具入れだとか、感傷的なものばかりである。もし自分が夜逃げをし、できるだけ荷物を少なくしようと考えたならば、持ってきそうな物たち。よく分かっていると感心するより、この村に大事なものを何一つとして残して行くなという意思表示をされ、愕然とした。だが友人は荷物を押し付けると、何事もなかったかのように村へとまた戻った。
 それが、友人を見た最後だ。
 女性とのことで居たたまれない気持ちがあったのも事実であり、せいぜい数日、長くても数週間くらい放浪するつもりで自分は外の世界へと出た。だが三日後に耳へと飛び込んできたのは、村が襲撃され、壊滅したという話だ。
 表向きは、不穏な魔力集団が公爵代行への謀反を企てたため。
 だが将来の妻の出身地を滅ぼすなど尋常ではなく、恐らくもっと何か根深いものがあったのだろうと噂話をする町の者たちに、自分は自分のしでかした罪の大きさを初めて知った。
『けど、やっぱ魔力を操る連中てのは、さすがというか、おっかねえな。襲撃したときには、もぬけの殻で。わずかに残ってた猛者たちに蹴散らされて、一人も捕まえられなかったようだ』
 そんなふうに噂話が続かなければ、自分はあのとき命を断っていたかもしれない。
 村そのものはなくなったが、住んでいた連中は無事らしい。散り散りになり、ヒトに紛れて暮らすのは困難だろうが、それでも今のところは生き長らえている。先に逃がしてくれたのは、生き延びろと望む者が一人でもいたということだ。だからその期待を裏切るわけにはいかない。そんな自己欺瞞で、無様に生にしがみついていたとき、村の出身に死者が出たことを知った。
 襲撃があってから、数ヶ月後。
 あの女性が、自殺した。
『なんでも、魔物に襲われて精神を病んじまったらしい』
『代行様も、お可哀想に。これで、やっと連邦にもこの公国の正当性を見せ付けられると期待してたところなのにな』
『ああ。……というか、これからこの公国はどうなっちまうんだ?』
 代行も後追い自殺をしたことを遅れて発表され、公国はその名を失った。
 連邦の中の、ただの一地域。
 北東直轄領という名称に変更された頃には、もう自分はその土地を出ていた。
 あれから長い月日を無為に過ごす中で、一緒にいて楽しい者や、安心する者もいた。好きかと言われれば、好きな人もたくさんいた。だが、恋愛のような意味とは違う。好意を持ち、大事になるほど、離れたくなった。もし自分の気持ちが恋愛に発展してしまい、かつて姉と慕った女性のように壊してしまうことが怖かった。自分の自制が効いたとしても、何故か相手から先に誘われることも多く、余計に逃げるしかなくなった。
 自分は、誰かを本当の意味では好きになれない。
 好きになってもいけない。
 性行為すら攻撃性と切り離せない魔物になることも、そもそも恋をしてしまえるヒトになることも、どちらも怖かった。どちらでもあるという肯定的な目標からではなく、どちらにもなりたくないという否定的な臆病さが、後に血を完全に混ぜていると讃えられた発端だ。到底、褒められたものではない。
 ぐるぐると落ちていく意識は、あるようで、ない。ないようで、ある。
 夢のような、ただの物思いのような、曖昧な境界にいつも自分は佇んでいる。
 ただ、最近は夢に近く、かつての記憶を呼び覚まされることが多い。
『……。』
 きっと、逃げ続けたこの地に、また戻ってきたからだろう。
 連邦の、北東の一地域という名だったときは、任務で足を踏み入れてもさほど抵抗はなかった。
 だが、この公国は、あの名を取り戻した。
 自分が捨てさせる原因となった名を再び公国に冠させたのは、忘陸の礎であり、我らが王だ。
『……オレは』
 最初に戻ったときは、ずっと熱にうかされているような状態で、まともに思考は働かない。
 大陸が一つになってからは、それどころではない。
 だからこそ、今なのだろう。
 安寧が見えてきたからこそ、忘れるなという警告が響く。
『オレは、誰も……。』
 幸せにすることはできない、幸せになることもできない。
 ずっと、罰を背負って生きてきた。
 かつて、禁呪を与えて利用した少女に、生きることは罪ではないと赦した礎ならば、何と言ってくれていただろう。
 聡い子供が好きなのだと、優しい目で言っていた。
 裏を返せば、愚かな老人には、かける情けもない。
『……。』
 何度も、何度も、あの言葉が頭の中を回る。
 てめーは、オレサマを、裏切った。
 そう簡単に、許されると思うな。
 あれは、心の底から本心だったに違いない。なにしろ、あのとき互いから溢れ出た魔力が、液体のように交じり合っていた。文字通り一つに繋がっている感触が、嘘をついているという希望を否定する。
 たった一人で柩から出されて尚、絶望の淵でも踏みとどまったのは、甦ることを願っていたからだ。
 そして再会したかつての王に、自分は安堵した。
『……オレは、誰も』
 ああ、壊してなくてよかった。
 最後の最後で自分を見捨ててくれて、本当に、よかった。

 


「……。」
「……。」
 まだ夢を見ているような、最初から眠っていなかったような、不思議な感触を引き摺っている。それでも、視界がやや明るくなり、鮮明な映像を結び始めると、やはり少し眠っていたようだと分かる。
 つまり、これはまだ夢の続きだ。間近から覗き込んでくる『バクラ』に、自然と手を伸ばす。
「……!?」
「……あ」
 そのまま引き寄せようとすれば、ビクリと震えた感触が、現実感をかきたてた。驚いたような強い視線を認識し、思わずこちらも声が漏れたときには、違和感を否定できなくなった。
 これは、バクラだが、バクラではない。
 礎ではないのだとしっかり自分に言い聞かせることで、半ば無意識に背中へと回していた手を下ろした。
「……!!」
「……なんだ? どうしたんだよ、何かあったのか?」
 一度目を閉じ、軽く呼吸を整えてから、改めて目を開ける。
 するとしっかりと視界に入ってきたのは、記憶にあるより随分と柔らかい顔立ちと、小さくて華奢な体格をした『今の』バクラだった。こちらの、本来の姿らしい女性体でいることは半々くらいだが、今は運が良かった。もしかつてと区別がつかないような、男の姿で現れていれば、違和感に気づくことなく引き寄せていたかもしれない。
 いや、引き寄せて、キスをして、それだけで留まれたかも怪しい。押し倒して体をまさぐり、かつてのように強引に繋がっていたかもしれないとまで思えば、億劫なため息が出る。
 そんな失態を犯さなかったのは喜ばしいが、疑問は残る。
 何故、バクラがここにいるのか。
 今では自分の寝床として認識されている公爵執務室のソファーの上、昼寝をして仰向けになっていた体を跨ぐようにして腰に座っていた。
「……てめーの寝言がうるせえから、口塞いでやろうと思ったんだよ」
「寝言?」
 ふいっとそっぽを向くようにして返された理由には首を傾げた。寝言を言っていた自覚がなかったのもあるが、それは大抵の者がそうだろう。聞き返した言葉より、本当は対処法が気になった。体勢的に、物騒な意味ではなく、艶かしい方の口の塞ぎ方を連想させる。そもそも、起きたときに誤認しそうになったのも、まさにキスをするような体勢で顔を寄せられていたからだ。
 相変わらず、無自覚に翻弄してくるヤツだ。
 別のため息を重ね、ホンダはバクラの服を軽く引っ張って腰からおりるように促す。だが不機嫌そうなバクラは応じない。一度拗ねると、長いのだ。執念深さは元々の気質だろうと諦めているホンダは、仕方なくバクラを腰に乗せたままソファーで体を起こした。
「うわっ!?」
「ほら、おりろ」
「ホンダ、てめー……!!」
 倒れないように手を回して支え、体を起こしてからは両手で腰を持って下ろさせる。その細さが、またこの者が以前のバクラではないと教えてくれる。こんな細腰では、繋がって揺さぶることしか頭になかった自分の律動を受け止めきれたとは思えない。つい苦笑してしまったホンダに対し、横に座らせたバクラは不満そうに唸っている。このままではまた膝に座られそうだと察し、さっさとソファーから立ち上がって大きく伸びをした。
「そういや、今、何時だ……?」
 公爵執務室の窓から拝める光景では、ソファーに転がってそう経っているようには思えない。だからこそバクラがまだこの屋敷にいることも不思議ではないのだが、室内に掛かっている時計を見ればやはり一時間ほどしか針は進んでいない。
 それでも、貴重な一時間だったはずだ。準備ができているなら、早く出発すればいいのにと思う。
 この土地は、かつてのバクラには因縁の土地だった。人柱として埋められ、忘陸の礎として戻ってからは初代の公爵として治めた地。藍東という名も、かつてのバクラが決めたらしい。
 だが、今のバクラにとっては、さほど執着がある場所ではないだろう。すべてを忘れ、稀に以前の愛用品などで気配を読み取っても、知識として得られるだけで実感はない。このバクラは、あのバクラではないのだ。戻るべき場所はここではない。そう諭し、やっと本当に安心できる場所に出立できる日だったはずだが、まだ躊躇っているのだろうか。
 そんなことを再び窓の外を眺めながら思っていたとき、後ろのソファーに座ったバクラがぽつりと尋ねた。
「……て、誰だよ」
「え?」
 一瞬、心臓が止まりかけた。
 どうやら本当に魘されていたらしいと、ホンダにも分かる。
 窓から見える光景はすっかり様変わりしていても、ここは、藍東の地だ。夢現の狭間で、生まれ育ち、滅ぼされるきっかけを作った村のことを最近よく思い出す。出奔し、大陸を放浪している間はずっと避けてきた。ゼロ隊に所属してからは、任務だと割り切って何度かは足を踏み入れた。
 だが、やはり公国が藍東の名を取り戻してからは違うらしい。
 しみじみと考えでもしていないと、バクラによって口にされたあの女性の名に、みっともなく動揺しそうだ。
「恋人か?」
「……。」
 響きだけでも女性と分かれば、大抵は母親などの肉親か、恋人や妻といった相手を想像するのは当然だろう。だが追及するバクラの言葉は、やけに刺々しく、小さかった。まるでまだ拗ねているかのようで、思わず苦笑しながらホンダは返しておく。
「……そうだったら、よかったんだけどなあ」
「……。」
 今となっては、認めるしかない。
 少なくとも、抱いて欲しいと頼んできた時点では、あの女性は自分に好意を寄せてくれていたのだろう。同じように自分も慕情を返せていたならば、義務感から暴走することもなかった。むしろ他の男と結婚することなど許せるはずもなく、二人で逃げ、共に長い時間を過ごしてまともに愛し合えていたかもしれない。
 だが、仮定であっても虚しさしか感じない。
 生まれたときから傍にいたあの女性を、自分は姉のようにしか思えなかった。
 大切だったからこそ、求めに応じた。若かったからこそ、認識が乏しくて、あるいはヒトとしての感性がまだ薄くて、性交と交配の区別がついていなかった。
 初恋の相手だったならば、もう少し優しくできたと思う。
 それ以前の感情で、あんな結果を招いてしまったことで、すべてが怖くなり逃げ出した。
 あのときから自分は何も成長していないとホンダが情けなさで感慨深くなっていたとき、後ろから膝の裏を蹴られる。
「わっ……!?」
「……てめーは、オレサマを好きだったんじゃねえのかよっ」
「へ?」
 そのまま服を引っ張られ、再びソファーに腰を下ろす。すると横からそんな質問をぶつけられ、ホンダは素で面食らった。
「小娘に聞いた。てめーは、オレサマと恋人だったんだろ。浮気してたってことか?」
「あー……。」
 更に横から重ねられた言葉で、ようやくホンダも衝撃から脱することができる。
 覚えていないバクラに、かつての言動を言葉で教えることに意味があるのか。愛着の品から魔力の余韻を読み取ってしまうことは仕方ないとしても、積極的に説明する利点をホンダは理解できない。だが、止めるつもりもない。何を知り、知識として得たとしても、実感は戻らない。このバクラにとって、以前のバクラは所詮他人だ。本人も気にしているようなので、求めるうちは教えることもいいだろう。やがて、興味を失ったり、やたら同一視してくる連中に嫌気が差してくるに違いない。
 同一人物として扱いたがる相手に、嫌悪感を示すのは最初からだ。
 今はまだ好奇心が上回っているのかもしれないが、そのうち飽きる。そんな状態でも、せっせと知識を与えているのは二人だ。だがかつてはホンダの部下だった男は間違っても明らかな嘘を伝えるとは思えなかったので、情報源として示された者には妙に納得した。
「いや、マナは誤解してるというか、そもそも直接には知らねえから思い込んでるだけだ」
 この公爵邸に常駐しているのは、四人。ホンダとバクラを除けば、暫定公爵と、その補佐官だ。元々は忘陸の魔物であるマナは、同じ魔力の根源を持つホンダとの共通性は極めて薄い。いくら魔力の質が似通っていても、ホンダはこちらの大陸で生まれ育ったこともあるのだろう。あるいは単純に男女の差かもしれず、ホンダもその発言には驚かされることが多い。
「ちゃんとオトギからは説明されてるだろ? そういうことしてたのは、魔力を融通させるためだ」
「……それは、聞いたけどよ」
「安心しろ、オレはもうお前に何も求めたりしねえ。もちろん魔力を融通する必要もない。バクラ、お前は忘れたんじゃねえ、最初から一度も記憶に刻まれてねえことなんだから、変に気にして囚われることもないからな?」
 急な言葉には驚いたが、要するにバクラは不安がっている。
 体感としては千年前、人柱にされて埋められるまでしかない。男として過ごした千年分の経験がない以上、精神的には半々か、むしろ女性に近いのだろう。いくら魔物としては圧倒的に強くとも、男同士より身の危険を感じやすいに違いない。もしかすると、中途半端に教えられた過去の所為で妙な義務感にさらされているのかとも察し、不要だと安心させてみたがバクラの表情は曇ったままだ。
 まだ、説得力が足りないのだろうか。
 確かに以前のときの執着を知られていると、不信感も当然かもしれないと考え、ホンダは言葉を重ねた。
「……それでも、オレはちゃんとお前に従うから? 信用できねえなら、召喚術の契約をしてくれ」
「……。」
 バクラにしてみれば、殺されるために探していたという再会の言葉を、信じられないのだろう。だからこそ、ホンダが三ヶ月もの間、今は藍東特別区という名称になっている旧忘陸内を歩き回った理由を知りたがる。辿り着いた答えが恋人同士だったという、分かりやすいが、歓迎できないものだったことは容易に想像がついた。
 いくら違うと否定しても、過去は過去だ、散々行為を重ねた事実をホンダもなかったことにはできない。だからこそ、今は違う、あのときのような関係を期待して忠誠を誓ったわけではないという証として、召喚術での契約を提案した。
 魂を交換する契約は、主の側に圧倒的に有利だ。契約獣からは、むしろ何もできない。一瞬で残りの魂を燃やし尽くせる権利を差し出させられ、唯々諾々とシモベとして従うしかない。魔物であれば、力が絶対だ。強さに惹かれるのは、本能というより存在意義そのものになる。かつて、それほど強固な首輪をされていたにも関わらず、ホンダはバクラの望む答えを返さなかったことがある。それが裏切りであり、三ヶ月前に共に死なせてはもらえなかった元凶だ。
「……召喚術なんざ、知らねえよ」
 もしまた契約してもらえるならば、今度こそ絶対の忠誠を。
 過去の贖罪という下心を見抜いたわけではないのだろうが、バクラは首から提げた千年輪を握ってしばらく見つめた後、つまらなそうに吐き捨てた。
 以前からあるものは、相変わらずマナが持っている。バクラのそれは、戻ってきたときに最初から首に掛かっていたらしい。千年前の記憶と体感があるということは、自身のみを移動させる魔法、正確には召喚術ではない技は簡単に使えている。だが、自分以外を移動させるいわゆる召喚術は、その存在や理論を説明されても、いまいち分からないらしい。
 それはそうなのだろう。召喚術とは、先天性の特殊魔法だ。一般的な魔術と違い、訓練次第で習得できる類ではない。できる者は最初からできるし、できない者はどうやってもできない。バクラは確実に使えるはずなので、今はまだ使いたい状況に陥っていないだけだろうというのが、優秀すぎるかつての部下の見解だ。
 真新しい千年輪を握り、物憂げな視線を落とす少女の横顔は、男となったときより幾分か幼い。本当に若くして苦労し、最終的には人柱となって埋められたのだなと思っていると、先ほど重ねそうになった唇がまたつまらなそうに呟く。
「……この姿だから、そんなこと言うのか」
「え?」
 どうやら、まだ信用されていないらしい。落とした視線の先は、持っている千年輪ではなく、豊満な胸だったのかもしれないとようやく察した。
「それが本来の姿なんだろ? 可愛いくていいと思うぜ」
「……嘘くせえ」
「だいたい、男の姿だと……。」
 理解しているつもりでも、気が緩むと混同してしまいそうになる。
 最後までは言わなかったが、バクラにも続きは想像できたのだろう。険しい顔で唇を噛み締め、千年輪からも手を離しそっぽを向いた。
 先ほど寝惚けて手を伸ばしてしまったときも、バクラの方も寝ていれば何をしていたか分からない。
 そんな自覚もあるからこそ、情けなさが増す。
 バクラに倣ったわけではないが、同じように視線を外せば、ここが公爵執務室だと改めて思い知らされた。
「……。」
「……。」
 こうしてバクラも戻ってきたのに、いまだにここで寝起きしてしまうのは、未練の象徴かもしれない。
 かつての礎に、また会いたい。
 あのとき最後に自業自得だと断罪してくれたバクラに、会って、もう一度謝りたかった。
「……?」
「……なあ、てめーはオレサマにほんとに何も求めてねえのか?」
 ささやかな願望は叶わないのだと教えてくれる小さな手と、少し高めの声。なにより柔らかな印象の顔立ちがそう尋ねてくる。いつの間にかこちらを向いていたバクラは肩に手を置き、そんなことを口にした。
 触れた一回り小さな手から感じる魔力は、あの頃と変わらない。
 だが、いずれ変わっていくのだろう。
 一度混ざり、柩から出される直前、根のような物を断ち切った際に流れ出たはずの魔力がかなり体内へと押し戻された。おかげで、魔力を融通し合っていた頃より、今はまだ同質に近い。やがて遠くなっていくことへの覚悟も決めながら、ホンダは笑って頷いた。
「ああ。オレを殺してくれるなら、それで充分だ」
「……。」
 もう一つ願わせてもらえるなら、幸せになってほしい。
 さすがに自分が口にするにはおこがましい願いだったのか、バクラは不機嫌そうに顔をしかめるとソファーから立ち上がって部屋を出て行った。
 あの背中には、大陸を背負ってはいない。
 今度こそ一人の存在として生き、男としてでも女としてでも構わないが、幸せを掴んでほしいと祈りながらホンダは目を背けた。














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