「‥‥先日は、急用が入って話が途中になってしまって悪かったな」
「いいぜ、別に気にしてない。お前は、いつも仕事が忙しいからよ‥‥。」
「‥‥そうだな」
まるで普通の会話のようだが、実はこの『悪かったな』という単語を言うべきか否
かをこの一週間を費やして海馬が悩んでいたことまでは城之内は知らない。だが最大
限の譲歩で口にしてみても城之内からはそんな普通の反応で、なんとなく肩透かしを
食らってしまったようで寂しくなっていた海馬だった。
「まあ、それはいい。それで、城之内、貴様に確認したいのだが‥‥。」
だが、一週間前に分かったことなのだが、城之内はどうも自分と話しているときに
はあまり余裕がないらしいということで、きっと自分が謝罪を口にするなどという貴
重すぎる出来事にも気がついていないのだろうと海馬は自己完結するが、この場合え
てしてそれは真実だった。城之内からしてみればいまだに両肩に感じる海馬の体温に
心臓は高鳴りっぱなしであるし、真っ赤になっていることが分かりすぎる自分の顔な
ど上げられもしない。だがそうしてうつむいたままだった城之内の顔を弾かれたよう
にあげさせるのに充分な言葉が、その直後に海馬からかけられていた。
「城之内‥‥一週間前のあの言葉は、真実か?」
「‥‥え?」
恥ずかしくて顔など合わせられないと思っていたはずの城之内は、ガバッと勢いよ
くあげた視線の先でその蒼みがかった瞳と視線が絡み合い、そのまま確かに何かか崩
れる音を聞いてしまった気がしていた。
「お前、なに言って‥‥まさか、俺が冗談言ってたとでも思ってたのかよ‥‥!?」
「冗談というか‥‥気の迷いか錯覚か、はたまた呪いや洗脳や夢オチというものまで
考えた」
「‥‥このっ、大バカヤローっ!!」
正面からぶつかって、そして玉砕するのならそれも華々しくていいと城之内は思っ
ていた。恋心など、特にこんな男相手に寄せる想いなど叶うはずもないとは分かって
いたのだ。だがそれでもどうしようもなくなってぶつかってみた相手は、そのときに
は逃げるようにして立ち去り、はっきりさせたいと言ってまた現れては今度はあれが
冗談だったということで済まそうとしてきたのだ。
「‥‥そうだぜっ、それはあんまりにも城之内くんに失礼すぎるぜ海馬ぁっ!!」
「だから王サマは話ややこしくなるからもちっと寝てろって?」
「ぎゃあ!?」
血まみれファラオ大復活!!、と自ら煽り文句と共に復活した遊戯を、バクラがま
た千年リングを突き刺して再び沈黙させていた。だがそんな血生臭い寸劇が繰り広げ
られていることなど全く気がつかず、海馬からもたらされた言葉に城之内は思わず叫
んでしまっていた。
「なんだよっ、どうしてそう思えるんだよっ!?。俺はこれっぽっちも嘘なんか言っ
ちゃいねえ!!」
「しかしな、信じろと言われてにわかに信じられる話では‥‥。」
そんな非ぃ科学的なものは信じられん、と海馬は呟いているが、恋愛など科学で証
明されうるものでもないだろうと誰もが思って誰もつっこみはしないのは、本当にそ
んなことを確認しにあの海馬瀬人が城之内を待ち伏せするとは、城之内以外の誰も
思っていないからだった。
「海馬っ、俺はビンボーだけど自分の心に嘘つくような臆病者じゃないぜ!?。なの
に、なのになんで信じてくれないんだよ、俺の気持ち、なかったことにしようとする
んだよ‥‥!!」
それでも、海馬の表面的な言葉がすべてである城之内にとっては、悔しくて、もど
かしくて、そして寂しくてどうしようもなくつらかった。どうせ叶わないと思ってい
ても、好きだと思った気持ちさえ偽物だったと言われるのは自分の存在そのものを否
定された気分になる。
「海馬ぁ‥‥!!」
「‥‥だが、嘘でないならばそれはそれで納得できん。いや、納得できんというよ
り、甘んじて受け入れられん、と言うべきか」
だが、思ったよりもあっさりと城之内の気持ちの存在自体は肯定した海馬に、城之
内はいよいよなのだろうなと分かってしまっていた。きっと、先ほど冗談だったので
はないかと確認してきたのは、海馬なりの精一杯の優しさだったのだろう。本当に失
恋の痛手と向かい合うくらいなら、いっそ恋愛そのものが存在していなかったと思い
込みたい心理も分かる。なので冗談で済ませられるなら済ませてやろうという配慮
だったのだろうが、
「‥‥生憎、俺は本気だったんだ。お前に受け入れられなくても、お前が好きだと
思ったのは嘘じゃない」
ぽつりと呟いた城之内に、海馬は少し怪訝そうに眉を顰めていた。だがこんな話題
を始めてから、おそらく初めてに近く落ち着いた様子を見せる城之内に、海馬も少し
だけ深呼吸をして分からないように心を落ち着けていた。そして、あれから一週間、
考えに考え抜いた結論を口にしていた。
「‥‥まず、最初に簡潔に言おう。城之内、俺はお前に俺の純情とやらを与えてやる
ことはできん」
「‥‥。」
恋心を盗まれたので、代わりに純情を捧げろと言ったのは城之内である。その言葉
に対応するようにきっぱりと拒絶を示した海馬に、城之内は覚悟していたとはいえ、
眩暈がして足元がグラグラしていた。
「‥‥オイオイ、いくらなんでもあんな言い方は残酷じゃねえのか?」
「そうだよね、あれじゃ海馬くんは裁判官にはなれないよね」
「てゆーか海馬に裁判官なんか無理だろ‥‥て、あれ、いつのまにいつもの獏良?」
思わず少し離れた場所で感想を呟いてしまっていた本田に、いつのまにか宿主の人
格に戻っていた獏良がにこにことして立っていた。その手には遊戯の血のついた千年
リングが握られたままであるのでそれなりに不気味なのだが、それよりも突拍子もな
いセリフの方に今度は御伽が首を傾げていた。
「なあ、どうしていきなり裁判官て話になってるんだい?」
「ああ、裁判官て、死刑の宣告をするときは大体一番最後に言うんだよね。こう、お
前はこんなにいろいろ悪いことしたんだから、よって死刑に処する、て感じでさ」
確かに、今の城之内の表情を見ていれば死刑を言い渡されたと言ってもいいほど、
呆然とした表情はしている。だがそれがどうして海馬は裁判官になれないとつながる
のかと再び怪訝そうにした本田や御伽に、獏良はにこにことしたままで続けていた。
「どうしてそんな順番で話すかってね、それは要するに最初に『お前は死刑だ』なん
て言っちゃったら、犯人の人もそれでワケが分からなくなっちゃって自分がどんなに
悪いことしたかってていう、本来一番大切な部分、聞いてなんかいられないでしょ?」
「あ、ああ、そうかもな‥‥?」
「それと一緒だよ、海馬くんも下手だなあ。最初にそんなこと言っちゃったら、ほら‥‥?」
そう言ってすいっと視線を投げた獏良につられるようにして本田や御伽がそちらへ
と向けば、
「‥‥城之内くん、もう泣き崩れちゃってるね」
「うわっ、ほんとだっ、オイ城之内っ、男なら泣くな!?」
「そうだよっ、よく知らないけどキテレツに屋上から去っていく子守唄を歌う高校生
社長にふられたからって捨て犬よろしく膝抱えて泣くことなんてないよ!!」
実は滅多に口が挟めないのでこれ幸いとばかりに口数多く叫んだ御伽が一番失礼な
発言をしていたりもしたのだが、獏良はくすくすと笑うばかりでその情景を眺めるだ
けだった。それに大きくため息をついてみせたのは杏子で、いまだ血の海に沈んでい
るのは遊戯だった。
「何故かと言えばな、城之内、貴様は言ったな?。俺が貴様の初恋を‥‥と、聞いて
いるのかっ、コラ、負け犬!?」
「うっせぇよ‥‥!!」
どうやら自分の世界に入ったままで言葉を朗々と続けていたらしい海馬は、その辺
りでようやく城之内がとっくに撃沈してアスファルトの上にうずくまってしまっている
ことに気がついたようだった。だが話を聞けと罵声が降ってきても、城之内にとっ
てはもうそれは理不尽なものでしかない。
「凡骨、話は最後まで聞かんか!!。さっさと立て、そして俺を見ろ!!」
「うるせえっつってんだろ、もう分かったよ、何度も言われなくたってテメェの答え
なんざ分かったんだからよ‥‥!!」
純情をよこせと言ってみれば、それはできないと言われたのである。これ以上にな
いはっきりとしたお断りの言葉に、城之内はもう本当に体から力が抜けてしまって、
立てと言われても立てるような状態ではなくなっていたのだ。
「チッ、なにが分かっただ、凡骨のクセに知ったかぶりをしおって‥‥!!」
「うるせえっ、うるせえっ、うるせえよ!!。もう放っとけよっ、もう分かったんだ
から、だからもうこれ以上‥‥!!」
そして、もう流すつもりもなかった涙が溢れてきて、城之内は情けなくて情けなく
て、膝に顔を伏せたままでそう叫んだ後唇を噛み締めていた。
きっと、今海馬は呆れて自分を見下ろしているのだろう。
きっと、海馬はこんな自分に愛想を尽かして、ほんの少し見せようとしていた優し
ささえ向けないままで、立ち去っていくのだろう。
「城之内、貴様‥‥!!」
城之内の想いに応えられない理由を海馬がつらつらとこの一週間考えていたのかと
思うと、城之内の顔には泣き笑いが浮かんできてしまう。変なところで誠実なんだな
と思ってみても、どうせふられるならば一緒である。
しかしそんなこともきっと分かっていない海馬は、もう一度自分に怒鳴るか、もう
諦めて立ち去っていくだろう。仮に怒鳴られても自分はもうきっと立ち上がることな
どできないので、そのうち蔑みだけを残して自分の前からいなくなるのだと思った城
之内は、いきなり乱暴に髪をつかまれて強引に上を向かされていた。
「痛ってぇっ!!」
「‥‥こっちを見ろと言っているだろう、負け犬。また逃げるのか?」
「‥‥。」
髪を引っ張られる痛さには腹が立ったが、それよりも不思議な光景に城之内は一瞬
言葉が出なくなっていた。相変わらず尊大に自分を見下ろしているとばかり思ってい
た海馬が、高そうなスーツが汚れることも気にせずアスファルトに膝をついて道路に
座り込んでいたのである。ほとんど同じ目線で瞳を合わされ、どうやらわしゃわしゃ
と髪を撫でてくるのは引っ張られて痛いと叫んだ自分をいたわっているつもりらしく、
いつになく真剣な瞳をした海馬に、城之内は思わず返していた。
「‥‥俺は、逃げたりしねえ」
「そうか?。ならもう立ち上がれ、こんなところで座り込んで話をする趣味はないからな」
そんなことを言ってさっさと腰をあげた海馬に、城之内も慌てて立ちあがってい
た。さっきまで全身の力が抜けて膝など震えていたはずなのに、とそんな自分を少し
不思議に思った城之内は、もしかして海馬の目からは変なビームとか出ていてKC特
製エネルギーとか注入されてしまったのではないだろうかと失礼な心配をしていたり
もした。
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