「まさか、城之内‥‥それはダメだっ、俺は絶対に貴様などにモクバを嫁がせたりさ
せんぞ!?」
「‥‥は?。なんで今、モクバが?」
たっぷり寝惚けてんだな、あの神官ヤロー、とバクラが毒づいてしまうのに充分な
ほど、飛躍しすぎた海馬の論理展開だった。だが傍で見学している者たちには海馬が
なにを勘違いしたのか分かっていても、城之内はすぐに頭が回らず逆に首を傾げてし
まう。だが、焦ったように続けた次の言葉で、さすがの城之内も理解できていた。
「それにっ、大体俺は本当に貴様の妹など盗んでいないぞっ、城之内!?。それこそ
本当に言いがかりだっ、俺は貴様の妹とねんごろになどなっていない!!」
「なっ、なに言ってんだっ、テメェ!?。誰もそんなこと言ってねえだろうがよっ、
大体いくら静香でもお前と付き合ったりだとか認められるワケねえだろっ!?」
ふざけんなっ!!、と本気で憤慨しているらしい城之内だったが、微妙に発言がズ
レてしまっていることには本人よりも回りが気がついてしまっていた。
「‥‥ねえ、城之内くんの今の言葉。なんか、違うくない‥‥?」
(あ、相棒、握り締めてるドア、ドアがへしゃげて‥‥!?)
「おーおーっ、王サマだけじゃなくってコイツら揃いも揃ってたっぷり寝惚けてや
がったんだなっ!!。こりゃ滑稽だぜっ、ヒャハハハハハ!!」
だが幸か不幸か、当の海馬本人は城之内の微妙な発言を、凡骨ゆえの文法ミスだと
しか思っていなかった。なので、取り敢えずはモクバをよこせと言われたのではない
と分かり、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「まあ‥‥モクバでないのなら、多少のことはきいてやらんこともない。取り敢えず
凡骨、貴様の望むものはなんだ?」
「‥‥。」
簡単なものならばくれてやってもいい、とこのとき珍しく海馬はそう思っていた。
それで静かになるならばというこに加え、一度モクバと勘違いした所為でモクバ以外
のものならさほど堅持に値する価値があるとも思えなくなっていのだ。なので寛容に
構えてやっている海馬に対し、城之内は一度大きく深呼吸をする。既に内容を察した
遊戯の号泣がBGMとなっている屋上で、遂に城之内は海馬に向かって一点の曇りも
ない真摯な瞳で叫んでいた。
「海馬ぁっ!!‥‥俺に、お前の純情よこしやがれ!!」
「‥‥待て」
一瞬、それまで暴風吹き荒んでいた屋上で、闘いの風がピタリと止んでいた。
そして気持ち悪い無風状態にあって、海馬は精一杯明晰と謳われた頭脳を稼動させ
てその言葉を咀嚼しようとしていた。
「‥‥ジュンジョウ?。凡骨、今、そう言ったのか?」
「ああっ、言ったぜ!?」
「‥‥。」
では、自分の脳内漢字変換が間違っていたのだろうかと思い、海馬は精一杯他の変
換候補を挙げようと頑張るが、ほのかに頬を赤らめて泣きそうにこちらを睨んでいる
城之内の表情に、やはり自分が最初に考えた『純情』でいいのだろうな、という結論
に至っていた。だがそれはそれで、問題である。
「‥‥念の為、俺が貴様から自覚なく盗んだというものも聞いておこうか」
しかし、いかにすべての状況がこの解釈で辻褄が合うと分かっていても、心のどこ
かで信じられない海馬はそう城之内に尋ねてみる。すると、クッ、と悔しそうに一度
唇を噛み締めた城之内は、すっと視線を床に落として口惜しそうに言葉を吐き捨て始
めていた。
「‥‥そりゃあ、始めは俺だって信じられなかったさ。いかにお前がいい男だからっ
てよ、カードバカでブラコンで、ファッションセンスが時代を追い越しちまってる
ゴーカン社長をよ!!」
「強姦ではない、傲慢だろう?。人聞きが悪いことを言うな、ついでに服のことも言
うな」
少しは自覚があったのね、と呟く杏子の言葉など隣で泣き崩れている遊戯の耳には
入っていなかった。更に言えば当然ながら、無風状態の屋上で実は今それなりに青春
真っ盛りなシチュエーションにあるはずの二人も、互いの言葉しか聞こえていなかった。
「けどよっ、気付いたときにはお前は悔しいくらいに見事に俺の心をかっさらってい
きやがってて!!。俺だって最初は叫んださっ、『俺の初恋を返せーっ!!』てな!!」
「‥‥しかも初恋か、凡骨」
「でも‥‥でも、どんなに叫んでも、悔やんでも、認めたくなくても無駄だった。目
を閉じたって耳を塞いだって、この事実ばかりは消せやしねえ!!」
いつもの口調なので気付きにくいが、とてつもなく恥ずかしいことを大声で叫んで
いる城之内に、本田や御伽はいっそ生温かい目で見守ってしまっていた。だが当事者
である海馬が本当は最もそうしたかったのだが、あまりといえばあまりな展開に、つ
い普通の反応をしてしまうだけだった。
「だからっ、だから俺は諦めたんだ!!。もうお前に持って行かれちまった初恋は
しょうがねえって、テメェは悔しいくらい素敵な恋ドロボーだって!!」
「いや、そう簡単に諦めるな?、というか今からでも頑張って奪還してくれ城之内?」
「‥‥海馬ぁっ!!」
海馬にしては珍しく優しく諭してみたのだが、どうやら城之内には気に入らなかっ
たらしい、ときつく名を呼ばれた海馬は内心ため息をついていた。だがいきなり顔を
あげた城之内が、これ以上ないほどに顔を真っ赤にしたままで叫んだ内容で、別段城
之内は先ほどの自分の諭したことに怒ったのではなく単純に話を聞いていないだけな
のだなと海馬は無理矢理にでも理解させられてしまっていた。
「海馬、俺も男だっ、こうなった以上は俺の初恋はテメェに捧げる!!。その代わ
り‥‥!!」
そして、思い込みだけはやはり一級品なのだな、と人のことを言えないはずの海馬
にまでそう思われてしまう城之内だった。大体自分たちは非常に仲が悪く、嫌い合っ
ているのではなかったのかと海馬自身は今でも思っているのである。どうやら城之内
は自分に好意を持っていたらしいが、そんな素振りなど全く分からなかったし、また
城之内が自分に惚れたとする理由も全く分からない。
「その代わりっ、俺は、俺は海馬の‥‥!!」
「‥‥まっ、待て凡骨!?。その前に一つ尋ねるっ、貴様俺を嫌っていただろう!?」
だがこのままあまりの展開にずるずると一方的に引き摺られるのも癪だった海馬
は、取り敢えず真っ先に浮かんだ疑問を口にしてみるが、
「そんなのっ、嫌よ嫌よもジョウノウチ、だろ!?」
「それを言うなら『好きのうち』だっ、凡骨!!。では更に問う、本当に俺に惚れて
いるとしても俺も貴様に態度は悪かっただろうっ、惚れられる要因が俺自身思いつか
ん!!」
「そんなの俺だって分かんねえ!!」
再びあっさりと断言されて、海馬も負けじと再び怒鳴り返す。
「開き直るなっ、凡骨!!。貴様自分で原因も分からない衝動を許容するのか!?」
「恋はいつだって理屈じゃねえんだよっ!!」
「貴様、その恋だとしても初恋だと言ったばかりではないか!!」
いつだって、と表現されて参考にできるような過去の経験データは存在していない
はずだと切り返した海馬は、実に的確な指摘だと我ながら思っていたのだが、どうや
ら恋する男を甘く見ていたらしくあっさりと撃破されてしまっていた。
「そんなのっ、恋は頭でするモンじゃねえんだっ、理屈だなんだは関係ねえっ!!。
それが万国共通の真理なんだよ!!」
「クッ、痛いトコを突くな、凡骨のクセに‥‥!!」
まさかこの凡骨相手にここまでライフポイントを削られるとは、と海馬は内心驚愕
しつつももう自分にはあまり手札が残っていないことにも気がついていた。ゲームに
強い者は現実の恋愛でも駆け引き上手、と一般に言われているが、ゲームの腕前で言
うならば明らかに上であるはずの自分が何故こうも劣勢に立たされているのか、海馬
は焦りから正常な思考が回っていなかったので全く分かっていなかった。だが確かに
腕前で言うならば海馬の方が幾重にも上だが、城之内はギャンブルタイプの戦術を組
むのである。オールマイティな強さは発揮しないが、時の運と相手との相性によって
は、それがピタリとハマって本来敵うはずもないほどの強敵を打ち負かしてしまう恐
さがあることを、このとき海馬は身を持って教えられそうになっていた。
「とにかくっ、俺の言いたいことは言いきった!!。俺はお前に初恋を奪われたっ、
だから今度はお前に純情を捧げてもらいたい!!」
だが、このまま力技というより奇襲作戦で押し切られるわけにはいかないと少し冷
静になって態勢を立て直した海馬は、ようやくここで起死回生とまではいかずとも、
一矢報いるカードに気がついていた。
「待て、城之内。先ほど、万国共通の真理だと言ったな‥‥?」
このまま城之内を撃破することはできずとも、攻撃を一旦おしとどめることぐらい
はできるかもしれないと思った海馬は、できるだけ余裕そうな笑みを浮かべて少し背
の低い城之内を見下ろしながら声を落として尋ねてみていた。
「では、俺もこの真理をオープンしてみよう!!‥‥城之内、では『初恋は実らな
い』というワールド・スタンダードはどうする?」
「うっ‥‥!!」
どうやら思った以上に城之内にその効果はあったようで、かなりの勢いを持ってい
た城之内はその海馬の切り札に一瞬言葉を詰まらせる。それに、できればその思い込
みの激しさで恋愛する前に失恋してくれと思っていた海馬に、城之内は怯んだのもそ
の一瞬だけで易々とそのカードを粉砕していた。
「そんなのっ‥‥そんなのっ、やってみなきゃ分かんねえじゃねえかーっ!!」
「どうしてそんなところは前向きなのだっ、貴様は!?。大体恋する輩は慎ましやか
に後ろ向き、というのが普通だろうっ!?」
「普通じゃなくていいっ、俺はお前に正式にお付き合いを申し込む!!」
遂に言われてしまった、と海馬は敗北を感じて半ば愕然としてしまっていた。手札
を使い尽くし、死闘で挑んできた城之内も、決して無傷などではない。だがほとんど
泣きそうな状態で顔を真っ赤にして睨んできている城之内に、海馬がサレンダーを絶
望の淵で覚悟したときに、まさに神が海馬に舞い降りてきていた。
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