取り敢えず二人の後をそこそこの距離を保って追いかけていた遊戯たちが、どうや
ら話し合いの場所に城之内が選んだらしい屋上についたときは、既に闘いの風が吹い
ていた。
「うわっ、寒い!!。どうしてこんなに風が吹き荒んでるの‥‥!?」
「‥‥そりゃあ、海馬くんがいるからでしょ、遊戯」
杏子の言葉にみな一斉に頷きながら、取り敢えずは遊戯たちは屋上のドアに顔を縦
に並べてその先の様子をうかがうことにしていた。
「‥‥よう、海馬。まずは逃げずについてきたこと、誉めてやるぜ」
そして、屋上のちょうど中央辺りに向かい合うようにしていた対峙していた二人の
うち、先に口を開いたのは城之内のようだった。押し殺したような声は珍しく重苦し
かったが、抑え込んだ感情が緊張なのか怒りなのか、はたまた昂揚なのかは城之内本
人にも分からないことだった。
「‥‥フン、凡骨の分際で俺を裁くなどとほざいていたからな。退屈凌ぎに付き合っ
てやっただけだ」
「言ってろよ、海馬‥‥!!」
相変わらず正体不明の風が吹き荒ぶなか、海馬はこちらはいつもと変わらず変に落
ち着き払った調子で小馬鹿にしたように城之内に返していた。そんな海馬を城之内は
正面から睨みつけ、一度大きく深呼吸をする。そして、ここ数ヶ月腹に溜め続けてい
たものを一気に吐き出してやっていた。
「海馬ぁっ!!‥‥俺はお前を許さないぜっ、こんな卑怯なドロボーをな!!」
「‥‥泥棒?」
だが、奇しくもそう叫ばれた当の海馬も、昨日と遊戯と全く同じ反応で素で首を傾
げてしまいそうになっていた。人非人だの人でなしだのと罵倒されることは予想して
いたのだが、泥棒という言葉で罵られるとは思っていなかったのだ。
「‥‥海馬くん、本当に不思議そうにしてるね」
「やっぱり、城之内の言いがかりじゃないのかしら‥‥?」
それはむしろ、見物している者たちからしても当然の海馬の反応だった。そう囁き
合っている遊戯と杏子に本田や御伽は同感といった顔で頷いていたのだが、唯一さっ
きから表に出っぱなしの闇バクラだけはどこか面白そうにニヤニヤと笑って少し先で
始まった奪還作戦を眺めていた。
「ああそうだっ、お前はドロボーだよっ!!。俺の大切なモン、あっさり盗みやがっ
て!!」
しかも気付かねえうちになっ!!、と尚も続けた城之内に、海馬はますます怪訝そ
うに眉を顰めてしまっていた。いきり立って叫ぶ城之内の目は本気のようだが、海馬
にはいかんせん本当に心当たりがないのである。そうなってくると、可能性としては
二つしかない。
「‥‥貴様、言いがかりも大概にしろ。俺がそんなセコイ真似をするか、盗まれても
ないものを盗まれたと言ってたかるつもりか?」
一つとしては、当然城之内が嘘をついている可能性である。なのであからさまに不
愉快そうに、そしてそれに嘲笑ももれなくブレンドして言ってみれば、それには城之
内はひどく憤慨して怒鳴り返していた。
「嘘なんかついてねえよっ、現にお前に盗まれたまんま返ってきやしねえ!!」
「‥‥そうか、では勘違いだな」
そんな城之内の言葉を受けて、海馬はもう一つの可能性の方なのだなと納得してい
た。それは要するに、盗まれたことは事実であるが、その犯人を城之内が海馬だと思
い込んでいるとパターンである。だがどちらにせよ海馬にとっては言いがかりにしか
すぎないので、それも小馬鹿にして一蹴していた。
「悪いが、貴様ごときの持ち物をこの俺がわざわざ盗むハズがないだろう?。まあ、
貴様にとっては価値のあるものだったのかもしれんがな、俺は貴様の物を盗めと命じ
た覚えはない」
城之内の切羽詰まった様子を見れば、よほど大事なものだったのだろうなというこ
とぐらいは想像がつく。だがだからといって同情するでもなく、ましてやそれほど大
事なものであれば盗難になど合わないよう注意しておけとも思いながら、取り敢えず
自分は無関係だと思って話を打ち切ろうとした海馬に、城之内は唸るようにして返し
ていた。
「そりゃあ、誰にも命令した覚えなんかないだろうよ‥‥だって、お前自身が俺から
盗んでいったんだからな!!」
「‥‥なに?」
「しかもお前は盗んだことさえ気付いていないっ、サイテーサイアク、そんでもサイ
コーのドロボーだぜっ!!」
誉めているのかけなしているのか分からない、とはまさしくこんなことを言うのだ
ろうな、と海馬は何故か違ったことを考えてしまっていた。だが相変わらず理解に苦
しむ城之内の言葉をどう頭で反芻してみても、どうやら自分が窃盗犯だと疑われたま
まだということしか海馬には分からなかった。なので、自分の思い込みには絶対の自
信があるが他人の思い込みは許容してやらない海馬は、そんな誤解は御免だとばかり
に城之内に返していた。
「‥‥だから、さっきから何を言っている?。俺が貴様のような貧乏人からなにか盗
むワケがなかろうっ、馬鹿も休み休み言え!!」
「ヤスミヤスミ」
「『休み休み』と言えと言ったのではない!!」
しかもそれじゃあ自分で馬鹿だって認めてることになるぜ城之内くん!!、とまた
もいきなり出てきた闇遊戯がドアのところで頭を抱えて号泣していたが、屋上の中央
辺りにいる二人は気にもしていなかった。それどころか、城之内は突然笑い出すとビ
シッと海馬を指差して声高らかに返していた。
「テメェが言えって言ったんじゃねえかよっ、まあそれはいいけど!!‥‥話戻す
ぜ、とにかくお前は立派なドロボーだったぜ!!」
「‥‥人の話を聞け、凡骨」
あの海馬くんが珍しく疲れてるわっ、と目を輝かせた杏子の言葉に回りも頷いてし
まうほど、実は海馬はこんな会話の通じない相手に疲れてしまっていた。ちなみにそ
んな印象が、実はほとんどの他人から海馬自身に対する印象とほぼ同質のものである
ことには気がついていないのが、海馬の海馬たる所以であるとも言えていた。
「でも俺も男だっ、今更お前に盗まれちまったものをガタガタ言うつもりはねえ!!」
「現に今言ってるだろうがっ、人語は解さんのか負け犬!?」
「負け犬って言うな!!」
二人ともテンション高いねぇっ、と感心したように遊戯が言ったことで実はまた
元々の人格の方に遊戯は戻っていのだが、最早そんなことには回りの誰も気がつかな
いほどに例の二人はおかしな展開になっていたのである。盗まれたと言い張る城之内
に、盗んでなどいないと言い返す海馬、そして今度は盗まれたものはもういいと城之
内が言い出したのである。
「こうなった以上はしょうがねえっ、お前に盗まれたのはそのままお前にくれてやる
ぜ!!。ありがたく受け取りやがれっ、海馬!!」
「だから俺は貴様などから何も盗んでないし受け取ってもおらん!!」
「遠慮すんなっ、往生際が悪いぜシャチョーさん!?」
これほどまでに会話のできない相手だっただろうかと、城之内に対してひどく頭が
痛くなってきてしまった海馬だった。だが実際には、このとき城之内はひどく余裕が
なかったのである。ずっと言わなければと思い続けてようやく用意できたこの場で、
城之内は後悔しないよう言いたいことをすべて言わなければと思い、つい会話ではな
く単なる青年の主張になっていただけだった。
「けどようっ、俺だって盗まれっぱなし、てんじゃあ面目が立たねえ!!。俺にだっ
て、男のプライドってモンがあるからようっ!!」
「凡骨、貴様、いい加減に‥‥!!」
それでも一方的にワケの分からないことをまくし立てる城之内に、さすがの海馬も
そろそろ怒りが臨界点に達しそうだった。だが余裕のない城之内は、尚も言葉を続け
る他にない。
「だから、返せとは言わねえっ、その代わりお前のをよこせ!!」
「‥‥はあ?」
「俺のはもう盗まれたままでお前にやるからっ、お前のを代わりによこせって言って
んだよ!!」
ようやく言えた、と、実はこのセリフを叫んだ段階で、城之内としては自分の中で
は達成感で溢れてしまっていたのだ。どうしても言いたかったのはこの単語で、要す
るに海馬に盗まれた代わりのものをよこせと要求する。それに応じるか否かは海馬次
第ではあるが、取り敢えず自分としては精一杯のことはしたと充実感に浸っていた城
之内に、海馬は一瞬沈黙した後、盛大に怒鳴り返していた。
「な‥‥なにを言い出すかと思えばっ、やはりたかり・強迫、ついでに恐喝か!!」
だが、全く会話の分からない海馬からすれば、言いがかりをはるかにこえた因縁を
つけられているのと変わりない心境だった。これまで社長という肩書きからそういっ
た脅迫めいたことは幾度もあったが、そんなときには必ず犯人を割り出し、警察など
といった国家権力を借りずして非合法のうちに抹殺してきたのが海馬の指揮下の海馬
コーポーレーションである。そんなワケの分からない脅しに屈するものかと半ばムキ
になって拒絶した海馬は、本人は認めたくないだろうが凡骨だのと見下していた相手
にほとんどキレた状態になっていた。
「ハッ、見下げ果てた奴に成り下がったものだなっ、負け犬!!。そんな言いがかり
は、その辺のゴロツキ以下のクズの理論だな!!」
「なんだとっ!?。俺のドコがゴロツキだってんだっ、そんならお前だって立派な大
泥棒じゃねえかっ!!」
海馬ちゃーんっ、と某泥棒アニメの悩殺ヒロインの声色を真似て叫んだ城之内には、
「気色悪い呼び方をするなっ、負け犬!!。大体貴様が峰フジコ役なら『ちゃん』付
けではないだろう!?」
「細けぇコト気にすんなっ、ついでに話も逸らすな!!」
「最初に脱線させたのは貴様だろうっ、凡骨!?」
それ以前に海馬くんもルパンなんて知ってたんだね、と驚愕したように言う遊戯
に、相変わらずドアのところで無粋な見物を続けているお仲間一行も大きく頷いてい
た。だが完全に二人の世界に入ってる海馬と城之内は、ある意味お互いしか見えてい
なくてなっていたので、様々な角度から状況を打破する突破口を模索した海馬は、取
り敢えずは会話の確認作業に入ることにしていた。
「‥‥まあそれはいい。取り敢えずは落ち着け、そして俺の質問に答えろ凡骨」
「凡骨って言うな!!」
落ち着けといった途端怒鳴り返してきた城之内に海馬はじろりと睨みを効かせる
が、今は余裕のないらしい城之内には一向に堪えていないようだった。なのでその辺
りは流しておいて、最初から随分と疑問だったことを海馬はようやく尋ねていた。
「城之内、確認しておきたいのだが‥‥。」
「‥‥なんだよ?」
「取り敢えず、貴様が何かを盗まれた、というのは本当なんだな?」
そう海馬が尋ねてみれば、城之内は案の定噛み付いてきていた。
「だからっ、そう言ってんじゃねえかっ、さっきから!!」
「喚くな負け犬!!‥‥それで、その盗んだ犯人が、俺だと言いたいんだな?」
「‥‥お前は、盗んだ自覚もねえんだろうけどよっ」
それが分からん、と海馬は眉を顰めてしまっていた。どうも城之内の様子からし
て、盗まれたことは嘘ではないようであるし、少なくとも犯人は海馬だと思っている
ようではある。だが海馬が盗んだという自覚がないことを最初から許容し、しかも盗
まれたものそのものを返せと言っているのではなくどうやら海馬の持ち物の方を代わ
りによこせと言っているのだ。
「要するに‥‥俺と貴様が、なにか共通のものを持っていて。俺が貴様のものを、未
必の故意だかなんだか知らんが俺が盗んだと?」
「ヒミツのコイ?」
「凡骨には説明してやらん。とにかく、俺が盗んだらしいものは返さなくていいか
ら、代わりに俺のものを貴様にくれてやれと、そういうことなんだな?」
そうそう、と頷いている城之内に、やはりただの恐喝ではないか、と海馬は頭が痛
くなっていた。なんとなく自分たちの大切なもの同士を交換するような話になってい
ることは分かるのだが、いかんせん海馬には話が全く分からないのだ。だが普段なら
ばそんな要求など一蹴するはずの海馬ではあるが、このときはあまりに疲れてしまっ
ていたので思わずそんなことを尋ねてしまっていた。
「もし‥‥俺が、貴様にそれをくれてやったら。貴様は、もうこんな下らんことで俺
に付き纏わんと約束できるのか?」
「‥‥。」
取り敢えず本当に人語を解さないのではないだろうかと思われるほどギャンギャン
と回りで吼え立てるこの負け犬を遠ざけられるなら、と海馬は金持ち特有の大らかさ
でいっそ欲しがるものを与えて黙らせたいと考えてしまっていたのだ。だがそんなふ
うに尋ねた海馬に、城之内はしばらく黙った後、それまでの喧騒が嘘かのように少し
寂しそうにぽつりと呟いていた。
「‥‥本当に、くれるんなら。ほんとにほんとにくれるんなら、『俺からは』付き纏
わないって約束してやってもいい」
「‥‥なんだ、その『俺からは』という注釈は?」
やけに強調している気がして思わず言ってしまった海馬に、
「だから‥‥本当にくれたら、俺からは仮に付き纏えなくなったとしても、お前の方
が俺を放っておいてくれないと思うから」
「‥‥。」
「それなら、それでもいい‥‥。」
徐々に顔をうつむけて、消え入りそうな声でそう呟く城之内に、海馬はまた首を傾
げてしまうことになっていた。城之内の言葉を吟味するならば、要するに海馬が城之
内にくれてやるものが海馬にとってもやはりとても大切なので、海馬自身が城之内の
ところへ出向かなければならなくなると言っているのだ。それほどまでに海馬自身が
大切にし、またそれほど大切なものを代替として要求させるほどそもそも最初に海馬
の方が城之内の大切なものを盗んでいたのだろうかと考え、ようやく見えてきた答え
に海馬は愕然として叫んでいた。
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