※注意※
これ書いてる時点(今日は9/4)で、本誌は標的111までです。
以下の注意書きはネタバレを含むため、更に下げてあります。
【ファイル2】
※これのみ若干の性的描写(18禁ではない程度の軽いもの・ただしキス以上)を含みます。
いわゆる雨の対戦の決着がついた?回です。
スクアーロが死んだ???かもしれない回までです。
できれば!
こんな自己補完SSを書いてる自分を後に、
「アッハッハ、あれからすぐスクアーロ死んでないって分かったのに!」
と、笑い飛ばせますように…!
そんな祈りを込めつつ。
あ、この話の中では死んだと思い込んでます。
これが実に間抜けな話になってしまってほしい、戻ってきてスクアーロさん…!
いや戻ってきてくれると信じてるからこそ、
死んだと思い込んでるネタは今しか書けないと思って走り出した感じです。
※これのみ若干の性的描写(18禁ではない程度の軽いもの・ただしキス以上)を含みます。
■背中
-02.
ツナたちが廊下で聞いた物音というのは、実は物騒な理由からではない。
「……なにやってんだよ、お前」
「ああ、ちょっと、目測誤った」
胸倉をつかんで病室に引きずりこんだ後は、ドアに鍵をかけるために獄寺はさっさと手を離していたのだ。そうしてドアに向かい、施錠をしたところで一人で歩いていた山本がポールを倒している。よく見ればそれは点滴用のスタンドであり、起こそうとしている山本の背中を軽く叩いて獄寺はベッドに促していた。
「獄寺……?」
「いいから、怪我人はとっとと寝ろよ。ふらついてんのは、片目だからだけじゃねえんだろうが」
「……。」
屈もうとしていた背中でも、怪我をしていないところに注意して触れておいた。ディーノの部下から提供されたシャツに着替えていても、傷の位置など獄寺はすべて覚えている。途中で一度処置室に入ったからではない、単にあの水没した校舎でうずくまっていた背中を忘れられないだけだ。
鮮明に甦りそうになる記憶を舌打ちで払いのけ、獄寺は山本が倒していた点滴用のスタンドを直す。
そもそもこんなものに躓くのは、右目に包帯を巻いていて距離感がつかめなくなっているからだけではないはずだ。そうでなくとも山本はほとんど寝ずに修行していたらしいので、単純に寝不足の状態にある。激しい運動をして疲労も溜まっているはずであるし、精神的な緊張感から解放されたことで疲れは増したはずだ。更に失血と輸血を繰り返せば倦怠感は増すばかりで、昨日同じような状況に置かれたからこそ獄寺は確信を持ってそう言えていた。
「……なんだよ?」
「えっ……あ、うん、そうしようかな……。」
「……。」
だが不思議そうに立ち尽くしたままの山本の視線に気がつき、獄寺は怪訝そうに尋ね返す。すると慌ててベッドに向かった山本は、覚束ない手で毛布をめくろうとする。そんな緩慢な動作に苛立った獄寺は、軽いため息を繰り返してベッドの脇に立ち、バッと毛布をめくってやっていた。
「あっ、ありがとう……?」
「早く上がれっての」
そのことにまた驚いている山本には目を合わせず、とにかく促す言葉を繰り返せば山本はベッドに膝を乗せていた。だが裸足で履いたスリッパが上手く落ちなかったらしく、不安定な姿勢のままで手を伸ばそうとするのに獄寺は先回りする。
「あ……えっと……。」
「……いちいち礼なんかいらねえって分かってんだろ。いいから、さっさと寝ちまえよ」
「う、うん……?」
まずは右足のスリッパを抜き、山本が左膝もベッドに乗せたところでそちらのスリッパも取ってやる。そうしてなんとか山本がベッドに上がって姿勢を整えている間に床へとスリッパを揃えてやってから、獄寺は一言言っておいた。
「座るだけでいいぞ」
「え?」
ベッドの中央より少し上辺りに腰を下ろしていた山本は、上体を起こして毛布に手を伸ばそうとしたところだった。その動作を制し、横に立った獄寺は山本の腰に近い背中にまずは右腕を支えるように添える。そして胸側から左手を肩へ回してやり、いきなりひっくり返らないように慎重に仰向けにしてやっていた。
ゆっくりと倒されていくのを、山本は驚いたように見上げてくる。それでもされるがままなのは、抵抗する体力も理由もないからだろう。そう思いつつ、完全に山本の上体がシーツにつく前に肩に回していた手で枕を引き寄せ、頭の下に敷いてから背中を支える手も抜いてやる。座っていたため軽く立てられていた膝も両足とも伸ばさせてから、獄寺は毛布を首元まで引っ張ってきてやっていた。
「獄寺……?」
「……。」
そうして寝る体勢を作ってやった獄寺を、山本は左目だけで本当に不思議そうに見上げてきていた。
まるで本当に介護をしてやったかのような仕草をみせた獄寺は、そこで何も言わずにそっと山本の頬を撫でてやる。もちろん傷には触れないように慎重に手を往復させ、やがてその手も離したところでようやく山本を見下ろすことが出来ていた。
「……疲れてるだろ。今日はもう寝ろ、山本」
「……。」
もしここにツナがいれば、ひどく安堵しただろう。廊下で見せた激昂も、不穏な気配すらなく完璧に獄寺は山本を気遣っていたからだ。山本のことが好きだから、心配だから、他の者にはつい八つ当たりじみたことをしてしまっても、当人にはきつく当たれない。壊しかねないと評したリボーンを笑ってしまえるくらいには、ここまでの獄寺は優しかった。
だがもしディーノやリボーンがこの場にいれば、ツナとは違ったことを確信したかもしれない。ツナとはいまいち違う割り切り方ができる二人には、獄寺はもう大丈夫だと再度判断したはずだ。
どちらに山本が転んでも、大丈夫だ。
その理由として、もう山本がどうなろうが深く関わるつもりがないということが大半である。傷ついている者には気遣い、触れられたくない話題には触れないでおく。一般的には誉められるべき対応だろうが、獄寺はその立場になかった。あるいは、それ以外の対応をしてもいい者だと山本が認めていたのに、獄寺の方が一歩引いてしまったということだ。
獄寺にとっての理解や寛容は、諦めに似ている。
分かり合う努力を捨て、何も相手に求めない。獄寺はリボーンに指摘されるまでもなく、自らの性格、あるいは性質の欠点を熟知していた。感性や共感、もっと単純に言えば思いやりというものが欠如している。単純に自己中心的なのではない、本当に相手のことが分からないのだ。たとえば数少ない思いやりたい相手、ツナなどに対して空回りがちなことからもそれは明らかである。
だから、分かろうとすれば過度に相手を揺さぶってしまう。ツナに対してならば、そもそも『ボス』というものに対するイメージが獄寺の中にあるため、それを押し付けてしまっている感も否めない。だが殊山本には、ステレオタイプな恋人像など重なるはずもなく、結果として、山本の内側に踏み込んで暴くことでしか知ることができなかった。
「ずっと寝てなかったんなら、もう相当眠いはずだろ? 一応約束したからオレはココにいるけど、大人しくしとくし」
「……。」
「気にせず寝ていいからな? ああ、明るいならもう照明も消しといてやるから」
これまでならば、そうして一種押し込み強盗のごとく山本の本音を引きずり出すことも出来た。
山本はひどく頑丈だったし、それを許してくれていると信じていたからだ。
後者に関しては、今でも疑っていない。リボーンが言っていた『山本は獄寺に甘い』というのは、そういうことだ。だが同時に、今までのように手荒に本質を剥き出しにさせることは、今夜はできなかった。
そんなことをしたら、山本は壊れてしまうかもしれない。
そう、これは気遣いなのだ。
「……獄寺、なんか優しいのな」
「なに言ってんだ、当たり前だろ? ああ、そういや言い忘れた」
山本を思いやってのことなのだ、何もすすんで追い詰めたいわけではない。
なにしろ、恋人なのだ。
こんなときに優しくてやれなくてどうするんだと自分に言い聞かせていた獄寺は、引き攣っていることに気がつかないままで笑みを浮かべてみせていた。
「勝って、おめでとう」
「……。」
「よくやったな、山本」
そんな獄寺を、山本はベッドで仰向けになったまま左目だけでじっと見つめてきていた。
その黒く深い瞳には、何が映っているのか。近づけば鏡のように自分自身が像を結んでいるはずなのに、どうしてだか獄寺はそう思うことができない。あるいは左目は獄寺を見ているのかもしれないが、今は治療のために閉じさせられている右目はどうなのか。まだあの暗く赤い水面を見つめているのではと思考が回る前に、ふいっと開いていた左目も逸らされていた。
「山本……?」
「……獄寺には、怒られるかと思ってた」
だが拗ねているのかと楽観しかけた獄寺に、山本の呟きは冷や水を浴びせるような衝撃をもたらす。
何故、自分が怒らなければいけないのだ。
山本は、勝ったのに。
ちゃんと、生きて帰ってきたのに。
「……どういう、意味だよ」
対戦相手の結末は、山本の責任ではないと獄寺も思っている。ならば、山本は責められるべき要素が全くない。そう獄寺も信じているのに、何故か山本の言葉を追及してしまった。
だがそれに山本は一度だけ左目で獄寺を見て、そのまま体を捩じらせる。右肩が下になる体勢は普段ならば絶対に取らないはずだが、獄寺に背を向けるにはそれしかなかった。ベッドの脇に立っている獄寺からは高さもあるので、山本の顔が完全に見えなくなったわけではない。それでも山本の意志は明確で、答えるつもりはないと示されたときに獄寺は抑えたはずだった感情が爆発しそうになった。
「山本、お前……!!」
言ってはいけない、詰ってはいけない。
山本は傷ついてるのだから、そこに追い討ちをかけるような真似ができるはずがない。
「なんだよ、その態度は……!!」
これは、山本の問題なのだ。
たとえ恋人だろうが、口を出していい話ではない。
「言いたいことがあんなら、言えよ……!!」
「……。」
「そうやって、一人で抱え込んでられるほどテメェは強いつもりなのかよ。だから、オレには居てほしくなかったんじゃねえのかよ、山本……!!」
気遣うつもりで、何も尋ねないと決めていたはずなのに。
どうして自分はこんなことを言ってしまっているのだろうと、獄寺はどこか冷静に嘆く自分に気がついていた。
こんなことではダメだ、ダメなのだ。
廊下で釘を刺されたように、山本を壊してしまうかもしれない。
だから何も知らなくていい、自分は知ろうとしなくていい。もし知ろうとすれば手荒な真似しかできなくて、嫉妬や八つ当たりといった誉められない理由でばかり詰ることになりかねない。
だから、知りたくない。
知りたくないなどないのだ。
そんなことぐらい山本も分かっていて、獄寺が怯えていることも知っていたから、今日は一緒に居たくないと本当は気遣われていたなどと気づきたくなかった。
「山本っ、どうなんだよ、なんとか言えよ!? なんで怒られると思ってたんだよっ、オレがお前に何言うつもりだと思ってやがった!?」
「……獄寺は」
だがもう自制の効きようもなく感情が昂ぶっていた獄寺は、ぽつりと口を開かれてこぼれた言葉だけでビクッとを身を竦めてしまった。
山本が何を言おうとしているのか、予測がつかなかったのだ。
そう自覚して唇を噛み締めれば、もう認めるしかなくなる。
「オレが、なんだよ……!!」
「……。」
山本から向けられる言葉の一つ一つが、全く予想ができない。
恐くて堪らないのだ。
あの水面をいつまでも睨むように蹲っていた山本が、何を思い、どんな結論に至ったのか。これまで散々山本の内側に踏み込み、知られたくなかっただろう内面まで暴いておきながら、今は恐くてそんなことができない。山本を壊してしまうかもしれないという危険性は二の次で、単に獄寺がそこに巻き込まれるのが恐くて引いてしまった。
この病室に入ってから、廊下に残った面々が獄寺を評したのは半分正しかった。これで仮に山本が怖気づいてマフィアの道を断念すれば、『1』。理由はどうあれマフィアの道に進めば『2』。獄寺は山本の動向に関係なく、道は揺らいだりしない。それは要するに獄寺は山本に揺さぶられないことが前提で、獄寺もそのつもりで、逃げてしまうつもりだった。
なにしろ、恐くて仕方がないのだ。
山本の言葉の予測がつかないということは、山本がそうと分からせてくれるサインを出していないとも言える。山本は獄寺に甘い、それは間違いないはずだ。それにも関わらずまだ分からないというのは、山本自身がまだ悩んでいるのかもしれない。
「オレが、何をお前に怒れるって言うつもりだ、山本……!!」
「……。」
だから、恐かった。
いっそ腹が決まっているのならば、結論を引きずり出すだけでいい。それならば答えがどんなものであっても、獄寺も受け止められる。
だが山本がまだ葛藤の最中にあった場合、獄寺の不用意な、あるいは周到な言葉で結論が変わるかもしれないのだ。そこまでは、背負えない。人一人の人生だ、しかもマフィアの道というものは過酷にもほどがある。大体誰かの言葉でブレる程度の決意をさせるわけにはいかない、なにしろ恋人なのだから。
そう思い、獄寺は山本の気持ちを尊重するという『気遣い』で突き放したつもりだった。
純粋な心配ももちろんあったが、これまでの性格を考えれば微々たるものだ。
ずるいと言われても、身勝手だと非難されたとしても、甘んじて受ける覚悟ならばある。獄寺は大きすぎる代償も払うことになるからだ。仮に山本が自らの意志でマフィアの道を選んだとしても、もう獄寺は『特別』ではなくなるだろう。踏み込んで暴いたはずの心の内側に、もう一枚強固な壁を作られてしまう。その中へは生きている者は入れないという不文律が存在し、山本は永遠に届かなくなる。
それでも構わない、自分は恐いのは嫌なのだ。
山本もそれを背負わせることになると分かっているから、廊下でまずは除外し、ここでは黙っているのだろう。だから何も聞きたくはないはずなのに、獄寺は山本に伸ばした手を止められなかった。
「おわっ……痛……!?」
「山本……!!」
服も替え、手当てもされているはずの背中が、まだあの校舎内のままのように見えた。
ほとんど無意識で左肩をつかんだ獄寺は、ぐいっとベッドに押しつけて山本を仰向けにさせる。
「獄寺……。」
「山本、なんとか言えよ……!!」
「……。」
久しぶりに臨んだ黒い瞳は、思ったより感情を孕んでいなかった。どこか冷静とも言っていい。そんな色に見据えられ、やや頭も冷えてくる。
ああ、やっぱりやってしまった。
山本の本音を聞くのも、あるいは何かを背負うことになるのも、恐くて嫌で堪らない。
それは変わらないのに、そんな感情をまとめて凌駕しているのは、ただ山本を他の誰かの好きにはさせたくないという独占欲だった。
「……だから、獄寺は」
「ああ……?」
山本はバカだから、一人で考え込むとバカな結論に陥りかねない。
たとえ山本自身であっても山本を好きにさせたくないという、優しい好意などとはかけ離れた執着に陥っている獄寺は、どれだけ理屈を自分の中で重ねてもやはり山本を突き放せなかった。
だがいざ話し始められると、やはり恐い。
もう変質し終えているかもしれない山本の内側を覗くことになるかもしれない恐怖に震えていても、どこかで歪んだ悦びも感じている自分に嫌気が差した。
「獄寺は……オレが、後悔してることに。怒るかと思ってた」
「……。」
それでも、差し出された言葉にはにわかに表情が曇る。
もしかすると、山本の中ではもう気持ちは固まっているのかもしれない。この場合、決意に対する責任は負わなくてすむが、そうと分かって安堵するどころか歯痒くて仕方なくなってくる。
そして、それがもう一つの恐怖だと獄寺は思い知らされていた。
山本の内側を覗くことで、そこに向けた自らの言葉で、本当の自分というものを認識させられるのが恐かった。
「……なんでだよ。ヤツが死んだのは、テメェの所為じゃねえだろ」
後悔しているのを怒るだろうという山本の指摘は、全く間違っていなかった。それは思いやりでもなんでもなく、後悔し、山本がこんな世界から身を引いてしまうことが嫌だったのだ。それをずるいとは思わないし、当然の反応だと分かっている。山本ならば乗り越えられる、と期待することは、年齢からも生い立ちからも過酷だ。
それでも獄寺が裏切られた気分になってしまうのは、単純に山本にこれからも傍に居てほしかったからだ。
叶わなくとも構わないと割り切っていたつもりなのに、いざ示されると悪あがきをしてしまう。そんな浅ましさに吐き気がしても、後悔そのものを否定するという安易な言葉をもう取り消せなかった。
「ずっと、考えてた。どうしたら、アイツは死ななくてすんだのかなって」
「だからっ、あれは山本の所為じゃねえだろ!? 鮫放つなんつーとんでもねえことやらかした、あいつらが……!!」
「……でも、オレは知ってた。戦いが長引いたらそういう動物が放たれるんだって、最初に言われたから知ってたんだ」
それは歴然とした事実であり、実際に山本も鮫が放たれたという宣言をされた際に予想していた旨の発言もしている。
だが問題は、それを山本がどう解釈したかだ。
恐いからもう手を引いたつもりだったのに、そんなことができるはずもなくて踏み込んでしまった獄寺は、ようやく少しずつ頭も回り始める。自らのことでいっぱいになってしまっていたが、どうにも山本の言葉には違和感がある。あるいは結論は出ているのかもしれないが、どこか、認識がズレている気がしてたまらない。
「なあ、獄寺も見てたんなら分かるだろ? ……オレの刀、結構アイツに入ってたよなあ」
「……ああ」
むしろ入ったからこそ、食らった相手も山本が峰しか向けてこないと気がつけたのだ。それを対戦相手は当然激怒したし、獄寺たちも呆れた。だが山本はその主義を曲げることはなく、最後まで刃を向けることなく勝利した。
「知らなかったんなら、しょうがないって自分に言い訳できたかもしれねえ。でもオレ、知ってたんだ。時間かけちゃいけねえって、ちんたらやってたら鮫かなんかが出てくるんだろうなあって」
「おい、山本……。」
「けどオレ、傷つけるのが嫌だった。だから、ああして峰しか向けなかったんだけど……。」
もしかすると、これはおかしな方向に向かっているのかもしれない。
そう気づけた獄寺は、愕然とする。
山本は完全に、あの男を殺したつもりになっている。
「もしもの話だけどさ? もし……オレが、そんなくだらないこだわりとか、安っぽい正義感とか。そういうので刃を向けなくて、それであんなに時間がかかっちゃって。当然オレもいっぱい怪我して、あの鮫に斬りかかれるほどの余力もなくなって、それで……。」
「……山本、そんなふうに言うな」
「なあ獄寺、どう思う? オレが、あんなことにしがみつかなかったら……こんな、終わり方には……!!」
山本にとって、相手に刃を向けず、斬るという行為はしないというルールは絶対だったはずだ。
だがそれを貫いたことで、結果的に相手を殺してしまったと山本は思っている。
獄寺ほどには自嘲癖はないので、山本は今本気でそう感じているはずだ。しかもその決意が強く、根幹でありすぎたために、揺らいでしまうとその影響はあまりに大きい。
命を奪うような、そんな刀ならば振るわない。
その決意がぶれたとき、向けられる刃は他人にばかりとは限らないのだ。
「……ああ、また違う終わり方だっただろうな」
「獄寺……。」
だからこそ、教えてやるべきだと獄寺は頷いていた。
たとえ山本の決意の一端を担うことになっても構わないと、本気で思えていた。
「もし山本が、ヤツに斬りかかれてたら。そしたら、お前もココにいなかった」
「獄寺……?」
「山本、お前なんか勘違いしてんじゃねえのか? お前がアイツを殺したんじゃねえ、アイツがお前を助けたんだ」
そうはっきりと断言したとき、山本が初めて体を震わせたのが分かった。それまでしっかりと見上げてきていた目が自然と逸らされるのを察して、獄寺はぐいっと肩を押す。だが視線が戻らないことを確認すると、腹の奥の方で沸いてくる苛立ちから当然のようにベッドに乗り上げていた。
「え、あ……獄寺……?」
「山本、もっと単純に考えてみろよ、じゃあお前は『斬らねえ』つう芯を持たねえままであの男に勝ててたっていうのか?」
山本がいっそ潔いまでに刀を振るえたのは、その信念があったからだ。傍目には甘さに見えただろうし、あるいは未熟さと取れたかもしれない。そういう自己欺瞞で安心しなければできなかったと断罪するのは簡単だが、果たしてそう言いきれるのか。
山本は斬れなかったのではない、斬らなかったのだ。この対戦において、勝つことはリングを奪うことであり、相手を殺すことではない。あくまで勝利条件に最も実力を発揮できる方法として自らに『斬らない』というルールを課し、また実際にそれで勝利できたのであれば、それは立派な戦術だ。殺すことが目的の場合を除けば、有効であるならば常に掲げていても誰にも非難など出来ない姿勢のはずなのだ。
「それ、は……。」
実際にそこを尋ねれば、山本は言いよどんでいる。今回限りの方便でも、一生背負う自己規範だとしても、その軸があったからこそ山本は勝てたのだ。
その事実を突きつけつつ、獄寺は掛けてやったばかりの毛布を引き剥がす。そして薄いシャツの下に手当ての痕が透けている体をまたぎ、押さえ込むようにして腰を下ろしていた。
「オレとしては、山本がたとえ刃の方を向けていようが、それで勝ててたとしても、結局鮫は放たれてたと思う。そんな簡単に決着がつく相手じゃなかっただろ、どう考えても」
「でも……!!」
負けたならば当然、勝てていても互いにボロボロだったはずだ。むしろ山本がそうして勝った場合は、既に相手は死体だったという方が自然だ。
それでも勝負がついたあの瞬間、まだ二人ともが生きていられたのは山本の信条のおかげだ。
そのことを正面から見下ろしてはっきりと告げる獄寺に、山本は同じ言葉を繰り返そうとする。
「でもっ、結局オレはアイツを……!!」
「だからそれが逆だって言ってんだろっ、あの場でお前らは二人とも死んでておかしくなかったんだ!! なのになんでお前だけ生き残ってんのかっ、その意味考えろって言ってんだよこのバカ!!」
「うあっ……!?」
殴りそうになったのは必死で堪え、両肩をグッとシーツに押しつけるようにして山本をベッドに沈め、獄寺はそう叫ぶ。
実際に、勝負に関してアレコレ後悔するのは別問題だと獄寺は思っている。山本が負けていればまず殺されていただろうし、勝っていればどのみちあの男を助けようとしただろう。そこで足場が崩れたのも、もちろん鮫が放たれたのもそんな対戦を用意した側の責任だ。決して山本の責任ではないということは、山本が足掻いたところで変えられた分岐点ではないということでもある。
「お前にできたのは対戦に勝つか負けるかだけで、どんな勝ち方でもああして助けるつもりだったんだろ? それで二人とも死なねえはずだった、けど落盤して二人して鮫に襲われた、なのにテメェだけ生き残ってる、それは何でなんだよ!?」
「それ、は……アイツ、が……!!」
刃傷としては無傷に近かったあの男が、死力を振り絞って山本を蹴り飛ばしたからだ。
正直なところ、それまでの人となりを考えれば、いっそ道連れにとされてもおかしくないと獄寺は思っていた。だがそれでも現実に取られた行動の意味を考えたとき、理由は一つしか思いつけなかった。
「……あの男、流派を潰していくのが趣味だってのは山本も聞いてたよな? 実際に、テメェのその流派も大部分が見切られてたんだ」
それは天賦の才能と、貪欲な剣技への執着がなせる業だったはずだ。
そうして培われてきた流派を習得し、我流で使いこなして強くなってきた男が、恐らく初めて負けた。
「そんな男がお前に負けて、なんで助けるような真似をしたと思ってんだ」
「……。」
「そんなの、プライドだけはバカみたいな高かったあの男のことだから、単純だろ?……アイツは、負けたお前の流儀に従っただけだ」
誇りを掲げ、助けられるつもりはないと言ったのが、床が崩れる前ならばまだ理解しやすかった。負けて情けをかけられるような、そんな真似はされたくない。いっそ殺された方がマシだとすら、あの男は思っただろう。そういうプライドの高さは獄寺にも分かる部分が大きい。
だがあのとき、実際に誇りを理由に下ろせと言ったのは、一階に落ち、鮫が迫ってくるという脅威にさらされてからなのだ。
では、あの男が言う『誇り』とはなんだったのか。
それは流派をねじ伏せ続けてきたあの男が、初めて敗北を嘗めさせた相手に、従ってみせるという敬意を示したのではないか。
「勝負はとっくについてたあの場で、斬らねえってルールを振りかざす余裕も意味もねえ。でももっと根本的に、『相手を殺さない』っていう山本の流儀を、実践するにはアレしかなかったはずだ。勝った相手を道連れにするような、そんな流儀に負けたんじゃねえってな」
「……。」
「山本がアイツを殺さずに勝ったから、負けたアイツもそれに従って、相手を殺さないことだけは模倣してみせた。甘さを思い知らせてえだけなら、一緒に食われてもよかったはずだ。それでもテメェだけは助けることにしたのは、その流儀の本質を見せつけてくれたってことじゃねえのか」
身をもって証明したというのは、若干美化しすぎだと獄寺も思っている。どちらかと言えば、皮肉のようなものかもしれない。本当のところなど獄寺に分かるはずもなく、また当の本人にも分からないのではないか。
だが一つだけ確かなのは、山本が斬らず殺さずを徹底していなければ、あの男は嫌がらせであっても山本を助けるということを思いつきもしなかっただろうし、物理的に実行もできなかっただろうということだ。
「不慮の事故で一人が死んだんじゃねえ、二人とも死んでたところをテメェだけが奇跡的に生き残らされたんだよ……!!」
気の持ちようだと言ってしまえばそれまでだが、少なくとも獄寺はこれが真実だと信じている。それでも告げていて血を吐くような思いがするのは、こんなことを気がつかせたくなかったと後悔する自分がいるからだ。
「あの男が言ってたように、これに怯えて信条をかなぐり捨てるのも構わねえ。もちろん、意地になって固辞するのもテメェの自由だ。オレだってこんな幸運は二度はないと思ってる、むしろ勝負が決してからテメェの背後を不意打ちしたいヤツの方が多いはずだ……!!」
今回は相手が良かったと言う以外、言葉が見つからない。それが山本の『甘さ』だろうが、捨てるにしろ、持ち続けるにしろ、その元凶となるのはあの男だともう知っていた。
ここで山本がどう決めるにしろ、自分ではない男のためだと獄寺は分かっていた。
「……獄寺とかが、いる世界ってのは。こういうところだったんだな」
始めは獄寺の剣幕にただ驚き、次第にじっと耳を傾け、やがて表情を消していた山本がそうぽつりと呟く。
マフィア『ごっこ』としか理解していない山本に、苛立って何度も詰ったことはある。だがどの程度かは分からないが、山本も少しくらいは垣間見たはずだ。獄寺が声を荒げても全く分かってくれなかった山本に、こんなにもすんなりと納得させられたのが自分ではないということに、違った絶望もおぼえた。
「オレ、正直まだよく分かんねえっていうか……気持ちの整理が、ついてない感じはある。けど、分からなきゃいけないことなんだな、て。決めなきゃいけないことがあるんだな、てのは、分かった気がする……。」
「……ああ」
それだけでも、充分な進歩と言えるだろう。なにしろ、今まで分からないままに歩みすぎていたのだ。
まだ対戦が残っている以上、状況を見守る意味で結論は保留してもいい。だがふっと視線を逸らした山本が、顔を歪ませるのを目の当たりにして、獄寺の中で誰かが囁いていた。
「後悔は、なくなりそうにねえけど。でも、オレ……ちゃんと、考えるし……!!」
「……。」
こんなこと、言わなければよかった。
気がついてしまった解釈など、教えなければよかった。
「だって、そうでないと……せめて、そうしねえと……!!」
「……。」
引き摺られてしまうのが恐くて、もう手を引くつもりだったのに。
実際に目の前にすると、一緒に壊れてもいいからと手を伸ばしてしまって。
そんな覚悟も崩壊の足音には怯えて先に瓦解し、自分でもどこまで信じているか分からない『真実』で食い止める。
それにすら成功したのに、自分のため以外で涙を流す山本を、獄寺は許せなかった。
「オレは、スクアーロを……!!」
「……その名を口にするんじゃねえ」
「え……うぐっ!?」
山本にしてみれば、信じきっていた相手に裏切られた気分だったのかもしれない。あるいは、獄寺の行動に驚きすぎて、理解が全く追いついていないのか。元々腰の辺りに座っていた獄寺が片手で口元を押さえてきたのを、山本は濡れた左目だけで呆然と見上げてくる。
「ご、獄寺……!?」
それでも山本が顔を背けたことで、口元を押さえていた手がズルッと滑り、自然と獄寺も上体が崩れる。だがもう体勢を直すつもりもなく、完全に山本に覆いかぶさった獄寺は、今度は手ではなく唇で塞ぐことにしていた。
「んんっ!? ……んっ、あ、獄寺っ、オレそんな気分じゃ……!?」
「……オレは、そんな気分なんだよ」
最初から舌を差し込むようなキスを仕掛けた獄寺に、山本は身を捩って抵抗を示す。
普通に考えれば当然で、不謹慎以外の何物でもない。獄寺が逆の立場でも、きっとそう考えるだろう。
だが今の獄寺にとっては、だからこそ意味があった。
あの男の墓標を心に抱えた山本は、もう獄寺だけのものではない。今までも決してそうではなかったが、そうならないということも言い切れなかったのだ。要するに、可能性に賭けた都合のいい未来を口実に、獄寺は山本を侵略し続けた。だがここにきて、どれだけ獄寺が踏み込もうが、絶対に届かない領域が山本の中にできたことを確信する。
「獄寺っ、なんで……!!」
「黙れ」
「オレ、ほんとに……あっ、うわっ……!?」
この感覚は、お気に入りの玩具が自分のものでなくなったと分かったとき、いっそ壊してしまいたくなる心境に似ている。
嫌がる山本に構わず借り物のスラックスの中に手を差し入れれば、当然驚いて身を竦めさせている。それでも激しい抵抗というほど力が込められていないのは、山本の中に困惑が大きすぎるからだろう。
「ご、獄寺……それ、シャレにならねえから……!!」
「シャレにするつもりはねえんだから、当たり前だろ」
直に山本のモノへと触れ、容赦なく擦り上げてやれば男の性として反応を示すのは当然だ。だが頑としてその気はないと突っぱねる山本に、獄寺は再び唇を塞ぐ。
「んんっ……ん、あ、イヤだ……!!」
山本は恋愛的な意味であの男を考えたことはないだろうし、それはこれからも同じだろう。
だからといって、安心できる要素ではない。獄寺にしてみれば、愛されていたわけでもないのに山本の心の中にずっと確たるものとして残り続けられることの方が重要だ。欲しくて堪らず、知りたくてなりふり構わず踏み込んでようやく少し手にしたつもりだった場所に、突然建てられた墓標はもしかすると自分のものでもあるのかもしれない。
独占できなくなると知っていたから、覗き込んで傷つく前に手離してしまおうと思ったのに。
結局『甘さ』が災いして、壊すことしかできないことを獄寺はもう察していた。
「獄寺っ、頼む、から……!!」
そう訴える山本の表情は、次第に当惑より怯えが強くなってくる。
いくら怪我や疲労があっても、物理的な抵抗がほとんど示せていないのは、山本の方の『甘さ』だ。まさにリボーンが指摘したことそのもので、山本は獄寺に甘すぎる。だがあのとき廊下でリボーンが言ったことで間違いがあるとすれば、そうして甘さにつけこんで侵入した獄寺が、壊そうとしているのはある意味において『獄寺』だった。
「ごく、でら……!!」
「……!?」
急所を握りこまれ、全身を押さえ込まれている山本は、必死になって抵抗自体は取り続けていた。ほとんど力は入っていないにしろ、獄寺の肩を押し返そうと手を伸ばす。
だがその手は、指先を掠めただけで空を切っていた。
獄寺が大きく避けたわけではない。単純に、左目だけでは距離感がつかめず、目測を誤ったからだ。
「……そういや、見えてないんだよな」
「獄寺……!?」
いらない、こんな山本はいらない。
治療のため右目に包帯を当てているからという、現実的な理由は最早獄寺には関係ない。まるで今の山本の在り様を現したかのような錯覚に陥った。
「うぁっ、痛……!!」
「山本……。」
空いていた手で頭の包帯ごと髪の毛を掴み、強引に枕へと顔を押し付ける。首を捻る勢いで押さえつけたことで、山本は苦痛で呻く声すら枕との隙間でくぐもって聞こえてくるだけだ。左目は完全に枕に当てられ、右目の側もほとんど獄寺からは見えない。指が引っかかって包帯が緩んでいるが、気にせず髪を鷲づかみにしたまま、獄寺は山本の顔を見ないようにしていた。
そうして山本が見えなくなると、あるいは山本に見られなくなると、どこか獄寺はほっとした。
大体、ずっと気に入らなかったのだ。対戦中に見せていたあんな表情を、獄寺は向けられた記憶がない。それは恋人だから、慈しむ相手なのだから当然だというのならば、そんな肩書きは要らない。恋人だからといって全部手に入るわけではないのなら、全部いらないのだ。どれだけ欲しくても触れさせてもらえない墓標を抱えた相手など、獄寺にとっては執着の対象ではありえない。
「獄寺、やめ……!!」
「……。」
「獄寺、こんなの、イヤだ……!!」
首を捻るのが苦しかったのか、肩ごと向けることで少し姿勢が楽になったらしい山本が、枕との距離ができてそうはっきりとした口調で繰り返す。
そんなにも嫌ならば、黙って抵抗すればすればいい。
それこそあの対戦で見せたような静けさで、獄寺を敵として認識すればいいのだ。
「獄寺……!!」
「……それが、お前の『甘さ』なんだろうなあ」
「……!?」
もちろん武器を手に戦っている場ではないので、種類が全く違う甘さだ。だがよほどその単語が引っかかってたのか、ビクリと身を竦ませた山本にまた苛立ちが増す。
きっと、あの男のことを思い出したのだと察した。
ますます遠のく存在に、獄寺がしたことは手を添えた性器に痛いぐらいの愛撫を加えることだった。
「うぁっ……あ、獄寺……なん、で……!!」
「……。」
そんなことは答えられるはずがない。実のところ獄寺にも何故この方法だったのか、自発的な理由はあまり思いつけない。
だが責任転嫁でいいならば、山本が嫌がっているからだ。
壊したいものが『山本の中の自分』、あるいはそれに対する『甘さ』なのだから、一番嫌がられることをするのが手っ取り早いというのは道理だった。
「ごく、でらぁ……!!」
強制的に高められる熱に、次第に山本の声にはすすり泣くような嗚咽が混じってくる。左目は相変わらず枕に向いたままなので判別はできないが、右目を覆っていた包帯は大きく歪みつつもところどころが濡れていた。
獄寺は口ではどうこう言っても、山本のことが大好きだった。
上手な愛し方など分からなかったから、せめて嫌われることはしないでいようと、いつも精一杯だった。
そんな獄寺なので、ここまで本気で嫌がってる山本に性的な意味の有無は関係なく手を上げたことはない。それこそ、初めて組み敷いたときの方が、動揺が大きいだけで抵抗はなかったくらいだ。
「獄寺、いやだ……!!」
「……。」
それにも関わらず、やめるどころか罪悪感の欠片も感じないことに、獄寺は妙な納得もする。
結局自分を占めていたのは、愛でも恋でもなく、独占欲だった。山本に向けていたのは子供じみた感情で、手に入らないと分かった時点で興味も失せてしまう。手ずから壊すことに、なんの躊躇も痛みも感じない。
「獄寺、なんで……!!」
「……。」
「なんで……こんな、こと……オレ……!!」
山本はきっと、マフィアの道に進むだろうと思った。あの男の言葉を胸に抱き、暗い水面でたゆたう赤い筋を道標にして、自らもゆっくりと入水していくのだろう。
ならば、せめて足元をすくわれませんように。
赤い水が肺を満たして呼吸を止めてしまうそのときまでは、立っていられますように。
あの男が評した『甘さ』は、獄寺にはどうしてやることもできない。自分にしてやれるのは、
「……オレには、何もない」
「ごく、でら……!?」
回りかけた思考を声に出すことで停止させ、獄寺はただ愛撫を込める手にだけ集中した。
いらないのだ、こんな男は。
自分のあずかり知らぬところで、自分以外の者で変えられてしまった者など、興味はない。
そう信じて壊してしまおうとしているのに、
「……山本」
「獄寺……? うぁっ、んん、あ……!!」
どうして、まだ名前を呼んでしまうのだろう。
半ばうつ伏せるようにしている山本の背中へと顔を埋め、獄寺は何度も声を噛み殺した。
うっかりすると、叫びだしてしまいそうだったのだ。
……どうすれば山本の中に自分も、自分だけの墓標を建てられるのか。建ったときには自分で確認が出来ないという皮肉な現実だけが、獄寺を引き止めているようだった。
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