※注意※
これ書いてる時点(今日は9/8)で、本誌は標的111までです。
以下の注意書きはネタバレを含むため、更に下げてあります。
【ファイル3】
いわゆる雨の対戦の決着がついた?回です。
スクアーロが死んだ???かもしれない回までです。
できれば!
こんな自己補完SSを書いてる自分を後に、
「アッハッハ、あれからすぐスクアーロ死んでないって分かったのに!」
と、笑い飛ばせますように…!
そんな祈りを込めつつ。
あ、この話の中では死んだと思い込んでます。
これが実に間抜けな話になってしまってほしい、戻ってきてスクアーロさん…!
いや戻ってきてくれると信じてるからこそ、
死んだと思い込んでるネタは今しか書けないと思って走り出した感じです。
■背中
-03.
「……あ?」
ふと戻った意識に驚き、ディーノは思わず声を出してしまっていた。だがすぐに口元を押さえそうになったのは、処置室に詰めている医師や部下たちも、うつらうつらと舟を漕いでいたからだ。
もちろん見張りの者はこの廃病院を囲むように立てられており、警備上の不安はない。ただ毎日のように年若い少年、場合によっては幼児が重傷で運び込まれるという異常事態の中で、みんな疲れているのだなとため息をついた。
「……。」
壁にかかった時計を見上げれば、そろそろ夜中の三時になろうとしていた。どうやら寝ていたのは三十分ほどらしい、と分かったのは、常に時計を気にしていたからだ。もっと正確に言えば、同じ一階にある病室から時折響く悲鳴じみた声に、止めに行くべきかとハラハラしながら構えていた際に無意識に時刻を確認し続けていた。
あと五分、いやあと三分叫び声が止まなかったら、一度様子を見に行こう。
そんなふうに自分を制するたびに裏切られ、変に間隔をあけつつ争う声は続いていた。リボーンに頼まれずとも、不安で仕方のない状況だ。だが迂闊に踏み込むのも気が引け、あるいは年下の者たちを信じる意味でもある程度は待とうと決めていた。
それが、二時を回ってしばらくして、ピタリと静かになっていた。当然また小休止かと疑ってかかっていたが、それから三十分ほど寝てしまったのであれば、静寂がようやく訪れたということなのだろう。そのことにはほっと安堵の息をつくが、一応確認してこようとソファーから腰を上げる。部下たちを起こさないようにそっと廊下に出るドアを開けたディーノは、そこでいきなりばっちりと視線が合って危うくこちらが悲鳴を上げそうになった。
「……!!」
「……あんだよ、まだ起きてたのか」
廊下の明かりは既に落とされ、非常灯の緑がかった薄暗がりの中で、獄寺が座り込んでいた。山本の病室のドアの横、壁に背をつけるようにしてしゃがみこみ、煙草をふかしている。驚きは過ぎ去ったのでなんとか胸を撫で下ろし、そそくさと廊下に出たディーノはゆっくりと処置室のドアを閉める。そして改めて獄寺へと振り返り、呆れたように口を開いていた。
「おどかすなよ、お前も」
「……。」
ディーノの言葉にも、獄寺は興味がなさそうに視線を逸らすだけだった。
元々悪童としてイタリアでも名が知れており、素行の悪さは折り紙つきの獄寺なのでそんな態度も気にはならない。最近ではもう少し可愛げも出て、素行が悪いというよりは、愛想が悪いといった印象だ。今もディーノを無視して煙草をふかす獄寺だが、ふと足元に溜まった吸殻が、それなりの本数であることに気がついていた。
「……お前、いつからココで吸ってたんだ?」
「時間なんざ、覚えてねえよ」
「まあ、それはそうなんだろうけど。そういや、山本は……?」
そこでようやく山本のことも思い出し、病室へと視線を向ければドアに嵌め込まれた擦りガラスの向こうは暗闇だった。どうやら室内の照明が落とされているらしい。そのことにほっとしつつ、ディーノが廊下の向かいの壁に背をつけてもたれかかったところで、獄寺はニヤリと嫌な笑みを浮かべていた。
「……疲れさせたから、やっと寝た」
「疲れさせた、て……おい、スモーキン・ボム? お前、怪我人相手になにしたんだよ?」
座り込んで煙草をくわえている獄寺を見下ろしながら、ディーノは思わず呆れたように言ってしまう。だがそれはすぐに愚問だと分かり、聞かなければよかったと後悔することになった。
「さすがに突っ込んではねえよ、手でしてやっただけだ」
「……あのな、お前?」
「あんまり抵抗されっと、さすがに萎えるモンなんだな」
ああうぜぇ、と髪をかきあげつつ言っている獄寺には、ディーノも心底ため息をついてしまう。
獄寺の言葉から推察すれば、時折響いていた悲鳴じみた声は、抵抗する山本の罵声だったのだろう。あるいは、懇願だったのかもしれない。だがこの調子では未遂に終わったと言うべきか、抵抗しきれなかったと言うべきなのか、中途半端には事に及んだようだ。
恋人同士らしいので営み自体は否定しないが、どうして今そんなことをしたのかはディーノにはさっぱり分からない。山本の方がすがったのならばともかく、この様子ではほとんど獄寺が強引にしただけに聞こえる。それによって誰かが救われでもしたのだろうかと首を傾げたディーノは、ついここにはいない元家庭教師にぼやいてしまった。
「……おいおい、こいつらほんとに大丈夫なのか?」
「……。」
少なくとも獄寺は大丈夫だと、ディーノも同意したつもりだったが、今は途端に不安になってくる。基本的には恋愛に関して後ろ暗いところはあまりないディーノなので、感覚として分からなかったというのも近い。とにかく、ドアを開けてすぐに目に入ったときはまるで死体のような顔にも見えた獄寺をどう解釈すればいいのか分からず、独り言のように嘆けば何故か答えられていた。
「……リボーンさんは、正しかったところもある」
「あ、ああ……?」
よくリボーンに言ったつもりだと分かったなと面食らいつつ、ディーノはそう相槌を打つ。すると床に視線を落とした獄寺は、一度大きく煙を吐いてから、言葉を続けていた。
「確かに、山本はオレに甘い。オレのこと簡単に信用しちまうし、だから嫌でもまともに抵抗もできやしねえ。戦うときとはまた違った、アイツの甘さだ」
「まあ、そうなんだろうけど……?」
「だから、オレはアイツの弱みなんだ」
その言葉を、ディーノは完全に誤解した。
元々獄寺たちの関係も詳しく知らず、ましてや病室でのやりとりを聞いていなかったので当然だ。ただ単純に、こういう世界に身を置いていると、恋人や伴侶、家族といった大切な人が弱点として狙われるという一般的な意味かと思ったのだ。
「そっか。じゃあ獄寺は、強くならねえとな」
「……ハァ?」
廊下の向かいに立っていたディーノは、しゃがんでいる獄寺と視線を合わせるようにその場に腰を下ろす。そしてそんなふうに切り出せば、案の定うつむいていた獄寺が怪訝そうに睨んできていた。
「なんだよ、それ……。」
若干動揺したように見えた理由を、ディーノは深く考えていない。ただまだ中学生でいろんなものを背負わされた相手を、少しでも励ませられればと思ったにすぎなかった。
「だから、山本の弱みがお前ってことなら、お前が強くなったらそれは山本の強みになるだろ? それだけ信用されてんなら、獄寺、お前も応えてやらねえと?」
「……。」
「正直、オレも山本のあの『殺さない』てルールは、オレたちの世界じゃどこまで貫けるか分からないとは思ってる。まあ山本が足抜けしたいって言っても、もうだいぶ関わっちまったからな、嫌でも多少は付き纏いはするはずだし。そんなとき、それでもあの『甘さ』を捨てないってんなら、もう一つの弱みであるお前が強みになってやるしかねえだろ?」
諭すというほどのつもりはなく、どちらかといえば分かっているだろうと思っていたことを、再確認させた程度のつもりだった。
だが穏やかに語りかけた獄寺は、非常灯しかない廊下の薄明かりの中でも、明らかに青ざめたことが分かった。手にした煙草がそろそろ燃え尽きそうで、指を焼いてしまうのではと口を開きかけたところで、その煙草は手から滑り落ちて床に転がる。
「獄寺……?」
それまで、いつもの人を食ったような横柄な態度に見えていた獄寺が、顔を歪めた気がしていた。ディーノが確認しきれなかったのは、煙草を落とした手と合わせて獄寺が両手で頭を抱え込んでしまったからだ。
「おい、獄寺……?」
「……そんなの、もう手遅れだ」
「え……おいっ、それどういう意味だ……!?」
泣いているのかと勘繰るほど、立てた膝に顔を伏せ、頭を抱えて唸る獄寺はガタガタと震えていた。嗚咽こそ混じっていないが、声にもだいぶ震えがある。
そんな様子を見ていると、ディーノは内心で自分に舌打ちをしてしまった。静かになったから大丈夫なのではなく、取り返しがつかなくなったからこそ静かにならざるをえなかったのではないか。一瞬だけ、明かりもついていないあの病室のドアを見つめてしまう。だが目の前で震える相手を捨て置いていけるほどディーノも非情にはなりきれず、今はリボーンに頼まれたのだからという理由を免罪符にしてため息をついてみせた。
「スモーキン・ボム、お前は……山本のこと、好きなんだろ?」
「……。」
手遅れという単語で最悪の事態を予想したが、さすがに山本の『発作的』で『衝動的』な行動を許したわけではないのだろう。どちらかといえば、獄寺の方がやらかしてしまったのだ。内容は自分で暴露していたことがほぼ真実なのだろうし、確かにそんなことをしたのであれば充分暴挙だ。
だが震えている獄寺を頭ごなしには非難できず、ディーノは慎重にそう言ってみたつもりだ。それでも当の獄寺はビクッと肩を震わせたので、責める響きがあったかと悔いる。いっそイタリア語で話した方がいいかもしれないと口を開きかけたところで、先に獄寺が答えていた。
「……好きだから、許せなかった」
「そう、か……。」
相変わらず頭を抱えたままなので声はくぐもっているものの、震えてはいなかった。無表情に落ち着いているようにも聞こえる。もしかすると、感情の起伏があからさまなときよりタチが悪くなったのかもしれない。そんなことに気がついても、廊下の反対側でうずくまる獄寺は顔色さえ見せようとしないので、ディーノも想像の範疇を超えられなかった。
実際のところ、このときもまだ獄寺は混乱状態にあったようなものだ。ベッドに押さえつけて強引に射精を促し、手にドロリとした精液が放たれたときに、目が覚めた気分だった。達したことで息は上げつつ、顔は背けたままの山本は泣いていた。どうとも声はかけられなくて、後ろめたさから適当な後始末だけはして病室から飛び出した。その際に明かりは消したものの、ディーノに言ったように山本が就寝したかまでは確認していない。それこそ『発作的』で『衝動的』な事態にならないとも限らなかったが、リボーンたちが心配していた元凶では引き起こされないと獄寺は確信していた。
あの対戦は山本の中で墓標ではなく、道標になっているはずだ。それでももしこの横のドアの向こうに死体が転がっているとすれば、確実に自分の所為だろうと思い、獄寺はなんだか嬉しくなった。
「……もう、いいんだよ。あんだけオレが言っても、なーんも分かろうとしなかったバカに、愛想尽かしてやっただけだし」
「……。」
「もう、いいんだ。これで、アイツが壊れるようなことは、もうない……。」
だいぶ声も調子を戻し、自らに言い聞かせるようにして繰り返す獄寺を、ディーノは黙って見つめるしかなかった。
二人の経緯など知るはずもなく、首を突っ込んでいる割に知らないことが多いとディーノも自覚はしている。だがそれでも、獄寺の言っていることは分かった気もした。あんな性格の山本なので、マフィアのことなど理解していなかった。獄寺はこうなのでいつも声高に主張していたらしく、自分の声は届かなかったのにあの男の声は、と悔しくなったのだろう。若さと言ってしまえば微笑ましい話だが、それが腹立たしくてわざわざ山本に嫌われに行くのは感心できない。
獄寺も言っているように、その意味において獄寺は山本の弱点だろう。だが同時にディーノが指摘したように、獄寺が強く在れば山本の強みになれたはずだ。結局唯一心の最も内側まで侵入することを許されたから、その責任の大きさに獄寺は萎縮した。
自分に自信がないのだ。
あるいは、極度に自分を卑下しているのかもしれない。
そうして山本が受け入れてくれたのが自分なんかであったために、性格の悪さを自覚している獄寺は恐くなった。壊してしまえる権利を委ねられて、逃げ出してしまった。
随分情けないことだと笑ってしまいたいものの、ディーノには共感できなくもない。ディーノにとっては、やはりいまだにイタリアで悪名を轟かせていたスモーキン・ボムの印象が強い。要するに、本当に山本を壊しかねないのではと心配しているのだ。よって、ただ引くのではなく、自分はこういう危険を持っているのだと知らしめて、山本の方に引かせた。あるいは、壁を作らせた。それは相手を思いやっての純粋な気持ちなのだろうし、一概に非難されるべきことなのだろうか。少なくとも、こんなに沈み込むほどまだ好きなのに、わざわざ嫌われるように振る舞って守ろうとするのも随分な勇気だったはずだ。
「……お前は、随分欲張りだったんだなあ」
「ハァ……?」
だがマフィアという同じ立場に立つ者として、大切な人は遠ざけたいという心理から肩を持ちたい獄寺に対し、ディーノは何故か呆れてしまう。
実際には、そう疑問な話ではない。
確かに獄寺は山本に対して誠実だったかもしれないが、獄寺自身に対しては随分と逃げ腰で立ち向かっていないからだ。
「だって、勉強でも一人の先生が全部の教科を教えてくれるワケじゃねえだろ? そら山本だって、いろんなヤツから学んで成長してくのは当たり前じゃねえか。お前から以外のことで山本が成長したからって、それで突き放すのはあんまりだと思うぜ?」
「……なんとでも言えよ」
「まあ、結局は獄寺自身の自己評価の低さが招いたことなんだろうけど。そういうの、山本はちゃんとお前に教えて、安心させてやったからお前も変われたんだと思ってたけど、違ったのか」
山本も大したことねえな、と本気でもないのにそんな言葉がするりと出たことに、ディーノは自分自身で驚く。だが非難めいたことを言ってしまった理由は、その直後に弾かれたように顔を上げた獄寺の目に鋭さが戻っていたことで、遅ればせながら理解できていた。
「……オレは昔からこうだ、何も変わってない」
「それ本気で言ってんのか? じゃあツナに会う前、あるいは対戦に向けて修行につく前。それと今のお前は違ってねえってのか?」
そう切り返せば、ぐっと言葉に詰まった獄寺は不機嫌そうに視線を逸らす。その幼い反応を笑ってしまいつつ、ディーノはさっさとまとめていた。
「山本に認められて、あるいは受け入れられてって言ってもいいけど、その前と後じゃだいぶ違ったんだろ? 好きな人に好きだって返されたんだしな、嬉しくねえはずがねえよな」
「……うるせえ」
「まあ、好きな分恐かったのかもしれねえけど、それだけ好きな人に見初めてもらえたヤツてのを、お前ももうちょっと信じられたらよかったのにな。山本は確かにバカっぽいところも多いけど、生死に対する嗅覚は本能的なものがある。リボーンが言うように、素質だけなら生まれついての殺し屋だったのかもしれねえ。そんな山本が、簡単に自分を殺せるようなヤツを懐に入れると思ってたのか?」
あるいは、殺されてもいいと思って招いたのならば、それはそれで一つの覚悟だ。どう言葉を取り繕っても、獄寺に臆病者と詰っているようにしか自分の言葉が聞こえなくて、ディーノは困ったように頭をかく。
山本を許せなかったのも、独占欲の裏返しで壊したくなったのも、事実ではあるのだろう。
人の心など、そう単純に一つの感情で支配されているわけではない。
だがやはり程度の差はあり、この選択は獄寺が恐くて逃げ出したからというのが根底だ。その恐怖とは、自らが山本の弱点になることで、致命傷を負わせたくなかった。
「……ああ、山本を死なせたくなかったのか」
「……!?」
だがストンと納得できた言葉を思わずディーノが呟けば、獄寺の殺気が跳ね上がる。習性としか言いようもないが、反射的に身構えそうになったディーノがそこで見たのは、ただ自分の肩をギュッと握り締めて耐えている獄寺の姿だった。
「獄寺……。」
「……。」
恐かったんだな、とディーノは今度はうっかり口にしてしまう愚は犯さずにすんだ。
山本の戦いはそうでなくとも熾烈だった上、山本が刃は向けないと宣言したことで更に恐怖は増したはずだ。最後に繰り出した技では映し身とはいえ貫通され、ようやく勝ったと安堵したところで鮫の襲撃だ。一緒に観戦していたディーノには、そのつらさもよく分かる。
そう思ったとき、不意にガタッという物音と悲鳴のような声が聞こえていた。
場所が場所な上、時間帯も真夜中なので普通ならば人ならざるものかと恐怖しそうだ。だが反射的に立ち上がりかけたディーノは、物音と声がした方、要するに真っ暗な病室のドアを見つめてしまう。それでも中腰のままで視線をその横に動かしていた。
「……な、なんだよ、跳ね馬?」
「いや……。」
すると、ドアの横でしゃがみこんでいた獄寺も、ディーノと同じように立ち上がろうとしていた。当然、視線はドアに向いたままである。
アレコレ悲観的なことは口にしても、やっぱりまだ好きなんじゃねえか。
微笑ましい年下の恋する少年に思わず笑ってしまいそうになるのをディーノは堪えるが、獄寺には当然筒抜けだ。かなり嫌そうな顔をした後、獄寺はわざとらしいため息をついてしっかりと背筋を伸ばす。そしてドアとは反対の方向に向かって歩き始めたのを見て、ディーノは呆れたように尋ねていた。
「あれ、山本の様子見に行くんじゃねえのか?」
さすがに人が落ちたような音ではなかったが、今は状況が状況なのでやや心配だ。だからこそ獄寺も反射的に腰を上げたのだとディーノは思ったのだが、どうやらまだ整理がついていなのはお互いさまらしい。
「もう知らねえって言っただろ、気になんならテメェが見てこいよ」
「いやそれでもいいんだけど、ほら、なんていうか……。」
あの戦いから、まだ三時間も経っていない。気持ちの整理がついていないのは、山本だけでなく、獄寺も同じだ。そう思いつつも、だからといって代わりに様子を見てくるのは少し気が引けた。唐突に、この廊下で獄寺を見つけたときの最初の会話を思い出したのだ。
獄寺はああ言っていたが、どんな状態で山本が放置されていたのかは分かったものではない。ある意味女性が裸で寝ているよりも、変な居たたまれなさを感じてしまう。困ったように笑っている様子で察するものがあったのか、獄寺は怪訝そうに足を止めると同じ説明を繰り返していた。
「だから、手でイかせただけでヤってはねえって言っただろ」
「い、いやそれはそうなんだろうけどさ……!?」
「……オレが、いつ医者だのなんだのが踏み込むかもしれねえ場所で、あんまりなカッコであのバカほっとくはずがねえだろうが」
それぐらい分かれと吐き捨てる獄寺は、随分矛盾したことを言っていると自分で分かっているのだろうか。
もう知らないと突き放し、手遅れだと自己嫌悪に溺れても、あられもない格好の山本を誰かに見られるようなことはするはずがない。できるはずがない、と断言しているのは、惚気られた気分だ。
だがあるいは、獄寺にとっては矛盾していないのかもしれないとディーノは思う。
愛想を尽かすのも手離したのも、獄寺にしてみれば同じ理由からだ。
ただ、山本が大切だから。
死んでほしくないという純粋な慈しみを不器用な手段でしか示させないだけで、獄寺の中では恋は終わっていない。
「ったく、行くならさっさと行けよ、オレは帰る」
「あっ、おい、スモーキン・ボム……!?」
少しだけ寂しさを感じるのは、獄寺はこうでも山本は割り切れているのではないかという予測からだ。
山本からの情が薄かったのではなく、むしろ濃かったからこそ獄寺の気持ちに答えた。要するに、獄寺が望むままに獄寺を切り捨てた。
さして深い付き合いでもないディーノから見ても、山本は精神的にはひどくアンバランスなところである。どちらに傾いたのかは分からなくて立ち尽くすが、いち早く獄寺はさっさと病院から出て行こうとしている。思わず声をかけて引きとめようとしたものの、その背中は背負う覚悟を決めており、一回り大きくなった気がする少年は振り返ることはなかった。
「チッ、仕方ねえなあ……。」
そんなふうに、急いで大人にならなくてもいいのに。
こんなときだからこそ、ディーノは不可能だと分かっていることを心の中だけで呟いておく。だが今はもっと不安定になっているかもしれないもう一人の方が心配だ。なにより、あのリボーンがやたら気にかけ、わざわざフォローを頼むとまで言ってきたので怪我でもさせては申し訳が立たない。
「おいっ、山本、山本!! 大丈夫か、ちょっと開けるぞ!!」
夜中ではあったが、気にせずディーノはドンドンとドアを叩いておく。
獄寺はああ言っていたが、やはりいきなり踏み込むのは躊躇した。真っ暗な室内で山本がどういう状況なのか全く分からず、気遣いからもそう廊下から叫べばどうぞという返事が聞こえてきていた。
「……?」
その声はあまり大きくはなかったが、落ち着いているように聞こえた。決して、まだ獄寺が廊下に居たときに一緒に耳にした悲鳴じみたものではない。違和感はあったものの、山本の声であることは間違いなかったので、ディーノは慎重にドアを開けるとまずは壁に設置された照明に手を伸ばしていた。
「あ、山本、明かりつけていいよな……?」
「はい、どうぞ」
スイッチに指が触れてからそう確認すれば、やはり山本はあっさりと了承をしていた。そのことにまた首は傾げつつ、ディーノはカチッとスイッチを入れておく。するとドアの擦りガラスから非常灯が薄っすらと差し込むだけだった室内は、煌々と照らし出す蛍光灯で一気に浮き上がらせられていた。
「おわっ、結構眩しいな……!!」
「あははっ、そうっスねーっ」
「……?」
廊下にいたディーノですら相当眩しく感じたので、ほぼ暗闇の中にいた山本はもっとそう感じただろう。しばらくは視力を奪われてもおかしくない。だが左目を開けられず困った様子を見せている山本に、ディーノはまた首を傾げかけた。
服装は思ったより乱れていない。確かにシャツなどはよれているが、寝ていたのであれば自然とも思える程度だ。だがそれより気になったのは、服の隙間から覗いたり、頭に巻かれてたりしている包帯がどれもズレていることである。特に上体のものは包帯の下の手当てしたガーゼまで取れたのか、ところどころシャツに血が滲んでいた。
そんな中で、山本は苦笑していた。それこそ処置室からこの病室に入る前、廊下で見せたような『いつもどおりの』態度だ。だがその手は何故かベッドヘッドの金属製のポールを握り締めており、かなり上方に寄って座り込んでいる山本はどこか希薄な印象を受けた。
「それで、ディーノさん、どうしたんスか?」
「……いや、あのな?」
まだディーノが処置室でハラハラしながらいた頃、この病室からは確かに悲鳴めいた叫び声が何度も聞こえていた。戦いの最中ですら、集中すればするほど寡黙なる山本なので、そんなにも声を荒げるのであればよほど深刻なやりとりがあったのだろうとディーノは思っていたのだ。
だが今の山本に、その雰囲気は感じられない。唯一獄寺の言葉を裏付けるものがあるとすれば、ようやく開くことができ始めている左目が、泣き腫らしたような痕を残しているぐらいだった。
「物音と声がしたから、様子見に来たんだよ」
「え?……ああ、それ、コレですかね?」
しかも病室を訪ねてきたディーノに、訪問理由を尋ねてくる始末だ。誤魔化したのでも気遣ったのでもなく、山本は本当に不思議でそう尋ねたのだろう。呆れたように指摘してやれば、山本は少しばつが悪そうに握っていたベッドヘッドを見やっていた。
「暗くて、よく見えなくて。つかもうとしたら壁に手が当たって、驚いてこれつかんだらベッドも動いちゃうし」
驚かせちゃってスイマセン、と気恥ずかしそうに笑っている山本の言葉に嘘はない。確かに物音は鈍い物音とガシャンという金属的な重い音が、ほぼ連なって起こったのだ。うっかり壁を殴ってベッドを揺らしたのであれば、まさにその通りの音だろうと思う。だが、気になったのは声はその前、つまり壁を殴って痛みに驚くようなものではなかったからだ。
「でも、山本。お前なにか叫んでなかったか……?」
「……。」
「あっ、いや、魘されてたとかなら別にそれはそれで……!?」
よくはないが、追及べきことでもなかったとディーノは慌てる。いきなり表情を消した山本にそう反省するが、やがて少し息を吐いた山本はベッドヘッドからは手を離しつつ、へらっと笑ってみせていた。
「……起きたら、真っ暗で」
「あ、ああ……?」
「獄寺が、いなくて。それでオレ、ちょっと驚いて……。」
それだけです、と説明したのも、やはり嘘ではない気がした。
実際に、ディーノもそう聞こえていたのだ。切羽詰ったような声で、真っ暗だった病室で『獄寺』という音を結んだように聞こえたからこそ、あれだけ卑屈になっていた獄寺でも立ち上がりかけたのではないか。
変に安堵してディーノが笑えば、山本はどこか居心地悪そうに視線を逸らす。基本的には天然であっけからんとしている性格なので、そんな態度は付き合いが浅いディーノからしても不自然に感じられるものだった。だがその理由は、伏し目がちに切り出された言葉であっさりと判明する。
「……あの、ディーノさん。えっと……その、獄寺は……。」
「え? え、あ、ああっ、スモーキン・ボムか!? ええっと、その……そ、そうっ、煙草!!」
能天気で朗らかな山本に、こんな顔をさせることができるのは獄寺ぐらいだ。戦いの前まではさして実感はなかったが、ディーノもようやく思い知らされた気分になる。
だからこそ、帰ったとは言えなくてディーノは焦った。
「煙草?」
「そ、そう、煙草吸いにココ出てて、そんで……そう、ちょっと前に、その煙草が切れちまって。買ってくるって出ちまった」
「……そう、ですか」
ああ、これでは誤魔化したと分かりやすすぎる。
こういうフォローは苦手だと誰に嘆けばいいのか分からないままでディーノがなんとか思いついたことを口にすれば、山本は少し間を置いてから、頷いていた。
きっと、嘘だとは分かったのだろう。
だが追及してくることのない様子に、ディーノはある確信を得ていた。
リボーンたちが疑いもしていなかった山本の『気遣い』は、どうやら自分に対しても発揮されるらしい。要するに、少しでも親しみを持っている相手には不安がらせたくなくて強がってしまう性質だ。確かにこれは、親しい者ほどもどかしくなるだろうとディーノも思った。ツナだけでなく、リボーンまでもが苛立っていたのが良く分かる。だからこそ、唯一その内側に入れてもらえた獄寺が、幸せ以外のものもたくさん背負い込んでしまったのも理解できた気がした。
「それより山本っ、その、だいぶ包帯とかズレてるよな? オレが直してやる、て、言いたいトコだけど。ちょっとばかし不器用だから、ロマーリオとか呼んできてやるよ」
会話を獄寺から離す意味でもそう切り出したディーノに、山本は少し目を瞠っている。そしてペタペタと手で右目の辺りを触ったり、自分の体を見下ろしている様はどことなく幼い。水で満たされた校舎内で、刃を向けずに刀を振り回していた者と同じ人物には到底思えない仕草を見せていた山本は、やがてへらっと笑って案の定断っていた。
「いや、別にいいっスよ、こんな夜中ですし。痛いわけでもないんで、包帯くらい朝になってからで充分です」
「そ、そうか……?」
ディーノにしてみれば、この部屋に入った当初ベッドヘッドをつかむ体勢だったので臨めていた山本の背中には、血が滲んでいることが気になっている。だが出血自体は大したことがないのかもしれず、手当てをし直すにしても確かに朝になってからでも充分だろう。
部下たちの疲労も知っているので、山本がそう言ってくれるなら有難い。だがもし傷が開くほどのことになっているのであれば、リボーンに頼まれずともロマーリオたちを叩き起こして来なければ、と確認を重ねる前にニッコリとして山本に続けられていた。
「だから、ディーノさんももう休んでください」
「……。」
「オレなら大丈夫っスよ、小僧は心配しすぎなだけっスから」
左目だけで笑ってみせる山本は、もしかするとそれが目的なのではないかと勘繰った。
一人になりたくて、大丈夫だと繰り返しているのか。そのための方便ならば頑として居座らなければならなくなる。ディーノは獄寺ほど、山本を知らない。知っていい立場にないのだから、簡単に信用してやるわけにはいかなかった。
思わず黙り込んだディーノに、山本は少し首を傾げている。だがやがて困ったように視線を逸らし、ベッドの上でずるずると場所を移動していた。
「おい、山本……。」
「ほんと、大丈夫ですって。まあ前科があるからツナとかが心配なのは分かるんで、それは、だったら居てくれてもいいんですけど。でもほんと無駄に終わりますよ、オレ、そんなこと全然考えてないっスから」
あっけらかんと言ってのける山本は、足元に中央辺りに溜まっていた毛布を引っ張り上げるとさっさと寝る体勢に入る。
一人になりたいと示しておきながら、難色で返せばあっさりと覆す。それで誰かの気が楽になるならば、自分は我慢する。実に分かりやすい思考で寝てみせることにしたらしい山本だが、枕に顔を伏せ、横向きというよりはうつ伏せに近い状態で寝転がっている。それがせめてもの抵抗なのだろうかと思ったディーノだが、もう一つ、理由があるのだと知れた。
「……ディーノさん、なんで、流派を潰していってたんですかね」
「え?」
唐突すぎるとも、遅すぎるとも思える話だった。こちら側についていて、ディーノほどあの男に詳しい者はいない。リボーンがその点を危惧したぐらいであるので、こうして二人になる機会があれば尋ねられることは予測してしかるべきだった。
だが、内容には少し面食らった。大方、どうしてあのとき助けたのかだとか、そんなことをきかれると思っていたのだ。予想とは違ったものの、今の質問の方が随分と答えやすくてディーノも内心安堵してしまう。
「まあ、想像でしかねえけど。アイツは……天才だったから、じゃねえのかな」
「……腕試しってことですか?」
「それもあるんだろうけど、もっと、単純に。自分より強いヤツを探してたんじゃねえかな、結果として弱かった相手には苛立って潰して回ってただけで」
人物的には非常にいろいろ問題も多かったが、あの男の剣の腕と、それを追求する姿勢だけは確かだった。
「矛盾してるように聞こえるかもしれねえけど、もしかしたら、アイツがほんとは一番『最強の流派』てのを知りたかったのかもしれないと思ってる。もちろん、勝って自分が最強を名乗るために。けど、それじゃやっぱいつまでも最強なんて見つからないワケで、どこにも属さない自分を敗北で従わせる流派ってのを、ずっと、探してたのかもな……。」
「……。」
結果的に、流派ではなく流儀に敗北を喫したことになるのだが、それはそれで満足だったのではないかとディーノは思っている。もちろん、生きて更に剣を磨き、再戦をして勝つことがあの男にとっては最も望むべき未来だっただろう。だがもしあの場で逆、つまり山本だけが死んでしまっては越えるべき相手が永遠に再戦を望めなくなってしまう。勝ち逃げなど許さないという自己中心的な理由と共に、そうしてようやく見つけた自分を負かした相手を剣での戦闘以外で失わせることは嫌だったはずだ。どこまでも身勝手な論理かもしれないが、それで救われたのだから山本もそこはあまり気にしないでいいのでは、と思っていたディーノは、そこで不思議そうな視線に気がついていた。
「……なんだ? あ、納得できないか?」
「いえ……その、むしろ、そうなのかもなって……。」
「……?」
てっきり枕に顔を伏せたままだと思っていた山本が、少し身を起こし、不思議そうに振り返ってきていたのだ。
ディーノの見解に賛同できないのかと思ったが、そういうわけではないらしい。では何故驚いているのかと不思議になるが、それは病室でのやりとりを知らないディーノには無理からぬことだった。
このとき山本が思っていたのは、言葉にもしたように『やっぱりそうなのか』という感想だったのだ。
もちろん、獄寺の言葉と重ねてのものだ。敗北したことで初めてあの男が流派、あるいは山本の流儀に従ってみせての結果だったのかもしれない。
「……だったら、尚更」
「山本……?」
自殺など、できるはずがない。
それだけ尊重してくれた『流儀』を貫くことが、助けてくれたあの男への弔いになるのだと山本は強く思っていた。
もう少し早く自分が決着をつけていれば、という後悔は、かといって完全に消えることはないだろう。一生ついて回るとは覚悟している。気持ちも当然ブレるだろうし、ディーノや獄寺の言葉にだけ根拠を預けるつもりもない。まだ迷ったり、葛藤したり、なにより悼む気持ちはおさまりそうにない。それでも、リボーンたちが危惧してくれたようなことだけはしないと山本には分かっていた。
一年半前とは、違うのだ。
そう呟いた山本を、ディーノは怪訝そうに見守ることしかできなかった。山本が言葉に出さない心の動きを知ることができないから当然だが、まずその前にディーノには山本がよく分からない。今回リングの件で来日するまでは、むしろ分かりやすい男だと思っていた。天然で、単純で、あまり深く考えずに口にするため思考を察するのは容易だ。だが裏を返せば、山本は深く考えているときは決して言葉に出したりしないということだったのだろう。普段が普段だけに、そのギャップに動揺する者が多いのではないか。あのリボーンですら気にかけているのは、山本が『読めない』からなのだとようやく気がつけた気もした。
「……ディーノさん」
「お、おう……!?」
いきなり名を呼ばれて驚いたのは、話しかけられると思っていなかったからだ。これも、山本を読めていなかった一つである。変に身構えて返事しているディーノを、山本はうつ伏せに近い状態で振り返ったまま、やはり不思議そうにしていた。だがやがてふいっと枕を抱き込むようにして視線を逸らした態度には、おや、とディーノは既視感を感じる。
「その……獄寺が、帰ってきて。もし、会うことがあったら……。」
そうして切り出された言葉には、ディーノは全く違った二つの感想を持った。
一つは当然、相変わらず読めないというものだ。まさかここで、獄寺のことを持ち出されるとは思っていなかった。
そしてもう一つは、先ほどの山本の『らしくない』態度が、獄寺に言及するときの独特の揺らぎだと思い出せたからだった。
「えっと、オレからの伝言で。『アリガトウ』て、言っといてもらえますか……?」
「……。」
山本にしても、先ほどディーノが言った『獄寺は煙草を買いに』というのが嘘だと分かっているのだろう。そんなことは自分で伝えればいいのでは、とディーノは言いかけるが、少しだけ察することもできた。獄寺はあんな調子だったので、何を説明するでもなく、それこそ強引なことをしたのだろう。山本にしてみれば、獄寺に嫌われただとか愛想を尽かされただとか思い込んでいるのかもしれない。態度の端々に獄寺を特別視していると分かりやすかったため失念していたが、山本本人はどうあれ、山本の中の獄寺像は既に獄寺本人が企図したものになっているのかもしれなかった。
だからこそ、当人同士で話し合った方がいいのではないか。
そう思いはするものの、今は毛布で隠れている血のにじんだシャツを思い出せば、ディーノも迂闊なことは言えない。リボーンにフォローを頼まれはしたが、こういう恋愛が絡むことは苦手なんだと弱りきっていると、振り向かない背中のままで山本が続けていた。
「……それから」
「……?」
「獄寺も、ちゃんと。手当てしてやってください、お願いします……。」
引き続き獄寺への伝言かと思ったが、そうではないらしい。バジルも言っていたが、相変わらず山本は獄寺の怪我も気になっているようだ。さっきの様子じゃあ随分平気そうだったけどな、とは言わずに、その点はしっかりと請け合ってやる。
「ああ、それは任せとけ。しっかり治療受けさせとくから?」
「……お願いします」
そう繰り返した山本は、疲れていたのかそれきり静かになった。寝息というには静かすぎる呼吸で意識を落としたらしい山本は、姿勢が苦しそうなこともあり、どこか死体のようだ。不吉な感想に慌てて首を振り、ディーノは病室のドアに向かいつつ悩んでしまう。
「……。」
寝たのならば照明は落としてやりたいが、果たして山本を一人にしていいものか。
もちろん山本を信用し、部屋を出て行くというのは一つの選択だ。だがそれがリボーンにバレると微妙な顔で非難されそうで、案じる意味も兼ねて迷うところだ。そしてもう一つ悩むのは、残って監視すると決めた場合、部屋の明かりを消すと獄寺が暴れそうだという確信だった。薄暗くしていただけでも、変な勘繰りでそれこそダイナマイトを投げてきかねない。
そこまで山本が大事ならば、傍に居てやればいいのに。
こんなことで悩まされるのがつくづく遣る瀬無くなったディーノは、スイッチに手を置いたままで思わずぼやいてしまう。
「……スモーキン・ボム、実は帰ってきたりしねえかな」
そして、山本を一人にするにしろ監視するにしろ、責任を持ってもらいたい。聞こえるはずもないので意味のないぼやきだと自覚していたが、返事だけは返ってきてディーノはひどく驚いてしまう。
「……獄寺は、帰ってきませんよ」
「えっ……!?」
てっきり寝ていたと思った山本が、そう呟くように返していた。だが声自体はだいぶ低く、漂うようだったので寝ぼけているのかもしれない。
「だって、獄寺は……もう……。」
「山本……。」
「……。」
それきり黙ったことで、今度こそ本当に山本は眠ったようだった。
先ほどよりは少し大きい寝息が、深い眠りに誘われていく様を現しているようだ。そんなことを思いながら、ディーノはそっとため息をついてカチッとスイッチを押した。途端に真っ暗になるが、室内で足元をぼんやり照らす非常灯と、廊下からドアの嵌め込みガラスを通して入ってくる明かりで視界はかろうじて確保される。
そうして目が慣れてきた頃に、慎重にドアノブに手を伸ばしてディーノは出て行くことにしていた。
リボーンには怒られるかもしれないが、もう大丈夫だとディーノも思ったのだ。なにより、朝になって山本が無事に笑っていればリボーンも納得してれるだろう。そう信じてドアから出て行こうとすると、軽くベッドで身じろぎをした雰囲気は伝わっていた。
「……?」
「……。」
寝言のように山本が誰かを呼んだ気もしたが、それはあまりに小さな声で、判別はつかなかった。
ただ、それが獄寺であるといいなとは、ディーノも思っていた。
あの男、スクアーロは確かに山本の中に残り続けるだろう。軽んじていいと言うつもりはないが、いずれ過去にしなければならないのだ。ああしてあのときスクアーロが山本を助けるという行動に出た以上、宿命とも言える。
今しばらくは、当然できないだろう。
だがやがて、誰もが誰かの死を乗り越えなければならない。いくつものそうした墓標を抱え、それでも尚前に進むことが『生きる』ということだと、ディーノは思っている。
だから、
「……おやすみ」
「……。」
今は、まだ苦しくても、つらくてもいいから、しっかりと休んで。
年若さを言い訳にできないものをいっぱい背負い込んでも、悪いことばかりではない。
捨てられない重荷は結局、自らの背中を守ってくれているのだ。ファミリーであったり、誇りであったり、あるいは誰かの死であったりしても、背負った分だけ強固になる。重くて動きは鈍くなるかもしれない代わりに、しっかりと自分を固めてくれる鎧のようなものを、年齢と一緒に人は背負っていく。
山本たちはまだ若いから、背負うものが少ないのを補うために、互いを背中合わせにして耐えていたのではないか。それは信頼の証でもあるが、互いを見詰め合うこともできなくなってしまう。
そうして背中だけで相手を感じ、瞳の奥を覗き込むことを忘れて、不安になってしまった。
あるいは一方にだけ背負い込むものが出来てしまって、触れ合う体温が遠くなって焦ったくせに、正面に回りこむ勇気もない。
「……やっぱ、若いってことなのかな」
物音を立てないようにドアを開け、廊下に出つつ、ディーノはそうぼやくしかなかった。
ドアの横に散らかる吸殻を見下ろせば、なんだかんだで獄寺の方が臆病な気もして、ため息が出た。だがそんなとき、ふと気配を感じて病院の出入り口を見れば、向こうもハッとしたように足を止めていた。
「……。」
苛立ったように視線を逸らした相手は、建物の外で思い出したように手にしていた大量の煙草の箱を示してみせていた。これを買いに行っていただけだ、文句があるかとでも言いたげなに開き直った目で睨んでくる獄寺に、ディーノは笑って首を振るだけだ。
文句などない、ただ安心しただけだ。
あの山本のアテが外れたことが、純粋に嬉しかった。
よって自分とは何を話すつもりもないだろうと思い、ディーノはさっさと廊下から退散し、処置室に戻ってやることにする。山本に比べれば今ではひどく分かりやすいと思っている獄寺なので、不安定になっているところにあまり構うと暴れかねない。
ディーノのそんな態度に安心したのか、獄寺は防弾ガラスに替えられた扉をギイッと押してようやく病院に入ってくる。だが相変わらず病室の手前で足を止め、廊下に座り込んで買ってきたばかりの煙草のパッケージを開けていた。
「……。」
処置室のドアを閉める前にそれを確認したディーノは、心の中だけでもう一つ分かった気もしていた。
そうして獄寺が寄りかかっている壁も、結局は山本と繋がっているのだ。無意識なのかもしれないが、獄寺にとってはまだ山本には背中でしか感じられない存在なのかもしれない。
あるいは、獄寺の方が自らが背負っているものに守られる実感がないからなのか。
誰かの援助という意味ではなく、強く在れる芯のような存在だ。それは物であったり、人であったり。信条であったり、経験であったりもする。拠り所として持ち得ているものの少なさから、背中を預ける相手を無意識にでも探していた獄寺にとって、山本は絶対に裏切らない最強のパートナーだったのだろう。
そんな相手から背中を離し、一人で歩き始めるのは確かに恐いかもしれない。
自分の背後ががら空きになるのも、信じることで思考を止めていたパートナーと向かい合うのも恐い。だが獄寺がどうしても山本を失いたくないのであれば、恐くても立ち向かうべきだ。そうして向かい合えば、分かることもある。
「……年取るってのは、悪いことばっかりでもねえんだけどなあ」
実際には一回りも違わない少年たちに、ディーノは部下たちを起こさないようにソファーに腰掛け、そうぼやく。
たとえまだ背負うものが少なく、背後が不安でも問題ないのだ。
なにしろ絶対的に信用している相手が、自分の背後も見つめてくれている。向かい合うということは、自分の敵と同時に相手を背後から狙う敵をも視界に捉えられる。
更に相手のこともしっかりと見据えられるのだから、むしろお得だろう。
それと同時に、相手に見られたくないものを背負い込むことも可能だ。
「……。」
けれど、抱き合えば互いに回した手で背中を撫でてやることはできる。
そういう相手と出会うのが早すぎて、まだ戸惑いの方が大きいのかもしれない。恋愛的な成熟と、人間的な成長が同時に訪れて変な潔癖さで混乱しているのかもしれない。
だが、いずれ二人も気がつくはずだ。
そういう相手は、人生でそう何度も出会えるわけではない。
「羨ましいっていうか、ご愁傷様っていうか……。」
若いうちの成長には、痛みが伴うものなのだ。
今はまだギシギシと体の芯を折りそうな痛みに耐える夜なのだと思って、ディーノもゆっくりと目蓋を下ろし、心の中だけで哀悼を送っていた。
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