※注意※
これ書いてる時点(今日は9/4)で、本誌は標的111までです。
以下の注意書きはネタバレを含むため、更に下げてあります。
【ファイル1】
いわゆる雨の対戦の決着がついた?回です。
スクアーロが死んだ???かもしれない回までです。
できれば!
こんな自己補完SSを書いてる自分を後に、
「アッハッハ、あれからすぐスクアーロ死んでないって分かったのに!」
と、笑い飛ばせますように…!
そんな祈りを込めつつ。
あ、この話の中では死んだと思い込んでます。
これが実に間抜けな話になってしまってほしい、戻ってきてスクアーロさん…!
いや戻ってきてくれると信じてるからこそ、
死んだと思い込んでるネタは今しか書けないと思って走り出した感じです。
■背中
-01.
意外にあっさりしたものだ。
アクアリオンと名付けられた雨のリング争奪戦用の特設ステージから出てきた山本に対し、ほとんどの者はそう思っただろう。ハーフではなく、完全な状態になった雨のリングをツナに渡すときは、笑ってさえいた。了平やリボーンなど、健闘を讃えれば軽く拳を見せるようにして応えていた。
むしろ次の対戦、霧のリングの守護者への話題になったときも、平然として会話にも入ってきていた。
まるで、何事もなかったかのようだ。
それは要するに、たとえ一時的にでも、山本の中であの血に染まった水面を意識から追い出さなければ、『今までどおり』を取り戻せないのだと示したようなものだった。
「……危険だな」
「リボーン……?」
今は既に場所を移動し、いつもの廃病院にやってきている。傷の数は昨日の対戦者に比べれば少ないものの、刃傷は一つ一つが大きく、また深い。更に激しい運動量と、何度も水中に没したことで傷口は血が固まるどころか逆に出血を促された。秋も終わりのこの季節、深夜に行われた対戦で校舎を満たした水が温められていたはずもない。そのことが体温を奪い、体力を削ったことは確かだ。失血以上に足元をふらつかせていた山本だが、どうしてだか、あの校舎から出てきたときの方が足取りはしっかりしていた。
「ああ、確かにリボーンの言うとおりだな」
「ディーノさんまで……。」
処置室に連れ込まれ、山本は止血と同時に輸血を受けている。昨日の獄寺と違い暴れることもなく素直に受けたのは、そんな体力がなかったからではない。拒む理由がなかったからでもない。ただ、拒めない理由だけがあると知っていたからこそ、山本は大人しく治療に従っていた。
輸血まではまだしばらく時間がかかるということで、処置室から廊下に出たところで重苦しい空気に包まれた。そして口を開いたリボーンに、ディーノもまた頷いている。二人の意味するところは分からないでもないのだが、それでもツナはどこか山本にすがりたい気持ちがあった。
「けど、山本もだいぶ落ち着いてるみたいだし。危険、て、言うほどのことには……。」
「……ツナ、本気で言ってるのか?」
「だって、そんな……あれは、山本の所為じゃ……!!」
呆れたというよりは、諌める響きを持ってリボーンに尋ね返され、ツナは声が震えてしまいそうだった。
モニターで見ていたツナたちですら、あの光景には愕然とした。そこに恐怖だけでなく、後悔や罪悪感までのすべてを、山本は背負ったはずなのだ。
だからこそ、押し潰されまいと虚勢を張っていた。
山本自身が膝をつきたくないからではない、そうしてしまうと周りに心配をかけるからだ。普段はとことん鈍いくせに、こんなところばかり山本は敏い。今はそこに期待して、周りのためという口実でもいいからしっかりと自分を保ってほしいと願うツナに対し、ディーノがぽつりと返していた。
「それが信じられる山本なら、ああはなってない。むしろああして気が張れるヤツの方が心配だ」
「え、ディーノさん、それって……?」
「……発作的。衝動的、て危険が、一番高いのはああいうタイプだからだ」
端的に言ってしまえば、自らの感情を律しコントロールできる者ほど、そこに綻びが生まれたときに一気に瓦解する。
そのことを知っている目をしていたディーノに、ツナはまたぞわっと背筋が寒くなった。
ああ、この人もやっぱりマフィアなんだ。
そんな言葉が漏れるより早く、軽くため息をついて重い空気を少しだけ払ったディーノが、苦笑した様子でさっさと解決策を提案していた。
「とにかく。今夜は誰かついてた方がいい、できるだけ山本と親しくないヤツがな。リボーン、誰がいいと思う?」
「そうだな、とりあえず……?」
あんまり親しくなさすぎてもアレだけど、と付け加えたディーノを、リボーンは当然のように受けて人選を口にしかけている。だがそれに、ツナは慌てて口を挟んでしまった。
「えっ、で、でも親しい方がいいんじゃないんですか? だって、山本は今落ち込んでるんだし……!!」
一緒にいて、気持ちが安らぐ者がいいのではないか。
そう提案したツナを、ディーノは困ったように見つめ返すが上手く言葉が出ないらしい。その代わり、今度こそ呆れたようにリボーンが教えてくれていた。
「ツナ、なに勘違いしてるんだ? 山本を慰めるために付き添わせるって話じゃねえんだぞ?」
「え? でも……?」
「……山本に、『発作的』なことをさせないための監視として、保険として。アイツがそれなりに遠慮して常に気を張ってられるような、そういうヤツを置いとく必要があるって言ってるんだ」
気遣うだけなら、むしろ一人にしてやった方がいい。
あっさりと断言したリボーンには、ひどく頷けるところがあった。つらいことがあって落ち込んでいるだけなら、山本はそっとしておいてやった方がいいのだ。気が強く、基本的には前向きなので、自らの不甲斐なさなどで気落ちしているならば自分の中で昇華できてしまう。逆に落ち込んでいるところを誰かに見られることを嫌うし、変に気遣われるとそれに気遣って山本自身の立ち直りが二の次にされてしまうほどの人の良さだ。
だが、今はそういうことではないとリボーンは断言していた。
優しい言葉で慰め、傷ついた心を労わるような役目で誰かを置いておきたいわけではないらしい。
「えっと……じゃあ、オレが……。」
それでも、自然と出た申し出には、リボーンからもディーノからも、分かっているのだろうという目をツナは向けられてしまった。
「確かに、ツナだと山本も気は張れるっていうか、大丈夫だって強がってみせることはできるだろうけど。でも、その、ツナじゃあ……?」
「はっきり言ってやっていいんだぞ、ディーノ。ツナ、死ぬ気になってねえお前じゃあ、保険はまだしも監視役には期待できねえ。要するに、力技で山本を止められねえってことだ」
「……。」
「大体、お前はまだ対戦が残ってる。修行を優先させてしかるべきだと、いくらなんでも分かってるよな?」
休息も修行のうちだと知っているからこそ、リボーンの言葉に逆らうことはできなかった。リングを取られてはいるが、これからザンザスと戦わないとは限らないのだ。そのために、時間が許す限りで修行をする。認めたわけではないが、十代目のボスとして、あるいは否応なしにこの対決の一方のボスとして参加してしまっている自分の義務だとツナにも分かっていた。
では、誰が適任なのか。
一瞬バジルの名前が頭をよぎるが、怪我が重かった彼に任せるのは酷かもしれないとツナは思い直す。ついでに言えば、バジルは出会いからしてあの者と戦っていたのだ。山本の中では印象が強く結びついている可能性があり、逆効果かもしれないとは思っていた。
その点を考慮するならば、あの者とイタリアで面識があったらしいディーノも同様だ。バジルにしろディーノにしろ、監視役には適任だが、保険としてはどうなのか。山本は万人に優しいが、気持ちを配る程度に関してはあからさまな差がある。つまり、二人に対してどこまで気遣いから気を張っていられるかが疑問だということである。親密度がそのまま張れる虚勢の程度に反映しているというのは、親しいほど心の壁を作ると言い換えてもいい。そう解釈すれば寂しい気がしないでもないが、それが山本という男だと今は受け入れるしかなかった。
「じゃあリボーン、誰が……?」
「そうだな、ここはやっぱり……。」
「……アイツの父親はどうですか」
リボーンの視線から推察すれば、ディーノを指名するつもりだったのだろう。ディーノも困ったように頷いていたので、言葉で確認せずとも二人の認識は一致していたらしい。
だがそれが実際に言葉になって出る前に、意外な声が思いもよらなかった人物を指名していた。それに、ツナはやや驚いて振り返ってしまう。すると、この病院までは来たものの、一度も処置室には入らず廊下で立ち尽くしたまま消えたと思われていた獄寺が、押し殺したような声で続けていた。
「あの父親なら、大丈夫かと。保険としては申し分ないですし、八代目の継承者だったんなら、制止役としても有効なはずです」
「獄寺君……。」
淡々と重ねられた指摘には、ツナも充分納得できた。獄寺は話に聞き及んでいるだけなのだろうが、確かに山本の父親はああ見えてかなりの手練れだ。父親の方が親バカすぎて目立ちにくいが、山本もかなり父親に心酔している。保険としてならば、ツナ以上に適任だと誰もが思うはずだ。更にあの者と因縁がないのであれば、これ以上にぴったりな人選はない。
そうは思うのに、どうしてだかツナは釈然としないものがあった。もどかしい不安のようなものだ。
父親では、ダメだ。
あの父親ではダメなのだ、と、確かに思っているのに、説明できない気持ち悪さで開いた口で何も言えないでいると、あっさりリボーンが言い当ててくれていた。
「あの父親じゃあダメだ。山本に、甘すぎる」
「……。」
「リボーン……。」
「よく言えば、過度に息子を信頼してる。こんなことぐらい、乗り越えてくれるってな。その信頼に応えようとして、今オレたちが危惧してた理由にもう一回りして山本を押し潰しかねねえ。保険が利きすぎて、脅迫になっちまうってことだな」
こんな不吉な言葉が実現してしまった場合、山本は一見落ち着いて見えるだろう。むしろ平然とマフィアへの道を選んでみせるかもしれない。
だがそれは、山本が自主的に選んだ結果ではない。
父親を心配させたくなくて、期待を重圧に置き換えて勘違いした産物だ。そんなことになった方が、余計に危険である。一時的には切り抜けられるかもしれないが、自らの中で割り切れていないのに危険に身を置くことになるからだ。
ツナとしては山本にはやはりマフィアなど分からないままで、蚊帳の外にいてほしいという気持ちが強い。友達を巻き込みたくないのだ。それでも山本が、理解した上で歩み寄ったのならともかく、そうしてみせることで誰かを安心させたいだけのポーズだったというのはあまりにいただけない。意味のない強がりの先に広がっている世界は、それこそ赤く染まったあの水底に続いている。
「じゃあリボーンさん、誰に?」
「……なあ、その前に一つきいていいか? オレ日本に来るの久しぶりだったし、あんまり詳しく知らねえんだけど。スモーキン・ボム、お前、山本の恋人なんだよな?」
あの父親では不安が残るということに多少の予感もあったのか、反論はせずにリボーンに獄寺が聞き返せば、そこにディーノが口を挟んでいる。だが話しかけられて振り返った獄寺の目つきがあまりに慳貪で、さすがのディーノも困ったように肩を竦めてみせていた。
「……だったら、なんだっつーんだよ」
「そんなに警戒すんなよ、責めてるワケじゃねえ。ただ……そうだな、恋人なら、やっぱお前も無理だよなって思っただけだ」
「どういう意味だよ!?」
獄寺とて、ディーノに激怒したわけではないのだろう。どちらかと言えば、どうすればいいのか分からない不甲斐なさでなんとか自分を抑えこんでいたところに、たまたま気に食わない発言をされて声を荒げてしまった。自分自身に苛立っているとも言っていい。だがそれを素直に認めて引っ込められるほど獄寺は大人でもなく、それこそダイナマイトでも構えそうな勢いを制したのはリボーンだった。
「獄寺、それだ」
「……オレが短気だから、ですか」
「山本が、お前には甘いからだ。よく言えば山本は優しい、優しすぎる。だから、そんな状態のお前に強く出れない」
口惜しそうに唇を噛み締める獄寺は、リボーンの言葉に反論できないようだった。きっと自覚もあるのだろう、とツナは思っていた。その証拠に、しばらく黙っていた獄寺はやがて自嘲的な笑みでふっと肩から力を抜くと、どこか挑発するように尋ねていた。
「オレじゃあ、あの父親と同じで保険が効きすぎるってことですか」
買いかぶりすぎだと言いたげなその様子に、珍しくリボーンも挑発的に返していた。
「なにを聞いてたんだ獄寺、まだ日本語が不自由なのか? 父親の場合は、あの父親の方が息子に対して甘いんだ。お前とは逆だ、山本がお前に甘い」
「……。」
「父親に対してなら、山本は気を張りすぎて自滅する恐れがある。けど、獄寺、お前に対しては山本は強く在れねえんだ、この意味が分かるか?……要するに、お前が山本を壊しかねねえって心配をしてるんだ、オレたちは」
あからさまに言葉に、ハッと息を飲んでしまったのはまずかったかもしれない。慌ててツナは表情を神妙に改めて辺りを見回すが、少なくともツナの反応で獄寺は傷ついていなかった。ディーノも驚いた様子はないので、そもそも不適任だと言及したのはリボーンと同じ解釈があったからなのだろう。
だが、獄寺は静かに項垂れるだけだった。
そして顔を上げたとき、どこかおかしそうな笑みを浮かべていた。
「ご、獄寺君……?」
「……壊れるくらい柔なヤツなら、それこそオレが壊してやりますよ。リボーンさんだって言ってじゃないですか、アイツは生まれもっての殺し屋だって」
だからそう簡単に壊れるはずがない。
対戦中の言葉をあげつらうようにして切り返してきた獄寺にも、リボーンは平然としたものだ。
「素質と結果を混同するんじゃねえ、なら逆に聞くが今現在山本は殺し屋か?」
「それ、は……!!」
「素質だけなら充分だ、だがそれが結果と一致していない。山本が殺し屋になるのを阻害していた要素がなんなのか、獄寺、お前が分かってねえはずはないよな?」
あの者の言葉を借りれば、それが『甘さ』だ。だがそれがあったからこそ、山本は獄寺たちのいる『こちら側』の世界には引き摺られなかったのだと言える。
押し込めていたと思われる感情を揺らし、再び唇を噛み締めて視線を逸らした獄寺はやはり口ではリボーンに勝てないらしい。それも当然だ、とツナは思う。山本が持ちえているものとは種類の違う『甘さ』を、獄寺もやはり持っている。山本だけに向けられた、慕情のような弱みだ。
「……じゃあ、結局。リボーンさんは、この跳ね馬に任せるってことですか」
これ以上山本に関しての認識を論じていると分が悪くなる一方だと察したのか、獄寺は敢えて自分から話をまとめに入っていた。チラリとツナが時計を気にすれば、そろそろ山本の輸血が終わってもおかしくない頃合だ。実際に処置室の中は少しざわめいているし、これから病室に移動するのかもしれない。父親と二人にするのも不安がある以上は実家に帰すわけにもいかず、誰か監視役に置くのであればそろそろ人選を決めなければならないはずだった。
「まあ、そのつもりだったんだけどな。もう一人、意見を聞きたいヤツがいる」
「……?」
「え、オレなら別にいいけど……?」
てっきりディーノに任せるのだと思っていたので、獄寺はツナ同様怪訝そうにしている。それはディーノ自身も同じで、不思議そうに了解を示したところで、処置室のドアがゆっくりと慎重に開かれていた。
「……どうぞ、山本殿。できれば手すりを持って歩いてください」
「ははっ、そんなに危なくはねえって?……あれ、まだみんな残ってたのか?」
丁寧とも言える仕草でドアを開けたのは、処置室にいたバジルだった。どうやら手当ては終わったようで、これから病室に移動するらしい。怪我人を二階まで歩かせるのはどうかということで、大方すぐ向かいの病室を宛がわれるのだろう。軽く腕を取ってバジルが介添えをしているのは、山本が失血でふらついているからではないようだ。
「や、山本、もう大丈夫なの……!?」
山本は対戦の最中に、右目の目蓋の上と、目のすぐ下の頬を破片で切っていた。おかげで対戦中はずっと血が右目を塞いでいたのだが、見えていなかったわけではない。もし完全に視力が失われていれば、それこそあんな薄暗く足元も悪い中で立ち回りなどできるはずがないからだ。むしろ破片が眼球を傷つけなかったのは奇跡とも言えるが、だからといって傷そのものも軽いものではない。よって、いっそ右目全体を覆うように斜めに包帯が頭ごとぐるっと何重にも回された。おかげで今は右目が強制的に閉じさせられているので、距離感がつかめていないようだ。
「ああ、止血してもらったしもう全然平気だぜ? けど、輸血ってちょっとだるいのな? オレするの初めてだったから、血が足りたら逆に体が軽くなるのかと思ってたぜ」
「あ、安静にしててね、山本……!!」
飛び跳ねてみせそうな勢いの山本に、ツナは慌てて諌めるしかなかった。
確かにだいぶ顔色はよくなっているし、包帯は痛々しいが手当てもされていない傷口が開いて鮮血が流れ続けているよりは随分マシだ。だが、やはり山本は無理をしているとツナは感じていた。ツナを心配させないために気を張っており、ああ、これがリボーンの言うところの『保険』なのだなと実感していた。
「それより、さっきなんか叫び声? 怒鳴ってるみたいなの聞こえたけど、なんかあったのか?」
「えっ、あ、それは……!?」
「……テメェにゃ関係ねえ話だよ」
だがいきなりふられた話題に、ツナはビクッと肩を竦ませてしまった。山本の言う、処置室の中にまで響いていた怒鳴り声というのは、まず間違いなく獄寺がディーノに対して食ってかかったときのものだろう。もし内容までが聞き取れ、状況を察することができたのであればこうして尋ねるほど山本は野暮ではない。分からなかったからこそ尋ねたのだろうが、ツナが動揺している間にあっさりと当人である獄寺が言い捨てていた。
それに山本は不思議そうな片目を獄寺に向けるが、獄寺の方は全く山本を見ない。そのことで何かを察したのか、山本もまた獄寺から視線を外したところでリボーンが口を開いていた。
「ところで山本、今日はこの病院に泊まれ」
「ああ、それはさっき聞いた。まあさすがにちょっと疲れてるし、オヤジに迎えに来てもらうのもこのナリじゃあアレだしなーっ」
笑って了解している山本は、やはり父親には相当気が引けるところがあるのだろう。もちろん、親愛ゆえの気遣いである。こんなところもリボーンは的確だ、とツナは感心しかけるが、なんとなく嫌な予感もした。そもそもリボーンはもう一人に尋ねると言っていたのだ、この様子ではその対象はもう明らかだ。
「それで、山本。誰かに付き添わせてやりてえんだが、誰がいい?」
一見ただの配慮に見せかけて、リボーンはそう当人に尋ねていた。それに山本が笑ってみせたのも、ある意味予想通りだ。
「え、そんな介護が必要なほど重傷じゃねえぜ? 付き添いとかそういうのなら、いらねえよ」
ロマーリオだけでなく、ディーノが手配した医者もこの病院には詰めているのだ。それこそナースコールを自分で押せないほどの重傷ではないのだから、そんな気遣いは不要だ。人がいい山本ならば当然とも思える反応だったが、まだあの校舎から出てから一時間と少し。こんな程度で笑っていられる山本は、それだけで『いつも』の山本ではないはずだった。
その違和感を周りが感じていても、ニコニコとして『いつも』の鈍感なフリをしている山本に、リボーンは淡々と切り出していた。
「……ただの普通の会社員が、交通事故を起こした。もちろんわざとじゃない」
「え? あ、ああ、なんだ、いきなり……?」
「すぐに救急車がきたが、事故の相手は助からなかった。事故を起こした会社員が警察にしょっ引かれ、留置所でまずはネクタイを外される理由を知っているか?」
「あ、あのっ、リボーン!? そんなこと……!?」
もしかすると、リボーンもこんな山本に少し苛立っているのかもしれないとツナはようやく気がつけていた。
物言いが物言いなので忘れがちだが、リボーンはそれこそ山本に『甘い』。相当気に入っていると言ってもいい。それは山本も同じだからこそ、ツナに対してのように、山本はリボーンにもまた気遣う相手として虚勢を張ってみせるのだ。
リボーンの話にしばらく片目を瞬かせていた山本だが、やがて察することはできたらしい。笑ってはいるものの、だいぶ乾いた声になりつつ頷いてみせていた。
「ああ、うん、そーなのな。オレには前科もあるってことか、疑われても仕方ねえよな……。」
交通事故ではなく、自殺未遂という前科だ。その事実を知らないディーノはやや驚いた様子だったが、表情をきつくしたのは知識としては知っていても現場には居合わせなかった獄寺だ。だがまだぐっと堪えており、そのまま抑えていてほしいと願いつつツナは成り行きを見守っていた。
「まあ、それでみんなが安心するんなら、それでもいいぜ?」
「……山本は、誰がいい?」
あっさりと了解した山本に、リボーンは重ねて尋ねていた。
それに、誤魔化しきれなかったのか本当に困った様子のため息をついてみせた山本は、ぐるっと周りを囲む面々を見ている。山本にしても、まだ対戦が残っているはずのツナは最初から除外しているだろう。だがゆっくりと視線を流していた山本が、一瞬ビクッと身を引くようにして顔を引き攣らせたのは、敵意にも似た視線で睨まれたからに違いなかった。
「えっと、オレが決めていいのか?」
「ああ、ただしツナは除けよ」
「それは分かってるって。じゃあ、ええっと……獄寺、以外で」
「どういう意味だよっ、それは!?」
そういう意味だとのん気に返す余裕はない。山本の困ったような人選に、それこそ怪我人の胸倉を掴み上げた獄寺は本気でキレそうになっていた。
確かにこれでは、山本を壊しかねない。そんな実感で慌ててツナも止めようとするが、真っ先に割って入ったのは山本を介添えしていたバジルだ。
「獄寺殿っ、落ち着いてください!! よ、よろしければ、拙者が山本殿を……!!」
「うるせえっ、テメェは引っ込んでろよ!! なに保護者ヅラしてやがんだ!!」
「獄寺君っ、バジル君はそんなつもりじゃ……!!」
気が優しく、それでいてこの対戦に深く関われないばかりに完全なとばっちりを受けているバジルがあまりに不憫で、ツナも庇うべき相手が変わってきてしまう。だが山本から強くバジルを押しやっていた獄寺が、ツナの言葉にハッと我に返ってまずは黙り込む。獄寺が黙ってしまうとバジルも反論はできず、バジルが黙るとツナも何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
だがそんな同じ年頃の者が固まっている場で、最も背の高い山本は唐突な展開に理解が追いついていない様子だった。それでもやがて視線を下ろすのでなく斜め上方に向けると、呆気に取られていたディーノへと左目だけを向けていた。
「ああ、えっと、ディーノさん。じゃあ、悪いんですけど……?」
自分の不用意な発言で、混乱させてしまったという自覚くらいはあったのだろう。ツナがダメで、リボーンは幼児だと思っている以上、山本には他に選択肢はない。それが分かっていても損な役回りが来ちまったと思いつつディーノが頷きかけるが、山本が言い終える前に獄寺が掴んだままの胸倉をぐいっと引き寄せていた。
「おあっ……!?」
「獄寺君!?」
「獄寺殿!?」
「……山本、オレじゃ嫌だってんのかよ」
凄むようにして睨み上げる獄寺は、簡単に言えば嫉妬だ。だが込められた感情は、むしろ懇願に近い。
山本が獄寺を外したのは、裏を返せば獄寺が特別だと示したも同然だ。何を危惧して山本が獄寺を避けようとしたのか、そこまでリボーンの解釈が合っているかは分からない。それでも、少なくともそうして間近から瞳を覗き込まれて尋ねられて、山本は拒めないようだった。
「え、嫌とかじゃあ、ねえけど……。」
「なら、オレでいいよな?」
「あ……うん、いい、けど……。」
相当程度の妥協の産物ではあったが、一応山本が了承を示せば獄寺はニヤリと笑って見せている。そんな表情を作ってみせても安堵は滲み出ていたが、山本の胸倉を掴んだままで振り返った獄寺は、いきなりツナへとニッコリ笑っていた。
「じゃあ十代目っ、こいつのことはオレに任せてください!! ゆっくり休息も取って、修行に励んでくださいね!!」
「う、うん、ありがとう……!?」
獄寺のこういうところは、憎めないが痛々しい。こんなときまで自分に気遣ってくれなくていいのに、とツナは思うが、それが獄寺をまた支えているのだと思えば悲しむばかりではいられなかった。
ほとんど反射で頷けば、ニコニコしたままで獄寺はずるずると山本を引き摺っていっていた。そうして宛がわれていた病室のドアを開け、山本を放り込んでから素早く自らも部屋の中に消える。パタンと閉まったドアはどこか軽快にも聞こえたが、続いたガチャリという施錠の音に一気に深刻みが増してぞっと悪寒が走った。
「あ、あの、リボーン……?」
「沢田殿、その、あのお二人はよろしいのですか……?」
思わずリボーンに意見を求めようとすれば、もっと複雑そうな顔をしたバジルにツナは尋ねられてしまった。処置室で山本に付き添って、廊下での会話に参加していなかったバジルには更に不安が募ったのだろう。誰かが付き添うということ自体は賛同できても、よりによってあの調子の獄寺では心配だ。特にリボーンは廊下での会話で止めていたし、とすがるようにツナが視線を向ければ、リボーンはあっさりとしたものだった。
「いいんじゃねーのか」
「ええっ!? で、でも、獄寺君思ったより余裕ないよ、むしろ山本より切羽詰ってるぽいよな!? それなのに……!!」
通常であれば、こんなときに『恋人』は特効薬にも近いはずだが、殊獄寺であることを考えれば一概には喜べない。それを示すかのような先ほどの態度だったとツナは思うのだが、どうもリボーンたちには違う解釈があるようだ。
「ツナ、そんなに心配しなくてもいいんじゃねえのか?」
「ディーノさん……?」
「ほら、日本の言い回しにもあるだろ? ええっと……毒を食らわば皿まで?」
「ディーノ、それを言うなら毒をもって毒を制すだ」
「どっちでも安心できないよ、二人とも……!!」
安心させてくれるつもりがそもそもないのか、ディーノにしてもリボーンにしても、言い回しは散々だ。しかも変に納得できるからこそ、余計に不安が煽られて仕方がない。
ちょうどそのとき、ガシャンと何かが倒れるような音まで病室からは響いていた。
内側から鍵をかけても、開けようと思えばいくらでもできる。だが物音にビクッと体を竦めたツナでなくとも、誰も押し入ろうとは考えていなかった。
「……ま、任せちゃって大丈夫かな?」
それでもつい心配になってそう口に出せば、リボーンにニヤリと笑われていた。
「『ボス』が言うなら、止めてきてやってもいいぜ?」
「そ、そういうこと言うなよなっ、オレはボスになるつもりは、て、そんな場合じゃなくって!!」
「まあまあツナ、結局ツナも止めなかったわけだし、信じてるってことだろ? まあオレも、最終的にはこれしかなかったと思うぜ?」
そう言って笑ってくれているディーノの言葉を継ぐように、リボーンが続ける。
「これでゼロはなくなった。1か2かは予断を許さねえがな、まずはボスとして喜んどけ」
「……。」
「獄寺は選べた、山本がどう転んでももう大丈夫だ。後は山本がどうなるか、だが……そこは悔しいが、獄寺に任せるしかないな、確かに」
二人の部下が共倒れという可能性だけは消えたので喜べと言うリボーンを、非情だと責める気にもなれなかった。
ツナにしたところで、分かっていたのだ。部下として、ではなく、友達としてと言い換えれば簡単だ。山本が崩れることで獄寺も引き摺られることを危惧していたが、ああして踏み込めた時点で獄寺は覚悟が固まったと見ていい。獄寺は、もう大丈夫だ。だが山本は、まだ、分からない。
「沢田殿、そんなに心配なさられずとも……。」
「バジル君……。」
そんな不安を察したのか、バジルがそう声をかけてくれていた。だがそれは、単なる根拠のない気遣いではなかったようだ。
「処置室でも、山本殿は。その、獄寺殿の怪我のことを、心配されておりましたから……。」
「……え」
「そういやすっかり忘れてたが、獄寺も結構大怪我だったな」
「待てよ、ロマーリオがそもそも観戦止めたくらいだよな? おいっ、それって……!?」
山本が山本で、獄寺が獄寺だったので忘れていたというより思い出せなかったが、昨日の戦いでは獄寺が大怪我を負ったはずなのだ。だがリボーンですら顔をしかめていると、バジルが不思議そうにしている。
「え? でもそれは、ロマーリオ殿がまた手当てされておりましたが?」
「……ここに戻ってきてから?」
「はい。その、処置室で山本殿が繰り返されたので、ロマーリオ殿がお呼びになられて、獄寺殿も仕方なくといったご様子ではありましたが……。」
今夜に限っては不気味なくらい静かだった獄寺なので、そうして怪我の具合を見る程度のわずかな時間廊下からいなくなったくらいでは誰も気がついていなかったらしい。それはそれでどうなのだ、とツナは項垂れそうになるが、一つ分かったこともある。
山本には、まだ虚勢とは違う気遣いをできる余裕があるのだ。あるいは、余地かもしれない。もっといえばこんな状況だからこそ、せめてとすがりたくなった先にいるのは、獄寺だった。
「……完全に安心できるわけじゃねえが、まあ、1じゃなくて2になる望みは上がったってことだな」
「そう、だよね……。」
友達としてならば2でないと困るが、リボーンが想定しているような部下としてならば1となっても構わない。ここまできても、いやこうなったからこそ、ツナは山本がファミリーにならなくても当然だと思っているのだ。
先ほど響いてきた物音を考えれば、獄寺だからこそ随分手荒な手段になるかもしれない。
そこに不安が残らないわけではないが、今は待つことしかできないと知っていた。
「リボーン、オレたちは帰ろっか……。」
獄寺も言っていたように、ツナにはまだ修行がある。それに励むことが二人に報いることだと信じて歩き出せば、同意するようにリボーンは肩に乗ってきていた。そうしてツナの肩で振り返ったリボーンは、ディーノへと告げておく。
「ディーノ、何かあったらフォローは頼んだぞ」
「はいはい了解、て、どこまでのこと想定してんのか怖い気もするけどよ……。」
苦笑しているディーノには、ツナもすまなく思わないでもない。だが今は他に頼めるアテもなくて、ツナも軽く頷いてお願いしておいた。
雨のリングの争奪戦は、終わった。
だが雨のリングの守護者の戦いはまだ終わっていないのかもしれないなとツナは思いながら、夜の道を歩くしかなかった。
| ▲SSメニューに戻る −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− >>NEXT |