ブルーアイズトレイン殺人事件.
〜消えた花嫁に手向けた薔薇〜
『KCサスペンス =創刊号=』収録1本目 - 04.
| 03 ブルーアイズトレイン殺人事件 |
そうして血の惨劇が幕を開けた頃、一人の男がこの建物の外に立っていた。 「あっれーっ、っかしいな、誰もいねえじゃん‥‥?」 男はのん気にそんなことを言って辺りをきょろきょろと見回すが、いつもならば家族連れや一足先に休みに入った学生などが溢れているはずのこの建物周辺に、全く人気がないことに気がつく。 「今日、休園日なのか‥‥?」 だがそう呟いたときに、少し強めの風が吹いて、男はあまりの寒さに身を震わせてしまっていた。なのでせめて風が凌げる場所に行きたいと願い、男は思いきって建物のドアへと手をかけてみる。 「‥‥開いてる?」 すると意外とあっさりと開かれたドアに、男は不思議そうに首を傾げてしまっていた。だがドアの中に顔を突っ込んで見回してみても、照明や暖房などは入っているようであるが、やはり客や従業員といった姿は見当たらない。一体どうなっているのだろうと思わないでもないのだが、 「うっ、やっぱ寒ぃしなあ‥‥!!」 いまだドアの外にある体の方は寒くてたまらなかったので、男は思いきって温かい建物内に入ることにしていた。 「お邪魔しまっす、と‥‥。」 どうせ呼びつけたのは向こうなのであるから、あんな寒空の下で待っておかなくても少しくらい勝手に入ってもいいだろうと男は思い、取り敢えずは暖を取るために建物内へと足を進めたのだった。 列車内は、また一種異様な空気に包まれていた。 確実に一人分の生命反応が消えた車内で、その蒼い瞳はまた次の獲物を捕らえていた。 「では、犯人は‥‥貴様だなっ、本田ヒロト!!」 「うあっ、なんでだっ、俺じゃねえよ!!」 事切れて通路に倒れる御伽に同情してしまったのが海馬の目に留まったのか、いつものようにそう自信たっぷりに言い放たれて、本田は裏返りそうな声を必死で抑えて怒鳴り返していた。すると海馬は城之内に関するデータのみ無駄に優秀な記憶力をひけらかすようにして続けていた。 「城之内は本来俺との婚礼を前にして非常にうかれていたはずだ、そう易々と連行されるはずはない!!」 「そのものスゲェ自信がいっそ恐いぜ‥‥!!」 「そうなると、それなりの体格と力が必要だ!!。過去に俺も何度か城之内を拉致しかけたことはあるが、俺自身が向かわない限り、SP程度ではあの凶暴犬を無傷で押さえられんことは周知の通り!!」 その前に拉致を試みたことがあったのか、と、そもそも拉致してどうするつもりだったのかと、本田はどちらに注目すればいいのか分からなかった。しかもかの海馬コーポレーションのSPに怪我を負わせたなどという城之内の暴れっぷりにもやや嫌な汗をかきながら、本田は通路で倒れている御伽のすぐ傍に立ったままで車両の最後部に立って暴論を展開する海馬を睨んでいた。 「だが、貴様、本田ヒロトは聞けば中学時代に共に城之内と暴れた仲のようだな!!。そうであるならばっ、あ奴が食べ物につられたり薬物に弱いことは承知のはず。クロロホルムでも嗅がせれば、自らは傷を負うことなく拉致できることを知りうる唯一の人物だ!!」 「ちょっと待てっ、一般人がそんな薬品手に入れられるはずないだろうがっ!?」 それでも、価値観のずれまくっている暴君である海馬は焦ったように叫ぶ本田に、チラリと冷たい一瞥をくれてやっただけでそんな反論も一蹴する。ついでに深く考えれば、薬物に弱い、とまるで城之内が特殊かのような発言をしている辺り、海馬自身はそういった類のものに耐性があるという前提で物を言っているおりまた人外であることの証明になっていたのだが、そんなことは海馬と対峙している本田にはのん気に考えていられる余裕はなかった。 「それに、俺には貴様の動機も分かっている!!‥‥聞けば、貴様、城之内の妹の、静香とかいったな?。あの女に惚れこんでいるらしいなっ!?」 「なっ、ななななんでそのこと‥‥!?」 そんな世俗的なことを知っている海馬というのも傍で見ていればおかしかったのだが、それはやはり城之内に関することは徹底調査しているということですべて納得できてしまいそうだった。だがいきなりそんなことを指摘されて慌てている本田に、海馬は更に言い募る。 「俺が城之内と結婚すれば、あの静香とかいう女は俺の義妹、つまり親族だ!!。貴様、俺が城之内を娶った後ではその妹との交際が絶望的だと邪推し、先に城之内を誘拐することで俺に圧力をかける気であったのだろうっ!?」 重ね重ね卑怯な奴めっ、と本当に苦々しく言い捨てる海馬に、そもそも海馬は城之内と結婚するのかとか、したとしても義妹の交際にまで口を出す気かとかいろいろ常識的な疑問もあったのだが、海馬の変な迫力に圧されてしまって本田は愕然として思わず尋ね返してしまう。 「海馬っ、そんなに静香ちゃんと俺の仲を認める気はないのか!?」 「愚問だっ、この一角獣が!!。我が海馬家の親族の娘が貴様のような得体の知れない髪型の男と交際などさせられるわけがないだろうっ、髪を人型にして出直してこい!!」 「ちっ、チクショウ、言いたい放題言いやがって‥‥!!」 あくまで問題は髪型なんだね、と感心したように言う獏良に、それを言うなら遊戯はまず論外でしょうね、と杏子は淡々と返してしまっていた。更に遊戯は遊戯で、完全に海馬に毒されてペースを見失っている本田になんとか最後の防波堤としての自覚を取り戻して欲しいと念波を送ってみたりしていた。 「ハッ!?‥‥ちょっと待てっ、海馬!?」 「‥‥なんだ?。最後の懺悔くらいは聞いてやる、城之内を無事に返せば貴様の血族にまで祟ってやることだけは勘弁してやるぞ?」 そんな遊戯の呪い手前の念波が届いたのかどうかは定かではないが、本田は唐突になにかを思いついたように叫んでいた。だがすぐに海馬にひどく真剣にそんなふうに返されて、本田は父母親族一同に心の中で既に土下座していた。 「その前にっ、海馬、結婚式と言いながら城之内の妹である静香ちゃんを招待してないってのはどういうことなんだ!?」 本田としても、この結婚式が粛々として執り行われると本気で思っていたわけではないのだが、久しぶりに静香に会えるかもしれないと多少は期待していたのである。それに加え、ここで将来の夫としての資質や心構えがどうこうと非難して話題の矛先を変えられれば、と藁にもすがる思いで叫んだ本田に、海馬は至極毅然としてそれには答えていた。 「招待状なら送ったわっ、だがあの女がテストを理由に欠席を伝えてきたのだ!!」 「あ、そういや普通の学生はまだそんな時期だし‥‥?」 「それに挨拶ならば結納の際に済ませておる!!。あの女も義兄となる俺に、城之内を頼むと言っておったわっ、なんの問題もなかろう!!」 いやそれが真実なら静香ちゃんの思考回路が問題です、と本田は切り返したかったが、恐らくは天然の静香があまりよく海馬の暴論を理解せずに頷いたのだろうと察して、本田はそっと心の中で涙するだけにとどめておいた。だがそうして現実逃避を本田がしている間にも、今そこにある危機は着実に迫ってきていた。 「さあ、本田ヒロト、いい加減白状したらどうだ?。大人しく城之内を俺の元へと返せば、今ならば貴様の死をもって免じてやろう‥‥!!」 「じょっ、冗談じゃねえっ、俺じゃない!!」 もしはぐらかしたり誘拐した城之内に危害でも加えようものなら、本田本人のみならず血縁は根絶やしにされると思えという脅迫に、本田は本気でガタガタと震えてしまっていた。取り敢えず保身のために無実を叫んでも、海馬は自らの第二の推理に酔ったままなのでなかなか納得してくれない。 「違うっ、ほんとに俺じゃないって!?。俺はっ、ええと、そ、そうっ、城之内の幸せを中学ん時からのダチとしてほんとに一番に願ってるんだぜ!?」 「‥‥。」 「そそそそれがっ、このめでたい結婚式に!?。城之内の幸せの出発点を邪魔するようなことするワケねえじゃねえかっ、俺はお前らの結婚を心から祝福してるんだぜっ!?」 人間恐怖を前にすると心にもないことをベラベラとしゃべれるんだね、と獏良は実にのほほんとそんなふうに今の本田を評していた。だが引き攣った笑みでそう必死で言い募った本田に、海馬はしばらく見定めるような冷たい視線を向けている。そして、緊張する沈黙が辺りを占めた後に、やがて海馬が軽くその視線を外してため息をついていた。 「‥‥そうか、では貴様は犯人ではないのだな」 「おっ、おお‥‥!?」 やっぱりコイツは城之内バカだからそれ絡みで持ち上げれば御せれると思ったぜっ、と内心ガッツポーズを決めていた本田に、 「だが‥‥先ほどの言葉が気に入らんっ、城之内の幸せを一番に願っているのもこの俺だっ!!」 「なっ、だったらそもそも結婚式なんかできるハズ‥‥ガハァッ!?」 「‥‥フン、他愛もない」 海馬は一言の下に先ほど御伽を血祭りにあげたジェラルミンケースを再び投げつけ、第二の被害者が通路で崩れるのもさほど関心がなさそうに眺めていた。 (マズイ、マズイことになったよ、もう一人のボク‥‥!!) 「そ、そうだな、相棒‥‥!!」 ブルーアイズトレインは、今も静かに上へ上へと進んでいた。 本田が吐血して意識を失ってから、気まずい空気が車内には流れていた。それは当然ながら、完全に自らの迷推理に酔ってしまっている海馬の所為であり、次は一体誰が標的にされるかと残っている三人は戦々恐々だったのである。普段の言動でも被害は甚大であるが、城之内が絡んだときの海馬は本当に歩く理不尽になってしまう。 (宿主サマよーっ、なんならオレサマが切り抜けてやろうか?) 「え‥‥?」 そしてこの非常事態を受けて、いつもは会話のできないはずの千年アイテムからも声がかけられていた。それに獏良が戸惑っている間に、どうやら海馬は次の推理を完成させたようであった。 「御伽龍児、そして本田ヒロトでもないとなると‥‥さてはっ、貴様ら共犯だな!?」 「なっ、海馬にしては新しい着眼点だぜ!!」 (褒めてる場合じゃないでしょっ、もう一人のボク!!) ビシッと海馬が指差したのが一応自分の方ではなかったのでのん気に叫んだ遊戯に、心のなかで表人格の方はツッコミを入れていた。だが動揺したのは当然そうしてほぼ名指しされたも同然の杏子で、気丈にも海馬に聞き返していた。 「どうして私が犯人なのよ!?」 「クククッ、そうか、分かったぞ‥‥主犯は貴様っ、真崎杏子だ!!。そして実行役はその後ろの獏良了っ、貴様だ!!」 私の名前覚えてたのね!?、とうっかり別のところで感動してしまいそうになったが、今まで単独犯を疑っていたというか濡れ衣を着せてきていた海馬にしては、いきなりの方向変換である。だがどう考えても残っている人物を無理矢理組み合わせたとしか思えないうえ、主犯だと言われた杏子は憤慨して怒鳴っていた。 「失礼なこと言わないでよっ、どうして私が城之内を誘拐しなきゃなんないのよ!?」 だがその質問に関しては、実は海馬でなくともなんとなく理由をこじつけられてしまう他の面々だった。それでも一応は海馬の口上を聞いてやろうかと沈黙を保っていると、いきり立っている杏子に海馬は一度高笑いをしてから答えてやっていた。 「ワハハハハーっ、そんなことは自明すぎるぞ!?。貴様はいわばヒロインの役回りを城之内に奪われっ、それに嫉妬していたのだ!!」 「なっ、なんですって‥‥!?」 全くその通り、と実は頷いてしまっている遊戯や獏良を心の中で呪いながらも杏子が聞き返せば、二人の認識とは微妙にずれたことを海馬は返していた。 「考えてもみろっ、一般庶民の駄犬が俺のような素晴らしい支配者の元に嫁ぐのだぞ!?。まさに婦女子の夢物語っ、シンデレラ・ドリームではないか!!」 「‥‥それは、あんまり羨ましくないわ」 「そしてそれに嫉妬した貴様、真崎杏子は、共犯を得て我が最愛のシンデレラこと、城之内を嫉妬のあまり攫ったのだ!!」 あの城之内をシンデレラと称した海馬に今更頭の方は大丈夫なのかと杏子を含め意識のある面々は思っていたが、そもそも今も海馬が握り締めている着せる予定だったという真っ白なドレスを見ていれば海馬が本気で言っていることも自明で更に切なくなっていた。基本的に、全国的にも有名な人物とクラスメートだったという事実があれば普通は卒業してからもいい自慢になったりするものだが、この海馬瀬人という人物とだけは机を並べて学んだことなど一生隠し通したい負の遺産のような気が三人にはしていた。 「あまりにも醜い女の嫉妬だなっ、真崎杏子!!。同級生に先にヴァージンロードを歩かれることがそんなに妬ましかったか!!」 「あの、せめてそういうことはあと10年は経ってから言ってもらいたいわ‥‥。」 私はまだ花の女子高生なのよ!!、と、至極真っ当に杏子が反論しても海馬が聞いていないのはいつものことだった。要するに、海馬は城之内が玉の輿に乗ることを杏子が疎ましく思い拉致したと考えているようであるが、海馬との結婚という観点で考えれば、大会社の社長夫人になるメリットを帳消しにして尚悪いほどのデメリット、要するにこの海馬瀬人の相手という死よりつらい苦しみがあるのである。そんな命知らずな将来は、あの天然でどこまで海馬のことを分かっているのかさえ分からないほど鈍感な城之内でないと乗り切れない、とまで杏子は考えていたのだが、そこで海馬はすっと杏子の後ろへと視線をやっていた。 「‥‥だが、真崎杏子がどれほど城之内を妬ましく思おうとも、所詮は女の細腕、誘拐は簡単ではなかった。それ故、貴様、獏良了が加担したのだな!!」 「だから、どうして僕がそんなこと‥‥。」 もう少し海馬の暴論を聞いていたい気もしていたが、このままでは確実に御伽、本田に続いて血祭りにあげられてしまうことは必至だろう。普段が普段なだけにあまり慌てているようにも見えないのだが、内心そんなふうに困っていた獏良に、首から提げていた千年リングが再び話しかけてきていた。 (だからよっ、宿主サマ!!。オレサマに任せろって!?) 「え‥‥あ、じゃあ?」 「なにを明後日の方向を見て独り言を言っておる!?。今から貴様の罪を裁いてやろうとしておるのだっ、罪人ならば罪を悔いて神妙に聞かんか!!」 それでもそんな獏良の様子にイライラしたように海馬が叫んだ瞬間、久しぶりに獏良はその人格が千年リングの方へと交代していた。 「ヒャハハハハーっ、うるさいってのっ、神官ヤローがっ!!」 「なっ‥‥そうかっ、宿主の方ではなく、貴様が城之内を‥‥!!」 確かに盗賊であるし城之内は宝であるし!!、と一人納得したように叫んだ海馬には、 「んなワケねえって、そもそもあんな駄犬を猫っ可愛がりしてんの頭のネジずれてるテメェだけだっての」 「クッ、三千歳の老人にはあの愛らしさは分からんのだっ!!。ええいっ、この選ばれざれし者め!!」 ひどく真顔で海馬を切り捨てた闇人格のバクラに、海馬が返した言葉は負け惜しみのようにしか聞こえなくて遊戯と杏子はそっと涙を拭っていた。だがどうやら城之内の愛らしさとやらが分かるらしい自称選ばれし者であるという海馬だけでなく、遊戯や杏子も今どうしてこの場でバクラが人格交代をして出てきたのかと不思議に思っていると、バクラはもう一度高笑いをした後にいきなりそんなことを口走っていた。 「ヒャハハハっ、まあ、それはそうとしてよ!!‥‥神官ヤロー、テメェはひとつの正解とひとつの不正解をしてやがる」 「‥‥どういうことだ?」 遊戯などからすれば海馬は存在そのものが不正解だらけのような気がしないでもないのだが、どこか自信たっぷりに言いきったバクラに、なにかしら打開策でもあるのかと期待して傍観することにする。このバクラもハッタリならば海馬に負けていない、いや海馬は海馬的には真実を恥ずかしげもなく口にしているだけか、とそんなふうに遊戯が分析していると、バクラは怪訝そうな様子の海馬にあっさりと認めてやっていた。 「まずはひとつ!!‥‥確かに、オレサマが頼まれて城之内を誘拐してやった」 「なっ、なにぃっ!?、やはり貴様が‥‥!!」 「おおっと、話は最後まで聞きな!?」 だが二人分の血で既に濡れているジェラルミンケースをガシッとつかんだ海馬を、バクラは鋭く制していた。そしてじりじりと焼け付くような緊張感の中で、バクラは静かに口を開いていた。 「‥‥そう、確かにオレサマは奴を誘拐してやった。今は別の場所に閉じ込めてるが、安心しろ、危害は加えちゃいねえ」 「当然だっ、貴様、もし奴の処女でも奪おうものなら再び三千年解けることのない呪いの業火に叩き落してくれるわっ!!」 「なんかテメェはほんとにそういうのできそうでアレなんだけどよ、まあ、それよりオレサマは気づいちまったんだ」 バクラは自らが城之内を誘拐したと言っているが、そんなはずはないと遊戯や杏子にも分かっている。そもそも誘拐そのものが海馬の妄想であるのだからそこに犯人も被害者もいないはずなのだが、それでもバクラが自ら罪を告白したのはなにかしら考えがあってのことなのだろう。この海馬という名の暴走特急を止めてくれるならもうなんでもいいという二人分の期待を一身に背負ったバクラは、そこで妙にしおらしく続けていた。 「神官ヤローが、本気であの犬に惚れこんでるってな‥‥いやあ完敗だぜ、普通できることじゃねえっての」 「フン、俺の愛をそこらの愚民と比べんでもらおう!!」 偉そうには言っているが、海馬の声は明らかに機嫌がよくなっていた。言葉こそ選んでいるがバクラのセリフは決して海馬を誉めてはいないのだが、基本的に自尊心の高い海馬には心地好い賛辞に聞こえていたのだろう。バクラ自身もそう取られるように言ったものの、あっさり頷かれてそれはそれで嫌な顔をしていたのだが、そこはこの危機を切り抜けるためにぐっと堪えて理不尽な言葉を続けていた。 「それで、神官ヤローの愛の深さに卒倒、いや感動して、あの犬を返してやろうと思ってオレサマが出てきたってワケよ」 「おおっ、そうか!!。では今すぐ返せっ、とにかく返せ!!。無事ならばもう文句は言わんっ、今すぐこの俺に凡骨を抱擁させろ!!」 「焦ってんじゃねえよっ、今あの犬はココにいねえつっただろうがっ」 片手には真っ白なウエディングドレス、そしてもう一方の手には血のたっぷりとついたジェラルミンケースを持って、城之内の無事を聞いて妙に興奮している海馬に、バクラは相当嫌そうに言っていた。だがここが演技の見せ所でもあるので、バクラはなんとか腹を据えて言葉を続ける。 「だからよ、オレサマももう悔い改めてテメェのお犬サマは返してやっからよ?‥‥ちょっと列車非常停止させて降ろさせろ、鎖放してきてやる」 「‥‥。」 そして城之内を解放してやる、と言ったバクラに、それまで上機嫌だった海馬は一瞬で顔から表情を消していた。そんな変貌に、やはり短絡的な作戦だっただろうかと内心焦っていたバクラに、少しだけうつむいた海馬からやがておどろおどろしい低い罵声が放たれていた。 「き‥‥貴様ぁぁぁぁっっ!?。『鎖』だとっ!?、城之内を縛っているのか!?。そんなプレイは未来の旦那サマである俺の特権だろうっ、貴様如きが先にそれを味わっただと!?」 「ふざけんなっ、色ボケ神官が!?。テメェが城之内のこと犬犬言ってっからちょっとした言葉のアヤじゃねえかっ、実際は部屋に閉じ込めてるだけだっての!!」 「なっ、では監禁プレイということか!?」 それはプレイでもなんでもなくただの監禁です、とバクラは言いたかったが、取り敢えず迫力に負けては御伽や本田と同じ轍を踏んでしまうことになる。なので内心焦りまくりながらもバクラは敢然と怒鳴り返していた。 「つべこべ言ってんなっ、テメェ城之内返してもらいてえんだろっ!?」 「もちろんだ!!」 「だったら俺を列車から降ろせっ、そしたらすぐ鍵あけてきてやっからよ!!」 そうバクラが叫んでみれば、海馬がそれに反論しようとする。だがそれも見越していたバクラは、完全に先手を打っていた。 「ではっ、俺も‥‥!?」 「馬鹿言うなっ、式が始まっちまうんだろ!?。結婚式なんてのは新郎が偉そうに先で待ってんのが常套じゃねえかっ、テメェはこのまま最上階でもなんでも行きやがって可愛い可愛いテメェの犬が胸に飛びこんでくるの待っとけ!!」 「クッ、確かにそれも一理あるな‥‥!!」 ないない、とツッコミを入れている杏子などは目に入らないようで、海馬はバクラの言葉に真剣に考え込んでいた。なのでバクラはニヤリと少しだけ口の端を上げて笑い、できるだけ慎重に海馬のすぐ前のこの列車のドアに近づいてきていた。 「さあ、神官ヤロー、早く俺を解放しな?。そうしねえと、テメェがあの犬に会えるまでの時間が延びるだけだぜ‥‥?」 「クッ‥‥ならば、しょうがあるまい!!」 それでも、海馬にとって今現在の城之内の不在というのは相当堪えているらしかった。バクラに促されて口惜しそうにそう叫んだ海馬は、一端ジェラルミンケースからは手を離して、最後部の壁に取り付けられていた非常停止ボタンを素手でカバーを叩き割って押していた。 『‥‥瀬人サマ、どうされましたか!?』 「取り敢えず、一度最寄の階の駅に停車しろ。そこで犯人が降りる、その後は再び最上階の式場に向けて驀進だ!!」 『は、犯人とは!?‥‥あっ、いえ、了解致しました!!』 すぐに繋がった制御室に指示を出せば、この止まることのない暴走列車は、緩やかに減速していっていた。それに遊戯も安堵し、バクラの機転が全滅だけは避けられたと尊い犠牲の上で成り立った脱出劇に感動していたりもした。 「ところで、神官ヤロー。さっきオレサマが言った正解ってのは、オレサマが誘拐の実行犯だっつうことだけどよ‥‥。」 だが、ほとんどこのブルーアイズトレインが停車しそうになった頃に、バクラがそんなふうに切り出していた。 「もうひとつ、テメェは不正解もしてやがる‥‥。」 「‥‥なんだ?」 そうだっ、是非そもそも城之内くんがお前との結婚など望んでいないと言ってやれ!!、と内心エールを送っていた遊戯は、そこで何故か一度バクラに振り向かれてチラリと視線を投げられていた。 「‥‥?」 「それはなっ、神官ヤロー。誘拐の主犯はあの女じゃなくって、王サマだってことだっ、ヒャハハハハーっ!!」 「なっ、なにを言ってるんだバクラ!?」 先ほどの嫌な視線はその意味だったのかっ、と愕然とした遊戯に、畳み掛けるような声が浴びせられていた。 「そうだったのっ、遊戯!?。ヒドイ、そんな人に見えなかったわ!!」 「あ、杏子までなにを言って‥‥!?」 「‥‥ゴメンナサイ、遊戯。私もやっぱり自分が可愛いの」 杏子のわざとらしすぎる驚愕と真摯な謝罪が車内に響いたときには、完全にどこかの階の駅に停車したらしいブルーアイズトレインは、その横腹にあるドアを開けて自由への希望の光を招き入れていた。だがそこから最も近くにいたバクラがまず外へ出て、更に杏子が謝罪しながらもドアから足を踏み出せば、そのドアは呆然としている遊戯の目の前で再び閉じられて列車はゆっくりと発進してしまっていた。 「ふ、二人とも‥‥!?」 「‥‥なるほどな。遊戯、貴様だったのか」 「‥‥!?」 トレインは、再び宴へと向かって動き出していた。 そして、車両内にいまだ残っている者は、意識があるのは遊戯と海馬だけとなっていた。 「お、落ち着け海馬っ、バクラの言に惑わされるな!?」 「‥‥ククッ、そう、考えてみれば確かに、貴様が最も疑惑は深かったなっ、遊戯!!」 お前俺の話聞いてないだろ!?、と今更ながらに心の中で絶叫してしまう遊戯だった。普段のデュエル馬鹿仕様のときならまだしも、城之内馬鹿仕様の海馬は基本的に遊戯をライバルではなく障害として認識しているので極端に聞き分けがない。城之内が親友として遊戯を大切にしていることが気に入らないらしいのだが、そもそも恋人ですらない海馬がどうこう言う話ではないと遊戯も思って無視していたのだが、そんなスタンスは今ここでは到底通じそうになかった。 「この際、獏良了は実行犯として手は染めたものの、貴様の卑劣さに気がつき、また俺の城之内に対する深い慕情で改心もして自らの罪悪を悔いてそれを償わんと行動を起こしたことで、不問に付してやろう!!」 「海馬っ、それは断じて違うぜ!!。すべてはバクラの‥‥!?」 「ええいっ、往生際が悪いぞ犯罪決闘者め!!」 だからそんな肩書きも貴様専属だ、と遊戯が言い返せないほど、海馬曰く城之内に対する深い慕情とやらは得体の知れない闇のオーラより濃いものを醸し出していた。なので思わず言いよどんでしまった遊戯に、海馬は勝ち誇ったように言い放つ。 「そもそも貴様が我が宿敵であることは最早自明っ、デュエルでは互角でも城之内に関しては完全に貴様の敗北だ!!」 「いや、デュエルは俺がいつも勝っ‥‥!?」 「だが、それ以上に!!」 相変わらず、肘や肩の関節が外れるのではないかと思われる勢いでビシッと指を差してきた海馬は、そこで切なそうに拳に握り締めながら肘を折って腕を畳み込む。そして激情ここに極まったのか、変に穏やかになった視線で海馬は遊戯に告げていた。 「‥‥貴様最大の敗北は、そうして強引に攫うことでしか城之内の愛を得られんと血迷ったことだ」 「‥‥。」 「愛されぬ故に人としての道を踏み外すとは‥‥哀れだな、遊戯」 まるで本当に憐憫の情を浮かべたかのようにそう告げた海馬に、遊戯は一瞬なにが起こったのか分からないほどの衝撃を受けてその場に立ち尽くしてしまっていた。 (‥‥しっかりしてよっ、もう一人のボク!!。まるで反面教師みたく自らの所業をボクたちに押し付けてきた海馬くんの厚かましさに呆けてる場合じゃないよ!!) 「あっ、ああ、そうだな、相棒‥‥!?」 だがそんな遊戯に表人格の遊戯がつっこんでくれたように、海馬が今つらつらと述べてくださったことは、はっきり言ってそのままそっくり海馬本人に突き返したいことばかりだった。だがもっと理不尽なことは、そんなことを言われたよりも、それに反論する機会さえ与えられていないというこの緊迫した状況だった。なので、必死で言いつくろおうとした遊戯の言葉は海馬に届くことはない。 「海馬っ、それはむしろ‥‥!?」 「‥‥同じように城之内を愛した者として、今は城之内に選ばれなかった貴様に対してむしろ同情さえ覚える」 それでも、またも同情などという卒倒しそうに失礼な言葉を投げかけられて遊戯がひるんだ瞬間、 「だが‥‥俺の妻をさらった罪は死よりも重いっ、せめてその髪型を変形させてでも詫びろ!!」 「ガハァッ!?」 床に置いていたジェラルミンケースが高速で投げつけられ、遊戯の顔面をえぐるようにしてめり込んでいた。そしてガッと立て続けに音を立てて通路に崩れるようにして落ちた遊戯とジェラルミンケースを感情のともらない瞳で見つめていた海馬は、一言だけ吐き捨てる。 「‥‥犯人は貴様だったのだ、武藤遊戯」 遊戯の返り血が海馬の持っていた真っ白なウエディングドレスに飛び、まるでそれは消えた花嫁に手向けられた一輪の深紅の薔薇のようだった。 そして静かに走り続けるこのブルーアイズトレインの中で、意識のある者は悲壮感漂う新郎の海馬以外、誰もいなくなっていた。 |
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