ブルーアイズトレイン殺人事件.

〜消えた花嫁に手向けた薔薇〜

『KCサスペンス =創刊号=』収録1本目 - 05.

 

04   終着駅に手向けた薔薇     




「城之内‥‥。」
 海馬はたった一人で、その場所に降り立っていた。
 相変わらずウエディングドレスを片手に、もう一方の手では三人分の血を吸ったジェラルミンケースを携えての颯爽としたいでたちだった。だがその表情はいつものような鋭さはなく、珍妙な白タキシードにも関わらずどこか物悲しさを纏っていた。
「‥‥。」
 ようやく辿り着いた最上階では、フロアがぶち抜きになって披露宴の用意が既になされている。
「‥‥。」
 だが、本来ここに共に足を踏み入れる予定だった相手は海馬の隣にはおらず、手にしたウエディングドレスも虚しく揺れるばかりである。ちなみに何故揺れているのかといえば持っている海馬の手が震えているからなのだが、それは海馬自身自覚のないことだった。
「城之内、お前は‥‥。」
 自らの上司の尋常ならざるそんな様子に、待機していた社員たちもみな一様に遠巻きにして声などかけられる者はいなかった。なので、海馬は特設の駅のホームに立ったままで、一人呆然と佇むことになる。
「城之内、俺は‥‥!!」
 だがそうしてしばらく海馬が沈痛な時間を過ごしていると、聞き慣れた移動音が遠くから響いてきているのに気がついていた。
「‥‥?」
 それは、先ほどまで海馬が乗っていたブルーアイズトレインの音である。海馬が乗った特別仕様の車両は、血まみれの死体を3つほど乗せたままでもうとっくにホームから移動していたのだが、基本的にはいつもトレインは3台車両があって環状になっているレールを一定の間隔をおいて運行しているのである。だが本日に限っては特別な宴があるのでその運行は止めていたはずなのに、と思った海馬が振り返れば、そこにはやはり通常仕様のブルーアイズトレインの車両が静かにホームに滑り込んできていた。
「何故、トレインが‥‥?」
「‥‥あっ、兄サマ!!」
 それでも、開いたドアから飛び出した人物で、その謎はすぐに解けていた。海馬でない以上は、弟であるモクバでもない限りこのトレインを動かすことはできないはずなのである。だがそもそもこの最上階で先に待機している予定だったはずのモクバが、どうして階下からこのブルーアイズトレインに乗って追いかけてきたのだろうかと海馬が不思議に思ったときに、もう一人の人物がゆっくりとホームに降り立っていた。
「な、に‥‥!?」
「もうっ、兄サマってば、肝心要の奴が遅刻してるのさっさと置いていっちゃうんだから!!」
 わざわざオレが迎えに行ったんだぜぃっ、と誇らしげに言うモクバの言葉も、このときばかりは海馬の耳には入っていなかった。モクバの後にホームに現れた人物は、今の今まで海馬が会いたいと懇願していた、その人だったのである。
「城之内、貴様‥‥!!」
「あーっ、ワリィ、ワリィ!!。朝あんまり寒くって布団からなかなか抜けられなくってよーっ、うっかりしてたら遅刻しちまった!!」
 来てみたら誰もいなくて焦ったぜ、とあっけらかんとして笑う城之内に、海馬は感極まりつつも至極真剣に叫んでいた。
「暖房がなければ俺の肉襦袢でこれからは暖めやろうっ、凡骨が!!」
「そんな怒んなくったっていいだろーっ、大体急に呼び出したのそっちなんだし‥‥。」
「‥‥ジョウノウチ、相変わらず兄サマをさらりとかわすのが巧みすぎるぜぃっ」
 ちなみにモクバは、極めて客観的に自らの兄とその兄の想い人との関係を把握していた。なので軽いため息をつきつつも、遅刻してきた城之内を一階で拾って今まで一緒にいただけで、何故本日ここに呼び出されたのか全く分かっていないらしい城之内に、兄は一体どうするのだろうと内心ハラハラしていたのだった。
「フン、こんな晴れの舞台に寝過ごす貴様の神経が知れんわっ!!。まあ、これから二人で乗り切る人生の荒波では、それくらいの思いきりが必要なのかもしれんがな!!」
「あーのーなあっ、そもそもお前が『正装でなくとも構わん』っつーっ、ワケ分かんねえ手紙だけで呼び出したんじゃねえかっ!!。時間と場所しか書いてねえのにっ、律儀に来てやった俺に感謝しろっての!!」
「‥‥兄サマ、いくらなんでもそれは簡略しすぎだよ」
 せめて遊戯たちに送ったように、両家の結婚式だのどうこうと書いていればまだ城之内も気がついたのだろうが、海馬は単純に婚礼の衣装はこちらで用意してやるという文面しか送っていなかったのである。受け取った城之内は当然なんのことやら訳が分からず、それでも人がいいのでうっかり来てしまったというなんともな状況だった。
「感謝するのは貴様の方だ、ほらっ‥‥。」
「うおっ?‥‥なにこれ?」
 それでも、相変わらず噛み合っていない会話を繰り返している海馬は、片手に持っていた血のついたウエディングドレスを城之内に向かって投げていた。それを思わず受け取ってしまった城之内だったが、そのすぐ直後に顔をしかめることになっていた。
「‥‥なあ、海馬、これって?」
 そんな城之内の戸惑いも、当然だろうと傍にいるモクバは思っていた。いい加減兄である海馬が城之内をそういった意味で気に入っていることは分かっていたが、いかんせん城之内の方は全くもって脈がなかったのである。海馬の気持ちを理解した上で拒絶するのではなく、そもそも理解に至っていないので城之内はいつも天然仕様ではぐらかすような格好になってしまうのだ。そんな態度では思い込みの激しい海馬には拒絶の意思として受け取れるはずもなく、また城之内は城之内でこれまで罵倒一辺倒だった海馬が、だんだんと理由は定かではないがそこそこ真剣に自分に取り合ってくれているとは感じているようで、それこそ出来の悪い友人に接するような心持ちになっているようなのである。なので海馬がなにを言っても口が悪いので本気に取り合わないという下地ができてしまっているようで、これまで明確な嫌悪感を示す様子はなかった。
 だが、今回ばかりはそうはいかないだろうとモクバも思っていたのだ。いくら城之内が鈍くとも、ウエディングドレスを突きつけられて結婚式をすると言われれば、さすがにいろいろと気がついて明確に拒絶もしてくれるだろう。そうすると、誰の話も聞き入れてくれない兄の方も、荒治療ではあるが幸せの絶頂からどん底に落ちて、いい加減目を覚ましてくれるだろうと踏んでいた。なので予想通り海馬が城之内にウエディングドレスを渡した時点で、モクバはこれから兄の敗北を目の当たりにすることを察して少しだけ泣きそうになってしまっていた。
「フン、見て分からんのか?」
「分かる気がするから、どういうつもりなんだって聞いてんだよ‥‥?」
 そして、モクバが少しホームで脇へと移動したことで、海馬と城之内は互いに対峙するようにして立っていた。ウエディングドレスを手にしたままの城之内は怪訝そうに海馬を睨んでいるが、海馬の方は平然としたものである。ああ、そんな余裕かましてても兄サマふられちゃうんだ、といくら目を覚まさせるためとはいえ兄に対して不憫でならなかったモクバの気持ちなど知る由もなく、海馬は自信たっぷりに口を開いていた。
「当然、それはこれからの未来を暗示するコスチュームだ!!」
「コスチューム?、衣装ってことか?‥‥え、これなんかの制服なのか?」
 それでも、やはり一年半も海馬をかわし続けただけの天然素材である城之内は、海馬の言葉に自然と首を傾げて改めてまじまじと手にしたドレスを眺めていた。それに、むしろ城之内はなにを誤解してるのかとモクバが訝しく思ったときに、海馬が更に叫んでいた。
「そう、貴様のために用意してやったのだっ、有難く思うがいい!!」
「いや、全然意図分かんねえんだけどよ、結局お前、なんのために俺を呼んだワケ?」
「‥‥フン、ようやくそれを尋ねたか」
 だが、依然分かっていない様子の城之内に、海馬はどこか嬉しそうにそう呟いていた。人を呼びつけおいてその言い草はなんだ!?、と突っかかってもしょうがないことはここ一年海馬に付き纏われ続けて学んだようで、さらりと聞き流して城之内は海馬の言葉を待っている。そんな様子が殊勝に瞳に映ったらしい海馬は、もう一度実に愉悦をはらんだ笑みを洩らしてから正面きって叫んでいた。
「いいかっ、城之内、よぉく聞け!!。今日、貴様を呼んだのはな‥‥俺のところに貴様を永久就職させることにしたからだ!!」
「ええええーっ!?」
 涙を流して喜ぶがいいっ、とほんのり照れながら高笑いしている海馬に、驚愕した声をあげた城之内の次の言葉を予想して、モクバは既に悲哀で泣き濡れていた。だがそうして兄の失恋を覚悟していたモクバに、
「えっ、え、それってマジかよっ、海馬!?」
「フン、冗談で言うワケがなかろう!!‥‥俺が生涯で用意してやった席は、貴様専用のこの一つのみだ」
「えーっ、マジでマジで!?、ヤッター!!」
 何故か、驚喜している城之内の声、という天変地異のようなものがモクバの耳には響いていた。既に兄の打ちひしがれる姿を予想して目を背けていたモクバは、まさか自分がおかしくなってしまったのかと恐る恐る城之内の方へと目を向けてみる。すると先ほどの喜びの声が真実であるかを示すような、はしゃぎまくっている城之内は、パタパタと走って海馬との距離を詰め、今ではすぐ間近から嬉しそうに海馬を見上げていた。
「スッゲェ嬉しいぜっ、海馬!!。ほんっとありがとな!!」
「礼を言われるまでもない、貴様と俺の未来を考えたまでのことだ‥‥。」
「そうにしてもほんっと助かるぜっ、俺、頑張るな!!」
 だが、微妙に照れている様子の海馬に、城之内はそれこそほとんど見たことないほど天真爛漫に笑って海馬に礼など告げていたりもした。てっきり城之内は海馬の想いには気がついていないと思っていたのだが、ああ見えて実は手玉に取っていたのかと、そうにしては微妙に会話もおかしい気がして思わずモクバは城之内に声をかけてしまう。
「あ、あの、ジョウノウチ‥‥!?」
 すると、その声に弾かれたように振り返った城之内は、恐らくは無意識のうちに両手でぎゅっと渡されていた純白のウエディングドレスを握り締めたままでモクバにもてらいなく笑顔を向けていた。
「あっ、モクバもありがとなっ、お前も同意してくれたんだろ!?。俺なんかでいいのかよく分かんねえけどっ、俺、すっごい助かった!!」
「え、あ、うん‥‥!?」
「‥‥フン、モクバは俺の唯一の肉親だ。モクバが快く同意してくれたことが、貴様を迎える最後の後押しにもなったのだ」
 少し感慨深く言っている海馬に、そうなのかと納得して再びお礼を言ってくる城之内とは対照的に、まさか呆れ返りすぎて結婚式の相談で一言も苦言を呈せなかったことが不作為の罪になっていたのかとモクバは愕然としていたりもした。だがそうしてモクバが茫然自失としている間にも、何故か思惑が成立してしまっているらしい二人は、再び向かい合ってまずは城之内が口を開いていた。
「海馬、俺、今までお前のこと奇人変人だと思ってたけど、スッゲェ感謝してる。ほんと、ありがとうな‥‥?」
 それでも、やはりなんとなく城之内の言葉は少しずれている気がしてならないモクバだった。だが海馬の方は浮かれすぎているのいつものことなのか全く気がついていない様子で、そう告げた城之内にも優しく首を振って否定してやったりしている。
「礼を言われることではないと言っただろう?‥‥城之内、貴様は生涯俺が面倒をみてやる」
「海馬、お前‥‥。」
 少し感極まってきたらしい城之内は、軽く涙さえ浮かべて言葉を詰まらせていた。そんな様子に、一歩ずつ後ずさりを始めてしまっていたモクバだが、
「お前、ほんとにいい奴だな!!。ほんっと助かったぜ、この氷河期に、こんな成績悪い高卒の終身雇用約束してくれるトコなんか、滅多にねえし‥‥!!」
「‥‥ジョウノウチーっ!?」
 それでも、危うく走り去りそうになったところで、ようやくモクバも城之内がなにを勘違いしているのか否が応でも分かってしまっていた。そしてその解釈が正しいことを裏付けるような無邪気な城之内の言葉が、モクバの耳にはのしかかる。
「俺、全然就職決まんなくって、取り敢えずバイトしてたトコにフルタイムでお世話になろうかと思ってたけど‥‥でも、KCって社長はお前だけど一応は一流企業だし!!」
「城之内、もうこれからは仕事の心配なぞしなくていい。俺が生涯面倒みてやると言っただろう?」
「海馬、俺‥‥お前がクラスメートで、よかった」
 どうやら、やはり城之内の天然具合は更に磨きがかかってしまっただけのようだった。海馬がプロポーズの言葉として使った『永久就職』という言葉を、城之内は『終身雇用』と解釈してしまったようなのである。ウチの会社は今時そんな古い体制は取ってないぜぃ、と冷静なツッコミを入れようかとモクバは悩んだが、既に二人は互いに感動の渦の中にいるようだった。
「海馬、ほんとにありがとな‥‥?」
 あくまで就職口を提供してくれたクラスメートに対し、城之内は実に素直に感謝を告げていた。だがその言葉を受けて、海馬も滅多にない笑顔でそれに返していた。
「いや、そんなことはない。俺こそ、貴様にここまで喜んでもらえると、男冥利に尽きるというものだ」
「海馬‥‥!!」
「城之内‥‥。」
 そして、明らかにすれ違っているはずの二人であるのに、互いはそれに気がついていない。だが遂に海馬が城之内の両肩に手をかけたときに、さすがにこれで城之内も気がつくだろうとモクバは少し離れて祈るような気持ちで生暖かく見守ることにする。
「うわっ!?‥‥海馬?」
「‥‥城之内、これからはずっと一緒だ」
「あ、うん、お前んトコで勤めるんならそうなるよな‥‥ヨロシクな?」
 どうして抱き締められて城之内も疑問に思わないかな!!、とモクバはその場で地団太を踏んでしまうことになるが、その鈍さが今の城之内と海馬をここまで引きずってしまったと言えていた。今回はその最たるもので、両腕で力強く海馬に抱擁を受けながらも、城之内は海馬の腕から逃れるでもなくいまだに感謝をその表情に浮かべていた。
「城之内‥‥。」
「海馬‥‥?」
 そして、神妙な顔をしている海馬に城之内は不思議そうに腕の中から見上げていたのだが、
「‥‥兄サマーっ!?」
「んっ、あ‥‥かい、ば‥‥?」
 モクバが見ているその前で、海馬はそのまましっかりと城之内の唇を自らのそれで塞いでやっていた。突然のことに驚いた様子は見せたものの、雰囲気に飲まれたのか城之内は瞳も伏せがちで戸惑いつつもそのキスを拒むでもなく受けている。
 なので、やはり城之内も海馬を好きだったのかと驚愕していたモクバだったが、
「あ‥‥なんか、やっぱ世界的企業って挨拶とかもこういうモンなのか?」
「ジョウノウチぃ‥‥!!」
 お約束すぎる解釈を口にした城之内に、モクバは完全に脱力してその場に座り込んでしまうことになっていた。だが既に幸福の絶頂で普段からほとんど機能しない海馬の会話理解能力は今は更に自分仕様に空回っているようで、城之内の背中に回した腕を優しく撫でるようにしてやりながら、海馬はうっとりとしたように口を開いていた。
「城之内、貴様からも返せ‥‥。」
「へ?‥‥ああ、早速実践てこと?」
 そして少し照れたようにはにかんだ城之内は、見事に誤解したままでそれに応えていた。
「俺って実は経験ねえし、さっきのが実質初めてだから照れるんだけどよ‥‥。」
「は、初めてだったのか!?。そうか、それは‥‥ククッ‥‥!!」
「あんだよーっ、バカにすんなよっ」
 それはバカにしてるんじゃなくって兄サマは悦に浸ってるだけだぜぃっ、と床にへたり込んだままのモクバは心の中だけでツッコミを入れてしまうが、たとえ声に出していても二人の世界のどちらにも届かなかっただろう。だが一通り照れたらしい城之内も、どうやら雇用主からの指示には従うという変に社会人の心構えができていたようで、両手でドレスを持っているので視線だけで海馬を絡めとりながら口を開いていた。
「じゃ、ちょっと目閉じてくんねえ?」
「ああ‥‥!!」
「うーっ、照れるけど‥‥!!」
 そんでも嬉しかったから、と独り言のように続けた城之内は、キス待ちでドキドキして瞳を閉じている海馬、という絶滅危惧種手前のような危険人物に、軽く背伸びをしてチュッと可愛らしい音を立てて城之内はその唇を触れさせてやっていた。
「‥‥カハッ!!」
「なっ、どうしたんだっ、海馬!?」
 だがその途端、鼻血を噴いてそのまま真後ろに倒れこんだ海馬は、
「気にするなっ、幸せの絶頂がメーターを振り切っただけだ‥‥!!」
「なっ、なんかよく分かんねえけどっ、雇用反故にされてもヤだからっ、死ぬなよ海馬‥‥!!」
 どこまでもすれ違っている城之内に抱きかかえられながらも、満足そうに海馬は自らの血の海にその身を沈めていた。





 この日を最後に海馬コーポレーション社長の寿退社した旨が報じられたが、実際には謀殺されたとする説が流れたのも自然な成り行きだった。
 それは謎の海馬ランドの休園の日、海馬社長と思われる人物がヘリで傘下の病院に緊急輸送されたからなのだが、この件に関して海馬コーポレーションの社員などは気まずそうに視線を逸らすばかりで一切口を割ることはなかった。








20020904   ブルーアイズトレイン殺人事件  了   NAZUKI MITSURU.
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いやまあ、ある意味最も少ないですが、
「海馬さんがキチガイ」て感じの傾向の顕著な例です。
ギャフン。

ほんとはこういうのをいっぱい書きたいんですが、
キチガイネタとか考えるのが大変で(オイ)。
あとお城が天然なのが新鮮です。
ウチのは頭がアレなのが多いから!(言っちゃった!)