ブルーアイズトレイン殺人事件.

〜消えた花嫁に手向けた薔薇〜

『KCサスペンス =創刊号=』収録1本目 - 03.

 

02        消えた花嫁        




 ガタンゴトンというお決まりの音のすることのない割りと静かなモノレール式のトレインの中は、一種異様な空気に包まれていた。
 本当にホームにブルーアイズトレインが現れたときには、遊戯はなんとなく泣きながら全力疾走で帰りたい気分にもなったのだが、他の面々は呆気にとられたものの随分と感覚が麻痺しているのか海馬の奇行に慣れてしまったのか、やがて海馬に促されるままに無言でどてっぱらを抉られるようにしてドアが開いたブルーアイズトレインの中に、乗り込んだのである。
 そして自動制御でゆっくりと運行しているらしいトレインの中で一番前へと陣取っていた海馬からはやや距離を置いて、遊戯、本田、御伽、獏良、そして杏子といった順で適当に腰を下ろしていた。だが弾む会話など微妙に出来るはずもなく、変に重苦しい空気が支配的になったところで、遊戯が思いきって口を開いていた。
「‥‥ところで、海馬。ひとつ、尋ねたいことがある」
「なんだ‥‥?」
 遊戯は、座れば自然とコートの裾が割れてしまうので座席に寄りかかるようにして立ったまま、同じように何故か立っている海馬へと話しかける。遊戯が確認したいことは当然ながらただ一つで、もちろん城之内に関することである。
「今回の、式とやらのことだが。この件に関して、城之内くんは‥‥?」
「‥‥きゃあっ!?」
 だが、そうして話しかけていた遊戯は、列車内の最も後ろに座っているはずの杏子から小さく声が上がったので、怪訝そうに振り返っていた。
「どうしたんだ、杏子?」
「ゆ、遊戯、これ‥‥!!」
 ブルーアイズトレインのドアはやや後ろよりに付いていたので、後方とは言っても杏子はドアよりは前の辺りに座っていたのである。だがなにかの拍子で振り返った際に、ドアの後ろには二列しかない最後部になる座席に、真っ白なドレスが横たえられていたのだ。
「これっ、もしかして城之内のお色直し用の‥‥!?」
「‥‥海馬ぁっ、この寒いのにこんな肩出しドレスを城之内くんに着せるつもりだった
のか!?」
(それ以前にもっと突っ込むところがあるでしょっ、もう一人のボク!!)
 七五三の件以来部屋に引き篭もったままだった表遊戯に指摘され、遊戯はぐっと言葉を詰まらせて後部座席へと向きかけていた足を止めて前方の海馬へと振り返る。だが、
「ええいっ、遊戯、貴様はせせこましく動くなっ、足が気持ち悪い!!」
「なっ、そんなことで誤魔化されないぜっ、海馬!?」
「それより‥‥これは、一体どういうことだ?」
 てっきり声高らかにドレスの素材などを朗々と説明するのかと思っていた遊戯たちは、怪訝そうに顔をしかめた海馬を不思議そうに眺めてしまっていた。そしてやがてズカズカと車両内を歩いてウエディングドレスの置いてある後部座席へと向かった海馬に、まずは獏良が不思議そうな声をかける。
「え、それは海馬くんが用意したものじゃなかったの?」
 この状況では、それ以外には考えようがない。なのでそうごく自然に尋ねた獏良に、海馬は杏子の横も通りすぎて、最も後ろの座席に膝をつくようにして横たえられていたドレスにそっと手を伸ばしていた。
「‥‥冷たい」
「と、いうことは。それは城之内くんはまだ着てないってことなのかな、それとも脱いで随分経ってるってことなのかな?」
 海馬の独り言にその意を察して的確すぎる言葉を投げてくる獏良にも、海馬はしばらくそのドレスを凝視したままで黙り込んだままだった。なのでやや不審にもなってきた遊戯が、今度は声をかけてみる。
「おい、海馬。そのドレスは、一体‥‥?」
 すると、ようやく海馬は一度つらそうに首を振って、ゆっくりと立ちあがりながらそれに返していた。
「これは‥‥俺が、城之内の花嫁衣装にと用意したものだ」
「なんだかさらりと言われすぎて聞き流しそうだが、その言い回しだとお前が勝手に‥‥?」
「‥‥だが、城之内はこれを着て、先にこの列車に乗っている予定だった」
 どの辺りまで相手の承諾を得ていた予定なのかは分からないが、海馬の中ではそういう手はずだったらしい。だが目的の人物は当然ながら列車には乗っておらず、何故か着るはずだったと海馬のみが豪語している真っ白なウエディングドレスが袖を通された形跡もなく座席に横たえられていたのだ。大方、ふざけるなの一言で城之内が脱走でもしたのだろうと皆が生温かい気分で思っている中で、列車内で唯一そういうふうにまともに思考が回らないらしい男が、切羽詰まったようにぽつりと呟いていた。
「‥‥事件だ」
「は?」
「これは事件だぞっ、遊戯!!」
 ああ、花嫁に逃げられたのがか、と真顔で尋ね返しそうになった遊戯に、一番後ろで切なそうに片手でウエディングドレスをつかんだ海馬が、大声で偏りまくった解釈を叫んでいた。
「これは俺の花嫁が誘拐されるという大事件だっ、クッ、卑怯な真似を‥‥!!」
「ゆ、誘拐てお前、どう考えてもただ単に城之内くんは‥‥!?」
「しかもっ、犯人はこの中にいる!!。ええいっ、小癪な真似を、許さんぞ貴様らっ!?」
 そしてひどく憤慨してそう叫ばれても、遊戯を含め諸々の面子には甚だ理不尽な言いがかりであった。だが放っておけば問答無用でやつあたりや巨大化でもして暴れかねない様子の海馬に、まずは頭の回転のいい御伽が勇気を持って反論していた。
「待ってくれよっ、海馬くん!!。そもそもこの列車に乗ったときから城之内くんは乗っていなかったじゃないかっ、今一緒にいる僕たちが誘拐なんてできるハズ‥‥!?」
「黙れっ、エセ・ネイティブアメリカンが!!」
 だが勇気ある行動に出た御伽は、海馬の罵声と共に放たれたカードがあっさり額に突き刺さっていた。
「ギャア!?」
「御伽っ、普段より傷は浅いぞ!?、ここで死んだら披露宴料理が食えなくなっちまうから耐えろ!!」
「む、無茶言わないでくれ、本田くん‥‥!!」
 それでも御伽が本田と微妙な友情を繰り広げている間に、御伽の正論を獏良があっさりと引き継いで海馬へと尋ねていた。
「そうだよ、海馬くん。ボクたちが乗ったときから城之内くんはいなかったんだし‥‥?」
 犯人なワケがないじゃない、と続けようとしていた獏良に、海馬は不機嫌そうに鼻を鳴らしてそれを否定していた。
「フン、乗っていなかったかどうかなど分かったものではないわ!!。先ほど女がドレスに気がついて声をあげるまでには充分すぎるほどの時間があった、その間に貴様らのうちの誰かが城之内を攫ったとしてもなんの矛盾もない!!」
「なんの矛盾も、て、海馬くん、キミだって乗ったときに城之内くんがいなかったこと
ぐらい‥‥?」
 だが、気がついてたでしょ、と言いたかった獏良の言葉に返された海馬の叫びは、これからの惨劇を予測させるには充分すぎるものだった。
「乗っておったかどうかなどいちいち覚えておらぬわっ、なにしろ俺はこれから臨む式とめくるめく二人の未来への期待でうかれておったからな!!」
「‥‥そんなこと、恥ずかしげもなく力説されても」
「確かに、乗っているはずの城之内の方へと敢えて視線を向けていなかったことは素直に認めよう。だがそれは決して不実などではなく、第一に式までその艶姿をとっておきたかったということ、それ以上に見てしまえば初夜に挑まんとするこの衝動を抑えきれぬかもしれんということを危惧しての賢明な措置だったのだ!!」
 それは真実ならば本当に賢明だったかもしれない、と回りは妙に納得して頷いてしまっていた。だがそうして一瞬気迫に圧されてしまったのが運の尽きというもので、完全に結婚という思いこみ儀式に脳をやれてしまっているらしい海馬は、ニヤリと据わりきった目で笑うと列車の最も後ろから同乗者の招待客をゆっくりと一瞥していた。
「ククッ、クククッ、いいだろう、その挑戦受けてやるぞ‥‥!!」
「ま、まずいぜっ、みんな!?。海馬の誇大妄想スイッチが入っちまった‥‥!!」
 ただでさえ視野が狭く思いこみの激しい海馬であるが、殊城之内が絡むと異常なまでのネジレ思考を披露してくれるのである。そんなことを知りたくもないのに高校生活の後半で嫌というほど思い知らされていた面々は遊戯の言葉に大きなため息をついてしまっていた。だが一方の海馬は完全に自分の中で事件のシナリオは出来あがってしまったらしく、唐突にビシッと指を差すと、まずは最初の犠牲者を指名していた。
「犯人は貴様だっ、御伽龍児!!」
「なっ、なんで僕なんだっ!?」
 普段よりカードの刺さり具合が浅かったのでなんとかまだ意識のあった御伽は、それでも突然の死刑宣告のような海馬の声に、心底怯えて尋ね返してしまう。するとそれに低く笑った海馬は、どこか勝ち誇ったように朗々とその理由を説明してくれていた。
「その顔が、なによりの証拠‥‥貴様、城之内を拉致しようとした際に暴れられて、引っかかれでもしたのだろう!?。額の傷はエセバンダナで隠せてもっ、左目の下の傷が雄弁に語っているぞ!!」
「何度もエセエセ言わないでくれっ、海馬くん!!。それに僕は転校したときから額も目もこのルックスだったじゃないかっ、僕の顔なんて覚えてないことぐらい分かってるけどあんまりだ!!」
 僕は犯人じゃない!!、と、ここで反論しなければ確実に殺されると分かっていた
御伽は、精一杯真っ向から海馬に対峙していた。それに海馬が一瞬黙ったので珍しく納得してくれたのだろうかと思ったのも束の間、すぐにまた海馬は笑い出していた。
「‥‥ククッ、その程度で言い逃れできたつもりか!?。俺には分かっているのだっ、貴様が城之内を誘拐した動機もな!!」
 そう断言してくる海馬の迫力に今度は御伽が一瞬黙ってしまうと、その隙をつくようにして海馬は畳みかけてきていた。
「その動機とはっ、ズバリ、金だ!!。貴様は実家が燃えた借金のために例のD・D・Dの著作権を我が社に提供し、それを俺が商品化してやったが!!‥‥実は契約書に小細工をして本来の半分もリベートが支払われていなかったことに気がついたのだろう!?」
「‥‥ちょっと待ってくれよ、海馬くん。どおりでいつまで経っても僕の家がトタン屋根のままだと思ったら!?」
「貴様はその事実を突き止めっ、俺を逆恨みして最愛の城之内をさらって俺を脅迫するつもりだったのだ!!」
 ていうかそれ逆恨みじゃないし、と誰もが思っても海馬だけは聞いてくれないようだった。なのでやや自分の名推理に酔った様子を見せた後で、再び御伽をギッと睨んでいた。
「ええいっ、この卑怯な犯罪者め!!。城之内は関係ない、さっさと返してもらおうか!?」
「いや、その前にピンハネした分返してほしいっていうかそもそも城之内くんは‥‥。」
「ここにきて往生際が悪いぞっ、御伽龍児!!。貴様には最愛の者を盾に取られた者の哀しみが分からんのかっ、さすが冷酷無比の犯罪者よ!!。血も涙もない極悪人め!!」
 そんな肩書きは海馬にこそ似合う素敵な単語たちであったのだが、どうやら海馬は
殊城之内のこととなるといつも以上に見境がなくなるので、本気でそう思いこんでいるようだった。なのでそろそろ誤解を解かなければ真剣に殺されそうだと思っていた御伽は、なんとかこの言葉の通じない宇宙人と意志の疎通を試みる。
「待ってくれっ、海馬くん!!。僕は城之内くんを誘拐などしていないっ、リベートの件だって今初めて聞いたんだ!!」
「なに‥‥!?」
 それでも、真摯に訴えれば一応海馬も人間ということなのか、御伽の言葉に明らかに顔をしかめていた。それはつまり御伽の無実に耳を傾け、それ故に顔をしかめているということで、今回はなんとか無事に切り抜けられるかもしれないと希望の見えてきていた御伽は必死で言葉を続けていた。
「本当だっ、僕は城之内くんの誘拐には関わっていない!!。そんなひどい真似ができるもんかっ、信じてくれ!!」
「‥‥。」
 できることなら誘拐そのものが思い込みだと分かってほしいと願いながらも、それはこの海馬には高望みしすぎだろうと思い御伽はなんとか自らの保身にのみ走ることにする。するとしばらく怪訝そうに睨んできていた海馬は、やがて低い声で御伽へと確認していた。
「‥‥本当に、貴様が俺の城之内を誘拐した犯人ではないのだな?」
 いつから海馬のものに!?、というツッコミはかろうじて飲みこんで、御伽は大きく何度も頷いておく。
「当たり前じゃないかっ、僕は絶対にそんなことしていない!!」
「‥‥そうか」
 すると、変に聞き分けよく海馬は納得したようにそう呟いていた。なので、本当に珍しく危機回避に成功したと御伽が安堵しかけたときに、
「‥‥だとすればっ、迂闊にもリベートの件をバラしてしまったではないかっ、犯人でないならばそのまますべてを忘れておけ!!」
「海馬くんっ、なに言って!?‥‥ガハァッ!!」
 記憶滅殺!!、と訳の分からない言葉を叫びながら唐突にどこからともなく取り出したジェラルミンケースを至近距離から投げられて、それを顔面に食らった御伽はそのまま吹っ飛ばされるようにしてブルーアイズトレインの中でまずは血まみれになって倒れていた。
「うわ、御伽‥‥ご愁傷サマ‥‥!!」
 成仏しろよ、などとガタガタ震えながら言っている本田なども、当然ながらこの状況は恐いくらいに分かっていた。この列車は最上階まで駅に止まることはなく、また通常の鉄道などのように窓から逃げ出すことも叶わないのである。そんないわば動く密室に近いこの場所で、惨劇は始まったばかりなのだ。
「ふむ、では御伽龍児でないとするならば‥‥。」
 そして、血祭りにあげられた御伽のことはそれきり話題に上るでもなく、ただ真っ白なウエディングドレスを片手に握り締めたままの気まぐれな新郎は次のターゲットへと視線を向けていた。





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