『遙遠の義旗』より お試し版 -01.








※注意※


この本は、893というパラレルのシリーズ第4弾です。
単独でも読めますが、気になる方は「8931-3 あらすじ」を先にご覧下さい。
尚、8931-3の再版・再録予定は一切ありません。
ご了承下さい。

また、メインは海城ですが、バクラ受を含みます。
それぞれのカプが恋愛的に錯綜することは一切ありません。
完全に独立・並存しているWカプですが、苦手な方はご遠慮下さい。
※あらすじを読めば分かる細々とした注意事項はここに羅列してません、多すぎて… ごめんなさい…





↓よろしければ、スクロールをしてどうぞ。




























■00






 極東のお披露目会に足を運んだのは、ついでのようなものだ。
 大和という国の、更に小さな一地域。
 半自治という曖昧な独立を保っている時代遅れと噂の町は、実際には最先端の武力を併せ持った独特の空気に満ちていた。
「予想はしてたけど、たった三年で、ねえ……。」
 植物状態にありながら組長の座を戻されていた老人は、先々代と本来は呼ぶべきだろう。武力の近代化は先代の組長、『外部』から招いた男が推し進めたらしいが、それはあの町が持つ本来の姿を犠牲にした上でのものだった。古きを否定する先代に反旗を翻し、先日ようやく組長となった男もまた、『外部』の出身だ。
 それでいて、あんなにも馴染んでいる。もはや本人の存在自体が、あの町を体現していると言ってもいい。
 襲名に際して、先代との繋がりが深い連中が、大和側からちょっかいを出す。そんな情報を得て、恩を売るついでに足を運んでみたが、久しぶりに会った組長は研ぎ澄まされた存在感がまた増していた。
 新しい組長、三年前に大和で一度会談をしたときはまだ若頭だった男の成長は、まず第一にあの町の発展に繋がる。そして、大和への脅威となる。唯一の懸念は、あの男には弱みが多すぎることだろう。弟だけならまだしも、その弟を大和に出したり、御付と称した側近を堂々と寵愛している。
 あんなにアキレス腱をさらして、大丈夫なのか。
 呆れたような報告がもたらされたときには、妙に納得したものだ。だが実際に会ってみれば、弟の方は年若いがむしろ大和に対して爆弾として振る舞っている。側近に至っては、その腕っ節の強さと本来は別の組を継ぐべき素質が見事に開花し、あの町を、組長を、支える片翼になっていた。
 どうやら、あの町はまたひとつ大きくなったようだ。
 組織の長として、一族のナンバー2として、友好関係を申し入れる。今回は挨拶だけで軽くあしらわれたが、いずれ正式に付き合いを回復させるべきだろう。
 それくらい、あの町は軽んじるわけにはいかない。
 大和の中の、一地方都市として片付けられるような場所ではなかった。
「……て、ことは、結局そうなるんだろうけどさ」
 廊下を歩きながら、深いため息が出る。
 先月、組長の襲名とそのお披露目会で仕掛けてきたのは、あくまで大和に籍を置く民間企業だ。素性を辿れば、組よりも興業の方に因縁が深いので当然だろう。
 だが、本来あの町と、組と、対立すべき組織は別にある。
 あの町が育っていくほど、脅威として無視できなくなるのは自然の摂理だ。
 ただ、今の時代において、人の命はあまりに重い。軽々に人的被害を出せない風潮が、取り敢えずは血気盛んな民間に任せるという様子見に入らせた。
 それが惨敗に終わったことが、寝た子を起こす。
 あるいは、窮鼠とならせる。
 水面下で進んでいた作戦に、実行許可が出た。お披露目会から、まだ一週間。だが本来はこの作戦の打ち合わせに赴いていたので、驚くべきようなことではない。それでも気が重くなってしまうのは、要となるべきこちらの駒が、前の作戦で予想外の変質を見せてしまったからだろう。
「……。」
 組長襲名に際し、先代の子飼いが狙撃手の息子に父親の仇を取れとけしかける。
 父親の方はずっと以前にこちらの組織で傭兵として雇われていた経緯があり、半ば素人も同然の息子から事情を探り出すのは容易だった。最低限の手の内をさらし、大和に売り込んで協力を申し出る。敢えてこちらの駒を現地に向かわせたのは、息子を懐柔するという作戦に適任だったからだけではない。無事に作戦が終わり、襲名が終わった後、いずれ引き起こされる別の脅威に対して布石を打っておく必要もあった。
 それ自体は、うまくいったと思う。やたら警戒が強いあの町の内部を把握も出来たし、協力者も作れた。だが、こちらの駒が逆に落とされるというのは甚だ予想外だ。
「……ジュニアは、そんなに手錬れには見えなかったんだけどなあ」
 思わずドアの前で足を止め、そう呟いてしまうのは仕方がない。
 なにしろ、かつての狙撃手の息子、前の作戦でのターゲットは、三月にこちらの軍事キャンプに参加している。その際の評価は、『取り扱い不明』。天性の素質がありながら、それを駆使する精神がまるで育っていない。ぬるま湯にいたとも、それだけ平和に暮らしてきたとも言える。もう、十八歳なのだ。あの町で生まれ育っておきながら、子供の喧嘩の域を出ない程度の鉄臭さにしか免疫がないのであれば、硝煙の中には身を置けないかもしれない。当人が最もそれを自覚しており、三月の段階では父と同じ道は進めないとしてライフルを置いて帰国した。
 だからこそ、襲名式の約一週間前、潜入させていた駒から懐柔成功の一報が入ったときは驚いた。ただ暗殺依頼を蹴るということだけではない、逆に受けたフリをして組長に加担する。当然ながら、ライフルを手に取る。初陣でありながら、火蓋を落とす役目まで担わされるのだ。正直、大丈夫なのかと怪しんだ。だがあの作戦だけでなく、駒にはいつも全幅の信頼を寄せている。実際に見事に使命は果たしてくれたが、案の定、狙撃手の息子は懐柔どころではなく駒に対して完全に盲目になっていた。
「……。」
 それが目的とはいえ、いつもあの手腕には驚かされる。
 床の技術があるだけでは、ああはならない。『大物落とし』などという二つ名が罷り通るのも頷ける成果だ。
 ただ、問題は今回に関しては駒の方もまた落とされている様子だということだ。大和にしばらく滞在していたので報告しか受けていないが、先に弟と共に帰国した駒は、相変わらず煮え切らない態度を見せているらしい。
 そこに、次の作戦を持っていくとどうなるのか。
 元より予定があることは伝えていたが、あまりに早すぎないか。
「……まあ、そんなこと考慮してあげられる立場でもないんだけどね」
 迷ったところで、組織のトップとして伝えないわけにはいかない。
 きっと、向こうもそう思ってくれるだろう。自分自身に言い訳をするようにして、マリク、いやナムという偽名で通している男は、目の前のドアを叩いた。
「二人とも、ちょっといいかな? 入るよ」
 この部屋は本来は双子の弟、同じ名前を持つマリクのものだ。中東に大きな影響力を持つイシュタール家の中で、軍事部門がグールズという組織である。ナムとマリクは双子で同じ名のため、グールズ総帥である兄の方が敢えて偽名を通している。イシュタール家の長である姉のイシズが住む屋敷にナムはほとんどいるが、弟のマリクはまずグールズの本営から出てくることはない。
 家のことは関わらない、戦場を提供してくれるグールズには一応籍を置く。いつも眠そうで、やる気がないように見える弟だが、実はかなり好戦的だ。深く考えない分、他人の痛みに鈍感で、引き金は軽い。ただ同時に自分の痛みにはもっと無関心なので、できるだけ注意しているつもりだが、どうしてもグールズのトップとして忙しくて目が届かないことも多い。
 だからこそ、もう十年近く前に拾ってきた駒には頼りにしている部分も大きかったのだが、やはり居候は居候ということらしい。結局、イシュタール家の一員にはなってくれなかったようだ。ノックをして、ドアを開けても返事がなかったのでやや期待してしまったが、ソファーでじゃれている二人の会話は二ヶ月前とは全く違っていた。
「だーかーらっ、オレサマは別に溜まってねえって言ってるだろっ」
「……どうだかねぇ」
「ほんと、マジでしなくていいっての……おあっ!? こら、マリク、だから脱がせてくんじゃねえよ……!!」
 こうして弟の部屋を訪ねたとき、十年来の居候といわゆるそういうことをしているのを何度か目撃している。立場上、弟は副総帥ということになっているが、人事や作戦には口を出さず、完全な前線要員だ。それでも、出自を考えれば部屋に当然のように旗がある。実行部隊として掲げることが多いその旗は、血で濡れるほど鮮やかになるようにと、最初から暗めの赤が採用されている。
 この部屋で、いずれも居候から誘い、弟は応じてやったという関係がずっと成立していた。生存のためにも、戦術としても体を使ってきた居候には、信頼している相手ほどスキンシップへの抵抗が低い。マリクに対してであれば、最後まで体を許せる相手だったということだ。
 それが、極東の作戦が終わってからは、のらりくらりとかわしているようだ。元よりマリクも積極的ではないので、強引に手篭めにしたいというより、本能的に拒んでしまうことで自覚を促しているようなものだろう。
 今もソファーで重なり合っているが、服はさほど乱れていない。キスすらしていないのだろう。それは我が子の成長のようで嬉しくもあり、また寂しくもあった。
「……ねえ、二人とも。ちょっといいかな?」
 とっくに室内には入っていたが、閉める前のドアをもう一度大きめに叩きながら、ナムはそう声をかける。するとやっと気づいてくれたらしい二人から、それぞれ違った種類の視線を向けられた。
「あっ、いいとこに来たな、ナム!! ちょっと助けてくれよ、マリクがオレサマのこと全然信じてくれねえんだよっ」
 弱ったように言うのは、ソファーで押し倒されている側、十年来の居候のバクラだ。それに対し、上からどこうとはせずつまらなそうな視線を返してくるのが、双子の弟のマリクである。
「……別に、信じてないわけじゃないんだよぉ」
「嘘つけっ、だったらなんで乗っかってくんだよ!! オレサマは欲求不満じゃねえって言ってるだろ!!」
 ナムに向けた言葉にも、バクラは下から威勢よく噛み付く。ここのところは、あまり見なかった光景だ。分かりにくくバクラを気に入っているマリクは、よほどでなければ意に沿わないことはしない。そのため、バクラが苛々して怒るようなことも少ない。まるで引き取った当初のようだという感想を持ちながら、ナムは室内へと足を進めた。
 元々バクラはイシュタール家の人間ではない。今から十年以上も前、ある戦場で一人だけ生き残っていたところを保護された孤児だ。
 バクラの出身はクル・エルナという村で、別名は盗賊村である。金さえもらえれば墓でも荒らすという語源から、通称は『墓荒らし』と呼ばれる連中が多く住む場所の一つだった。イシュタール家のように、一応は名門と呼ばれていたり、独自の信義を掲げている組織は対照的に『墓守』と呼ばれている。ただ、実質的にはその境界は曖昧だ。十数年前、本来は墓守と呼ばれるある一族が、資金調達のために手を広げすぎた。汚れ仕事もするからこそ、棲み分けができていた墓荒らしの一派が激怒し、抗争状態に陥っていたところで見せしめとしてある村が滅ぼされる。
 それが、クル・エルナだった。墓守の一族と最も対立していた一派ではなかったので、標的にされたのは単純に盗賊という分野で競合していたからだろう。どちらにしても、ただの虐殺だ。イシュタール家は墓守の中では盟主とされており、仲裁のために急行したときには、もう手遅れだった。三桁にのぼる村人の死体に、素手で土をかけ続けていた子供がバクラである。引き取ったのは、偽善だったかもしれない。だが同じ年頃か、もっと幼く見えたバクラを、死んだ村に置き去りにすることはナムにはできなかった。
 そうして連れ帰ったものの、ナムは総帥として忙しく世話は弟のマリクに押し付けてしまった。打ち解けるには時間もかかったが、やっとまともに会話が成立するようになって、バクラが警戒していた理由も分かる。
 墓荒らしの村に生まれた男子ならば、もう銃を片手に戦場に借り出されていてもおかしくない。だが、バクラはそうして武器の扱いを教え込まれた形跡はなかった。そもそもあまり鍛えた様子もなく、同年代でも華奢な方だっただろう。それだけ大切に育てられていたのか、あるいは病気でも抱えていて戦士としては期待されていなかったのか。
 どちらでもないと知ったのは、十年以上も前の時点で、バクラは既に体を使って敵の頭を落とす工作員だと判明してからだ。鍛えすぎないのは、標的に警戒させないため。引き取ってから長い間口を開かなかったのは、誰を落とせばこの牢獄から抜け出せるのか、じっと選定していたからだ。
 ナムとしては監禁していたつもりもないし、そういう目的で囲ったつもりもない。だがバクラにしてみれば、別の一族とはいえ、根本的に墓守が墓荒らしである自分を厚遇してくれる理由が分からなかったのだろう。やがて何かがあり、恐らくはマリクとの間の信頼関係で、バクラは心を開いてくれるようになった。頭は悪くなかったので情報戦の技術を教え込み、潜入しても自力で脱出できるくらいの体術も学ばせる。すっかり才能を開花させたバクラだが、性的なことに抵抗がなさすぎて、速さと確実性から任務に体を使うことは日常茶飯事だった。
 もっと時間をかければ、そんなことをしなくても達成できるのに。
 常々極東の過保護な後継者は嘆いていたが、ナムはどちらかといえばバクラの弁に理解がある。
 かけた時間の分だけ、失敗と被害の確率は高くなる。本人が割り切って選んだ手法なら、いちいち文句をつける必要はない。
 ただ、比べればバクラに考え方が近いというだけで、ナムも積極的にそれを推奨していたわけではない。半ば黙認だ。あるいは、文句を言える立場にない。数は多くないが、ナムは最初から『大物落とし』としての活躍を期待して依頼を回した任務がいくつかある。グールズの総帥として、それが最も確実だと判断した。ちゃんとバクラに話し、了解を得てから実行してもらった。
 それでも、仕事で他の男のところに送り込んだことに、間違いはないのだ。
 後ろめたさを自覚すれば、総帥として動けなくなる。だが今ではすっかり身内のような意識になってしまっているバクラに対し、恋愛とは違う複雑な情を抱いているのもまた事実だった。
「ちょっと仕事の話がしたいんだ。悪いけど、二人とも起きてくれるかな?」
 そんなバクラが、極東の地でターゲットにした男に、妙な執着を沸かせている。ただの未練なのか、いずれ過去になるのか。まだ一週間では、なんとも言えない。できればもっと長く時間を置いてやりたかったが、情勢はそれを待ってくれなかった。
 ナムの言葉に、ソファーでバクラを押し倒していたマリクがゆっくりと体を起こす。顔は不機嫌そうだが、いつものことなので気にはならない。むしろ、バクラがあからさまに怪訝そうにしている。内容によっては断りたいからだろう。だが仕事であれば、バクラは首を横には振らない。口ではどうこう言っても、拾われたことに感謝している。絶対に裏切らないと分かっているからこそ、ナムはいつも無茶をさせないように必死になったものだ。
「……仕事って、オレサマか?」
 二人が座り直したことで空いたソファーのスペースに、ナムも腰を下ろす。ちなみにバクラの隣だ。双子の弟であるマリクはバクラに対して以外はスキンシップなど皆無なので、話すときも近づきすぎるようなことはない。ただ、バクラには幼い頃から早く心を開いてもらいたくて、ナムも努めて可愛がっていた名残があり、自然と腰に腕を回して隣から引き寄せながら手にした資料を見せた。
「先発は、バクラから。できるだけ早くまた飛んでもらいたいんだけど、どうかな?」
「……なあ、これって」
 むずがるように身を捩らせるバクラだが、ナムの腕から抜け出すことはない。示された指令書に意識が集中しているようだ。反対隣からバクラの肩に腕を回しているマリクも同じように覗き込み、今度はあからさまに顔をしかめた。
「……この作戦、もっと先って話じゃなかったのかぃ」
 予想していた質問には、ナムも苦笑いするしかない。
「そうだったんだけど、こういうのは水物だからさ。早まった原因を一つあげるなら、箱庭の組長サマが有能すぎたってことだよ」
 襲名式から続くお披露目会で、失脚を狙ったB―F社の襲撃を完璧なまでに退けた。
 少しでも被害を受けていれば、逆に今度はもっと慎重な作戦でいこうと構えられたのかもしれない。だが年若い組長が、あまりに強靭な力を示しすぎた。脅しに揺らいだ組織は、時間が経つほどあの運河の先が化物になっていくと怯えたのだろう。
 ならば、育ちきってしまう前に。
 喪があけ、ようやく名実共に新体制で始動し始めたばかりのうちに、叩き潰してしまいたいという方向に出るのも分からなくはない話だ。
「で、バクラはどうかな? また行ってくれる?」
「……。」
 作戦の内容は、かねてより説明していたものとあまり変わらない。ただ時期が早まっただけだ。
「……行きたくないなら、行かなくていいんだよぉ」
「……。」
 指示書を睨み、黙ったままのバクラにマリクはそう耳元で囁いている。
 迷う要素があるとすれば、先月までの作戦に起因していることは間違いない。どちらも重要だったが、敢えて向かわせたのは大和との連携と、その次の作戦に向けた下見を兼ねていたためだ。
 ただでさえ小さな極東の国、その中で更に運河を隔てた先の小さな町。
 箱庭と揶揄される童実野という半自治区に再び赴くことになる任務は、バクラに違った感傷を抱かせる。
「……ま、断るって選択肢はねえな。こんなに早まったのには確かに驚いたが、理由も納得だ。そもそも二つセットで受けてた仕事みてえなもんだし、オレサマは構わねえよ」
 やがて仕方なさそうにあっさりと頷いたバクラだが、本音では喜んでいるように見えた。必死に隠しているつもりだろうが、他の者ならともかく、幼い頃から見てきた自分たちに通じるはずもない。
 嬉しくて仕方がない、こんなに早く再会できるなんて。
 言葉ではなく、雰囲気に滲み出た喜びを、より敏感に受け取ったのはマリクの方だろう。実を言えば、先月までの作戦のターゲットから、狙撃手として正式に世話になりたいという申し出は受けた。既に次の作戦が始動しかけていたので保留にしたが、このことをバクラにはまだ伝えていない。
 だが、マリクには大和に滞在しているうちに報告しておいた。きっとバクラへは話していないのだろう。単純な恋愛感情ならば、もっと分かりやすい反応もできる。だが何もかもに鈍いマリクにとって、苛立ちの原因すらよく分かっていないに違いない。可愛くて仕方がないバクラが、ただただ大切なだけなのだ。今もまた、あっさりと極東行きを決めたバクラに、マリクはため息をついてからキスをしようとする。それをバクラが顔を背けて嫌がるので、結果的に頬へとキスがされるのを眺めていると、素直な感想が口から漏れる。
「……これが、娘を嫁に出す気分ってやつなのかなあ」
「はあ? 何の話だよ、ナム」
 自然とこちらを向く格好になっていたバクラからは怪訝そうにされるが、取り敢えず頭を撫でていればその向こうから面白くなさそうな声が返る。
「……オレは、まだ、認めてないけどねぇ」
「だから、マリクも何の話だよ? あっ、もしかしてイシズに縁談でもあんのか?」
「それはない」
「……そんな勇者は、まだ、現れてないねぇ」
「だったら何の話だよっ、オレサマに分かんねえ話すんな!! ちゃんと説明しねえと、今のてめーらの反応、イシズに報告すんぞ!?」
 分かっていないバクラをからかっているうちに、とんでもない脅しをかけられてナムはマリクと共にしばらく黙った。グールズはあくまで実働部隊であり、イシュタール家そのものの当主は姉であるイシズだ。両親がかなり早くに亡くなったため、イシズはもう随分長くイシュタール家を纏め上げている。弟である自分たちからしても、美人で、優秀で、立派な姉なのだが、いろいろと性格的に得体の知れない恐ろしさを併せ持つ。笑顔で傷を抉るようなことが得意なので、ナムはマリクと共にトラウマが多々にしてあるのだ。弟として愛されていることは間違いないが、それ以上に躾も厳しかったイシズを思い出し、適齢期の話題は厳禁と知っていたのでつい無駄に震えてしまったが、ナムはなんとか先に立ち直った。
「ま、まあ、バクラが可愛いから心配って話だよ」
「はあ!?」
「……気をつけて、行ってくるんだよぉ。オレたちは、お前が、本当に大切なんだからねぇ」
 ナムが誤魔化してまとめた言葉にはバクラは顔をしかめたが、しみじみとマリクが言ったことには黙り込む。いつの間にか、マリクの手もバクラの頭へと置かれ、よしよしと髪を撫でている。
 それに、バクラはますます変な顔をした。マリクからの言葉を疑ってはいないが、真に受けていいものか迷っているのだろう。相変わらず、薄情なのか謙虚なのか分からない。だから目が離せないと思っていたが、もう引き取ってから十年だ。正確な生年は不明なので、本当は一歳くらい年下だろう。拗ねた表情はもっと幼くも見えるが、ふっと笑った顔は随分と達観した大人にも見えた。
「任せとけって。また一仕事してきてやるよ」
 可愛いだけではない凶暴な血生臭さを垣間見せるバクラに、信頼は寄せているが、やはり不安と寂しさは拭えなかった。




 部下からの報告に、自然と安堵のため息が出る。
「……やっと、これで始められるのね」
 長かった、だが思っていたよりずっと早い。急ぐ羽目になったのは、極めて悔しいが箱庭の脅威を目の当りにさせられたからだ。
 身を置く組織は、何故か危機感がない者が多い。まるで設立の理念まで忘れてしまったかのようだ。トップは体調面の不安から実務が制限されている分、周りが率先して支えなければならない。だが本来は次期後継者と目されていたはずの人物からして、あの箱庭に懐柔、あるいは洗脳されている。
「そんな屈辱、あってはならないはずなのに……。」
 だからこそ、慎重にならざるをえなかった。
 外国の組織の手を借りることに、抵抗がなかったわけではない。だがこの組織内には次期後継者に同調する者が多く、本当の意味で信頼できる者が少なかったのだ。
 酔った席で口走っただけでも、真顔で窘められる。
 滅多なことを言うなという空気が、このところまた強くなった。
 気持ちは理解できないこともない。昨年の軍事衛星の威力を見れば、下手につつかない方がいいと考えたくなるのも分かる。
「……。」
 民間企業ならば、それでもいい。
 あるいはただの任侠組織ならば、怖気づいてもいい。
「……でも、私たちは違う」
 何のために創設され、存在意義と同等の意味を持つ宿願はなんだったのか。
 もっと若い頃は、よくそんな正論を吐いて上官に諌められた。次第に口にしなくなったのは、大人しくなった、あるいは現実を学んだと思われただろう。
 ある意味においては、その通りだ。弱体しきったこの組織内で、いくら大義を掲げてもまともに賛同してくれる者は少ない。
 だからこそ、慎重に。
 主流派にはばれないように、水面下で作戦を練り続けた。主要な部分は外国の組織と連携することで、より内密に事を進めることができた。
「……。」
 そして、ようやく宿願に向けた作戦が動き始める。
 振り返った壁に掲げられているのは、すべてを捧げた旗だ。
「……我が保安庁の悲願はただ一つ、海馬組の殲滅による童実野の完全併合」
 喪章を髣髴とさせる黒い布地に、大和保安庁という文字が刻まれている。
 いくら血で濡れても、これ以上黒くなることはない。
 どれだけ血を流しても宿願に向けて突き進むことに変わりはないのだという精神の証である旗は、最大の誇りだった。
 そこに、今一度忠誠を誓う。
 海馬組を叩き潰し、運河などただの水路に戻す。
 童実野は、大和の一地方に過ぎないのだ。
 見逃され続けた異端を正す大義に、今も、昔も、迷いはなかった。











■01




 六月も下旬に入れば、どんどんと気温は高くなる。寝苦しい夜になっていくはずだが、このところ快眠なのはようやく中間テストの追試から解放された喜びが大きい。
「よしっ、今日もいい朝だな!!」
 伸びをしてそう言えば、いきなり後ろからガシッと腕を回された。
「おわっ!?」
「……それで、追試が終わってよかったとまた続けるつもりか。これで何日目だ、その程度のことで爽快さが続くなど、あの程度の問題がどれだけストレスだったのだ貴様は」
 声は低く脅しているようにも聞こえるが、単に寝起きだからと知っている。組員の前では、朝の目覚めもよく、颯爽と起床しているように見せかけているが、実はかなり往生際が悪いのだ。本当に目が覚めればすぐに仕事ができるほど明瞭になるのだが、今朝はまだそこまで覚醒していないらしい。再び布団へと引きずり込み、ついでに着物の袂から差し込んでくる不埒な手を叩きながら、城之内は呆れてみせた。
「かーいーばっ、もう朝だって? 起きろよ、またメシも食わねえで会社行くつもりか?」
「……。」
 平日だが、海馬は登校する方が珍しい。せっかく進級もできてクラスメートなのだから、少しくらいは学校生活も楽しみたいと思うのだが、口にはしない。海馬組の組長を襲名することで、海馬興業の社長としての仕事がずっと疎かになっていたのだ。今はそれを取り戻すため、頑張っていることを知っている。むしろ会社に泊まりこんで没頭すればいいのにとも思うが、実行されるとこうして一緒に朝を迎えることもできなくなるので、城之内はこれも黙っておいた。
 海馬は組長になってからも、若頭のときの部屋を一応は私室としている。城之内は相変わらず離れを宛がわれており、かなり距離はあるのだが、せっせと通ってくれるのであまり不満はない。どうやらいずれ組長の部屋を移すつもりはあるようで、海馬の部屋は改築中だ。いつぞや、モクバたちの住むマンションを訪ねた際、駐車場を物珍しがって感動した城之内の迂闊な発言が発端なのだが、城之内はその事実を知らない。ただ、夜はもちろん作業などしていないのだが、どうせ雑然とした場所ならば貴様がいる方が落ち着けるという、よく分からない理屈で最近はこの離れに海馬が来てくれるのを歓迎しているだけだ。
 正直、部屋は狭いし、布団もそれほど高級ではない。肩書きでも実質的にも組長となった海馬が寝ていい部屋とは思えないのだが、御付として反論はできないし、寝入った後でも来られると嬉しいのだから仕方がない。昨夜に関して言えば、いつもよりは少し早かった。そのため繋がるまで気がつかないということもなく、最初からたっぷりと海馬によがらせられて、気恥ずかしさも残っている。
「……メシなど食わずとも、オレの優秀さにかかれば」
「それ、もっかい言ったらモクバに報告するぞ?」
「……。」
 だが、もっと漂っているのは幸せの余韻だ。こんな会話こそ、追試明けの爽快さより幾度となく繰り返している。飽きることなくまたしてしまうのは、なんとなくじゃれているようで楽しくなってしまうからだろう。昨日も散々つけてくれた鬱血痕を、また増やそうと首筋に唇を寄せられると、それだけでぞくぞくした。笑いながら牽制しなければ、海馬の心地好い手に負けて朝からまたしてしまいそうだ。
 学校の予定は特に重要なものはないので構わないが、海馬の方はとにかく忙しい。遅刻させても居たたまれないし、それでまた帰るのが遅くなるのもつらい。屋敷以外ではあまり組長として活動していないということは、城之内も御付としての出番がない。我慢させることが精一杯の責務だとでも思わないと、海馬の体温に抗えないのはいつものことだ。
「……食わないとは、言っていない。ただ、まだ時間はあるだろう」
 最大の効果を発揮するのは、海馬の弟であるモクバの名前を出すことである。この四月から『外』の中学に通っている当人は、襲名式の前後こそ学校を休んで帰ってきていたが、今はもう大和の住居に戻っている。寂しさにまだ慣れていないが、あちらには城之内の妹の静香もいるので、なんとなく上手くやっているのだろう。
 そんなモクバは、いつも兄である海馬を心配していた。頑張りすぎて、体を壊してしまうのではないか。時折人外の何かではないかと疑わしくなるような海馬なので、体調不良など到底想像できない。だが笑い飛ばすこともできず、城之内は海馬の監視は任せろと請け負ってやった。それに海馬は小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、モクバも曖昧に笑っていた。
 その理由は、今となってはよく分かる。モクバが組屋敷からいなくなってからは、口うるさく言う者が減って海馬の寝食はやたら削られている。だからこそ自分が頑張らなくてはと意気込む城之内は、肌を撫でられる快感に抗い、なんとかもう一度体を起こした。
「……貴様」
「ダメだって。そう言って始めたらお前絶対出勤ギリギリまでして、メシ食う時間なくなるし」
 さすがに学習していると伝わったのか、海馬は寝転がったままでため息をつく。反応からして、だいぶ目は覚めているのだろう。軽く袖を引っ張れば、渋々ではあるが海馬も体を起こす。そしてあぐらをかくようにして座ったところで、城之内は布団に手をついて身を乗り出した。
「おはよっ、海馬」
「……。」
「……あれ?」
 やっと起きてくれたご褒美として、チュッと音を立てて唇を合わせる。大半は、自分がしたかっただけだ。少しくらいは海馬の機嫌も直るだろうという期待もあったが、青い瞳はやや驚いたように瞠られた後、あからさまに呆れた色を乗せる。それはため息でも証明されており、首を傾げたところで城之内はぐいっと腕を引かれた。
「おあっ!? ……んんんっ!?」
「……貴様、少しは賢くなったのかと思ったが、そんなことはなかったな」
 失礼な指摘も、深く唇を合わせられると舌が痺れてまともに反論できない。しかもじゃれるような手つきではなく、組み敷いた上で着物を肌蹴させていく手は、明らかにその気になっていた。
 もう起きるつもりになっていたはずの海馬が、どうして急にそちらに方向転換したのか。
 困惑している間に、どんどんと衣服は乱されていく。初夏を感じさせる外気より、ずっと心地好い熱にさらされることを知っている体は、勝手に反応して制御できそうにない。
「なあ、海馬……お前、いきなり……んんっ……!!」
 追及しようにも、肌を撫でられると甘ったるい声が思考までさらってしまう。既に息も熱くなっていく中で、海馬はまた呆れて答えてくれた。
「朝からそんな可愛いことをされて、我慢できるはずがないだろう」
「かっ、可愛いて、だから、お前……んぁっ、んん、あ……!!」
 しばしばそう表現されるし、海馬も馬鹿にする意図ではないと知っている。
 それでも、既に高校三年生の男子なのだ。可愛いなどと言われて喜べるはずもないのに、海馬から言われると嬉しくてまた声が抑えきれず、城之内は情けなくなった。
 大好きな海馬と、また暑い夏を過ごすことになるのだろう。
 肩書きは一つ上になったが、海馬は海馬だ、本質的には変わらない。
 きっと楽しいはずだと、快楽に誘う手に翻弄されながら、城之内はまだ信じていた。




 極東に、大和という近代国家がある。他国から見て、まず真っ先に特徴として挙げられるのは、突き出た半島を運河で分断した先、半自治と名高い童実野町の存在だろう。
 帰属としては、大和で間違いない。だが警察はただの連絡係で、町内の自治は長らく海馬組という任侠集団が担ってきた。時代と共に廃れていくかと思われたが、先々代の組長がそれを危惧し、外部から技術面で有能な男を引き入れた。剛三郎という名のその男は、海馬興業を飛躍的に発展させ、技術を売ることで童実野を支える。だがいかんせん、伝統や粋というものを無視どころか弊害と考えるような性格だった。
 やがて剛三郎は先々代の組長を闇討ちし、植物状態に追いやってから自らが組長の座に就く。名実共に童実野のトップに立ったが、杯を交わすこともなく、伝統になっている和装にも袖を通さない。刀に至っては、ただのインテリア扱いで腰に差したこともないはずだ。異を唱えた者たちは童実野を追われ、あるいは粛清され、どんどんと童実野はそれまではとは違う恐怖政治で支配されていく。文化や伝統を有しない独立など、ただの私有基地にすぎない。剛三郎自身、その方がいいと考えていた節もある。ともかく、技術力で資金を得て、近代兵器で武装する。運河の先に広がるこの土地を、ちょっと広い庭くらいにしか考えていない。住民も息苦しさからまだ大和の方がマシだと次々脱出していく中、希望の光は外から舞い込んだ。
 先代剛三郎の功績として、海馬興業を軌道に乗せたことと並び称されるのは、養子として迎えた兄弟を童実野に連れてきたことだろう。もちろん、瀬人とモクバだ。二人とも外の人間、つまり運河の向こうで生まれ育ったが、瀬人の才覚が買われて剛三郎の後継者となった。見目麗しいことだけではない、特に瀬人は童実野の流儀を完璧に身につけた。当初は、融通が利かない住民たちのガス抜きとして、剛三郎も息子には和装をさせていただけだろう。だがすっかりそちらに慣れた瀬人は、やがて聡明さに磨きがかかり、剣術にも長けていく。
 まさに、童実野が望む組長像だ。
 剛三郎も最初こそ住民を懐柔できる糸口になると喜んでいたが、やがて身の危険を感じるようになる。それほどまでに、瀬人は優秀すぎた。そして剛三郎の予想より何年も早く、瀬人は反旗を翻し、剛三郎を駆逐した。
「やっべ、もうこんな時間じゃねえか……!!」
 当時、瀬人はまだ中学生だった。いくら害悪であっても、剛三郎は組長だ。それを追い出した禊が済んでいないと言い張り、海馬は若頭の座に留まる。組長の座には、何年も意識不明のままの先々代が戻ることになった。そしてその先々代がこの四月に遂に逝去したため、喪が明けた五月末に海馬は組長になったのだ。
 ちなみに、城之内もまた元々は『外』の人間だ。かなり落ち潰れてはいたが、城之内組という任侠集団の跡取りだった。だが海馬がまだ御曹司として大人しくしていた頃、実戦演習と称して剛三郎が壊滅させた。既に妻とも離婚し、追いつめられていた城之内組の組長、つまり父親は、何かあれば『海馬に行け』と息子に言い聞かせていた。それは幼い城之内にとっては魔法の言葉であり、襲撃の最中、恐怖から助けを求めて聞きつけた海馬によって救われる。
 そこから海馬は城之内を引き取り、二人目の弟のように育てた。本当の弟であるモクバは、いずれ海馬興業を担う者として勉強に明け暮れる日々で、寂しかったのもあるだろう。同い年だが、甘えたがりで、ただ愛でるだけでいい城之内を海馬は手放しで撫でる。城之内が素直に喜べたのは小学生くらいまでで、中学に上がる頃には自らが海馬に抱く想いが感謝や親愛だけではないと気づき、ばれたくない一心と後ろめたさから人並みに道は外れた。とはいえ、若頭の御付という肩書きもあり、常に帯刀が許されている身分なので子供の喧嘩の粋は出ない。本気の喧嘩になれば、誰もが城之内の後ろに海馬組を見て、尻込みをするからだ。
 いくら童実野町が海馬組と共に歩んできたとはいえ、実際に組員と接することはあまり多くない。ましてや、子供ならば尚更だ。中学時代、組とは無関係なのに友人と呼べるような者は一人しかいなかった。高校に入ってからは、やっと親友と呼べるような者もできる。やがていろいろ誤解していた妹の静香が、大和で保安庁にけしかけて城之内を奪還しようとしてきた過程で、海馬の気持ちを知ることになった。ちなみに、静香はモクバと施設時代に面識があり、互いに初恋だったらしい。保安庁に作戦を持ちかけ、それが海馬の軍事衛星で木っ端微塵に砕かれた後は、静香は保安庁との関係も断って大和で暮らしている。その同じマンションに、この四月から外の中学に通い始めたモクバも住んでいるのだ。兄としては上手くいってほしいが、互いにまだ中学生であるし、だがモクバはとてもできた子供なので信頼もできるのだが、やはり落ち着かないような、複雑な状態にある。
 それでも、叶う恋ならばそうなってほしいと城之内は思う。
 城之内自身、海馬と気持ちが通じ合うなどと微塵も期待していなかった。だがやっと抱き合えるようになり、襲名式も終わって生活は落ち着く。海馬興業が忙しいと言っても、そちらは頭を使う仕事だ。危険が遠ざかったことも気を抜かせているのだろう。結局、今朝も海馬の手を拒みきれずに、登校するのが昼前になった。
「あの野郎、マジで手加減しねえし……!!」
 途中までは走っていたのだが、腰は痛いし、変に急いでも四時間目の終わりに間に合いそうだったので、いっそ歩いて昼休みに行くことにする。海馬の方は、相変わらずギリギリで海馬興業に向かったらしい。することはしても、仕事には真面目だ。そこは素直に美徳だと思うのだが、もう少し自分の出席率にも配慮がほしいと城之内は項垂れた。
 ともかく、もう中間テストの追試は終わっているのだ。あと二週間もすれば、今度は期末テストの準備に入らなければならないことは、あまり考えたくない。それも乗り越えれば、夏休みだ。一ヶ月近く先のことに思いを馳せながら、城之内は蒸し暑い外からやっと校舎に入った。
「……あっ、城之内くん!!」
「よう遊戯、おはよう」
 そして三階の教室に向かえば、ちょうど昼食を食べ始めた頃のようだ。城之内は組屋敷で食事をしてから来ているので、自分の席に荷物を置いてから、持ってきたペットボトルだけを手に椅子を引っ張る。
 真っ先に挨拶してくれたのは、高校に入ってからの親友である遊戯だ。体格は小さいが、とても勇気があり、なにより優しい。実は親戚もこのクラスに在籍しているが、ここのところは顔を出していない。
「アンタ、もうおはようなんて時間じゃないでしょ。てっきり休みかと思ってたわ」
 持ってきた椅子にドガッと腰を下ろし、ペットボトルの蓋を開けていると、紅一点の杏子が呆れたように言う。遊戯も、杏子も、海馬組とは直接の関係はない。だが童実野に生まれ育っているので、比較的城之内の肩書きにも抵抗はなかった。普通の友人として接してくれるのが有り難い。こちらも普通の友人のように反論しようとしたが、その前に別の声が妙に納得した声を出した。
「ああ、そっか。そういえば昨日で大きな案件が一つ片付いたから、海馬くんも出勤前に余裕があったんだね」
 そう言ったのは、外からの転入組である御伽だ。海馬興業と契約しており、通勤のために仕方なく移り住んできた。完全な技術畑の人間で、大和ではめっきり減った任侠集団を最初はもちろん遠巻きにしていた。だがやはり高校生でありながら、童実野に単身で引っ越してくるような男なのだ。しばらく観察して、友人として接することに問題がないと判断してからは、極めて普通である。いっそ、遊戯や杏子より海馬組のことを変に考慮しない。おかげで組長である海馬のこともそんな呼び方だが、これは遊戯のものが移っただけだろうし、会社ではちゃんと社長と呼ぶようなので問題はないのだろう。
 あるとすれば、言及された方だ。海馬興業の仕事が一段落ついたという話はいい。だがそれが、どうして城之内の遅刻に結びつくのか。思わず追及しかけるが、それより早くまた別の納得がされる。
「なるほど〜、だから今日はまだキスマークが生々しいんだね〜」
「へ?……おぅわっ!? いやっ、あの、これは、だからその!?」
 妙に間延びしてにこやかに指摘してくるのは、御伽よりも更に変り種の獏良だ。童実野の出身ではなく、海馬興業との関係もないのに、一人で移住してきた。どういう経緯があったのか、誰も聞いたことはない。ニコニコとして穏やかだが、いまいち掴みきれず、尋ねにくい。四月に一つだけ胡散臭い繋がりは判明しているが、それは大和での偶然であり、童実野への引っ越しとは無関係だったようだ。
 きっと、噂で聞いた童実野が面白そうだったからだとか、その程度の理由なのだろう。だが実際に獏良は楽しそうにしているし、今も実にあっさりとキスマークを示されて、城之内はひどく慌ててしまった。
「言い訳しないでいいわよ、今更じゃない」
「いやっ、でも、その……!?」
「そうだよ、城之内くんは海馬くんと上手くいってるときの方が幸せそうでボクたちも嬉しいし」
「ゆ、遊戯っ、それは……!?」
「海馬興業の社員として言わせてもらえれば、城之内くんとの時間がちゃんと取れてる方が、社長の機嫌もよくて安心なんだよね」
「おっ、オレは別にあいつのご機嫌とりでやってるワケじゃ……!?」
「……幸せそうで、ほんと、いいよなあ」
 杏子に始まり、遊戯や御伽は、程度の差はあっても城之内についてからかっていたようなものだ。だが深いため息と共にしみじみとぼやいた友人は、明らかに種類が違う。
 そういえば、今日はやけに大人しい。今更のように、最も付き合いの長い友人、どちらかと言えば悪友という表現が似合う本田に視線を向けると、分かりやすく憂鬱そうだった。チラリと視線を他の友人たちに向けてみるが、皆首を傾げている。誰もがおかしいとは思っていたのだろうが、誰も尋ねられなかったのだろう。
「……なあ、本田」
「ああ?」
 中学時代は共に道を外れはしたものの、海馬組とも関係はなく、平々凡々な男子生徒。
 そんな思い込みは、この二ヶ月で完全に覆されている。
 本田の家は、海馬組と因縁がありすぎた。なにしろ、父親は元狙撃手で、先々代と、当代の組長、どちらもを暗殺未遂をした前科持ちだ。それでも本田の家族が童実野で暮らせているのは、温情からに他ならない。本田の父親は先々代の組長に非常な恩義を感じており、先代である剛三郎の脅威をいち早く察し、駆逐する口実になろうとして敢えて暗殺『未遂』を起こした。二度目の被害者である海馬はまだ若頭だった時期だが、そのことに気がついていた。だが容疑者として身柄の拘束という名の保護をする前に、剛三郎の手によって殺されてしまう。本田の父親も、覚悟の上だった。だからこそ息子に書き置きを残したが、それがすぐには読めない状態だったため、様々な方面に憶測を呼んで挙句の果てには海馬の暗殺まで依頼をされる。
 だが当人にしてみれば、ライフルすら持ったこともないのに見ず知らずの企業から暗殺を頼まれることより、それを阻止するために派遣された『大物落とし』の方がよほど衝撃的だっただろう。いくら向こうは任務だと分かっていても、生真面目な本田が惚れていない相手を抱けるはずもない。ましてや、男なのだ。海馬の襲名式とお披露目会が終わり、任務終了とばかりにさっさと帰国した厄介者を、本田はいまだに忘れられないらしい。城之内はかつてその恐ろしさを講義されたことと、接した際の態度から、いまだに手放しで認めることはできない。むしろ、本田も早く目を覚ました方がいいとは思っている。それでも、本田は無理だと言うし、いずれまた会いたいと願っているようだ。その方法としては、相手の仕事の窓口であり、また本田自身も軍事キャンプに参加して伝手があるグールズを介するしかない。
 五月の末に一度連絡しているはずだが、良くない返答でもきたのだろうか。
 やや落ち込んでいるようにも見える本田に、城之内は緊張しつつ尋ねる。
「中東から、連絡でもあったのか?」
「ねえけど?」
「……紛らわしいんだよっ、お前!!」
 最初に連絡をしたときは、グールズの総帥が出て、『今は忙しいからまたねアハハハハッ』と電話を切られたらしい。世話になりたいという希望は保留にされて、それっきりのようだ。
 その返事が遂に来たのかと勘繰ったのに、本田は不思議そうに首を傾げている。
 城之内としては、あの大物落としはやめた方がいいとは思っている。
 それでいて、友人には幸せにもなってほしいのだ。
 複雑な思いを抑えてまで、結果を尋ねようと意気込んだのに、全く関係ないらしい。周りもやや呆れたような、安堵したような様子を見せているので、勘繰りはほぼ同じだったのだろう。
「どうしたんだよ、城之内? そんなに声荒げて」
 しかも、当人は全く分かっていないようだ。もしかすると、あからさまに気落ちしていることもばれていないつもりだったのかもしれない。不意に悪友の鈍感さを思い出し、城之内は念のため指摘してみる。
「あいつのことじゃねえんなら、お前、何に悩んでんだよ」
「……いや、悩んでるっていうか、まあ、全然別件だけど、ちょっとな」
 驚いた顔をしたので、やはり隠せていると思っていたようだ。それには呆れるが、本田は意外にも誤魔化さずに認める。
 そのことは、城之内も少しおやと思った。虚勢を張りがちな本田は、大抵のことはなんでもないと強がる。だが相談するのが情けないと思っていない場合と、相談しないと他に迷惑がかかるかもしれないと考えた場合、本田は意外と素直に胸の内を吐露する。
 今は、後者のように見えた。できれば知られたくはないが、ばれているならばさっさと白状する。そこには、いずれ誰かに相談するつもりだったという意志が垣間見える。要するに、本田だけでは全く答えが出せないことなのだろう。
「何かあったのか?」
「あったっていうか……いや、でも、あー……えーと……。」
 促してみると、本田はまた迷い始める。相談するつもりがあったのならば、今更躊躇うことはない。この態度から考えれば、相手のあることなのかもしれない。それをどこまでぼかして、説明するか。そんな困惑を見せる本田に、もうしばらく待とうと城之内がペットボトルに口をつけたとき、本田の後ろからすっと手が伸びてきた。
「……!?」
「ったく、こんな手紙もらったくれえで悩んでんじゃねえよ、てめーも」
「いやだって悩むだろ、オレ、ラブレターなんかもらったの初めて、で……!?」
 本田は椅子を後ろに向け、弁当を広げていた。つまり今は背中側にある本田の机に横から腰掛け、おそらくカバンを漁ったと思われる手紙が突きつけられる。
 向かい合う格好になる城之内は、ペットボトルのお茶を噴きかけた。もちろん、遊戯や杏子、御伽も目を丸くしている。獏良だけは、相変わらず笑顔だ。本田は最初に目に入ったのが後ろから差し出された手紙だったので、普通に答えかけて、その声が誰だか気づいたらしい。
「しっかし、いまどき古風だよな!! なになに……『本田先輩へ』てことは、下級生からか?」
 面識がない場合、今も昔も手紙でまずは接触を図るというのは自然だろう。物珍しそうに封筒を眺め、宛名を読んでから中を開けようとする。どうやら差出人の情報は、封筒にはなかったらしい。だがさすがに中の文面まで読むのはどうなのかと、至極真っ当な指摘を城之内がしなかったのは、ガタッと椅子を鳴らして本田が立ち上がったからだ。
「……バ、バクラ!!」
「よう、久しぶりだな」
 いやそうでもねえかと軽く挨拶をしているのは、五月末に任務を終えて中東に帰ったはずのバクラだ。海馬の暗殺を依頼されていた本田を、性的に落とし、寝返らせた功労者でもある。本田はすっかり骨抜きにされていたが、バクラは仕事で寝た相手とはたとえプライベートでももうそういうことはしたくないらしい。除籍手続きが取られていないので、まだクラスメートらしいとは海馬から聞いていた。だが待つだけで会えるというのは望みが薄いだろうと城之内は思っていたし、本田は全く考えていなかったからこそ自分が中東に行く算段を整えていたはずだ。
 それが、どうして一ヶ月もしないうちに現れたのか。
 城之内は不穏な空気しか感じ取らないが、恋に浮かれた本田にはそんな嗅覚は働かないらしい。
「あの作戦の後、てめー、ナムに電話したんだってな?」
「あ、ああ……!?」
「……なのに、こんな恋文で悩んでんのか」
 城之内たちはもちろん、本田も知らないことであるが、バクラが電話の件を知ったのはほんの数時間前だ。ナムやマリクといったグールズ側からの情報ではない。本田が電話をかけたとき、その場にいた城之内以外の者から教えられた。
 だが知ってから数時間だと、本田たちが知る由はない。三週間も連絡がなかったことを考えれば、色好い返事は期待できない。
 部外者の城之内ですら、そう思った。本田は尚更だろう。だがそんなことは想像だにしていなかったらしいバクラは、本田が手を伸ばしたのは指先でこれ見よがしにひらひらさせていた封書だと信じて疑っていなかったようだ。
「バクラ!!」
「あんだよ、そんなにこの手紙が……おわっ!?」
 本田の意識に、手紙がまだあったのかは怪しいところだ。
 二度と会えないかもしれないと覚悟していた相手に、こうして遭遇したのだ。本田でなくとも、必死になるだろう。だからといって、さすがに机から突き落とすようにして床に押し倒すのは、やりすぎだ。
「おいっ、大丈夫か!?」
「バクラくんっ、本田くんも!?」
「二人ともっ、怪我は!?」
「凄い音したけどっ、アンタたち平気!?」
「情熱的だね〜、本田くんて〜」
 のん気なことを言っているのは、獏良くらいである。城之内からは、振り返った本田が自分の机ごとバクラを床へと落としたように見えた。当然前の席には椅子があったし、机は派手な音を立てて倒れる。前の席の生徒は食堂に行っていていなかったことことだけは幸いだったが、相当強く打ち付けていてもおかしくない状況で、最初に声を上げたのは本田だ。
「バクラッ、オレ、お前のことが好きなんだ!!」
「……いや、確かにそれ言いたくてグールズに電話したことも知ってるけどよ」
「……本田くん、まず先にそれなんだ」
「……男としての前に、人として僕はどうかと思うよ」
「……これって、情熱的って好意的な解釈でいいのかしら」
「二ヶ月前を思うと〜、本田くんはすっかりほだされちゃったんだね〜」
 獏良の弁には、思わず頷きそうになった。約二ヶ月前、初めてバクラがこの教室に現れたとき、標的である本田を身長で気に入ったと適当にあしらっていきなり床に落とした。あの時点で、本田はある意味においてもう落ちていたのだろう。その仕返しをしたわけではないのだろうが、あまりに危険すぎる。ただ、本田の性格を思えば人前で告白などできるはずもなく、まさにこれが最後の機会とばかりに視野が狭くなっていると察すれば、城之内も自然と緊張してきた。
 本田からの熱烈な告白に、バクラはどう返すのだろう。適当にあしらうのか、それとも『一度仕事で寝た相手とはもう無理』という信念をまた告げるのか。他のクラスメートたちも騒動に気がつき、自然と注目が集まっていく中で、ようやく床から声がする。
「……うるせえよ、バカ。んなこと言うために、なんで突き落とさなきゃなんねえんだ」
 予想はしていたが、バクラの声はかなり低く不機嫌だった。それも当然だろう、普通はまず突き落とされた痛みに文句が出る。本当に怪我をしなかったのかと、やや心配になって城之内は覗き込んでみるが、前の席の椅子は獏良が引いて避けてくれたようだ。倒れた机に膝がかかるようにして投げ出されているが、その向こうの床に仰向けになったバクラには、頭と腰の辺りに本田の手が回っている。
 派手な音こそしたものの、床に直接落下するようなことはなかったらしい。それでも怒るのは当たり前だが、必死になりすぎた本田にはいまいち理解できていない。
「悪い、突き落とすつもりじゃなかった。ただ、お前がいつまでここにいるか分かんねえし、どうしても言わなきゃって焦っちまって」
「だから、焦って言うほどのことじゃ……。」
「バクラ、お前のことやっぱり好きなんだ」
「……。」
 淡々と謝るが、すぐにまた告白を繰り返す。さすがのバクラも、本田がかなり視野が狭くなっていることには気がついたらしい。倒れた机に掛かっている足を片方振り上げると、無言のままいきなり本田の腹を蹴った。
「うぐっ……!?」
「取り敢えず、どけ。こんな格好で話す気はねえ」
 ようやく本田の手が離れ、一度床に背中をつけてから、バクラはようやく立ち上がる。埃を払っている服は、制服ではない。机を起こす横顔もどこか不機嫌そうで、城之内は内心で本田にご愁傷様と告げた。当の本田は、腹を蹴られた勢いが結構強かったらしい。しばらく痛みに悶えていたが、やがてバクラが机に座り直したところで、ハッと顔を上げた。
「あっ、あの、バクラ、それで……!?」
「……好きだから、なんだってんだよ」
「……!!」
 不機嫌そうに言うバクラには、脈があるようには思えない。息を飲んだ本田もそう感じたはずだが、机へと片手を置き、やや下から顔を覗き込むようにして答える。
「好きだから……恋人として、付き合ってください」
「……。」
 城之内だけでなく、遊戯たちもみな固唾を飲んで見守る。本田の勇気は、まさに玉砕精神だ。勝算があるわけでも、バクラの怪訝そうな表情から何も読み取れないわけでもないのだろう。
 ただ、告げることすら、あのときはできなかった。
 その後悔だけで口にしたと思われる本田に、しばらく黙っていたバクラは、やがて大きくため息をついた。
「……ダメだ」
「そっ……そう、だよ、な……。」
「今、オレサマは任務中だ。身の振り方に関わるようなことは、返答できねえよ」
 あっさりと拒絶を口にしたとき、本田は泣きそうになったが、精一杯の虚勢で頷く。そんな本田に気がついたのかは分からないが、バクラはその理由を説明した。
「……え?」
「つか、任務でもねえのに、オレサマがふらふらと運河渡れるはずがねえだろ。もうちょっと考えてそういうことは言え」
「あ、ああ、悪い……!?」
 面食らったのは、城之内たちも同じだ。言われてみればその通りで、バクラはいろんな意味で目立ってしまう。任務でもなければ足を踏み入れることは出来ないと、当人は思っているのかもしれない。だが童実野高校に籍はあるのだし、生徒として登校すると言い張れば何の問題もないだろう。そこに言及しないというか、すっかり意識にもなさそうなバクラは、私服であることを考えてもまだ籍があることを知らないのかもしれない。
 ただ、戸惑ったのはその点だけではない。むしろ、任務中だから答えられないというのは、かなりの好感触に聞こえてしまう。どのみち断るのであれば、任務中であってもそう言えばいい。今のバクラは本田とは何の関係もないのだし、拒否しても身の振り方など何も変わらない。
 だからこそ、本田はますます動揺した。だが期待しすぎるなと自制をする。おかげで相当変な表情になったところで、バクラがふと本田の肩へと手を置いた。
「バクラ……?」
「だから、この任務が終わるまで待て。……終わってから、それでもまだてめーが同じセリフ吐けるなら、そのときは、オレサマもちゃんと考えて答えてやるよ」
 わざとらしく笑ってみせたつもりかもしれないが、バクラは本当に嬉しそうにも見えた。ただ、大物落としの偉業を思えば、これすらそういう手なのかもしれない。警戒する城之内に対し、間近から見つめられてそうはにかまれた本田は、すっかり惚けている。半ば承諾と受け取ってしまったのだろう。ぬか喜びすぎると城之内は思うが、だからといって一概に否定もできない。今更バクラが本田を弄ぶ理由が、思いつかなかったからだ。一つだけ考えられるとすれば、まさに『任務』だろう。だがこれは尋ねても詳細は教えてくれないだろうし、正解だった場合は平然と否定されるに違いない。
 どちらにしても、任務とやらが終わるまで待つしかない。曖昧であっても、拒絶だけはしなかったのだ。気を持たせる態度はずるいと思うが、当の本田は希望を持たされた気分らしい。
「なあ、バクラ……その、任務って……。」
 いつ終わるのか。本田も答えてもらえるとは考えていなかったかもしれない。だが思わずそう尋ねたとき、軽快な着信音が城之内のすぐそばから鳴り響く。
「おわっ!? ……海馬?」
 悪友の甘酸っぱい空気を邪魔したことは申し訳ないが、表示された名前には思わず呟く。
 海馬が電話をかけてくるのは、よほどのことがあった場合だ。急な事態で、海馬が動けるならば直接学校に出向く。そうでないなら、電話をかけて呼び出すか、迎えをやったことを告げる。
「も、もしもし?」
 やや緊張して出れば、朝もたっぷりと聞かされた海馬の声が耳に届く。だが随分と硬く、険しい。内容を聞くうちに、つられて城之内の表情も固くなっていく。
 やがて通話を終えた城之内は、あまり分からないようにそっと息をつく。
 動揺してはいけないと自制したが、無理そうだ。最初は遊戯を見たが、このタイミングを思えば伝えるべきはよりこちらだろうと思い、バクラへと視線を向ける。
「どうしたよ、バカ犬? 組長サマからなんか言われたのか?」
 過去の戦績から、バクラもまた海馬に警戒されている。勝手に学校に乗り込んで怒っているのかと想像したのだろうが、事態は全く別の方向だ。
 今度は隠しきれずに一度深呼吸をしてから、城之内はやっと口を開いた。
「……ユーギが、撃たれた」
「……。」
 六月に入ってから全く登校していないクラスメートの名が出て、息を飲んだのは遊戯や杏子だ。だが、バクラはそのこと自体には驚いた様子はない。それだけで、今の任務の雇い主も分かったようなものだ。
 ただ、撃たれたという情報には眉を潜める。無言のまま机からおり、教室を出て行くバクラに城之内も続いた。少し迷ったようだったが、本田はついてくる。遊戯も足は向かいかけたが、連絡はするからと城之内が押し留めた。
 状況は、まだよく分からない。
 だが硬すぎた海馬の声に嫌な予感ばかりが渦巻く中、逸る足を抑えながらもユーギが運ばれたという海馬興業の本社ビルへと向かった。










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とりあえず、ここまでです。
任侠ものです。
バクラさんの設定がいつも以上に特殊なのは、仕様です・・・

ロボっぽい何か