893シリーズの大元になったサイト用SSの再UPです。

■D&D










「……テメェッ、いい加減にしやがれ!!」
「きゃあっ!?」
 真夏も過ぎた昼下がり、まだ明るい繁華街の裏手でそんな怒声と小さな悲鳴があがる。
 夜には風俗街へと一転するその裏通りの一画は、特に童実野町のホテル街とも呼ばれている。密集しているのはもちろんビジネスホテルなどではなく、宿泊と休憩の金額が堂々と提示されているような類で、その中でも一際安っぽい建物の前でのことだった。
「人がちょっと遅刻してる間に、なにしてんだよ!?」
「あ、あの……!?」
 まだ日も高いこともあり夜に比べれば人通りは少ないこの一帯ではあるが、それでも人目を忍ぶ建物の入り口で上がる喧騒に、夜型の生活から目を覚ました従業員などがやや興味深そうな視線を向けていた。
 建物は裏通りの入り口で、最も目立つ場所にあるものの一つである。
 車での来訪を想定していない繁華街裏のその建物の前で、一人の女と二人の男がちょっとした口論になっていた。
「お前、ほんっと、何度言えば分かるんだよ……!!」
「えっ、ええっ……!?」
 ホテルの前でたむろしていた一組の男女がいざ建物の中へと入ろうとした途端、表通りからやってきた少年が全力疾走で割って入ったのである。
 後から来た男は緑の派手なジャンパーを羽織っており、そこに昇り龍とは違うものの西洋風の竜がデザインされていることからも、決して素行がいいわけではないことは明らかである。金色に染まった髪は昼間の日差しを浴びてキラキラと光っているが、あどけなくも見える少年の腰には刀のようなものが提げられており堅気ではないことを物語ってもいた。
 一方その少年に絡まれた形になる男女の方は、女性は至って平凡である。見ようによっては美人でもあるその女性は、髪も茶色く、真夏すぎという季節柄多少の露出は高いが、決して風俗を生業にしているようには見えない。むしろ時期的に夏休みであることもあり、少し派手めの大学生といった程度の外見であった。
 だが、その女性が連れている男の方はと言えば、決して堅気には見えないが、かといって彼を知らない者がどの方面での玄人かを言い当てるのは難しい風貌だった。秀麗な容姿ではあるものの、そこに女性をエスコートするような優しさは微塵も垣間見ることは出来ない。むしろ、昇り龍をあしらったシャツ、腰に提げたモデルガンとは思えない拳銃を見ればそちらの方々かとも思われるが、いっそ高貴な雰囲気さえ漂わせるその風格が一概にチンピラといった言葉を当て嵌めさせてくれないのだ。
 よって、この三人の男女を遠巻きに眺めていた者のうちの半分は、きっと緑色のジャンパーの少年がこの女性の彼氏で、浮気癖のある彼女を詰っているのだろうと思っていた。だが、
「おいっ、ネーチャンいくらだ!?」
「えっ……!?」
「いくらで話がついたんだってきいてんだよ!!」
 少年が食ってかかるようにしたのは女性に対してであり、見ていた者の半分は首を傾げてしまっていた。
 それは要するに、見物人の残りの半分はまたかと納得しているということで、実はこんな光景もこの一画ではさして珍しくはないということだった。
「い、一万円、で……!!」
「一万?」
 少年の剣幕に面食らいつつも女性が返した提示はそんな金額で、少年の顔は更に険しくなっていた。恐らく笑っていればそこそこ可愛いあどけなさも残る少年なのだろうが、そうして凄まれると身を竦めるには充分な迫力があり、一般的な意味合いで恐い目になど遭ったことがなかったその女性は既に顔が引き攣っている。
 だがそんな女性にはお構いなしに、少年は男の方へと向き直ると、いきなりズボンのポケットへと手を突っ込んでいた。
「テメェ、財布は……!!」
「持っておらん」
「なんでだよ!?」
 上に着ているシャツは一見してポケットはなく、またカバンの類も持っていない男のズボンの後ろのポケットに手を突っ込んで財布を探していた少年に、初めて男が平然として答える。それに少年はまた至近距離で男を睨み上げながら、今度は前のポケットにまで手を入れて探していた。
「……あっ、あるじゃねえか、ピッタリ一万!!」
「えっ、あ……!?」
 すると、男の白いズボンの前ポケットに、折り畳まれた一万円札を発見して少年は嬉しそうな歓声をあげていた。それに後ろで少し驚いている女性へとくるりと振り返った少年は、ニッコリと笑ってそのお札を女性へと渡していた。
「ほらっ、報酬の一万円」
「ええっ……!?」
 取っときな?、と押し付けられて混乱している女性に、もう少年は用は済んだとばかりに男の手首をつかんで移動しようとしている。だが突然の展開に呆気に取られていた女性は、ハッと気がついて慌てて声をかけていた。
「あっ、あの……!?」
 この女性からしても、一緒にホテルに入るはずだった男はもうそんな気はないということは分かっていた。だがあまりに唐突で面食らっていた女性が思わずそう声をかけて引き止めれば、先ほどはニッコリと笑みを見せてくれていた少年がそのままの表情で振り返っていた。
「……ネーチャン、なんもしねえで一万手に入ったらそれで充分だろ?」
「えっ……!?」
「ラッキーて思っとけよ?……俺が、キレねえうちにな」
 少年の顔は笑顔のままであったが、声は妙に低く女性を震え上がらせるには充分な凄みを持っていた。なので、それはもう恐くてその場に立ち竦んだまま何度も首を縦に振っている女性に、少年は『もうコイツに関わるんじゃねえぞ?』と言い残してさっさと立ち去ろうとする。
 だが、意外にも少年を止めたのは、腕を取られても歩き出そうとしない男の方だった。それに気がつき、まさかまだこの女性とヤる気なのかと振り返った少年に、男は淡々と告げていた。
「傘」
「……ったく、それくれぇ自分で拾ってくだせえよ、若頭」
 すると、少年に腕を取られた際に男の持っていた番傘が道路に転がったことを指摘した男に、少年は分かりやすいほど慇懃無礼にそうぼやく。だが腰を屈めて傘を拾う様子もない男に軽くため息をついた少年は、そのまま片手に傘を、もう一方の手に男の腕を掴んでこの裏通りから立ち去っていた。

 残された女性は一万円を手にしたまま呆然とその後ろ姿を見送ったが、あの少年から男に対する呼びかけは決して堅気のものには聞こえず、もしかして逆に自分は助かったのだろうかと思ってしまう。そうだとすると、少し勘違いをしているらしい少年に渡された一万円札が、たとえ自分からあの男に直前に渡していたものであったとしても、確かに得をしたのかもしれないと思いながら残暑の陽炎のような後ろ姿を眺めてしまっていた。









 その女性はこの町の出身ではなく、たまたま近くの町に寄る用事があった際に時間が空いてのことだったので知る由もなかったのだが、実は彼女がホテルに入ろうとしていた男は町ではかなり有名な人物だった。
 この町、童実野町には古くから仕切っている一家があり、そこの若き当主と目される海馬瀬人というのが男の名である。一家と言えばまだ響きがいいのかもしれないが、要するに裏家業の集団であり、必ずしも血縁で続く一族というわけではない。ここでは警察よりも法律よりもその一家の掟がすべてであり、よって銃や刀を堂々と携帯していても、名目上は『オモチャです』で通っているのだった。
 若き当主とは言ってもまだ先々代が病床で臥せっているだけなので、儀式的に襲名をしているわけではなく地位としては『若頭』というものに海馬はとどまっている。よって、海馬の肩書きとしては、表向きの企業法人である海馬興業の代表取締役というものの方が通りはよかった。
「ったく、毎度毎度手間かけさせやがって……!!」
 そして、その海馬が昼間から見知らぬ女性とホテルに入ろうとしていたところを寸手で引きとめたのが、緑のジャンパーを着た少年、城之内克也だった。
 元々は因縁のある別の組の跡取りだったのだが、城之内の父親の代に組が解散したため、紆余曲折を経て城之内は海馬組へと引き取られたのである。生まれ年は違うものの、早生まれの城之内と同い年であった海馬のお付きに任命され、半ば幼馴染のように一緒に育ってきたのだった。
 仮にも坊ちゃんと元敵対していた組の忘れ形見ということになる二人なのだが、幼い頃はいろいろ引っ込み思案であったり周囲に馴染めなかったりした城之内を、海馬の方がフォローしてやって面倒を見ていた。だがそれも小学生くらいまでのことで、地元の中学に上がり、更には高校にまでなった頃には、城之内は文字通り海馬のお目付け役になっていたのだった。
「なんでテメェはっ、大人しく待っとけねえんだよ!?」
 幼かった頃、親も後ろ盾もなくして途方に暮れていた城之内に、青い目で透き通るような白い肌の華奢な少年はとても優しい存在に見えていた。海馬組に引き取られて急に変わった環境に戸惑う中で、海馬は言葉数は少なかったがいつも城之内の味方になってくれ、城之内は本当に信頼を寄せていたのである。城之内と違い随分と賢い海馬であったが、だからこそ城之内が言い出せないようなことも汲んで城之内を助けてくれていた。
 だが、そうして絶対の信頼を寄せていたはずの海馬が、ひどく遠い存在になってしまっていることをもう城之内は知っていた。
「待たせた貴様が悪い」
「待たせたって、十分も経ってねえだろうが!?」
 あのオネーチャンとどんだけハイスピードでヤる気だったんだ!?、と叫んでいる城之内に、腕を引っ張られる格好になっている海馬は、薄く笑みを浮かべるだけでそれに答えることはなかった。
 取り敢えずホテル街のある裏通りから、表の繁華街を抜け、更に駅前の公園も抜けて城之内は川へと出ていた。線路が通っている橋の下には水位だかの管理事務所があったのだが、今ではその機能施設はもっと上流に移転し、置いていかれた建物だけがまるでバラックのようになっている。冬場ならばそこには家のない人々が入り込んでいる可能性もあったが、台風などで増水すればあっという間に床上浸水してしまう夏場には案の定誰もおらず、立て付けの悪いドアを開けて中を確認した城之内はようやくそこで足を止めて振り返っていた。
「……ったく、なんでテメェの下半身はたった数分が待てねえんだよ」
「……。」
 本来若頭である海馬に対し、下っ端もいいところの城之内がこんなふうに話しかけていいはずはない。だがそれは昔からということと、海馬自身が黙認しているので、城之内がわざわざ丁寧に話すというのは先ほどのように嫌味を言うときくらいしかなかった。
 久しぶりにやってきたこの建物は、夜は若者のたまり場にでもなっているのか、ゴミが散乱し落書きも増えていた。埃っぽい室内は冷房設備などあるはずもないのでかなり蒸し暑かったが、取り敢えず生ゴミはないようで腐敗臭がしていないことだけが唯一の救いだった。城之内はそんな室内に足を進め、窓からも遠い場所に置かれている壊れかけのソファーの埃を手で払うと、そこに海馬を勧めていた。
「ほら、ここ座れよ」
「……。」
 決してキレイとは言いがたい場所ではあるが、海馬は素直にそのソフアーへと腰を下ろす。だがその態度は城之内の言葉には従っていても従順という様子には程遠く、むしろ威厳さえ感じさせながら海馬は視線を上げてきていた。
「……何故遅れた?」
「え……。」
 そして、ゆったりとソファーの背もたれに背をつけながらそう尋ねた海馬に、城之内は一瞬面食らってしまう。軟派な服に身を包んでいても、埃まみれで壊れかけのソファーに座っていても、まるで高級な玉座にでも座っているような気がしてくることに城之内は戸惑ったのだが、その原因は嫌になるほど自覚できている。
 なので、それを悟らせないためにも殊更ため息をついてみせた城之内は、両手を腰に当てて海馬の前に立ち、無駄だと分かっていても見下ろしながら呆れたように口を開いてやっていた。
「あのな、そもそも俺補習だって言っただろうが?。テストはできるまで帰してくれねえから、遅れるかもとも言っといたよな?」
 自分の成績の悪さをひけらかすのもどうかと思うが、それは事実なので仕方がない。そもそも城之内は夏休み前の期末テストが見事に赤点だらけで、せっかくの長期休暇もたくさんの補習が入っていたのである。日程をもらった時点でそれはコピーをして海馬へも渡してあるのだが、もちろん補習などない海馬は表向きの会社で大人しく仕事をしていればいいものを、城之内が補習のある日を狙って不規則な休みを取っては街中に呼び出すのだ。
 本日もこの夏休み何回目かのそんなケースで、前日の夜にいきなり待ち合わせを告げられ、城之内は最悪でもこの時間までには補習も終わっているだろうという時間を指定しておいたのだった。だが、昼食休みを挟んですぐに確認テストをしてもらったにも関わらず、なかなか全問回答に至らず、城之内は学校から帰れなくなってしまったのである。教科書を見てもいいと言われても、刻一刻と迫るタイムリミットに気は逸るばかりで全く正解に辿り着けない城之内に補習の講師も諦め、残りは明日でいいという言葉で見逃してもらって駆けつけたのだった。
「……貴様、凡骨だとは思っていたが、まさかそれほどとはな」
「うっせえ、だから高校は入れたのも奇跡だって言ってんだろうが!?」
 テメェとは出来が違うんだよ!!、と叫んでいても、城之内には解せないことはいくつもあった。
 城之内が通っている童実野高校は、公立ではあるがレベルとして高くも低くもないといった程度である。どうせ中卒でも海馬興業の平社員としての肩書きは約束されているので進学はあまり考えていなかったのだが、二年ほど前、突然海馬が童実野高校に入ると言い出したときはひどく驚いたものだった。
『な、なんで童実野高校なんだ!?』
『近いし融通も利く』
『け、けど、お前ならもっといいトコでも……!!』
 そもそも学力だけならば有名私立の小学校や中学校に通っていてもおかしくない海馬が、地元の公立に通っていたのは口にしたばかりの理由と同じだったのだろう。童実野町にある限りは海馬組の影響力は絶大であるし、なにより地理的に海馬興業の社長業の兼任がしやすくなる。
 だがそれも、せいぜい中学までの話で、高校では普通に学力に見合ったところに進むのだろうと城之内は勝手に思っていたのだ。そうなると町外どころではなく遠いところに通うのだろうし、幼い頃言いつけられたお目付けという役目も御免になるのだろうと城之内は漠然と考えていた。だが高校進学の話が出て、初めて海馬から聞かされた志望校の名前に、城之内はひどく動揺していた。
『この稼業で学歴がなんのメリットになる?』
『い、いやまあ、そうなんだけど……!!』
『必要なものならば、俺はとっくに手に入れている』
 そうあっさりと言いきった海馬が、実は小学校のときから長期休暇ごとに海外に渡り、そちらで学位を既に習得していることは城之内はこのときまだ知らなかった。どうやらそれに関しては、学歴というより勉強そのものに興味があったようで、今にして思えばつくづくこの稼業に似合わない男だと思うこともできる。だがこのときの城之内は、ただひたすら動揺するだけで、それこそ邸宅から自転車で五分の距離にある高校を海馬が志望していた事実に言いたい言葉が言えずに躊躇うばかりだった。
『……もちろん、貴様も来るのだろうな?』
『えっ……!?』
 だが、城之内が言い出せなかったことを、海馬はあっさりと尋ねていた。標準レベルの高校ということは、城之内にとってはかなりのハイレベルということである。しかも中学三年生の夏になってからの確認ということで、すぐに頷けなかった城之内は思わずうつむいてしまっていた。
『で、でも俺、高校行く気なかったし。勉強とか、全然してねえから、たぶん受からねえと……。』
『なんだと……?』
『だ、だって仕方ねえだろ!?』
 すると、海馬の様子が一気に慳貪になったので、城之内はうっかりいらないことまで言いそうになっていた。
 どうせお前がいないから、と。
 頭のいい海馬とは同じ高校に通えるはずもないのだから、そもそも進学などする気も起きなかったのだと言いかけた城之内は、泣き出しそうな目で海馬を見上げた後、言葉に詰まってまたうつむいていた。この頃には、組同士の抗争ではなく、町でたむろする不良グループとのケンカに明け暮れていた城之内であったので、その強さも精神的な強靭さも海馬のお付に恥じないものになっていた。だがどれだけ体力や技術が海馬を追いかけても、海馬はより先へ先へと追いつけないところに行ってしまうことを、もうこのときの城之内は知っていた。そんな苛立ちが、個人的な立ち回りに発展したりもしていたのだが、もしかすると真面目に勉強していればかろうじて行けたかもしれない高校名を前にして、ひどく後悔していたところをドガッと海馬に蹴られていた。
『痛いっての!!』
『フン、さっさと腹を括らんから悪いのだ。勉強してないならば今からしろ、最終的に合格すればいいだけの話だろう』
『か、簡単に言うけどなあ……!!』
 俺はまだ小文字のbとdも間違えるレベルなんだぞ!?、と蹴られて転がった床から涙目になって城之内は叫んでいた。子供の頃はさほど体格は変わらなかったのに、すっかり長くなった足で優雅に蹴ってくる海馬に城之内はそんな情けないことを訴えてみるが、海馬は相変わらず尊大に城之内へと命令していた。
『ならば小学生のレベルからやり直せ、最終的に合格すればいいと言っているだろう?』
『ううっ……!!』
 入試まであと何ヶ月だと思っているのだ、と城之内は言ってやりたかったが、元々進学する気もなかったので高校入試の時期も分からず批難することすらできなかった。なので、せめてもと思い恨みがましく睨んでみても、海馬の言葉が覆ることはなく、それから城之内は組員で比較的勉強ができる者に入試までの約半年間、みっちりと勉強を教え込まれたのだった。
 そうしてめでたく合格はしたものの、入学してみれば謀ったように海馬とも同じクラスで、もしかして自分の合格は組の圧力だったのではと城之内は疑っている。それは全くついていけない授業からも裏づけされているようで、ひどく情けない気持ちはあるが、留年などすれば海馬のお付もできないということでなんとか補習で免れているというのが現状だった。
「そ、それにっ、今問題にしてんのはそこじゃねえだろうが!!」
 城之内とて、好きで赤点を取ったわけでもなければ、補習に足しげく通っているわけでもない。それでも、苦手な勉強をなんとか乗り切ろうとしているのは偏に海馬のクラスメートで在り続けたいがためであり、その苦労を全く分かっていない海馬に腹立たしさを感じるのは仕方のないことだった。
 だがそれと同時に、海馬にはこんな城之内の気持ちも、理解できないのだろうということも分かっていた。それがまた悔しくて、それ以上に寂しくて、城之内は殊更声を荒げてビシッと海馬に指差していた。
「何度言わせれば気が済むんだよっ、素人女には手ぇ出すなって言ってんだろ!?」
 壊れかけのソファーでふんぞり返っている海馬に言い放ってはみたものの、海馬は相変わらずめんどくさそうな顔をするだけである。
「自分の遅刻を棚に上げて、一方的に批難をするな」
「遅刻ったって、数分じゃねえか!!。なんでそんな短時間に女口説いてんだよっ、よりによってあんな素人を!!」
 これが一時間二時間の遅刻であれば、待ち合わせを放っていなくなっていても責められることではないだろう。だが、本日に限って言えば、そもそも補習があると言っているのに外に出かけるのでついてこいと海馬が言い出し、補習の具合によっては遅れるかもしれないと城之内は予め伝えていたのである。
 それにも関わらず、たった数分の間にもう素人と寝ようとしていた海馬に、城之内が頭にくるのは当然だった。だがいくら口をすっぱくして言い聞かせても、海馬が城之内の言葉に耳を傾けた例はない。
「商売女は好かん、あのわざとらしさにげんなりする」
「でもお前のテクがありゃ娼婦だって本気で乱れ……て、そういうことじゃなくって!!。商売女でもヤバイことには変わりねえけどっ、素人はいざというときもっとタチ悪ぃて知ってんだろうが!?」
 そんな目に遭ったことないので知らんな、とふいっと顔を背ける海馬に、城之内はもうイライラして髪をかきむしってしまっていた。
 もちろん商売女はどこぞの組織からの依頼を受けているかもしれないという意味で、リスクを負う可能性はある。だが海馬ともなれば商売女なら経歴などを調べ上げるのは容易く、その可能性はぐっと確率が下がるのである。
 一方の素人は、後ろ盾がない分対立する組織に操られているという心配は減るが、その分個人的な危険は増すのである。要するに、抗争などではなく痴情のもつれが起きる可能性が高くなり、本気になった素人ほどプロの自分たちからは予測もつかない暴挙に出ることがあるのだ。特に、海馬は一見すれば見目麗しく、床上手で会社社長という肩書きまで持っている。素人であればあるほどうっかりハマッてしまう危険性があり、実際にこれまで何人か邸宅に押しかけられたこともあった。
 その際は、邸宅の表札にようやく海馬が何者であるかを知り、すごすごと引き下がってくれた女性が多かったが、今後もすべてそうなるとは楽観視出来ない。そういった意味合いから、それこそ裸の付き合いになる女性関係は充分に注意しろと城之内は口うるさく海馬に言っているのだが、海馬は城之内を鬱陶しそうに見上げるだけだった。
「とにかく!!……どーうしてもってんなら、磯野さんに身元がしっかりした商売女手配してもらえ」
「断る」
「贅沢言うなよっ、身の安全のためにはしょうがねえだろうが!?」
 そう怒鳴り声をあげていても、実際に海馬が組の者に手配を頼んだら頼んだで、城之内は心の中でそこに該当する女など見つからないことを祈るしかないので、海馬の拒絶は本当は嬉しかった。
 そもそも、ケンカばかりしていて性に関しての実践は遅かった城之内も、海馬がかなり早くから女を知っていることは薄々勘付いていた。だが、まるで置いていかれたような寂しさに複雑な心情を覚えても、もちろん城之内にどうこう言う権利はなかったのである。
 それでも、海馬が素人にまで手を出しているということは、初めてその相手が邸宅に押しかけてくるまで城之内は知らなかった。まだその相手は会社の方の仕事絡みの年上の女性であったのだが、もっと素人の、それこそ同じ年頃の女にまで手を出していたということは、その現場を目撃するまで城之内は思いもよらないことだった。
 高校二年になってすぐの頃、成績の悪さで呼び出しを食らった城之内は、海馬に先に帰れと告げて職員室に向かったのである。そしてたっぷり小言を言われ、ぐったりと疲れて戻ってきた教室で海馬が抱いていたのは、新しくクラスメートになったばかりの女子生徒だった。
「とにかく素人には手を出すなっ、それができねえなら盛んな海馬!!」
「貴様、健全な男子高校生に向かって何を無茶なことを」
 どこが健全だ!!、と返しつつも、城之内は数ヶ月前の教室でのことを今でも鮮明に思い出せる。
 アダルトビデオでしか見たことがなかった濡れ場は、二人ともが制服を着ていたことでより一層現実味をなくしていた。素行が悪そうだった女子生徒は、金に近い明るい色の髪を振り乱して喘いでいたが、城之内が目を奪われたのは上半身も露にしていたその女子生徒に対してではなかった。
 どうやら挿入する直前だったようで、既にゴムもつけて振り返った海馬は、城之内にニヤリと笑っただけで特に何も言わなかった。その時点でとっくに乱れていた女子生徒は城之内に気が付いていないようであったので、海馬の視線は『出て行け』といった類のものだったのだろう。だが、その青い目を見た瞬間、城之内の中では何かが沸騰していたのである。
 自分の中の衝動が分からないまま、城之内はただ進み、海馬ではなく女子生徒の方を突き飛ばしていた。当然女子生徒は驚いていたが、城之内の気迫に怖気づいたのか、おざなりに自分の服をつかんで教室から飛び出していた。そして教室に残された海馬と向かい合った城之内は、随分気まずい視線を感じた後、思いきって顔を上げたのだった。
「……分かった。取り敢えず俺がヌいてやっから、素人女には手ぇ出すな」
 初めてこんな事態になったときとは語調こそ違うものの、同じ内容を呟いた城之内は今この埃っぽい部屋で諦めたように床に腰を下ろしていた。そうしてソファーに座っている海馬の膝に手を置き、ゆっくりと押し広げる。
 教室で女子生徒との情事に踏み込んでしまったときは、もちろん海馬は準備万端だったので処理しなければならない状況にはあった。自分が中断させたという自覚もあった城之内は、手で抜いてやるだけでは海馬自身に処理させているのと大差ないだろうと思い、多少の後ろめたさからせめてもと口に含んで出させることにさほどの抵抗はなかった。
「約束はせんが、落とし前はつけてもらおう」
「テメェが聞き分けねえだけのクセに、偉そうだよな」
 あの四月の教室での出来事以降、城之内は海馬の火遊びを事前に止めるたびに、こうして代わりに奉仕していた。城之内はあくまで海馬の身を案じているのであるし、その苦言を聞き入れない海馬の方が本来は非があるはずである。だが海馬は邪魔されたのでその償いは当然してもらうという考えであり、また城之内はこうして海馬と女性の関係を阻止する理由が本当は自分勝手な心情からだという自覚もあるので、妙な後ろめたさでいつも手を伸ばしてしまうのだった。
 ソファーに偉そうに座っている海馬の足の間に跪き、城之内はまずはガンベルトを外しておく。そして、海馬のはいている白いズボンのベルトも迷うことなく外し、前を寛げてやってから下着の下に手を入れていた。
「うっ……。」
「どうした、俺に女への禁欲を強いるならばそれなりに貴様が発散させてくれるだろう?」
「わ、分かってるって……!!」
 だが、他の男のものをまじまじと見たことはなくとも、少なくとも自分よりはご立派な海馬のモノを取り出すと、城之内は自然と緊張して喉を鳴らしてしまっていた。それを軽く手で扱き、埃っぽい床に正座するような格好になっていた城之内は、ゆっくりと腰を上げて顔を寄せていた。
「んっ……。」
「……。」
 海馬が開いている脚の間に肘をつくようにして床から身を乗り出した城之内は、最初にいきなり口の中に咥え込んでいた。それは自分に対する覚悟のようなもので、恐々舐め始めていてはどうせ技術もない自分に海馬は満足できないだろうという配慮でもあった。
 まだ固さのない海馬のモノを口内へと導き、舌で舐め回して城之内は唾液で濡らす。そして一旦口を外し、まずは裏筋から舐め上げようとしたところで、ふと気がついていた。
「……なあ、もっと浅く腰掛けてくんねえ?」
 元々技術などあるはずもない城之内なので、少しでも海馬が感じるところに舌を這わせたいと思っている。だがソファーに深く腰掛け、背もたれに背を預けられているような状態では非常にやりづらく、到底口だけで達かせられる自信はなかった。なので、もっと喉の奥まで咥えられるようにソファーに浅く座ってくれと頼んだ城之内に対し、海馬は足で軽く城之内の太腿の裏を蹴っていた。
「口以外も使えばいいだろう?」
「……。」
「どうせ、貴様は俺のモノを咥えているだけで興奮してくるのだしな?」
 どこか愉快そうにそう言って海馬が求めてくることは、城之内にはすぐに理解できていた。
 初めてこんなことになった教室では思いは至らなかったものの、その後数日して後学のためにと改めて見てみたアダルトビデオで、城之内は気がついたのである。
 教室で城之内が口を使って海馬のモノを慰めたのは、当然ながら自らは女性ではないからである。よって、入れるところがないので口で、と思っていたのだが、男でも無理をすればできなくはないことに気がついたのだ。もちろんそんなプレイは城之内にとって非常にアブノーマルであったので、抵抗がないわけではなかった。だが既に男のモノを咥えている時点で尋常ではないと思えば、海馬さえ嫌がらなければそちらでも抜いてやろうと、二度目から持ちかけたのだ。
 それにはさすがに海馬も驚いた様子であったが、興味でもあったのかそれほど穴に入れたかったのか、城之内の申し出に応じて遠慮なく中を穿ってきていた。受け入れる器官ではないそこは、城之内に激痛しかもたらさず、お世辞にも海馬も悦かったわけではなかったのだろう。だがそれすら女との性交を邪魔されたお仕置きだとでも考えているのか、海馬はそれ以降も、こんなふうに城之内からの奉仕を受ける際にはかなりの確率で後ろも使うように指示してくるのだった。
「……興奮でもしてねえと、我に返っちまうんだから仕方ねえだろ」
「倒錯的なことだな」
「義理人情に厚いって言え、バカイバ」
 あくまで、お目付け役を全うするために女性関係を邪魔し、その責任も取っているだけだと繰り返した城之内は、海馬のモノから手を離して自分のズボンのバックルへと手をかけていた。そして、下着ごと太腿の辺りまで下ろし、自らの指を口に含んでたっぷりと唾液で濡らしてから戸惑うことなく自らの後孔に指を忍ばせていた。
「んっ、く……!!」
「……こちらも続けろ」
 海馬のモノは膨張すればかなりのボリュームになるので、自分のダメージを減らすためにも城之内はできるだけ後ろを馴らしておく。すると海馬に軽く頭を押さえられたので、その意図を汲み取った城之内は、ゆっくりと上体も倒して再び海馬のモノを口に含んでいた。
「んんっ、ん……!!」
「……。」
 わずかに固くなりつつあった海馬のモノを、城之内は丹念に口内で愛撫してから、今度は舌で丁寧に舐めていた。筋や窪みを舌先で辿り、先端を刺激してやれば少し液もにじんでくるようである。その間にも城之内は必死になって後ろも弄り、既に指も二本まで増やして早急にほぐしていた。
「んっ……く……!!」
「……。」
 ローションなどはないので若干潤滑剤としては心許ない唾液で馴らしてはいたが、次第に城之内の後ろはグチュグチュという卑猥な音を立てるようになっていた。最初から後ろで出す気ということは、それだけ女を欲していた気持ちも高いのだろうと城之内は思う。ならば少しでも興醒めさせないように、間違っても狭すぎて入らないような事態にならないよう城之内は必死になって自らの後ろをほぐしていく。
「んんっ、く……!!」
「……。」
 初めて使ったときはひたすら痛みだけであったが、最近は少しずつであるが脳が逃避しているのか城之内は快感も得られようになっていた。だが逆に感じすぎて男の嬌声でも聞かせることになれば、それはそれで萎えさせるだろうと思い、城之内は必死になって声も堪えて海馬のモノを愛撫していた。
 深く口に咥えればそれだけ鼻から抜けるような甘ったるい息が漏れてしまうが、喉から出る明確な喘ぎでないだけ勘弁してほしいと城之内は思いつつ、口淫を激しくしていく。すると後ろの指も三本まで入るようになったところで、だいぶ顎も疲れるほどモノを大きくした海馬から、頭に手を置かれて止めさせられていた。
「……もういい、次に進め」
「ん……。」
 口では大きさしかはっきり分からなかったものの、口内から出して添えていた片手で海馬のものを撫でてみれば、それはハッキリとした固さを持っており城之内は一安心する。少なくともここまで固くするくらいには奉仕できたということであり、名残惜しそうに撫で回してから手を離して城之内は膝上で留めていた下着とズボンを自分で脱いでいた。そして、このときばかりは華奢とも言われる自分の後ろ姿に感謝しながら、城之内は後ろ向きにいつの間にか閉じられていた海馬の両足をまたぐようにして一旦座り込んでいた。
「海馬、入れるのだけ、手伝って……。」
「……ああ」
「んっ、く、うぁっ……!!」
 海馬の足を跨いで後ろ向きに座った城之内は、海馬の両膝に手を置いて、そのままゆっくりと腰を上げる。さすがにこの体勢で一人でちゃんと入れることはまだできないので、海馬に頼めばその大きな手が城之内の腰に触れていた。
 もちろんこうして後ろから繋がるのは、少しでも海馬が萎えないようにするための配慮である。ただでさえ膣とは違う穴で繋がろうとしている上に、向かい合っていれば必然的に城之内のモノがもろに目に入ることになるので、普通の男ならばかなり熱も冷めてしまうだろう。そう思いいつこうして後ろから繋がっている城之内は、大きすぎる海馬の質量がめりめりと押し入ってくる激痛に、歯を食いしばっていても思わず声が漏れてしまっていた。
「……大丈夫なのか?」
 やはり少し慣らしが足らなかったようで、普段よりキツイと感じたらしい海馬の声に、城之内はポタポタと生理的な涙をこぼしつつも何度も頷いてみせる。こういうときにも、互いの顔が見えない繋がり方は便利だと思いながら、切れなかったことだけにホッとして城之内は後ろの海馬へと返していた。
「ま、任せとけって。ちゃんと、ヌいてやっからよ……!!」
「そういうことではなく……。」
「ただ、ココ、ソファーで不安定だから、俺の腰、だけ、お前つかんどいてくれよ……!!」
 そうして、城之内は激痛に耐えながら思い切って腰を上げていた。その際に両手でつかんでいる海馬の膝に体重をかけてしまい、それだけは心の中で謝りながら勢いよく腰を落とす。
「んっ、あぁっ……!!」
「クッ……!!」
 すると、相当キツイのか、海馬もやや苦しそうな声をもらしており、城之内は申し訳なくなりながらも、できることといえばせいぜい深呼吸をして緩めるよう努力することだけだった。
 そして、再び腰を上げ、また落とすということを繰り返していても、城之内のモノは勃ち上がることはない。快感がゼロではないのだが、馴らしも足りない状態では激痛の方がはるかに凌駕しており、腰を揺らすたびにこぼれるのは先走りのものなどではなく痛みによる生理的な涙ばかりだった。
「んっ、く……!!」
「城之内……!!」
「うぁっ、んん……!!」
 もちろん男の嬌声を聞かせてもマズイとは思っているが、苦痛に満ちたうめきを聞かせても同じことだろうと城之内は思っている。なので、どれほど体も心も痛かろうが、必死にそれに耐えて声を押し殺し、ひたすら腰を蠢かせて海馬のモノを扱いていた。
 ようやく真夏日を免れたとはいえ、まだまだ残暑が厳しい昼下がりに、冷房設備のない場所でこんなことをしていれば当然体温も跳ね上がる気がしてくる。それでも、クラクラする頭で痛みと共に確かに海馬に触れられている腰と突き入れられている中を感じれば、これがあの見ず知らずの女に与えられなくて本当によかったと城之内は心から思っていた。
「クッ、城之内……!!」
「いい、ぜ……海馬、中に……!!」
 そうして、城之内が精神的な快感で海馬のモノを締め付ければ、中のモノはいっそう大きくなった気がして、城之内は嬉しくなってそう後ろの海馬へと促す。すると一瞬の間の後に、限界まで膨れ上がっていた海馬のモノが城之内の中に精を叩きつけていた。
「クッ……!!」
「ん、ああ……。」
 その熱い液体を体の奥で感じ、達してもいない城之内はそれだけで満ち足りた気分にもなっていた。
 これで海馬の役に立てたのだと、本当に最低限ではあるが性欲処理はしてやれたのだと、昏い気持ちを抱える自分に対しての言い訳が立つ気がしていた。
 そうして、後ろの海馬の呼吸がほんの少し乱れていたのも落ち着き、中に入っている海馬のモノも出しきったところで城之内は腰を上げることにする。一度で収まるのかは分からなかったが、続けるにしても再び手なりで愛撫してある程度固くしてからでないと、と思っていた城之内は、そこで腰をぐっとつかまれていた。
「うぁっ!?……あ、海馬……?」
「……このままだ」
「え、ああ……?」
 半分ほど抜けていたところにぐいっと腰を引き寄せられたので驚いたが、もしかしてもう少し余韻でも楽しみたかったのだろうかと思い城之内は頷く。すると、一呼吸置いた海馬は、繋がったままで城之内の腰を支え、ソファーから立ち上がっていた。
「おわっ……!?」
「もう一度、いや何度でもだ……。」
「え、ええっ……!?」
 そしてそのままくるりと反転した海馬は、城之内の上体をソファーに乗せるようにして、自らは床に膝をついて再び後ろから突き上げてきていた。これまで稀にこういった体勢でしたこともあったが、基本的に海馬にとってこれは女の代償であり城之内からの贖罪であるので、海馬から動くということはほとんどないのである。ましてや抜かずに次に移ったということは、それほど溜まっていたのかと城之内は心苦しくもなってしまう。
「くっ、あ、海馬……!!」
「……なんだ?」
 それは、出したばかりだというのにもう硬度を取り戻して突き入れている海馬のモノからも明らかで、城之内はソファーにしがみついてその律動に耐えながら声をかけていた。
「あ、だから、ココ、暑いし……!!」
「……それが?」
「俺、ちょっと意識と体力、ヤバくて……ワリィ、んだけど……!!」
 もう自分から動けそうにないので後は好きにこの体を使ってくれ、と卑猥な水音の合間に途切れ途切れで訴えれば、何故か一際乱暴に中を抉られて、城之内は声をあげてしまいそうだった。
 それは悲鳴ではなく、どちらかといえば嬌声であり、せっかくその気になっている海馬の気を削いではいけないと思い城之内は埃っぽいソファーの古びた皮に噛み付くようにして必死に声を殺す。知識としては城之内も前立腺というものは知っていたが、わざとなのか偶然なのか、先ほど自分が動いていたときにはほとんどかすりもしなかった気がするのに、こうして海馬から動かれると狙い済ましたように刺激されるのである。
「んっ、くっ、あぁっ……あっ、く……!!」
 一度中で出した海馬の精液がいい潤滑剤となり、滑りもよくなって繰り返される抜き差しに、城之内は朦朧とする意識の中でぼんやりと考える。
 商売女が嫌いだと言う海馬は、結局のところ一方的な愛撫が嫌なのだろうと思う。
 相手に施すのも、施されるのも、義務と化した偽りのものならばしたくないのだろう。
 たとえ相手の素人がマグロだろうが、それがその女の精一杯ならばそれで構わないのだ。
「あっ、あぁっ、海馬……くっ、ああぁっ……!!」
 それは、どこか擬似恋愛を楽しんでいるようだと、城之内は思っていた。
 ホンモノしかいらない、と暗に言っているようなものである海馬に、これで我慢してくれと差し出せるものが男のこの体しかないというのは、城之内にとってはひどい自己嫌悪だった。








「……。」
「いい加減起きろ、凡骨が」
 暑さなのか違うものなのか、少し意識の飛んでいた城之内が次に目を覚ましたのは、それから一時間ほどが経ってからだった。相変わらずじとじとと暑い室内ではあるが、窓という窓を海馬が開け放っていたようで、篭った空気と妙な臭いは比較的感じられなかった。
 見下ろしてきている海馬をしばし見つめていた城之内は、やがてこの場所と、ここに至った経緯を思い出し、ゆっくりと体を起こしてみる。すると自分が既に身なりを整えて壊れかけのソファーに寝かされていたことに気がつき、なんとなく申し訳なさが募っていた。
「あらかたの処理はしておいた。こんな場所に長居する趣味はない、目が覚めたならさっさと行くぞ」
「お、おう……。」
 城之内がジャンパーに入れておいたハンカチがぐっしょりと濡れて床に捨てられているので、恐らくそれを外の水道かいっそ川ででも濡らして互いの体を拭くのに使ったのだろう。体を起こした際に中から溢れる感触がなかったのでそこも処理してくれたのだろうが、まさか海馬の指が自分の中に入ってかきだしたのだろうかと思えば、ますます自己嫌悪で城之内は頭を抱えたくなっていた。なので、普段ならば勿体無いと言うハンカチもさすがに拾う気にはならず、唯一ソファーの背もたれに掛けてあったジャンパーを羽織った城之内は立ち上がろうとしてふと海馬と視線が合う。
「……。」
「……なんだ?」
「あ、いや……。」
 そこには普段と変わらない表情の海馬がおり、あのむせるような熱は夢だったのかと、そんなふうにも城之内は思ってしまいそうになっていた。
 元よりこういったことをする場合は、まず口で海馬のモノを愛撫し、それから後ろ向きで繋がるため海馬の顔を見ることはあまりない。更には稀に海馬から動く際に腰をつかまれる程度にしか海馬からの接触もなく、不意に目に入った海馬の唇が妙に腹立たしく見えていた。
「なんだというのだ?」
「あ、いや、ほんと……なんでもねえ」
 女としてるときならば、当然のように女の唇やそこかしこに触れるであろう海馬の唇は、城之内は当然一度も触れたことはなく、それが泣きたくなるほど腹立たしく感じられたのである。
 だが、先ほどまで自らのモノをくわえていた口と誰がキスしたいなどと思うだろうと思い直し、城之内は軽く自分にため息をついて今度こそソファーから立ち上がっていた。海馬の唇も手も城之内に愛撫を施すことはなく、突き立てられる雄ですら城之内には痛みしかもたらさない。
 海馬の放つものを奥で感じることはあっても、興奮している海馬など見たこともない城之内は、時折自分を犯していたのが本当に海馬だったのか不安に思うこともあった。もしかするとただの自分の願望なのではないかと、後ろから突かれて少なくとも三度は中に出されたことすら夢なのではないかと、そんなことを考えてしまった城之内は、怪訝そうな顔をしている海馬に立ち上がりながらへらっと笑って尋ねていた。
「どうよ、出すこた出しただろ?……しばらく女は我慢できそうか?」
「……。」
 ソファーの背もたれに掛けてあったジャンパーの袖を通し、城之内は視線を合わせずに少しおどけてそうきいてみる。腰に差してあった日本刀も提げ、さて準備万端と顔を上げれば、しばらく黙っていた海馬が、城之内には触れることのできないその唇を少し愉しそうに歪めて尋ね返していた。
「……そう思うか?」
「まだ足りてねえのかよ、て、そら男相手にいくら出したところで自分でヤってんの大差ないのかもしれねえけどよ。まあいいや、とにかく素人女には手ぇ出すなってのだけは分かってくれよ」
 いくらあの熱が幻だったのではないかと思ったからといってバカなことを尋ねてしまった、と憂鬱になった城之内は、妙に多弁になって返しながらさっさと建物のドアへと向かっていた。
 この場所は土手からかなり低い位置にあるので狭い河川敷にはほとんど人はいないが、それでも土手の上ではまばらに人影も見える。三時を過ぎたばかりの時間帯ではまだ日差しも強く、逆光になる視線の先では遠くから走ってくる中学かなにかの部活のランニングも見え、平和な日常だよなと城之内は思っていた。
「……そんなに心配なのか?」
「へ?……あ、ああ、そらだって数分待たせてる間に女漁るような下半身の持ち主だし?」
「……。」
 だが現実逃避をしつつ遠くを眺めていた城之内は、不意にそう尋ねられて少し面食らいつつもおどけて返す。すると部屋から一歩先に出た海馬が、そこで足を止めてなにやら自分の腰の後ろに手を回していた。
「海馬?」
「……ならば、繋いでおけばいいだろう?」
 片手には自分で番傘を持ち、もう一方の手でガンベルトに装飾としてつけていた手錠を外してきた海馬は、そんなことを言うとあっさりと城之内の左手首にガシャンと掛けてしまっていた。
「……お前、なにしてんの?」
 暑さで頭やられたのか?、と不思議に思っている城之内の目の前で、その手錠のもう一方を海馬は躊躇なく自分の右手首に掛けていた。
「……。」
「これならば安心だろう?」
「……ていうか、これって俺が繋がれてないか?」
 なんの冗談だと言ってしまいたいのだが、迂闊にも少し嬉しくなってしまった城之内は顔が緩みそうで声を荒げることはできなかった。なので、できるだけしかめっ面を作り、器用に左手のみで傘を開いている海馬に言ってみる。
「なあ、これって襲われたりしたら対処しにくいんだけどよ?」
 お目付け役とはいえ、城之内は海馬の護衛も兼任しているのである。一応海馬組のシマではあるが、不測の事態に備えてこうして武器も携帯しているのだ。だがこの状態で、右手一本で刀を振り回すのはつらいと言った城之内に、銃を右手で抜くことすらできないはずの海馬が自信たっぷりに返してきていた。
「案ずるな、駄犬一匹守れんほど俺は軟弱ではないぞ?」
 そして、妙に嬉しそうに告げてくる海馬に、城之内は真顔で呆れてしまっていた。
「いやさすがに無理だろうが、お前も銃抜けねえし?」
 城之内としてはどこか倒錯的な状況に心が弾むものがあるのは事実だったが、やはり動きにくいのではという危惧が先に立ってしまうのだ。すると海馬はひどく真剣な顔で、左手に持つ傘を示していた。
「……黙っていたが、この傘は防弾加工の上に中心の軸からマシンガン掃射ができるのだぞ?」
「んなワケねえだろ、趣味で持ってるだけの番傘に日傘と雨傘以外の使い道はねえ」
 肌の白い海馬なので日に当たると赤くなって痛いらしく、何度も持たされたその傘は雨の降っていない今は日傘以外の何物でもないと城之内は言い切る。すると、少しそれにムッとしたような表情を見せた海馬は左手に持った傘の柄を左肩に置き、やや振り返るようにして土手を見上げていた。
 その視線につられて城之内も随分上の方の土手を見上げれば、建物から出ようとしたときにはかなり遠くに見えていた部活のランニングの生徒たちが、すぐそばまで来ているのが見えていた。それを確認して一体どうしようというのだろうと城之内が思っている間に、海馬は今度は城之内の方へと向き直ってくる。
「海馬……?」
 そして、日光を避けるのではなく、人目を忍ぶように左手の傘を差し向けて、その下で海馬は城之内の唇をゆっくりと塞いでいた。
「……!?」
「……こういう使い方もあるだろう?」
 中学生たちのランニングはそこそこ速いスピードであったのに、ちょうど橋の下を通り過ぎるまで唇を塞がれていた城之内は、ひどく長い時間のように感じられていた。
 先ほどまで、自分では絶対に触れられないと思っていた唇を重ねられ、なんだかそのまま昇天してしまいそうな気さえしてくる。だが、やがて唇を離して得意げに言ってきた内容で、海馬はただ単に『日傘と雨傘以外の使い方』を実践してみせただけと分かり、城之内は傷ついたことを知られたくなくて声を荒げようとしていた。
「なっ、なにしやが……!?」
「さっさと行くぞ、駄犬」
「えっ、あ……!?」
 だが、怒鳴りつける前に手を引かれた城之内は、そのままもつれるようにして足を進ませて歩き始めていた。それでも、置いていかれて海馬との距離が開けば金属の輪に手首を引かれるはずであるのに、それも起きることはない。
「か、海馬……!!」
「なんだ?」
 つまりは手錠を掛けられている手同士がまた繋がれているからで、よりによって指を絡ませるようにされると城之内はもう気恥ずかしくて何も言えなくなっていた。これで先ほどのキスは誤魔化されたのだな、と分かってはいるのだが、いつもより心持ちゆっくりと歩いている海馬に手を引かれていると、城之内はもうそんなことはどうでもよくなってしまっていた。
「あ、あの……お前、今日、なんか機嫌いい……?」
「……さあな」
 それでも、ほんの少し斜め後ろを歩いている城之内にも、海馬の機嫌は良さそうに感じられてついそれを確認してしまう。それには海馬はいつものようにはぐらかすような答えを一度は返していたが、やがて思いついたように足を止めると、
「……初めてだからかもしれんな」
「え、なにが……?」
「……さあ、なにがだろうな?」
 再び傘で顔の辺りを隠すようにしながら、今度は触れさせた唇から舌まで絡めてきた海馬に、城之内は気温以上の熱にやられてしまってただただこれが夢ではないようにと手を握り返すのが精一杯だった。







 この後、城之内が海馬の真意に気がつくまでには、もう少しの時間がかかる。
 いい加減貴様に妬かせているだけだと種明かしをされるのは、秋も深まりを見せる季節になってからだった。










 






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これ、確か某様のイラストに触発されて勝手に書いたものだった、はず。
なので、普段ロボの自家発電だと出てこないような設定が満載なのです。その素敵イラストに感化されて書いたので…
おかげで、オフで長編書くようになったら、そういう雰囲気はどんどん薄まって、うん、まあ、いつものロボハ色に染まれ…
8931でほぼ海城は成就、8932はあくまで後日談なので海城の安定と、モクシズの予感を漂わせる程度。8933で、お約束のようにバクラ受が迷走してるんですけど、なんつの、当時はまだ、本バクが自分の中で規定路線ではなくてですね… 大変不可思議なことに、BNB5以上に錯綜してるのです。
たぶん、バクラさんの設定がアレすぎたんだろうな…

ロボっぽい何か