■キミを繋ぐ





「助けてくれっ、ツナ!!」
「え……ええええっ!?」
 それは切迫した声から始まっていた。
 今日も今日とて昼休みの後半からいそいそといなくなった友人二人のうち、天然の方がいち早く教室に戻ってくる。それだけでも充分奇異なことであるはずなのに、何故かいきなり助けを求められた。
 ドアの近くの自分の席に戻ろうとしていたところを、その友人、山本武にガシッと肩を掴まれる。そして随分と違う身長を屈めて後ろに隠れようとしている山本に、自分は本当に面食らってしまった。
「ど、どうしたの山本……!?」
 体格差もそうだが、なによりこの山本の行動の意味がさっぱり分からなかったのだ。
 戦うべき敵を前にしても、悠然と構え焦ったりしているところなどまず見たことがない。単に理解が及ばないだけなのかもしれないが、肝が据わっていることだけは確かだ。
 その山本が、こんなにも怯えている。
 しかも助けてくれとすがる相手が自分だということを合わせれば、嫌な方向に考えが回りそうだ。
「それが……その、獄寺が……!!」
「……やっぱり」
 そして、嫌な予感は的中していた。
 ケンカでも勉強でも、山本が自分を頼ったりするはずがない。それは歴然とした事実だ。そんな山本が誰かから逃げ、更に自分を盾にと考えるとすればその名しか思い浮かばない。
 だが、それはそれで事態は深刻だ。
 この山本が、本当に弱りきった様子で背中で身を縮こまらせて息を潜めるほどなのだ。いい雰囲気になってきたので邪魔になってはいけないと思い、自分が先に屋上を去ってから十数分。一体何があったのか知りたくはない。
「獄寺が、無理矢理オレに……!!」
「いや、あの、そんな程度で今更……。」
 下手に事情を尋ねれば恋人たちの桃色会話を再現されそうだったので、適当に流そうとしたのがいけなかった。友情より保身を選んでしまった非情な自分に、山本は背中でますます小さくなりながら傷ついたように訴えてくる。
「そんな程度って、ツナ、今までとは全然違うんだっての……!!」
「いやあの、詳しく聞きたくないからさ? 道着でしたいって言われてわざわざ着込んで夜中にプールでさせてあげたり他にもセーラー服だのナース服だのてなんでも獄寺君のリクエストのままにのん気に応じてあげてた山本なら屋上で迫られる程度のことに今更……。」
「だってそんなのは別に着るだけだからいいだろ? けど、これはほんとにイヤなんだって」
 よくないよ。
 前半部分に心の中だけで返事をしつつ、ここまで怯えられると逆に気になってくる。こんなにあからさまに動揺した山本というのは、ついぞお目にかかったことがない。もしかすると初めてかもしれない勢いだ。
 獄寺と付き合うことになったという報告のときも、その後やたら行為に関して赤裸々に獄寺が伝えてくれるのを横で聞いているときも、のん気に笑っていた山本だ。恐らく山本の中には、獄寺とのことは別に恥ずかしいことではないという認識があるのだろう。男同士という偏見を持つ前に、この山本と、あの獄寺が、という点の方がよほど衝撃であったため確かにこちらも何も言えなかったが、いろいろ自重してほしいとは思う。教えてくれなくていいからと何度も言っているが、嬉々として報告をしてくれる獄寺には若干諦めが入っている。よって、できれば山本が獄寺のそういったちょっと特殊な嗜好を拒んでくれればとは願っていた。
 だが、拒絶してもこうしてすがられることになろうとは。
 だいぶ悟りを開きそうになってくるが、ますます気にはなってしまった。それほどまでに山本が嫌がることとは、何だったのか。
「……いやいやでもここで尋ねちゃダメだ山本の無意識の策略に乗っちゃうだけだから好奇心は自制してオレ」
「ツナ……?」
 一言重ねて尋ねれば、それはもう山本は事細かに説明をしてくれるだろう。
 信頼している友人には隠し事をしないのは美徳かもしれないが、二人揃ってそんなところばかり厄介だ。
 それでもこの山本が、ここまで嫌がるほどあの獄寺は一体何を、と思ったところで、背中に隠れている山本がビクッと派手に身を竦ませていた。
「や、山本……!?」
「……来た」
 どうやら恋人の足音を聞き分けたらしいが、それよりも掴まれている両肩が痛い。激しく痛い。元々スポーツ万能で当然握力も強い山本が、恐怖から容赦なく肩を握り締めてきているのだ。正直骨が砕ける、と悲鳴を上げる前に、自分には全く聞こえていなかった足音の主がいきなり廊下から存在感を現していた。
「……山本ォッ、逃げんじゃねえ!!」
「ごっ、獄寺君!?」
 静かに廊下を歩いてきた獄寺は、きちんと閉まっていなかった教室のドアに足を入れ、いきなりガッと開け放ってきたのだ。
 手を使わなかったのは、単に足癖が悪いからではない。獄寺の両手は濃い青の紐のようなものを握り締めており、ちょうど首の高さ辺りで真横にピンと張っている様は絞殺を狙う殺人犯のようだ。てっきり何かしら恋人としての桃色じみた事情で逃げ帰ってきたと思っていたが、この獄寺の様子では純粋に生命の危機だったのか。そう察して内心謝っていると、いきなり獄寺は視線をドアに向けていた。
「て、痛えんだよっ、このドア!!」
「獄寺くーん!?」
 どうやら足の甲で押すようにして勢いよくドアを開けたのが、相当痛かったらしい。確かにあの勢いではドアが開ききって枠へと当たった際に、足も強打したことだろう。だからといって、八つ当たりでドアを二枚分蹴り飛ばして教室内に転がす意味が分からない。更に派手な音を立てて倒れたドアの前に立ち尽くし、痛めた足がますます痛いと理不尽に拗ねる意味はもっと分からなかった。
「くそっ、マジで足痛え……山本ォッ、テメェが来い!!」
 ついでに言えば、痛くて歩けないらしいのでキレて呼びつけるのは無茶というものだ。そもそも山本は獄寺から逃げてきたのだから、と思ったところで、ぐいっと背中を押されていた。
「おわっ……!?」
「……な、なんだよ、獄寺?」
「こらっ、山本もバカ正直に獄寺君に近寄らない!!」
 そう叱咤しても、筋力差から虚しい話だ。相変わらず両肩を握り締め、姿勢を低くしたままでじりじりと山本が自分ごと前進を始めたのだ。自分はあんな怖い獄寺の元には行きたくないし、なによりこれは二人の問題だ。だが足を踏ん張ってみても山本の力に勝てるはずもなく、心底ため息をついた頃にようやく獄寺の前に到達していた。
「ようやく観念したか、山本……!!」
「あの、獄寺君、そんな紐嬉しそうにピンピン張らしてそんな嬉しそうにそんなセリフ吐いたらどう見てもサスペンスドラマの冒頭にしか思えないんだけど……!!」
「い、イヤだって言ってるだろ、なあほら、ツナからも言ってくれよ?」
 山本ほどではないが、獄寺も自分から見ればもちろん背が高い。よって見下ろされる視線でやたら愉悦に浸って笑われると、こちらが絞め殺されるかと怯えそうだ。だが山本の言葉にハッと息を飲んだ獄寺は、そこは一旦殺人犯の仮面を取ってくれていた。
「十代目っ、山本の戯言なんてお耳に入れなくて結構ですよ!! なにしろオレの方が正しいんですから!!」
「え、とてもそうは見えないんだけど……?」
 そう言いつつ変に納得していたのは、常に獄寺は自分ルールで行動しているからだ。要するに獄寺にとっては正しいことなんだろうなと思いつつ、諭さないわけにはいかない。
「な、なにがどうあって山本を亡き者にしようとしてるのかは知らないけど、獄寺君も、ね、落ち着いて? いや殺したいほど熱烈な愛ってのも素敵かもしれないけど、それはあくまで比喩としてとどめておいてよ……!!」
 極端なところが多々にしてある獄寺なので、また妙な自己完結で山本の殺害を企てたのか。あるいはヤりながら首を絞めるという性癖にでも目覚めたのかと怯えつつ、一応そんなふうに言ってみれば何故か獄寺に照れられた。
「いやあっ、そこまで認められると嬉しいっス!!」
「え!? あのっ、違うよ、オレはキミの山本に対する行き過ぎた行為を諌めようとしただけであって前半部分の適当な誉め言葉だけ額面通り受け取らないでよ、獄寺君……!!」
「でも十代目、そんな校則も守れないようなバカ、かばってやる必要はないっスよ」
 だがさらりと告げられた言葉に、一瞬頭の中での漢字変換を間違えそうになった。
「……校則?」
「ハイ、生徒手帳に書いてあるこの学校の規則っス!!」
 生徒手帳など真面目に見たことはないが、『好きな人の首を絞めるべし』とでも書いてあったのだろうか。
 そんなまさかと思いつつ、もし生徒手帳の監修が風紀委員会だった場合はあながちありえないことではないのかもしれない。あるいは、獄寺にだけ嫌がらせとして改竄された生徒手帳が支給されたのか。取り敢えず自分のものも確認してみるかと思えば、背中から恨みがましい声が聞こえてきていた。
「……そんなの、今更持ち出さなくってもいいだろ。ずっと見逃してくれてたじゃねえか」
「あの、山本……?」
 それ以前に、きっと校則違反ならば獄寺の方が多数あるはずだ。山本もなくはないだろうが、絶対数として違うはずだ。だがそれに言及する前に、また獄寺は素敵な殺人犯役、しかも二時間ドラマで半分が経過した辺りで真犯人に殺されそうな役柄の笑みを浮かべながら、両手に持った紐のようなものをピンと張っていた。
「いいからしろって言ってんだろ!!」
「ご、獄寺君……!?」
「イヤだって、オレ、ネクタイ嫌いなんだよ……!!」
 ネクタイ。
「……そんなことかよ!!」
「ど、どうしました十代目!?」
「ツナぁ、お前からも獄寺に言ってくれよぉ……!!」
 よく見れば、確かに獄寺が手にしている濃い青色をした紐のようなものは、並盛中学のネクタイだった。一応制服として扱われているもので、着用が原則だがしていない者も多い。山本はその代表だが、そのネクタイをするしないで本当にここまで揉めていたのだろうか。
「あのな、オレな、ネクタイとかこう、首が詰まったような服とかも嫌いなのな? それなのに、獄寺が……!!」
 いきなりしろって、と背中で切々と訴えてくれている山本は、本当に苦手なのだろう。ネクタイもそうだが、そもそも首元が詰まった服を着ようとしない。シャツでもボタンを豪快に開けていることが多く、夏場はしばしば獄寺が怒って締めていた。こちらとしても、鎖骨周辺に散らされた赤い鬱血痕には目のやり場に困っていたので獄寺に感謝しかけたが、すぐに過ちだと気がついたものだ。
 うっかり夏の切ない記憶に意識がいきかけたが、今は山本のネクタイが問題である。実際に滅多に見かけないよなあと納得はできたが、そこから尋ねるのは山本ではなく獄寺に対してだ。
「獄寺君、山本もこんなに嫌がってるんだしさ? 確かに今更させなくても……?」
「ツナぁ……!!」
「甘やかせちゃダメですよっ、十代目!!」
 大体、獄寺自身もネクタイはしていないことが多い。今日はしているようだが、それは山本にさせるためにわざわざ締めてきたのだろう。かなり緩く下の方で結ばれているネクタイも、生徒手帳に記されている模範着用ではないはずだ。ネクタイをしているのをほとんど見かけない山本をかばうような発言をすれば、獄寺は強く否定してくる。それに、なんとなく聞きたくない気持ちは募りつつ、もう尋ね返すしかなかった。
「……獄寺君、どうして急にそこまで山本にネクタイさせたいの?」
「えっ、それは尊敬すべき十代目の、一応ですがファミリーとしてまがりなりにも名乗るんならっ、身なりくらいちゃんとしろってだけですよ!!」
 正論だ。
 正論だからこそ、疑わしい。
 こんなときの獄寺には、黙ることが一番だともう自分は知っていた。
「だからっ、違いますよ、違いますよ十代目!! 別にオレ、たまにはかっちりした服の山本が見てみたいとかそんな純粋な欲求とかじゃなくて!!」
「……そう」
「あと、鎖とかベルトとかそういう装飾が多いヤツって実は縛られたい欲求があるとかいう話聞いて、それオレのことかよチクショウ山本はこんなにフリーダムなのに!! とかって寂しくなったからでもないですよ!?」
「あ、あの、獄寺君……?」
「しかもそれが昨日山本に首輪させようとしたら初めて嫌がられて実は結構ショックで、必死になってオレが嫌いっての以外の可能性を模索して辿り着いた結論で、それはそれで別の方向で凹みつつでもいつかはそういうプレイをしたくてまずはネクタイから徐々に慣らしていこうとか、そういうことでもないんですよ十代目っ、信じてください!!」
 とにかくオレは山本を縛りたいんです!! とビシッとネクタイを引っ張った獄寺は、いろいろと本音が交錯していた。
 否定形で語られたことも含め、すべてが獄寺の願いではあるのだろう。
 確かに山本はネクタイに代表される堅苦しい格好をほとんどしないので、物珍しさはある。更に、やたら山本にアレコレ着せ替えをしたがる獄寺なので、少し気が遠くなりそうな衣装に及び、拒まれたことは相当ショックだろう。同情はできないが。
 だが結局のところ、突き詰めれば最後に叫んだことに帰結している気がしていた。
 要するに、獄寺は山本を縛りたいのだ。
 服装の趣味が仮に本当に性癖に通じているとすれば、山本は相当縛られたくないタイプだ。自由気ままで、拘束されることを極端に嫌がる。あながち間違ってはいないように自分でも思えるからこそ、獄寺は過剰に反応したのだろう。誰にでも好かれがちで、友人も多く、時にふわふわと掴みどころがないのが山本武という男だ。正反対だからこそ獄寺は惹かれたのだろうが、いざそういう関係になると今度はその奔放さが不安へと繋がる。かといって性格を変えろと言って簡単に出来るものではないし、変わってしまっては山本ではない。ならばせめて身体的にでも束縛したいというのは、性癖半分というところではないのか。
「……でもオレ、どーしてもネクタイとかいるような、ちゃんとした場? だったら、してるぜ」
「山本……?」
 相変わらず切ない慕情をトンチキな言動で分かりにくく発散してくれる人だ、と獄寺に対して思っていると、おずおずと背中で山本がそんなことを言っていた。
 どうやらこちらも相変わらずらしい。獄寺の口上が早く多弁になると理解が追いついていないようだ。随分最初の、身なりをちゃんとしろという部分に反応したと思われる山本の言葉に、自分は肩越しに振り返りつつ記憶を辿っていた。
「そういえば山本、ネクタイ締めてたときあったよね……。」
「え、いつですかっ、十代目!?」
 入学式とかだったら写真見せてくださいと鼻息を荒くしている獄寺だが、なんとなく、その場に獄寺もいた気がする。むしろ全員がスーツというか、正装だったはずだ。だが思い出さない方がいいような予感に言葉を濁しかけたとき、背中であっさりと答えられていた。
「ああ、あれだろ、小僧とビアンキ姉さんの結婚式のとき」
「ああっ、それだ!! そうそう、あのとき山本も、て……ご、獄寺君!?」
 自分の記憶はまさにそのときだったが、あまりに墓穴過ぎていた。どうやら思い出したらしい獄寺が、いきなりうつむいたのだ。
 あの日の出来事を思い出して落ち込んでいるのではない、ビアンキという単語だけで腹痛を起こしたのでもない。ただ単純に、もっと困る解決策を思いついてくれただけだ。
「……そうか、なるほどな。つまり、お前がネクタイ締めなきゃなんねえよな場を用意しろってことか」
「ご、獄寺君、落ち着いて!? 違うっ、それは違う、山本は別に……!?」
「まさかテメェから言われるとは思わなかったがっ、いいぜ、嫁に来い山本!!」
 今日も素敵に空回っている獄寺の思考では、山本の一連の言動はプロポーズだと解釈されてしまったらしい。予想していたとはいえ、嬉しそうに顔を上げ興奮気味に叫ばれても正直困る。なにしろ、今もまだ背中で隠れている求婚者が、同じように空回った返事をしてくれるからだ。
「でもオレの家、自営業だし」
「そこじゃない、そこじゃないだろ山本……!!」
「なんでだよっ、お前、オレと別れたいのか!?」
「落ち着いて、獄寺君もほんと落ち着いてよ、ここ教室なんだから……!!」
 いつもの屋上などならばまだしも、獄寺はドアの前、つまり廊下側に立っているため、クラスメート以外の注目を集めてしまっている。だが実際には風物詩として流されてる雰囲気もあり、この中学の奇特すぎる寛容さにこっそり嘆いてみたりもしていた。
 それでも今は現実逃避をしている場合ではない。痴話喧嘩ならば存分にすればいいが、あくまで自分が挟まれていなければという条件下での話だ。こうして山本の盾にされ、必然的に獄寺と向かい合わされる格好になっている現状ではそうそう投げやりにもなっていられない。
「でも十代目っ、そいつが、その野球バカがオレと結婚したくないって……ぐすっ」
「な、泣かないで獄寺君!? 大体どうしてそこに話が飛躍しちゃってるのっていうか、いや結構オレの所為な気がしないでもないけど……!!」
「そうは言ってねえだろ、獄寺? ただオレは……。」
「いやいや山本、そこはそう言っておかないと、ていうかできないよ? 結婚できないよ、まず性別を思い出してほんとにキミたちは!!」
 ネクタイはしたくないと繰り返す山本は、本当に苦手なのだろうとは思う。結婚式の際は、あくまでリボーンとビアンキを祝福するという目的があったので我慢できたのだろう。それが、仮に自分たちの結婚式であれば、自分のためということになる。それでは我慢したくないとまだごねている山本は、根本的なところが充分おかしかった。しかも、その拒絶の仕方では更なる混乱を呼び込むだけだ。
「だったらっ、タキシードはいいからドレス着ろよっ、ウエディングドレス!!」
「え? まあ首回りが詰まってねえんなら着るのは別にいいけど……。」
「だから山本っ、そんな獄寺君を甘やかしちゃダメだろ!? あと獄寺君もちょっとは自制して!!」
 二人きりのときならばそれこそどんなプレイをしようが勝手だが、結婚式は困る。確実に参列させられてしまう。下手をすれば仲人を、などと言い出しかねない獄寺なのだ。今は自分の背中で小さくなっているものの、山本は自分たちよりよほど背も高く体格がいい。どこをどう見ても男にしか見えない山本に、ドレスなど着せて喜ぶのは真実新郎だけだろう。だが居合わせれば誉めないわけにはいかないだろうし、目を逸らし続けることもできない。かといって凝視し続ければ変な勘繰りでまた暴れてくれる獄寺のことを考えれば、本当に気が重い事態だ。
 大体、結婚だどうだと言っても性別も年齢も無理な話なのだ。それでも愛を誓い合いたいので儀式としてだけでも、という切たる願いならば分からなくもないが、正直まだ早いというのも実感だ。だがなんとなく、そう遠くない未来には起こっていそうな気がする。時折十年後からやってくる大人ランボが、やたら獄寺や山本を微笑ましく見守っていることには気がついていたが、十年先の未来では一体この二人がどうなってしまっているのか、自分のことよりよほど気になっていることは秘密だ。
「そ、そうでした、まったくもってその通りでした十代目!!」
「……獄寺君?」
 だがうっかりいつか勇気を出して大人ランボに尋ねてみようかと思っていると、意外な言葉に意識が引き戻されていた。
 都合のいい聞き違いかと改めて獄寺を見ているが、ひどく反省したように頭を下げている。
 どうやら諌めが珍しく通じたらしい。理由は大方、ドレス姿の山本を他の人に見せたくないだとかいったどうしようもないことなのだろうが、とにかくこれで自分も助かった。そのこと自体は間違っていなかったが、実際の理由はもう少し微妙なものだった。
「確かに十代目のおっしゃるとおりですっ、オレ、まだ自制できる自信がありません!!」
「……ああ、うん」
「ウエディングドレス姿の山本なんてっ、そんなの、オレ目の当たりにしたら……そ、想像しただけで身がもちそうにないですっ、十代目!! 人前で初夜に及ぶなんて愚行を自ら律する自信もないままに、結婚式だなんてそんなこと、未熟なオレにはまだまだ早すぎました!!」
 若いっていいなあ、と何故か遠い目で眺めながら、必死で謝ってくる獄寺に適当に頷いてやることしかできない。そんな自分の両肩を握り締めたまま、後ろから山本がおずおずと確認していた。
「……なあ、じゃあ結局、ネクタイしなくていいのか?」
「いいんだよね、獄寺君?」
 それはそれ、これはこれと言い出しそうな獄寺を先に牽制しておく。これ以上長引かれると、昼休みが終わってしまいそうなのだ。さすがに教師まで見守る中でこんな会話は続けたくないと思い、そう山本の言葉にかぶせていけば獄寺は一瞬言葉に詰まるが、やがて諦めたように肩で息をしていた。
「……今日のところは、勘弁してやります」
 よほど意気込んでいたのか、気落ちしていると分かりやすすぎる獄寺の殊勝な態度だった。それを見ていると、現金だと分かっていても少しだけ山本に言ってみたくもなる。
 自分もネクタイはそれほど慣れていないし、息苦しいというのは分かる。だが曲がりなりにも恋人からの、たった一日のお願いですらきけないほどイヤなのか。そもそも発端がネクタイではなく、ベッドでの首輪を嵌めるというプレイだったならば分からないでもないが、この山本ならばさして気にしない気もする。よって肩越しに振り返れば、こちらの視線に気がついた山本が珍しく困ったような顔をしていた。
「ああ、ええっと……その、オレ、ほんとに苦手で」
「うん、それはそうなんだろうけど……。」
「ほんと言ったら、首とか触られるのも苦手なのな? まあオレ背が高いから、そういうじゃれ方してくるヤツもあんまいねえんだけど」
 だが言い訳じみたことを口にした山本には、いくつかの違和感を感じた。
 一つは単純に、首に腕を回すといったようなスキンシップは、それこそ山本は自分や獄寺、その他の友人たちにも非常に良くしているからだ。尋ね返せば、大方自分からするのは好きだがされるのは苦手ということなのだろう。我儘だと責めるほどのことではないが、体育会系だからか、元々の性格からか、首に触られること限定とはいえ山本がそこまで敬遠するスキンシップがあるとは思っていなかったので意外だった。誰でも一つや二つ、苦手なことはあるだろうが、この様子ではよほど嫌なのだろうということだけはよく分かった。若干、喉笛をさらすことを警戒する野生動物みたいだなと思ったことは黙っておくが。
 だからこそ、もう一つ違和感だったのは、そこまで嫌がってる接触をこれまで山本は随分許してきているように思えたからだ。目の前で腕を回されているのを目撃しただけでなく、それこそ顔を埋め口元を寄せたと思われる痕が首筋に残っていたのも一度や二度ではない。
 ふと怪訝な視線に気づいて正面を見れば、獄寺も不可解そうな顔をしていた。獄寺もいい加減、山本がとことん苦手としていることは分かったはずだ。それでいて、これまで散々獄寺が首を触れてもそこまで激しい抵抗はしなかったのだろう。今更のように納得できないらしい様子の獄寺に、山本も背中で気づいたらしい。久しぶりに背筋を伸ばし、肩からも手を外してくれたが、どうやらまだ獄寺を警戒しているようだった。
「ぐえっ……や、山本、重い……!!」
「んーと、獄寺のはもう慣れた」
 骨を砕かんばかりの勢いだった両手が、そのまま滑るようにして自分の体の前に落とされると同時に、随分と身長が違う体が後ろから圧し掛かってきたのだ。こけるようなことにはならなかったが、さすがに前のめりにはなってしまう。しかも、されるのは嫌いだと言ったばかりの、それこそ首に腕を回すようなことをされれば、自分は重いやら息苦しいやらだ。
「ならネクタイもいいだろ!?」
「それはネクタイじゃん、獄寺じゃねえだろ? 獄寺の手とかならもう慣れたって言ってるだけなのな?」
「いや、あの……その、そういう会話はしてもいいから、ちょっと山本どいて、重い……!!」
 しかも羨ましそうな目でこちらを見てくる獄寺の視線も痛い。
 だが山本の返答にはそれなりに満足するものがあったらしく、獄寺はわざとらしいため息をつくと手にしていたネクタイを外して小さくまとめる。その仕草が、結果的には背中に負ぶさるようにして見ていた山本をどかせてくれていた。
「獄寺、その手……。」
「へ? ああ、痕ついてるな」
 制服のポケットに無造作に突っ込まれたネクタイは、よじれて形が変わっているのではないかと思うほど皺が寄った様子だった。それほど引っ張っていられたのは、獄寺は単に両端を握っていたのではなく、それぞれの手に二重に巻きつけて滑らないようにしていたからだ。
 よって、ネクタイを取った後の両手には、赤い筋が二本くっきりと浮かび上がっていた。いろいろと容赦がない獄寺なので、素手を締め上げたネクタイの摩擦で少し血も滲んでいる。痛々しい状態ではあるが、一分の曇りもなく自業自得だ。だがそこは山本だからこそなのか、心配そうにふらふらと獄寺に歩み寄るとその手をそっと握っている。
「山本……?」
「なあ、大丈夫か? 血が出てねえ? そうだっ、まだ昼休みだし、保健室に行って手当てしてくるか?」
 行ったところで手当てはセルフサービスになるのだろうが、そもそもそこまで大した怪我でもない。照れとも相俟ってパッと山本の手を振り払った獄寺は、やや顔を赤くして睨んでいる。
「そんな大袈裟な怪我じゃねえよっ、大体テメェがネクタイさせねえからこうなったんだろ!? そんなにオレに縛られんのがイヤなのかよ」
「獄寺……。」
 だが文句を言っているうちに、獄寺の顔からは赤味がすっと引いていっていた。
 要するに、詰っているうちに本当の目的を思い出したのだろう。きっかけは倒錯的なプレイからだったのかもしれないが、獄寺が勝手に暴露してくれたように首回りの接触を嫌がる根本に山本の嗜好が関わっているのかもしれない。単純なSかMかということよりも、束縛されるのが嫌いだと困ると獄寺は考えているのだ。それは裏を返せば獄寺は相手を束縛したいタイプであり、奔放に見えて意外に獄寺もまた束縛されたいタイプだからだ。
 獄寺は獄寺、山本は山本、そんなふうに割り切れるならば獄寺も苦労はしない。縛ることに興味がないのは、相手への執着の薄さに感じられる。縛られることを毛嫌いするのは、もし強行すれば愛想を尽かされてしまうかもしれないという恐怖と表裏一体なのだろう。
 だからといって、先ほどのような真似は賢いやり方とは思えず、そのこともまた獄寺には自覚があるはずだ。責めるようなことを口にしておきながら、獄寺の方から視線を逸らしている。後ろめたさより、不安がせりあがってきていると部外者でも分かる様子の向けられても、あっけらかんとした山本は外されたばかりの獄寺の手を再び取っていた。
「……山本?」
「だから、獄寺なら平気って言ってるだろ?」
 そう言って笑った山本は、獄寺の手首を持ち、両手を自らの首へとぺたりと当てていた。
 あれほどネクタイは嫌がっていたのに、確かに獄寺に触れられる分には問題ないらしい。少し呆気に取られたような顔をしてからまた視線を外している獄寺は、今度は居たたまれなさからではなく気恥ずかしさからのようだ。それでも緩く手のひらを開いて山本の首を両手で触れるようにしているため、それこそ素手で絞殺を狙う殺人犯と抵抗して手首を掴む被害者のようだと思ったが、黙っておいた。
「それにオレ、なんかMだって聞いたことあるぜ?」
「……へ?」
「ええっ、山本、いきなりなに獄寺君を無駄に興奮させるようなこと言ってんのー!?」
 しかも言ったの誰だよ!! と激しく聞き返したいところだったが、どうやら山本個人に対しての話ではないらしい。
「スポーツって、練習つらいし試合になったらガチガチに固められたルールの中でやってるワケだろ? それが楽しめるヤツって、基本的にMなんだってテレビかなんかで言ってた」
 中途半端に納得できそうな発言に、自分も獄寺も黙ってしまった。
 確かに山本は自由奔放に見えるが、それでいて野球に限らず基本的にスポーツが好きだ。ルール無用のケンカに興じている獄寺よりは、よほど制約の多い健全な体の動かし方ではある。それがそのまま性癖に繋がるかはまた別だが、確かにマフィアごっこと思って参戦する際にもやたらルールを確認していたことを思い出せば、山本に関してはあながち間違ってはいないのではないかという気もした。
「だからな、ほんと言うと、オレちゃんと頑張りてえの。ルールって結局、しちゃいけないことと、したら有利になることがはっきりしてるってことだろ?」
「まあ、そうだけどよ。つかなにを頑張るって……?」
 示されたールの範囲内で、勝利のために精一杯努力する。
 まさにスポーツマンの思考だ。
 だがニコニコとして続ける山本が今想定している『ルール』は、到底何かのスポーツのものではない。それが分かっていない獄寺が素で聞き返してきたことで、甘ったるい予感に自分は一人後ずさりするが、あっさりと山本は答えていた。
「だから、獄寺のこと」
「……は?」
「オレ、野球でも何でも、ずっとルールがまず先にあって、ちゃんと目標とかあったけど。獄寺のことは、どう頑張ったらいいのか、ほんと分かんなくて。もしかしたらルール自体がないのかもしれなくて、だとしたら、オレ、どうしたらずっと獄寺とこうしてられんのか、実は結構不安なのな?」
 そのまま獄寺の手首からは手を離し、背中へと回した両腕でギュッと抱き締めている山本は真剣だ。
 だが完全に論点がズレている。
「なあ、獄寺?……ネクタイしたら、オレ、お前とずっと繋がってられんの?」
「……!?」
「山本っ、その単語選択おかしい、おかしいから、獄寺君ちょっと誤解して照れてるから気がついてあげて……!!」
 身長は高いくせに、すがるような目で訴えるという器用な真似をして尋ねた山本に、獄寺は自らの目的を完全に見失っていそうだ。山本の首へと触れさせていた両手を獄寺もまた背中へと流し、ギュッと抱き返している。その表情はひどく満足そうで、若干の余裕も取り戻した様子で笑いながら耳元で返していた。
「……別に、ネクタイしただけで一発逆転にはなんねえよ。それよりも、山本?」
「んー?」
 背中に回したばかりの片手を外し、獄寺は指先でぐるりと山本の首の後ろ側をなぞってみせる。
「ちゃんと繋いで飼い犬にしてやっから、昨日の首輪、してくれるよな?」
「え、アレはネクタイよりイヤだ」
「……。」
 これで話はまとまると他人事ながら思っていたのに、あっさりと否定した山本には自分も肩透かしを食らってしまう。確かにネクタイはむしろ正装だが、首輪はただの倒錯的な獄寺の願望の産物だ。しかも飼い犬扱いされて不愉快に思うことも同調できるが、別にそういうことからではないらしい。
「だって、ネクタイよりもっと息苦しそうだし。なあ、獄寺?」
「……なんだよ」
 どこまでいっても、山本にとっての判断基準は息苦しいかどうからしい。それはそれでどうかと思わないでもないが、逆にそう切り出した山本は、ニッコリ笑って尋ねていた。
「気持ちとしてはさ、オレ、獄寺に首輪されてるつもりだし? それで許してくれねえ?」
「……。」
 口だけならどうとでも言えるが、殊山本では事情が違ってくる。
 山本だからこそ、その言葉に嘘はない。言わなくていい本音が全開になっているのは最早常識であり、優しい気持ちになることの方が多々だが、今回は少なくとも獄寺にとっては嬉しいものだっただろう。
 傍で見ていれば、山本は相当のタラシだ。しかも天然で無自覚で、且つすべて本心なのだから余計に性質が悪い。
 見えない首輪は既に嵌められているのだから、その鎖の先をしっかりと握っていて欲しい。いくら山本は拘束されているつもりでも、獄寺がちゃんと持ってくれていなければ繋がっているとは言えないのだ。
 そんなことをこんな場所でおねだりした山本に、獄寺は余裕など保てなくなったらしい。
「……分かった」
「そっか!! 獄寺、ありがとな!!」
 強烈な愛の告白を、分かっていないのはした本人だけだ。
 小さく頷いてくれた獄寺を山本が嬉しそうにギュッと抱きしめ直したところで、ちょうど昼休みの終了を告げるチャイムが校舎内に響き渡った。
 擬音語ならばキーンコーンだったはずのその音色が、何故かリーンゴーンに聞こえ始めたのは気の所為ではないはずだ。いつしか見守っていたクラスメートたちが、どこまで何を理解しているのか、喜んでいる山本を祝福するように拍手を贈っていた。
 それにつられるようにして呆然としたまますぐ間近で拍手をしてしまいつつ、自分は確信していた。
 首輪でないならば、せめて指輪で。
 そう意気込んで渡し、野球をするから指輪はつけないと拒まれてまた一騒動起こす前に、獄寺にはハーフボンゴレリングが届けられた朝のことを思い出してほしいと切実に願った冬の始まりだった。
 
 









■後日談的な数年後。


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なんか珍しいものを書いたつもりになってたけど、最終的にはいつもの感じに。イヤンバカン。
ていうか、山サンが頑なにネクタイとかしたがらない(してないシーンが多い)理由が、大したことじゃなかったらいいな的な以下略。
どうでもいいですけど、個人的にはワンワンプレイは凄くいいと思います。(そんな〆!

ロボ1号