■キミを繋ぐ/数年後






「こら、逃げんなっ」
「えー、だって……。」
 そんなこともあったなあ、とツナが懐かしく思い出したのは、中学生の時分と変わらない光景が目の前で繰り広げられているからだ。あれからもう数年、自分たちは十代も最後の年を迎えている。紆余曲折はあったものの、結局は三人ともこうしてイタリアに渡ることになっていた。
 いまだにボスという肩書きには居心地の悪さしか感じないが、友人たちと離れずにすんだことは素直に嬉しい。元々マフィアで、ツナの右腕になるべく来日していた獄寺はともかく、山本に関しては互いの立場を慮って絶縁も覚悟していたので尚更だ。共に在れることは僥倖には違いないものの、野球への熱意やそもそも一般人だったという認識からはまだ複雑だ。釈然としていない。だが当の山本はすっかり割り切ってしまっているため、ツナもまた蒸し返すことだけはしないでおいた。
 なにしろ、下世話な曲解でならいくらでも動機付けは可能なのだ。
 いくらなんでもそれはない、人生を男のために投げ捨てていいものか。そんな角度を軸にした場合の『曲解』だが、なにしろ相手は山本武だ。もしかすると山本の中では人生の主軸だったのかもしれず、下手にからかって友人の尊厳を傷つけてはいけないという思いやりで、今もまたツナは控え室で友人たちを眺めるばかりだった。
「なあ、まだ時間あんだろ? 今からしなくたっていいじゃねえかっ」
「あのなあ、山本……!!」
 今日はいくつかいる同盟ファミリーのボスとの顔合わせが予定されている。顔合わせ、と言えばまだ和むが、実際は値踏みと言っていい。なんだかんだと実家の名前が付き纏う獄寺と、全くのカタギに近い生まれの山本は種類は違えども評価が厳しくなる。山本に至ってはほとんどイタリア語もしゃべれないし、実のところまだマフィアのことを理解していないのではと不安になるところがあるのだ。
 それこそ武器を片手にしての手合わせならば、名立たるらしい同盟ファミリーも二人の実力はあっさり認めてくれるだろう。だがそんな危険なことは今回はするはずがなく、あくまで表面上はテーブルを囲んでの談笑なのだ。
 想像するだけで胃が痛い。
 心底ツナはため息をつくが、同じように深いため息をついた獄寺は全く違う理由からだ。
「んなこと言って、どんだけ妥協してやったと思ってんだ!? 仕立てのときも、スーツが完成したときも!! 色合わせるから付けさせろって言ったのもかわして、挙句にさっき家出るときまで見逃してやったのに、テメェまだしねえつもりかよ!?」
「だって、オレ……。」
「いいからネクタイしろって言ってんだろっ、このバカ!!」
 ネクタイ。
 そう、ネクタイなのだ。
 悩みが簡単でいいなあ、と皮肉も言いたくなるほど、この二人は相変わらずだ。日本にいる間も、結局山本はほとんどネクタイをすることがなかった。三人で通った高校の制服にネクタイがなかったことも、拍車をかけたのかもしれない。
 とにかく首回りがきつく感じられる服、特にネクタイを嫌う山本の性質は治る気配が一向に見えない。今回は一応会合ということになっており、リングの守護者でもある山本は獄寺と違ってイタリアでは全く顔が知られてないため、ほとんど初お披露目で注目度が一番高いのだ。言葉の問題で会話で誤魔化せない分、せめて身なりだけでもと渋る山本にスーツを新調させ、正装での列席を『命令』した。
 友人なのに、ボスとしての威光を振りかざすような真似は本当に嫌だった。だが山本がせめてスーツを着てくれないと十代目に恥をかかせることに、とぐずる獄寺にも困ってしまい、リボーンからの後押しもあり仕方なくツナも山本に命令、心情的にはお願いしたのだ。山本はやはり少し困ったような顔はしたが、中学生の頃言っていたように、必要があればネクタイも締めるという意識はあったのだろう。どうやら今回はその必要な機会だと納得してくれたようで、スーツを作るというところまでは上手くいった。
 いや、上手くいかなかったのかもしれない。
 それはオーダーメイドのため、採寸をする際に少しその気があるこちらの仕立て屋が、やたら山本を気に入って不必要にベタベタ触っていたことで立ち会っていた獄寺がダイナマイトを構えからではない。ちなみにツナがそのことを知っているのは、仕立て屋の性癖を知っていたためにそんなことになるのではないかと心配して同席していたからだ。案の定『オレの可愛い山本に!!』と仕立て屋を抹殺しかけた獄寺に、何故急に獄寺が暴れだしたのか分からない山本はのん気に笑っていた。それでも腕は確かでファミリーの一員でもある仕立て屋を殺させるわけにもいかず、必死で獄寺を止めたのは確かに上手くはいかなかったことだ。
 だが、今ツナがしみじみ思ったのはそのことではない。
 獄寺の狂乱ぷりに怖気づいたのか、あるいは山本がよほど気に入ったからなのか。その気がある仕立て屋は、いつも以上に張り切って山本のスーツを仕上げてくれた。その寸法は完璧で、選んだ布地も文句が付けようにないほど似合っている。だが、似合いすぎたのがまたいけなかった。
「だって、まだ一時間? 三十分? オッサンたちと会うまでに時間あるんだろ?」
「バカ言えっ、あと三十分しかねえってことだろ!?」
「あははっ、獄寺って相変わらずせっかちなのなー!!」
 獄寺も叫んでいたように、スーツの仮縫いと完成した際、更にその後もネクタイをいくつか締めて色を合わせるということをする予定はあったのだ。だがシャツのボタンを一番上まで締めることすら嫌な山本は、獄寺以外には首周りに触らせもしない。結果的にネクタイの選定は獄寺に任されることになり、その獄寺だからこそ山本からの『お願い』についほだされてここまで来てしまった。
 要するに、似合いすぎてドキドキするらしい。いつぞや悔しそうに報告してくれた獄寺に、ツナは呆れ半分と妙な納得を持って聞いてしまった。単純に、スーツなど着ないから物珍しいという感覚はあるだろう。だがそれに加え、身長が190近くずっと野球で鍛えていた山本は細身の体躯だがしっかりと筋肉もついている。表情にしまりがないので忘れがちだが、真面目な顔をすれば山本はかなり整っている方なのだ。そこに惚れた欲目が加わってしまう獄寺には、スーツ姿でシャツの首元を開け、困ったようにお願いされてはついつい許してしまったようだ。
 そう思えるのは、今まさにその光景が繰り返されているからでもある。一人分には広いが二人で座ると窮屈そうな中途半端なソファーに座る山本は、獄寺の勢いに押されてか片足を座面に乗せて逃げるような格好だけは見せている。さすがにスーツは着込んでいるものの、シャツの裾は出し、首元も鎖骨が見えるほど開けた状態だ。
 一度、ツナは提案したことがある。あくまで山本が嫌がるならば、ネクタイはネクタイでも、最初から締めた状態で結び目にホックがついてシャツに引っ掛けるものでもいいのではないかと。あるいはカポッと正面から首に嵌める形状記憶合金がついたもので、いわゆる『締める』必要はないのではないか、と。
 だがその時点で通常のネクタイをわざわざ購入済みだった獄寺は、絶対に締めさせてみせますと無駄に約束してくれたのだ。そのことがプレッシャーになってるのではないか、と不安にも思っていたが、この様子ではツナの提案がそもそもあまり意味がなかったらしい。なにしろ山本は、まだシャツすら開けたままなのだ。よほど開放的に育ったんだろうなあ、と中学校で初めて会ったときに思った感想を数年経っても思ってしまうツナだった。
「笑い事じゃねえっ、いいからもうしろって言ってんだろ!?」
「えー……。」
 会合の部屋に続く控え室は、こちらの主賓用の他にもちろん来賓用のものがある。その距離はさほど離れていないので、この喧騒は他の同盟ファミリーのボスたちにも聞こえてしまっているだろう。内容まではさすがに判別できないと思われるので、どうかディーノさんが誤魔化していてくれますように、とツナは頼りになる兄貴分にどうしようもない友人たちのことを心の中だけでお願いしていた。
 ちなみにツナも獄寺ももう身なりは整えており、これからすぐに会合だと言われても行ける状態だ。山本もシャツとネクタイさえ調えれば完璧だが、そもそもこの格好でここの建物に来て、それから一向に進んでいない。普段は獄寺の空回りには優しい気持ちになるばかりだが、今回は珍しく全面的に同情できていた。そんなことをツナが思っていると、ふと視線を感じる。
「……なに、山本?」
「なあツナ、やっぱネクタイしなきゃいけねえの?」
「お前っ、ここにきて十代目にそれきくのかよ!?」
「ご、獄寺君、落ち着いて……!?」
 少しだけ、そんなに嫌ならいいかなあとも思っていたのだ。だが山本の目は撤回してくれという懇願とは違う、すがるような色を見せていた。
 もしかすると、山本の腹は決まっていたのかもしれない。ただここまで散々拒んでいたので、今更獄寺に頷いてみせるのができないだけではないのか。基本的に天然で物事を深く考えていないように見える山本は、大抵においてその印象の通りだ。だが殊獄寺に対してだけは時々変な気遣いを見せ、往々にしてそれは見当違いのため騒動が大きくなってしまう。
 今回はその典型か、とツナはため息をついていた。だが浮かべた苦笑は決して嫌悪感からではない。
 こうして三人でイタリアにいるという状況でも、変わらない友人たちにどこか安堵したのだ。ツナが頷いてくれれば、山本は仕方なくといった様子でも獄寺にそれこそ首を差し出せるのだろう。だが既に頭に血がのぼっていたためか、そんな山本には気がつかなかったらしい獄寺がいきなりシャツの襟をぐっとつかんでいた。
「獄寺?」
「ご、獄寺君っ、そんなにつかんだからシャツが皺になっちゃうよ……!?」
「……山本、これでもか?」
 止めようとしたツナの言葉も間に合わず、獄寺はさらされたままの山本の首元に顔を埋めていた。ビクッと一瞬山本が体を震わせたことでも、獄寺が噛み付いたのだということぐらいは分かる。
「んっ、痛……て、獄寺……?」
「だから、こんな痕さらしたまんまで人前に出れるのかって言ってんだ」
 満足そうに顔を上げた獄寺は、そう言うと山本の首の付け根の辺りを指先で撫でていた。予想したような歯形はほとんどついていなかったが、相当強く吸ったのか鬱血痕はツナのいる距離でもあからさまだ。いわゆる派手なキスマークが付けられた位置はなんとも絶妙で、そうきたか、と内心ツナは感心することになる。
 首の付け根に近く、また喉元と言ってもいいその箇所は、今の山本の服装のままでは隠しようがない。だがかなり下の方ではあるため、それこそシャツのボタンを上まで締めれば簡単に見えなくなるのだ。
 ソファーに座っている山本を見下ろし、獄寺は自分がつけた鬱血痕を満足そうに撫でたままで返事を待つ。それに、少し呆気に取られていた山本がやがて破顔して言った言葉にツナの心の中だけで同意していた。
「……獄寺って、ほんっとバカなのな」
「な、なんだとテメェ!? オレがせっかく……!!」
「だってさ、こんなの付けられたら? 逆に見せびらかしたくなってくるんじゃね?」
 照れたように笑っている山本は、男としての見栄で言っているのではない。普通に解釈すれば、女に付けられた情痕を自慢するように取れなくもない。
 だが山本はそんな意味ではなく、単純に、獄寺にされたことが嬉しくてたまらないだけだ。良くも悪くも純粋で、子供っぽさが抜けない山本ならではだろう。そういえば山本は今も昔も獄寺君に愛されるのが大好きだった、と思いはしてもさすがに他人事ながら気恥ずかしく、ツナが視線を逸らすほどだったので当事者は堪らなかったらしい。
「バッ……バカッ、なに言ってんだよ!? もうテメェなんざ知らねえよっ、勝手にしろ!!」
「おわっ!? えっ、あ、獄寺……!?」
 照れた獄寺はそう言い放つと、持っていたネクタイを投げつけて踵を返していた。一方の山本はネクタイが床に落ちる前につかむと、慌ててもう一方の手で獄寺の手をつかもうとする。
「ご、獄寺、待っ……!?」
「……うるせえ」
「だって、オレ、獄寺しか……!!」
 だが指先に触れた手をパッと振り払われ、山本は相当ショックだったようだ。腰を浮かせ、立ち上がろうとしていた体勢からまたストンとソファーに座り直している。それは要するに振り返りもせずに獄寺から拒まれたことで、追いかけてはいけないのだと身を引いたからだ。
 変なところで自信がないのも相変わらずか。
 うっかりまた微笑ましくなってしまいそうな言葉を飲み込んで見守っていれば、たとえ目では見えなくとも背中で感じられる山本の雰囲気に、獄寺が無視などできるはずがなかった。
「……ったく、仕方ねえな。これで最後だぞ?」
「獄寺……!!」
 山本も自分でネクタイを締められなくはないのだろうが、年単位でしていない状態ではキレイにはできないことは明らかだ。あるいは、そもそも締め方を知らないという危険すらある。よって誰かがしてやらなければならないのは確定だが、その相手としては獄寺しか山本は認めていないのだ。
 それこそ妥協をすれば、日本にいる父親だとか、あるいはツナやリボーンといった友人でも我慢はできるのだろう。だが獄寺にしてもらうのとでは、我慢の程度が違いすぎる。そのことを隠そうともしてない山本は、獄寺に匙を投げられることには極端に怯えていた。
 一度日本でしみじみと山本の父親が語ったことがある。既に公認ではあったので、何かの折に獄寺が山本の首筋を撫でている様を見て、驚いたように、それでいて少し寂しそうに呟いたのだ。
『……武のヤツ、父ちゃんにも泣いて嫌がってたクセによ』
『山本って、そんな小さな頃から首触られるの嫌いだったんですか?』
『ああ、嫌いなんてモンじゃなくてなあ。ほら、獄寺君のお姉さんの結婚式のとき。アレも自分から締めてくれって言い出したのに、泣かれて散々だったんだよ。まあそれが武の可愛いトコでもあるんだがね、ツナ君』
 それは決して小さくはない頃の話なのでは。
 少なくとも中学生がネクタイを父親に締めてもらうことで泣いて嫌がるのはどうなのだとツナは思ったが、この父親のことなので妙なフィルターがかかっているのかもしれないと思うことにしていた。なにより、そうして息子を眺める山本の父親の目があまりに寂しそうで、何も言えなかったのだ。それこそ嫁に出す心境を垣間見てしまい、ツナは思わずいろいろ謝りたくなってしまったものだ。
 大袈裟なのかもしれないが、そんな経緯を聞いているツナにとっては、今目の前に繰り広げられている光景は驚愕そのものだ。アナタの息子さんはこんなにも成長されましたよ、と写真を撮って山本の父親に届けたくもなってくる。
「獄寺、早く……!!」
「……いや、あの、山本な? そんな体勢取られると、違うこと待たれてるみたいな気がしてくんだけどよ」
 だがツナが記念写真を断念したのは、まさに獄寺が言った解釈そのものからだ。
 ようやく覚悟を決めたらしい山本は、ネクタイを獄寺に渡すとぐいっと首を逸らしていた。ネクタイを締めやすいように、という配慮なのだろうが、そもそも山本はソファーに座っているのだ。立っている獄寺から見て首を逸らすと、単に顔を向けてきているようにしか見えない。更に緊張からか、ギュッと固く目を閉じて我慢している様子は、まるで初めてのキスを待っているかのような図だ。こんなところを写真に収めでもすれば、武はまだ獄寺君と手を繋ぐのも照れるくらいで、と心底信じているあの父親を殺しかねない。
「違うこと……?」
「なんでもねえよ、別にそれこそファーストキスのときは随分平然としてたクセにとか今更苛立ったりしてねえよ。ほら山本、動くんじゃねえぞ」
「んー……!!」
 山本が獄寺との初めてのキスに平然としていたのは、キスより前に組み敷かれていたからではないのかとツナは心の中だけで指摘しておく。おそらく、平然としていたのではなく、呆然、あるいは愕然としていただけではないか。友人だと思っていた男にいきなり組み敷かれた後でキスをされたところで、衝撃具合は霞んで当然というものだ。
 だがそれが結局ここまで鈍い山本に獄寺の気持ちを分からせることになったようなので、結果論としてはよかったのだろう。なにより山本自身がそう思っている節があるため、部外者であるツナたちがどうこう言えた問題ではない。時折獄寺は敢えて口にすることで自嘲しているようだが、山本があまりに気にしていない様子に最近ではだいぶ後ろめたさは和らいできているようだった。
 そんなことをツナが思っている間に、獄寺は手際よく進めていた。まずシャツのボタンを上まで締めたところで、襟を上に上げておく。そして山本がまた嫌がる前にさっさとネクタイを回すと、器用に結んでみせていた。
「ん……!!」
「ほら、できたっての。山本、立てよ」
「んー? ん……なんか、やっぱ苦しい……。」
 最後に襟を折ってネクタイを調えたところで、早速結び目を緩めようとする山本を制すようにして両手をつかんだ獄寺はそう促す。それに山本は拗ねたような表情を見せるが、逆らいはせずソファーから立ち上がっていた。
「なあ獄寺、もうちょっと緩めて……。」
「こんなモンだっての、ちょっとは慣れろよ。ほら、裾もやってやっから腕、背中に回しとけ」
 正面からすがるようにして妥協を求める口調は、完全に甘えるようにしか聞こえてない。だが素直に山本が獄寺の背中へと腕を回し、懐くようにしている間に獄寺は今度はベルトへと手を伸ばしていた。
 完全に外すようなことはせず、軽く緩めてシャツの裾をスラックスの中へと入れてやる。そしてベルトを直し、ジャケットのボタンも留めれば完成だ。背も高く、見映えならば完璧のはずの山本だが、その表情は相変わらず冴えない。
「なあ、獄寺……。」
「言っとくけど、ネクタイはそのままだからな」
「それも、緩めてほしいんだけど……なあ、怒ってる?」
 傍目にはちょうどよく締められているネクタイだが、山本にとっては窮屈そのものなのだろう。それを何とかしてくれと言い出すと思い込んでいたのは、獄寺も同じだったようだ。服を調え終えてくれた獄寺をしっかりと抱き締めた山本が、耳元で尋ねたのはそんなことでツナも呆気に取られてしまう。
 怒らせたのはお前だろうという自業自得を非難する意味からではない。
 単純に、なんだかんだでそちらの方が重要なのかという、ツナにしてみれば呆れ、獄寺にしてみれば照れからのため息だ。
「獄寺……?」
「……あのな、山本?」
 そのことは、自然と山本の背中に獄寺が腕を回していることからも明らかだ。
 互いに男なので、化粧などしてないことがこんなときは便利だろうと思いつつツナが視線を外してやったところで、タイミング悪くドアがノックされていた。どうやら用意が整ったらしい。こちらの返事も待たずにドアを開けたのは、今も昔も変わらず尊大なリボーンだ。
「おい、そろそろ出番だぞ?」
「え、ちょっと早くない?」
「あちらさんが焦れてんだ、まあボンゴレは格が違うってことを示すために待たせまくって威風堂々と入室してもいいんだがな」
 それはちょっと、とツナは顔が引き攣ってしまう。今回の主賓はボンゴレ、つまりツナの方なのだが、同盟間の力関係で先に来賓のボスたちが会合の席について待っているのだ。もちろんわざと待たせて威厳を見せるというのも一つの考え方だろうが、ツナには到底できそうにない。
「……あと、ディーノが他のボスたちから質問責めにあって困ってる。出し惜しみしたところでこっちは同じなんだ、さっさと行ってやれ」
「ああ、うん、それがメインの理由か……。」
 なんだかんだと、元教え子であるディーノには甘いリボーンだ。今日の来賓の中では唯一獄寺や山本と面識のあるディーノは、やたら聞かれて困っているのだろう。
 早めに行ったところで、ディーノを助けることになってもこちらに不利になることはない。呼びにきたリボーンの言葉を正確に理解し、さて、と気合を入れて椅子からツナは立ち上がるが、リボーンの視線は別に向けられていた。
「……馬子にも衣装てヤツか」
「え、孫って?」
「バカッ、テメェのことだよ!!」
「なんにせよ、獄寺、ご苦労だったな」
 ニヤリと笑って山本を評し、ついでに獄寺を労っているリボーンもまたこの二人の関係を熟知している一人だ。山本のスーツを調えるということが、どれだけ大変だったのか。知っているからこそ珍しく素直に誉めたリボーンに、獄寺は大袈裟にため息をついてみせる。
「ほんっと大変でしたよ、リボーンさん。次はないことを祈るばかりっスね」
「まあ今回は特別だ、どうせこんな場には山本はもう出さねえから安心しろ」
「それ信じますよ、頼みますからね、リボーンさん……。」
 今回はお披露目という意味で服装を改めたが、今後山本がメインとして会合に出ることはない。もちろん有力者の前に出ることはあるだろうが、その際には機能優先、要するに山本が闘いやすい服装が『正装』となるため、山本が望まない限りスーツである必要はなくなるのだ。
 獄寺と抱き合う格好からは離れたものの、いまだに隙あらばネクタイを緩めようと手を伸ばしかけて獄寺に叩かれている山本なので、確かにこれが見納めになるだろう。そう思えば、こんなに似合うのにもったいないとツナですら思うが、そこでリボーンが怪訝そうに顔をしかめたのが分かった。
「リボーンさん?」
「……。」
 尋ね返したのは獄寺だが、リボーンの視線が向いているのは山本だ。
 そのことで、ツナには視線の意味が分かった気がしていた。
 今回の会合で、言葉が分からないことを抜きにしても、山本は大して発言をする予定はない。ただニコニコしておけばいい、とリボーンはツナに言っていたのだ。
 畏まって小難しい顔を作る必要もないと断言したのは、たとえ温和な表情で侮られたとしても山本の実力にはボンゴレは絶対の自信を持っているからだ。今日の場では軽んじられるかもしれないが、いずれ声高に主張せずともその強さは届くことになるだろう。そのときに、逆に今日見た笑顔の意味が違うものになっていく。
 あんなに温和で、朗らかに見えたのは作戦だったのか。
 あるいは、そんな穏やかな状態であの実力なのか、と。
 どちらに解釈されても、マフィアという人種に慣れた同盟のボスたちは山本を過大評価するだろう。実際には山本は単にああいう性格なだけで、装わせようとすると逆に不自然になるだけだ。ボロが出るというより、そもそも不可能に近い。
 アレコレと理屈をこねてリボーンはそう解説をしてくれていたが、一言で言えば山本が可愛いだけだ。信用もしているが、ただでさえスーツを着せることで苦痛を強いるのに、賢そうに振る舞えと言って更に気苦労を重ねさせるつもりはない。ディーノと山本には相変わらず扱いがいい、と思いはしても口にはしなかったのに、何故かツナはリボーンに発砲されて肝が冷えたものだった。
 そんなやりとりを思い出せば、今のリボーンの怪訝そうな視線の理由は一つしか考えられない。
「……まあ、大丈夫だよ。じゃあそろそろ行こうか、山本たちもゆっくり来て」 
「あっ、ハイ……!!」
「おい、ツナ……。」
 ニコニコとして穏やかなままでいいと示したはずなのに、その山本の表情が冴えない。会合を前に緊張したとは思えず、原因はなんだと探るように睨んでいたリボーンにツナはさっさと退室を促していた。
 それに獄寺は改まって返事をし、リボーンは怪訝そうにしたままだ。だが唯一名指しした山本には意図が伝わったようで、ツナとリボーンが廊下に出たところで獄寺に尋ねている。
「なあ獄寺、怒ってる……?」
「ハァ? まだそんなこと言ってんのかよ」
「だって、獄寺……。」
 ゆっくり来ていいからといって、別々に会合場所に向かうという意味ではない。廊下に出たところでツナたちが足を止めていれば、開いたままのドアからそんな会話が聞こえてきていた。
 要するに、山本の顔が曇っているのはまだ不安が残っているからだ。
 そんなやりとりだけで察したらしいリボーンは、呆れたようなため息をついている。だがもっと大袈裟に控え室でため息をついた獄寺は、少し踵を上げて山本の耳元に口を寄せてやっていた。
「……。」
「……ほんとに?」
「嘘ついてどうすんだよ」
 囁いた言葉は聞こえずとも、真偽を尋ねる山本の表情が晴れやかなことで内容は推して知るべしだ。
 すっかりいつもの調子を取り戻してニコニコしている山本に、呆れてみせつつ笑みを隠せない獄寺が軽く唇を押し当ててやれば、それこそ嬉しそうな笑みに拍車がかかる。
「……アレはアレで、問題だな」
「え、そうなの?」
 そんな光景を廊下から見ていたリボーンの言葉に、ツナは不思議そうに聞き返した。単にオレが腹立たしい、といういつものパターンかとのん気に構えていたのだが、そういうわけではないらしい。
「……確信がなかったから、オレも今まで言わなかったが。どうも例の仕立て屋、腕は確かだが口が軽いらしい」
「へ? 仕立て屋って、山本のスーツ作った人のこと?」
「そいつだ。まああくまで差し障りのない世間話程度のことだが、どうも、山本の噂が危惧した方向と別の種類で広がっている。今日の会合を、別の意味で楽しみにしてきたヤツも結構いるってことだ」
 ツナたちが危惧した噂とは、やはり年の若さや日本人である点、なによりカタギの出自に関して山本の実力が侮られるということだ。
 だが、違った方向とは何を意味しているのか。
 例の仕立て屋、という情報源から、察することは一つしかない。
「……イタリア人て、そんな人ばっかりなの?」
「バカ言え、あくまで面白がってだ。けど、悪ノリが過ぎることは否定できねえ。まあ本気になられても困るが、むしろからかう意味で妙なことを言い出すヤツでもいれば……。」
「ちょ、ちょっと待ってよ、そんなことになったら!?」
 仕立て屋での恐怖が、鮮明にツナの中で甦る。死ぬ気になっていない状態で、ダイナマイトを放とうとしている獄寺を止めるのは心底恐かった。
「まあツナ、頑張れ」
「ああああっ、やっぱそこはオレの仕事なの……!?」
 獄寺の実力も知らしめられて一石二鳥だろうと実にいい笑顔で断言したリボーンを心の中だけで呪いつつ、そろそろ諦めもついてくるツナだった。
 ボスとしてではない、友人としてだ。
 山本がネクタイを嫌がったり、そんな山本に呆れつつ付き合って過度な独占欲で獄寺が傍迷惑に空回ったり。
 そんな二人を呆れつつ止めるのが自分だという関係は、ずっと変わらないのだろうなあとツナは思った。
 変わらなくていい気もしてくるから、また余計に性質が悪い。
 そうも思いながら、まずはそれ以上のことに発展してもおかしくないほど控え室でキスを深めている友人二人を止めるべく、顔を引き攣らせてツナはイタリアでもまた声をかけたものだった。












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単にネクタイを締める設定として、数年後マフィアに。(待て
仮にマフィアになってても、相変わらずだといいなあて感じで。
…そうにしても、この話の山サンは獄寺氏に甘えすぎだ(笑
獄寺氏はいつものことだけどー!!!(そんな〆!
ツナごめん(笑

ロボ1号