■遠きを臨む
-06.
九月八日、金曜日。
獄寺にとっては、十三歳最後の日だ。
先日の日曜日に作ったコブはとっくに痛みは引いていたが、目立って仕方のなかった首や腕の傷もようやく癒えてきた。そんなことを思いながら登校している獄寺の頭上で、太陽はもう随分と高くなっている。
「あー……やっぱ、行くのやめっかな」
既に昼休みに入っている学校は遅刻してくるにはちょうどいいタイミングだが、かといってサボるつもりだったのでやはり気が進まない。ちょうど一時間ほど前、三時間目が終わった後の休憩時間と思われる時刻にツナからのメールがこなければ、獄寺は一日不貞寝をしているつもりだったのだ。
今日が嫌なのではない、明日が憂鬱だからそれに拍車をかけてくれるに違いない前日である今日は登校したくなかっただけだ。だが十代目と尊敬するツナから直々に呼び出しがあったとくれば、そんな駄々もこねていられなくなる。
「十代目は、アイツに甘すぎますよ……。」
そうぼやきつつこうして下駄箱に向かっている自分も、結局は甘いのだろうと獄寺はため息を深めていた。
ツナからのメールの内容は端的で、病気などではなく単なるサボリならば登校してほしいというものだった。実のところ、明日が獄寺の誕生日だと知っているツナからは、プレゼントは明日届けるよと前々から言われている。それが明日唯一の楽しみで、むしろそれがなければ二十四時間寝倒していても構わないとまで獄寺は思っていた。
よって誕生日前日だからという理由ではなく、さり気なくメールに付け加えられていたのだ。
山本も寂しそうにしているよ、と。
獄寺にとっては誕生日前日でも、山本にとっては大事な遠征試合の前日だ。寂しくないことはないかもしれないが、それより気を取られることはたくさんあるのだろうと獄寺は思っている。それでもよりによってわざわざツナに伝えられてしまうという二重苦で、獄寺は億劫な気持ちをおしてでも登校してくるしかなかった。
「……。」
気がつけば、首筋に手を当ててしまっている自分がいる。元々の癖ではなく、今週になってからそうなってしまった仕草だ。
このあいだの日曜日、要するにバイトの二日目。駅裏から随分歩いたところでようやくキスできたときは、ちょっとした感動ものだった。だが獄寺はすぐに、そんなのん気なことを言っていられる場合ではなかったと思い知らされた。
『ん……あ、獄寺ぁ……。』
『山本……?』
『だから、獄寺……オレ、ヤバイって……。』
キスを終えて告白してきた山本に、何がと尋ねるまでもなかった。
そもそも足りないと散々繰り返していたし、加えて声が甘ったるすぎる。だが展示用の住宅以上に事に及べるはずもない屋外で、獄寺は完全に酩酊状態に入っている山本に慌てた。もちろん酒ではなく、獄寺に酔っている状態だ。望まれるままにキスを施したことでマタタビに拍車をかけてしまったらしく、宥めすかしてなんとかバスに乗せ、獄寺は自分のマンションに山本を連れ込んだ。
「……。」
そのときのことを思えば、引いたと思っていたはずの頭部がズキリと痛んだ気がした。
帰宅したときは午後五時近くなっていたし、いかに朝をしっかり食べていても腹は減る時間帯だ。それでもよほど待機用テントでもらったデザート類の腹持ちがよかったのか、空腹を感じる余裕もなかったのか。やっとの思いで玄関に押し込めたところで、いきなり獄寺は派手に押し倒された。
『痛いっ、ての……なにしやがんだ、このバカ……!!』
『獄寺、オレ……!!』
ガンッとそのとき廊下にぶつけた頭のコブは、翌日までズキズキと痛んだものだ。だが痛みに文句を言っている間に山本に更に圧し掛かられ、まさか今夜はこういうプレイかと愕然としたものの、手つきのたどたどしさでそれはないと確信した。
あくまで我慢できなくて気が急いているだけで、山本は結局獄寺に抱かれたいらしい。早く早くと廊下で乗ってくる山本をアレコレと言い聞かせ、最終的には拗ねて黙ったところを強引に抱え上げた。体格差から足元は不覚にもふらついてしまったが、なんとか堪えて寝室に向かう。このときばかりはドアをきちんと閉めない自分のだらしなさに感謝して、蹴り開けた先に鎮座する大きめのベッドに山本を放っておいた。
『うわっ……獄寺ぁ……!!』
『いいから待て、もうちょっとだけ待て。ゴムはともかくジェルはあった方がいいだろうがっ』
久しくしていなかったため、ちょうど切れていた潤滑剤の買い置き分はパッケージがあいていなかった。それを破っている間も待てないとばかりにベッドから下りて懐いてこようとする山本を押しとどめ、なんとかジェルを片手に押し倒すことに成功していた。
それからも、やっぱりスーツは先に脱がせてくれだの、もっとちゃんと好きと言ってくれだのと注文が多い山本に、ほとほと呆れつつも獄寺は付き合ってやっていたのだ。
正直、注文というおねだりをされるのも悪い気はしなかった。
だが悔しいので自分の中ですらそれは認めず、一応はしぶしぶ応じたというふうに記憶は改竄してある。そうして山本が好むように抱いてやれば、山本もまたいつになく感じ入って乱れてくれていた。あられもなくよがったということなのだが、山本の場合、若干野生じみてくるらしい。おかげで極まってくるとやたら引っかかれたり、噛み付かれたりして獄寺は終わった頃には傷だらけになっていた。
「……本気で躾が必要だよな、あのバカは」
ようやく癒えた傷痕を無意識で撫でてしまいつつ、獄寺はそうため息をついていた。
そんな性癖にこれまで気づかなかったというのは、それだけ山本を気持ちよくさせていられなかったのかもしれない。だが終わってから山本がぐったりと意識を失っている間にさっさとシャワーを浴び、寝室に戻ってきた獄寺に対して目を覚ました山本はキョトンとして言ったのだ。
『……獄寺、風呂場でコケたのか?』
「ヤバイ、思い出したらまた腹立ってきた……!!」
傷だらけ、ついでに痣だらけの獄寺を見て、すっかりマタタビは抜けたらしい山本の感想はあんまりだった。気をつけなきゃダメだぞと笑いながら続けられて、愛想を尽かしてやるとできもしないことを心に誓ってみたものだ。結局その日は山本がシャワーを浴びてきた直後に心配性な父親から電話がかかってきて、山本は慌てて家に帰っていた。
もちろん翌日の月曜日から学校で会ってはいるが、特に何かが変わったということもない。
山本は野球が忙しくて、学校では変にスキンシップは多いがそれだけで、ただ獄寺の体に残る傷だけがあの日のことを覚えているようだ。
「……。」
多少の痛みはあったものの、差し引きして余りあるほどの嬉しさに満ちていた。
だが一晩経てば、あるいは獄寺がシャワーを浴びていたほんのわずかな時間眠っただけですっかり戻ってしまった山本は、相変わらずだ。獄寺の誕生日のことなど知っている様子すらなく、漫然と過ぎていく日々に耐え切れなくなり、女々しいと分かっていても前日となる今日は登校したくなくなった。
傷もすべて治った今となっては、あれはそれこそ夢だったのではないかと思ってしまう。あんなにも赤裸々に獄寺を求め、獄寺にスキだと言われるのが嬉しくて堪らないとはにかむような山本は、やはり自分の願望の中でしか存在しないのではないか。
「……アホらし」
山本が何も言ってこないので、獄寺もまた日曜日のことに関しては触れることはできなかった。ツナには怪我を心配されたものの、適当に言葉を濁せば勝手にケンカでもしたと誤解してくれたらしい。騙しているようで居たたまれなかったが、詳しく説明するわけにもいなかったので獄寺は申し訳なく思いつつも放置している状態だ。
そうして迎えた金曜日、獄寺はガラッと教室のドアを開けてみる。すると一瞬注目して静まり返ったが、すぐに昼食時のざわめきを取り戻す教室内で、一際大きな声をあげたのは予想通りの人物だ。
「獄寺!!」
「……ああ」
「なんだよっ、今日来ねえのかと思っただろ!? 休むなら休むって、オレ、ちゃんと言ってほしいのな?」
あと遅刻するときと早退するときも、と言いながら近づいてくる山本は本当に嬉しそうだが、獄寺の登場は予想外だったようだ。山本がいた席の隣で弁当を広げていたツナをチラリと見やれば苦笑していたので、あのメールは山本には言っていないのだろう。そう考えればますます偉大な十代目にお気を遣わせやがって、と呆れてくるが、そう思ったときにはもう獄寺はギュッと抱き締められていた。
「おわっ……!?」
「獄寺、きてくれてよかった……!!」
「あ、ああ……!?」
何故ここまで歓迎されているのかはさっぱり分からないが、山本のスキンシップが激しいことは周知なのでクラスメートも誰も気にはしてない。むしろ唯一動揺しているのがこの体温を向けられた自分だけだとも分かっている獄寺は、妙に悔しくなりつつも軽く背中を叩いて顔を上げさせていた。
「なんだよ、こんな大袈裟に?」
いくら山本にじゃれ癖があるといっても、遅刻してきたくらいでこの歓迎ぶりは少し異常だ。明日が誕生日でも無視されている自分がするならともかく、と虚しいことを思いつつ尋ねるが、顔を上げた山本は全く違うことを尋ねる。
「獄寺、もうお昼食べた?」
「テメェ人の話聞けよ、て、いい加減無駄だとは分かってるけどよ」
ぼやいた後で食ってきたと続ければ、そっか、とまた山本はそこだけ聞いて嬉しそうにしている。そうして一応獄寺から腕は放し、席へと手を引いていく山本はやはり上機嫌なままだ。
基本的に機嫌が悪いことの方が珍しい山本ではあるが、やはり今日は少しおかしい。二人だったので屋上には移動しなかったらしく、机に広げられている山本の弁当箱はもう空だ。そんなにも今日の弁当は好物ばかりだったのかと内心で山本の父親を誉めてやっていると、山本の机に椅子を寄せ、まだ弁当が食べかけだったツナと目が合っていた。
「獄寺君、おはよう……。」
「……いろいろスイマセン、十代目」
困ったように笑っているツナの言いたいことはよく分かる。
これだけ山本が今嬉しそうということは、獄寺が来るまでは相当気落ちしていたのだろう。わざわざメールをしてくるぐらいだったので、よほどの状態だったのだと察すれば、せめてツナにだけでも予め欠席の予定は伝えておけばよかったと後悔したものだ。
「ううん、オレはいいんだけど。でも、獄寺君、来てくれてほんとよかったよ……。」
なにしろ山本がこんな調子だから、と苦笑しているツナは、ようやく弁当を食べ始める。そのことで、まさか山本が心配すぎて食事も喉を通らなかったのかと、偉大な十代目にそこまでご心労がかけさせやがったのかと獄寺は叱責してやろうとするが、それより前にポンと両肩に手を置かれていた。
「……なんだよ」
「獄寺、座って座って?」
さっさと自分の弁当箱を片付けた山本が、空いている椅子へと当然のように勧めてくる。あまりの満面の笑みについ小言を言うのも忘れ、素直に従ってしまった自分が獄寺は悔しくてたまらない。
そんな様子に、好きな人にあんな笑顔向けられちゃ仕方ないよと横でツナが同情してくれているのも耳に入らない獄寺は、山本がドンッと机に置いた箱に呆気に取られていた。
「獄寺っ、はい、コレ!!」
「……だから、なんだよ」
「え、だって明日誕生日なんだろ?」
オレ明日は遠征で会えねえから、とあっさり続ける山本に、獄寺はどういう反応をすればいいのか全く分からなかった。
少なくとも、山本は一日前倒しで獄寺を祝うつもりでプレゼントを用意し、当然登校してくると思っていた獄寺がいきなりサボッたので落ち込んでいたらしいということはぐらいは分かった。
「なのに獄寺いきなり休むから、オレ、練習終わってから何時になるか分かんねえけど家まで行こうかと思ってた」
「……バカ、明日遠征で朝も早いんだろうが。んなことしてねえで、さっさと家帰って寝てろよ」
しかも、もし獄寺がこうして遅刻してこなければ家に届けに来るつもりだったらしいのだ。どう反応すればいいのか分からないままなので、つい返す言葉にも覇気がない。せいぜい予想がつくのは、山本のそんなぼやきを耳にしていれば同じことを心配したツナが、できれば学校で受け取ってあげてと気遣ったのも納得だということだけだ。
そうしてツナに対してはまた尊敬と感謝が募っても、山本に対してはやはりはっきりとしたリアクションが取れない。言うべき言葉は一つだと知っているのに、どうしても素直に口には出せない。
「んー、でもやっぱ、遅れて渡すよりは早めの方がまだよくねえ?」
「……そんなの、オレはどっちでも」
「まあオレも、当日じゃなかったらそうかな、とは思うんだけど。でも、そういうの抜きにしても、今日は会えるって思ってたからさ?」
来てくれて嬉しかった、と再び椅子に座っている獄寺をギュッと抱き締めてくる山本に、思わずこみ上げてくるものを感じる。
こんなのは、悔しい。
こんなことは、ずるい。
夏休みの後半から、先週末のバイトに至るまで、恋人を蔑ろにしやがってと一人で卑屈になっていたことがすべて見当違いだったと思い知らされるようだ。だがそう唇を噛み締めたとき、獄寺はハッと気がついて山本を見上げる。
「んー?」
「バカッ、顔が近いっての、て、そうじゃなくて!! 山本、お前あのバイト代……!?」
夏休みの半ば、どうしても九月最初の土日の予定を空けたいので宿題を手伝ってくれと言い出したのと、次の土日、つまり獄寺の誕生日を含めた日程で遠征が入ったというのを告げてきたのは同時だった。それに加え、獄寺は直前まで知らされていなかったが、金が欲しいのでそうまでして空けた先週の土日に短期のバイトを探しているという話も、すべてはこれに繋がっていたのだと考えるのが自然だ。
思わず追求しようとすれば腕を回してきている山本の顔が意外に近くて動揺してしまったが、有耶無耶にはできなくてなんとか言葉を続けた。すると山本はあっさりと頷いてみせる。
「ああ、でも大袈裟な金額でもないし、てのは、勅使河原サンの代わりに入ったんなら獄寺も分かってるだろうけど」
「そんな長くて覚えにくい名前じゃなかっただろうが、田中だ田中、て、それでもなくて!! だから、なんでオレの誕生日だって……!!」
「知ったのかって、そーゆーこと? そんなの、好きな人のことなら何でも知ってたいからに決まってるのなっ」
きちんと覚えていても時間が経つと変にすりかわってしまっている山本に、人が間違えればつい無駄な記憶力から訂正を試みている獄寺だが、嬉しそうにまたギュッと抱き締められて本当にお手上げになってしまった。
山本は、本当に自分のことを好きなのだろうか。
もちろん嫌いな相手とあんなことまではできないだろうと思っているし、好きは好きだと理解している。だがあくまで友情の一種にしかすぎない感情ではなく、獄寺と同じような気持ちだとでも言うつもりなのか。抱き締められる腕の心地好さで更に混乱がきわまりかけたところで、ちょうど弁当を食べ終わったらしいツナが微笑ましそうに頷いてくれていた。
「獄寺君、よかったね」
「十代目……!!」
まあオレは知ってたからそれはそれでちょっと後ろめたいんだけど、とすぐに目を逸らしているツナには気づくことなく、獄寺は感動する。すると後ろから圧し掛かるようにして懐いてきている山本がクシャリと髪を撫でてきて、獄寺は思わず視線を上げた。
「獄寺、一日早いけど誕生日おめでと?」
「……ああ」
ありがとう、とはまだ素直に言えないけれど。
照れくさくて頷くだけにとどまった獄寺にも、山本は気を悪くした様子もなくニコニコとして嬉しそうだった。
それだけで、またジンと胸の奥が熱くなってくる。
あの山本がオレのために、と改めて机の上のプレゼントを見たところで、その箱の大きさに違和感を感じた。
「……あの、十代目?」
「なななななに!? あっ、いや、でも自分で開けた方がいいかと……!?」
「……。」
山本が用意してくれたというだけで感涙しかけたが、そこが大問題だとようやく獄寺は思い出せたのだ。
なにしろ、山本はこの通りの人間だ。人にプレゼントを、しかも恋人にと意気込んで、おかしな方向に空回っていないとも限らない。加えて小遣いで出せる程度ではなく、わざわざバイトをしてまで中学生にしてはそこそこの値段のものを購入してくれたのだ。
金も労力も惜しげなくつぎ込んで嫌がらせに心血を注ぐタイプではない山本は、恐らくは真剣に獄寺のためにこのプレゼントを用意したのだ。だからこそ物によっては反応に困ることを予測し、ツナへとすがるような目を向ければ逆に激しくかわされてしまった。そんな対応を見ているだけで中身は知っているのだろうということと、少なくとも獄寺が心から喜べるものではないということは確かだった。
「あ、獄寺ここで開ける?」
「……まさか、野球のミットとかじゃねえだろうな」
むしろ開けてほしそうにそわそわとしている山本に、獄寺はついそんなことを口にするが、意外に正解ではないだろうかと思ってしまう。自他共に認める野球バカなので、何度かキャッチボールに誘われたことがある。当然例外なくお断りしているのだが、その理由を曲解してわざわざ買ってきてくれたとしても、納得の箱のサイズだった。
山本が机に乗せるときにやたら軽そうだったことと、包装紙がプレゼント用というにはややみすぼらしい精一杯感に溢れていることで、本来あまり贈答用の包装はしない店で購入したことは充分に考えられた。よってそんなふうに言ってみれば、相変わらず後ろから腕を回して懐いてきている山本が目を瞬かせた後嬉しそうに返していた。
「え、違うけど、もしかして獄寺そっちのが欲しかったのか!?」
「いらねえっ、絶対いらねえ、オレまだ死にたかねえし!!」
「そっか、じゃあもしオレのお古でよかったら家に、て、ああ、しまった、オレのだからミットじゃなくてグローブなのな?」
それでもよければ是非譲るので一緒にキャッチボールを、と目を輝かせている山本に、そもそもミットとグローブの違いも分かっていない獄寺だが全力でご遠慮申し上げていた。普段は温和というか、天然で気が抜けた発言も多いただの可愛いバカだが、野球が絡むと途端に山本は人が変わる。あんな殺人ボールをまともに受けてられるかと必死になって断れば、山本は遠慮しなくていいのにと残念そうにしていた。
そんなやりとりを横で生温かく見守っていたツナは、会話が長くなりそうだと察したのか恐る恐る口を挟んできてくれる。
「あ、あの、獄寺君? その、あくまで山本曰くの話だけど、前にキミが欲しがってたものだそうだよ……?」
「え、そうなんですか!? ……て、それは余計信用ならないっていうか」
「う、うん、実はオレもそう思ってたんだけど、いやでもあながち間違ってもないんじゃないかと、でもキミが素直に受け取れるかは別問題っていうか……!!」
「十代目……?」
「なあなあっ、獄寺、開けてみてくれよ? オレな、ちゃんとな、獄寺が欲しいって言うから買ってきてやったんだし!!」
実を言えばオレもちょっと欲しい、と何故か山本ではなくツナがぼやいている。だがその視線はあからさまに逸らされており、まさか猥褻物かと勘繰りかけるが、ツナに照れるような雰囲気は見受けられない。おかげでますます謎が深まったが、ギシギシと椅子が軋むほど後ろから懐いて体を揺らしてくる山本に、獄寺はさっさと開けた方が確かに早いと思い、慎重に包装紙を開けてみていた。
「……。」
「ほらほらっ、獄寺、嬉しいだろーっ!? 頑張って飲んでくれよなっ、獄寺!!」
出てきた箱のパッケージに躍る文字で、ツナの反応がすべて納得できた。
『今日から始めるプロテイン! カルシウムも豊富で成長期のお子様の身長に効果絶大!……かも?』
「『かも?』じゃねえっ、バカにしてんのか!!」
「あれっ、獄寺、コレ嬉しくね? いっつも背のこと言うクセに、お前、牛乳キライだし。まあ気休めにしかならないかもって店の人も言ってたんだけど、ほら、これ飲んでおっきくなれたらいいんじゃね?」
「獄寺君、分かる、分かるよその気持ち……!!」
山本が言うのは残酷だよねえ、と打ち震えるツナは、獄寺より更に身長が低い。だからこそ獄寺と共にぶつけようのない虚しさを感じると同時に、効果が曖昧と分かっていてもすがってみたくなる気持ちも共感できるのだ。
身長が伸びるかもしれない謎のプロテインの箱を前にして、獄寺が思っていたことはただ一つだ。
「……オレが、やっぱりしっかりしてねえと」
「ん、獄寺?」
「そうだよ、獄寺君がちゃんと見ててあげないと、山本って結構変な通販とか街頭販売とかに引っかかりそうだから、ほんと気をつけてあげてね……!!」
よく気がつくところは美点だが、こういう定番の煽り文句にあっさり騙されそうなところは嫁として欠点になるかもしれない。だからそういうことではなく、とまた自分にツッコミを入れている間に、反応がいまいちだと感じたらしい山本が、不安そうに尋ねてくる。
「なあ獄寺、これ、いらなかった……?」
頑張ってバイトをしたことではなく、純粋に喜ばれないことを気にしたのだろう。
悲しそうな表情に無邪気な残酷さを垣間見て、獄寺は葛藤する。
嬉しいか嬉しくないかで言えば、それすら飛び越えて腹立たしい。不甲斐なさと居たたまれなさが同居したような、なんとも言えない虚しさだ。
だが実際にこのプロテインがいらないかと言われれば、また別問題なのだ。これでもし本当に身長が伸びるなら、とわずかでも思ってしまったときには獄寺に突き返すという選択肢はなく、軽くため息をついてから振り返ってやっていた。
「……そんなワケねえだろ? 山本からのプレゼント、嬉しくないはずねえだろうが?」
「獄寺……!!」
「獄寺君、愛と打算と実測値はプライドに勝ったんだね……!!」
まさにその通りです十代目、と心の中だけで返事をしつつ、獄寺はほっとしている山本の顔に片手をやる。そうして感謝の意とばかりに軽く唇を寄せようとすれば、ぐいっと山本に押し返されてしまった。
「なんだよ……?」
「獄寺君、ココ、まだ教室だから……!!」
前にもこんなことがあった、と獄寺はツナの言葉も耳に入らずムッとする。山本からは好きなように懐くくせに、獄寺からは頬へのキスすら許してくれないのか。文化の違いと断言すれば周囲も気にしないレベルだろうという憶測は、実際にその通りだった。だがそれでも押しとどめてきた山本に怪訝そうに尋ねれば、何故か山本に拗ねられる。
「山本……?」
「……だって、オレ、前もちゃんと言っただろ? こういうの、イヤなんだって」
こういうの、というのは覚えがないが、ああいうの、という言い回しならば記憶にある。だがそれも、している最中は集中したいということであり、今こうしてキスを拒まれることにどう応用すればいいのかと目だけで促した獄寺に、山本は淡々と続けていた。
「獄寺だって知ってるよな? 獄寺からチュウとかされたら、オレ、すぐその気になるから」
「ちょっとちょっと山本、それは事実なんだろうけど今ココで言わなくても……!?」
「だから、ダメなんだって、どうせできないんならしたくねえのな? だってオレ困るし、獄寺としたくなってすげー困るし」
だからダメだと繰り返しつつ、山本はギュッとまた獄寺を両腕で抱き締めてくる。
どうやらちょうど一週間前、獄寺の部屋でキスされたときに拒んだのも、あの後に先輩のところに行くという用事があったかららしい。今更のように謎が解けても、獄寺も対処のしようがない。とにかく獄寺が好きなのだと、触れられればすぐに煽られる唯一の存在なのだと示されても、獄寺も困る。愛されることには慣れていないのだと内心ぼやきつつ、精一杯の自制で獄寺は山本の髪を撫でてやっていた。
「んー?」
「……日曜、遠征から帰ってきてから。部活解散になんの、何時だ?」
だがそう口にした途端、ひどく驚いている黒い瞳に獄寺はしまったとほぞをかんだ。山本に気分のムラがあることは承知しており、今はたまたま獄寺を欲しているかもしれないが、二日後までそれを引き摺っているはずがないと分かっていたはずだった。浮かれすぎたと情けなくなってくる獄寺にやがて驚きからはにかむような笑みに表情を移した山本は、教室の床へと膝をつき、椅子に座る獄寺を見上げながら尋ねていた。
「行ってもいいの?」
「……暇だったら迎えにも行ってやる」
「えっ、マジで!? えっとな、昼過ぎにはこっちに帰ってきて、ちょっとだけダウンもかねた運動だけして、三時過ぎにはあがる予定なのな?」
獄寺暇そう? と確認してくる山本は、期待に目が輝いている。
こんなことで、そんなにも嬉しいのかと獄寺は呆れてくる。あるいは気恥ずかしくなってきて、つい視線は逸らしてしまいつつ、山本の顔を撫でてやっていた。
「……暇だろうな、たぶん」
素直ではない返答だったが、それでも日曜日の予定は約束されていた。
今日は八日、日曜日は十日。
間の九日は恋人にも会えない虚しい日だと思っていたが、そうでもないのだとようやく理解できた。
明日はきっと今日の喜びの余韻に浸り、翌日の熱への期待に胸が弾む一日だ。
虚しさより温かい時間を一人で過ごすのもそう悪くないと思い、獄寺は嬉しそうにしている山本の頭をずっと撫でてやっていた。
「あの、獄寺君? オレが明日プレゼント届けに、て、予定は覚えてくれてるのかな……?」
そんな獄寺に傍で見ていたツナは思わず呟いてしまったが、まあ忘れていても構わないと思い直す。いい加減自覚もあるが、十代目として尊敬してくれている自分が訪ねて行って、獄寺が喜ばないはずもないのだ。唯一心配していた山本の不在も獄寺の中でいい方向で昇華されたことを見て取れば、ツナも友達として心からお祝いできる気持ちになれた。
九月九日。
獄寺隼人にとって、十四歳となるこの日は、そう悪くない未来を充分に予感させるものだった。
| ▲SSメニューに戻る −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− <<BACK −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− やっとこさ、終わりです…! サイト用にしては、長かった。(笑 獄寺氏の誕生日祝いになってたのか謎っていうか、コレ9/8で終わってるんだけど…?(オイ! ここまでお付き合い頂きまして、ありがとうございました! ロボ1号 |