■プレゼント





 鎌先が持ち込んだシャンパンは量も少なく、度数も低めだ。悪酔いするようなことはないだろう。ほろ酔いでうっかり可愛くなるというのを期待しなかったわけではないが、そう上手くいくはずもない。覚悟してケーキの際に出してみたが、現実は控えめな期待の更にその下だった。
「……つか、図体でかい二人が揃って寝落ちするって、どういうことだよ」
「笹谷は平気そうだね?」
「茂庭もだろ、つかこの二人以外はそうだろ」
「オレはちょっとぼんやりするかなあ……まあ、鎌ちと青根ほど盛大にアルコールは回ってないけど」
 ちなみに青根は結局一杯しか飲んでいない。二杯目を飲ませる前に眠りこけてしまったからだ。それをやけにテンション高く笑っていた鎌先も、急に大人しくなる。まさか鎌先こそ泣き上戸なのかと警戒したときには、安らかな寝息を立てており、二口は呆然とした。
「なあ二口、布団てこれでいいのか?」
「……ああ。部屋の隅に適当に敷いてくれ、小原」
 ソファーにもたれかかって眠る鎌先は放置したが、青根には風邪を引かないように毛布を掛けてやっておく。二口は食器を据付の洗浄機に入れるため、しばらく手が空かなかったのだ。扱いの差を不憫に思ったのか、鎌先には先に布団を出してやってはどうかと言われ、二口も頷いた。元より鎌先は泊まる予定だったし、居間もテーブルを移動させれば布団を四つ並べられる。まだ寝るつもりのない小原に鎌先のことを任せることにした。ちなみに、笹谷と茂庭は呆れるばかりで布団しか手伝わないのは、単純に体格差で無理そうだからだろう。
「青根の方は?」
「もうちょっとしたら、無理矢理にでも起こしてオレが二階までは行かせる。さすがに背負えねえし」
「だよなあ、どう頑張っても階段は危険だよなあ……。」
 アルコールは一過性のものであるし、そもそも代謝がいい青根はすぐに起き出してきそうだ。それならそれでもいいし、もし気分が悪かったりまだ眠いのであれば、二階の二口のベッドに寝かせておく。
 そう宣言する頃には食器もあらかた片付いたので、二口は風呂場に向かい、湯を張り始めた。そして再び居間に戻ってくると、布団は一組だけ敷かれていた。残りは隅に積み上げられているが、ちゃんと三組分ある。小原と笹谷は携帯電話を操作しているので、家族に外泊を報告しているのだろう。起きている中では唯一最初から家族には伝えてきているので今更の連絡が不要な茂庭に、二口は一通り説明しておいた。
「茂庭さん、誰からでもいいんで、沸いたら適当に風呂入っちゃってください。タオルとか石鹸とかは、置いてあるの勝手に使ってもらって構いません」
 それほど複雑なシステムバスではないので、問題はないだろう。シャンプーなども少なくなっていないか確認したし、脱衣所にはタオルを積み上げておいた。ついでに自分たちのジャージ類は乾燥まで終わっていたので、これは後で部屋に持って上がろうと畳んでいると、茂庭から尋ねられる。
「ありがとう。でも、二口たちは?」
「……青根が、この調子なんで。朝まで熟睡ってことはないと思いますけど、まあ、そのときは練習行く前にシャワー浴びさせます」
 答えていると、自然とため息が出た。鎌先も起きなければ、同様に朝に風呂に入るしかないだろう。朝風呂自体は別にいいのだが、青根がこんなに早く寝てしまったことは地味に気落ちする。
 せっかく、クリスマスは一緒に過ごせることになったと思ったのに。
 だが一階でチームメイトが寝ている家で、何ができるはずもない。これは仕方なかったのだと自分に言い聞かせている横顔が相当つらそうに見えたのか、慌てたように茂庭から謝られた。
「ご、ごめんね、せっかくのクリスマスなのに……!!」
 だがそれには二口も苦笑で返す。
「いえ、先輩たちも一緒で楽しかったですし。……こいつが酒に弱いって判明したのは、大きな収穫ですしね」
「え。二口っ、なんか悪いこと考えてない!? そういうのよくないよ!? 鎌ちと同レベルだよ!?」
 失礼な誤解をされたようだが、単に期待して飲ませないようにしようと思っただけだ。慌てて考えを改めさせようとしてくる茂庭も、少し酔っているのかもしれない。
 普段の自分の言動が誤解させるには充分だなどと全く気がつくことなく、畳んだジャージ類は床に置いて、二口は青根の肩に手を掛けてみた。
「青根っ、青根!! ……あ、ダメだ」
「……。」
「完全に寝入っちゃってるねえ……。」
「オレ、部屋にジャージ置いてきます。もし起きたらパニックになると思うんで、すぐ戻るって言ってください」
「うん、了解。……え、パニックって!? 青根がパニックになって暴れんの!? そんなのオレ止められる気がしないんだけどっ、そんな大役託して行かないでよ二口!!」
 たぶん起きないから大丈夫ですよと言い残し、二口は立ち上がった。床に置いていた二人分のジャージを持ち、居間から廊下に出て、階段へと向かう。二階に上がってすぐ左が二口の部屋だ。照明と暖房をつけてから、まずは互いのカバンに明日も練習で着るためのジャージをしまっておいた。
 よくよく考えれば普段であれば室内着として一緒に購入した市販ジャージに着替えさせて、制服もシャツだけは洗濯しておく。だが冬場であるし、ほとんど着ていないので明日も同じで大丈夫だろう。そもそも冬休み中なのでそこまで制服での登校には厳しくない。
 そう思いながら明日の準備をし、ベッドも整えてから二口はふと自分の学習机を見る。
「……。」
 適当な布を掛けて隠してあるものは、そのままだ。カバンを置きに来たときも、青根は興味を持ちもしなかったのだろう。その下には二口が青根の両親から預かったクリスマス・プレゼントがある。
 元々、ずっと贈ってほしかった。両親が渋ったのではなく、当人が持つ気がなかったのがここまで時間がかかった最大の理由である。そろそろバレー部の総意としてまずは青根から説得してみるかという話も出ていたので、二口だけでなく、周りは全員嬉しいだろう。
 だが、青根は嬉しいだろうか。
 両親まで巻き込んで包囲網を敷かれるような感覚に、不快になったりしないだろうか。
 待ちに待ってやっと齎されるはずの贈り物なのに、預かった日から不安ばかりが増していく。青根は何も気がついていないようだ。そもそも二口がプレゼントを預かっていることも知らない。喜んでくれるのかという心配のずっと奥に、本当はもっと醜い感情が渦巻いている。
「……。」
 青根の性格からして、周囲の厚意にあからさまな嫌な顔はしないだろう。自らの厄介さに自覚もあるので、むしろ積極的に使えるように頑張るに違いない。
 そもそも、筆談ならばそれなりに論理的で筋道の立つ会話が出来るのだ。
 それがメールというツールになっても同様だろう。
 つまり、誰もが簡単に青根とコミュニケーションを取れるようになる。通訳と褒められた特技に優越感を得ていたからであれば、まだいい。
 青根には、閉ざされた世界で自分とだけ密に繋がっていてほしい。
 世界が広がることを期待していない浅ましさと、それが本当に子離れできない親の心境そのもののようで、二口はまたため息が出た。
「……ほんと、オレってヤな奴だよな」
 青根が酔って寝入ったことは、むしろよかったかもしれない。もし普通に性夜に及んでいれば、日付が変われば渡さなければならない箱ばかり気になって、二口は集中できなかっただろう。だからシャンパンなど持ち込んだ鎌先には感謝すべきだと自分に言い聞かせ、二口は照明は消さず、ドアも開けたままで自分の部屋を出た。
「……茂庭さーんっ、青根のヤツ、起きましたー?」
 そして階段を下りながら、さして期待していないことを尋ねてみる。茂庭からは返事があったようだ。だが寝ている者に配慮しているのか、よく聞こえず、二口は聞き返しながら居間へと戻る。
「茂庭さん、だから……あ」
「……。」
「よ、よかった、ちょうど起き上がったんだよ、まだあんまり分かってないみたいだからさ、早く……!?」
 すると、床に寝転がっていたはずの青根が体を起こしていた。
 ただ、視線はぼんやりとして眠そうだ。焦る茂庭が言うように、まだあまり状況が認識できていないのだろう。やや体が左右に揺れているので、またいきなり眠りに落ちてしまうかもしれない。
 熟睡されるとなかなか起きないことも知っているので、二口は急いで傍へとしゃがみ込み、ギュッと腕を回した。
「……。」
「青根、眠いだろ? オレの部屋に行こうな?」
「……?」
「青根、ベッド行こ?」
「……。」
 下から顔を覗き込んで繰り返せば、やがて青根は小さく頷いた。コクンと頭が落ちたところでまた眠りそうで、二口は今の内に立ち上がるよう必死に促す。
「青根、青根、立ってくれよ、オレじゃお前を運べねえよ、お前オレのこと好きなんじゃねえのっ」
「……すき」
「じゃあ立ってくれるよな? 階段昇って、オレの部屋、そんでベッドで寝ような?」
「……ねる」
 目蓋はだいぶ重いようだが、かろうじて会話も成立するし、青根はなんとか立ってくれた。一度やや足がふらついたが、それだけだ。腰にしっかりと腕を回して誘導すると、青根はゆっくりと歩き出す。
 心配そうな茂庭たちにも断りたいが、下手に会話をすると青根が動揺する危険もあったので、取り敢えずは寝かせてくるとだけ仕草と視線で示しておいた。それに茂庭たちも黙って頷き、見送ってくれる。
「青根、ゆっくり、一段ずつ上がれよ……?」
「……。」
 一段後ろから階段は進ませ、なんとか転倒することもなく二階までは昇ることができた。ここまで来れば後少しだ。ドアは開けたまま、照明もついている自分の部屋に二口は青根を押していく。
「青根、ベッドまで、あとちょっとだから……。」
「……。」
「……よしよしっ、いい子だ、よくできたな」
 ふらふらと数歩でベッドの横まで辿り着いた青根は、そこでドサリと倒れ込んだ。やや斜めになったものの、壁やベッドに頭をぶつけることもなく横になってくれる。予め掛け布団などは足側にまとめていたので下敷きになっていない。事前の準備を自画自賛しながら、二口はベッドの横から落ちている膝から下を抱えた。
「ほらっ……これで、よし、と」
「……。」
 起きるかとも考えたが、少し体の向きを修正して足までベッドまで乗せたところで、二口は腰に手を当てて大きく息を吐いた。
 一仕事終えた気分だ。暖房が入っていても冬の夜はもちろん冷え込む。さすがの青根でも油断すれば風邪を引きそうなので、毛布と布団を掛けてやろうとして、二口はふと気がついた。
「……。」
「……。」
 しっかりとベッドに上がってからゴロリと寝返りを打った青根は、ほとんど仰向けになっている。まだ制服のままだ。寝るときはいつも寝巻き代わりのジャージだったということもあるが、それよりも単純に窮屈そうに見える。
「……またでかくなったのか?」
「……。」
 身長よりも、筋肉のつき方かもしれない。引っ張られたシャツのボタンはギリギリ引っかかっているだけの状態だ。学校がある間、青根はいまだに制服のネクタイもきちんと締めて登校する。二口は堅苦しいのが嫌いなのでシャツの首元をだいぶ開けており、それより更に下でネクタイを留めるため始業式や終業式のような場では教師から何度か注意も受けた。同じ服を着ても対照的な二人だと、先輩たちにもよく言われたものだ。
 今は冬休みなので青根も少しだけ服装は緩くなり、ネクタイはしていない。だが相変わらずシャツのボタンをきっちり留めており、寝苦しそうだ。そう思ったときには少し身を捩じらせただけで、首元のボタンが自然と外れる。
「お前、やっぱ制服のサイズ上げた方がいいって……。」
「……。」
「こんなぴったりで、苦しくねえのか……。」
 ついでにあと二つほどシャツのボタンを外してやってから、二口は毛布に手を掛けることなくベッドに上がった。ギシリと軋む音が、やけに大きく聞こえる。仰向けで寝ている青根の腰を跨いで座ると、まずはベルトへと手を伸ばす。
「つか、お前、今日クリスマスなんだぞ? 分かってるから、一緒に過ごしたがったんじゃねえのかよ……。」
「……。」
 独り言のように話しかけるのは最早慣れてしまったが、反応さえないのは久しぶりだ。躊躇うことなくバックルを外し、ベルトを引き抜く。かなり腰が揺れるが、青根に起きる気配はない。一瞬手にしたベルトで良からぬことも脳裏を過ぎったが、それは青根が起きていてこそ愉しいことだ。こうして眠ったままでは縛ってもつまらないと、床に並べて置いたカバンの方へとベルトを投げ、二口は再び手を伸ばす。
「なあ、青根……オレ、寂しいんだけど」
「……。」
「だから、ちょっとくらい……いいよな……?」
 戸惑う視線も、抵抗する手もないのをいいことに、ベルトを抜いた制服のボタンも外し、軽くジッパーを下げた。シャツの裾は出ているが、中のTシャツの方は入っていたので引っ張り出しておく。そして片手を中へと忍ばせ、素肌を撫でながらもう一方の手でシャツの残りのボタンも外していった。
「青根、こんな日にうっかり早寝しちまうダメすぎるお前も、大好きだからな……?」
「……。」
 もしかすると、楽しみすぎて昨日の夜は少し寝不足だったのかもしれない。安らかな寝息を立てている青根に顔を寄せ、ほとんど酒臭さも感じない口元にキスを落とした。寝入るきっかけはアルコールでも、まだ熟睡しているのはそもそも眠たかったからだろう。いつもと違ってすぐに開いてはくれない唇に、二口は舌を捻じ込む。そのまま強引に絡ませようとしたが、寝ていると無意識に舌が下がるのでなかなか難しい。そもそも青根が無反応なのは虚しいし、寂しい。
「んっ……お前、いっつもこんな感じなのかよ……。」
「……。」
「反応しないオレに悪戯して、マジで愉しいの?」
 舌を噛まれる前にキスを外し、ボタンを外し終えた手で耳を撫でながら二口はそう尋ねた。
 もちろん、答えは帰ってこない。だが呆れて言うのに、生真面目に大きく頷く幻覚は見えた。
 やめろと散々言っているので最近は青根も控えているが、特に寝起きで手を出されていたことは何度もある。よほど興奮するのかと思っていたが、実践してみても二口にはいまいちだ。青根からすれば、いつも過敏で饒舌な二口が大人しいままなのは珍しいのかもしれない。だが二口にしてみれば、青根が静かなのはいつものことであり、そこに気配でも反射でも反応が鈍くなると虚しさだけが増すようだ。
 深くため息をついたところで、青根が少しだけ唸る。
「……!?」
「ん……。」
 寝返りを打つほどではない、もちろん問いかけに頷いたわけでもない。
 ただ、喉が鳴っただけだ。それだけで、二口はビクッと肩が揺れるほど驚いた。
 青根は、眠っているだけで、いつ起きてもおかしくない。当たり前のことを突きつけられただけで、この状況が興奮へと一変した。
「青根……。」
「……。」
 再びしっかりと唇を合わせ、キスをする。
 そして更にいかがわしいことをしようと手も舌も蠢かせたとき、ガンッと後ろでぶつかる音がした。
「……!?」
「ったく、痛えな、なんでドアが……ああ、そういや、二口の家だったか」
「……ええ、ハイ」
 二階の廊下で、開いたままだったドアにぶつかったらしい鎌先と目が合った。
 どうやら鎌先も自宅は二階建て以上で、恐らく自室は階段を昇って左の奥なのだろう。眠いので部屋に戻ろうとして、自宅のつもりで足を進めた。すると、手前のドアにぶつかり、怪訝そうに室内を見て、やっと自宅ではなく後輩の家だと思い出す。
 眠そうな瞳の鎌先には、状況があまり見えていないのかもしれない。いや、いつも理不尽なくらい理解しないので、きっと分からない。分かるはずがない。分かってもらっては困る。ベッドで青根の腰に乗って服を乱させたまま、思わず振り返ってしまった二口はどきどきしながら頷く。
 それに、鎌先は深くため息をついて踵を返した。
「悪い、リビングに布団敷いてくれるんだったよな。オレ、なんか酔ってるみたいだし、先に寝てくるわ」
「ああ、えっと、そうしてください……?」
 既に小原が布団は敷いてくれているはずだ。ドア口から見えなくなっていく姿に安堵しかけたところで、鎌先が淡々と続けた。
「あと、夜這いはほどほどにしとけよ。合意なしでヤるのはマジ犯罪だからな」
「……鎌先さん!?」
 言うだけ言うと、鎌先はふらふらしながら階段を下りていった。
 少しだけ、追いかけて突き飛ばせば酔っ払いの単独事故ということで誤魔化せないだろうかという危険思考が脳裏を過ぎる。だがそう都合よく記憶だけ消せるとは思えないし、なにより一階で騒ぐ様子も聞こえてくればもう完全犯罪は無理だろう。
 どうやら風呂の準備や他の布団を敷いている一瞬の隙に、鎌先が起き出してしまったらしい。鎌先の足音が消える頃、一階から茂庭たちが叫んでいるのが聞こえる。
『鎌ちっ、どこ行ってたの!? というか勝手に二階に行ったらダメだろ!? ……二口っ、ごめんねー!!』
『お楽しみ中だったらっ、ほんとにごめんなー!!』
『笹谷はお風呂入ってていいから!? もう鎌ち見つかったから!!』
 どうやら風呂は笹谷から入ったらしい。小原も謝る声が聞こえたが、それきり静かになる。笹谷は風呂に戻り、茂庭と小原は鎌先を引きずって居間の奥に敷いた布団へと引き摺ったのだろう。
 そこまで想像がついたところで、二口は大きく息を吐いた。どっと嫌な汗が出たのは、気の所為ではない。
「なんか……久しぶりに、マジで焦った……。」
「……。」
 いいか悪いかは別として、他の三人であればここまで焦らなかったかもしれない。
 だが、よりによって鎌先だ。いまだに二口と青根の関係に気がついていないだけでなく、そもそも男は女と恋愛するものだという意識が強すぎて、いくら他人事でも悟らせるわけにはいかないというのが共通の認識になっている。
 ただ、諌められた言葉を思い出せば、正確に見抜かれていたようだと分かる。
「……もしかして、鎌先さんて言うほど他人には抵抗がないのか?」
「……。」
 同性との営みに全否定であれば、もっと全力で罵倒しながらでも止めてきたと思うのだ。だが先ほどの言葉はあくまで合意の有無を諌めるものであった。鎌先に対する認識を改めるべきかもしれないと二口が悩んだとき、いきなり下が揺れて体がぐらりと傾いた。
「おわっ!? ……青根?」
「……。」
「なんだ、やっと起き……あっ、青根!?」
 腰を跨いで座っていたが、急に青根が体を起こしたので二口は倒れ込みそうになる。そこは青根が腕を回してくれたのでなんとか堪えるが、ギュッと抱き締めたままで、ゆっくりと押し倒してきたのだ。
 起きているのかと喜びかけても、青根はまだぼんやりしている。寝惚けている状態に近い。それにも関わらず、服を脱がそうとしてくるが、この部屋にいるのにいつもと違ってジャージではないことに青根は気がつかないようだ。
「こらっ、バカ、引っ張るな!? ボタン取れる、つか先にベルト外せ!!」
「……?」
 部室や外であれば、たとえ寝惚けていても青根は無意識に制服であることを理解できたかもしれない。だがいまだにアルコールなのか眠気なのかが抜けきっていない頭では、ベッドにいるのだから二口はジャージのはずで、ジャージであればすぐに脱がせられるはずとぐいぐい引っ張られて焦った。
 声を荒げてもポカンとするだけで、一瞬止めた手を青根はすぐにまた伸ばしてくる。それに、青根の筋力を思えば本当に制服を破られるかもしれないと覚悟した二口は、思いきって青根の背中に手を回した。
「青根、先にキスしようぜ? な?」
「……。」
「いいから!! 脱がすのは後でいいから、まずは、ちゅー、な?」
「……。」
「んんっ……ん……。」
 必死に促すと、青根はやっとキスをしてくれた。いつも以上に思考が鈍い青根であれば、キスを始めると髪や顔を撫でてくるに違いない。そんな予想は期待通りで、促すために伸ばした舌に最初から舌で触れ、口内へと押し込めるようにしてやっと遅れて唇も重なる。深く甘いキスはどんどんと激しさを増し、二口の方も思考が蕩けそうだ。だが今は先にすべきことがあり、二口は背中に回したばかりの両手をすぐに外した。
「……?」
「んっ、青根……もっと、な……?」
「……。」
「んぁっ、んん……ふ、んぁっ、あ……あぁ、んん……!!」
 更に腹の前に手を持ってくれば不思議そうにされたが、もっとキスがしたいのだと本音と建前が一致してねだれば、すぐにまた重ねられる。青根がキスに夢中になっている間に、二口は自分でベルトを外した。どうして自分で脱がなければならないのかという思考そのものが、随分と青根に甘やかされてきたのだと分かり、恥ずかしくもなる。腰を浮かせるのは無理だったので、バックルから抜き、前を寛げたところで青根の手がガシッと下着ごと掴む。そのまま脱がそうとする仕草には任せることにして、二口もやっと片手は背中へと戻し、もう一方の手でシャツのボタンを外し始めた。
「青根……ちゃんと、慣らしてから、な……?」
「……。」
 言葉への反応は鈍いかわりに、やけに劣情ばかり昂ぶっている青根には、本当にこのまま突っ込まれそうだと危惧する。
 これが、笹谷の心配していた血の惨劇というやつなのか。
 呆れる余裕があるのも前戯が足りない証拠だが、これはこれで愉しい。
 二口を気遣うばかりではなく、青根の欲情を生々しく見せつけられると、静かに興奮する。
「青根? ……んぁっ!? んん……ん、あぁ……!!」
「……。」
 互いのシャツを開けても、中にTシャツを着ているので素肌が触れる事はないが、それでも少しは近くなった気がする。慣らすのも自分でするかと半ば諦めていた二口に対し、動かないと思っている間にいつもの隠し場所から青根はジェルを手繰り寄せていたらしい。潤滑剤を纏わせた指を突き入れられ、二口はかなり驚いた。
 焦らすような動きなどなく、性急に、だがしっかりと、青根の指がそこを拡げていく。やはりいつもほどの配慮はできないようで、気持ちいい箇所も容赦なく擦り上げられ、二口はぞくぞくと腰が震えた。
「ふぁ、んあっ、アァ……んん、あおね、そこは……あんまり、され、ると……ヒ、アァッ!? あぁっ、ア、だか、らぁ……んぁっ、ああ……!!」
「……。」
 いつの間にか両手で青根へとしがみつき、強烈に高められていく快楽に堪える。既にそそり立ったモノが恥ずかしいくらいに青根の腹に当たり、擦られるたびに二口はまた息を詰める。やがて大きな波がきたと思ったときには、あっという間に熱は弾けていた。
「ん、あ、あぁ……ああああぁぁっ……!!」
「……。」
 白濁の液が溢れ出し、互いの腹を汚した。明日は今着ているTシャツもちゃんと洗濯していかなければと、酸欠で霞む思考でそう思っていた二口は、ギュッと青根を抱きしめる。
「……バカ、オレは」
「……。」
「お前の、で……イきたかった、のに……バカッ」
 青根としても、指だけでイかせる気はなかっただろう。だが酔っているからか、いつものように気持ちいい箇所は避けて結果的に焦らすようなことがなかった分、二口は早く果てた。決して一度は諦めたセックスがちゃんとできそうだと察して、嬉しかったからではない。そんなに自分は健気じゃないと頭の中で言い訳をしていると、まだ整わない呼吸ごと飲み込むようにいきなり唇を塞がれた。
「んんっ!? ……んぁ、あ……ふ、ぁあっ、んん……!!」
「……。」
 驚きつつ、嬉しかったので二口もしっかりと応えておく。一度出したので余裕もあると、熱く絡まされる舌に応えていたが、急に足を抱えられて後孔に剛直の先端を押し当てられるとまた驚く。
「青根、お前いつの、間に……く、あぁっ……!?」
「……。」
「こらっ、バカ、いきな、り……はげし、い……んぁっ、アア、ふ、あぁっ……ア、あああぁっ……!!」
 しかも何の宣言もなく突き入れられて、二口はかなり動揺した。
 基本的に二口に嫌われたくなくて、且つ性的知識に疎い自覚がある青根は、教えたことでもきちんと許可を取って確認したがる。どうやら、自らの欲望で一方的に貪るのは嫌らしい。実際には許可さえ与えれば後は貪欲に食らうばかりのことも多いが、青根にしてみればあくまで二人でちゃんと進めたことだという根拠になっているのだ。
 二口としては求められるだけで嬉しいし、したいのならばいつでも好きに貪ってくれていい。止めるのは、誰かに見つかる可能性がある場合と、単純に寂しいので寝ていてこちらが気づけないときだけだ。
 これからエッチしようと互いに認めて始めたときは、好きに召し上がればいいのに。
 二口のよがる顔も大好きだからという、反応に困る理由で前戯ばかり重ねられても、正直つらい。
 だからこそ、青根がしたいタイミングで繋がる行為は珍しくて、つまり二口も余裕で構えることができずに、すぐに激しくなった抜き差しに声が出た。一度出したので落ち着いていたはずが、青根に中を突かれるたびに快楽が全身を弛緩させ、踵がシーツを滑る。
「青根っ、あお、ねぇ……んぁっ、んん、ふ……やぁ、あぁっ、ん…んぁ、アア……!!」
「……。」
「もっ、と……あぁっ、んん、んあ……ふ、あぁっ、ア……ああぁっ……!!」
 しっかりと腰を抱えられ、何度も中を犯されて萎えたはずのモノも昂ぶった。青根の剛直は相変わらず熱く、大きくて、奥までガンガンと攻め立てるように突かれると、本当に我慢などできない。
 律動に合わせて喘ぎが漏れ、ベッドが軋む。とにかく気持ちが良くて、二口は青根にねだる。
「んぁっ、ああ、んん……あお、ね……オレ、の、なかに……ふ、あぁっ!? んぁ、ああ……!!」
「……。」
「はや、く……だし、て……んぁっ、アア、ん……ひ、あぁっ、ああああぁぁぁっっ……!!」
 今度はちゃんと一緒にイきたいとせがめば、一瞬だけ腰を止めた後、更に動きが激しくなって二口はあっという間に果てた。ぶるぶると震える腰を嫌がるように、全身でギュッと青根にしがみつく。すると、少し遅れて締め付けた後孔にも、青根の熱い精液が放たれたと分かる。
「ん……あお、ね……。」
「……。」
 大好きだとしがみつけば、まだ息の荒い青根もギュッと抱き返してくれる。耳にかかる息がくすぐったくて、思わず笑いながら横を向いた二口は、やっと自室のドアが開いたままだったと気がついた。




 練習中以外は、携帯電話を弄っていてあまりしゃべらない。そういうタイプの部員がいないわけではないが、イブではないクリスマス当日、二口はまさにそうなった。
「……よし、こんなもんかな」
「……?」
 昨日のクリスマス・イブは、初めて青根以外のバレー部員も二口の家に泊まった。青根はいつもの二階の部屋で、他の四名は一階の居間だ。布団の場所や、風呂の使い方も教えはしたので、茂庭たちは自主的に寝床を作って入浴してから寝たようだ。想像になってしまうのは、青根を部屋に運んで以降、二口は翌朝まで一階に下りることができなかったためである。
 青根との行為の最中にドアが開いていると気がつき、二口は慌ててベッドを下りた。このとき廊下に出ていば違ったのかもしれないが、下を履いていない二口には無理な話である。取り敢えず、もう無駄かもしれないが自室のドアを閉めておく。なんとか無理に安心しようと肩で息をした二口を、青根は後ろから捕まえた。
『青根? ……まだ、してえの?』
『……。』
『そっか。まだ、したいんなら、しょうがないよな……んんっ』
 ドアさえ閉めればなんとなくいいような気分になってしまい、キスをされてから二口は抵抗せずにベッドまで運ばれてやった。
 そこからは意識がなくなるまで快楽に興じ、限界を迎えて眠る。目覚まし時計は青根が掛けてくれるだろうし、たとえ忘れても自然と起きることが多いので任せられる。安心しきって眠った二口は、起床してから心底頭を抱えた。
 ドアを閉めるまでの行為は、一階まで筒抜けだったのだろうか。
 もっと具体的に言えば声を聞かれていたのではないかという不安は、恐る恐る一階まで下りてみて、既に起き出していた茂庭たちに会ったところで答えは出た。
「青根、こんな感じでどうだ?」
「……。」
「じゃあ送信するな?」
 起き抜けで寝惚けていたり、もう着替えていたりと、四人には差があった。だが茂庭を始めとした三人はザッと顔を背け、鎌先だけが朝からシャワーを借りたと平然として挨拶をしてきた。
 どうやら、茂庭たちには聞かれたらしい。鎌先は一人だけさっさと寝ていたか、また怨念を残して死んだ女の幽霊の呻き声とでも思ったのだろう。お前たちも風呂入ってないんだろうから早く浴びて来いと促す鎌先を、何故か茂庭たちが止める。どうやら、二人一緒に浴室に行くと解釈されたらしい。それは青根が我慢できなくなるなら無理ですと否定したのに、茂庭たちはまた息を飲み、視線を向けると目を逸らされた。
「みんな、びっくりするだろうなあ」
「……。」
 あからさまに避けられて傷つかないわけではないが、今回は完全な自業自得である。何より、三人とも嫌悪感よりは、羞恥心が強いようで、やや顔を赤らめて気まずそうにしているのだ。自分が同じ立場になればそういう反応だろうとも思うので、やはり仕方がない。朝なのでおはようのキスがしたいとねだる青根には軽くめですませておき、二口は先にシャワーを浴びた。
 青根にはちゃんと指示しておいたので、その間に昨晩の残りと飲み物が朝食として準備される。浴室を出てから青根と交代したが、茂庭たちに謝るタイミングがつかめない。鎌先がいると、どうしても会話に困る。そんないつもの言い訳をしていれば練習に行く時間となり、結果的に朝はほとんど鎌先とだけ話して登校することになった。
 部活が始まれば、普通に会話が成立する。この辺りは、青根もそうだった。だが昼休憩になると、やはり茂庭たち三人は二口から目を逸らす。そろそろ鈍い青根でも気がつきそうだし、鎌先だけが変わらず話しかけてくるのが地味に嬉しくてそんな自分も鬱陶しい。たまには他の二年と食べようと向かってみれば、青根はやや戸惑ったが、ついてきてくれた。最後にはちゃんと自分を選んでくれるのだと示された気がして、うっかり涙ぐみそうになって二口はまた情けなくなる。
 これは仕方がない、自業自得だ。我慢しきれなかった自分に責任はある。
 部活を追い出されないだけマシだと思わなければならない。そうため息をついて部活を終えたが、何故だか鎌先に部室に残れと命令された。怪訝になりつつ待っている間、携帯電話でメールを打っていた。青根は相変わらず後ろから懐いている。本来は青根に教えていたのだが、この様子では覚えられるか謎だ。こっそりとため息をついて、携帯電話は足元のカバンへと差し込んでおいた。
「つか、鎌先さん、マジで遅いよな。……先に帰っちまうか」
「……?」
「青根、もう帰ろうぜ?」
 ベンチから立ち上がってそう声をかけた二口を、青根は不思議そうに見上げた。先輩からの言いつけを破っていいのかという顔だが、それが鎌先であれば二口が従わないのも無理はない。そんな思考に至ったのか、青根も腰を上げようとしたところで、いきなり声をかけられた。
「……あっ、あの、ちょっと待ってくれるっ、二口たち!?」
「茂庭さん……?」
「……?」
 部活で必要な事柄以外で、今日は初めて茂庭に声をかけられた。やや驚いて振り向けば、茂庭はやはり複雑そうな顔になる。それにもう嫌な想像しかできなくて視線を逸らした二口を、青根がギュッと抱き締めてくれた。
「青根……。」
「……。」
 青根だけは、好きでいることを歓迎してくれる。改めての事実にうっとりと身を委ねるが、無粋な手が二口の肩を叩いた。
「……だから、すぐに二人の世界に入るなって言ってるだろ。せっかく茂庭が勇気出して声かけたのに、早速無視すんな」
「オレのことずっと無視してんのは、笹谷さんたちでしょ。まあオレは自業自得だからいいとしても、青根は可哀想だから構ってあげてくださいね、これからも」
「……?」
 チラリと視線を向ければ、真っ当に諭した笹谷もすぐに視線を逸らす。
 そんな状態で、どんな話があるというのだ。面白くないことを言われるのは分かりきっているので、さっさと青根と部室から出て行きたいと願っていれば、覚悟を決めたように茂庭から告げられた。
「あっ、あのね、二人とも、というか、特に二口、昨日のことなんだけど……!!」
「……はあ、すみませんでした。謝れば許してもらえますか」
「……?」
「いやっ、そうじゃなくて!? オレたちこそごめんねっ、気がきかなくてさ!? 青根が来れることなった時点で辞退すればよかったよね!? 二口もちゃんと自宅に上げてくれる前に宣言してくれてたのにっ、ほんっと、気遣いできなくてごめん!!」
「……茂庭さん?」
 無駄だと思いつつ謝ってみれば、何故か茂庭からかなりの勢いで謝られ、二口はポカンとして振り返った。
 クリスマスの約束は茂庭たちとの方が先であったし、気遣うべきは自分たちの方だった。わずかなアルコールで理性が緩んでいた青根はともかく、二口こそ自制すべきだったのに、それができなかった。だから疎まれても仕方ないのだと諦めようとしていたのに、茂庭の慌て具合に理解が追いつかない。
「二口、言っとくけどな、茂庭を始めとしてオレたちは別に無視してたわけじゃない」
「……はあ? いやでも、笹谷さんも今また目を逸らしましたよね?」
 しかも、偉そうに腕組みをして笹谷からも否定されると、困惑してしまう。何をどう取り繕うが、その態度こそが答えだと指摘すれば、いきなり目を合わせてきた笹谷に怒鳴られた。
「あんな声散々聞かされた相手をまじまじと見れるか!! 童貞舐めんなよ!?」
「……いや、そう言われても、オレも聞かせるつもりはなかったというか」
「ご、ごめんね、聞くつもりはなかったんだよ、でもリビングのドア閉めても、誰もしゃべらないと聞こえてくるっていうか、微妙に聞こえるから余計に気になっちゃったっていうか……!!」
「……まあ、鎌先さんのことを一階で叫ぶのは二階のオレにも聞こえましたし、逆もそうですよねえ」
「お前、AVよりうるさくないか? 青根の趣味? つか、部室でのを聞いて『女の霊だ』とか思った鎌先さんて、今更だけど凄いよな」
「……。」
「……?」
「小原っ、そんなこと言うな!! 青根だって前に声聞きたいって言ってたし、二口の所為じゃないんだよ、きっと心温まるサービスなんだよ!!」
「そうか、演技なのか、それなら納得が……。」
「……いや、演技じゃないですけど、だいたい皆さんの動揺が分かりました」
 どうやら、本当にただの気恥ずかしさだけだったようだ。鎌先がいつも騒ぐのでその認識は薄いが、この三人もきっと女性経験はないのだろう。いくら男でも、嬌声は掠れてやや高くなることがある。二口は特にそれが顕著だ。昨晩は特に青根からの欲情が性急で、体力のあった二口はしっかり声が出ていたように思う。
「なあ青根、オレってヤってるときの声がうるさい?」
「……?」
「もっと静かにした方がいい?」
「……いやだ」
 やっぱり青根からの要望なのかと、三人がため息をついている中で、二口はまたギュッと抱き締められた。
 元々、声を殺すたびに不満を示す青根なので、やはり今の方がいいらしい。それには安堵して青根の頭を撫でてやってから、二口は再び茂庭たちへと振り返った。
「じゃあ、もう聞かれないよう、戸締りとか気をつけるんで昨日のことは勘弁してくださいっ、ごめんなさい!!」
「……?」
「……うん、オレたちが許すとか、そういう立場でもないけど、気をつけてね、これからは」
「……というか、青根は全然気がついてないのか? 普通は恋人の喘ぎ声なんか聞かせたくないだろ」
「……単に話が見えてないのか、青根はそういう性癖なのか、悩みどころですねえ」
 そして笑顔で謝ってみれば、反応はいろいろ微妙でも、一応は許してもらえたようなので二口もほっとした。
「……あと、二口ってほんとに態度に出るんだね。正直、淡々と接されると怖くて仕方なかったんだけど」
「……前に青根を怯えさせてたよな。怒ってるんじゃなくて、警戒して悲観的になってるだけなのに、なんでこいつはこんなに怖くなるんだ」
「……普段がニコニコへらへらしてる分、真顔で黙り込まれるとギャップもありますしね。あと、無駄にイケメンだって再確認させられて腹立たしくなるというか、虚しくなるというか」
「青根っ、じゃあそろそろほんとに帰ろうぜ!! 鎌先さんが戻る前にっ」
「……?」
 茂庭たちがしみじみ頷き合っている中で、二口は笑顔でそう促した。気に病んでいたことも解決したので、晴れやかな気分のまま青根と帰りたい。ギュッと抱き返してそうせがむが、茂庭たちが引き止めたのは別の理由だ。
「そういえば、さっきケータイが……え?」
「オレのも鳴ってたけど、もしかして鎌先から一斉送信とかだったのか? ……あれ?」
「オレにも届いてます。……あっ、やっとケータイ買ったのか、青根?」
 それぞれが携帯電話を眺めて着信メールを確認し、ようやく気がついたらしい。仕方なく二口は青根をベンチに戻らせ、自らも座っておく。そして、先ほど青根のカバンに突っ込んだばかりの、真新しい携帯電話を出してみせた。
「これが、青根の両親からのクリスマス・プレゼントです。事前に託されてたんで、オレがもうカスタマイズしてあります」
「……。」
 ブンブンと首を縦に振って頷いている青根は、誇らしげなのに携帯電話を持つことはない。いまだに、触るときも恐る恐るだ。
 先月、青根の両親から携帯電話のキャリアを尋ねられた。いずれ息子に持たせるときは同じ方がいいだろうという配慮だと察したが、それから音沙汰がなかったのでただの世間話かと思っていた。だが実際には、青根ほどではないが、その両親もこういうことに疎かったらしい。父親は会社からの支給携帯しかないので自ら契約をしたことはなく、母親は書道教室か自宅にいることがほとんどなので、あまり必要性がない。休日に夫婦揃って買いに行ってみたが、何を勧められてもどういいのかさっぱり分からず、いっそ二口くんを呼んで選んでもらおうという話にまでなっていたようだ。
 結果的には、見かねた父親の同僚とやらが初心者でも使いやすいからと、適当に選んでくれたらしい。
 ただ、スマートフォンだった。さすがの同僚も、まさかガラケーすら持ったことがないとは思わなかったのか。あるいは、今時の高校生ならすぐ慣れると、青根の性質を知らずに楽観したのかもしれない。
「メールにも書きましたけど、しばらくは青根のケータイ宛のメールもオレが見ることが多くなると思うんで、それは分かった上でいろいろとお願いします」
「ああ、うん、仕方ないよねえ、それは……。」
「それと、通話はよっぽどの非常時以外はできないものと思ってください。比較的早めに留守電になるので、メールが無理なときは、そこに録音で」
「……ほんと、携帯『電話』の意味がないよな」
「……でも、メールができるだけでも、大した進歩ですよね」
「あ、言っとくけど、青根ができるのって、『読む』ことまでだからな? 返信とか、そんな高度なことまだ無理だから、なくても小原も凹むなよ?」
 分かってると言いながら、早速返信がきた。茂庭たちもせっせと打っている。アドレス帳には、部活関係で二口が連絡先を知っている者を一人を除いて登録しておいたのだ。マナーモードにしていたのでブルブルと震え始めた携帯電話に、青根はビクッと反応している。だが慣れてもらわなければ困るとばかりに、二口は押し付けた。
「ほら、返信来たから? メールの開き方は教えただろ、やってみ?」
「……。」
「やーって、みろっ」
 手に取りたがらない青根に、二口は前から横へと移動して座り直し、強引に握らせる。プレゼントとして渡したのは今朝で、部屋を出る前だ。それから昼休憩にも食事をしつつ教えていたが、茂庭たちとは別だったのでやっと青根が携帯電話を持ったことには気がついていなかったらしい。
 まだ慣れなくて嫌そうな青根に渡し、二口はそう促す。なんとか持ちはしたものの、なかなか画面に触れようとはしない青根に、二口は横から呆れた。
「お前、そんな調子でどうすんだよ。もしオレが『好きです付き合ってください』てメールとかしても、見ないってことか」
「……!?」
「……付き合っても何も、もう、付き合ってるのにねえ」
「……例え話なんだろうけど、青根の背中押すには的確すぎて泣けるよな」
「……まだ画面睨んでマナーモード以上にぷるぷるしてる青根には、あと一押しですよね」
「じゃあ、オレから『結婚してください』とかメールしても、お前は見ないんだな?」
「……!!」
「それは直接言ってあげて!?」
「二口お前一生に一度のプロポーズをメールで済ませるとか最低だぞ!?」
「先輩方も落ち着いてっ、いつもの軽口ですよ、て、言い切れないしなあ、二口の場合は……!!」
 メールは重要な場合もあると理解できたのか、青根はなんとか画面を叩いて新着メールを確認していた。もちろん、了解した、登録したという内容ばかりだが、いずれもがかなりの驚きと共に、何故か二口の自演自作を疑っている。代理送信とは書いたが、単に二口が番号とアドレスを変えて、その告知がてらに青根のものだと冗談を書いた。昼休憩に一緒でなく、またここにもいない部員の多くがそう疑っている。そんなにも青根と携帯電話はもう両立しない存在と思われていたのだなと分かれば、感慨深くなった。
「……ん? 返信したいのか?」
「……。」
「じゃあ教えるけど、返信する文章はお前が考えろよ?」
「……!!」
「オレが考えたら意味がないだろうがっ。……まあ、まだ初日だし仕方ないか。『いいえ、青根です。よろしく』くらいにしとくか?」
 青根が大きく頷いたので、二口は早速返信の仕方を教え始めた。青根が一通り打つと、一度預かって追記をしておく。
 『て書いたの、マジで青根だからな。あんまり疑って泣かせたりしたら覚えとけよ。 ★けんじ★』
「……地味に星で囲まれた平仮名の署名が、殺意を増してるよねえ」
「……つか、あの署名、二口のケータイからのとき地味に誰だよって最初思ってイライラしたんだけど」
「……なんだかイケメンだから許される感じで、地味にイライラしますよね」
「で、送信を押す。覚えられたか?」
「……。」
「よしよし、青根は賢いなっ」
 まずは一通目に返信できたので、頭を撫でて褒めてやっていると、いきなり部室のドアが開く。どうやら厄介な先輩が戻ってきたようだ。
「寒い!!」
「鎌ち、おかえりーっ」
「ただいま!! 寒い!!」
「……オレたちも寒いからさっさとドア閉めろよ、お前は」
 昨日より更に冷え込んでいるらしく、鎌先はぶるぶると震えながら叫んでいた。さっさと部室のドアを閉めて中へと入ってくる。てっきり飲み物でもまた買いに行ったのかと考えていたが、鎌先が持っているのは書店の袋だ。雑誌でも買ってきたのかもしれない。そんなことのために待たされていたのかと二口はため息をついている間に、近づいてきた鎌先は不思議そうに青根の手元を見やる。
「あれ、なんでケータイなんか持ってんだ? まさか買ったのか?」
「……。」
「え、マジで!? アドレス教えろよ!!」
「……!?」
「鎌ち、お知らせのメールが届いてるはずだよ」
 茂庭の言葉に頷き、鎌先はコートのポケットから携帯電話を出している。厚手の服にしまっていると、着信に気がつかないことも多い。恐らくは書店から走って戻っていたのだろう。嬉しそうに取り出した鎌先だが、何の履歴も表示されていない画面に首を傾げた。
「……きてないぞ? また遅延かな?」
「……?」
「遅延じゃないスよ、だって鎌先さんには送ってないですもん」
「……へ?」
「二口!? なんでそんな意地悪するのっ、気持ちは分かるけどさ、鎌ち泣いちゃうよ!? 鬱陶しいだろ!?」
「そうだぞっ、どうせ青根のケータイはしばらくお前が検閲するんだろ!? だったら、て、ああ、だから、嫌なんだろうけどだからって!?」
「こんなでも一応は先輩なんだから、二口もそこは涙を飲んで割り切って登録しといてやれよ……。」
「なあ、みんなしてなんで二口を責めてるんだ? 青根のケータイなんだろ? あっ、そうか、青根はオレのアドレス知らないもんな。よし、じゃあ交換しようぜ!?」
「……!?」
「やめてくださいマジほんとやめてください」
 まだ二通目の返信に苦労している青根に、鎌先が笑顔で近寄ったところで二口は横からギュッと腕を回して抵抗した。
 嫌がったところで、ポジションを考えれば本来青根が交換しておく先輩の一人であることは理解できる。それでも、嫌だったのだ。青根はそもそも連絡先の交換など、高度すぎてまだできない。戸惑う視線を感じながら、二口は抱きついたまま拗ねたように言う。
「……だって、鎌先さんてメールでもガツガツくるから」
「……?」
「それは二口が全然返信してくれねえからだろ!?」
「……全然予想もつかない青根の一面とか、オレより先に引き出しそうで嫌なんですもん」
「……?」
「青根とかおめーより返信してこねえだろっ、絶対!? ああもう、分かった、青根にメールするときは二口にもccで入れる。これならいいよな!?」
 実行されると二口へのメールも増えるが、そもそも本当に交換しないでいられるとも思っていないのだ。鎌先からのよく分からない妥協にため息をついて、二口は青根の手から携帯電話を取った。
 なんとか二通目も同じ内容を書き終えているのを確認し、自らの一言も加えてから送信しておく。更に自分の携帯電話から鎌先の連絡先を移し、登録したところで茂庭たちに送ったのと同じものを送信しておいた。
「おっ、きたきた!!」
「……ほんと、オレより青根と仲良くなったりしないでくださいよ」
「……?」
「大丈夫だって、絶対二口のが青根と……あ、そういやそうだった、それだった」
「なんですか」
 鎌先が喜んで登録している間に、二口は携帯電話を青根へと返す。相変わらずメールを受信しているのだ。すべてに返信をする必要はないが、今は少しでもメールに慣れておいてほしい。青根もようやく慣れ始めたのが、せっせと三通目に取り掛かるのを横で見ていると、鎌先からずいっと本が入っていそうな袋が差し出された。
「これ、やる」
「……開けるの怖いんで、お断りしていいですか」
「なんでだよ!? オレが可愛い後輩が暴走しないようっ、必死になって探してきてやったんだぞ!?」
 どうやら、二口のために本を買いに行っていたようだ。それならば、そもそも部室で待たせたりせず、一緒に本屋に行けばよかったのではないか。二口が尋ねる前に、本を押し付けてから顔を上げた鎌先は茂庭たちを見て首を傾げる。
「というか、茂庭とかはもう帰ってるって思ってたんだけどな」
「ごめんね、いろいろこっちはこっちで謝罪とかあって、まだ残ってたんだよ……。」
「まあ、いっか。オレが気づいたくらいだし、茂庭たちはとっくにだったよな!!」
「鎌先さん、だから何の……?」
 どうやら本当は茂庭たちのいないところで本を渡したかったらしい。それが無理だと分かっても、鎌先は大して気にしていない。一体何なのだと思いながら袋を開けてみると、やけに硬派な本と軟派な本の二種類が出てきた。
「……。」
「……?」
「ちなみに、強姦罪てのは女でないと成立しないんだってな。だから、刑法だと……。」
「しませんよ!? オレそんなことしませんからね!?」
「そ、そうか? まあ二口が自制できるなら、それでいいんだ。無理矢理はよくない、それは犯罪だと覚えててくれ」
「ああもうっ、知ってます、ちゃんと犯罪だって分かってますよ、オレだって……!!」
 初心者向けの刑法の本を買ってきた意図は、まさにそこだったらしい。茂庭たちと違い、鎌先は今朝も昨日までと態度が変わらなかった。そのため、うっかり二階で目撃したことは覚えていないと早合点していたが、どうやらそんな幸運はなかったらしい。
「鎌ち、なんで急にそんな本を……まさかっ、二口!?」
「そういや、鎌先って二階に行ってたんだよな。……まさか、そこで?」
「ヤってるとこ、目の当たりにしちゃったんですかねえ?」
「バカ小原っ、違えよ、まだヤってなかった!!」
「……でも、鎌ちがそんな本を買ってくるなんてさ?」
「ほんとですっ、違うんです茂庭さん!? 鎌先さんに見られたときは、オレまだしてません!! 寝てる青根を脱がせようとしてて、ついでに悪戯してただけなんでオレは無実です!!」
 悪戯してたのなら有罪だろうと茂庭たちは言いたげだが、もしそうであれば青根の方がよっぽどの前科持ちだ。それこそ、キスや撫でるだけでは終わっていないことをこれまで数多くされた。そう訴えようとすれば、何故か混乱の元凶である鎌先にポンを肩を叩かれる。
「まあまあ、オレがほんとに差し入れたかったのはもう一冊の方だから、落ち着けよ?」
「誰の所為でこんな誤解を……!!」
「……?」
 怒りは収まらないが、青根が興味深そうにしているので、鎌先の手を払ってから仕方なく二冊目を上にしてみる。
 すると、刑法とは全く別の種類の本が出てきた。
「……『外国人の口説き方』?」
「……なんで二口に? 外国人を口説こうとしてんのか?」
「……!?」
「んなハズがねえだろっ、口説きたいのはいつもお前だけだ」
「……!!」
「……ああ、あれですね、二口が帰国子女だっていう誤解が、鎌先さんにはいまだに」
「買う前にざっと立ち読みしてみたんだが、二口、その本の638ページ目がお勧めだぞ」
「つかそんな分厚いのいらないっスよ、結構これ高かったんじゃないスか、地味に心苦しいし重いし文字多いし青根ならとっくに口説く落とせてるし無用、の……?」
 なかなか鎌先が帰ってこなかったのは、立ち読みに時間がかかったためらしい。むしろ、そのページだけを見せたいなら覚えてくればよかったのにと呆れつつも、開いてみた先で二口は息を飲んだ。
 そこには、いろいろな言語での求婚の言葉が並んでいた。
 かつて架空の女友達の相談をしたことを、今では鎌先もあれは二口のことだったのだと知っている。
 だから、分かってしまっているのだろうか。
 まだ架空の女友達の話としてうっかり口走った本音を、ちゃんと覚えられてしまっているのだろうか。
「ほら、せっかく買ってきてやったんだから、青根に実践してみろ」
「……。」
「……?」
「……これって、鎌ちもやっと気がついたってことなのかなあ?」
「……いや、どうも微妙にずれたままの気がするな」
「……そうですよねえ、とっくにデキてることとか、役割分担のこととか、あと二口が帰国子女なら買ってくるのは『外国人が日本人を口説く方法』でないとおかしいとかですよねえ」
「恥ずかしがってちゃ何も手に入れられないぞ!? 二口、漢を見せろ!!」
 鎌先は変に煽ってくるが、欲しいものはとっくに手に入っている。余計なお世話だと思うのに顔は赤くなる一方で、大きく深呼吸をした二口は、バタンと分厚い本を閉じた。
「……鎌先さん、こっちは返します」
「なんだ、やっぱいらなかったか……。」
「……で、青根、帰るぞ」
「……?」
 刑法の本を鎌先には返し、分厚い指南本を二口は自分のカバンへと突っ込んだ。さっさと立ち上がって促すが、まだメールの返信中だった青根は不思議そうに見上げてくる。
 そんな純真な顔を見ていると、言えるはずがないと思う。
 それなのに、伝わらなくてもいいから言ってみたいとも同時に願った。
「……早く、二人きりになりてえんだよ」
「……!!」
「おーっ、二口、頑張れ!! その意気だ!!」
「じゃあ、お先に失礼しまっす」
 携帯電話は無造作にカバンへと突っ込み、すぐに立ち上がった青根の手を引いて二口は部室を出た。
 青根は、どうせ二人きりになって、キスやいやらしいことを期待しているのだろう。二口も、それを拒むつもりはない。
 ただ、その際には告げてみたい。
 結婚という単語に惹かれるのは、『ずっと一緒』という印象が強いからだと、もう分かっている。
 今も、未来も、ずっと一緒に居たいと告げてもいいのであれば、自分にとっては最高のクリスマス・プレゼントになる。
 弾む胸を抑えて青根と共に二口が部室を出て行ってから、刑法の本を手に鎌先はしみじみと呟いた。
「二口の恋、上手くいくといいな……。」
「……いや、上手くいってるというか、鎌ちが思ってるよりは全然進んでるよっていうか」
「……認識のズレが実に気持ち悪いな、厄介さが増したというか」
「……オレたちにとってはとんだクリスマス・プレゼントになりましたね、神様も酷だ」
 ちなみに、二口はこの日、告げることはできなかった。
 頻繁に入ってくる登録了解のメールと、それに返信しなければとそわそわする青根に、イライラして仕方がなかったのだ。携帯電話を取り上げて電源を切れば、青根も何故かほっとする。やはり青根も面倒くさくなっていたのかと安堵しかけたが、単に二口からお許しが出たと思っただけらしい。真冬の校舎の隅で、抱き合って何度もキスをした。寒いのに、腰が抜けるほど熱い。青根からの慕情をたっぷりと飲まされて、未来などまだ約束しなくても、今の幸せが溢れて仕方がなかった。











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まさかの 「実は鎌先さんだけ二青未満と思ってる」という
謎設定がやっと書けました!
嘘です!
ほんとは 青根きゅんがケータイを持った経緯を書きたかったのに
エロに夢中でバランスが・・・ まあいいか!
あと 鎌先さんごめんなさい!

ロボっぽい何か
 


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