■プレゼント






「……そういえば来週のことなんだけどさ」
「やめろ茂庭本来は家族と過ごすべき神聖なる宗教的行事に対してなんて汚らわしい!!」
「……監督が、三日くらい来れないんだって。まあコーチは大丈夫みたいだから、皆もあんまり気にしないだろうけど、ていうだけの話だったんだけど、鎌ち、大丈夫?」
 冬休みに入る直前の部活終わり、業務連絡を伝えようとした茂庭に対し、別の内容を勝手に受信した鎌先が一人頭を抱えた。
 二学期の期末試験も終わり、終業式はもうすぐだ。追試や補習もなんとか免れ、後は冬休みを待つばかりである。長期休暇に入っても部活はあるし、むしろそれが主目的だ。やはり平日の練習が制限されないのは大変魅力的である。
「茂庭さん、やっぱり冬は合宿ないんですか?」
 ジャージから制服へと着替え、上着に腕を通しながら二口は尋ねてみる。
 もちろん、ないことは分かっている。あれば遅くとも十二月に入ってすぐには、茂庭たちから部員全体へと話があっただろう。こんな直前に伝えられるはずもないので、残念そうに言う茂庭の答えはもちろん予想がついていた。
「夏休みと春休み、それにゴールデンウィークだけなんだよね。冬は期間が短いっていうのもあるんだけど、うちは大所帯だしさ、学校の施設を使わないと金銭的に大変になっちゃうし」
「ああ、そうっスよねえ……。」
「これでも、優先はしてもらってるんだ。だから、たとえ二日くらい合宿所が空いてたとしても、捻じ込むのは他の部活との兼ね合いもあって、難しいんだよなあ……。」
 仮に二日間の空きがあっても、それでは移動の方がずっと長い。最低でも三泊以上という日程を組むのであれば、既に予定がある他の部活に変更してもらうしかない。限られた施設を、学校全体で使っているのだ。年明けすぐに大会があるような部活の方が、冬休みは優先されるのだろう。伊達工業の中でもバレー部は強豪筆頭なので、他の長期休みでは優先させてもらえているのであれば、譲り合いは大切だろう。
 さして切羽詰った意識はなく、あくまで確認として尋ねただけだった二口は、そこで上着の後ろ襟の辺りを持たれる。
「……ん?」
「……。」
「だから、手伝わなくていいって言ってんだろ。お前はベンチにでも座ってろ、バカ」
 スーツを羽織る夫を妻が手伝うような仕草をしてきたのは、とっくに着替えていた青根だ。最近のお気に入りらしい。少し前までは二口が青根の着替えを手伝ってやり、それが母親と幼子のようだと囁かれていた。これ以上青根の脳内年齢を怪しまれるのは忍びなく、自分で着替えろと突き放せば、寂しそうながらも従う。当たり前だが、決して一人で着替えられないわけではない。単に自分が構いたかっただけなのだと示されて落ち込んだのに、何日かして青根は自らが二口を手伝えばいいと気がついたらしい。嬉々として手を伸ばしてくるのは、母親の仕草を真似る幼子のようだ。また呆れたのに、嬉しくなってしまいそうで二口はいつも断っておく。
 今日もついでに上着を留めようと後ろから回された青根の手の甲を、軽く叩いて外させた。うっかり任せると、抱き締められるか、服の上からまさぐられるか、何故か留めたばかりのボタンをシャツまで外されそうになる。期末テスト関係の勉強で相当ストレスが溜まったままなのは理解しているが、それは普段以上に気合いの入った部活の練習で昇華してほしい。こちらも焦らされたような状態なのだから変に煽るなと睨んでみるが、素直にベンチに腰を下ろした青根は両手を広げて待っていた。
「……バカ」
「……?」
「迷子センターでやっと母親に会えた子供みたいだから応じてやれよ、というのはともかくとして、急に冬合宿のことなんか尋ねてどうしたんだ? 一年でもう補習になったのか?」
 少し躊躇ったところを笹谷に軽く肩を押され、二口は仕方なくという態度をなんとか装って青根に抱き締められてやった。今朝もこうして抱き合ったのに、また嬉しくてたまらなくなる。首の辺りに顔を擦りつけるようにして懐いてから、二口は深呼吸をし、青根の腕の中で振り返った。
「オレは補習はないですよ、鎌先さんじゃあるまいし」
「……いや、信じられないだろうけど、鎌ちって結構頭いいんだよね」
「……女子がいないクラスだから部活以外に打ち込むものがない所為か、意外に勉強ができる、というか、たぶん二年の間で鎌先が一番成績いいんだよな」
「なんか悲しい人ですね、鎌先さんて」
「なんでだよっ、どうせ成績悪くても可哀想な人とか言ったんだろおめーは!?」
「まあそうですけども」
 これだけ部活も頑張っていて、更に成績も上位を維持できているのであれば、本来はとても褒められるべきことだ。だが鎌先は茂庭との会話からずっと項垂れたままだったので、適当に言ってみればようやく立ち上がった。元気が出たらしい。さすがだと茂庭や笹谷が手を叩いて褒めてくれる姿に、頭脳派はダメなのかと、誰もそんな褒め言葉を言っていないのに勝手に落ち込んでいた。
「二口は、勉強の方はどうなの? 補習とかはないみたいだけど」
 伊達工業においては、よほどでなければ追試や長期休み中の補習などはない。進級が危ぶまれるレベルか、単純に出席日数が足りない、あるいは実習を休んだ場合くらいである。二口も決して勉強熱心ではないが、部活に影響が出るのはまずいのでそこそこ安全圏でこなしている。
 むしろ、問題は今も嬉しそうに腕を回してきている恋人だ。
「オレは大丈夫ですけど……こいつが、結構ギリギリで、やばかったです」
「……。」
「そう言われてる青根が、急に自慢げになったから何事かと思ったけど、そんなにテスト頑張ったんだ?」
「頑張ったというか、まあ頑張ったんですけど、青根より頑張ってたのはテスト勉強を教えてた小原というか」
「ああ、なるほど。……小原、よく頑張ったね?」
 二口でも教えられなくはないが、すべての教科が得意というわけではない。更に、同じ教科でも二口と青根たちは担当教師が違うものが多く、同じクラスで真面目にノートも取っている小原の方がずっと適任なのだ。
 その辺りのことは簡単に想像がつくため、茂庭もすぐに頷いて小原へと向き直って褒めるが、当人はどこか遠い目をしていた。
「……ありがとう、ございます。まあ、おかげで青根に全教科負けてしまって、教える立場としては微妙な感じになってしまいましたが」
「えっ、そうなの? 青根って頭いいんだ?」
「それは鎌先より意外だな……。」
「そもそもオレが成績いいとなんで意外なんだよ!?」
 ちなみに、二口はいくつかの教科で問題がそもそも違うので、一概には比べられない。だがほとんど負けていただろう。中間テストから大幅に点数が上がり、何故か当人ではなく小原と二口が担任教師に呼ばれた。カンニングなどを疑っているのであれば天命に賭けて否定しようと思い、臨んだが、人が良さそうなE組の担任教師は、ニコニコして二人を褒めてくれる。どうやら青根の勉強を見てやったことは知っているらしい。だがそれならば、どうしてわざわざクラスも違う二口まで呼び出したのかと訝れば、担任は急に暗い顔をしてため息をついた。
 今度は、もう少し字をキレイに書くように教えてくれないか。
 プリントを提出されるたびに解読が困難で、最近は読めない部分が実は呪詛なのではないかと不安になってくる。そうため息を重ねた教師に、同情すべきか呆れるべきか、さすがの二口も迷ったのが昨日の出来事である。
「いや、こいつの場合は頭いいとかじゃなくて、興味の対象にムラがあるみたいなんスよ。ずっと継続して勉強に集中するのは無理でも、一夜漬けとか、短期間なら頑張れるって感じで。……まあおかげで、いろいろ犠牲にしましたが」
「二口も、通訳として、それ以外としても、頑張ってくれました、ほんとに……。」
「……?」
「ああ、うん、分かった、そこは聞かないよ、別に聞かないから大丈夫だよ」
「むしろ言うな聞きたくない」
「えっ、聞きたいだろ、オレは聞きたい!! オレだとどうせ無視されるし、茂庭か笹谷が尋ねてくれよ!!」
 二口はついでに一緒に勉強をしていただけで、特に教えてはいない。手伝ったとすれば、まさに通訳、そして翻訳だ。更に発破を掛けるべく、お決まりの禁欲宣言をしたところ、難しい問題が解けるたびにもういいかとばかりに押し倒されて、小原も最後の方は見て見ぬふりをしていた。
 テスト勉強ではない、テスト本番で最低でも追試や補習を免れる点数を取れなければダメだ。
 小原と共に何度も言い聞かせた結果が、稀に見る好成績となった。その頑張りや集中力を褒めるべきなのか、そんなにヤりたいのかと呆れるべきなのかは、いまだに小原との間で答えが出ていない。
「なんだよっ、後輩たちの頑張りにみんな興味がないのか!? 冷たい先輩どもだな!!」
「……興味がないというか、もう想像ついてるっていうか」
「……だからテスト後からやたら青根もいつも以上に懐いてたんだなって分かったというか」
「よし、茂庭や笹谷と違って心優しい先輩であるこのオレが、頑張った後輩たちに二十四日を共に過ごす権利を与えてやろう」
 喜ぶがいいと胸を張る鎌先を、誰もが同じ思いで眺めていただろう。
 やはり、クリスマスは予定もなくて寂しいのか。
 言葉に出さないくらいの配慮はあったのに、丁寧に断った小原にまずは鎌先がキレている。
「いえ……鎌先さんと二人で過ごすことになったら、オレの人生で最大の黒歴史になりそうなのでお気遣いなく」
「なんでだよっ、優しい先輩と一緒ならむしろ嬉しいだろ!? あと二口と青根は来ないって決めつけんなっ、オレだって分かってるけど!!」
「……つか、茂庭さん、実際クリスマス・イブって練習はあるんスか?」
 冬休みに入っているので、練習はある。だが長期休暇中は学校があるときより平日も練習量が格段に増えるため、日曜日は休むように指導されるのだ。ただ、普段の休日練習のように、半日だったり軽めだったりすれば禁止まではされない。今年のクラスマス・イブは祝日に当たるため、平日扱いなのか休日扱いなのか微妙で確認をすると、茂庭が笑いながら教えてくれた。
「あるよ、いつも通りね。年末年始がどうしても連続で完全休日になるから、冬休みの場合は日曜祝日はほとんど関係ないんだ」
「ああ、それもそうっスよね。じゃあ、夕方には練習が終わる感じで?」
「そうそう。冬休み中の平日と同じ。……まあ、休みとか、早退とかも多いみたいだけどね、毎年」
 必ずしも恋人が理由とは限らないが、やはり予定が入る者も多いのだろう。きちんと申請をすれば問題はないし、足りない分を休日練習で自主的に補完する者も多い。まずは第一に優先すべき部活を確認してから、二口は鎌先へと返した。
「じゃあ、部活終わってからってことで。どこにします? 予約がいるような場所だと、もう無理な気もしますけど」
「なっ……!?」
 学校から行けるファストフードはそもそも席の予約ができないところが多いし、ファミレスの方も混雑が予想される日は予約を受けていないようだ。結果的に、コンビニなどで買い物をして部室で盛り上がるだけのような気もするが、二口はさして問題はない。鎌先が全部金は出すと言い出しそうだが、二年生の参加率によっては負担になりすぎるだろう。むしろ買い出しを分担してそれぞれを学年ごとに出せばいいだろうかとまで考えたとき、息を飲むほど驚いていた鎌先が、ふらふらとよろめいてガンッとロッカーにぶつかった。
「……鎌先さん?」
「どういう、ことなんだ……聖夜が見せる奇跡なのか、それとも悪魔がオレを誑かしているだけなのか……!!」
「どうしたんですか、幽霊に続いて悪魔まで見えるようになっちゃいましたか」
 呆然と呟く鎌先に呆れてみせたが、どうやら今回は鎌先の方に賛同者が多かったらしい。鎌先ほどではないが、やはり驚いていたらしい茂庭たちから二口は立て続けに質問をされた。
「二口こそっ、どうしたの!? 鎌ちとクリスマス・イブを過ごすなんてっ、悪魔に魂を売ったのと同じくらいの衝撃だよ!?」
「へ? ……いや、二人でじゃないですよね? もしかして、皆さんは鎌先さんが面倒くさいから不参加ですか?」
「オレはまさに鎌先が面倒くさいから適当に理由つけて断ろうかと思ってたけどっ、お前らが二人でパーティーするなら出るぞ!? 血の惨劇を招かないよう防波堤になるくらいの心意気はある!!」
「は? ……いや、ただケーキ食べたりするだけですよね? なんでそんなに惨劇期待してるんスか?」
「というか、笹谷、断るつもりだったのか……。」
「オレも鎌先さんのお誘いは断るつもりだったけど、でも二口が出るなら出るよ、というか青根と過ごすんじゃないのか?」
「……!!」
 ちなみに、青根は小原が不思議そうにするまで、どうして周りが騒ぐのか分からないという雰囲気だった。せっかくの先輩からの誘いであるし、しかも二口が参加するのであれば、それに従う。その程度の感覚だったからだろう。だが世間一般的には、クリスマスは恋人と過ごすものだという認識が広まってしまっている。さすがに青根もそれは分かっていたようで、急に慌てたように両手で二の腕をガシッと掴んできた。
「痛いっての」
「……!!」
「というか青根、ちょっと、ちゅーしような?」
「……!?」
 本当に痛かったので腕を掴む手は外させた後、ニッコリ笑って宣言してから二口はチュッと唇を寄せた。驚いている間にベンチに膝で立った二口は、青根の頭を胸へと抱き込むようにして押しつける。そしてしっかりと耳を塞いでから、茂庭たちへと説明した。
「こないだ、青根の親から連絡があったんですけどね」
「え!? ……あ、ああ、それを聞かせないためにってことか!!」
「……びっくりした、久しぶりだからか、びっくりした」
「……オレはもう、テスト勉強中で慣れましたけどね、慣れたくなかったですけど」
「青根の親から、なんて?」
「鎌ち、平然と流しててやっぱ凄いよ……!!」
「どうも、クリスマスにプレゼントを用意してるみたいなんですよ。で、楽しみにしててねって言われました」
 最近では、稀に外泊連絡以外でも二口の携帯電話に連絡が入るようになった。多くは部活行事の確認で、プリントなどの資料がない場合は、息子に聞いてもいまいち分からないらしい。だからその友達に直接電話するのもどうかと思うが、実際に青根の理解が不充分なままで両親に相談されて、伝わらないままの方が困る。
 数日前に、まさに合宿の予定をきかれた。息子は何も言ってこないが、冬休みは本当にないのだろうか。そんな確認に、二口もないはずだと答えはしたが、念のため先ほど茂庭には尋ねてみた。そのきっかけとなった会話をした際に、このときは青根の母親が、やけに嬉しそうにクリスマス・プレゼントのことを語っていたのだ。
「楽しみに、て、二口へのプレゼントを用意してるってことか?」
 そのことを話せば、鎌先は不思議そうにしている。そう受け取れなくもなかったが、あの口調では違うだろう。
「なんで青根の親がオレにプレゼントしなきゃなんないんですか、オレにはもう高伸くんをこの世に存在させてくれただけで最高のプレゼントですよ」
「まあそれもそうだよな。てことは、自分たちの息子にプレゼントを用意したのを、二口にも伝えただけなのか?」
「……鎌ち、今凄い発言をさらりと流したよね」
「……鎌先は鈍感なのか達観なのか、最近分からなくなってきたな」
「……何が凄いって、二口はさっきみたいな発言を青根のご両親にも普通に告げてそうなことですよね」
「予想なんですけど、たぶん青根がそれをもらうことによって、オレも喜ぶというか、助かる部分があるものなんだと思います。だいたい想像はつきますし、それはまた、クリスマス以降に話すとして」
 問題は、プレゼントの内容ではない。ちゃんと両親がプレゼントを用意していると、わざわざ伝えてきたことだ。
 まず間違いなく、去年まではクリスマスを家族で過ごしていたのだろう。さすがに枕元にプレゼントを置くかは別として、今年もきっとその予定なのだ。青根の両親には釘を刺したつもりはなかったのだろうが、それでも勝手に期待して浮かれていたことを思い知らされた気がして、二口はため息をついた。楽しみにしていますと答えて電話を切り、どのみち自分も都合が悪かったのだと思うことにする。二口の家でも、クリスマスは家庭で過ごすものだという意識が強い。青根と過ごすことはどのみち無理だったのだと自分に言い聞かせていたところに、伝えるのを忘れていたと親から今年の予定を告げられて、二口は呆然とした。
 青根に聞かせたくなかったのはプレゼントの辺りだけなので、もう手は外しておく。中身の予想がつくかもしれない話題は、楽しみを削がせそうだったので耳を塞いでいただけだ。顔を上げた青根は当然分かっておらず、キョトンとしつつもしっかりと背中に腕を回してくる。それに、二口もしっかりと腰を下ろしてから抱き返してやった。
「とにかく、クリスマス・イブの日は、練習終わったらこいつはすぐに帰ると思うんですよ。だから、オレは暇だし」
「……?」
「ああ、なるほどな。つか、二口の家の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫っス、というか、オレしかいないんですよ、その日」
「……!?」
「は? なんだ、お前残して家族はどこかに旅行にでも行くのか?」
「旅行っていうか、いつもの帰省です。オレは部活があるだろうし、いつもの『友達』が遊びに来るだろうからいいやって、勝手に思って勝手に決めてたらしくて、置いてけぼりですよ。別にいいんですけどね」
「……!!」
「そうなのか、それは寂しいな。……そうだっ、今年はオレが泊まっていってやろう!?」
 広い家に一人でいることは慣れたし、寂しくはない。家族が出払っていることはさして気にならない。
 ただ、青根がいないことには動揺してしまいそうな情けない自分をもう覚悟していたので、鎌先の申し出はありがた迷惑だ。みっともないところを見せたくないのだからという断り文句は、急に強く抱き締められて思わず息が詰まり、言葉にならない。
「このっ……バカッ、苦しい、緩めろ!!」
「……!?」
「……離せ、じゃないんだよねえ」
「……そりゃあ、離してほしいわけじゃないんだし、そうだろうよ」
「……それより、鎌先さんへの疑惑をオレはどう胸の内で処理したらいいんですか」
「青根、どうしたんだ? ああ、二口の家でのクリスマス・パーティーに参加できなくて、残念なのか」
「なんで勝手にオレの家が会場に決定してるんですか、それはそれで楽だから構いませんけど」
 元より、帰省中には二口の部活友達がほぼ確実に来ているし、今回は両親たちもそれを期待して息子を置いていくことに気兼ねがなかったのだ。今更のように気を遣われて撤回されるのは申し訳ないし、一緒に祖父母宅に行こうと誘われれば部活も出られなくなってしまって最悪だ。友人一人の予定が、数人になることは両親も構わないだろう。
 ただ、別の点は気になっているので、二口は小原を見る。
「泊まるのも別に構いませんけど、でも……?」
「……あ、オレも、参加します、不安いっぱいですけど」
「……!!」
「小原も来れるのかっ。なあ、茂庭と笹谷は?」
「……えっと、じゃあ、オレもお邪魔しようかな?」
「……怖いもの見たさもあるし、行く」
「……!!」
「なんだ、結局いつもと同じメンバーになったな。青根以外」
「そうっスねえ、まあそんな気もしてましたけど」
「……。」
 取り敢えず鎌先と二人というのは本当に血の惨劇に発展しかねないので、仲裁要員として小原の参加を求めた。すると、茂庭や笹谷も予定を合わせてくれるようで、二口はますますほっとする。
 どうやら、今年は賑やかに過ごせそうだ。無意識のうちに顔にも出ていたようで、つい緩んだ頬をぐにっと手の平で押される。
「……青根?」
「……。」
「そんな顔したって、ダメだっての。お前はちゃんと家族と過ごせよ、そもそもうちに入り浸りすぎだって」
 電話の限りでは青根の両親は気にしていないようだし、こちらの家族も迷惑がってはいない。二口自身は、大歓迎だ。だが既に家族と過ごすものとして予定されたことを覆されると、あれもこれもと欲求に際限がなくなっていきそうで自分が怖い。
 頬を押す手を外させ、しっかりと体を寄せた二口は、肩に顔を埋めながらため息をついた。
「……プレゼントは、体で前払いしてやっから」
「……!?」
「二口もなに凄いこと口走っちゃってんの!? ここまだ部室だよー!?」
「払うのは勝手だが家でしろ、それが無理でもせめてオレたちが帰ってからにしろ」
「テスト期間中のお預けが限界にきたみたいですねえ、二人とも」
「なあなあっ、そういやプレゼントってどうする!? 交換とかするか!?」
 鎌先だけはすっかりクリスマスの予定ではしゃいでいる中、二口はギュッと青根に抱きつく。
 中学の頃は、とにかくクリスマスを一緒に過ごしたがる女子が多くて困った。その時期だけは、彼女として過ごして当然という態度で来られると逃げ切れなくなるので、誰とも付き合わないようにしていた。
 今となって恋人と過ごしたいと思うのは、虫のいい話なのかもしれない。そんな後ろ向きの思考も、慰めるのか単なる欲求の発露か、青根からいきなり深いキスをされれば吹き飛ぶ。いつもならば堪えろと引き離す先輩たちも、今回は同情してくれたのか、予定を決めたがる鎌先を引き摺って部室から出て行ってくれる。ついでに外から鍵まで掛けてくれたので、二口は安心して青根に身を委ねた。




「……へえ、ここが二口の家なんだ」
「歩くと結構な距離があるな……。」
「自転車通学じゃなかったっけ、入学したときは?」
「そうなんだけど、自転車だと早すぎるんだよな。せっかくなら走って体力作りにしようかと思ったんだけど、まあ、今は別の理由もあって歩きにしてる」
「……?」
「青根が駅から徒歩だからか!!」
 相変わらず仲がいいなと鎌先が肩を叩く相手は、部活の中でも唯一鎌先より背が高い一年生だ。
 十二月二十四日、クリスマス・イブ。かねてからの予定通り、部活を終えて二口の家でパーティーということになった。泊まりに関しては、鎌先と茂庭以外は曖昧だ。時間によっては泊まるかもしれないと小原と笹谷は言っている。曖昧でも構わないのは、それはあくまでそれぞれの家族に対しての説明であり、実際には泊まっていくだろうと二口は思っているからだ。
 この予定が決まってから両親に報告をすれば、もちろん反対はされず、むしろ客用布団や食事などの準備をしてくれた。ケーキと菓子類は茂庭たちの持ち込みで、それとは別に礼としての菓子折りも用意する。そんな予定がどんどん部室で進んでいく中で、唯一暗そうな顔をしていたのは参加者ではない青根だ。練習が終わった部室で話していると、寂しいとばかりに拗ねて抱きついてくる。だがそんな顔をされても、青根に参加するなと言ったわけではないので、二口たちもどうしようもなかった。
 それが、三日前になって一転した。
『……青根、今日はなんだか機嫌がいいね? 何かいいことがあった?』
『……!!』
『さあ、オレも聞いてないっス。まあどうせ、猫が撫でさせくれたとか、そういう……バカ、オレを撫でんな』
『……!?』
『なんで驚いてんだよ。つか、ほんとに何かあったのか?』
 気にはなっていたが、青根は練習前には切り出さなかった。昼休憩も同じだったので、練習終わりで言わないのであれば自分に関係ないことだろうと思っていたが、先に茂庭から促されて青根は慌ててロッカーを漁る。
 差し出されたのは、朝も持っていた紙袋である。いつもの外泊に対する両親からの謝礼だと思っていた。だが青根は中に入っていた書簡を出すと、かなり興奮した様子で押し付けてくる。内容はいつもの謝礼だろうし、どうしてわざわざ部室で読む必要があるのか。呆れつつも広げてみれば、相変わらず達筆すぎる母親の字で綴られていたのは、もっと切実な訴えだった。
「それにしても、青根も来れてよかったね?」
「……!!」
「……まあ、そこはオレも良かったですけど、こいつ、卑怯すぎですよね」
 どうやら、青根の両親は特に自宅でクリスマスを過ごすことにこだわりはなかったらしい。毎年結果的にそうなっていたが、部活での行事があればそれを優先させるし、二口の家で過ごすのであればもちろん構わない。
 その程度に構えていたが、いつまでも息子が予定を言わないので今年も家で過ごすのだと考えていた。だが、一週間ほど前から、目に見えて落ち込んでいく。元々家でも大人しいようだが、懐かない飼い猫を撫でようと壁際に追い詰めては、引っ掻かれていたらしい。いつにない寂しがり方になんとか筆談で聞き出すと、二口を始めとしたいつものチームメイトたちは、二口の家に集まってクリスマス・パーティーをするのだと知った。
「元からご両親は予定があるなら優先させてくれるつもりだったみたいだし、オレは卑怯とは思わないけど。……でも、家庭内でも筆談だって分かってちょっとビックリしたよ」
「……?」
「面倒くさくなると、最近はオレに電話してきますけどね、青根の両親て。まあ今回はオレと喧嘩したんだと思ったみたいで、こいつから聞きだしたようです」
 なんとかそのパーティーに参加させてもらえないだろうかという下手に出た文章が、数メートルに渡って書き綴られていた。息子のこういうところは治させるからと、両親が想像するダメな点があまりに多く且つ的確で、二口はうっかり苦労を案じて涙してしまいそうになった。
 その場ですぐに電話をし、家で過ごす予定だと思っていたので誘わなかっただけだと説明をすれば、あからさまにほっとされてまた謝られた。ついでに、箱の片方はクリスマス用に息子に買ったプレゼントなので、渡しておいてくれとも頼まれる。
 そもそも手紙とプレゼントを一緒に持たせたくらいなので、喧嘩をしていることをどこまで本気で心配していたのかは疑問だ。ただ、たとえ自宅で渡しても、結果的に青根が二口に託してくることも分かっていたのかもしれない。カスタマイズは任せると言われた預かりものは、今は学習机の上で布を被せて隠されている。
「まあ何にせよっ、いつもの全員が揃ってよかったな!!」
「……!!」
「あの、さっきから思ってたんですけど、オレの青根に気安く触らないでもらえますか」
「おめークリスマスでも容赦なく冷たいよな!?」
「クリスマスだからって鎌先さんにあったかくする理由は思いつかないですし、熱くなってほしいのは青根だけです」
「……?」
「二口っ、抑えて、もう自宅が目の前でもまだ外だから!?」
「つか家の近所でもこの調子なのかよ、お前……。」
「ほんと、マイペースで動じないって凄いですよねえ、二口といい青根といい」
 そもそも、両親に一言断れば参加できるのであれば、焦って部室で前払いする必要もなかったのだ。一週間前の激しい行為を思い出すと、二口は今更ながら恥ずかしくなってくる。青根はそんな心境を確実に分かっていないのに、ほんのり顔が赤くなった気がする程度で頬に触れてくるので、ますます困る。
「……青根も、玄関はもうそこなんだから我慢してくれないのかあ」
「……普段は帰宅するとこの辺り真っ暗なんだろうし、日常になってんだろうなあ」
「……オレ、正直今から方がずっと精神力を試されるんだって覚悟してますよ」
「なあ二口、それよりそろそろ寒いし早く家に上げてくれね?」
 わざとらしく震えてみせながら言った鎌先に、二口は大きく息を吐いて青根の手を頬から外させた。
 二口としても、寒い屋外にいつまでもいるつもりはない。門の手前で止めていた足を再び進め、カバンから自宅の鍵を出す。そして玄関を開けるためにドアノブに手を掛けたところで、覚悟を決めてくるりと振り返った。
「……?」
「あの。……青根以外に、言っておきたいことがあるんですけど」
「どうしたの? あっ、室内でペット飼ってるとか?」
 極めて真っ当な想像をした茂庭は申し訳ないが、そんな生易しいことではない。言わずに遭遇させるのはどうしても後ろめたくて、二口ははっきりと告げた。
「オレ、我慢できる気がしてません」
「……?」
「……そ、それは、仕方ないよね!? オレたちだってある程度は覚悟してきたよ!!」
「……まあ、ある程度、までだけどな」
「……ヤらないでくれたら、せめてオレたちの前で自制してくれたら、それでいいから」
「何が我慢できないんだ? オレたちは押しかけてる側だし、二口が普段自宅で過ごすように振る舞ってくれても、全然構わないぞ?」
「鎌先さん……部活以外で、初めて頼もしく見えました……。」
 珍しく安堵して鎌先を見上げたのに、何故か茂庭と笹谷からは鎌先が非難轟々だった。
 ともかく、唯一の不安が払拭されたので、二口は手を掛けていたドアを開ける。誰もいない自宅の中は暗く、シンと静まり返っている。二口が廊下の照明をつけるより先に明るくなるのは、もう慣れた動作でスイッチを入れてくれる相手がいるからだ。靴を脱いで廊下に上がり、自分のスリッパを履いてから客用のを四人分用意する。そして比較的広い玄関で、隅の方に立ったままの青根へと向かった。
「青根っ、おかえり」
「……。」
「……ああ、もう、早速なんだ」
「……青根も靴脱がないで待ってたぽいし、ほんと、いつもなんだろうな」
「……新婚家庭にお邪魔しちゃった気分ですよねえ」
「なんで青根の家でもないのに『おかえり』なんだ? ああ、帰国子女だから微妙に間違えてんのか」
 それは帰国子女に対して失礼だという指摘は、抱き締めた青根としっかりキスをしていれば忘れてしまった。
 玄関と廊下ではかなり高さが違うので、今だけは二口の方が背が高くなる。上から覆いかぶさるように腕を回しても、抱き返す青根から舌を入れられた。何度か舌を絡めてうっとりしたところで、二口はなんとかキスを外す。
「んっ……じゃあオレは先輩たちをリビングに案内すっから、お前は洗濯な?」
「……。」
 靴を脱いで廊下に上がった青根に肩に掛けていたカバンを渡せば、脱衣所にある洗濯機へと歩いて行った。それを見送り、二口は茂庭たちを居間へと案内する。
「茂庭さんたち、こっちです。今暖房もつけますんで、まずは適当に座ってください」
「あ、うん、ありがとう……。」
「……お邪魔します」
「……なんか新しい家って感じだよなあ」
 物珍しそうにしている四人をソファーに座らせてから、二口は暖房を入れ、まずはケーキを受け取った。これは最後に食べるものなので、冷やしておくべきだろう。冷蔵庫を開けると、この人数でも食べきれるのか分からないほどの果物が用意されている。ちなみに、三十分もすれば注文していたオードブルが届くはずだ。更には母親が最も大きな鍋でクリームシチューを作っていってくれており、炊き出しのようだと思いながら二口はコップを用意する。
「笹谷さん、買ってきた飲み物って冷えてますよね? まずはそれでいいですか、それとも温かいもの作ります?」
「冷たいのでいいだろ、どうせすぐに暖房効いてくるだろうし」
 笹谷はテーブルに置いたペットボトルを示してそう答えたが、茂庭と小原は首を横に振っていた。寒くて当たり前だろう。取り敢えずはカフェオレでもいれようと電子ケトルに水を足し、スイッチを入れたところで、青根が戻ってくる。
「ん? ……ああ、洗剤切れてたのか」
「……。」
 二人分のカバンからジャージを出し、洗濯をする。他の面々は泊まるにしてもさすがに洗濯までしてもらうつもりはなかったようで、明日の練習用の着替えを持参していた。だが青根はいつものように着の身着のままなので洗濯を命じたが、空になっている液体洗剤のボトルを差し出されて、二口は変更する。
「じゃあ洗濯はオレがするから、青根はオレたちのカバンとコート、二階に持って行ってくれ」
「……。」
「で、戻ってきたら、ここに三つマグカップ置いたから。カフェオレの粉があるの、分かるだろ? 今お湯沸かしてるから、粉入れて、沸いたらお湯入れて、茂庭さんと小原、あとオレの分な?」
「……。」
 きちんと指示をすれば青根は大きく頷き、液体洗剤のボトルと二口のコートを交換して、脱衣所に戻っていった。そこにカバンは置きっ放しなのだ。すぐに階段を昇り始める様子を眺めていた茂庭が、やや不思議そうに尋ねる。
「青根が洗濯の係なの?」
「そうとも言えるんですけど、そうじゃないとも言えるような……。」
 曖昧な返事をしながら、二口は洗剤の補充パックを探しに行く。場所を教えてもいいのだが、そう何度もあることではないし、それならば青根が既に知っていることをさせた方がいい。居間を出たので会話は途切れ、取り敢えず二口はやりかけの洗濯機の設定を終えておく。乾燥までのモードにしたので、干す必要もない。きちんと回り始めたのを確認してから居間へと戻れば、先に二階から降りてきたらしい青根は自分のコートも二階に置いてきていた。随分と薄着だが、まだ暖房もさほど効いてないのに寒くはないらしい。軽量スプーンで律儀に粉末をはかってマグカップに落としている背中を眺めて、二口はいつもの感想を持つ。とにかく、温かい方は青根に任せればいいので、人数分のガラスコップをテーブルまで運び、ペットボトルの蓋を開けた。
「笹谷さんと鎌先さんは、冷たいのからでいいんですよね?」
「ああ」
 ついでに青根の分も注ぐ頃には、茂庭たちもコート等は脱ぎ、カバンとまとめて部屋の隅に置いていた。
 いつもは家族と過ごす部屋に、部活のメンバーがいるというのはやけに不思議だ。しみじみ二口がそう思っていると、どうやらまだ疑問だったらしい茂庭に繰り返された。
「えっと、青根はいつもは洗濯係じゃない、の?」
「へ? ……ああ、まあ洗濯を任せることが多いのは事実です。というか、何かやらせてないと、落ち着かなくなるんですよ」
「ああ、そういう……。」
「凄く想像つくな……。」
「借りてきた猫みたいに大人しくなるのか……。」
 小原の言葉に茂庭と笹谷は頷いていたが、二口は首を傾げてしまう。大人しくなるとは言っていない、むしろ正反対の落ち着かなくなると説明したはずだ。だがいろいろ空回って行動に出るまでは、大人しくなったように見えると言えなくもない。訂正するほどではないかと悩んでいると、冷たいジュースを一気飲みした鎌先がため息をついた。
「……オレは別に飲み物が冷たくてもよかったが。せっかく青根がいれてくれるなら、温かい方にすればよかった」
「あげませんよ、鎌先さんには何一つ青根からの親切とかあげませんからね」
「なんでオレにはそこまで厳しいんだよ!?」
 まるで昼間から酒を浴びて暴れるサラリーマンのように、嘆くだけ嘆くと鎌先は自分でペットボトルを開けてジュースを注ぎ足していた。
 それを不思議そうに眺めながら、青根がマグカップを持ってくる。どちらもほぼ同じ高さまで湯が注がれている。初めて任せたときは、どこまで注げばいいのかと尋ねられて二口も困った。カフェオレ粉末のパッケージには湯の量も書いてあるが、粉はともかく、熱湯を軽量カップでいちいち計るのは危険だ。ならば最初から計って水を入れればよかったのだが、それはそれで面倒くさい。なにより味に大した違いはなく、適当でいいという指示は、青根が一番困惑してしまう。適当でいいからこそ、目安になるものが欲しいらしい。失敗して嫌われたくないという意識が透けて見えると無下にも出来ず、じゃあのこのくらいとまさに二口が適当に示した辺りまで、きっちり今日も湯は注がれていた。
「青根、ありがとう」
「茂庭っ、ちょっと飲ませてくれ!!」
「なんか青根に振る舞われると、不思議な感じだな」
「小原……!!」
「い、いいですけど、まだ熱いですよ、きっと?」
「……熱い!!」
 小原の前に置かれたマグカップを強引に奪い、飲もうとした鎌先が火傷しかけている間に、青根は残り一つのマグカップを持ってきた。もちろん二口の分だ。テーブルには置いたものの、それに二口が手を伸ばすことは期待していない。横にぴったりとくっつくように座って顔を覗き込んでくる青根には、もう我慢できずに片手でわしゃわしゃと髪を撫でてしまった。
「青根っ、ありがとな?」
「……。」
「で、これはそのお礼」
 口実などもうどうでもよく、顔を寄せれば青根にぐいっと腰を引き寄せられた。抵抗する気もなく唇を重ね、再び深く舌を絡める。二口からもしっかりと腕を回してキスをしていれば、やがて青根の手がシャツの裾を引っ張り出そうとしてくるのに気がつく。
「んっ……バカ、ダメだって言ってるだろ?」
「……。」
「……よかった、お邪魔して十分でもう帰らなきゃいけなくなるかと!!」
「……二口、ほんとに我慢できねえんだな」
「……知ってましたよ、オレは、こうなるってテスト勉強の段階で知らされましたよ」
「……まだ、熱い」
「メシが先、エッチはその後な?」
「……。」
「て、二口そっちーっ!?」
「ヤることはダメじゃねえのか……。」
「そうですよねえ、青根が我慢しない限りはそもそも無理ですよねえ……。」
「……まだっ、熱い!!」
 鎌先だけは小原のマグカップと戦っている横で、二口はしっかりと瞳を合わせていつもの躾を繰り返した。
 家族から家事を頼まれていることもあるし、それがなくとも部活をする上で健康な体を維持することは大切だ。食生活はその基本であり、あまり不規則になったり、ましてや練習後に抜くなど絶対に駄目だ。正直に言えば青根は多少大丈夫そうだが、二口の方が空腹で集中できなくなるので勘弁してほしい。
 二口が他のことに気を取られたままするのは嫌だろうと言い聞かせ、なんとか青根にも自制が効くようになった。再びヨシヨシと頭を撫でていれば、今更のように茂庭が気がついたようだ。
「……あ。もしかして、青根が落ち着かなくなるって、さっきみたいなこと?」
「そうです。暇にさせると持て余すみたいで、待てができなくなるんですよ。……な? 青根っ」
「……。」
 家事を手伝わせても欲求そのものが消えるわけではないが、少なくとも目を逸らさせることはできる。青根自身もお客さんとしてただ大人しく待つより、何かしらの役に立ちたい健気な部分もある。大半は、一緒にできる家事であれば近くに居られるし、違っても終えれば褒めてもらえるのでまさに子供の躾のようだ。
 今も頭を撫でていれば嬉しそうだったが、やがて物足りなくなったらしい。大きく頷いてから後ろへと回り、圧し掛かるようにして懐いてきた。
「こら、重いっての。お前がせっかく入れてくれたカフェオレ飲むんだから、ちょっと起こさせろ」
「……。」
「……体勢としては、部室でとあまり変わらないんだけど。なんだろう、この、やっぱり落ち着かない感じ」
「……妙に不安になってくるよな、二口の家でされると」
「……それは単にその先に進む危険が部室の比じゃないからだと思うんですけど」
「分かってるから!? 小原、ほんとはオレたち分かってたから、言わないで……!!」
「適温になった!! ……あ、そうだ、オレ個人的に差し入れがあるんだった」
「鎌ちはほんとに平和でいいねえ……!!」
 だいぶ冷めてきたらしい小原のカフェオレを満足したようにずずっと半分ほど飲んだ鎌先が、ふと思い出しようにマグカップをテーブルに置いてから立ち上がった。
 実は、二口も気になっていた。プレゼント交換の類は、出費がかさむとか、青根が来ない予定だった段階では鎌先だけが呪われるアイテムを用意されそうだとか、ひどい理由でなくなっている。そのため、ケーキと菓子類、それに追加で飲み物を何本か持ってきてくれることになった。当初は小原と四人で分担するはずだったが、やはり最終的には先輩三人だけで払ったようだ。青根はそもそも分担を決めた際には不参加だったし、来ることになってからも何故かホスト側の扱いをされている。
 明日も練習はあるし、着替えを持参すれば荷物はいつもの倍になる。余計なものを持ってくるはずがないのに、鎌先はずっと重そうな紙袋を提げていたのだ。妙に縦長のそれは、飲料であることの推察は容易い。だが笹谷が分担が足りない気がすると言ってコンビニで飲み物を買うことを提案したとき、鎌先は何も言わなかった。つまり今テーブル置かれたジュースやお茶の類ではないのだ。
「やっぱ、クリスマスって言ったらこれだろ!?」
「……?」
「……鎌先さん、それ、どこで」
「うちで準備してたの、黙って持ってきた」
「鎌ちのご家族ごめんなさい!!」
 紙袋からキレイなラッピングのまま現れたのは、細身の瓶だ。どこをどう見ても、シャンパンである。問題は、それがいわゆるジュースと同じノンアルコールなのか、そうでないのかということだ。無造作にパッケージを開けた鎌先の横から手を伸ばし、まずは笹谷が顔をしかめていた。
「……鎌先、お前これ結構値が張るやつだぞ、大丈夫か?」
「笹谷も確認するのそこから!?」
「え、高いのか? オレ全然分かんねえから適当に持ってきたけど、まあ何本かあったし、どうせ気がつかねえだろ」
「鎌先家は酒豪なんですねえ……。」
「小原も感心するとこじゃないから!? そういうことじゃないから!!」
 茂庭の慌てようを見れば、どうやらノンアルコールではないらしい。二口は飲酒に絶対反対するほどの精神はないが、吐かれたり絡まれたりすると面倒くさいなあとは思う。飲み慣れていないと、美味いとは感じないだろう。鎌先の様子では、特に家で嗜んでいる風でもない。
「だ、ダメだよっ、高校生なんだから!? 飲酒、煙草、暴力はほんとご法度だって!?」
「まあまあ、ここは外じゃないし、この量ならどうせ一人一杯ずつくらいだろ? 酔って暴れるとか、明日に残るとかってほどじゃねえって?」
「でも……そうだっ、二口も困るよね?」
 どうせ空き瓶は置いていくのだろうし、家族にばれると困るのではないか。そう助け舟を求められ、頷きかけた二口に鎌先が不思議そうにした。
「けど、二口もほろ酔いな青根とか見てみたいだろ?」
「……鎌先さんっ、気遣いの行き届いた差し入れ、あざーすっ」
「ああもう、最近鎌ちが無意識に二口の弱点ついてくるのが、地味にイライラするよ……!!」
「……というか、青根ってザルっぽいよな?」
「……飲んで暴れられたりしたら、鎌先さんに責任持って止めてもらうしかないですよね?」
「ついでに、二口も酔って泣き上戸とかみたいにしおらしく可愛らしくなったらいいなあと思って」
「……!!」
「……鎌先さん、通報していいですか」
「鎌ち、サイテー!! それはサイテー!!」
「鎌先、泥酔させていろいろしようとか、お前それマジで洒落になってねえぞ……。」
「え、ダメかな、お前らも大人しい二口の頭とか撫でてみたくねえ?」
「……。」
「……。」
「……。」
「茂庭さんも笹谷さんも黙らないでください、あと青根はいつでも撫でさせてやっからいちいち鎌先さんに賛同すんな」
「……!!」
 ちなみに小原だけは鎌先に同意していなかった。最後の良心だ。
 いつでも撫でていいのかと嬉しそうに後ろから手を乗せてくる青根には好きにさせつつ、二口も笹谷からシャンパンを受け取ってラベルを見てみる。
「……そんなに度数もないし、この量なら大丈夫だとは思いますけど。でも、オレは一応ホストなんで、今日はやめときます」
「そ、そうだよね、仕方ないよね……!!」
「うっかり鎌先の誘惑に乗せられそうになったが、まあ仕方ないよな……。」
「オレは撫でたくはないけど、他人事として眺めたかったかもなあ。まあ、今より更に口が悪くなって鎌先さんが泣かされるんじゃないかって心配の方が大きいから、飲まないでくれることは賛成だけど」
「なんだよ、せっかく持ってきたのにっ。まあでも仕方ないか、じゃあその分は青根が飲めよ?」
「……!!」
 本来は食事の際に飲むのだろうが、どうしても珍しいデザートか何かのような感じがしてしまう。一応冷やした方がいいのだろうと、青根の手を外させて立ち上がったところで、チャイムが鳴った。
「あ、宅配の料理が来たみたいなんで、取り敢えず食事にしましょう」
 シャンパンは青根に渡し、冷蔵庫に入れておくように示す。支払いは既に済まされているので、二口はそのまま玄関に向かい、宅配料理を受け取った。
 配達員は、サンタの格好をさせられていた。引き攣った笑みでメリー・クリスマスと言われ、ようやくクリスマスなのだと変に感慨深くもなる。料理を片手に戻ってくれば、茂庭と小原は飲み物をよけてテーブルを広げ、笹谷は床に座る際のクッションを並べ、青根はシャンパンを冷蔵庫にしまったので褒めて褒めてと待っていた。
 鎌先だけはぼんやりと突っ立っており、もしかするとある意味では青根の同種なのではないかと不安になった。








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