■ホワイトノート

-01




 言うべきか、言わざるべきか。
 悩み抜くのは得意ではないので、取り敢えず言っておこうと決めた。言ってみて、そんな報告はいらないと呆れられれば、次からしなければいいだけだ。放課後の練習が終わるのを待ち、帰りかけた監督とコーチを追いかける。
 結果的には、やはり言わなくてもよかったかもしれない。
 そう思ったのは、決して監督やコーチに嫌な顔をされたからではない。むしろ、やたら気遣われて励まされ、そんな一面があったなんてと感動されたことで、自分のプレーではない人間性の評価をうっかり垣間見てしまった気がしたからだ。
「……まあ、いいけど」
 ともかく、可能性は低いが不測の事態が起きたときのための根回しはすんだ。次はキャプテンだと思ったが、それはコーチが話しておくと言ってくれた。言葉には甘えつつもやや首を傾げたが、それは着替えるために部室に戻ってから判明する。
「……あれ? 他の人らは?」
「……。」
「もう帰ったのか、珍しいな……。」
 二年生は何か行事でもあるのか、このところ部活が終わってからのんびり部室で駄弁ることは少ない。この日も、監督たちと話していたのはそう長い時間ではなかったのに、部室には一年生しかいなくなっていた。ただ、部室を使える一年生はまだそう多くない。ついでに言えば、二口がいない状態で、レギュラーの一年生が楽しくおしゃべりをして待つことなどできない。
 決して仲が悪いのではない、すべては青根が原因だ。小原は真面目で気のいいやつだが、やはり青根と二人で長く部活以外の会話を言葉を使わず続けるのは困難だろう。つくづく厄介だと呆れるのに、当人は嬉しそうに二口を迎えた。相変わらず無言だが、気配が照れるくらいに上がったのが分かる。一人で待っていた寂しさの反動だとしても、現れたのが二口でなければ青根はこんな反応を見せなかっただろう。
「ん? ……ああ、鍵預かってたのか」
「……。」
 部室に入ってドアを閉め、中央のベンチに向かおうとすれば、立ち上がった青根がずいっと差し出してきた。いつもは茂庭が持っている鍵だ。走り書きしたような付箋がついており、『明日の朝練で開けるのはよろしく』とある。
 それを、青根に託したのではなく、二口に渡すよう依頼したのだろう。おかげで明日は普段よりもっと早く来なければならなくなった。ため息をついて受け取ったが、こうされなければ用があるらしい二年生たちは帰れなかっただろうし、最悪の場合は部室を閉められた。なくさないように、ロッカーを開けてまずはしっかりとカバンに一度鍵をしまっておく。それから制服に着替えようと手を伸ばしたとき、後ろから急に腰へと腕を回され驚いた。
「おあっ!? ……あのなあ、お前」
「……。」
 呆れたように肩越しに見上げたが、本当はベンチから移動してくる気配はしていた。むしろ青根はこれが目的で自分を待っていたようなものだ。
「部室とかもダメだって、いつも言ってるだろ?」
「……。」
「いつ誰が来るか分からないん、だか、ら、て……ああ、そっか、今日はもう誰も来ないのか」
「……。」
 だが見つかる危険がある場所ではいちゃつかないと、いつも言って聞かせている。部室も当然、それに含まれる。言い飽きた文句を繰り返そうとして、今日は該当しないことに二口もやっと気がついた。
 もちろん、忘れ物をしただとか、二口のように部活の後に用があって着替え損ねただとか、誰かが来る可能性を思いつくことはできる。だがキャプテンである茂庭から預かった鍵がここにある以上、確率としては相当低い。まず起きないだろう。
 それが分かれば、二口も回された腕を外しきれない。拒む理由がすぐに見つからない。すっかりその気になっている青根は、腰に回した手をもうシャツの中に入れてくる。
「こら、青根……。」
「……。」
 ちなみに、青根もまだジャージだ。着替えていない。先輩たちに見咎められる心配がないので、面倒くさがって制服に着替えずに帰ろうとしているのだろう。そんなことを考えながら、二口はシャツの下に差し込まれた手をぺちっと叩く。
「……?」
「一回、離せ。ベンチに座ってろ」
「……。」
「……鍵、かけてくっから」
 不思議そうに手を止めた後、離れろと言えば不満そうに黙られた。だが何も二口も拒むつもりではない。むしろ、降って沸いたような幸運を逃したくない気持ちの方がずっと大きい。ただ、誰が開けるはずもないと分かっていても、部室のドアの鍵だけは内側から掛けておきたい。そう言ってみれば、青根は素直に腕を外す。離れていく体温に名残惜しくなりつつも、もっと大きな熱を感じられるのだと信じて、二口は自分のロッカーを閉める前にカバンからあるものを出してポケットに入れておいた。
「……。」
「……。」
 このときまで、二口は厳密な意味で青根と最後まではしていなかった。
 キスは毎日のようにしているし、部活帰りだと大半の日は互いの下半身を手で抜くくらいはしている。だがそれ以上となると、場所の制約が大きく、あまり回数は重ねていない。
 ただ、そういった場所や機会ではない部分で、二口はずっと不満というか、面白く思っていないことがあった。
 青根は、とにかく性的な知識がない。キスはまだ挨拶としての文化もあるし、手で拭くことは自慰の延長のようなものなので、すんなり受け入れられたようだ。だが下世話なことを教えてくれる男兄弟や、クラスメート、部活仲間などは皆無だったらしい。積極的に猥談に入っていかないし、見てくれの怖さで周りは勝手に経験豊富か、その真逆で教えようとすると面倒なことになりそうだという印象だったようだ。
 そんな後者の評価が、大正解だ。青根は、本当に知識がなかった。もし彼女ができていれば、まさに入れる穴が分からないレベルだっただろう。ただ一つ予想と違ったのは、知らなさすぎて教えればすぐに納得し、抵抗なく受け入れる。そして、自らも習得しようと頑張る。向上心は凄まじい。おかげで、胸への愛撫も、性器への口淫も、相当な覚悟で始めたのは二口からだったのに、今ではすっかり青根の方が上達した。まかり間違っても、自分が感じやすいからではない、そんなことを認めるくらいなら青根が天才肌だと崇めた方がマシだ。
「……。」
「……。」
 ガチャリと内側から鍵をかける音が、静かな部室でやけに響く。
 ともかく、最近は始められるとすぐに翻弄されてしまうのが情けない。少しくらい、主導権を握ってみたい。
 ずっと考えていたが、それは難しいだろうとすぐに答えが出た。唯一あるとすれば、全く新しいことを始めて、それを青根が習得するまでの期間だけだ。
 口淫までしてしまっているので、後はもうあれしかないと分かっている。男女のアダルト系でも、わりとよくある行為だ。せっかく入れる穴があるのに何がいいのか、さっぱり分からないと思っていたが、今となってはその程度でも知識があってよかった。男同士なら、そこでするしかない。
「……。」
「……なあ、青根」
 いろいろと理由を自分の中で挙げ続けたが、結局のところは単純な欲求だ。
 青根と、繋がってみたい。
 願ってもないような機会が訪れて、もうその欲求が抑えられそうにない。ドアの鍵を掛けてから振り返れば、ベンチに大人しく座っている青根は待てを強いられている大型犬のようだった。体格の所為なのか、何故か青根はベンチを跨ぐようにして座ることが多い。この日もそうだった。
 名を呼べば嬉しそうに気配だけ弾ませて、長い手を伸ばしてくる。それに抱きとめられると途中から提案するのは難しいと知っていたので、敢えて両手共を指を絡ませるようにしてギュッと握った。
「……?」
「あのな、したいことがあんだけど?」
「……。」
 青根が珍しい仕草に注意がいっている間に、二口もベンチを跨いで向かい合うように腰を下ろす。そしてできるだけ淡々と切り出せば、青根は軽く目を見開いた。握った手に力が篭ったので、やや驚いたのが伝わる。だがこれは、決して否定的な反応ではない。
 すぐにゆっくりと大きく頷いた瞳は、期待に満ちていた。これまでも、こんなふうに切り出して新しいことを教えてきたのだ。気持ちいいし、気持ちよくもさせられる。更に新しいことが増えるのであれば、青根にとってはもちろん歓迎なのだ。
 予想通りの態度に安心するのに、同時に落ち着かなくなってきた。
 これまでであれば、じゃあ早速教えてやるとばかりに手を伸ばせばそれですんだ。二口から始めればいい。だが今望んでいることは、予め明示しないまま進めるのはずるい気がした。葛藤してつい視線を逸らしてしまうのは、それだけ二口には自信がなかったためだ。
「……?」
「……。」
 青根は、したいのだろうか。
 騙まし討ちのように、そんなことまでしてしまっていいのだろうか。
 したいことがあると切り出しておいて、始めるどころか複雑そうに顔を背ける二口を、青根は不思議そうに見ていた。両手を絡ませるように繋がれていなければ、もっと早く抱き締めて急かしていただろう。
 だがほとんど話さない分、解釈が正しいかは別として青根は他人の機微に過敏だ。さすがに二口の様子がいつもと違うくらいは伝わり、じっと待つ。そうして待たれているのも二口にはまた伝わり、ますます追い詰められてしまう前に思い切って手を離した。
「……?」
「……あ、あのな?」
「……。」
 そのまま片膝をベンチに乗せ、ぐっと近づいて抱きつく。まだジャージの胸に顔を埋めれば、体温も鼓動も苦しいくらい伝わってくる。眩暈がしそうなその熱に惑わされたのだと心の中だけで言い訳をして、二口は青根の顔を見ないままで口にした。
「……セックス、したいんだけど」
「……。」
「……青根?」
 派手に動揺するか、男同士で何を言ってるのだと訝るか。
 事前通告への青根の反応は、そのどちらかだと予想していた。だが抱きついている上体は、ビクリと反射的に揺れることもない。胸に押し当てた耳に伝わる鼓動も、早くなっている気はしない。
 まさかとは思うが、さすがにないと予想から外した第三なのだろうか。
 単語すら知らないという、もう疎いを通り越して天然記念物並の箱入りなのかという不安は、気恥ずかしさに勝った。ゆっくりと胸から顔を上げてみれば、見下ろしてくる青根と視線が絡む。やはり焦ったり呆れたりしている様子はない。
「……。」
「……。」
 どこまでも、無だ。
 本当に知らないのかと感動しかけて、ふと違和感に気がつく。確かに青根は素で知らないことも多く、聞き覚えのない言葉などがあれば首を傾げる。知らない、分からない、だから教えてくれと仕草で示す。
 だがこのときの青根は、そういう反応もない。ひたすら感情らしきものがなく、ここにきて聞こえなかったという最悪の第四まで想像しそうになったところで、劇的な変化が起きた。
「……!?」
「青根……?」
 二口は抱きつく姿勢から体を起こしているので、青根の腕が背中に触れた。その途端、弾かれたように体が動き出した青根は触れた手を離し、すぐに二口の両肩に置き、それもまたパッと離して、頭を抱えた。
 顔は真っ赤だ。動揺しすぎて、涙目になっている。やや震える唇は、何かを言いたいのか、それとも無意識なのか。今度は反応が大きすぎて不可解になった二口は、それでもだいぶ期待を持って尋ねてみた。
「嫌か?」
「……!?」
「……いいのか?」
「……!!」
 頭を抱えるほど嫌なのかと尋ねれば、青根はすぐに大きく何度も首を横に振る。震えていた唇も、キュッと強く噛み締めている。
 ではいいのかと逆に尋ねてみれば、青根はポカンとして口が半開きになった。直後に何度も頷く。
 今は噛まれていない唇が、やけに気になる。躾の成果もあり、リップクリームのおかげで以前より荒れはだいぶ改善している。早く重ねたい欲求に抗いながら、二口は後ろめたさを払拭するための言質を取った。
「してくれる、よな?」
「……。」
 だが念を押せば、青根は葛藤するような表情の後、首をどちらにも振らずやや視線を落とす。
 嫌なのではない、ただ不安がある。それが手管に対してだけだともう分かっていたので、二口は今度は視線から逃げるのではなく、青根の両肩から背中へと腕を伸ばすようにして、ぐっと体を寄せた。
「大丈夫だって、オレが全部やってやっから? お前はただ寝てればいいんだよ、簡単だろ?」
「……。」
「あー……そうだな、じゃあ、最初のキスだけはしてもいいから?」
 大人しく身を委ねろと言えば、不満そうな視線が返ってきた。『新しいこと』は分からなくとも、既に得た愛撫はしたい。だがそれこそ全部復習されると二口も新しいことどころではなくなってしまうので、理性と余裕を残せる譲歩を見せれば、すぐに抱き締められて唇を塞がれた。
「んんっ……!!」
「……。」
 いつもと同じキス、それこそ昨日も部活の帰りに交わしたキスなのに、何故か違った興奮がした。舌を絡め、唇を甘噛みされる。心地よさで思考がぼんやりしていくのを止めたのは、ゴクリと唾液を嚥下した音がやけに大きく聞こえたからだ。
「んっ……ん、だから、青根、ダメだって」
「……。」
 精一杯の理性で、なんとかキスをやめさせる。青根はかなり不満そうで、糸を引くようにこぼれた唾液を名残惜しそうに舐め取ってくる。濡れた唇を熱い舌で触れられてまたぞくりと腰が疼くが、せっかく巡ってきたチャンスなのだ、逃したくはない。肩が上下するほど大きく深呼吸をして自らを落ち着かせ、二口はそっと手を伸ばした。
「……!?」
「なあ青根、仰向けになってくれるか」
「……?」
 片手は腹の辺りからジャージの下へと差し込み、もう一方の手では肩を軽く押す。互いに手で抜くことも多いので、息を飲みはしたものの、青根もこれからの快楽に期待しただけだ。だがその愛撫の際に仰向けにさせられたことはなく、そちらを不思議がっている様子に二口も譲れなくてもう一度肩を押す。
「いいから、寝転がってくれよ……久しぶりに、口でしてやるし……。」
「……!!」
「……見られてると、恥ずかしいんだよ」
 今度は本当に驚いて息を飲んだ青根は、幸いにして違和感には気がつかなかった。
 口でしたときは、青根を椅子に座らせることが多い。やりやすい姿勢ということもあるが、技術として習得したい意識が強い青根に見せてやる必要もあったためだ。回数は少なくとも、これまで二口からしてやるときに見られて恥ずかしいなど言ったことはない。実際に思ってもいない。
 ただ、今日はその先への準備を見られるのが、どうしようもなく抵抗があった。単に口淫が恥ずかしいのだと誤解したのか、基本的には二口に従順なだけだからか、青根はやっと仰向けになってくれる。正確にはベンチに肘をついてやや上体は起こし、口淫がぎりぎり見える角度を保っていたが、それくらいであれば二口も問題はなかった。
「えっと……じゃあ、始めるな……?」
「……。」
 なんとなく宣言をしてしまってから、二口はジャージの下に差し入れていた手で、青根のモノを服から出させた。
 まだ短いキスしかしていないのに、相変わらずもう硬くなっている。熱を溜めて脈打つ剛直を軽く手で撫でてから、二口は舌を伸ばした。同じ男として素直に立派だと感心できる青根のモノは、硬くなるのは早いが、射精までは時間がかかる。最初の経験が早漏すぎて、本人に我慢したがる傾向もあるのだろう。だが単純に、興奮しやすく、それを維持もしやすい。身体的なポテンシャルだけは相変わらず最上級だと思いながら、まずは舌で先端から括れまでを丹念に辿ってやった。
 それだけで、青根のモノがまた熱を上げた気がする。ただの期待かもしれないが、根元までしっかりと舌で触れてから、口内へと招き入れた。
「ん……んっ……。」
「……。」
 太さも長さもご立派なので、口に含むとかなり苦しい。それでも今度は気の所為ではなく青根のモノが硬くなっていくのが分かり、二口はゆっくりと頭を動かして愛撫を始めた。
 歯を立てないように気をつけながら、口内では舌を絡め、唇でも撫でるように刺激する。飲み込みきれずに垂れていった唾液のぬめりを借りて、根元の方は手で擦りあげた。徐々に苦しくなっていく仕草は酸欠も伴って、また思考が曖昧になっていく。それでも気持ちよくなってほしいと必死で舐めしゃぶる二口に、青根も次第に息が荒くなってきた。
「ん、ふぁっ……んん、んぁ……!!」
「……。」
 それがまたいっそう二口を煽り、どちらが愛撫されているのか分からないような喘ぎが漏れる。息が苦しくなって一度口から外し、ぼんやりと見下ろせばやはりまた大きくなっていた。満足して眺めながら、唾液にまみれた剛直を手で撫でる。そして再び姿勢を落とし、そろそろ弾けそうなモノの先端にキスしたとき二口は遅れて気がついた。
「……あ」
「……?」
「ん……んんっ……。」
 誤魔化すために再び深く口内へと青根のモノを飲み込んだが、今日はこれだけで終わるつもりではなかったのだ。
 先ほどまで両手でしていた根元へと愛撫を片手に変え、もう一方の手はそっと自分のジャージの上着へと伸ばす。ポケットにはカバンから出したものが放り込まれている。どうしても青根にばれるのは避けたかったので、ポケットの中でキャップを外して中のクリームを手に出した。
 裸を見られたこともあるし、二口の方が口で愛撫されたこともある。むしろその方がずっと多い。手でも口でも、いっそキスだけでもイかされたことがあるのだから、今更これだけが恥ずかしいというのはおかしいのかもしれない。
 だがポケットの中に付いたり、ジャージの下をずらそうとしてまた付着したりして、だいぶ少なくなったクリームを自らの後孔へと塗りつける。わずかな葛藤をおして更に指先を突き入れ、ほぐすように動かす行為を青根に見られたくなかったのは、突き詰めればやはり自信のなさなのだろう。
 青根は、本当にここまでしたいのだろうか。
 こういうことだと分かっていて、頷いたのだろうか。
「ん……ん、あ……。」
「……。」
 いくら了承をされても、青根は具体的なことは何一つ分からない状態での話だ。二口を信頼しきって、承諾にしたにすぎない。
 よく言えば純真、年齢を考えれば鈍感で世間知らずすぎる青根に、騙まし討ちをしている。
 その自覚があるのに、ずるい了承を取り付けることも、青根が途中で気がついて止めさせることがないよう進めることも、躊躇いはなかった。むしろ前段階で気持ちよくなって目的を忘れそうになり、早く達成してしまおうと気が急いたくらいだ。
「……!?」
「あ……あっ、青根、悪かった。痛かったか?」
「……。」
 痛みや怪我はともかくとして、入らないという事態だけは避けたい。久しぶりに口で奉仕してまた青根の大きさを突きつけられ、余計に焦った二口は、随分と愛撫が疎かになっていた。それだけならまだしも、うっかり歯が当たって青根がビクリと反応する。慌てて体を起こして謝ったときには、自らの後ろを慣らす指も外れた。
「いや、えっと……集中できないんじゃ、なくて、その……。」
「……。」
「ほんと、それは、ほんとだぜ? お前のを口でするのが嫌なんじゃなくて、ただ……。」
 だが後ろめたさがあるので言い訳を重ねていくうちに、青根がどんどん怪訝そうになっていくのが分かった。
 軽く歯が当たって驚きはしたようだが、痛くはなかったようだ。青根に怒った雰囲気はない。ただ二口が余計な言葉を紡げば紡ぐほど、無意識に撫でていた青根のモノも熱を下げていく錯覚がして、思わず尋ねた。
「なあっ、していいか!?」
「……!?」
 了解は既に得ている、それでもまた言質を取りたがった。
 卑怯な二口の心理に気がついたわけではないのだろうが、青根は声の大きさにかなり驚いた後、しばらく頷かない。それに今度は二口の不安が煽られていく前に、覚悟を決めたという雰囲気で頷いた。
 ほっとする反面、また罪悪感が募る。だがそれ以上に、ただの快楽だけではない興奮が増した。
「そっか、じゃあ……。」
「……。」
 青根も合意の上だと自分に言い聞かせ、二口はジャージの下と下着を脱いだ。Tシャツの裾が長いので、まともに愛撫されていないモノがとっくに熱を溜めていることは隠せるだろう。やや前のめりになるようにして、二口は青根の腰を跨ぐ。そして、後ろ手で青根のモノを支えながら位置を確認した。
「……?」
「んっ……く、あ……!!」
「……!?」
 不思議そうな青根を見ないように天井へと顔を向けて、二口は思い切って自らの腰を落とした。
 息を詰めないように努めたが、やはり予想以上に難しい。最初は、一番太い部分を飲み込むのに痛くて仕方がなかった。自重も借りて強引に進めれば、一瞬楽になったものの、今度は奥まで入ってくる圧迫感で苦しさが増す。
 幸いにして切れはしなかったようだが、動くのは無理だと察する。これ以上広げられるのも、抉られるのも、到底我慢できない。心の底からそう思うのに、抜きたいとは考えなかった。やっと自らの中に押し入ってきた熱い剛直を離したくなくて、痛いのに後孔はみっともなくすがりついている気すらする。
「うあ……あ……。」
「……。」
 苦痛を紛らわすための浅い呼吸の合間に漏れるのは、喘ぎというより、ただの呻きだ。ポロリと熱い雫が頬を伝わったことで、自分が無意識のうちにギュッと目を閉じていたのだと分かった。恐る恐る目蓋を押し上げると、歪んだ視界に飛び込んできたのは見慣れた部室の天井だ。
 自分は、こんなところで何をしているのだろう。
 健全な体と精神を育成する神聖なスポーツのために用意された部室で、極めて不健全な体と精神に興じている。
「……。」
「……。」
 何故だか笑いたくなって、喉が震えた。痛みへの反射とはいえ、涙がこぼれるのが鬱陶しくて、袖で拭いた。情けなくてたまらないのは、苦痛でようやく頭が冷えて、自分がとんでもないことをしている現実から逃れられなくなったからだ。
 それでも頑なに天井を睨みつけてしまうのは、まだ罪から目を逸らしたい浅ましさだろう。誰とこんなことをしているのか、思い出したくない。相手の性別に関係なく、他の誰かであれば単なる興味本位だったとか、初体験が散々だったと笑い話にできた。だが大切だからこそ慎重に触れたかった相手に、自分ばかりが一番望む行為を強要しては合わせる顔がない。そう呆然としていた二口は、直後に足へと大きな手が触れてひどく驚いた。
「わっ!? ……ん、んん……!!」
「……!?」
 顔を見ることができないと思ったばかりなのに、Tシャツの裾が覆い隠すことがない太腿辺りを撫でられて、反射的に体が弾んだ。すると、飲み込んだモノを後孔で締め付けてしまい、その圧迫感にまた苦しそうな息が漏れる。
 問題は、驚いた拍子に天井を頑なに見上げる姿勢から俯いてしまったことだ。痛みでしばらくギュッと目を閉じていたが、だいぶ慣れてきたこともあり自然と目蓋が持ち上がる。すると見慣れたTシャツやジャージが視界に入ってきて、ますます動揺は大きくなっていった。
「あお、ね……?」
「……。」
 青根と、繋がっている。
 逃げ出したいくらい後ろめたい事実のはずなのに、視覚で教えられると嬉しくなってくる。太腿へと置かれた手がまるで宥めるように撫でてくるのも、悲観的な感情を和らげてくれた。
 恐る恐る視線を上げていけば、少なくとも、青根は激怒したりはしていなかった。途方に暮れるというほどでもない。だがそれなりに困惑はしているようで、促すような目に二口は自然と尋ねた。
「嫌じゃ……ない、のか……?」
「……。」
 随分と乾いた声になっていたが、確かめるような言葉に青根はやや驚いてから、すぐに頷いた。その間も、ずっと太腿を撫でてくれる。どうやら本当に嫌ではないらしい。確信を得て二口は大きく息をつき、安堵するが、青根はまだ当惑している。安心が少しだけいつもの思考回路を戻してくれて、その理由を考えてみた。
「こういう、ことだって……分かって、なかったのか……?」
「……。」
「青根……?」
 単純に驚いているのかと想像するが、尋ねてみると、頷きかけた青根は、ゆっくりと首を横に振った。
 知っていたと見栄を張ったのではない。二口の質問を図り損ねて、間違いかけた。つまり、何かは分かっていなくて、別の何かは分かっていたのだ。
 後ろで繋がるという行為が分かっていなかったのであれば、分かっていた方が思いつけない。
 だが仮に、漠然とでも行為そのものは青根も分かっていたのだと仮定すれば、分かっていなかった方は一つしか浮かばなかった。
「……ああ、もしかして、お前が突っ込まれるとか思ってたのか」
「……!!」
 太腿を撫でる手も、ピクリと止まった。
 どうやらそんな勘違いをしていたらしい。笑いかけて、ふと二口は考える。そうにしては、随分あっさりとセックスを承諾したと気がついたのだ。
「いや、頷いたときは想像してなくて、途中で覚悟を決めたってことか……?」
「……?」
「……そうじゃないなら、自分が突っ込まれてもいいって思ったのか?」
 少し可能性を残してみたいのに、つい尋ねてみれば青根はあっさりと頷いた。
 どうやら、わずかくらいには青根もセックスに認識はあったらしい。そして、それをしたいと言い出した二口に、何を確かめもせずに青根は頷いた。
 ようやく判明した心情に、二口はさっきとは違う発露で笑いたくなってくる。
「バカだ、バカだって思ってたけど、お前、そんなにバカだったのかよ……。」
「……?」
 青根と関係を持っていても、二口は元々の男色でもなければ、自虐体質でもない。謙虚さや後ろめたさからの選択でもない。ただ、男としての青根と繋がりたかっただけだ。青根を女に見立てて代用として突っ込むことには興味がなく、なによりそうではないかと青根が誤解しかねないので絶対に避けたかった。
 青根を青根として見ているのだという、単純で幼稚すぎる自己主張からの行為だ。
 それなのに、青根は犯される覚悟も、犯させられた現実も受け入れて、二口を不思議そうに見上げている。
「言った、だろ。オレが、全部……してやるから、て……。」
「……。」
 できるだけ得意げに笑ってみせたのに、後孔で飲み込んだモノを意識すると、また身が竦んだ。痛みと圧迫感がまたぶり返してくるが、二口は最後のプライドで腰を揺らしてみる。
「……!?」
「オレは、こっちのが……いいんだ、よ。だっ、て……。」
 青根が興奮しているのを、より直接的に感じられるから。
 キュウッと締め付けた剛直に再びゴクリと唾を嚥下したときには、もう痛みだけではない気がした。二口は少しだけ前屈みになり、青根の胸の横辺りのベンチへと両手をつく。そして今ではすっかり興奮も色褪せているアダルトDVDの動きを思い出しながら、必死に腰を持ち上げてみた。
「んっ……!!」
「……!!」
「んぁっ……あ、あぁ……!!」
 実際には、ほとんど浮かせられなかっただろう。それでもわずかに抜き差しをしただけで、再び押し入ってくるモノの大きさに息が詰まった。
 いずれ快楽に繋がるのかもしれないが、さすがに初めてでは無理そうだ。自分自身に関しては心得ていたつもりでも、このままでは青根もイクにイけないのではないかと不安になる。
「なあ、青根……。」
「……。」
 二度、三度と繰り返すが、ますます動きは小さくなっていく。幸いまだ青根のモノは硬さがあるが、いつ萎えてもおかしくない。そんな想像も相俟って、二口はあっさり降参することにした。
「やっぱ……オレ、無理……。」
「……。」
「だか、ら……。」
 選んだのは、完遂すること。初めてで失敗したり、気持ちよくなければ、青根はわざわざ次もしたいとは思わないだろう。始める前は一度でもできればいいと健気に思っていたはずなのに、こうして繋がる実感を得るとどんどんと貪欲になっていく。
 そんな狡さを自覚していれば、自ら言い出して撤回することも、情けなくおねだりすることも、大したことではない。もう煽るための演技なのか、演技だと思い込みたい本性なのかも判別がつかないまま、二口はじっと青根を見つめて訴えた。
「お前から……動い、て……。」
「……!?」
 下手でもいい、痛くてもいい、とにかく青根だけは気持ちよくなって中で出してほしい。
 それが次への希望なのだからとせがむ二口に、青根は驚いたまましばらく動かない。元々、やり方が分からないと不安そうだったので、面食らったのだろう。だが腹さえ括ればしてくれるはずだと信じ、あるいは期待して、二口が待っていればやがて青根にギュッと抱き締められた。
「んぁっ……あ?」
「……。」
「おあっ!?」
 前屈みの姿勢から、上体がしっかりとつくくらいまで背中を押されて抱き締められる。驚きや、後孔から抜けそうな不安、なによりTシャツの裾に隠れて恥ずかしいくらい勃っていた自分のモノが青根の腹で擦られて二口は驚いた。
 痛いし苦しいと思っていても、やはり青根と繋がっているという事実が齎す精神的な快楽に、体は反応していたようだ。それがばれると恥ずかしい。だがぐっと腰を引き寄せた青根は、そのまま今度はぐいっと体を起こしてきて二口も焦った。
「あ、青根……?」
「……。」
 腰の後ろに手が回されているので、倒れこむことはない。それでも突然の体勢の変化に驚き、次に再びぐっと入ってきた青根のモノに驚く。だが一番は向かい合って腰へと座り込むような格好の二口に、青根がキスをしてきたことだ。
「んっ……。」
「……。」
 少し前まで青根のモノを咥えていた口なのに、何の抵抗もなくキスをしてくる。むしろ労わるように優しく舌で撫でられ、面食らう。だが逆の場合も二口は青根とのキスに躊躇はないので、そんなものかと納得しながら受け入れた。ほとんど無意識に肩へと手を置けば、すぐにキスを外した青根がゆっくりとまた姿勢を変える。
「青根……。」
「……。」
 今度は二口が仰向けで、青根が覆いかぶさる格好になる。いわゆる正常位だ。抜けかけたモノをぐぐっと押し進められると、また苦しさが増す。それでも二口には嬉しい。足を抱えられ、見下ろされていると、痛みよりずっと大きな期待で腰が甘く震えた。
「青根、早く……。」
「……。」
「好きに、動いていいから……。」
 大きく足を開かれ、男のモノを受け入れている状況は、男としては屈辱的だ。だがそれが青根相手だと、こんなにも嬉しい。
 背中に腕を回し、早くとねだる二口にも青根はしばらく動かなかった。苦悩や葛藤というほどではないが、煮え切らないような表情で見下ろしてくる。やがてそれが不安を煽り、やはりここまではその気になれないのかと二口が尋ねようとしたとき、青根が口を開いた。
「……したい」
「……!?」
 それは、いつか聞いたような言葉だ。しかも、こんな体勢で、別の場所、たとえば自宅の自分の部屋で告げられて、ひどく混乱したような記憶が甦る。
 驚いた二口がゆっくりと思い出せたのは、二ヶ月近く前のことだ。こういう関係になるきっかけは、青根を部屋に連れ込んでアダルトDVDを見せたからだ。そのときも、やたら早く興奮した青根に押し倒された。だが当時は青根が押し倒したい相手を、今は名前も覚えていない他校の女子生徒だと思っていたので、非常に不愉快になって抵抗した。
 何度もせがんでいるのに、今更何を言っているのかと思わないでもない。ただ、もしかすると、青根の中では初めてのときにあれだけ嫌がられたので、ここまで二口がさせてくれるとは考えていなかったのかもしれないと、ふと気がついた。
 どこか不安そうで、泣きだしそうにも見える青根を眺めていると、二口はまた笑ってしまった。
 呆れるくらい律儀で、単純。誠実なのか、臆病なのかも曖昧なのに、この厄介さが青根なのだと思えばたまらなくなった。
「……大丈夫。オレも、したい」
「……!!」
「だから、なあ、青根……。」
 背中に回した手で軽くポンポンと叩いてから告げてやれば、青根はまた息を飲んで驚いた後、本当に嬉しそうに気配を華やがせた。
 どうやら、葛藤は消えたらしい。
 そうなると二口はもう我慢ができなくなる。ジャージを掴んで引っ張りながら、ねだるように急かせば唇を塞がれた。同時に、腰も進められる。
「んんっ、んぁ……ふぁ、ア、あぁっ……!!」
「……。」
 キスに意識がいっている間に、より深くまで入ってきたモノが、あっさりと抜かれる。痛いはずなのに喪失感に戸惑っていると、すぐにまた突き入れられて甘ったるい声が漏れた。
 後孔を犯されても、まだそこだけで快楽は得られていない。それなのに、青根としているのだという事実だけで気持ちよくなり、体が心に引き摺られる。
「あっ、んぁ、あぁ……んんっ、ふ、あぁっ……ア、あぁっ……!!」
「……。」
「あおねっ、あお、ね……んぁっ、アア……!!」
 ギシギシと鳴るベンチの軋みが、やたら頭の隅に残った。
 それは、せめてそれくらい認識していないと、全部が青根と一つになったような錯覚で自分が何を口走るのか分からなくて怖かったのかもしれない。
 しがみつく手の強さで、二口は訴えた。
 離したくない、誰にも渡したくない。
 青根は、自分だけを見ていてほしい。
「あ、ああっ……ん、ア、ああ……!!」
「……!!」
 こんな厄介な男の相手をできるのは、きっと自分くらいだ。
 だから、だいぶ面倒くさい自分の相手は引き受けてほしいと願いながら、二口は青根を抱き締めて揺さぶられた。







>> NEXT


▲SSメニューに戻る