■二口堅治によるFHQに対する478の提案。





「……だから読みたくなかったのに!!」
「茂庭さん、どうしたんですか?」
 いきなり叫んで脚本を閉じた茂庭に、二口は首を傾げてそう尋ねた。だがあまり注意は向かない。同じように脚本を読んでいた青根が、耳まで真っ赤にして唇を噛んでいるからだ。
 どうやら、力作はお気に召してくれたらしい。青根の膝に乗って赤くなった耳を指と舌で撫でてやっていると、別のため息がつかれた。
「……まあ、ある意味では予想通りだったけどな。つか、馴れ初めは流しても、この描写は削れなかったのか?」
「だって青根がオレの恋人ってことをアピールするためですもん、削ったら意味なくないですか?」
「そうだけどよ、まあ、そうなんだけどよ……!!」
 何を言っているのかと不思議そうに答えれば、笹谷は再びもどかしそうにため息を重ねていた。
 ここはもちろん部室である。例の脚本を読み進めるを待っていたが、この部分では反応は少ないようだ。だが二口としては青根に悦んでほしかったので、やや潤んだ目を見れば大成功である。火照った頬に再びキスをしようとして、どうやら少し躊躇っていただけらしい鎌先から、敢然と指摘された。
「つかっ、二口!! おめー、こんなの……こ、こういうの、ダメだろっ、恥ずかしいだろ!!」
 言うだけ言うと、鎌先は両手で顔を覆った。相変わらず童貞らしい。そのまま無視をしてもよかったのだが、二口は青根の膝から降りると、鎌先の足元にあるゲージを持ち上げる。
「まあ恥ずかしいのは否定しませんけど……それより鎌先さん、回想で青根がパーティ合流後に初めて叩き落とした魔物役、ヒヨちゃんでいいですか」
「いいわけあるか!!」
 愛娘を返せとゲージを奪い返した鎌先は、隙間から手をつつかれていたが誇らしげだった。
 それはともかくとして、二口も脚本のこの部分に恥ずかしさがなかったわけではない。
 いくら青根との仲を主張したいからといって、これはどうなのだろう。そんな自らの葛藤を抱えたまま、縁下には送りつけた。
「えっ、恥ずかしいんだ!? ……よかったよ笹谷、二口はまだ引き返せる!!」
「これが、恥ずかしがって作った内容か? ……早まるな茂庭、オレは嫌な予感がしている」
「恥ずかしかったのはほんとですって? だってオレ、こんなにフェラ上手くないですもん」
「……。」
「……。」
「……笹谷、やっぱり二口はダメだったよ」
「……だから言っただろ、茂庭は後輩を買いかぶりすぎだ」
 失礼なことを言われているのは察したが、二口は億劫なため息をついて青根の横に座り直した。
 言葉にもしたように、二口が唯一悩んだのはその点だ。要するに、理想像を詰め込んだ。裏を返せば実現できていない不甲斐なさを示しているようで、再びため息をついたところで、茂庭たちより読むのが遅れていた及川がいきなり胸を張った。
「そっか、にろくんもまだまだなんだねっ。オレなんて吸引力が落ちない唯一つの及川徹って称えられるほど自信があるよ!!」
 そして誇らしげに宣言した及川を、茂庭たちは怪訝そうに眺めている。
「……どこで言われてるんだろ」
「……誰が言ってんだろうな」
「……。」
「……おい眉なし、オレじゃねえぞ」
「にろくん、だったらオレがコツとか教えてあげようか!?」
 あれから聞いた話では、及川は基本的に後輩の指導などはしないらしい。特に有望な場合はそれが顕著だ。だが前回も、そして今も、快く教えてくれようとしている。それは二口が有望な後輩などではないからではなく、単純にそうすることで岩泉との関係を惚気ることができるだろう。口での奉仕が上手くなるコツとやらは少しだけ興味を引かれたが、二口は青根の手を握り、断った。
「……!!」
「いや、結構です。こいつかなり独占欲が強いんで、実践的な手ほどきじゃなくてもそういう行為が別の人のおかげで上手くなったら嫉妬するし」
「へ、へえ、そうなんだあ? でもさあ、下手なままってのも、ねえ?」
 二口は横の青根を見上げ、頷いてくれることに安堵していたので気がつかない。
 相槌を打ちながら、及川は腕組みをしてベンチの前へと回ってくる。そして気にしていたことを指摘されるが、それにも二口は青根から目を逸らさずに答えた。
「まあ、そうなんですけど……そもそも、あんまりフェラする機会ってないし」
「そうなんだ!? それって恋人として尽くし方が足りな」
「だってオレが何する前に青根がいきなり押し倒してくることが多いから」
「……!?」
「……え」
「育てるって目的でやる必要って、まずないんスよね」
「……。」
「そ、そうだとしてもさ、やっぱりにろくんからも何かしないと愛が伝わらな」
「あー……いや、オレは何もしない方がいいんで」
「……!!」
「そ、そんなのよくないよ!? それは傲慢な思い込みだよ!? マグロなんて最初は美味しくてもそのうち飽きられるよだから積極的に動いて繋ぎとめ」
「青根はしたがりだから、好きにさせるってのが一番嬉しい愛撫みたいなものだし」
「……。」
「……にろくん、もしかしてさ」
 二口の言葉に、青根は何度も大きく頷いた。
 最初のうちはそれでも不安だったが、今ではちゃんと確信が持てている。
 青根は、よがっている二口を見るのが好きなのだ。基本的にはあれこれ動いて忙しない性格の二口だと知っているからこそ、青根の好きにさせてすべて受け入れるというのは愛がなければできないことと分かっている。だからこそ喜ぶし、だからこそ二口も返したいとも思ってしまう。だが最初に言ったように、大抵は青根がしたがって始めるので、すぐに二口は余裕がなくなって奉仕どころではない。結果的にあまりに経験値が低すぎて上達しない自覚はあり、密かに後ろめたくなっていたので、脚本ではつい理想を書いてしまった。
 それを恥ずかしいとは思ったが、あれくらい上手くなりたいと願っているのだと青根に伝えたかった。無意識に俯いていた二口が恐る恐る顔を上げれば、しっかりと瞳を合わせた青根は、ギュッと抱き締めてくれる。
「んっ……青根……。」
「……。」
「……ちょっと、ちょっと待ってよ!? ねえねえ、にろくんたちって、そうなの!? オレたちと一緒じゃないの!? 好きって何回言っても何年言い続けても伝わらなくてそのうち口で抜いても乗っかって後ろで中出しさせても『性癖で偏見は持たないがこういうことは好きな相手とした方がいい』とか真顔でアドバイスされて枕を涙で濡らした及川さんとは違うの!?」
 及川が何かを騒いでいるようだが、しっかりと青根に抱き締められた二口には聞こえない。なにしろ、青根の腕の中にいて、しかも珍しく耳元で囁いてくれたのだ。たとえそれが、今夜はエプロンでご奉仕してほしいという内容であっても、二口には何より聞いていたい声である。
「……二口が青根と出会ったのは高校からだし、年単位で片想いをする前に結ばれてたよ?」
「そんな短期間で!!」
「……ついでに言うと、口説いたのは青根からだ。最初は二口も信じられなくて警戒しまくりだったけどな」
「まさかの眉なしくんから!!」
「……いろいろあってヤってからやっと青根の気持ちも信じられて、二口も素直に愛されるようなったときは、感動してオレもヒヨちゃんの成長記録の更新を忘れたなあ」
「記事が一日だけ抜けてたのがまさかこいつらの所為だったとは!!」
「岩ちゃんもそんなとこ驚かないで!! というか、そんな、嘘だよ、嫌だ信じたくない、にろくんはきっとオレみたいに朴念仁で堅物で驚異的なにぶさで人の恋心とか踏みにじる人でなしに恋した憐れな同志だと思ってたのに……!!」
 うっとりしている間に、及川には頼もしい先輩たちが説明をしてくれたようだ。だが最後だけなんとなく聞こえた二口は、青根の腕の中で顔を上げて向き直った。
「ああ、でもオレ、及川さんを羨ましいとも思いますよ」
 そして、心底そう思って告げれば、及川はやや驚いていた。
「えっ……ええっ、そ、そう? いやっ、そうだよね!? だってオレは今は岩ちゃんとラブラブだし何より幼馴染だからちっちゃい頃に岩ちゃんが七夕で『クワガタになりたい』て書いたのも知ってるくらいの仲」
「オレ、青根のことが好きだって自覚したの告白されてだいぶ経ってからだったから。片想いとか自分からアプローチするとかって一切なかったんで、及川さんが羨ましいです」
「岩ちゃんこの子刺そう!?」
「落ち着けバカ川」
「痛い!! 岩ちゃん愛が痛い!!」
 いきなり物騒なことを叫んだ及川がどうやって岩泉に止められたのかは、二口からはよく見えなかった。青根にはギュッと抱き締められたし、及川たちとの間に笹谷と鎌先が立ったからだ。不思議そうにしていれば、唯一反対側に回ってきた茂庭に笑顔で諭される。
「二口は片想いがなくて残念だったけど、でもちゃんと実感してた青根はだいぶつらそうだったから、今からでも慰めてあげてね?」
「はい、分かってます。……青根、いっぱい甘えていいからな?」
「……!!」
 青根は甘えてもらうのも大好きだが、本来はやはり甘えたい方なのだ。はにかみつつ言ってみれば、青根は嬉しそうに何度も頷いた。それにまた嬉しくなっていると、まさに甘えるように青根からチュッと押し付けるだけのキスをされる。
「んっ……。」
「……ねえ岩ちゃん、もうこうなったら脚本の中だけでもこの二人に試練を与えようよ、そう簡単に愛は成就しないって現実を人生の先輩としてしっかりと教えてあげようよ」
「及川お前マジで魔王みたいな顔になってんぞ……?」
 及川たちが再び脚本を開いたので、茂庭たちもそれに倣ったようだ。二口としても青根にはちゃんと最後まで読んでほしいため、キスは深めずに終わらせておく。
 そして再び部室内が読書時間となった頃、縁下だけが『いくら大魔王でも既に書いた脚本は変えられないんですけど』と呟いていた。 




 旅が進むにつれ、周囲の環境は厳しくなっていく。だが頑張れるのは宿願というだけではなく、青根との仲も深まっていくからだろう。
「んぁっ、ア、あぁっ……ふ、ああ、んんっ……んぁ、あ……!!」
「……!!」
「あお、ね……あおねっ、オレ、もぅ……んぁ、あ、ああああ……!!」
 激しく揺さぶられているうちに、堪えきれなくなってギュッと青根へとしがみつく。そして達するとほぼ同時に繋がったところでも青根の熱が放たれるのを感じ、うっとりした充足感に二口はぶるぶると体を震わせた。
 一ヶ月前に初めて合体してから、青根はせがめばこうして繋がってくれるようになった。どうやら、口だけでは満足していなかったらしい。それは素直に二口を喜ばせ、あれからは精液補給はこうしてすることになった。
 ちなみに、初めて合体した翌日には約束どおり影山と日向に報告をして、是非見学したいと申し出られた。二人がどこまで合体を理解しているのかは不明だが、取り敢えずは岩泉が他人を見学するものではないと叱責してくれたので、今のところは覗かれてはいない。
「ん……ん、青根……?」
「……。」
 二口としては見られても構わないが、青根が萎えては困る。なにしろ、いまだに青根としてはこの行為もセックスではなく餌やりの一環なのだ。気持ちよければ青根にも利点が増えるという程度でしかない。
 それでも、二口は構わない。むしろ青根にもしたい理由ができるなら大歓迎だ。この夜も、二度目に中に出してから青根は息が整うのを待って二口を抱き起こした。まだ繋がったままのそこは萎えたモノで軽く抉られ、出された白濁の液が零れ落ちそうだ。再びぶるりと腰が震えたところで、軽く背中の草を払ってくれた青根に唇を重ねられた。
「んんっ、んぁ……!!」
「……。」
 繋がるようになってから、青根はこうしてキスもしてくれるようになった。相変わらず最初は口で奉仕をしているし、一度目はそのまま出すことも多い。今日も繋がる前に一度飲んでいるので青根の精液が口に残っていそうだが、気にせず舌を差し込まれてぞくぞくする。
 舐め回されてうっとりしている間に、青根の手は胸をまさぐり始めた。撫でても面白みのないまったいらな胸なのに、最近青根はよく触れてくる。更に、後ろから繋がった場合は二口のモノを手で扱きながら突いてくることもあった。
 単純に言えば、青根からも愛撫をされている。
 それが嬉しくて、幸せでたまらない。
「んっ、んん……こら、青根……。」
「……。」
「もう、夜も遅いし。ちゃんと、寝よ?」
 キスしている間に自然と腰が揺れ、繋がったままのモノを育ててしまいそうだが、そこはぐっと堪えて二口はそう促す。
 ここはもう大魔王の城にもだいぶ近く、魔物も強い。戦闘が多く、また容易には勝てなくなりつつあるのだ。万が一にも不覚を取るわけにはいかない。この行為で、青根は体力を消耗することはあっても、回復はしないのだ。名残惜しくはあったが、なんとか重い腰を上げて自分から繋がっていたところを外すと、またぶるりと震えた。寒いわけではない。単に寂しくてたまらなくなった。
「……青根、オレお腹いっぱいだし。もう寝ようぜっ、な?」
「……。」
 軽く下肢を拭いてから衣類を調え、確保しておいた寝床へと促せば青根もやっと横になってくれた。
 荷物を枕にして瞳を閉じると、青根はすぐに寝息を立て始める。寝つきがいいのも何だか愛しい。横に寝転がり、軽く頬を撫でていた二口も青根が眠ったのを確認してから目を閉じてみた。
「……。」
「……。」
 青根とは違い、なかなか眠ることはない。警戒心の強さが原因だとは理解している。だが、今はだいぶ疲労もあり、正直眠たい。それなのに、なかなか眠りは訪れなかった。
 行為の時間を確保する都合から、するときは遅番のときが多い。つまり、火を灯して夕食を終えてから、見張りが先で睡眠が後ということだ。二人ずつで夜明けまでを三交代にしており、起きている時間帯は夕食後から深夜、深夜から未明、未明から明け方という区分になる。今は岩泉と研磨が見張りをしているはずだ。信用していないわけではないのだが、やはりなかなか意識が落ちてくれない。
「……。」
「……。」
 仕方なく目蓋を押し上げ、二口は隣で眠る青根を眺めることにした。
 ほんの少し前まであんなにいやらしいことをしていたとは思えないほど、あどけない寝顔だ。二口と出会うまでは、セックスはもちろん、キスもしたことがなかった。初恋があったのかも疑わしい。
 それくらい、青根は真っ直ぐで純真だった。穢してしまったような背徳感は、青根を染め上げたような充足感に消されてしまう。たとえそれが勘違いと知っていたとしても、今は嬉しい。青根が生きやすいように尽くすだけだと思ったとき、ふと二口は意識を引き摺られた。
「……?」
「……。」
 誰かが、近づいている。だがすぐに離れた。
 気配を追うが、こちらに再び近づく様子はない。
「……。」
「……。」
 それでも、一度引っ張られた意識は過敏になる。
 青根をじっと見つめ、ぐっすり眠っていることを確認してから二口は体を起こした。この体温から離れるのはやはり寂しいが、せっかくの機会だ。話がしたいとは、パーティに合流したときから考えていた。
 そっと青根の傍から抜け出して、二口は歩き始める。すぐに、自分の足音が思ったより響き、青根を起こすのではないかと不安になって木に足をかけた。
「……。」
 そのまま太い幹を蹴るように上がり、枝を選んで飛び移って進む。
 月明かりはほとんどないが、夜は本来二口たちの領分だ。暗さなど、なんの障害にもならない。普段は青根に抱きついていたいので魔力を身体能力に転化はしていないが、出会うまではこういう身のこなしが常だった。久しぶりの足取りは爽快であること以上に、軽すぎて不安になる。呆れるほど生ぬるい感想を持ちながら、ようやく見つけた人影を飛び越して二口は大きな木の枝へとぶら下がった。
「……!?」
「……で? お前に限って出歯亀ってことはねえと思うけど、なんか用?」
「……。」
 ガサッと木の葉が揺らされる音がした直後に、正面の木に人が落ちてくる。しかも、枝に両膝を引っ掛けるようにして、逆さまになって話しかけてきたのだ。研磨でなくとも驚くだろう。だが、すぐに口を開かないのは、驚きが続いているからだとは二口は思わなかった。
 なにしろ、この研磨なのだ。特に魔力の気配には敏く、接近に気がついていなかったとは思えない。岩泉や日向も敏いが、二人は主に殺気の察知が鋭いだけだ。研磨のように魔力がかったものを無意識でもすべて感知してしまうのは、非常に疲れるだろうと二口は他人事として想像する。
「オレのテリトリーまで近づいたってことは、青根じゃなくて、オレだけを呼び出したかったんじゃねえの」
「……。」
「ま、用がないなら、それはそれでいいけどなっ」
 もしかすると、二口の警戒範囲を確認したかっただけかもしれない。あるいは、本当にうっかり足を踏み入れてしまっただけなのかもしれない。答えない研磨に、そろそろ青根のところに戻りたいと思いかけていた二口だったが、ようやく開いた口で尋ねられた言葉には逆に黙らされてしまった。
「……どうして、あのとき左の手の甲を見せたの」
「……。」
 随分と今更の話だ。研磨が言っているのは、二口たちがパーティに合流した日、今から二ヶ月前のことである。
 だがその疑問を、不思議だとは思わなかった。怪訝になったとすれば、どうしてあのときすぐに尋ねなかったのかという点だけだ。研磨だけは違和感を持ったという直感が間違いだったのかと流していたが、どうやらやはりそれは正しかったらしい。だいぶ魔王の城に近づいた今だからこそ、確かめるべきだと考えたのか。研磨の思考を読み取りきることはできないが、あまり問題はなく、二口は枝にかけた膝を使ってぐるっと一回転し、軽く地面に降り立ってからニコッと笑った。
「だって、オレは青根の使い魔だし」
「……。」
 それを示すためだと言えば、研磨は黙った。予想していた答えなのだろう。今も二口の左手の甲には、青根の内腿と同じ刻印がある。これが主従関係を現しているのだ。何が疑問なのか分からないという態度を見せれば、ため息をついた研磨は、視線を落としてぼそっと呟いた。
「……その嘘、いつまで続けるの」
「はあ?」
「手の甲、見せてみてよ。……右手の方」
「……。」
 嘘ではない。テイマーは使役獣との間に、魔術的な契約は必要ではない。つまり、信頼関係があればそれで成立なのだ。二口は青根が大好きなので絶対に裏切らないし、青根も、まあ、信頼を寄せてくれているとは思う。
 だから、嘘というわけではない。
 だが決して真実の姿ではないというのも、また事実だった。
「……まあ、見たいってんなら、見せてやるけどさ」
 少しだけ悩んで、二口はあっさりと手甲を外すことにした。左手の甲とは違い、そこには何も刻まれていない。だが驚くふりすらしない研磨に、これはもう確信があるのだなと察し、二口は刻印を浮かび上がらせた。
「……よりによって、400番台、か」
「あれ、これも驚かないんだ? おっかしいなー、結構レアだと思うんだけどっ」
 魔力を込めれば見えるというのは、要するに魔術的な刻印ということである。だがやっと顔をしかめた研磨がため息混じりに呟いたのはその程度で、二口は不満を言ってみる。
 二口の右手の甲に浮かぶ刻印は、数字のみで、4から始まっている。これは協会で登録をする通し番号ということで、もちろん3から始まるテイマーの刻印とは重みが全く違うものだ。
「レアなのは認める、けど、おかしくはない」
「そう?」
「……その、異質な魔力と。なにより、『おともだち』を見てきたから、むしろ、納得した」
 もしかすると研磨はこの刻印の意味を知らないのかもしれない。落ち着いているように見える態度にそう勘繰ったが、どうやら正確に理解しているからこその反応だと、やっと分かった。
「2から始まる刻印には、何人か会ったことがある。1から始まるのも、今までに一人だけ会ったことがある」
「へえ、すげーなっ、1からって要するに上級召喚師だろ!? 複数の魔物と契約してて、同時に召喚、使役できるんだよなっ!!」
「……あんたは、その上だろ」
「なに言ってんだ、オレは4から始まってるんだぜ?」
 むしろテイマーよりも下だと笑えば、また研磨が顔をしかめるのがおかしかった。
 魔物も猛獣もいっしょくたにして調教師という括りにされるテイマーと違い、1または2から始まる刻印は召喚師の証明だ。いずれも、魔術的な契約を魔物と交わし、召喚して主に戦闘の命令をする。普段から連れ歩く必要はないため、また召喚師であることは戦闘時以外に示すこともない。そのため、刻印は魔力を込めない限りは浮かばないようにするのが一般的である。
 2から始まる通常の召喚師と、1から始まる上級召喚師の違いは、契約している魔物の数の違いだ。通常は多くても三体程度までで、しかも一度に召喚して使役できるのは一体までである。逆を言えば、いかに契約をしていても魔物を従わせるのは難しい。契約は召喚師が死ねば切れるため、不心得な魔物は飽きたときに召喚師を殺しかねないのだ。もちろん、契約があるために召喚で飛ばされれば身の安全は守れる。だが信用が置けないので、召喚師の側から契約を切ることもある。多くは、召喚師が迎撃体勢を整えて再び召喚し、その契約獣に制裁を加えるだろう。契約獣もそれが分かっているので、従いはするが、やはり絶対的な信頼関係は結びにくい。可能にするのは、圧倒的な魔力と、いざというときは容赦なく手にかけるという冷酷な意思表示である。魔物ですら怯えて従わせる、それがほとんどの召喚師の実態だ。
 1から始まる上級召喚師は、そうして従わせる魔物の数が圧倒的に多く、また同時に使役できるだけの力量があると認められた者ということになる。
 研磨が二口を疑っていたのであれば、この上級召喚師だろう。だが実際に右手の甲に刻まれたのは、1ではなく、テイマーよりも下の4から始まる三桁の数字だ。
「……4から始まる刻印は、通常の区分である1から3までに当てはまらないときに使われる」
「あっ、やっぱ詳しいねっ。そーそー、オレって、テイマーもサマナーも、普通のじゃダメだって言われてさ? オレは普通に魔物と契約したつもりなんだけどなあ、『おともだち』もこんなにいっぱいいるのになあ」
「……魔術契約じゃないから、仕方ない」
「ああ、そこまで分かってるんだ?」
 わざとらしく首を傾げてみせたのが鬱陶しいとでも言うように、億劫そうに指摘されて二口は驚いた。
 研磨は相当博識らしい。確かに、召喚師が魔物と交わすのは魔術契約だ。効果はかけた側が死ぬまで続くため、魔物が切りたいと考えたときには襲われるという事態になる。
 だが、二口が『おともだち』と交わしているのは、そういった契約ではない。そのため、襲撃されるような心配もない。『おともだち』は全力で二口を守るために戦うし、二口も『おともだち』を捨て駒のようには扱わない。
 なにしろ、一蓮托生なのだ。互いの魔力を融通し合う運命共同体のようなもので、その絆は他の召喚師たちとは比べ物にならない反面、頭である二口の存在がすべてを左右することになる。
「……478というのは、自分で決めたの」
「そう。本来は通し番号だからもうちょっと早い番号だったんだけど、これがいいなって言ったら、まあいいかって感じで」
 4から始まる者は滅多にいないので、協会も多少の融通は効かせてくれた。いや、単に二口の機嫌を損ねたくなかっただけかもしれない。
 二口としても覚えやすい数字がよかったので、この478という並びは気に入っている。
 普段は消しているので久しぶりに自分でも見たと思いながら、二口は再び顔を上げてニコッと研磨に笑った。
「で?」
「……。」
「青根にばらすぞって、オレを脅すの?」
 研磨が怪しいんでいることには、はっきりと答えを示してやった。
 これを確認して、研磨はどうするつもりなのか。二口を脅して何かをしたいのかもしれないが、それだけの覚悟があるのかと言外に示す。
 ざあ、と夜風が森の木々を揺らした。
 月明かりがほとんどない中でも、しっかりと睨み合う。一対一ならば、負ける気はしない。互いの手の内は知り尽くしているからこそ、研磨も暴挙には出ないだろう。ただ唯一の不安は、研磨が聡すぎることだ。二口の弱点を見抜き、それを突くことに躊躇がなければ、手加減してやれる自信はない。
「……いちいち脅さなくても、勝手に脅されてる気分なんじゃないの」
「なっ……!?」
 だが最大の警戒をもって構えた二口に、研磨は相変わらずの気だるそうな態度であっさりと打ち砕いてきた。
 動揺で魔力が跳ね上がってしまい、触発された『おともだち』たちが騒いでいるのがよく分かる。鎮まるように発するが、これが作戦かともまた焦る。だが当の研磨は相変わらず伏し目がちで面倒くさそうにぼやくだけだ。
「……オレは、あんたたちの関係とか、どうでもいい。関わる気はない」
「そんなことっ、オレだって別に関わってほしいわけじゃ……!!」
「……でも、心配になる。このまま、ちゃんと、大魔王を倒せるまでもつのか、心配だ」
「……!!」
 そして、やっと分かりにくい研磨からの真意を聞き出せて、二口は唇を噛み締めた。
 なんのことはない、ただ心配されていただけなのだ。単純な憐れみよりも、二口がパーティでかなりの戦力となっている現状ではバランスを崩されると困るからだろう。客観的で、現実的で、なにより否定できない憂慮を二口は笑い飛ばせない。
 本当は、二口が一番不安なのだ。
 このまま、青根に黙っていていいのだろうか。
「……オレは」
「そもそも、どうして黙ってたの。最初からサマナーだって言えばよかったのに」
「……。」
 だが呆れたようなぼやきには、二口はまた黙り込んだ。
 言わなかったのは、単に青根に知識がなかったためだ。サマナーどころか、テイマーの定義も知らない。青根の天職がテイマーであることは間違いない。だがそれを理解させるには随分と長い講義が必要になった。
 ただ、そこで敢えて二口が最初の使い魔であると主張したのは、別の理由からだ。
 青根に自らの天職を納得させるためだったというのは、一割にも満たない。
 どこまでも二口の一方的な都合で、普通ならば信じられないようなことを事実として堂々と宣言した。信じるに至ったのは、青根の純真な性格だけでなく、二口の異質で強大な魔力の所為だろう。魔物でもおかしくないと思わせることができたのは、現実に二口が魔物だからだ。
「……どうせ、理由は分かってるんだろ」
 情けない虚勢だと分かっていたが、そう返せば研磨はため息をついて、それ以上は何も言わなかった。
 くるりと背を向け、立ち去ろうとする背中をただ見送る。
 研磨としては、二口の素性を確認しておきたかった。その上で、宿願を果たすまでは堪えろと警告したかった。裏を返せば、真実を青根に告げた方がいいと考えているのだ。初めて事情を知った上での客観的な感想に、二口は強がりも失せて立ち尽くしたまま視線を落とす。
「……!?」
「……?」
 だがその直後、弾かれたように顔を上げた。研磨も足を止めて怪訝そうに視線をやっているが、二口が見つめているのとは別の方向だ。
「おいっ、何かあったのか!?」
「……別に」
「別にって感じじゃなかっただろっ、大丈夫か!?」
 叫びながら騒々しく現れたのは、岩泉だ。この時間は研磨と共に見張り当番だったはずであり、焚き火を挟んで反対側にいたのだろう。異変を察知して現れたのだろうが、それ自体が不思議だ。研磨以上に敏いと自認している二口ですら、何もなかったと思う。だが研磨が否定をしても、更に追及をした岩泉はいきなり二口に尋ねた。
「お前の『おともだち』が騒いでたじゃねえかっ、何かあったんだろ!?」
「へ? ……ああ、いや、あれは」
 そして、ようやく二口も理解した。
 要するに、研磨と話しているときに動揺しすぎてそれが『おともだち』に伝播したのを岩泉は察したのだ。召喚すればすぐ間近に呼べる『おともだち』の多くは、こうして休憩を取る際は周辺をぐるりと囲むように配置されている。何か異変があれば、それこそ真っ先に二口に伝わる。そうでなければ、安心して青根と行為に耽ることもできない。
 どうやら今回はその哨戒用の『おともだち』が騒ぎすぎたらしい。心配してくれたとのだと分かっていても、過保護すぎるとため息をついた二口だったが、遅れて現れる気配を思うとむしろ感謝した。
「……!!」
「青根? ……ごめんな、起こしちゃった?」
 見張りをしていた岩泉からは遅れたものの、夜の森を走って青根が現れた。ヒトとして普通に走ったのであれば、寝床からの距離を考えるとかなりの全力疾走だっただろう。実際に、青根は呼吸が上がり、戦闘時でも滅多に見ないほど肩で息をしている。本来は寝ている時間だったのに起こして悪かったと謝ってみたが、一度足を止めた青根は、二口を睨んだまま歩き始める。
「青根……?」
「お、おい、起こされたことそんなに怒らなくても……?」
「……知らないよ、無自覚なのはお互い様なんだろうし」
 近づいてくる青根を不思議そうに見上げていれば、岩泉は仲裁しようとしたが、研磨はどこか疲れたようにぼやいていた。意味は全く分からないと思ったが、直後に青根からギュッと抱き締められて二口はそれどころではなくなる。
「あ、青根!? ……んんっ……!!」
「……。」
「……なんだ、心配してただけか」
「……自称使い魔くんは、何も分かろうとしてないみたいだけどね」
 しかもいきなり唇を合わせられて、驚きと幸せで二口はいっぱいになってしまった。
 ただ、それでも抱き合った胸からは青根の鼓動の早さが伝わる。体力を思えば、いつまでもこんなに息が上がっているのもおかしい。原因として他に考えられるのは、それだけ焦っていたということだろう。
 二口の『おともだち』が、危険を察知して騒ぐ。当然ながら、危険は二口に及んでいると考える。だからこんなにも焦って駆けつけ、無事を確かめると安堵して抱き締め、キスをする。まるで本当の恋人同士のようだとうっとりしていた二口は、自らも青根の背中に腕を回してギュッと抱き返した。
「……!?」
「……ほんと、なんでもねえって? ちょっとびっくりすることがあって、『おともだち』が勝手に騒いだだけ」
「……。」
 実際にこの周辺に敵の気配はないし、戦闘をしていた様子もない。もちろん二口は無事だ。抱き締めてそれを確かめても、やはり襲撃並の騒ぎ方をした『おともだち』が青根はまだ気になっているようだ。だが研磨との会話を話せるはずもない二口は、少しだけ背伸びをして今度は自分から唇を押し付ける。
「……!!」
「んっ……だって、仕方ねえだろ? まさか孤爪が赤の大魔神と知り合いだったなんてさ?」
「……!?」
「え」
「……ちょっとなに言い出すの」
「オレ、びっくりしちゃって!? 一瞬スパイかなってびっくりしちまったの、それを『おともだち』が敵襲かって誤解して反応しただけで。まあ実際には、岩なんとかさんと一緒で、幼馴染だけどいろいろあって今は制裁の旅に出てるだけみたい。なんで孤爪がこのパーティに参加してるのかってずっと不思議だったけど、納得だよなっ」
「……。」
「孤爪、お前も苦労してたんだな……!!」
「待ってよ、一緒にしないでよ、確かに苦労しててクロには一発痛い目に遭わせたいとか思ってたけど、でも原因は岩泉さんとは違うよ、そこまでこっぱずかしい痴話喧嘩じゃないよ、というかなんでどうして知ってるの」
 元々、岩泉が及川を倒す旅を始めてすぐに、ちょうど原因は違うが打倒及川を掲げていた日向と影山の二人と合流した。だが三人で進むうちにやはり魔法に長けた者が欲しいと考えていたとき、研磨が自ら声をかけてきたらしいのだ。
 やはり及川の被害者かと思えば、かなり東の出身でそもそも面識はない。では単に強い敵を倒して名を挙げたいだけかと思えば、そんな積極性は微塵もない。実力は確かなのに、ここまで困難な旅を続ける理由が分からない。岩泉たちは個人の事情を知るつもりがなかったのか、単に疑問にすら思わなかったのかは微妙なところだが、二口は合流する前からちゃんと調べておいた。万一スパイなどであった場合、青根が危険な目に遭ってはいけないからだ。
 結果として、岩泉と同様、敵の幹部との因縁が理由のようだ。恋愛沙汰というより、過保護すぎるのが鬱陶しくて飛び出した。そのままあてもなくふらふらしていてもよかったのだが、見つけては説教しようとする相手に疲れ、いっそ充分成長したと示すために殴りに行くらしい。なかなか根性の据わった考え方だ。
「で、そんな話してただけだから? 青根っ、あっちに戻ってもっかい寝よ?」
「……。」
 研磨はまだ後ろで文句を言っていたが、勝手に感動した岩泉が泣きながら励ます隙に二口はさっさと青根を促す。
 寝床にしていた場所まで、しっかりと地面を踏みしめて帰る。歩いて移動するのは鬱陶しい距離も、こうして青根と並んで、手まで繋いでいると愉しくて仕方がない。
「……どう、して」
「ん?」
 自然と弾むような足取りで歩いていた二口は、足音で消えそうなほどの声に不思議そうに横を見上げる。
 どうして、の続きは何なのか。
 青根は複雑そうに見つめ返した後、ふいっと視線を前に戻して歩き続ける。答えを聞きたいような、聞きたくないような、そんな態度に見えた。先ほど研磨の旅の理由が明らかになったことを思えば、青根が尋ねようとしたことはおのずと分かる気がした。
「……オレは、青根の使い魔だから」
「……。」
「青根がしたいことをする、青根が行きたいところに行く。ただ、そんだけ」
 青根には及川自体との因縁はないが、功績を残して神託を受けるという目的がある。それに二口は使い魔として協力するだけだ。分かりきったことを答えれば、青根は前を向いたまま、握った手だけは力を込めてきた。その反応の意味はよく分からなかったが、真剣な横顔も格好いいなあと思いながら、また背伸びをして頬にキスをした。




「にろくん……!!」
「……おわっ!? 及川お前なんで泣いてんだ!?」
 そして今度は先に読み進んだらしい及川がいきなり泣き出し、岩泉が派手には驚いていた。そんなに感動的なシーンだったかと二口は首を傾げるが、横に座る青根もやや涙ぐんでいる。こちらは単に、たとえ脚本の中とはいえ、完全な両想いとは言えない関係に悲しくなっただけだろう。
「だって岩ちゃんっ、これ読んだでしょ!? にろくんは眉なしくんのこと、こんなに愛してるのに、いや愛してるからこそっ、自らの宿命を背負わせたくはなくて自分をただの悪魔ってことにして使い魔だって自称しながらもやっぱり眉なしくんへの想いが募ってどうしようもないのをちゃんと慈しんでもらえてるのにそれがまた苦しくて嬉しくてぐちゃぐちゃの感情の中でもやっぱり眉なしくんのこれからを思って尽くすとか健気すぎて徹泣いちゃうよ!?」
「お、おう……!?」
「……今のシーンだけでそこまで読み取れるとか、なんだかさすがだよね」
「……つか読み始める前までは試練与えてやるとか息巻いてたのにな」
「……ぐすっ……二口、そんなにも、青根のことを……!!」
「ウチにも脅威の読み取りセンサーがいた!!」
「鎌先はたぶん雰囲気で流されてるだけだろ、まあそれでも充分凄いが」
 反応はそれぞれのようだが、二口はひたすら青根だけが気になる。
 この脚本の案を出したのは、あくまで二口なのだ。基本的には二口の願望が反映されている。まさか途中までを読んだだけで、実はいろいろすれ違っていると主張したいのだと誤解でもされれば厄介だ。涙ぐむのを不安げに見つめていれば、急に向き直った青根にギュッと抱き締められた。
「わっ!? ……青根?」
「……だいすき」
「えっ ……うん、知ってる」
 どうやら、本当に脚本に感化されたらしい。自称淫魔の二口が、セックスもただの餌付けで青根からは何の感情もないと言い聞かせているのが、やはりつらかったようだ。
 そんなことはない、自分はちゃんと大好きだ。
 とっくに知っているのに改めて言われると嬉しくて胸が弾んだ。二口からも腕を回してギュッと抱き返せば、外野からは感動の声が飛ぶ。
「おめでとうっ、おめでとう、にろくん!!」
「二人とも、ちゃんと両想いになれて、よかったなあ……!!」
「……どうしよう、及川のたまにちょっとほんとにいい人っていうかアホなところが出てて可愛いとか思うよりもやっぱりヒヨちゃんパパまで号泣してるのにオレ動揺してる」
「ごめんねえ、鎌ちはほんと頭より魂で感じるタイプだからさあ」
「詫びは愛娘から入れされるから勘弁してやってくれ」
「は? ……ヒヨちゃん!!」
 鎌先の足元に置かれていたゲージから、うとうとしている元ヒヨコを笹谷がそっと出していた。飼い主である鎌先はつつかれてばかりだが、笹谷を始めとして、他の者はそこまで凶暴なことはされない。一番大人しく懐くのは青根に対してだが、やはり岩泉にも穏やかであり、膝ではなく頭に乗せてやれば再びうとうとと眠り始めたようだ。
「ねえ、ところでさ? この、二口の刻印、だっけ? 478番ていうのは、何か意味があるの?」
 元ヒヨコが比較的大人しく頭に座るのは、青根、笹谷、岩泉のようだ。短めで、やや硬い髪質がちょうどいいのかもしれない。それならば鎌先も該当しそうだが、やたら興奮して撫でてくるのが幼少期からのトラウマになっているのだろう。そんな分析をしていた二口は、茂庭に尋ねられる。青根も落ち着いているようであるし、腕を回したままで向き直ると簡単に説明しておいた。
「あるとは言えば、あるみたいです。ただの語呂合わせですけど」
「そうなんだ? ……ん? というか、二口が考えたんじゃないの?」
 脚本の中では二口が協会にこの数を指定したことになっているが、現実の二口は478という数字に思い入れがあるわけではない。自然と脚本として書きおこした人物に視線が集まるが、縁下は穏やかに笑ったまま首を横に振った。
「ああ、縁下監督じゃないです。オレ、ゲームとかあんまりしないし、テイマー? サマナー? そういう違いもよく分かってないから、得意なヤツに考えてもらったんですよ」
 二口としては、あくまでロミオとジュリエットとのように愛の障害を持ちつつ、それでいて最後は乗り越えて結ばれる。途中も、不完全な形でもいいので関係は持ちたい。
 そんな要求をして、世界観にも合わせた設定を作ってもらったのだ。それが、天職であったり、調教師や召喚師という存在だ。刻印の数字を決めてきたのも、もちろんその協力者である。
「ゲームが得意なヤツ? 中学の頃の友達とかか?」
「いや、この表紙のフードのセッター……に、最初は繋いでもらったんですけど、なんかすぐに血液さん? みたいな人が出てきて、その人が全部考えてくれました」
「血液て!!」
「二口、お前もうちょっと名前ちゃんと覚えてやれよ……。」
 茂庭と笹谷は怪訝そうだったが、遠い目をして頷いた縁下の様子で、やっと信じてくれたらしい。
「……あの人か」
「そんな変な名前が、て、いるの!?」
「いるのか……。」
「ほらあっ、縁下監督も知ってるぽいじゃないですか血液さん!!」
 元々、脚本の案を作りながらも、ゲームに詳しくない二口は縁下に相談したのだ。そのとき紹介されたのが、フードをかぶった魔導師役の孤爪研磨である。ただ、研磨は東京在住のため、以前も撮影の連絡で使用したらしいネット通話のIDを教えてもらった。早速映像も繋いで話し始めたとところ、研磨の部屋でいきなり背後に男が映り込んできたのだ。
 驚いた二口が尋ねると、その男は『こんばんは、血液です』と名乗った。
 そのため、二口の中ではそれが識別コードとして登録されている。名前はどうあれ、二口の要望を真摯に聞いてくれた血液さんは、様々な設定や単語を考えてくれた。ちなみに研磨は次第に退屈になったようで、つまらなそうな顔を隠そうともしない。遂には血液さんにパソコンを譲り、最終的に奥のベッドで体育座りになって携帯ゲームをしていた。その姿が頭に残っていたので、脚本の中での研磨の旅の目的は自然と決まったようなものだ。
「まあともかく、その血液さんが考えてくれたんですよ。オレの設定とか、400番台のこととか」
「そういえば、二口は普通の召喚師じゃないってことだよね? ……あ、これ尋ねて大丈夫?」
「大丈夫ですよ、その辺りはさらっと流しますもん」
「またか!!」
「どうしてお前はこう、物語として核になるはずのシーンをそうやって流すんだ……。」
 これからの展開で重要な鍵になるのであれば聞かないという配慮を示した茂庭に、あっさりと否定すれば何故か笹谷と共に嘆かれた。
 何度も繰り返しているが、この脚本はあくまで青根との壮大なラブストーリーなのだ。二口が背負った宿命も、青根との関係で鍵とならなければ焦点は当たらない。
「ええっと、なんだっけな、普通の召喚師は魔術の契約をしてるんですけど、オレは血の盟約みたいです」
 そして血液さんに考えてもらったことを思い出しながら答えれば、茂庭は首を傾げた。
「それって、どう違うの?」
「確か……ほら、普通の召喚師は、本人が死んだら魔物は契約が切れるでしょ? だから襲われたりする、みたいな」
「うんうん、そうだったね」
「でも、血の盟約だと、その心配がない。基本的には召喚師が死んだら魔物も死ぬみたいですよ」
「そうなんだ!?」
「だから魔物も必死で召喚師を守るってことか」
 この差異は、確かに通常の区分では収まらない。だからこそ、二口は4からは始まる刻印という設定になった。
「つまり、『死なばもろとも』で、478みたいです」
「怖い!!」
「そういう語呂合わせかよ!!」
 もし178だったらイナバで物置みたいでしたよねと笑って説明したが、何故か茂庭と笹谷は頭を抱えていた。ちなみに他の面々も既に落ち着いて話を聞いていたようで、及川はポンと手を叩いて納得し、岩泉はどこが語呂合わせなんだと首を傾げ、鎌先は語呂合わせってなんだっけと首を傾げていた。ちなみに岩泉の頭にはまだ元ヒヨコが乗っている。
「なあ、478の語呂合わせが……おっと」
「……え。岩ちゃん!?」
「なんだよ?」
「い、いつから、そんな白い塊頭に乗せて……なんなのっ、そんな可愛さアピールで徹をドキドキさせてどうするつもり!?」
 どうもしねえよと淡々と返した岩泉の上では、首を傾げた際に落ちそうになったニワトリがバッサバッサと羽を広げている。それに気がついて頭を真っ直ぐに戻したが、収まりがよくなって再びちょこんと座ったニワトリに叫んだのは及川だけではなかった。
「だいたいどうして岩ちゃんにその子が乗ってるの!? 岩ちゃんに乗るのは及川さんだけだよ性的にねって紀元前から決まってるのに!! ひどい!! 浮気だ!!」
「お前のバカさ加減が二千年以上の貫禄だって知ってオレの方が驚いてるわ今」
「というかっ、なんでウチのヒヨちゃんがロックワンさんの頭に!? そんな、オレは初めて会った男の頭にほいほい乗るようなふしだらな子に育てた覚えはねえのにっ、ヒヨちゃん!! どうして!! ……痛い!!」
 岩泉を挟んで騒いでいる二人を眺めていると、手を伸ばした鎌先がカッと目を開いていきなり起きたニワトリに威嚇されながらつつかれていた。
「……オレは最初に会わせてもらったときに、いきなり頭に乗られたけどなあ」
「……オレなんか最初だけじゃなくていまだに鎌先の部屋行くたびに座られてるぞ」
「あー……実はオレも初めて対面したとき、止まられそうだからサッと避けたら青根に乗られたんですよねえ」
「……。」
「結論として、鎌ち以外にはヒヨちゃんは懐いてるってことで、話は戻すけど二口って魔物なの?」
 茂庭たちは鎌先がペットの話になると非常に面倒くさいことを伊達工業の面々は知っているので、放置することにした。今日はまだ構ってくれる新鮮な二人がいるので、そちらに任せておこう。嘆いていた鎌先も、もらったばかりの手編みの藁ベッドを出してヒヨちゃんを座らせようとしている。岩泉も試したいようだ。及川は『そんなのずるい先に徹が寝ちゃうもんね!!』とボディプレスをかまして、平べったくなった藁ベッドに絶望した岩泉にボールで殴られていた。
「えっと、オレの素性に関しては、これからのクライマックスで判明するんで、そっちで」
「そっか、遂にクライマックスなんだねっ。凄いバトルなんだろうなあっ」
「え? ……いや、バトルはないですよ?」
「どうして!?」
 茂庭たちが手にしている脚本は、確かに残りページが少なくなっている。次がいよいよクライマックスだ。だが、それは決してボスとの戦闘や、及川大魔王との決着などが描かれているわけではない。
「えええっ、なんでなのにろくん!? ここからオレが大活躍なんじゃないのっ、常識的に考えて!?」
 さすがに悪いと思ったのか、ちまちまと藁ベッドを直していた及川も驚いたように尋ねてくるが、それには二重の意味で二口は首を傾げた。
「だってオレと青根のラブストーリー的には大したシーンじゃないから飛ばしますけど、でも仮にちゃんとやったとしても、及川さんは岩なんとかさんにお仕置きされて終わりですよ?」
 そもそも及川が圧倒的な強さを見せるようなシーンなど存在しない。そう断言すれば、驚いて目を見開いた及川は、床に崩れ落ちた。
「なっ……なんて甘美な響き!! 岩ちゃんステキ!!」
「待てよっ、そんな適当な決着があるか!! そもそもオレが大活躍してるんだろ!? ちゃんとやれ!!」
 そして切なそうに我が身を抱いて叫んだことを思えば、及川としては満足らしい。不満なのは岩泉だ。だがそちらに要望されても、二口の返答は同じである。
「だーかーらっ、それは本編でやってるからいいんですってばぁ? そもそも、大魔王にトドメ刺すのは烏野一年コンビだし」
「トビオちゃんとチビちゃんが!!」
「……チッ、オレじゃないのか」
「で、息の根を止めようとしたところで、岩なんとかさんが止めに入って」
「岩ちゃん……!!」
「そこはオレなのかよ!!」
「ええっと、確か『ここはオレが尻叩きの刑にするから命だけは勘弁してやってくれ』みたいな感じで、大魔王の尻を公衆の面前で剥くんでしたっけ縁下監督?」
「ここでいきなりさも今思いついた適当発言でオレに責任転嫁するのやめてくれないかな二口くん!?」
「い、岩ちゃん、オレ、恥ずかしいけどっ、岩ちゃんがしたいなら……いい、よ?」
「いいわけあるかこのマゾ川!!」
 どうでもいいけどうちの備品を尻にぶつけないでと、茂庭は必死で岩泉を止めていた。
 ちなみに元ヒヨコは岩泉の頭からゲージへと戻っている。縁下が言うように大魔王との決着の詳細は決めておらず、話しながらの思いつきだったが、あながち間違っていないようだ。密かに手応えを感じていると、ゲージの中の元ヒヨコに子守唄を歌ってひとしきり威嚇された鎌先が、不思議そうに尋ねてきた。
「なあ、でも確か最初のシーンで、こう、青根が意識を失ってて? 気がついたら形勢逆転で勝利してたみたいな描写があったけど、ほんとにラストバトルって重要じゃないのか?」
「……鎌ちってなんでこういうところは覚えてるんだろうね」
「……地味に不気味だよな、まともな発言されると」
「うーんと、微妙なところ、ですかね? 青根が気絶してる間に、オレは、孤爪以外にも正体がバレちゃって。だから大魔王を倒した後に話すって決意の後押しになったんですけど、そのシーンを再現するか、回想で流すか、それとも会話に織り込む程度にするかはまだ監督と決めてないんで」
 なにしろまだ脚本も初稿なので、本当に重要なシーンしかちゃんと描かれていない。そう二口が説明をすれば、鎌先は矛先を縁下へと向けた。
「どうなんだ、監督? オレとしては、やっぱしっかり描くべきだと思うんだけど」
「あ、あの、皆さん? それよりもっと根本的なことが……?」
「そうだよっ、オレが倒される経緯よりも、殺されかけたところを岩ちゃんに救われて『大丈夫かっ、オレの徹姫?』『そんなっ、岩ちゃん、キスしてくれたら全部治るよ……!!』『キスだけでいいのか』『えっ』『もう離しはしない、お前はオレのものだ』『岩ちゃん……!!』『大魔王として犯した罪はオレの愛の牢獄の中で一生償ってもらう』『うん……岩ちゃんが、そう、望むなら……。』てシーンをもっと克明に!!」
「なあ縁下、オレも影山とチビの10番が及川を八つ裂きしてるってシーンをちゃんと描くべきだと思うんだが」
「怖い!! トビオたちそこまでしてないと思うんですけど岩ちゃん怖い!! 愛が重い!!」
 縁下が他校の三年生に詰め寄られて困っている中、二口は軽く腰を引き寄せられる。
「……青根?」
「……。」
 視線を戻すと、青根からは脚本を差し出された。どうやら内容が気になっているらしい。続きを読んでも、ラストバトルで起きたことはさらっと流されている。どうやら読む前に流れとして知っておきたいと無言でせがまれ、二口は体ごと向き直って簡単に説明してやった。
「ああ、ほんとたいしたシーンじゃねえんだけど。……ええっと、大魔王の城で、あと少しってところで敵の魔物がいっぱい襲ってきてピンチになって」
「……。」
「で、オレをかばった青根が怪我して、意識失って」
「……!!」
「キレたオレが、全部の使役獣を召喚して特攻させて」
「……!?」
「さっきも言ったけどオレは使役獣との結びつきが強いから、死なれるとどんどんダメージ食らっていって」
「……!!」
「ああもうほんとにまずいってなったときに、オレの頑張りに胸を打たれた孤爪が『クロ、ハウス』て呪文を唱えて敵の大幹部の一人を呼び寄せて、逆転した、みたいな?」
 相談を持ちかけても血液さんに任せきりでゲームをしていた研磨が、唯一提案したのはそのシーンだ。それを考えれば、やはりちゃんと描くべきなのかもしれない。縁下に相談してみようかと考えていた二口は、再び青根にギュッと痛いくらいに抱きしめられた。
「おわっ!? ……バカッ、だから、物語の中の話だっての。オレは死にかけてたりしねえよ」
「……!!」
 少し泣きそうになっているのを笑い飛ばしながら、二口は青根の頬を撫でて慰めてやった。
 それに、青根は唇を噛み締めて、何度も大きく頷く。安心してくれたようでよかったと二口も安堵するが、縁下に詰め寄っていない二人は不思議そうに尋ねてくる。
「ねえ、さっきの説明だと、やっぱり見せ場なんじゃないの?」
 茂庭が尋ねたのは、青根が意識を失ってから形勢を逆転するまでのシーンだろう。だがそれには二口は首を傾げる。
「そうですか? ……でも、青根はずっと寝たまんまの眠り姫ですし。いや可愛いですけど」
「……そうじゃなくて、二口の大活躍的に、さ」
「いくらオレが活躍してたって、青根が見てくれないんじゃ意味ないですし。まあそんな感じで、次でいよいよクライマックスです。早く読んでくださいよっ」
 青根は茂庭たちが読み始めるまで我慢している様子だったのでそう促せば、茂庭もやっと笹谷と共にベンチに座って脚本を手にしてくれた。縁下に迫ってもすぐには変更はできないと察したらしい三人も、それに倣って結末を見届けるためにそれぞれの脚本を開いた。




 場面が変わり、ここで冒頭の情景へと戻る。大魔王を倒した直後、喜び合うパーティから離れ、青根と二人で小高い丘へと登った。
 そしてしっかりと向かい合い、二口は青根を見つめる。
 再び強い風が過ぎたところで、思いきって言葉を紡いだ。
「青根、オレ……ほんとは、魔物じゃないんだ」
「……!!」
「……今までずっと騙してて、ごめん」
 もちろん、青根は驚く。だがどこか戸惑っているのは、これまでの二口の様子から、魔物であるという言葉をすんなりと信じられていたからだろう。
 それが分かっているからこそ、二口はまた苦しくなる。だが、もう青根に嘘はつかないと決めたのだ。二口は軽く息を吐いて、まずは左の手甲から外した。
「青根と交わした、使い魔としての契り。……こんなのは、一瞬で消せる」
「……!!」
 そもそも、本当にテイマーの使い魔だったとしても、魔術的な契約ではないので刻印も簡単なものだ。特にこれは本来青根が刻むべきものを、二口が印してやったのだ。簡単に消せたことよりも、二口が消してみせたこと自体に青根が驚いたと解釈するのは、期待しすぎだろうか。しっかりと青根を見つめる勇気が出ないまま、二口は手甲を外した自らの右手を見せた。
「じゃあ、オレは誰なんだ、て、思うんだろうけど。それは、これが示してる」
「……?」
「……サマナーだよ、悪魔召喚師。『おともだち』が、オレの使役獣」
「……。」
 そう説明をしても、青根は怪訝そうなままだ。
 そもそも、魔物は同属で群れることが多く、だからこそ二口は契約獣、正確には盟約獣たちを『おともだち』と称して指揮しても、青根は不思議がらなかった。
 召喚師による使役なのか、魔物が下級を従わせているのかは、ほとんど区別がつかない。だからこそ納得もできるが、最初の疑問に立ち返るのだろう。
 どうして、そんな嘘をついていたのか。
 かつて研磨にも尋ねられたが、答えは察しているようだった。だが青根は全く分かった様子がなく、二口が偽った理由が分からない。右手の甲に浮かび上がった数字を見せても戸惑いには変化のない青根に、少しだけ笑うことができた。
「青根は、知らなくて当然だけど。血の盟約が交わせるヤツって、物凄く魔術的な能力に長けてる天才みたいなヤツか」
「……?」
「……オレみたいな、半分魔物みたいなヤツだけなんだよな」
「……!!」
 魔力の源は、遠い先祖に魔物とヒトが交わったからだと言われている。その体現は個人差が大きく、青根のようにほとんど持たない者もいる。あるいは研磨のように、制御には長けている場合も多い。だが圧倒的な魔力の量を持ちながら、その扱いがさほど上手くない者は、えてして共通の原因があるのだ。
 端的に言えば、近親者に魔物がいるということ。
 二口の場合はまさにそれで、祖父母世代なので正確にはハーフではなく、クオーターということになる。だが先祖返りと揶揄されるほど、二口の魔力は大きかった。慕ってくれるのは魔物ばかりであり、このままではヒトの社会で生きていけないと憂いた両親の勧めにより、召喚師としての登録を協会で行った。
 ただ、これが結果的に致命傷となった。
 誇り高き上級召喚師としての道が開けると期待していた両親に宣告されたのは、二口が操る魔物たちは魔術契約で使役されているわけではないという苛酷な現実だ。いわゆる血の盟約であり、これは本来魔物か魔物に相当する者でしか行えない。つまり、ヒトとして使役系の最高の栄誉である上級召喚師の称号には該当せず、4から始まるいわつくの番号を付与されることになった。
 暗い顔をした両親に連れられて家に戻り、翌朝に出たのが二口が故郷にいた最後である。
 この世界は広い、もっといろいろ見てきた方がいい。
 そう送り出してくれた両親は、帰って来いとは言わなかった。
 寂しくなかったわけではないが、そう悲観もしない。なにしろ故郷はとても窮屈だったのだ。魔物の友達はいたし、ヒトともすぐに仲良くなれる。ただ、ヒトとは長く続かない。普通より魔力があることを隠すのが億劫になってしまうからだ。魔術師を名乗れるほど長けていればまた違ったのだろうが、二口のそれは明らかに異質で、分かる者には分かってしまう。親しくなるほど不審がられるということを繰り返した結果、二口はヒトとは浅く短く付き合うようになった。
「だから、最初からオレを魔物だと思って接してくれてるヤツは、ほんと楽だった。お前、全然オレのこと疑わねえし」
「……。」
 異質な魔力を隠さなくていい、たまにヒトとしての失言をしても誤魔化す方便だと流される。
 つまり、青根には自然体でいられたのだ。出会ったときに誤解から助けられて一目惚れをしても、どうせ面白がるだけ面白がって、自分はまた臆病にも離れていくのだと諦めていた。だが青根の天職を納得させるために話をしているうちに、どうしても二口の中の欲求が収まらなくなった。
 もっと、青根と居たい。
 もっと、青根のことを知りたい。
 長く一緒に居れば不審がられるという恐怖を越えられたのは、そもそも出会いの時点で『おともだち』を見られていたからだ。あれを説明するには、召喚師であることを明かすしかない。そこを敢えて魔物と言い換えても成立することに気がついた二口は、あれほど躊躇った魔物へと身を落とすことを積極的に受け入れた。
「だから、オレは魔物だって、嘘ついて、お前の傍に居たけど。……淫魔だってことにしたのは、別の理由がある」
「……?」
「……なあ、青根。オレは」
 友達が欲しかっただけならば、ただの魔物にすればよかった。
 それを、わざわざ『淫魔』ということにした。その設定を続けるために行為で証明したのではない、行為の理由が欲しくてその設定を敢えて選んだのだ。
 右手には、一蓮托生の魔物たちがいる。
 だが、左手で本当に結びたかった絆は、テイマーとその使役獣としてのものではない。
「オレは、ヒトとして、対等な契りをお前と交わしたい」
「……。」
 差し出した右手は、握手を求めているのではない。手に乗せて示したのは、シンプルなデザインの指輪だ。
「青根、結婚しよ?」
「……!!」
「……お前のこと、愛してるんだ」
 二口の左手には、既に対となる指輪が収まっている。
 最初は、使い魔のままでもいいと思っていた。それは健気さであると同時に、そうでなければ愛されないという現実から逃げるためでもあった。
 だが、たとえ青根がこのまま二口を使い魔として連れ歩いてくれても、傍に居るだけで何の関わりも持てない。いくら体を重ねても、それは餌やり以上の意味は持たないのだ。いずれ青根がどこかの女性と結婚することになっても、列席すら叶わない。むしろ見たくなどないが、優しい青根が気遣いで招待でもしてくれれば、使い魔である二口には拒否できなくなってしまう。
 いろいろなことを考えた結果、取り返しがつかなくなる前に話すべきだと思った。
 青根が神殿に行き、神託を受けて天職を授かる。今度こそテイマーとして生きようとしたとき、協会にでも行けば二口の嘘などすぐにばれるだろう。
「青根……。」
「……。」
「……やっぱ、ダメ?」
 だが追い詰められての告白に、青根は怪訝そうにするばかりだ。
 胸が痛むと同時に、当然だと呆れる声も自分の中で響く。
 こうして嘘を認めたのは、嘘をつく後ろめたさよりも、ばれそうだという危機感からである。しかも、散々餌やりだと自らを牽制しつつ、心のどこかでは青根も自分に惹かれているのではないかと期待した。
 結果的に、それはやはり幻想だったというだけだ。
 青根はあくまで、テイマーとはこういうものだと信じきって、使い魔である二口を世話をしていただけだ。騙されていただけでも腹立たしいだろうに、調子に乗ってこんなことを言われれば怒って当然だろう。
「……ごめん」
「……。」
 いつも優しくて敵ですら攻撃されない限りは殴れない青根から、そんな目を向けられることに耐え切れなくて二口は視線を逸らした。伸ばしていた手も引っ込め、ぐっと拳を握り締める。
 止まりそうな息を無理に吐き出して、大きく吸い込んだ。晴れ渡ったはずなのに、空気がやけに胸に詰まる。せめて最後は笑顔で別れようと勇気を振り絞って顔を上げた二口は、そこで思ったより近くにいた青根に驚いた。
「え。……わっ!?」
「……。」
 わずかな距離を一気に縮めてきた青根は、手を伸ばすと二口の拳を開かせる。
 指を握り締めた右手ではない、空の左手だ。その力強さには逆らえず手を開いてしまうが、何も持っていない。何がしたいのかと首を傾げた二口に対し、青根は迷うことなく嵌めていた指輪を抜いた。
「えっ……あっ、なにすんだよっ、お前!? これぐらいはいいだろ!?」
「……よくない」
 青根が対の指輪を受け取らなかったとしても、片割れを勝手に嵌めることぐらいは許してほしい。これだけならば、ただ二口が自分で指輪を作ってしているだけだ。
 だが珍しく言葉に出してまで拒絶した青根に、二口は呆然とする。一方的に想いを寄せるのもダメなのかと泣きそうになった二口を、相変わらず怒っている青根はしっかりと見据えた。
「……ちゃんと、する」
「へ? えっと、何を……青根?」
「……。」
 投げ捨てられるのかと危惧していた指輪は、再び二口の薬指へと収められた。
 何一つ変わっていない。傷がついたり、変形したりもしていない。嵌めた指も薬指であるし、どう見ても外す前と同じだ。違いがあるとすれば、元々は二口が自分で嵌めたことぐらいだと思ったとき、青根に今度は右手を開かされた。
「青根……?」
「……。」
 そちらには握っていた指輪があるが、今度は青根はそれを取ることはない。代わりに、自らの左手を差し出してきた。
 期待に満ちた目に促されるまま、二口は青根の手を取る。そしてゆっくりと指輪を嵌めてやると、嬉しそうに頷いた青根にぐっと抱き寄せられた。
「うわっ!?」
「……。」
「あの、えっと……青根、その……?」
 抱き締められるのはそれだけで嬉しいが、期待してしまうのが苦しい。
 背中に回した腕でも抱き返すことはできず、困惑しながら顔を上げた二口に、泣き出しそうな目で青根が耳元へと顔を寄せた。
「……。」
「あお、ね……!!」
 そして告げられた愛の言葉に、二口の目にも涙が浮かぶ。
 ずっと、好きだった。
 ヒトでも、魔物でも、関係ない。
 二口が好きだったから、ちゃんと結婚できるなら嬉しいと囁かれ、濡れた瞳で見つめ返して微笑めば、どちらからともなく顔を寄せる。
 そして流れ始めた感動的なエンディングテーマと共に、カメラが二人からぐっと離れていき、遠くに見えるキスシーンで永遠の愛を暗示させて【完】の文字が終わりを告げた。




「……エンダァァアアアアアア!!」
「おわっ!? びっくりした!! つか及川なにいきなり歌い出して……!?」
「……おーるうぇいずらぶゆー!!」
「ぬあっ!? な、なんだよ、どうしたんだ、ヒヨちゃんパパまで……!?」
 指摘したのは岩泉だけだったが、真剣に脚本を読んでいた面々は、最初の及川の叫びで心臓が止まりかけ、次に鎌先の引き継ぎで英語がしゃべれたなんてという驚愕でまた声が出なかった。
 どうやら、ほとんど全員が同時に脚本を読み終えたらしい。
 まずは流れていない涙を拭いながら、及川が何度も頷いてきた。
「よかったねえ、にろくん!! 及川さんも、感動してるよ……!!」
「はあ、どうも」
「だから是非スピンオフ第二弾ではオレと岩ちゃんのラブストーリーを、さ!?」
「それは縁下監督に頼んでください」
 縁下は必死に首を横に振っていた。だがそれよりも、二口は青根が気になって仕方がない。やっと最後まで読んだのに、先ほどから俯いたまま硬直しているのだ。読み終わっていないのかと覗き込めば、脚本はちゃんとラストシーンになっている。文字は追えているはずだ。それなのにどうして何も反応がないのだろうと不安になっていると、近くでため息をついた岩泉が丸めた脚本でポカッと及川を叩いた。
「バカ、続きなんかあるワケねえだろ。これで腹いっぱいだ。……ん?」
「痛っ!! もうっ、岩ちゃんたら嘘ばっかり!! ほんとはオレを平らげて満腹になりたいよねっ、そうだよねっ」
「違えよバカッ。……いや、続き、あんのか?」
「えっ!?」
 丸めた脚本を戻しかけて、岩泉は気がついたようだ。
 確かに、丘の上のキスシーンで一応は終わっている。エンディングテーマがかかり、スタッフロールが流れる。そして、それがすべて済んだ後に、もう一度映像が映し出されるのだ。
「……あっ、ほんとだ!! なになに、読ませて!?」
「くっつくなバカ、自分の読め」
 嫌そうに言いつつも、岩泉はちゃんと及川にも自分の脚本を見せていた。
 それに促されるように、他の面々もスタッフロールの先のページをめくっているが、大したシーンではない。せいぜい、最後まで席を立たずに見てくれた客へのサービス程度のものだ。
「……。」
「……。」
「……えっと、つまり、これってさ」
「……最後の最後で、えらいのぶっこんできたな」
「というか笹谷が死んでるってどういうことだ!? 二口っ、謝れ、笹谷が泣いたらどうすんだ、謝れ!!」
「鎌先はそれより師匠であるオレの仇として狙われる自分の配役を怒れよ」
「笹谷、自分のことよりオレの心配してくれるなんて、優しい……!!」
 本当のラストシーンでは、数日後、神殿から出てきた場面である。神託を受けて、晴れてテイマーとなった青根は、上半身もちゃんと服を着ている。そして待っていた二口が笑顔で迎え、二人はゆっくりと歩き出す。
『……なあ青根、オレにも今の生き方を教えてくれた恩師がいたんだ。まあ、もういないんだけどな』
『……?』
『笹谷武仁師匠。オレは、先生の仇を討ちたい』
 今度はそれに付き合ってくれないかと言った二口に、青根は大きく頷き、手を握った。
 ただの使い魔であったならば、こんなふうに道を決めることはできなかった。だが今は互いの左手にある指輪が共に歩む証だと感じながら、二口も笑顔で頷き前を見る。
『じゃあ青根、行こっか。……次は、鎌先靖志を倒す旅へ!!』
『……。』
 そして仲睦まじく、明日へと向かって足を踏み出す。
 そんな希望に溢れた光景で、この映画も本当の終わりを迎えた。
「……すっかり忘れかけてたけど、そもそもこのスピンオフって、本編での青根の衣裳に二口が不満を爆発させたのがきっかけなんだし、真のラスボスとしては当然だよねえ」
 全員が脚本の最後のページまで読み終えて、しみじみ呟いた茂庭が大正解だ。
 それに笹谷は大きく頷いているが、鎌先はまだ納得がいかないらしい。何故かゲージを抱き締めながら反論してくる。
「なんでだよっ、かっこいいだろ半裸!? 筋肉!! 肉体美!! プロテイン!!」
「……焼き鳥、唐揚げ、ローストチキン、丸焼き」
「やめろ!! ヒヨちゃんの前で不吉なこと言うなっ、卑怯だぞ二口!!」
 だが二口はあっさりと返り討ちにしながらも、やはり気になって仕方ないのは隣に座る恋人だ。
 岩泉の言葉で全員がまた脚本に向かったときも、青根だけは動かなかった。相変わらず、スタッフロールが出る方のラストシーンで止まっている。
 眠っているわけではない、むしろ目は乾きそうなほど開いてページを睨んでいる。
 そして、かなり苦しそうだ。脂汗も浮かびそうな苦悩の理由が、二口には分からない。隣で不安そうに見上げる二口にも、ずっと気がついていない。だんだん、訝るよりも寂しくなったきた二口に、いきなりハッと息を飲んで横を向いて目が合った青根は頭を抱えてしまった。
「……!!」
「ど、どうしたんだよっ、青根!?」
「……たぶん、今時缶から外れるタイプのプルタブってないよなあって苦悩してるんだよ」
「……!!」
「しかも今度は首を横に振ったりしてっ、何がつらいんだよ青根!?」
「……休日じゃなかったらナットとか教室に取りに行き放題だったのにって悔やんでるんだろ」
 茂庭や笹谷は解説してくれるが、さっぱり意味が分からない。プルタブやナットを青根が欲しがる理由などあるとは思えないのだ。
 ただ、この挙動不審さは明らかに脚本を読んだのが原因であり、二口は正面に回りこんで膝を跨いで座ってみる。
「……!?」
「青根……?」
「……。」
 そして驚いて顔を上げた青根に、できるだけ安心させるように穏やかに尋ねるが、表情はやはり泣きそうに歪んだ。それに二口も引き摺られそうになったとき、ふと左手を取られたことに気がついた。
「……ん?」
「……。」
 脚本の中とは違い、手甲などはしていない。部活で繊細な手の感覚を求められることもあり、普段から指輪などのアクセサリーもしない。青根ほどではないが決して小さくも柔らかくもない左手を取った青根は、苦しそうに見つめながら、どこかで聞いた言葉を口にした。
「……ちゃんと、するから」
「え?」
 だが、似ていても続く意味は違う。
 あくまで二口の妄想に過ぎない脚本では、『ちゃんとする』という宣言だった。
 それが、ちゃんとするからと続けた青根は、取っていた二口の左手で、その薬指の付け根辺りに軽く唇を押し当てた。
「……。」
「……。」
 ちゃんと、するから。
 今はこれで許してほしい。
 キスを落とされた薬指には、物としての指輪よりもずっと強い絆が括りつけられた気がした。
 青根が苦悩していたのは、確かに脚本の意図を誤解したからだった。要するに、二口がプロポーズされたがっている。だが当然ながら指輪など持っていないし、代わりになるものもない。それでもちゃんと意図だけは分かったのだと、いずれちゃんとするから今は勘弁してほしいと、訴える。泣きそうなほど真摯な瞳には、胸を完全に打ち抜かれ、ほとんど感情も表には出せないまま二口は頷いた。
「……うん」
「……。」
 よかったと安堵する青根に対し、二口はじわじわと実感がわいてくる。
 握られていた左手を引くようにして促され、背中へ腕を回せばギュッと抱き締められた。その体温に安堵すれば、耳元で囁く言葉は決まっていた。
「……オレも、大好き」
「……!!」
 何度も告げているのに気恥ずかしくなりながら言えば、ビクッと体を震わせた青根が、膝に座る二口をしっかりと抱き寄せてから腰を上げる。
「え? ……おわっ!?」
「……。」
「あ、青根……してえの?」
 すぐに反転して座っていたベンチに二口を仰向けで下ろし、覆いかぶさってきた青根に笑って尋ねれば、複雑そうな顔で頷かれた。
 そもそも、脚本の中では何度もしている。それに青根が煽られなかったわけがない。だが興奮と動揺で混乱している青根を見上げていると、二口はつい意地悪をしたくなった。
「オレ、まだエプロン着てねえけど、いいの?」
「……!!」
 今日は着て誘ってやると約束したばかりだ。もちろん部室にはエプロンなど持ち込んでいない。約束は果たせないがいいのかと言ってみた二口に、青根はだいぶ苦しそうな顔になったが、撫でる手は止めなかった。
「……それも、する」
「バカ、また帰ってからもするってのか? ……一日三回とか、今日だけだからな?」
「……!!」
「滅多にさせねえからなっ。……んんっ、んぁ……!!」
 すっかりその気になった青根に裾から手を差し込まれ、脇腹を撫でられただけでぞくぞくした。甘ったるく漏れる息は、青根に唇を塞がれて飲み込まれる。そのままこの心地よさが伝わればいいと願いつつ、絡められる舌にも、まさぐられる指先の感触にも、二口はいつものように身を委ねた。
 そうして二人が重なり合うベンチを囲むようにして、まだ部室に残っていた数人はそれぞれの感想を述べる。
「……どうしよう、岩ちゃん。オレ、一周回ってなんだかもう応援したくなってきた」
「やめろ及川まともなコメントされると『こいつらマジで傍迷惑だなヤるにしても場所選べ』とか思ってる自分が心狭いみたいで焦る」
 ようやく編み直した藁ベッドを及川はプレゼント用の包装に戻し、岩泉に渡す。それを更に渡した先の鎌先は、ゲージの中ですやすや眠るニワトリにうっとりしていた。
「ヒヨちゃんはほんとにいい子だなー、可愛いなー……生意気で先輩無視する後輩たちと違って」
「……でも青根は嘴でつついたりしないよね」
「……二口だって鉤爪で引っかいたりしねえぞ」
「分かってるから!! 言ってみたかっただけだろっ、無視しろよ!! いつもは聞いてくれねえくせに!!」
 そして嘆く鎌先を無視して、茂庭が途中からほとんどしゃべらなくなっていた唯一他校の二年生へと尋ねた。
「それで、総評としてはどうですか、監督?」
 それに、縁下は穏やかな笑顔で答えた。
「伊達工業バレーボール部、これからも頑張ってくださいねっ」
「……うん、ありがとう」
「……絆の強さだけは負けねえぞ、とか、言っとく」
「ああっ、烏野ももっと強くなれよ!! 次は必ず、オレたちの後輩が勝ってみせるぜ!!」
 鎌先の鼓舞に目覚めたニワトリがけたたましい鳴く中、ぞろぞろと部室から出ていって解散となった。
 二口と青根だけは、外から茂庭に鍵をかけてもらった部室で、たっぷりと愛を確かめ合った。







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こっちにあげるの すっかり忘れてました…
ネクスト映画風ポスターからの妄想でした!
でも一番の捏造は ヒヨちゃんだと思うんですけども
まああんまり気にしないでくださいごめんなさい!

ロボっぽい何か


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