■二口堅治によるFHQに対する478の提案。
長かった戦いは、終わった。
「やった、大魔王様を倒したぞ……!!」
「……うんそうだね」
「オレのおかげだ!!」
「なんだよ影山っ、最後に決めたのはオレだろ!?」
「ああもうっ、今くらいは仲良くしろよお前ら……!!」
喜び合う同行者たちを、少し離れたところで眺める。視線の先は、呆然と立ち尽くす背中だ。つい先ほどまで気を失っていたので、突然の状況の変化に理解が追いついていないのだろう。なにしろ、意識を失うまでは、こちらが全滅しかねないほどの危機にあった。だが今はこうして勝利を喜び合っている。
宿願であった大魔王を倒したことは、晴れ渡った空でも、解放された姫からも間違いない。
だからこそ、信じられないのだ。あれほどの劣勢を、どうやって跳ね返したのか。喜ぶよりも前にひたすら困惑している背中を眺めていると、ふと別の視線が向けられる。
「……ああ、そういやお前たちも」
「……?」
振り返ったのは、このパーティでの最年長、岩泉だ。力押しが信条の剣士だが、射るより矢を握って殴りかかろうとする後方支援者を止めたり、気がつけば戦闘そっちのけで地面に杖で一人○×ゲームをしている魔導師を叱咤したりと、まとめ役として大忙しだった。ちなみに、一番苦労したのは同じ剣士の扱いかもしれない。正確には、職業が『勇者』の日向だ。剣こそ構えてはいるが、その体格からも決して重みはない。素振りも三回で倒れる。岩泉の大剣を持つと腕が折れた。そのときは、さすがの魔導師も珍しく苦手な回復魔法をかけてやっていた。
要するに、剣士としての力は遥かに劣るはずなのに、何故か強い。トドメを刺した率は最も高いだろう。強みとしては、その素早さと、的確すぎる急所の選択。後者は大抵弓兵である影山の功績でもあり、この二人が真面目に組んでいるときは本当に凄かった。岩泉もそれが分かるからこそ、複雑な気分にさせられたのかもしれない。
ともあれ、今となってはどうでもいいことだ。
もう、戦いは終わったのだ。
大魔王を倒した瞬間ではなく、そこに至るきっかけを作った仲間、その同行者を思い出した。いたわってやろうという、優しさだったのだろう。だが振り返って話しかけようとしたのを察して、先に足を進め、立ち尽くす背中へと手を伸ばした。
「……!?」
「……青根、ちょっと二人で話さねえ?」
後ろからギュッと手を握り、そう促す。青根は驚いていたが、話しかけていた岩泉を一度振り返り、頷いたのを確認してから、歩き始める。話を中断されることになった岩泉は、何も文句は言わない。ただ、黙って見送ってくれた。
戦いが終われば、すべてを話す。
そんな決意を、岩泉もまた知っていたからだろう。むしろ、大魔王を倒すという目的のパーティにおいて、知らなかったのは当事者の青根くらいだ。すっきりと晴れた空を目指すかのように、小高い丘を二人で登り始める。
「なあ青根、ここに来るまで、いろいろあったよな……。」
「……。」
懐かしむような言葉が、震えている自覚はあった。
これは、終わりであり、始まりなのだ。
ずっと前から、決めていた。
このパーティが目的を果たしたとき、つまり、青根が名ばかりの『拳闘士』として振る舞わなくてよくなったとき、すべてを話すつもりでいた。なにしろ、この嘘は青根を『拳闘士』として活躍させるために必要だったのだ。それが達成された今となっては、嘘を続けることになんの大義もない。
「初めて会ったときは、こんなふうに旅するようになるなんて、思わなかったな……。」
「……。」
「だって、お前、すっげー顔怖かったしっ」
「……!?」
思わず思い出して笑ってしまったが、横で焦る気配にはもっと笑みがこぼれた。
まだ気にしているらしい。怖かったのも、最初に驚いた瞬間だけだ。今ではすっかり可愛い対象でしかない。だが青根はしばしばその見た目で怖がられるので、動揺してしまうのだろう。はらはらと窺うような視線には、耐え切れずに足を止めて振り返る。
「……大丈夫。今は青根のこと大好きっ」
「……。」
「だいたい、お前のほんとの天職考えたら、嫌いなはずがないだろ?」
「……!!」
そして呆れついでに言ってみれば、少しだけ嬉しそうな顔をしていた青根は、視線を逸らして苦しそうになった。
そういう反応をするから、期待してしまうのだと言ってしまいたい。
いや、ずっと自制してきたのは、それでも言葉にしたときに反応から想像できる未来とは限らないと知っていたからだ。青根に責任転嫁はできない。最初に嘘をついたのは自分なのだと思うと、またため息が出た。
この世界には、生まれ持った『天職』というものが存在する。似通ったものは環境や鍛錬で変化、上位へ移行することもあるが、大幅な系統の変更はありえない。そう見える場合は、えてして自らの天職を見誤って違う生業を選択してしまったときだ。
青根は、まさにそうだった。周りからの勝手な先入観で、青根は自らの天職を拳闘士だと思っていた。実際に体格もいいし、力は強い。技もある。素早くて重い、更に巧いとくれば敵にすれば最悪だ。訓練の段階では立派な成績と体格だったからこそ、将来を期待されて村を出た。ここまで育ててくれた村に恩返しをしたいという想いも強いようだった。
だが、青根は拳闘士としては食べていけない。いくら訓練では強くとも、実戦では発揮できない致命的な欠点があった。どうして村にいたうちに気がつかなかったのかと呆れるが、今となってはどうしようもない。功績を残すまで、村には帰れないのだ。だが拳闘士としては活躍できない青根に、一つだけ村に堂々と帰ることができる方法があった。
「でも、そう考えたら、お前がそんな格好してるのも見納めか」
「……。」
「なあ、神殿にはいつ行く?」
それは、神殿で天職の『神託』を受けること。
悩める者の最後の砦だ。だが金で買えるものではない。この世界に功績を残したと認められる者だけが受けることができる特別で神聖なものだ。
通常は、より上位の天職を示してもらうために行う。装備や待遇によっては、特定の天職の者にしか与えられないためだ。
だが、今回はそれとは違う。大魔王を倒したのだ、神託を受ける権利は充分にある。そこで、青根は本来の天職を授けてもらう。すると、倒した実績はそのままに、神託という最強の後ろ盾で堂々と本来の天職として生きることができる。もちろん、村でも大歓迎されるだろう。
そのために、頑張ってきた。
そのために、ずっと一緒に戦ってきた。
「一番近いところだと、明日には行けるか」
「……。」
「……でも、青根。その前に話があるんだ」
世間話のように淡々と話しながら、再び丘を目指して歩き始めた。
一番高いところまでくると、反対側がやけに勾配がきついことが分かる。崖と表現してもいいのかもしれない。あまり見下ろしていると眩暈がしそうで、しっかりと足元を確かめてから、やっと振り返る。
青根も、すぐそこまで来ていた。少しだけ低い位置に立っているので、目線の高さが変わらないのが何故か面映い。
「青根、オレ、ずっとお前に嘘ついてた……。」
「……?」
本当は、目を逸らしたい。だが自分がそれをしてはいけないのだと知っている。
不思議そうな瞳にズキズキと胸が痛む中でも、はっきりと言葉にする。
「大魔王を、倒したら。言わなきゃって、ずっと、思ってた……。」
「……。」
「なあ、青根。オレ……ほんとは……。」
そして、二人の姿はぐっと小さくなっていく。
被せるようにして、大きな文字が浮かぶ。
【FINAL HAIKYU QUEST スピンオフ】
【 二 口 堅 治 の 憂 鬱 】
「……待て待て待てなんだこれ!?」
「へ? だから、スピンオフですよ、主役がオレの。いや青根とダブル主演かな?」
「そんなことはどうでもいい!! つかそもそも本編はどこにあんだよ!?」
いきなり脚本を叩きつけて叫んだ鎌先に、二口は呆れて答えた。表紙に書いてある文字も読めないのだろうか。少しこの脚本は漢字が多すぎたのかもしれない。反省すべき点だろう。
そう失礼なことを考えている二口たちがいるのは、もちろん崖の上ではない。荒廃した世界でもない。いつもの部室だ。
休日練習が早めに終わったある日、いつものメンバーに残ってもらって脚本を見せた。だが、まだ序盤しか読んでいないうちに、先ほどの鎌先の反応である。本当に堪え性がないとため息をつきながら、二口は自分用の脚本の表紙を叩いて見せた。
「だーかーらっ、これでしょ、これ。スピンオフ用のポスターはまだだから、前作のをそのまま印刷してるんだし」
そう言ってみれば、別のところから反応があった。
「……そういえば、これ、実際に使ったものじゃないよね? 文字とかを入れる前?」
尋ねたのは茂庭だ。二口としては早く続きを読んでもらいたいが、鎌先からの質問ではないので無視もできず、大きく頷いた。
「そうです。区別がつくように、タイトルのところだけ変えてもらってるでしょ?」
「つか、印刷前の文字なしの画像とか、よくあったよな」
「へ? ……だってこれ、だいたいこういうのって案を出したのはオレですけど、実際にこうして脚本におこして冊子にしてくれたの、縁下監督ですもん」
すると今度は同じように表紙を見ていた笹谷に感心され、やや面食らってから二口はあっさりと答えた。
だから文字のない元画像も持っていたし、前作と違和感のない演出になっている。台本ではなく、脚本なので、演出などもところどころ入っているのだ。立派な出来だろうと胸を張れば、何故か三年生三人はしばらくポカンとした後、鎌先の掛け声でいきなりベンチから立ち上がった。
「全員起立っ、烏野高校方面に向かって、謝罪!!」
「ウチの後輩が無茶言ってすいませんでした!!」
ちなみに、頭を下げたのは鎌先と茂庭だけだった。笹谷は立ったものの、そんな二人をニヤニヤして眺めている。その理由は単純で、そもそも本当に烏野高校がその方角にあるかも分からない上、当の縁下は確実にそちらにはいない。
「……あ、あの、実はオレここにいるんです、けど?」
そう控えめな声がかけられて、茂庭と鎌先は驚いてバッと振り返った。
「えっ、いつから!?」
「全然気づかなかったぜ久しぶりだな!!」
「そもそも脚本配ってたのそいつじゃねえか、名前は今知ったけど」
「あはは、ははは……はあ……。」
先輩たちからの言葉に、縁下は愛想笑いも小さくなってやがてため息をつく。それに、二口は笑顔で背中を叩いてやった。
「ぐったりすんなよっ、監督!! 先輩たちはこうだけど、オレはこの脚本、サイコーだと思ってるから!?」
「あ、ありがとう、二口くん……というか、オレはほんとに構成とかしかいじってないって説明しといてね、ほんとに……。」
電車でも数時間かかる場所に、わざわざ来てもらった縁下は疲れていた。やはり長時間の移動は大変らしい。
ただ二口としては、早く鎌先たちに脚本の続きを読んでもらいたい。だが今度こそ促そうとすれば、その前に茂庭が縁下に話しかけてしまった。
「えっと、オレは初めまして、だよね? あのさ、ちょっと前に烏野高校で部員募集のポスター作るから協力してほしいって言われて、この、表紙になってる画像。これに文字入れたりして作ったよね?」
「鎌先がまさかの美術監督してたやつな?」
「はい、その説は、大変お世話になりました」
「でもさ、それって、ポスターだけだよね? 別にあれで映画とか作ったりしてないよねえ?」
それはもちろんと、縁下は大きく頷いた。
そもそも、発端は一ヶ月ほど前だ。インターハイ予選で敗退させられた烏野高校から唐突に連絡が入った。何事かを身構えたが、ある意味では部活としては関係のない用件だった。
古豪と称えられる烏野高校だが、今ではすっかり部員も減っている。主力に三年生がいることを思うと、どうしても層の厚さが不安材料だ。今は全員が練習に出て、やっとリベロ交代なしで紅白戦ができるギリギリの人数のようだ。
伊達工業にいると想像もつかないが、やはり人数が少ないと難しい練習もでてくるらしい。そこで、部員の募集を試みることにした。もちろん今はもう一学期も終わりかけているし、これから入部というのは難しいだろろう。だが今のうちから本気なのだと、特に三年生が引退する前にその姿勢を見せておきたい。実に立派な心がけだ。
ただ、それもあくまで他校のことであるし、二口を始めとしてあまり興味もない。それが一転して関わる羽目になったのは、その部員募集のポスターを、冒険ファンタジー風にしようという案が出てからである。
「二学期にある文化祭で、部の出し物としては使うつもりなんです。でもそれはあくまでオレたち烏野高校で、コスプレ喫茶みたいなものだし」
「……え、それ大丈夫なの? 部として大丈夫なの?」
「……マネージャーは当然拒否するだろ。そうなったら、一年と二年だけが謎のコスプレして給仕すんのか?」
「ですが、映画とか、寸劇とか、そういうものを作る予定はありません」
コンセプトを設けることは大切だ。烏野高校男子バレーボール部としても、次世代の主力である一年生を主役に置き、強豪たちを倒そうと意気込む。実にメッセージ性に溢れ、勝利を目指す部活として分かりやすくもある。
悪役、あるいは倒すべき敵として描かれることになる他校の連中も、皆快く応じたらしい。主将が調子に乗って応じると部員は断れなかっただろうし、伊達工業に関しては茂庭が鎌先に押しきられた。
「あっ、でもさ? 今更だけど、よく見たら勇者側に青根以外にも他校が混じってない? というか、敵側に烏野の人たちがいない?」
「ええ、まあ……。」
実際の撮影は、衣裳を作った鎌先が撮影係の烏野OBと共に、縁下の指揮で宮城県内を回った。東京だけはさすがに行けず、あちらで撮影して送ってもらったらしい。つまり、それぞれが個別に撮って、後で合成したのだ。脚本と監督は縁下になっているが、正確にはこのポスターのテーマを決め、合成や文字などを入れて画像処理をしたという意味である。多くは烏野高校内に貼られ、また二学期の文化祭でも配布するらしい。協力校には先に送られてきたが、実際にもらったのは美術監督の鎌先と、出演者の青根だけだ。スピンオフ脚本の表紙にモノクロで印刷されたものを見て、改めて疑問に気がついたらしい茂庭に、縁下は遠い目をした。
「ほんとは、一年生の四人に、主人公パーティを組んでほしかったんですけど。約一名に、あっさりと鼻で笑って拒否されまして……。」
「そうなんだ? まあ、恥ずかしい人もいるよね」
「で、その一人が拒否すると、右に倣えでもう一人も拒否しまして……。」
「そ、そうなんだ? うちで言う二口みたいなものかな?」
「それで、実際の衣裳が届いたら……ほんとは、清水先輩と、道宮先輩は配役が逆だったんですけど、露出が多くて無理って道宮先輩が暴れて、清水先輩が責任取る形で代わったら……。」
「ああ、そうだったんだ? というか、ごめんね、鎌ちが変態でごめんね?」
「なんだよ茂庭っ、あれは男のロマンだろ!?」
「そうだ、よくやったぞ鎌先!!」
「……で、清水先輩が、アレを着ると。二年の主力二人が、気がついたら下っ端スーツを着込んでて」
「ええっ、これ自前なの!?」
「惚れ惚れするほどの違和感のなさだったな!!」
「鎌先思ったほど仕事してねえのな」
「まあスーツの模様はオレがパソコンで後から描いたんですけど、ともかく、そういう事情で最初のコンセプトは崩れたんです」
縁下としては、あくまで烏野高校の部員が、他の強豪を倒そうとしている図にしたかった。だが改めて表紙を見返すと、初見ではその意図を読み取れないだろう。
ともかく、これで烏野高校の部員が敵味方に分かれている理由は分かった。もし最初の予定通りであれば、そもそも女子バレーボール部は倒すべき敵なのかという疑問も生まれそうだが、そこは頼めそうな女子がいなかっただけかもしれない。だが、烏野高校の件は判明しても、他にも疑問は残っている。
「じゃあさ、青城の二人がやっぱり敵味方なのは?」
「……及川の手下とかプライドが許さねえし何よりドヤ顔で撮影されてるの見てたらぶったぎりたくなったから」
「て、岩泉さんに言われたんです」
「じゃあこのフードの子は? 烏野の部員じゃないよね?」
「彼は東京の音駒高校てところのセッターです。主将はこの赤い大魔神の方なんですが、勝手に許可されて不満だったそうで、同じ側にいたくないという要望で、必然的に」
「ああ、確かに物凄く不満そうな顔だよねえ。……というか、今更だけどさ、なんでウチの青根がここに?」
そして遂に茂庭がその指摘をしてしまったとき、二口はわっと顔を覆い泣き出すふりをする羽目になった。
「そうなんですよぅー、茂庭さん!! すべては鎌先さんが悪いんです!!」
「なんでオレだよ!?」
「鎌ち、今度はなにしたの?」
「茂庭まで!!」
基本的に、衣裳係の鎌先が、撮影係の滝ノ上の車で縁下と共に移動した。だが青根の撮影は、部活が終わった後のこの部室で行ったのだ。その話を聞きつけて、二口は当然のように残った。格闘家のようなイメージだと聞いていたので、どんな衣裳だろうと楽しみにしていたのだ。
「だって、だって……茂庭さんっ、分かりますか!? この青根の衣裳、マッパも同然なんですよ!?」
「……!?」
「……青根も驚いてるけど、鎌ち、ほんとに裸だったの? 衣裳代が足りなかった? とんだセクハラだよ?」
あのときの衝撃を思い出すと、今でも涙が出そうだ。
衣裳に着替えて現れた青根は、素肌を晒していた。その肉体美にうっとりしつつ、二口は同時に絶望と怒りを覚えたものだ。
「バカッ、ちげえよ、んなワケねえだろ!? 下はちゃんとズボンはいてる!!」
「……て、鎌先は言ってるけど、ほんとのところはどうなんだ?」
「上半身裸なんてっ、それもう全裸みたいなものじゃないですか!! この青根が!! オレの青根が!! 衆人環視の中で乳首晒すとかそんな恥辱耐えられません!! というか今も鎌先さんが透視とかしてそう!!」
「……!?」
「してねえよ残念ながらできねえよバカ!!」
万一に備えて、二口は青根の胸を後から両手で覆った。もちろんシャツの上からだが、そこでハッと息を飲む。
「……そ、そんな、これじゃいわゆる手ブラ状態じゃねえか。鎌先さんが逆に興奮したらどうしよう青根!?」
「……!?」
「しねえよお前オレをなんだと思ってんだ!?」
「え、筋肉バカ?」
「筋肉大好きっ子?」
「あれだろ脳筋」
「……。」
「……話が逸れたようなので、オレから説明させてもらいますと。青根くんの撮影のときに、二口くんからクレームが出たので、より小さく写ることになる味方側にさせてもらいました」
縁下の説明で分かったことは、本来青根は右上の視聴者感想の位置に半透明で載る予定だったらしい。もちろん、敵側だ。だが二口が強硬に反対したので、今の位置に収まった。
改めて表紙を見ていた茂庭たちも、なるほどと納得している。ただ、茂庭の意見にはいかに尊敬している先輩であっても二口は賛同できない。
「でも、せっかくなら大きく写った方がよかったんじゃない?」
それに鎌先は頷いているが、笹谷はもう理由が分かったようだ。
「そんなの、ダメに決まってます。……ただでさえ、青根の肌を見せるのが嫌なのに!!」
「……あー、やっぱそこなんだ」
「……つか水泳の授業とかどうしてんだよ」
「青根はきっちりかっちりなのがいいんです!! そこも魅力なんです!! 服を着崩したりしないからこそっ、脱いで乱れて興奮するんじゃないですか!! でもそれはオレの前だけでいいんです!!」
「……?」
「まあねえ、二口はそう言いそうだよねえ、て、オレでも想像がつくけど、なんで鎌ちは青根の衣裳をこれにしたの?」
「だってそらお前伊達工の代表として写るんだろ? 筋肉見せたいじゃねえか」
「だと思った!!」
「この筋肉バカ先輩!!」
衣裳を決めたとき、茂庭がいてくれればと心底二口は嘆いた。そもそもこの依頼は烏野高校からであり、たまたま造詣と財力と意欲があった鎌先は、勝手に協力を申し出ただけだ。それぞれのコンセプト、たとえば岩泉であれば『剣士』といった指定は縁下からあったが、実際のデザインをおこしたのは鎌先である。
許可をした縁下は他校なので、デザインの問題点に気がつかなかったのも仕方がない。二口としても、恨むつもりはない。だからせめてスピンオフの脚本はよろしくと言えば、引き攣った笑みで快諾してくれたので責を問う気ははない。つまり、すべては鎌先が悪いのだ。
「そっか、だからこういうポーズにしたんだね?」
「そうです。オレ、星型のシールとか、持ってなかったから……ちょうど、ニプレスの持ち合わせがなかったから、なんとか青根の乳首を隠そうとして……!!」
「……普段から持ち歩いてた方が怖えよ」
「……縁下監督がこのポーズ考案してくれなかったらオレあの場で星型シール作らされるところだったぜ」
「それで、なんとか撮影はして、味方側で後ろの方にしてもらったんですけど。出来上がったポスターを青根の部屋で見て、オレ、やっぱり……!!」
「うんうん、当然のように青根の部屋に入り浸ってるのは今更きかないけどね、『やっぱり』、どうしたの?」
優しく促してくれた茂庭に、二口は涙がこぼれる気配もない顔を上げて、しっかりと訴えた。
「やっぱり……青根はオレのダーリンなんだって、この乳首はオレのものなんだって、全世界に宣言したくて!!」
「……!?」
「そっかあ、青根の乳首は青根のものだし、なにより伊達工業の看板背負ったままでそんなこと全世界に発信してほしくはないけど、そっかあ」
「つかいつまで青根の胸揉んでんだよ、シャツ着てんだから鎌先以外は見えねえよ」
「いやオレでも見えねえよ!? つか見えたら天国過ぎるだろっ、女子限定で!?」
「だからオレ、続編というか、まあ本編と同じ時期を別角度から見た、みたいな? スピンオフて言い方が正確かは分からないんですけど、縁下監督にお願いして、作ってもらった脚本がそれなんです」
茂庭は穏やかな笑顔のまま縁下へと向き直り、深々と頭を下げていた。
どうやら経緯は納得できたらしい。大きく息を吐いた茂庭たちが再びベンチに腰を下ろし、脚本を開き始めたので、二口もやっと青根の胸から手を離していそいそと隣に座った。
オープニングタイトルが消えた後、年月の表示が出る。
つまり、ここからは青根たちがパーティに合流してからの流れを、たまに回想も織り交ぜつつ、基本的には時系列で追っていくことになる。
「……パーティ募集には、『格闘系戦士一名』て書いたはずなんだけど?」
「……!!」
「細かいこと気にしてるとハゲますよ」
「うっせえなっ、だから気にして頭部は防具してねえんじゃねえか!! 暑いし蒸れるし!!」
「ああ、確かに頭突きとか強そうですもんねえ、岩……なんでしたっけ?」
「岩泉一だ!!」
初めてこのパーティと合流したのは、ある中核都市の寄合所だった。ゲームならば酒場だろうが、未成年ばかりなのでそこは設定に配慮し、冒険者の情報交換の場としては寄合所が機能している。他に配慮すべきことがあるという脚本担当の主張は、今のところ反映されていない。
ともかく、そこで同行者募集の告知を日々眺めていた二口は、あるパーティの案件に目を留めた。
募集内容は格闘系の戦士であり、拳闘士ならばまさにぴったりである。人数も問題ない。だが似たような募集も多い中で二口がここに決めたのは、パーティの最終目標だ。
『大魔王・及川徹を倒すこと』
近場での簡単な討伐仕事や、違う大都市までの護衛としての募集がほとんどにあって、その内容は一際異質だった。募集用紙がやや古びているのを思うと、いくつもの町で呼びかけ、決まらなかったのだろう。
そんなことは当たり前だ。この世界の悪魔を統べるとされている大魔王を倒すなど、正気の沙汰とは思えない。本気であれば危険すぎる。それでいて、参加金が安すぎる。嘘であれば、わざわざ人が避けるような目的を書く必要はない。格闘系戦士を探しているのは事実なのだから、多少の選別の意図はあっても、これでは誰一人名乗り出てこないだろう。
二口も、かなり訝った。だが多くの者とは違い、この目的が真実であることを期待してだ。伝手を使って方々に確認をした結果、どうやら募集の責任者となっている岩泉という剣士は、大魔王と因縁があるらしい。パーティの主力は日向、影山のコンビだが、主軸としては岩泉である。年齢的にも、性格的にも、この編成ではまとめ役にならざるをえないのだろう。どうやら打倒及川が本気らしいと分かったことで、二口は青根の名前で参加希望を通達した。
「つか、だからオレたちは一人しか募集してないんだっての!!」
「いいじゃないスか、二人のが心強いでしょ?」
「……。」
そして、今日が初顔合わせである。一時的な護衛などと違い、特定の討伐を目的としたパーティの場合は、募集に応じてから審査のようなものがあることが多い。パーティが望む条件を満たしているのか、確認する必要があるためだ。戦闘目的のときは、数日間は試用期間のように同行することもある。今回はその方式を取るようで、まずは隣町までの移動で、簡単な討伐用件をこなすことに参加する。
だが合流地点に到着し、挨拶をしただけで岩泉は怪訝そうだ。それに二口が軽く返せば、岩泉以外からは賛同された。
「わーっ、二人とも大きい、ですね。頼もしいですっ」
「オレ影山です!! 見下ろされても気にしないよう努めるのでよろしくお願いします!!」
「……まあ、いい壁になりそうだよねえ」
「待てよお前らっ、格闘系は一人って決めてただろ!? 二人分の参加金なんか払う余裕はねえんだよ!!」
小さな勇者と、礼儀正しいのか慇懃無礼なのか悩ましいほど真っ直ぐな弓兵、それにどうでもよさげに呟く魔導師は、理由はそれぞれだが歓迎してくれる。だが唯一声を荒げる岩泉が懸念しているのは、まさにそれだと二口も分かっていた。
寄合所で募集をかける場合、大きく分けて二種類ある。移動の護衛や、短期の討伐参加の場合、成功報酬が予め示される。顔合わせで一時金や前金を払うこともあるが、護衛の場合は行程の半分で報酬も半分払うことが多い。討伐の場合は、成功時に分け前が初めてもらえる。
それに対し、今回のような長期で且つ期間が定まらない募集の場合、採用が決定の段階で参加金が支払われるのだ。それ以降は、パーティとしての収入を分配することになる。そのため、審査や試用期間は参加金の支払いの決定が最大の目的とも言える。
岩泉だけがそこをちゃんと気にしているが、二口はするりと青根の腰に腕を回しギュッと抱きつき、その心配を払拭してやった。
「……?」
「参加金は、一人分でいいですよ。あくまでパーティの同行者としては、こいつ、『青根高伸』一人で」
「えっ、いいんですか、ありがとうございます!!」
「あざーす!!」
「……よかったね、経費が浮くよ」
「こらっ、勝手に喜んでんじゃねえ!! そういうのはパーティの信用に関わるからダメなんだよ!!」
寄合所のシステムをあまり分かっていないらしい勇者と、恐らく分かっていてラッキーと思ったらしい弓兵からは感謝された。魔導師は興味なさげだ。だが相変わらず岩泉は反対している。
それも当然で、どれだけ応募者がいいと言ったとしても、実際に参加金を一人分しか支払わなければパーティの信用が落ちる。契約金のトラブルを減らすため、受け渡しには募集をかけた町の寄合所を介して行われるので不正はできない。もしこのパーティが二人の参加者に対して一人分しか支払わないということになれば、下手をすれば寄合所そのものを利用できなくなり、大きな痛手となるのだ。
だからこそ岩泉は強硬に反対しているが、無意味なことだ。
一目見て、このパーティは強いと分かった。打倒及川も、夢ではない。大魔王を倒したとなれば、神託を受ける権利は充分にある。青根の、いや、自分たちの宿願のためには、このパーティに参加することは必然だと二口は判断した。
「まあまあ、岩なんとかさん、落ち着いてくださいよ? オレはただの慎み深さで、参加金は一人分でいいって言ってるんじゃないし」
「……その発言だけで、お前が慎み深さとは縁遠いことが分かった。というか、そういやお前は誰だ」
「オレは二口堅治、青根とは一心同体みたいなものなので」
だから大丈夫だと、再び青根にギュッと抱きついて言ってみれば、周りが先に敏感に反応した。
「影山っ、あの人たちホモだ!! 付き合ってるから二人で一人なんだ!!」
「なに言ってんだ日向、付き合ってようが二人は二人だろ? なんで一人になるんだ? どうやったら二人が一人になるんだ? 合体でもすんのか?」
「……そこのチビは勘がいいな、そんでボケてるように見える方も意外に鋭いな、大正解だ」
小さな勇者が日向、そして弓兵が影山らしい。それぞれに幼い反応ではあるが、二口が妙に感心していれば、目を輝かせて聞き返された。
「えっ、合体するんですか!? 凄いです、オレ見てみたいです!!」
「影山ずるいっ、オレも見学する!!」
張り合う二人に、二口はにこにこと胡散臭い笑顔で返しておく。
「そっかそっか、勉強熱心なお子様たちだなー、でも実はまだ合体には至れてないから、お預けな? もうちょっと頑張ってちゃんと合体できたら、報告はするからな?」
「はい、分かりました!!」
「オレ応援してます!!」
「……つか待て待てっ、呆気に取られてたけど、合体てそういうことか!? 子供にそんなこと教えんなっ、というかホモだろうがしかも及川と同類だろうがやっぱり頭数としては二人だろ!!」
「ああ、やっぱ岩なんとかさんと大魔王の因縁て、痴情のもつれだったんスね」
調査結果は正しかったと感心しつつ、二口は悩み始めた。
どうやら、岩泉は物理の方だけでなく、頭が硬いらしい。本来であれば、試用期間が終わり、自分たちもこのパーティに参加したいと思えた段階になってからしか話すつもりはなかった。だがまさか、試用期間に入る前に、ここまで人数のことを気にされるとは想定外だ。
こちらの素性を明かすことは、参加決定前はできるだけ避けたい。今断ってもいいのだが、神託に相当する目的を掲げており、且つ実現の可能性があるパーティなど次にいつ遭遇できるか分からない。
岩泉にしても、一目で青根の有能さを見抜いたからこそ、合格を前提としたので参加金に拘っているのだろう。
ここは、どうするべきか。
一言で納得できる事実を示すか、それとも一時的に離れてまずは青根だけを合流させるか。
どちらにしろ、大魔王をこのパーティで倒しても、『二口堅治』の名が功労者として刻まれることはない。そうであれば、最初だけは別行動にして、後から加わった方がいいのかもしれない。若干後者に気持ちが傾いたとき、ふと視線を感じた。
「……青根?」
「……。」
抱きつく二口を、青根はじっと見下ろしていた。
真剣な瞳は、傍に居てくれと訴えている。
影山たちにも言ったように、まだ合体には至っていない。そもそも恋人同士でもない。だが二口には青根と離れられない理由があると嘘をついているし、なにより青根は無口なので初対面の中に取り残されるのを嫌がる。ただそれだけだと分かっていても、まるで必要とされているかのようで胸が弾んだ。選択肢が前者への重みを増したとき、それを決定付けるように違う声がもう一人から聞こえる。
「……手の甲。そこの石頭に、見せてあげたら」
「え」
「……!!」
「研磨? えっと、二口さんの、手の甲? それが……?」
目立たない魔導師の鋭すぎる指摘に、二口は一瞬ぞくりと寒気がした。
どうやら、かなり観察眼に優れているらしい。青根は分かりやすい拳闘士の格好だが、二口はかなりラフな服装だ。防具などもないため、戦闘要員には到底見えない。かといって、研磨という名前らしい魔導師のように分かりやすくフードや杖を持っているわけでもない。
せいぜい町の人その2くらいの格好なので、青根の付き添い、あるいは恋人にしか見えないだろう。体格がいいので、ちゃんと装備をすれば戦えるかもしれない。その程度の見立てしかされないという予想は、どうやら見くびりすぎだったらしい。
「おい、孤爪が言ってんのは何のことだ?」
「ほんとは、パーティに正式参加が決まってから、話したかったんスけどねえ……。」
二口は両手に布製の手甲をしている。だがそれは防御のためではなく、ある事実を隠すためだ。勘付かれては仕方ないとばかりに、左手の方を軽く緩めて岩泉に見せてやった。
「……なんの数字だ?」
「まあこの反応も、予想してましたけど。3から始まる番号は、テイマーによる証明ですよ」
「ん? ……ああっ、てことは、お前はテイマーなのか!!」
だが見せても岩泉は首を傾げていた。日向と影山も同じ方向に首を傾げている。一緒に生活をしていると、仕草が似てくるという実例を見た気分だ。そう感心しながら二口があっさりと説明をすれば、頷いた岩泉と違い、日向はこそこそと影山に尋ねている。
「……な、なあ、影山、テイマーて?」
「……確か、調教師のことじゃなかったか? 魔術的な契約で使役するんじゃなくて、信頼っていうか、ほら、懐いている犬に芸させるみたいな?」
間違ってはいないが、だいぶずれた例示に日向はますます顔をしかめた。
「……それって戦えんの? つまり二口さんて大道芸人?」
「はいはい、そこのお子様たち、違うから? テイマーてのは大きく分けて二種類、使役獣が魔物のときはモンスター・テイマー、獣のときはビースト・テイマーな? 獣って言っても、虎とかライオン、あと猛禽類だし、そもそもオレはそっちじゃない」
「てことは魔物使いなんですか?」
魔導師は小さくため息をついてそっぽを向いているので、当然ながら正しい知識があるようだ。このパーティで、ある意味では一番警戒すべき対象かもしれない。
二口の説明で、やっと日向も正しい認識に向いてきたらしい。
先の影山の弁はだいぶ正解に近く、二口が見せた左手の甲にある刻印はテイマーによるものだ。魔物使いの場合は特に、敵と使役獣の区別が味方からはつかなくなる。そのため、主従関係を明らかにする印をつける。それが、この刻印だ。
ただ、刻まれた数字は通し番号ではない。テイマーのほとんどは猛獣使いであり、その数はあまりに多く、協会でも管理しきれない。なにより、魔術的契約を交わしてはいないので、まさに懐いているだけの状態だ。常に傍にいることが多く、獣であれば余計にテイマーのシモベと分かりやすい。そのため、周辺であまりかぶらなさそうな六桁以上の数字とアルファベットを組み合わせた識別コードを勝手に作り、目印にしている。協会への申請は義務ではない。
そのため、多くのビースト・テイマーは協会に登録していない。だがモンスター・テイマーの場合は、戦闘時の区別以上に、街中で連れ歩く際の保険として自発的に登録する場合が多いが、二口はそれをしていない。
理由は、非常に単純だ。
そもそも、右ではなく、左手の甲に刻印があること自体が答えである。
「そう、魔物使い。……青根がな?」
「……えっ!?」
「ど、どういうことですか!!」
「どっからどう見ても青根ってのは拳闘士だろ!?」
「まあ、よくある過ちです、天職じゃなかったっていう。テイマーは協会登録が必須じゃないですからね、申請してないんです、今は。だからいちいち勘繰られると面倒だし、青根の刻印は普段見えないところにあるんですよ」
淡々と説明をすれば、岩泉は腕を組んでうんうんと頷いた。
「ああ、なるほどな。確か、テイマーと使役獣、両方が同じ刻印してるんだよな、そうでねえとそもそもどれが誰のって分かんねえし。……ん?」
「つまり青根さんは、おおっぴらには言ってないけど、本当はテイマー、えっと、モンスター・テイマーの方で……え?」
「拳闘士兼テイマーでも、戦えるなら心強いっス!! で、その使役してる魔物ってのはどこにいるんですか!!」
「……。」
だが言っているうちに自分で戸惑った岩泉と日向と違い、影山はあっさり納得してから真っ直ぐ青根に尋ねた。
パーティの損得を考えれば、青根が二つの能力を持っていれば戦力になる。ただそこだけを歓迎した影山に対し、青根は一瞬視線を絡ませてから、ゆっくりと二口に視線を戻した。
「……青根さん?」
「……。」
影山は意図が分からなかったらしい。岩泉と日向は察したようで、息を飲んでいた。
それに、二口は深い笑みを浮かべてから、じっと青根に視線を返し、ゆっくりと唇を押し当てた。
「……!!」
「んっ……じゃあ、みなさん、改めまして。青根の使役獣、淫魔の二口堅治でっす、ヨロシク!!」
自分たちの関係を示すのに分かりやすいからとキスをしたが、実は初めてだった。青根が驚いている間にくるりと振り返り、岩泉たちにそう宣言しておく。
パーティに同行する『ヒト』は、青根だけだ。だから、参加金も一人分でいい。
いくら人間のように見えても、二口は青根の使役獣である。押し隠していた魔力を一瞬だけ解放させれば、岩泉たちも気圧されたようだ。
損はさせない。
青根を迎え入れてくれれば、自分も当然味方をする。裏を返せば、断ればどうなるのか理解しろという無言の圧力になっただろう。
「……そうか、分かった。『拳闘士』の青根、これから、よろしくな」
「……!!」
「はぁいっ、オレの『マスター』を、ヨロシクですっ」
岩泉が握手を求めたときには二口は再び魔力の気配を消し、ただの恋人のように青根に抱きついて愛するマスターの代わりに返事をしておいた。
「……。」
「……。」
「……。」
「……?」
「どうしました、茂庭さんたち?」
脚本は人数分あるのに、読むのを再開した茂庭たちは何故か三人で一冊を読み進めていた。二口も持っているが、内容はすっかり頭に入っている。茂庭たちが読んでいるのは、ちょうど最初に合流したシーンの終わりの辺りだ。まだまだ初稿なので、重要な部分しか描かれてはいない。それでも充分に流れは分かるだろうと考えていたが、大きくため息をついた茂庭が、まるで代表するように一度パタンと脚本を閉じた。
「……いや、納得したというか、妙な説得力があるっていうか」
「……二口が淫魔で、しかも青根に服従とか、物凄い信憑性だけどよ、でも」
「……なんか漢字が多くてよく分からねえんだけど」
「何が言いたいんですか? 鎌先さん以外」
どうやら鎌先だけはため息をついた理由が違うらしい。
物語は、まだ始まったばかりだ。こうして青根と二口は、日向たちのパーティに加わる。表向きは、拳闘士とその友達という名目だ。だが実際には、隠れテイマーとその使役獣である。これから数々の苦難を共に乗り越え、大魔王を倒すために進んでいく。その大冒険が描かれる前にどうして怪訝そうなのかと首を傾げれば、茂庭たちがやっと口を開いた。
「だって、これってあくまでスピンオフってことなんだよね? 一応、ダンジョンを攻略したり、中ボスを倒したりみたいなことは、本編の方でやってるって前提だよね?」
「そうですよ、だからこのスピンオフではオレたちの軌跡に焦点を当てたラヴ・ストーリーでもあるんです」
「……だから不安なんだろ、この先の展開が」
伏し目がちにぼやいた笹谷に、茂庭も大きく頷いていた。
だが、二口にはさっぱり分からない。首を傾げて待っているが、茂庭はなかなか脚本を開こうとしない。まさか鎌先同様に漢字が読めないのかと思い、朗読すべきかと悩んだところでいきなり確認された。
「つか、この脚本の中の設定だと、二口は悪魔ってことなんだよな?」
「ええ、そうですよ」
鎌先たちが読んだ範囲では、それが判明している。やはり一読では分かりにくかったらしい鎌先にそう念を押されたので頷けば、不思議そうに尋ねられた。
「でも、青根は人間だよな? 二人はいつ知り合ったんだ? 同じ村の出身てことはねえだろ?」
「ああ、それは……。」
「……あっ、もしかしてこれから出てくるの? だったら言わなくていいよっ」
ある意味では、鎌先が一番素直にこの物語に入っているのかもしれない。
人間である青根と、魔物の中でも特に知性が高いものを示す悪魔である二口は、どうして行動を共にしているのか。当然の疑問である。同郷出身であれば、青根は村を出る前からテイマーとして開花していたことになる。だが実際には、拳闘士として村を出てから天職の違いに気がついたのだ。
きっかけは、間違いなく二口との出会いだ。二人の関係を描くのであれば重要なシーンには違いなく、まだ説明されていないだけだと茂庭は解釈して止めたようだが、それは違う。
「まあ会話の中でさらっと説明はされますけど、回想シーンとしてはほぼないです」
「えっ、そうなんだ!?」
「馴れ初めとかって大々的にこっぱずかしくやるのかと思ってた」
「じゃあ、どうやって知り合ったことになってんだ?」
「青根が村を出てから最初の任務で、オレの『おともだち』を倒そうとしたけど、できなくて。まあオレは顔が怖いわりに弱気なんだなって眺めてて、『おともだち』を呼び寄せたら、襲われるって誤解した青根が守ってくれたって感じです」
このシーンは、むしろ二人の馴れ初めというより、青根の特性と、二口の正体を示すのに重要である。そのため、敢えて映像では詳細な再現をしないことにした。回想の中で、断片的な絵にとどめるように縁下にも頼んだ。ただ設定としては決めておかないと台詞がぶれてしまうため、流れとしては説明した通りだ。
だがあっさりと言ってみれば、やはり同じように茂庭には首を傾げられる。
「……それって、やっぱり、二口としては青根と出会って、しかも恋に落ちた重要なシーンじゃないの?」
それに、二口は笑って流しておいた。
「そうでもないですよ? ……だって、オレが青根と出会ったら恋に落ちるのは当然なんだから、いちいち劇的に演出させる必要なんてないんです」
「……!!」
「……そ、そう」
「……いいこと言ってるように騙されかけたけど、要するに視聴者置いてけぼりってことか」
「感動した、オレは感動したよにろくん、岩ちゃんもこれぐらい言ってほしいんだけど……!!」
「ああ、要するに再現が難しいってことか。つか、そういや戦闘シーンてどうするんだ?」
どれだけきっかけが些細だろうが、自分は必ず青根に恋をする。
そう青根の目を見て断言すれば、息を飲んだ後に照れるのがよく分かった。二口も多少は恥ずかしいが、やはり青根が嬉しくてもじもじしているのを見る方が嬉しい。こちらも面映さが伝染してきてはにかみつつシャツを引っ張ってみれば、物語の中とは違い、すっかり合体しまくっている青根はすぐにキスしてくれた。
「んっ……ええと、まあ、戦闘シーンというか、主に魔物ですよね。魔法とかは後から映像処理を加えるんですけど、それで魔物を再現するのって大変だし」
「……いや魔法の効果処理も結構大変なんだけどね」
青根からのキスをうっとりと受け取ってから、二口は鎌先の質問に頷いた。縁下は小さく口を挟むが、魔物の再現の難しさに関しては異論はない。
「いろいろ考えたんですけど、でっかい魔物は着ぐるみで、後からやっぱり映像を処理して」
「小さい魔物は? 人間が入れねえサイズだとどうしようもねえだろ?」
鎌先がやたら気にするのは、美術監督という肩書きの所為だろう。着ぐるみであれば、それも鎌先の管轄となるのだ。だが実際には、そんな大型モンスターなど、大量に出さなくていいと二口は考えている。ボス級はいずれも配役があるので、絵面としては人間同士の決闘のようになるためだ。ただそれだけであればファンタジーな世界観に物足りなさが出ることを考え、ヒト型ではない魔物も多少は出すべきだと二口は考えた。
「やっぱ、動物でしょうね。模様を描いたりした動物なんかを動かして、それをまた映像処理するとか」
話しながら、二口は青根の膝からおりる。最初は隣に座っていたのだが、茂庭たちが脚本を読み進めている間、暇になったのでちゃっかり抱っこされていたのだ。
名残惜しい体温に別れを告げてまで向かった先は、部室にあるロッカーだ。だが中ではなく、上に置いていたものへと二口が手を伸ばしている間に、鎌先も頷いている。
「あー……それしか、ねえよな。犬、猫なら、結構借りて来れるだろうし」
「あとは、ニワトリとかですかね」
「……へ?」
ちょうど真っ白なので、ペイントもしやすいし。
そう笑顔で続けながら、ゲージの中身を出して振り返った二口に、鎌先は目を丸くして驚いた後、膝から崩れ落ちた。
「ヒヨちゃん!!」
「……え? 鎌ち!?」
「……二口がお前の家まで拉致しに行ったのマジで今の今まで気づいてなかったのかよ、その方が驚きだな」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ、笹谷さん。オレはちゃんと、鎌先さんのご両親に、『先輩がヒヨちゃんがいないとご飯もモナカの皮しか喉を通らないってごねてます』て言って、借りてきたんですから」
せめて靖志がモナカの餡まで食べられるようにと、優しい両親は快くゲージに入れてヒヨちゃんを貸してくれた。さすがは鎌先の両親だと二口も感動したものだ。
だがここに元ヒヨコのペットがいるなどと想像だにしていなかったためか、鎌先は床に崩れ落ちたまま見上げている。二口ではなく、その手に止まる白い塊に対して、呆然として声も出ない様子だ。一種神々しいものでも見るような目つきがだんだん気味悪くなってきた二口だったが、そこでふと気がついた。
「……あれ、でも鎌先さんて」
ヒヨちゃんを目にした瞬間、言葉をなくして座りこんだ。
では、ヒヨちゃんと最初に叫んだのは誰だったのか。
そろそろ重い右手に疲れてきたとき、突然誰かが鎌先へと駆け寄った。
「しっかりしろっ、ヒヨちゃんパパ!!」
「あ、あんたは……!?」
「……つか、鎌先さんはいつのまに童貞のままで種族を越えた子持ちに」
「……二口は笑いすぎてちゃんと見てないんだろうけど、鎌ちはヒヨちゃんブログで自ら『ヒヨちゃんパパ』て名乗ってるんだよ」
「……しかも最初は『ヒヨちゃんのお兄さん』だったのに、閲覧者から『むしろお父さんみたいですね♪』てコメントされて、嬉々として改名したんだぞ鎌先は」
「そう、そのコメントをしたのが、このオレだ!!」
どうやら茂庭や笹谷の解説が耳に入っていたようで、鎌先に駆け寄った男はそう胸を張った。
どこかで、見たことがある。
二口が首を傾げていれば、再び驚愕の表情を浮かべた鎌先が、ガッとその男の腕を掴んだ。
「ま、まさか……あんたがっ、ロックワンさんなのか!?」
「……え。なにそれ、クロワッサン?」
「……二口違うよ、鎌ちのブログに今コメントしてる中で半分以上を占めている人のハンドルネームだよ」
「……ちなみに、残りの半分のうち、大半はオレと茂庭がやってるサクラだ」
切ない事実が判明したようだが、どうやらブログではロックワンと名乗っているらしい男は、茂庭たちと違って本気のコメントをしていたらしい。思いつめたように見上げる鎌先に、苦しそうに視線を逸らした。
「ああ、ほんとは名乗るつもりはなかった。今日だって、オレは……ただ、名もなき一閲覧者として、ヒヨちゃんにこの藁ベッドを届けにきただけだったのに……。」
「ええっ、そうなの岩ちゃん!? 休日に出かけたいって言うからオレてっきりデートだと思ってはりきってきたのにひどい!! オレを騙したんだ岩ちゃんひどい!! お詫びに抱いて!!」
「そう、だったのか、いや、ありが……なっ、これは!?」
筋肉バカの鎌先が握り締めた手を、ロックワンは片手で外している。こちらも大した筋力だ。そして透明の袋とピンク色のリボンで綺麗にラッピングされた手土産を差し出す。よく分からないが、藁のベッドらしい。そんなものは適当に新聞紙でも千切って敷いておけばいいのにと二口は思ったが、受け取った鎌先はやけに驚き、ロックワンは照れたように頷いた。
「……ああ、その通りだ。オレの手編みの藁ベッドだ」
「そこまでして、ヒヨちゃんのことを……ロックワンさん、あんたは……!!」
「ちょっとちょっと、手編みってどーゆーこと!? 及川さんもそんな凄いプレゼント岩ちゃんからもらったことないんですけど!?」
「さあ立ち上がるんだ、ヒヨちゃんパパ。そして、あの悪魔からヒヨちゃんを取り戻すんだ……!!」
「ありがとう、ロックワンさん……!!」
「あーっ!! なに岩ちゃんの手握ってんの!? 堂々と握ってんのっ、岩ちゃんも立ち上がらせようと手を差し出してあげてんのっ、そんなのずるいずるい取り敢えずにろくんなんか言って!?」
「そろそろ腕が疲れてきたんでこのニワトリ連れてきてくれた及川さんに返していいスか?」
「ひどい裏切り!!」
ジーザス!! と叫びながら、ロックワンと連れ立ってきた大魔王、いや、及川徹は頭を抱えた。
裏切りというより、ただの言いがかりだ。ヒヨちゃんを迎えに行ったのは二口と、それについてきた青根だけである。単に面倒くさくなりそうだったので責任転嫁をすれば、及川は連れに叱られていた。完全なる誤解でも、やっと意識が向けられて及川は嬉しそうだ。
だがそうなると、地味にニワトリが重い。青根は両手を広げてうずうずしているが、ヒヨちゃんがやたら懐いているので嫉妬してしまう。やはりここは本来の飼い主に返すべきだろうと、二口は鎌先に渡しておいた。
「鎌先さん、元ヒヨコが重たいんであげます」
「おお、悪魔の二口ですら、ヒヨちゃんのおかげで清らかな心を取り戻して善行を……痛え!!」
「で、青根にはオレをあげるっ」
「……!!」
ヒヨちゃんが嬉しそうな鎌先の手を容赦なく嘴でつついている間に、二口は再び青根の膝を跨ぎ、遠慮なく腰を下ろしてギュッと抱きついた。これはこれで、青根は喜んで背中をしっかりと抱き返してくれて胸が弾む。
ああ、やっぱり青根が大好きだ。
そううっとりと浸っていたいのに、ひとしきりヒヨちゃんに腕をつつかれてからキャリーゲージに戻した鎌先に尋ねられた。
「おい、二口。そもそもなんでオレの可愛い愛娘を連れてきたんだよ?」
「鎌ち気持ち悪い」
「鎌先知ってたけどそれ気持ち悪い」
「そうだぞ、パパさんの言うとおりだ。謝っとけ」
「はあ、ただ鎌先さんが驚くかなってだけの大した意味はなくてサーセンッ」
同校内には味方がいないことにも気がつかない様子の鎌先には、適当に謝っておいた。
言葉にしたのは、嘘ではない。ただ、今日はみんなにスピンオフの脚本を披露したかったので、鎌先の驚く顔が見たかった。こういうことには労力は惜しまない。ヒヨちゃんも、部室で待たせている間はちゃんと空調も効かせ、リンゴの皮を与えておいたので悪い気はしていないだろう。
ただ、問題は部外者の二人だ。茂庭たちに渡した脚本を、何故三人で一冊を読み始めたのかと不思議だったが、どうやら茂庭と笹谷はこの二人に自分の脚本を貸したからだとやっと分かる。どうして用意していなかったのかと縁下を見れば、困ったように首を振られた。
「だって、オレも知らなかったんだよ。まさか青城のお二人も来るなんてさ」
「そっか、じゃあ訪ねてきたのが偶然てことか。……あのお、名前がクロワッサンでほぼ構成されてる方?」
「岩泉一だ!!」
「なんて男らしい自己紹介、どうせ覚えてもらえないて分かってるのに岩ちゃんかっこいい……!!」
「はあ、岩なんとかさん、結局ほんとに何しに来たんですか?」
ロックワンというハンドルネームの由来は判明した。どこかで聞いたような名乗りだが、正確には聞いたわけではない。脚本に全く同じ台詞があっただけだ。
敢えて尋ねたのは、青根は人見知りなのであまり存在感を放って欲しくなかったことが大きい。縁下ならば必要なこと以外は話しかけてこないので、あまり気にならない。だがこの岩泉や及川は二人とも自己主張が激しいタイプなので、せめて少しでも状況を理解して青根が落ち着くようにしてやりたい。腕を回していれば青根の緊張具合も分かるので、ヨシヨシと髪を撫でて軽く宥めながら尋ねれば、岩泉は何故かビシッと二口に指を差してきた。
「お前の所為だろ!!」
「は? あの、地味に青根のロックオン真似するのやめてもらえません?」
「そうだよ岩ちゃんっ、オレ以外を見つめるのとかやめてよもぅ!! 徹を嫉妬させてどうするつもり!?」
「……指差す仕草だけでその決めつけはよくないよって二口に言おうかと思ったけど、別にいいかな」
「……前に会ったときも思ったけど、及川の方がだいぶアレみたいだからな」
「あと簡単に膝に乗ったりすんなっ、及川が真似したがってうざいからやめろ!!」
しかも到底聞き入れられないことを叫ばれ、二口は遠慮なく青根の腰に座ったまま再びキスをした。
なんとなく思い出したのは、以前に及川に適当な相談をした件だ。あのとき、わざわざ足を運んでくれた及川には、もっと岩泉が恋人として頑張ってくれるように、特に行為の回数を上げるような発言をしてほしいと頼まれていた。二口は忘れそうだったので適当に鎌先のブログのアドレスを、ED薬の販売サイトだと偽って渡したのだが、今更のようにちゃんと約束を果たせと及川が責め立てに来たのだろうか。
そもそも伊達工業への遠出を主張したのが岩泉だというやりとりをすっかりと忘れていた二口は、そんなふうに考える。そして償いに見せかけたただの欲求で、二度目のキスに顔を赤くしているいつまでも初心な青根ににっこりと笑って告げた。
「……青根、今日もいっぱいしような?」
「……!!」
「すごいっ、岩ちゃん見て!? 眉なしくんもすぐに頷いてるよ!? またいっぱいするんだってさっ、羨ましい!! 岩ちゃんも夏バテとか言ってないでもっと頑張って!! 三日三晩オレを激しく抱いて!!」
「うるせえ騒ぐなグズ川!! ちゃんと睡眠も食事も取って健康管理しろ!!」
「……それに、今日はお前の大好きなエプロン着て誘ってやっから、な?」
「……!!」
「岩ちゃんオレならエプロンどころじゃないよっ、岩ちゃんのためならセーラー服だって着ちゃうよ!? 夏だしスクール水着もいいかもねっ、もちろん女子用の!?」
「股間がやべぇことになるからマジでやめろっ、つかオレは似合わないのが逆にいいみたいな捻くれた性癖はねえんだよエロ川!!」
近くにあった備品のボールを思い切り及川の顔面にぶつけた岩泉を、青根がかなり驚いて見つめていた。
「ちょっと、岩なんとかさん、オレの青根が……?」
青根は大きな音や声の、特に唐突さに怯えるのだ。驚いて泣きでもしたらどうしてくれるのかと文句を言いかけた二口だったが、いきなり青根にぐいっと顔を戻された。
「わっ……青根?」
「……かわいい。にあう」
「……。」
「……。」
「……ええと、青根は『エプロンを着た二口は可愛くて似合ってる』と言ってます」
「……つまり似合わないのがいいみたいな性癖じゃないって主張だな」
「解説ありがとうよ、保護者の皆様方……!!」
「にろくん羨ましい、適当発言じゃなくてほんとに羨ましい、ダーリンにそこまで心から素直に愛されてるなんて……!!」
二口は驚いて青根と見つめ合ってしまったので、かわりに茂庭と笹谷が説明はしてくれた。ちなみに鎌先はまだ一人でヒヨちゃんに構っている。ゲージに入れたので、かろうじて致命的なほどにはつつかれてはいないようだ。
だがわざわざハンカチを出して噛み締める及川に羨ましがられても、二口は誇らしげに胸を張ることはできない。青根の言葉に嘘はないからこそ、じっと見つめて告げられると、他人に自慢するような余裕はなくなってしまう。
「……バカ、だから可愛いとか言うなって言ってんだろ」
「……!!」
「えっ、にろくん、嬉しくないの!? 及川さんは嬉しいよっ、岩ちゃんに言われたらね!!」
「……青根が思ってんのは、止めねえけど。でも、恥ずかしいから、いちいち言うなバカ」
「……!!」
「誰がウザ川なんかを可愛いとか……あれっ、なんか生意気なヤツがしおらしくなってる!? 薄気味悪い以上に眉なしのポテンシャルがやっぱり怖え!!」
伝えているうちに恥ずかしくなって視線を外したのに、戻すように青根から頬に手を添えられた。仕方なく再び視線を合わせて続けるが、青根は頷いてくれない。
二口を可愛いと思うことも、それを滅多にない言葉にすることも、やめる気はないということだ。そう宣言した上で顔を寄せられると、二口も文句は言えなくなってしまう。なにしろ、二口も青根を可愛い可愛いと言っては、いつも微妙な顔をさせてしまうのだ。
「んっ……んん、あ……。」
「……。」
「……あの、にろくん?」
「おい保護者どもっ、止めなくていいのか!? これ止めなくて大丈夫か!?」
なにより、実際に唇を塞がれたのでまともな言葉など紡げない。
何度か二口からしたように、押し当てただけではない。しっかりと舌を差し込まれた。片手では腰を引き寄せられ、もう一方の手は頬から耳へと回されて頭を支えられる。逃がすつもりがないと示すような仕草だが、二口も逃げるつもりなどない。絡めてくる舌の好きにさせていると、あまりの心地よさで頭はぼんやりしてくる。
「青根が理性を飛ばすエプロン発言を二口から引き出させた張本人に言われても、ねえ?」
「オレの所為か!? そいつが勝手に言い出しただけだろっ、つかエプロンでそこまで興奮するか!?」
「青根はするんだから理屈求めても仕方ねえだろ、つかたぶん部室だし最後まではしねえから大丈夫だ」
「そ、そうか……?」
「最後までしそうだったらオレたちが出て行けばいいだけだしねえ」
「後輩甘やかしすぎだろお前ら!?」
茂庭と笹谷に岩泉が宥められている間に、残念ながら濃厚なキスは終わってしまった。やはりあまり知らない人がいると、青根は気になってしまうらしい。濡れた唇を名残惜しそうに舐められると、また鼓動が跳ね上がる。
付き合い始めてかなり経つし、キスよりもっと先までとっくに進んでいる。休日練習なので始まりが遅いため、実は今朝もしたばかりだ。それなのに、この程度で気恥ずかしくなってくるのが悔しい。ギュッと抱き締められると、何も考えられなくなる。二口からもしっかりと腕を回したところで、恐らく誰もがすっかり忘れていた声が部室でおずおずと響いた。
「……そういえば、この脚本で」
「うわっ、びっくりしたぁ!? 及川さんびっくりしたぁ!!」
「え、えっと、誰だっけお前……!?」
「烏野高校二年の縁下です。この企画の脚本と、監督をやってます」
及川も岩泉も最初の撮影で会っているはずだが、今の今まですっかり気にしていなかったらしい。青根に抱きついて頭を撫でてもらいながら聞いていた二口だが、何故いきなり縁下が口を開いたのか、その理由がよく分かった。
「実は二口くんからスピンオフの案をもらったとき、不思議だったことがあって。そもそもの大魔王討伐の理由なんて、ポスターのときは考えてなかったから」
元々は他の強豪を倒すというイメージの部員募集のテーマなのだから、討伐理由など考える必要もない。だがスピンオフの脚本を作るにあたり、どうしても決めなくてはならなくなった。単に世界を救いたいからとするには、大魔王によって被害が出ているという描写を増やすのが面倒くさい。なにより、本来は同じ側であるはずの岩泉がパーティで主軸を張っているのだ。二人が戦う理由があるとすればなんだろうと相談され、『痴話喧嘩だろ』と返したのがちゃんと脚本には反映されていた。
「そうだっ、そういやこの脚本、オレが痴情のもつれで及川を倒そうとしてるとか、なんだよ!?」
「そうだよっ、これじゃまるでオレが浮気でもして勘当されたみたいじゃない!! オレは岩ちゃん一筋なのに!! せめて浮気は誤解だったてことにしてよね!! あっ、というか勝手な誤解で岩ちゃんに嫉妬からの愛の折檻されるとかラブラブすぎない!?」
「……よぉし、及川、そこで正座して歯ぁ食いしばれ」
「二口くんからの回答には不安もあったんですが、今こうして及川さんと岩泉さんを見て、正しかったんだと安心できました」
どうやら初稿ということもあり、縁下もまだ試行錯誤だったらしい。だが気にしていた点が不自然ではないと分かり、安堵したようだ。爽やかに言われて、及川も岩泉も少し黙っている。その間に、二口はベンチに置いていた脚本へと手を伸ばし、向かい合って座る青根へと差し出した。
「青根、続き読んで?」
「……。」
縁下は元々穏やかだし、岩泉と及川も落ち着いた。茂庭と笹谷は最初から達観している。鎌先はヒヨちゃんを眺めているうちに寝ていたようだが、優しい同級生たちに両側からモミアゲを引っ張られて起こされていた。頬にはゲージの痕がついている。実に微笑ましい友情だ。
次の展開を知っている縁下だけは遠い目をしていたが、二口は早く青根の感想が見たくてうずうずしながら待った。
パーティの旅は、順調に進んでいく。青根の加入で、攻撃力も防御力も、飛躍的に上がったためだ。
「最初は疑わしそうだったくせになあ?」
「……。」
昼の戦闘と、合流したばかりの頃を思い出し、二口はつい笑いながら青根の横に腰を下ろした。
あれから一ヶ月ほどが経ち、行程もだいぶ消化している。ただ大魔王の拠点に近づくほど、必然的に街からも離れ、こうして野宿となることが多くなった。夜は移動を止め、焚き火を囲って交代で眠る。だいぶ夜も更けてから、やっと二口たちの睡眠時間となった。焚き火の明かりから逃れるようにやや森の奥へと進み、小高い丘の陰となっている場所を探す。月明かりがあるので、視界は充分だ。躊躇なく進む二口にも、青根はいつも黙って追いかけてくれた。
そして今夜の寝床を見つけ、まずは青根を座らせてから二口も続く。なんとなく、先に座って待つのは性に合わない。青根に逃げられてしまうかもしれないという不安に駆られるのだ。だからこそ、先に青根の居場所を決めてから二口も寄り添うが、そっと太腿に手を置いたところで、尋ねるような視線を向けられた。
「ん? ……ああ、ほら、あいつらのこと」
「……。」
「青根が攻撃参加はできないって知ったとき、あんなにがっかりしたくせになあ、て、思い出しただけ」
まさか嫌なのかと焦りかけたが、青根の意図はそうではない。あまり深く考えずに口にした言葉の続きが気になっただけのようだったので、二口は笑いながら説明しておいた。
天職はテイマーと判明している青根だが、表向きはまだ拳闘士である。更に、訓練では立派な成績を残している。鍛えた筋力は見掛け倒しではなく、相当な力持ちであることは間違いない。
それでも、攻撃には参加しない。
『はぁ!? なんだよそれっ、だったら戦闘は無理だろ!?』
『そうでもないですよ』
二口の素性を明かしてパーティに合流した翌日、いよいよ実戦というときになって忘れかけていたことを説明すれば、当然のように岩泉には疑わしい顔をされた。
誰が見ても、青根は相当強そうだろう。実際に強い。それでも攻撃はできない。だが戦闘は可能であり、優秀という評価に恥じない動きができる。
『攻撃できないのにどうやって戦うんだよ!? あっ、魔法使えるとか!?』
『それはないです、まあ青根の可愛さには魔法かけられたみたいにめろめろになりますけどね』
『そんなのお前だけだっての!! ……つか、戦えないんじゃどうするってんだ、ずっと後方に下げとくか?』
すっかり早合点をしてため息をつく岩泉に、二口もまた呆れておいた。
攻撃ができないだけで、戦えないとは言っていないのだ。だが理解するには実戦の方が早いのかもしれない。特に、後ろに下げてもらえるならば好都合だ。四人でいる頃には、必然的にいつも研磨が一番後ろだった。だがこれからは臆病という誤解でも自分たちを殿にしてもらえればなにかと画策しやすいと思ったとき、鋭い声が飛んだ。
『……研磨っ、危ない!!』
『え』
街で受けた簡単な討伐任務だったが、思ったより目標が接近していたらしい。素早く小型の飛行系魔物が迫っていることをいち早く察したのは日向だったが、距離がある。声を発したときには影山がもう弓を構えていた。だが矢を射ることがなかったのは、標的と研磨に間に青根が割って入ったからだろう。
『なっ……!?』
『……。』
『……あ、ありがとう』
『いえいえっ、どーいたしまして!!』
そして、向かってきた獰猛な魔物を、青根は素手で叩き落とした。
魔物はえてして魔力を帯びているし、属性による相性もある。だが、物理攻撃が効かない魔物など、ほとんどいない。細かい魔術的な理屈など、圧倒的な力で捻じ伏せればいいのだ。
きっと、岩泉もそういうタイプだ。岩泉はそうして標的に突っ込んでいき、青根は自らや守るべき対象に危機が迫った時に動く。その違いだ。仕留め損ねると獰猛な敵を間近に居座らせることになるため、青根の一撃はいつも必殺が信条となる。
鉄壁であり、最強の武器でもある身体に、二口はまたぞくぞくとした。
青根が攻撃をできないのは単純に、優しすぎるからだ。魔物相手でも、怯えられると殴りかかるのは難しいらしい。騙し討ちにも遭うだろう。それだけであれば、二口も惚れたりしなかった。単に臆病な卑怯者にすぎないからだ。だが、実際の青根は攻撃をされると拳を振るうことに躊躇いはない。特に守るべき対象があると、向けられた殺気を貪欲に飲み込んで叩き返す。
甘さと、厳しさ。その危ういバランスを保ちながらも黙って拳を振るう強さに、二口は心を奪われた。面倒くさい相手だと直感で見抜いたのに、離れる気などなくなった。
『……要するに、向かってきたら返り討ちにできるってことか』
『そーですっ。だから、後ろは任せてもらって大丈夫ですんで』
今も結果的に守られたことになる研磨が珍しく素直に礼を言ったのは、これまで幾度となく危険に晒されたからだろう。研磨は前線に出ない分、長距離や広範囲の攻撃魔法で援護ができる。だが発動には時間もかかるし、なによりその間は無防備だ。前にいる三人が取りこぼしたり、迂回して背後から突かれたときにほとんど自力での反撃は不可能になる。だがこれからは青根も後方にいるので、心強いだろう。岩泉は納得してくれたが、笑顔で頷いた二口は後ろから青根にそっと腕を回した。
『……?』
『……ああ、イライラするなあ』
魔物の血でぬめる拳には、わずかに別の血を感じる。
素手で戦うのだ、怪我は当然である。しかも、この程度は怪我に入らない。魔法による治癒どころか、傷薬も必要ないだろう。
それでも、腹が立つものは仕方がない。
『……そうだ、岩なんとかさんたち』
『いい加減リーダーの名前くらい覚えろ!!』
『えっ、リーダーってオレじゃないの!?』
『お前なワケねえだろボケ、オレだ!!』
それなりに標的が迫っているはずなのに、のん気な口論をしている三人に、二口は青根に腕を回したままで伝えておいた。
『青根は攻撃には参加しませんけど……オレは、たまにお願いするんで』
『は? お願いって、誰に?』
青根にではない。二口は青根の使い魔なのだ、マスターである青根に頼むことはない。
では、一体誰にお願いするというのか。
怪訝そうに岩泉が振り返ったときには、もう二口たちの背後に両手では足りないほどの魔物が虎視眈々と滞空していただろう。
『二口……お前、それ……?』
『……オレの、「おともだち」。間違って攻撃したりしないでくださいね』
青根は自ら攻撃はできない。反撃の機会を待つだけであれば、自らや仲間を囮にしているようなものだ。
それを岩泉たちが不満に思うのは勝手だ。青根にやめろと強要させたりはしない。だがそういう話とは別に、単純に二口の中の闘争心が収まらないときがある。たとえわずかでも、青根が怪我をするのは嫌だ。
使い魔であることを示す刻印をされた魔物たちが、二口の意図を正確に察して散開した。
この日の目標は、飛行能力が高い魔物を含んでいた。飛べない人間たちは、どうしても不利になる。だがこれで空中戦も対等に行える。少なくとも空からの急襲には絶対防御を発動させ、二口はまずはパーティのお手並みを拝見することにした。
「まあ、そんなことより。なあ青根っ、オレ、疲れたっ」
「……。」
あれから一ヶ月、二口はこのパーティですっかり戦力として数えられている。
岩泉を始めとして、それぞれはかなり強い。だがどうしても弱点がある。それが、空中であり、地中であり、水中だ。要するに、自由に動き回れない環境では、当然ながら能力の発揮に制限がかかってしまう。それに対応できるのは魔導師である研磨だが、一人ではさすがに荷が重い。加えて、いかに技量としては卓越していても、魔力と体力がヒトの器である以上は限界も近い。
その点、二口はそもそも体力と魔力は研磨よりあるし、魔法で敵を落とすわけではない。『おともだち』をぶつけて、物理攻撃で叩くのだ。広範囲を掃討するのは、二口の方が向いている。研磨はむしろ、正確で威力の高い魔法攻撃を収斂させ、突破することに専念できるようになった。
役割分担をすることでパーティは随分と効率もよくなったが、二口は疲れるようになった。最初の予定では、よほど青根が危なくならなければ『おともだち』を呼ぶつもりはなかったのだ。いざというときに敵と誤認されては大変なので最初に宣言したものの、おかげで常に戦闘参加するものだと解釈されてしまった。そこまで手を貸すつもりはないと不貞腐れつつ、悪いことばかりでもない。
「だから、な?」
「……。」
「青根を補充させてっ」
隣に座り、逞しい太腿を服の上から撫でる。そして今日も昼にいっぱい戦ったのでご褒美が欲しいとねだってみれば、青根が小さく頷いてくれて胸が弾んだ。
「ん、じゃあ、遠慮なく……。」
「……。」
隣から撫でていた青根の内腿には、刻印がある。それを直に見たくなった。
正面へと移動した二口は、まずは青根のベルトを外した。ジッパーなどはないため、ボタンを外して前留めを寛げ、下着の奥のあるモノを出す。
二口は、淫魔だ。いやらしいことが原動力になる。逆を言えば、こうして精力を補給しないと、弱っていく一方なのだ。
「青根の、もう、熱い……。」
「……。」
二口の戦闘能力を期待するパーティにおいては、食事や睡眠だけでは回復できないことは致命的となる。そのため、普通は怪訝な顔で止められそうなこんな方法も、むしろ歓迎して後押しされるのだ。
このパーティに合流する前から青根はさせてくれていたが、継続できたのはやはり岩泉を始めとした黙認があってこそだろう。それを思えば、疲弊する戦闘も悪くないと思いながら、二口は身を屈めてまずは先端に軽くキスをした。
まだ硬くはなっていないが、青根のモノは熱かった。愛しそうに頬擦りをして、次に足の付け根へと顔を寄せる。そこには、二口の左手の刻印と同じものが刻まれている。自分たちの繋がりを示す印にもキスをしてから、ようやく口内へと青根のモノを含んだ。
「んっ……んん……。」
「……。」
舌を絡め、丁寧に全体を舐めていく。一通り唾液で濡れたところで、今度は口をすぼめ、頭を動かし始めた。咥えきれない根元は手で擦りながら扱いていけば、青根のモノはどんどん大きくなっていく。こんな拙い口淫でも感じてくれているのだと思うと、腰が疼いて仕方がない。
一度口内から出してみると、しっかりと勃ち上がっているのが分かった。最初よりもずっと熱く、なにより硬い。唾液で濡れた先端を指で弄り、ねちねちという音をわざと立てながら二口は視線を上げた。
「青根、気持ちいい……?」
「……。」
「だったら、いつも、みたいに……オレに、飲ませて……?」
そして見せつけるように赤い舌を伸ばし、二口は再び青根の性器へと触れた。
ねっとりと根元から裏筋を舐め上げ、先端に舌を絡めるようにしてまた口内へと含む。初めてではないので、青根の限界が近いことも分かった。相変わらず言葉は発しないが、降ってくる息はやけに早くて、熱い。
「んんっ、ふ……ん、んぁ……。」
「……。」
次第に大きくなっていく青根のモノが苦しくて、生理的な涙も零れる。だがもっと苦いものを味わおうと強く吸ったとき、屹立していた性器が弾かれたように震えた。
「んんっ……!!」
「……!!」
「んー……。」
思わず頭を引きそうになるのをぐっと堪え、二口は青根が射精するのを口内で受け止めた。
青臭い液体が喉に絡みそうになるが、なんとか飲み込み、深く息を吐く。
最初の頃は、上手く飲めなかった。だがこれはエネルギー摂取なのだと言い張っている手前、吐き出すと青根に不審がられるだろう。心理的な抵抗は、同じく心理的な焦りで抑え込むことはできる。だが身体的な反射はなかなか制御できず、ようやく飲めるようになったのがちょうどパーティに合流した一ヶ月前くらいだ。
しっかりと嚥下できたことを確認して、二口は顔を上げる。すると、いつも複雑そうな顔の青根と遭遇することになる。
青根には、精液が食糧になるという理屈が理解できないのだろう。
二口も理解できない。だが、事実なのだから、仕方がない。
「青根、おいしかった。ありがと」
「……。」
そして口の端から垂れそうになったものを拭いながらニッコリと笑って告げた言葉は、決して嘘ではなかった。
味がいいわけではない、魔術的な栄養補給でもない。それなのに、やはりどこかすっきりする。青根がこんなことを許すのは確実に自分だけだと思うことが、なによりも二口を元気づけるのだ。ただ、このところは満足しすぎて、まずいことが起きている。この日も、名残惜しかったが青根の服を調えてから二口は離れることにした。
「さて、と。腹ごなしもすんだし、『おともだち』の様子、でも……?」
「……!?」
適当なことを言いながら立ち上がろうとした二口は、腰に力が入らず、そのまま地面に転んでしまった。
原因など、明らかだ。満足しすぎたのがいけない。どさっと倒れた地面が冷たく心地いいのは、それだけ二口の体が火照っているからだ。なにより、疼く腰の熱にどうしようとのんびり考えていた二口は、急に肩に触れられて驚いた。
「わっ……!?」
「……!!」
「……あ、青根?」
どうかしたのかと尋ねかけて、バカらしさに口を閉じる。いきなり倒れたのを心配して、起こそうとしてくれただけだ。だが青根の手が触れただけで、全身にビリッとした甘い痺れが走った。この状態では、離れて一人で処理することはできそうにない。
「あー……えっと、なんでもない。大したことない」
「……。」
ごそごそと姿勢を直し、仰向けになってみると青根が心配そうに見下ろしていた。背後には、月が浮かんでいる。陰となってあまり見えない表情でも、見つめられているのだと思うだけで、また腰が疼いた。
へらりと笑って言ってみるが、青根は当然不審そうだ。どこか体の調子でも悪いのではないかと考えているのだろう。だが本当に大したことはないのだと、二口は思いきって説明することにした。
「ほんと、だって? ただ……ちょっと、気持ちよくなってただけで」
「……?」
「……でも、物足りなくなってた、だけで」
「……!?」
二口は自らのベルトを外し、下肢へと手を差し入れた。
案の定、自分の性器は先走りの液で濡れていた。これまでもよくあったので、驚くことではない。ただ、それを青根に示し、しかも見せつけたのはもちろん初めてだ。知られたくないという羞恥と同時に、教えたい欲求にずっと抗ってきた。
青根のモノを咥えるだけで、自分はこうして勃ってしまう。
目を見張る青根にまた薄く笑みを浮かべ、二口はもう一方の手を自らの口元へと伸ばした。
「んっ……だっ、て……青根の、もっと、いっぱい、欲しい……。」
「……。」
片手は、中途半端にそそり立った性器を扱いている。だが唾液を纏わせたもう一方の手は、もっと奥まで差し込んで自ら後孔へと触れた。
「んん……!!」
「……!?」
「んぁ……あ、あぁ……ふ、んん、青根、あお、ね……!!」
青根のモノを口で奉仕し、その場から離れて興奮した自らのモノを慰める。
そんな虚しい処理において、こうして後ろを弄るようになったのはある意味では当然かもしれない。
なにしろ、本当はずっとこちらで繋がりたかったのだ。だが行為は精液の補充が目的である以上、そんなことは頼めなかった。これはセックスではない、ただの餌やりだ。青根には最低限のことしか求めてはいけない。それが、使い魔としての分別というものだろう。
頭では分かっていても、欲求だけは止められなかった。愛撫などなく、キスはパーティに合流したときに人前でわざとしてみせた一回しかない。ましてやこうして繋がるはずもないのに、想像だけは逞しく育って二口を犯した。
「あぁっ、んん……ア、あおね、もっ、と……んぁ、ああ……!!」
「……。」
「青根、あお、ね……んんっ、ん、あ、ああああぁぁっ……!!」
「……!!」
見下ろしてくるだけの青根の前で、青根の名を呼びながら、自らの指で後孔を辱める。片手では性器を扱いているし、なにより何度もしてきたことだ。今夜に限っては想像ではない、青根からの視線という愛撫も加わって、二口はあっという間に果てた。
ドクンッという衝動の後、迸った精液は二口の手を濡らした。一呼吸ごとに落ち着いていく思考で、二口が考えたのはこれはただの自慰という現実だ。
「……。」
「……。」
気持ちよかった。だが、まだ物足りない。いっそ飢えが大きくなった気がした二口は、やはり思考は落ち着いてなどいなかったのだろう。
「……せっかく、お前に、飲ませてもらったのに」
「……!?」
「今度は、こっちから、注いで?」
まだ抜いていなかった指を、引くのではなく、むしろぐっと差し込んでからやや開いてみせた。
こんなお願いをしたところで、青根には伝わらないだろう。伝わったところで、応じてはくれないだろう。応じようとしたところで、硬くなっていなければ突っ込みようがない。やはりまた口で愛撫してせめて硬くしてからねだってみようかとゆっくり考えた二口は、その直後に腕を引っ張られた。
「おわっ……んあっ!?」
「……!!」
ずるっと今度こそ指が抜けた後孔に、熱いものが押し当てられたと感じたときには、一気に奥まで侵された。
驚いて苦しそうな声が漏れたが、理性より先に体ががっちりと捕まえる。
青根の背中に腕を回し、咥え込んだところでもキュウッと締め付けた。せっかく入ってきてくれたモノを、逃したくはない。
なにしろ、やっと繋がったのだ。
「あお、ね……。」
「……。」
いつの間にか熱を溜めていたらしい青根が、自分で服を緩め、猛った剛直を突き入れてくれた。
苦しさも痛みもあるが、それよりもずっと幸せだ。その上、気持ちよくもしてくれるのだと思うと、離したくない。
「青根、動いて……オレの、中。もっと、擦って……。」
「……!!」
「そん、で……。」
たっぷり、注いでほしい。
ギュッと引き寄せた青根の耳元でそう熱く囁けば、息を飲んだ青根は、直後から激しく中を穿って二口はやっともたらされる感触に満たされていった。
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