【お試し版】
『half-WAY.』収録-01.









※注意※



この本は、リア=グリフというパラレルシリーズの第3弾(続編)です。
本の中に前作にあたるリア=グリフ本編+後日談、及び第2弾の「紅恍のエンブリオ」のあらすじが収録されています。

再録本、または第2弾を同時購入予定の場合、
これ以降のお試し版は再録本のネタバレになります。

ご注意下さい。

















































■00






 世の中は上手くいかないことばかりだ。
「ったく、あんなガキどもが守護者なんざ……。」
 つい独り言が出てしまうのは仕方ないだろう。苛立ちを口にでもしていないと、こんな作業を続けられそうにない。マフィアの中でも随一と誉れ高いボンゴレ・ファミリーにおいて、最も攻撃力は高く名の知れた最強の暗殺部隊。ヴァリアーの作戦隊長の名を拝している自分が、どうしてこんなちまちまとした作業をしなければならないのか。
 宛名を変えただけの手紙が、六通。
 それらをまとめて送るための封筒に入れる手紙が、別に一通。
 合計六枚を、ちまちまと手書きしている。複製技術はまだ発展途上であるし、なにより正式な文章は手書きが基本だ。もちろん清書を生業とした事務方のファミリーもいるのだが、今回は頼めない。あまりに急な要求を捩じ込んだため、それに関わる事務作業はすべてヴァリアーで賄えとボンゴレ本部から突き放された。
 正直に言えば、素直に条件を飲んだのはヴァリアーにも清書要員がいるので大して気にしていなかったからだ。
 むしろ工作がしやすいと思ったのだが、『あちらの言語は読めても書けない』と、隊員すべてに拒絶されてしまい、仕方なく作戦隊長自らペンを取る羽目になったのは誤算だった。
「……よし、これで五通目だぜぇ。あと一通だな」
 内定とはいえ、次期ボスはこの大陸の出身ですらない子供となっている。
 そのため、特に幹部候補者は、いずれその子供がボスとなったときのために、極東の言語にも明るくなるように数年前から方針だけは徹底されていた。その成果もあり、ヴァリアー内では皆話すことは達者だ。だが読めるとなるとぐんと減り、ましてや書ける者は本当に少ない。
 だとしても、本当に作戦隊長である自分しかいなかったのだろうか。
 突き詰めて考えれば、今回の作戦に他の隊員が乗り気でないだけのような気がして、大きく首が振った。その際に長い髪がインクボトルを弾きかけ、慌てて手で押さえる。
「うぉっ!? ……おお、助かったぜぇ……!!」
 倒れることは免れたものの、手にはインクが散ってしまった。少し切なくなったものの、極東の並盛まで届けるには今日中に配達の便に乗せなければならず、拭くのは後にして作業を再開する。
 新しい便箋を手に取り、宛名は最後の一人、雷の守護者になったらしい名前を書く。どうやらこの者は大陸の出身らしいのでこちらの言語でもいい気がするのだが、万一中を改められたとき、変な勘繰りを受けるのは避けたい。
「……あっぶねえ、忘れてたぜぇ」
 そんなことを思いながらペンを向けるが、慌ててその手を止めていた。
「そうだ、確かこいつはガキなんだったな。平仮名で書くとするかぁ……ええと、『いだいなる ぼんごれ じきぼすの しゅごしゃに なられた おいわいを つつしんで もうしあげます』と」
 いくら平仮名で書こうが、文面が堅苦しいと幼子には理解できない。そんな理屈にも気がつけないまま、インクで汚れた手でなんとか六通目を書き上げた。
 最後に、式典内でこの式事を取り纏めることになっているヴァリアーの名と、自らの名前も記しておく。それらを充分に乾かした後、慎重に封筒へと入れてから蝋封をすれば、それぞれの守護者に送る分は完成だ。
「さて、あとは……。」
 蝋が乾くまでの間、先に書いておいた手紙を読み直す。
 同封する六通の書簡をそれぞれの守護者へ渡し、式典への出席を求めるものだ。急な話であることと、大陸本部までの距離は考慮するが、完全な欠席は認めない。最低でも六人のうち半数以上は出席しろと高圧的な文章をしたため、その出来には満足していた。
 あとはこの便箋と六通の書簡を一つの封筒に入れればいい。書き損じればやり直しという細かい作業も、ようやく終わりが見えたところでふと感慨深くなった。
「……。」
 思えば、ここまで来るまでは長かった。
 リングと炎が台頭してきたとき、いち早く情報も現物も手に入れられる自分たちが出し抜けると思った。
 対ジッリョネロ攻撃作戦が立案されたとき、今度こそ自分たちが敵のボスを討ちボンゴレ内で最強だと再確認させる機会になると思った。
「……くそっ、それを、あのガキどもが」
 並盛はそれだけで一つの部隊というわけではない。初代が隠居先にしたため、支部がいまだになんとなく置かれているだけの一地方だ。九代目からの指名で並盛の統治者、まだ十代の子供が次期ボスとして内定していたとしても、大陸本部では疑心暗鬼だった。大陸に足を運んできていた頃は本当に子供であり、当人の実力はさっぱり分からない。土地としては、地形的に魔物が多く棲んでいるという幸運で、防御だけは鉄壁を保てている。だが攻撃力という意味での戦力は、ほぼないと考えられてきたのだ。いつ他の候補者と取って代わるか分からないというのが、言葉に出さずとも共通の認識だった。そのため、言語習得も努力目標で完全に必須ではなかったし、並盛に部下などを派遣する者も青田買いというよりは万一の保険程度の感覚だったはずだ。
 それが、二つの出来事でがらっと流れが変わった。
 一つ目は、ちょうど一年ほど前の、敵対ファミリーとの抗争だ。洋上からの長距離ミサイル発射という稀有で絶望的な攻撃を受けながら、並盛はたった一組の騎竜兵と魔物たちの統率で撃退した。第一報ではその際に亜竜は死亡したとのことだったが、後日誤報だと訂正があり、いまだ健在である。
 二つ目は、四月の対ジッリョネロ攻撃作戦である。去年の抗争は、地の利があったことと、魔物という偶発的な出来事だったと言えなくもない。つまり、並盛の実力ではない。最大限に評価したとしても、並盛という限定的な場所を守ることに特化しているだけで、攻撃力としては未知数だ。マフィアの真髄は、その圧倒的な破壊力にある。強い者が、他を従えるのだ。その意味において、並盛が他の地で実力を発揮できないならば意味がない。それを証明するために、わざわざ部隊を出させて同じ土俵に引きずり出し、ヴァリアーとどちらが優れているのかはっきりさせようとしたが、裏目に出た。
「……まさか、あの並盛が亜人を囮にするとは思わなかったぜぇ」
 あの作戦では、どの部隊がジッリョネロのアジトに当たるかは運だった。だが圧力をかけ、最も確率が高い箇所はヴァリアーが向かうよう常に選定させていたのだ。
 並盛部隊は人数が少なかったことと、なによりあれほど警告してやったのに亜竜を参戦させてきたので、配慮に見せかけて主要な襲撃対象から外した。空からの索敵能力に優れているのは事実でもあり、どうでもいいポイントを潰させつつ、目立っておびき寄せる餌になればくらいの考えだった。
 だが、その亜竜がジッリョネロの攻撃を受け、拉致されたと聞いたときは開いた口が塞がらなくなった。
 少しだけ、同情もした。
 去年のミサイル迎撃戦を聞いたとき、並盛は亜人の契約ファミリーを大切にしていると思った。少なくとも、あの亜竜個人を優遇しているのだと感じていた。だが危険を承知で部隊の編成要員とし、実際に拉致されてしまう。並盛の面目を保つための駒程度にしか価値がなかったのだと知り、次期ボスに内定している子供に嫌悪感が増したものだ。
 だが本当に驚いたのは、その翌日だ。部隊としては解散していたはずの並盛部隊から、ジッリョネロの重要な協力者であるアレシア・カッシーニを捕らえたという話と、ボスであるユニから和解を持ち込まれたという連絡があった。
「……。」
 どうやら、アレシアを討ったのは並盛の亜竜らしい。
 要するに、囮としたのだ。
 一歩間違えば殺されていたかもしれない作戦を強行した並盛は、やはり亜人を軽んじている。アレシアを捕らえれば、もう用は済んだとばかりにすぐ亜竜をまた極東に追い返す。並盛部隊の中で、一人大陸に残って事務作業をしていた男を本部で見かけたことがある。こちらの出身で、まだ並盛が平穏だった頃に次期ボス内定の子供から直々にスカウトされたらしい。嵐の守護者にも指名されたというのでどんな奇才かと思えば、ただの小生意気な少年だった。かなり有能らしいが、どうせそれも年齢を考えればという範囲内だろう。
 だが、たとえそうであっても、対ジッリョネロ攻撃作戦で成功を収めたのは、まぎれもなく並盛部隊の功績だ。特に、リング、匣兵器、亜人という、新旧の力を融合して実績を築き上げたことが、評価を高めてしまった。それまで胡散臭そうにしていた本部の連中も、すっかり並盛のあの子供を次期ボスとして本気で考えるようになっている。むしろ、それを不服に思う連中への圧力が増してきた。
「……くそっ」
 自分たちヴァリアーは、真っ先に槍玉にあげられた。九代目の息子をボスに抱えながら、現時点では次期ボス候補者からこぼれ落ちている。それでいて、実力は高いのだ。恐れるのも分かる。そこで、まずは兵糧攻めとばかりに、ボンゴレ本部から『そんなに高級な肉ばかり購入しないように』と、月々の食費の予算計上を削られてしまった。
 肉は力だ、強さの源になる。
 それを抑えろという通達は、まさに大陸のボンゴレ本部も並盛へ傾倒し、ヴァリアーへの警戒を始めた証拠だ。
「ボスさんから肉を取り上げるとか、手足をもぐようなモンだぜぇ……!!」
 そんなことはできるはずがない、承服しかねる。
 だがヴァリアーは『統率された暗殺部隊』であることを求められるため、ボンゴレの意に沿わない殺しはできない。好き勝手に利害を無視して殺しまくるのであれば、ただのゴロツキだ。また戦闘に特化しているため、独自の収入源となる系列のカジノなども持たないのだ。更に言えば、経済感覚が破綻している輩が多い。資金はすべてボンゴレ本部から回されており、食費を削られたと説明をしても、以前と変わらず飲食を続ける傍若無人だ。
 おかげで、今は足りない分は作戦隊長である自分の貯金から出している。いつかプライベートビーチがある別荘を購入するのが夢で積み立てていたものを崩すのは、本当につらかった。涙が出る。しかも、それすらあと何年ももちそうにない。
「それも、これも……!!」
 すべては、並盛の所為だ。
 いずれ討つ気ではあったが、もう猶予を与えてなどいられない。早い者勝ちのような比べ方ではなく、直接正面からやりあって、どちらが次のボスを抱える組織として相応しいのか。はっきりさせたい。
 その機会は、意外に早く訪れる。それが来月に控えた式典であり、口実にして呼び寄せ、一計を案じた。
「……。」
 次期ボス内定者である子供本人は、まず並盛から出てこない。ならば、出てこざるをえない状況を作り出すしかない。もちろんこちらが乗り込むという方法もあるが、そもそもボスが腰をあげてくれなければ、自分はともかく他の隊員は動かない。痛いほどよく分かっている。今回作戦への協力を取り付けられたのも、相手を呼び寄せること、つまりこの大陸での戦闘が可能だからなのだ。
 意思統一が取れていないような、そもそもボスに危機感がまだないのか、少し虚しくなることもある。
 だが、これは遅すぎたとしても、早すぎることはない。
 いずれ並盛とは戦うことになるのだ。
 ヴァリアーに支給される食費が尽きる前に、なんとかすべきだと作戦隊長として決意した。
「……そろそろ、か」
 物思いに耽っている間に、封をした蝋はすっかり乾いていた。後はこれを便箋と一緒に一回り大きな封筒に入れるだけだ。なんとか間に合いそうでよかったと思った瞬間、背後に殺気だった足音が聞こえ、唐突にドアが蹴り開けられた。
「ドカス!! オレの肉はどうした!!」
「ぐはぁ!!」
 どうやら三時のおやつにステーキを出すのをやめたことに、ボスが気がついてしまったらしい。
 怒りのままに蹴り開けられた扉は外れ、背中に直撃する。机へと叩きつけられたことで、インクは飛び散り、せっかく完成した手紙は破れてしまった。だが今はそれを嘆くより、ここのところ少しずつ肉料理にパン粉などを混ぜて肉の割合を減らしたことにも気がついているらしいボスを止めることが先決だ。
「ボ、ボス、アンタの肉ならここにあるぜぇ……!!」
「……なに?」
 背中に圧し掛かる重い扉をなんとかどかし、椅子から立ち上がる。そして、こんなこともあろうかと、部屋の中に用意していた木箱へとゆっくりと向かった。
 ボスが時々肉切れを起こし、禁断症状で暴れることは身にしみて知っている。それを収めるには、肉を与えるしかない。だが高級な肉は出費が痛く、また保管にも適していない。すぐに調理をして渡せるとも限らないため、自分はちゃんと事前に用意していた。
「ほらよっ、ボス!!」
「?……こ、これは!?」
「ああ。最高級の牛肉を使ったジャーキーだぁ……!!」
 そして一袋を投げてみれば、怪訝そうに取ったボスは早速開けていた。
 ビーフジャーキーならば、保存も利くし、持ち運べる。何より価格も良心的だ。しばらくは並盛との決闘準備で、自分も忙しい。肉が切れて怒鳴り込まれてもすぐに熱々でジューシーな肉料理を振る舞えるとは限らないため、予め大量のジャーキーを購入しておいた。
 もちろん干して燻製にした肉は、ボスが望むステーキなどではない。だが目が爛々と輝き始めたところを見れば、やはりこの読みは正解だったようだ。
「このドカスがっ、こんなもので騙されん!! ……が、まあ、これはこれとして、食ってやらねえこともない……。」
「……。」
 生粋の肉好きであるボスには、芳醇な香りと濃厚な味わいをギュッと濃縮させたジャーキーは、またたびのようなものだろう。文句を言いつつ、もっしゃもっしゃと食べながら部屋を出て行く背中を、頼もしく見送った。
 いつか、必ずボンゴレのボスにしてみせる。
 十代目となるべく名前にその数字を持つ男への誓いを新たにしながら、取り敢えずは書き直しになった手紙の処理に頭を抱えた。
 今から書き直したとして、間に合うだろうか。
 そんなふうに項垂れていられたのは、二袋目をボスが取りに来て殴られるまでのわずかな時間だった。








「……姫、何を書いてるんだ?」
「きゃあっ!?」
 驚かせるつもりはなかった。ただ、単純に気になった。
 そろそろ真夏も近い七月の半ば、姫と敬愛する我らがジッリョネロ・ファミリーのボス、ユニ様は薄着になられつつある。真っ白なワンピースに身を包み、初夏の風にスカートの裾をほんの少し翻しながら歩かれる様は、実に可愛らしい。
 だが、心配だ。
 どこぞの男が目撃をして、ユニ様の素性も知らずにときめくかもしれない。劣情を抱くかもしれない。いや、それはファミリーとて同じだ。やはりここは白く美しいおみ足とおててをさらされぬよう進言すべきかと、着ぐるみのような服を小脇に抱えて部屋を訪ねたとき、ユニ様は机に向かわれて書き物をされていた。
「が、ガンマ、きていたのですね。何か用ですか?」
「いや……?」
 塗り絵だろうかと思い、最初は邪魔をせぬようにと黙って後ろから近づいた。
 やがて文字を書いているようだと分かれば、少しだけ心が痛んだ。
 昨年からジェッソの攻撃を受け、抵抗の過程で自分たちは道を誤った。正直に言えば、いまだに罪悪感はない。あるとすれば、さっさと亜人を捕まえて最強の匣兵器を作製してしまえなかったことだろう。とにかく亜人を狩りたいばかりに、無差別に様々なファミリーを襲撃していれば、とんでもない共闘を組ませることになった。
 よりによって、ボンゴレ・ファミリーが先頭に立ち、同盟ファミリーを巻き込んで掃討作戦を決行したのだ。
 亜人はどこのファミリーでも契約をしているだけで、正式な構成員ではない。そのため、大陸では特に人間のファミリーとの確執が根深い。よって、犠牲者に亜人が多いうちは、どこのファミリーも全面戦争には投入したがらないだろう。そんな読みが脆くも外れ、自分たちも、おそらくボンゴレ側でも、戦闘の終結をどう用意するかで悩んでいた。
 圧倒的な戦力差を考えれば、いくら自分たちジッリョネロでもボンゴレに完勝するのは難しい。どこまでの勝利で敵と交渉し、有利な条件を引き出すのか。そこに持ち込むとしても、亜人の確保が前提だ。ボンゴレとしても、長引けば被害は増える一方であるし、殲滅しようとすれば相応の犠牲も覚悟が必要になる。だが当時はこちらの目的が分かっていなかったはずで、交渉しようにもその材料すら分からない状態だったはずだ。
 結果的に、交渉の道を切り開いたのは、ボンゴレの一味ではあるが、並盛という極東から派遣された年若い子供ばかりの編成部隊だった。その中でも、亜竜と騎手の功績が大きい。特に最初に並盛で戦ったときは、プライドばかり高い無能なガキという印象しかなかった騎手の方が、ジッリョネロ存続への道を残してくれた。
「姫、ボンゴレへの文書なら、オレが……?」
 殲滅させれば、方々に散った残党からの襲撃を今度こそ制御できなくなる。
 ましてや、最も危険な動きを見せるジェッソが手負いのボンゴレに噛み付くかもしれない。
 規模は小さくなっても、ジッリョネロはボンゴレと同じくらい伝統のあるファミリーなのだ。長い歴史の中では、友好的だった時期も、敵対していた時期もある。特に今はリングと匣が台頭してきたばかりであり、必要以上の制裁で大きな力を持った個人を野に放つことになる方が危険だという主張は、正論だ。だがそれを、あんな子供が、しかもよりによってあの騎手の亜竜を狙った自分たちに対して行なうということは、不思議でたまらなかった。
 結論から言えば、今回の件はマフィア間で多くある抗争の一つとして処理された。犠牲が出たのはお互い様という突き抜けた潔さだ。戦うにも、ルールがある。もちろんペナルティは課されたが、ジッリョネロ自体は潰されていない。むしろボンゴレの監視下に置かれたことで、ジェッソからちょっかいを出されることもなくなり、堅苦しい平穏さを今のところは手に入れることが出来ている。
 だがいずれはボンゴレはジッリョネロを取り込みたいだろうし、自分たちは抵抗する力をつけておきたい。化かし合いだ。それに勘付かれるわけにはいかないので、表面的には協力的に振る回っている。ボスであるユニ様の動向報告なども、その一環だった。
 やたら書類の提出を求められるのは、ユニ様の学ぶ時間を奪い、部下たちが訓練する時間を削っているのではないかと思う。これが仮初の平和の代償だとまだ割り切ることもできず、どうでもいい書類ならば代筆しようと覗き込んで、ハッと息を飲んでしまった。
「……姫っ、何故あの男に!!」
「えっ……あっ!?」
 ユニ様が向かっている紙は、冒頭に宛名があった。一瞬面食らったのは、普段ボンゴレに提出する書類では当然こちらの言語を用いているためだ。
 それが、どうして極東の、主に並盛でのみ使われている文字で綴っているのだろう。
 これがまだ、次期ボスに内定しているらしい沢田なんとかという少年の名前ならば、ボス同士何かあるのかもしれないと想像できる。だが、例の騎手の名前だと分かったとき、自分はもう着ぐるみを抱えたままその場に崩れ落ちた。
「姫、ダメだ、それはダメだ……!!」
「な、なにがですか、というか、ガンマ? どうしたのです、お腹が痛いのですか?」
「腹ではなく、オレのガラス細工のように繊細な胸が痛むぜ、姫……!!」
 つい髪をぐしゃぐしゃと乱してしまうのは、例の騎手にかつて姫はオールバックが気持ち悪いと言っていたのを思い出したからではない。断じてない。そんなひどいことを、姫が言うはずがない。あのガキの戯れ言だ。
 ああ、だがどうして、そうと信じているのならば、今日もびっちりと固めた自慢の髪型を乱してしまうのだろう。
 これは心を乱されているからだと察し、なんとか深呼吸で自分を落ち着けた。
 気遣わしげに覗き込まれる瞳に、少しずつ癒されていく。そして、部下として時につらい言葉でもボスには伝えるべきだと腹を括り、口を開いた。
「……姫、あの男には、例の亜竜がいる」
「……。」
「どれほど不可解でもっ、男同士だからであっても、そもそも人間じゃないとか性格が面倒くさそうとか業が厄介すぎて見てて哀れになるほどであったとしても!! ……あの、獄寺とかいう男は、自分の亜竜に惚れ抜いている。そもそも姫とはつり合わねえ」
 あんな男に寄せる恋文など無意味だと首を横に振れば、ユニ様はしばらくポカンとしてこちらを見つめてらした。
 呆気に取られた表情も、実に愛らしい。
 だがやがて頬が拗ねたように膨らまされ、ぷいっと視線を逸らされると、のん気に眺めて悦に浸ってもいられなくなった。
「そんなことっ、ガンマに言われなくても、分かってます」
「ひ、姫……?」
「大体、これは恋文などではありませんっ。最近、ボンゴレ内での不穏な動き、特にヴァリアーが何かをしているようだと聞きましたので、念のため耳に入れて差し上げようかと、必要ならば以前の恩義に報いられればとお伝えしようと思っただけです」
 いつになく怒ったような口調に、ガンマなんてキライッ、と聞こえた気がして目の前が真っ暗になった。
 乱したばかりの髪を両手で鷲掴み、嘆きながら項垂れつつも心はどこか冷静だ。
 どうやら恋文ではなかったらしい。アレシアの隠れ家に辿り着いたとき、ユニ様は妙にあの騎手に信頼を寄せている気がした。そもそも、夜中はずっとあの騎手と二人だったはずだ。間違いなどなかったと信じているが、自分とよりはよほど年齢も近いあの騎手につり橋効果にも似た誤解をしているのではないかと、ずっと不安だった。
 ユニ様には初恋などまだ早い。五年経とうが、十年経とうが、恋人など作らせはしない。悪い虫は徹底して排除し、もしユニ様が気の迷いをされたとしても、泣き落としてでも目を覚ましてもらおうと心に決めていた。
 その最初の対象になるのではないかと疑っていた騎手だが、幸いなことに亜竜にゾッコンだ。最初に戦ったときは独占欲というより、所有物のような感覚なのかと思っていたが、大陸での遭遇を経てその印象は覆っている。元々騎竜兵の絆は深いと聞いていた。だが、あの二人の場合は、完全な恋仲だ。ちょっとやそっとでは崩れないだろうし、万一ユニ様が思春期の気まぐれで騎手に想いを寄せることがあっても、騎手が応じることはないだろう。
「……が、いるんですから」
「あ? あ、いや、悪いっ。姫、今少しぼんやりしていて聞きそびれた」
 ならば安心だと、頭を抱えていたためか、ユニ様の言葉を聞き逃すという失態をおかしてしまった。
 なんとなく、『ガンマがいるんですから』と聞こえた気もしたが、それでは繋がりがよく分からない。むしろ、『あの騎手の方には、あの亜竜の方がいるんですから』の方が自然な気がする。きっとこちらだったのだと勝手に納得していると、ふう、と小さなため息をついたユニ様はどうやら許してくれたようだ。
「……いえ、何でもありません。それよりガンマ、アレシアさんの方は」
 だがユニ様の視線が戻ったことに歓喜している余裕もなく、口に出された名には表情を硬くするしかない。
 それだけで、答えも分かってしまったのだろう。顔を曇らせるユニ様にも、嘘をつくわけにはいかなかった。
「良くなったという話は入ってきていない。来月までもつのか、下手すると今月中にということのままのようだ」
「……そう、ですか」
 軽く瞳を伏せ、つらそうにするユニ様はきっと後悔しているのだろう。
 自分たちが、あんなことを頼まなければ。
 亜人を匣兵器にするなどという暴挙に出て巻き込まなければ、アレシアもこんなことにはならなかったのかもしれない。
 だが当人は、そんなに後悔していない気がした。山奥で細々と研究を続けていても、自分たちが協力を要請しなければ実行に移せたかは疑問だ。机上の空論のまま終わるより、たとえ失敗しても試せた方がいい。なにより、相容れない考えだったとしても、同じ亜竜と会うことがアレシアにとっては大きな意味があったはずだ。
 それをどう伝えるか悩んでいる間に、聡明なユニ様は察してくれたようだ。少しだけ寂しそうに微笑んだ後、書きかけだった手紙へと再び目を落としている。
「きっと、アレシアさんも、この方たちのことを気にかけてらっしゃると思います」
「まあ、そうだな……。」
「……私たちにできることは、ほとんどないのかもしれないけれど。だからこそ、アレシアさんにも、並盛の方々にも、できる感謝はしておきたい」
 そんな決意を込めた手紙は、そもそも並盛に届くのだろうか。
 本人の手に渡る前に、検閲されて破棄されそうな気がしないでもない。だがそれでも構わないと、何かしなければいけないと浮き足立ってしまうほど、情勢が極端に悪くなりつつあるのもまた事実だった。








 山深い森の奥に、周囲をぐるりと城壁で囲まれた建物がある。古めかしいが、厳かな造りだ。本来は高貴な身分の囚人を幽閉しておく施設だったらしい。
 身分という意味ならば、むしろ自分は逆だろう。マフィアと契約し、形ばかりはファミリーとなっても、妬まれつつ疎まれる亜人だからだ。だがその亜人だからこそ、この待遇なのだろう。亜人のコミュニティとの普遍的な約束事で、マフィアは亜人に最大限の礼節を尽くさなければならない。自分はジッリョネロとも、もちろんボンゴレとも契約を結んでいないため、配下のファミリーとしてではなく亜人としての配慮を受けられるようだった。
「……お呼びですか」
「……。」
 一日のほとんどの時間をベッドの上で過ごす日々でも、きちんと世話をしてくれる者はいた。ボンゴレに属しているファミリーの一人で、まだ年若い女性だ。万一自分が亜人としての能力を発揮して暴れでもすれば、抑えられないのではないか。そんなつもりはないが、人間の細腕を見ると若干心配になってくる。それとも、もう亜人としての能力を発揮できないと知り、安心しているのかもしれない。
 監視員のはずなのに、まるで介護をしてくれるように寄り添う女性は、ベッドの横に置いた呼び鈴を聞きつけてすぐにやってきてくれた。いつも表情は硬く、物静かだ。こんな寂しい山奥に監視という任務で半ば幽閉されているのは、彼女の方だろう。可哀想だと思うのだが、まだ解放してやれない。申し訳なくなりながらも、あまり力の入らない手で封筒を差し出した。
「これを、お願い、します」
「……。」
 同じようにファミリー全体がボンゴレの監視下に置かれているジッリョネロの人たちと違い、自分はあくまで囚人である。特におかしな研究などをしないのであれば、他の作業なども強要はしない。ただ閉じ込めておくことだけが目的の数ヶ月間は、意外にも暇ではなかった。自分の残り時間を明確に意識すると、やっておきたいことの選択が躊躇なくできたためだ。
 そして、その最後の願いを叶えるため、手紙をしたためたいと監視員の女性に今朝告げた。食事を下げようとしていた女性は、一瞬険しい表情をして手を止める。だが何も言わずに頷き、少ししてから便箋などを持ってきてくれたが、怪訝そうにした理由は分かっているつもりだった。
「……あの、この書簡ですが、まだ封がされておりませんが」
 この牢獄から、自分は何も持ち出すことはできない。私物はもちろん、知識や意志もそうだ。つまり、自分の中にあるすべての感情は、何かに記したとしても持ち出すことは出来ない。唯一可能なのは、監視員である彼女が観察報告として書類にした客観的な記述だけなのだ。
 だからこそ、建物の中で日記を書くのは自由でも、外に向けての手紙は許されるはずがない。彼女もそれを知っていたので、朝は顔をしかめたのだろう。それでもこの便箋などを持ってきてくれたのは、彼女なりの優しさだったに違いない。
「ええ。どうせ、検閲が、必要なのでしょう?」
「……検閲だけなら、まだいいです。恐らくは、相手先まで届くことはないと思われます」
「それでも、構いません。私には、こうして、願うことしか、できないのですから」
 糊付けし、蝋封をしたところで、内容を改められるのであれば二度手間だ。よりによって、ボンゴレの中でも極東に位置し、因縁浅からぬ仲と思われている相手への手紙だ。復讐としても、内通としても、ボンゴレの大陸本部が警戒して握り潰すことは容易に想像ができた。
 無駄だとは分かっているが、それでも書かずにはいられなかった。理屈で感情を整理できない。こんなことは、久しぶりだ。かつて運命の騎手と出会ったときに、一度経験したことがある。だが絶望の中に希望が揺れていた過去と違い、今は絶望しかたゆたっていない暗澹とした気持ちになった。
「……まずは、自分が改めさせて頂くことになります。よろしいですか」
「ええ、もちろん」
 人間の記した書物を読んでいると、よく『もし自分に翼があれば今すぐにでも飛んで行けるのに』といったような表現がある。
 それを見かけると、いつも羨ましく思った。
 できないことを夢想するのは楽だ。現実よりはいい夢を見ているだけだからだ。
 だが、本当に飛べるのに、飛んで行けない自分たちは、苦しみは二重になる。翼があったところで、会えるわけではない。飛べるのに、飛んではいけないと縛られる。亜人というのは、いつも枷に嵌められて生かされている。同じ苦しみを持つ同胞を、もう救ってやることもできない。
「……ひとつ、提案があります」
「え?」
 手紙を書かせてもらったのは、やれることはやったのだという、自分の中での区切りがほしかっただけだ。
 監視員の彼女が読んでいる間は、もう関心もなくなり、ベッドから見える外の景色を眺めていた。初夏の終わりから、生命力溢れる真夏へと季節は移っていく。まるでそれに生気を吸い取られているようだと思っていると、急に改まった口調で彼女から切り出された。
「この手紙を、そのまま送ることはまずできません。ですが、手紙を読んだ自分の感想を、報告書としてあげ、最終的に並盛まで回してもらうことならできるかもしれません」
「……。」
「手紙は、資料として添付します。どの段階まで同封できるかは保障できませんが、せめて、報告書だけは届くように努力します」
 妙な力強さをもって断言してくれた彼女を、少し驚いて見つめてしまった。
 こんな場所で監視員の任に就くくらいなので、ボンゴレでもきっと地位は高くないのだろう。無理をして本部から不興を買い、今後の人生にけちがつくのは申し訳ない。だから頑張ってくれなくていいのだと言うつもりだったのに、自分の口からこぼれたのは正反対の言葉だった。
「……お願い、します」
「はい、わかりました」
 少しでもすがれる余地があるのならば、すがらせてほしい。
 事と次第によっては困難があるかもしれないのに、彼女は初めて少しだけ笑ってくれた。
「実は、当てもあるのです。申し上げておりませんでしたが、自分は、正確にはボンゴレの外部機関に所属しております」
「え……?」
「門外顧問にお仕えする人間なのです。並盛は、自分たちとの繋がりが深いと聞いております。ボンゴレ中枢を経由する正式なルートよりは、この手紙ごとあちらに届く可能性は高いと思います。どうか、信じて、お気持ちを強く持ってください」
 そう告げてくれた彼女は、一度しっかりと手を握ってくれた。真夏も近いこの季節は、いくら標高が高い山中にある建物でもそれなりに気温はある。だが自分の手は冷たく、彼女の手は温かかった。これが亜竜と人間の差だと分かっていても、今は嬉しい。
「……ありがとう」
「いえ、自分の仕事ですから。では、今日中に発送ができるように手配して参りますので、失礼いたします」
 夕食は遅れるかもしれないとすまなそうに付け足してから、彼女は部屋を出て行った。
 どうせ無駄だと思っていたが、もしかすると届くのかもしれない。そんな期待を持っただけで、鬱積してた感情にどこか清涼感を持った風が吹き抜けるようだ。
 彼女にしても、今まで黙っていたということは、所属については明らかにすべきでないという指示があったためだろう。それを話した理由は、一つしかない。自分を安心させるためだ。
「……。」
 自分ですら、誰かに助けられてまだ生きている。
 こんな自分にも、誰かを助けることができるのだろうか。
 残りわずかな時間を賭しても、きっと意味を見い出してくれる者たちは少ない。だから、あの二人へと手紙を出した。
 心をなくして寄り添いたいと絶望するには、愛されすぎたと惚気た亜竜。
 業を少しでも軽くしてやりたいと、自らの血肉を捧げてまで愛そうとした騎手。
「……でも、それでも、あなたたちも」
 亜竜の本当の悲しみを、まだ知らないのだ。
 時間のない自分には、現実を見せることしかできない。乗り越える術を授けてやれない。いや、それは彼らが見つけていくものなのだろう。無力な自分を許して欲しいと俯いたとき、外で強い風が吹き、窓を揺らしていた。
 『いいんだよ、お前は一生懸命やったんだ』
 そのとき、久しく思い出すこともなかった懐かしい声が聞こえた気がした。亜竜としては未熟で、通信兵すらまともに運べない。戦場の爆音と血の臭いに萎縮し、怯えるばかりだった若い頃の自分を、いつも背中を撫でて慰めてくれた声だ。
「……。」
 離れてからは、思い出しても身を切られるようなつらさしかなかった。
 だが、今は少しだけ気持ちが楽になった。
 今は亡きあの人が、いつも励ましてくれた声がもう一度甦る。
 アレシア、希望を捨てちゃいけない。
 お前の声は、きっと、必要としている誰かに届くからな。
















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