【お試し版】
『half-WAY.』収録-02.









※注意※



この本は、リア=グリフというパラレルシリーズの第3弾(続編)です。
本の中に前作にあたるリア=グリフ本編+後日談、及び第2弾の「紅恍のエンブリオ」のあらすじが収録されています。

再録本、または第2弾を同時購入予定の場合、
これ以降のお試し版は再録本のネタバレになります。

ご注意下さい。

















































■01





 七月も半ばを過ぎ、一足早い真夏のようなうだる気温に見舞われる。三年生として過ごす一学期は終わり、明日からは待ちに待った夏休みだ。
「武くん、注文いいかい?」
「あー、はいはいっ。この食器さげるまで、ちょっと待っててもらえる?」
「ああ、いいよ」
 元々午前中しか行っていない学校であっても、休みになるのは嬉しい。それだけ、獄寺とべったりできる時間が増えるからだ。本営内ではそれなりに手を繋いだりしてくれる獄寺だが、学校ではまだやはり開き直れていないようで、抱きついただけで怒られる。キスしようとすれば、お仕置きされる。本営に行ってからも撫でてやらないと宣言されれば、やはり我慢するしかない。だが机を並べ、隣に獄寺がいるのに、手も握れないというのは拷問だ。ついでに勉強もやはり嫌いなままので、山本にとって学校は他の友人と会える長所がなければかなりつらい場所だった。
 その学校は本日めでたく終業式となったが、山本は実家にいた。今日は午後からも特に訓練は入っていないため、学校からそのまま帰宅している。理由は単純に、実家である店舗が忙しくなると分かっていたためだ。基本的には父親が一人で切り盛りしている店であり、騎手が正式に決まってからはあまり手伝えていない。だが今日は移転をして新装開店の日であり、緊急哨戒でもない限りは、休みにしてもらっていた。
「はい、お待たせっ」
 今も、客が帰ったばかりのテーブルから皿を下げていると、別の客からそう声をかけられる。大半は顔馴染みであり、山本を小さい頃から可愛がってくれていた常連だ。徒歩で二十分は離れた場所にまでまた来てくれた常連客を、本当にありがたく思う。そもそもの移転は、すべて自分のためなのだ。元の場所で店を開いてから約十五年、地域にも根付いたし繁盛していた。建物もまだ新しく、移転しなければならない要素など何一つなかったのに、こうして住宅街とも違う特殊な区域に父親が引っ越しを決断してくれたのは、すべて可愛い我が子である山本のためだった。
「忙しいところ、悪いね。冷酒追加で」
「あ、オバチャンにももう一杯ね」
「おいおい、おまえ、まだ飲むのか? 年考えろよ」
「やぁねえ、アンタよりは若いわよ」
「……はいはい、お酒2つ追加な」
 かなり酒も回り、上機嫌になっている常連客の夫婦の会話を聞きながら、山本は伝票に素早く追加の注文を書き込んだ。
 時計を見れば、そろそろ十一時を回っている。本来は九時までの営業なのだが、今日は新装開店ということで、客が引けるまで店を開けておくと父親は宣言していた。だがさすがにこの時間になれば、客が帰り、空いたテーブルに新たな客が入ることはない。厨房で寿司や料理を一人で作り続けている父親も、ようやく少し落ち着いてきたようだ。
「オヤジ、二番テーブルお酒追加。オレ持って行くな」
「ああ、頼む」
 食事はまだ作れないが、皿を運んだり、簡単な飲み物ならば用意することはできる。新しい徳利を二つだし、一升瓶から冷酒を注ぐ。まだ塩の小皿はテーブルにあったようなので、頼まれれば追加しようと考えながら盆に乗せたとき、ふと父親が口を開いていた。
「……武、それ終わったらもう上がっていいぞ」
「え?」
 不思議に思い足を止めたが、待っている客がいるので後回しにする。取り敢えず二番テーブルへと酒を置き、空いている皿を代わりに盆に乗せた。そして片付けが途中だったテーブルの残りの皿も乗せ、カウンターの中にある洗い場に戻ったきたところで、父親が再びはっきりと繰り返す。
「武、そろそろこっちは落ち着いてきたから、あとはオレだけで大丈夫だ」
「でも……?」
 確かに客足は止まっているし、注文もほとんどが飲み物になっている。父親一人でも回せないことはないが、だからといってわざわざ手伝いを抜ける意味もよく分からなかった。
 流し台には皿が積み上がっているし、足りなくなることはないが少しくらい洗わないと崩れそうで危ない。どのみち、最後の客がひければ父親が片付けることになるのだ。それならば、手が空いているうちに少しでも洗おうと水を流し始めたとき、父親はまな板から顔を上げて、わざわざ流しへと振り返る。
「この時間なら、まだ起きてるだろ、きっと?」
「……!?」
「やっと学校のテストも終わったんだ。顔を見に行くのにも、間に合うだろ?」
 そして指摘された言葉で、できるだけ思い出さないようにしていた顔が脳裏に浮かび、山本は誤魔化しきれないくらい動揺してしまった。
 父親が気遣ってくれたのは、獄寺のことだ。昨日までは学校の期末テストだったため、勉強を見てくれていた獄寺は甘やかしてくれなかった。午後からも、この店の開店準備を手伝ったのであちらに泊まっていない。当初からこの予定は決まっていたし、なにより店の移転が自分のためだと知っていたので、手伝うのが当然だと思っていた。
 それでも、寂しかった。
 今も洗い物をするために外してレインに引っ掛けている紅石の指輪から、じわじわと獄寺の気配が漂ってくるようだ。だがそれでは物足りず、ちゃんとしっかり獄寺と抱き合いたい。本物に撫でてもらいたいのだという飢えは一度自覚してしまうと止まらず、困惑しきった目を向ければ父親は笑っていた。
「武、獄寺君に会いてえんだろ?」
「……うん」
「洗い物なんか、後でできらぁ。こっちはもう充分手伝ってもらったから、武、早く着替えて行ってきな?」
 気がつけば、テーブルやカウンターからも、もう面倒くさい注文はしないからと声が飛ぶ。
 ほとんどが山本を小さなときから見ている常連なのだ。わずかな新顔も、本営で見かけるものばかりである。そういった大人たちにとって、山本はどこまでも亜竜であり、子供だった。獄寺と会いたがるのを自然だと理解してくれると思ったとき、山本はもう飛び出して行きたくなった。
「……ん、ありがとなっ、オヤジ!!」
 だが、もちろん竜化して空を飛ぶようなことはない。
 そこまでは切羽詰っていないのと同時に、物理的な距離もぐっと縮まったからだ。
 流しの水で手を洗って止め、タオルで拭いてから山本はレインに掛けていた指輪を嵌める。そして外したエプロンを厨房の端に戻してから、山本は大好きな人に会うために実家を後にしていた。








 以前は、実家で獄寺に会いたいと思っても、どれだけ早くても三十分近くかかっていた。実家と本営が、二十分以上離れていたためだ。緊急性がなければ、基本的に市街地で亜竜が騎手なしに単独で竜化することは規制されている。そのため、走っても本営まで二十分。それから宿舎に行ったり、いなければ食堂やツナの執務室など、探している間に更に十分は過ぎてしまうのが常だった。
「……。」
 それが、店を出てすぐ、道向に望めるのは高い塀だ。
 少し左に視線をやっただけで、もう本営の通用門が見える立地に、山本の実家は引っ越してきた。
 並盛のボンゴレ支部、通称本営地に接する場所は、様々な制約がある。塀より高い建物は造れないし、本営に面した壁には窓を設置できない。本営ができる前からある住宅などは、窓を塞いだところも多い。それだけ配慮を求められるため、娯楽施設はできないし、商店などもさほどないのが現状だ。特に飲食店が少ないのは、客として見込めるはずの本営のファミリーは、金を払って外食せずとも食堂でいつでも温かい食事を無料で食べることができるからだろう。唯一食堂との差を出せるのは酒だろうが、それも飲酒を主とした店であればまた違った趣になって規制の対象になってしまう。結果として、本営近くで外食ができる店は少なくなり、今日からは山本の実家が一番近くなっていた。
 最初にこの計画を聞いたとき、山本はかなり不安に感じた。店舗の不必要な移転は、それまでの客を失いかねない。新規の客がつくとも限らない厳しいところへ、わざわざ移る必要もない。ましてや、海からは遠くなるのだ。寿司屋という性質上、鮮魚の仕入れが命であり、そこはどうするのかと慌てる山本に、父親はあっけらかんとして言ったものだ。
『いやあ、それが、むしろ良くなるんでぃっ』
『えっ、なんで?』
『今の仕入れ業者さんは、本営の食堂に納品してるトコと同じでな? ついでにウチにも寄ってもらえるなら、逆に便利になるって喜んでた』
 食堂でも毎日魚を仕入れているが、二十四時間常に食事をできるように体性を整えているためか、生魚などは滅多に出さない。ある程度、保存が利くメニューになるようだ。その点からも住み分けができると笑っていた父親は、見た目ほどは楽観的でもなかったのだろう。
 それでも、引っ越すことを決意した。いつも、自宅に戻ってもそわそわし、獄寺に会いたくなっても距離に気が引けてぐっと我慢をする息子のことを考えての決断なのは明らかだ。もちろん、他にもメリットはある。実家が近くなったことで、非番時の哨戒要請警報などがよく聞こえるようになった。だがそれはわずかな理由であり、やはり大半は山本が獄寺のところに行き易く、そして実家にも帰り易くしてくれたのだろう。五月中には決定し、六月には工事が始まる。そして完成した店舗兼自宅は、本営の塀の高さをギリギリで越えない三階建てとなった。
「……やっぱり、うるさかったのな」
 ちなみに、三階に父親の部屋はあり、二階に山本の部屋がある。以前は二階に襖で仕切って並んでいたため、獄寺が泊まりにきたときに喘ぐ声が大きくてよく睡眠不足にさせてしまった。それが、新しい家では階を分け、しかも山本の部屋が真下にならないように父親の部屋は間取りされている。二階だけ襖ではなくしっかりとした壁とドアだったことを思えば、確実に騒音対策だ。設計などはすべて父親に任せていたので完成してから山本は驚いたが、同時に申し訳なくなり、それ以上にこれからは気にせずできると胸が弾んだ。
 だが新しい家が完成してから、まだ獄寺は泊まりにきてくれていない。学校のテストがあったため、訓練の後は獄寺の部屋で勉強を見てもらい、終わると一人で帰宅する日々が続いていたのだ。それは今日も続くと思っていたが、父親の計らいで早めに終えることが出来た。
 外に出て見れば、真っ暗になっている。夜の十一時を過ぎているのだから当たり前だ。だが寒くはなく、半袖でも夜風は心地いい。雲ひとつない空には満天の星が輝いており、その美しさに息を飲んだ後は、山本はもう走り出していた。
「……。」
 通用門まで、歩いても二分かかるかどうかという距離だ。それでも、少しでも早く会いたくて、山本は先を急ぐ。
 十一時過ぎという時間を考えれば、基本的には獄寺は起きているだろう。だが朝早くからの会議が入っていたり、あるいは日中の暑さに参って早めに寝入っているかもしれない。獄寺が並盛に来て、もう一年以上経つ。だが山本は獄寺と夏を過ごしたことはない。やけに暑い暑いと繰り返し、夏を苦手そうにしている獄寺の過ごし方は予想がつかず、もし早く寝るのならばと思うと気が急いて仕方なかった。
 あっという間に通用門までくれば、見張りの衛士は少し驚いている。
「あっ、山本さん、こんばんはっ」
「こんばんはっ」
 何かあったのですかと言いかけた衛士も、山本の様子が緊迫していないのが分かったのだろう。それまま敬礼をして見送ってくれるのを背中で感じながら、山本は中へと入っていった。
 正面に建つのが、本営である二階建ての建造物だ。一般的に本営と表現した場合は、訓練棟や宿舎、グラウンドなども含めた塀で囲まれた一帯をさす。だがその中に入った場合は、本営とはそれぞれの部署の実務的な部屋が入ったこの建物をさしていた。
 左手には本営よりかなり高い五階建ての訓練棟がそびえ、その先にはグラウンドも広がっている。更に先には厩舎があり、馬での移動が基本であるこの世界では、重要な場所になっていた。更に本営の裏手には医療棟が控え、宿舎は右手だ。更にその奥には去年まで情報集約塔があったのだが、洋上からのミサイル攻撃で破壊された後、少し北へと移動した位置に再建されていた。
 そろそろ日付も変わるような時間帯であり、夜間勤務のファミリーがいるとはいえ、辺りはかなり静まり返っており人気もほとんどない。通用門から建物に入るまで誰ともすれ違うことなく、山本はまず本営へと入っていた。
「……。」
 それぞれの建物は渡り廊下で繋がっており、もちろん直接宿舎に入ることはできる。だがこの並盛に籍を置くファミリーは、本営の一階に専用の受取箱を持っているのだ。緊急性のない用件や、いわゆる一般的な郵便物、ファミリー全体へのお知らせなど、重要度の低い書類や手紙が入っている。宿舎に住んでいる者ならば一定期間放置していてもまとめて部屋に届けられるが、山本のように基本は通いであるファミリーは必ず確認するように言われていた。
 いつもの癖でまずは本営に入り、蓋もついていない棚だけの受取箱へと向かう。少しだけ打算があったとすれば、もしここに獄寺への書類でも入っていれば、取ってきてあげたのだという口実にできる気がしたからだ。
「……?」
 勢いで駆け出したものの、ふと我に返れば不安になる。理由など、ただ会いたいからしかない。だが寝ているかもしれない獄寺にそれを告げることは躊躇われ、何かしら手土産にならないかと棚に向かうと、二人の女性が話していた。
 どちらも普段入り口に詰めているファミリーであり、来客の取り次ぎや、幹部以上の面会のセッティングなどをしている。いわゆる受付業務であり、交代制で二十四時間勤務と分かっていても、やはりこんな時間まで大変だなと山本は思った。手にしているのは、郵便物のような封筒だ。彼女たちは受取箱の管理も任されており、いろいろな部署から回された書類や配達された手紙などを、仕分けして投入している姿を時々見かける。夜にその作業が多いのは、朝一に受取箱を覗いていくファミリーが多いからだろう。だがそうにしても、この時間は珍しいと思ったとき、ふとこちらに気がついた女性の一人が、安堵した表情を見せていた。
「あっ、山本さん、ちょうどいいところに。これ、本当に受取箱でいいんですかね?」
「え?」
 どうやら持っている手紙が受取箱宛でいいのかと、悩んでいたらしい。彼女たちが立っているのは、棚の一番端、幹部クラスが並ぶ場所だ。実を言えば少し邪魔だと思っていたので、避けてくれたのはいいものの、あまり意見を求められても困ると内心で慌てた。
「えっと、どこから頼まれたのな?」
「執務室からです」
「ツナのとこ? じゃあ、いんじゃね?」
 執務室はたくさんあるが、誰のと限定しない場合は、並盛統治者であるツナのところだ。実際には、横の事務室から託されたのだろうが、何故困惑しているのだろう。そう首を傾げつつ、差し出された手紙を見ればなんとなく理由も分かる気がした。
 まず、やたら仰々しい。
 透かしが入った重厚な封筒は、かなり権威のあるところからの書簡だろう。ボンゴレの紋章が入っており、且つ切手などがないところを見れば、大陸のボンゴレ機関から直接ツナの部屋にまとめて贈られており、それを各守護者に配布するようだ。蓋すらついていない棚に置き去りにしていいものなのか、迷うのはよく分かる。更に付箋もそれぞれに貼られているようで、走り書きの内容にも不安になったらしい。
「……明日の昼に、ツナのところに集合して回答を、か」
「これって、かなり緊急で重要な書簡ですよね? 渡せる方には、直接お渡ししに行った方がいいですよね?」
 それをこの女性たちは悩んでいたようだ。
 確かに気持ちは分かる。期限まで区切って返事を求めているのだ。いつ本営に寄り、目にするかも分からない箱に、入れておくのはまずいと思っても仕方がない気がする。
 だが同時に、山本は首を傾げてしまった。確かに封筒は厳かだし、回答期限は近い。それがもし緊急且つ重要ということであれば、わざわざ受付に託さず、店まで持ってきてくれればよかったはずだ。戸惑う女性の言葉にも気になることがあり、山本は尋ねてみる。
「この手紙、全員分あんの?」
「ええ、そのようです。付箋も全部同じ内容で貼られています」
「そっか……。」
 つまり、自分や獄寺の分だけではない。ツナの実家に居候して滅多に本営に現れないランボや、森のヒバリさんと呼ばれる神出鬼没なヒバリ、更にはそもそも今並盛にいるのかも分からないクローム宛のものもあるらしい。そのすべてに、殴り書きのようなメモがついている。この事実で、なんとなく山本は分かった気がした。
「ああ、うん、たぶんそれ重要な手紙じゃないんだと思う」
「えっ……あ、そうなんですか?」
 明日の昼までと期限を区切ったところで、確実に手紙を確認するのは獄寺くらいだろう。要するに、ツナたちもかなりどうでもいいと思っていることは明らかであり、封筒だけご立派なんだろうと山本は納得した。
「オレと獄寺のだけもらえる? 今から持ってくから」
「あっ、はい、ではお願いします……!!」
 ランボ宛のものは定期的にツナが持ち帰っているようだが、ヒバリとクロームの棚はそろそろ書類を捩じ込むのも大変そうなほど詰まっている。この二人に関しては、ツナが守護者として必要としたときは必ず現れてくれるので、今のところそれでいいらしい。獄寺は守護者としての自覚が足りないといつもキレているが、当のツナが笑っているので問題ないのだろう。
 女性から二通分をもらい、裏返したりしてみるがいまいち中身は分からない。そもそも、宛名はこちらの文字で書かれていたが、どこかたどたどしかった。明らかに慣れていない手が綴っている。もしかすると中身は大陸の言葉で書かれているのかもしれず、どのみち獄寺のと同じだろうと思っていると、更に別の手紙も差し出された。
「あと、獄寺さん宛てにはこちらも届いておりました。ついでにお願いできますか」
「ああ、オッケー」
 切手が貼られているものと、貼られていないものがそれぞれ一通ずつ。片方はあちらの言葉で記されているので、獄寺という宛名くらいしか読めない。他にも、全員に配布された夏便りのような広報ももらい、自分と獄寺の棚が空になったのを確認すれば、内心山本は嬉しくなった。
 これは、いい手土産が出来た。獄寺には書類が多く回るが、大抵のものは手渡しをされる重要な案件だ。特に一般郵便物はほとんど届かないため、むしろ獄寺はこの受取箱を覗くを忘れると言っていたほどだ。それが、今は広報誌以外に三通もある。受付の女性には手を振り、その場から離れようとしたところで、嫌な声に引き止められた。
「ああっ、山本君!!」
「……。」
「いやあ、こんな時間に、偶然だなあ!! 明日駆けずり回るのかと思ってたから、助かったよ、いやあ助かった!!」
 夜中だというのに陽気に笑う中年男性は、人間的にはいい人なのだろう。だが、このファミリーが管轄しているのは、若年層の学業関連、要するに学校との兼ね合いだ。いずれファミリーとなることが約束されている者のほとんどは、並盛小学校から、並盛中学校、並盛高校へと進学する。そのいずれも、午前中は学校で授業、午後からは本営に移動して訓練や任務、何かあればファミリーを優先できるのだ。
 そういう折衝を学校側と行うこの男は、いわば裏方だ。実際に会うのは、年に三回くらいである。それはつまり、各学期が終わった後、通知表を持ってきてくれるのだ。一般の生徒は進路指導があるため、学校に保護者と共に呼び出され、受け取ることが多い。だがマフィアという進路が決定している者には三者面談など不要であり、通知表が出た時点で担当者がそれぞれに渡すことになっていた。
 もちろん、山本が苦手にしているのは、成績が芳しくないからだ。開く前から補習案内の紙が挟まっていたりと、憂鬱になる。テストも終業式も終わったのでそろそろだと思っていたが、まさかこのタイミングで会うとはと気落ちしてしまった。
「……ああ、どうも」
 だが無視をするわけにもいかず、足を止めて振り返ればいつも陽気な男は、ますます陽気だった。もしかすると、寝不足で逆にはしゃいで見えるだけかもしれない。この男が焦る気持ちも分かり、プライバシーだかなんだかで、通知表は基本的に手渡しが原則だ。受取箱に放置というわけにもいかない。ここで会ったのは、これから宿舎に向かうつもりだったのだろう。
 まだ学校に通っているファミリーは、ほとんど宿舎にいない。ましてや長期休暇ともなれば、帰省したり、訓練で遠征したりして捕まらなくなってしまう。そのため、終業式のあった夜までならば、まだ宿舎にもいるだろうと予想して頑張っていたのだろう。その仕事熱心さには頭が下がる。実際に、いきなり実家に持ってこられるよりは、ここで渡された方がマシな気もした。
「獄寺君は? 宿舎にいるのかい?」
「え? ああ、まあ、たぶん?」
 だが抱えていた通知表の束から探しつつ、いきなり尋ねられたことはそれで、山本はやや面食らった。
 基本的には、通知表は本人渡しが原則だ。それをこの担当者はずっと貫いている。たとえ短い距離でも、楽をしようとはしない。そのため、ただ確認しただけかと思ったところで、束から二人分の通知表を抜いた男は山本に渡していた。
「ほいっ、二人のな。まあ獄寺君が部屋にいなかったら、そのうち渡しといてくれ」
「……。」
「他の子は、ああ、やっぱこの時間だしなあ。今から訪ねて、寝てたりしたら悪いしなあ」
 とにかく本人の手に渡すことを信条としている男が、誰かに託すとすれば保護者か上官だ。要するに、騎竜兵として上官になる獄寺に山本の通知表を託すことはあっても、その逆はない。部下に上司の成績表を渡すことはしないのだ。
 そういうところはこだわると知っていたので、山本は受け取ったもののポカンとしてしまう。すると、他の生徒には今夜の手渡しを断念したらしい男も足を止め、思い出したように口を開いていた。
「ああ、獄寺君から、こないだ怒られてね」
「え……?」
「山本君に見られて困るものじゃないから、先に見かけたなら渡しとけってな? 一応、預ける相手としては保護者か上官ていうルールを説明したかったんだが、知ってる上に余計に怒られそうだからやめといた」
 忙しい獄寺は、見なくともオール5と分かっている通知表を渡されるために時間を取られるのが嫌なのだろう。そして、それ以上に、上官という立場を山本が意識するのを避けたがっている気がした。
 要するに、気遣いだ。山本とは対等なパートナーでいたいと常々口にしてくれる獄寺の優しさを垣間見た気がして、もう我慢できずに走りだす。
 本営の建物を抜け、渡り廊下を走り、宿舎へと入る。
 時間を考えて、宿舎からは走る足を止めたものの、気が逸るのを抑えきれない。
「……。」
 獄寺に、早く会いたい。
 会って、自分も大好きなのだと告げて、抱き締め合いたい。
 持っている手紙と通知表を握り潰さないように律しながら、山本はできるだけ足音を立てず、それでいて早く階段を駆け上がった。今年から広いものへと移っている獄寺の部屋は、二階の中央よりやや奥まった位置にある。三月に守護者となったため、もっと広い部屋を使用することもできるのだが、今のところは引っ越しが面倒くさいらしい。
 廊下もできるだけ静かに進み、ようやく獄寺の部屋に辿り着く。気持ちとしては、ドアを思いきり叩いて獄寺の名を叫びたい。だがさすがに迷惑だと分かっているので、一度深呼吸をしてから、小さくノックをした。
「獄寺、起きてる……?」
 聞こえるはずがないと分かってしまうほどの声で尋ね、返事を待たずに山本はいつも持ち歩いている合鍵を使う。以前は使うことに抵抗があったが、獄寺が中にいる場合、わざわざドアを開けに来させる手間をかけるのだと分かってから、使うようになった。
 ギィ、と軋む音を立てて開いたドアの先から、就寝灯とは違う明るい光が漏れ、どうやら起きているようだとほっとする。だがそれも、すぐに返された声で胸は弾んだ。
「……山本?」
「あっ、うん、獄寺、起きて……!?」
「ああ」
 ドアを開けてすぐに、風呂、トイレと左側に並び、向かいには簡単な給湯設備もある。その先に獄寺はベッドを置き、本棚を並べた間仕切りと窓の間に仕事用の机を置いていた。ドアを開けても姿は見えないが、声だけはちゃんと聞こえる。慌てて靴を脱ぎ、ドアを閉めて本棚の裏へと回ってみれば、書類に向かっていたらしい獄寺が不思議そうに振り返っていた。
「どうしたんだ、こんな時間に?」
「……。」
「山本?」
 その姿を見れば、もう嬉しくてたまらない。気持ちはふわふわと温かくなるのに、同時にギュッと締め付けられるようだった。
 積まれた書類の束の横に、食堂から持ってきたと思われるトレイがある。ツナの執務室からの手紙以外も受取箱に残っていたことを考えれば、夕食も惜しんで仕事をしていたのだろう。
 それを、邪魔してしまった。
 おそらくは、暑い昼間を避け、涼しくなった夜から本格的に進めるのが獄寺の予定だったのだ。
 会いたくて、我慢ができずに、こうして足を運んでしまう自分に山本は本当に嫌気が差す。父親は自分のことを思って引っ越してくれたが、これでは自制がきかなくなっただけだ。むしろ獄寺に迷惑をかけていると逃げ出したくなったが、怪訝そうな顔で椅子から立ち上がろうとする様子に、山本はハッと我に返った。
「あっ、えっと、そこで通知表もらったから!? あと、手紙とかも来てたから持ってきたのな!!」
「あ、ああ……?」
 邪魔した挙句、取りに来させるのはあまりに忍びない。慌てて獄寺の横に足を進めた山本は、持っていた通知表と手紙を机に置く。それを獄寺は椅子を引いて眺めていたが、やがて伸ばした手は通知表などではないものを握っていた。
「……!?」
「で、どうしたんだ? お前、今日は店の手伝いだったはずだろ?」
「ん……あ、えっと……オヤジが、もう、客も落ち着いてきたから、上がって、いいって……!!」
 獄寺の手が触れたのは、山本の手だった。最初は指先で手の甲をくすぐるようにした後、指を絡ませるようにしてギュッと握ってくる。そのまま引き寄せられれば、山本はもう立ってなどいられず、椅子を引いている獄寺の脚に横向きで腰を下ろしてしまった。
「じゃあ、泊まっていけるのか?」
「……!!」
 更に、もう一方の手で肩を引き寄せられ、耳元で嬉しそうに確認されると山本はビクンッと全身が震えた。
 どうやら獄寺は喜んでくれているらしい。山本が会いにきたことが、嬉しいのだ。そうと自覚するとたまらなくなり、山本は何度もコクコクと頷く。それにまた笑った獄寺は、繋いでいた手を離し、山本のシャツの裾から中へと滑り込ませていた。
「んんっ……!!」
「けど、今やってる書類があとちょっとだからよ、もう少しだけ待ってくれるか?」
「んっ……ん、待つ……!!」
 脇腹を撫で、どんどん上へと辿る指先は、突起に触れそうで触れてくれない。もどかしい感触をもたらすばかりなのに、薄いシャツの下で獄寺の手が動く様と布擦れの音に、山本は興奮した。早くしてほしいのは山々だが、獄寺の仕事を邪魔したくはない。漏れそうな嬌声を必死に堪え、再び何度も頷けば獄寺はまた笑ったようだ。
 肩を抱く手も外し、一度シャツの上から背中を撫でてくる。布越しであってもリア=グリフに触れられ、抑えきれない声が漏れるが、あっさりと離されて獄寺の手は机へと伸びた。
「ひぁっ……!?」
「……で、この手紙はなんだ?」
 獄寺が尋ねたのは、三通の手紙だ。正確にはメモが貼られたものは山本の分もあるので、四通の封書を珍しそうに眺めている。
「えっと、オレも、まだ中は見てなくて……!!」
「明日の昼までってことは、急ぐものか。まあ、ざっと目を通しとく。たぶん中身は同じだろうけど、お前のも開けていいのか?」
「ん、読めねえかもしれねえから、お願いしたいのな……!!」
 その間も、腹側に回した手はずっとシャツの下で素肌を撫でながら蠢いているのだ。もどかしい刺激に、会話をするのも精一杯になってくる。
 早く、獄寺としっかり触れ合いたい。
 そんな期待ばかりに頭が占められかけたとき、ふと耳に含み笑いが届く。
「で、通知表はもう見たのか?」
「……!?」
 獄寺に撫でられてすっかり忘れかけていたが、突然の言葉にまた水を差された気分になった。
 当然ながら、通知表はまだ見ていない。成績の良し悪しは大して気にならないのだが、悪いと獄寺が我が事のように落ち込むのだ。教え方が悪かったかと無言で反省をしている様を見ると、単に自分の頭が悪いだけだと謝りたくなってくる。そもそも、獄寺が教えてくれると、嬉しくて頭がぼーっとしていまいち働かないので仕方がない。かといって獄寺以外に教わるとやる気が出ないため、結局同じだと力説しても呆れられるばかりだった。
 更に、あまりに成績が悪すぎると、補習が組まれてしまう。通常、マフィアでもある生徒はよほどでない限り補習などの追加授業はないのだが、山本の場合はそのよほどらしい。そうなると、訓練に支障をきたすし、せっかくの休みなのに獄寺と触れ合う時間が減る。獄寺が教師として行なわれる場合も、心を鬼にして一切触らせてもらえなくなるので、山本にとってはまさに苦行だ。
 そんなことを思い出し、やはり怖くなった山本は獄寺がシャツから手を抜いたこともあり、上体を捻るようにして抱きついた。
「見てもいいよな?」
「……ん」
「今回は、ちゃんと勉強見てやったよな? 結構上がってるだろ?」
 ちなみに、昨日まで行なわれていた期末テストの結果は、終業式のあった今日に返却されている。点数としては、赤点は免れた。いくつかの教科は平均点も上回っている。だが五月末にあった中間テストでは相変わらずひどかったので、総合された一学期の成績としては不安だ。補習が大規模に必要な場合は紙が挟んであるが、一つ二つだと通知表に記入されている。しかも、教科が少ないと逆に獄寺は担当せず学校に通って他の生徒と共に受けることになるのだ。
 獄寺がこの並盛に来るまでは、成績など気にしていなかった。どれだけ悪くても、まあそんなものだろうと納得し、ツナなどにも平気で見せられたのだ。だが今は獄寺との時間が確保できるのか、それが心配で怖くてたまらないと思いながらギュウギュウとしがみついていると、背中で動く手が通知表を開き、肩越しに獄寺は覗き込んでいた。
「……。」
「……。」
「……。」
「……ご、獄寺?」
 よく見えないのか、獄寺は山本の肩より高い位置まで持ち上げてじっくりと眺めている。
 だが怪訝そうに睨み、一度閉じて恐らくは表に書かれた名前を確認している。そして再度開き、たっぷりと時間をかけて見ていた獄寺は、やがてため息と共にパタンと閉じて机に置いていた。
 そんな反応に山本は焦るが、再び両手が開いた獄寺はいきなりギュッと抱き締めてくる。
「わっ!?」
「よく頑張ったな、山本。これからもこの調子でいけよ?」
 どうやらそれなりに良かったらしい。満足そうな表情を見ていれば、おそらく補習もなかったのだと安心した。
 それにはほっとするのに、抱き締められ、褒められると、どうしようもなく煽られてくる。補習の有無が気になって心に制御がかかっていたのが、解放されて暴走しそうになる。
 獄寺が好きだ、大好きだ。
 体の奥は熱く疼き、深いところでの繋がりを欲する。獄寺との絆を求める気持ちは、性欲に直結してとめどなく溢れてしまう。
「ん、頑張る。これも、獄寺が勉強を……んんっ!?」
 だががっついてはいけないと自制し、まずは勉強をみてくれた獄寺に感謝しようと顔を上げたところで、言葉の途中で獄寺に唇を塞がれた。
 ただ押し付けるだけで、離すときに軽く舌で舐めたキスだ。驚いたときには、もうチュッという音が殊更大きく響き、気恥ずかしさが増してくる。そしてじわじわと理解が及べば、山本はもう熱を堪えることができなくなりそうだ。
 獄寺と、キスをした。
 獄寺と、キスをしたのだ。
 数日ぶりの感触に、心だけでなく、竜の因子も持て余すほどに喜んでいる。早く一つになりたいと腰は揺れ、横向きに座っているので擦り付けられないことを残念に思っていると、また笑って獄寺は背中を撫でてくれた。
「んぁっ……!!」
「山本、悪い、さっきも言ったが朝一の書類があと少し残ってんだ。気兼ねなくご褒美をくれてやりてえし、先にベッドに行って、待っててくれるよな?」
 そんなのは嫌だ、すぐにしてくれないと気が狂う。
 たとえ応じてもらえないと分かっていても、これまでの自分ならそう言っていただろう。我儘を言えば、行為には及べずともベッドまでは運んでくれたりなど、少なからず獄寺が甘やかしてくれるのを期待できる。
 だが口から突いて出そうなおねだりをぐっと飲み込み、山本は獄寺の膝から立ち上がった。もう腰が抜けかけており、足もおぼつかない。それでもベッドまでのわずかな距離ならば大丈夫だと自分で確認をし、獄寺とのキスを名残り惜しそうに唇を舐めてから、山本は頷くことができる。
「……ん。待ってる、ちゃんと、待ってるから、獄寺、早く来てな」
「あ、ああ……?」
 一度で素直に従うのが、獄寺にとっても意外だったのだろう。椅子に座ったまま、面食らったように頷いている。
 だが、山本も少しは獄寺のパートナーとして少しは成長したいのだ。
 先ほど会った受付の女性も、通知表を渡してくれた担当者も、山本と獄寺をまとめて考えている。浅からぬ仲だと認めている。それは、亜竜である山本が一方的に騎手を追いかけても、成立はしない。獄寺からの公認があってこそ、他のファミリーもまるで二人が身内かのように扱うことができるのだ。
 そうして、ひっそりと、だが確実にパートナーとしての地位を周囲に確立していってくれる獄寺に、自分も応えたいと思った。仕事の邪魔はせず、聞き分けが良くなることが最も必要なことだろう。そう考え、実践しようとすれぱ、獄寺は怪訝そうにしている。まさか間違えたかと不安になっていると、椅子をぐるりと回し、机へと戻した獄寺は、引き出しを開けていた。
「……?」
 了解という意志かと思い、ふらつく足で机から離れ、ベッドに向かう。だがすぐに背後でギシリと椅子が軋むを音がし、獄寺に後ろから抱き締められた。
「ふぁっ……!?」
「……バカ、オレだって我慢してんだから、あんまり誘うな? だから、な? 山本。オレも、仕事すんだらすぐに繋がりてえから?」
 背中から抱き締められ、軽く耳まで舐められて本当にその場に崩れ落ちそうだ。もう服の上でもはっきりと分かるほど足の間のモノは屹立し、先端からはしたない液を滲ませているだろう。せっかくの決意を、しかも獄寺も反故にさせるつもりはないようなのに、こんな話し方では無駄にしかねない。それでも後ろから回された手で腹の辺りに押し付けられた物をなんとか持てば、獄寺はあっさりと背中から離れ、机に戻っていた。
 残されたのは、山本の手にある潤滑剤だけだ。
 どうやら、繋がりたいというのは本気らしい。想像しただけで、また腰が震えてしまった。もしかすると下着の中に出してしまったかもしれない。
 そう思いながらも、熱に浮かされたように山本はふらふらと歩き始めた。
 ベッドに行き、自分で後ろを慣らし、ちゃんと待っていればすぐに獄寺は繋がってくれる。
 犯してくれるのだと思えば幸せでたまらず、山本は今年の夏は幸先がいいと噛み締めながら、久しぶりの愛の営みを期待してシーツの海に身を投げ出していた。

















▲REBORN!メニューに戻る
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

こんな感じです。
今までよりは、ギャグ寄りと思います。