【お試し版】
『はつこい!』収録-02.





■01





 九月も半ばの昼休み、食べ終えた弁当箱を片付けているとようやく足音が戻ってくる。気配だけで判別がつくのは、足音すら不機嫌そうだと分かるからだ。案の定、傍まできて少し椅子を引き、ドガッと腰を下ろした相手からは億劫そうなため息が漏れた。
「……ったく、面倒くせえ」
「お、おかえり、獄寺君……!!」
 ともすれば凄んでいそうなほどドスの効いたぼやきに、向かいに座っていたツナがやや怯えたように口を開く。黒曜との戦いが終わってまだ一週間、最後にまさに死闘を繰り広げたらしいツナには包帯や絆創膏が多く残っている。よほど苦しい戦いだったようだ。そう伝聞形式でしか表現できないのは、自分は建物内に入る前に戦線離脱をしてしまったためであり、思い出すたびに山本は申し訳なくなる。そこから起きたことは、リボーンによって話としては聞いてはいる。だが実際に三人揃って一週間ほど学校を休み、こうして今日復帰して顔を合わせれば、友人二人にまだ多く残る傷は心配で仕方がなかった。
 通常の喧嘩として処理されているようで、特に学校から処分があったわけではない。それでも、一週間は休まないと見た目の怪我が派手すぎてクラスメートに心配をかけるからだとリボーンに説得されたことを思えば、これでも治った方なのだろう。今も気だるそうに椅子に戻ってきた獄寺は、ヘルシーランドに向かう前に一度毒で倒れている。その後遺症がまだ抜けきっていないのかと不安が増したが、ツナの言葉にハッと顔を上げた獄寺は、いきなり元気を取り戻していた。
「あっ、はい、ただいま戻りました十代目!! お食事中に中座してしまい、申し訳ありません!!」
「えっ、あ、それは別にいいんだけどさ!? えっと、そうだね、獄寺君はまだ昼食の途中だし、食べたらいいんじゃないかな?」
「はい、いただきますっ」
 どうやら単に食事を中断され、空腹で不機嫌になっていただけのようだ。
 ツナからの勧めで食べかけのパンを手に取り、獄寺は早速かぶりついている。そんな様子にはややほっとし、包んだ弁当箱をカバンに入れようとしたところで、声をかけられた。
「……おい、山本」
「ん?」
「お前、もう全部食ったのかよ」
 聞きようによってはだいぶ凄まれているようだが、もう慣れた。獄寺はこれくらいが標準であり、ツナ相手でもない限りはよほどのことがなければにこやかな対応などしない。特に責められているとは思わずに顔を上げたが、斜め左に座っている獄寺の表情は意外にも慳貪だ。もしかして席を外している間に、さっさと弁当を平らげてしまったのを怒っているのかと首を傾げたが、どうやらそうらしい。
「くそっ、おかず当てにしてたのによ……!!」
「へ? ああ、言ってくれれば残してたのに。オレ、今日部活あっからちょっと多いの無理して全部食べた」
「なんだと!?」
「ご、獄寺君!? えっと、オレはまだ食べ終わってないし、よかったら好きなおかず食べてくれていいから、さ!?」
 所持金の落差が激しい獄寺は、貧しくなると真っ先に食費を削ってしまう。一度空腹で授業中に倒れたこともあり、山本としても心配なのだ。そのため、父親に頼み、比較的いつも多めに弁当を作ってもらい、獄寺が持参のパンなどで足りなさそうにしているときは分けてやることはよくあった。
 だが今日に限っては獄寺もひもじそうではなかったし、他の学年の女子に廊下へ呼ばれて席を外す際にも何も言われなかった。部活がある日は、腹持ちを良くしようと多めに食べることを心がけているため、一週間ぶりの弁当で気合いを入れた父親をがっかりさせないよう頑張ってすべて平らげたのだ。
 それを指摘され、欲しかったのならばあげればよかったと思ったものの、ツナが代わりに申し出れば獄寺は恐縮して断っている。どうやら、単に愚痴を言いたかっただけらしい。そう察して気にせず弁当箱をしまうが、先ほどから気になっているのは獄寺が机に無造作に置いた物だ。
「そ、それはそうとして、獄寺君っ……それ、受け取ったんだ?」
「……!?」
 だが追及していいものか悩んでいたところで、ツナが尋ねてくれて山本は驚いた。これも超直感というものなのか、ツナはとても勘がいい。内心で感謝している間に、パンを片手に獄寺はため息をつき、派手なラッピングがされた箱を嫌そうに見下ろしていた。
「ああ、断ったんですけど、押し付けられちまって。持った瞬間にはいきなり走り出しやがって、返し損ねました」
「そうなんだ? 後輩、かな?」
「たぶんそうだと思うんスけど、見覚えはねえし、名前も当然知らねえし。まあ分かってても、わざわざ出向いて返しに行くのも面倒なんですけどね」
 はぁ、と再びため息をついた獄寺は、本当に迷惑そうにしている。
 明らかに好意からのプレゼントを前に、そんな態度は失礼だろう。だが見ず知らずの人からの一方的な好意というものは、受け取っていいものか、どうお返しをすべきなのか、困惑する気持ちは山本にも分かる。ツナも察するものがあったようで、獄寺の態度には苦笑するだけであり、当たり障りのないことを返していた。
「まあ、相手の子もそれは分かってるんじゃないかな? 何かを期待してるなら名乗ったりするだろうし、返しようがないなら、もらうだけもらっておきなよ」
「でも、万一手紙とか入ってたら厄介じゃないですか。まあ入ってても無視するしかないんですけどね、どうせいつ開けるかも分かんないですから……。」
 そんなことを口にする獄寺を、やっかむように見ている男子生徒はいない。現実的に獄寺は多くの女子から人気があり、告白なども日常茶飯事なのだ。噂を聞きつけて不愉快になったとしても、実際にその姿を見ればモテる理由はよく分かる。イタリア人とのクオーターである獄寺は、日本では珍しい毛色だけで目立っていると本人は思っているようだが、実はそういうわけではない。純粋に、容姿が整いすぎているのだ。言動が荒っぽいので近寄りがたいかもしれないが、女子に対して手を上げることはまずないことが広まれば、告白をすることへの障害はぐっと減るのだろう。
「大体、オレの誕生日から一週間も過ぎてるじゃないですかっ。それで今更プレゼントとか、ほんっと、意味分かんねえっていうか」
 だが、プレゼントを前に文句を言いながらパンを食べている獄寺を眺めていると、そんな言葉が耳に入る。
 確かに、獄寺の誕生日は一週間前、つまり黒曜と戦ったあの日だ。午前中の数時間だけ獄寺は登校していたものの、当時は黒曜中学の襲撃騒ぎで、女子たちも誕生日プレゼントを渡すどころではなかったのだろう。そうと察し、山本は斜め左に座る獄寺に笑って答えてやった。
「それって、渡した子はこの一週間、ずっと獄寺が登校してくるの待ってただけじゃね?」
「……まあ、そうなんだろうけどよ」
「獄寺の誕生日ってとんでもないことになっちゃったし、こうして遅れてでもプレゼントもらえたりしてるんならよかったんじゃねえの?」
 実を言えば、獄寺は登校したときから下駄箱や机に入っていたプレゼントをいくつか受け取ることになっている。休憩時間には手渡しでと意気込む女子が、順番待ちをしたほどだ。その多くは獄寺が断ったようだが、これは手渡しで初めて渡されたものらしい。
 キラキラと反射する青色の包装紙で覆われた薄い箱の中には、何が入っているのだろう。実際の品物や値段などより、そこに込められた想いをつい想像してしまいそうになる山本の前に、すっとその箱が滑ってきていた。
「ん?」
「いるならやる。いらねえなら勝手に処分しろ」
 つい見ていた視線を、欲しがっているとでも勘違いされたのか、パンを食べ終えたらしい獄寺が片手でそうプレゼントを押しやってきていた。更に素っ気なく続けられた言葉には、山本も驚いてプレゼントを押し返す。
「ち、違うって、欲しかったわけじゃなくて!?」
「……知ってるっての」
「これ、獄寺のこと想ってくれたものだろ? 粗末にしちゃいけねえと思うのなっ」
「……ありがた迷惑なんだよ」
「みんな獄寺の誕生日を祝いたくて、いっぱい悩んで選んで渡してくれたものなのな?」
「……テメェは弁当のおかず一つ寄越さねえじゃねえか」
「ん?」
「とにかく!! ……好きでもねえ女から、一方的にこんなの渡されても迷惑だって言ってんだ。なんで有り難がらなきゃいけねえんだよ、オレはそんなに暇人じゃねえ」
 押し合っている箱がそろそろグシャッと潰れかけたところで、横に引っ張られるようにして取られていた。
 山本の斜め右、獄寺の正面に座っているツナが苦笑している。少し形が歪んでしまった青い包装紙の箱を手に持つと、すっと獄寺へと返していた。
「これは、獄寺君がもらった物でしょ?……気持ちは分かるけど、処分するにしても山本に押し付けたりしないで、ちゃんと自分でね?」
「す、すいません、十代目……!!」
 相変わらず、ツナの言うことは素直に聞くようだ。それにほっとはしたものの、山本は複雑な心境に陥っていた。
 山本も、物であれ、想いであれ、一方的に好意を向けられることは比較的良くある。それ自体は嬉しいものの、同じだけの好意を返せないのが申し訳ない。そのため、受け取れないという心境だ。
 だが獄寺は、そもそも一方的に向けられること自体を迷惑だと切り捨てている。共感できなくもないのだが、友人としてではないところで複雑だ。安堵してしまう反面、やはり迷惑なのかと萎縮して落ち込む。獄寺から見れば自分は友人かどうかも微妙だと知っているからこそ、ますます気落ちしかけたとき、ふと左の肘辺りに感触があった。
「……あ?」
「お前、ほんとに今日部活に出んのか?」
 プレゼントを押し返すときに左手を使っていたので、そのまま机の上に乗せていた。その肘へと指先で触れ、ゆっくりと手首へと撫でるように滑らせていく獄寺はかなり怪訝そうだ。半分を過ぎれば包帯に巻かれており、そこに差し掛かってからは、本当に接しているのかも分からないほどの軽い触れ方だ。
 そんな仕草と確認された言葉で、獄寺が何を心配してくれているのかは分かる。少なくとも、一週間前に怪我をしたことを覚えてもらえているくらいには友情もあるのだろうと思えば嬉しくなり、獄寺の指先が手首を過ぎたところで山本はニコッと笑った。
「え?……うわっ、痛ててて!?」
「あははっ、もう大丈夫なのな? ほら、こんなに力も入るし?」
「わ、分かったっての、離せよバカ……!!」
 触れてきていた獄寺の手を、手首に包帯を巻いたままの左手でギュッと握ってやれば、獄寺は大袈裟に痛がってくれていた。そんな様子には、ツナも苦笑している。一週間前、城島犬に噛まれたのを、やはり心配してくれていたのだろう。
 傷自体は塞がっており、神経も掠っていないので特に問題はない。痛みもほとんどないのだが、単純に傷跡がまだくっきり残っているため、心配させないようにと父親が巻いてくれただけだ。九月の半ばはまだ制服も夏仕様で、シャツは半袖だ。せめて冬服のときであれば、自分たち三人の包帯や絆創膏のいくつかは不要だっただろうと山本は思っていた。
「……それより、獄寺は? 怪我、大丈夫なのな?」
 獄寺があまりに大袈裟に言うので、さっさと手を放した山本はそのまま首へと伸ばした。先ほどの獄寺を見習い、包帯にはできるだけ柔らかく触れる。
 包帯はいくつかあるが、獄寺がしているもので一番目立つのはこの首だ。山本は獄寺が首に怪我をしたところを、見ていない。そのため、怪我の重度が分からず、自分のようにただ痕を隠しているだけとは限らないので心配になったものの、獄寺がチラリと向かいのツナを見たことでなんとなく察することができた。
「大丈夫に決まってんだろ、ただ場所が場所だから痕が目立つんで巻いてるだけだ」
「ああ、そーなのなっ」
 リボーンに聞いた話では、獄寺は建物の中で骸に憑依されたらしい。その際に、憑依した骸によって自らの首を傷つけた。傷自体は浅くとも、ツナには相当なショックだったことは容易に想像がつく。それを思い出させないように、傷が完全に消えるまでは見せないように配慮して包帯を巻いているのだろうなということは、山本にもすぐに理解できた。
 殊更強く大丈夫だと主張した獄寺に、山本はあっさりと頷いて返しておく。そうして首へとやっていた手を引っ込めようとするが、逆に獄寺に手を伸ばされた。先ほどの仕返しでギュッと力を込めて手を握られるのかと思ったが、獄寺の指先は山本の頬へと触れ、更に手の平でしっかりと包むようにしてから、ぐっと顔を近づけられる。
「獄寺?」
「ちょっと獄寺君っ、ここ、教室!! 教室だからさ!? ねえ、それ覚えてくれてる……!?」
「……山本、お前こそ顔の絆創膏はどうなんだよ? そんなにひどいのか?」
 身を乗り出してまで間近で覗き込まれたのは、山本が右目の横から頬にかけて斜めに貼っている絆創膏の下のようだ。そうして近づいたところで透けて見えたりはしないのだが、かなりの至近距離で見つめられながら、山本は笑って返す。
「ああ、これも大したことない。オヤジが一応貼ってけって言うから、貼っただけだし」
「それならいいけどよ」
「大体、女優は顔が命、だっけ? オレ女優じゃねえし、ちょっとくらい痕が残っても別に気にしねえのなっ」
 顔にはさすがにないものの、昔からよく外で走り回って遊んでいたので、よく見れば小さく薄い傷痕ならば手足にいくつか残っている。全く気にならないこともないが、それほど過敏にもなっていない。なにより獄寺とこんな距離で見詰め合っているのが少し気恥ずかしくて、思わず笑って茶化すように言えば、ますます獄寺に顔をしかめられてしまった。
「バカ、どんだけガサツな野球バカでも、一応女だろうが? そこは気にしろよ」
「え? あ、うん……?」
「……大体、オレが気になんだよっ。くそ、マジで傷残ったらアイツらタダじゃおかねえからな」
「獄寺君、獄寺君、憤ってるところ水を差すようだけど、実際に黒曜の人たち探し出すの難しいしさ? なによりだいぶ注目集めてるみたいだし、そろそろ気がついてよ、獄寺君……!!」
 このときはまだ黒曜との戦いは終わったばかりで、後にボンゴレリングを賭けた戦いで再会するなどと思いも寄らなかった時期だ。ツナがそう言っているのは耳に入ることはなく、山本はただ照れくさいような気持ちでじっと獄寺を見上げた。
 どこか不機嫌そうな様子ながらも、頬を撫で続けてくれている獄寺には、期待と葛藤が入り混じる。
 獄寺は、外見だけならばまさに王子様だ。
 だがこの王子様が、あの王子様とは限らない。それと同時に、あの王子様ではないとも限らないのだというどっちつかずの現実に、山本はこの日もたゆたっていた。






 初めて獄寺と会ったのは、もちろん中学一年の一学期、転入してきた日だ。
 初日はまだツナへの当たりも厳しく、荒っぽい態度だったことに周りはかなり驚く。それでも、容姿は整っていたし、帰国子女ということもあって女子からはかなりの好意を集めていた。
 だが、普段ならば物珍しがって積極的に話しかけてしまう性質の山本は、しばらく獄寺に声をかけなかった。他の男子生徒のように、怯えていたわけではない。ある意味において、乱暴な振る舞いを見ても、好意を持ったからこそ怖気づかなかった女子生徒たちと同じ理由だ。
 きっと、ゆっくりとした一目惚れだったのだろう。
 見た目だけならば、胸の内に住まわせていた許婚像と、かなり合致していたのだ。
「……。」
「……?」
 だがそれはあくまで、イタリアという地と、瞳の色に限ってのことである。名前は日本のもののようであるし、当初はイタリアは留学先と紹介されて転入していたため、出身はこちらなのだと思い込んでいた。なにより眉間に皺が寄るほどの目つきの悪さと、素行の荒々しさは、王子様という典型に当て嵌めることはできない。
 だからこそ、獄寺隼人という男は許婚ではない。
 急に転入してくるという確率の低さよりも、純粋に否定したがってしまったのは、本当は心のどこかで期待してしまい、それが後ろめたさにも繋がっていたからだ。
 当時の山本は、部活内でうまくいっていなかった。技術が伸び悩み、成長期ゆえに毎日体型も変わっていくような錯覚は気持ちばかり焦る。また、二年生の先輩にはそれなりに可愛がられていたものの、三年生の先輩に人気のあった男子生徒に告白されてふっていたようで、あからさまではないが疎まれていたためだ。
 山本にしてみれば、それが何人かいた告白してきた三年の男子生徒の誰だかも分からないし、交際に応じたわけではない。むしろ心苦しい拒絶を強いられた挙句、何故かやっかまれて一番大切な野球をする上で不具合が生じるということに、理不尽さを感じていた。
 そこにきて、転入してきた獄寺に、心を乱されてしまった。
 精神的につらくなったとき、父親を心の支えにすると弱音を吐いてしまうため、母親が死んだときからずっと山本の心の支えは実在するかも怪しい許婚の存在だった。それなのに、転入してきてまともに話したこともない獄寺が気になってしまう。話しかけられないのは、言動が怖いのではなく、実際に話しかけて許婚ではないと判明するのが怖かったのかもしれない。
 獄寺が許婚であるという確率がほとんどないにも関わらず、確かめないことで期待値を上げようとする心理は、ずっと勝手に支えにしてきた許婚に対する裏切りのようにも感じた。獄寺であると期待することは、獄寺に対しても失礼だと分かっていた。
「……。」
「……?」
 しかも、それに気を取られていると、ますます部活で練習も空回りしてしまい、気持ちは塞ぎこんでいくという悪循環だ。
 何もかもが上手くいかなくて、自暴自棄になる前日、体育の合同授業中に山本はツナに話しかけた。それすら、唯一獄寺と友達になっていたツナに近づこうとしたのではないかと後になって気がつき、ひどい自己嫌悪に駆られた。そんな葛藤にも気がつくことなく、ツナは真摯に対応してくれたのに、腕を折ってしまったことで天罰が下ったのだと勝手に思い込む。
 ツナにも、野球にも、許婚にも失礼なことをしてしまった。
 だから、神様か何かが怒っているのだと絶望し、飛び降りるなどという馬鹿な真似を出てしまった。
「……。」
「……?」
 ツナに助けられ、ようやく自分がどれほど馬鹿な思考に陥っていたのかと気がついた。命を助けられたことだけでなく、そうして目を覚まさせてくれたことにも、ツナには本当に感謝している。
 これからは、親友であるツナのために生きていこう。そう思いかけたが、半分くらいでやめておいた。見ず知らずで、架空の人物に近い許婚ならばともかく、これから先も親友として友情を深めたいツナに、自分の人生を勝手に背負わせるのは恩を仇で返すようなものだ。一方的に理由にされるのは理不尽だろうし、優しいツナは知るとその重みに悩むだろう。特に山本は、どれだけ男勝りと言われても、男ではない。女性であることを考えれば、あまりに恩に着すぎてしまうと、恐縮したツナが責任を取らなければならないのかと苦しみかねなかったので、ほどほどにしておくべきだと山本は考えた。
 ツナには、是非とも笹川京子とうまくいってほしい。
 傍で見ていても微笑ましくなるほど、ツナは健気に京子に想いを寄せていた。それを応援し、男女の差はあっても自分は親友として傍にいたいと思っていたが、本当の誤算はそれからだった。
『……おい、テメェ山本とかいったな。十代目に近づいて、何が目的だ?』
『へ?』
 あのとき飛び降りたことで、鬱積した原因はすべてなくなったと思っていた。
 怪我も治ればまた野球に打ち込めたし、意地悪をしていた先輩たちもさすがに気が引けて大人しくなってくれた。打算で話しかけてしまったかと勝手に自分の中で穿ってしまっていたツナとも、親交が深まり、本当に気が合い尊敬もできる親友になれた。そして心の支えにしていた許婚は、その存在を更に薄れさせることで、執着も減ったはずだった。
 だが怪我もだいぶよくなってきていた頃、自殺未遂の周辺はイタリアにいたらしい獄寺が、久しぶりに登校してきていた。ツナの前ではさすがに堪えていたようだが、一人になった途端、いきなり腕を引っ張られ、人気のないところで押し殺したような声で尋ねられたのには面食らう。
 獄寺に好意を寄せている自覚はあったものの、それは他の女子のようにその容姿に一時的に胸が弾んでいるだけか、許婚像を重ねてしまっただけだ。吹っ切れてしまえば、そんな気持ちも消えていく。なにより、まともに話したこともない相手を本当に好きになれるはずがないと納得しかけていた時期だったので、そうして会話が始まったことには純粋に驚いてしまった。
『惚けてんじゃねえよ、どこのファミリーの手の者だ? 沢田さんが、ボンゴレの十代目ボスと知っての色仕掛けなんだろうが、ああ?』
『え、あの……?』
『言っとくがなっ、沢田さんには想いを寄せる女がいんだよ。万一ただの色惚けなら、大人しく手を引け。どっかのファミリーから指示受けてんなら、友人ヅラして近づこうなんざ、十代目の右腕としてオレは容赦なくテメェをぶっ殺すからな?』
 警告はしたぞ、と吐き捨てて去って行った獄寺を、山本は呆然と見送ってしまった。
 言われた内容は、もちろんショックだった。ツナが京子を好きなのは知っていたし、それを邪魔するつもりはない。もし傍目にそう見えていたのであれば残念だが、ツナまでそうと勘違いし、迷惑だと思われていたら居たたまれない。
 だがなにより胸が痛んだのは、ツナを恋愛的な意味で好きだと獄寺に誤解されたことだ。よりによって獄寺に、と呆然としてしまった後、山本は愕然とする。実を言えば、急にツナと仲良くなったことで、何人かのクラスメートからはそんな勘繰りを受けたが、いずれも笑って否定できた。だが獄寺に対しては、不意打ちだったにしろ、誤解されたという事実だけで思考が停止してしまい、まともな反論もできなかった。
 一瞬だけ、ツナとは距離を置いた方がいいのだろうかと思った。
 だがすぐに、ツナ本人から頼まれたわけではないうちから、勝手に気を回すのも友情に悖ると思い直した。
 なにしろ、誤解しているのは獄寺の方なのだ。この誤解を解かなければならないと気持ちを奮い立たせた山本は、そこから気の迷いだったかもしれない一目惚れが、徐々に真実の色を塗り重ねていくのを実感することになる。
「……。」
「……?」
 山本としては、ツナの恋路を邪魔しているかのような誤解を解きたかった。更に、もやもやとした期待ばかりに引きずられるのも嫌で、イタリアという接点だけを頼りに何か知っていないかと尋ねることも多くなった。最初はもちろん邪険にされ、ツナが窘めてくれてからは、イタリアのことばかりきくことで獄寺には怪訝そうにされた。だが獄寺にしてみても、本当に山本の中にツナに対する下心がないのであれば、親友と公言する者を勝手な思い込みで遠ざけてしまうことになるのだ。ツナの不興を買いたくない気持ちもあり、見定めようとして獄寺も構ってくる。おかげで三人で行動することが多くなれば、山本はまたいくつかのことが分かった。
 それは、獄寺がとても面白い人物だということだ。遠くから見ていてもそれは感じていたが、実際に近くで触れ合い、遠慮なく話すとその印象は断然に強くなった。頭もよく、価値観の違う獄寺は、反応の一つ一つが新鮮で楽しい。それでいてたまには全く同じように共感できることもあり、そこがおかしいくらい嬉しくなってしまう。
 ただ気持ちがはしゃぎ、楽しくて仕方がなく、ツナがいなくとも獄寺にはよく話しかけた。すると、女子に話しかけられても大抵は適当に流している獄寺が、遠慮がいらないと分かったためか、荒っぽい言動を交えつつもしっかりと相手をしてくれる。脅されても、本気ではないと分かる。時々空回った思考や、明後日を向いた行動に出ることもあり、少し間が抜けているところも胸が弾んで堪らなかった。
 自殺未遂騒動を起こしてから、相当気に病んでいた父親にも、新しい友達のおかげですっかり気負いがなくなったようだと安堵された。
 それ自体は、いいことなのだろう。
 だが時折ふと我に返れば、許婚に対して、もちろん獄寺に対しても、葛藤と後ろめたさが湧き上がってくる。獄寺への気持ちは恋なのか、そうだとすれば許婚を裏切ることになるのだろうか。そう悩んでしまう段階で、やはり獄寺に惹かれていることは否定できない事実へとなっていった。
「……。」
「……山本?」
「えっ!? ……あ、ああ、ツナ、なに!?」
 そのことを今日もまた思い知らされて、と億劫な自己嫌悪にため息をついたところで、急に話しかけられて山本はひどく驚いた。慌てて顔を上げれば、横を歩いていたツナも驚いたような顔をしている。だがすぐに安堵したように笑うと、いつも優しい気遣いを見せてくれていた。
「あ、うん、学校出てから、全然しゃべらないからさ? 何か悩みでもあるのかな、て思って」
「あー……えっと……その、んーと、心配かけて悪いっ」
 ぐるぐると考え込んでしまっていた自覚はあり、ツナの言葉には素直に謝罪をした。
 一週間ぶりに会えたことは、よほど衝撃だったらしいと山本も呆れる。嬉しくて、楽しいはずなのに、怪我の痕を見れば心配をする。誕生日プレゼントを渡すために並んでいる女子たちを見れば、嫉妬にもならない諦めが去来する。
 獄寺は、自分を女として見ていない。だからこうして、友人のようにつるませてもらえている。
 更に自分には許婚がいるのだ。都合のいいときだけ心の支えにし、告白を断る口実のように使ってきた罰なのかもしれない。プレゼントと慕情を胸に抱えて獄寺と向き合える女子生徒を、羨む資格もないのだ。
 そんなことをツナにも言えるはずがなく、適当に誤魔化してしまったのだが、ツナからの切り返しは的確すぎた。
「やっぱり、獄寺君とも一緒に帰りたかった?」
「……!?」
「せっかく部活もないのに、残念だったよね。まあ、用があるんなら仕方ないんだけどさ」
 こうしてツナと下校しているということは、山本は放課後に部活に出ていない。そもそも、部活全体がまだ再開されていないのだ。
 世間的に見れば、並盛中学の生徒が次々に襲撃された事件から、まだ一週間なのである。その原因がもう解消されていることは、一部の者しか知らない。そのため、先週いっぱいまでは授業を午前中までにして集団下校、更に今週中は放課後の部活を禁止にしての集団下校ということになっていたらしい。集団と名前はついているものの、実際にはできるだけ二人以上で帰りましょうという努力目標で、引率の教師がいるわけではない。
 曜日としては部活がある日だったので、てっきり久しぶりに参加できると意気込んでいた山本は、肩透かしを食らってしまった。仕方なく下校することにしたが、その時点でもう獄寺は教室に居なかった。一つ前の五時間目が終わった休憩時間の段階で、用があるのでと教室を出て、その際に先に帰ってくださいとツナに伝えていたのだ。
 いくら黒曜との件が片付いたとはいえ、獄寺が護衛だと豪語しているツナとの登下校をそう簡単にはやめたりしない。おそらく、プレゼント攻勢に辟易し、下校時にツナまで足止めを食らわせてしまうことが忍びなかったのだろう。あるいは、強引に渡されたものの中に、放課後に呼び出すような手紙でも入っていたのかもしれない。どちらにせよ、ツナを置いて先に帰るという選択肢はなかったようで、荷物も持たずに獄寺は六時間目が始まる前にどこかへ消えていた。
「部活をできないって知ってたら、獄寺君は早退してたかもしれないけど」
「ん? 獄寺って、帰宅部だよな?」
「……ええっと、ほら、なんて言うかさ? もしかしたら獄寺君、もう帰っていいて知らなくて、どこかで寝たりしてるんじゃないのかなあって?」
 ツナは怪我が一番重かったようなので、山本としても無理に引き止めるつもりはなく、獄寺も先に帰ってくれと言っていたので二人でさっさと下校することにした。だが半分ほど帰路を進んだところで、ツナが足を止めてそんなことを言い出す。それにつられるように足を止めた山本は、ツナの言葉を考えてみた。
「あー……それは、あるかも。獄寺って、何故かチャイムに気づかないほど学校で熟睡してたりするもんなあ」
「でしょ? だったら、山本、まだ学校も近いし戻って起こしてきてあげなよ?」
 それは大変魅力的な提案だった。山本も、ちょうど獄寺と接し足りないと思っていたところだ。
 だがすぐに首を振ったのは、口ぶりからしてツナは戻るつもりはなく、山本だけに勧めていたからだ。
「……いい。ツナが一番怪我も重かったんだし、送ってく」
「え? ああ、でもオレもこうして歩けてるし、ここから一人で帰れるよ?」
「……でも、そうしたら集団下校じゃなくなるし」
「それ言うなら、獄寺君だって一人で帰ることになるだろ? オレは大丈夫だからさ、山本もまだ怪我が完治してないところ悪いんだけど、心配だから獄寺君を迎えに行ってあげてくれない?」
「……。」
 ツナまで一緒に学校に取って帰させるという選択肢はなかったが、重ねて頼まれると山本も悩んだ。
 休憩時間に教室を出る際に用があると言ったのが、でっちあげだったのか、本当だったのか、山本には分からない。だがどちらにしても獄寺が自分の迎えを必要としているとは思えず、なかなか頷けないでいるとツナは苦笑する。
「じゃあ、これはオレから獄寺君へのプレゼント。帰るとき寂しくないように、オレの代わりに山本が行ってあげてくれないかな?」
「!? ……分かったのなっ!!」
 どうやら、ツナはツナで、獄寺の誕生日がとんでもないことになり、プレゼントどころではなかったらしいのを気にしていたらしい。そうと察すれば、親友として請け負わない理由はない。やっぱりツナは優しいと感心して大きく頷いた山本に、ツナは笑って手を振ってくれた。
「じゃあねっ、山本、よろしくね」
「ああ、任せてくれよなっ、ツナ!!」
「……早退じゃなくてどこかで時間潰してるのは確実に山本の部活が終わるの待つつもりだったはずだからもし本当に部活そのものがないって気がついてなくて日が暮れそうな時間まで待ってたら獄寺君も可哀想すぎるしっ、山本、いってらっしゃい!!」
 走り始めていたのでよく聞こえなかったが、最後に一際大きく声をかけられ、山本もまた明日なと返して今来たばかりの道を引き返していた。
 十代目と尊敬しているツナからの計らいだと知れば、きっと獄寺も喜んで一緒に帰ってくれるだろう。躊躇っていたのは、単に自分一人で迎えに行っても獄寺が嫌そうな顔をすると思っていたのが大半だったらしい。そこにまた自己嫌悪を感じないわけではなかったが、今はそれよりもまた獄寺に会えそうなことが嬉しくて、山本は息を弾ませながら学校へと戻っていった。












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