【お試し版】
『幻罪プレイ』収録-02.
■01
生きてきて、後悔のない人間などいるのだろうか。
当然、それは人によって種類は千差万別だ。理想だったものや、叶わなかった程度、他のもので代替できた場合は昇華されていることも多い。それでも、もしあのときやり直せていればと悔いたり、生まれついての苦境などを嘆くことはあるだろう。
もちろん、自分にもある。たとえば、実母が事故死しなければ、もっと違った人生だっただろうし、ちゃんと母としての彼女に会ってみたかったという思いはある。だが一生の後悔として悔やみきれないのは、それがきっかけで実家の城を飛び出し、巡り巡ってボンゴレに名を連ね、今では十代目ボスの右腕とまで称されるようになったためだ。実母の死を仕方がなかったと容認はできない、だからといってツナの右腕となった自分に不満があるわけではない。
要するに、現状に不満があるのか、ないのか。
そこが、後悔を昇華できたか否かにかかっている。その意味において、山歩きの途中に互いに冗談めかして口にしたことは、後悔ですらない。煙草にしろ、味噌汁にしろ、その場で嗜めなくとも任務が終わればいずれ得ることが可能だからだ。
だがあの場でも言ったように、マフィアであることに後悔がない自分に対し、あの男はどうだったのだろうか。
誰にでも、本当はこうなりたかったといったという理想像はあるはずだ。
マフィアという世界を知るよりずっと前から夢として描いていたことを、道半ばにしてほとんど強制的にこちらに引き摺られてきた。それに対し、微塵の後悔もないということが、ありえるのだろうか。
誰にでも、後悔はある。
自分とて例外ではない。
だが、自分はマフィアになったことを、後悔などしていない。
……あの男、山本武は、本当はどうだったのだろう。
「……。」
目覚めは、ひどく不愉快だった。騒々しかったわけではなく、ひたすら鈍痛と吐き気を伴う気持ち悪さに満たされていたからだ。しばらくは、自分が目を開けていることも認識できていない。視界に入る天井は見覚えがなかったし、どこにいるという感覚も分からなかった。もしこのとき部屋に一人だったらならば、それこそ往年のジョークのように、ココはどこ、ワタシは誰、と独り言を呟いてしまっていたかもしれなかった。
「……あ、獄寺君? 目が覚めた?」
「……?」
だがそんなみっともない一人芝居を見せなくてすんだのは、少し弾んだ声で話しかけられたためだ。
この声は、よく知っている。もっと声が幼かったときから、いつか自分はこの声を支える右腕になるのだと頑張り続けてきた。ようやくそれを果たしつつあると思ったとき、急に視界が意味を持って再構築された気がした。
「……じゅ、十代目!? て、うぁっ……!?」
「えっ……ああ、ご、獄寺君!? 大丈夫? 急に起きたりしないでっ、キミ、二週間も眠ったままだったんだから!?」
「は、はい……!!」
だいぶ混乱していた頭と、倦怠感に包まれた体は、二週間も寝たきりという状況であっさり納得できてしまった。なんとか上体を起こしたまま、痛みをやりすごす。肋骨がギシギシと軋みあげるほど深呼吸を繰り返して、ようやく落ち着いてきたところで獄寺は顔を上げていた。
左腕には点滴が刺さったまま、自分はベッドに寝かされていたようだ。混乱した記憶を手繰り寄せれば、おそらく自分は追憶の匣の妨害を食らっている最中に木に叩きつけられたのだということを思い出す。そのまま収容されて入院となったのかと思ったが、この部屋は病室のようには見えない。どこか小奇麗なホテルのようだと感じたことは、間違いではなかったらしい。
「ええっと、獄寺君、意識ははっきりしてる? どこから話したらいいものか悩むんだけど、まず、ここはボンゴレが所有してる別荘だって思ってくれていいよ」
「あ、はい……イタリア、ですよね?」
窓から見えるのは木々の上の方だが、ずっと先には麓の町らしきものも拝める。その風景は、日本には思えない。そもそも自分たちはイタリアで任務についていたので不思議ではないのだが、わざわざ日本から駆けつけてくれたらしいツナには恐縮してしまった。
「あのっ、その、十代目、このたびは本当に……!!」
おそらく、自分が怪我をしたために心配して駆けつけてくれたのだ。
そう思って反射的に謝りかけたが、疑問も浮かぶ。不覚を取ったのはあくまで獄寺の責任であり、いくら心配でもツナが日本からやってくることはないだろう。そこまで考えれば、ますます不安になってくる。ツナがこうしてイタリアにやってきたのは何故なのか、そして例の任務はどうなったのだろう。
「ううん、謝ってほしいわけじゃないんだ。むしろ、オレの方こそ、もっと注意してって言ってあげられなくて、ごめんね?」
「いえっ、そんな、十代目が気にされるようなことは……!?」
「それから、キミたちは任務完了後、休暇に入ったことになってる。オレもそれに合わせて、息抜きで遊びに来たってことになってるから、そっちの方は心配しないでいいよ」
どうやら病気療養ではなく、休暇という建前になっているようだ。ここが病院ではなく、別荘らしいこともその偽装のためだろう。なにしろ、守護者の一人が二週間も昏睡し、ボスであるツナが駆けつけたとなれば一大事だ。無駄に騒がせないために、最低限の医療人員だけを連れてこの別荘に篭ったことは、充分に想像がつく対処だった。
そんな気遣いには、感謝と共に不甲斐なさを感じる。だが今それを謝っても、ツナにはまたかわされるだけだろう。何より、もっと気になることがある。ツナも言ったように、例の回収任務は獄寺だけであたっていたわけではない。どうやら同じく休暇に入ったことになっているようだが、その真相を確かめることは、正直こわかった。
「……あの、十代目。それで、オレがしくじった任務は?」
だからこそ、慎重だが遠回しに切り出せば、ツナはやや改まった様子でじっと獄寺を見つめてきた。
「うん、ちゃんと完了したよ。……それより、獄寺君。気分とか悪くない? 長く話してて、大丈夫そう?」
「え? あ、はい、大丈夫です……!!」
「……そっか。じゃあ、まあ、ちょっとおさらいから入っていいかな?」
完了したということは、無事に要救助者は回収できたということだ。だがその点だけを繰り返し、ツナは任務の同行者について言及しない。それにまた不安は煽られるが、にっこりと笑ってそう切り出したツナに、首を横に振ることはできなかった。
「もちろん獄寺君も知ってることだけど、確認程度で聞いてね。まず、追憶の匣て呼ばれてるものだけど、こっちではずっと伝承というか、都市伝説みたいな? そんな感じで、前からあったんだってね」
「あ、はい。オレも、匣と知ったのは最近ですが、後悔を食って幻影を返す得体の知れない存在という程度の話なら、小さい頃にも聞いたことがありました」
そう相槌を打てば、ツナも頷いている。どうやら本当に、最初からこの件を確認したいらしい。何か伝え忘れていたことがあるのかもしれないと構えるが、ツナからなされる話は、やはり獄寺も既に心得ていることばかりだ。
「たぶん、匣の被害はずっと起きてたんだろうけど、明確になったのは半年以上も前。麓の村に住む娘さんが、囚われたからなんだよね。獄寺君、なんで彼女だけはすぐにコピーだって分かったか、知ってる?」
質問された内容は、実に簡単なものだ。もちろん知っていた獄寺は、一度頷いてから簡潔に答えていた。
「ええ。その娘のコピー、つまり理想像を作り出す後悔が、外見に関することだったからですよね」
「そう、正解。たぶん、これは凄く珍しい例だったんだろう。もし後悔が、たとえば受験に失敗しただとか、仕事で大きなミスをしてしまっただとかいった場合は、コピーの記憶が改竄されて思い込んでる状態だから、その話題に触れない限りは他人には分からない。仮に話題になって、事実と違うことをコピーが言ったとしても、追憶の匣につけこまれるくらいだから、相当以前から気に病んでたんだろうしね。ミスをなかったことにしたくて言い張ってるのか、それこそ本当に心を病んでしまったと思われてもおかしくない」
ツナが言ったことは、これまで追憶の匣が実在しているとなかなか分からなかった核心だ。
例に挙げたように、たとえばある受験に失敗したことをずっと悔いていた人間がいたとする。その後悔を追憶の匣に食われ、理想像の形代ができた場合、見た目には全く変わらない。性格や言動も特に変化はない。ただ唯一違うところは、後悔の根幹である受験の失敗が、成功となっている点だ。行きたかったはずの学校に進学したことになっているので、信じて疑わず、他人にもそう話す。だがコピーが改竄できるのはあくまで当人だけであり、実際に過去の受験結果が覆っていたり、その学校に通った記録はないのだ。
そのため、受験の失敗がつらすぎて、受かったと風潮しているか、受かったつもりになるほど心を病んだと周囲は解釈する。そんな人間を前にしたとき、お前は受験に失敗したのだと、あの学校には行けなかったのだと、現実を突きつけられる者は少ない。同情でもあり、腫れ物に触りたくない心理に陥るためだ。おかげで、現実ではないことを思い込んでいるコピーを誰も否定せず、当たり障りなく迎え入れる。やがて繭に囚われた本体が力尽き、炎が供給されなくなってコピーが消失しても、そもそも気が狂っていたので失踪したのだろうくらいにしか思われない。偶然すぐに山中で死体が発見されたところで、頭がおかしくなって山に入り、半ば遭難したか自殺したと哀れまれるだけだ。
それが、半年以上も前、今回の一連の被害のうち、発端となった村娘は違っていた。
「そりゃあ、数時間山に入ってただけで、体重が何十キロも落ちてたら誰もが不審に思いますよね」
獄寺の言葉に、ツナも神妙な顔で頷いていた。
ツナが例に出したような、受験の失敗や、仕事上のミスなどが後悔だった場合は、そこに話が至らない限りは分からない。だがこの娘の場合は、後悔が外見だったことで、誰の目にも不自然だとすぐに判明したのだ。
まだ年若い娘なのだが、生まれつき内蔵機能に疾患があった。それは薬を飲めば補えるもので、生命の危機は回避できる。だが副作用として食欲を抑制できなくなる効果があり、結果的にかなりの過食でずっと育ってきたらしい。ふくよかな体格で、大らかな人格は、とても愛らしかった。それでもやはり年若い女性であり、肥満体質であることにずっとコンプレックスを抱いていたらしい。決定的になったのは、想いを寄せていた男性が、彼女の体型を理由に手酷くふったことがあったようだ。
その男性が、本当に体型が嫌だったのか、そうだとしてもどの程度の罵声だったのかはよく分かっていない。もしかすると、彼女の思い込みだったのかもしれない。だが幼い頃から、モデルなどに憧れ続け、体型を気にしすぎていた彼女にとって、後悔は病気そのものではなく副作用ではあっても太ってしまった自分の弱さだったようだ。
「もう別人くらいに顔つきも変わってて、服とかもダボダボなのに、コピーは全然気にしないで振る舞ってたみたい。最初は親御さんも何が何だか分からなくて、でも誘拐とか成り代わりとかの刑事事件とも思えなくて、リングの精製に携わってた繋がりでボンゴレに相談したのが、きっかけになったんだ」
その状況を想像すれば、薄ら寒い恐怖しか感じない。それまで、体型はふくよかでも、優しく大らかに育っていたと思っていた娘が、突然痩せて当然のようにそこに存在していたのだ。
相談を持ち込まれ、ボンゴレでもいろいろと調査をした結果、追憶の匣の伝承にたどりついた。実を言えば、それまでも確証がないだけで疑わしい事例はいくつかあったのだ。その数少ないケースから推察され、おそらくは追憶の匣に囚われたのだと結論が出たとき、娘の両親は三重の苦しみに陥る。
一つは、囚われるほど娘が苦しんでいたことに、気づいてやれなかったこと。
もう一つは、今この瞬間も本当の娘は繭の中で静かに死へと向かっていること。
そして最後に、本当の娘を助けるためには、やっと痩せて嬉しくてたまらない娘にしか見えないコピーに、その姿は偽物だと納得させ、殺さなければならなかったからだ。
「彼女の説得には親御さんが当たったみたいだけど、かなり大変だったらしい」
「まあ、そうでしょうね。やっと長年の苦悩から解放されて、体型以外は本人そのものでむしろ性格は明るくなった状態の娘に、現実を突きつけて殺さなきゃいけないんですから」
「ボンゴレに、娘を殺しましたって報告にきたとき、親御さんたちは自失状態だったらしいよ。まあとにかく、コピーを消したってことで、捜索隊は出してあげたみたいなんだけど、今度はその内の一人が囚われた」
二ヶ月近く繭の中で眠っていた娘は、皮肉なことにその体型によって生きながらえることができた。無事に救出され、村に戻ったとき、げっそりと痩せ衰えた両親が涙ながらに謝ってくる理由を彼女は知らない。どうやらコピーが出歩いていたときの記憶は、本体に共有されないらしい。そのため、両親の様子も、単純に自分が山で遭難して心配をかけてしまっただけだと思い、娘は回復してからせっせと親孝行に励んでいるようだ。
それはそれとして、娘の件は終わっているのだが、救出作戦の際に参加していたボンゴレ・ファミリーの一人が追憶の匣に囚われた。複数でいたときに、突然攻撃を受け、数名が意識を失ったりするほどの重傷を負う。そして数日後に目覚めた者たちは一様に混乱していたが、その中で一人だけコピーがいたことはしばらく判明しなかった。
「そいつは、外見が後悔じゃなかったんですよね? ええっと、家族のことでしたっけ?」
むしろ、外見で分かりやすく判明した最初の娘が珍しかったのだ。二人目の被害者となったそのファミリーは、一ヶ月ほどコピーだと周りにも分からなかった。
「うん。怪我してたから、療養中になってたこともあるんだけど、本当に誰も分からなかったみたい。でも一ヶ月くらい経って、銀行から首を傾げて出てくる彼を見て、偶然通りがかった部下が話しかけたことで気づかれたんだよね」
そのコピーは、実に不思議そうに部下に言ったらしい。離れて暮らす家族に毎月の仕送りをしようとしたのだが、口座がなくなっておりできなかった。妹の進学もあるし、多めに振り込もうとしたのに叶わなくて困っている。
ボンゴレに入ったときから可愛がってもらっていた部下は、真顔で首を傾げるコピーに、薄ら寒くなった。そもそも、その男がマフィアに名を連ねることになったのは、両親と妹を幼い頃に亡くし、天涯孤独になったためだと本人から聞いていたからだ。もちろんこれまで仕送りなどしていなかったし、受け取るべき家族は既に死んでいる。だが年の離れた妹だったというかつての話から計算すれば、確かに生きていれば妹はそろそろ進学をする年齢だったと分かったとき、その部下はまるで幽霊を見た気分になって硬直してしまった。
だがそこで、不審がられないように適当に話を合わせ、上層部に報告したことでやっとコピーであることが発覚した。部下の方も捜索隊に参加していたので、追憶の匣について一定の説明は受けていたのだ。
部下からの指摘でボンゴレが改めて調査をした結果、当該ファミリーの両親と妹はやはり十年以上も前に死亡していた。ここで注目されたのは、その原因だ。死因そのものは火事によるものだが、火元はそこの息子、つまり当該ファミリーの不始末だったのである。どうやら、自分の火の不始末で両親と幼い妹を死なせてしまったことを、ずっと後悔していたらしい。会わせる顔がないと無意識に思っていたのか、コピーの改竄された記憶では、家族とは離れて暮らしていることになっていた。それでも、仕送りなどで繋がりは持ち、たまに会って成長する妹を見るのが本当に楽しみだと心から嬉しそうに笑う男に、部下は現実をなかなか突きつけられなかった。
十代の始めからマフィアとなり、屈強な体と豪快な性格で熊に例えられることが多かった男が心の奥底に抱えていた弱味を、勝手に見てしまっているような心苦しさもあった。仮に本体が戻ってきても、コピーの頃の記憶はないため繊細な部分を覗き見てしまうようなものだ。部下は随分と悩んだが、結果的に時間もないということで、説得工作が行われた。既に焼けた家はなくなっている町に連れて行ったりもしたようだが、決定的になったのは運よくまだ警察に残っていた火災現場の遺体写真だ。
周りがつるんで騙そうとしていると、両親も妹も生きているのだと言い張っていた男は、そこでようやく肩を落とした。引き金を引いたのは、最初に異変に気づいた部下だったらしい。写真を突きつけて、もう貴方のご家族は死んでるんですと迫ったのも、その部下だ。
「説得した部下の人が、言ってたよ。自分は、あの人を二度殺したようなものだって」
「……。」
「もちろん、今は本体が救出されて、戻ってきてはいるんだけど。最初の娘さんの両親とか、二人目の人の部下とか、助けることができても周りに負わせた心の傷はとても大きいんだよね」
追憶の匣に囚われてしまうほど、やり直したいと思っている過ちを、無駄だと突きつけ、心を殺す。更にコピーと分かっていても、見た目は本人にしか見えない体に銃弾を撃ち込むのだ。
ある意味において、そこまで背負ってくれる者がいなければ、最初の娘も二人目の男も生きて戻ってくることはできなかった。だが助けた側の精神的な負担が大きく、部下の方は今も療養休暇中である。
「自分はコピーなんだ、て、納得させるのは、本当に難しいみたい。ただ現実を放り投げても、目を背けるだけだしね。かといって、納得させないままで殺しても、殺されることに納得できないから何度でも甦ってきちゃうし」
「……それも、怖い話ですよね」
ツナの言葉は、三人目の被害者を想定したものだろう。二人目のコピーを殺し、本体の回収に向かったところでまた別の者が囚われた。疑心暗鬼に陥っていたこともあり、比較的早く判明したものの、その頃にはおかしな恐怖が蔓延しつつあったのだ。
特に責任を感じた友人が、半ば錯乱状態になってコピーを撃った。この段階で、説得は完了していない。つまりコピーだという自覚がないまま殺されたことで、何が理由で撃たれたのか分からないという結論に至ったらしく、コピーは数時間後には平然として再び現れたのである。
「傍目には、取り乱して何度も友人を撃つ彼の方が、気が触れたように見えたみたい。でも、気持ちは分からなくもない。友人を思って引き金を引くのに、死体が忽然と消えて、何時間かしたらニコニコして戻ってくるんだ。しかも、コピーは友人に撃たれたっていう記憶は改竄されてて、まるで自分の方が悪い夢を見てるんじゃないかって友人の方が参っちゃったんだよね」
だから、コピーにはコピーだという自覚を持たせて殺さなければならない。納得できないうちは、何度でも甦ってしまう。
そんな話を繰り返したツナは、大きくため息をつく。そしてベッドの横に座り、軽く両手の指を組んだまま、複雑な笑みを浮かべて獄寺に尋ねていた。
「……ねえ、獄寺君は、コピーに会ったことがある?」
「あ、いえ……?」
「オレはね、二人目のコピーがいた頃。ちょうどこっちに出張してて、ちょっとだけ会ったんだよね」
その話は初耳で、獄寺は軽く目を瞠る。それにツナはまた苦笑してから、視線を落として淡々と続けていた。
「そんなに面識はなかったけど、少なくとも、人間として不自然なところは全然ない。オレの記憶にある限りの、彼そのものだった」
「そう、なんですか……。」
「その頃は、コピーじゃないかって話はもう出てたからさ。オレからも、前に同行した任務のこととか、あと食事に行ったときの話とかもふってみたんだけど、見事に合ってるんだ。全然おかしくない。彼は療養中だったけど、結構上の立場だったしね、事務的な仕事を片付けるために定期的に本部に顔を出してて。それらをこなすことにも、全く問題はなかったみたいだよ」
「……。」
「ほんと、家族が生きてることになっている以外は、彼そのものだったんだ」
ひとつ身体的な差異があったのは、火事の際に背中に負った火傷の痕がなくなっていたことらしい。それは火傷の痕そのものが後悔だったからではなく、火事にまつわる記憶の証拠になりかねないものは、コピーを生成するときに抹消されたためだろう。場所が背中であり、彼には裸で付き合うような恋人もいなかったことで、説得が成功する直前まで火傷の痕が消えていることは誰も気づかなかった。むしろ火傷の痕があったことを知っている者がごくわずかだったため、たとえ綺麗な背中を見せていてもコピーだと分かることはなかったのかもしれない。
そうして、ツナから見たコピーの出来映えまでを話したところで、ツナはポンと自分の両膝を叩く。気分を切り替えたようだが、努めて明るく切り出されても獄寺の緊張は増すばかりだ。
「さて、と。おさらいは、ここまで。そろそろ、本題に入ろうかっ」
「は、はい……!!」
今までの話は、ツナがコピーに会っていたことを除けば、任務に向かう前に獄寺も心得ていたことばかりだ。それを改めて話されたことは、嫌な予感しかもたらさない。無理に笑みを浮かべているツナの顔は、どう見ても泣いているようにしか感じられないのだ。
「まずね、どうしてキミたちがここにいるかってことなんだけど、休暇ってことにしてるって言ったよね?」
「あ、はい、それは聞きましたが……!?」
「……無用な混乱を招きたくなくて、半ば幽閉することにしたんだ。うるさい連中に、あれこれ言われたくなくて隠しておきたかったことは、キミの怪我だけじゃない」
守護者の一人が、二週間も昏睡するような怪我を負う。
それと同じか、もしかするとそれ以上に隠しておきたいこととは、何なのか。ここまで散々おさらいだと繰り返された話題が、獄寺の背中に冷たい汗を垂らさせる。
「二週間前、キミたちが救出するはずだったファミリーは、無事に繭から助け出された。衰弱してるからまだ入院してるけど、命に別状はない。そこは安心してくれていいよ、あの任務はちゃんと完了した」
「はい……?」
獄寺の記憶では、繭を確認したところまでで、中に囚われていたファミリーを救出し、確保はしていない。あの白い糸に山本が襲われてから、どうなったのだろうか。山本が糸から脱出し、自分と繭の中の男を助けたのか。それとも、連絡がないことを不審がった本部から捜索隊が出されて、発見されたのだろうか。
そこを明らかにしてくれないツナに、獄寺はますます緊張する。すると突然声を震わせ、やや言葉を詰まらせながらツナは続けていた。
「……ごめん。オレがわざわざ駆けつけてるってことで、キミのことだから、もう、予想もついてると思うけど」
「十代目……!?」
「ごめん、獄寺君、本当にごめん。オレが、ちゃんと、尋ねてればよかったんだ……!!」
そう言って俯いたツナは、もしかすると泣いているのかもしれない。それは要するに、と聞き返せない獄寺が呆然としていると、やがて項垂れたままのツナが呟く。
「……ほんとに、後悔はないの、て」
「……!?」
確認していればと悔やむ姿は、回避できなかった悲劇に嘆いているようにしか見えなかった。
ツナがここまで言うということは、やはりそうなのだろうか。
思わずゴクリと唾を嚥下した獄寺に、ようやく顔を上げたツナは、悲壮感に苛まれた目でしっかりと獄寺を見つめる。
「獄寺君、キミに、酷なことをお願いしたいんだ」
「……はい」
「最初は、親友としてオレがすべきだと思ってた。でも……。」
二人目のコピーを殺した部下は、今も心を病んでしまっているらしい。
そんな話を聞けば、おいそれと他人に任せることは出来ないと、立派で優しいツナだからこそ、わざわざ日本からやってきたのだろう。
だがそのツナが、今か今かと獄寺の回復を待ち、目覚めてすぐに時間がないとばかりに頼み込む。
そこまでしなければならないほど、追い詰められる状況とは何なのか。
想像をいくらしても、嫌なことしか思い浮かばない。なにより、これから遭遇する現実の方がよほどひどいのだろうと思えば、あれこれ悩むのも馬鹿らしくなった。
だからこそ、獄寺は笑ってツナに頷いてみせる。
「……お任せください、十代目。オレは十代目の右腕なんです、それぐらいお安い御用ですよ」
「獄寺君……。」
できるだけ頼もしく見えるようにと笑ってみたのだが、ツナの顔はますます泣きそうに歪むばかりだ。そんな自分の不甲斐なさにつくため息に隠して、本当は知りたくない現実を今だけは考えないように努めていた。
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