【お試し版】
『紅恍のエンブリオ』収録-01.









※注意※



この本は、リア=グリフというパラレルシリーズの第2弾(続編)です。
本の中に前作にあたるリア=グリフ本編+後日談のあらすじが収録されています。
ただ、「リア=グリフ本編+後日談」の再録本『環 蒼天 リア=グリフ』も発行しています。
再録本を同時購入予定の場合、
これ以降のお試し版は再録本のネタバレになります。

ご注意下さい。

















































■00







 山奥の、小さな古めかしい建物。鬱蒼と生い茂る森と半ば同化しかけた朽ちた外見とは違い、中へと入ればそこは生気に溢れていた。だがそれは、たくさんの人がいたり、笑い声が起こって活気があるというのとは違う。
 とても不思議な感覚だ。
 ここに来るたびに、幼い少女の胸の内には、いつもざわざわとした複雑な感情が沸き起こる。寂れているのに賑やかで、ざわついているのにやはり孤独なのだ。今も古びたテーブルいっぱいに図面を広げ、一度も顔を上げようとしない見た目は若い女性に、少女はゆっくりと口を開く。
「先日頂いたこれ、とても重宝しております。ありがとう」
「……。」
 少女の手には、直方体の小さな箱が握られている。一般的に、匣兵器と呼ばれるものだ。三大職人と言われる者たちのような作品とは趣がかなり違うものの、繊細なレリーフが施された外装は、やはり女性ならではの感性なのかもしれない。試作品だといきなり渡されたのは、前回こうして顔を合わせたときである。少女は新たな匣に戸惑いはしたものの、協力関係からも無下にはできず、何よりその美しい仕上がりにややうっとりとして受け取った。そうして実際に開匣すればまた素晴らしい出来であり、今もテーブルに向かったまま無言の女性が『抹殺された天才』と称される実力を目の当たりにした思いだった。
 もちろん、抹殺と言っても比喩表現であり、実際にこの女性がとっくに殺されていて幽霊だとかという意味ではない。ただ、彼女の存在は、禁忌の多いこの世界でも特に、認めてはならないものだったということだ。彼女の功罪は関係なく、ただその存在だけで邪推を恐れた連中によって輝かしく得られるはずだった名誉を失った。本当は、そういうことなのだろう。
 だが、こうして彼女に会っていると、きっと本人は名声など最初から必要としていなかったのだろうと感じる。
 もし欲するものがあるとすれば、彼女の活動への協力者だ。それが公にできない相手であっても構わないという点が、この実力を仰ぐことになるきっかけとなったのだから、縁とはつくづく不思議なものである。
「……オイオイ、なんとか言ったらどうなんだ? せっかく、こうして姫がわざわざ足を運んでやったってのに」
「ガンマ、そんな言い方は……。」
 少女がこの不思議な空間にやや感慨深くなっていると、斜め後ろに控えていた部下が苛立ったようなような声を出す。どうやら、彼女がずっと図面に向かったままなのが不満らしい。母の代からの有能な部下であり、実に信頼できる男ではあるのだが、少女に対してはやや過保護な面もあるのだ。今も、ボスが侮辱されていると過敏に受け取ったようで、普段の厭世的な陽気さとはかけ離れた低い声に、少女も少し戸惑いながらそう部下を制した。
 それに、部下は恐縮して黙り込むが、彼女もまた反応はない。時折寝ているのではないかと心配になるものの、しっかりと見開かれた彼女の瞳は、どこか熱っぽく図面を見つめ続けたままだ。そのことにまた部下が苛立ち始めているのに気づき、少女は仕方なく口を開くことにしていた。
「実は、いい報告ではないのですが。先週、部下の者があなたにお約束した期日、守れそうにありません。そのことは素直にお詫びします」
「姫、まだ確実に無理だとは……!!」
「でもガンマ、特に見通しもないのでしょう? でしたら、先にお伝えしておくべきが礼儀だと私は思います」
 もちろん、部下の言うとおりまだ期日ではない。だが、街中を歩いていて、今日明日に偶然入手できるようなものでもないのだ。これまでいくつかの作戦を実行したが、胸を張れるような成果は得られていない。守れないと分かった時点でできるだけ早く詫びに行くべきだと主張したのは、少女自身だ。図面に向かっている彼女との提携に、最初は乗り気でなかった少女なので、わざわざ会いに行ってまで謝罪するのは気にしすぎだと反対する者もいた。
 だが、少女としては、だからこそ会いたいと思ったのだ。この彼女にとって、約束とはどれほどの意味を持つものなのか。部下からの報告だけでは、にわかに推し量れない部分があまりに多すぎる。
「……気になさらなくて、結構。期日とはあくまでも目安、むしろそちらの都合から逆算しただけのもの。遅くなればそれだけ遅く、我々はただお待ちするのみ」
「あ、はい……?」
 だから真意をはかりたいと思い、こうして再び会いにきたのである。だが彼女は図面から目を離すことなく、唐突にそう答えていた。感情というものがほとんど含まれておらず、抑揚のないやや掠れた声で淡々と紡がれる言葉は、用件のみを簡潔に表現するだけだ。愛想はないが、分かりやすい。真意を知りたいと思っていたはずなのに、あっさりと示されたことで、少女もまた困惑する。
「あの、そう言って頂けると、助かるのですが。具体的には、いつ頃までお待ち頂けるのですか?」
 どうやら、期日というのはこちらが先に提示した日からの逆算だったらしい。ならば遅れてもその分遅くなるだけだという理屈は分かるが、だからといっていつまでも待てるわけではないだろう。なにしろ、信頼関係というものがある。普通に考えれば、すると約束したことをずるずると先延ばしにしていれば、やがて信頼を失ってしまう。それは自分たちの置かれた状況からもまずいと思い、立場上足を運んだのも理由の一因であった少女がそう尋ねれば、図面に向かったままの女性が初めて視線を上げていた。
「……我々が、待てるだけ」
「え……?」
「我々が朽ちるまでなら、いつまででも、お待ちして、おります」
 最後の方は、彼女にしては珍しく、やや丁寧な表現も用いて言葉を締めていた。だが少女は、女性のいつにない口調よりも、じっと見つめられた瞳に心を奪われてしまう。
 抑揚のない声と、世捨て人のような態度に、ついこの女性は無感動で心の振れ幅が小さい気がしてしまう。要するに、鈍感ということだ。学者や研究者にはこういうタイプも多いと聞くが、彼女はそういった者ではない。もっと違う深い感情が、とその意味を確かめようとしたときには、彼女からふいっと視線を逸らされた。それと同時に、斜め後ろからポンと肩を叩かれる。
「ガンマ……。」
「姫、よかったな。彼女もああ言ってくれてることだし、さっさとこんな辛気臭いトコからは帰るとしようぜ?」
 妙にニコニコとしている部下は若干気持ち悪いが、それだけこの女性が苦手らしい。普段はこれほど綺麗な女性であれば率先して肩でも抱き寄せて甘い言葉を囁いているのに、珍しいことだ。少女はそう思いつつ、部下の言葉に頷くというよりは、彼女が早く帰ってほしそうだったので部屋から出て行くことにした。
「では、失礼致します。次は必ずいい報告をお持ちしたいと思っておりますので、どうか、よしなに」
「……ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」
 彼女から挨拶が出たことには軽く驚きつつも、少女は微笑んで返礼をし、部下と共に部屋を後にした。
 短い廊下を経て、すぐに建物の外に出る。するとひやりとした空気が妙に澄んでいる気がして、やはり建物内は何かが違っていたのだと少女は感じた。
「ああっ、やっと憂鬱な仕事も終わったな!! 姫、帰りは麓の町に寄っていかないか? こないだ来たときに、なかなかいいバーを見つけたんだ」
 どうやらそれは部下も感じていたようで、建物の玄関から出た途端、わざとらしいまでに伸びをして溌剌とそんなことを言っていた。思わずそれには笑ってしまうが、賛同することはできない。
「ガンマ、私はお酒はまだ嗜みません。それに、外で一人で飲むことは感心しませんよ?」
「はいはい、相変わらずお姫様は堅苦しいこって……。」
 部下は困ったように両手の平を上へと向けているが、口調は笑っているのでもちろん本気ではなかったようだ。だがそうして砕けた空気も、少女の心の中を完全に晴らすことはない。玄関を出て数歩歩いたところで、少女は足を止め、背後の建物へと振り返っていた。
「姫?」
「……ねえガンマ、アレシアさんはここに一人で住まわれているのよね?」
 買い物などは、女性の足でも麓まで行けなくはない。馬があれば、もっと簡単だろう。よって、住んでいること自体は不思議ではないのだが、どうも彼女の口調には、抑揚などとは違うところで違和感があったのだ。
 それを尋ねた少女に、部下はすぐに意図を察して答えてくれる。
「ああ、あの女、いつもあの口調だ。まあ、あれだけいろんなモノに囲まれてるしな。一人って雰囲気がしないんだろう」
「……そう、ね」
「ま、気にしなさんなって? 変わり者なのは別にいい、腕さえ確かなら充分使える」
 この世界、性格的に変わった者はごまんといる。よって気にすべきではないという進言も充分理解は出来たので、少女も頷いておく。
「なにしろ、あれだけの腕でフリーてのは、伝説みてえなヤツを除けばほとんどいないんだ。そこそこ名のある職人は、力のあるファミリーがよってたかって抱え込んでる。だが、ヤツらはまだリングも匣も充分使いこなせていない。扱いでは何歩も先にあるはずのオレたちが、今更匣の重要性に気づいて焦ってるヤツらを出し抜くには、どうしてもあの女の力が必要になるんだよ」
「……ええ、分かってます」
 更に少女のファミリーを取り巻く現状にまで言及をされれば、ますますもって反論などできるはずもなかった。
 血で血を洗うような戦いなど、望んでいない。
 だが、少女とて守りたい者たちがいるのだ。
 血気盛んで、それこそ玉砕覚悟で仕掛けかねない部下たちを抑え、最も勝てる可能性があり更に被害も最小限にできそうな計画だということは、理解できた。だが、どこか心の中が追いつかない。本当にこれでよかったのか、納得できない部分がずっと燻り続けている。
 そんな葛藤を、最も少女の近くで見てきた部下だからこそなのか、電光と謳われるファミリーは少女の正面へと回って膝を折り、しっかりと瞳を見つめてきていた。
「姫、安心してくれ。次の作戦はオレも出るし、大船に乗ったつもりになってくれて大丈夫だ」
「……はい。あなたを信じています、ガンマ」
 それにニッコリと笑って頷けば、部下もまた安堵したように笑ってくれたのは嬉しかった。
 地面につけたために汚れた膝を払ってやり、少女は部下と共に歩き出す。だが後ろ髪を引かれるような思いでもう一度だけ建物を振り返るが、胸の中に浮かんだ不安は消えてくれず、今はただ先へと手を引く男の温かさに委ねるしかないと悟った。
 大陸での大きな血のうねりは、もう抗えない流れになっている。
 自分たちのような、歴史は長くともさほど大きくないファミリーが生き残るには、この変化をいち早く受け止めて乗りこなすことしかないのも、また自明だった。












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