【お試し版】
『デフコン3』収録-03.





■01-02







 午後五時から行われたリボーンを中心としたブリーフィングの内容は、主に任務形態と並盛におけるルノス戦の特殊事情だった。
 獄寺が配属されるルノス分隊は、組織図上はサノス本隊の一部であるが、運営上はサノス本隊に組み込まれていない。そもそも一定の権限を並盛の最高司令であるツナより託され、独立した作戦行動が取れるサノス師団には、重装甲昼間専用駆動機(サノス)を有する直接攻撃部隊であるサノス本隊の他に、サノス補給隊やサノス整備隊、サノス後方支援隊、開発研究特科などの部隊がある。ほぼパイロットだけで構成されるサノス本隊の中にルノス分隊は位置づけられているが、実際には指揮権はサノス師団長すら飛び越えて、ツナから直接ルノス分隊長に繋がるのだ。補給や整備、通信や作戦補助といった後方支援も、ルノス分隊の中では、第一小隊、第二小隊と同列のルノス後方支援隊にまとめて含まれ、専門分野ごとに班という単位になって分隊棟に機能が集約されている。このため、整備班などもルノス専従であり、この意味ではルノス分隊はサノス師団の縮図とも言えるイレギュラーな二重構造となっていた。そうする必要があるほど、この並盛ではルノス部隊を優遇しなければならない特殊な事情があるのだ。
 サノス本隊との連動任務からは完全に独立しているルノス分隊は、基本的には夜間に常駐となる。だが学生である獄寺は異例にしろ、昼間にのんびり寝ていていいわけではないため、任務中となる夜間は二交代制を取っていた。早番は午後八時から翌日午前一時まで、遅番は午前零時から五時まで、それぞれ五時間である。重複している一時間は引き継ぎや合同会議などに当てられるらしい。当番でない四時間も分隊棟にはいなければならないが、仮眠も許可されている。襲撃でもない限りは基本的に呼び出されることもない。訓練などはこの時間外に自主的に行われるものであり、夜間はルノス分隊にとっていつでも臨戦態勢をとれる準戦時中なのだ。
 そしてこの早番、遅番は、二週間ごとの交代だ。ちなみに獄寺の第二小隊は、今は早番なので午前一時までが当番である。また小隊単位で一日ずつ休みが回ってくるので、五日に一度、変則的な休日も与えられている。このため、実際には常に八人のパイロットが夜間詰めており、午前零時すぎの例外を除けば、半分が格納庫でいつでも出撃がかかっても対応できる状態を整え、残り半分が併設してある分隊棟で仮眠中というのが標準だ。当番でない方の小隊を他番、休日の者を非番と区別するらしいが、非番でも宿舎に帰るだけの者は格納庫や分隊棟に割りと足を運ぶらしい。ブリーフィングがあった時間帯はまだ任務中ではなかったが、一応顔合わせということで非番のパイロットも揃っていた。
 そうして一時間ほどでブリーフィングは終わり、リボーンには今日のところは休んでいてもいいと言われたが、早く機体にも慣れたいと申し出て獄寺は第二小隊の一人として早番の任務につくことにした。当番開始の午後八時までに夕食と風呂を済ませ、格納庫に向かうときは、さすがにやや緊張したものだ。
 日が落ち、夜の帳が辺りを占め始めれば、太陽ではなく月の出番だ。大陸では有名無実化しかけていた精鋭ルノス隊が、ここでは第一線で活躍しているのである。
 ちなみに風呂に関しては任務明けでもいいのだが、それから三時間に満たない仮眠でまた学校があることを思えば、せいぜい軽くシャワーくらいで済むようにと配慮したに過ぎない。まだここでのスケジュールに慣れていないのでそう考えたが、不具合があればそのうち変えていけばいいだろう。そんなふうに思いながら格納庫にやってきたものの、獄寺がまず探したのは自分の機体よりあの他人の空似だった。
「……まあ、そうだよな」
 すると、どこをどう見渡しても見つからず、そもそもあれは自分の見間違いだったのかと首を傾げた。服装は、今も格納庫に数名は常駐しているルノス担当の整備班のものだった。ここはそもそもルノス分隊専用の格納庫であり、サノス担当の整備班は作業着の色がオレンジではないらしい。よって、全く似てもいない人物を似ていると思いこんだのだと考え、獄寺はもう気にしないようにして自分の機体に向かったものだ。
 そこで整備の担当者からいろいろ説明を受け、実際に搭乗して感覚も確かめた。初出撃前には一度昼間に試験操縦し、調整も必要だろう。そんな話をしていれば時間はあっという間に過ぎ、もう一日が終わりかけている。あと三十分もすれば第一小隊がやってきて、更に一時間もすれば獄寺たち第二小隊は他番となり、仮眠も取れる。決して眠くはないものの、なんだか頭がスッキリしない。先ほどまで話していた担当の整備士とも別れ、床に下りて自分の機体を眺めつつ頭は違うことに気をとられていると、ふと話しかけられた。
「どうだ、その機体は?」
 パイロットを識別する機番として、獄寺には『59』という数字が与えられた。もし誰かが使っていて重複するようであれば『8810』になるところだったとリボーンが真面目に言っていたのを考えれば、連番ではないことは明らかだ。既に肩の装甲には59という機番は塗装されており、名実共に獄寺の機体だと主張している。それをどこか誇らしげに見上げているところにそう話しかけてきたのは、第二小隊の小隊長だ。一応上官だが、便宜上のもので単純に一番年上がなるものらしい。このヒゲ面の小隊長は三十代のようだが、当然ながら身長は獄寺とほぼ変わらなかった。
「……まあまあだな」
「言ってくれるな、なかなか。優秀なルノス専従整備班が急いで仕上げてくれたのに、やっぱり最近の若者ってのは肝が据わってるのかねえ」
 内容は嫌味な大人だが、口調にはそれほど不快さは入っていないように感じられた。むしろ面白がっているように聞こえるのは、長くルノス乗りをやっているらしいこの小隊長も、昔はどうせ小生意気な若造だったからだろう。獄寺の不遜に態度にも、任務さえ果たしてくれれば適当に流すという独特の風潮が見える。こういう、上下関係に厳しくないところが、そもそも獄寺がルノスのパイロットを目指した理由の一つだ。
「まあそれはいい。オレたちは小隊と言っても、ほとんどが遊撃だからうるさく団体戦を強いられねえしな。それぐらい根性ある方が、フォローに回らなくてすむし安心だ」
 もちろん一定の作戦というものはあるが、基本的にはルノスは単独戦なのだ。だから殊更隊員間の親睦を深めようという気には、もちろん小隊長もならないらしい。だが戦闘における情報交換という意味では、コミュニケーションはやはり必須だ。せっかく話しかけてくれたのでついでに確認しておくかと思い、獄寺は疑問に思っていたことを単刀直入に尋ねていた。
「ところで、分隊長とやらはどこにいるんだよ?」
「……。」
「分隊長だけは、非番がなくて毎日詰めてるんだろ? 見かけねえってことは、今日は遅番に合わせてるのか?」
 今も小隊長が着込んでいる深緑のツナギが、ルノス・パイロットの標準服だ。獄寺はまだ間に合っていないので私服のままだが、それを着ている者はこの格納庫に小隊長を含めて四人しかいない。いずれも、夕方に作戦室で第二小隊のパイロットだと紹介された者ばかりだ。
 そのブリーフィングにおいて、この並盛におけるルノス戦はひどく特殊なものなのだと、ようやくリボーンから説明をされた。それはボンゴレの都合ではなく、敵対する組織、ロンバルディ・ファミリーに合わせた迎撃体制を取っているからだ。どうやら敵に一機だけ物凄い能力を持ったルノスT型というものが存在しているらしい。ちなみに、略してルノストという呼称が定着しているようだ。とにかく凄いのだと繰り返されてもいまいちピンとこなかった獄寺だったが、リボーンから淡々と資料として数字を提示されると、最初は笑ってしまいそうになり、次に冗談でしょうと口にしかけ、やがて事実らしいと察してはさすがに黙り込むことになった。シャマルが言っていた、前任者が戦ってはいけなかった『アレ』とは、このルノストに間違いない。
 ルノストの特徴は二つ、その指揮能力の高さと単独戦闘能力の高さだ。それに対抗できるのは、今のところブリーフィングには姿を見せなかった分隊長だけらしい。その分隊長は襲撃と同時に当番の四機の中から『台機』と呼ばれる直接指揮機を決め、指令を出す。他の三機や、他番や非番の機体も、自由に敵を叩いて回る遊撃機となる。
 どうせ獄寺はしばらく台機にはならねえから安心しろ、とリボーンには流されたが、肝心なところで誤魔化された気分になった。そもそも、分隊長は指示を出すだけでパイロットではないのか。パイロットでないならばどうやってその最強らしいルノストと渡り合うのか、さっぱり想像がつかない。ツナやリボーンといった並盛のボスと幹部もいるのに、その分隊長とやらが姿を見せなかったことも獄寺の不審を煽った。
 共に戦場に出ることになる小隊長ならば、この不満は分かるだろう。まともに答えてくれるかは怪しいが、尋ねてみて損はないと思い口にした獄寺に、ヒゲ面の小隊長は確かに損もなければ得にもならない返事しかしてくれなかった。
「まあ、そのうち台機に指名されることがあれば嫌でも会えるし。焦ることないぞ、若者は」
「……。」
 それが事実であれば、リボーンからしばらく台機には登用しないと宣言されている獄寺は、分隊長の存在すら謎のままだ。ムッとした様子を察したのか、精悍な様相よりは多少気のいいらしい小隊長は、もう一言付け足してくれる。
「今のところ、分隊長だけなんだ、ルノストに対抗できるのは。秘密兵器ってワケじゃあないが、どうせそのうち分かる。そういうものだって納得しといた方が後々のためだ」
「……全然言ってる意味が分かんねえよ」
「だろうな、オレも最初はそうだった。でも、分隊長の威力を見たら、誰だって納得するさ」
 なんとなく、シャマルとでも話しているような気分になり、苛立った獄寺は特に目的はなく自分の機体の横に立てかけてあるタラップへと向かった。どうやら話は終わりだと察したようで、小隊長はそのまま去っていく。もしかするとやはり新人に気を使ってくれていたのかもしれないが、そうであるならば実質的な上官のことぐらいちゃんと説明しやがれと獄寺は内心思っていた。
 会話を切り上げるために歩き始めた獄寺だったが、そうして実際にタラップに足をかければ自然と昇っていく。数段上がったところで装甲にある小さなプレートに手の甲を押し付けるようにすれば、ヴィンとわずかな波動がしてコクピットが開いた。これは太陽の匣のうち、初期起動に入る。太陽のリングであれば誰でも開けられるので、厳密に言えば獄寺がしているような黒いルノス・リングである必要はない。個体識別もできないのだが、戦闘中は開かないように中から操作もできるので、特に不便さはない。機体そのものはほぼ同じ型が大陸でも使用されており、慣れた動作でコクピット内に滑り込んだ獄寺は、内側からハッチを閉めていた。
「……。」
 サノスと違い、上部にキャノピーがついていないルノスは、コクピット内に外光は全く入らない。そのため、ハッチを閉めると同時に初期起動で開匣した太陽の匣を動力源として、コクピット内のモニターが一斉に明るくなった。今では電子技術と炎源の融合も進んでおり、完全にどちらかだけで動く装置の方が稀だ。その少数派に属する炎源側の代表格は、副生炎源の予備昇華装置だろう。こればかりは、パイロット本人の炎を注いでおかなければ発動させられない。利き手側に設置されることが多いこの装置は、獄寺の場合右手側にある。いつもの癖で乗るとすぐにそこへと手を置くが、今日は何度もこうしてシートに腰を下ろしているので既に充填はされていた。
 出撃するならば次はもうそれこそエンジンをかけるように、ルノス・リングをメイン・タービンに直結した太陽の匣に押し当てる。これは中央のモニターの下に設置されており、基本的には帰還するまで触れることはない。ここが中央制御装置も兼ねており、唯一機体内部にある太陽の匣だ。他は初期起動のものと、予備燃料タンクの役割を果たすものが外装に近い部分に複数設置されている。
 だが今は機体を動かすつもりはないので、初期起動だけで充分だ。
「……やっぱり、ちょっと左のスイッチの間隔が広い気がするな。あんまり使うトコじゃねえけど、頭には入れとかねえと」
 シートに深く腰掛け、ベルトで体を固定してから、獄寺は既に何度も繰り返した確認作業をもう一度始めていた。それぞれのスイッチ、ボタン、パネルボタンの位置と感度を確認する。モニターにはテスト画面も表示され、まず気がついた違いはアルファベッド表記の際は英語だということだ。大陸ではイタリア語のモニターに慣れていたが、招聘がかかったときにはこの違いは予想していた。そのため、出立までのわずかな時間であちらでも英語表示のモニターを嫌というほど見てきておいたので、さほど抵抗はない。
 それより気になるのは、口にもしたように左側に並ぶスイッチが、大陸で乗っていた機体よりやや間隔が広い気がすることだ。いつもほとんど見ずに操作するところなので、この間隔に手を慣らしておくため、パチパチとスイッチを入れたり切ったりを何度も獄寺は繰り返す。気が済むまでそれをしてから、今度はパネルを操作し、訓練モードにしてから操縦桿を握った。
「……。」
 細かい動きは操縦桿そのものについているボタンでまた操作をするのだが、基本的には両手で握る両側のレバーがそれぞれのアームと機体上部のバランス制御、車輪走行時はハンドル代わりと初期発進を司る。足に関しては速度調整が主になり、それほど細かい動きが必要なわけではない。車輪による走行モードを解除した場合も、重心を取りながら移動するという操作のために、それぞれの足元に可動域の大きいペダルと代替操作用のパネルがあるだけだ。
 一つの操作に対して、特に重要なものは作動手順が二つ以上用意されている。たとえば車輪走行との切り替えは、通常は左手を操縦桿から離して触れることになるスイッチで行う。だが左手を操縦桿から離すのが困難、あるいは危険である場合、右手の操縦桿にあるボタンのうち決められた二つを同時に押すことで、右足側のペダル横のパネルが開き、切り替えボタンを蹴ることができる。もっと悠長でもよければ、右手でパネルを操作してキーボードを呼び出し、操縦コードを直接入力するという手法もある。一部の機体には更に音声認識に切り替えるモードが搭載されているらしいが、コクピット内で割りと叫ぶタイプのパイロットには誤作動を恐れて倦厭されがちだ。ちなみに獄寺も音声認識装置はまだまだ信用していないので、搭載は見送っている。
 そういった補助的、あるいは保険的な代替操作方法は用意されているものの、元々はボディーアーマーから始まった名残なのか、やはり手の操作は手、足の操作は足が基本となっている。
 その感覚を確かめるため、操縦桿からの信号が実際の装甲と連動しない訓練モードの状態で、獄寺はまず両手で握る操縦桿を動かしてみていた。
「……。」
 すると、どうしても新しい機体のためか、全体的に固い気がした。だが実際に動かしたときにどれだけアームが反応するかはまた別問題なので、しっかりとした調整が必要だろう。
 次に足元のペダルを試してみたが、こちらは逆に軽い気がするのだ。深緑のパイロット服は支給されていないものの、靴はそもそも私物なので夕飯を食べて風呂に入った後は大陸でも使っていた搭乗用のものに換えている。そのため、以前より軽いと感じることは、やはり軽いということなのだ。だがこれもレバーと同様に、実際の可動域とのバランスは動かしてみないことには分からない。もちろんいきなり転倒してしまうほどの差はないはずだが、戦場ではわずかな感覚のズレが操縦ミスとなって死に繋がらないとも限らない。今はどのみち通常任務時間なので仕方ないが、明日の夕方までには一通り調整を終わらせておきたい。
 そう考えながら、獄寺は中央のモニターの下、メイン・タービンを作動させる匣の左右にある計器類を見た。針が揺れるアナログタイプだが、同じ情報をモニターにも表示させることはできる。高度や傾斜、速度、特に太陽の匣の出力状態と炎源残量など、状況に応じて指定した計器を常にモニターにも映し続けさせることは、パイロットが戦術を立てる上で必須なのだ。
 今は訓練モードなので針は揺れていないが、表示状態を確認しようと獄寺は右手のパネルで操作をした。するとすぐにモニターに電光図形で計器類が表示される。この有用性は、当然ながらモニターで外界を見ながら同時に計器のチェックができることだ。計器図の部分も、色は濃いが不透明ではなく、カメラに写った外界が判別できる程度には透けて見える。取り敢えずは一通り全種表示させてみるつもりだった獄寺だが、最初の一つをモニターで確認したとき、思わず息を飲んで操作の手が止まった。
「なっ……!?」
 明るい場所なので暗視カメラの映像になっておらず、通常の光景がやや減調して映し出されているモニターに、あの男がいた。
 どうやらこちら、獄寺の機体を離れた場所から見ているようだが、その視線はやけにぼんやりしているように見える。あまりはっきりとした意志が灯っているように思えない瞳が、表情が薄いという印象になっているのは間違いない。到底学校のときのような、たとえ無神経でも陽気で、しっかりとこちらを見据えてくるような瞳ではなく、やはり別人のように思えた。
「……にしては、似すぎだろっ」
 だからといって、やはり別人ではないと思うのだ。ほぼ無意識に手元のパネルを操作し、その人物にズームを合わせれば、胸元のワッペンの文字が読めるくらいまで拡大できる。そこまで大きくして顔を確認すれば、やはりこの男は学校で散々おかしなスキンシップをしてきた山本武に間違いないと思った。
 他人の空似にしては、似すぎている。かといって血縁者というレベルではなく、別人として唯一考えられるのは双子くらいだ。だが学校で会った山本の性格からして、もし双子の兄だか弟だかがルノス専従の整備班ならば、パイロットだとリングで示した獄寺に言いそうだ。ましてや当人であれば、最初からそうと名乗りそうなものだ。大体、本人ならば補充で入るルノス・パイロットの名前くらい知っていてもよさそうなのに、初対面の校門前で、山本はそれこそただのクラスメートでしかないような振る舞いだった。
 どちらにしろ不自然だと感じた獄寺は、モニターの映像を切り、内側からコクピットを開ける。そして横にあるタラップを使って床へとおり、そのまま真っ直ぐに目的の人物のところまでズカズカと足を進めた。
「……。」
「……?」
 山本のような人物は、獄寺の機体から数十メートル離れたところにぼんやりと立ち尽くしていた。よく見れば工具を持っているわけでもなく、整備士のツナギを着ているがそれがやけにキレイだ。まだ新米なのか、洗濯をしたばかりなのか、どちらかと言えば前者だろう。そう獄寺が思ったのは、整備班の先輩たちがその山本のような人物に全く構わず自分たちの作業に集中しているからである。整備士の服を着ていながら、一人ぽつんと取り残されたかのように格納庫の中で佇み、ぼんやりと獄寺の機体を見つめる。おかしな行動には違いないその人物へと近付き始め、距離もあと半分となったところでようやく相手は獄寺に気がついたようだった。
「なっ……!?」
 逆を言えば、それまで気がついてなかったということは、本当は獄寺の機体を見ていたわけではないのだろうか。そんな勘繰りをするよりも、相手が急に踵を返して歩き始めたことの方が獄寺はショックだった。
 逃げられる。そう思って足を速めれば、相手も足を速める。どうして追いかけているのかと言われれば、相手が逃げるからだとしか言いようがない。
「おいおい、若者、今度は整備士君の探求か?」
「うるせえっ、知り合いなんだよ!!」
 途中、小隊長に呆れたように声をかけられたが、怒鳴り返した声が思ったより大きくて獄寺は自分でも驚いてしまった。
 正直に言えば、まだ知り合いなのか、つまり山本なのかは確信がない。造型は当人だと思うのに、表情を含めた全体の雰囲気がどうにもおかしい。なにより、山本であれば学校ではあれだけ馴れ馴れしかったのに、逃げる意味が分からない。だが別人ならばますます何故逃げるのか、と思いながら追いかけていれば、やがて格納庫の反対側の壁に辿り着いていた。
「……!!」
「バカ、もう逃げらんねえよ……!!」
 壁に到達したので右に行くか、左に行くかと悠長に悩んでいる背中に、獄寺はそう凄みながら声をかける。すると、後ろからでもビクッと反応したと分かる人物は、やはり山本ではない気がした。だがやがて観念したように振り返った相手の顔はやはり山本で、また困惑が深まるのは、それでも表情が全く違うからだ。
「え……あの、逃げたりとか、別に……。」
「……。」
 おどおどしていて、落ち着きがない。
 全く目を合わせてこようとしない様子は、やはり学校での態度とはまるで違う。今は単に動揺しているだけなのか、それとも気が弱いのか。判断につきかねる状態だが、やっと一つ確信が持てたのは、声は山本のものだということだった。
「……お前、山本だよな?」
「……!!」
「午前中に学校で会った、同じクラスの山本だよな?」
 態度の変化は腑に落ちないが、あの山本に間違いない。そう念を押すように尋ねれば、おどおどした様子は次第に薄れてきた相手は、やがて小さく頷いていた。
 どうやら、この落ち着きのなさは単に動揺していたかららしい。だが、どうしてそこまで動揺したのか。獄寺がパイロットであることは、整備士だったのであれば予想もしていただろう。身長に言及されたのも、ルノスに携わる者だったのだと考えれば説明はつく。そしてそれ以上に、大人しくなると急に気配が薄れてなくなるような、騒々しさとは無縁の人物など、やはりあの学校で会った山本とは思えない。
「……お前、ほんとに山本か?」
「……。」
 頷いて肯定されたのに、また信じられなくなって獄寺は尋ねてしまった。
 だが見定めようとじっと顔を睨んでいれば、そこで一応山本らしい人物の顔を初めてまともに見た気がした。
 もちろん学校でも何度も見ていたが、いつもへらへらとしまりなく笑っている印象が強かったのだ。だが表情というものが薄れ、どこかぼんやりとした視線になってきている顔を見つめていれば、それなりに整った容姿だったのだなと気がつく。そういえば教室でもやたら女子が話しかけていたことを思い出せば、その意味でも人気者だったのかもしれない。
 日本人らしいと称されるに値する顔立ちは、体格のよさに比べれば若干幼い。特に意外に大きかった瞳は、獄寺より身長は高いのに何故か上目遣いに見えるという特技を持っているようだ。こうしていれば結構可愛い、と思わず心の中で呟いてしまった獄寺は、直後に激しく否定をした。
「なんだよっ、可愛いって!! ありえねえだろっ、こんな野球バカに!!」
「ご、獄寺……!?」
 突然怒鳴りだした獄寺に、怯えているというよりは動揺している様子も、学校では見られなかった態度だ。
 やはり、こいつは山本ではないのだろうか。あるいは名字がたまたま山本なだけの、別人なのだろうか。だからうっかりあの山本と比べれば可愛いなどという不可解な感想を持ってしまったのかと頭を抱えかけた獄寺は、そこでハッと思い出していた。
「……そ、そうだ、野球があるじゃねえかっ」
「……?」
 自分の罵声で思い出したが、あの山本は野球部だった。おそらくバットを振る練習をたくさんした所為で、手の平には豆が潰れて皮が固くなったような特徴がはっきりと残っていたのだ。工具を持っていてなる皮膚ではなかったと思われるので、それを確認すればいい。たとえ双子でもそこまでは一緒ではないだろうと考え、手を伸ばしたところで予想外のことが起こった。
「……!?」
「……なんだよ、テメェ。ほんとに山本じゃねえのか」
「えっ……あ……!?」
 見比べて、学校で会った山本と違ったのではない。
 それ以前の段階として、手を取ろうとしたのを嫌がって振り払われてしまったのだ。
 学校であれほどベタベタと触ってきたのは山本の方であるし、野球部のキャプテンとやらのことを思い出せば触られるのは嫌だということもないはずだ。それでいて、今目の前でオレンジ色の作業服に身を包んだ整備士は、手を取られるのすら拒んでいる。
 やはり、山本ではないのか。
 どこか落胆している自分がいまいち分からず、一人でぐるぐると困惑し始めていた獄寺に、おそらくもっと混乱していたと思われる相手が必死に口を開いていた。
「あの、オレ……その、ココ、で……!!」
「……ココ? 格納庫で、てことか?」
「話すの、とか。あと……だから、触るのとか、苦手で……。」
 ごめん、と小さく謝った山本に、獄寺はしばらく目を丸くして見つめていた。表現としては見惚れていたの方が正確かもしれないが、言い訳された内容が遅れて脳で理解された途端、それは一気に不審へと変貌した。
「ハァ!? それってなんだよ、全っ然意味分かんねえだろ!? 学校ならベタベタできてっ、ココだとできない? なんでだよ、仕事場だからか? そうにしたって態度違いすぎるだろうが!!」
「ご、獄寺ぁ……!!」
 この格納庫は整備士にとっては仕事場で神聖なものだろうし、たとえパイロットと知己でも親しくは振る舞えないという理屈ならば、まだ分からなくもない。獄寺とて、あの学校での態度そのままでここで接されても困るだけだとは思うのだ。そのため、場面や場所によって同じ相手に対しても多少態度が改まることはあるだろうが、今の山本はそういうレベルではない気がする。
 あるいは、もっと異質な変化の仕方だ。
 別人のように感じるというのが突き詰めれば答えである気がして、やはり山本ではないのかという疑問がぶり返してきたとき、ふと視線を感じた。
「……。」
「ごく、でら……?」
 確かに新入りのパイロットが、同じく若い整備士に絡んでいるように見えたかもしれない。
 だがそれを窘めるだけとは思えないおかしな空気が、格納庫内には漂っていた。整備士たちはもちろん、第二小隊のパイロットたちも獄寺を奇異な目で見ている。責めるというよりは、憐れむような目だ。凄まれている山本がそうして可哀想に見られているのならば分からなくはないが、誰も山本には注目していない。ただ、獄寺を異端者を見るような目で眺めている。
 何かが不可解で、ひどく気持ち悪い。違和感の正体が分からず、静まり返っていた格納庫をぐるりと見回したところで、わざとらしいため息をついたのはヒゲ面の小隊長だった。
「あー……その、そろそろ第一小隊のヤツらも来るし、引き継ぎとか、あんまねえけどするからな? 整備に関する質問なら、担当か、整備班長に尋ねた方がいいぞ、若者は?」
「……。」
 言葉は選んであったが、そいつには構うなと小隊長は言いたいらしい。作業の途中なので邪魔をしてやるなというような、山本に対する気遣いとは違う。とにかく関わっていい相手ではないとでも言いたげな曖昧な助言など、獄寺は到底許容できなかった。
 それでも、こんなに注目されている中で、強引に手を取るようなこともしにくいのは事実だ。確認するならば、まだ学校という手もある。本人が誤魔化したとしても、ツナやリボーンならば何か知っているはずだ。とにかく今は小隊長の顔を立てて引き下がってやろうと思ったが、やはり自分は年上は嫌いらしいと獄寺は痛感した。
「山本、お前は山本武なんだよな?」
「おいっ、コラ、だから先輩のアドバイスは聞けって、若者……!!」
「……獄寺、は。オレを、誰だと、思う?」
 話すのが苦手というのは本当なのか、妙に細切れになった言葉はどこかたどたどしい。しかも質問を質問で返すという、やはり会話慣れしていないような、逆に高度な話法のようなことで尋ねられた内容は、まるで哲学だ。
 本人が先に頷いているのだから、山本武には間違いない。だが心のどこかで納得できないのは学校で会ったときと印象が違いすぎるからで、また困惑の海に突き落とされそうになったとき、一気に空気を変える違う風が吹き抜けていた。
「なっ……!?」
「第二小隊は直ちに出撃用意っ、第一小隊及び非番はデフコン1!!」
 けたたましく鳴り響いたサイレンは、敵襲を告げるものだ。
 わざわざ小隊長が叫ばずとも、パイロットも整備士たちもそれぞれの持ち場に走っている。そう考えれば、新入りの自分のために敢えて声に出して指示したのか。そう思いながら、獄寺はほとんど無意識のままに走って自分の機体に向かっていた。
 一気に緊張が高まる格納庫内は、サイレンの音以上に騒々しくなった気がした。ちょうど日付が変わる頃だったため、格納庫に来たばかりの第一小隊のパイロットたちもそれぞれ自分の機体へと乗り込んでいる。だが小隊長も叫んだように、第一小隊と非番だったパイロットはあくまで応戦準備だけだ。第一報は誤報も多く、また概要がつかめていないので全戦力を一気につぎこむと別働隊があった場合に裏をかかれてしまう。そんな危険を回避するため、第一報ではとにかく当番だったパイロットたち、つまり今は第二小隊が優先で出撃する。他番と非番のパイロットはいつでも出撃できる準備、ボンゴレのサノス師団では共通に使用されているディフェンス・コンディションの最高レベルで待機となるのだ。
「……よしっ」
 獄寺の第二小隊は第一種戦闘配置、つまりスクランブルがかかっている側だ。コクピット内に入って機器類の作動をすべてチェックするのに、約一分。それから機体の足元にコードを繋いで外部から作動をチェックするのにもう一分、こちらは整備士が担当する。取り敢えずはパイロットによる出撃前最終確認が終わった信号を出せば、すぐに足元で整備士による外部からの確認の作業が入ったことはモニターに表示された。
 整備士は出撃の際の誘導員も兼ねているため、一部は格納庫の扉を既に開き終えていた。航空機ではないので誘導灯はそこまで重要視されていないが、やはり格納庫から飛び出せば自動的にカメラが暗視映像に切り替わり、パイロットの目が慣れるまで数秒かかる。その間に移動することになる誘導路をあらかじめ示しておくのが、誘導員の役目だ。
「……。」
 モニターには既に克明な敵の位置情報が表示されており、出撃後の展開地域を獄寺は頭の中でシミュレーションしておく。
 だがそこで、根本的なことに獄寺は気がついた。
「……あれ、オレって出てもいいのか?」
 機体の最終的な操縦調整も行っておらず、明確な戦闘指示も出されていない。そもそも今日は休んでいいとリボーンに言われたところを、機体に慣れておきたいからと格納庫に来ていただけなのだ。
 第二小隊は出撃と小隊長は叫んだが、単に新入りの獄寺のことを忘れて他の三人に伝えたつもりだったのかもしれない。確認しようにももう他のパイロットたちは外部確認も終わったようだ。すぐに獄寺の機体も外部確認が終わり、これで後は出撃コールを待つばかりとなった。
 すかさず中央モニター下の太陽の匣にリングを押し当て、メイン・タービンを稼動させる。敵がいる付近までは走行モードとなるため、レバーを両手でぐっと押せば発進はできるはずだが、していいものなのか。判断がつかない。
『……ようっ、若者、準備はいいか?』
「!?」
 そのとき、右のサブ画面に小隊長の映像が映り、獄寺は驚いた。もしかすると先ほどの独り言が聞こえていたのかもしれないと思ったのは、まさに悩んでいたことにそのまま答えられたからだ。
『知ってのとおり、オレは小隊長つってもお飾りだ。出撃していいなら、正面モニターに、フリー、あるいはキャリー……は、オレみたいだな。つまり分隊長サマから好きに暴れてこいって許可が出たら、行っていいってことだ、若者』
「……了解」
 キャリーとは、CARRY、つまり台機のことだろう。小隊長のモニターには通信中にその文字が出たようなので、今回は小隊長が分隊長の直接指揮を受ける台機ということだ。台機になると分隊長から次の指示があるまで待機となり、一旦は出撃保留となる。
 それに対し、フリーとは、FREE、要は遊撃機だ。一機、また一機と、小隊長以外の第二小隊のルノスが出撃していく。モニターに、分隊長からの出撃許可が出たのだ。更にもう一機が続き、これで獄寺のモニターに何も表示されなければ今回は不許可ということなのだろう。先の一機が格納庫から出るとほぼ同時に次の一機は移動を始めるという間隔を見ていた獄寺は、三機目の僚機が格納庫から消えるまで瞬きもせずじっとモニターを睨む。
「……。」
 一秒、二秒、三秒。
 当然獄寺の機体も出撃すると思っていたのか、誘導灯を持った整備士たちも不思議そうにこちらを見ているのが分かる。だが更に三つ数えてもモニターには何の変化もなく、刻々と映し出される敵影情報がますます虚しさを煽ってきたとき、なんの予兆もなく無機質な『FREE』という文字が表示された。
「……よしっ!! 驚かせんなよっ、分隊長サマ!!」
 滅多なことでは敬語も使わない獄寺だが、このときばかりは嬉しくて思わずそんな敬称つきで叫ぶ。それと同時に、思いきり両手のレバーを押して太陽の炎を全開にさせ、並盛で初めての出撃となった獄寺は、格納庫からいつの間にか一人の整備士の姿が消えていることには気がついていなかった。






「……え? 獄寺君っ、出撃しちゃってるの!?」
「画面から目を離すな、ツナ」
 分かってるよ、と返しつつも、やはりツナは動揺を隠せなかった。
 並盛の防衛ラインはいくつか存在しているため、最も外側に敵影が確認された段階で、既にツナはルノス分隊棟に足を運んでいた。前回の襲撃から五日、このまま防衛ラインを突破して迎撃開始となるかは半々だと思っていたが、敵は前回こちらのルノスを一機破壊したことでたたみかけるつもりなのかもしれない。そのまま応戦の最終防衛ラインを越えて侵入してきたため、格納庫にも出撃を告げる第一種戦闘態勢のサイレンが鳴り響いたのだ。
 だがツナはスクランブルをかけるために、分隊棟にいるわけではない。今回もまたルノス戦が行われる地域は、並盛本部から二百メートルほど離れた場所から広がる山岳地帯だ。そもそも本部がそんな立地になっているのは、道路が整備されている市街地の方が当時は攻められやすいと思われていたからだ。足場が悪い山岳地帯は、大型の装甲車が入れない。大量の人員を投入できないので要塞代わりになるという利点から、古きよき時代では数人だけで乗り込んでくる暗殺グループなどを危機管理として想定すればよかった。
 それから時は流れ、主戦力が重装甲駆動機に移ってからは、並盛本部の北西に広がる大自然は常に戦場となることになった。この山岳地帯との境に、サノス部隊はいくつか拠点を置き常駐している。昼間戦闘は、頻発する小競り合いを除けば、一度開戦となるとそれこそ森を焼き尽くす勢いの大混乱になるため年に一度起きるか起きないかだ。並盛も長らくそんな時代が続いていたが、少なくともツナが総指揮を任されるようになってからは、本当に稀にしかなかったはずのルノス戦の方がめっきり数は多くなっていた。
 そうなる転機は、二度あった。一つ目は今から十年ほど前、山岳地帯の向こう側の都市を、元より友好な関係にはなかったロンバルディ・ファミリーが占拠したことに端を発している。ボンゴレの並盛支部攻略への拠点にするのが目的だ。数ヶ月ほど山岳を挟んで睨み合いが続き、大規模なサノス戦が勃発したときは、まさかそれ以降はルノス戦に傾倒していくとは並盛も、大陸のボンゴレ本拠地も思っていなかっただろう。
 そして二つ目の転機は、今から三年ほど前だ。そのロンバルディ・ファミリーがルノスT型、つまりルノストを実戦投入してきたことで、戦場は一気に変貌させられた。
「ツナ、まだ分からないのか?」
「もうちょっと待って、もう少しで……見える、から……。」
「……。」
 敵もルノス部隊は大規模ではなく、仕掛けてくるときは常に並盛の心臓部、要するにこの本部を目指してくる。このため、邀撃する並盛側のルノス分隊は拠点ごとに分散させる必要がなく、本部付けになっているのだ。
 そんなルノス分隊棟の中央作成制御室は、電光表示が多いため全体的に薄暗い。もう一時間近く詰めているツナは、一際大きい中央のスクリーンをじっと見つめていた。
 そこには、炎源を捕捉するレーダーで位置情報を把握した敵のルノス機影が、赤く表示されている。この時間では、出撃のかかったルノス以外の僚機や、誤認誘発者が巡回しているはずもない。実は炎源レーダーはその属性の判別に不安定要素が残っており、稀にであるが人の炎を誤認識する不具合が出るのだ。もちろんいくつかの悪条件が重なり、更に該当者の炎の強さが重装甲駆動機の主動力と変わらないほどである場合に限られるのだが、万一敵機と識別してしまうと悲劇まで一直線となる。特に、そもそも太陽に属性が最も近い『晴』と、すべてを包括する『大空』は誤認される危険性が高いことは知られていた。このため、ツナや了平といった者は、できるだけ森には入らないように厳命されている。入らざるを得ない場合も、味方であるという信号を発する識別装置を身につけることを義務付けられているほどだ。
 こうした管理は徹底されているので、今夜も当然、そういった誤認誘発者は森にはいない。防衛エリアで捕捉された太陽の匣の炎源は、既にUnknownからアルファベットが割り当てられていた。全部で十一機、AからKまでということだ。これだけならば、機械で自動にできる。だがツナにはその先の、とても重要な役割のため、こうして毎回この中央作戦制御室に詰めていた。
「……あと……二つ、どちらか……。」
「……。」 
 それは、ルノストの特定である。
 そもそも敵のルノス部隊を指揮しているルノストとは、正確には並盛が勝手に差別化している分類だ。Tシステムという特殊な機能を有している最強機だが、外装からは判断できないため、森の中に点在させている暗視カメラの情報では識別できない。このため、一機一機それぞれの行動を分析し、おそらくこの機体がルノストだろうと選定する作業が必要になってくる。
 ルノストは単独戦闘能力も異常に高いため、それこそ交戦をすれば一発で分かるが、そうなったときは手遅れである。これまで何度も交戦しているので行動パターンはもちろんデータとして蓄積されており、そこから解析をして導き出すこともできなくはないが、精度を上げるにはサンプルが足りないためまず時間がかかる。その上、機械は実に正直に『ルノスト・パターン照合率75%』などと判定してくれるので、この機体が四分の三の確率でルノストですとは戦場の僚機に伝えられるはずもなかった。
 なにしろ、ルノストは本当に強い、というか通常のルノスでは太刀打ちできない。下手に一騎打ちになれば獄寺の前任者のようなことになってもおかしくないため、分隊長以外とは遭遇すらさせないというのが並盛の揺るぎない方針だ。唯一の例外は分隊長が指名した台機だが、まだルノストの攻撃範囲でないうちに離脱することになっている。
 このため、とにかくできるだけ早くルノストを特定することが必要なのだ。
 そうするには結局何かを感じ取る超直感という特性が最も有効であり、じっとレーダー画面を見つめ続けていたツナはやっと頷いた。
「……うん、Fだ。今回のルノストは敵機Fに間違いない」
 そうツナが繰り返す頃には、詰めていた作戦員が素早く手元を操作して赤い機影のうち、FとされていたものをTへと変更した。表示も自動的に大きくなり、ルノストの脅威を際立たせる。この情報は即時に各僚機のモニターにも反映されているはずで、あとはいつもの作戦通り遊撃機はできるだけルノストと距離を取り、分隊長が指定した台機、今回は第二小隊長機だけが邀撃に向かう。ここからは各パイロットにほとんどの判断は委ねられているので、ツナも自然と安堵の息が漏れた。
 自分の仕事は、ほぼここまでだ。後はルノス分隊の人たちを信じて待つしかない、と椅子にでも座って戦況を見守るところだが、今夜に限ってはレーダー画面の前から動く気にはなれなかった。
「……それで、さっきの話だけど。どうして獄寺君が出撃してるの?」
 そばの椅子の上に立ち、同じレーダー画面を眺めたままのリボーンに、ようやくツナは尋ねることができた。
 今夜もいつものようにルノストの特定作業に入っている途中で、当番だったルノス小隊が台機を除いて出撃した。それ自体は不思議なことではない。完全に特定されるまで待っていればだいぶ攻め込まれてしまうし、何よりこちらも取り敢えず出撃をさせて敵機がどう動くかというのが最も判断材料になるからだ。ルノスの兵装は基本的に飛び道具がないため、交戦可能性は限界三百メートルと言われており、僚機が敵機と遭遇するまで時間は充分にある。
 だが敵機がアルファベットをふられていたように、緑色の光点で表示される僚機にはパイロットを示す機番が記される。尖兵として出撃したのは四機、これは非番でも割りと格納庫にいるパイロットが多く、本来は他番と同じように待機のはずが本人の判断で当番と同じように出撃することも容認されているので、さほど不思議ではなかった。格納庫には第二小隊長を示す機番30が表示されたので、まあ台機に指名するのは順当だなとツナは頭の隅で思っただけだったのだ。
「そりゃあ、分隊長からの出撃許可が出たんだろ。いくら悪童と呼ばれてようが、獄寺は組織ってモンを理解してる。勝手に出撃はしてないはずだ」
「それは、そうなんだろうけどさ……。」
 ツナとて、獄寺が正規の手順を経ずに自己判断で飛び出したとは思っていない。レーダーに機番が入っていることが、分隊長の出撃許可の証なのだ。
 この中央作戦制御室は、あくまで司令室であり、管制機能はない。スクランブルのサイレンが鳴った段階で出撃は前提となっているため、準備が整えばいつどのタイミングで出撃させるかは、格納庫の上部に設置された管制室で行われ、その権限は分隊長に任されているのだ。
 大抵はまず分隊長が台機を選び、管制用の操作パネルに入力をすれば、当該機には正面モニターに『CARRY』の文字が出る。同時にツナたちが見ている中央作戦制御室のレーダーには、画面隅の格納庫を示すマークのところに該当機の機番が表示される。これが遊撃機の場合は分隊長が出撃許可として操作パネルに機番を入力し、当該機には『FREE』と文字が浮かび上がり発進することになる。格納庫から出て二百メートルほど走行し、森に入った時点で中央作戦制御室のレーダーにも僚機を示す緑色の光点が現れ、そこに分隊長が入力した機番が併記されるのだ。
 つまり、『59』という、パイロットが獄寺であることを示す機番が表示されている以上、分隊長が遊撃機として出撃許可を出したことに他ならない。先ほどツナがルノストを特定したことはもちろん管制室のレーダーにも即時反映されているので、待機させていた第一小隊の機体も続々と出撃許可が出ているようだ。やがて緑の光点が九つになり、僚機は格納庫にある第二小隊長機のみとなっている。それももうすぐ出撃となるのだろうと視界の端では確認しつつ、ツナはやはりリボーンを見てしまった。
「でも、獄寺君の機体って、まだ試験操縦もしてないんでしょ? 最終調整もやらないで、大丈夫なの」
「獄寺だってプロだ。昼間しか調整できないって知ってて今夜を非番にせず任務につくって言ったんだから、それぐらい織り込み済みだろ」
「そんなの、まさか初日に出撃になるとは獄寺君だって思ってなかったよ、きっと……。」
 いつ出撃となるか分からないため、夜間の任務中は訓練や機体の装甲を外すほどの調整は行えないことになっている。装甲を外して検査しなければならないほどの不具合が見つかれば、取り敢えずその機体を放置して整備済みの予備機に任務中は乗っておくことになるのだ。
 このため、昼間のうちに試験操縦を行っていない獄寺は、出撃時に初めてメイン・タービンにつながる匣を開匣することになったはずだ。戦場となる森も一度も下見をしていない状態で、いきなり特殊なルノス戦に投入されるというのは危険ではないか。そんな不安がどうしても拭えないツナに、なんとなく予想していたがリボーンは素っ気ないものだ。
「型番そのものは、獄寺が大陸で乗ってたのとほぼ同じにしてやったんだ。多少の感覚の違いくらい、すぐに慣れて乗りこなしてくれなきゃ困る」
「その感覚の違いってのが、重要だと思うんだけど……まあ、機体はそれなりに、ね。整備班で仕上げてくれたけど、でも、操縦じゃなくて作戦がさ……。」
 リボーンが言うように、よほどのことがない限り操縦だけならば獄寺は特に問題ないだろう。大陸から取り寄せた調査書を見れば、獄寺はその程度の能力しかない平均以下のパイロットではない。だがそれはあくまで操縦に関してのみであり、この並盛における特殊なルノス戦をどこまで理解してくれているのか。
「……確かに、できればもう少し時間をかけて昼間にじっくり叩き込むつもりだったけどな、オレも」
 少し言い訳がましくリボーンも呟いたように、任務中ではない昼間に数日かけて習得してもらうつもりで、夕方のブリーフィングは取り敢えず間に合わせた最低限のものでしかなかったのだ。すべてを理解するには、特に獄寺のような性格の者は時間がかかるだろう。敵の襲撃間隔は一週間以上開くことが多いため、できるだけ先でありますようにと祈っていたのだが、やはり獄寺は悪運の方が強いようだ。
「まあ、出撃した以上は、獄寺君を信じるしかないんだけどね」
「遊撃機として出てるんだから、よほどのことをしねえ限りは大丈夫だろ。なにより、分隊長サマが出撃命令をお出しになったんだ、それなりに獄寺にも期待してるってことだ」
「……そう、なのかなあ」
 分隊長に関して、いまいち考えが読み取りにくいことはいつものことだ。だが、どうにも獄寺に対してはそれが余計に分かりにくくなっている気がして唸ったツナだったが、そこでふとスクリーンに目が止まった。
「……。」
「どうした、ツナ?」
「あ、うん……ええっと……?」
 大きなスクリーンには、相変わらず淡々とレーダー画面が表示されている。そろそろ尖兵として出撃した第二小隊の僚機が、敵機と交戦しそうな距離だ。そのことは不思議ではないし、並盛のルノス分隊のパイロットはいずれも精鋭ばかりなので戦闘自体は勝てると信じているが、どうにもルートが気になったのだ。
「……なんだか、嫌な予感がする」
 漠然とした言い回しになったが、これはツナの超直感の特徴のひとつだ。
 普通は根拠を探し出し、そこから推論を積み上げて、結論を導き出す。だがツナの場合は先に結論を見抜いてしまうため、その根拠を尋ねられると頭を整理し直して誰にでも伝わる言葉に構築し直さなければならない。
 このときも、不安を煽るようなことを言うなと叱責される前になんとか根拠を言葉にしようと試みたが、それより先に同じスクリーンを見ていたリボーンがぽつりと呟いていた。
「……確かに、嫌な『予測』だな。悪い選択が重なれば、獄寺はまるで誘導されるようにアレに近づくぞ」
「そ、そうだよねっ、うん、それだ……!!」
 獄寺が進むルートでは、まず二機の敵機の中間になる。そこでより悪い予測に繋がる方を選び、倒したとして、次に標的になりそうな敵機もどちらも中途半端な距離だ。そこでまたより悪い予測に近づくルートを選択すれば、と重ねていった場合、獄寺はまるで落ち合うかのように一際大きい赤い光点に接近するのだ。
 もちろん獄寺がそんな間の悪い選択ばかりするとは限らないし、なにより交戦が長引けばそれだけ敵機の移動予測も変わる。そして根本的にはルノストに近づきすぎた場合は離脱すればいいのだから、と思っても、胸騒ぎは消えてくれない。
「ねえ、リボーン、その……獄寺君に、念のため西に針路取れって指示出す?」
 そうすれば、回避できる。だが実際にはそれは難しいということは、ツナにも分かっていた。
「ルノス戦の指揮を任せている分隊長の頭越しにか?」
「う……じゃあ、分隊長に許可取るか、分隊長から獄寺君に……?」
「指示出せると思うのか? あの状態で」
 それは格納庫から、台機である機番30の第二小隊長機が出撃したからだ。並盛におけるルノス戦の特殊性を考えれば、これ以上分隊長の負担を増やしたくない気持ちはツナも同じだ。だがどうにも間が悪い星の下に生まれているような気がする獄寺が心配なのも事実であり、ツナは思わずスクリーンを見上げた。
「大体、本当に危ないと思ったら分隊長が指示は出すと思うぞ。誤解されやすいが、その辺りは信頼できる」
「オレは別に誤解してないけど……。」
 そんな反論の仕方しかできないことが、実際に誤解されやすいというリボーンの評価を認めているようなものだ。
 歯切れの悪さは残るものの、確かに分隊長に任せておけばいいという言葉には納得した。そもそも、今のルノス分隊は分隊長の支援隊として設立したものなのだ。分隊長の役に立ってくれなければ困るし、分隊長は支援隊を安易に危険にさらしてくれても困る。きっと大丈夫だと自分に言い聞かせているツナは、思わずそんな言葉が漏れる。
「……調査書の戦闘能力が特Aだったのは、きっとまぐれだよねっ」
「協調性のD評価と入れ替わって表示されてたんなら、そもそもこんな心配はいらねえよな。最初の一機で獄寺がてこずってくれてくれてりゃあ、鉢合わせる心配なんざなくなる」
 リボーンの言うようにもしルノス搭乗時における戦闘能力評価がDであれば、逆に敵機に返り討ちにされてしまうだろう。そこまでだともっと初歩的な段階で獄寺の身が心配になってしまうが、取り敢えず調査書の評価が正しかった場合、今回はあんまり頑張らないで獄寺君、とツナは心の中でエールを送っていた。






「見てらっしゃいますかっ、十代目!!」
 このオレの勇姿を!! と一人コクピット内で息巻く獄寺は、華麗な一撃で最初の敵機を完璧なまでに撃破していた。戦闘が逐一映像で配信されるわけではないので、この一撃によってツナの目に映る変化といえば、せいぜい重なり合うようにしていた光点のうち、敵機Dを示す赤い方が消滅するだけだろう。それでも、長くルノス戦を見ている者であれば、交戦してから光点の消滅までが非常に短かったことには気がつくはずだ。
 あの素晴らしい御方ならばきっと分かって感心して下さっている、と信じて獄寺はロッドをアームに戻す操作を行なっていた。
「……しかし、確かにこれは異質だよな」
 獄寺のコクピット内のモニターにも、今倒したばかりの敵機、識別としてはDが映っている。接近したときは大きくはっきりと表示されていた炎源反応が、今では完全に沈黙していた。つまり、動力源である太陽の匣が発動していないという状態である。機体そのものが木っ端微塵になったわけではない以上、強烈な一撃で起動を停止した敵機は、複数搭載されている太陽の匣がすべて破壊されたわけではない。
 可能性としては、二つ。
 一つは制御機能に著しい損傷を受け、もはや起動自体ができなくなっている場合だ。これは完全に倒した状態とも言え、放っておいてもただの残骸と変わりがない。
 ただもう一つの可能性があるのだと、遊撃機として出る場合の注意を獄寺はブリーフィングで受けていた。
「……。」
 それは、戦闘を継続するには困難なほどの重大な損傷を受けた機体が、首の皮一枚が繋がったような状態で自ら起動を止めるのである。炎源レーダーではどちらも動力としての太陽の匣は止まっているため、完全停止したように見える。カメラでも外装からは損傷の程度は予測しか立たず、判別がつかない。
 そうして最低限の回路だけを守った敵機は、こちらが離脱を開始してから再び起動することが結構な確率で起きるようだ。大抵は車輪走行で山岳地帯の北端、ロンバルディ・ファミリーの勢力下にある地域まで最短ルートで撤退する。単純に、機体の節約のためだろう。そうして回収されると、また修理を施し戦場に投入されるのであれば、しっかりととどめを刺しておく方がいい。そしてそれ以上に気をつけなければならないのは、稀に撤退前にいきなり後ろから捨て身の攻撃をしてくることがあるらしい。不覚を取った場合、痛手が大きいのは並盛である。ロンバルディとボンゴレでは、ルノス一機に対する重みが違いすぎるのだ。
「……パイロットが乗ってれば、まだやるつもりかそうでねえのか、分かりやすいのによ」
 モニターにも何の変化も訪れない敵機に獄寺が呟いたことが、まさに真理だった。
 要するに、もう機体が動かないのであれば、通常はパイロットは機体からいち早く脱出する。それを更に追い詰めるのかは各ファミリーの方針にかかわっているが、少なくともこの並盛におけるルノスの遊撃戦においては、その選択を迫られることはなかった。
 今も沈黙している壊れた敵機からは、パイロットが脱出してくる様子はない。機体を持ち帰る撤退や反撃を狙っているのではなく、そもそもパイロットが乗っていないのだ。このため、パイロットの動向で敵機の状態を推測することもできず、完全に計器と経験頼りになる。獄寺はこれが並盛での初陣のため、後者に関してはまったく比較対象がなかった。
「……。」
 ロッドを叩き込んだ感触としては、中央制御装置は潰したと思う。だがそれはあくまで、有人機の場合だ。コクピットが空ですむ以上、一般的な機体とは微妙に配置がずれている可能性は充分ある。もちろん何機も残骸を回収し、並盛でも分析は行なっているが、結論としてはいくつかの配置パターンがあるようだということが判明しているにすぎない。それがすべてとは限らないし、有人機では不可能なところに中央制御装置はある可能性も捨てきれない。疑い出せばキリがないのは事実であるし、これは確かに厄介だと獄寺も思った。
「……。」
 撤退されるならされるで、完全に戦線離脱するまで確認する必要がある。かなり奥地まで攻め込んできていた機体の場合、撤退ルート上に別の僚機がいると、攻撃されないとも限らないからだ。
 そのため、とにかく遊撃戦では最後まで見極めろと、ブリーフィングでもリボーンに繰り返された。それを忠実に守り、じっとモニターと計器を観察していたが、結局獄寺はよく分からないというのが素直な感想だ。
「……まあ、動いてみれば分かるか」
 この場所は現在僚機の中で最も東に位置した地域で、標高が高めなこともあり比較的木々も少なく開けている。万一の反撃を恐れて、それこそ徹底的に潰すのであれば機体が四肢バラバラになるほど分解しなければならないので、その方が時間もかかるのだ。
 並盛のルノス遊撃戦における作戦方針とは、第一に敵無人機を撤退させること。もちろん破壊できればそれに越したことないが、再起動不能にこだわるあまり、残骸を無駄に叩いている間にルノストに遭遇でもすれば元も子もないということらしい。取り敢えず無力化できれば敵地に逃走されても成功とみなすという方針は、遊撃戦があくまでルノストとの戦闘を回避しつつの露払いにしかすぎないことを証明していた。
「……。」
 それほどまでに、ルノストとは脅威なのか。
 もちろんブリーフィングで資料は提示されたので、事実だとすれば太刀打ちできないというのもよく分かる。だが本当に、そんな桁外れの機体など存在するのだろうか。根拠としては『Tシステムを搭載しているから』らしいが、それすら後付なのだろう。
 現実に、まず脅威がそこにあるのだ。
 その説明としてTシステムという名称をつけたのだろうという推測はできるが、やはり目の当たりにしていない獄寺にはいまいちルノストの恐ろしさが分かっていなかった。
「とにかく、今はこいつだよな……。」
 ルノストとは徹底して交戦を回避するように、と厳命されているので、遭遇してもいない敵に思いを馳せても仕方ない。今はサブ画面に移動させている広域レーダー画面では、獄寺の機体はまだルノストと10キロメートル以上距離がある。一際大きな赤い光点はどこか禍々しい。それに一直線に向かっていく緑の光点には『30』という機番が併走しているので、そちらに任せておけばいいのだろう。
 自分の今回の役目はあくまで遊撃戦で、ルノスト以外の無人機を叩くことだ。取り敢えず最初の一機は叩き潰したが、本当に無力化されたかは分からない。いつまでも眺めていても仕方がないのでそろそろ覚悟を決めてぐっと操縦桿を握り、獄寺は足元のペダルに体重をかけた。
「……。」
 この敵機と交戦する直前から、車輪による走行モードは解除している。二足歩行のように、ガシャン、ガシャン、と一歩ずつ下がってみるが、やはりモニターに変化はなかった。特に炎源レーダーの計器画面はメインモニターに映し、暗視カメラの映像と重ねて注意し続ける。
「……。」
 五メートル、十メートル、二十メートルと敵機から距離を取ったが、やはり何も変化はなかった。
 どうやらこれは完全に機能が停止しているようだ。そう思い、獄寺はサブ画面にしていた広域地図を見て、次の標的を定める。方向で言えば西か東かということなのだが、今獄寺が一番東にいるということは、西側には僚機が多くいる。東側にはルノストがいるが、更にその東にももう一つ無人機を示す赤い光点があるのだ。
 そこに最も近いのは、獄寺の機体だ。つまり東に移動して、敵機Eを撃破し、ルノストを迂回するように北上して更にその東の敵機Gの背後から回りこむ。これが最も妥当だろうと思い、メインモニターには敵機Eとの位置情報を最優先にし、東に針路を決める。そしてまさに機体をそちらに向けたとき、正面のモニターからは切れかかっていた敵機Dを捕捉する計器が画面と音で異常な変化への警告を発していた。
「え?……おわっ!?」
 脚部がいかれているのか、胴体部分を斜めにしたままいきなり敵機Dが突っ込んできたのだ。
 アームやロッドで攻撃するといった上等なものではなく、ただの体当たりである。そうくると思っていなかった獄寺は、一瞬反応が遅れた。なんとかアームを挟むことでコクピットへの直撃は免れたが、相当な衝撃で機体自体が後方へと傾いた。
「こ、の……!!」
 反応が遅れた最大の原因は、機体背面を敵にぶつけるというのは有人機ではありえない選択だからだ。これは単純に、動力源である太陽の匣の多くが、機体背面に設置されていることに由来する。太陽の匣はガソリンのような液体燃料ではないが、おかしな衝撃を与えて暴発でもすればコクピットは木っ端微塵になる危険物には変わりない。そんな潜在的な恐怖からも、機体を守る意味でも背面は通常敵に向けたりはしない。
 だが脚部と胴体部の接続が片方歪んでいる敵機Dは、斜め後方から突撃し、そこから上体を捻って回転させるような動作でアーム部分を獄寺の機体にぶつけてこようとしている。アームを『腕』ではなく、ちょうどいい部分にある出っ張った装甲としか判断していない無人機らしい攻撃だ。
 仰向けの状態で後方に倒されかかっている獄寺は、もちろん反射的に機体を持ち直そうとした。
「……くそっ!!」
 だがそれでは圧し掛かってくるような位置にある敵機に、右上部、特にカメラ付近をアームで叩き割られる危険性が高かった。
 さすがに『目』を潰されてはまともに戦えない獄寺は、一瞬で脚部への反発力を下げ、代わりに両手の操縦桿を巧みに操って反撃を試みる。
「鬱陶しいんだよ!!」
 敵機が右回転をしながら倒れこんでくるので、それを跳ね返すのではなく、利用することにした。右のアームにしまったロッドを再び手にし、下端を地面に突き立ててから一気に長さを全開にする。
「刺され……!!」
 そのままロッドからはアームを離し、背面を地面にこすりつけるような状態で獄寺はなんとか機体を左へと滑らせた。すると回転していた敵機はその動きにはついてこれず、そもそも脚部が不具合を起こしているので倒れこむ動作を急に止めることはできない。獄寺が心配したのはロッドの強度だったが、敵機の右アームでへし折られることはなく、ちょうど胴体部の背面につっかえ棒のように斜めになった後、金属が弾ける音をさせてグッと敵機に突き刺さっていた。
「く、そ……!!」
 素早く左に避けることで敵機の下敷きになることを避け、機体を起こした獄寺だったが、敵機からはまだ炎源が確認され続けているとモニターが示していた。背面の装甲に獄寺のロッドが刺さった敵機は、まるでロッドを支えにするようにして上体部分を地面から浮かせている。ほんの少し腰を浮かせて、地面に座っているような格好だ。獄寺の機体が逃げたことで結果的に地面を殴ることになった右のアームは、接続部分がほぼ断絶しかかっているが、それでも振り回して獄寺の機体にぶつけてこようとしていた。
 ただ左のアームが動かないことと、脚部には作動がうまく伝わっていないことで、仰向けの状態からは機体を起こせないらしい。だがそれも背中を支えることになっているロッドが折れでもすれば、稼動する範囲で攻撃に転じてくると分かっていた獄寺は、正面に回りこむと同時に左のアームから予備であるロッドを装着していた。
「果てろ!!」
 ほとんど千切れている敵機の右のアームを強打することで弾き飛ばし、更に右の脚部で胴体の下辺りを蹴るというより踏むようにして機体の重量を容赦なく乗せた。すると完全に地面に仰向けに落ちた敵機は、バキッという金属の裂ける音を響かせた後、背面と地面の間を突っぱねていた獄寺のロッドをコクピットの辺りに貫通させる。胴体部のほぼ真ん中に不自然に突き立ったロッドは、炎源と併用されている電子機器類をショートさせてバチバチッと火花を散らせた。
 ほんの数秒でしかなかったが、獄寺はグッショリと汗をかいていた。
 ゼェゼェと息も上がっている。
 やがてゆっくりと右の脚部を敵機からおろせば、敵機は同じようにゆっくりとそれでも起き上がってこようとする。モニターに映るその映像がどこかスローモーションのように見えていた獄寺は、一歩機体を下げると同時に、左アームで持っていたままの予備ロッドで、今度こそコクピット部分を叩き潰した。
「……。」
 胴体部をロッドで串刺しにされ、中途半端に起こしかけていた敵機は、まるで最期に痙攣でもするかのようにガタガタと全体を震わせる。その数秒後、急に炎源反応もなくしてガシャンと地面に崩れ落ちた。
 どうやら、今度こそ本当に無力化できたようだ。
 そう信じているのに、何故か獄寺はもう動きそうもない敵機Dからメインモニターでの捕捉を止められなかった。
「……機体損傷、自動確認開始」
 そう呟いた自分の声が、やけに息使いが荒く、疲労しているように聞こえたのは気の所為だ。
 とにかく落ち着かなければと心の中で繰り返すこと自体が、動揺を認めているということは考えないように努めながら、獄寺は右手の操作パネルを素早く叩く。
「索敵機能、良好……両アーム、良好……メインロッド、ロスト。スペアロッドに切り替え、完了……。」
 淡々と画面に流れていく文字を読み上げることは、機体の状態をしっかりと頭に入れておくためだ。だが通常は、こんなことはしていない。今はせめて字を目で追い、声に出さないと、頭に入る気がしない。そうして頭に入れて自機は大丈夫なのだと理解しないと、この跳ね上がったままの嫌な鼓動が収まる気がしないというのは、否定しがたい事実だった。
「脚部、走行モード、良好……歩行モード、良好……。」
 一分をかけてすべてのチェックが終わり、獄寺の機体は主に使っていた右アーム装着のロッドを紛失しただけであることが判明した。それは左のアームの予備を持つことで既に問題は解決されている。
 つまり、ほとんど無傷ということだ。
 敵機は完全に破壊されているし、獄寺の完勝である。そのことは事実だと確認もしたのに、そんな気がしないのはパイロットが見えない損傷を負わされたと自覚しているからなのかもしれなかった。
「……くそっ、くそぅ、なんなんだよこれは!!」
 安堵すれば急激な感情の昂ぶりを持て余し、思わず拳を振り上げるが、それまでだ。
 狭いコクピット内には重要な機器類がひしめき合っていて、八つ当たりをしていい場所など一つもない。かといって自分の体を殴ったところで、万一痛みや怪我で操縦に支障が出てはいけないという自制がかかるのだ。
 では、この昂揚をどこにぶつければいいのか。
 霧散させるしかないと知っていたので無駄でも大きく深呼吸をした獄寺は、強引に自分を落ち着けた。
「……。」
 これが、無人機との戦闘らしい。リボーンがあれほど、完全破壊か、撤退かを確認しろと言っていたはずだ。有人機とは捨て身になる限度も方向性も違うのだ。それこそ、最初から生死などという定義とは無縁なので、これまでとは完全に戦い方が異なっている。
 今度は慎重に後退を始め、三百メートルまで離れても炎源反応が回復しなかったことで、獄寺はようやくほっとした。飛び道具が基本的にはないルノス戦において、敵機との距離が三百メートルあれば、よほど操縦でミスをしない限り交戦を回避できるとされている。
 コクピット内で時を刻み続けている時計では、そろそろ午前一時を表示しようとしていた。出撃したのがほぼ午前零時だったので、まだ一時間しか経過していない。それなのに、ルノス戦に対するこれまでの認識ががらっと変質させられた気分だ。
「……。」
 敵機に遭遇さえしなければ、この森は静かなものだ。満月ではないものの、だいぶ月明かりもあるので肉眼ならば暗視カメラがなくても充分歩けるほどの明るさだろう。そんなことを思いながら、どの敵機からも三百メートル以上離れた安全圏で機体をとめた獄寺は、全域地図を正面モニターに映し出していた。
「……。」
 獄寺と同じようにスクランブルで出撃した第二小隊は当然として、ルノスト特定後に出撃した第一小隊の僚機も既に交戦に入っている。近くに赤い光点がない僚機は、敵機を倒した後なのだろう。よく見れば広域地図の北端付近にまっすぐに北上する赤い光点もあるので、これは交戦後、撤退しているものだ。それらを除けば赤い光点はもう七つまで減っており、そのうち五つは交戦中だ。
 先ほど倒した敵機Dの後に向かおうとしていた敵機Eは、ほぼ真西に針路を取ったために獄寺の機体より既にやや西に位置していた。そちらには僚機が数的にも余っているので、わざわざ追いかける必要はないだろう。
 そうなれば、『59』という機番の緑の光点より東に位置しているのは、全く交戦していていない敵機Gと、一際大きな赤い光点の敵機Tだけである。
「……。」
 西に向かう敵機Eの背後三百メートル以上を保つように北東に針路をとり、ルノストを迂回して敵機Gへと向かう。
 慎重にルートを選定すれば、ルノストとは遭遇しないはずだ。そう思い、走行モードに切り替えるスイッチを左手で跳ね上げ、両手でぐっと操縦桿を握り締めた。
「……。」
 だが、初期発進を行うために両手のレバーを押しやるという動作が、なかなかできない。
 慎重にルートを選定すれば遭遇しないということは、裏を返せば少しでも不測の事態が起これば遭遇する危険性も高いということだ。
 本当に、標的を敵機Gにしていいのか。
 あるいは、この針路は本当に敵機Gへと向けたものなのか。
「そんなの、当たり前だ……!!」
 遊撃機として出撃した獄寺は、ルノストとの交戦は許可されていない。獄寺とて、すすんであんな強敵に遭遇したいとは思っていない。
「……!!」
 そう、やはりルノストは脅威なのだ。
 それが今は獄寺にも身にしみて分かってしまった。
 ルノストの特徴をあげれば、必ず単独戦闘能力の高さと、指揮能力の高さの二種類である。後者に関しては、指揮下にある機体が有人機か無人機かで、全く違ってくる。
「……。」
 有人機を指揮する場合、作戦を伝え、通常は何かあればまた新たに指示を出す。
 だが無人機はそうはいかない。回線で情報を共有化し、指揮機から他機へ信号を送ることはできる。あらかじめ行動パターンを入力していれば、それこそ情報伝達量が許す限り、ラインダンスを踊らせることは可能だ。
 それでは、戦場では役に立たない。古代の歩兵のような盾代わりならばまだしも、ルノスは基本的に単機戦闘なのだ。その操縦は敵機によって臨機応変であり、勝つために最も有効なものを選択しなければならない。ルノスに副生炎源という致命的な欠陥が発見されたとき、誰もが考えたのは無人化だ。それが実用化されなかったのは、ひとえに遠隔操作の困難さからである。
「……。」
 多少の行動パターンをあらかじめ入力していたとしても、戦況を把握し、無人機の行動の選択は指揮者の判断が必要になる。たとえ安全な作戦室からの操作だとしても、優秀なパイロットが無人機に一機ずつ張り付いて操作しなければならないのであれば、乗った方が早いし確実だ。特に距離が開けば遠隔操作が難しくなるのは道理なので、できれば指揮者は同じ戦場にいた方がいいとされていた。そのため、指揮機があることは理にかなっている。
 だがこの場合、指揮機は自機も当然操縦しなければならないため、パイロットの負担が倍増どころではなくなる。よって、これまで大陸でも、ルノスの無人機はせいぜいダミーとして使い捨てられるばかりだった。要するに、敵の注意をひきつけるだけの的としての役目であり、到底戦力としては換算されない。
「……でも、あれはそんなんじゃねえ」
 そうした通説が覆るほど、先ほどの無人機は有人機と同等、あるいはそれ以上の動きを見せたのだ。
 もしそれが、ルノストによる遠隔操作であったのなら。
 しかも、更に九機もの無人機を同時に指揮しているのであれば。
「……!!」
 どれほどの脅威なのか、と思ったときに、獄寺は自然と体がぶるりと震えた。
 無人機があれだけ動けるというだけでも、充分な脅威だ。ましてやそれを、たった一機が指揮しているのだ。複数遠隔操作の補助システムがTシステムであり、それを搭載した機体がルノストである。
 だがたとえ補助システムがあろうが、パイロットはそれを使いこなせるものなのか。
 いや、使いこなしているからこその現状だと思えば、それに並盛は、そしてボンゴレは対抗できるのかという命題に獄寺は答えられそうになかった。
「……。」
 対抗できなければ、とっくに並盛はルノストを駆使するロンバルディ・ファミリーに何年も前に制圧されているだろう。そうなっていないのは、こちらにも対抗手段があるからだ。
「……分隊長殿、か」
 まだ会ったことはないが、その存在を獄寺は強く感じた。
 接触が全くないわけではない。出撃の際に、まるで新入りを出すことに躊躇するかのような数秒の間の後、遊撃機として参戦することを許可してくれた誰かだ。
「……。」
 モニターの中で、一際大きく光る赤い光点へ、真っ直ぐに進む緑の光点がある。
 第二小隊長を示す『30』という機番は、台機であることも同時に表している。その数字を見ていれば、獄寺は自然と両手の操縦桿を、ぐっと押し出すことができていた。
 標的は、敵機G。
 ……その途中で遭遇したときは、遭遇したときだ。




 無意識で通信ボタンに伸びていた手を、横からベチッとリボーンに叩かれた。
「痛っ……!!」
「ツナ、さっき言ったことをもう忘れたのか」
 時刻は午後一時を回り、出撃してからもう一時間以上が経過している。
 敵機も二機を除けばもう交戦しているし、無人機の反応が消えるか、撤退のために北上するかは時間の問題だろう。もちろんルノスのパイロットたちを信頼しつつ、平等に心配もしなければならない。だが今回はどうしても初陣である獄寺が気になってしまい、『59』という機番につい注目してしまっていたツナは、敵機Dの光点が再点灯したときには焦ったものだ。
 この特殊な事情を抱えた対ロンバルディ・ファミリーとのルノス戦において、パイロットの誰もが戸惑うのはこの炎源の再点灯、通称『死んだふり』戦法だ。ブリーフィングでもリボーンが何度も繰り返してくれたが、とにかくこれには騙されやすい。そして一度でも引っかかると、次からは慎重になりすぎて一機ずつに時間がかかってしまうという厄介な後遺症つきの戦法である。大抵はそのままロンバルディ側の地域へ北上して逃走するのだが、稀に余力があって攻撃を仕掛けてくることがあり、不意打ちで思わぬ損害を被るのだ。
 獄寺が倒したと思われた敵機Dが炎源を再点灯させたとき、ツナは逃亡であってくれと祈るばかりだった。だがほぼ重なった二つの光点がレーダー上では動かなかったので、どうやら攻撃されているらしいと青褪めた。
 まさか、不意を突かれて対処できなかったのだろうか。
 はらはらしながらレーダーを見守るツナに対し、リボーンは相変わらず無表情だった。やがて敵機Dの光点が完全に消え、倒したらしいと分かったところでリボーンがニヤリと笑ったので、獄寺の能力を信じていたということなのだろう。
「そりゃ、オレだって獄寺君のことは信じてるけどさ……!!」
 調査書の、戦闘能力が特Aという評価を信じてれば、不意打ちをされたとしても対処できるのは妥当だ。どれほど性能が高かろうが、獄寺の方が戦闘能力は上である。これまでのパイロットたちの弁を借りれば、有人機ではありえない攻撃パターンに転じることがあるため、敵の動きを予測して対応できる優秀なパイロットほど戸惑うらしい。
 だがこれは先入観を捨て、無人機の攻撃パターンを知れば対応できる。獄寺は人間関係における柔軟性は極端に低いが、戦闘時における臨機応変さは決断力の早さもあってかなりの好成績なのだ。戦場では適応力が高いという評価も得ているので、無人機との戦闘は最初は戸惑うかもしれないが、かといって返り討ちにあうような心配はまではしていなかった。
 そうしたツナの期待通り、獄寺は再点灯した敵機Dをすぐにまた消滅させて、移動していた。重大な損傷があったという信号も送られてこないので、獄寺はもちろん無事なのだろう。交戦地点から数百メートル移動したところで獄寺の機体が移動を止めたときは、おそらくこれからどうするか迷っているのだとツナは察した。
 そこで、最も取ってほしくなかったルートを進み始めたと分かったとき、ツナは無意識にでも獄寺に直接通信を繋げるボタンに手が伸びてしまっていたのだ。
「でも、このままだと本当にルノストと遭遇しちゃうかもしれないよ?」
 針路を西に変更させるか、あるいは撤退を命じるか。
 一機だけ先に呼び戻したとしても、獄寺はまだ最終調整も行っていない機体で、専用のパイロット服も間に合わないほどの急な出撃だったのだ。既に一機を倒しているのであれば、堂々と凱旋できる。途中降板というわけではないので、とにかく危険から遠ざかってほしいと願うツナに、薄暗い中央作戦制御室では相変わらずリボーンの表情はよく読めない。
「しねえかもしれないだろ?」
「それはそうだけど、でも、敵機Gなら第二小隊長に任せればいいじゃない」
 台機である第二小隊長機は、もうすぐ敵機T、ルノストとの交戦限界ラインに到達するのだ。そこまでいけば後は離脱するので、ルノストを避けて東寄りに北上すれば、敵機Gを迎え撃つことができる。ルノス分隊でも古株の一人である第二小隊長ならば、無人機である敵機Gに遅れを取るはずはないし、順当な作戦だ。わざわざ獄寺を危険にさらす必要はないと主張するツナに、リボーンは淡々と返していた。
「ツナ、部下を信じて待つのもボスの役目だぞ?」
 だが窘められた言葉は似たようなもので、思わずツナは反論してしまう。
「だから、オレは獄寺君の能力の高さは信じてるけど、でも……!!」
「獄寺のことじゃねえ、分隊長サマだ」
「……!!」
「ほんとに危険なら、分隊長が指示を出すはずだってのはツナも頷いてただろうが」
 確かにそれはそうなのだが、今のところレーダーの光点の動きを見ている限りでは分隊長から直接獄寺に指示が出たようには思えない。もしかすると、分隊長の方がツナたちから獄寺に指示が出されると信じているのでは、とツナは勘繰るが、リボーンの解釈は違うらしい。
「あるいは、獄寺がルノストと遭遇してもいいと思ってるのかもな」
「……さすがにそこまで獄寺君を買いかぶってはないと思うけど?」
「倒せるなんて夢みてえなことじゃねえ、もし遭遇しても今度は絶対助けるって決意があるんだろ」
 そう指摘されたとき、ツナもハッと息を飲んだ。
 獄寺の前任者は、まさに『事故』によって死ぬところだった。九死に一生を救ったのは分隊長だったが、分隊長としてはそもそもそんな大怪我を負わせることになったのを、自分の責任のように感じているのかもしれない。
 オーバー・ハイトや個人の事情で除隊者が出て補充が必要となったときも、今まで分隊長は人選をツナたちに任せていた。ツナたちは大陸でのファミリーの中から候補者を一人選び、一応分隊長の許可を得るという形でこれまで欠員は埋められてきたのだ。
「……そう、だよね。獄寺君は、あの分隊長が初めて選んだパイロットなんだし」
 身長が上限ギリギリなことに加え、とにかく協調性のなさと、大陸での開発分野における貢献度への期待から、獄寺は候補者の中でも随分と順位が低かった。最終的な人数は三十名ほどに絞られたが、獄寺のファイルは後ろからめくればすぐ見つかるほど、総合的な期待値としては下位だったのだ。
「まあ、ルノスの操縦技術だけならトップでもおかしくなかったからな。部隊の中で仲良くできなくてもいい、ただいざというときできるだけ死なないですむ能力の高さを分隊長は買ったに違いねえ」
「そこまで分隊長が期待してるんなら、獄寺君、大丈夫かな……?」
 能力に関しては、やはり信頼は揺らがない。
 あとはとにかく遭遇しないですむ運のよさだけを、ツナは祈っていた。






 そして、当然のようにツナの祈りも虚しく、獄寺にその運はなかった。
「どうなってんだ……!?」
 いや、ある意味において、運はあったのかもしれない。
 いくら頭では分かっていても、それほど脅威とおそれられるルノストに、獄寺は興味があったのだ。
 Tシステムという補助があるにせよ、確かにこんなにも多くの無人機を同時に遠隔操作しているのであれば、その能力はずば抜けている。だがそうして他機を大量に指揮しながら、自機をどこまで操縦できるのか。
 単独戦闘能力もずば抜けているという話だが、指揮能力の高さを見せつけられるほど単機では大したことがない気がしてしまう。普通は指揮にばかり気を取られて、疎かになってしまうものなのではないか。獄寺が移動を開始したとき、少なくとも六機はまだ無人機が稼動していた。そこに、分隊長の指揮下にある台機も接近していたのだ。
「くそっ……!!」
 正直に言えば、離れたところから観戦できれば儲けものだというくらいの期待だったのだ。さすがの獄寺でも、あれほど交戦回避を繰り返されたルノストと、単独でいきなり決闘を挑むつもりはなかった。
 だが、えてして不可抗力というものがある。
 今回で言えば、たとえ獄寺は充分な距離をとって北側を迂回していても、標的が真っ直ぐ北上してくればあっという間に縮まるということだった。
「なんだよ、これ……!!」
 標高が更に高くなったこの地帯では、木々はまばらにしか生えていない。ガタガタという振動さえ我慢すれば車輪走行が可能であり、相当な速度を出しているので通常ならば振り切れるはずだ。
 そう、あくまで通常ならば、である。
 獄寺がルノストの針路変更を察してからあっという間に接近を許してしまったのは、まず一つにルノストの走行速度にあった。
「考え、られるのは……!!」
 走行に割く炎源の量が違うということだ。量はそのまま太陽の匣の数とも言えるが、これはただ増やせばいいというものではない。万一の事故を考えたとき、あまりに早く大量にコクピット内に副生炎源が充満すれば、予備装置を作動させる間もなくパイロットが一瞬で昏倒してしまう。そうならないように、外装に近い部分に設置する太陽の匣は、一定の間隔をあけて誘爆を避ける必要があり個数も上限が大体決まってくる。もちろん、事故を恐れず太陽の匣を積めるだけ積むことも可能だが、数だけ増やしても実際に車輪を回す装置が高出力に耐えられなければ持続性しか向上させられない。
 つまり、ルノストは車輪走行を一つとっても、獄寺たちの乗るルノスより装備が上ということなのだ。外装だけではほぼ変わらない規格なので、どこにそれだけの新装備を積める余裕があったのかと純粋に興味がわく。
「いや、それは今どうでもいいんだっての!!」
 身長制限が近く、なんとか改良できないものかと大陸では開発分野にも参加していた獄寺なので、つい性能を研究したいという欲求を煽られたが、今はなにより生命の危機に直面しているのだ。とにかくルノストを振り切らなければ研究どころではない。
「……。」
 ガタガタと激しく揺れる機体で走っている獄寺は、いつのまにか自分が月に向かうようにして進んでいることに気がついていた。なだらかな丘陵を、土埃を巻き上げながらひたすら走行する。
 予備のロッドは既に使い慣れた右のアームに持ち替え、いざというときはこれで一矢報いるしかない。
 だが、それは不可能かもしれないと獄寺は内心思っていた。
 ぐっと操縦桿を握ったままの右手が、じわりと嫌な汗をかく。
「……。」
 獄寺とて、戦闘回避限界ラインに近づいたとき、ただ逃げるだけを選択するつもりはなかった。
 獄寺の機体が北、つまり敵地ロンバルディの支配都市に近いため、そのまま北上しては意味がなかったのだ。迎え撃つというほどのつもりはなかったが、敢えて針路を南にとり、ルノストの横をすり抜けていけば後は任せられると思ったのは、台機も接近していたからである。
「……それ、なのに」
 北から、獄寺の機体、ルノスト、そして第二小隊長の台機と、ほぼ一直線に並び、最初の二機の距離が三百メートルを切ったとき、それは起こったのだ。
「くそっ、いまだに腹が立つ……!!」
 交戦回避限界ラインを切ったとき、突然モニターに赤い文字で『T3-ALERT』と派手に表示されたのだ。ルノストに接近しすぎたという警告は、コクピット内に警報としてもうるさいくらいに鳴り響いた。
 だが問題は、その警告以上に親切な機能だ。
 北上してくるルノストに対し、南下する針路を獄寺の機体が取れば当然より接近してしまう。それは危険だと文字や音で伝えるだけでなく、物理的に接近できなくさせたのだ。
 要するに、よりルノストに近づく針路をとった状態では、走行不能になった。最初は何が起こったのか獄寺にも分からず、突然ロックがかかったようにうんともすんとも言わなくなった車輪に焦り、ガタガタとペダルを踏み込んだ。だが警告音を発するばかりで、機体は決して南下しようとしない。それに愕然としたときには、三百メートルなどあっという間に詰め、ロッドをアームで振りかざして躍りかかってくるルノストをモニターで見た。
「……。」
 さすがに悲観的な覚悟も脳裏をよぎった獄寺だったが、避けようと機体を右に旋回しかけたとき、ガクンッと飛びだすように車輪が回ったことでこのルノスト・アラームを理解した。
 この土壇場でやっと進めたのは、ルノストから方向だけは離れる角度に向いたからである。だがいくら機体の前面が避ける方向に向けられようが、このときルノストはロッドが獄寺の機体に届くほどの距離にまで詰めていた。避けなければと思ったが、緊急発進したところで間に合う距離ではない。そう思ったとき、獄寺は敢えて操縦桿は動かさず、思いきり速度調整のペダルを踏み込んだ。
「……アレは、痛かったな」
 ルノスト・アラームが作動したためとはいえ、獄寺の機体は車輪走行から一定時間止まったままだったのだ。再び発進させるには操縦桿をぐっと押し出す必要があるのだが、敢えてそれをしないことで車輪が空回りをし、機体が前に弾き出されるような振動を受けたのである。
 それを殺すことなく上体をとにかく下げた獄寺の機体は、まるで地面に突っ伏すように頭からスライディングをしていた。ガシャンと派手に前に倒れこむことで、獄寺は当然コクピット内であちこちをぶつけた。だがそうして機体の高さを半減以下にさせれば、コクピット周辺を強打する角度で振り上げられていたロッドをかろうじて避けることができた。
 当然それでかわせるルノストではなく、獄寺の機体をロッドで空振りしても急停止し、三メートルと離れていない背後でもう一度攻撃に転じようとしてるのはモニターでも確認できた。
「……。」
 それを、獄寺ももちろん悠長に眺めていたわけではない。突っ伏した状態から素早く機体を起こし、今度こそ逃走に転じることにする。この時点で獄寺の機体とルノストは背中合わせの位置にあるため、前進することは可能だ。だが獄寺は敢えて発進前に今度は機体を左へと急旋回させ、その際に左のアームを最大限伸ばしておいた。
「敵からヒントを得たってのも、癪だけどな……!!」
 遠心力もかけてアームそのものをルノストに叩きつければ、そもそもは急停止したばかりだったルノストは、脚部が踏ん張りきれずに前のめりにガシャンと倒れこむ。お返しだと少しだけ胸はスッとしたが、すぐに獄寺は機体を発進させ、全速力で離脱を開始した。
 ルノストは、やはり何かが尋常ではない。走行速度だけでなく、空振りさせた攻撃もあの速度で繰り出すにしてはやけに正確すぎる気がしたのだ。なにより、本来は鳴ると同時に離脱するための親切な設計なのだろうが、ルノスト・アラートがあるとこちらはまともな立ち回りはできない。接近した場合にはあまりに致命的なので、きっと解除方法はあるのだろうが、今の獄寺に調べていられる余裕はなかった。
 とにかく、ルノストを転倒させ、起き上がって走行を再開するまでの時間を稼ぐ。そうすれば逃げ切れると思っていたのは、認めたくはないが、台機の存在が大きかった。
「……。」
 獄寺の機体が南東に針路をとって走行し始めたとき、台機とルノストの距離も交戦回避限界を切りそうだったのだ。そのまま台機が北上すれば、ルノストは台機に向かうだろう。そうならなかったとしても、獄寺の機体が引きつける役となり、台機がルノストの裏をかいて有利に交戦できるはずである。
 つまり、ルノストとの戦闘は託したつもりだった。機体も万全ではなく、予備知識が少なかったのだから、ここまでやれれば立派な方だ。そんな言い訳を自分の中でして、とにかくもう獄寺は何度もブリーフィングで言われたとおり、ルノストとは交戦をしないという指示に従った。
「……。」
 だが、それは最悪な形で裏切られた。
 獄寺の機体が南東に離脱を始めてから、第二小隊長の台機も針路を東に取ったのである。一瞬だけ、まだ距離が詰まっていなかったルノストとの間に割って入ってくれるのかと思った。だが『30』という機番を表示した緑の光点は、もっと東、獄寺の進行方向のずっと先を横切って迂回するようにしてから北上を始めた。
 その先には、獄寺もすっかり忘れかけていた無人機、敵機Gがあった。どうやら第二小隊長は、その無人機との交戦に向かったらしい。敵機Gは距離にして千五百メートルは離れているので、そちらと交戦するのであれば当然ルノストの脅威にはさらされないだろう。
「くそっ、これだから年上は嫌えなんだ……!!」
 格納庫では偉そうに語っていたくせに、台機に指名されておきながら逃げるのか。
 そんなふうに第二小隊長のヒゲ面を思い出して心の中で罵ったが、それどころではないのも事実である。
 離脱開始直後はそれなりに稼いでいた距離も、ルノストの速度があればもうだいぶ縮まっている。そろそろかと思ったときには、やはりまたあのルノスト・アラームが響き始めた。
「分かってんだよっ、追いつかれてんのは……!!」
 今はルノストと離れる針路を取っているので走行は順調だが、未来は決して明るくない。なだらかな坂道を昇り続けた先には月が輝いている。目指す先はあんなにも明るいのにと逃避している場合ではなく、とにかく獄寺は打開策を考えていた。
 現状では、ルノストとまともな交戦できない。せめてルノスト・アラームの解除の仕方が分からなければ対処の仕様がないのだ。交戦するにしろ、なんとか離脱するにしろ、とにかく情報がほしい。上官である第二小隊長は現在交戦中であるし、なによりなんとなくムカついているので頼りたくない。そもそも便宜上のリーダーであることも鑑みれば、指示を仰ぐのは一人しか考えられなかった。
「……でも、どうやって?」
 いや、実はルノストと接近してしまったときから、その肩書きは何度も獄寺の脳裏をよぎった。実行できなかったのはプライドや焦りだけでなく、その方法がいまいち分からなかったのだ。
 通信機器自体は使い方は分かっている。右手の操作パネルの一つを押すだけで、通信相手を選べるのだ。
「……。」
 だが、そこに分隊長の名前がない。現在出撃している僚機だけでなく、分隊棟にある中央作戦制御室にもホットラインがあるのに、分隊長らしき名前がない。これもなんらかの操作が必要なのか、それとも獄寺の機体には登録がされていないのだろうか。
「……。」
 出撃の際、管制室からのコールは、モニターに映る『FREE』という文字だけだった。
 このこともまさか分隊長が姿を見せようとしないことの暗示なのか、と勘繰りかけたとき、獄寺は思わず目を瞠った。
「あ」
 ルノスト・アラームがうるさく、モニターも通信用のサブ画面を操作していたのでいまいち反応が遅れたが、もう一つのサブ画面に表示されていた周辺地図に間抜けな声が出た。台機の動きが気になり、正面のメイン・モニターには相変わらず広域地図を映している。この周辺の地形はどうせ暗視カメラで見えるのだしと思っていたが、走行先がある地点から急に等高線が間隔が見えないほど集中していた。
「……崖か!?」
 慌てて踵側のペダルを踏めば減速をし、ギリギリのところで停止はできた。
 長く上り坂が続くとは思っていたが、どうやらこの先は崖に近い急勾配のてっぺんになっていたらしい。まるで探偵に追い詰められた犯人だと嘆きかけたが、別にこの先は海や滝ではないし、左右にやや緩やかな勾配が連なっているのでそちらに逃走することは可能だった。
「……。」
 いや、不可能だった。
 崖の先で急停止し、左右どちらに展開するにしろどうしても方角的に追跡者にわずかに近づいてしまうのだ。そうなると、またロックがかかった状態となり、獄寺の機体は動かなくなる。あるいは機体を崖の先に向けたまま、バック走行ならば移動できるかとも思ったのだが、そういう誤魔化しは効かないらしい。
「……あれ? もしかして、ジ・エンド・オブ・俺?」
 けたたましく繰り返されるルノスト・アラートが、接近を告げている。
 こうなればこの崖を飛び降りるしかないのか、とぐっと操縦桿を握り締めたとき、アラートの中にノイズが混じった。
『……ルノス・ナンバー・59。自機を捨て、パイロットは脱出せよ』
「……!?」
 その直後、抑揚のない声が淡々とコクピット内に響いた。
 思わずサブ画面を見るが、出撃前の小隊長と違い、相手の映像が映っていない。ただ、『通信中』という文字だけが表示され、機械音声のような抑揚のない声が繰り返される。
『ルノス・ナンバー・59。自機を捨て、パイロットは脱出せよ』
「な、なんだ、これ……!?」
 二度聞いても、理解できない。
 そう思ったとき、もっと根本的なことに気がつき、獄寺はメイン・モニターを見た。
「……!?」
 既にルノスト・アラームが鳴っていたということは、距離は三百メートル未満だったはずだ。特に獄寺の機体が停止したことで、ルノストは数秒で襲いかかってきていてもおかしくない。つまり謎の指示を二回も聞いていられる余裕はないと気がついたのだが、メイン・モニターに映ったルノストは、何故か百メートルほどの距離を残して停止していた。
「……。」
 追跡をやめたり、一騎打ちを望んでいるのではない。
 ルノスには、基本的には、装備されていないとされるものを、担ごうと準備していた。
「……いや、まさか、それもアリなのか?」
 ルノス戦には、基本的には、ないものなのだ。
 だが走行速度を考えても、ルノストはやはり特殊だ。機動力だけでなく、兵装も段違いであることは容易に想像できる。だからといってそれは反則だろう、と変な笑いが出そうになったとき、三度目の指示が淡々となされていた。
『ルノス・ナンバー・59。自機を捨て、パイロットは脱出せよ』
「……!?」
 この状況が、声の主には見えているのか。
「なんなんだよっ、テメェは!? 今更偉そうに命令すんじゃねえ!!」
『……降りろ』
「ああっ、降りてやるよ!!」
 どこかで見ていたのならば、もっと早く指示がほしかった。特にルノスト・アラームの解除方法を教えてもらえていれば、離脱範囲も限定されずにすんだのだ。
 そう思ったときには獄寺の中で何かが爆発し、両手で操縦桿を一気に押しやった。
「うおおおおお……!?」
 要するに、崖を降りることにした。
 これは崖ではない、ちょっと勾配が直角に近いだけの下り坂だと自分に言い聞かせ、獄寺は一気にルノスで滑り降りる。ほとんど車輪は意味がなく、獄寺は必死で転倒しないようにバランスを保つだけだ。勾配は数十メートル続き、その間はとにかく振動が物凄くてモニターや音声を確認する余裕などなかった。
「ぬあっ!? ……あ、止まった……!?」
 ひどく長い時間のように感じたが、実際には数秒だったのだろう。ガンッ、と派手に機体が揺れ、シートベルトをしていても上部に頭をぶつけそうになった。なんとか姿勢は保っておりてこれたらしいと察するが、安堵すると同時に冷や汗がどっと出た。
 とにかく、これでまた逃げられる。
 そう思うより先に、モニターに影が映るとほぼ同時にドォンという地響きがした。
「なっ……!?」
 それは、ルノストだった。どうやら獄寺のように崖を滑るのではなく、まさに飛び降りてきたらしい。
 さすがにこの高さを落下すれば機体の、特に脚部がもたないのではないかと思うが、すぐに何事もなかったかのようにルノストはゆっくりと機体を回転させ始める。そうして半分ほどこちらに向いたところで、本当の衝撃が獄寺を襲っていた。
「……え?」
 人が、降ってきた。
 それがモニターで見た素直な感想だった。
 人が、降ってきたのだ。
 どこから、と言われれば、上から、としか答えようがない。
 少なくとも、獄寺の機体の背後にある崖の、中腹よりは上から人が飛び出すようにして降ってきた。
「あ……なんだ、これ……?」
 暗視カメラでとらえた映像は、モニターに忠実に再現されている。
 それでも、獄寺はにわかに信じられなかった。
 降ってきた『人』は、獄寺の機体を飛び越し、ルノストに直接降り立ったのだ。その『人』の手には、長物が握られていた。月明かりにキラリと反射していることを思えば、手にしたそれは刃物だろう。
 それをルノストに突き立て、引き抜き、地面に足がつく前に再び繰り出す。何をしているのかという初歩的な疑問は、その男が何度目かに長い刃物を引いたとき、先端に小さな正方形の匣が串刺しになっていることで推測できた。
「えっと、つまり……?」
 この男は、ルノストの太陽の匣を破壊しているのだ。実際にルノストはいくつかの動力源が破壊されたようで、異常な作動を起こして停止している。だがそれこそ相手は生身の人間なのだ、ルノストも反撃しないのだろうか。
 そんなことを考えてしまったのは、刃物を手にした男が振り返るまでは、確信に至りたくないという無意識の逃避なのかもしれなかった。
『……ルノス・ナンバー・59。自機を自動走行に設定し、パイロットは脱出せよ』
「……!?」
『自動走行パターンは、待機3、方角37、速度100、距離……。』
 片手で耳を押さえているのは、小型の無線機の感度を上げているのか。その手のものは小さすぎて、受信はまだしも、発信の際の集音に限界がある。この距離でもノイズが混じった指示の声は、やはり抑揚がなく、機械のようだ。
 だが、どれだけ抑揚をなくしても、声色というものはある。
 それがモニターに映る姿と一致すると分かったとき、獄寺はもう何故自分が憤慨しているのかも分からなかった。
「どういうことなんだよっ、なんでテメェが……!?」
『斬首するには距離がない』
「ハ!?」
『ルノス・ナンバー・59、上官の指示に従え。自動走行パターンは、待機3、方角……。』
「上官、て、テメェ……!!」
 そうしている間に、ルノストがゴゴゴゴッと鈍い機械音を響かせ始めていた。おそらく破壊された匣との回路を替え、無事な匣に繋ぎ直したのだろう。上官だと断言した男も、長い刃物、おそらく刀というものを手にしたまま、ルノストへと視線をやっている。
 その瞳は異常なほど強すぎて、逆に無に見えていた。
 静かすぎる海が、実はとてつもなく深いような、そんな恐ろしさを孕んでいる。
 その瞳が見つめる先には、今にも起動を再開しそうなルノストがある。ごく自然な動作で柄を握り返している男は、何をするつもりなのか。距離がないと一度は否定したことなのだろうか、と思ったときには、獄寺の手は自然と動いていた。
『……ルノス・ナンバー・59。自動走行に設定し、脱出せよ』
「やってるっての、バカ!!」
 何故だか分からないが、従わなければならない気がした。素早く操作パネルで自動走行モードを呼び出し、指定されたパターンを右手で入力していく。その間に左手ではシートベルトを外し、入力が終わると同時にハッチの開閉ボタンを押して、獄寺はコクピットから飛び出した。
「うあっ……!?」
 すると、モニターに慣れていた目は月明かりが眩しくて、視界がほとんど閉ざされてしまう。それでも三秒後には設定された自動走行モードに従って動き出してしまうため、獄寺は地面に膝をついて着地したまま、這うようにして自機から離れた。
 コクピットは閉め忘れたものの、肩に『59』と機番の入った機体はやや東寄りで北上を始めた。速度は最大に設定してあるが、崖を滑った際にタイヤがいかれたようで、思ったほど速度が出ていない。離れていく機体にそう感じたとき、突然ルノストが走行を開始して真っ直ぐに獄寺の機体を追い始めた。
「なっ……!?」
「……。」
 自動走行なので走りやすい地面も選択できず、速度が上がらない獄寺の機体は、数百メートル逃げたところでルノストにつかまり破壊される。まるで自分が叩き潰されたかのような悔しさが、ギュッと胸を締めた。
 それをどう表現していいのか分からず、獄寺は思わず唸るようにして口を開く。
「囮に、したのかよ……!!」
 敵にやられ、もうダメだとなったとき、機体を捨てて脱出するのは分かる。だがあの機体はタイヤこそいかれていたが、まだ充分に動いていた。それをあっさりと身代わりとして差し出したかのような判断を、獄寺も間違っているとは思えない。それなのに何故か納得できなくて、そんなふうに言えば、淡々と返された。
「炎源しか捕捉できない。生身なら安全だ」
「!?」
「敵も撤退を開始した。作戦は終了した」
 だが返された内容で、先ほどの言葉が非難と受け取られたのだと分かった。
 それこそルノストの前で獄寺は機体から飛び降り、無人で囮として走らせたのだ。それをルノストがモニターで見てれば、当然筒抜けである。機体よりパイロットの方が代替が利かないは世の常であり、どちらを叩くかであれば、生身のパイロットになるはずだ。
 そうならなかったのは偶然ではなく、そもそもルノストは炎源レーダーによって捕捉された方に攻撃順位が優先されるらしい。ルノスからおりた以上は、もうルノストに攻撃されることはない。実際にルノストは無人となった獄寺の機体を破壊した後、しばらくその場で停止した後、北へと引き上げていった。
「……なんでだよ」
「……。」
 ゆっくりと地面から起き上がり、獄寺は理解したからこそ悔しくなった。
 獄寺の機体を囮にしたのも、結局は敵を逃すためなのだ。助けられたということは、戦っても無駄だと判断されたのだろう。思えば崖を降りる前から、脱出を何度も指示された。お前ではルノストに勝ち目はないと烙印を押され、せめて命だけは助けるために数時間前に初めて触れたばかりの機体を犠牲にさせられたのだと思えば、八つ当たりだと分かっていても獄寺は声を荒げるしかない。
「そんなのっ、あのアラートがなけりゃあオレだってもうちょっとやれたんだ!! オレだって、ルノストと戦えた。それなのにっ、なんで……!?」
 見限ったのか。
 そう続けるはずだった獄寺に、ヒュンッと風を切るような音を伴って刀が水平に薙がれていた。
「……あ」
 避けようと思っても、体が動かなかった。だが一歩足を踏み込んで繰り出された切っ先は、避けられなかった獄寺の胸元をほんの少し先を薙いだだけで、服にすら当たることはなかった。
 単に、脅しただけだったのか。
 こんなことでは誤魔化されないと心の中では思っているのに、獄寺はそのまま後ろに倒れこむようにして膝を折り、地面に尻餅をついていた。
「作戦の継続は不可能と判断した。作戦は既に終了した。僚機の回収を待て」
「……。」
 きっと、自分はあのルノストと遭遇したときから、腰が抜けていたのだ。
 自覚してしまうと、地面に座り込んだままガタガタと震えてしまうのを獄寺は止められない。それが悔しくて必死で自分の体を痛いくらいに押さえつける。唇も血が出そうなほど強く噛み締めていたが、やがて遠くから回収に向かってきてくれていると思われる走行音が耳に届けば、今しか尋ねられない気がして獄寺は口を開いていた。
「……お前、誰なんだよ」
 学校では、制服に身を包み、陽気で野球を好む中学生だった。
 格納庫では、オレンジ色のツナギを着込み、口数の少ない大人しそうな整備士だった。
 そして戦場では、シャツにジーパン、足元はサンダルというラフな格好でいながら、手には刀を持ってルノストと渡り合うのだ。
 一体お前は誰なのだと尋ねても、きっと名乗らないだろうという予測は当たった。
「ルノス分隊長だ」
「……。」
 名前など必要ないという意志は、獄寺を機番でしか呼ばないことでも証明されている気がした。
 本当に、こいつは何者なのだろう。
 まるで別人でしかない毅然とした横顔だが、何故か見惚れてしまうのが本当は一番悔しかった。










『T-x 出撃 確認 機番 59 ……T-x 出撃 確認 機番 59 ……』


















▲REBORN!メニューに戻る
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

<<BACK

こんな感じ。62ページくらいまで。
なんかこう、延々と…
いろんな山っこに獄寺さんがキュンキュンしてく話です(たぶん!

※7.10.追加:何故かモティンがくれたので、追加! ありあとなのな! なのな! ちなみに本に挿絵があるわけじゃないです(笑