恋する温度

- 01.

 

  




『‥‥テメェの言葉なんか、信じられっかよ』
 どういうつもりだと問い詰められ、それにひどく真面目に返した自分に対して、相手は怪訝そうにそう吐き捨てるだけだった。元々気が短いという自覚のある自分は、それに思わず眉を跳ね上げてしまうことになる。
『なんだと‥‥!?』
『お前、嘘ならもっと巧妙につけよな。いくらなんでも、んなことテメェから言われて「ハイそうですか」て納得できるワケないっての』
 さっさとベッドから降りて身支度を整える相手は、むしろ淡々とそんなふうに自分の言葉に不信感を訴え続ける。
『他の奴ならともかく、テメェの口からそんな言葉聞くなんざ、「嘘ついてます」ってサインか「からかってます」ってこと以外にありえねえだろ、しかも俺相手によ』
『‥‥。』
『‥‥沈黙は、図星ってことか?。残念だったなーっ、いくらバカな俺でも、そんなあからさまなモンに騙されるワケないっての』
 どこか寂しそうに、いや悔しそうに呟く相手の顔は、背を向けられているのでよく分からない。ただ一つ自分に分かっていたことは、自分の言葉は信じてもらえない、ということだけだった。
『‥‥もう、終わりにしとこうぜ、海馬。最初から体だけだったろ、俺たち?。今までもなんの見返りもこっちは要求しなかったんだから、今更餌で釣ろうなんて無駄だっての』
 そしてすっかり身支度を整えた相手は、いまだベッドに座ったままでいる自分へと一度振り返る。そのまましばらく迷うような表情を見せた後、相手はゆっくりとベッドの方へと歩いてきていた。
『‥‥まあ、それなりには楽しかったぜ?。お前巧いしなーっ、相当遊んでたんだろ?』
『おい、貴様‥‥。』
『けどなあ、俺、お前と違ってさ‥‥。』
 こういうこと、心なしでできる方じゃないから?。
『‥‥。』
『‥‥いっそ、体だけが目的だって正直に答えてくれるんだったらそれでもよかったけど。あんな安直な言葉で騙してまで俺が欲しかったんなら、お前、金持ちのクセにケチな奴だよな』
 全くの嘘でそこに価値などなにもない言葉より、万人にそれなりに価値がある金を渡された方がまだマシだった、と相手は言ったようだった。それに自分が怪訝そうな顔を向けると、相手はいつものようにへらっと笑って見せていた。
『ま、実際札束つかまされてたら、俺、それでお前殴ってただろうけど。まあいいや、俺だってバイトで生活かかってんだから、もう拉致ったりすんなよ?』
『‥‥。』
『‥‥もう、お前とは寝ない。じゃあな、海馬』
 そして初めて頬にとはいえ軽くキスをしてきた相手は、そのまま二度と振り返ることもなく部屋から出ていっていた。
 そんな後ろ姿を呆然と見送りながら、自分はただ、どこか冷静に考えていた。
 どうすれば、自分の言葉を信じてもらえるようになるのかと。









 城之内が、海馬といわゆるそういう関係にあったことは、遊戯たちには全くの秘密だった。いつ頃だったかは詳しく覚えていないが、ある日突然バイトの帰りに例の黒塗りの車に押し込められ、どんなあくどいことをすれば建てられるのかといった豪邸の海馬の私室に放り込まれた後、無理矢理抱かれた。
「‥‥なんかもーっ、懐かしぃーっ」
 散々抵抗はしたのだが、どうやらひどく手馴れている海馬に、快感に全く免疫がなかった城之内はその日のうちになんだか友人たちには言えないようなところまで開発されてしまっていた。海馬がなにを思って城之内をさらったのかは城之内にも分からなかったが、恐らくは嫌がらせ程度のつもりだったのだろう。だが自分だけは愉しむつもりで開発した城之内の体が海馬はひどく気に入ってしまったらしく、それからもしばしば城之内は関係を持たされるようになったのだ。
「ほんっと、迷惑だっつの‥‥。」
 こちらの都合など一切無視して、恐らくは自分の時間が空いたときに部下に城之内をさらわせて、ほとんど言葉を交わすこともなく強引に組み敷く。そしてやることをやってしまえば海馬は城之内の身支度を整えてやって部下に家まで車で送らせる、というだけの関係だった。
「‥‥。」
 海馬から金や物品の見返りは、もちろんもらっていなかった。それどころか、ああして体を求められる理由さえ、正確には聞いたことがなかった城之内である。最初のうちは相当抵抗したのだが、どれほど抵抗しても最後にはやられるのかと思えば、そんな抵抗は無駄な気がして一ヶ月もすればほとんど抵抗はしなくなっていた。無駄な愛撫はしないが基本的には巧みに快感を引き出す海馬に身を任せて、こちらもいっそ割りきって愉しんでしまおうとも思っていた。
「‥‥でも、なあ」
 思わず呟きながら、城之内は澄みきった青い空を見上げる。
 そうして割りきって体だけを繋げていると、どうしようもなく虚しくなった。だから思わず、城之内は尋ねてしまったのだ。
「‥‥。」
 どうして、自分を抱くのかと。
「‥‥性欲処理だって、正直に言やあいいじゃんかよーっ」
 むしろ気まぐれだとか、ましてや遊戯に対する嫌がらせだとでも言ってくれれば、城之内も虚しさは大きくなっても納得はできただろう。だが二週間前のあの日、いつものようにセックスが終わってから尋ねた城之内に、海馬はひどく真剣な顔をして答えたのだ。
「‥‥ほんっと、どのツラさげて『愛』を語れるってんだよ、あのヤロー」
 どうやらそれなりに察していたらしい海馬に、抱く理由で『愛』を持ち出されたとき、城之内は心が冷め切っていくのを感じていた。それは半分はそんな薄ら寒い言葉で誤魔化そうとした海馬に対してであり、残りの半分はたとえ嘘であっても一瞬でさえそれを信じて偽りの喜びに浸ることさえ出来なかった荒んだ自分に対してであった。
「‥‥。」
 海馬の言葉をすぐに嘘だと思った城之内は、その場で別れることを宣言した。海馬もそれなりに興がさめてしまったのか、それから二週間、一切接触はなかった。
「‥‥まあ、そうだろうな」
 三日に一度はさらわれていた城之内だったので、なんだかこの二週間は無色の世界が広がっているようだった。自分から拒絶したとはいえ、あの行為にそれなりにこだわっていたのはやはり自分の方だけだったのだろう。
「‥‥ザマぁねえな」
 海馬と関係の有った頃の世界は、いつも蒼褪めて見えていた。だがどこか冷たく無機質な色でありながら、そんな世界で城之内は海馬に浸れていたのである。
 そんな『蒼』を失ってから色をなくした自分の世界に、再び色が加わることはあるのだろうか。
 そんなことまで考えてしまっていた城之内は自らを笑いながら、どこへ行くでもなく学校帰りにフラフラと一人で足を進めてしまっていた。
「‥‥。」
 今日はバイトも入っておらず、遊ぼうと思えば遊戯たちを遊んで帰れた。だが二週間前のあの日のように、会社のスケジュールの都合だかなんだかで、基本的にこの曜日に時間のあることの多かった海馬が毎週この曜日だけは確実に自分をさらっていたので、なんとなくバイトも外してなにもする気にならなかったのだ。
「‥‥ほんっと、ザマぁねえなあ」
 そしてもう一度そんなふうに繰り返してから、城之内はグシャグシャと髪をかきむしる。だが家に帰る気には更にならなかったので、ふと足の向いていた公園でベンチにでも寝転がろうかと思い、城之内は自然とその公園に一歩を踏み入れていた。
「‥‥。」
「ワハハハハーっ、待っていたぞ凡骨!!」
 そして、踏み入れた足をそのまま今度は後ろへ戻して、城之内は後退ってしまっていた。
「待てっ、逃げるのか凡骨!?」
「だっ、誰が逃げるか!!」
「ならば俺の元へ来いっ、凡骨!!」
 それでも、逃げるのかと挑発されれば思わず怒鳴り返してしまった自分を、城之内は恨めしく思ってしまっていた。
 公園の中で何故か異常な存在感を持って立っていたのは、当然ながら先ほどまで城之内が回想してた海馬瀬人その人である。一体どうしてこんなところに、と驚愕している城之内には、実はこの公園が学校からぐるっと回って某世界的アミューズメント企業の本社ビルの裏手に位置していることには気がついていなかった。
「この二週間、待ち焦がれていたぞ、凡骨‥‥!!」
「‥‥。」
 そして、その世界的企業の社長サマは、相変わらず血管の数本は軽く飛んでしまいそうなテンションでそんな貧相な公園のど真ん中に神々しくも仁王立ちになってあらせられていた。
 取り敢えずは脱走したくて堪らなかった城之内であったが、どうやら海馬は自分を待っていた、あるいは探していたらしいということが分かってしばらく逡巡してしまうことになる。だが結局海馬がなにを考えているのかは予測もつかなかったので、軽く一呼吸をしてから城之内はその公園に踏み込んでやっていた。
「‥‥なんだよ、今更俺になんか用か?」
 できるだけ抑揚なく、表情は怪訝そうなものを作ってからそう言った城之内を、海馬はどこか満足げに眺めていた。相変わらず無駄にはためいているコートの動力源が気にならないこともなかったのだが、取り敢えず今は海馬からの返答を城之内は待ってみていた。
「‥‥ククッ、この多忙を極めるこの俺をして二週間もの間ラボに缶詰にさせる命題を叩きつけるなどっ、凡骨、さては貴様なかなかの哲人だな!?」
「28号?」
「鉄人ではない。人が滅多になく誉めてやっていたのだ、やはり貴様は凡骨だな」
 久しぶりに会ってみてもなかなか失礼なことこの上ない海馬に、城之内は怪訝どころかかなり不愉快そうな視線を送ってしまっていた。だが公園のほぼ中央で向かい合うようにしている立っている海馬はそこはかとなくいつもより顔が青白く、二週間研究室に閉じこもっていたのも嘘ではないのだろうなと城之内は考えていた。
「まあいい、ともかく貴様の想いに応えるべく、俺は貴重な時間をつぎこんでまで開発してやったのだ!!」
「‥‥あ、そう。ていうか俺、なんかお前に頼んだっけ?」
 恩着せがましい物言いは人格形成の一部だと割りきっても、どうも海馬の発言だと城之内が何か言ったことに対してこの二週間研究をしてきたといった趣旨に受け取れる。体の関係があった間はほとんど会話もしなかったのに、いつのまにか海馬瀬人辞書を巧みに操れて翻訳できるようになってしまっていた自分に少し物悲しいものを感じてしまう城之内に、海馬はどこか楽しそうにややうつむきがちになって笑い始めていた。
「ククッ、クククッ、いじらしいっ、実にいじらしいぞ凡骨!!」
「‥‥はあ?」
「いいだろうっ、そこまではぐらかさずとも良い!!。すべてはそのために、今ココに海馬コーポレーションの真髄を見せてやろうっ!!」
 頼むから人語を話してくれ、ということはもう諦めていたはずだったのに、どうにもこうにも会話の見えない海馬に城之内は不審そうな顔を隠すことはできなかった。だが取り敢えず海馬がひどく楽しそうで、且つなにかしらを自慢したいらしいということぐらいは分かったので放っておいた城之内に、ようやくひとしきり笑って満足したらしい海馬が、ふっと視線をあげて城之内に人が悪い笑みを向けていた。
「‥‥。」
「‥‥城之内、貴様、二週間前俺の部屋で別れ際に言ったこと、覚えているな?」
 そして切り出されたその話題に、城之内はまた顔を険しくしてしまっていた。どうやらこの様子だと、もうお別れだと言った自分の言葉を、海馬は理解してくれなかったらしい。飽きもせずまた体を要求しにきたのだろうかと思ったが、そうにしてはいつものように部下に迎えに来させるのではなく海馬本人が出向いてきたことはこれまでになかったことである。なのでいまいち事態が図りきれずに沈黙で先を促した城之内に、海馬は尊大に笑ってから続けていた。
「城之内、貴様、俺の言葉が信じられんと言ったな‥‥?」
「‥‥ああ。それが、どうしたってんだよ?」
 どうして自分を抱くのかと尋ねて愛を口にした海馬に、信じられるかと突き放したのは城之内である。どうやらそのことを言ってるらしいということぐらいは分かって頷くが、二週間も経って今更海馬がそれを持ち出してくる理由には、城之内はまだまだ分からなかった。
「クククッ、確かにな、それは分からんでもない。『言葉』は音となり文字となり意味をなしていたとしても、その言葉の『信憑性』までが証明されるワケではないからな‥‥。」
「‥‥。」
 なんとなく、海馬の言っていることが珍しく真っ当で、逆に戸惑ってしまいそうな城之内だった。だが話した内容が真実か虚偽かということに関して分からないと言うことは、要するにあのときの返答はやはり嘘だったと自分で認めているのだろうと城之内は思ってまた口惜しくなっていた。だがそんな通常思考の城之内などとは違い、海馬はやはり海馬だった。
「そう、それ故に貴様は俺の言葉を信じられんと言った。たとえ俺がそれをどんなに本心だ、と言ったところで、貴様にはやはり信じられんかっただろうな‥‥。」
「‥‥ああ」
「だからこそ、そう、だからこそ!!。この俺はこれを開発したのだっ、まさに海馬コーポレーションの技術は世界一ィィィィ!!」
 そして海馬が誇らしげにどこからともなく取り出したのは、
「‥‥やかん?」
「ククッ、名付けて『ラブラブ★ケトルくん』だ!!。人間の感情を、好意にのみ限定して測定を可能にしたっ、まさに神の領域に達する大発明だ!!」
 ワハハハハー!!、と高笑いをしているところ悪いが、城之内には海馬が手にしているものはどこからどう見てもただのやかんにしか見えなかった。一般家庭にあるものではなく、大所帯の部活などで使われる金色タイプの丸みを帯びたフォルムのものである。日本古来よりおわします伝統的なその造詣は一種完成された美しさをはらんでいるが、それを海馬が持っている時点で既にコントの材料にしか見えなかった。
「なに、お前そのやかん作るのに二週間もこもってたの?」
 なので思わず噴き出しそうになりながら尋ねた城之内に、海馬は嫌そうに訂正していた。
「やかんではない、『ラブラブ★ケトルくん』だ。あのデュエルディスクの試作品でさえ半年もかかったこの俺がだぞ?、二週間も手塩にかけて育てたんだ。その威力のほどは既に証明されたようなものだろう!?」
「‥‥いや、全然比較の凄さ分かんないっていうかそもそも育てたんじゃねえだろ、それ」
 自信たっぷりではあるが自信が実力に比例しているのならとっくに海馬は遊戯に勝っていると思いながら、城之内は不審そうにそのどこからどう見てもかやんに見えないそれにうさんくさい視線を送ってしまう。だがそんな城之内に、海馬は誇らしげに説明をしてくれていた。
「この『ラブラブ★ケトルくん』は、貴様の人間不信を払拭するために俺が開発してやったものだ。ただあまりに時間がなくてな、好意以外の感情の測定には向いていない」
「嘘発見器みたいなものか?、ていうかお前に人間不信とか言われたかねえよ、この人類皆敵社長」
 取り敢えず、城之内が二週間前に海馬の言葉を信じられないと言った件に触発されてこのやかんにしか思えないものを作ったのだな、ということぐらいはなんとか城之内にも理解できていた。だがその性能の説明にいまいち理解できずにいた城之内に、海馬はそれも訂正してやっていた。
「嘘発見器ではない、好意を測るものだ。たとえばその者の言葉が真実かどうかは関係ないし、いっそ言葉を言っていなくともよい。ただその対象に対して、好きだ、嬉しい、楽しいなどといった好意的感情を持っていると反応を示すものだ」
「ふうん‥‥。」
 どうやら反応を示せばそのものに対して好意を持っているということで、反応がなければ好意なし、あるいは興味がないといったことのようだった。
「なので、たとえばこれを使ってある食材を食べさせたとする。好きなものを食べたり美味しかったと思えば、たとえ口では『不味い』と言ったとしても、反応は出る。ただ黙っていても、反応はもちろん出る。そういった意味では嘘を発見できることもあるが、あくまでそれは二次的副産物だ」
「なんかいろいろ凄いってことは分かるんだけどよ、んで、それがどうしたってんだよ?」
 好意的感情を測定して反応の出る機械、ということらしいが、見た目はどこからどう見てもただのやかんである。人の頭よりやや大きいくらいであるが、取っ手の部分を持っている海馬は、それを少し掲げて示していた。
「だから、この俺が開発したこの『ラブラブ★ケトルくん』で科学的に証明してやろうというのだ。既にこれには準備のための水も入れてある」
「‥‥水入れて、使うのかよ」
「当然だろう、ではそろそろこの『ラブラブ★ケトルくん』の威力を見せてやるとするか!!」
 そして、言うが早いか海馬はその手にしていたやかんを、スチャッと装着していた。
「‥‥。」
「さあ凡骨っ、試しに俺になにか質問してみろ」
 ここは、午後の公園である。
 一般大衆が出入りし、普段ならば子供の遊ぶ声でも聞かれるであろう場所である。
 いや、むしろ時間帯がどうとか屋外だからどうとかいう問題ではない。
「あ、じゃあ‥‥海馬、お前正気か?」
「ムッ、だから嘘発見器ではないと言ったであろう!?。イエスかノーかで答える問いではなく、好きか嫌いかといった嗜好を尋ねる問いをせんかっ、馬鹿者!!」
「バカはテメェだよっ、なに真昼間の公園でそんなモン嬉しげに頭に乗っけてんだぁっ!?」
 思わず怒鳴ってしまった城之内を、心外だといった面持ちで見つめ返したきた海馬の方が、城之内にとっては更に頭が痛くなってしまっていた。
 どうやってそのやかんを使うのか全く分からなかった城之内に、どうやら水を入れてあるらしい海馬はいきなりそれを頭に乗せたのである。
 午後のうららかな日差しで溢れる公園に、キテレツなコートを着た顔だけは端正な青年がどこか誇らしげに黄金に輝くやかんを頭に乗せてふんぞり返っている。
 そんな光景がどんなに異常であるか、もういっそ『俺は無関係だ』と全世界に訴えながら走り出したい気持ちで城之内はいっぱいになってしまっていた。
「なにをそんなに驚いている?。感情とは即ち脳波、それを測定するのに頭部が最も適しているのは説明するまでもないだろう?」
「だからってなんで頭に乗っけてんだよっ、やかんを!?、恥ずかしげもなく!?」
「だからやかんではないっ、『ラブラブ★ケトルくん』だ!!。とにかく質問をしてみろっ、この威力を見せつけてやる!!」
 ある意味、視覚的威力はとっくに見せつけられてしまった気のする城之内だった。だがそんなふうに凄まれて、ましてやこんな頭にやかんを乗せた人間を、いかに奇人変人でまかり通っている海馬とはいえ一人にしてやるには可哀想過ぎて、いくらKC城下町でも放っておけなかった城之内はぐっと一度唇を噛み締めてから、海馬を睨みあげていた。
「‥‥分かったよ、じゃあテメェが好きそうなものを尋ねたらいいんだな?」
「そうだ。ちなみに俺は言葉では『嫌いだ』と答えるぞ?。だが俺が好意を持っているものであれば、この『ラブラブ★ケトルくん』は反応を示す」
「‥‥。」
 頭にやかんを乗せた男と公園で対峙する、などといった状況で人は一体どういう対応ができるのか。きっと自分はまだ冷静にできている方なのだろうなと自画自賛をしながら、城之内はなんとか呼吸を整えて海馬が好きそうなものを尋ねることにしていた。
「じゃあ‥‥お前、デュエル好き?」
「大っ嫌いだ!!」
 カタカタカタ‥‥!!。
 その瞬間、頭に乗っていたやかんの蓋が、勢いよく鳴って城之内はびっくりしてしまっていた。海馬が叫んだことによる振動かとも思ったが、どうもそうではないらしい。
「‥‥どうだ、反応があっただろう?。ちなみにまだ試作段階であるからな、反応レベルはかなり引き上げてある」
「じゃあ、今のは『好き』ていう反応だったのか‥‥?」
「そうだ。まあ、なんとか反応が出た程度ではあるがな」
 カードの貴公子だかデュエルバカだか言われる海馬にして、かなり反応としては低いものだったと言われて城之内はそれはそれでなんだか凄いと思ってしまっていた。だが続いて、海馬はその先を促す。
「では更に、別のものを尋ねてみろ。ちなみに今度は俺は、正直に『好きだ』と答える」
「‥‥おう」
 嘘発見器でないのなら、正解のときでも反応が出なければならない。そういったことの証明実験を海馬はさせたいようであるが、城之内はもう逃げ出したい一心で言われたように更に質問をしてみていた。
「えっと、じゃあ‥‥お前、ブルーアイズ好き?」
「大好きだ!!」
 シュンシュンシュン‥‥!!。
 突然注ぎ口から湯気があがり、蓋も先ほどより威勢良くカタカタと鳴り始めて、城之内はビクッと身を竦ませてしまっていた。だが設計通りの反応だったらしく、海馬はひどく満足そうに笑いながらどことなく熱くなっているやかんを頭に乗せたままでゆらりと城之内に視線をやっていた。
「ククッ、どうだ城之内?。これで、この『ラブラブ★ケトルくん』が人の好意の感情に反応していることが分かっただろう‥‥!?」
「あ、ああ‥‥。」
「では、貴様もこの性能に疑問を持たなくなったところで‥‥本題だ」
 性能に疑問はなくとも、そもそもどうしてそんな物を作ったのかとか構造はどうなってんだとか更にどうしてそんなもの頭に乗せて平然としていられるのかとかいろいろと疑問はあったのだが、それはすべて『海馬瀬人だから』という言葉で片付けられそうだったので、城之内はもう尋ねなかった。すると、本題だと言ってニヤリと笑った海馬は、城之内にその内容を告げてきていた。
「では、城之内。俺が貴様をどう思っているのか、と、尋ねてみろ」
「‥‥なんで?」
 そうくるのではないかと思っていたが、実際に要請されてもにわかに応じられない城之内である。だが海馬はそんな城之内にもニヤリと笑っただけで、そんなふうに返していた。
「貴様が、俺の言葉を信じられんと言ったのだろう?。ならば俺の言葉でなく、この『ラブラブ★ケトルくん』の科学的に裏付けされた反応ならば、貴様も信じられるだろう?」
「‥‥。」
「さあっ、遠慮なく尋ねるがいい!!。この俺が二週間もかけて開発したこの威力、貴様はひれ伏さんばかりに感動に泣き濡れるぞ!!」
 いっそ後光さえさしている気がしていたが、それは海馬の乗せているやかんに日光が当たって反射しているだけなのだなとすぐに城之内にも分かっていた。勝手にしろと言い捨てて帰ってもよかったのだが、今ここで海馬をまいてもいつまでも追いかけられそうな気はしている。こんな寂れた公園ならまだしも、学校や、ましてやバイト先でこの姿で乗り込まれた日には自分が恥ずかしくて生きていけないとまで思った城之内は、もういっそ無感動なままにその求めに応じてやっていた。
「じゃあ‥‥海馬、お前俺のこと、どう思ってる?」
 そして、遂に為された質問に、海馬は軽く片手で握り拳を作って叫んでいた。
「もちろんっ、愛してるぞ!?」
 ピーーーーーーッッッ!!。
 海馬が愛を叫んだ瞬間、頭に乗せていたやかんは沸騰を知らせる音がけたたましいまでに鳴り響いていた。
「‥‥て、なんでそんな音鳴ってんだよっ!?。音鳴るヤツ注ぎ口に付いてねえだろっ!?」
「細かいことを気にするなっ、この『ラブラブ★ケトルくん』はそこいらの一般ケトルとはなにもかも性能が違うのだっ、ワハハハハハー!!」
 カタカタと蓋ははね上がり、注ぎ口からはシュンシュンと先ほどまでとは比べものにならない湯気が上がっている。更に鳴り響く沸騰を知らせる音に、城之内はもうなにがなんだか分からなくなって叫んでいた。
「って、うるせえなっ、頭沸いてんのかよっ、このバカ社長!!」
 だが罵ったはずの言葉に、海馬はこれまた心外という顔をしていた。
「当たり前だろうっ、俺の好意が沸点を超えたのだ!!。どうだ凡骨っ、これで俺の言葉の真実味が分かったか!!」
「分かる分かんねえの問題じゃねえっ、テメェ結局なにがしたかったんだよ!?」
「俺が貴様を愛しているという証明だーっ!!」
 ピーーーーーーッッッッ!!。
 再び愛が沸点に達したのか、けたたましい音を響かせたやかんに城之内はもうグッタリとしてしまっていた。
 なんだか良く分からないが、海馬は自分に好意を寄せてくれているらしい。しかも湯がこんなにも沸騰してしまうほどに、頭は沸いているということなのだろう。
「クククッ、どうだ、俺の作り出したこの脅威の好意測定器に、言葉も出まい!?。惚れ直しただろうっ、凡骨!?」
「‥‥呆れて物も言えねえだけだよ」
 言葉は出ないのは本当であるが、城之内は呆れただけであったのだ。バカだバカだと思い続けていた相手ではあるが、まさかここまでとはというのが城之内の素直な感想である。だがやかんの威力を見せつけてクリエイター魂もそこそこ満たされたらしい海馬は、喉の奥で笑いながらゆっくりと頭に乗せていたやかんを手で下ろしていた。
「そう、そして更に言ってやるとな‥‥もちろんこの『ラブラブ★ケトルくん』は、頭に乗せるだけでどんな人間の好意も測定可能という優れものだ!!」
 まさに海馬コーポレーションの技術に死角なし!!、と叫んでいる海馬に、城之内の思わずツッコミを入れてしまう。
「どんな人間でも、て‥‥それ遊戯の頭とか乗っけたら底に穴開いちまって使えねえんじゃないのか?」
 ましてや遊戯の髪を薙ぎ倒してしまうほどの底をしていてもコワイ、いやそもそも遊戯のあの頭はどこまでが頭でどこからが髪なのか、などと考えてはいけないことに思いが至ってしまっていた城之内に、海馬はあからさまに嫌そうな顔をしていた。
「‥‥貴様、恋人未満の二人が愛を確かめ合うという絶好のシチュエーションで他の男の名を口にするな。無神経にも、ほどがあるぞ?」
「て、ツッコミはそこかよ!?。ていうか頭にやかん乗せてられる奴に無神経とか言われたかねえよっ、大体愛を確かめ合うってなんだよ!?」
 思わず気になって叫んでしまってから、城之内は内心しまったと思っていた。何故ならば、一応もう頭からはやかんを下ろしてくれ、今は手に持っている海馬が、待ってましたとばかりにニヤリと笑ったからである。
「‥‥クククッ、それは当然、互いの意志を確認する、ということだろう?。俺は既に告げた、今度は貴様の番だぞ、凡骨?」
「ぬああああーっ、やっぱりーっ!!。てーかっ、嫌だ、絶対に嫌だっ、俺はそんなモン乗っけたくない!!」
 頼むから勘弁してくれて泣いてみても、きっと海馬の性格上許してはくれないだろう。初めて拉致されて強引に組み敷かれたときよりもいっそ屈辱を感じてしまいそうなことを、それでも海馬は無理矢理城之内にさせたいようだった。
「いいから乗せてみろ、そして俺に対する思いを言葉ではなんとでも言うがいい!!」
「だーかーらっ、嫌だっつってんだろ!?。大体誰も彼もがテメェみたいな絶壁プリンな髪型じゃねえんだよっ、俺の頭じゃ不安定だろ!?」
 正攻法では回避できないと思い海馬レベルにまで言語を落として城之内は言い返してみたのだが、どうやらその辺りは海馬は相変わらず無駄に万全なようだった。
「フン、安心しろ凡骨。そんなときのために、ちゃんと固定ベルト装備済みであるわっ、ワハハハハー!!」
「あっ、安心できねえ!!。てーかっ、乗せんなっ、顎下にベルト回すなっ、俺をキチガイさんのお仲間に引きずりこむなーっ!!」
 だが城之内の抵抗も空しく、海馬の馬鹿力で城之内は強引に頭にやかんを乗せられ、更にやかんの底の部分から伸びてきた帽子を留めるゴムのような固定ベルトを顎の下に回されて、固定させられてしまっていた。
「‥‥。」
「ククッ、似合っているぞ、凡骨‥‥?」
 お父さんお母さんそして静香、お兄ちゃんは人として大切ななにかを奪われてしまった気分でいっぱいです、と城之内は焦点の合わない目で頭をやかんに乗せたままで呆然と呟いてしまっていた。だが恥ずかしさでうつむきがちになってしまう城之内に、海馬は正面からその両肩に手を置いて珍しく諭すように声をかけてくる。
「さあ城之内、俺への想いを口にしてみろ?。恥ずかしければいつものように罵っても構わん、たとえ口でなんと言おうとも心の好意は如実にこの『ラブラブ★ケトルくん』に反映されるからな!!」
「‥‥。」
「さあ、俺のことを考えてみろ?。そして声高に愛の沸騰音を響かせるがいいっ、凡骨!!」
 どうして自分がこんな目に、と海馬に優しく促されるという空寒い状況で城之内は呆然と考えてしまっていた。
 自分は何一つ悪くなく、元々体の関係を強要してきたのも海馬の方である。それにも応じてやったし、見返りも求めなかった。だがちょっとそれを拒絶してみればこんな公衆の面前たる公園で昼間っから頭にやかんを乗せられるなどという目にどうして自分が遭わなければならないのかと考えるだけで、城之内はなんだか泣いてしまいそうだった。
「‥‥んだよ、俺はテメェなんか大っ嫌いだ」
「なんだ、聞こえんぞ?、凡骨‥‥。」
 そして今、妙ちきりんなやかんを作ってきて、愛の確認などといったものを求めてくる海馬が、どうしようもなく腹立たしかった。体の関係が確立していた二週間前まではそんなことなど素振りも見せなかったくせに、今度は別の遊びを求めているのか、愛し愛されということを強要してきている。
「‥‥だから、俺はテメェなんか大っ嫌いだって言ってんだよ」
「そうか、そうか‥‥!!」
 だがなにより腹立たしいのは、そんな海馬が大嫌いでそう言い続けている自分に対し、見かけはやかんでも脅威の性能を秘めた測定器を、その使い方を間違えているとしか思えない優秀な頭脳で開発してきて自分の内面を暴こうとする海馬の周到さだった。
「俺はなあ、海馬。お前のことなんざ、最初っから大っ嫌いだったんだ‥‥。」
「そうだろうな、そうなのだろうな‥‥!!」
 そして、どんなに口では嫌いだと言いつつも、無駄に有能な測定器は既に蓋をカタカタと鳴らせ始めて反応を示しつつある。できれば今蓋が鳴っているのは単に怒りに自分が震えている振動からで、反応が出ているのだなどとは思いたくない。だが自分の両肩に手を置いたまま、嬉しそうに相槌を打ってくる海馬にどうしても顔を見られたくなくて、城之内は次第にうつむきながら言葉を重ねていた。
「大体、俺のことなんだって思ってたんだよ?。連れ込めば体開く程度だと思ってたのかよ、そんな程度の奴にテメェは好き好んで手ぇ出してたのかよ‥‥?」
「城之内‥‥?」
「俺は、最初に嫌だって抵抗だってした、嫌だとも言った。なのに全然きいてくれなくてテメェの都合で振り回すだけ振り回しといて、今更、そんな今更、んなコト言われたって、俺は‥‥!!」
 シュンシュンと音を立て始めているやかんに、城之内はいろんな意味で耳を塞ぎたくて堪らなくなってくる。しかも声も震え始めている城之内を怪訝そうに両肩をつかんだままで顔を覗き込んでくる海馬の視線から逃れたくて、城之内はまたうつむくしかなかった。
「テメェはっ‥‥勝手すぎんだよ。いきなりあんなこと言ってきて、そんでそれに嘘がないこと無理矢理分からせてきて」
「城之内‥‥。」
「俺はっ、俺は、そんなお前なんか‥‥!!」
 大っ嫌いだ、完全にうつむいて城之内が口惜しそうに告げたとき、頭に乗せていたやかんは好意の測定値の沸点を振りきって、盛大に沸騰を知らせる音を鳴り響かせていた。
「城之内‥‥。」
「このバカっ、好きなら好きってなんで最初から言ってくんなかったんだよ!?。それで、俺がどんだけ傷つかないフリして、平気そうにするのか大変だったか‥‥!!」
「ああ、城之内、すまなかった、すまなかったな‥‥?」
 両肩をつかんできている海馬に思いの他優しく謝られ、城之内の頭のやかんはますます華やかな沸騰音を辺りに響かせることになる。
「海馬、俺がそれでどれだけ寂しい想いしてたか、お前には‥‥!!」
「城之内、すまなかった。そろそろ、顔をあげてくれないか‥‥?」
「海馬ぁ‥‥!!」
 そんなふうに促されて、城之内はようやく泣き濡れていた瞳で顔を上げることにができていた。するとそこには、本当はいつも心ごと繋がれたかった愛しい相手が、頭から湯を滴らせた状態でそれでも愛しそうに微笑んでくれていた。
「城之内‥‥貴様の愛は、熱いな?」
「バッカ、なに、言ってんだよ‥‥!!」
 元々城之内がうつむいた状態で沸騰してしまったのでその注ぎ口からドバドバと熱湯が頭に降り注いでいた海馬は、それでも満足そうに頭から湯気を昇らせながらもそんなふうに呟く。それにまたパッと顔を赤らめた城之内に、海馬は熱湯で濡れた瞳でそっと見つめながら、片手を城之内の頬へと添えてやっていた。
「城之内、愛してるぞ‥‥?」
「海馬‥‥俺も」
 そして再び鳴り響く沸騰音は、まるで祝福を祝う教会の鐘のようであった。ちなみにどうして音を鳴らせながら注ぎ口から湯を出せたのかは、やはり海馬の言うところのこのやかんの神の領域にも達する高性能故なのだろう。
「城之内、今まで不安にさせてすまなかった。これからは、身も心もすべて、俺のものだ‥‥。」
「ああ、俺もそう言ってもらえるの、本当は、ずっと待ってた‥‥。」
「城之内‥‥。」
 嬉しそうに笑う城之内に、海馬も自然笑みがこぼれてしまう。蓋は軽快なステップを踏むようで、湯気は華やかに歌い上げるように城之内の頭上に存在している。そして二人の愛という喜びに打ち震える気持ちを高らかに宣言するかのような沸騰音が鳴り響くなかで、二人は静かに名を呼び合っていた。
「克也‥‥。」
「瀬人‥‥。」
 そして初めて想いが通じ合って交わしたキスは、湯でお膳立てされていたので火傷しそうに熱かったのがひどく印象的だった。

 
 黄金に輝くまるでティアラのようなやかんを頭に乗せて恥ずかしそうに微笑む城之内を、海馬は眩しい想いでいつまでも愛しそうに抱き締め続けていた。

 恋する二人は、いつも火傷しそうに熱かった。







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2002年の発行物の中から1本です。
ギャフン!
なにを考えてたんだろうね、あたし…。

当時はこの路線で行こうと本気で思ってました。
たぶん。

やたら身内ウケはよかったのですが、それ以上は悲しいので言いません…



2005.11.17.