■浮かれ気分。
その日、海馬は急いでいた。
「どういうつもりなのだ、まったく‥‥!!」
そして、焦っていた。
それは、相も変わらず可愛いが少し頭の足りない恋人のためである。元々この日より数日前から研究室にこもりきりであったため、可愛い恋人にも全く会っていなかったのである。毎日電話はしてやっていたのだが、恋人の機嫌は急降下する一方で、一向に改善されることはなかったのだ。
「こんな、時間まで‥‥!!」
そんな様子に、そろそろ限界かもしれないと思っていたところで、ようやく研究に一区切りがついたのだ。後の細々したところは研究員に任せ、取り敢えず本社に戻ってきたのが午後9時半で、ちょうど恋人のバイトの終わる少し前だった。
研究にかかりきりだったこともあり、社長としての雑務も残っていたので、海馬は恋人に渡してある携帯にメールをしておいたのである。恋人のバイトは10時には終わる予定で、しかもこの本社ビルに非常に近い場所である。
「‥‥。」
歩いても15分はかからず、走ったり自転車にでも乗れば確実に10分以内で着ける距離ではあった。なので、海馬も特に迎えに行くより、ギリギリまで雑務をこなしていたいという思いから『バイトが終わってから会社に来い』とメールをしたのである。
「‥‥それが、何故奴は来ない!?」
あの駄犬のことであるので、携帯電話を家に忘れたりということは思いがちであるが、そこはそれ、唯一海馬との連絡が取れると分かっているそれを恋人は非常に大切にしていたので持ち忘れたり充電をし忘れていたということは今まで一度もなかったのだ。現にこのときも、恐らくはバイトの隙を見て『分かった★』と返信されていたので、こちらのメッセージが届いていないとは考えにくい。
「‥‥。」
もしくはいきなり店長などから仕事の延長を頼まれたということも考えたが、そんな場合に雇い主が携帯に連絡すらさせないというのは考えにくいし、恋人もせっかく海馬に会えるという餌を目の前にぶらさげられておいそれと延長など応じるとも思いにくい。それは海馬の自惚れのようでいて実は純然たる事実に即しているのだが、念の為部下に電話をかけさせたところ、店の方ではいつも通り、むしろ妙に浮ついている城之内に少し早めに10時前には切り上げさせて送り出したという返事だった。
「‥‥チッ」
そして、何故店に電話をするという遠回りにも思えることをしているのかといえば、今も海馬が歩きながら耳元で鳴る機械音声に舌打ちしたように、恋人そのものの電話が繋がらないためであった。どうやら電源を切っている状態ではないようなのだが、何コールも呼び出し音で待たされた挙句、結局は現在電話に出られる状態にはないという音声で切られてしまうのである。
「なにをしておるのだっ、あの凡骨は‥‥!!」
本日に関して言えば、バイトが終わってから来いという言葉に対し、了承を示したというやり取りしか海馬は行っていない。今まで会えなかった不平不満はあるだろうが、それは海馬と面と向かってからぶつけられるものであって、なにもなくとも早く会いたいと恋人も思っているはずであることは確実だったのだ。
「‥‥。」
もうこの道は何度も通っているはずであるし、会社と屋敷を間違えたとも考えにくい。
そうなってくると、海馬が考えついた唯一の回答は、
「‥‥出迎えさせる気か、凡骨め」
わざとビルの近くで立ち止まって、焦れた海馬をおびき出す作戦ではないかと、海馬はそう考えたのである。
あの犬の考えることであるので海馬に理解できるはずもないのだが、恋人はよくそうして海馬の愛を試すような行動に出るのである。これが何時間も恋人が来るはずだったことも忘れて仕事に没頭していれば、確実に殺人アッパーの餌食にされてしまっていただろう。
「クッ、それは今の寝不足ではツライぞ、凡骨‥‥!!」
それに早めに気がついてよかったと思うものの、時計は既に10時半近くになってしまっていた。普通に歩いていたとしても10分は確実に待たせている計算になり、その時間はあの堪え性のない駄犬には泣いて暴れるに充分だったのだ。
だからこそ、海馬は焦っていたのである。
いつにない早足で、こうして歩いているのである。
「まったく、ドコにおるのだ、あの凡骨は‥‥!!」
バイト先の店長には散々脅しておいたので、恋人と結託しているということはないようであった。そうなると、実はまだバイト先に居るという可能性はなくなるので、あの店とこの本社ビルと、その間のどこかに恋人はいるということになるのだ。
「人の気も知らずに、傍迷惑な‥‥!!」
そんなことは海馬に言われたくないと全人類が思っているだろうが、海馬がそう思っていいのはこの恋人相手限定であったりするので、世界はなかなか上手く出来ている。だがそんなことに感心している場合ではなく、海馬はスーツのままプライベート用の携帯電話だけを持って会社から飛び出していたのである。
「‥‥すぐに見つけてやるぞっ、凡骨め!!」
ワハハハハー!!、と正面玄関前で高笑いをしている海馬は、そうしてご機嫌取りのために恋人のところへ出向いてやるというスタンスを取りつつも、実はいそいそと足が勝手にせっついて早く恋人を捕まえたいとしていることの自覚はまださほどなかった。
「あのよーっ、あんちゃん、分かってんのかあ?。テメェがぶつかってきやがったから、コイツがこんな痛がってんだろうがよ?」
「‥‥。」
「うおーっ、アニキ、痛いっスよ、痛たたたた‥‥!!」
だが、いつもは海馬の愛を試しがちな駄犬こと城之内克也は、この日に限ってはそんなこととは全く別の理由で海馬の元に駆けつけるのが遅れていたのである。
ここはあと二つ角を曲がればKC本社ビルという場所で、ビルとビルの間に挟まれた路地裏である。元々抜け道として城之内はいつも利用していたのだが、今日はたまたまその狭い路地から飛び出そうとしたところで、明らかにガラの悪い集団にぶつかってしまったのだ。
「ほらっ、俺のカワイイ弟分がこんなに痛がってんだろうがっ、ああんっ、この落とし前どうつけてくれんだ!?」
「‥‥。」
「イ・シャ・リョウ。知ってっか、医者にかかる料金のことだよ!?」
それはこの場合慰謝料であって治療費とは別物であるはずなのだが、この集団のリーダー格の男にはあまり関係のないようであった。
ぶつかったときも適当に謝ってすり抜けようとしたのだが、運悪く集団でいた他の仲間に城之内は腕をつかまれてしまったのである。そして狭い路地裏に逆に押し込められるようにして突き飛ばされ、あっという間に回りを囲まれてしまっていたのだ。
「さあ、きっちり払ってもらおうかっ、あんちゃんよぉ‥‥?」
「‥‥。」
この周辺は元々オフィス街なので、こんな時間ともなれば人通り自体がほとんどない。ましてや薄暗い路地裏とあっては誰も気付く様子はなく、警察なども呼ばれている気配はなかった。振りきって脱走しようにも、さすがに狭い路地で前後を挟まれていてはそれも無傷ではなかなか難しい。なので、城之内はチラリと面倒くさそうな視線をあげていた。
「なんだ、テメェ‥‥その生意気そうなツラはよぉっ!?」
「‥‥。」
「オイ、どうにか言ったらどうなんだっ、テメェ!!」
人数はざっと6人、前にリーダー格の男を含めて4人と、後ろに2人である。いずれも見知った顔ではないし、年齢的にも上のようであるのでどうやら中学時代にそれなりに名を馳せていた城之内の顔までは知らないようである。
「テメェ、有り金全部置いていきやがったら見逃してやろうかとも思ってたけどよう‥‥気に食わねえなあ、その目がよ?」
「‥‥。」
「なんでえっ、言いたいことがあんなら言ってみやがれってんだ、このガキが!!」
妙に芝居がかった脅し文句は、年齢の割りに時代錯誤を感じさせるだけで、かなりの修羅場を渡り歩いてきた城之内にとっては今更動じるものでもなかった。それよりもこんなどうでもいい奴らに足止めをされている事実の方が城之内にとっては重要で、完全に無視してやろうと思っていたにも関わらず思わずぽつりと呟いてしまう。
「‥‥だな」
「ああん?。オラ、言いたいことあんならもっとハッキリ言ってみなっ!?」
すると、案の定噛みついてきたリーダー格の男に、城之内は冷めきった目つきで正面から睨みながら吐き捨てていた。
「弱い犬ほどよく吠える、つーのはほんとだなっつったんだよ、タコ」
「なっ‥‥!?」
「あっ、アニキの頭髪は確かに薄めだがまだ地毛で頑張ろうとしているのにその未来を暗示させる言葉で罵るなんざっ、テメェ‥‥ガハッ!?」
えてしてこれからの乱闘の引き金となる一発目は、何故かリーダー格の男が城之内にぶつかられたと痛がっていた男を殴ったことに始まったのだが、その直後には城之内の拳もその男にめり込んでいた。
「グハッ!!」
「‥‥あと一つ。ついでに俺は、機嫌が悪い」
「あんだとっ、おいテメェらっ、やっちまえ!!」
そしてうさ晴らしのケンカ沙汰に嬉々として飛び込みながら城之内が叫んだのは、
「せっかくのダーリンとの逢瀬を邪魔してくれたお代は高くつくぜっ、そっちこそ覚悟しやがれ!!」
「なにがダーリンだっ、テメェ‥‥ガハァッ!!」
それでも確実に重すぎる拳で相手を沈めていく城之内を、路地がある場所とは向かいの通りの歩道から、呆然と見つめる青い瞳があった。
「なっ‥‥城之内‥‥!?」
それは、当然ながら本社ビルを飛び出してわざわざ迎えに来ていた恋人の海馬瀬人であった。
一応大通りに沿って本社から城之内のバイト先へと向かっていのだが、その途中で罵声を耳にしたのである。最初はどこかの馬鹿どもがケンカでもしているのだろうと、全くその通りなことを海馬は思っていたのだが、すぐに違う可能性に気がついたのだ。
「‥‥!!」
てっきりこの遅刻は城之内の故意だと思っていたのだが、もしかすると不測の事態に巻き込まれてしまったのかもしれない。その事態として最も考えられるのは、先ほど耳にしたような不良などに絡まれるといった類のことで、海馬は慌てて罵声のした方へと足を向けたのである。
「‥‥。」
ちなみに海馬がこのとき考えていたのは、城之内がその外見などから生意気だといって絡まれるのではなく、可愛い子にちょっかいをかけるといった方の意味での絡まれ方であった。一応海馬も城之内が中学時代それなりに悪かったことは知識として知ってはいるし、その拳の重さも無駄によく体感している。だが、
「まさか‥‥。」
海馬と付き合うようになってからの城之内は、それまでの粗暴さが嘘のように海馬に懐いていたのだ。会えば必ずキスをねだり、ドコに行くにも手を繋いでもらいたがる。ちょっとでも時間があれば抱き締めてもらおうと体を摺り寄せ、海馬が椅子に座っていればなんの躊躇いもなくお膝に乗ってくるのである。
「これが‥‥!!」
そのくせキスも下手で、セックスなどほとんどマグロ同然である。少し胸に悪戯をしただけでも息を弾ませて恥ずかしそうにうつむき、それでも気持ちいいとたどたどしく告げてくる城之内は海馬にとっては非常に愛らしい存在になっていたのだ。だからこそ、その路地裏を発見し、城之内がガラの悪い男たちに囲まれているのを見て、海馬はひどく慌てたのである。
「あの‥‥!!」
少しからかっただけでも拗ねたり泣いたりしてしまう可愛い子なので、あんな不良に囲まれてもう泣いてしまっているのではないかと思っていたのだ。あまつさえ恐怖で声も出せず、助けさえ呼べずにただいたぶられる子兎のように、コワイ狼さんたちの中で震えているのではないかと、いくらなんでもいきすぎなまでに心配をして、海馬はその場に立ち尽くしたのだ。
「これが、俺の‥‥!!」
当然海馬が立ち尽くしたのは恐怖からなどではなく、自分が最も狙いやすい距離に立っていたからに他ならない。なのでひどく冷静に淡々とスーツの下から黒光りする本来日本では持っているだけで犯罪になるものを取り出した海馬は、我が子を救う親のような気持ちでそれに消音器を取りつけたのである。そしていざ地獄に導かんとばかりに照準を定めたときに、いきなり乱闘が始まってしまったのだ。
「‥‥俺のっ、可愛い城之内なのかっ!?」
しかも、それはひどく一方的な乱闘だった。
最初にリーダーらしき男と共に何故か一人を一発で沈めた城之内は、すぐさま軽く身を屈めて襲いかかってくる者をかわしていた。更にそうして上体を沈めたままでどうやら後ろから飛びかかってきた一人を後ろ蹴りでふっ飛ばし、その低い姿勢のまま今度は前の一人の懐に入り込んで、そのまま真下から強烈すぎるアッパーでKOを食らわせていたのだ。
「ガハァッ!!」
「なっ、何者だっ、こいつ‥‥!?」
「へへっ、童実野中学の城之内って言やあ、おたくらでもちょっとは聞いたことあんじゃねえの‥‥!?」
あっという間に3人が再起不能となる中で、ひどく驚いたような男の声に続き、城之内の意気揚揚とした声も海馬の耳へと届いていた。それは当然ながら不良に怯えて泣きながら震えているような声ではなく、むしろ好戦的な色を如実ににじませたひどく危なっかしいものだった。
「なにっ、童実野中学の城之内って言やあっ、あの蛭谷とつるんでた‥‥!?」
「やっ、やべぇっスよ、アニキ!!。それシャレになってないっス!!」
「今更遅いんだよっ、テメェら!!。そっちこそ大切な大切なダーリンとの久々の再会邪魔してくれた落とし前はつけてくれんだろなあっ!?」
そんなことを叫んだ城之内は、及び腰になりつつも躍りかかってきた一人をひらりと避けて逆に後ろに回り込む。そして片腕をねじりあげたままガッと背中の上辺りを強打して突き飛ばし、確実にその者も路地裏の冷たいアスファルトの上に崩れ落ちていた。
「あ、アニキ、こいつハンパじゃねえっスよ‥‥!?」
「分かってるっ、そんぐれえ!!」
数でこそ勝っていたはずの集団の方がこんなにもあっさりと形勢を逆転されてしまったのは城之内の強さというよりその確実性にあった。いずれの相手にもほぼ一撃で再起不能に陥らせ、再戦させないでいるのである。なので城之内が拳を振るうたびに一人ずつ減っていくという感覚が、既に精神的に城之内に屈させており、単に間合いを取ってきっちり一人ずつ相手にして確実に沈めただけである城之内をより強く感じさせているのだった。
「おうよ、どうしたってんだよっ、これでお終いかあっ!?」
「なっ、なにをっ、バカにすんじゃねえぞっ、ガキが!!」
「あっ、アニキ!?、て‥‥ガハッ!!」
だが、そのリーダー格の男が繰り出したのは、自らの拳ではなく可愛いらしい残る一人の弟分だった。それを城之内は冷静に殴り飛ばし、再び沈めてからニヤリと笑ってみせる。
「‥‥さて、残るはアンタ一人みてえだなあ?」
「くそっ‥‥!!」
当初は本当に金でも巻き上げるか、少し懲らしめてやろうくらいにしかこの男たちも思っていなかったのだろう。だが予想外の強さで逆に叩きのめされてしまい、動揺するのも当然である。先にやられた五人の弟分の仇は取ってやりたいと思いつつ、既に逃げ腰になっていたリーダー格の男に、またも予想外の音が響いていた。
「なっ‥‥!?」
「え‥‥?」
それはリーダー格の男からすれば背を向けている格好になる後ろの大通りで、車のブレーキ音がしたのである。一瞬何事かと振り返ってみればどうやら車道の真ん中に人が立っていたようで、そこへ通りかかった車が思わず急ブレーキをかけてしまったようだった。
「なんだ、あいつ‥‥?」
「え、あ‥‥!?」
ともすればこんな場面では車の運転手から罵声でも聞かれそうなものだが、意外にもそんなことはなく、むしろ車の方が逃げ出すように慌ててバックで下がって男の視界からも消えていた。リーダー格の男はそんな状況を少し離れた場所にいたので不可解だと思っていたが、車の運転手からすれば危うく轢きかけた相手の手に本来日本では一般人が持つべきものではないものが握られていたので、実に賢明な判断と言えていた。
「こっち、見てんのか?。警察?‥‥んなワケねえか」
それでも、相変わらず車道に立ち尽くすスーツ姿の長身の男は、どこか呆然とこちらを見ているようである。普通ケンカなどを目撃しても巻き込まれるのを避けて目を逸らす方が多いし、勇敢にも止めに入るといったような様子も見受けられない。なので、かなり怪訝そうにリーダー格の男が車道の男を見やっていたとき、
「‥‥城之内」
「え‥‥て、知り合い!?。まさかっ、仲間か!?」
ぽつりと車道の男が呟いたのが耳に入って、リーダー格の男はひどく慌てて臨戦態勢に入っていた。てっきり城之内の仲間が通りがかったかなにかして、ますます分が悪くなったと思い少し身をずらして城之内と車道の男、両方を視界に入れるようにしたところで、実に不可解なことが起こっていた。
「あ、え‥‥かい、ば‥‥?」
「‥‥城之内、なにをしている?」
「‥‥?」
どうやら車道の男が海馬という名前だということまではリーダー格の男にも分かったのだが、そう呼んだ城之内の声が今までとはガラリと変わっていたのである。ひどく好戦的に自分たちに向かってきていたはずの城之内から漏れたとは思えない弱々しい声に、一体どうしたのかとそんな場合でもないのに男は城之内を見やってしまう。すると、
「‥‥!?」
「海馬っ、海馬、恐かった!!。俺、不良に絡まれてでどうしようと‥‥!!」
「城之内‥‥。」
それまで中学時代の名前を存分に発揮していた城之内が、胸の前で両手をぎゅっと握ってハラハラと泣き出していたのである。自分は夢でも見ているのだろうかと愕然としているリーダー格の男の前で、どうやらゆっくりと歩いてきたらしい海馬という男の方が、城之内の前に立っていた。
「海馬、来てくれたんだ!!。俺、ほんと恐かった、殺されるかもって‥‥!!」
「‥‥そうか。それは、遅くなってすまなかったな」
「ううん、でも、来てくれたからいい。お前がいたら、もう、恐くない‥‥!!」
なんとなく感動的になりきらないのは、この海馬という、恐らくは恋人であるらしい男の方も先ほどの城之内の立ち回りは目撃してしまったようで、城之内の白々しい言葉を鵜のみにはしていないからだろう。だがそれでも付き合いがいいのか恋は盲目なのか、明らかなツッコミを入れない海馬という男に対し、本来ケンカをしていたはずのリーダー格の男が凄んでしまうことになる。
「なに言ってんだよっ、テメェの方も!?。このガキがバカみたいに強かったことぐらいっ、テメェだってその目で‥‥!?」
「‥‥余計なこと言うんじゃねえよ、このタコ」
「ガハァッ!!」
だがその途端、ひどく無表情なままで顔面に拳がめり込んできたリーダー格の男は、髪だけでなく歯まで吹っ飛ばされて少なくなってしまっていた。だがそうして最後の一人を沈めた城之内も、慌てて手を引っ込めながら、ハッと気がついたように言う。
「あっ‥‥い、痛っ、怪我しちゃった‥‥!!」
「‥‥そうみたいだな」
痛っ、じゃねえだろと実はまだ意識はかろうじてあったリーダー格の男は、アスファルトに這いつくばりながらありえねえと低く繰り返していた。だが恋人たちの耳には入っていないようで、そこでお約束通りの展開が繰り広げられている。
「海馬ぁっ、血が出ちゃった‥‥!!」
「‥‥貸してみろ、城之内」
「ん‥‥。」
先ほど城之内はリーダー格の男の顔面を抉ったので、その手の甲に歯がかすってうっすらと血がにじんでいたのである。なのでそれを消毒してくれとばかりに手を差し出した城之内は、そこでハッと気がついたように手を引っ込めていた。
「城之内‥‥?」
「‥‥あぶねえっ、このままだったらそこのタコと海馬が間接キスになっちまうジャン」
「‥‥。」
それは確かに嫌であるが、そう言いながら城之内は自分でその手の甲を舐めていたのである。その時点でそこのタコとの間接キスがどうとかということは気にしていないようで、消毒という意味合いからは既に自分の唾液で果たされているにも関わらず、城之内はもう一度機嫌良くその手を海馬に差し出していた。
「はいっ、お待たせ!!」
「‥‥そうか」
そして、もう海馬という恋人の方も、なにもつっこむ気はないようで、素直にその手の甲を舐めてやっていた。すると一瞬ビクッと体を震わせた城之内は、すぐにほっと力を抜くと、いまだ海馬にその手は握ってもらったままで嬉しそうに返す。
「‥‥ん、ありがと。おかげでもう痛くなくなった」
「そうか、それはよかったな‥‥。」
「うんっ」
んなワケあるかあっ!!、と依然道路に這いつくばったままでリーダー格の男はツッコミを入れていたのだが、歯が欠けてしまったのでその声は妙に空気漏れがしているような音になってしまっていた。だがフガフガと唸っている不良などもう眼中にないらしい恋人たちは、そこで城之内の方が海馬の胸に飛び込むことによって再び自分たちの世界に突入していた。
「城之内‥‥?」
「海馬っ、俺、ほんとに恐かった‥‥!!」
「‥‥。」
だからそれ嘘くせえっての、とリーダー格の男はまたフゴフゴと繰り返すが、胸に飛び込んできた城之内を、海馬という恋人の方もしっかりと抱き返してやっている。なのでまさか本気にしているのかとそれはそれで驚愕してしまうが、更に驚く言葉が城之内からは告げられる。
「な、だから、海馬ぁっ、早く、俺のこと慰めてくれよ‥‥!!」
「‥‥ああ、分かっている。ここの処理は社員どもにやらせることにしよう、取り敢えずは社に戻るな?」
「うん‥‥。」
慰める、というのはヨシヨシと頭を撫でてやる程度のことではないのだろうと簡単に想像がつく。それ故に、この城之内を手懐けているらしい海馬という男もにわかに気になってしまい、リーダー格の男は死力を振り絞って勢いよく起き上がってみていた。
「アンタは寝てろっての‥‥じゃなくてっ、キャアア、海馬、なんか復活した!!」
「フガー!!」
起き上がってすぐのリーダー格の男に相変わらず無表情で膝をめり込ませておきながら、一転して恋人と腕を組んでいたことを思い出したらしい城之内は、慌ててうさんくさい悲鳴を上げて海馬の影に隠れてしまっていた。なので、リーダー格の男はまた意識が遠のきつつも、なんとかツッコミを入れたくてガッと海馬の肩をつかむ。
「‥‥。」
「‥‥す、すまなかった」
「‥‥。」
だが、チラリと一瞥されただけで、リーダー格の男は海馬からすぐに手を離してやっていた。するとそれになにも言わず、手にサイレンサー付きの拳銃を持ったままで城之内の腰を引き寄せた海馬は、そのまま二人で夜の闇へと消えて行ってしまっていた。
「あ、アニキ、どうして一言言ってやらなかったんですかい‥‥!?」
それでも、どうやら鉄砲玉にした弟分はまだ意識があったようで、呆然と見送ってしまったリーダー格の男にそう尋ねる。すると男はまた少なくなってしまった歯で非常に空気を漏らしながらも、なんとかそれに答えていた。
「‥‥言えるワケがねえ、あんな目をした奴によ」
「あ、やっぱり、あの城之内のコイビトてくらいだから、相当な眼光だったんですかい‥‥!!」
てっきり海馬の睨みに怯えてしまったのかと思いそう苦しそうに尋ねた弟分に、
「いや‥‥あんまりにも、不憫な目をしててな、つい」
「‥‥。」
「‥‥たぶん一番苦労してんのは、ちょっと殴られた程度の俺たちじゃなくて」
あのダンナさんだぜ、と呟いたリーダー格の男に、それなりに意識のあった他の弟分たちも城之内のダンナさんとやらの悲哀を慮ってハラハラと涙を流したものだった。
恋は魔物。
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