■夏の予感
六月も半ばにさしかかったある日、昼休みを告げるチャイムが鳴り響いたところでいきなり後ろから胸を鷲掴みにされた。
「なあっ、バクラ!! お前もう用意してんの!?」
「なにがだよ、バカ犬」
梅雨の真っ只中、今日も鬱陶しい雨は続いている。こんな天気でも、バカ犬だと思っている城之内は実に元気だ。元気すぎて、胸を揉む手つきが大きくなっていることは歓迎できないので、軽く甲を叩いて外させる。とっくに夏服になったシャツでは、いつまたボタンが弾け飛ぶか分からない。
そんなふうにバクラが淡々と対応していれば、今日はこの周辺で食べると勝手に判断されたらしい。いつものメンバーが、それぞれ昼食を片手に椅子を引き摺ったり、近くの机を寄せたりする。自分たちのグループは大所帯なので、この時期は晴れていれば屋上に行く。だが今日は雨であり、移動しなくて済むのは楽だと思いながら弁当を出していると、先に今では文字通りの宿主サマが城之内に答えていた。
「大丈夫だよ〜、城之内くん。もうボクがちゃんと用意してるから〜」
「あ、そうなんだ? だったらバッチリだな!!」
「なんの話だよ……?」
どうやら会話が通じているようだ。胸を揉まれた驚きで聞き逃しているのかと自問してみたが、やはり先ほどの城之内は何も具体的なことを言っていない。ただ、用意しているのかと尋ねただけだ。これから何か準備するものがあっただろうか。獏良は分かっていて、もう手筈を整えていたらしい。遊びに行く予定は特にないし、内緒の計画であればバクラに直接尋ねるはずもない。むしろ、城之内の雰囲気は、本来バクラが用意すべきで、当然知っていると考えていそうなのだ。
そのことがますます不可解で自然と顔をしかめるが、それは違った解釈をされたらしい。近くの生徒から椅子を借りて腰を下ろした杏子が、笑いながら頷く。
「ああ、今年はちゃんと出るんだ? 去年は帰国子女だからって、断ってたのに」
「だから、何の……?」
「帰国子女だったとしてもっ、だからどうなんだって話だよな!!」
「一応、妹はエジプトにずっといたことになってるから〜。宗教とか、文化的に、抵抗があるって勝手に納得してもらえたんだよ〜、去年は」
宗教上の理由であれば、今年も免れたかもしれない。だが文化的にまだ馴染みがなく、抵抗があるだけだという理由であれば、一年間日本で生活をして慣れてきたという理屈になっているだろう。
会話からそんなことを推測するが、そもそも城之内たちが何の話をしているのか、バクラにはまだ分からない。
それは、会話に入ってこない男連中も同じだろう。そう思って視線を向ければ、何故か隣の席で弁当を広げかけていた男は、呆然としたようにこちらを見つめてきていた。
「……本田?」
「えっ……あ、うわっ!?」
蒸し暑いからか、先にペットボトルのお茶を飲もうとしていたようだ。蓋を中途半端に開けて硬直していたところに、怪訝そうに名を呼べばビクッと焦った体が手からペットボトルをすり抜けさせる。一度足に当たり、それから床へと転がったときには、もう蓋も外れて中身がこぼれる。だが飲みかけただったことが幸いしたのか、拭く必要まではない程度にしか水溜りはできていない。
「てめー、何やってんだよ……。」
「わ、悪い……!!」
まだ飲むつもりなのかは分からないが、取り敢えず床から拾ったペットボトルを机へと置いた本田は、バクラがハンカチを出したことで違う誤解をしたようだ。
「あ、かかったか? マジで悪いっ、オレ、ちょっとぼーっとしてて……!?」
席は近いし、一度足に当たったときにも中身は散っている。だが濡らしたのは、あくまで本田の足だけだ。床よりも更に拭く必要はなさそうだったが、制服のズボン、太腿の辺りに散った水滴にバクラはハンカチを乗せる。そのまま片手は本田の肩へと置き、横の席からぐいっと身を乗り出すようにして顔を近づければ、一瞬躊躇いは見せたものの期待通りしっかりと唇を合わせてくれた。
バクラの方から求めて、軽く触れるだけではないキスをしてくれるということは、本田にも何かしらの後ろめたさや感謝などがある場合だ。さすがにかかってもいないペットボトルの件とは思えない。だが、城之内たちの会話で何を考えたのかは、もっと分からない。なにより、キスをしているうちにどうでもよくなってしまい、昼休みが終わっちゃうよ〜という獏良からの言葉で城之内がシャツの上から背中のホックをいきなり外してきた頃には、すっかり忘れて躾を怒鳴ることに夢中になった。
昼休みの一件を、バクラは深く考えてはいなかった。だが本田にとってはかなり深刻な事態らしいとは、すぐに察することになる。五時間目が終わった後の休憩や、放課後は、ずっと何かに思い悩むような顔をしていた。ただ、それを追及はできていない。気遣ったり、怖気づいたのではない。単純に今日は本田のバイトがある日で、校門を出て最初の曲がり角でもう帰路が分かれたためだ。
童実野高校では一応バイトは禁止されているが、そもそも高校生の社長が在籍している。城之内のように家庭環境から申請して許可されている者もいるし、本田の場合は親戚の手伝いで小遣いをもらっているということになっている。週に二回ほど、平日の店舗での店番だ。修理工場自体は夕方には閉まるものの、販売や修理の受付をしている提携先の店舗は比較的遅くまでやっているらしい。書類の整理などが主で、店番もどちらかといえば難しい客が来れば分かる者を呼ぶことが仕事らしい。まさに受付業務だが、いかにバイク店でもあんな強面が看板で大丈夫なのかとバクラは思ったが、黙っておいた。
本田がこのバイトを始めたのも、自分が理由だと分かっていることが大きい。金銭的な魅力はあるだろう。だがほとんどの理由は、週に二日は確実にバクラが暇ではなくなったからだ。稀に週末に呼び出されることもあるが、護衛としての能力を維持するための訓練義務は、ほとんど平日に組んでいる。現代兵器の扱いの習得を考えれば、本当はもっと時間を割きたい。だが本田との時間が減るのは、ここが限界だ。本田も海馬からの仕事を受ければいいのにと常々口にするのは、訓練のときも一緒にいられるというのが本音の半分だ。だがバイト先に選んだ店を考えても、やはり護衛などの仕事に今も将来も就く気はないのだろう。
少なくとも、バクラはそう思っていた。高校三年生ともなれば、それぞれが進路に悩む時期である。童実野高校は進学校というほどではないが、特殊な環境からか、偏差値の幅が大きい。そのため、進学も就職も多岐に渡っているらしい。大学への進学を決めているのは、獏良と御伽だけだろう。成績だけならば杏子も望めるが、ダンスでの留学を夢見ているため、まだ悩んでいるらしい。遊戯は自営業の実家を継ぐつもりのようだが、ユーギの方はよく分からない。海馬はそもそも社長が本職であるし、城之内はまだ結婚するつもりはないのでバイト先の一つで社員になることがもう決まっている。
考えてみれば、自分と本田が最も曖昧かもしれないと、バクラはようやく気がつく。
本田の家も自営業なので、勝手に継ぐのだと思っていたが、そう簡単ではないようだ。姉の嫁ぎ先、本田の義兄が同じ仕事に就いている。雇われの一社員より、いずれば自分の会社を持ちたいだろう。本田の両親との関係も良好であるし、継いだとしてもおかしくない。ただ、長男である本田が整備工になると、やはりそちらに継がせたいと両親ならば思うのも自然だ。免許が取れる年になればすぐに取得し、家の手伝いや、バイト先でもバイク関係を選ぶ。以前は整備系の専門学校に進んで技術を学びたいと言っていたこともあるようなので、いずれそうなるのだろうと勝手に思っていたというのは、本田の両親たちの弁だ。
『でも、ヒロトって最近言わなくなったのよね。他に希望の職でもできたのかしら?』
『その気がないのにウチの工場を継がせることはしたくないが、その気があるのに義理の兄に遠慮して道を変えさせることもしたくないし』
『ねえ、ヒロトから何か聞いてない?』
『こう、将来に関することとか、夢とか、希望とかで、あいつから何か……?』
自分と結婚したいという希望以外は、聞いたことがありません。
素直にそう言えば、本田の両親たちは驚いていたが、まあそこさえ確かなら職業などどうでもいいかという、不可解な納得のされ方をした。このときは、本田の実家で夕食を共に取っており、醤油が切れたので買って来いと母親が息子を蹴り出した後だ。買い物に行くなら一緒にとバクラも席を立ちかけたが、それは両親たちに慌てて止められる。仕方なく母屋で待っている間にこんな話をされたので、探りを入れることがそもそもの目的だったのだろう。
醤油を片手にスーパーから戻ってきた本田は、蹴り出したときとは打って変わり、非常に機嫌が良くニコニコとしていた両親をかなり不審がっていた。釣りは取っておけという父親の言葉にますます怪訝な顔をしたが、醤油だけを母親に渡し、夕飯の続きを食べている本田に、バクラもまた進路のことを蒸し返す気にはならない。
「……。」
きけば、返す刀で怪我をすると知っていたからだ。
成績はそれほど悪くないので、獏良からは共に進学することを誘われている。海馬の方は、正式な社員として護衛に専念してほしいようだが、城之内が対象ではない任務では身が入らないことを知っているため、仮に進学して今と同じような状態でも構わないと考えているようだ。バクラとしては、進学もいいかと多少思っている。本田が専門学校などに進学するにしろ、就職するにしろ、日中はどうせ一緒にいられないのだ。暇潰しにはいいだろうという程度の理由なので、進学でもKCに就職でも変わらない。おかげで、いまいち決めかねる。三年生になった当初、一度進路調査票が配られた。そのときは、後で就職に変える方が楽だからという助言で適当に進学と書いたが、一学期の終わりにもう一度確認をして、更に保護者を交えた面談まであるらしい。
もしかすると、その調査票がもう配られたのだろうか。ようやく辿り着いた回答はそれだったが、見た記憶はない。ここのところ、授業をサボッたり休んでもいないので、バクラが知らないということはないだろう。せっかくの推測は、早くも説得力がなくなる。
「……まあ、明日にでもきけばいいか」
明日もまだ思い悩んでいるようであれば、本田から言ってくることもあるだろう。もう平気そうであれば、尋ねても簡単に口を割るだろう。
そんなことを考えながら、バクラは自宅マンションのエントランスを専用の鍵で開ける。訓練をしてきたのでだいぶ遅い時間だが、獏良はまだ起きているはずだ。訓練前に軽く食事はしているが、さすがにもう腹が減っている。今日のメニューは何だろう。KCと契約してから、ますます食事当番の分担が獏良に偏っていることを申し訳なく思いながら、雨で濡れた傘を廊下で振るっておく。そしてエレベーターへと乗り込み、自宅の前についたので、今度は別の鍵でドアを開けた。
「……ただいまー」
「おかえりっ」
「……。」
一階のエントランスを通った段階で、室内にはチャイムが鳴る。そのため、獏良が出迎えてくれることはよくあった。
だが、予想だにしていなかった相手に、バクラは一瞬言葉を失う。直後に背中に閉まってきたドアが当たり、押されるようにして玄関の中に入った。
「……どうしたんだよ、今日は」
会うとすれば、明日学校で。
そこで尋ねようと気合いを入れたばかりだったので、動揺から表情も固くなる。だが本田は気にした様子もなく、バクラの手から取った傘を傘立てに入れると、タオルを手にしたまましゃがみこんだ。
「雨、まだ結構降ってるだろ? 足拭いてやるから、サンダル脱げよ」
「……。」
この時期になれば、雨でもさほど寒くはない。濡れることを危惧して長靴などを履くよりは、後で拭くためのタオルを学校にも持参している。もちろん、帰宅したときも同じだ。獏良がいればタオルを持ってきてくれるし、風呂などで出迎えられないときは玄関の横、靴棚の上に置いてあるのが常だった。
本田の家に行くときもそうして足を拭くし、バクラのカバンには学校で使ったタオルも入っている。こうして本田がしてくれること自体はさほど珍しくないのだが、それが自宅であり、しかも出迎えられるという状況は、思った以上に戸惑っていたようだ。
「……バクラ?」
「あ……いや、その……。」
不思議そうに見上げられ、バクラは慌てて踵を上げ、足を振ってサンダルを落とす。片足ずつタオルで拭いてもらいながら、両手を本田の両肩に置いている間も、疑問はぐるぐると回り続けた。
どうして、本田がここにいるのだろう。
今日は来るという話は聞いていない。本田もバイトがあったはずだ。高校生ということで遅くまでは働けず、バクラより終わるのは早かったのは分かる。何か重要で急ぎの話があるならば、先に電話でも入れるはずだ。訓練を終える時間はまちまちなので、今日も訓練場を出てから一度獏良には連絡をしている。返事はいつもの通りだったし、着信などの確認漏れもない。さっぱり意図が分からず混乱するばかりのバクラの対し、本田は足を拭き終わるとそのまま立ち上がろうとした。
「……だいたい、こんなもんでいいかな」
「……。」
「バクラ?……ああ」
だがバクラが両肩に手を置いたままだと気づき、軽く頷くと太腿の後ろに腕を回してしっかりと抱き上げてくれた。
完全に床から足が離れ、本田に持ち上げられる。視線はむしろバクラの方が高くなる状態で、頭を抱え込むように腕を回してこちらから唇を寄せた。それに、本田もしっかりと応えてくれる。あまり寒さは感じていなかったが、それでも夜の雨は体を冷やしていたらしい。服越しでも伝わる体温と、絡めた舌の熱にバクラは頭がぼーっとした。気持ちよすぎてもっともっとと強請っているうちに、どうやら居間に運ばれたようだ。
「んんっ……。」
「おかえり〜。お腹、空いてるよね〜? それとも先にお風呂入る〜?」
獏良はもう夕飯も風呂も済ませたようだ。いつもの会話ではあるが、ソファーに座らされたバクラは背負っていた荷物を本田によって外される。そして勝手に中から弁当箱を出し、獏良へと渡す。そんな光景をどこかぼんやりと眺めながら、バクラは質問には答えておいた。
「……メシ食う。風呂は、シャワー室借りてきたから、もういい」
「そっか〜、了解っ」
訓練に行った際は、汗をかくので備え付けられるシャワー室を借りる。帰宅してもう一度風呂に入るのが面倒くさいので、大抵は持ち込んだ石鹸やシャンプーなどで全身も髪も洗ってくるのだ。おかげでますます帰るのが遅くなるのだが、咎められることはない。だがバクラのカバンを私室に置いてきた本田に、獏良があっさりと促したことには驚いた。
「あ、本田くん、この子やっぱりご飯食べるみたいだから〜、先にお風呂入っちゃいなよ〜」
「……!?」
「そうだな、そうしとくか」
本田は逆に食事を済ませ、風呂がまだらしい。どこで夕飯を食べたのか、それは分からない。ただ、ここで風呂に入っていくということは、今夜は泊まるつもりなのだろう。普通に考えれば気持ちいいことを期待できるので胸は高鳴るが、訪問理由が分からない以上はどうしても警戒してしまう。玄関でのキスでぼんやりしていた思考もやっと回ってきて、風呂に入る前に尋ねたいとソファーから立ち上がりかけたバクラだったが、その前に頬を撫でられた。
「……!?」
「じゃあオレ、ちょっと風呂に入ってくっから? メシ食って待っててくれよ?」
「……ん」
大事な話があるというほど、深刻な様子ではない。それでいて、待たないはずがないバクラに対し、頼み込むようにしてキスまでしてくれるのだ。再び絡められた舌はすぐに熱を煽り、全身が甘く疼いてくる。もしかすると、単純に本田もヤりたくなって、足を運んだだけなのだろうか。そうであればこれほど嬉しいことはないと背中に腕を回しかけたところで、すっと離されてしまった。
「……。」
「よかった〜、それ以上ここで続けるつもりなら、止めるべきかボクが部屋に戻るべきか、悩んでたよ〜」
遅い夕食を温めている獏良からの言葉に、本田はやや申し訳なさそうに返す。
「大丈夫だって、ちゃんと自制できてるし」
「そうは見えないけどね〜」
「……できてる、つもりだし。まあ、ともかく風呂入ってくる。獏良もいろいろありがとな」
キスはもちろん、頬に添えた手も離し、本田はそう言うと居間から出て行った。着替えはバクラの私室に置いているので、それを取りに行ってから、浴室には向かうようだ。
だがソファーで呆然と見送ったバクラには、やはりいまいち分からない。中途半端に煽られた熱は燻ったままだし、単に部屋に上げただけにしては本田はやたら獏良に感謝しているような気がした。よほど戸惑った顔をしていたのか、まだ温めている途中の鍋から離れ、獏良がソファーまでやってくる。
「宿主サマ……?」
「まあ、そんなに警戒しなくて大丈夫だよ〜?……ああ、でも、普通は警戒すべきことなのかな〜?」
「……。」
でもキミが嫌がるのか歓迎するのか、ボクにも想像がつかないかも。
どうやら、獏良は本田の訪問理由を正確に知っているようだ。ならば教えてほしいと思うが、獏良は言うだけ言うと、また鍋の前に戻っていった。追及できなくはなかったが、すぐ分かることであるし、それほど大したことではないようだ。なにより何度もキスはしてくれているので、きっと悲観的になる必要もない。
少し頭を切り替えれば、空腹が戻ってくる気がした。
もうすぐ遅い夕飯も出してもらえるし、腹ごしらえをしておこう。訓練で疲れた体は梅雨の湿気と相俟って食欲を減退させるが、これから本田といやらしいことができると思えば、薄れていたはずの食欲も甦ってくる気がしてバクラは面映くなった。
警戒するのか、しないのか、よく分からない。
そんな獏良の予想は、奇しくも大正解だったとバクラは知ることになる。
「……頼む」
「……。」
それから約一時間後、風呂を終えた本田と、遅い夕食を終えたバクラは、しばらく居間で獏良を交えて寛いでから部屋に戻った。
とにかく、何かしらの用事があるのだろう。
あまり身構えないように努めて部屋に入ったバクラは、そこで袋を差し出されながら頭を下げられ、どういう反応をすればいいのか全く分からなかった。
「……ああ、そういや、来週からって言ってたか」
ようやく呟けたのは、そんなことだ。すっかり忘れていたが、先週辺りから授業中に何度か予告されていた。城之内たちは、準備と言ってもタンスから出せば済む話なのだろう。だが、バクラはそもそも持っていない。直前に購入してないと慌てるよりは、早めに準備しておくべきである。
城之内の言葉は、手つきはどうあれ純粋な親切だった。そして、そんなことはとっくに分かっていて準備してくれていた獏良も、親切なのだろう。
「そ、そう、来週からだろ!? だから……!!」
「……ええっと、それは、試着してみて、サイズの確認をしろとか、そういうことか?」
だが、獏良が購入してくれていたものを預かり、夜に部屋までやってきて頭を下げる男は、親切と言っていいものなのか。
正直に言えば、想定外すぎて肩透かしを食らった気分だ。進路調査票かと勘繰り、やや緊張していた自分に謝ってほしい。
「いやっ、その、サイズはたぶん大丈夫って獏良は言ってたんだけどよ……!!」
「まあ、そうだろうな。それに、こういうのって店の試着室ならともかく、もう買ったのを返品できるのか分かんねえし」
なんとなく、下着類と同じような扱いになる気がしてバクラは首を傾げる。
それに、獏良が買ってきたのであれば、サイズも間違っていないと思うのだ。下着ほど正確な数値は必要なく、SやMといったサイズ分けしかされていない。伸縮性のある素材なのだし、多少の体型の差は対応できるのだろう。
だからこそ、意味が分からない。どうして夏場の体育の授業で着る紺色の布を、ここで身につけなければならないのか。
「なあ本田、これ、今オレサマが着ることになんか意味があんのか?」
「……ある」
「なんだよ、言ってみろよ」
どうせ自分のものには違いないのだし、バクラは受け取った袋を開けてみる。中には、透明なビニール袋に入った水着と、白い水泳帽、更にゴーグルが入っていた。ゴーグルの使用は任意のようだが、念のため買ってくれたらしい。授業に必要なものではあるので、獏良が用意してくれていたことは素直に助かる。だがそれをどうして今着るべきなのか、疑問が解消されないままのバクラに、突然本田は声を張り上げた。
「そんなの……オレがっ、一番に見たいからに決まってるだろ!?」
「……はぁ?」
もう夜も遅いし、少し離れた部屋に獏良もいるのだ。騒ぐなというつもりでやや怪訝そうに睨めば、本田はやや怯む。だが声は落としつつ、何故かそんなことを熱く訴えてきた。
「だ、だから、オレが最初に見たいからであって……!!」
「そんなの、体育の授業になればどうせ見れるじゃねえか」
「バカッ、男女で別だろっ、授業は!?」
「……そうだったか? まあ、そうなら他の男に見られるとかでもねえし、別に意気込まなくても」
「男でも女でも関係ねえよっ、オレはバクラの水着姿が見てえんだ!!」
「……。」
どうやら、とっくに準備をして試着くらいはしていると思っていたらしい。だが昼休みに、期せずして購入こそしたもののバクラはまだ着ていないと察した。
そうすると、我慢できなくなった。獏良に頼み込み、バクラがまだ一度も水着を着ていないことも確認してから、試着させたいと申し出る。もしかすると、最も面食らい、生温かい気持ちになったのは獏良だったのかもしれない。オレサマの未来の夫がアホですいませんという言葉が脳裏を過ぎったが、やけに興奮して力説する姿は、情けないことにそれほど嫌ではなかった。
「……もっと露出が高い格好、それこそ裸とかも散々見てるじゃねえか」
かといって、素直に応じるには疑問が残っている。一般的に、水着は制服よりも露出が高い。男ならば女の水着姿は拝みたいだろう。だが、本田の場合、バクラの裸も散々見ているのだ。むしろ露出が下がる水着に固執する理由は分からず、素直な感想を言葉にすれば、いつの間にか床に正座していた本田に嘆かれる。
「違うんだよ、裸とはまた別なんだよ……!!」
「……そうかよ」
「なあバクラ、でもお前がそう思うってことは、裸よりはいいんだろ? 抵抗も少ないよな? だったら着てくれ!!」
しかも、こちらの言葉からそう切り返してくるいつにない回転の良さまで見せる本田に、バクラはますます呆れてしまった。
「別に裸も抵抗はねえよ。てめーが見たいってんなら、今すぐここでストリップしてやる」
「……い、いや、それはまた今度で」
「見たくねえのか」
「そうじゃねえよ!?」
「うるせえバカ、騒ぐなって言ってんだろうが」
「す、すいません……!!」
ついでに再び声を荒げられ、バクラはまた睨みつつも深くため息をついた。怒られれば素直に謝り、項垂れる本田だが、床に正座したまま見上げてくる視線は期待を捨てていない。ベッドに腰掛け、水着を手にしているバクラは、それを見下ろしつつどうしたものかと悩んだ。
裸にも抵抗がないのは本当だ。そのため、水着にも気恥ずかしさという意味での抵抗はない。ただ、どこまでも本田の態度が解せないだけだ。もっと言えば、水着というものに何かしらの性癖を煽られるのであれば、着てみて期待はずれだったときが怖い。もったいぶっているつもりはないが、本田がやけに意気込んでいるので、気が引けているというのが本当のところである。だが、つらつらと余計なことを考えている横顔は、どうやら相当不機嫌そうに見えたらしい。
「……で、てめーは何してんだよ」
「あ、いや、訓練帰りで、足とか疲れてんじゃねえかな、て……!!」
マッサージというには全く力が込められていない手で、靴下もはかない素足を本田は撫でてきていた。どうせならば、スカートの中まで手を差し込んで、いつものように内腿をまさぐればいいのだ。水着姿が見たいならば、制服を脱がして強引に着せてもいい。本田が興奮するのであれば、それだけで嬉しいのに、まだ分かっていない様子が腹立たしくなってきたバクラは、もう一度ため息をついてから撫でられる足を振り上げ肩を蹴っておいた。
「おわっ……!?」
「……分かった、着てやる」
「そ、そうか!?」
「どのみち、授業前に初めて着るってのも不自然だしな。一回くらい確認しときてえ」
小学校や幼稚園などから水泳の授業があった者とは違い、バクラは正真正銘水着を着るのは初めてだ。なんとなく分かるつもりだが、確認しておきたいというのも本心である。あまり焦らして本田といちゃつく時間が減るのも嫌で、適当なところで手を打ったつもりのバクラに、喜んだ本田は何故か正座のまま後ろを向く。
「……見たいんじゃねえのか?」
恥ずかしいので後ろを向けとは言っていない。本田も、今更着替えを見て気恥ずかしがることはないだろう。
「いや、せっかくなら着替え終わってから見たいし」
「……そうかよ」
では何故わざわざ後ろを向いたのか。あっさりと答えられて、バクラはもうまともに取り合う気をなくした。
趣味嗜好というものは、もうどうしようもないものだ。好きなもの好きなのだ。本田にとって、水着はそういう種類のものなのだろう。無理に納得すれば、期待はずれだったときの不安が大きくなる。あまり躊躇っていると着替えられなくなりそうで、バクラはもう一度ため息をついてから、水着をパッケージから出してみた。
すぐに着れるようにという配慮なのか、タグなどはついていない。最初から透明な袋に梱包されて売られているからだろう。そこだけ確認をして、バクラは制服を脱ぎ始める。授業前も女子更衣室で着替えるのだろうし、羞恥心の薄さからあっさりと全裸になって、水着にまずは足を通してみた。
「あれ、結構きついな……いや、こんなもんなのか……?」
「……。」
体型としては、太っていないはずだ。それでも足はともかく、腰に引っ張り上げるときはややきつい気がした。初めてだからなのか、あるいは濡れるとまた違うのだろうか。首を傾げつつ胸まで持ってくれば、苦しくはない。やはりこんなものだろうと思いながら肩紐を掛ければ、長さもぴったりで、ずり落ちることはなかった。
「で、これを着たら……。」
「……。」
あくまでこれは、プール開き前の試着である。そう宣言した以上、一通り試すつもりでバクラは帽子にも手を伸ばす。袋から出すと、同じようにタグはついていない。だが別のことに気がついて、帽子を一度ベッドに置き、脱ぎ散らかしていた制服のポケットを探った。長い髪をまとめるゴムがあったので、後ろで一つにまとめ、捻るようにして上へと括る。そうして髪を上げたところで再び帽子を手にしたが、そこでバクラは悩んだ。
「……なあ本田、これ、どっちが前だ?」
相変わらず床に正座をして背中を向けてきているので、バクラはベッドに座り、足を伸ばして軽く蹴ってみる。すると、わざとらしいほどに肩を上下させて深呼吸をした本田は、正座のままでゆっくりと振り返ってきた。
「ええっと、帽子の内側にちっちゃいタグかなんかが……?」
「……おおっ、あったあった。で、このタグがあるのが前なのか? 後ろか?」
「……。」
「本田?」
言われたとおり帽子の内側を見てみれば、小さな布製のタグがある。これが目印らしい。だが、前後はやはり分からなかった。もしかすると袋に書いてあったのかもしれない。なにより、本田に聞く方が早いと思ったのに、言葉は変なところで途切れる。それに不思議そうな視線を送れば、ゆらりと床から立ち上がった本田が、いきなり倒れこんできた。
「うあっ!? ……な、なんだよ、足でも痺れたのか……!?」
「バクラ……!!」
思わず真っ当な心配をしてしまうほど、本田は真顔だった。興奮している様子はなかった。だからこそ、押し倒される格好になったのは事故だと考えたのだが、苦しそうに唸った本田は、いきなり胸を鷲掴みにしてくる。
「んぁっ……!?」
「……。」
「あ、えっと……?」
水着が好きすぎて興奮したのかと期待しかけたが、すぐに手を離され、上からもどかれた。やはり単なる事故かと混乱している間に、一人さっさとベッドに上がった本田は、壁に背をつけるようにして座ると、バクラの両脇の下に手を差し入れて後ろから引っ張り上げる。
「ほ、本田……?」
「……。」
「なあ、てめー、急に……?」
そのまま足を開いて座る本田の前に、同じ向きで座らせる格好になったバクラには、さっぱり意図が分からない。
水着姿が見たいならば、正面から眺めるものではないだろうか。
もし気に入らないのであれば、こうして腕を回して抱き寄せたりしないのではないだろうか。
「だから、本田ぁ……?」
「……お前、やっぱり水泳の授業に出ないことにしねえか?」
昼休みにも言っていたように、昨年の六月に『戻って』きたバクラは、水泳の授業はすべて休んだ。建前としては、エジプトでずっと生活していたので、文化的にまだ馴染んでおらず、抵抗があったからということになっている。それを持ち出せば、今年も休めなくはないだろう。だがどうして本田がそうさせたいのか、悲観的な想像はぞくりとせりあがった感触にかき消される。
「ん、あぁっ……!?」
「……スクール水着って、こんなに背中があいてんだな」
「いや、そんなには、て、てめーなに舐めて……!?」
「……しかも、髪を帽子に入れるってことは、ここも晒されるんだよな」
「ひぁっ……!?」
背中から這わされた舌は、そんな呟きの後、うなじを舐め上げた。ぞくぞくした感触は、それだけで腰の奥を甘く疼かせるようだ。
落ち着いているように見えた本田は、興奮しすぎて最初の限界を超えた状態に入っていたらしい。失望されるよりは遥かに嬉しいが、こういうときの本田はいまいち会話が成立しなくなることも熟知しているバクラは、やや焦る。
「だ、だから、てめー、本気で水泳の授業に……!?」
「……しかも、ここってこんなに見えるものなのか」
「へ? おあっ!?」
突然片腕を担がれるような格好になったので何かと思ったが、そのまま斜め前に倒される。どうやら、腕周りの広さも気になったらしい。確かにシャツの肩口よりは、かなり広く開いているだろう。バクラの場合、特に胸側へと引っ張られるので、脇が広くなってしまっているようだ。
何か妙なスイッチでも入ってしまっているのか、腕を上げさせた本田は、脇の辺りから胸が見えるギリギリのところまでの肌をまた舐める。そんなところを舐められたのは初めてで、くすぐったいのに、どこかぞくぞくした。指先が鎖骨を撫でてくることも相俟って、期待はますます煽られるのに、本田の指も舌も水着の下に入ることはない。
「……なんか、硬いな」
「パットみてえなのが入ってんだよ……!!」
どうやら、最初に胸を鷲掴みにしてきたのは、それを確認するためだったようだ。斜めに倒す姿勢から戻し、両手で水着の上から胸へと触れきた本田の呟きに、バクラはそう返しておく。裏側から見たとき、それらしきものが最初から縫い付けられていることに気がついた。外すことを想定していない作りからも、これは胸の大きさをかさ増しするためではなく、胸の形が露になりすぎることを防ぐ目的なのだろう。
しみじみとした感想に説明をすれば、本田は後ろから肩越しに胸元を覗き込んでくる。谷間に指を差し入れ、引っ張るようにして確認すれば、それこそいろいろ見えたに違いない。だがすぐに指を外して納得しているので、興奮しているのは水着に対してのみなのかと思考が空回りしかけたところで、もう一方の手で内腿を撫でられた。
「んぁ……!?」
しかも、その手はすぐに足の付け根まで伸び、股の部分にある布を何度も撫でてくる。下着よりは厚手であっても、指の感触は伝わる。むしろもどかしさが増すようで、もっとちゃんと触って欲しいと強請りそうになった。
「本田ぁ……!!」
「……。」
胸の谷間からふちを引っ張っていた手も、水着の上から豊満な胸をゆったりと揉んでいる。緩い愛撫には、焦らされた体がもっと苛烈な熱を欲して疼きを増す。水着姿が気に入ってくれたのであれば、そのまま乱暴にでも犯してくれていいのだ。破きさえしなければ、問題はないだろう。獏良も本田の頼みを聞いた以上、初めてのプール授業の前に洗濯しておくことになる事態は、了解済みのはずである。
「なあ、本田、だから……!!」
「そういや、バクラって、ココ、薄かったよな」
「……は?」
だから早くしたいとねだるつもりだったバクラは、本田が再びしみじみと呟いた言葉の意味が、一瞬分からなかった。
だが、本田の片手が撫でているところと、視線が落ちる先を確認すれば、何を指摘されたのかは分かる。確かに、人によっては処理が必要だろう。だが幸いと言うべきなのか、そもそもの量も色素の薄さからも、バクラはその必要はない。
「というか、最初生えてねえのかってびっくりするくらいだったし」
「……。」
「腕とか足なら、剃ってるのかなって思えるけど。ココが薄いってことは、全体的に毛深いのの反対なのか?」
姉がいるためか、本田は一種幻想に近いような女性像というものは持っていない。だからといって、現実的にすぎる質問は、あまりに不躾すぎないだろうか。もしかすると、先ほど裸にも抵抗がないと言ったことへの意趣返しだろうか。時々、本田はもっと恥じらいを持ってほしいとバクラにせがむことがある。これもその一環かと考えたバクラは、撫でてくる本田の手に自らの手を重ねた。
「……バクラ?」
「てめーが、やりたいんなら。剃ってやってもいいけど」
本田は、もっと毛深い方が好きなのだろうか。質問からはどちらとも取れたが、濃くすることは難しそうだ。そのため、逆だと期待してそう言ってみれば、本田は少し黙ってからまた手を動かす。
「ひ、あぁっ……!?」
「……そうだな、それも今度してみてえかも。ああ、危ねえから一人で勝手にやるなよ? ちゃんとオレが剃ってやっから」
「てめー、んなこと言って、どうせ自分がやりたいだけ……んぁっ、あぁっ……!?」
厚い布地の上からでも、もう位置は覚えたとばかりに指先でグリッと襞のすぐ上の突起を引っかかれ、体を弾ませたときには手が離れる。物足りなさもあって、本田の言葉には噛み付くが、それも今度こそ脇から水着の下に両手が差し込まれ、直接胸を揉まれると飲み込まざるをえなかった。
ただでさえ大きな胸を包むためめいっぱい伸ばされた水着は、本田の両手の分だけまた引っ張られて肩や背中が少し痛い。だがそれ以上に、動かしにくい水着の中で胸を揉みしだかれ、先端を指でぐにぐにと摘まれると甘い息が漏れてしまった。
「んんっ、ん……あ、だか、らっ……本田ぁ、結局……!!」
「ああ……?」
結局、授業に出ていいのか、いけないのか。
差し迫った問題ではないが、混乱している自覚もないままに尋ねたバクラに、本田は片手を抜いてややバクラの体を横向きにしてから答える。
「バクラの水着姿、最高に可愛い」
「……よかったな」
「ああ、すげーイイ。なあバクラ、今日はこのまま、最初はヤっていいよな?」
嫌だと言っても、聞き入れはしないだろう。バクラも言うつもりはない。本田もそれが分かっていて、それでも引き返せないようにと足回りから指を差し込み、襞の奥へと突き入れる。水着のきつさのおかげで、強い仕草ではなく、甘やかす程度の動きだ。それでも既にたっぷりと濡れていたことは快楽を否定しようもなく、大きく深呼吸をした後、キスで承諾してやった。
「なあバクラ、お前、昨日水着ダメにしちまったの?」
「は?」
翌日は、梅雨の合間で晴れ渡った日差しが眩しい天気となった。その昼休みだが、屋上はまだ濡れているので結局いつもと同じく教室で昼食はとることになる。ほとんどの者が食べ終え、弁当箱をしまったりゴミを捨てたりしている頃、ふと思い出したように城之内がそう尋ねる。
昨日の昼休み、城之内から尋ねられたときはいまいち分かっていなかった。そもそも、水着だとちゃんと言えばよかったのだ。だが一日経って、何故かダメにしたと思っているらしい。全く理屈が分からず首を傾げていると、城之内もごく自然と両手を伸ばしてくる。
「……おい、バカ犬」
「だって、昨日水着着てエッチしたんだろ?」
「したけどよ、それがどうしたってんだ」
「だったら、三箇所くらいハサミで切ったりしたんじゃねえの?」
それはどういう意味なのか。怪訝そうにしたバクラに対し、同じように不思議そうにしているのはユーギくらいだ。遊戯は顔を赤らめて目を背け、御伽は苦笑いをし、獏良は相変わらずニコニコと笑うだけで、杏子は勢いよく城之内の後ろ頭を叩く。
「痛ってえ……!!」
「ほらほら、バクラくんが意外に箱入りだってもう分かってるんでしょ? 変な知識植えつけないのっ」
確かに、その知識はなかった。だが察するものはある。切れば相当間抜けな格好だと思うのだが、別の意味からもバクラは呆れた。
「んなことしねえよ。だって、本田はマジで水着好きみてえだし」
そんな勿体無いことはしないだろうと言いながら城之内の手を胸から外させると、その視線は自然と本田に集まるようだ。
「そっか、本田って水着フェチだったのか」
「そう言うと、健全なように聞こえるわよね」
「でも〜、本当はあんなに不健全なのにね〜」
「……水着でも女性陣からのこの反応、正直男からすると胸が痛むよね」
「……う、うん、ボクもなんだか耳が痛い」
「……なあ相棒、水着はそもそも健全なのか? それが不健全になるとはどういうことなんだ?」
「おかげで、プールの授業禁止されそうになるし。水着好きのくせに、海とかには行けねえとかとんだジレンマだよなっ」
授業に関しては、最終的には男女が別であることが大きな理由となり、本田も妥協する気になったようだ。バクラとしては、許可を与えられる義理はないと思うのだが、そもそも積極的に出たいわけでもないので本田がどうしても嫌ならば帰国子女を理由に去年と同じように欠席するのもやぶさかではなかった。だがそこは、ただの授業にしかすぎないものを我儘で拘束することがだいぶ後ろめたかったらしい。散々水着のまま抱き潰し、紺色の布地を白濁の液で汚してある程度は満足したようで、相当苦悩しつつも授業参加の許可を戴いたのだ。
授業ですらそうなので、見知らぬ男女が大量にいる海や市営プールなど、論外だろう。そう考えてバクラが呆れると、それまで肩身が狭そうに俯いていた本田が、急に焦って声を荒げる。
「なに言ってんだよっ、今年は海に行こうぜ!? お前去年は皆でプールとか行くときも全然参加しねえからっ、オレ、今年こそはってすげー楽しみにしてたんだし!!」
「あ? そうなのか? いや、行くのはいいけどよ、学校の水着でいいのか?」
「いいわけないだろ!!」
去年の夏休みは、既にバクラは本田と付き合っていた。だがいろいろと互いに疑念を持っていた時期であり、補習で行く学校の空き教室などで、そっとキスをする程度の仲だったのだ。水着も持っていないし、蒸し暑い中に出歩くのが心底嫌だったので、獏良を介してプールに誘われても、すべて断った。
そんなことは指摘されるまですっかり忘れていたが、本田の必死な様子を見れば随分と前から楽しみにしていたようだと察する。だが、葛藤はあるに違いない。昨日、スクール水着でもあれだけ露出が高いと舐められたのだ。まさかウエットスーツでも着せられるのかと警戒しているバクラに、横からガシッと両手で肩を掴んできた本田は、真剣に主張する。
「レジャー用の水着は、別のを買う。ほら、上下に分かれてるヤツがあるだろ? ああいうのにしろ」
「別にそれでもいいけどよ、学校用のより肌が出ねえか?」
てっきり露出は抑える方で提案されると思っていたので、不思議になって聞き返せばやたら本田は興奮している。むしろ、混乱しているのかもしれない。
「バカッ、学校のより肌が出てるのがいいんだろ!?」
「いいのか」
「ああ、でも、ほら、あれだ、スカートみたいなのついてるタイプがあるじゃねえか。下はああいうのにしろ」
「それだと学校のより露出は、て、思ったけど、腹回りとかは出てるんだしな。差し引きすると、同じくらいってことか? 胸はだいぶ見えるだろうし」
「何言ってんだよっ、上はシャツとか羽織るに決まってるだろ!? 誰が見てるか分かんねえのにっ、そんなに肌出すなよ!!」
プールサイドで涼んでいるときならばそういう格好もあるかもしれないが、本田の要望をすべて再現すると際どい水着を着る意味はなさそうだ。むしろ、少し短いスカートで、シャツの前を開けている状態に近いのではないか。
そんなバクラの疑問は、横で聞いていた城之内も同じだったらしい。
「なあ本田、そんな格好なら、もうバクラも水着いらねえんじゃねえの? オレが行くときみてえにさ、短パンにTシャツとか、そういうのを水着代わりにして」
バクラは知らなかったが、城之内がプールに行くときはそんな格好らしい。昔は、金銭的な事情からだろう。今は、恐らく心の狭い恋人からの指示に違いない。バクラも城之内の提案は妥当だと思ったが、何故か本田は苦しそうに唸る。
「城之内、ダメだ、それはダメだ……!!」
「なんでだよ? 一番楽だろ、安上がりだし」
城之内にとっては、新たな出費も抑えられるので、魅力的な案だという自信もある。だがもう一度城之内に対して首を振った本田は、今度はしっかりとバクラを見て繰り返した。
「そういうのは、ダメだ。……オレの家でたまに風呂入ってるときに乱入してくるお前と、あんまり変わんねえ格好だし」
「……そうだよな、新鮮味がねえよな」
「それよりっ、オレがその気になりそうで自信がねえんだよ!! いや、水着でもヤバいんだけど、だからこそ、スカートがついてるタイプとか、シャツとかで覆っといて欲しいっていう……!!」
「どうせ覆うなら水着は別になんでも……?」
「それでも際どいの着て欲しいんだよ!!」
何故かやたらテンションの上がっている本田が、不可解で仕方がない。
これは、昼休みの教室で、他のクラスメートたちの注目を一心に浴びてまで主張することなのか。
甚だしく疑問ではあるが、首を傾げているのは女子ばかりなので、尋ねなければならない義務を背負わされている気がした。
セクシーな水着を着て欲しいだけならば、分かる。
だがどうせ隠すのであれば、水着などなんでもよく、それこそ学校用のものでもいいのではないか。
下着であれば脱がしたときの楽しみがあると言えなくもないが、水着であれば順番からしてもその感動は薄れそうだ。ともかく矛盾している気がするバクラは、仕方なく端的に尋ねてみた。
「……なんで?」
どうして、そこまで拘るのか。
すると、本田は至極真剣に見つめたまま断言した。
「それが、男の子だから」
「……そうか」
気迫に押され、思わず頷けば、何故か教室内から拍手が沸きあがる。叩いているのは主に他のクラスメート、もちろん男子ばかりだ。どうやら本田の弁は相当共感できるものらしい。仲間内で拍手喝采をしているのはユーギだけであり、こちらは熱弁に賛同したというより、ただ本田のいつにない本気に感動しやすい気質が触発されただけだろう。
それに対し、女子たちの視線は冷めたものだ。呆れたものから、気味悪そうなものまで、取り敢えず歓迎はしていない。だが露骨に嫌がってはいない。なんとなく、男とはそういうものだと納得できる部分もあるのだろう。あれほど不審がっていた城之内も、オレも今度エロい水着の方がいいのか海馬に聞いてみようと意気込んでいる。
周りはすっかり本田の主張が完結したと考え、それぞれの反応を示しているが、当人はまだ緊張した様子だ。頷いたバクラが、理解を示しただけで承諾までしたわけではないと分かっているのだろう。すがるような目で見つめられ続け、ようやくバクラもため息をつき、肩に置かれた手を外させる。
「バクラ……!?」
「……ったく、仕方ねえな。言っとくけど、オレサマてめーの趣味がいまいち分かってねえからな? 買うときはついてこいよ、そんで好きなの選べ」
「あ、ああ……!!」
学校用のものは指定だが、市販の水着はそれこそごまんとある。型の指定はされているが、正直バクラにはよく分からない。ましてや細かい部分や色などは何がいいのか想像もつかない。
ここまで力説するのであれば、本田にはよほどのこだわりがあるのだろう。それに合わせてやるので、買うときに同伴しろ。そう言って自分から腕を回してギュッと抱きつけば、何故か再び拍手が沸きあがった。
今度は女子まで手を叩いているので、その音はより大きく、異様になっていく。
それはたまたま登校してきた社長サマには、最早オカルトのように映ったらしい。教室のドアを開けても鳴り止まない拍手に、相当不気味そうな顔をした後、何故か貴様が元凶かとユーギに向かってジュラルミンケースを投げた。直撃を受けたのはユーギが避けた先の御伽だったが、誰もその事故に気づかないうちに、はいしゃいだ城之内が恋人に抱きつきという名のタックルを食らわせ、海馬ごと廊下に転がってもまだ拍手は鳴り止まなかった。
この町の住人は、本当に変だ。
自分や恋人を棚に上げ、しみじみとバクラが思った梅雨の中晴れだった。
| ▲SSメニューに戻る −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ほんとは足コ○を書こうと思ってたのに、どうしてこうなった! そんなスク水スキーが迷走する5月です。 ところでこれもEFのシリーズですけど、続編用の設定がばんばん盛り込まれてて、ここで説明しちゃってていいんだろうか。 まあいいか、出す予定ないし・・・ ロボっぽい何か |