遊戯王・本バク+海城(女体)

■日常茶飯事





「なあ本田、お前の体操着貸せよ」
「……なんで」
 いつもといえば、いつもの昼休み。
 そんなふうに上から物を言われても、素直に応じられるはずがない。
 別に自分がケチだとか、心が狭い男ということではない。ただ単純に、嫌な予感がしてたまらないのだ。
「いいから貸せって、断んなよ!!」
「だったら理由言ってみろ城之内!!」
「まだ秘密」
「……。」
 午後の授業は数学から始まるが、その後、本日最後となる六時間目に体育が組まれている。よって、そこで使う体操着の類は、確かに持ってきていた。
 だがそれを、どうして昼休みに貸さなければならないのか。
 よりによってこの城之内に、という危惧から念のため用途を尋ねた本田に、城之内は悪びれることなく黙秘していた。
 そんな様子で、本田は確信をする。
 どうせろくでもないことを思いついたに違いない。
「……あのな、城之内。余計な世話ならしてくれなくていいぞ?」
 面白くなさそうに視線をそらし、黙り込んでいる城之内に本田はそう諭していた。
 対照的に若干楽しそうにこちらを見ているいつもの連中は、遊戯、杏子、御伽、獏良。不登校ぎみな城之内の恋人サマを除けば、約一名足りていない。確か皆で昼食をこの教室で取った後、当該人物を城之内は連れ出したのではなかったか。
 苦労して思い出すほどではない記憶で、本田はすべてを悟った気になっていた。大方また城之内がいらない気を回し、妙なお節介を焼いてくれるつもりなのだろう。
「城之内、その、お前が俺たちのこといろいろ引っ掻き回す、じゃなくて、心配みたいな余計なことしてくれてんのは、分かるけどよ? それ、ほんとにいらねえからな? むしろ本気で土下座してでもご遠慮してえんだからな?」
「……。」
 恐ろしいことに、本田たちを困惑させて仕方のない城之内のお節介の数々は、なんの悪意もない純然たる好意によるものだ。
 だからこそ、タチが悪い。
 ついでに言えば、断った際の暴れ具合が本当に恐ろしい。
「だから、今日のところは大人しくしとけよ? 俺の体操着でなにしてえのか知らねえけど、お前、また怒られるぞ?」
「……。」
「俺がなに言っても癇癪起こすだけなクセに、バクラに怒られたらお前結構凹むじゃねえか。な? だから、余計なことはしねえで……?」
 さっさとバクラに謝ってこい、と優しく続けた本田に、城之内は唇を噛み締めてぐっと黙りこんでいる。やや俯かれれば、長めの髪がその表情を隠す。それでもつらそうにしている様子から、今回は聞き入れてくれたようだ、という安堵と、城之内にこんな顔をさせたことがあの過保護で人外な社長サマにバレたら殺されてしまう、という恐怖で本田は板ばさみになっていた。
 だがそれを打ち破ったのは、当の城之内本人だ。
「……て、持って行かなかった方がバクラに怒られんだよバカヤロー!!」
「グハッ……!?」
 どうやら俯いていたのは、単にアッパーの角度をつけていたかららしい。
 そんな卑屈な理由付けをしてしまうほど、見事に顎下へと決まった一撃で、本田は意識を失いかけていた。だがそれすら城之内は許してくれず、床へと倒れかけたところを胸倉をつかんでガクガクと揺さぶってくる。
「いいから貸せよっ、マジで俺が怒られんだろ!?」
「お、おい、城之内、これ結構キツイ……!!」
「大体可愛い恋人を寒空の下いつまでも裸で放置しとくなんざっ、本田、テメェ男の風上にも置けねえよ!!」
 だがさすがにその言葉は、本田も聞き流すわけにはいかなかった。
 可愛い恋人、というのはこの場合、おそらくバクラのことをさすのだろう。一般的に『可愛い』かどうかは評価が分かれるところだろうが、少なくとも本田に異論はない。普段はどこまでも高飛車で傲慢で上から見下ろした物言いばかりのバクラだが、元々の造形と体格だけでなく、性格的には可愛いところがあるのだ。特に、しているときなど最高だなどと言えば本当に自分の命が危険になってくるので決して口にはできないが、とりあえずその点は本田も賛成だった。
 よって、気になったのはそこではない。
 まだ九月の下旬であり、天気もいいので寒空というほどの気候ではない。つまり疑問はその点でもなく、単純に『裸』という単語だった。
「……て、おい城之内っ、『裸』ってなんだよ『裸』って!?」
 何らかの用事があって城之内が連れ出したのは、まず間違いなくいつもの屋上だろう。
 そんなところで、何故『裸』なのか。
 一体どういう経緯でそうなったのかと訝った本田に、城之内は嫌そうな顔で返してきていた。
「本田、お前ってスケベだよな。いちいち言葉のアヤに興奮してんじゃねえよ」
「ああ、なんだ、いつものお前の大袈裟なだけの言葉かよ、て、俺がスケベなんじゃねえよ!!」
 思わず顔を真っ赤にしてしまったのは、事実脳裏にはその通りの映像がちらついていたからだ。
 だがそれも、城之内が変な表現をしなければこんな場所でこんな時間からは起こりえない事故だ。そう自分に言い訳しつつ、やはり少し凹んでしまっていた本田を気にもとめず、城之内は軽く脛を蹴ってせっついてきていた。
「とにかく、これで分かっただろ? 早く服貸せっての!!」
 そう城之内は言っているが、自分はさっぱり分からない、こともないのが本田もつらい。大方何かの用事で連れ出したまではよかったが、べったり懐いて話しているうちに、シャツのボタンでも弾けてしまったのだろう。前にもこんなことが、と気が滅入りつつも、本田はロッカーに向かわざるを得ない。
「城之内、お前ほどほどにしとけよ……。」
 既にバクラからはしこたま怒られたと思われる城之内なので、自分からはきつく言う気にはならない。そんなことを思いつつロッカーから出したまだ綺麗な体操着を、城之内はあっさり受け取りつつ妙に胸を張って答えていた。
「おうっ、任せとけって!!」
「……。」
「今度のはほんとに自信作だから!?」
 こいつは何を言っているのだろう、いや何をしてくれたのだろう。
 怒られて凹んでいるにしては、気持ち悪いほどに城之内は得意げだ。そしてその理由は、体操着を渡し終えたのに突き飛ばされるようにして廊下に出されたことからも、嫌な予感が増す。
「おわっ……!?」
「三分したら来いよっ、絶対悦ばせてやっからな!?」
「ま、待て城之内っ、お前今度は何して……!?」
 だが制止も虚しく、城之内は本田の体操着を片手に走り出していた。
 三分後と言わず、今すぐ追いかけて思い直させたい。そんな切実な想いにさらされても、実行できそうなのは城之内の頑丈な恋人サマくらいだ。
「……すまねえバクラ、俺は無力だ」
 城之内が最初からそのつもりだったのか、事故でボタンが飛んだことでいらないことを思いついたのかは知らないが、どちらにしろバクラは二重の不幸だろう。
 廊下で呆然と佇み、己の不甲斐なさを恥じた本田は、そう今は屋上にいると思われる恋人に謝っておく。そして口にはできないが内心で謝っていたのは、そんな城之内の余計なお節介でも大抵は本当に胸が弾んでしまうからで、もしかして自分は本当に相当スケベなのだろうかと本田は真剣に項垂れてしまっていた。





 それからきっちり三分後、屋上に現れた本田はやや落胆していた。
「おうっ、本田。やっと来たか!!」
「……ああ」
 そこで笑顔で迎えてくれたのは城之内で、バクラは相変わらずの仏頂面だ。不機嫌そうな表情も美人だ、などと内心は思いつつも、その手の類を口にする愚は犯さない。すれば最後、城之内にはからかわれまくり、バクラからは呆れられるか無視されるだけだ。本音というものはつくづく表に出さない方がいいものらしい、ということを、本田は最近になって学んだのだった。
 それはともかくとして、バクラは制服のシャツを本田の体操着へと着替えた状態だった。身長差から、裾がスカートを隠すほどになっているのが見ていて恥ずかしさを煽る。
 だがこれに似た服装は、目にするのは初めてではない。
 こんな格好で何度も喜ぶほど自分はもう童貞ではない、と本田は思っているのだが、自然と赤らむ頬と顔の熱で、視線を背けてしまうのは仕方がないことだった。
「あれ、本田のヤツまだこの程度で照れてんのか?」
「だから言っただろうが、バカ犬? あいつは体どうこうじゃなくて、もう心が根本的に童貞なんだよ」
 恋人のフォローにしては厳しすぎる気がしないでもないが、反論できなかったので今は黙っておく。それでも一度深呼吸をしてようやく視線を向け、本田は心に余裕を持ちつつ二人へと話し掛けていた。
「そ、それで、どうしたんだ?」
「……。」
「……。」
「な、なんだよ、俺は何も動揺してたりしてないぜ……?」
 ニヤニヤと人の悪い笑みを見せる城之内と、呆れ返っていると分かるバクラの様子に、本田はそれこそ地団太を踏んで主張したかった。
 今更この程度で喜んでなどいない。
 いや、嬉しくないわけでも心躍らないわけでもないが、少なくとも、城之内という恐怖の傍観者がいる前で取り乱さない程度には、自制が効いているはずだ。
「……まあ、オレサマももうちょっと平然とするだろうと思ってたんだがよ。これですら、あの状況だろ? バカ犬、もういいんじゃねえのか?」
 あの状況、というところで、バクラはチラリとこちらに視線をやる。まさか既に股間が、と震え上がるより先に、絡みかけた視線だけでまたドキドキと胸の鼓動は増していた。
 これは相当まずい状況だ、とさすがに自覚する。自分はこんなに若かったのか、といつもの連中では一番誕生日が早く兄扱いされることも多い本田が葛藤していると、誕生日は最後でないくせに末っ子全開な城之内が駄々を捏ねるようにジタバタしていた。
「よくねえよっ、せっかく頑張ったのに!!」
「バカ犬は何もしてねえじゃねえか……。」
「しただろっ、体操着取りに行ってやっただろ!? 俺頑張ってるじゃねえか!!」
 いらん方向にな。
 そう思ってしまいつつ本田が改めて見やれば、バクラが着ているのはやはり自分の体操着だ。以前制服のシャツを着せたのと似たような格好であるが、違うところももちろんある。まずは裾がシャツの方が長かったため、今はスカートが若干多めに布地が見えている。それが妄想をやや抑え込んでいるのだと思われるが、逆に煽り立てている部分もあった。
 制服のシャツと違い、前合わせできはない体操着は胸元にネームが縫い付けられている。本田のものなので、当然『本田ヒロト』という文字だ。それをバクラが着ている、ということに妙な興奮を覚えないこともなく、これが城之内の意図したことかと痛感する。
 だがそんなふうに本田が分析している間に、城之内は何故かバクラの背中側へと回っていた。
「だからっ、なあ、バクラ!?」
「なんでそんなにしたがんのか、オレサマ分かんねえよ……。」
 疲れたように言っているバクラの言葉を聞けば、まだこれで完成ではないのだろうか。自分はもう充分喜んでしまっている、と思っていた本田を、城之内はいきなり呼びかけていた。
「本田っ、よく見てろよ!?」
「あ、ああ……?」
「おいっ、バカ犬……!?」
 見ていろと言われたので、素直に目を向けた本田に、城之内の姿はよく見えなかった。それは若干背が高いバクラの後ろに隠れてしまっていたからで、一体何をするつもりなのかと本田は戸惑う。
 そうしているうちにバクラが着ている体操着が揺れたので、後ろからガバッと脱がせるようなことを本田は一瞬想像していた。だが実際に城之内がしたのは、背中側から体操着を引っ張っただけだ。
「なっ……!?」
「どうよ本田ァ!?」
 かなり大きめな本田の体操着をぐいっと引けば、裾がめくれて臍が見えそうになっている。だが城之内が意図したのはそんなわずかな腹チラではなく、実際に本田の目がいったのもそれよりもっと上の、体操着に覆われた部分だった。
「……。」
「……。」
「……その沈黙はなんだよ」
 城之内が黙っているのは単に本田が何も言わないからだろうが、本田が言葉を発せないのは激しい動揺に放り込まれていたからだった。
 本田が着ていても少し大きめの体操着は、バクラの体型を完全に覆い隠していた。それを、城之内が後ろから引っ張る、つまり余っている部分を後ろにまとめたことで、前側は体型にぴったり密着しているのだ。
 それだけならば、まだいい。
 バクラの胸がやけに豊満なのは、知っていたことだ。
 体操着でその胸が強調されるという姿は、既に本人のもので目にしたことがある。相変わらずサイズの合っていない獏良との兼用のそれは、首元のジッパーが全開になっており、大変扇情的になっていた。
 だが今は本田のものなので、別段ジッパーも下りていない。
 それにも関わらず物凄い衝撃を受けてしまった本田は、自然と膝が折れて見上げる格好になってしまう。いや、正確には折れたのは腰で、もっと言えば崩れたに近かった。
「あれ? 本田のヤツ、反応ワリィな。バクラ、ちゃんと見えてる?」
「なにがだよ」
 いろいろギリギリな本田を本当に分かっていないのか、城之内はそんなことを言って踵を上げている。そしてバクラの肩に後ろから顎を乗せ、前を見下ろすようにして体操服を掴んでいない方の手を回してきていた。
「……!?」
「て、なにしてんだバカ犬!?」
「へ? ああ、もっとチクビ立たないかなって?」
 ムギュッと遠慮なく鷲掴みされたバクラの胸は、本田が危惧したとおりの反応を見せていた。
 小さめの服で胸が強調されているのは、まだ、見慣れている。だがどうしてその胸が、下着に包まれていないのか。そのことが分かるのは、夏用なのでさして厚くもない体操着の布地に胸の形が透けているからだ。
 後ろから引っ張り上げただけでそれは見て取れ、だからこそ本田は言葉を失った。そんな反応を全く逆に受け取ったらしい城之内は、後ろから回した手でやたら胸の一番高いところを際立たせようと手を蠢かせている。
「ほんっとバカ犬だな、テメェは」
「じょ、城之内、やめ……!!」
「だって本田の反応いまいちだし? なあバクラ、もっとエロい胸にしてくれよ!!」
 呆れ返っているバクラはされるがままで、それを止めようと手を伸ばしかける本田はますます膝が崩れてしまう。
 そうして、強調などしてくれなくていいのだ。
 自分の白い体操着が、二つの膨らみを形作る。その頂で小さな突起が次第に顕著になるのを目の当たりにしていれば、股間だけでなく鼻の奥まで熱くなってくるようだ。意識を失いそうなほどの強烈な興奮を感じ、いろいろ理不尽すぎて本田は事態を止めたいと願う。だが腰を支えられずまともに立てないこの姿勢では、そんなことは最早不可能だった。
「エロい胸ってなんだ、エロい胸って。そんなの、そのまま見せちまった方がいいんじゃねえのか?」
 しかも本田の様子を全く鑑みてくれない二人は、ひどくいやらしい手つきを本田に見せつけたままでのん気な会話を続けている。
「バッカ、分かってねえなあバクラは!! そのままバーンて見せるより、こういうもどかしいのがいいんだって!!」
「そうなのか?」
「ほんとだって、それ調べるためにやってんだろ!? ……あ」
 屋上のコンクリートにガクリと膝をついて初めて、本田は下に置かれていたバクラのシャツに気がつく。あまりキレイに畳まれていないのはもういいとしても、そのシャツの上に何の恥じらいもなくブラジャーが置かれていた。
 せめて逆にして隠せと言いたいが、そうなると直接肌につける下着がコンクリートに直置きになるのだ。それよりはマシか、と思いかけて、いやいやそういう問題じゃないと自分で首を振る。だがそんなことよりも今問題にしなければならないのは、城之内の意図通りに大興奮してしまっている自分の若さだった。
「あれ、本田前屈みになってる? ほら、やっぱり男ってこういうの好きなんじゃん!!」
 得意げに胸を揉みしだく城之内の手が、体操着の上からキュッと突起を摘み上げる。それにはさすがに息を詰めて表情を歪めたバクラは、もしかして感じたのだろうか、と思っただけでもう本田は屋上に突っ伏しそうだった。
「アレはもう前屈みとかいうレベルじゃねえだろ? バカ犬のバカ具合に脱力しきってんじゃねえのか?」
「違うって、むしろ力んでるって、股間とかが!! まあいいや、喜ばれるって分かったから今度俺も海馬にしてみよっと」
 それが目的か!! と、叫ぶ気力も本田にはなかった。
 大体、そんなことだろうと思っていたのだ。城之内は大変親切だが、傍迷惑な友情以上に恋人サマへの愛が暑苦しい。大好きな海馬を誘惑する新たな方法を思いついたはいいものの、本人に試す時間がなくて、手っ取り早くバクラと本田で実験してみたのだろう。
「バカ犬、それだと本田と社長サマが感性同じってことにならねえか? それでもいいのかよ?」
 だが呆れて指摘するバクラの言葉も、若干ズレている気がする。
 驚いてはいない様子からも、バクラは最初から実験の趣旨は聞かされていたのだろう。その上で素直に下着も外して協力するな、と窘めたいが、最早本田は顔を上げられそうもなかった。
 スケベだと罵るなら罵れ、これが男の性だ。
 開き直りたい気持ちは多々にしてあるが、言ったところで女二人にバカにされるのは目に見えているし、男の中でも自分はやや反応しすぎなのではないかという自覚もある。そして何より足枷になっているのは、一歩も動けそうにないほど股間に熱が集まっていることだった。
「え、男だから一緒なの当然じゃねえの? ああ、でも俺の海馬が!! 俺の大好きな海馬が本田に限らず他のヤツと一緒てのもなんかヤだな、バクラ、どうしよう!?」
「……心配しねえでも、あの奇天烈社長サマと同じ感性のヤツなんざこの世に二人といねえよ」
 バクラからの投げやりな言葉にも嬉しそうに笑った城之内は、ようやく背中側でまとめ上げる体操着から手を離したようだった。
 本来の胴回りを取り戻したシャツが、胸の形を隠す。それにほっとするのが半分と、残念になるのが半分でまた頭を抱えそうになったとき、おもむろにバクラが上体を屈めていた。
「まあ、バカ犬が納得したんならもう……?」
「……て、何してんだよバクラ!?」
「おわっ……!?」
 さっさと着替えようとしたのは分かるが、そうにしてもいきなり体操着を脱ぎだすとは思わなかった。いくら他に生徒がいなくとも、ここは屋外だ。しかも自分がいるのに、と思ったときには、本田は動けないと思っていたはずの足が動いていた。
「……あーっ、本田、そんなに喜んでくれた? いきなりがっつくほどに」
 だが半ば蹲るようにしていた体勢から急に駆け寄ったため、情けないことに足がもつれてしまった。股間を誤魔化そうとせず、しっかりと腰を立たせていればもしかすると免れていたかもしれないが、こうなっては後の祭りだ。せめてもの救いはバクラを巻き込んで転倒しなかったことぐらいだが、ほとんどその足元で膝立ちし、腰の辺りにしがみつく格好になったことはもう何の言い訳もできなかった。
「バカ犬、本田イジメんのもそれくれえにしとけよ? 泣かれるとウゼェんだよ、テメェにコケにされたら意外に凹んで長引くんだから手間増やさせんな」
「お、俺は別に泣いてなんか……!?」
「だったらバクラが慰めてやればいいだろ? つか俺別にいじめてねえよ、こんなに気遣ってやってるのに!! 本田が大興奮するの協力してやってんのにっ、なんだよ、恩知らずなヤツだな!!」
 胸の下で腕を組み、フンッと不機嫌そうにそっぽを向く城之内は完全に拗ねた様子だ。だがますます立てなくなっていた本田は、バクラにしがみついたままで動けない。すると上から降ってきたため息の後に、バクラに肩を押されて離されてしまっていた。
「テメェの気遣いは傍迷惑以外の何物でもねえっていつも言ってんだろうが、バカ犬。その空回った親切はテメェの恋人サマだけに向けてろっての、きっとあのヤローも喜ぶぜ?」
 バクラに拒まれた、と一瞬切なさでギュッと心臓が萎縮した本田だったが、何故かバクラはそのままそこでコンクリートへと膝をついていた。そうすれば当然視線が下になるのだが、城之内へと諭しつつバクラは再び引き寄せてくれる。
「……!?」
「言われなくても俺の愛は海馬に向かってるっての、海馬だけに向いてるぜ!!」
「ハイハイ、そうだな、まったくその通りだな? いいからテメェはもう教室帰れ」
「あ、今からエッチすんの?」
 ムギュッと押し付けられた胸は、やはり下着の介在を感じさせない柔らかさだった。散々触ったこともあるのだが、卒倒しそうなほど興奮している自分に本田が葛藤していれば、城之内から遠慮ない質問がなされる。
 それに、先ほどとはやや違った体勢ですがることになっていた本田はビクッと肩を震わせるが、追い討ちをかけるようにバクラが返事をしている。
「こんな状態の本田、教室に帰せねえだろ?」
「ふうん、バクラって親切だな。俺なら絶対、海馬放置するぜ?」
 いや同じ立場なら責任持たなきゃいけねえだろ城之内は、と思うのだが、なかなか言葉も出てこない。
「放置して我慢させて暴走寸前の社長サマにガンガンにヤられるのが好きなんだろ? まあテメェの趣味はどうでもいい、とにかくもう行け」
「なんだよっ、普通に始めたら海馬ってスゲェ淡白なんだぞ!? だから俺がこんないろいろ頑張って、海馬が興奮してくれるようなの、演出してやってるんだっての。あーあっ、いいなあ、俺も海馬とエッチしたい!!」
 拗ねたように叫んだ城之内は、そのまま大人しくドアの方へと向かってくれていた。
「じゃあなっ、俺は一足先に帰るぜ!!  後で海馬にメールしよっと。三百万分の一くれえの確率で、今日うっかり海馬の仕事が早く片付いたりしねえかなあ……。」
 もしものために体操着持って帰っとこ、と一人でぶつぶつ続けながら出て行った城之内に、そんな理由でなくとも六時間目で着るのだから洗濯しに持ち帰れと本田は思う。だが当然何を言えるはずもなく、変にドキドキしたままバクラにしがみついて城之内を見送った。
 そうしてバタンと無造作に屋上のドアが閉まる音が響き、不規則な足音も完全に遠ざかってから、本田はようやくほっと息がつけていた。
「……テメェ、いつまでこうしてんだよ」
「え!? あ、ああ、悪い……!?」
 その途端、呆れた調子でそう声をかけられ、本田は驚いて顔を上げていた。自然と離れた上体に、引いた勢いを腰が支えきれない。よって膝で立つ格好から尻餅をつくようにしてコンクリートに座り込んだ本田に、バクラはまた呆れたらしかった。
「ったくよ、テメェあの犬に踊らされすぎだっての」
 さすがに胡坐をかくことはなかったが、いわゆる女の子座りとは程遠い状態で足を崩して同じようにコンクリートに腰を下ろしたバクラは、まずはそんなふうに言っていた。それに、本田はひどく心外なものを感じて反論を試みる。
「なんだよ、城之内に踊らされてる、てか、付き合いよすぎんのはバクラの方だろ? 断れよ、お前断っとけよ、こんなこと!!」
「悦びまくってるテメェに言われたくねえな」
「……スイマセン」
 正座に近い状態の股間を嫌そうにチラリと一瞥されれば、本田に非難などできるはずもなかった。だがそうして熱を思い出させられると、途端に気になり始める。城之内に対して言っていたことは、単なる追い払う口実だったのか、それとも本気だったのか。確認したいがあまり機嫌が良さそうにも見えないバクラに躊躇し、そわそわしていると、ますます呆れたと顔に書かれてしまっていた。
「……なんだ、そんなにヤバイのか?」
「や、ヤバイというか、いやそれほどでもねえけど……!!」
 この場でのやせ我慢ほど無意味なものはないと知っていたが、端的に尋ねられるとどうしても意地を張ってしまう。直後に激しく後悔している本田に、やがてバクラはその片手を握ってきていた。
「ば、バクラ……!?」
 緩くつかまれただけの手首でも、肌に触れているというだけで熱は煽られてしまう。前回体を重ねてからそれほど日にちも経っていないはずなのに、この反応の良さはなんなのか。あるいは自分は本当にスケベなのではとまた落ち込みかけていた本田に、バクラは掴んだ手をそのまま服の下へと差し入れさせていた。
「……!?」
「まあ、バカ犬には一応生では触らせてやってねえからよ? それで我慢しとけよ、ガキや動物がじゃれてきてんのにいちいち目くじら立てんな」
「あ、ああ、いや、その……!?」
 今更のように城之内の激しすぎるスキンシップをフォローしてみせているが、愉しそうな表情を見ていれば深い意味のない言葉だと分かる。それよりも今は体操着の下に入れられた手で、予想通り下着の感触がない素肌の胸をまさぐることになれば、本田はもう頭を下げるしかなかった。
「だからっ、バクラ、その!! ……させてクダサイ」
 もう引き返せないほど熱が高まったことを自覚して、先ほどの言葉を冗談にしないでくれと本田は懇願する。すると少し驚いた様子を見せたバクラは、ニヤリと笑いながら本田の手首をつかむ手は外していた。
「……ま、好きにしろよ」
「バクラ……。」
 そうして両腕をこちらの肩から背中へ回すようにして身を寄せてきたバクラに、本田はもう自制など効くはずもなかった。
 付き合ってる自負はあり、体を求めても極端に拒まれない自信はある。
 だからといって、上手い誘い方など本田には分からず、結局手をこまねくばかりで悶々とした日々を過ごしていた。どう持っていけばいいのか、どう始めればいいのか。経験値などないも同然な本田は、なんだかんだでキッカケを提供してくれることになる城之内に感謝している自覚があり、強く非難できないのだ。
 むしろ、それが分かっていて、憎まれ役を買って出てくれているのではないかとすら本田は考える。なんだかんだで、あの悪友は情に厚い。それだけは確かなのだから、と思ったのを最後にして、本田の思考は目の前のバクラだけに堕ちていった九月も終わりの昼下がりだった。





 ちなみに、城之内の憎まれ役を買って出ている説は、数日後にあっさり否定されることになる。どうやら前日に海馬の時間がとれ、体操着だけで迫ってみた城之内は、仕事で疲れきった海馬に軽く窘められたらしい。
 海馬曰く、そろそろ秋も近いのだからそんな薄着では腹を冷やすぞ、と。
 実に適切な指摘だと本田は思ったのだが、性的興奮に結びついてくれなかった海馬に城之内は相当拗ねたらしく、面白くない感情がぶり返したことをいきなり拳で表現してくれていた。八つ当たり以外の何物でもないそんな所業に、こいつは本当にただの乱暴者だと本田は薄れゆく意識の中認識を改めていた。殴った後に続けられた言葉をなんとか繋ぎ合せてみれば、結局城之内はその後海馬にちゃんと可愛がってもらったらしい。ならば拗ねる必要も今になって自分を殴る必要もなかったのでは、と心の中で涙したのが意識が途切れる前の思考だ。
 そしてわずかな時間で目を覚ましたときに、また城之内への認識が好転した。
 気絶している間にバクラの膝枕へと移動させられていたらしい本田は、それで八つ当たりは許せと見下ろしてきた城之内に、グッと親指を立てて応え、バクラには殴られた。





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なんか、相変わらずの二人、というか三人? いないけど実は四人…

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