■スカウティング
「あっ、二人とも、もう帰んのか!?」
「……。」
「……。」
五月も半ばを過ぎた放課後、下校しようと荷物をまとめようとしたところでそんな声がかけられる。つい手を止めて振り返ったのは、激しく嫌な予感がしたためだ。
何か用事があるならば、そう言いながら引き止めればいい。
あるいは、大した用ではないが引き止めたくなった場合は、どことなく申し訳なさそうにしている。
妙な懐き方と方向性が特殊な我儘さを発揮してくれるクラスメートだが、友人たちの仲を邪魔したくないという気遣いだけは忘れたことはない。今で言えば、明らかにバクラはもう本田と帰ろうとしていたので、それを止めるならば相応の理由か、すまなそうな態度を示してくるはずだ。
「なあなあっ、もう帰んの!? もうちょっと大丈夫だろ!?」
「……。」
「……。」
だが引き止めたクラスメート、バクラにとっても異質な位置づけにある城之内は、曖昧なことを言いながらもニコニコと機嫌がよかった。
こんなときは、ロクなことがない。
無言で呆れるバクラだけでなく、横で怪訝そうに黙るしかない本田とも共通した認識だろう。先週の土曜日、隣県の遊園地にいつもの連中と遊びに行き、その帰りに一暴れした後だ。海馬との関係も修復したことは素直に朗報だと思ったが、そうにしても城之内は機嫌がよすぎる。ただの惚気であれば、朝でも昼休みでも構わず勝手に赤裸々に話してくれたはずだ。それが、こうして下校直前になって自分たちだけを引き止めてくるという不可解さは、他の面々にも疑問だったらしい。
「城之内くんは帰らないの?」
「アンタ、今日バイトじゃなかった?」
遊戯と杏子からそう尋ねられ、城之内は振り返りながら答える。
「あ、バイトのシフトは変わってんの。だから今日は休みっ」
「そうなんだ? まあ、遊びに行くならほどほどにしときなさいよ」
「大丈夫だよ〜、真崎さん。城之内くんが無粋なことしても〜、妹は我慢するような殊勝な性質じゃないから〜」
それもそうねと杏子から妙な信頼を得ていることも知ってしまったが、言うだけ言うと杏子や遊戯、それに戸籍上は双子の姉になっている獏良は手を振ってさっさと教室から去っていった。もしかすると、遊戯たちには聞かせにくい話なのかもしれない。バクラですらそう察したということは、ずっと付き合いも長い連中はとっくにそう解釈し、外してくれたということなのだろう。
実際に、遊戯や杏子にはニコニコとして手を振って見送った城之内は、教室のドアが閉まると大きく肩で息をしている。
自分と本田、二人だけに話がある。
この選定を思えば、先週の一件で何かしら報告があるのかもしれない。そう身構えたバクラに、ようやく振り返った城之内は緊張感など全くなくだらしない笑みを浮かべていた。
「あのなっ、海馬が二人に話があるんだって!?」
「……本田、帰るぞ」
「えっ、あ、ええっと、それいいのか……!?」
「なんだよっ、なんで帰るんだよ!? 海馬が話があるって言ってきたんだよっ、引き止めとけってオレに頼んできたんだぜ!? オレ、恋人として期待に応えねえと!!」
どうやら昼休みなどに言わなかったのは、単に伝言が入ったのが放課後になってからだったのようだ。よく見れば、城之内のカバンの上には新しい方の携帯電話が置かれている。引き止める理由を口にしなかったのは、それを他の連中に言ってもいいのか分からなかったか、単に浮かれてのことらしい。
目的はどうあれ、海馬と会えるのは嬉しいだろう。更に頼みごとをされて、城之内が変なやる気を出したことも理解はできる。だが、それに自分たちが付き合ってやる必要はない。海馬からの指名ということで、嫌な予感が増すばかりのバクラはあっさりと無視して帰宅を決意するが、城之内は簡単に逃してくれない。
「バクラッ、海馬が待てって言ってんだから待てよ!!」
そんなことを言って駆け寄ってくる城之内の引き止め方くらい想像がついていたバクラは、ひらりと身をかわして横に立つ本田の後ろへと避難する。
「バクラ?」
「バクラ、ずりぃよ……!!」
「ずるくねえ、大体何の用だよ、それも分からずに待ってやる義理はオレサマにはねえよ」
そのまま背中から両腕を回して本田へと抱きつけば、確実に胸を揉んでこようとしていた城之内は地団太を踏んで悔しがっていた。
この体勢では、当然ながら胸は揉みようがない。あるいは腹の辺りにしがみつこうとしても、正面からでも背中からでも、本田ごと腕を回すしかなくなる。
そんなことをすれば、バクラがどれだけキレるのか。
さすがの城之内でも理解しているし、そもそも本田ごと抱きつきたくはないはずだ。案の定もどかしげに嘆いていた城之内は、やがて一度肩で息をすると、まずは本田を懐柔することにしたらしい。
「なあ本田っ、どうせこれから家に帰っていちゃいちゃするだけだろ!? 予定とかないんだよな!?」
「まあ、それはそうなんだけどよ……?」
「……立派な予定じゃねえか、バカ犬のダンナと不愉快な会合持つよりよっほど大切だっての」
「あっ、いや、その、城之内? 海馬がオレたち、ああ、それともバクラだけか? どっちにしろ、何の用なのか聞いてないのか?」
先週の一件で、バクラは海馬への評価をかなり下げている。当事者である城之内が許しているのは構わないが、自分が毛嫌いするのもまた勝手だろうという態度だ。それを本田も知っているからこそ、背中でぼそりと呟いたのが聞こえれば、困ったようにそう口にする。
バクラからは見えないが、本田からの言葉に城之内も首を傾げたようだ。
「ええっと、内容はオレも知らねえ。ただ二人に話があるから待たせとけって内容だったし、バクラだけなのか、本田だけなのか、二人ともなのかもオレにはさっぱり」
普通に考えれば二人ともに用があると解釈するところだが、片方だけだったとしても両方引き止めなければならないことは海馬も分かっているのだろう。本田を呼び出せばバクラは待っているし、バクラを呼び出せば本田もいないと嫌だと突っぱねるのは明らかだ。
結局のところ、城之内からは有益な情報は得られそうにない。そもそも、バクラが訝っているのは、わざわざ城之内に伝言してまで学校で話すつもりだという点だ。用があるなら携帯電話の番号くらい知っているだろうし、自宅を急襲することも厭わないだろう。それにも関わらず、どうして城之内に仲介させ、学校にこだわるのか。本田の背中に顔を埋めて考えている間に、城之内はだいぶ焦れたらしい。
「なあっ、だから、待っててくれるだろ!? あ、そうだ、待ってる間に、オレ、ジュースとか奢るし!?」
「いや、城之内、そんな気遣いは……?」
「……まだバイトしてねえといけねえような生活なのに無駄金使おうとしてんじゃねえよバカ犬」
「それかっ、今度宿題写させてやるし!?」
「それはほんとに気持ちだけで遠慮するっていうか……?」
「……バカ犬の宿題なんか写させたら本田の追加課題確定でますます時間取られるだろうがバカ犬」
「あっ、そうだ、デュエルしようぜ、デュエル!?」
「あの、オレ、決闘者じゃねえんだけど……?」
「……割と普通にやりたかねえよオレサマ実はまともに勝ったことねえとか古傷思い出せんじゃねえよっ、バカ犬!?」
「バクラッ、これあげるから!?」
どうやら最初から攻略対象としてはバクラを標的にしていたらしい。考えてみれば当然で、どういう条件提示であっても、城之内に妥協して本田がバクラを諭してくると、激しく面白くない。拗ねることも分かっていたのだろう。だからこそ煽り、バクラがつい本田の背中から離れて怒鳴ったところに、ずいっと小さな箱を突きつけられる。
「城之内……?」
「これっ、海馬のトコの新作!! なあ、これやるし、もうちょっと海馬のこと待っててくれね?」
「……。」
本田にはよく見えなかったようだ。煙草より少し大きいくらいの箱には、確かに新製品というロゴが踊っている。新作という表現で、ゲームソフトか何かと本田は思ったようだが、微妙に違う。どこに販路があるのか、それとも完全な社長サマの道楽なのか。大人の玩具とも言いがたいその製品は、『脅威の薄さで生の味わい』という謳い文句が眩しかった。
以前も、海馬からこのゴム製品をもらったことがある。かなり薄いが強度と伸縮性に優れ、一般に広く流通している既製品とは随分と感触が違った。それはとっくに使い切っているが、更に薄くなって生にも酷似した密着感だと宣言されると、気持ちがぐらりと傾いてしまうのが悔しい。
そもそも、こんな餌があるなら、最初から示せばよかったのだ。城之内は普段からこの製品しか使っていないので、素晴らしさを分かっていないのだろう。言えばいくらでもくれただろうが、頼るのはなんとなくプライドが邪魔していただけのバクラは、実を取ることにした。
「……仕方ねえな。今回だけだぞ」
これはもらっといてやると箱に手を伸ばし、受け取れば、城之内より本田の方が不思議そうにしている。だが何を説明するより見れば早いとばかりに、バクラはその箱を本田のシャツの胸ポケットへと捻じ込んだ。
「バクラ?……て、お前っ、これ!?」
制服のシャツは白いので箱のロゴが透けるだとか、そもそも高校生が堂々と持ち歩いていいものではないだとか、本田にもいろいろ葛藤はあるのだろう。だが、バクラが陥落した理由も同時に理解できるはずだ。
なにしろ、本当にこの製品は薄い。さすがは世界にきらめく海馬コーポレーションの粋を集めた傑作だ。
海馬への評価が再び浮上しかけたバクラは、背中から離れるとそのまま本田の手を取った。
「なあ本田、さっさと帰ってそれ使おうぜ?」
「えっ、あ、いやでもその……!?」
「なに言ってんだよっ、バクラ!! 帰っちゃダメだろ、何のためにあげたと思ってんだよ!! どうせ使うならここで使って海馬待てよ!!」
「城之内も何言ってんだよ!? そんな、ここでとか、いつ海馬が来るのかも分からねえのに……!?」
「なるほど、バカ犬にしては珍しく聡いな」
「えへへっ、バクラ、もっと褒めてくれよな!!」
「待て、待ってくれ、なんかおかしいだろ、明らかに危険だろ、もし真っ最中に海馬が来たらオレたち確実に殺されるよな!?」
本田はそう言っているが、城之内が自分たちに懐いている間は海馬は絶対に実力行使には出れない。ああ見えて、合理的な自制はできる男なのだ。
どうせ本田はここで使うことなどできないだろうが、それでも口にしたのは譲歩を求めたからだ。
餌がなくとも、城之内からの求めには最終的に応じるだろうとはバクラも思っていた。それでも、本田といちゃつく時間が減るのは事実なのだ。ならば密度の保証と、それを前払いもしてほしい。本田の正面へと回り、軽くシャツの裾を引っ張ればため息混じりに頷かれた。
「……分かった、今夜はコレ使っていっぱいしてやっから」
「んっ……。」
夜の約束の後、誓いとばかりに唇を寄せられる。深いキスを求めたくて、両手を裾から背中へと回す。傍では城之内が、いいなあオレも早く海馬とチュウしたいとぼやいていたが、ほとんど無意識の反射神経でぐいっとシャツを下へと引っ張り、本田ごと床へと屈めば、その頭上を廊下から投げ込まれた銀色のケースが通過した。
要するに、忙しい仕事の合間を縫ってどうにか学校まで足を運んだところで、今回の目的である二人がいちゃついていてイラッとしたらしい。
「てめーも大概にしてガキだよな、嫉妬してんじゃねえよ」
「嫉妬などしておらん、軽く不愉快だっただけだ」
そんなことでジュラルミンケースを投げ入れられ、バクラが屈ませなければ直撃していたと思われる本田は『やっぱり海馬ってこええよ、すげぇこええよ』と頭を抱えていた。だが、そもそも海馬は当てる気がなかったと思われる。廊下から投げた時点で、窓ガラスが派手に割れ、簡単に勘付けるからだ。実際に避けることはできたし、凶器となった銀色のケースは校庭側の窓も突き破って一階まで落下した。今は海馬の部下たちがそれを拾ってくる間に、四人で屋上に移動したところだ。窓ガラスの修繕という理由だけでなく、元々海馬は屋上がよかったらしい。
今日も目に痛いほど真っ白なスーツに身を包んだ海馬は、城之内の手を引きつつ不機嫌そうな顔は崩していない。だが先に腰を下ろした本田が、海馬からの襲撃理由を聞いて頭を抱えてしまっているため、むしろそちらにバクラはため息をついた。
「まあ、理由はなんでもいいけどよ?……本田が学校でキスしてくれなくなったら、てめー、どう責任取ってくれんだ」
そんなことを言いながら、正面に膝をつくようにして腰を下ろし、本田の両肩へと手をやってバクラはぐいっと顔を上げさせる。すると、思ったほどは怯えていなかった。単純に驚いただけらしい。もしかすると、本田がこれほどまでにショックを受けているのは、海馬がジュラルミンケースを投げた本当の理由が分かっていないからなのかもしれない。本当に、嫉妬というか、羨ましがったり苛立っただけの行動だと思っているのだろうか。そもそもこの時期に、自分たちを指名して、海馬が直接話をしたがる。内容が想像できれば簡単なテストに過ぎないと分かっていたバクラは、先ほどしそこねた深いキスを自分から施した。
「……不要な心配だろう。どうせ角刈りは貴様に抗えん」
「なあなあっ、海馬、オレも!! オレも、チュウしたい!!」
呆れたように海馬は言っているが、やはり分かっていないとバクラは内心で呆れる。最近になってようやく本田は人前でも多少のキスはしてくれるようになったのだ。ほぼ人と遭遇する危険性がない状況を除いて、放課後になったばかりでまだ多くの生徒も廊下を歩いているような教室では、本田の方からキスしてくれることは稀だ。バクラからすれば、させてはくれる。だが本田から動くように調教するのに、どれだけ手間暇がかかったと思っているのだ。そう苛立ちつつ、深いキスを堪能していたところで、屋上に海馬の部下が現れた。
どうやらジュラルミンケースを回収してきたらしい。すぐに部下はまた屋上から消えたが、同時に海馬たちの方はキスを止めていたので仕方なくバクラも本田から唇を離す。城之内はもっと不満そうにしているかと思ったが、久しぶりの海馬が嬉しくて幸せそうに懐いていた。
「で、話って何だよ?」
それを確認してから、バクラはさっさと本題へと入った。給水塔の壁に背をつけて座っている本田の前に、背中を預けるようにして座り直す。特に何も言わなくとも、本田の片腕はバクラの腰へと回され、もう一方の手はスカートを直していた。
少し離れたフェンスのところに海馬は立っているが、座る気はないらしい。仕方なく城之内も横に懐いて立っている。かなり見下ろされる体勢だが、動じることもなくバクラが尋ねれば、海馬もまたはっきりと返した。
「貴様、我が社で雇われる気はないか」
「ない」
「……え、海馬、それって?」
「……まさかっ、先週言ってたヤツて、ほんとに!?」
用件はそれだと思っていたが、読みは正しかったようだ。そうでなければ、海馬が自分たちに直接用などあるはずがない。城之内もかなり驚いているので、本当に内容は知らなかったらしい。
先週末、城之内絡みでうっかり暴れてしまったことで、妙な期待をかけられたことはバクラも本田も知っている。特に、バクラは女であるという点が相当魅力的だったようだ。だが所詮は警備部門の連中が独断で勧誘しているだけだと高を括り、無視していたが、どうやらこの御大の耳にまで入ったらしい。最初から海馬の指示であったならばもっと上手く立ち回れただろうと思うので、やはり警備部門が先行していたのだろう。それを知った海馬は、妙案だと採用した。だがこうして足を運ぶまでに、どうして城之内に一言相談しなかったのだろう。
「バカ犬にも言ったんだけどな? オレサマ、仕事であの士気は保てねえよ」
「バクラ……。」
予想通り、城之内は困ったように表情を曇らせている。ちなみに今は標的になっていない本田を安心させるためにも、バクラはそう繰り返して横向きになるように振り返り、後ろの恋人へと懐いておいた。
だが警備部門の連中とは違い、海馬はやはり一筋縄ではいかない。だから話をしたくなかったのにと思いつつ、バクラはそのやりとりを聞く。
「城之内、貴様はどう思う?」
「え?……えっと、バクラが、オレの警護にってこと?」
「ああ。適任だと思わないか?」
適任かと言われれば、そうだろう。実力以前の問題として、そもそも城之内は海馬から過剰な警護をつけられることを良しとしていないのだ。バクラであれば、堅苦しく思わなくてすむ。それで海馬も安心できるなら、唯一歓迎できる人選だ。
「でも……その、バクラも、ああ言ってるし……。」
仮にバクラが自らそうなりたいと主張すれば、多少の後ろめたさはあっても城之内は頷いたはずだ。だがバクラは最初にそんな話が出たときから、無理だと断っている。その理由を考えれば、たとえ海馬が童実野町での権力や、戸籍などの恩を売ったとしても、期待される働きはできない。何より、無理強いすることで嫌われたくないという意識から、チラチラとこちらを見て戸惑っている様子に、バクラはまた呆れた。
城之内が板ばさみで困ることなど、分かっていたはずだ。それなのにこうして説得させようとしている海馬に苛立ちが増したとき、躊躇いがちな言葉が続く。
「それに、バクラもよく言ってるけどよ? なんか、今の体って、まともに鍛えてねえから昔みたいな立ち回りはできねえって」
不本意だが、それも全くその通りだ。この体には、まだ傷や痣も残っている。急に思い出したように抱きしめてくる本田の体温に身を委ねていると、どこまでも主張を変える気の無いらしいこの町の君主サマはにべもなく言い捨てた。
「昔のことなど、オレは知らん。先週程度の動きができれば充分だ」
「で、でも……!!」
「まともに鍛えてないのならば、これから鍛えればいい。訓練施設は充実しているぞ?」
「ええっと、でも、そういうことじゃなくて、なんて言うんだろ、ほら、やっぱ昔とは違うし、バクラも戸惑って……!?」
「ああ、要するに獲物が違うということか」
それも違う。
城之内が言いたいのはそういうことではない。だが曖昧な言い回しになってしまうのは、海馬には人の感情を訴えてもなかなか理解されないと知っているからだ。だからこそ、体力のなさや能力不足などを理由に思いとどまらせようとしたのだろう。バクラが断る根幹がそこにない以上、やはり説得力としては弱い。そのため海馬は曲解したようだが、一周回って実は正解でもあった。
「……さすがに銃器には慣れてねえしな。闇の力も精霊獣も使えねえ以上、この現代において銃器を抜きに語れねえことぐれえ、オレサマだって分かってる」
「バクラ……!?」
簡単に言えば、飛び道具から身を守る術がない。そうである以上、攻撃が最大の防御になる。要するに、撃たれる前に撃たなければならない。残念ながらその技術がないことは、先週末の一件でもバクラは痛感した。
あのときは狭い廃墟ビル内だったので、銃よりも警棒やナイフの方が使い勝手がよかった。だが、必ずしもそういう戦場ばかりではないだろう。銃器に対する心得が全くないことは、実を言えばこの話を受けられない最大の理由だ。
「貴様は何発か発砲したと報告を受けているが?」
その意味においては、たとえゲームセンターの紛い物でも、やたらシューティングが上手い本田の方が向いているかもしれない。そんなことを考えていると、ふと海馬からそう尋ねられる。
「撃ったけど、一発は手錠の鎖を弾いただけだ」
もう一発撃ったときはそれほど狙い通りの的にはいかなかった。そう続けようとするが、先に海馬から投げられる。
「おいっ、海馬!?」
「撃ってみろ」
「……。」
城之内が慌てるのも当然で、急にスーツの下から出した銃を海馬は造作もなく放ってきたのだ。毎日の身だしなみとして持ち歩くには、あまりに物騒だ。だが海馬がそもそも屋上に移動したがったことを考えれば、これも予定の内で断らせる気はないのだろう。
仕方なく、バクラはずっしりとした重みがある銃を構える。海馬専用と思われるそれは、片手では重く、大きい。不恰好だと思いつつ両手で握り、しっかりと銃口を向ければ、息を飲んだのは横の城之内だけだ。
「バクラ……!?」
「……。」
銃口の先にいる海馬は、動揺すらしていない。
どうせ撃てないと思っているのだろう。そういう自信がムカツクのだと顔をしかめながら、バクラは躊躇せず引き金を引いた。
「……!?」
「……バクラ、お前、ほんとに撃つなよ」
「はぁ? 撃てって言ったの、バカ犬のダンナじゃねえか」
もちろん直前に照準からは外したので、当たりはしない。だが消音装置がついていない銃は派手な音を響かせ、その反動もかなり大きかった。軽く手が痺れている気がして舌打ちしている間に、久しぶりに口を開いた本田はそう呆れたように言い、バクラの手から銃を取った。
そのまま安全弁を戻し、海馬へと投げ返す。難なく受け取った海馬はホルスターへと戻すと、満足したように嫌な笑みを浮かべた。
「……筋はいい。鍛えれば問題ないだろう」
「えっ、あ、海馬、それって……!?」
「今の一発で何が分かるってんだよ、だいたいオレサマは嫌だって断っただろ」
面倒くさそうに返すが、かなり機嫌を良くしている海馬からは逃れられないと察した。
「何が不満だ、危険察知能力も攻撃への躊躇のなさも、天性のものだろう。素質には何の問題もない。体力は鍛えればいい、銃器も含めた戦闘訓練はみっちりできる」
「いや、だから、そういうことじゃなくてよ……。」
「まだ学生であることは最大限に考慮する。貴様の都合がつくときだけ、城之内を警護してくれればいい。それ以外のときは、従来の担当者に任せる」
「だから、そういうことでもなくって……。」
「後はなんだ、給料の話か? 基本給以外に、戦闘時には手当ても出るぞ」
「……それは、まあ、ちょっと魅力的だけどよ」
「貴様が望むならば、角刈りを同じチームで雇うことも可能だ」
むしろその方が都合もいいと海馬が続けたとき、声を荒げたのはバクラでも本田でもなかった。
「海馬っ、お前、もう黙れよ!!」
「……城之内?」
海馬としては、どこまでも城之内のためにと考えたことなのだ。先週末の件にしても、もっとバクラたちと連絡を密にしていれば、確証はなくとも城之内の態度がおかしいことくらいは報告が上がっていたはずだ。
だからこそ、同じ失敗はしないように。
バクラたちからの情報提供を義務付けることで、安心もしたいのだろう。だが警護とはどこまでも人間の盾であり、危険が伴うことは事実である。本人がそれでもやりたいと言うのならばまだしも、説得し、あまつさえ恋人を利用してまで従わせようとすることには抵抗があった。単純に言えば、バクラや本田が嫌悪感を持つと慌てて止めたのだ。
そういう機微が全く分かっておらず、どこまでも合理的に判断する海馬は城之内に窘められて困惑している。睨んでいる城之内は少し泣きそうになっており、それがますます海馬を混乱させ、決定的な溝にならないとも限らない。
せっかく、仲直りしたばかりなのに。
どこまでも世話を焼かせる連中だとバクラがため息をついて立ち上がろうとしたき、一度ぎゅっと抱きしめられた。
「……本田?」
「オレは反対だからな」
「……。」
察しのいい恋人には満足しつつ、頷く代わりに知っていたと囁いて唇を押し当てた。
本田が反対していることは、もう思い知らされている。城之内の警護というより、単純に暴れて欲しくないらしい。だが、それを止められないとも分かっている。本田では、バクラを従わせることはできない。
「ったく、仕方ねえな。そこまで言うなら、オレサマも前向きに検討してやるよ」
「えっ、バクラ……!?」
「そうか、ならば細かい条件は後日担当者から伝えさせる」
本田に腕を外させ、屋上の床から立ち上がったバクラは、できるだけ億劫そうに言っておいた。城之内は驚き、海馬は心なし安堵している。すっかり目的は完遂した気になっている海馬と違い、城之内はまだ納得してなさそうだ。
それも当然だろう。このタイミングでは、まるで城之内たちの仲を心配して、仕方なくバクラも頷いたようにしか見えないからだ。半分くらいは真実だが、そうでない打算もある。その一つくらいは示しておくかと、バクラはわざとらしく自分の制服のシャツを引っ張ってみせた。
「なあバカ犬、この制服、誰が買ってくれたか知ってるか?」
「へ? 獏良じゃねえの?」
突然の質問に城之内は面食らいつつ、そう正解を口にする。それにバクラは頷きながら、わざとではなく嘆いてみせることになる。
「まあ、正確には宿主サマの両親てことになるんだけどな」
「そうだよな……?」
「制服だけじゃねえ、食費だって学費だって、光熱費や家賃なんかも全部宿主サマの両親が払ってんだよ」
「それは、まあ、そうなんだろうけど、戸籍上は娘になるんだし……?」
「ああ、『戸籍上』だけな」
実を言えば、本田と結婚したいのも籍を抜きたい意識が強いためだ。やはり、実在していた女性の戸籍を間借りすることには抵抗がある。獏良天音は、もういない。もう死んでいるのだ。あの両親たちから生まれた本当の双子の妹とは似ても似つかない自分を、遠巻きにでも受け入れてくれた恩は忘れていない。
だが、ずっと息苦しい。もしかすると、生き苦しいのかもしれない。
今はまだその方が都合がいいと分かっているし、真っ当な稼ぎ方ができないので甘えている自覚もある。だが、いずれ支援してもらった金は返したい。結婚し、籍を抜いた後は、また戸籍をいじって本物の獏良天音とは別人になりたいとも考えていた。前者はまだしも、後者はそう簡単にできることではない。だからこそ、海馬に恩を売っておくことに損はない。戸籍を改竄するなどという非合法な厄介事を引き受けて、且つ実行できそうなのは海馬くらいしか思いつかないからだ。
「だから、せめて自分の小遣いくらいは自分で稼ぎてえって思ってたんだよ。……なあ、バカ犬のダンナ、訓練だけでも多少は出るんだろ?」
「基本給があるからな。月単位のノルマである訓練日数をこなせば、一ヶ月の生活費以上のものは当然支払われる」
「ほんっと、ありがてえ話だよな、こんな割のいいバイト逃す手はねえよなっ」
「で、でもバクラ、だからって……!!」
お金なんかでと城之内が言えないのは、城之内が最もこの中では金で苦労してきたからだろう。他人の世話になりたくない、施しなら受けたくない。だが正当な労働の対価として支払われる金ならば、歓迎だ。その感覚が分かるからこそ、獏良に早く借りを返したいというバクラの気持ちを理解してしまい、反論できなくなる。
雇われることに、バクラもメリットがある。金銭面はもちろんとして、この現代社会での戦い方を学びたいという意識があることも城之内は察しているはずだ。程度は違えども、城之内もまた血を厭わない武闘派だ。戦うことに、躊躇いはない。だが必要があれば拳を振るえる城之内と、戦っていないと生きている実感も薄れてしまうバクラとではかけ離れすぎてもいる。知識もないままに暴れ回るより、一定の訓練はさせた方が自衛にもなるというのは、城之内にも共通した認識だ。
「でも、バクラぁ……!!」
それでもまだ戸惑っている城之内に、そういう理由からではないと知りつつ、バクラは呆れて笑ってみせる。
「まあ、仕事になっちまったら、ずっとあの士気でいられるとは約束できねえけどよ?……でも、言っただろ? てめーが暴れるくれえなら、先にオレサマが暴れてやるよ」
「バクラ……。」
本当は、そこに敵がいれば先週末のような士気、集中力、絶対に城之内を害させないという意識で戦えるような気はしている。だが、約束はできない。元々自分は守ることには向いていないのだ。いざというとき、最後まで城之内の傍にいて、盾として守り続けることができるとは断言できない。そういうときは、むしろ、敵陣の真っ只中に単身で突っ込んででも攻撃してくる連中を潰すことを選ぶ自覚がある。
どうやら海馬もその気質はなんとなく察していたようで、やはりそうかと呟いた後、考慮しようと独り言のように呟いた。後にこの配慮が、バクラが完全な警備部門ではなく、特殊班に回される理由になるのだが、このときはまだ具体的な部隊を想定できていなかったので特に気にはならない。
それよりも、頭を撫でてやった城之内の表情が優れないことに首を傾げていると、やがてその視線は先ほどまでバクラが座っていた方へと向けられる。
「なあ、本田は……。」
仮にバクラが心から歓迎して雇われても、本田は反対だと断言している。それが理由で恋人たちをもめさせたくないとおどおどしている城之内に、大きくため息をついた本田がゆっくりと立ち上がった。
「……オレは、反対だ」
「そ、そうだよな、やっぱり……!?」
「オレが反対だということさえ覚えててくれれば、バクラがこの話を受けることは構わねえよ」
「本田ぁっ!?」
上出来だと、バクラは笑みを深めた。
自分の恋人は、やはりこうでなくてはならない。最終的にバクラが判断したことを、覆させたりしない。反対でも認めさせる。ましてやこれを理由に離れることなど許さない。
本田は、ただ、自分を愛していればそれでいいのだ。
「よし、これで何の問題もねえよなっ。仕方ねえから、オレサマの気が向いてるうちはてめーの軍門に下ってやるよ、社長サマ?」
そう言って笑顔で片手を差し出せば、海馬はかなり嫌そうな顔をしていた。愛しい駄犬のために最良の判断と分かっていても、やはりバクラ個人は苦手なのだろう。不本意だが、ユーギと同じように不自然な存在だからに違いない。だがそれはお互い様だと思いつつ、胡散臭いまでの笑顔で手を差し出し続ければ、やがて海馬も片手を伸ばしてくる。
「……別にオレの配下にならずとも良い。貴様はただ、城之内を守れ」
企業人として、握手は日常茶飯事過ぎて慣れている。それほど躊躇いなく返された手をぐっと握ったバクラは、実にいい笑顔のままでその手を引いた。
「!?」
「けどよっ、バカ犬泣かせた落とし前はまだつけてもらってねえぜ!?」
いくら海馬でも、不意を突けばバランスくらいは崩す。強引に手を引っ張ったことで前のめりになった海馬の腹に、振り上げた足を躊躇なく繰り出した。
「……チッ」
「貴様、雇い主を足蹴にしてはいけないことから就業規則を説明せねばならんほど、現代に疎いのか」
「うるせえなっ、まだ正式契約してねえからいいだろうが!!」
だがやはり、この体では俊敏性にも欠けているらしい。これは本格的に海馬コーポレーションの施設で鍛えた方がいいのかもしれない。そうバクラが落ち込みそうになるほど、海馬は蹴りだした足を見事に止めていた。さすがに足の裏に回す余裕はなかったらしく、一度膝を折って体に引きつけ、腹に蹴り込むために伸ばそうとした膝下辺りをグッと押さえ込まれた。いまだに手を捕まえたままでなければ、反対にバクラが後ろ向きに転がされていたかもしれない。
「そもそも、城之内を泣かせた落とし前だと言うが、オレを足蹴にすれば城之内はまた泣くと思うがな」
そんなことはバクラも分かっている。それでも、先週末の一件で、海馬の対応には本当に苛立ったのだ。解決してからは初めて会ったので、気に入らないという主張だけはしておこうと思ったにすぎない。握手した右手は互いに握り、海馬の左手はバクラの右足の膝を掴んでいる。その格好のままで、不遜に笑って言い捨てた海馬を、バクラもまた小馬鹿にしたように笑ってみせる。
「んなことは、オレサマだって分かってんだよ」
「ならば無駄な足掻きか」
「そういう意味じゃねえ。……てめーに手をあげんのは、オレサマじゃねえって意味だ」
それはどういう意味だと海馬が尋ねる前に、間に飛び込んできた小さな影にバクラは制裁を譲ってやった。
「いつまでバクラの手と足触ってんだよっ、海馬ぁ!!」
「いやっ、これはこの女の攻撃を……グハァッ!!」
「……いつ見ても、見事なアッパーだよなあ」
驚きすぎて硬直していた城之内が、妙なやきもちから海馬を殴ることは火を見るより明らかだった。愛故に抵抗できないらしい海馬が素直に殴られる様を見て、バクラは少しだけ溜飲を下げる。自然と手も離れたので、たたらを踏むようにしてやや後ろに下がったバクラは満足げに海馬が吹っ飛ぶのを眺めていたが、突然ガシッと腰に腕が回された。
「おわっ!? ……あ、本田?」
「お前、ほんと、何してんだよ、海馬が銃持ってんのは分かってただろ、そうじゃなくても人外なのは常識だろうが、だから挑発すんなってオレはいつも言ってるだろうが……!!」
腹を蹴れればそれで良し、止められても握手したままなら城之内がキレる。
その作戦は成功したが、自分の側をバクラはすっかり忘れていた。反対だと宣言していたように、本田はバクラが海馬コーポレーションに雇われることを快く思っていない。かなり頑なな態度になっていたが、さすがにその海馬を突然バクラが蹴り飛ばそうとしたのには相当焦ったようだ。しっかりと腰に腕を回し、そう諭してくるが、完全な本音ではないと悟る。
「バカ、怒るならちゃんと怒れよ?」
「……。」
「誤魔化してんじゃねえ、動揺したのはそれだけじゃねえだろ?」
「……いや、その、それは」
「本田、オレサマ、素直なヤツの方が好きだぞ?」
後ろから腰を抱える腕を外し、くるりと振り返ったバクラはそう笑いながら追及する。
海馬を挑発するなとは常々言われているが、同時に城之内が懐いているうちは大して反撃されてないというのも事実だ。本田がここまで慌てたのは、これだけが理由ではないはずだ。それをちゃんと口にしろと迫るバクラに、本田はかなり困惑した顔をしていたが、チラリと視線を向けたのは海馬だったのでどうやら少しくらいは同情していたらしい。
「……だから、蹴るなって言ってるだろ。スカートの中、見えるだろうが」
実際に海馬から見えたかは分からないし、見えたとしても海馬は何も気にしないだろう。バクラも気にしない。それが分かっているので、多少気にする本田も気にしないように努める。だがハッと息を飲み、見えたかもしれないという可能性だけでまた泣き叫びながら海馬を殴り、どうせなら自分のスカートの中を見ろと捲り上げ、吐血している海馬に下ろされているのはもちろん城之内だ。
あの拳の強さを見ていれば、そもそも警護など必要なのかと心底不思議になる。
だがきっと、本当は城之内を守ったり、盾になる人物を求めているわけではないのだ。
「……海馬、すまねえ。オレはやっぱりバクラに抗えねえよ」
どうやら指摘しなかったのは、更に海馬が城之内に殴られることを予想してのことだったらしい本田は、本当に人がいい。この優しさを、別に疎んではいない。ただ、自分以外に向けられて、蔑ろにされるのが嫌なだけだ。
正直に告白したことに免じ、バクラは両手を伸ばしてギュッと本田に抱きついておく。
すると安堵したように抱き返してきた本田が、耳元で一言だけ確認してきた。
「……なあ、オレは反対したってこと、忘れるなよ?」
頭では理解していても、好きな女に怪我をさせたい男はいない。
褥で囁かれた言葉が甦り、バクラは笑ってしまった。
きっと、海馬も同じなのだ。充分に戦える能力があると分かっていても、ギリギリまでは城之内に戦って欲しくない。怪我をさせたくない。守ってやりたからこそ、危険な予兆を察する探知機としての役目をバクラには求めている。
海馬と本田は、似ているようで異なる。
いざというときは戦えと城之内に伝えた海馬に対し、できるだけ怪我はしないように戦えと黙認した本田。どちらが良いとも悪いともない。ただ、単純に、バクラにとっては本田の対応が唯一歓迎できるものだ。
「じゃあ、オレサマが反対されても受けたってこと、てめーは覚えてろよ?」
「……ああ」
「本田、そんなに心配すんなって? 大丈夫だっての、オレサマは強くなる。そう簡単に怪我なんざしねえよ、てめーは安心してオレサマの帰りを待ってろ」
場合によっては海馬の都合で城之内を連れ回し、それにバクラが同行することもあるだろう。雇われていない本田がいつも同伴できるとは限らないし、その義理はない。安心させるつもりでそう言ったバクラに、本田は大きくため息をつくと、半ば独り言のように呟く。
「……オレが、もっと強かったらな」
「本田……?」
守ってやれるのにという言葉は、抱きしめられた腕の強さで聞こえた気がした。
本田も充分強いと思うのだが、そういうことではないのだろう。不甲斐なさを嘆くかのようにまたため息をつく本田に、バクラは呆れておく。
バクラも、城之内も、海馬も強い。だが、同時に極端に脆い部分があり、とてもアンバランスだ。多かれ少なかれその自覚はそれぞれにあるだろう。そんな自分たちから見ると、本田はとても安定している。海馬はきっと、それを羨ましくは思わない。城之内はきっと、安心して頼れる友人だと歓迎する。
だがバクラは、その安定を不安定にしたくて堪らない。自分だけが唯一本田を揺さぶる弱点になりたい。後ろ暗い欲求でも、苛烈な執着には違いない。自分だけが、この男を内側から殺せる凶器になりたいのだ。
「なあ本田、オレサマのこと、好きだよな? 好きだから、ちゃんと認めてくれるよな?」
「……。」
いつか、自分は本当に本田を殺してしまうかもしれない。
本田が優しくて、甘やかしてくれて、認めて受け入れてくれるほど、嬉しいのに不安が大きくなっていく。尊大に笑っていても、自分の決断は悲劇を手繰り寄せただけではないかと怯えたバクラに、まずはため息で答えた本田はやがて頷いた。
「……今は、まだな」
「……。」
「お前、ほんとに深刻な怪我はするなよ、無理だと思ったら潔く辞めろ。そうでねえと、オレだって大人しく認めててやれねえよ、ほんとに愛してんだからオレを暴発させるようなことはしないでくれ」
限定的な最初の言葉が、好きだという部分かと早合点して一瞬血の気が引いたが、どうやら認めるという部分への答えだったらしい。
安堵が過ぎれば、告げられた内容をしっかりと頭が吟味して、バクラはぞくぞくした。
もしかすると、自分はとっくに凶器になれているのかもしれない。しかも、揺さぶりすぎると自滅する前にこちらをまずは従わせる気概もあるらしい。
唯々諾々と受け入れるつもりはないが、そうして強引に服従させようとしてくる本田を見てみたいとも思った。
たまには、生涯一人と決めた男に蹂躙されるのも悪くはない。
「善処する」
「……もうちょっと確度が高い返事が欲しかったんだけど、まあ、いいか」
つい愉しくなって頷いたが、本田は困ったようにぼやくだけだった。
散々殴り飛ばしておいて、城之内は海馬へとすがりついている。それを、海馬も歓迎しているようだ。歓迎しすぎて、ここが屋上だということも忘れているのか、すっかりいちゃついている。そのまま最後までヤってしまいそうな勢いの二人がいると、なんとなくこちらが外してやらなければならない気がしたのだろう。
抱きしめる腕を外した本田は、バクラの手を握り、屋上から出るドアへと向かう。
それについて歩きながら、バクラはもう笑みを堪えきれずにおねだりする。
「なあ本田、今日は激しくしてくれよ?」
優しいだけが取り柄だと散々揶揄されてきた男の、暗い衝動を垣間見たのだ。実際にそれが発露する確率は極めてゼロに近いし、率先してさせたくもない。だが、可能性が見えただけで、バクラは興奮してしまった。愉しそうにしているバクラを怪訝そうに見やってくる本田は、何がそうさせたのか分かっていない。
それでも、手は繋いで階段を下りながらぼやく。
「……言われなくても、緩くはできそうにねえよ」
上機嫌の理由は不明でも、単純にバクラがスカウトを受けたことには動揺したはずだ。恋愛的なことでなくとも、本田はバクラに関して揺さぶられると性的な衝動に転化されるらしい。それはバクラがまだここにいるのだと、本田の腕の中にいるのだと確かめたい裏返しだろう。薄々自覚もあるようで、やや嘆くようにそう言った本田に、バクラはまた笑みを深めた。
だから、本田が好きなのだ。
いつも、本田はバクラの求めていることに意識的でも、無意識にでも、応えてくれる。
「……なあ、本田ぁ」
「ああ?」
それが本当に嬉しくて、幸せで、つい何も考えずに名を呼べば、足を止めて振り返った本田は少し不思議そうにした後、キスをしてくれた。
また悦びが増したので、きっと自分はキスをしてほしくて呼んだのだろう。
根拠が逆転していることにも気がつかないまま、バクラは本田のキスを受け入れていた。
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