■海馬邸ストリップ劇場
「‥‥はああああっ」
「ど、どうしたの、城之内くん?」
そんなわざとらしいため息なんかついちゃって、と思わず本音で尋ねてしまった遊戯に、親友である城之内は気にも留めた様子はなく、切ないため息を重ねるだけだった。
本日は晴天、平和な童実野高校である。そもそもこの町を支配するアミューズメント企業の社長サマがやらかさなければそうそう危険なことなど起こらないのだが、これまでその髪型かあるいは千年パズルの呪いでいろいろと厄介事に巻き込まれていた遊戯にも、今日の事態は予測できなかった。
「いや、ちょっとな‥‥。」
「ふ、ふうん?。なんだか眠そうだね、もしかしてバイト忙しい?」
本人は自覚はないのだろうが、攫われたり仮死したりする常習者である親友の城之内も、それなりにトラブルの誘因子ではあったのだ。だがこの日はため息はつくもののそれはどこか深刻そうではなく、そうであっても眠そうにしているという様子にバイト疲れという最もありうる判断を遊戯はしたのだが、
「いんや、バイトはそこまで今詰まってねえよ‥‥。」
「そ、そう‥‥?」
「眠そうなのは、なんつか、こう、睡眠不足でよ‥‥。」
はあああああ、とまたわざとらしいため息をついてみせる城之内は、そんなことを言うと本当に眠そうに目をこすって机に置いた自分の両腕に顎を乗せていた。それを見ている限り睡眠不足というのは本当のようだが、ただ単純に今は昼休みで先ほど弁当を食べたからという可能性がないわけではない。しかも本当に睡眠不足ならば、こうして話しているより少しでも寝た方がいいのではないかと親友としての気遣いを見せていた遊戯に、城之内はふっと視線を落として呟いてた。
「なんていうかさ‥‥悩んでて、寝れなくて」
「えええっ!?」
だがその一言に、遊戯は寝かせてあげている場合ではないと瞬時に悟っていた。
「そっ、そんなに出席が危ないの!?、ううん、成績が危ないんだね!?」
「え、遊戯‥‥?」
「そんなっ、ボク、城之内くんに先輩なんて呼ばれるのっ、ちょっとドキドキだけどやっぱり嫌だよ!!。ね、まだ正式にダブるって決まったワケじゃないんでしょ?、だったら最後まで頑張ろうよ!!」
来年も一緒の教室で勉強しよう!!、とこぼれそうな瞳を潤ませてまで必死に訴えた遊戯は、友情には篤かったかもしれないが、信頼を得ることは難しかっただろう。案の定城之内から拗ねたような目で見上げられ、遊戯は慌てて首を振っていた。
「えっ、ええっ、あ、違った!?」
「‥‥まだ、脅しでしかそんな話は出てねえよっ。そうじゃねえっての、ガッコのことでもバイトのことでもねえ、シシュンキ特有の悩みってヤツだよ!!」
「思春期‥‥。」
高校生にもなって杏子のスカート捲りをしていた彼にもようやくそんな成長過程が、と涙していいものかどうなのか、遊戯はまた悩んでしまっていた。
少なくとも思春期の悩みと言うのなら、父親のことや借金のことも一般的なものではないので除外されるだろう。そうなってくれば遊戯が思いつきそうなことは一つであり、今度はほんとにポロッと涙がこぼれながら城之内の手をガシッと握り締めていた。
「おめでとうっ、おめでとう城之内くん!!」
「お、おう‥‥?」
突然の感動の祝辞に戸惑いつつも、城之内は机から顔を上げて手を取ってくれた遊戯を見上げるが、
「やっとキミにも生えてきたんだねっ!!」
「なっ‥‥なに言ってんだよっ、俺だってもう生えてるし剥けてるっての!!」
どうやら体の第2次成長のことだと遊戯は思っていたようで、たとえそれが本当だったとしてもそんな大声で教室で感涙されたくないと城之内でなくとも思っただろう。だが城之内からパッと手を振り払われた挙句そんなふうに否定された遊戯は、かなり疑わしそうに城之内を見つめ返してきていた。
「なっ、なんだよその目は!?。あっ、信じてねえなっ、じゃあちょっと待ってろっ、今証拠を‥‥!!」
その遊戯の目に居たたまれなくなって思わず立ち上がってガチャガチャとベルトを外し始めれば、
「そんなっ、城之内くん、それは二人っきりのときにして!!」
「お、おう‥‥?」
キャー、と頬を赤らめて手で顔を覆いつつ、指の間からしっかりと見てきていた遊戯に城之内は押し留められていた。なので、疑惑を晴らす機会を失ったと思いつつ、信じてくれたのだろうと納得することにして城之内はまたベルトを締め直して自分の席についていた。
「う、まあ、それはいいんだけどよっ!!‥‥だからな、ちょっと、悩みがあって」
「ああ、うん‥‥?」
そして話を最初に戻してきたので、どうやら聞いてもらいたがっているようだとようやく遊戯も分かってきていた。なので、茶化すのはやめにしようと思いながら城之内の前の席の椅子に勝手に座って振り返った遊戯に、城之内はしばらく逡巡した後、重い口を開いていた。
「実はな、遊戯‥‥。」
「ど、どうしたの‥‥?」
「俺‥‥こ、恋人がいるんだけどよっ!?」
そう思いきって告げた城之内に、遊戯はニッコリと笑って尋ねていた。
「で?」
「‥‥また信じてねえだろ?」
「ううんっ、そんなことないよっ、ボクたち親友じゃない!!」
ただちょっと唐突すぎて信じられないだけさっ、と爽やかに笑う遊戯は、結局は信じていなかった。
生活苦なのには難があるが、それを抜かせば城之内は基本的にはモテていた。ただそれを城之内が悪意なくスルーしてしまったり、果敢にも挑もうとする女の子には遊戯が水際で蹴散らしたりしていたのでこれまでそんな浮いた話一つなかったのだ。ヤンキーだった中学時代はむしろ性よりケンカに明け暮れ、更正した高校ではまるで小学生や中学生のようにゲームに熱中している城之内に、まさか恋人ができるなどと遊戯も思いもしなかったのだ。
「一体ドコのメス豚が‥‥。」
「ん、どうしたんだ遊戯、怖い顔して?」
「ううんっ、なんでもないよ☆」
うっかりまた黒い本音がこぼれてしまっていた遊戯だが、それを次の瞬間には実に見事な笑みで払拭させていた。だがどうやら遊戯の機嫌が急降下したことぐらいは察したらしい城之内は、途端にシュンとうな垂れるとすまなそうに口を開いていた。
「ご、ゴメンな?、今まで黙ってて。その、俺も遊戯は親友だし、言おう言おうとは思ってたんだけどよ、つい‥‥!!」
それでも城之内の口から聞かれたのはそんな言葉で、どうやら遊戯は親友である城之内に恋人がいることを教えてもらっていなくて怒っていると解釈したようだった。そんなふうに思ってもらえるのはちゃんと親友として思われているという反面、親友としてしかやはり思われてもいない証明でもあった。
「う、ううん、気にしないで、城之内くん‥‥?」
「でっ、でもな、俺だって言おうと思ったんだぜ!?‥‥けどよ、なんつかこう、まさか受け入れてもらえるなんて思ってなかったし、その、どう説明したらいいのか分かんなくて、それで‥‥!!」
「うん‥‥?」
だが、てっきりどこぞの押しの強い女に押し切られたのだと思い込んでいた遊戯は、抹殺計画を密かに心の中で練っていたのでそんな城之内の言葉に一瞬反応が遅れてしまっていた。どうやら付き合う以前に全くそんなことを匂わせていなかったので、実際付き合えるようになってから切り出しにくかったと城之内は言いたいようなのだが、
「‥‥ちょっと待って城之内くん、キミから告白したの?」
「ええっ!?」
その言い回しでは、まるで城之内の方から好きだと打ち明けてお付き合いが始まったような印象を受ける。邪な想いを抜きにしても、そんなふうに城之内が誰かに想いを寄せていたなどと全く気がつきもしていなかった遊戯は、ここでようやく少なからずショックを受けてしまっていた。
「えっ、あ‥‥うん、そうなんだけどよ。ていうか、どうせ無理だと思ってたし、その、いっそフラれて諦めちまおうと思ってコクったから、ちゃんとフラれてから笑い話では話そうかと思ってたんだ」
「城之内くん‥‥。」
だが、とつとつと話す城之内からは幾許かの悲壮感が感じ取れ、話している言葉が真実であることを告げていた。親友にも話せず、また望みもないと秘め続けた想いがあったならば、それを隠していたことでも城之内は悩んでいたのだろう。なので、それを勇気を出して告白し、期せずして上手くいったのならばもう結果論として親友である自分は喜んであげるべきだろうと、そんなふうに遊戯は釈然としないまでも考える。
「けど、うっかり、その、お‥‥お付き合いさせてもらえるってことになって!?。そ、それで今度は浮かれ過ぎてっ、その、また報告が遅れて!?」
ほんっとゴメンな!?、と謝られても、許す許さないの話では既になくなっているので、遊戯もここは親友としていい顔をしておくことにしていた。
「ううんっ、そんなこと気にしないで!?。だって、城之内くんが幸せになってたんだって知って、ボクは今とっても嬉しいもの!!」
「遊戯‥‥!!」
「‥‥それに、そんな幸せの絶頂から転げ落ちたときが狙い目になるしね」
(さすが相棒っ、恐ろしいお人だぜ‥‥!!)
城之内が友情に感動している間に視線を外して本音をもらす遊戯に、千年パズルの中のもう一人の遊戯は、相変わらずガタガタ震えながらそんな感想を漏らしていた。
どちらにせよたっぷりと時間はあるのだと思い直し、今は親友としていいポジションを確保して置くことに頭を切り替えた遊戯は、取り敢えずはその恋人とやらのことを認めることにする。城之内の相談に乗ることでポイントを稼ぎ、また敵の情報も得られるならば一石二鳥ではないかと打算した遊戯は、実に愛くるしい笑顔で尋ねていた。
「それで、城之内くん、その恋人のことで悩んでるの?」
「う、うん、まあ、そうなんだけどよ‥‥!!」
恋人とか言われちゃうと照れるなーっ、と顔を真っ赤にしている城之内を、嫉妬は別枠にさておいて純粋に可愛いと遊戯はこぼれそうなヨダレを拭っておいた。だが放っておけばいつまでも照れるばかりで話が進展しそうにない城之内に、遊戯は先を促してみる。
「ところで、いつからその人とは付き合ってるの?」
「え、あ‥‥ちょうど、一ヶ月くらい前かな。その、勢い余ってコクっちゃって、そしたら向こうも、その、俺のことそれなりに想ってくれてたみたいで‥‥!!」
「ふうん‥‥。」
キャー、とまた顔を覆って照れてみせる城之内は放置して、遊戯はこの一ヶ月というものを考えてみた。だが確かに時々城之内が浮かれたり沈んだりということはあったが、少なくとも遊戯の周りで城之内と付き合っていそうな素振りを見せた者はいない。学校関係ならば、これまで何度となくラブレターを不幸の手紙に変えたり呼び出してきた女の子に城之内の代わりに出向いて勝手に脅し込みで断ってみたりしていたので、城之内克也は恋愛の神様に呪われているという噂すら立っているのである。そうなってくると学校関係ではなくバイト先だろうかと当たりをつけていると、それを裏付けるような言葉が城之内からももたらされていた。
「やっぱお互い働いてるし、そんなに時間は取れねえんだけどっ。でも、こう、俺がバイト終わってからアイツんトコ行ったりしても、その、歓迎っていうか、嫌がらずに受け入れてくれるし‥‥!!」
「‥‥。」
「い、今までは二人っきりとかで会ったことなんてなかったからさ、その、そういうときに、ああ、俺だけ見てるんだなって思ったら、こう、ほんとに恋人になったんだって幸せになるっていうか‥‥!!」
あーもー恥ずかしいーっ!!、と首をブンブンと振っている城之内の方がよほど恥ずかしいとは遊戯もさすが突っ込めなかった。
だが総合してみれば、相手はやはりバイト先の人間で、城之内がバイトが終わってから向こうの家に上がれるということで年上で一人暮らしの女性である可能性は高いと遊戯は判断する。一見すると城之内は兄であるし家計も支えているのでしっかりはしているが、普段がしっかりし過ぎて恋愛では甘えたいタイプだったのだろうかとこれまでの考えを遊戯は修正する。そして、今後はいつかその恋人に城之内がフラれたときのために、自分もカワイコぶっているだけではなくて甘えさせる懐を見せておこうと遊戯は心に決めていたりしていた。
「うん、城之内くんが幸せそうなのは分かったよ。でも、それで悩みって?」
「あ、うう‥‥。」
それでも、話を聞いている限りでは、城之内はずっと好きだった人と恋人になれ、また一緒に過ごす時間もできて随分と幸せそうである。ならば一体悩みとはなんなのかと切り返した遊戯に、城之内はそれまでの幸せいっぱいのオーラをシュンとしぼませてうな垂れてしまっていた。
「そ、それがな?‥‥ほら、俺だって、その、オトコノコのだし?」
「‥‥。」
こういう年頃なんだし、とモジモジと恥ずかしそうに切り出されれば、皆まで言われずとも遊戯にも大体予想はつく。
「ああ‥‥ええっと、その、全然させてくれないの?」
健全に昼間に外でデートを重ねるようなお付き合いならともかく、会う場所が相手の家でしかもバイトも終わった深夜に近い時間帯となれば、一ヶ月というのは微妙な頃合だろう。そろそろ、と思う者もいれば、とっくに、と思うタイプもいるだろうし、まだ一ヶ月でそこまでは、という可能性もなきにしもあらずである。だがその辺りは個人差であろうし、相手に直にきいた方が早いのではないかと遊戯は思っていた。
「あ、えーとっ、その‥‥チュウは、その、それなりに‥‥。」
「ふうん‥‥。」
しかも、恥ずかしそうにしどろもどろに言う城之内の言葉を信じれば、一切接触するのを嫌がるような潔癖症ということではないらしい。年上の女性、ということを考えれば向こうに経験ある可能性は高いだろうし、そもそも城之内の付き合っている女性ということでややヤンキーな系統を想像していた遊戯は偏見と分かっていても少し首を傾げていた。
「俺は、その、誘ったりもしてるんだけど、なんか全然ノってくんなくて‥‥。」
「でもキスはしてるんでしょ?」
「‥‥キス以上はダメっていうか」
軽くあしらわれてしまうと再びしょげてしまった城之内に、遊戯はまた自分の考えを少し改めていた。聞いている状況証拠だけでは、相手も城之内を完全に拒否しているわけではなさそうなので、単純に女の子の事情というものではないだろうかと思ったのだ。さすがに付き合った初日には雪崩れ込めなかったとしても、逢瀬を重ねればその気にもなるだろうし、たまたま今はそういった危険日に当たってしまって拒まれたというのも一ヶ月というサイクルならば充分に考えられる。
「ええっと‥‥城之内くん、ちなみに一番最近断られたのっていつ?」
「昨日」
「‥‥。」
ならばまだ相手は危険日なのだろう、と遊戯は勝手に納得していた。そういうのを口にできない女の子もいるだろうし、相手が年上で経験豊富であればそんな断り方で男もすぐに察しがつくと思い込んでいる可能性がある。
どちらにしろ、城之内とそこまでに及ぶ気がないならば家にはあげないだろうし、なんらかの利用価値があってそうしているとしても、それが分かったときには城之内もショックでしばらく寝込んでしまうだろう。そうなれば看病ということで傍に付き添ってかえってチャンスが巡ってくると打算した遊戯は、すっかりしょげてしまっている城之内に力強く励ましていた。
「城之内くんっ、そんなに落ち込むことはないよ!!。少なくとも相手もキミのこと、好きなんでしょ?」
「うっ、え、あ、好きっていうか‥‥。」
それっぽいことなら言われた、と頬を赤らめている城之内に、遊戯はけしかけるように言葉を続ける。
「だったらちゃんと尋ねてみたらいいじゃないっ、なにか事情があるのかもしれないし、照れてるだけかもしれないよ?」
「あ、う、そ、そうかな、やっぱ‥‥!?」
「きっとそうだよっ、城之内くん!!」
遊戯は相手とやらを全く知らないのであくまで城之内からの言葉でしか聞いていないが、相手がセックスまでする気がないような遊びであったりすれば、きっと城之内は傷ついて自分の元に戻ってきてくれるだろうと思うのだ。別に元々遊戯の胸に抱かれていたわけではないのだが、すっかりその気になっている遊戯は密かな勝利宣言を胸に今は背徳の思いで城之内を励ましていた。
「相手もキミのこと好きならっ、しないならしないでちゃんと理由も言ってくれるはずだよ!!。もしかしたらキミのしたいって想いがそこまで切実だってやっと分かって、今度はOKてこともあるかもしれないし!!」
「そ、そうだよな‥‥!?」
取り敢えず城之内も男の子なので、脱童貞くらいは見逃してやろうと根拠のない寛大さだった遊戯は、今はただ無責任にその背中を押していた。
「だからっ、城之内くん、頑張ってね!!」
「遊戯‥‥!!」
そして満面の愛くるしい笑顔でそう告げれば、城之内も感涙しつつ頷いていた。
「おうっ、今日こそビシッと問いただしてみせるぜ!!」
そんでエッチするんだと教室内で意気込む城之内を、遊戯は一人拍手喝采で湛え、いつものメンバーとその他のクラスメートはいろんな意味で遠巻きにため息をついていた。
「よ、よしっ、今日こそは‥‥!!」
そんなことが昼にあり、数時間経った夜になってから城之内はバイトを終えて今日もいそいそと恋人の家に向かっていた。
そこには最早悪趣味としか思えないほどの大豪邸が聳えたっており、
「‥‥好きじゃなかったら、恥ずかしくってきっと通えなかったよなあ」
微妙に失礼な感想を今日も持ちながら、城之内は逸る気持ちを抑えて顔見知りになった警備員に門扉を開けてもらっていた。
昼間城之内は初めて遊戯に恋人がいたことを告げていたが、それは遊戯があまりに城之内に盲目過ぎてこれまで全く気がつかなかっただけで、周りのメンバーはそれなりに城之内が想いを寄せている相手というものはあからさますぎるほどに分かっていた。良くも悪くもバカ正直な城之内が、登校してくるたびに尻尾を喜びで振り千切らんばかりにしながら怒った様子で構ってもらっている姿は、あまりの単純さとそれでいての報われなさに、皆涙していたのである。実は告白とまではいかずとも、フラれるにしろなんらかの進展をと思い周りのメンバーが遊戯には内緒で城之内が想い人と二人きりになれるチャンスを作ったのだが、それをセッティングしたメンバーもまさかそこで二人がお付き合いを始めるとは思ってもいなかったのだ。
「‥‥え?」
「お聞きになっておられませんか、城之内様?。ですから、今夜は‥‥。」
もちろん今執事の言葉に驚きを隠せないでいる城之内自身も、まさか想いを受け入れてもらえるなどと思ってもいなかったので、上手くいった翌日はもう、ふぬけた笑みが止まらなくなって、周りも気味悪く思ったものだった。だが周りが危惧したような、城之内が恋人との甘い生活をノロケたり、それを聞いた遊戯がショックで巨大化して暴れるというような事態にはかろうじてなっていなかった。なのできっと、恋人の方は暇つぶし程度に城之内に付き合っており、また外聞などもあって口外を禁止されているのだろうと周りは思って素知らぬフリを続けているのだった。
「え‥‥あ、それほんと?‥‥です、か?」
ちなみに城之内の方は、長いこと想っていた相手と恋人になったというだけでかなり浮かれているらしく、いろいろなことにまだ気がついていないようなのだ。今日も教室で騒いでいて期せずしてまだ体の関係はないらしい、と知ってしまった周りのメンバーは、やはり本気なのは城之内だけで、相手の方は良くて暇つぶし、大方遊戯への当てつけ程度なのだろうとこっそり涙したものだった。
だがそんなことは全く勘付いていない城之内は、昼に遊戯に励まされたので、決意も新たに今日は乗り込んで来たのである。だが、
「はい。瀬人様は、本日は珍しく、もうご在宅に‥‥?」
「‥‥海馬ぁぁぁぁーっ!!」
「城之内様っ‥‥!?」
これまでやって来ても本日はご帰宅なさいませんという返事だったことは多々にしてあったが、バイトが深夜近くになる城之内より恋人が早く戻っていることなど、今までになかったのである。どうせいつものように軽く食事を取らせてもらい、海馬が帰らなければそのまま自分の家に戻り、帰宅予定があればいそいそと体を洗って期待に胸を膨らませてベッドに潜り込んでおくというのが日課だった城之内は、いつにない出来事に運命を感じてもう走り出してしまっていた。
「‥‥まだお仕事中ですから、と、もう聞こえていらっしゃらないようですね」
それでも、玄関でそんな背中を見送ってしまった執事は今更すぎる言葉を呟いていたが、本当に大切な仕事ならばそもそも屋敷に持ち帰らないと知ってもいたので、初めてこの家の当主が連れてきた恋人に優しい気持ちで送り出していた。
自分たちの主人の恋人が男だったことにはやや驚きつつも、基本的には歓迎している屋敷の使用人たちは、深夜も近いという時間なのに廊下をドタドタと全力疾走する城之内とすれ違っても、皆一様に微笑ましく道を譲ったりしてくれていた。なのでなんとか最短時間で最も重厚な扉の前に辿り着いた城之内は、一度その場で足を止めて深呼吸してから、叫ぶ言葉を頭で用意していた。
「‥‥ぅあえいいただきます!!」
「‥‥。」
「あ、じゃなくって、おかえり!!」
あまりに動揺しすぎて、ドアを開け放ちながらつい先走った挨拶を意味不明な音の後に叫んでしまっていた城之内は、慌ててそれを訂正してニコッと笑ってみせていた。取り敢えず笑ってみせるというのは誤魔化すという意味合いより、単純に恋人として可愛く映ればというだけのもので、今のところそれは全く功を奏してないのだが城之内が気がつくことはなかった。
「海馬‥‥?」
それでも室内から返事のないことに怪訝そうに城之内がようやく視線を向ければ、
「‥‥!?」
「‥‥どちらかと言えば、『おかえり』は貴様の方だろう?」
「う、あ‥‥!?」
ついでにドアを開ける前にノックぐらいはしろと疲れたように返してくる相手は、この家の当主であり、一応はクラスメートであり、そして城之内が目下のところ愛してやまない海馬瀬人という恋人だった。
もう少し浮かれ調子が落ち着いてくれば、城之内自身も何故海馬が自分を好きなのかという疑問くらいは沸くのだろうが、いかんせんまだ一ヶ月で、その間もあまり会えていないという現状では、そこまで頭が回るはずもなかった。なのでこのときも、初めてこの書斎に置かれた執務机に座って仕事をしていた海馬の姿に、トキメキは最高潮となって自らの鼓動がうるさいくらいだった。
「‥‥どうした、ただでさえ賢くない顔を更にアホ面にさせて?」
ちなみに海馬はここのところずっと忙しかったプロジェクトがようやく一段落つき、本日は早めに帰宅することも出来たのだ。だがそろそろ屋敷に車が着こうかというときに大至急確認してもらいたいものがあると連絡が入り、会社に引き返そうとしたのだがそこまで重大ではないとのことで、屋敷のパソコンにデータを送信させたのである。確認ではあるができるだけ早く返事が欲しいとのことで、海馬は屋敷に戻るとすぐに書斎のパソコンで確認作業に入っていた。確率は低いが、場合によってはすぐに会社にとんぼ返りになるかもしれないということもありネクタイすら外すことなくパソコンに向かっていたところに、使用人ではありえないほどの足音が近づいてきて乱暴にドアを開け放っていたのだった。
「あっ、アホって言うな!!‥‥そ、それより、今日、早いのな?」
「‥‥すぐに仕事が入ったがな」
「えっ!?」
もちろん不躾に部屋に乱入してきたのは、最近恋人にしたものの、全く躾がなっていない駄犬の城之内克也なのだが、尋ねられたことに素直に答えれば途端にシュンとうな垂れてしまっていた。確かに早くは帰ってこれたが、結果として家でも仕事をする羽目になった海馬にひどく驚いた後に見えない耳も尻尾もダラリと下げて城之内はしょんぼりしてしまっており、海馬はしばらく逡巡した後疲れたように言葉を足していた。
「‥‥まあ、確認だけだったが。今目を通したという返事は出しておいた、今日のところはこれで終わりだな」
「えっ、じゃあもうお仕事終わったのか!?」
すると途端にパァッと瞳を輝かせて尋ねてきた城之内に、海馬は先に釘をさしておいた。
「凡骨、ドアは閉めろ」
「ボンて言うなっ、コツでもねえ!!」
するとよく分からない反論をしつつも、城之内はくるりと振り返ってまだ開けっ放しだった扉を乱暴に閉めると、すぐにまたこちらへと向き直ってバタバタと足音をさせてくる。
「海馬っ、海馬、おかえり!!」
「ああ‥‥。」
そして、先ほども訂正したはずなのに、先にここにいた海馬に向かっておかえりという挨拶を口にしながら突進してきた城之内は、いつものように膝に乗ろうと体ごとダイブしてくるのかと海馬は思っていたのだが、
「‥‥どうした?」
「違うっ、違うぜ、そうじゃねえんだ!!」
「そうか」
やっとそういった再会の仕方が幼稚すぎておかしいと自分で気がついたのかと納得した海馬が迎えるために後ろへと引いていた椅子を戻そうとすると、すぐ横に立った城之内は切なそうにダン、と机を叩いていた。
「海馬っ、今日という今日はキッチリ言い訳聞かせてもらうぜ!?」
「‥‥言い訳?」
今日は膝に乗ってこないのか、と妙にそこにばかり意識が向かっていたので、海馬は城之内の言葉に一瞬反応が遅れていた。だが城之内の方は、昼間遊戯から勇気をもらっていたので、今日こそはキス以上に関係が進まない原因をはっきりさせるのだと意気込んでいた。
「ああそうだぜっ、ちゃんとした理由があるなら言ってみやがれってんだ!!」
「なんのことだ?」
だが、相変わらず椅子を引いた状態で本当に首を傾げてしまっていた海馬に、城之内はすぐ横に立ち尽くしたままで、口惜しそうに唇を噛み締めていた。
「クッ、そ、そんなふうにお膝に誘ってくれたって、俺、誤魔化されたりしねえんだからな!?」
「乗りたければ乗ればいいだろう?」
「うん、お邪魔して‥‥て、そうじゃねえっ、そうじゃねえの!!」
危うく策略にはまるところだったぜ!!、と一人で興奮しているのは意外といつものことだったのだが、ここまでその経緯が分からないのは初めてだと海馬は半ば感心しつつ傍の城之内を見上げていた。元々付き合う前から騒がしい男ではあったのだが、恋人にすればそれが落ち着くどころか余計にひどくなった気がして堪らないと海馬は思っていた。どうしてそこまで一人で盛りあがれるのか不思議でしょうがないのだが、普段ブルーアイズ関係などでは自らもそう周りに思われているなどとは思いもしない海馬は、ただ未知の生命体でも眺めるように城之内を放置するだけだった。
「そんな嬉しいこと言ってくれたって、ま、ましてやっ、チュウしてくれたりしても俺は騙されたりしねえからなっ!?」
「したくないのか?」
「ううん、スッゲェしたい‥‥て、そうじゃねえって言ってるだろ!?」
うわーんっ、海馬の卑怯者ぉーっ!!、と今度は頭を抱えてその場に座り込んでしまった城之内を、海馬は椅子に座って見下ろしながら静かになるまで放置するか、あるいは邪魔なので蹴飛ばしてしまうか悩んでしまっていた。だが結局は軽いため息をつき、
「‥‥!?」
「‥‥だから、なんのことだ?」
「う、うう‥‥!!」
ちょうどいい高さにあったその金色の髪がフワフワした頭に片手をポンを置いてやると、城之内は床にしゃがみ込んだままで変に唸っていた。ヨシヨシと頭を撫でてやりながら犬扱いされていることを怒っているのかと海馬は思っていたのだが、当の城之内はただ気恥ずかしくて身悶えしてしまっていただけなのである。
「う‥‥海馬、やっぱ、チュウだけして‥‥。」
「‥‥。」
なので、問いただしてやるという決心も鈍りそうなままに城之内が顔を真っ赤にしたままでうつむいてそう呟ければ、それまで髪をかきまぜるように撫でていた心地よい手は、すっと引いていってしまう。それに期待半分不安半分で城之内がゆっくりと顔を上げれば、先ほどまで髪を撫ぜていた手がそっと城之内の前髪をかきあげ、思わず目を閉じてしまったときには額に軽い感触がすぐに落とされていた。
「‥‥ほら、してやったぞ?」
「う、うん‥‥!!」
ちなみに、城之内が遊戯に言っていたキスとはほとんどがこういった額や頬に施されるもので、唇を触れ合わせるようなものはまだ数えるほどしかしていなかった。そのキスにしても本当に触れるだけで決して深いものではなく、そこまで説明していれば遊戯も『相手の女性は奥手』などという判断でけしかけることもなかっただろう。だがいろいろと状況説明が不充分だったことに加え、城之内自身が誰かに背中を押してもらいたかっただけでもあったので、キスに酔っている場合ではないと珍しく思い出して城之内は慌ててその場から立ち上がっていた。
「だ、だから、誤魔化されねえって言ってるだろ!?」
そうしてまた先ほどの調子で叫んでみるが、その顔はもう耳まで真っ赤で、目は潤んでしまっている。そんな状態で何を言っても信憑性がないと思いつつ、海馬はまだ椅子に座ったままで淡々と答えていた。
「別に誤魔化すつもりはない、貴様がしろと言ったのだろう?」
「‥‥!!」
「大体、先ほどから言い訳だのなんだのと、一体なんのことだ?」
それは、海馬からすれば至極当然の疑問だった。こちらこそ、その落ち着きのなさや突拍子もない理論の飛躍などの言い訳をして欲しいと思いつつそう尋ねてみたのだが、どうやら同時にたくさんのことは考えられないらしい城之内は、海馬の最初の言葉にのみ反応を返していた。
「なん、だよ‥‥じゃあ、お前は、全然したくもねえって言うのかよ‥‥!!」
「凡骨‥‥?」
「‥‥お前はっ、恋人の俺にチュウもしたくねえって、そういうことなのかよ!?」
海馬のバカァッ、とそのまま泣きながら走り出す城之内を、放っておいてもいいのだがそうすると後がいろいろ面倒である。少なくとも走り出した割にはドアの前でぐずぐずと足踏みをしている城之内に、海馬はもう大きすぎるため息をついてギシリと椅子から立ち上がっていた。
「‥‥そうとは言っていない」
「じゃあしたいのかっ、したいんだな!?。俺にチュウしたいんだよなっ、じゃあしろよ!!」
「‥‥。」
恋人同志のお付き合いなどまともにしたこともない海馬であるが、これならば女相手の方がよっぽど扱いが楽だと海馬は確信していた。だがそんなことを独り言でも漏らせば、海馬の失言にはやけに耳ざとい駄犬のことであるのでまた泣かれかねないと思い海馬は賢明にも口をつぐみ、涙目でドアの前で待っている城之内と向かい合うようにして立ってやっていた。
「んーっ!!」
「‥‥。」
そしてキスを強請る仕草にしては幼すぎて吹き出しそうになるのをぐっと堪え、海馬はぎゅっと目を閉じている城之内に今度は唇を触れ合わせてやっていた。あまりに一瞬すぎて音すら鳴らないそんなキスでも、次の瞬間弾かれたように瞳を見開いた城之内は、すぐに喜色を湛えたままで口調だけ拗ねたように返してた。
「‥‥しょ、しょうがねえなっ、じゃあ許してやるぜ!!」
「そうかそうか」
城之内との会話では適当に頷いていた方が結局は早く結論に至るともう学んでいた海馬は、そんな偉そうな物言いにも生返事で頷いておいてさっさとその場から離れていた。そしてドアと執務机との間に置かれているソファーの一つに腰を下ろし、いまだドアの前に立ち尽くしたままの城之内にチラリと視線を向けていた。
「‥‥それで、俺に尋ねたいことがあるのではないのか?」
「お、おうっ!!」
取り敢えず、言い訳をしろと言っているくらいであるので、なにかしら自分に糾したいことがあるのだろうと海馬は思っていたのだ。なんとなく嫌な予感がしないでもないのだが、そんなふうに促してみた海馬に、城之内は弾かれたように返事をしていそいそとソファーへとやってきていた。
「‥‥。」
「‥‥どうした、座れ?」
「う、わーってるよっ!!」
そして極自然に海馬の隣にピッタリとくっつくようにして座ろうとしていた城之内は、それではまたほだされてうやむやにされてしまいそうだと思い直して、断腸の思いで向かいのソファーに腰を下ろしていた。絶対に今日こそは問い質して、あるいは受け入れてもらうのだと心に強く誓った城之内は、ソファーに座って一度深呼吸をしてからゆっくりと口を開いていた。
「‥‥だから、なんでしてくれねえんだって訊いてんだよ」
「‥‥。」
そうようやく告げられた言葉に、海馬は内心やはりなというため息をついてしまっていた。
恋人してからすぐに、城之内はスキンシップを求めるようになっていた。それは城之内の元々の性格というよりも、心情の吐露が少なく分かりにくい自分の気持ちを態度で推し量っているのだろうということは分かっていた。なので海馬も仕事の邪魔にならない限りは抱きついてこようが膝に乗ってこようが好きにさせていたし、初めて泊まったときから一緒に寝たいと言われてもそうさせてやっていたのである。
「なあ、海馬、俺たち恋人同志だよな‥‥?」
「‥‥そうだな」
キスがしたいと言われればそれにも応じてやっていたが、城之内が遊戯にも言っていたように、海馬がセックスまで付き合うということはこれまで全くなかったのだ。
確かにベッドでキスしたときなど、城之内があからさまにその気で、しかも言葉でも誘われたことぐらいは海馬にも分かっていた。だが仕事の疲れだの翌日の城之内の新聞配達のバイトへの支障など、適当なことを理由にしてのらりくらりと海馬はかわしていたのだ。大抵は拗ねた城之内もキスをしてやっていればそのうち気をよくして寝入ってしまうのだが、そういえば昨夜は随分粘られた気がすると海馬は今更のように思い出す。なのでいい加減話し合いたいという心積もりになったのかと海馬は納得しながら、もう泣きそうになっている城之内を向かいのソファーから冷静に眺めていた。
「なあ、恋人ってさ、フツーはエッチしたりするよなあ‥‥?」
「‥‥まあ、世間一般的にはそうだろうな」
「なあ、海馬ぁ‥‥俺たち、その恋人なんだよな?」
恋人ならばセックスをしても当然、という考え方自体を否定する気はないが、恋人なのだからセックスをするのが必然、とは違うと海馬は最初から思っているのである。どうにも信用のないらしい自分からの気持ちを確かめたいという動機は分からないのでもないのだが、だからといって不必要なことにまで及ぶ理由もないと海馬は考えていた。
「‥‥ああ、恋人だな」
「う、じゃあ‥‥しよ?」
なので、なし崩し的にではなく、はっきりとそう城之内からお誘いをかけられて、海馬も一瞬戸惑ってしまっていた。だがそれも回答の内容ではなく、この回答を突きつけて大丈夫かという方の躊躇だった。
「‥‥断る」
「‥‥。」
それでも結局はそうはっきりと拒絶を口にした海馬に、向かいに座った城之内の瞳は潤み、膝なども目に見えて震え始めていた。このまま泣き出すか怒り出すかどちらかだろうと海馬はどこか冷静に分析していたが、どうやら誰かに入れ知恵でもされたのか、一度深呼吸をして城之内は自らを落ち着けたようだった。
「な、なんで‥‥?」
「‥‥。」
「俺、お前のことスッゲェ好きで、そんで、エッチできたらすっごい嬉しいんだけど‥‥?」
そう顔が引き攣りながらも怒りだかなんだかを押し隠してそう告げてきた城之内に、海馬は内心またため息を深めてしまっていた。好きな人と体を重ねることが嬉しいからという論理は、今時女相手でもなかなか説得力が得られるものではないだろう。ましてや男同士の場合は必ずしも快楽だけがそこにあるわけではなく、もしかしてそんな事実にすら素で気がついていないのではないだろうかと海馬は城之内に対してそんなふうに思う。
「‥‥俺は、男に掘られるのは御免だ」
「‥‥!?」
そんな苦痛を快楽にするような趣味はないと思いつつ、海馬がそう言い放ってみれば、城之内はビクリと体を震わせている。なので、返答次第ではこれから先身の安全のためにも一緒に寝ることも控えるべきかと思っていた海馬に、しばらく黙っていた城之内はやがてゆっくりと搾り出すような声で答えていた。
「そ、それは大丈夫、俺が女役するし‥‥。」
「‥‥。」
「お前は、その、俺に突っ込んでくれれば、いいから‥‥。」
ここでもし城之内が自分も突っ込まれるのは御免だと言いきってしまえば、これからの恋人関係はギクシャクしてしまうだろうが、この話もここで終わっていたと思うのだ。だが海馬も薄々そうではないかと思っていたのだが、城之内はやはりどこまでも海馬からの意志表示としての性交を求めているので、欲望のままに海馬を無理矢理にでも押し倒すようなことには興味はないようである。その点は安心していいのだろうが、逆を言えばもし本当に行為に及ぶならば、処女のように緊張した城之内を海馬が積極的に手管で翻弄していくという展開であり、それもまずもって無理だと海馬はため息を深めていた。
「お、お前の方は痛くねえと思うし!?。ほら、そういうプレイって女相手でもあるだろ、だったら俺としたってそれは女と変わんねえハズだし!?」
「城之内‥‥。」
「だからっ、な、海馬、俺とエッチしようぜ!?」
そして切羽詰ったような声で向かいのソファーから身を乗り出すようにしてせがんできた城之内に、海馬は少し瞳を伏せてしまっていた。
「海馬‥‥?」
結局ははっきりと言ってやらなければならないのかと思い、その覚悟を決めるために視界を閉じて城之内の姿を消したということは、少しくらいは引け目を感じているのかもしれないと自嘲しながら海馬は瞳をあげていた。
「‥‥だが、決定的な問題がある」
「お、おう‥‥?」
そう切り出した海馬に、城之内もゴクリと喉を鳴らして聞き入っていた。身を乗り出すようにして腰を浮かせたまま海馬の言葉を待っている城之内に、海馬は恋人として最大限の誠意を持って拒絶の言葉を口にしてやっていた。
「俺に、貴様を抱くことは不可能だ。‥‥貴様相手では、まず勃たん」
「‥‥。」
城之内が男役をやるつもりで押し倒してくれば返り討ちにすればすむ話であるが、今のように女役に回るので抱いて欲しいと言われても、海馬にとっては無理難題でしかないのだ。自分も男であるので刺激を与えられればそれなりに固くはなるだろうが、女相手でも後ろには突っ込んだこともなくまた興味もないのに、ましてや男相手ではいざというときに萎える可能性は充分にある。
「‥‥俺、色っぽくない?」
「色っぽいなどと思っていたのか?。それが本当ならば、むしろ貴様の頭の検査が必要になるだろうし、まさか俺がそもそも男色などと思っていたのであれば失礼な話ではあるな」
だがここにきてもしや城之内は元々男色で、だから自分が応じたことに勝手に同類と思い込んでいたのかという可能性に思いが至っていた海馬に、そこのところは城之内は必死で否定していた。
「お、俺だって男なんか興味ねえよ!!」
「ならば、俺が言わんとするところも分かるだろう?」
「けどっ、他の男にはコーフンしなくてもっ、愛があったらそんなのビンビンなんじゃねえのっ!?」
それでも、ある意味城之内らしい理論で反論してきた城之内に、海馬は少し呆れたように返す。
「愛がそれほどまでに万能ならば、この地球はとっくに何十回と救われているぞ?」
「話逸らすんじゃねえよっ、今お前の愛で救えるのはそんな壮大なモンじゃなくって目の前の俺一人だろ!?」
「救いようがない」
俺の愛はやはり万能ではないようだ、とあっさりと返した海馬に、城之内はしばらく身を乗り出した格好で呆然とした後、ふっと力が力が抜けて崩れるようにソファーに座り込んでしまっていた。その姿にほんの少し心が痛まないわけではないのだが、どうにもならないものはどうにもならないのだと海馬が自分に言い聞かせながら平然と座っていると、もうがっくりと首を落としたままの城之内がそれでも往生際悪く尋ねる。
「‥‥なあ、俺のこと‥‥恋人、て、思ってんなら‥‥そこは、なんとかなってりしねえ‥‥?」
「できん相談だな」
「なあ‥‥俺のこと、好き?」
それでも、やはり諦めのつかないらしい城之内が尋ねてきたのはそんなことで、このセックス希望も結局は愛情確認なのだろうなと海馬は痛感してしまっていた。なので、軽くため息をつくと、一ヶ月前城之内から告白されたときと同じ返事を返しておいた。
「‥‥気には入っている」
「‥‥。」
「もう、充分だろう?。時間も遅い、明日も早朝からバイトならばもう寝ておけ」
そう早口で言い捨てるようにした海馬は、どこか焦りを感じながらソファーから腰を上げて立ち去ろうとしていた。自分は嘘をついていないし、できることならばキスでもなんでも応じてやっている。ただ城之内が求めてきたことができないことであっただけで、応じてやれないのは残念だがこれ以上どうにもならないと自分に言い聞かせ続けていたいたはずなのに、
「‥‥。」
「‥‥大体、それは貴様とて同じだろう」
「え‥‥?」
思わず視線をやってしまった先で城之内があまりに空っぽの表情でうつむいているを見つけてしまい、海馬は思わずそれこそ言い訳じみたことを口にしてしまっていた。
後から思えばこのとき無視して寝室にでも篭ってしまえばよかったのだろうが、見てしまった城之内が何か言わなければこのまま二度と姿を現さなくなりそうで、つい口から出たのは釈明とも言えないようなただの責任転嫁だった。だが言われた方の城之内が意味が分からなかったようで、不思議そうに聞き返してきた様子も居心地が悪くなって海馬はなんとなくまくしたててしまう。
「たとえ貴様が女役であってもな、中には前立腺を直接刺激できる箇所があるので痛いだけではないのだぞ?。つまり貴様の方は、愛など関係なくそこを刺激されればまず間違いなく勃たせられる」
「‥‥。」
「だが逆で考えてみろ、貴様は男の身体を眺めて触って、そしてよがってる俺など見て興奮できたりするのか?」
自分ができないことを相手に求めるな、と海馬はそう吐き捨ててその場から立ち去ろうとするが、それにしばらく呆然としていた城之内はどこか不思議そうに答えていた。
「え‥‥できると、思うけど?」
「‥‥。」
だが、そんな返事も、城之内の負けず嫌いや単に意地になっているだけの返事とも言えていた。なのでもちろん信用などできず、かなり怪訝そうに振り返った海馬に、城之内はソファーに座ったままでごく自然に続けていた。
「だって、お前の体だろ?。お前の裸見て、触って‥‥。」
「‥‥待て、想像するな」
「ああ、俺、そんなことしてたら‥‥。」
イっちゃうかもしんない、とどこか宙を見上げてうっとりと呟いた城之内に、海馬は本格的に頭が痛くなってしまっていた。どうやら自分が恋人にしてしまった駄犬は発情期のようだ、と言いきってしまっていいものなのかどうなのか、とにかくひどい疲労感を感じてその場に立ち尽くした海馬に、城之内はむっとしたように唇を尖らせる。
「あっ、テメェ、信じてねえな!?」
「このバカ犬が、本当に貴様が俺の裸など見て興奮するなどと‥‥。」
「ほんとだって、俺絶対自信あんだからよ!!」
そんな自信は持たなくていいと思いつつ、信じろと暴れる城之内に海馬はどうしたものかとしばらく考える。だが、
「だったら試してみろよっ!!」
「‥‥それもそうだな」
思わず口を突いて出たらしい城之内の言葉に、海馬は意外にもあっさりと頷けてしまっていた。城之内の言葉の真偽は分からないが、もし本当だとすればこれから先風呂に入れてやるときには気を付けなければならないという打算が働いていた海馬に、城之内は嬉々としてソファーで姿勢を正していた。
「えっ、じゃあエッチしてくれんの!?」
どうやら一気に話が飛躍してまっているらしい城之内に、海馬は軽くそれを制しておく。
「それは無理だ、俺が勃たんと言っただろう?」
「えーっ‥‥。」
「‥‥だが、貴様がそこまで言うことには興味がある」
仮に勃たせることができたとしても掘らせるつもりは更々ないが、と思いつつ海馬は一度執務机に戻り、内線を使ってメイドにある道具を持ってこさせていた。
「‥‥なーんで、こんなことになっちゃってんのかなあ」
そう思わず呟いてしまった城之内は、恋人から自業自得だと言わんばかりの呆れ返った視線をもらってしまっていた。
売り言葉に買い言葉という状況にも近い経緯で『俺は海馬の裸でイける』と宣言してしまった城之内は、てっきりセックスをしてくれるのかと思っていたのだが、そうではないらしいとすぐに悟っていた。確かに自分が勃たせられても海馬は掘らせてくれないだろうとは分かっていたのだが、海馬が内線で何事かを指示し、やがて若くて可愛いメイドさんが持ってきたものに城之内は最初その意図が全く分からなかった。
「なあ、俺、そんなに信用ない?」
メイドが恭しく持ってきたのは、一脚の椅子とロープだった。座るだけならばこの部屋にはソファーもあるし、執務机に備え付けのキャスターの付いたものもある。だが海馬がメイドから受け取り、さっさとメイドを追い返して自ら寝室に運び入れた椅子は、記憶に間違いがなければ食堂に置いてある肘置きのついたものだった。
「俺、いくら盛ったからって、いきなりお前を押し倒したりしないぜ?」
「そんなことになっても押し倒されるつもりはない」
寝室の、浴室へと繋がるドアの隣にその椅子を置いた海馬は、そこに城之内を座らせると両手を肘置きに置かせていた。床張りの書斎に比べて寝室のには毛の長い絨毯が敷き詰められており、わざわざ食堂から持ってきた足が四本あるタイプの椅子は、浴室のドアの隣の壁にピッタリと背をつけて置かれているので座ったままで動かすことは困難だった。だが何故座ったままで、という注釈が必要なのかと言えば、
「‥‥じゃあ、なんで縛ってるワケ?」
「万が一の為だ」
「だからっ、俺は襲ったりしねえって言ってるじゃん!!」
そこに座らされた城之内は、メイドが持ってきたもう一つの物であるロープで、それぞれ両手首を肘置きに括りつけられてしまったのである。しかもご丁寧にこの四足タイプの椅子を持ってこさせたのは足まで拘束するつもりだったらしく、城之内は足首ではなく膝の辺りをやはりそれぞれの椅子の足にロープで縛りつけられてしまっていた。
「そんなことは心配しておらんと言っているだろう」
腰こそ縛られてはいないが、ほとんど電気椅子にでも座らされている気分の城之内は、興奮した自分が海馬を強引に襲うとでも思われているのだろうと、ひどく悲しくなってしまう。いろいろワガママは言っていても、嫌われることだけはしたくないと思っているのにと泣きそうになっていた城之内に、海馬は呆れたように返していた。
「まあ、一つは『眺める』だけで興奮するのかどうか、そこを実験するためだ。触ってしまえばどこが性感帯か分からんからな、それを防ぐためだ」
「だからっ、触るなって言われたら俺だって‥‥!!」
「‥‥それから」
確かに見るだけよりは触りたいとは思っているが、触るなと言われればそれくらいは大人しく従うと城之内は反論する。今にも不満そうに唸っておかしくないそんな城之内の様子に、猛獣を繋いでいるようだと海馬は失礼な感想を抱きつつもう一つの理由も説明しておいた。
「俺に見えないように、こっそり自分で慰められても困るのでな」
「‥‥!?」
「不正は許さんぞ、あくまで見るだけで達してみろ?」
椅子の両足に両膝を括りつけられているので、腰を揺らして脚で挟むように自分のものを慰めることはできないようにされているのだと、城之内はようやくこのとき気がついていた。ましてや両手は拘束されているので、この状態では外的刺激を得ることはできない。
「‥‥でも、そんなにちゃんと観察するなら、俺を脱がしとかなくていいのかよ?」
それでも、どうやら海馬は真剣に実験をしたいようだと分かった城之内がそう言ってみれば、
「フン、貴様が見られて興奮するタイプだとまた正確なデータは得られんからな?」
「う‥‥!!」
「‥‥それに、本当に達するほど興奮していればいくら服を着ていても充分視認できる」
それとも膨張してもその存在が捕捉不可能なほど貧相なのか?、と憐れむように尋ねられて、そんなことはないと城之内は顔を真っ赤にして否定していた。
城之内にはどこまで海馬が信じてくれているのか分からなかったが、取り敢えず嫌なことをされているわけではないのでまあいいだろうと軽く思っていた。なにせよ実験と表して海馬がその裸体を拝ませてくれるのならば、むしろラッキーなのではないかと恐ろしいまでの楽観的思考で城之内はニッコリと笑っていた。
「ま、いいや。そんじゃ脱いでくれよっ、俺、スッゲェ楽しみ!!」
「‥‥。」
なので心からそう思って促したのに、何故か海馬に複雑な顔をされて城之内は首を傾げていた。
「海馬‥‥?」
「‥‥いや、では始めるか」
「うんっ!!」
実は海馬の方としては、ここまで拘束するのは逆に城之内が不正をする、つまり勃ちもしていないものを自分で育てて勃起したことにするのではないかと、そんなふうに危惧していたからなのである。だがそれを禁じるために縛りつけたにも関わらず、城之内は全く気にする様子もなく、むしろ嬉々としている様子を見れば、もしかしてこういった趣向の方が悦ぶ性癖だったのだろうかと海馬は悩んでしまっていたのだった。
だがここまでしてしまった以上今更引き返すことはできず、海馬はまずは着ていたスーツの上着を脱いでおくことにする。そういえば直前まで仕事をしており、会社に戻るかもしれないということでスーツも着込んだままだったなと思い出していた海馬であるが、
「‥‥なんだ?」
「なっ、なんでもねえよ!!」
じっとこちらを見入っていた城之内の目がやけに真剣で、海馬は一瞬脱ぎかけていた手が止まってしまっていた。だが恋人だのなんだのは抜きにして、スーツの上着を脱ぐくらいで気にしている方がおかしいと自分に思い直させ、海馬はなんとなく居心地の悪さを感じつつもさっさとスーツの上着は脱いでベッドへと放り投げていた。
「‥‥。」
「‥‥。」
いつもならば、帰ってきてからスーツをソファーに投げる海馬に、城之内は高い服がシワになると文句を言いつつ片付けていた。そんな城之内に海馬はいつも貧乏性だなと思っていたのだが、
「‥‥城之内?」
「へっ!?‥‥あ、ああ、続けてくれよ?」
「‥‥ああ」
このときはそんな言葉すらかかることはなく、城之内は椅子に縛りつけられたままでじっと海馬を見上げるばかりだった。
海馬は脱いだ服を置くつもりでベッドの脇に立っているので、壁に椅子の背をつけられて座らされている城之内とは距離にして3メートル近くは離れている。だがまだ上着を脱いだだけにも関わらず、纏わりつくような視線に海馬はなんとなくまた手が止まりそうになっていた。
「海馬、続けてくんねえの‥‥?」
「‥‥。」
俺楽しみにしてるんだけど、と充分すぎるほどに言外にそんな言葉をにじませている城之内に、海馬は止まっていた自分の手をそっと首元にかけていた。なんとなくここで止めてしまうのは自分が負けている気がしてできるだけ自然に海馬はネクタイに手を掛け、いつものようにぐっと押し下げてまずは結び目を緩めていた。
「‥‥!!」
「‥‥なんだ?」
だが、ただそれだけの仕草で、わずかではあるがピチャリという水音がして海馬が怪訝そうな視線を送れば、相変わらず城之内は熱っぽくこちらを見つめながら軽く唇を自らの舌で舐めていた。
「‥‥海馬?」
「いや‥‥なんでもない」
城之内が舌を舐めずる仕草など、それこそ食事でもしたときに何度も海馬は目撃している。だが先ほどの仕草は食べ物を目の前にしたときのものとは明らかに違った渇きからのようで、海馬はそれにまた手が止まっていたが、なんとかすぐに自分を取り戻せていた。
「なに、俺は騙されんぞ‥‥。」
「海馬‥‥?」
よく考えれば、城之内が興奮している様子を演じているというのが、最も可能性としては高いはずなのだ。熱っぽい視線を送ってきたり、妙に舌を見せてくるのも単純に海馬を誘う魂胆なのかもしれない。いや、きっとそうであろうと自分に言い聞かせた海馬は、またなんとか平静を取り戻して解きかけていたネクタイをそのままシュルッと首から抜いていた。
「‥‥!!」
「‥‥今度はなんだ?」
だがそうしてネクタイを抜いてみればまた城之内が息を飲んだかのような気配があり、もう騙されんぞと思いながらも海馬はネクタイを手にしたままでそう振り返って尋ねてみる。すると意外にも意識がしっかりしていた城之内は、海馬が手にしているネクタイをじっと見つめたままで口を開いていた。
「あ、いや‥‥えっと、そのネクタイ‥‥。」
「これが、どうした?」
「‥‥。」
そういえばいつも城之内はスーツの上着だけでなくネクタイもちゃんと預かってしまっていたので、やはりベッドに投げれば皺になるなどと言いたいのかと海馬は推察していた。いくら興奮している様を装おうとしても、生粋の貧乏根性が仇になったなと妙に複雑な勝利宣言を海馬がしてやろうとしていると、
「それ、そのネクタイで‥‥縛ってくれてたら」
「‥‥。」
「もっと、興奮したかなあって‥‥。」
続けられた城之内の言葉は、海馬を黙らせるには充分すぎるものだった。
やや呆気に取られつつも海馬が城之内を見やってみれば、そんなことを言った城之内は気恥ずかしそうに視線を逸らしてうつむいていた。それが演技や作戦ならばまだいいが、本心だった場合これからどう付き合っていけばいいのか、根本的に海馬は悩んでいた。
「‥‥ん、ゴメン、ワガママ言って。別にそれで縛ってくんなくていいから、続けてくれよ?」
「あ、ああ‥‥。」
別に海馬は城之内がワガママを言っているなどといって怒ったりしていたわけではないのだが、どうやら固まっている海馬にそんな解釈をしたらしい城之内は、すまなそうにそう言って先を促していた。なので海馬は慌てて手にしていたネクタイをベッドへと投げると、軽く深呼吸をして自分を落ち着けていた。
きっとこれは作戦で、城之内は自分を動揺させているのだと海馬は何度も自らに言い聞かせる。そしてここからが本当の勝負だと気合を入れた海馬は、着ていたワイシャツのボタンにゆっくりと手をかけていた。
「‥‥。」
「‥‥。」
首元から一つ一つボタンを外すたびに、城之内の視線と生唾を飲み込むような音が絡んできて、海馬はひどく精神力を試されるような気分だった。それもこれもすべて城之内の作戦だと思いつつも、まるで本当に興奮されているようだと海馬はその演技力に無駄に喝采を送ってしまう。
「なあ、海馬、ちゃんと脱ぐ前にこっち向いて‥‥?」
「‥‥。」
注文が多い奴だなと皮肉を返せなかったのは、そう言われるまで海馬は無意識に城之内に背を向けてボタンを外していた自分に気がついたからだった。まるで出し惜しみをして焦らせているようなそんな自分に、海馬はひどく屈辱を感じて平静を装って振り返ってやっていた。
「‥‥これで、いいのか?」
「んっ‥‥。」
「‥‥。」
そしてボタンをすべて外し、スラックスからシャツの裾も出した状態で振り返って尋ねてみせた海馬に、城之内はやや上体を倒すようにしてそう小さく息を詰めていた。まるで前屈みにでもなっているかのようなその格好に、そんなにせずともこの駄犬は視力がよかったはずだがと現実逃避をしていた海馬に、城之内はうっとりしたように口を開いていた。
「あ‥‥海馬、シャツ、脱いで‥‥?」
「‥‥。」
貴様の指示は受けん、と反論できなかったのも、すべて城之内の様子がおかしいからだと海馬は誰にともなく反論したくてたまらなかった。少し上体を傾けている城之内の目はもう完全に熱っぽく潤み、顔の体温もだいぶ高くなっているだろう。ましてや足の間のものも熱く滾っているのではと思わせるそんな兆候に、海馬は危うく騙されるところだったと自分を奮い立たせて羽織るだけになっていたシャツを躊躇いなく脱いでいた。
「あ‥‥。」
「‥‥?」
だが、脱いだシャツを海馬がベッドに投げるより早く、海馬の上体を見た城之内からはそんな残念そうな声が漏れていた。なのでシャツを置いてから海馬が振り返れば、確かに城之内はどこか寂しそうな顔をしている。
「海馬ぁ‥‥。」
「‥‥。」
そして、そんな様子に海馬は勝ち誇るような気持ちと、どこか憤慨するような気持ちにさらされてしまっていた。
残念に思うのは当然ながら、やはり女性のような乳房がないことを目の当たりにし、いくら好きでも相手は男なのだと改めて突きつけられていることであり、それに対してはそれみたことかと勝ち誇りたい。だが決して認めたくはないのだが、やはり貴様の言う愛などその程度かとどこか憤慨している自分もおり、その憤慨すら本当は失望であるということは海馬本人は絶対に認められないことだった。
「なあ、海馬ぁ‥‥。」
「‥‥なんだ?」
それでも、切なそうに呼んでくる城之内は、もうそんな男の体相手に興奮できないので拘束を解いてくれと懇願してくるのだと海馬は思っていた。こんな馬鹿げたことを中止するのは賛成であるが、かといって言いようのない腹立たしさはあるので解く前に一発殴ってやろうかと思っていた海馬に、
「なあ‥‥絶対、触ったりしねえから」
「‥‥?」
「もっと、もっとお前の体、近くで見たい‥‥。」
甘く強請るような声で告げられた内容に、海馬は一瞬自分の耳を疑いそうになっていた。
要するに城之内は、どうせ縛られているので触ることなどできないのだが、せめてもっと近くで見たいのでこちらに来てくれと海馬に訴えているのだ。
「なあ、海馬、ダメ‥‥?」
「‥‥見るだけだからな」
それでも、駄目だと言う方がなんだか負けてしまう気がしてそう強がった海馬は、上半身裸のままで3メートルほどの距離を詰めて城之内の目の前に立ってやっていた。
「海馬‥‥。」
「‥‥。」
実際に歩くのは3メートルにすら満たなかったはずなのだが、海馬は今までこんなに足が重く感じたことはないような気すらしていた。だがそうしてなんとか足を進め、真正面に立ってやった海馬に対し、城之内はただ名前を呼ぶだけでじっと眺め続けている。
「海馬ぁ‥‥。」
「‥‥。」
いや、その視線はあまりに熱っぽく、そして舐め回すようでいたので到底眺めるといったレベルではなかった。なので毅然と城之内を見下ろしつつも、これではまるで自分の方が視姦されているようだと海馬が思ってしまったとき、激しい怒りが海馬の中に生まれていた。
「海馬‥‥?」
「城之内、貴様‥‥!!」
「へ?‥‥うあっ!?」
それは怒りという発露を取っていたが、本当は別の感情、いや衝動に近いものだったのだろう。だがそれを海馬は自分で認めたくはなく、こんな馬鹿げたことを一刻も早くやめさせたいという思いから海馬は城之内の座る椅子に片膝を乗り上げていた。
「かっ、海馬、痛い‥‥!!」
「‥‥フン、もうこんなにしていたとはな」
そうして正面から右の膝でぐりっと城之内の脚の間を押してみれば、ちょうど腰の辺りにかぶっていたTシャツで分かりにくかったものの、城之内のものは確かにもう熱を持っていた。達するほどにはなっていなかったようだが、そうにしても起立していれば隠せそうもないほどに固く勃ち上がっていたものに、海馬は呆れたような笑みをなんとか浮かべて捨て台詞を残す。
「どうやら貴様は相当なスキモノのようだな。まあそれは分かった、実験は終わりだ」
「ちっ、違うっ、俺まだ勃ってない‥‥!!」
「ここまでしておいて、何を言う?」
それでも、今更恥ずかしくなったのか、城之内は必死で欲情していたことを否定していた。海馬にとっては何故かそれが腹立たしく、乗り上げたままの片膝でまたぐりぐりと刺激してやれば、城之内は切なそうに息を飲みつつ何度も首を振っていた。
「違うっ、俺、まだ‥‥!!」
「‥‥往生際の悪いことだ。まあもう解放してやる、後は好きに抜いてこい」
「嫌だ!!」
だが、海馬からすれば最大限の待遇でそう言ってやったにも関わらず、城之内から激しく拒絶されて怪訝に思ってしまう。なので一度膝を外して城之内の顔を覗き込んでみれば、
「まだ、最後まで見るまでは、まだ、俺、勃ってねえ‥‥!!」
「‥‥。」
「なあっ、イっちゃうまでだよな!?。だったらまだ出してねえじゃんっ、俺、お前が最後に靴下だけになるまで我慢して見たい!!」
だから実験を続けてくれと訴える城之内に、呆気に取られた海馬はついどうして全裸の手前が靴下なのかというツッコミを入れることすら忘れてしまっていた。だが片膝を乗り上げることでだいぶ体が密着してきていた海馬を熱っぽく見上げてくる城之内に、海馬は一瞬の屈辱を感じた後、それを城之内に転嫁していた。
「‥‥城之内、貴様、触った方がもっと興奮すると言っていたな?」
「え、うん‥‥?」
触らせてくれんの?、と嬉しそうに顔を上げてきた城之内に、海馬は口を開けさせると自分の手で一・二度扱いたものを捻じ込んでいた。
「うぁっ‥‥!?」
「‥‥ならば、俺のモノを好きなだけ触ってみろ?」
「んっ、んん‥‥!!」
触るとは言っても手などではなく、当然のように唇や舌でということになる。なんの承諾も得ずにそんなことをすれば暴挙以外の何物でもないのだが、苦しそうにぎゅっと瞳を閉じて、それでも口の中の熱をなんとかしようともがいている城之内に、海馬は少しだけ気が晴れていた。
「どうだ、コレとて俺の肌には違いあるまい‥‥?」
「んっ、んぁっ‥‥んんっ‥‥!!」
「男のモノをくわえて、イけるものならイってみるのだな」
バカにしきった言い草でそう吐き捨てておき、海馬は気をつけて自分の膝が城之内のものに当たらないように体勢をズラしていた。そうして、椅子でやや前屈みで海馬のものを無理矢理くわえさせられた城之内の瞳からは、生理的なものだけではないと思われる涙がポロポロとこぼれていた。
「ほら、舐めてみろ‥‥?」
「ん、うぅっ‥‥!!」
基本的に、城之内はいくら女役に回るとはいえ、突っ込まれるのを我慢すればいいという程度に考えていたのだろうと海馬は思う。男が同じ男に犯されるということは、本来ならば並大抵の屈辱ではないはずなのだ。それを簡単にしてみせると言ってのけ、ましてや自分の方からしたいなどと言われても、そう簡単に信じられないというのは海馬の本心ではあった。
「城之内、もっとしっかりやれ」
「んんっ、ん、ふぁっ‥‥!!」
だからそれを分からせるためにこんなことをしている、というのは、あまりに無理がある説明だっだろう。自分ですら信じることのできないそんな言い訳をしつつも、海馬は城之内が苦しそうにくわえている様を見下ろしながら、これならば男女の差はないだろうということにも気がついていた。もちろん城之内には技術などなく、ほとんど海馬が頭を掴んで無理矢理動かしているようなものである。
「んっ、んんっ‥‥!!」
「‥‥もう、出すぞ?」
それでも、こうして口での奉仕をさせたのならばイってもしょうがないのだと自らに言い聞かせた海馬は、城之内の髪をつかむと、一度喉の奥に当たるほど突き入れてから、思いきり引いていた。
「うわっ‥‥!?」
「クッ‥‥!!」
そして我慢できなかったわけではないが、半分口内にぶちまけてから、更に残りを城之内の顔面にかけてやることする。当然ながらそのどちらにも驚いた城之内はしばらく呆然としていたが、
「かい、ば‥‥?」
「‥‥なんだ?」
「‥‥。」
やがて放心したように見上げてきた城之内は、一度そう名前を呼ぶと、堰を切ったように泣き出してしまっていた。
それを、海馬はただ静かに見下ろしていた。
この分だと自分もかなり息が上がっていることはバレないだろうという打算も働かせつつ、海馬は声を殺してただ涙を流し続ける城之内にどう声をかければいいのか分からない。そうであっても唯一言うことができるとすれば、
「‥‥自業自得だ、貴様は」
貴様がバカなことを言い出さなければ、と完全に城之内の所為にしてしまっている自分にも嫌気がさしながら、海馬は心のどこかで認めたくない後悔が生まれていることには気がついていた。それは要するに、こんな仕打ちを受け、もう城之内は海馬のことを好きだなどと言って纏わりつくことはないだろうということに対してである。静かになっていいではないかと自分に言い聞かせつつも、どうしても後悔に襲われてしまいそうになる海馬が、なんとかそれを振りきろうと城之内を拘束するロープに手を掛けたとき、それに気がついていた。
「‥‥城之内?」
「海馬っ、海馬ぁ、うわあああーんっ‥‥!!」
「‥‥。」
確かに海馬は城之内の顔にもかけたが、そうにしては城之内の股間の辺りがぐっしょりと濡れすぎていたのである。上から海馬のものがかかったにしては濡れ過ぎているそれに、海馬は怪訝に思いつつも手で確認してみる。
「ふぁっ、やぁっ‥‥!?」
「‥‥貴様、まさか本当に達ったのか?」
すると、それはむしろ下着の中から濡れているような感触で、軽く揉みしだいてみれば、城之内のものは放ったばかりのようにすっかり固さを失っていた。そのことにやや呆然としつつ海馬が城之内を見上げれば、城之内は顔を真っ赤にしたままで泣きじゃくっている。
「だって、だって海馬がっ、海馬ぁっ、うわああああーんっ‥‥!!」
「‥‥。」
泣いているから顔が赤いのか、顔が赤くなるほど恥ずかしくて泣いてしまっているのか、その判別は海馬にはつかなかったが、どちらにしろこの状態ではまともに話もできないだろうとがっくりと肩を落としていた。だが椅子に縛りつけられたままで混乱して泣いている城之内に、もしかするとこんなふうに話せるのは最後かもしれないという思いで海馬はその場から一度離れていた。
「うぅっ、ひっく、海馬ぁ‥‥?」
「‥‥ほら、鼻をかめ?」
「んーっ!!」
そして寝室のテーブルに置かれていたティッシュボックスを持ってきた海馬は、そこからティッシュを大盤振る舞いしてまずは顔面の涙と精液を拭いてやっていた。更に泣いたことで垂れていた鼻水もかませ、すっきりしたところで城之内は呆然と海馬を見上げてくる。
「かい、ば‥‥?」
「なんだ?」
「‥‥うわああああーんっ!!」
すると、また堰を切ったように泣き出されてしまい、海馬は本当に途方に暮れてしまっていた。
これが、無理矢理陵辱した結果だと分かっていても、この一ヶ月それより以前とは手の平を返したように素直に尻尾を振って懐いてきていた駄犬を、今更手放すことは言い知れないほどの葛藤を海馬の中に生み出す。だが取り敢えずは、また泣き出して顔がぐずぐずになってきている城之内に、今度こそ拘束しているロープを外してやることにしていた。
「‥‥海馬ぁっ!!」
「‥‥!?」
だが、先に両手首を肘置きから外してやったところで、海馬はいきなり城之内に抱きつかれてしまっていた。一瞬嬉しさよりも素肌で鼻水を受け止める恐怖に腰は引けかけたのだが、相変わらずそんなところは器用に城之内は両腕でがっちりと海馬をホールドしていた。
「海馬っ、海馬ぁ‥‥!!」
「はっ、放さんかっ、バカ犬!!。そんな力で‥‥!!」
「海馬ぁ、俺、嬉しいぃ‥‥!!」
てっきり持ち前の馬鹿力で報復の内臓破裂でも狙っているのかと海馬は思っていたのだが、抱きしめた海馬の腹で城之内がうっとりと呟いたのは、甚だ理解に苦しむものだった。両膝の方はいまだに椅子の足に括りつけられたままなのだが、下手をすれば椅子を引き摺ってでも抱きついてこようとしている城之内をなんとか海馬は押し留める。そしてなんとかすがってくる城之内の手を阻み、膝を縛っていたロープを外してやっていた。
「海馬っ‥‥ふぎゃっ!?」
「城之内‥‥。」
すると待ってましたとばかり椅子から立ちあがった城之内は、腰が抜けていたのか海馬の下半身に激突してそのまま海馬と椅子の間に座り込むようにして器用に後頭部をぶつけていた。ガンッと凄まじい音をさせたそんな様子をやや途方に暮れながら見下ろしていた海馬は、どうせこれ以上馬鹿になるのなら先ほどの記憶は喪失させてくれと都合のいいことを祈ってしまっていた。
「い、痛ってぇ‥‥!!」
「‥‥腰が抜けているのか?」
「ん、気持ちよすぎて、抜けたみてぇ。腰に力、入んねえよ‥‥!!」
だから起こしてくれというつものなのか、床に座り込んだまま両腕を伸ばしてくる城之内に、海馬はかなり呆れつつも床に腰を下ろしてやる。すると嬉しそうに両腕を首に絡めるようにして抱きついてきた城之内に、海馬は抱き返していいものかどうなのか悩んでしまっていた。
「城之内‥‥。」
「ん、あ、海馬ぁ‥‥あ、そうだ。信じてくれたろ?」
「‥‥まあな」
そして、いつものことながらどこから繋がっているのか分からない話の転換に、一瞬戸惑いつつもそれが当初の『眺めるだけでイける』という証明実験のことだと思い至った海馬は、複雑な心境で頷いておく。確かに眺めているだけの段階で城之内が達したわけではないが、それをあんな方向に中断させたのはあくまで海馬の都合であり、またあのまま海馬が全裸にでもなっていれば達していてもおかしくない様子だったので、実験結果は城之内の言の通りということだっただろう。
だが既にそこは問題ではなく、冷静に考えれば男の裸を見ただけで欲情している城之内もかなり危険域に生息していることになるのだが、海馬はこのとき自分のしでかしてしまったことに方で頭はいっぱいだったのである。どれほど理由をつけたとしても、男の体になど興味はないと断言している以上、先ほどの奉仕は強制的な暴力と変わらないものである。あの能天気で楽観的な城之内が、終わった後に堰を切ったように泣き出したことからもそれは明白で、今こうして抱きついてきているのは本当に椅子で頭を打ったからかもしれないと真剣に海馬は思っていた。
「ん、でもな、海馬。俺、さっきの、その‥‥お、お口でのヤツ?。う、うううっ、嬉しくって!!」
「‥‥ハ?」
だが、海馬が悲壮感に漂っている間に、何故か城之内はキャーと顔を赤らめてぐりぐりと海馬の素肌の首元に顔を埋めてきていた。そんなことをされればまた鼻水をつけられそうだということよりも、先ほども似たような不可解な発言をしていたことを思い出した海馬は、城之内はやはり記憶喪失にはなっていないようだと妙にがっかりしながら尋ね返していた。
「なにが、嬉しかったのだ?」
「ん、だから、お前触らせてくれたし!!」
「‥‥そうだな」
もしかして、とこのとき海馬はうっかり恋人にしてしまった駄犬が、思っている以上に頭が弱いのではないかと本気で心配してしまっていた。
確かに海馬は城之内に自分のものをくわえさせるときに、『これも肌には違いない』という無茶な理論でごり押ししていた。縛られて、やや意識も混濁していた城之内に拒否できるはずもなくそんな所業を受け入れていたが、そのとき海馬がまるで言い訳のように口にしたセリフを鵜呑みにしているかのようである。もしそうだとすれば、それはいくらなんでも心配だと自分のことは棚に上げて考えていた海馬に、城之内は少しはにかみながら伝えていた。
「だって‥‥エッチてさ、結局はそういうことじゃん?」
「‥‥?」
だが言われた内容は、海馬からすればまた話題が飛躍していたので一瞬理解できずに怪訝そうな視線で先を促すことにする。すると城之内は首に腕を絡めるようにして抱きついたまま、しっかりと瞳を上げて口を開いていた。
「こうさ、男女の場合のエッチて、ナニをソレに突っ込むワケだろ?。それぞれ一応一番大事な部分擦りつけ合ってさ、気持ちよくなるんじゃん?」
「まあ、そうだな‥‥。」
女の方から動ける場合は少ないのではないだろうかとか、生命の維持として大切ならば心臓、知的生命体としては脳ではないのだろうかと、いろいろと反論してみたい気がしないでもなかったが、種の保存という意味合いではあながち間違いとも言いきれないと海馬は微妙に説得されておいてやる。そうして海馬がいろいろと考えている間に少し黙っていた城之内は、しがみつく腕をぎゅっと強めて、更に体を寄せてきていた。
「城之内‥‥?」
「‥‥俺は、男だから、それはできないけどさ。お前がお前の一番大切なナニ、信頼して俺に託してくれたってのが嬉しくって」
「城之内、貴様‥‥。」
やはり先ほど頭を打っていたのか、と海馬が思わず尋ねたくなるほど、城之内の解釈は好意的すぎていた。なので逆に皮肉か嫌味かとも勘繰ってしまうが、
「だってさ、慣れない俺にさせてくれても、うっかり噛み千切っちゃったりするかもしれねえのに!!」
「‥‥!?」
「それなのに俺にさせてくれるなんてっ、そんなの、恋人として俺のこと信じまくってくれてるってことじゃん!!」
実際意識飛びかけてでっかいハム頬張ってる気になりかけてたけど!!、と恐ろしい告白をしてくる城之内に、海馬は知らないうちに危機にさらされていたらしい己のナニをぎゅっと押さえていたわりたくなっていた。だがそれはなんとか堪えたものの、どうやら危険を侵してまで大切な部分を恋人である自分に託してくれたと思っているらしい城之内は、涙ながらに海馬に訴えていた。
「海馬っ、俺、お前のこと誤解してた!!。いっつも凡骨だ駄犬だってバカにすっけど、お前、俺が噛みついちゃうかもしんねえのに、そんなことさせてくれるなんて‥‥!!」
「お、落ち着けっ、城之内‥‥!?」
「海馬っ、海馬ぁっ、俺‥‥お前のこと大好きだぁーっ!!」
そう叫んで思いきり抱きついてきた城之内に、かなり腰が引けていた海馬は勢いよく床に押し倒されて強烈に頭をぶつけていた。
「グハッ‥‥!!」
「海馬っ、海馬ぁ‥‥!!」
だがそんなことにも気がついていないらしい城之内に、海馬は薄れゆく意識の中で、自分はとんでもない相手を恋人にしたのだなと痛感していた。それでも、本当に意識を失えば、その間に妙に興奮しているバカ犬に何をされるか分かったものではないともう知っていた海馬は、なんとか意識を保って体を起こしていた。
「海馬‥‥?」
「じょ、城之内、待て‥‥!!」
「‥‥?」
痛む後頭部はなんとか気力でやりすごし、海馬は体の上に乗ってきていた城之内を引き剥がす。
「ふぎゃっ‥‥!?」
「‥‥続きはベッドだ。まだ、足りてないだろう?」
そして、上半身裸の海馬とは違い、いまだに服は乱していない城之内の後ろ襟をつかんで、海馬はベッドに放り投げていた。
「か、海馬‥‥!?」
突然床から立ちあがった海馬にそんなふうに乱暴にベッドに放り投げられ、城之内も一瞬怒りかけていたのだが、それは続けられた海馬の言葉で期待の前に霧散していた。そしてかなり疲れたようなため息をもう隠すことなくした海馬がベッドに上がってくる様を、城之内は呆然と見上げてしまう。
「海馬っ、え、ええっ‥‥!?」
「‥‥城之内、これは俺としては実に癪なのだがな」
「う、うん‥‥!?」
城之内が動揺しているのは、当然ながら今日はもうじゃれ合うのは終わりだと思っていたからなのだろう。だがあそこまで赤裸々に、言葉でも態度でも好きなのだと示されて、海馬のこれまでの経験上もしかしたら皆無だったかもしれないのだが、
「‥‥俺は、少し照れているようだ」
「へっ!?‥‥あっ、んんっ、ふぁっ‥‥!!」
海馬は城之内からの追及を逃れるという意味合いと、それ以上に純粋な欲求から、先にベッドにあがっていた城之内を有無を言わさず押し倒してその唇を塞いでいた。初めて交わすこんな深いキスは、先ほどまで自分のものをくわえさせていたり、あまつさえ半分ほど精液を放ったりしてもいたのだが、そんなことに嫌悪感を覚える前に海馬を熱く興奮させる。
「んぁっ、あ‥‥あっ、やぁっ、か、海馬、ドコ触っ‥‥!?」
「‥‥俺に触られるのも、好きだろう?」
「う‥‥す、好きだけど」
そうして押し倒してキスをしながら、たくしあげたシャツの下の胸の突起を片手で弄り、もう一方の手では器用に城之内のズボンを下着ごと脱がせていた。そして一度に両方の刺激を与えてみれば、声を意図的に殺すのではなく、声が音として漏れないほどに感じ入って息を詰めた城之内の表情を海馬は満足そうに見下ろしていた。
「っ‥‥!!」
「城之内、いいな?」
どうやらかなり感度はいいらしい城之内に、そのモノを愛撫すれば刺激が強すぎるかと思い、海馬はそちらは片手を添えるだけにしてもう一方の手で胸の突起を弄び続ける。するとそれだけで甘い息を漏らしていた城之内は、それでも必死で重くなっている目蓋を押し上げて海馬を見つめていた。
「海馬、え、なに‥‥?」
そしてたどたどしく尋ねてくる城之内に、海馬は軽くキスを落としてやりながら返す。
「今更だろう?」
「‥‥俺のこと、好き?」
だがここにきて城之内が尋ねてきたのはそんなことで、恐らく意識しているのではなく、最後に確認したいだけだったのだろう。どこか泣き出しそうな目でそんなふうに尋ねられ、海馬は少し体を起こし、しっかりと瞳を見下ろしながら告げていた。
「‥‥貴様が欲情している顔は、気に入っている」
「‥‥。」
「俺は男には興味がないのだがな。そうであっても、俺に感じている貴様を見るのはかなり気に入っている自覚はある。それこそ、貴様のように勃つくらいにはな?」
そう言ってニヤリと笑った海馬を、城之内はしばらく驚いたように見上げてきていた。だがやがておずおずと海馬の背中に腕を回すと、ゆっくりと引き寄せようとしてくる。
「海馬‥‥。」
「‥‥まあ、俺が興奮するのは貴様相手ぐらいだからな。それを愛だと言いたいのなら勝手にそう呼べ、否定はしてやらん」
自分でも随分なことを言っている自覚くらいは海馬にもあった。だがそんな海馬の言葉にも、どこまで理解できているのか、城之内はニッコリと嬉しそうに笑っていた。
「うん、じゃあそうする」
「‥‥。」
「海馬って、俺のこと『愛』してんだなっ」
スッゲェ嬉しい、と瞳を逸らすことなく告げてきた城之内に、海馬はなんとなくその唇を塞いでしまっていた。そんな行動は、気恥ずかしいだの照れ隠しだのという類に属するものだと城之内に見抜かれるのも癪だったので、強引なキスで誤魔化しているうちにその熱で互いに溶け合っていっていた。
その後、一週間ほど経ってから経過を尋ねてみた遊戯は、城之内から恋人とはうまくいったものの何故か毎回先に一度自慰をさせられてそれを相手が観賞して楽しまれている、と不要なところまで告げられて鼻血の海に沈めることになっていた。忠犬のような城之内に、そんな羞恥プレイで視姦して悦に入っているらしい羨ましい恋人とやらが、実は勝手にライバル視してきている童実野町の名物キチガイ社長だと遊戯が知って廃人になりかけるには、更にもう一週間を要していた。
『なあ海馬、俺のこと好き?』
そしてそんな問いかけに対し、
『まあ‥‥それなりに気に入っている』
という素っ気無いような言葉と甘いキスが返されるという光景が教室内で日常茶飯事になるのは、海馬コーポレーションが一大プロジェクトを発表して社長がそれなりに登校できる時間を持てるようになってからだった。
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