■初恋未満
どうしてこうなったのかと言われても、たまたまとしか言いようがない。
今年は例年になく気候の変動が激しく、夏を前にして急激に気温が下がり、妙な時期に風邪を引く患者が続出した。クラスメートも何人かは病欠している。だが、多少でも面識がある者の中で運悪くかかったのは、恋人の姉とその夫くらいだろう。
「本田の姉さんたちって、大丈夫なのか?」
「だいぶ悪化してたらしいが、まあ、そこそこ良くなってきたって話だ」
当人たちも大変だが、あの家にはまだ幼児がいる。感染すると大変だということで姉の実家、つまり本田の家で預かることも検討したようだが、荷物の移動と大人二人の看病を考えた結果、逆がいいということになったらしい。要するに、本田の実家で姉夫婦が寝込む。姉夫婦の家に息子だけが残り、主に本田の母親が泊まりこみで面倒を見ている。だが母親も自宅で仕事があるし、大人二人の看病を仕事もある父親だけができるはずもない。必然的に、本田もいろいろと忙しいらしい。バカは風邪を引かないので重宝されているようだと感心はしたものの、放課後になるとすぐに帰らなければならないことには、少しだけ残念な気持ちにもなった。
実家にいる姉夫婦とは面識もあるし、看病の手伝いくらいならできる。大半は単に本田といたいだけの下心だったが、よそ様のお嬢さんに風邪をうつしてはいけないと、真面目に断られてしまったので打つ手がなくなった。後は、快方を願うばかりだ。珍しく毎日すぐに帰宅するようになったバクラを、戸籍上は双子の姉となっている獏良は歓迎しつつ、慰めてくれた。
早く風邪が治るには、どうしたらいいのか。
取り敢えずこのおまじないがいいよと勧められ、試しに全く風邪の気配がないユーギで祈ってみると翌日に四十度の熱を出して倒れたらしいので、本田の姉夫婦にはしないでおく。闇の力があった頃でも、こんな芸当はできなかった。宿主サマは本当に何者なのだと怯えたことが、最近では最大のニュースだ。
「そっか。早く治るといいなっ」
「……ああ」
そんなふうに数日を過ごしていると、ふと城之内に遊びに行こうと誘われた。バイトがない日のようだったが、大勢ではなく二人だけとは珍しい。だが本田と過ごせないストレスが溜まりすぎていたのか、さして勘繰ることなく頷けば、案内されたのはゲームセンターやファストフード店などではない。どこの大統領公邸かと見紛うほどのお屋敷だった。
「……それより、バカ犬」
「ん?」
「なんでオレサマまで海馬邸に連れて来られてんのか、そろそろ説明してくれねえか」
一応バクラは海馬コーポレーションに雇われている身だが、仕事上の話であれば部署の担当者を通じてもたらされる。海馬本人が用があるのだとすれば、意外に当人が乗り込んでくる。だがその場合も、学校であったり、訓練施設であったりと、いわゆる公的な場所ばかりだ。これまで屋敷に呼びつけられることなど、一度もなかった。
校門の前に乗り付けられていた車に城之内と共に乗り込み、当然のように歓待されてもう一時間近い。そろそろ用があるなら言ってほしいと考えたバクラに、城之内は不思議そうに首を傾げた後、あっさりと教えてくれた。
「え、別に理由とかないけど?」
「……てめー、まさか」
「んーと、オレ今日暇だし、バクラと遊ぼうと思ったんだよな。そしたら海馬が早く帰れそうだから屋敷で待ってろって電話してきて、でもそういう電話があっても、まともに帰ってきたためしがねえし。だったらやっぱり暇だし、でも万一のこと考えたら屋敷で待ってねえと海馬に会えねえし、それならバクラと待とうかなって?」
「やっぱりオレサマに関係ねえのかよ!!」
城之内のことなので、仕事絡みで何かあるのかと構えてしまった。だが、単純に本当に暇潰しだったらしい。それならそうと、最初から言えばいいのだ。不本意ながら、城之内のことは嫌いではない。宿主サマと本田の次くらいには優先してやるのにと呆れるバクラに、城之内はどこまでもいつもの調子だ。
「関係なくはねえだろっ、ほら、だって、海馬ってバクラの上司だよな!?」
「……物凄く遠いけどな。だからって、今こうして呼びつけられる理由にはならねえだろ」
「なるって、オレがバクラと遊びたかったし!! なあ、なにして遊ぶ? ここ、ゲームならいっぱいあるんだぜ!!」
「よし、それなら今日の数学で出された宿題見てやる」
「それは嫌だ!!」
激しく抵抗しているが、やらなければ教師に怒られるのは城之内だ。遊ぶ前に面倒事は片付けておけという、至極真っ当な提案にも、城之内は本気で嫌がっている。大方、本田と帰れない寂しさを紛らわせてくれるつもりだったのだろうが、こんな場所ではまともに寛げない。
そうバクラは思っているが、やはりソファーは柔らかく、茶菓子は美味い。もう少しくらい居座ってやってもいいかと気持ちが揺れたとき、大きすぎる居間のドアがガチャリと開いた。
「なあジョウノウチ、兄サマが……?」
「おーっ、モクバ、おかえり!!」
「……そういや、まともに会うのって初めてか?」
そこに現れたのは、まだ背も低い少年だ。もちろんバクラも知っている。海馬の弟、モクバだ。だが、つい呟いてしまったように、まともに会うのは初めてかもしれない。この場合、実体を伴ってからという意味だが、闇人格だった頃もほとんど接点はない。同じ場所にいたことはあるし、ずっとリングの中から見ていたので知識としては知っている。会話もしたことがあるかもしれない。だが、互いに面と向かって認識したのは初めてだろう。
今では城之内が海馬ともめるたびに仲裁し、海馬側の協力者という認識が強いので勝手に親しみを感じていたが、改めて見るとこういう顔立ちだっただろうかと不思議に思った。なにしろ、記憶にあるモクバの顔は、一年近く前なのだ。子供の成長は早いとしみじみ考えているバクラにも城之内は気になったようだが、やはり先に聞きたいのは愛しい恋人サマのことだ。
「モクバ、海馬がどうしたんだよ?」
「えっ!? ……あ、ああ、ごめん、兄サマちょっと帰るの遅れるからって」
どうやら城之内の予想は正しかったらしい。だが機嫌を損ねていないところを見れば、こうしてモクバは帰れているうちは、海馬も日付が変わる前には戻れることが多いらしい。随分と気長で健気な心構えだ。自分なら期待させんじゃねえよと乗り込んで一発殴るかするかしていそうである。どうでもいいことを考えている間に、宿題から逃れたいらしい城之内の声が響く。
「そっか、じゃあモクバも遊んでくれるんだよなっ。こっち来いよ!!」
「う、うん……というか、ジョウノウチ、そっちの……?」
「……よし、じゃあ代役終了ってことでオレサマは帰るか」
海馬もそのつもりでモクバを返したのだろう。遊び相手を得られたと、城之内も愉しそうだ。いずれ義理の姉弟になる二人の仲を邪魔するのも忍びないし、なんとなくモクバがこちらを警戒している雰囲気も察した。
城之内たちとの仲を取り持つ際にも、モクバと連絡を取っていたのは本田であり、バクラとはやはり接点はない。城之内に呼ばれたので居間の中まで足を進めたモクバだが、視線はこちらに向いたままだ。兄である海馬よりはよほど柔軟性に富んでいるらしく、かつて闇人格としてバクラが暗躍していたことも当然知っている。それでいて、今では未来の義姉の友人であり、何故か海馬コーポレーションに雇われて警護も担当している。
どう接すればいいのか、態度を迷う。それが充分に理解もできたので、さっさと退散してやろうとバクラはソファーから立ち上がるが、何故か城之内に止められた。
「なんでだよっ、バクラも一緒に遊んでけばいいだろ!?」
「それこそ、なんでだよ、オレサマがガキ二人の遊び相手になってやる義理はないっての」
「お前っ、モクバはこう見えて結構大人びてんだぞ!? そこら辺のガキより賢いんだぞ!?」
「あ、あの、ジョウノウチ、オレは小学生だから仕方ないとこもあるけどオマエは一応高校生なんだし……!?」
子供扱いすれば、モクバも一瞬だけ苛立つ様子を見せた。海馬の弟にしてはかなり背も低いし、確か小学六年生のはずだがそうは見えない外見を気にもしているのだろう。だがそうであっても、まずは自分のことより相手を気にかける。優しい子なのだと常々本田が褒めちぎっていたが、その片鱗が見えてバクラも満足した。
これは、なかなかいい収穫だ。暇そうだったらこの話を口実に本田に電話をしようと考えていたバクラは、そこで城之内に腕を引っ張られ、意外なことを叫ばれる。
「だからっ、バクラ、帰るなって!? だいたい、お前はモクバに感謝してもしきれねえだろ!!」
「……はぁ?」
「え、ジョウノウチ、何言って……?」
「モクバはなっ、お前の愛しい愛しいダーリンの命の恩人なんだぜ!?」
どうだとばかりに胸を張る城之内に、バクラは素で首を傾げる。そんなことは、初耳だ。そういえば、決闘者王国で、牢獄に囚われていたモクバを本田が助けていた。あのときは少しだけ人格交代をしていたので記憶もあるが、これでは逆だ。それ以降に本田が助けられるようなことがあっただろうかと不思議に思ってモクバを見てみるが、何故か青褪めている。
「……?」
「あ、やっぱり知らねえんだ? 獏良が転校してくる前だったもんな、デスTて」
その単語に顔をしかめたのは、嫌な思い出があるのではなく、単に記憶そのものが遠いからだ。そもそも、バクラは獏良が童実野高校に転入してきてからしか城之内や本田のことを知らない。それ以前のことは、千年アイテムや闇人格の遊戯に関することでなければ、特に調べたりもしていない。
デスTとは、確か海馬が二度目にマインドクラッシュされる際の出来事だ。海馬と闇人格の遊戯、どちらにも関係しているので一応の知識はある。だが、詳しくは知らない。唯一強く印象に残ってるのは、以前本田がやや遠い目をして呟いたことくらいだ。
「確か、バカ犬が囚人を丸焼きにしたゲームだったか」
「なんでそこだけ知ってんだよっ、別にこんがり焼いて食べようとしたわけじゃないぜ!?」
「あ、あの、ジョウノウチも、なんか否定の仕方がおかしいよっていうか……!?」
「他は、なんだったか、ダンナが二度目に砕かれたときだろ」
今更のように、二回砕いて今の性格ということは、以前はどれほどの奇行師だったのだろう。少しばかり、興味はある。だがそこは城之内も話してくれないし、他の連中は苦笑いで遠い目をする。それほどまでに、衝撃的だったらしい。今度社員の身分を利用して情報公開を求めてみようかと可哀想なことを計画しているのが分かったのか、いきなり城之内に胸を鷲づかみにされた。
「……ああ?」
「もうっ、ちゃんと聞けよバクラ!! モクバがいなかったら、本田のやつマジで死んでたんだぞ!?」
「えっ、あ、ジョウノウチ、何して……!?」
「死んでたって、どういうことだよ」
いくら二人の間では慣れたことでも、いきなり胸を揉めば普通は驚く。小学生ならば、刺激的かもしれない。だがそんな真っ当な指摘をするより、バクラは城之内の言葉が気になった。
ようやく聞く気になったと満足げな城之内が更に胸を揉みしだいてくる手は外させ、なんとか聞き出した話でやっとバクラはリズムブロックというゲームの顛末を知る。この経緯では、確かにモクバは本田の命の恩人のようだ。その感謝というより、助けられた際の兄を救ってほしいという真摯なモクバの願いが本田はずっと胸に残っており、決闘者王国での行動に繋がったのだろう。あのときはよく知らなかったので、随分とお人好しで命知らずという印象を深めたが、やはり因果関係ははっきりしていたようだ。
「……それにしても、オレサマの将来の旦那様に随分とえぐい殺し方しようとしてくれたんだな」
「……!!」
「死んでねえし、モクバは助けてくれたんだし別にいいだろ?」
あのとき本田が死んでいれば、当然ながら今の状況はない。想像して呟いただけで、相当凄んでいるような響きになってしまった。脅されたと誤解したのか、モクバは息を飲んでいる。若干泣きそうにもなっている。そんなつもりではなかったのだが、城之内が窘めるように言ってきたことからも怯えさせたのは事実なのだろう。仕方なく、バクラは城之内を押しのけ、モクバの方へと歩いていく。
「けどまあ、ガキが本田を助けてくれたってのは理解した」
「う、うん……!?」
「それには感謝する」
モクバの年齢も知っているが、やはりどうしても幼く見える。見た目が子供過ぎて、端的に言えば城之内にするような態度になった。
頭に手を乗せ、何度か撫でてからギュッと抱きしめる。決して大柄ではないバクラの腕の中にすっぽり収まるくらいなので、やはりモクバは同じ学年の中でも小さい方なのだろう。兄が無駄に縦長の分、気にしているのかもしれない。そんなことを考えながら黒い頭を見下ろしていると、突然ドンッと腹の辺りを押された。
「ん?」
「な、なにすんだぜぃ!?」
モクバが突き飛ばしてきたのだが、その勢いは結構強かった。やはり、怪力という意味では兄と似ているのかもしれない。そんなことを思いつつ、顔を真っ赤にして怒鳴ってくるモクバに、バクラは首を傾げる。
「なにって、感謝を示しただけだろ?」
「そ、そんなのっ、全然分からないよ!! こんなので感謝が伝わるわけないだろっ、バカ!!」
「あんだと、てめー……?」
「ほんっと、ジョウノウチの友達って、変なヤツばっかだぜぃ!!」
どうやら怒らせてしまったようだ。だがさすがに怪訝そうにしたところで、更なるモクバの暴言には城之内が険しい顔になる。
「モクバ、お前、どさくさに紛れて遊戯の悪口言うなよっ」
「バカ犬の中で、『変なヤツ』が遊戯に直結してる方が失礼だと思うんだけどよ、まああの髪型思えば否定はできねえが」
「だいたいっ、バクラは友達じゃねえよ!! ママだ!!」
「その修正は余計に意味が分かんねえだろっ、ガキだってポカンとしてんじゃねえか!?」
確かに勝手に母親像を重ねられていることはもう承知しているが、それを堂々と宣言されても周りは困惑するばかりだろう。顔を真っ赤にして怒っていたモクバも、一瞬呆気に取られている。だがすぐにまたバクラと目が合い、顔を赤くすると、何も言わずに居間から走って出て行った。
それを見送ってから、バクラは大袈裟にため息をつく。モクバには本当に感謝したのに、上手く伝わらなかったようで悔しい。
「……バカ犬、てめー、変なこと言うなよ。ガキが面食らって逃げちまったじゃねえか」
てっきり城之内の意味不明な発言がモクバを追い払うことになったと思っているバクラはそうぼやくが、ニヤニヤしている城之内は何故かまた胸を揉んできた。
「オレじゃねえだろっ、こっちが刺激的すぎたんだろ!!」
「はぁ……?」
「バクラって、ほんと、無自覚なんだよな。まあそこが魅力でもあるんだろうけど、もっと客観的に考えた方がよくね?」
バカ犬だと思っている城之内に諭されるほど、屈辱的なことはない。だが確かに、城之内のママ発言の前に、バクラはモクバに突き飛ばされている。城之内とは関係なく、やはり感謝は伝わらなかったようだ。
「……癪だが、てめーにそう言われて、一つ客観的に気がついた」
「えっ、ほんとに!? バクラって突き抜けて無頓着だって諦めたけど、ほんとに気づいたのか!? これでようやく氷の女王も返上か!?」
そんな二つ名がクラスメートの間で定着していることすら知らないバクラは、取り敢えず笑顔でパシッと城之内の手を叩き落とす。
「あっ!?」
「客観的に考えて、てめーに胸揉ませる義理はねえ」
「えーっ、それは気づくなよ、気づいても揉ませろよ!! なあバクラ、また胸おっきくなってね? 本田も言ってなかった?」
助言どおり指摘したのに、城之内は懲りずにまた触って確かめてくる。それには、バクラもため息で諦めた。やはり小生意気なガキより、懐いてくれるガキが可愛い。だが本当にこうして胸を揉んで欲しいのは今日もせっせと家族の看病を手伝っている恋人だと思いながら、バクラはこれも躾だと気合いを入れ直して、もう一度城之内の手を叩き落とした。
海馬邸にバクラを連れて行った日、モクバの態度がおかしかった理由を城之内はなんとなく察している。本田と遊べないときくらいは夕飯の支度をちゃんとしたいという健気な発言でバクラはすぐに帰ってしまったが、それから後にモクバが城之内が寛ぐ部屋を訪ねてきたのだ。
モクバにとって、あのとき本田を助けたのは打算と贖罪という意識が強いのだろう。遊戯たちならば、兄をなんとかしてくれるかもしれない。優しい兄に戻ってほしいという願いから、遊戯の仲間を死なせると不利になると考え、実行した。城之内にしてみれば、理由はどうあれ助けたことには違いないし、あの頃のモクバは海馬の影響でやはりかなり精神的にまずかった。それでいて、人助けをしたのだ。打算だと言い張ることすら、罪悪感なのではないかと思っている。あの時点で、すべてのことに目が覚め、純粋な正義感などを持ち得ていたと自覚する方が、しでかした罪の大きさを受け止めきれなかったのだろう。
そんな悪い方向への自己欺瞞をいまだに引き摺っていることと、そうでなくとも先に自分たちが散々なことを仕掛けていたという正しい認識から、恩人として紹介されることに堪えきれなかったらしい。あとは単純に、モクバもまた認識していたバクラの外見と随分と印象が違い、戸惑ったとのことだ。モクバが知っていた姿とは、まだ獏良と二心同体だった頃なのだろう。実体を伴って戻ってきたときは、胸の大きさこそ違うが、あの頃とそっくりだと誰もが思った。だがずっと傍にいたので自分たちは気がつかなかったが、そろそろ戻ってから一年近く経つバクラは、最初こそモデルにしたと思われる獏良の外見からもう随分と離れているようだ。
それを、モクバは『優しそうで驚いた』と表現した。
二心同体だった頃はもう一人の遊戯を憎しみの対象として糧にしていたし、それが記憶のゲームで敗北し削ぎ落とされたことを思えば、当然かもしれない。だがやはり、一番の理由は本田という恋人を得たことだ。愛ってのは偉大なんだぜと未来の義姉として偉そうに語ってみたが、モクバは怪訝そうだった。本田の方はちゃんと面識があるだけに、いまいち信憑性に欠けていたのかもしれない。
「……バクラが浮気してるかもしれねえ」
「は?」
なにしろ本田だしなあ、絶対尻に敷かれてると思うよなあ、バクラに影響与えられると思えねえよなあ、でも最近は随分しっかりして男気が増したんだぜ!! とモクバに語って胡散臭そうにされてから、約一週間。男気が増すどころか、女々しさ全開で悪友がそっと打ち明けたのは、そんな言葉だった。
今日も平日で、学校が終わった頃に城之内は本田に引き止められる。姉夫婦の風邪も全快し、本田も看病からは解放されて久しい。これからは思う存分、バクラともいちゃつけるのだろう。そう思っていた矢先、放課後に残ってくれと頼まれて城之内は首を傾げた。てっきりバクラもいるのかと思っていたが、何故か本田一人だ。そして重苦しく告げられた言葉に、城之内は呆れて返しておく。
「本田、お前、浮気疑ってるってバレただけで向こう三千年は呪われるぞ?」
先日ユーギがいきなり四十度近い高熱でぶっ倒れたのは、バクラの呪いだと実しやかに囁かれている。そんなことができるならば、浮気を疑った本田を呪うくらい容易そうだ。バクラは純粋に心から本田を愛してはいるが、なかなかにしてその愛の方向性は厄介だ。良くも悪くも、暴力的手段を厭わない。たとえ誤解されただけであっても、浮気を疑われた、つまり愛を疑われたと知っただけでどういう暴れ方をするのか。正直城之内でも予想がつかない。ただ傷つくのは確実なのだから、滅多なことは言うなと悪友を窘めた城之内に、本田はどこか泣きそうな調子で必死に説明してきた。
「マジなんだって、証拠はあがってんだよ!!」
「そうかよ……。」
呆れた調子で聞き流しているが、実を言えば城之内も気になっていた。
本田がようやく放課後も暇になったというのに、バクラは一人でさっさと下校している。何か用事があったり、喧嘩でもしているのかと思っていたが、そんな雰囲気もない。ただ、本田とはもう一緒に帰るつもりはないとばかりに平然と下校されると、なんとなく尋ねにくかったのだ。
城之内ですら気になったくらいなので、本田はこの世の終わりくらいには感じたのだろう。証拠とやらがあるならば聞いておきたいと思った城之内に、覚悟を決めた様子の本田が訥々と語り始めた。
「……まず、一緒に帰ってくれねえんだよ」
それは分かっていると頷きかけて、続いた言葉でかなり深刻そうだと城之内は息を飲む。
要約すると、まず一緒に帰ってくれない。
会いたいと言えば、大体下校してから三時間後くらいには部屋を訪ねてくれるらしい。
そこで、することはするが、平日は泊まろうとしない。
理由をきけば、家でやることがあるかららしい。
週末はいつものように泊まっていったが、とにかく平日はダメだ、忙しいと突っぱねる。
何をしているのかと散々追及して、やっと菓子作りに精を出していることまでは分かった。
単純に、バクラがカバンに入れていたのでしつこく尋ねれば、舌打ちをして認めたのだ。
何故急に菓子作りをするようになったのか、そもそも誰に食べさせるつもりなのか。持ち歩いている以上は、誰かに渡しているはずだ。それは本田ではない。あまりにすがっていれば、失敗作だからと持ってきてくれたが、やはり出来がいいものは本来の目的の人物にあげているらしい。
「あいつ、毎日家で菓子作って、放課後にどこぞの男に届けてて……!!」
「マジで浮気だったら、バクラってそういう口説き方するかな?」
「オレだって分かってんだよ、そんな乙女みたいなタイプじゃねえってことは!! だからこそっ、バクラをそういう風にさせた男が誰なのか……!!」
菓子もそうだが、城之内が言いたかったのはバクラはそもそも浮気をするつもりならもっと上手くできるという意味だ。それ以上に、浮気自体をしそうにない。心変わりをした時点で、本田にそうと告げてあっさり去りそうだ。たとえ三時間後でも会ってはくれるようであるし、週末もたっぷりヤることはヤっているのであれば、確実にバクラは本田を好きである。
それは本田も分かっているのだろう。だからこそ、混乱しているのかもしれない。なんとなく、これはいつものバクラの突き抜けた無頓着さの一環である気がしてならない。要するに、浮気と疑われるような行動をしていると、全く気がついていないだけということだ。冗談でも本田が『浮気だと疑うぞ』と言ってみれば、バクラも気がついて説明しただろう。だが何故本田がそこまで必死になっているのか想像もつかないので、結果的に話す必要性を感じていない。
実に的確な分析を城之内がしたところで、悪友はいつになく凄んで尋ねてきた。
「……城之内、心当たりはねえか」
「全然?」
「よし、じゃあその間男を退治に行こうぜ」
浮気相手を間男を表現している辺り、バクラの本命は自分だという自信はあるらしい。または、恋愛関係ではないという期待もあるのかもしれない。
自信があるのか、ないのか、よく分からない本田の態度だ。
もっと分からないのは、仮に浮気だとしても自分がついていく意味が分からない。もし本当ならバクラには目を覚ましてほしいと思うだろうが、この状況では、子供にでも会いに行っているようだと内心で呆れたとき、ふと一週間前の光景を思い出す。
そう、確かにバクラは面食らっていた。随分と気にしているようだった。こだわりだすと視野が狭くなるのは、三千年前からの性質だ。なんとなくもう答えは分かった気がしたが、城之内はニッコリと笑って請け合う。
「仕方ねえなっ、オレもついていってやるぜ!!」
「そ、そうか、ありがとな、城之内……お前はやっぱり友情に篤いヤツだぜ……!!」
感動してくれている悪友には悪いが、別にそんなつもりで頷いたわけではない。
単純に、面白そうだと思った。
久しぶりにバクラの尻に敷かれている悪友を眺めるのもいいかと思い、城之内は意気込む本田を適当にけしかけて同行した。
このところ、平日は毎日この道を通る。小学校より高校の方が授業が終わる時間も遅く、移動もある。それでも大抵間に合ってしまうのは、午前中に会社に出ていることが多いため、放課後も残って出席代わりのプリントなどをしているからだと最初の日に聞いた。
「ようっ、今日も今日とて、ご苦労なこったな!!」
「……オマエ、また来たのかよ」
小学校の前に見慣れた黒塗りの高級車が乗り付けられていた。要するに、待ち人がまだ来ていないということだ。今日も間に合ったようだと安堵して門の横で待って五分、ランドセルを背負った小さな姿にバクラは揚々と声をかけた。
それに、怪訝そうに返してくるのは、海馬の弟、モクバだ。先週屋敷で会ってから、平日はこうして毎日顔を合わせている。
「なあ、オマエってよっぽど暇なのか?」
「んなワケあるかよ、オレサマはいつだって本田と愛し合うのに大忙しだっての」
「……だったらそっちに行けばいいだろ」
門を出て、車までのわずかな距離を並んで歩きながらする会話も、昨日と代わり映えはしない。何度も答えているのに、何度も尋ねてくる意味はいまいち分からないものの、返事は変わらないのでバクラは律儀に毎回答えておく。すると、モクバは大抵疲れたようなため息をつく。見た目はかなり幼い子供なのに、哀愁を背負ったサラリーマンのようだ。
兄の方はそもそも規格外の存在なのでどうでもいいが、この弟は普通の子供だと察している。ただ、ひどく聡くて、優しいだけだ。だからこそ先週の感謝が伝わらなかったことは不可解で、やはり子供には子供らしい接し方が必要だとバクラは考えた。
「とにかく、食ってみろって? 今日は結構自信作だぞ?」
「……。」
肩に掛けているカバンを軽く叩き、そう宣言すればモクバはチラリと嫌そうな視線を向ける。だが、本当に嫌がっているようには見えなかった。やはり子供は菓子好きなんだなという感想を深めていると、車の傍まできたモクバは控えていた黒服に告げる。
「……今日も、徒歩で行くから。オマエたちは帰っていいぜぃ」
「ハイ、分かりましたモクバ様」
午前中に会社に顔を出し、仕事の量によって遅刻もしつつ小学校に向かう。そしてやや遅めに下校してから、また会社に戻って仕事をするというのが、モクバの平均的なスケジュールらしい。もっと仕事をして兄サマを助けたいとモクバは考えているようだが、海馬の方はちゃんと学校にも通って友人を作り、楽しく元気に成長してほしいと願っているようだ。
心温まる話だが、当の海馬はまともに登校もせず、友達など無価値だと豪語しているのはどうなのか。自分は自分、モクバはモクバ。潔いまでの割り切り方だが、自分が小学生の頃にはもっと激務だったからといって弟にもそれができて当然と考えるよりは、随分とマシだ。そのため、よほどの繁忙期でない限りは、モクバは夕方から夜にかけては屋敷にも帰宅し、きちんと睡眠も取れるらしい。三日寝ないでも大丈夫と胸を張る海馬も、四日を過ぎると唐突に昏倒するらしいので、少しは見習えばいいと思う。
ともかく、昼食は小学校の給食を食べるが、夜は比較的遅いことも多いモクバは、移動中の車内で軽食を取るようにしている。そんな日課はバクラも知らなかったのだが、最初に持ってきた日にちょうどいいと感動して押し付けた。モクバはかなり怪訝そうにしていたが、やはり躾がいいのか、食べることは食べてくれたが、反応はいまいちだ。
「自信作って、今日はなんだよ?」
最初の日は車内だったが、それだとあっという間に会社についてしまう。普段食べているものは、食事というよりカロリーを流し込むだけの補給らしい。味わう暇がなくて不評なのではないかと文句を言えば、モクバは呆れつつ、小学校の近くの公園に寄ってくれるようになった。そもそもは、車での移動より短い距離でも歩いて運動した方がいいと、海馬も言っていたようだ。モクバの身長は、きっと運動不足も原因である。そんな思い込みの産物らしく、散歩のように歩いてきてもいいし、級友と遊んでからでもいい。とにかくモクバには『普通の』子供としても育ってほしいという願いが端々に見えていたため、バクラからの文句を受け入れるフリをして、実は兄のためにこうしているのだろう。
口実を作りたがるのは、自信のなさの裏返しだ。兄の助言に応じたくても、それで望む結果、つまり身長が伸びなければ兄が気にすると思って避けていた。大企業の社長の弟であれば、思慮深いことは利点である。だが時に考えすぎて思い詰めるらしいとも聞いていた性格は、事実らしいとバクラも納得した。
「シュークリーム。帰るまでちゃんと保冷しといたから、大丈夫だぞ」
「……駅前に、フランス帰りのパティシエがやってる洋菓子店があって、そこのシュークリームは美味かったぜぃ」
「バカ、さすがにプロには敵わねえよっ。でも、食わねえよりマシだろ? 材料ももったいねえんだから、食えよ」
「……なんか、いまいち会話が通じないのと妙な自信が兄サマを彷彿とさせるのはやっぱり古代の因縁なのか不思議だぜぃ」
車を帰したと言っても、何かあったときのために近くには待機している。警護である黒服たちも、当然のようについてきている。城之内に対してと違い、目立つことが牽制にもなるため、殊更隠れるようなことはない。だが会社や小学校がある近辺は海馬が殊更警備を強化している区域であり、町の住人たちも特に不審な目を向けてくることはなかった。
公園に入れば、時間帯からも数人の子供たちが遊んでいる。それを追い出させるのが忍びないようで、モクバはいつも人気のある遊具から最も離れた場所にあるベンチへと腰を下ろした。地面に踵がついておらず、やはり小さいという印象は拭えない。だが話していると時に城之内などよりよほど大人びており、賢いんだなと何度か頭を撫で、嫌がられた。
「ほら、食ってみろって?」
「……いただきます」
今日で言えば、怪訝そうにしていてもケースを差し出せば律儀に手を合わせたモクバに、躾がいいと頭を撫でて振り払われた。分かってはいるのだが、もう癖のようなものだ。軽く謝ったバクラは、別のことを思い出して慌てて止める。
「あっ、待てよ、そういやまだ手拭いてなかったよな!?」
「……うん」
「ちゃんと持ってきてるから、ちょっと待て」
カバンをあさり、抗菌処理されたウェットティッシュを探し出したバクラは、それでモクバの両手を拭いてやった。大人しく世話をされているモクバは、随分と兄に甘やかされて育ったのだろう。大人びた顔も見せるのに、時々外見以外でも年齢より幼い仕草を見せる。やはり子供なのだという認識を改めたバクラは、ニッコリと笑って勧めておいた。
「よし、食って良いぞ」
「……いただきます」
もう一度言ってから素直に食べ始めたモクバには、満足した。料理は分担制なのでやるが、菓子には興味がなくてあまり作ったことはない。獏良もそれほど作らないが、自分よりはマシなのでいろいろ教えてもらいながらこの一週間で挑戦した。その中でも、シュークリームは難しかった。膨らまなかったり、焦がしてしまったり、実は昨夜は生地を三度は作り直している。
「カスタードは美味いだろ?……生地に失敗しすぎて、結局それは宿主サマが作ってくれたからな」
「え……。」
「なんか、菓子って巧くできねえんだよなあ。真崎は器用だって聞いたことあるし、今度教えてもらうか」
「……生地も、食べれねえほどじゃないぜぃ」
「そうか?」
見た目は悪くないのだが、味は好みもあるので何とも言えない。だがモクバは二つ目に手を伸ばしているし、食べれないほどではないというのは本音だろう。それに安堵したバクラは、モクバの手を拭いてやったティッシュを捨てようとベンチから立ち上がる。少し離れた場所に設置されたゴミ箱へと向かったところで、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
『……なんだ、やっぱりモクバじゃねえかっ』
『そんな……バクラが、ショタコンだったなんて……!!』
『お前、いい加減にその誤解やめろよ。向こう六千年は呪われるぞ』
「……何してんだ、てめーら」
ゴミ箱の脇、公園をぐるりと囲む木々の奥から聞こえてきた声は、間違いなく恋人と特殊な友人のものだ。
確かにバクラがモクバに菓子を作るようになってから、本田はやけにそれを詳しく聞きたがった。だが話すのが面倒だったのもあるし、なにより感謝一つまともに伝えられなかったのかと呆れられたくない。ついでに、先週まで看病で会えなかった苛立ちも大きい。あの理由は正当なものだったので、自分も我慢した。ならば、命の恩人であるモクバに感謝するというのも正当な理由なので、今度は少しくらい本田も我慢すればいいと思ったのも事実だ。
「おい」
『……。』
『……。』
実際には、バクラの方が我慢しきれなくて、呼ばれれば家で菓子を作り終えてから向かうし、週末も泊まった。だが平日の放課後は用があると断ったはずだ。それなのに、どうして二人揃ってここにいるのか。自然と低くなる声で尋ねれば、沈黙が返る。不愉快そうに一度ザッと足元の砂を蹴れば、茂みからバサッと勢いよく現れたのは城之内の方だ。
「はいっ、本田がバクラが浮気してんじゃねえかって疑って、オレ巻き込んで尾行してました!!」
「お、おい、城之内……!?」
「よし、バカ犬は自首を認めてやる」
「やった、バクラ大好き!!」
片手を挙げ、あっさりと告白した城之内は許しておく。大方、そんなことだろうと思ったのだ。茂みから出てきて抱きついてくる城之内は適当に懐かせるが、いまだ中腰で、混乱している本田には冷たく見下ろす。
「……けど、てめーにはきついお仕置きが必要なようだな」
「えっ……あ、いや、ええっと、あの、これは、その、ほんとに疑ってたとかじゃ……!?」
言い訳がましく言葉を連ねようとする本田に、バクラは再び足元の砂を蹴る。
「正座」
「……はい、ほんとにすいませんでした」
やっと木立の間から現れた本田は、肩を落として項垂れると、素直にその場に正座した。
反省はしているようだが、本当に浮気だと思っていたのであればただではおかない。そんな決意が雰囲気だけでも分かるのか、本田は地面に正座したままガタガタと震えている。
やや離れたベンチでそれを眺めることになったモクバは、食べかけのシュークリームを飲み込み、ケースはベンチに置いてから駆けつけてきた。
「あれっ、ジョウノウチも、本田も、どうしたんだぜぃ!?」
「オレはただの付き添いっ」
「……モクバも、すいませんでした」
「ええっ!? なんで本田がオレに土下座してんの!?」
バクラの腹に腕を回したまま、ニコニコして返す城之内に対し、本田は正座のままモクバにも謝る。殊勝な心がけは、認めてやる。だがそれでは本当に浮気だと思っていたようではないかと苛立ちが増すバクラに、城之内が場を取り成すように口を開く。
「なあバクラ、モクバにお菓子作ってやってたのって、やっぱ先週の続き?」
「……!?」
「……?」
「まあ、そうだけどよ」
モクバは息を飲み、本田は不思議そうにする。あっさりと頷いたバクラは、取り敢えず何も分かっていない様子の本田に説明しておいた。
先週、海馬邸でモクバと会い、以前本田がモクバに助けられたと聞いた。その感謝を示したが、うまく伝わらない。モクバは子供なので、きっと菓子ならば喜ぶだろう。だがいまいち反応が良くないので、いろんなものを作って通っていただけだという話を聞き終えた本田は、納得したように頷いた。
「そういや、そんなこともあったな」
「てめーが死にかけた貴重な体験じゃねえか、すっかり忘れてんじゃねえよ」
「いや……城之内ほどじゃねえけど、オレ、結構死にかけてっから……。」
しみじみと呟き、懐かしそうにしている本田にバクラは呆れておく。だが本当に気になったのは、モクバの反応だ。何故かつらそうに顔を歪め、唇を噛み締めている。似たような反応は、先週屋敷でこの話を初めて聞いたときにも見せた。過去の善行を褒められるのは照れるといった種類ではない気がして、バクラも不思議になったとき、正座したままの本田がモクバへと告げる。
「あんときはありがとな、モクバ!!」
「……!!」
「モクバ……?」
「……れ、礼なんか言うなよっ、言う必要なんかないぜぃ!! だって、そもそもは、オレが、オレたちが、オマエらを」
真摯に礼を述べた本田に、謙遜ではなく、まるで罪を非難されるかのようにモクバは動揺した。泣きそうになっている。一つ気がついたのは、懐いてきている城之内は驚くこともなく、優しくモクバを見守っており、この葛藤の原因を知っていたのだなと悟った。
なんとか思い出してみれば、デスT以前から、やたら絡んできたのは海馬の方だったらしい。モクバは尊敬する兄のために仇を取ろうとして、かなり危険なゲームを仕掛けた。
要するに、本田を助けたとしても、それ以前に殺そうとしたこともあったので感謝される資格はないと言いたいのだろう。ようやく理解できた思考は、バクラにしてみれば随分と謙虚で人が良すぎた。
「別に、殺そうとしてたにしても、助けたのも事実なんだろ?」
「で、でも……!?」
「だったら、助けたことに関して感謝してんだから、素直に受け止めたらいいじゃねえか」
本田も頷いているので、特に異論はないのだろう。殺そうとしたことにしても、どこまでも兄に対しての忠誠だった。やがて兄が間違っているのだとも気がつき、当時のモクバからすれば裏切りにも等しい決意で、本田を助けたに違いない。
それ以降も、ことあるごとに手助けはしてくれたし、気難しい海馬への仲介役にもなってくれている。すっかり心根も入れ替えているのであれば、そこまで気にするほどではないのではないか。不思議そうにバクラと本田が言えば、城之内は満足そうにしていた。こういうことは、当事者以外の言葉ではただの気遣いにしか聞こえないと分かっていたのだろう。上手く乗せられたとバクラは思うが、嫌な気はしない。そんな光景を見ていたモクバも、やがて落ち着いてきたのか、ゆっくりと頷く。
「……ありがとう」
「なんでガキが礼を言うんだよ、オレサマたちが感謝してるって言ってんだろうが。まあ、命狙ったなんざ、大して気にすることでもねえよ。オレサマだって何回もこいつら殺しかけたんだし」
「……そ、そういえばっ、そうだぜぃ!? ええっ、それって、いいの!?」
そもそも、バクラがモクバの心情を全く理解できていなかったのは、ある意味において同じ立場でもあったからだ。しかも、記憶のゲームに敗北するまでは、文字通り打算以外で手を貸したこともない。差し引きすればよほど負が大きいと分かっていても、バクラは気負ったこともないと胸を張る。
「……バクラのやり口って、リズムブロックどころじゃなくえぐいんだよな」
「……オレ、いまだにジオラマの塔に自分の手ぶっ刺した光景思い出すと寒気がするんだけど」
「あんま褒めんなよっ、てめーら」
「えっ、自分で手を刺した、て……!?」
正座している本田と、腹に懐いている城之内が遠い目をして話しているのに一頻り照れておいて、バクラは城之内の腕を外した。どうやら記憶のゲーム以前の所業はあまり知らなかったらしいモクバは、今更のように怯えている。だが気にすることなく手を伸ばしたバクラは、一週間前のようにギュッとモクバを抱きしめた。
「……!?」
「てめーは、兄貴なんざよりよっぽど前から優しくなれてたんだな。それで、オレサマの大事なヤツが死なずにすんだ。感謝してるぜ?」
「……うん」
そして改めて礼を述べてみれば、今度は突き飛ばされることもなく、しっかりと頷いてもらえた。
やはり、子供はこれくらい素直な方がいい。悪いことをすれば叱り、いいことをすれば褒める。差し引きすることで、大人が手間を惜しむべきではない。
賢い分、少し時間もかかったが、モクバはちゃんと理解してくれた。そんな姿を見上げながら、本田はしみじみと呟く。
「そっか、ほんとにモクバのためだったんだな。モクバはこんなにいい子なんだし、疑ったオレが悪かったなあ……。」
そんな呟きを聞いていたのは、バクラから離された城之内だけだ。
「お前、感動してるトコ悪いけどよ、モクバって海馬の弟なんだぞ? いくら小さく見えてても、来年には中学生なんだぞ?」
「知ってるけど……?」
「……本田って、危機感があるのかねえのか、やっは分かんねえな。なあ、バクラのダーリンはお前なんだってこと、ちゃんとアピールしといた方がいいんじゃねえの?」
そんな苦言が聞こえたわけではないのだが、ようやくモクバを離したバクラは、実にいい笑顔で振り返る。
「よし、こっちが解決したから、次はてめーだな!!」
「え……ああっ、ええっと、ほんとにすいません!?」
心なしモクバが顔を赤くしていることには気がついたが、少し強く抱きしめすぎて苦しかったのだろうくらいにしかバクラは思っていない。それよりも、今は本田だ。相変わらず正座をしたまま、そう謝って土下座へと移る潔さは悪くない。だが、今求めていることとは違うと、バクラは靴のまま本田の肩を蹴って顔を上げさせた。
「おわっ!?」
「てめーには、落とし前をつけてもらわねえとな?」
「あっ、オレのことで誤解させたんならっ、オレも謝るから……!?」
「いや、モクバ、放っとけって? あいつら、ああいうのが素だから」
「で、でもジョウノウチぃ……!?」
慌てたように口を開くモクバの声も、耳に入ることはない。地面に正座させた本田を真正面から見下ろしたバクラは、ニヤリと笑ってその場に屈みこんだ。
「え」
「だから言っただろ?」
膝が地面につくのも構わず、姿勢を落としてから両手を本田へと回す。
「浮気なんざするワケねえだろ、バカ。疑うくれえなら、もっとオレサマのこと縛ってろよ。離さねえで、ずっと甘やかして、てめー以外のことなんか考えてられねえくらい気持ちよくしろっての」
「そうは言っても、バクラが滅多に縛らせてくれねえじゃねえか……。」
「縛りてえなら、縛ってもいいぜ? 先週できなかったのに、今週も全然足りてねえし。てめーの体温と精液感じてねえと、体が寂しがって疼いて仕方ねえんだよ、本田ぁ……。」
「……生はダメだからな」
赤裸々な言葉でねだってみたが、やはりそこは譲れないらしい。思わず舌打ちしかけたが、しっかりと抱き返されて深くキスをされるとどうでもよくなった。
とにかく、本田とキスをしたい。そしてたっぷりと抱き合いたい。気がかりだったモクバの件が解決すると、急に飢えを自覚して堪らなくなった。たとえわずかでも浮気だと疑ったのならば、確かめればいいのだ。この体は、本田でしか気持ちよくなれない。
「んんっ、ん……あ、本田ぁ……。」
「……バカ、ここで始める気かよ。ほら、立て、せめてうちに来い」
「ん……行ったら、オレサマがてめーにしか感じねえっての、たっぷり可愛がってすぐ調べてくれんのか?」
本田の実家では家族と親しくなりすぎた所為か、このところはまず母屋に挨拶に行ったり、そちらで寛いで夕飯まで食べてから離れに移動することが多い。つまり、事に及ぶまでの時間が長い。だが今日はすぐにしてくれるのかと尋ねれば、しっかりと抱きしめたまま立ち上がり、やや痺れていたらしい足を軽く叩いてから、土を払った本田は頷く代わりにまたキスをしてくれた。
本当に浮気を疑ったというより、単に本田も物足りていないのだろう。手を引かれながらベンチに移動し、本田がバクラのカバンも回収してくれる。すっかりその気になっているので、疼く体がこれからの熱に期待するあまり、公園にいた他の人物たちのことをバクラは忘れてしまった。
「……えっ、えええっ!?」
「モクバ、気持ちは分かるぜ……。」
そのため、まだ公園から出る前に、見送るしかなかった二人の会話を聞くこともなかった。
「バクラって、あの性格だしな。いくら恋人同士なんだって理解してても、普通はバクラが偉そうにツンツンして本田を振り回してるって思うよな」
「あっ、ええっ、その、ジョウノウチぃ、えええっ……!?」
「まあ、振り回してはいるんだけどよ。女王サマなのに甘え上手で、しかも好意を隠す気がないってのは、本田が抵抗できるはずもないんだよなあ、頭上がんねえよなあ。……モクバ、彼女にするならもっと大人しい大和撫子をお勧めするぜ!?」
「な、なにを急に言ってんだぜぃ!? オレは、別に、そんな、カノジョとか、まだそんな……!!」
オレもバクラみたいに海馬を翻弄したい!! という叫びには、やや冷静さを取り戻したモクバが、ちょっと無理だと思うぜぃと返していた。
後に、このときのモクバの動揺を、『淡い初恋だったかもしれねえ』と余計な解釈で城之内が報告したことで、海馬から憎しみの感情と余計な贈り物を受けた。
バクラには、胸を固定できるようにと数十本に及ぶサラシ。
本田には、無自覚な恋人を繋いでおけという意図から、夥しい数の拘束具。加減を知らない海馬からの贈り物は量が半端なく、部屋に仕舞いきれなかった本田は当然のようにバクラに発見されてしまい、『さすがにオレサマもそこまではちょっと』と引かれて打ちひしがれた。
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