■童実野ジョウジョウ







 それは、偶然の出来事だった。
「なっ、なんてことだ‥‥!?」
 時は5月の始め、バトルシティ大会開催の真っ最中だった。
 たった一日の間に洗脳されたり海で溺れたりと大忙しだったデュエリスト女子高生の城之内克也は、なんとかベスト8まで残ってこのバトルシップに乗船する資格を得たのだ。その後行なわれた準々決勝ではマリクと思われていたリシドに辛勝し、今は準決勝以降が行なわれるという場所に飛行船は向かったまま休息時間になっていた。
「まさか、こんなことが‥‥!!」
 宛がわれた部屋で一旦は横になったものの、洗脳された状態で遊戯と戦い、その直後に海に落ちていた所為で城之内は海水で濡れた制服がひどく気持ち悪かった。まだ試合をしていた間は気が張っていたので気にならなかったのだが、夜に一人になり、さて寝ようかとベッドに横になってみればゴワゴワした制服の布地がひどく癇に障っていた。
 普段ならば肉体疲労も心労もピークに達しているので気にせず眠れそうだったのだが、今夜ばかりは疲れきっている自覚はあるのになかなか目蓋が下りてくれなかった。なので仕方なく何故か併設されているシャワーで体の汗と海水は流したものの、やはり服だけはどうにもならない。シャワーの水で洗濯したところで翌日乾くとも思えず、城之内は仕方なくもう一度それを着込んで部屋を後にしたのである。
「でも、これが‥‥宿命ってやつなのか?」
 乾燥機があるなら借りたいと思い、また着替えがあるなら拝借したいと城之内は思っていた。だが仲間内も妹もみな深夜ということで寝静まってるようで、また多くいるであろうはずのスタッフもその呼び出し方が城之内には分からなかったのだ。なので人はいるはずなのに変に薄ら暗く静まり返っている船内を城之内は歩き回って、ふと、開いているドアに気がついたのだ。
「‥‥。」
 そこが目的の場所だったというよりは、いい加減迷いかけていた城之内は誰か人がいれば尋ねたいという一心で、その明かりのついていた部屋に足を踏み入れていた。だがそこで城之内が発見したものは、
「‥‥まさか、俺が正義のヒロインだったなんて」
 今もぎゅっと手に握ってしまっている、千年ロッドとは微妙に違う造詣をした安っぽいプラスチック製のステッキだった。
 ここが誰の部屋なのかは全く分からなかったが、テーブルの上に無造作に放り投げられていたそのステッキは、形こそ本物のマリクが持っていた千年ロッドに一見よく似ていた。だがマリクを演じていたリシドが持っていた偽物ほど精巧なものではなく、むしろ稚拙といっていいほどの仕上がりになっていた。先端の丸い部分に羽のようなものはついているが、ウィジャトの部分が何故か瞳に当たる箇所がハート型になっているのである。それに加えて丸い部分と柄の部分を繋ぐ箇所に正体不明のボタンが二つほどついており、どこをどう見てもプラスチック製のそれは、誰がどういった意図で作り上げたのか全く不明な胡散臭い代物だった。
「ヤベェ、俺、スゲェ力手に入れちまった‥‥!!」
 だが、それをこの部屋で発見した瞬間、城之内はありえない使命というものも同時に発見してしまったのである。
 千年アイテムとは形状こそ似ているが同一ではないそれに、城之内は導かれるようにして歩みを進め、手に取っていた。するとまるで自分専用の物かのように手に馴染んだステッキに、城之内はくっと唇を噛み締める。
「すまねえ遊戯、俺、闇の力とは違ったモノを手に入れちまったようだぜ‥‥!!」
 そして、そのステッキを胸に抱え込むようにして切なそうに呟いた城之内は、真剣そのものだった。これまでも遊戯などの千年アイテム関係者というものに幾度か遭遇したことはあったが、城之内自身がその関係者であるということはなかった。だが今ここで運命的な千年ロッドに似た千年ステッキを手にした城之内は、
「遊戯、俺はお前たちと違って『愛』の力を手に入れちまったようだ‥‥!!」
 なんて衝撃的な運命!!、とステッキを振り回すようにして頭を抱えてしまっていた。
 だがその途端、
「なっ‥‥!?」
 ピロリロリロ〜ン、と軽快な電子音が辺りに鳴り響き、城之内は苦悩するポーズのままでひどく驚いてしまっていた。どうやら振り回すことで音が出る仕組みになっていたらしい千年ステッキに、だが思い込みの激しい城之内は真の意味を導き出す。
「そ、そうか、もう俺変身しちまったのか‥‥!!」
 すっかりその気になっている城之内が慌てて室内を見回せば、千年ステッキが置かれていた机のすぐ横のベッドに、きれいに折りたたまれた服が置かれていることに気がついていた。一度も袖を通していないと思われるほどキレイすぎるその衣装に城之内が近づいてみれば、
「なっ‥‥なんてハレンチなーっ!?」
 やっぱ愛の戦士はこれくらい露出しなきゃいけねえのかっ!?、と思わず絶叫してしまうほど、そのスカートは短かった。それでももう自分は変身してしまったのだからと思い、城之内はいそいそと着ていた制服を脱ぎ捨ててその衣装に身を包んでみることにする。
「うっ、ちょっとキツイ‥‥!!」
 それでも、スカートとその下の下着ではなくスコートのようなアンダウェアはゆったりしたサイズであったにも関わらず、上の方に関しては少しきついくらいであった。だが肩幅や裾の丈はちょうどいいくらいであるので、どうしてこんなに着づらいのだろうと自分のための変身衣装と信じて疑わない城之内は疑問に思う。だが、
「‥‥あっ、そうか!!」
 服がきつかったのが、胸の辺りでつっかえていることが分かった城之内は、無理に頭からかぶろうとしていた袖なしのシャツを一度脱いでいた。そして豊満なバストを包んでいたブラジャーを外せば、少し押さえつけられるような格好になりつつもなんとか上の方も着ることができていた。大きな襟と首元の千年ステッキの丸い部分と同じデザインのアクセサリー、その下のボタンは城之内の豊満な胸ではちきれそうになっているが、更に下のウエストまでくれば華奢な城之内には布が余っているぐらいだった。
 その上でプリーツの入った白いスカートとその中にアンダーウェアを履き、膝下の白いハイソックスを千年ステッキのハートが入ったウィジャト型のアクセサリーがついたゴムバンドのようなもので留めれば、ふと室内に大きな壁鏡があることに気がついていた。
「‥‥。」
 ベッドの横に揃えられていた靴はサイズが合わなかったのでいつものスニーカーのままであるが、鏡の中の自分はいつもとは随分と違ったふうに城之内は見えていた。いわゆる女らしいような格好はほとんどしたこともなく、良く言えば飾り立てず、正確に言えばガサツな印象が強かった元不良の城之内克也という女の子はそこにはいなかった。
「‥‥か、可愛いんじゃねえのか?」
 そして、今鏡に映っていた自分に、城之内は思わずそう呟いてしまう。部屋がさほど明るくないこともあってぼんやりとしか映っていない姿は、それこそ昔テレビで見た魔法少女のようでもあり、いっそ現実感のないその容姿は可愛いと形容されてもおかしくはなかった。
 だが元々城之内は顔立ちは可愛らしく、スタイルも抜群ではあったのである。ただこれまで自分の容姿に気を使う余裕がなく、むしろ女の子らしいと表現されるようなものを毛嫌いする傾向もあった。昔で言えばそれは不良仲間の間で強く自分を見せるためであったのだが、更正した高校生活からでは今更どうすればいいのか分からないということも大きく、また努力したくとも先立つものがなかったのである。それでも基本的には女の子らしくあろうとしたり外見を可愛く飾り立てることに興味も必要性もなかった城之内だったのだが、
「こっ、これならもしかしてアイツも‥‥!?」
 鏡に映る今までとは全く違う自分の姿にそう言いよどんでパッと顔を赤らめて背けてしまった城之内の顔は、完全に恋する乙女の色を見せていた。
 家庭環境に恵まれなかったおかげで、不良だった時期もむしろ拳でしか人と接触できなかった城之内にとって、周りからのイメージはどうであれ初恋すらまだという状態だったのだ。確かに幾度かそういった意味で男に襲われかけたことはあるが、本気で抵抗した城之内にその男たちは今では不能になっている可能性すらあった。純粋に人と触れ合うことへの恐怖と、強引にでしか接触できないそんな男どもへの嫌悪感が怒りへと結びついた城之内は、それこそ容赦なく反撃をして操は守ってきたのである。高校に入ってからはそういったこともなくなったが、やはり周りは元ヤンで女の子らしさの欠片も見せない城之内を、女扱いすることはまずなかった。
「でも‥‥!!」
 これならちゃんと女の子に見えるかも!!、と鏡の中の自分に興奮している城之内は知らなかったが、それはそれで微妙に間違いだったのだ。
 妖艶な色気やあからさまな媚にむしろ嫌悪感を抱く思春期の純朴な同級生も多く、そういった者たちの間では城之内はその屈託のなさと明るい性格で、かなり人気はあったのだ。だがえてしてそういった場合には互いを牽制して抜け駆け禁止のような暗黙の了解が広まることになり、それに輪をかけて城之内が過去に不能にしてきた男どもの武勇伝が尾ひれをつけて流れれば、城之内に好意を寄せる男たちは皆一様に尻込みしてしまっただけだった。城之内本人もそういったクラスメートなどは本当にただのクラスメートとしか思っていないので告白などされても困るだけではあったが、実際には男友達も多いという現状にそれはそれで友人というものの存在だけで満足していたのだ。
 なので、城之内にとって女の子らしくあったり、可愛らしく男に擦り寄ったりすることは全く興味がなかったはずなのだが、
「俺に、やっと幸運が回ってきたようだぜ‥‥!!」
 そんな今までの認識をあっさりと覆したのは、要するに『恋』という厄介すぎる病だった。
 だが初めてすぎてどうアプローチすればいいのか分からず、ましてや最初はかなり険悪な関係でもあったのでそのときの態度の悪さを今更取り繕うこともできずに、城之内は一人その小さくもない胸で悩んでいたのだ。
 それでも、今こうしてこの千年ステッキを手にし、変身という名の着替えをしてしまった城之内は、これが運命であることに微塵の疑問も感じていなかった。だがしばらくそうして鏡の中の自分を眺めていた城之内は、両手でステッキを握り締めたままで再びつらそうに視線を逸らす。
「‥‥静香、遊戯、それにみんな、ごめんな」
 だがそんな言葉は、決してこんなトンチキな格好を率先してしている故の謝罪ではなかった。
「俺、城之内克也は今はいねえんだ。普段はそうであっても、俺は、これから自分の使命で美少女戦士プリチー・カツヤとして生きていかなくちゃなんねえ‥‥!!」
 取り敢えず自分で美少女と言っているのもテレビの中などではお約束であるのでさほど気にしていない様子の城之内は、背負わされたありもしない大きすぎる使命感に押しつぶされないように無理して笑顔を浮かべながら、必死で顔を上げる。そして鏡の中の自分に特に今の自分を支えてくれた親友の顔を思い浮かべ、城之内は苦しそうに尋ねていた。
「遊戯‥‥俺がマジョッコでも、親友でいてくれるか?」
 もちろんだよ、という幻聴に城之内はまた勝手に感動して、手の甲で流れてもいない涙を拭っていた。そしてそんなここに居もしない親友からの聞こえるはずもないエールに勝手に励まされた城之内は、一人大きく頷いていた。
「‥‥ああ、そうだよな。正義の味方はいつだって孤独なモンなんだ。でも俺は世のため自分のため、この力で必ず成し遂げてみせるぜ!!」
 頑張って城之内くん!!、と何故か女の子相手でも君付けで呼ぶ親友の幻聴に、城之内は再び大きく頷いておく。そして一度深呼吸をしてから、城之内はこれまでの迷いや日常を振りきるかのようにゆっくりと首を振り、持っていた千年ステッキを振り上げながら威勢良く叫んでいた。
「愛のマジック戦士カツヤ、ここに見参だぜ!!」
 すると振られたステッキからまた能天気な電子音が鳴り響き、
「ポージングも、完璧すぎるぜ俺‥‥!!」
 先ほどと肩書きが違っていることなどどうでもいいらしい城之内は、あまりの自分のハマり具合に一種眩暈さえ覚えていた。だがこうして一人鏡の前で練習しているだけではしょうがないので、取り敢えずは遥かなる使命を達成するための、まずは肩慣らしに向かうことにしていた。
 そうして誰も知らないところでひっそりと発生した魔法少女がまず向かった先は、今は意識が戻らず寝かされたままの顔に刺青がある男のところだった。洗脳した張本人ではないことでその点に関しては恨みはなかったのだが、うっかり偽の神のカードで落雷を受けた際、大好きな相手が観戦している中城之内は制服のままでバタリと倒れてしまったのだ。そして強風吹きすさぶ決闘場で倒れた際に、うっかりスカートがめくれあがって想い人に勝負パンツではないものを拝ませる結果になったことを実は密かに恨んでいた城之内は、『俺に代わってお仕置きだぜ!!』と叫びながら、寝ていたリシドの頭を取り敢えずカチ割ってみたのが魔法少女としての初仕事だった。自分に代わって自分で制裁を加えるのはただの私刑ではないのかとつっこめる者はその場にはおらず、城之内は思いきり殴ってみても壊れもしなかった千年ステッキにひどく感動しながらその場を後にしたのだった。






「さあて、肩慣らしも済んだことだし。今度こそラスボスに向かうか‥‥。」
 杏子に残っていた意識でマリクが『姉さん、リシドをマジョッコから助けて!!』といろいろと怯えながらイシズに助けを求め、そのイシズが駆けつけたときには既にリシドは血の海に沈んでいた。そんなリシドの様子にイシズは闇人格のマリクへの怒りを募らせつつも医療班へと担いでいってやっていたのだが、濡れ衣を着せられた闇人格のマリクが遅れてその部屋に行ってそのベッドの大量出血の痕にガタガタと怯えていた頃、真犯人である城之内は真の目的のために廊下を進んでいた。
「‥‥。」
 千年ステッキの柄の部分の二つのボタンのうち、取り敢えず上の方を押してみるとなんとウィジャトの中のハートマークの部分がピンク色の光を放ったのである。その眩さに驚きつつも、城之内はそれを懐中電灯代わりにしてこの薄暗い船内を歩き回っていたのだ。ある意味その間誰とも出くわさなかったのは、相手からすれば非常に幸運なことかもしれなかった。
「‥‥ここのようだな」
 そして、迷いつつもウロウロと歩いていた城之内は、ようやく目的の場所に辿り着いていた。その部屋は他の部屋と一見すると変わりはないのだが、
「間違いねえ、この紋章は‥‥!!」
 アイツのモノだぜっ!!、と城之内が千年ステッキで照らして見た先では、インターホンの横に恥ずかしげもなく青眼白龍の刻印が施されていた。こんなことをするのはそもそもこの飛行船の持ち主でもあり、またたかがトーナメントの組み合わせのためにビンゴマシーンまで作ってしまうようなブルーアイズフェチ以外に考えられない。
 基本的に思考の方向が怪しい城之内であるが、そんな城之内をもってしてもこの推論には間違いなど全くなく、逆回転しすぎて正解に戻ってしまったかのような城之内は、ここに倒すべき敵がいると確信して取り敢えずはインターフォンを押してみていた。
「‥‥?」
 だが、一度では返事がなかったので猫踏んじゃったのリズムでしつこく鳴らしてみたのだが、やはり応答はなかった。なので城之内は一旦インターフォンから手を離し、ステッキを持ったままで腕組みをして考えてみる。
「‥‥ハッ、まさか!?」
 そして思いついた可能性は、
「まさかっ、風呂にでも入ってんのか!?」
 正確には湯舟までは設置されていないのでシャワーなのだが、これだけ鳴らしても全く反応がないということに、寝ているということは考えにくかった城之内はそんなふうに推測したところでいきなりガッと膝をついてしまっていた。
「クッ、なんてことだ‥‥!!」
 短すぎるスカートがめくれそうになるのも構わず、その場で膝をついて口元を押さえる城之内は、愕然としたままでそう苦しそうに唸る。それは、シャワーを浴びている部屋の主、というものを想像しただけで、
「こ、こんなにも興奮しちまうなんざ‥‥なかなかやるなっ、ステキ社長め!!」
 さすがは唯一無二の俺の敵だぜっ!!、とライバルを認めるかのような発言をしている城之内は、乙女にしては少し妄想的刺激に弱かった。なので、敵の幻想攻撃と信じて疑わない城之内はなんとかブンブンと頭を振ってそんなまやかしを頭から追い払い、口というよりは鼻を押さえながら立ちあがってしっかりと千年ステッキを握り直していた。
「チッ、こんな攻撃、俺には通じないぜ‥‥!!」
 そしてそんなふうに自分に気合を入れ直し、城之内は相変わらず無反応なインターフォンを睨んでいた。
「そんなオイシイ展開があるもんかっ!!。大方無視してるだけだろ‥‥!!」
 男がシャワーを浴びていることがオイシイ展開でサービスショットかどうかは別にして、城之内は自分に必死で言い聞かせていた。そして口にしてみた可能性に、意外とそれがありうる話だと気がついてしまうことになる。
「‥‥いるのに、無視してんのか?」
 そうもう一度自分で言ってみれば、これまでの相手の対応からして、居留守を使っているということは充分に考えられていた。
 いつまで経っても自分は遊戯のオマケ程度にしか見られず、変なあだ名で呼んでくることからも時々名前すら覚えられていないのではないかと悲しくもなる。それでもたまに本名ででも呼ばれれば嬉しくてたまらず、それが罵倒であったりしても逆に怒鳴り返してもっと言葉を返して欲しいと思うほどには城之内は惚れていた。
「‥‥。」
 だがそんな分かりにくい愛は当然相手には伝わっておらず、また城之内も伝える気はなかったのでそれでもよかったのだ。どうせ自分など女としてすら見てもらえていないということは分かっていたので今までは望みすら持てなかったのだが、
「‥‥でも、俺はこの力を手に入れたんだ」
 それが、単に今までは経済的なことを理由に逃げに転じていただけだと城之内は思い知らされていた。その証拠に今こうして千年ステッキを手に入れ、力を持つとこんなにも積極的に行動が起こせたのだ。
「だから、俺は‥‥。」
 たとえそんな行動がどれほど思い込みの産物で傍迷惑以外の何物でもなかったとしても、城之内にとっては絶対の真実だったのである。なのでぐっとステッキを持つ手に力を入れ、城之内は壁に設置されているインターフォンを親の仇でもそこまでは憎くないだろうといった程度で睨み上げる。
「だからっ、俺は‥‥愛の伝道師・ラブリーカツヤの名に賭けてっ、俺への愛にお前を堕としてみせるぜっ!!」
 そして勢い良く振り下ろしたステッキはやはり軽快な電子音を響かせながら、ガッ、と物凄い音を立ててインターフォンへとめりこまされていた。そうして城之内が放った愛の一撃で、どうやら電気系統がおかしくなってしまったようでそれまで閉ざされていたドアがすっと開いていた。
「‥‥。」
 遂にラスボス戦突入か、とゲームのノリで息を飲んだ城之内は、それこそ装備を確認するために自分のスカートの中を覗いたりしてしまっていた。だが海水に濡れて気持ち悪いままの下着はとっくに脱いでいたので、本来は下着の上に穿くスコート的役割のものしか穿いていない城之内は、勝負パンツを持参していないことに少し肩を落としてしまっていた。それでも今更それはどうにもならなかったので、城之内は思いきってドアの中を覗き込んでいた。
「‥‥?」
 だが、予想に反して室内は真っ暗だった。てっきり居留守を使っていると思っていた城之内はそこで首を傾げるが、次の瞬間またも違った可能性に気がついてしまう。
「まっ、まさか寝てんのか‥‥!?」
 時間帯的には寝ていてもおかしくはないが、さすがにあれだけインターフォンを鳴らされた挙句インターフォンを破壊されてドアを強引に開けられれば、特に職業柄護身にも留意しているはずの部屋の主が起きていないはずもない。だがそんなことには当然気がつかず、意外と寝汚いんだなと微笑ましい気になっていた城之内は、そこで激しい葛藤にさらされることになっていた。
「クッ‥‥!!」
 それは要するに、
「く、暗い‥‥!!」
 真っ暗でほとんど明かりのないこの部屋は、元来怖がりの城之内にはなかなか足を進められるものではなかったのだ。かといって明かりをつければ、
「そんなっ、せっかく寝てるご馳走をわざわざ起こすのもヤだし‥‥!!」
 寝ている相手が起きてしまうだろう、と城之内は悩んでいたのだ。
 いつもの相手の様子から考えればつまみ出されてもおかしくないのだが、それがないということは今は寝ているのだろうと城之内は早合点する。ならばそのまま傍に行けばこっそり添い寝くらいはできるかもしれないという願望の狭間で揺れ動いていた城之内は、だがしかし、全く言うことを聞いてくれない足に唇を噛み締めていた。
「チックショウ‥‥!!」
 生まれつきなのか虐待されていた頃の記憶が蘇るからか、城之内はどうやっても暗闇というものが苦手であった。この室内にも他の部屋と同じように嵌め込み式の窓が設置されているので多少の月明かりは入ってきているが、それでも室内を充分に照らすには程遠い。目を凝らせばなんとなくそこにあると思われるベッドに異常に心は惹かれつつも、やはり足は竦んだままで一向に動こうとはしてくれない。千年ステッキを懐中電灯がわりにするにしても、薄暗いが足元が見えるくらいの廊下ならばともかく、ここまで暗い場所では本当にピンポイントでしか照らせないだろう。
 そんなことをぐるぐると考えていた城之内は、なんだか泣きそうになりながらそれでも自分を奮い立たせていた。
「‥‥頑張れ俺っ、こんなことじゃ愛天使・シャイニングカツヤの名が廃るぜっ!!」
 そして思いきって暗闇の中でベッドと思しき方へと足を進めた途端、
「‥‥貴様、何をしている?」
「え?‥‥ギャアアアア!?」
「おいっ‥‥!?」
 いきなり後ろから話しかけられた城之内は、自分が既に暗闇の中にいたので廊下の薄明かりを背にして逆光になっている黒い影に、聞いている方が身の毛もよだつような悲鳴を上げて逃げ出してしまっていた。
「うわっ‥‥!?」
「‥‥なんなのだ、貴様は」
 だが走り出してみればそもそもの目的と思っていたものはやはりベッドだったようで、暗闇でつまずくようにして城之内は正面から倒れこんでいた。どうやらそんなドサリという音に、ベッドでこけたことぐらいは分かったらしい黒い影は、大きなため息をつきながら少し横へと移動していた。
「‥‥あっ!?」
 するとどうやら部屋の明かりをつけたらしい黒い影に、城之内は一瞬目が慣れずに体を翻してベッドに座り込むようにしたままで声を上げてしまう。そしてなんとか慣れてきた目で入り口へと視線をやれば、
「かっ、海馬‥‥!!」
「うるさいぞ凡骨、大体何故貴様がここにいる‥‥。」
 ひどく不可解そうに内側のコントロールパネルをいじっている海馬が、気のなさそうにそう尋ねていた。海馬からすれば、一度休もうかと私室に戻ってみれば、廊下に設置されているインターフォンと電子キーのコントロールパネルが破壊されていたのである。しかも犯人と思しき者がまだ室内におり、薄暗いながらもその髪の色で誰かぐらいは分かっていた海馬は、取り敢えずはドアぐらい閉まらないものかと室内の方のコントロールパネルに向かっていたのだ。なので壁に向かうことで必然的に背を向ける格好になっていた海馬は、いろいろと試してみてなんとかドアだけは閉めることに成功する。
「‥‥!?」
「‥‥修理は明日だな」
 だがドアがシュッと閉まった音に、自らが壊しておきながら後ろでハッと息を飲むかのような気配に、海馬は頭が痛くてたまらなくなっていた。大事な決勝を明日に控えたこんなときに、何故自分が襲撃されているのか海馬は全く身に覚えがなかった。だが取り敢えずはマリクが準々決勝で用いた神のカードの解読に今夜は費やすつもりだったので私室の修理などいつでもいいと思っていた海馬は、それよりもこんなことをしでかした犯人へとようやく視線を向けることにする。
「‥‥。」
「かっ、海馬っ、テメェ俺を監禁してどうしようってつもりだ!?」
「‥‥誰だ、貴様は」
 だが、ゆっくりと振り返った先で見当違いなことを叫んでくる相手は、海馬の予想とは少しだけ違っていた。
 真っ暗な室内に佇んでいた犯人に、海馬はその髪の色だけで本人を特定していた。もっと室内が明るければ着ている服の色なども見えたかもしれないが、あの暗さでは判別は不可能で、取り敢えず見慣れた制服だろうという先入観があったことも事実だった。
 だが部屋の明かりをつけ、改めて振り返ってみた先にいた人物は、人のベッドに靴を履いたままで勝手に腰を下ろして震えながらも生足が眩しい衣装で完全に遠い世界の住人のようだった。
「なに言ってんだよっ、俺は、て‥‥ハッ、そうか!?」
「‥‥なにを勝手に納得している」
 それでも、不幸なことに海馬は仕事柄キャンペーンなどでいわゆる商品のキャラクターのコスチュームを着た社員などは見慣れていたのである。なので取り乱したりあからさまに嫌悪感を示すような反応を返せなかった海馬に対し、一度反論しかけた相手はすぐに一人で納得してしまっていた。
「おい、貴様‥‥?」
「そうだそうだ、この格好じゃ海馬に俺だってことはバレてねえんだよな‥‥!!」
「‥‥。」
 だが、一人ぶつぶつと言っている城之内に、海馬はそろそろどうやって放り出そうかと考えあぐねていた。それでもすぐに実行しなかったのは、こんなキテレツな格好をした輩を放り出すところを誰かに目撃されるのは勘弁だということと、純粋にこのバカ犬はなにを考えているのだろうということだった。なのでしばらく海馬が胡散臭げに眺めていれば、やがて城之内はベッドには座ったままで持っていた千年ステッキを軽快に振り回しながら、自信たっぷりに自分の素性を叫んでいた。
「教えてやるぜっ!!。俺はお前を愛の泉に突き落とすために魔法の国からやってきた、愛の妖精・童実野ジョウジョウだ!!」
「‥‥そうか」
「なんだよーっ、もっと驚けよ!!」
 ステッキから流れる電子音を効果音にしてそう説明してくれた城之内に、海馬はある意味驚きも通り越して呆れ返ってしまっていただけだった。
 一体どこでその服を調達し、何の目的で城之内がここにいるかは海馬には全く分からない。ちなみに愛の泉に突き落とすと言われてもその意味など吟味すらしなかった海馬は、呆れつつもすたすたとベッドの方へと足を向けることにする。すると平然としている海馬に唇を尖らせていたらしい城之内は、ベッドに座ったままで海馬を見上げながら口を開いていた。
「お前を俺と‥‥じゃなくって、城之内克也って同じクラスにいるだろ?。そいつに惚れさせるための愛の戦士なんだぜっ、もっと感動しろよ!!」
「‥‥できん相談だな」
 だが、一応自分はあくまで魔法少女であり、城之内克也とは別人だと言い張りたいらしい城之内に、海馬は面倒になって適当に流しておく。するとますます不機嫌そうに唇を尖らせた城之内は、バタバタと踵でベッドを蹴りながら不満そうに言っていた。
「なんでできねえって言うんだよっ、ラブリー少女・魔女っ子カツヤのラブパーワーは無敵なんだぜ!?」
「先ほどと肩書きが変わっている気がせんでもないが、取り敢えずそこをどけ」
「わっ‥‥!?」
 付き合いきれんと思いつつ、明日の試合のために無理にでも一度休息を取ろうとしていた海馬は、そう言って城之内の肩に手をかけてベッドからどかせようとしていた。だがそれに過敏に反応した城之内に思わず手を引っ込めれば、
「どうした‥‥?」
「‥‥そっ、そんなっ、海馬がいきなりそんな俺に触ってきたりとかするワケがねえ‥‥!!」
「‥‥。」
 触ったというほどのことではなかったが、普段親友とはいえ男である遊戯と平気で肩でも組んでいる城之内に、そんなふうに呆然と呟かれて海馬もやや不愉快になってしまう。だがそう海馬が怪訝そうに自分を見下ろしてきていることなど全く眼中にない城之内は、ベッドに座り込んだままで必死に考えを巡らせていた。
「これがっ、愛の戦士の力なのか‥‥!?」
「‥‥。」
「い、いやっ、あの海馬が簡単に他の女、俺と俺は別人てことになってんだから他の女になびいたりするはずがねえっ、ていうかそんなことになったらブッ殺ス!!」
 それでも、考えれば考えるほど物騒な方向に思考が回りかけていた城之内は、そこである可能性に気がついてハッと顔を上げていた。
「‥‥!?」
「‥‥今度はなんだ」
 いつものようにすぐに放り出されたりしないのも、先ほど肩に触ってきてくれたことも、すべてを説明するある可能性に城之内は気がついていたのだ。実際問題としては、海馬が放り出さないのはむしろ関わりたくないからで、肩に触れたのはそれでも追い出そうという意図からだったのだが、
「や、やっぱり‥‥!!」
「なにがだ‥‥?」
 もちろん海馬の真意など気がつくはずもない城之内は、顔を上げた先の海馬の様子に確信してしまっていた。なのでぎゅっと千年ステッキを握り直し、悔しそうに睨み上げながら城之内は叫んでいた。
「俺は騙されねえぞっ、海馬ぽいヤツ!!」
「‥‥は?」
 だが、叫ばれた内容に関しては、海馬は素で首を傾げてしまいそうになっていた。そんな様子の海馬に、城之内は海馬からすれば何故か怒り狂ったように言葉を重ねてくる。
「テメェっ、海馬のニセモノだな!?。いつもの海馬が白海馬ならっ、テメェは黒だ、黒海馬だ!!」
「‥‥黒?。ああ、上のコートはモクバに掛けてきてやったからな、確かに今の俺の服は黒かもしれんが‥‥?」
「目的はなんなんだよっ、このニセモノめ!!」
 城之内が指摘したように、海馬はこのときいつもの白コートは神のカードの分析で疲れて眠ってしまった最愛の弟であるモクバにかけてきてやっていたのである。よって白か黒かと言われれば黒かもしれないが、そんなことでニセモノ呼ばわりするとは海馬が思ったときには、いきなりガッと城之内に遠慮なく脛を蹴られていた。
「クッ‥‥!?」
「こんなところに俺を監禁してどうするつもりだっ、このニセモノ!!。俺はホンモノの海馬を早く洗脳しなきゃいけねえんだからなっ、そこどけよ!!」
「き、貴様ぁ‥‥!!」
 キテレツな格好をしていたので随分と遠巻きにしてしまっていたが、そもそもドアを壊してまで不法侵入していたのは城之内の方であり、こんな言いがかりをつけられる謂れは海馬にはなかった。なのでいい加減キレた海馬が胸倉をつかめば、
「わっ、なんてトコ触るんだよっ、このスケベ!!」
「グハッ‥‥!?」
 忘れていたが城之内はどんなにガサツでも女の子であったため、そんなつもりはなくその豊満な胸に手を伸ばす格好になっていた海馬は、その手を容赦なく千年ステッキの羽の部分でザックリと斬られて思わず城之内を放り投げてしまっていた。
「うわっ、痛ってぇ‥‥!!」
「貴様‥‥!!」
 ドサリのベッドの中央辺りに尻餅をつくようにして靴も履いたまま落下した城之内は、その衝撃にしばらくそんなふうに文句を言っていた。だがやがてキッと顔をあげると、ベッドの脇に立つ海馬に向かって相変わらずの言葉を投げつける。
「俺の愛の使命を邪魔しようったって、そうはいかねえんだからな!?。俺は海馬をきっと堕としてみせるっ、俺‥‥じゃなくって、城之内と恋に堕ちるまでのラブキューピットなんだからな!!」
 負けたりしねえぜっ!!、とベッドの上でステッキを構えてくる城之内に、海馬はここでようやくいろんな疑問が頭に浮かんでいた。城之内の格好が格好なので思考がまっとうな解釈という作業を拒否していたのだが、そう言えば何度も城之内はそんなことを言っていた気がする。そう思いながら海馬はなんとか自分を宥めすかし、ベッドに腰を下ろして尋ねていた。
「おい、城之内‥‥。」
「なんだよ?‥‥て、違うっ、俺は城之内じゃないっ、プリチーカツヤ!!」
「‥‥そうか」
 それは初めて聞く名前だな、と思いつつも、もう面倒だったので、海馬は適当に流しておく。そしてベッドに自らも腰を下ろすことによってだいぶ近づいた視線の高さで、不可解な言動と衣装の城之内に尋ねてみていた。
「貴様が誰でもいいが、取り敢えず。その目的はなんだ?」
「え、だから、海馬‥‥つっても、お前じゃないぜ?。ホンモノの方の海馬をな、愛に目覚めさせてやるために30分くらい前から戦ってるぜ?」
「‥‥。」
 どうやら本当に海馬をニセモノと思っているらしい城之内の発言に海馬は釈然としないものは感じつつも、その目的はどうやら自分の聞き違いではないようだと海馬は思っていた。なので、もっといろいろと疑問もあったので更に尋ねてみる。
「‥‥愛に、目覚めさせると言っても。それは押し売りか?」
「売るんじゃねえのっ、教えてあげるの!!。だって海馬、俺‥‥じゃなくって、クラスメートの城之内克也ってのをな、まだ好きじゃねえんだよ、むしろ嫌いだろうし」
「‥‥。」
 だが、追及していく内にどんどんしょげていく城之内に、そうして膝を抱えればスカートの中が丸見えだと海馬は指摘したくて堪らなかった。それでもそんなことは気にもしていない様子でついでに靴を履いたままの城之内に、海馬は最も根本的に疑問だったことを口にしてみる。
「‥‥何故、貴様は、俺とお前を恋人にしようとしているのだ?」
「‥‥!!」
 すると、城之内は自分の膝に顔を伏せて何度も首を振っていた。そんな様子に、雑種の犬が雨に濡れて水滴を飛ばしているようだと思っていた海馬に、城之内はやがて顔を上げると先ほどまでとは打って変わって弱々しい声で答えていた。
「だから、お前じゃなくってホンモノの方、俺じゃなくって城之内って奴だけど‥‥だって、海馬って絶対俺のこと女の子として見てくれてねえもん。それどころか、個体識別されてんのかも、時々疑問だし‥‥。」
「‥‥。」
「あんなに性格捻じ曲がっててもさ、海馬って顔だけはいいじゃん?、金も持ってるじゃん?。絶対すぐゴージャスな美人の恋人とかできそうじゃん、俺、そんなのヤダ‥‥。」
 自分は城之内ではないと言いつつも、すぐにそんな設定も忘れて話してしまっているらしい城之内に海馬はやや呆れつつも、それよりも純粋な驚きの方が大きかった。それは言うなれば愛の告白にも近いはずなのだが、まさか城之内が自分に好意を寄せているなど、海馬は微塵も思ったことはなかったのである。
「‥‥何故、俺が恋人を作ると嫌なのだ?」
 それでも、今までの城之内の態度の悪さを考えれば、そんな発言もにわかに信じることはできなかった。人の顔を見れば悪態をつき、女でありながら他の誰よりも怯むことなく自分に向かってくる頭の悪い犬、という印象でしかなかった城之内は、きっと自分のことが本当に気に入らないのだろうなと海馬は思っていたのだ。だがもしかして、不器用なところもある城之内なりの、好きな相手ほど苛めたいといった心理の裏返しのような行動だったのかと海馬が思ってそう尋ねてみれば、一瞬息を飲んだ城之内は、やがて消え入りそうな声で答えていた。
「そんなのっ‥‥海馬のことが好きだからに、決まってんじゃん‥‥。」
「‥‥そうか」
 そして、今度こそはっきりとした告白をされた海馬は、そこでなんだか不思議な気分になっていた。鬱陶しいだけのバカ犬、と思っていたので、雌犬という単語すら出てこない辺り確かに今まで自分は城之内を女として見ていなかったというか、そういう対象ですらなかったことは事実だと思われる。だがいつもギャンギャンと噛みついてくるだけのうるさい犬であるはずなのに、どうしてだかいつも構い倒さずにはいられなかった自分の気持ちの理由が分かる気がしだしていたとき、そんな思考はあっさりと中断させられていた。
「なあっ、ニセモノ!!。今の話っ、ホンモノには内緒だぜ!?」
「あ、ああ‥‥?」
 いきなりぐいっと腕を引っ張られて海馬が驚きつつも振り返れば、城之内が必死になってそんなことを頼んできていた。確かにこんな格好の相手から告白されたなどとは特に最愛の弟には死んでも話せないと思っていた海馬に、城之内はその理由を一生懸命説明していた。
「だってな、恋人同志って先にコクった方が負けなんだって!!。俺、アイツに勝ちてえからさっ、海馬が俺のラブパーワーで俺‥‥じゃなくって、城之内にな、惚れるまで。そんな海馬から告白するまでっ、絶対言ってやらねえの!!」
「‥‥そうか」
 それは惚れた方が負け、という言い回しではないかと海馬は思いつつも、あまりに城之内が必死なので適当に頷いてやっていた。するとあからさまにほっとした様子の城之内は、そこで今まで海馬が向けられたこともないような笑みでニコッと笑っていた。
「‥‥!?」
「そっか、よかった。お前って、ホンモノと違って優しいんだな。そうだよな、俺とこんなにちゃんと話してくれるくらいだもんな、だからニセモノなんだよな‥‥。」
「おい‥‥。」
 それでも、いつにない笑顔に胸を鷲掴みにされるような衝撃の後には、城之内からはやはり何も分かっていないような言葉が繰り返されていた。
 城之内が言うように、こんなふうに二人きりでちゃんとというか、ケンカ腰ではなく話したことなどまずないことは事実である。だがそれは、いつも貴様の方がギャンギャンと噛みついてくるからだと海馬が言いかけたときには、城之内は振り向かせるためにつかんでいた手も外して再び自分の抱えて顔を伏せてしまっていた。
「お前ってさ、おんなじ顔だけど、随分と海馬とは、雰囲気っての?。そういうのが違うよな‥‥。」
「‥‥そうか?」
「うん、俺が好きになった海馬とは、全然違う‥‥。」
 確かに普通に話す機会など皆無だった城之内にとって、自分の印象はいつも厳しいものばかりだっただろうと海馬も思うのだ。だが特に優しくしてやったつもりもなく、ただ本当に普通に話しているだけでこんなふうに言われてしまうあたり、なにか複雑なものが胸の中で台頭してきて海馬は思わず尋ねてしまう。
「では‥‥俺と、お前が今まで想っていたという俺と。どちらが好みだ?」
「‥‥へ?」
 城之内の言葉を借りるならば、ホンモノとニセモノとどちらが好きかなどと、どうして尋ねてしまったのか海馬はにわかに自分でも解せなかった。だがそんな質問に少し驚いたように顔を上げた城之内にどこか不機嫌そうな瞳で回答を促せば、
「そんなの、ホンモノに決まってんじゃん?」
「‥‥。」
「あったりまえだろーっ、この俺がニセモノに惑わされたりするワケねえじゃんっ!!」
 なんたって愛の戦士なんだぜーっ!?、とはちきれそうな胸を張ってくる城之内に、海馬はやや暗い気持ちになってしまっていた。
 せっかく城之内の想いを伝えられ、また自らの気持ちも自覚しかけていたというのに、こうして普通に話した自分よりもケンカ腰で到底いい関係とも言えなかった自分の方が、城之内はお好みのようなのである。殊更城之内が傷つくような言葉で煽りたてることしか出来なかった、言ってしまえば装っていた方の自分の方が好きだとあっさりと断言されて、海馬は認めたくはないがかなり面白くなかったのだ。
「‥‥ならば、さっさと出て行くがいい」
「なんだよーっ、なにいきなりホンモノみたいなしゃべり方してんだよ?。言われなくっても出て行くけどさ」
 なので、そんなふうに海馬が言い捨てれば城之内も拗ねたように返していた。そんなやりとりは、はっきり言ってこれまでのケンカ腰と同じ論理で、海馬の態度をそのままそっくり映したように城之内は返しているだけだった。よって、なんとなく拗ねたような気分でそう返した城之内は、それでも本当はまだ出ていきたくなくてベッドの上でグズグズしてしまう。
「‥‥貴様、さっさとせんか」
 だがいろいろと短気な海馬は、キテレツな格好でベッドの中央辺りに座り込んだままの城之内を猫の子でも放り出すかのように後ろ襟をつかんでいた。
「ぐえっ、なにしやが‥‥て、ギャアアアア!?」
「なっ‥‥!?」
「て、マジでニセモノのドスケベ!!」
 だが、そうして海馬がその怪力で後ろ襟をつかんで持ち上げた途端、元々はちきれそうになっていた胸のボタンが遂に弾け飛んでいたのだ。首元には瞳孔がハートのウィジャトアクセサリーがあるので喉が圧迫され、かなり苦しいながらもそんな突然の事態に城之内は絶叫して取り敢えず拳で海馬の大切な部分を殴っていた。
「グハッ‥‥!?」
「ハッ、なんてトコ触らせやがんだっ、この変態め!!」
「き、貴様ぁ‥‥!!」
 だが、かなりの身長差があったためにかろうじてやや上の、臍の下辺りに拳をクリティカルヒットされていた海馬は、それでもかなりの衝撃で持ち上げていた城之内をベッドの更に奥へと放り投げる。
「うぎゃっ‥‥!!」
「城之内、貴様ぁ‥‥!!」
 すると体重が軽い城之内は簡単に宙を舞ってベッドの奥側の壁にしたたかに背中を打ちつけるが、そうして再びベッドに座り込むような格好になって、城之内は改めて自分の胸元を見下ろして愕然としてしまっていた。
「なっ、なんてことだ‥‥!?」
「‥‥。」
 そう城之内も言うように、デザインとして上体の真ん中近くまであったボタンがすべて飛んでしまっているため、それまで下で押さえつけられていたものが自己主張するようにさらけだされていたのだ。それでも首元が変なアクセサリーで留まっているおかげか、ギリギリ色付く突起までは露出を免れていた事態に、
「これじゃっ、まさに『ポロリもあるかもよ!?』じゃねえか‥‥!!」
「‥‥。」
「チクショウっ、どうやらいつの間にやら深夜枠に変更になってたみたいだぜ!!」
 いやまだその程度ならばゴールデンでも放送できる、と海馬は言いかけて言葉を飲み込んでいた。だがそんな様子の海馬に気がつくこともない城之内は、いきなり片膝を抱え込むようにして自分の脚を引き寄せていた。
「‥‥!?」
「こうなったらこっからは大人の時間帯だっ、キューティーエンジェル・セクシーカツヤのお色気攻撃でニセモノ海馬を悩殺してやるぜっ!!」
「おっ、おい‥‥!?」
 海馬はこの時点でかなり生温い気持ちにはなっていたのだが、ここで本当に城之内の言葉通り色仕掛けなどをされても、はっきり言って海馬はいろいろと困りまくる。だが基本的に思い込みも激しくやるときはとことんやってしまう城之内の度胸と頭の悪さを知っていた海馬が、こればかりは本気で止めようと手を伸ばしかければ、
「なっ‥‥!?」
「どうだっ、セクシー自慢のドキドキくるぶしだぜっ!!」
「ぐぁっ‥‥き、貴様ぁ‥‥!!」
 いきなり抱えていた方の足の靴と靴下を投げつけてきた城之内は、更に素足になったセクシーなくるぶしとやらを思いきり海馬の顔に横殴りするようにビタンッとぶつけてきていた。確かに世の中にはいろいろと部位的なフェチというものはいるのだし、女子高生のくるぶしに鼻息を荒くする者もいるかもしれない。だが一般的にセクシーと言われる部分ではない上、ほんのちょっぴりだけ何かを期待してしまっていた海馬はそのドキドキくるぶしとやらに顔をビンタされる格好になり、抑えかけていた怒りがまた一気に復活してしまっていた。
「貴様っ、俺を愚弄するのもいい加減にしておけよ‥‥!?」
「ぎゃっ‥‥!?」
 ベッドに膝をつくようにして身を乗り出してきている海馬の顔にくるぶしをぶつけてくるぐらいであるので、城之内はベッドの奥の壁に背中をつけるようにしてバランスを取りながら、かなり高くまで片足を上げることになる。そうして顔を殴ってきた城之内の足首をガッとつかんだ海馬が思いきり引っ張ってやれば、城之内は壁から背中が離れて仰向けにひっくり返ってしまっていた。
「なにすんだよっ、この変態!!」
 ついでにそうして引きずられて完全にスカートがめくれあがってしまっていた城之内は、そこでハッと気がついていまだ自分の足首を持ったままの海馬を睨み上げる。
「言っとくけどなっ、このパンツは見せるパンツなんだからっ、見られたって平気なんだかんな!!」
「‥‥。」
「‥‥て、そんなにじっくり見んなよっ、この変態ヤロー!!」
 だがそんな城之内の言葉に、見せる下着というよりも本当にただのスコートではないのかと見下ろしてしまった海馬は、その直後にうっかり掴む手が緩んで放してしまった城之内の足で、もう一度顔を横殴りされていた。
「グハッ‥‥!!」
「ふぅっ、一撃は食らわせたもののまだまだ俺は処女喪失のピンチだぜ!!」
 そして海馬がその衝撃に吐血している間に、なんとか自分の足を海馬の手から離させられた城之内は、そう言わなくてもいい事実を振り撒きながらぎゅっと手にしていた千年ステッキを握り締めていた。一方の海馬の方は言えばもういろいろと脱力してその場に座り込みたい気分でいっぱいだったのだが、城之内はベッドに仰向けになったままで構わずに叫ぶ。
「ええいっ、俺の心を惑わす卑怯なニセモノめっ!!。ここで俺の超必殺技を食らわせてやるぜっ!!」
「おい‥‥!!」
 しっかりと握り締めた千年ステッキを海馬に向け、城之内はぎゅっとまずは柄の部分の上のボタンをポチッと押していた。
「‥‥!?」
「魔法プリンセス・リリカルカツヤの最終奥義!!。『スーパースペシャルストレートロイヤルティーアタック』だっ!!」
 どことなく正体不明の紅茶のような名前を叫びながら、まずは千年ステッキのウィジャトからハート型のピンクの光を出した城之内はそれを海馬の顔へと向けていた。
「説明しよう!!。この『スーパースペシャルストーキングロマンスチー攻撃』とはっ、プリチーカツヤが独自にあみ出した今世紀最後の‥‥!!」
「‥‥黙れ」
「ぎゃっ‥‥!?」
 それでも、どうやらこれからその名前がまた変化している最終奥義とやらを出すつもりらしい城之内が、当てにならない技の解説をしてくれている間に海馬はあまりに脱力しすぎてむぎゅっと城之内の口を片手で塞いでいた。これでようやく静かになると安堵していた海馬の下で、口を押さえるようにすることで結果として頭をベッドに押しつけられた格好になった城之内は、フゴフゴと喚きながら手足をばたつかせている。
「はにゃっ、はにゃしぇっ‥‥!!」
「‥‥駄目だ」
「‥‥!?」
 どうやら離せと言っているらしい城之内に、海馬はぐったりとため息をつきながらそんな要望はあっさりと却下してやっていた。何度か不覚を取られてしまったが、基本的には体格差がありすぎることとその筋力の違いで、海馬は城之内の動きなどあっさりと片手でも止めることはできたのである。これ以上儚い好意を抱いていたことを自覚してしまった相手に戯言を聞かせられたくなく、またそれ以上に自分をニセモノと思い込んで敵対しようとしてくる様など見ていたくもなかった海馬は、やがて暴れるのもやめて大人しくなった城之内に、本当に肩で息をつくほどほっとしてしまっていた。なのでふっと覆い被さるようにしている城之内を見下ろせば、
「‥‥!?」
「は、はなせよぉ‥‥!!」
 思わず口を抑える手を緩めてしまった海馬に聞こえてきたのは、明らかに涙声になった城之内からの懇願だった。
 最初こそ手足をベッドの上でばたつかせていた城之内であるが、それがピタリと止んでいたのできっといろいろと目が覚めたのだろうと海馬は思っていたのだ。だが現実はそれからかけ離れており、城之内はベッドで仰向けになったままガタガタと震えるようにして泣いていた。
「城之内っ‥‥!?」
「はなせよぉっ、この、ニセモノぉ‥‥!!」
「あ、ああ‥‥!?」
 ボロボロと涙を零し、鼻声になりながらそう訴えてくる城之内は、いまだ城之内の口のすぐ上にあった海馬の手を持っていた千年ステッキの羽の部分でガンガンと殴っていた。だがその力も弱く、嘘泣きかどうかぐらいの判別が分かりやすい城之内にあって、そんな状況に海馬の方もひどく焦ってしまっていた。
「な、なにも泣くことはないだろうがっ、凡骨め‥‥!!」
 これまでの城之内に対する印象としては、決して泣かずに歯を食いしばって生きているような頑なさを持っていると海馬は思っていたのである。嬉しいときなどはむしろ涙もろくとも、つらいときや苦しいときにはそれこそ昔は泣いたのだろうが、泣いたところでしょうがないという諦めから、自分と同じように泣くことも忘れてしまったような相手だと、海馬はそう解釈していた。
 だが、そう思っていた城之内が、今海馬に口元を押さえつけられただけで、怯えたようにガタガタと震えながら泣き出してしまっていた。決して手酷く殴ったわけでもなければ、性的な意味合いで暴行をしたわけでもない。むしろ海馬にそんな意図でもあれば、こんなふうに泣いて抵抗を止めた方が一層危険なのではと思いつつ、いつもならば他人の涙など、特に女の涙には懐疑的になっているはずの海馬は異常に慌ててしまっていた。
「もう手は外してやっただろうっ、いい加減泣き止め‥‥!!」
「ううっ、うぅ、うわあああーんっ‥‥!!」
「城之内‥‥。」
 だが慰めることに慣れていない海馬がそんなふうに優しくない言葉をかけてみても、城之内はむしろ堰を切ったように豪快に泣き出すばかりだった。ベッドの上で身を捩り、シーツに顔を埋めるようにして城之内は背中を丸めていく。そうして自分の膝を抱えるようにしてできるだけ小さく丸まって声を殺すように泣いている城之内に、海馬は完全に降参してしまっていた。
 認めることも癪ではあるが、どうやら自分は相当この駄犬が気に入っていたようだ、と海馬は今更のように思い知らされてしまう。性的な意味合いで鳴かせるのではなく、どうやらなにかしらタブーにでも触れてしまったかのように泣き出されてしまうと、まるで自分が一方的に悪いような気もして実に珍しく海馬は途方に暮れてしまっていた。
「城之内‥‥。」
「‥‥うぅっ、ひっく‥‥ぐすん‥‥。」
「‥‥。」
 しかも丸まるようにしてシーツに顔を埋められてしまうと、余計に海馬の方は不安に駆られてそれが苛立ちに繋がっていた。なので一度強く自分の髪をかきむしるようにするが、ここで自分がキレて怒鳴り散らしたところで泣いている子供はますます態度を頑なにするだけだと自分に言い聞かせて、海馬は大きく深呼吸をしてからゆっくりとベッドに腰を下ろしていた。
「城之内‥‥。」
「‥‥うぅん‥‥?」
 そうして、やや城之内の様子が落ち着いてきた頃を見計らって、海馬はできるだけきつくはならない声色で、そう城之内に声をかけてみていた。すると、ようやく海馬の声が耳に届くようになっていたらしい城之内は、ぐずりながらも背中を丸めた状態でそう返事を返していた。
 そんな様子にさえほっとしてしまう自分を持て余しつつも、海馬はなんとか優しく聞こえる口調で、静かに語りかけていた。
「城之内、もうやめてやっただろう?。もう泣くな‥‥。」
「‥‥ん‥‥。」
 すると小さく頷いた城之内がゆっくりと体を起こしてきたので、海馬もほっとして手を貸しかける。だがすぐにどうせそんなことをしても拒絶されるだけならまだしも、また泣かれては堪らないと思っていた海馬に、そんな葛藤など知る由もない城之内は一人でちょこんとベッドの上に座り直すようにしていた。相変わらず城之内の格好といえば、胸元は盛大に開いたままで、スカートも不自然に乱れている。更に片足だけ靴も靴下も履いておらず素足という状態で、海馬は少し目のやり場に困ってしまっていた。
「なあ、ニセモノぉ‥‥。」
「な、なんだ‥‥!?」
 しかも泣いていたおかげで少し腫れぼったく、とろんとした潤んだ瞳でそうたどたどしく呼んできた城之内に、海馬はこちらの方がよほどお色気攻撃だと内心動揺していた。だがそんなことは表には出さない海馬が極めて平然と聞き返せば、
「ハナ、垂れそう‥‥!!」
「‥‥そうか」
「ティッシュ、ティッシュ‥‥!!」
 どうやら先ほどからずるずるとすすり上げているハナが、限界域だと教えてくれただけのようだった。少し顎を上げるようにしてぼんやりと見つめてくるのでやや違った意図も受け取りそうになっていた海馬であるが、いかにもこの城之内かららしい要望に、もうため息一つでベッドサイドのテーブルに常備されていたティッシュを数枚引き抜いて城之内へと差し出してやる。
「‥‥。」
「‥‥どうした?」
 だがそうして差し出してもなかなか受け取る様子すらない城之内に、海馬は怪訝そうに聞き返す。するとまた一度ハナをすすり上げた城之内の瞳に、じわっと新たな涙が浮かんでいた。
「なんで、ニセモノって、ニセモノだから優しいんじゃねえの‥‥?」
「それは、どういう意‥‥?」
「ニセモノですらっ、俺のことなんか、ハナも拭いてくれねえような‥‥!!」
 そんなひどい男なのかと、またぐずり始めてしまった城之内に、優しいのとハナを拭いてくれるのとはまた別次元の話ではないのだろうかと愕然としてしまっていた。だが、
「ほっ、ほら、拭いてやるぞ!?。盛大にかめっ、城之内!!」
「んーっ!!」
「‥‥よしよし、よくできたな?」
 愕然としているはずなのに脳ではなく脊髄が反射してしまったかのような速度で、海馬は本当に垂れそうになっていた城之内の鼻に持っていたティッシュを当ててかませてやっていた。海馬は弟であるモクバと年も離れているので、家庭の事情からもよく面倒はみていた。それでもそんな幼いモクバであってもこうして鼻をかませてやるのは年が一桁でしかもかなり少ない頃だったと海馬は思いつつ、好きな女との初めての共同作業がコレかとやや感慨深くもなりながらそのティッシュはさすがに記念として保存するのではなくゴミ箱に直行させていた。すると城之内の方は鼻もかめてかなりすっきりしたらしく、何度か目をパチパチと瞬きさせた後、小さく呟くように口を開いていた。
「‥‥ありがと」
「あ、いや‥‥。」
 それほどでも、とは社交辞令でも言えなかった海馬に対し、城之内は相変わらずベッドで座り込んだまま、うつむいてしまっていた。そんな様子がどこか哀愁を帯びており、放っておけばいいと分かりつつも案じるように顔を覗き込んでしまった辺り、これから先の海馬の未来も暗示しているというものだった。
「どうした、城之内‥‥?」
「ん‥‥。」
 そして、できるだけ怯えさせないように尋ねてみれば、城之内は一度頷いてから口を開いていた。
「うん‥‥やっぱりお前、ニセモノなんだなって思って」
「‥‥。」
「だって、ホンモノは俺にこんなに優しくしてくれねえもん‥‥。」
 だがせっかく促して聞いてみれば、切なそうに城之内の口から漏れてきたのはそんな言葉で、海馬はまた黙ってしまうことになる。そんな海馬のことはやはりうつむいたままで気がつかない城之内は、泣いた所為でいろいろと箍が外れているのか、ぽつぽつとその胸の内を話し始めていた。
「お前、ずりぃぜ。俺が海馬のこと好きなの知っててさ、そんで押し倒したりして‥‥。」
「‥‥。」
 押し倒したわけではない、と言ったとしても、体勢的にはまさにそうであったし、男女の力の差を考えれば相手からはそう見られたかもしれないという自覚も海馬はあったので黙ってしまう。やはり暴行でもされると思って怯えていたのかと、何故か海馬も深く落ち込みそうになっていたのだが、それは微妙に違うようだった。
「ホンモノの海馬と、おんなじ顔で、おんなじ声で。俺が、抵抗なんてできねえって、分かってるクセに‥‥!!」
「城之内‥‥?」
「でもっ、だからってヤっちゃってもお前は海馬じゃねえんだしっ、そしたら俺がもう海馬と恋人になんかなれねえって分かってるクセに‥‥!?」
 だがそこまで言った城之内は、ハッと気がついたように顔を上げていた。そして呆然と海馬を見上げると、
「もしかして、お前‥‥ホンモノに、頼まれたとか?」
「‥‥なんだ、それは」
「じゃなかったら、ホンモノが作って俺に仕向けてきたワケ?。そっか、そうだよな、海馬は俺のこと嫌いなんだしっ、そうやって俺に諦めさせようとしてきたって、全然不思議じゃ‥‥!!」
 ねえもんな、という言葉は、再びくずってしまった城之内の口から漏れることはなかった。そうして手の甲でなんとか溢れてくる涙を拭こうとしている城之内に、海馬はとことん疲れてしまうことになる。どうやらいまだに美少女戦士というフレコミは続行中のようで、城之内の言葉もすべてはその設定に基づいているものである。そんなホンモノそっくりの人間などという非ぃ科学的なものが簡単に存在してたまるかと思いつつ、自分はホンモノだと言い張ってもそれはそれで城之内はこれ幸いとばかりに使命らしい愛の洗脳とやらを始めてしまうかもしれない。それはなんだかあまり見たくないと思っていた海馬は、あからさまに大きなため息をつくと、思いきってぐずっている城之内を引き寄せていた。
「うわっ‥‥!?」
「‥‥安心しろ、ここまでしかせん」
「わわわわわっ、ニ、ニセモノぉ‥‥!?」
 海馬から見れば小柄で軽い城之内を片手で引き寄せ、ベッドに腰掛ける状態からやや振り返るようにして海馬は自分の膝に城之内を座らせる。そして背中に腕を回して城之内を更に引き寄せ、自分の胸に顔を埋めさせるように海馬がしてやれば、案の定城之内は焦ったように慌てて顔を上げていた。
「ななななにして‥‥!?」
「‥‥俺でも、慰められはするのだろう?。これぐらいならば、義理だてするほどではあるまい」
「う、ううっ、でも‥‥!!」
 だが、口ではまだ慌てていても、抵抗らしいものが一切ないことには海馬も気がついていた。なので、抵抗できないと先ほど言ったのも大袈裟ではないのだなと思った海馬は、もう一度城之内の腰に腕を回して、もっとしっかりと自分の足をまたがせるようにして座らせて引き寄せていた。
「あっ‥‥!?」
「‥‥それとも、俺では役者不足か?」
「うっ‥‥!!」
 そうして、一方の手で城之内の腰をぴったりと自分の体につくほど抱き寄せ、もう一方の手を頬に添えてそっと上を向かせてみれば、もうその顔は真っ赤になっていた。こんなふうにしていれば素直に可愛いものを、と絶対に口には出さないが海馬が心の中だけで思っていると、かなり動揺しているらしい城之内はゆっくりとうかがうように瞳をあげてきていた。
「な、なあ、俺困るんだけど‥‥!!」
「‥‥嫌なのか?」
 それでも本当に眉根は顰められていたので海馬がそう尋ねれば、それには城之内は弾かれたように首を振っていた。
「嫌じゃねえっ、嫌じゃねえから困ってんだろ!?」
「‥‥そうか」
「だって、お前、やっぱ海馬そっくりだし‥‥!!」
 でも海馬じゃねえんだしっ、といまだに信じ込んで弱りきっている様子の城之内に、海馬は本当に一種の優しい気持ちにさせられていた。なので頬を撫でていた手をもう少し後ろへ回し、少し濡れている城之内の髪を優しく梳くようにして撫でながら海馬はもう一度その瞳を覗き込んでやる。
「‥‥!?」
「‥‥俺からは、手を出したりはせん。貴様がしてもいいと自分で許せる限りで、したいようにすればいい」
「う、うん‥‥!!」
 妙な義理立て自体を解消してやるにはまだ少し時間がかかりそうだったので海馬がそう促してやれば、城之内は意気込んで頷いた後、思い切ったようにぎゅっと海馬の背中に腕を回して抱きついてきていた。
「城之内‥‥。」
「ん、あ、海馬ぁ‥‥の、ニセモノぉ‥‥!!」
「‥‥。」
 それでも甘えたような口ぶりで、やはりそんな誤解をしたままの城之内に、海馬も今日のところは諦めてやって抱きついてきただけで上出来だろうと何度も背中を撫でてやっていた。そうして宥めてやっていると、海馬にしがみつくようにしてその胸に顔を埋めていた城之内が、おずおずと口を開く。
「‥‥なあ、あともういっこ、いいか?」
「ああ、なんだ?」
 そんな言葉に、まだ甘えたいことがあるのかと海馬が抱き返しながら促せば、
「ん‥‥もう、眠い‥‥。」
「‥‥。」
「おやすみぃ‥‥ぐぅぐぅ」
 早すぎだろうそれは!?、と思わずタヌキかと海馬が疑ってしまうほどの寝つきのよさで、城之内は海馬の体温にしっかりと包まれて、気持ちよさそうに眠りについていた。











「一体なんだったのだ‥‥。」
 結局海馬に抱っこされたまま寝入ってしまった城之内に、海馬は悪態をつきつつも取り敢えずそのまま放置することもできずに内線で女物の着替えを持って来るように部下に指示しておいた。このままこの部屋に放り出すにはいろいろ危険であるし、更にこんなキテレツな格好のままで城之内の部屋まで運ぶことも相当なリスクである。そんな判断を下して着替えを持ってこさせた海馬は、寝ているのにひどく暴れる城之内の違った意味で悩殺的な衣装を引っぺがしていた。
「‥‥そういえば」
 ほぼ全裸に剥いてみても淡々と着替えさせてやった自分に、海馬は一種の達成感を感じた後には男として少し虚しくもなっていた。だがそんなことにはいろいろ気がつかないようにして、普通の服に着替えた城之内を荷物のように担ぎ、部屋まで運んでベッドに転がしておいたのだ。
 そうして一度部屋に戻った海馬は、城之内が身に着けていた衣類が一式残っている様を見て、ふとした疑問が生まれたのである。
「確か‥‥。」
 どこかの空き部屋で城之内のものと思われる制服と下着までの衣類一式が発見されたという報告も受け、海馬は呆れ返りつつも奴が目覚めるまでにクリーニングをしておけと指示を出しておいた。どうせ海で濡れた制服が気持ち悪かったのだろうと推測しつつも、だからといってあんな服を見つけてきて着込むのもそれはそれでどうか、と普段から奇抜な服装の自分のことは棚に上げて海馬は考えていた。
 そんなときにふと目に入った城之内の遺留品で、城之内がいつまでも嬉しそうに離さなかったステッキに海馬は手を伸ばしてみていたのだ。そうして二つほどついているボタンの上を押せば、
「‥‥やはり、光るのか」
 一度城之内が使ってみせたのでそうだろうとは思っていたのだが、上のボタンを押せば丸い部分のウィジャトのハート型瞳孔から、ピンク色の光が放たれていた。商売柄この手の商品はいくつも扱うので、振り回して音が鳴ることも珍しくはない。だがこんなアイテムステッキを持ったキャラクターなど存在していないのに、一体どうしてこんなものが作られているのだろうと思いつつ、海馬は謎だったもう一つの下の方のボタンをポチッと押してみていた。
「ああ、こうして‥‥!?」
 すると、どうやら下のボタンはスイッチではなくフックだったようで、押すと柄の部分が鞘のようにストンと下へと落ちていた。本物の千年ロッドも確かに柄の部分が仕込み刀になっていることを何故か本能的に知っていた海馬であるので、そのこと自体は驚きではなかったのだが、
「こっ、これは‥‥一体どういった対象年齢なのだ!?」
 この千年ステッキの柄に仕込まれていたものは、刀などいう物騒なものではなく、いわゆる男性器をかたどった振動する大人の玩具だった。
 こんな細身で誰が満足するのだと吐き捨てそうになったところでふと我に返った海馬は、そっとそれと他の衣類をまとめ、記憶からなかったことにするためにシーツに包んで視界から消していた。





 結局あのマジョッコ変身一式の持ち主は分からないことが、後にこのバトルシティ大会において最大の謎だったことを知る人物は、海馬だけとなっていた。ちなみに城之内も一式の存在は知りつつも、あれは自分のものだと信じて疑っていないので本来の持ち主を疑問に思うことなどなかったのだ。城之内の場合はむしろそれよりも、時々遠くから怪訝そうに見つめてくるようになったホンモノと、記憶の中でとても優しかったニセモノとの間で揺れてみたりという乙女心にしばらく酔っていたのだが、やがて足りない頭で悩んでも答えが出ずにそのうち海馬にやつあたりしたことでようやくの進展を見せていた。





 ラブパーワー完了。



 






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これ何って言われても困るんですけども!!!
ええと、2003/06/08発行みたいです。
頭 弱いな しみじみと・・・

ロボっぽい何か