■blind LOVE.







 それは昼休みのことだった。
『そういや、昨日、バイトの帰りに珍しい人に会ってさ』
『ああ?』
 いつものメンバーは大所帯なので、昼食時は役割分担が大抵決まっている。弁当持参組は席を確保し、購買組は希望者がいれば飲み物などを代わりに買ってくる。いつも購買組である御伽が結果的に毎日パシリをさせられているような状況だが、本人はあまり気にしていないようだ。
 今日も当然御伽が最初に席を立ち、何か買ってくるものがあるかと全員に尋ねた。それに手を挙げたのは遊戯だけで、購買部にたまに入荷される特濃伸張ミルクとやらがあれば買っておいてくれという内容だ。他に希望者もいないので、御伽が一人で教室を出ようとしたとき、何故か明らかに用事がない城之内がいきなり立ち上がった。
 御伽一人では可哀想だ、是非バクラも一緒に行こう。
 何重の意味でも不自然な主張だったが、断るのも面倒くさい。御伽は口実にされていると分かっているので、微妙な距離を取って待っている。ごねて御伽を食いっぱぐれさせるのも憐れであるし、意外にも城之内にはさほど不穏な様子はない。あまり大したことはないのだろうと軽く考え、バクラは席を立ってやった。
『どっかの帰りだったのかな? 本田の姉さんがいて、久しぶりっ、みたいな感じになって』
『……。』
 そうして二人で購買に向かったが、特に用事はない。御伽の買い物を手伝う必要もない。だがそれではあまりに手持ち無沙汰になるので、たまには飲み物でも買うかと購買部の手前に設置されている自動販売機で適当なものを選んでいると、城之内がそんなふうに話し出していた。
 どうやらこれが目的だったらしい。全員の前ではなく、また放課後に三人になったときでもない。要するに本田には聞かせたくないのだろうなと察しながら、相槌は打っておいてやった。
『あ、別に、バクラのこと悪く言ってたとかじゃないぜ? むしろ、弟には勿体無いくらいの彼女だってご満悦だった!!』
『……そうかよ』
『バクラってほんと、本田家で可愛がられてるよな。どんだけ猫かぶってんの?』
 姉は既に嫁いでいるので正確には本田家ではないだとか、そもそも猫などかぶっていないだとか、いろいろ言いたいことはある。だが可愛がられているというのは、否定できない事実だ。バクラ自身も不思議で仕方がないのだが、こんなに愛想もなく、そもそも現代社会の常識がまだいまいち分かってなく浮世離れした自分に、本田の家族は実に好意的だ。
『……かぶってねえよ、だから不思議なんじゃねえか』
 素直にそう言うしかないのだが、どうやらこれは話の趣旨ではないらしい。
『やっぱ美人は得なんだろうなっ。まあそれはいいんだけど、本田の姉さんがさ、嘆いてて』
『ああ……?』
 バイト先などでは特に愛想がよく、年上からはひどく可愛がられる城之内に言われたくない。本人は周りがいい人だからだと思っているのだろうが、その人懐っこい笑顔とそもそもの顔立ちがかなり魅力的なのは、城之内だけが自覚していない。そのため、恋人である海馬はよくやきもきしているようだが、この二人の場合はお互い様なのだろう。
 そんなことを考えつつ、バクラは本田の姉という存在に意識が向く。もう嫁いでおり、子持ちでもあるため、さほど会ったことはない。だが本田の両親と同様に、バクラを不審がることもなく、むしろ歓迎してくれている。気が強いのは昔からのようで、本田もよく殴られたといまだに頭が上がらない女性だ。
『こないだ、オレたちが学校のときに、ゲームかなんかを借りようと思って本田の部屋に入ったらさ?』
 そう言いながら、城之内はぐいっと腕を引いてくる。仕方なくバクラは口元に耳を寄せるが、楽しそうに告げられたのは実にいらない情報だった。
『……エロ本、見つけたんだって』
『……。』
『タンスの上から三番目の引き出しの奥だってさ。あんなに可愛いアマネちゃんがいるのにっ、ヒロトったら!! しかもなんて性癖!! て、だいぶ嘆いてた』
 それだけっ、と腕を放した城之内はニヤニヤしていた。
 そもそもゲーム機を借りにきてどうしてタンスを開けるのか、しかもどうしてそれを城之内に話すのか。
 いろいろ本田の姉にも疑問はある。だが、正直バクラはどう反応すべきか分からない。城之内はもう話はすんだとばかりに購買の前から去るように歩き始めており、抜け出す口実にした御伽を待つ気もないようだ。取り敢えず飲み物を買っているところだったのを思い出し、自動販売機から取り出す。紙パックではなく、缶コーヒーだったのだが、簡単に握り潰せてしまえた自分が意外にも動揺していると分かり、バクラは億劫になった。
「で、どういうことなんだ」
「……。」
「言い訳があるなら聞いてやる」
 そして、今は昼休みから数時間後。場所はもちろん本田の部屋である。
 城之内から聞いた話はあまり気にしていないつもりだったのだが、バクラは放課後になるとすぐに本田の腕を取り、部屋に行きたいと告げた。本田はやや面食らっていたが、さほど珍しいことでもないので頷き、他の面々には手を振って別れる。その際に、城之内だけが満面すぎる笑みで手を振り返してくれており、バクラはまた苛立ったものだ。
 だが引き摺るようにして本田の部屋、実家に離れに上がりこんだバクラは、取り敢えずシャワーが浴びたいと申し出る。季節は初夏、夏服でもやや汗ばむ気温だ。する前にシャワーを浴びることがなくもないので、本田も特に不審がってはいなかった。ちなみに、バクラがシャワーを浴びたかったのは、少しでも落ち着きたかったのと、上がってから今度は本田が浴びてこいと追い出すためだ。
 そうして部屋に一人となったバクラは、タンスに向かったものの、緊張した。
 狙いは上から三番目の引き出し、ただ一つ。
 この引きですべてが決まる、とデュエルのときのような緊迫感で手をかけたバクラは、そこで敗北を悟った。
「……お」
「ああ?」
「お義兄さまから、お預かりしました」
 あまり着ない衣類の奥にそっと隠されていたのは、確かにエロ本と称されるものだ。数は意外にも多くなく、七冊ほどだった。だが表紙からほとんど裸の女性が悩ましいポーズを取っており、あまり免疫のないバクラは相当驚く。
 動揺が過ぎればひどく冷静になってきたバクラは、取り敢えずは七冊とも出して床に並べてみた。そして自らはベッドに腰掛け、シャワーを浴びて戻ってくる本田を待ったのだ。
「なるほど、そうか、預かっただけか、そうかそうか」
「いや、あの……ほんと、なんです、信じて、くださ、い……!!」
 部屋に入り、床に並べられたものに気がついた本田は、ベッドに座るバクラの前に流れるような動作で正座をした。
 反省と謝罪を示す態度には少し評価を上げたが、次に所有者であることを否定したことにはバクラの機嫌は急降下する。
「なんか、姉貴に見つかって、一度大量に捨てられたから、て……秘蔵のヤツだけは、なんとか、守りたいから、預かってくれっ、て……!!」
「あの大人しそうなお義兄さんがなあ、なるほどなあ」
「いや大人しそうだからこそムッツリというかっ……い、いや、なんでもないです、だから、その、足…痛い、です……!!」
 ベッドから足を伸ばし、取り敢えずは床に付かれた手をグリグリと踏んでみる。その痛みにも耐え、必死に説明を重ねてくる本田に、もしかすると預かったというのは本当かもしれないとバクラは思った。
 だが、たとえそうだとしてもあまり関係ない。足を外してやったバクラは、一度大きくため息をつく。
「……あのな、本田。オレサマは別に怒ってるわけじゃねえんだ」
「え、ああ……?」
 いやそれは嘘だろうと呟いた本田の顔面を一度蹴ってから、バクラは再びため息を重ねた。
「……だからな? 怒ってるわけじゃねえんだよ」
「は、はい、そうですね……!!」
「彼女がいようが、妻がいようが、男ってそういうものらしいしな。そりゃあ、生身の女と浮気をされたら普通に殺すけどよ、雑誌だの映像だのだけで興奮してるのまでどうこう言うつもりはねえ」
 普通に殺す、という言い回しがただの比喩ではないと知っているからか、本田はガタガタと震えていた。そんなに怯えられると、浮気の予定でもあるのかとまた機嫌が悪くなる。だが殊勝に聞く気はあるようなので、なんとか淡々とした口調を保ったままでバクラは続けた。
「オレサマが気になったのは、こういうの持ってることをてめーが黙ってたことだ」
「いやそれは言えるわけがっ、いや、ハイ、すいません……!!」
「こういうの見ながら、一人でしたんだろ? オレサマとヤるより興奮したんだろ?」
「いやそれはそのしてないとは言ねえけどお前と比べてどうこうとかじゃなくてっ、いや、ほんとすいません!!」
「だったらもういいだろ、一人でやってろよ、雑誌にぶっかけてろよ、てめーはそれで満足なんだろうが」
「いやそんなことはねえって義兄さんの雑誌にかけたりしねえってというかっ、いやもう、ほんと、すいません!!」
「謝れって言ってんじゃねえよ、オレサマは怒ってねえし、全然怒ってねえし、別に気にしてねえし、寛容になった方がいいって宿主サマも言ってたし、ここでキレたってバカ犬喜ばせるだけだし、ほんとオレサマは怒ったりとかしてるんじゃなくて」
「あ、あの、バクラ……?」
「ただてめーはオレサマじゃなくても興奮できんのかよとかそれが男の性だとか言われても理性しか納得しねえんだとかほんとすげーイライラしてそれがまた腹立たしくてほんとはこういう女の方が好きなのかよとかいろいろ考えるとすげーイライラしてまあ簡潔にまとめるとだな認めるし許すし別に気にしねえけどっ、本田、てめー歯ぁ食いしばれ!!」
「すいません!!」
 本田の謝罪を合図にベッドから立ち上がったバクラは、渾身の怒りをこめて膝を顔面にめり込ませておいた。
 ゴッ、と鈍い音がしたが、渾身の力まではこめたわけではないので折れたりしないだろう。少しだけすっきりしたので、バクラは再びベッドへと腰を下ろす。すると一度反対の壁まで吹っ飛んでいた本田は、床に崩れ落ちると、そのまま土下座していた。
「……ほ、ほんとに、申し訳ありませんでした」
 それに、バクラは呆れて返しておく。
「別に怒ってねえって言ってるだろ、謝らなくていい。捨てさせたりもしねえから安心しろよ」
「……なんか、その方が、余計怖いんですけども」
 本田がまだ何か言っているようであったが、バクラは気にしない。本当に、少なくともバクラ本人としては、さほど怒っているつもりはなかったのだ。
 とにかく、免疫がなくて動揺したのだろうと自身の心情を分析している。煽られたのは、劣等感だ。本田との関係において、回数はそれなりにこなしているが、あまり変わったことはしていない。やりまくりだと勝手に誤解している城之内からはよく助言を求められるが、自分たちよりは、よほどあの二人の方が倒錯的で様々なことに挑戦しているだろう。
 圧倒的に知識がない自覚もあるバクラには、こういう本はただの性欲処理だけが目的とは思えなかった。それは本田の姉も嘆いていたように、かなり特殊な性癖に偏った本ばかりだったことも大きい。
「で、どれが好みなんだよ」
「……へ?」
「どの本が、一番お気に入りなんだ?」
 どれだけ本田が雑誌の中の女性に興奮しても、そこから出てきてくれるわけではない。生身で、実感を与えられるのはバクラだけなのだ。自慰目的なのは仕方ないとして、他の欲求不満、要するにバクラがさせてやらないことを満たす目的なのであれば、そちらは解消してやれる。
 面白くないわけではない、だが生身が一番で、それがバクラだけだと誓えるならば許容できる。
 一度爆発したことで、バクラはかなり気持ちの整理はついていた。
「言ってみろよ、どれが一番興味持てたんだ?」
「……ああ、ええっと」
 だがそれを、顔面を蹴られたばかりの本田に分かれというのは酷だったのだろう。
 いきなりそうして尋ねられても、まともに答えられるはずがない。いまだに床には七冊のエロ本が並んでおり、それらに囲まれて正座している本田は、何の儀式だと居たたまれない。
 ただ答えなければまたバクラの機嫌が下降していくことぐらいは分かっていたので、本田は一通り表紙を確認した後、最も近くにあった一冊を示してみた。
「……じゃあ、これで」
 それにバクラも視線を向けたが、健康的な小麦色の肌と、金髪に近いショートカットの女性が悩ましげに誘う表紙に、ついダンッと足を乗せてしまった。
「ヒッ……!?」
「……てめー、ほんとにコレなんだな?」
「嘘ですすいません保身に走りました本当はこっちです本当にすいません!!」
 なにも、一番気に入っている雑誌を破ろうと思ってバクラも尋ねたわけではない。だが、表紙の女性があまりに自分とはかけ離れているだけでなく、どちらかと言えば昼休みに教えてくれたクラスメートを想起させそうでつい苛立ちがぶり返しただけだ。思わず踏みつければ、本田はひどく慌てて別の一冊を差し出してくる。それをつい手にとって見たが、そちらは一般的なロングヘアの女性だった。
「……これか?」
「あ、ああ……!!」
 実を言えば、本田は表紙の女性で選んだわけではない。ただ、最初に示した雑誌が『健康美特集』とやらで、水着なども多く、最もまともな気がしてまさに保身で選んだだけだ。
 だがそれをバクラに踏みつけられ、心の中で義兄に謝った本田は、恐怖のあまりこの中で唯一に近くまさにお世話になったものを差し出した。基本的には女子校生ものばかりであり、現役でもある本田はそれだけでは物珍しさに繋がらない。どうやら義兄はセーラー服がいたくお気に入りらしいと察してはいたが、男として黙っておく。
 そんな葛藤など知る由もないバクラは、渡された雑誌を開こうとしたところで、本田にバッと奪われた。
「お前っ、こーゆーの見るなよ!?」
「……。」
「……あ、いや、すいません、いやでも、いやほんと、すいません」
 しかもかなり憤慨されて本田に叫ばれ、バクラは冷たい眼差しで睨み返してしまった。
 そもそも、本田はこれらの雑誌を見ているし、中でも一番のお気に入りらしいのだ。是非参考にしてやろうと思ったのに、恐らくは女が見るものではないという理屈で奪い返されると好意を無下にされた気分だ。
「見ねえと、てめーがどういうことしてえのか、分からねえじゃねえか」
「えっ、あ……!?」
 つい拗ねたようにそう言ってみれば、本田は何故か慌てている。それに、やはり生身より雑誌の方がいいのかと、再び面白くない気持ちが台頭してきたバクラに、本田は躊躇いがちに尋ねてくる。
「な……なにか、してくれんのか?」
「……ものによる」
 他の雑誌をチラリと見れば、コスプレ特集などもあるようなので、衣装を持ってなければ着ることはできない。そう牽制したバクラに、本田はまたうろうろと視線を彷徨わせていた。
 ふと気になったのは、本田に奪い返された雑誌は何の特集だったのだろうということだ。踏んだ雑誌も含め、六冊分は床にあるので表紙が見える。それぞれ特集は違うらしい。実は本当に義兄のコレクションのため、それぞれの特集の中で秀逸なセーラー服の被写体が載っている雑誌が集められており、パッと見ただけでは一貫性がないのだ。
 そんなことをバクラが考えている間も、本田は床に正座をしたまま、ずっと思案していたらしい。やがて大きく深呼吸をすると、そっと取り上げた雑誌の表紙を再び示し、頭を下げた。
「……。」
「……。」
 思わずその表紙をもう一度ちゃんと見れば、『緊縛特集』という文字が見える。
 それを理解すると同時に、本田からも縛らせてくださいと懇願され、バクラは対処に困った。






 天国から地獄へ、地獄から天国へ。
 今日は実に忙しない。
「……こんなものでいいのか? もっときつくしなくていいのかよ?」
「ああ、いや、あんまり硬く結ぶと痛いだろ?」
 昼休み、城之内に連れ出されたバクラが帰ってきたとき、何故かコーヒーまみれだった。何があったのかと訝ったが、自分に関わることでないと思ったのは特に避けられていなかったからだ。双子の姉となっている獏良と共に着替えさせることもできたし、隣に座って弁当を食べている間も無視はされていない。だから、大丈夫だと思っていた。缶なのに握り潰されていたコーヒーがあまりに無残で、少し現実逃避してしまったからではないと信じたい。
 ともかく、放課後になればすぐに部屋に行きたいとせがまれたし、自宅に戻ればシャワーを浴びるのだと宣言される。先に浴びてきたバクラが、部屋に置いている着替えではなく制服だったことにはやや不思議にもなったが、大方気が急いていて間違えたのだろうくらいにしか本田は考えていなかった。
「痛くしてもいいぜ?」
「……いや、その、それが目的じゃなくてだな」
「そうなのか? てめーの性癖って、よく分かんねえな」
 むしろ、したいとせがまれることは嬉しい。そんな穏やかな天国から、死を覚悟する地獄に転落したのは、当然床に並べられた暗黒儀式、エロ本結界の術を目の当たりにしたときだ。
 どうやら本田の姉が発見し、それを何故か城之内に話し、更に昼休みにバクラへと伝わっていたらしい。
 どうしてそんな最悪な経路を辿ったのか、そもそもは姉が自らの夫にひどい仕打ちをするからいけないのだ。そんなふうに責任転嫁する余裕もなく、静かにキレるバクラが本当に恐ろしかった。珍しい姿に、うっかり見惚れかけたのは秘密である。興味がない相手には淡々と対応する様をクラスメートたちは影で氷の女王と呼んでいるらしいが、ベッドに腰掛けて腕を組み、冷たく見下ろしてきていたバクラは氷どころか絶対零度の女王サマだった。
 もっとひどい制裁も覚悟していた本田だが、ほとんど顔を蹴られただけで許される。それだけでも感涙ものなのに、一度爆発したことでバクラも変に納得できたらしい。所持を認められただけでなく、したいことがあるなら応じてもいいと寛容な態度を見せられて、本田はとんでもない天国へと誘われたのだ。
「そういや、前に縛られてヤったことあったな。あのとき、実は結構興奮してたのか?」
「……二度目だったから、なんかもう、それどころじゃなかった」
 縛らせてくださいと頭を下げれば、随分長く黙った後、バクラは別にいいけどと頷いてくれた。
 沈黙は躊躇ではなく、そんなことでいいのかという疑念だったらしい。確かに、実際に雑誌に載っていたハードな緊縛プレイですらない、両手などを軽く拘束するだけのものだ。バクラも言うように、前に一度したこともある。ただ、あのときは本田からの要望ではない。今回も絶賛発端になってくれている悪友からの、よく分からない配慮だ。
 夏休みもあけた残暑が厳しい屋上で、本田のハチマキで両手を給水管に括りつけられていたバクラはひどく扇情的だった。激しく興奮した記憶はあるものの、そのときはそれ以外にもいろいろと衝撃的なことがあったため、どこまでが緊縛による要素なのか本田にも分からなかった。
 素直にそう告白すれば、バクラは笑っている。以前にも似たようなことをしているので、余裕もあるのだろう。今回はあのときより少し要望を増やしているのだが、それはまだ施していない。
「今は?」
「……今も、もう興奮してて結構それどころじゃない」
「落ち着けよ、まだ手首にタオル巻きつけただけじゃねえか。ほら、オレサマのこと縛りてえんだろ?」
 だがそうバクラに笑われたように、まだ準備段階なのに、本田は心がざわついて本当にどうしようもなかった。
 ともかく、バクラは要求には応じてくれるらしい。まずはそれぞれの手首にタオルを括りつけさせてもらい、ベッドの中央まで抱えるようにして移動する。それだけで、ドキドキして堪らないのだ。バクラが平然としているのも拍車をかけているようで、自分は一体どんな性癖なのかと真剣に悩ましい。
「……仰向けになってくれるか」
 正面から抱きしめるようにしているバクラにそう言い、自らもゆっくりと押し倒すようにして促す。するとバクラはあっさりと仰向けになり、両手を頭より上へと伸ばした。
「片手ずつ縛るのか?」
「……まあな」
 以前は両手首をまずはまとめ、背後の給水管へと括りつけていた。だが今は拘束するのに適したものがない。両手以外の作業に移る際に邪魔になりそうだという予想もあり、本田はそれぞれの手首に巻きつけているタオルの端を、パイプベッドへと結ぶ。手首側に比べ、かなりきつく縛り付けておく。根性で二重にしたため、手首まではほとんど長さがなく、また横に移動させるのも難しそうだ。
「痛くねえか?」
「だから、痛くてもいいっての」
「……。」
「ああ、分かった、分かった、痛くねえから安心しろよ?」
 手首側であれば、かなり引っ張れば自然と外すこともできるだろう。痛めつけたいわけではないので、再び確認をするが、何故かバクラは笑っている。
 仰向けで、一応は両手を拘束され、作業の姿勢とはいえ組み敷かれているような格好だ。普段から靴下をはかない素足が、制服のスカートから伸びている。つま先を少し揺らし、膝を動かしただけで、短いスカートはかなりきわどいところまでを露にしていくのを、バクラも分かっていてやっているのだろう。
 今更だが、シャワーを浴びてきたバクラは下着をつけていない。いや、スカートの中はどうか分からないが、少なくとも薄い夏用の白いシャツの下で、豊満な胸は締め付けられことなく誘ってきている。
「本田?」
「……ああ、いや、なんでもねえ」
 必死に土下座をして謝罪したので、幸運にもその気になってくれたのだと思っていた。
 だが、こんな格好で待っていたことを思えば、経緯はどうなるにせよ、バクラはすることはするつもりだったようだ。そう気づいてしまうと、本田はまたゴクリと唾を飲み込む。
 深呼吸をし、なんとか自分を落ち着ける。こんな機会は、二度とないかもしれないのだ。せっかく承諾を得たことは全部しておこうと心の中で繰り返し、手を伸ばしたい衝動をぐっと抑えて一度ベッドからおりた。
 手頃なものが見つからなかったので、仕方なくネクタイを出す。普段から使っているわけではなく、また制服でもない。姉の結婚式の際に揃えたものだ。幅はないが長さがあるので、二重にすれば充分だろう。そう思いベッドへと振り返ると、やはりバクラは笑っていた。
「……。」
「オレサマに目隠ししたいなんざ、てめー、実は見られて恥ずかしかったのか? 次からは電気消してやってやろうか?」
 やはり嫌だと拒まれるのではないかと危惧したが、からかうように指摘されたのは全く別のことだ。どうやら理由を曲解されたらしいとは分かる。いや、普通はそうとしか解釈できないだろう。
「……いや、いい」
「そうか?」
「……オレは、見たいから、消さなくていい」
 否定をしても、まだ疑わしそうだったバクラに、本田はもう一度ご遠慮申し上げる。するとますます不可解そうにしていたが、そういう性癖なのかと勝手に納得してくれたようだ。
 そもそも、最初から明かりを消すような配慮をして体を重ねはしなかったので、あまり抵抗はない。しているときはバクラを見ていたいし、同時に見られているのだと気がつかされたときにはもう慣れていた。暗がりでヤったことが皆無ではないが、それは大抵元々暗いところで始めたからであり、するために電気を消すという意識は今のところ本田の中にはない。
 では、どうして今バクラの視界を塞ごうとしているのか。正直に言えば、本田もまだよく分からない。だが、縛ってみたいと思ったのだ。そして視界を閉ざされたバクラが、どういう反応をするのか、興奮が猛るほどの興味があった。
「なあ本田、それならさっさとやれよ? オレサマ、結構焦らされてんだけどよ」
「……ああ」
 誘う言葉も、衒いのない表現も、余裕綽々という表現が良く似合う。互いに初めての相手なので、経験の差ではない。もう、精神構造の差なのだろう。快楽が高まってきても、バクラは耐えるように顔を歪め、声を殺してしがみつくことが多い。もちろん演技のようにわざとらしく騒いでほしいわけではないのだが、本当にちゃんと気持ちよくさせられているのか、本田はいつも不安だった。
 したがるし、気持ちよかったとも言うので、疑っているわけではない。だが最中にまともに観察ができないため、不安が払拭しきれないのは自業自得だ。なにしろ、バクラに見つめられていると、理性が飛ぶ。特に快楽に濡れたような瞳を向けられると、ただもう貪りたくなってまともな記憶が残らないのは継続中である。
 悦くないことはないのだろう、だがその程度はどれほどのものなのか。
 ちゃんと見極めるために、簡単に自制という名の箍を破壊してくれる瞳を敢えて封じるというのは、バクラが言うように見られて恥らっているのも同然なのかもしれない。今も、両手を拘束されながら、何故か見下ろすように眺めるという器用なことをしてくるバクラに、本田の理性は限界だと軋みをあげた。
「……頭、上げてくれるか」
「ああ?」
 ネクタイを持ったまま、なんとかベッドまで戻る。そして一言声をかけてから、ようやく作業を始めることができた。シャワーを浴びても軽く汗を流すだけだったようで、髪はほとんど濡れていない。ちょうど目元へと置いてからぐるりと頭に回し、二重に巻いたところで軽く結んでおいた。髪が絡まないように指先で整えてやり、頭をシーツへと下ろす。そして自らもベッドへと上がり、足側からじっくりと眺めた本田は、思わず自分のシャツの胸元をつかんだ。
「うっ……!!」
「本田? なんだ、どうしたんだよ、腹でも痛いのか?」
「い、いや、なんでもねえ……!!」
 ちょっと鼓動が激しすぎて、と言いかけたが、それよりも別のことに本田は更に興奮が増す。
 胸を押さえているのに、腹が痛いのかとは普通尋ねないだろう。つまり、バクラは今本当に見えていないのだ。目元が覆われていても、怪訝そうにしていると分かる表情に、本田はますます動悸が早くなっていく。
「だったら、早くしろよ」
「あ、ああ……!!」
 しかも、見えないことで時間の流れが遅く感じるのか、急かすような言葉を繰り返すバクラは自由になる足を少し揺らし、膝で本田を叩いていた。痛みなどないが、それよりまためくれ上がったスカートが気になる。もちろんバクラも感触で分かってはいるのだろうが、それが実際にどの程度本田にも見えているのかまでは、把握しきれていない。
 もどかしそうな膝は、本田の腰の横をつついて促し続けている。それに、ゆっくりと上体を倒して覆いかぶさっていけば、安いパイプベッドがギシリと軋んだ。
「……。」
「……。」
「……だからっ、なにしてんだよ、触れって言ってんだろうがっ」
 だが触れることなく見下ろしていれば、やがてまたバクラからそう不機嫌そうに言われた。
 実を言えば、本田もそれほど焦らしているつもりはない。せっかくなのでじっくり見たいと思ったのも事実だが、まだ目隠しをしてから一分経ったかも微妙なのだ。それなのに、バクラはもう拗ねかけている。普段であれば簡単に理性が飛び、望まれるままに貪っているだろう。
「てめー、まさか、人のこと縛るだけ縛っといて、そのまま放置する気とか……ぅわっ!?」
「いや、それはねえけど」
「てめー、この……今度は、いきなり……!!」
 本田が我慢できているのではない、バクラの我慢が効かなくなっているのだ。
 次第に失礼な勘繰りまでしてきたようなので、本田は淡々と否定をしながら胸へと手を伸ばした。形を保つ下着がない胸は、薄いシャツ越しでもその柔らかさをしっかりと手に伝えてくれる。いつもであれば、すぐに脱がせて直に触れるところだ。だが今日はなんとなくシャツの上からずっと揉んでいれば、バクラの言葉に熱だけでなく戸惑いも混じっていく。
「なん、で……シャツ、脱がさねえ、で……んんっ、んー……!!」
「特に理由はねえけど」
 大きいと感度は下がるらしいが、少なくとも本田はバクラに対してそう思ったことはない。いや、教室などでもよく城之内から遠慮なく揉まれて平然としているので、時と場合によるのかもしれない。今もシャツ越しでもしっかりと分かるほど硬くなってきた突起を指で引っかくようにすれば、バクラは鼻から抜けるような声を漏らして耐えている。気持ちよくはあるらしいと一つ安心したが、適当に答えた言葉に噛み付かれた。
「理由がねえんならっ、脱がして触れよ!?」
「いいじゃねえか、たまにはこういうのも」
「よかねえよっ、ふざけんな!! 本田、てめー……んぁっ、んん、本田ぁ……!!」
 正直に言えば、本田も直に触る方が楽しい。だがバクラが怒っている物珍しさが勝り、いまだシャツのボタンを外さないだけだ。きつい瞳で睨まれながら叫ばれていれば、きっと恫喝と感じて震え上がったであろう声も、少し冷静に聞けば甘く掠れている。ギシギシと鳴っているのはベッドではなく、バクラの両手を拘束しているタオルだ。相当もどかしいらしいというのは、饒舌さからも明らかである。
 シャツ越しにまた胸を揉みしだけば、バクラは息を詰めながら名を呼ぶ。どうやら見えないことで本田の行動の予想がつかないのも、動揺を誘っているようだ。
「なあ、本田、いい加減、に……んんっ、ふ、あぁっ……!!」
「……。」
 普段であれば、かなり体を重ねて蕩けきった頃にしか聞けないような喘ぎまで漏れ、本田は静かに興奮が増した。
 これは、かなり新鮮だ。初めてのときから、バクラはどこか余裕があり、あるいは諦めたようなところがあり、『させてやってる』感が常に漂っていた。本田には経験も技術もなかったので、そういう拒まないという態度は有り難い。がっつきすぎれば止めてくれるし、それ以外のことは大抵受け入れてくれる。鷹揚で寛容な恋人には心から感謝していても、自らの不甲斐なさを嘆かない日はなかった。
 快楽に耽らないのではない、ただいつも本田より余裕がある。そう信じきっていたバクラが、首を左右に振って甘い息を漏らしている。促すためではなく立てられた膝は揺れ、踵がシーツを滑って何度も落ちる。本田が座っているので、必然的に軽く開く事になっているバクラの足は、既に付け根辺りまでその白い肌をさらしていた。
「本田ぁ、なあ、胸だけじゃ…なく、て……。」
「……。」
「もっと、他に、も……んぁっ、ん、んー…あ、んん……!!」
 ゴクリと喉を鳴らすようにしてバクラが訴えているのは、なんとなく分かる気がした。出身の違いなのかもしれないが、バクラは相当キスが好きだ。舌を絡めるようなものでも、外や人前で平気でしてくる。もちろん、そういう際にはからかう要素も大きいのだろうが、愛撫としても好むようでいつも始める際にはたっぷりとキスを交わしてきた。
 喘ぎが漏れるのを嫌がっている様子もあるバクラが、声を殺すために口を閉じないのはキスをしたいからだ。言葉でも誘い、赤い舌も覗かせて本田にねだっている。いつもであれば、したくなればバクラから腕を伸ばして噛みつけばいい。だが今はそれが叶わず、せがみ続けるしかないバクラを、本田はシャツ越しに胸を揉みながら黙って見下ろした。
「なあ、本田ぁ……!!」
「……。」
 キスはしたい、あの甘い舌を貪るように絡ませたい。
 そんな欲求はあるが、実際に唇を塞いでしまうとこの声が聞けなくなってしまう。もしかすると、バクラはこんな声色を本田にはまともに聞かせたくなくて、いつもあれだけキスをしたがっていたのではないか。おかしな疑惑まで浮かんでしまうが、日常でもかなり頻繁にキスしてくるバクラなのでは、それはないと否定した。
 だが、よくよく思い返してみれば、昼休みにコーヒーまみれで戻ってきてからはキスをしていない。学校でも、下校中でも、したくなれば構わずしてくるのがバクラだ。特に、この部屋に入り、互いにシャワーを浴びるようなことを提案する前にもしてこなかったというのは、やはり思うところがあって自制していたのだろう。
 始めてからもしていないため、バクラはかなり不満が溜まっているようだ。そう思った本田は、一度胸から手を離す。
「あっ……?」
「……。」
 ギシリとベッドが鳴り、本田が姿勢を変えたことは見えなくとも分かったのだろう。どこか残念そうな、それでいて期待するような声を漏らしたバクラに対し、本田は体を後ろにずらしていた。
「え?……ひ、あぁっ!?」
「……。」
「このっ、バカ、てめー、なにし、て……んぁっ!? あ、だから、噛むなっての……!!」
 完全にさらされていた白い内腿に、上体を沈めた本田は軽く歯を立てた。痕も残らないような強さだが、予想だにしていなかったバクラが驚くには充分だっただろう。ビクッと全身が震え、足も思わず閉じようとする。それをしっかりと手で押さえて阻んだ本田は、普段は手で撫でることが多いそこに再び口を寄せた。
「んぁっ…ア、んんっ……あ、本田ぁっ、てめー……!!」
「……。」
 舌で舐め、軽く吸いつき、歯は立てずに甘噛みする。すべすべとした肌は、撫でるのもいいが、こうして味わいたい。普段はバクラが下半身への愛撫をあまりさせてくれないので必然的にたっぷりと触れることができず、いい機会だと本田は満足した。
「なんで、んなトコ、舐め、て……ひぁっ、あ……!?」
 反対の足も同じように舐めれば、バクラは文句も途中で飲み込んでまた身を震わせた。
 正直、性感帯としては意味は薄いし、愛撫されたところでバクラはくすぐったいだけで快楽にはあまり繋がらないだろう。ちゃんとバクラも気持ちいいのか知りたくて始めたはずなのに、すっかり目的を見失っている。本当に自分は情けないと頭で分かりつつ、本田はまた内腿を舐め、キスマークをつけた。
 それに、またバクラは体を強張らせる。だがやがてゆっくりと弛緩していった後、怒気を孕んで尋ねてきた。
「なん、だよ……てめー、素股でもさせてえのか!?」
「へ?」
「入れるつもりもねえのかよっ、内股ばっか濡らしやがって!!」
 バクラがそんな単語を知っていたのも驚きだが、なんとなく悪友からの無駄な入れ知恵だろうなと思い流しておく。ちなみに正解だ。
 ともかく、両方の内腿を舐めたことが、そんな誤解を招いたらしい。別に唾液で濡らして滑りを良くする準備だったつもりはないのだが、かなり怒っている口調に面食らい、本田は顔を上げる。すると目元は覆われたままでそっぽを向いたバクラが、完全に拗ねていることだけは分かった。
「まともに、する気が、ねえのかよ……それとも、蹴ったの、怒ってんのか……!!」
「あ、いや……?」
 本田ですらすっかり忘れていたことを蒸し返すほど、バクラはこの状況が不可解だったのだろう。
 あれほどキスをねだって開けていた口元は、今はきつく唇を噛み締めて閉じられている。目は口ほどに物を言うと言うが、その目を隠されて口も閉じていてもバクラは本当に饒舌だ。全身が不満だと叫び、物足りないと怒っている。もっと奥には、本田の行動が理解できなくて、不安になっているというあからさまな気配に、本田は思わず呟いてしまった。
「お前……可愛いな」
「ハァ!?」
 しみじみと呟けば、歯の痕がつくほど噛み締められた唇からドスの効いた声が向けられる。
 だが、それすら慣れてしまえば怯えることもない。根が素直で、必要がなければ感情を隠そうともしないバクラは、殺気の有無というものが明確だ。いくら口で物騒なことを言っていても、殺気がなければただの冗談である。逆に、邪魔だなあくらいの表現でも、本気のときは淡々と暴力に移れるので本当に厄介だ。
 その見極めに長けてくれば、いくら慳貪に凄まれても、こちらを害する気があるのかどうか、単純に言えば本当に怒っているのか否かはすぐに分かる。
「な、に言ってんだよっ、てめーは!?」
「バクラ……。」
 暴れるように手を動かすので、パイプベッドに繋がれたタオルがまたギシギシと軋む。ほとんど遊び部分がないため、引っ張ってもすぐに止まり、逆に勢いをつけようと引いてぶつけているような状態だ。ガンガンと鈍い音が響くことには顔をしかめ、本田はぐっとバクラの手首を押さえ込んだ。
「……!?」
「やめろって、痛いだろ? ちゃんと続けるから、そんなに怒んなよ」
「……。」
 タオルで括っているのは手首なので、その先の指はバクラも自由に動かすことができる。宥めるように両手とも指を絡ませるように握れば、バクラはすぐに大人しくなっていた。真偽を探ろうとしているのかもしれないが、視界は閉ざされたままなので叶わない。
 そんな不満を示すように、手の甲を引っかいてくる指先にまた笑みを深めてしまうが、ばれると嘘かと誤解されるだろう。甘えるような指先にこちらからもしっかりと手を握り返してやってから、本田はゆっくりと手を離した。
「……。」
「……。」
 それにバクラは怪訝そうにするが、すぐに本田の指先が手の平へと触れたのでまだ押し黙っている。ゆっくりとずらしていればタオルが巻かれた手首までおり、しっかりと撫でておく。更に肘から二の腕へと、まるでバクラの体の形を確かめるようにして本田の両手は動かしていった。
「……。」
「……本田ぁ」
 だが、肩から鎖骨を撫でて首へといった手が、そのまま顔へと上がることなく胸へと下がっていったのには、バクラは不満そうな声を漏らす。てっきり顔を撫で、キスもできると思っていたのだろう。期待を裏切られ、口惜しそうに唇を舐める様は、きっと誘っている自覚はない。だがひどく劣情を煽ってくる口元を眺めながら、本田は胸から脇腹へと手を滑らせた。
 少しくすぐったかったのか、脇腹を撫でるとバクラは身を捩じらせる。だがすぐにそこも通り過ぎ、腰から足へ、膝を経てつま先まで、しっかりと両手で触れてみた。
「んっ……なあ、本田……?」
「……。」
 それがどういう意図なのか、バクラは分かっていないのだろう。ただ、嫌がるほどではないので大人しくしてくれている。実際に、尋ねられたとしても困る。本田にもよく分からず、単にバクラの体を確かめたくなっただけだ。
 指先から足先まで触れて、少し満足した本田はスカートの中へと手を伸ばす。ほとんどめくれ上がっているその奥には、一応下着が見えていた。どうやら上とは違い、シャワー後もつけていたらしい。そんなことを思いながら端に指をかけ、脱がしてやった。
「ん……!!」
「……。」
 少し濡れた音がして、バクラも興奮していたことが分かる。物足りないと暴れていたので、ほとんど気持ちよくないのだろうと思っていた本田にはそれが意外だった。だが指を入れ、口で愛撫するような余裕はない。バクラの方も期待しているのか、やや膝を立て、開かされたままの足を閉じることもない。
 普段であれば、まだ分かるのだ。余裕たっぷりに本田をからかい、翻弄するためなら、バクラは自分でそこを開いて見せつけるくらいは平気でできる。だが今バクラは目元は隠されているのに、本田を視界から外すように顔を背けている。わざとらしく揚々と淀みなく誘う言葉は口にしないのに、何かを言いたげに唇を震わせているのだ。
「……本田ぁ」
「……。」
 何度か躊躇った後、やっとバクラが音にしたのはそれだけだった。
 実を言えば、予想はしていた。だが実際に耳にすれば眩暈がしそうなほど強烈で、本田は最後の理性で深呼吸をしてから、繋がるための準備をする。
「本田……。」
「……。」
 バクラもそれは音で分かるのだろうが、これまで散々焦らされてると思っているからか、いまいち不審そうだ。
 だがそんなバクラの両足を抱え上げると、本田は一気に奥まで挿入した。
「んぁっ!? あぁっ……ん、本田、てめー、また…んんっ、ア、いきな、り……!!」
「バクラ……!!」
「ひ、アァッ!? あ、んぁっ…ふ、あぁっ……ア、んんっ……!!」
 いつもより少しきつい気がするそこを、こじ開けるようにして熱を捻じ込む。奥まで突き入れれば、ゴム越しでも熱い内壁が心地好く包んでくるのが分かった。最初こそ驚き、息を詰めてから文句を言いかけたバクラだったが、すぐに本田が腰を引いて再び侵せばまた息を漏らす。
 グチュグチュという卑猥な音よりも、バクラの声が鼓膜を煽る。普段からこういう声を出しているのかもしれないが、本田はあまりまともに聞いた記憶がない。中を突く腰の律動に合わせ、甘い喘ぎと切ない吐息は、惜しげもなく溢れてくるのだ。それが聞きたくてキスを塞ぐこともなく、またシャツに包まれたままの胸へと手を伸ばすこともない。ひたすら足を抱え、バクラの中を穿つ。じっとりと濡れて本田のモノを受け入れているそこは、やっと齎された快楽を享受しようと、甘くすがりついてくるようだ。
「あぁっ、ん、ア…本田ぁっ、んぁっ、あ……あぁっ、ふ、んぁっ、あぁ……!!」
「バク、ラ……!?」
「んぁっ、あ……あぁっ!!」
 やがて、パイプベッドに括られたタオルが、ギシッと大きく鳴ったときに、バクラは一際甘い息を漏らして全身を硬直させる。
「クッ……!?」
 繋がったところも、キュウッときつく締め付けられ、本田も思わず出してしまった。射精の瞬間はいつも意識が飛びそうになるが、今回はまた格別だ。失神するような情けないことは免れても、のぼりつめた後の急降下、ひどい酸欠と倦怠感が襲ってきて達した余韻と混ざり合う。
 ゼェゼェと荒い息をつき、なんとかやり過ごした本田は、ようやく抱えていた足をシーツへと下ろしてやる。それに、同じように呼吸を乱していたバクラは、また体を竦ませる。
「んっ……!!」
「バクラ……。」
 弛緩し、ぐったりと四肢を投げ出しているバクラも、また達したのだろう。あまり服を脱がしていないが、見えている肌は紅潮し、薄っすらと汗ばんでいる。特に顔はそれが顕著で、温度を上げた小刻みな息も、快楽の余韻を漂わせているようだ。
「バクラ、大丈夫か……?」
 大きく上下する胸を眺めながら、本田はついそんなことを言いながら体を乗り出し、パイプベッドに繋がれたタオルへと手を伸ばした。バクラが何度も引っ張ったことで、ベッド側は逆に結び目が硬くなっている。手首の側はやや緩んでいたが、外してやればかなり赤く擦れており、本田は申し訳なくなった。
 これはかなり痛いだろう。肌が白いので目立つというのもあるが、擦れて血が出なかったことが奇跡と思うほど赤くなっている。左右とも外してやり、労わるようにキスをすれば、バクラの手はそのまま背中へと回される。あまり疑問に思うことなく、繋がったままで抱き起こし、向かい合うようにして座ってから本田はネクタイへと手をかけた。
「悪い、手首だいぶ赤くなってるよな。痛いか?」
「……。」
 こちらは結び目が固くなっていたので、髪を引っ張らないように慎重に外すのに手間取ってしまった。その間も、バクラは浅い呼吸を繰り返して大人しい。両手は本田の肩へと置かれたままだ。そのため、返事がないのは、てっきり達した疲労感だと思っていた。
「……ああ、やっと外れたな」
「……。」
「なあバクラ、手首なんだけどよ、痛むなら……?」
 冷やしたり、治療が必要なほどかと尋ねていた本田は、二重にしていたネクタイを外した下で、ゆっくりと開かれた瞳に背筋が凍った。
「……てめー、愉しかったか」
「えっ、あ、その、バクラ……!?」
 首を振っていたためか、少しネクタイが擦れて端が当たっていた部分は赤くなっている。だが、目蓋がやや腫れ、瞳も少し赤くなっているのは、それとは明らかに原因を異にしていた。
 生理的に涙が滲むことは理解しているが、一回目からこんなにも潤むことは稀だ。興奮しただけであれば、ここまで赤くなることはないだろう。なにより、きつく睨んでくる瞳が、かなり傷ついていると分かれば、本田はとんでもないことをしてしまったかと焦る。
「いやっ、あの、悪い、だからその、怪我させるつもりじゃなくて……!?」
「手首のこと言ってんじゃねえよっ、オレサマのこと縛って、目隠しして、ほんとに愉しかったのかってきいてんだ!!」
「ああっ、愉しかったぜ!?」
「……。」
「……す、すいません」
 謝ろうとすれば激しく糾弾され、つい認めるとまた睨まれた。
 反射的にまた謝るが、バクラはしばらく無言で見つめてくるだけだ。よく分からないが、バクラは嫌だったのだろう。そもそも、高圧的で、嗜虐傾向も強く、束縛されるのが大嫌いなバクラだ。縛ったことより、目隠しをされた方が屈辱だったのかもしれない。不機嫌そうに黙り込む顔が、どこか子供が拗ねているようで可愛いと内心は思っていたが、殴られるくらいは覚悟で待っていた本田にバクラは不貞腐れたように吐き捨てた。
「……毎回は、嫌だからな」
「え? あっ、えっと、それは……!?」
「たまになら、付き合ってもいい。でもしばらくは嫌だ、すげー嫌だ、なんかてめーに喘がされてるのが屈辱なんだよ、というか全然触ってこねえであんな生温いのでほんとに愉しいのか!?」
 どうやら怒っているというよりは、混乱しているだけらしい。もちろん怒りというか、苛立ちはあるのだろう。だがそれは本田に対してというより、手荒な気恥ずかしさの発露らしい。先ほど頷いてやったばかりのことをまた尋ねてきたバクラに、本田は片手を頬へと添え、しっかりと瞳を合わせた。
「愉しい」
「……そうかよ」
「バクラがよがってるの、たっぷり見れるし」
 だが一言余計だったようだ。照れたように目を逸らしたバクラが再びキッと睨みつけてきたときは、そこにはっきりと怒りが浮かんでいる。
「てめー、ふざけんな!! そんなことで縛んじゃねえよ!!」
「いやそんなことってオレにとっては結構大事な……んんっ!?」
 予想通りの怒声の後、両手で頭を抱きこんできたバクラによって唇を塞がれた。ガチッと珍しく歯が当たり、驚くが、バクラは離すことなく深いキスを求めてくる。
 先ほどまでの行為で、最も機嫌を損ねたことがやっと本田にも分かった気がする。
 甘えるのとは程遠い貪るようなキスをしてくるバクラに、本田は自分からも両手で抱き返してキスに応じた。
 どうやら本当にキスがしたかっただけのようだ。こういうことをされると、また可愛く思えて困る。ますます深みにはまっていくようだと熱い舌に思っていたとき、いきなりガブッと噛まれた。
「……!?」
「……てめー、またムカツクようなこと、考えてただろ」
 どういう勘の良さなのか、キスを離したバクラはそう睨みながら言ってくる。だが深いキスの名残りで糸を引く唾液を舐めとり、更に噛んだ舌をいたわるかのようにまたバクラは舌を入れてくるのだ。先ほど避けてしまったのは申し訳なかったと思いながら、少しだけ再開したキスを愉しんでいると、やがて落ち着いてきたらしいバクラが喉を鳴らす。
「んっ……ん、なあ、本田」
「ああ?」
 落ち着いたということは、余裕が出てきたということだ。名前を呼ぶのに、語尾がかすれることもない。少し残念にも思うが、やはりバクラはこういう尊大な方が似合っている。だからもう少しくらい愉しみたかったというささやかな願望は胸の中に収めておこうと思っていた本田に、やや下から見つめてくるバクラはまだ余韻が残っていた。
「オレサマ、こういう方が好きだ……。」
「……。」
「なあ、いっぱいキスしてえんだよ。しっかりオレサマのこと抱いて、そんでキスしてくれよ、本田ぁ……。」
 からかうのではなく、本気でおねだりしてしまうほど追い詰めたのであれば、恋人として反省すべきだろう。
 だが、まるで甘えられると、本田は弱った。
 せがまれると、参った。
 いまだ繋がったままのモノがずくりと疼き、硬さを戻した気がする。それにバクラも気がついたようで、揶揄されるのだと我に返りかけたが、嬉しそうにはにかまれて最後の砦も決壊した。
「……本田、てめーが聞きてえならいっぱい喘いでやっから、ちゃんと抱き合って続きしようぜ?」
 今日はサービスだと笑っているバクラは、まだ顔が赤い。瞳もまた濡れている。偉そうに宣言するのではなく、甘い誘いが自分でも恥ずかしかったのか、チュッと押し当てるだけのキスで促されたときに本田の理性はこの日も飛んだ。
 
 




「話とは何だ」
「……。」
「……城之内の警護の件、受ける気になったのか?」
 翌日、午前中にあった生物の授業中、珍しく登校してくる社長サマが見えた本田は、気がついたときには保健室に行くと教師に告げて生物教室から抜け出した。朝から落ち込んだようにため息ばかりつき、生物の授業が始まってからもぼんやりし続けていた本田に、教師も体調が悪いという弁を疑いもしなかったようだ。
 そんな自覚はなかったものの、教室に戻れば案の定移動教室であることを忘れていたらしい海馬が、自分の席で仕事をしようとしているのに出くわす。それに、少し話をしないかと屋上に連れ出したのは本田だ。海馬が素直に応じたのは、もちろん愛してやまない恋人に関しての話題があると思ったからだろう。
「違うなら何の話だ、さっさと言え。オレは暇ではない」
「……。」
 だが、屋上につき、なんとなくフェンスまで歩いてから、本田はその場にしゃがみこんだ。フェンスの方へと向き、両手でしがみつくようにしてため息を重ねる。
 そんな態度には、海馬でなくとも怪訝に思うだろう。時間のなさも重々承知している本田は、もう一度深くため息をついてから、ようやく口を開く。
「……海馬って、城之内のこと縛ったことがあるか?」
「は?」
 もしこのとき本田が海馬を見ていれば、城之内ですら滅多に拝むことができない素で驚く顔というものを拝むことができただろう。だが幸か不幸か、自分のことで頭がいっぱいになっていた本田は、相変わらずしゃがんでフェンスにしがみついていた。
 そんな不可解な様子を横から見下ろす羽目になる海馬は、実はこのときかなり葛藤している。とにかく、本田の質問の意図が分からない。城之内との繋がりで面識はかなりある方なのは間違いないが、その中では、最も常識的で一般的。道徳的でやや小市民という認識だった本田からの切り出しに、あれこれ思考を巡らせた海馬は、まずは質問の趣旨をはっきりさせようと試みた。
「……それは、時間的や環境的に束縛するといったような意味での」
「いや、普通に緊縛で」
「……。」
 比喩ではなく、文字通り縛ることの経験だ。本田が端的に返せば、海馬はまた黙る。たとえ海馬でなくとも、どうして恋人との営みを教えなければならないのかと勘繰って当然だ。だがそこは海馬だからこそ、薄すぎる羞恥心と本田への無意識の信頼で、つい生真面目に答えてくれた。
「……必要に迫られて、何度かは」
「ああ、そっか、城之内って凶暴だしな。暴れられたりしたのか」
 微妙な言い回しでも、本田には正確に理解できた。今でこそ慣れたのだろうが、付き合い始めた当初、経験もなくて恥ずかしさで暴れる城之内は、その拳の重さで何度も海馬をベッドに沈めたのだろう。シーツの海ではなく、血の海の方にだ。完遂するために縛ったとしても、海馬からの横暴ではなく、城之内からの提案に違いない。そうでなければ、城之内が海馬に懐くはずもないので、そこは素直に信用できる。
 だがしみじみと呟いた本田に、海馬は尋ねていた。
「……顔の怪我は、貴様の恋人に殴られたものか」
「え? ああ、いや、違う違うっ」
 どうやらベッドでの凶暴さまで似ていると解釈したらしい海馬からの、珍しく憐れみのこもった声に、やや面食らった本田は軽く否定しておいた。
 ちなみに、本田の左の頬にはガーゼが貼ってある。剥がすと痛々しい青痣があり、目立つので仕方がない。だが海馬や、他の仲間たちも朝一で勘繰ったように、恋人であるバクラに殴られたのではない。実は今朝実家の母屋で朝食を食べているとき、ふと母親が気がついてしまったのだ。
『……あら? その手、どうしたの?』
『ああ……いや、昨日、本田がヤるとき縛っ……?』
 昨日は平日だが、帰れる時間でなくなったので泊まっていったバクラは、母屋で朝食を本田の両親と共にとっていた。昨日の夕飯のときは、バクラが動ける状態になかったので本田が離れまで運んでおり、両親とは顔を合わせていない。そのため、夏服ということもあり、両手首に残った擦過傷は隠されることなくそのままである。随分薄くなったものの、肌が白いのでまだ目立つ。バクラは痛くないと言っているが、次からは気をつけようと本田が思ったときには母親にグーで殴られていた。
「ちょっと、家庭内暴力で」
「……。」
 ちなみに、父親の方は食卓が割れる勢いで頭を下げていた。姉もそうであるように、本田家では基本的に女性が強い。青痣になるほど息子を殴った母親は、すぐにバクラの手を取り、涙ながらに謝罪をする。
 そんな唐突な展開に、バクラは呆気に取られていたようだ。だが両親にすれば、バクラはあくまでよそ様のお嬢さんであり、まだ高校生なのに怪我までさせてと申し訳なくなったのだろう。ヒロトが母さんに似たばっかりに、と訴えられると、知りたくない両親の力関係まで察している傍で、土下座しそうな勢いで二人はバクラへと謝罪を重ねる。それにだいぶ面食らっていたバクラだったが、ようやく何を誤解されたのか分かったらしく、一応フォローしてくれた言葉が『気持ちよかったんで大丈夫です』だったのは、今更ながらどうなのか。
 両親も当然驚いていたが、いいならいいのだろうと、あっさりと認めていた。完全に、本田は殴られ損だ。痣が目立つので手当てをしてくれた父親が、あんないい娘さんはいないので大切にしなさいと諭してくれたが、微妙な気持ちになったのも仕方ないだろう。
「……それで、貴様は何を言いたいのだ」
「……。」
 今朝の実家でのやりとりは、海馬を呼び出したこととは関係ない。
 ただ、誰にも言わないでおこうと思っていたことが、海馬が登校してくるのを見つけたとき、我慢できなくなったのだ。
「いや、城之内を縛ったことがある海馬なら分かると思うんだけどよ……。」
「何をだ?」
 城之内はよくバクラを相手に惚気ているが、しゃべりたくなる気持ちというのは本田にはいまいち分からなかった。
 だが、それももう過去のものになっている。
 たまたま、自分にとって話せそうな相手が、よりによってこの社長サマしかいなかったというだけにすぎない。
「縛るのってさ、いいよな」
「……。」
「目隠しとかも、したことあるか?……ほんと、マジやべえよな」
 昨日、最初に拘束して目隠しもして行なってから、本田ははっきりと違いを自覚したのだ。
 もちろん、一度目も愉しかった。そして、二度目以降はいつになくバクラから甘えるようにせがまれて、気がついたときには夜もだいぶ更けるような時間になっていた。城之内たちと違い、会える時間が多いためか、逆にするときもさほど回数は重ねない。切羽詰るほどにならなくとも、時間があるからするかくらいの勢いで、体を重ねることもよくあったのだ。
 そんなときでも、バクラとするのは愉しい。だが、昨日は本当に快楽しか記憶にないほど、熱を貪ってしまった。初めてのときに匹敵するのではないかと思う没頭ぶりを、バクラがどう思っていたのかは分からない。少なくとも、本田は最高だと思った。毎回である必要はないし、心身共にもたないだろう。だがたまにはこういうセックスもいい。
 しみじみと実感した本田は、当然ながらそのきっかけとなったプレイに感銘を受けた。かといって、それをおいそれと話すことは憚られる。少なくとも彼女持ち、できれば共感を得られる経験者がいればと願っていたところに、うっかり海馬が登校してくれて今に至っている。
「……貴様、まさか、話とはその自慢ではあるまいな?」
「オレって、やばい性癖だったのかな? いや、これくらい普通だよな。ああ、悪い、海馬には今更すぎることなんだろうけどよ、オレ、すげービックリして……。」
「そんなことは知らぬわっ、普通だろうが違おうがオレには関係ない!! というか貴様がしっかりしないでどうするっ、貴様まで道を踏み外すとあの女が更に暴走して誰も城之内を止められなくなるだろうがっ!!」
 目を覚ませ!! と実に利己的な理論で海馬がフェンスを叩けば、派手な音を立てて金属が変形した。いつもの本田ならば、恐れ戦いていただろう。だが昨夜からずっと熱病に浮かされているような状態では、いつもの海馬だなあくらいにしか認識できず、またため息をついたときに唐突な声がした。
「……あっ、海馬いた!!」
「城之内?」
 それに反応したのは、海馬だ。
「なんだ、やっぱり屋上にいたのかよ」
「……!?」
 だが、続いた別の声に本田は思わず息を飲んだ。
 どうやら本田が生物の授業をさぼったので、追いかけてきたらしい。最初に教室に行き、そこで海馬の荷物があることに気がついたのだろう。すっかり目的が変わっていると思われる城之内は、変形したフェンスの前に立つ海馬へと嬉しそうに駆け寄っている。
「なあ海馬っ、海馬!!」
「ああ、どうした?」
 よほど本田との話が億劫だったのか、海馬はいつになく安堵したように城之内を迎える。そしてしっかりと抱き合おうとしたところで、笑顔のまま城之内が爆弾を落とした。
「なあっ、海馬もエロ本持ってんの!?」
「……。」
「男なら誰でも持ってるだろ、て、みんな言ってた」
 みんな、とは、どの辺りなのだろう。確実にバクラも含まれているのであれば、本田にとばっちりがこないとも限らない。少しだけ熱が冷め、フェンスに向かってしゃがみこんでいる本田は、いつ横から海馬に蹴られるか気が気ではなくなる。
「……持っていない。そういうものに興味はないのでな」
「あ、そうなんだ? 確かに海馬って興味なさそうだよなあ」
「ああ」
「どっちかと言うと、生身とかソリッドビジョンで調達できそうだし」
「……。」
 海馬が黙り込んだのは、呆れたのか、図星だったのか、あるいは城之内があまりに怖かったのか。
 嫌な沈黙を破ってくれたのは、本田の頼もしい恋人だ。
「持ってないって社長サマが言ってんだから、それでいいじゃねえか。バカ犬にしたって、持ってても構わねえんだろ?」
「構うって!! もし海馬がもしエロ本とか好きで持ってたら、オレ、作るし!!」
「……『作る』?」
「オレが被写体で作る」
 それをエロ本として海馬に所持してもらうというのは、なかなか新鮮な対処法だ。しかも、横で海馬は感心したように頷いている。だが動画からでは荒くなるな、という不穏当な独り言まで聞こえれば、バクラも仲裁する気はなくなったようだ。
 呆れたように城之内の背中を押し、今度こそしっかりと海馬と抱き合わさせる。そうして悪友たちが久しぶりの逢瀬を楽しんでいるのを横に感じ、ほっと安堵したところで背中を軽く蹴られた。
「……!?」
「で、てめーはなんで座り込んでんだよ?」
「ああ、いや、なんでもねえよ……!?」
 膝で押すと言った方が近い仕草で、本田は慌てて立ち上がる。ついでにフェンスの方を向いていたので振り返れば、そこには昨夜散々抱き潰してしまったバクラが気だるそうに立っていた。
 本田とは違い、精神的にあまり気にはしていないらしい。ただ、純粋に体力がきついようで、今朝も『せめて週末にすればよかったな』とぼやいていた。授業中もやや眠そうにしており、何度か欠伸を噛み殺すのを見ている。どこか心ここにあらずの本田の様子と相俟って、いつもの仲間内からはバクラの方からよほど特殊なプレイを仕掛けたのだろうと、勝手に解釈されていることまではまだ知らない。
「そ、そうだ、バクラ、まだ眠いんだろ? ほんとに保健室で寝てくるか?」
 大方、バクラたちも体調不良かその付き添いと宣言して授業を抜け出してきたはずだ。そう考え、提案してみた本田に、バクラはゆったりと笑みを浮かべていく。
「……。」
「てめーの所為だろうが? ったく、ガキじゃあるめえし、浮かれやがってよ」
 口調は相変わらず小馬鹿にしているが、手首にうっすらと残る赤い痕を見せつけてから、その手を伸ばしてくる。
「……なあ、本田ぁ?」
 指を絡ませるように握られただけで、昨日の熱を思い出してしまいそうだ。だが疼くのは腰より胸の奥で、何を求められているのかを正確に理解し、本田はゆっくりと唇を重ねてやった。
 それを傍で見ていたもう一組のカップルは、微妙な会話をする。
「……縛ったのは、角刈りの方ではなかったのか。何故あんなに調教されておる」
「よく分かんねえけど、肉を切らせて骨を断ったってバクラが言ってた」
 結果論だとも言ってたけど、と城之内が続けたのを、正確に理解できたのは海馬だけだっただろう。
 元々意図してやったのではなく、恋人としてなんとか応じてみれば予想外に本田が落ちてきたということだ。学校や人前などでは、よほどのことがない限り本田からキスなどしないし、できない。だがどうしてもさせたいときのせがみ方を学ぶことができ、バクラもまた嬉しくなって自分からも唇を重ねてやった。






 数日後、本田は海馬の奇襲を受けることになる。
 どうやら『自慢話』を参考にし、縛るだけでなく目隠しも試みた海馬は、暗くて怖いと暴れた城之内に『マジでやばい』反撃を食らったらしい。そんな顛末にはさすがに同情禁じえず、これで海馬の気が晴れるならと素直に八つ当たりされてやったものだった。
 









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偽者フィーバー!!!
いやあ、無理だな、本バクでエロって難しい!!!
なんかすんごく挫折しそうになった… むずい!!!
なんかアンアンしすぎたと反省。
いや、「いつもと違って喘ぐ」がテーマなので、間違ってはないんだけど、その「いつも」を書かないから以下略。
そういや、頑張ってエロったのも縛ってたわ…
攻が主導権取ってるエロって ほんと 難しいな・・・ そんな〆

ロボっぽい何か