| 0125-26 |
年も明けた一月下旬、いつもの平日のようでいて、いつもの通りではなかった。 「えへへっ、バクラ、おっはよーっ!!」 「……ああ」 へらへらとしまりない笑みで近づいてくるのは、一応つるんでいる者の一人である城之内だ。基本的にあまり賢くない駄犬だが、朝から既にこうだというのは珍しい。普段どおりならば、特に朝こそテンションも低く不機嫌なことが多いのだ。それは女にありがちな低血圧ということではなく、早朝から新聞配達という力仕事をこなしてくるからである。おかげで睡眠時間がまとまって取れず、仮眠明けに近い状態で登校してくる城之内は大抵朝は大人しい。 だがそんなこともなくなったのだと、遅ればせながらバクラは思い出していた。いろいろもめはしたらしいのだが、昨年末で城之内は長年続けてきた新聞配達のバイトを辞めている。ちなみにもめたのはバイト先とではなく、城之内にせめて早朝のバイトは辞めろと詰め寄ったらしい恋人サマとだ。極度に過保護だが純粋な時間のなさで構いきれないらしい城之内の飼い主は、強引に引き取って面倒を見る度胸もないくせに貴重な収入源を断たせた。いっそ傍若無人に監禁でもしてしまえばいいのに、そういう手段には出ないらしい。それを城之内は『寛容な理解』とのろけていたが、バクラにしてみればただの臆病さにしか見えない。それでも、当の城之内がそうして恋人から時間を作ってほしいと言われたこと自体は喜んでいる節だったので、新聞配達をやめても生活は大丈夫そうだと聞き及んだことでいちいち首を突っ込むことはやめた経緯もある。 そんなことを思い出していれば、朝の城之内に近寄るべからず、というのは過去の格言だということは納得できる。かといって、朝から気持ち悪いほど上機嫌な理由も分からず、自然腰が引けそうになりながらも表面上は平然と自分の席へと向かってみていた。 「なあなあっ、バクラ、今日何の日か知ってる?」 「知らねえよ」 「なあなあっ、何の日か聞きてえ!?」 聞きたくない。 表情だけではなく、はっきりと言葉に出して言ってみたのだが、当然城之内は聞いてくれることはなかった。 さっさと自分の席について腰を下ろしたバクラに、城之内は後ろから嬉しそうに懐いてくる。そして、人のことは言えないが豊満な胸を肩の辺りにムギュッと押し付けるようにして、城之内は腕を回してきていた。 「重えよ」 「なあ、今日俺の誕生日なんだってば!!」 そのまま後ろから叫ばれた言葉で、バクラもようやく少し理解はできていた。 すべてが終わって新たな体を得てからまだ数ヶ月、この日付が回ってきたのはバクラにとっては初めてだ。だが宿主だった獏良了の体にまだ居候していた頃にも、確か、城之内の誕生日を祝っていた記憶があった。 「ああ、そうか。おめでとサン」 「おうっ、ありがとな!!」 誕生日ならば、機嫌がいいのも当然かもしれない。特に毛嫌いもしていないので、バクラも適当な祝辞は述べておく。するとそれに嬉しそうに頷いている城之内だが、一向に背中から離れてくれる気配がなかった。 もしかすると、誕生日プレゼントを期待してるのだろうか。 だがそれは二重の意味でありえなさそうだ。一つは当然、バクラは今聞かされるまで城之内の誕生日であることを知らなかったので、事前にプレゼントなど用意してるはずもないことぐらい分かっていると思われるからだ。更にもう一つは、そもそも根本的な性格として、城之内は他人に物をねだることは滅多にしない。むしろ頼ることさえ過敏なまでに倦厭しているので、やはり物を欲しがっているというのはありえない推測だろう。 だが今もって城之内は何かをねだるように、あるいは促すように、やたらバクラに懐いてきている。そこで仕方なくいろいろと考えてみたバクラは、この上機嫌で思いつく理由を口にしてみてやっていた。 「……社長サマに、なんかもらったのか?」 むしろ日付が変わった直後にとことんハメてきてもらったのか、とは言わなかったが、大方そんなところだろう。 なにしろ、この城之内は心底自分の恋人が大好きなのだ。更に性的な触れ合いも大好きだと日頃から公言しており、誕生日にそれこそ今朝までよがらせてもらって大満足しているというのは考えられる話だ。 だがそう言ってみたバクラに、何故か城之内が答える前に他の面々が返事をくれていた。いずれも声には出さないジェスチャーだったが、杏子や御伽が示していたのは、正解の○でも不正解の×でもなく、ひどく曖昧な三角という判定だった。 「んーんっ、それはこれから!! 海馬もここのトコ忙しくてさ、ずっと会ってなかったんだけど。今日は会えるって、俺のために時間作ってくれるって!!」 「……そうか、よかったな」 三角という採点の内訳は、城之内からの言葉ですぐに理解できた。ついでに分かったことは、杏子や御伽といった面々は、既に城之内に散々惚気られた後なのだろうということだ。 どうやらもうプレゼントをもらったのではなく、これからもらえるという約束をもらっての上機嫌だったらしい。確かに城之内が一番欲しがっているものは恋人との時間なのだし、その意味で最高のプレゼントが用意されていることになる。それが嬉しくて自慢して回りたいのかもしれないが、生憎とバクラは遊戯などと違って表面的にであっても調子を合わせて喜んでやることはない。よって淡々と相槌を打っただけだったのだが、気を悪くするでもない城之内は更に意気込んで後ろから尋ねてきていた。 「それでなっ、それでな!? なんか、すっごいプレゼント用意してるって!!」 「……よかったじゃねえか」 「なにかな、なにくれんのかな? 金とか物とかはいらねえって言ってあっからさ、なんか、期待しちゃうよな!!」 海馬なにしてくれるんだろーっ、と嬉しそうに叫んで首を絞めてくる城之内に、バクラはいっそ逆に絞め殺してやろうかと遠のきかけた意識で殺意も抱く。だがそこはなんとか腕を外させ、かろうじて思いとどまっていた。 「こ、の……バカ犬っ、苦しいっての!!」 「へ? ああ、悪い悪いっ、つい嬉しくって!!」 だって海馬がーっ!! と更に首を絞めてこようとしている城之内の腕を軽く押しとどめ、バクラは深いため息をついていた。もしかすると照れ隠しで抱きついているつもりなのかもしれないが、城之内の腕力ではきっと牛でも絞め殺せる。そう思ったときに、ようやく城之内の一番の親友であるはずの遊戯が机で伏せたままであることに気がつき、もしかしてアレは落とされているのでは、と今更のように勘繰っていた。 だが加害者であることは決定している城之内は気にしていないし、杏子や御伽といった面々も放置している。ならば単に精神的ダメージが大きかっただけか、とあっさり納得している間に、城之内は椅子の後ろから腕は回したままでするりとバクラの正面に回ってきていた。 「……おい、バカ犬」 「なあなあ、海馬のヤツ、何してくれるんだと思う? もう俺どうしよっ、心の準備とかさ、あーもーっ!!」 「……。」 なに当たり前みたく座ってきてんだコノヤロー、とバクラは心の中だけでは罵倒しておいた。すっかり浮かれ調子最高潮らしい城之内は、バクラの机を前方に押しやると、できた隙間を跨ぐようにしてちゃっかり膝に乗ってきたのである。これも人のことは言えないが城之内もいい加減スカートが短いので堂々と足を上げるなと思いつつ、さり気なくめくり上がりそうな裾を直してやりながらバクラはため息をついていた。 どうやら城之内は、海馬からのプレゼントというものをベッドの上での特殊なプレイと思い込んでいるらしい。確かに金も物もいらないと言っているのであれば、他に渡せるのは海馬自身が何かしらをしてやることぐらいだ。贈った相手を喜ばせるという鉄則に則れば、ベッドの上で興じるアレコレは確かに城之内を悦ばせるだろう。だが城之内の恋人という人間、かどうか微妙な相手を想定した場合、それではあまりに単純すぎる気もしていた。 「……確かに、心の準備はしといた方がいいかもしれねえな」 「そうだろそうだろ!? ……て、そうなのか? え、俺が引いちゃいそうなほどのこと、海馬が準備してると思ってる?」 頷いてみせたバクラに、城之内はひどく嬉しそうに相槌を打っていた。だがすぐにそれは心配そうなものへと変わっていく。 どうやら相当なプレイをされてしまうのかと危惧したようだが、バクラは別段そういったつもりで言ったわけではなかった。ただ単純に、全く違うものが用意されているのではと推測したのだ。 「引くかどうかは知らねえよ、それはテメェが決めることだろうが」 「そ、それはそうなんだけどよ……。」 「ただ、オレサマが思ったのは。いい加減、あの社長サマも焦れてんじゃねえかってことだ」 そう言ってみれば、城之内は不思議そうに首を傾げている。仕草こそ幼くて可愛いもののようにも見えるが、正面から伸ばされた両手がバクラの肩ではなく何故か両胸に置かれている辺り、なんとも微妙な光景だっただろう。 「だからな?……あの神官ヤロー、プロポーズしてくんじゃねえのかって言ってんだよ」 「えっ!?」 城之内がやたら胸を触ってくるのは最早日常なので、バクラは止めるどころかほとんど意識にも入っていなかった。だがニヤリと笑ってからかうように言ってみれば、驚いた城之内にムギュッと胸を鷲掴みにされて顔をしかめてしまう。そうされるまで気がつかなかったのがまずは軽い屈辱だったというのもあるが、それより、バクラの言葉に動揺した城之内が妙にそわそわと視線を泳がせ始めたのだ。 「……まあ、それだとテメェが嫁に『もらわれ』ちまうからな。プレゼント、つーことで考えたら、婿としてテメェに『くれる』のかもしれねえぞ?」 「えっ、ええっ、でもそんな、え、マジで……!?」 ほのかに顔は赤くしているものの、バクラが予想していたような浮かれすぎた笑顔というものには程遠い城之内は、どうやら事実になれば心からは喜べないらしい。むしろ困ってしまうと露骨に顔に書かれており、ますます不可解になったバクラはつい端的に尋ねてしまっていた。 「なんだよ、テメェは嫌なのか?」 あれほど海馬が好きで好きで大好きだと繰り返しているのに、いざ結婚を申し込まれれば躊躇するのか。 どうにも現代日本の女子高生、という感覚に程遠いバクラなので、女で十七となればそろそろ結婚について考えてもいい時期だという意識の方が強いのだ。よってもしプロポーズされれば一二もなく快諾するだろうと勝手に思い込んでいた城之内のそんな反応の理由は、仕方なさそうに開かれた口でようやく説明がなされていた。 「だって、その、俺、借金とか、あとオヤジのこととかも、あるし……。」 「……。」 「それに……だって、あの海馬だぜ? 俺なんかじゃ……。」 つりあわないだとか、今は気まぐれかもしれないしだとか、そんなことを俯いてぽつぽつとこぼす城之内は、結局のところ自信がないだけらしい。確かにこの二人が付き合い始めてまだ一年にも満たず、互いに学生で海馬の方は法的に結婚できる年齢ですらない。更に家庭や仕事といった諸々の事情があることも分からないではないが、それをすべてひっくるめたとしても、バクラにはある確信があった。 「それこそ、『あの』海馬だろうが? ヤツならたとえテメェが男だったとしても、嫁にもらってたと思うぜ?」 時期は選ぶかもしれないが、あの海馬であるこそ、気まぐれだという可能性だけは絶対にないとバクラですら言える。それは今現在好意を向けられ、その腕の中で愛情を享受している城之内が一番分かっているはずだ。だからこそバクラの言葉にハッと息を飲み、途端申し訳なさそうに視線を彷徨わせる。どうやら海馬に対して後ろめたくなったらしい城之内は、そう指摘したバクラには逆に拗ねたように睨んできていた。 「もし俺が男だったら!! ……男だから、お嫁サンにはしてもらえねえよっ」 「あの社長サマの惚れっぷりを見てると、性別なんざ関係なさそうだけどな」 「あるって、ないワケねえだろ!?」 そういう一般論が通じないのが海馬瀬人という特殊生物だ。 呆れた視線だけでそう返してみれば、城之内はますます意地になったように睨みながら唇を尖らせている。 「だって、男同士だったらエッチできねえし!! ……あ、そうだ。俺がもし男だったら、仕方ねえからバクラのこと嫁にもらってやるよ」 しかもよく分からない切り返しをしてきた城之内には、今度は声に出して心底呆れてしまっていた。 「テメェが男でも嫁いでやらねえよ。大体仕方ねえとか堂々と言うな、嘘でもアイシテルからとか言ってみろよバカ犬が」 「けど言ったら嘘だろ、俺が男だったとしても絶対海馬のことが好きだし? でも男同士だと結婚できねえから仕方なくバクラでいいやって言ってるんだし、なんだよ、バクラは俺と結婚するのイヤなのか?」 こんなふうに言われて、ハイ喜んで、と答える女などいないと思う。だがあくまで仮定の話であるし、もし男同士ならという話題を振ったのはバクラの方であるので、城之内にしてみれば少しばかりの意趣返しが含まれているのだろう。 そこまで見抜いても、やはり面白くないものは面白くない。理不尽で横暴なことを言ってきている城之内以上に、少し前に教室に入ってきてやや遠巻きにこちらを眺めていた角刈りが、『……男の城之内になんかますます張り合って勝てる気がしねえ』と敗北宣言をしているからだ。そもそもありえない想定で勝手に負けてんじゃねえとその不甲斐なさを後ろから蹴り飛ばしてやりたくなるが、取り敢えずはまだお膝に乗ってきている元凶をどうにかするのが先決だった。 「イヤに決まってんだろうが、オレサマにも選ぶ権利があんだよ。それより別に男同士でもヤれねえことはねえだろ、テメェが頑張って社長サマ悦ばせたら男でももらってくれるっての」 適当にこの話題を終わらせたくて、バクラはそんなふうに言ってみる。もし自分が男ならば海馬に選んでもらえない、と城之内が言っていた際の原因は、セックスができないからだとしていたのだ。 確かに妊娠や出産といったものはできるはずもないが、挿入して繋がることは男同士でも可能だ。ただ繋がる穴が違うだけで、と思っていたバクラに、一瞬ポカンとした城之内は、直後に意気込んで尋ねてきていた。 「なあなあっ、男同士でもエッチできんの!?」 「痛えだろバカ犬っ、潰れるほどつかんでんじゃねえよ!!」 だがその途端両手を添えていた胸を容赦ない握力でムギュッとつかまれ、さすがの痛みにバクラはパシッと軽く頭をはたいておく。すると慌てて力を緩めた城之内は、すまなそうに手を蠢かせていた。 「わ、悪い、ついビックリしちまって。ほら、痛いの痛いの、飛んでけーっ?」 「ならまずテメェが飛んでけよ、つか、そんな揉むなバカ犬……!!」 「なんだよーっ、バクラ、ワガママー!!」 痛む箇所を撫でるつもりだったらしいが、制服の上からとはいえ大きく揉みしだかれればそれなりに卑猥だ。だが問題はそこではなく、相変わらずシャツの前合わせがめいっぱいになっているので下手に揉まれるとまたボタンが飛んでしまう。そうなると、今は同居人で、戸籍上は双子の姉となっている獏良に大変ニコニコと凄まれてしまうので、できれば避けたい事態だった。 そんなことが分かったわけではないのだろうが、膝に乗っていることでほぼ視線が同じになっている城之内は、その目をキラキラとさせて尋ねてくる。 「で、どうやってやんの!?」 だがそうして好奇心一杯に尋ねられても、やはり嫌そうな顔をするしかない。 「……知る必要があんのか?」 「だって、朝起きたらいきなり男になってたりすることがあるかもしれねえだろ? そのときのために!!」 そんなことになったときでも海馬に愛してもらえるために!! と力説している城之内だが、まずそんな事態にならないというか、仮になれば当の海馬が懇切丁寧に実地で教えてくれるはずだ。そう返しても納得してくれないことは容易に想像がついていたので、仕方なくバクラは城之内へと言ってやっていた。 「バカ犬、耳貸せ」 「おうっ?」 するとようやく胸から両腕を外した城之内は、その手をバクラの両肩へと回し、ぐっと顔を近づけてくる。 自分はなんとも思わないが、他の者ならばドキリとしてもおかしくない仕草だ。誰彼構わずやるはずがないと知ってはいても、もう少し躾をした方がいいのではないかと内心バクラは海馬へと毒づいていた。 「……だからな?」 それでも、実際には耳を口元に寄せてきた城之内に、バクラは教えてやっていた。男同志でするならば、当然後ろを使うしかないだろうと端的に言ってみれば、しばらく目をパチパチとさせていた城之内は、やがて身を引くと正面からバクラの目をうかがってくる。 「……マジで?」 「他に入れる穴はねえだろうが」 「……気持ちいいのか、それって?」 どうやらほとんど知識としてなかったようで、城之内は疑わしげだ。もしかして騙してきているのでは、と怪訝そうな表情は露骨に示していたが、今回に限ってはバクラも冗談を言ってはいない。だからこそ、ポンと片手を頭に置いてやると他人事なので適当に返してやっていた。 「だったら試してもらえ、女ならどっちででもできるんだからな」 「そ、それもそうか……!!」 ちなみに男の場合は前立腺てのがあるから気持ちいいんだけどな、という言葉は、すっかり考え込んでいる城之内の未来が面白そうだったので黙っておいた。 やがて始業を知らせるチャイムが教室内にも響き渡り、ぶつぶつと独り言をしながらまだ思案しているらしい城之内を膝の上から追い出しておく。あの調子では、試してくれとせがむことはほぼ確実だ。実際に海馬がプレゼントとして何を用意しているのかは知らないが、少なくとも城之内が想像していた『ベッドの上での特殊なプレイ』に至ることになるだろう。 自分はなんと友人思いでいいプレゼントをしたのだ、と内心自画自賛をしていると、城之内と入れ違うようにして一人の男子生徒が近づいてくる。どうやらバクラたちの会話に入れそうにないので遠巻きにしていたらしく、授業が始まる頃になって自分の席についたようだ。バクラの真後ろの席についた男子生徒、いつもつるんでいる連中の一人である本田は、まだ教師が入ってくる前のざわついた教室内で後ろからそっと制服を引っ張ってくる。 「……なんだよ?」 「あ、いや、その……!!」 それに面倒くさそうに振り向いてやれば、本田は焦ったような口調で妙なことを口走っていた。 「えっと、その、俺は!! ……俺なら、お前が男でも結婚申し込むっていうか」 「……できねえだろ、男同志で結婚は」 「あ!? い、いや、そうなんだけどよ、いやまあ、なんでもねえアハハハハ……!!」 そもそも、それでは順番が違うだろうとバクラは思う。もし男だったら、という仮定の前に、現実での性別を見ろというのだ。 だがちょうど教師が入ってきたことでバクラも前へと向き直り、そこで本田との会話は終わることになる。それでも授業中に時折、やっぱりまだ早いか、だとか、そもそも俺じゃあダメだよな、などというそれこそ先ほどの城之内のような泣き言が聞こえてきて、休憩に入ったら取り敢えず一発殴ろうと心に決めた一月二十五日だった。 翌日、二十六日の朝も普段とは違っていた。 教室のドアをくぐろうとした途端駆け寄られたバクラは、いきなり城之内に抱きつかれる。 「バクラっ、バクラ、ごめん!!」 「おあっ!? ……あ、なんだよ?」 その勢いがあまりに強かったため、さすがのバクラも受け止め損ねそうになる。だがなんとか踏みとどまって転倒することは避けたところで、しっかりとバクラに抱きついたままの城之内に再び謝罪されていた。 「バクラっ、ほんとごめんな!!」 「だから、なにがだよ……?」 昨日は惚気だったが、今日は謝罪らしい。相変わらず意味の分からないテンションの高さだと思いつつ怪訝そうに尋ねてみれば、それこそ朝だというのに城之内は叫んでいた。 「あのなっ、お前のことお嫁にもらえなくなっちまった!!」 「……別にくれてやるつもりもなかったけどよ」 「なんか、あれから海馬にさ、きいてみたんだけど」 男でも愛してくれるって。 ちゃんとお嫁にもらってくれるって。 「……いや、男なら『嫁』つか入籍は無理だろ」 「なんか、すっごい俺愛されるっぽい? いや愛されてんのかな、愛されてんだよな、なあなあバクラはどう思う? やっぱりバクラもそう思う!?」 えへへへへっ、としまりなく笑ってギュウギュウと抱きついてくる城之内は、やはり今朝も惚気がメインだったようだ。それはそれで結構だが、自分を巻き込んで欲しくはない。ついでに言えばまだ廊下なのでいい加減寒く、教室に入らせてくれと思ったバクラは城之内をすがりつかせたままずるずると引き摺って中へと入っていた。そして鬱陶しくしがみついたままの城之内に、バクラは面倒くさそうに尋ねてやっていた。 「……で、どうだったんだよ?」 結局誕生日プレゼントとやらはどうだったのか、と尋ねたつもりだったのだが、城之内は違ったふうに受け取ったらしい。自分の席についているバクラの前に相変わらず遠慮なく座ってきながら、少しムッとしたように返してきていた。 「どうもこうもねえよっ、スッゲェ痛かったし!!」 「……待て、試したのか?」 「つか痛すぎて入らなかったっての、あんなので気持ちいいワケねえよ!! バクラの嘘つき!!」 そう言うと、城之内は子供のように頬を膨らませている。それでも、バクラにしてみればそもそも疑問だった。男でも愛してもらえると約束してくれたなら、どうしてわざわざ試したのか。純粋な好奇心だったのかと首を傾げながら、バクラは尋ねてみることにする。 「そんなに後ろでしてみたかったのか?」 「だって、朝起きたら男になってるかもしれねえだろ? そのとき焦らないようにって今のうちから慣れとこうかと思ったんだけどよ、絶対無理、もう無理。ほんっと痛かったし!!」 どうしてそこまで性別転換を危惧しているのかは分からないが、仮にそんなことが起きれば城之内の体格は今よりだいぶ大きくなっているはずである。更に言えば昨日説明し損ねた器官のこともあり、女のままで試すよりは随分マシだろう。 恐らくは前で散々犯されてすっかり開発されていることが、落差となって城之内にのしかかったのだ。こんなに痛いなんて、とせがんでおきながら暴れたのは容易に想像ができ、血を見たのかと思わず呟いてしまう。 「……一応、突っ込まなかったから切れてはねえけど」 「そうかよ」 だがそんなぼやきを勘違いしたらしい城之内は、あくまで自分は無傷だと主張していた。バクラが思ったのは当然、暴れた城之内に殴られた海馬が吐血するという事態だったのだが、わざわざ確認するまでもないだろう。そう思い適当な相槌で流してみたのだが、城之内は妙に力説してくる。 「でももし怪我してたら、海馬が薬塗ってくれるって。約束してくれたから、まあ、痛かったけど会える時間増えるかもしれないからいいのかなって?」 「……二人きりの時間に適した過ごし方とも思えねえけどな」 「そっか? 俺、海馬といられるならなんでもいいけどっ」 だって海馬が大好きだからっ、と照れたように繰り返している城之内は、後ろを試されたことは痛かったようだが、それ以上に暴れる様子はない。つまり中断した後は普段のように散々嵌めてきて満足しているのだろう。 なんだかんだで、結局海馬もベッドの上での頑張りがプレゼントだったということか。 そんなふうに思いかけていたバクラの目に、遅ればせながらキラリと光るリングが飛び込んできていた。 「……バカ犬、その指輪は?」 「え? あ、海馬がくれた!!」 かなり細めで装飾も大人しいシルバーのリングが、右手の薬指にしっかりと嵌められている。結局それが誕生日プレゼントだったのだろうが、城之内ならばまず真っ先に主張して然るべきものではないのだろうか。あるいはそんな意図はなく贈られた指輪であれば、その高価そうな輝きからも城之内が簡単に受け取るとは思えない。そんなふうに考えていたバクラに、軽く右手を示して見せた城之内は照れたように説明してくれる。 「あのなっ、ほら、俺ってオバケとか苦手だろ?」 「そう思えばよくオレサマとかあっちの遊戯とかと平然とできてたよな」 「自分で言うなっての、今更怖くなるだろ? そうじゃなくって、コレ、すっごい効果がある魔除けなんだって!!」 魔除け。 あのオカルト嫌いの海馬が、どんな思いでそんなことを口にしたのだろう。想像しただけでも同情で泣けてきそうだ、と思っているバクラの心情など気づく様子もなく、城之内は感心したように続けている。 「なんか、ずっと俺のこと守ってくれるんだってよ。その約束手形? そんな感じらしい」 「……待てよバカ犬、それって『誰』が、テメェを『守って』くれんだ?」 「へ? 海馬に決まってんだろ」 当然のように答えてくる城之内に、それはもしかして魔除けではなく虫除けなのではないか、とバクラは気がついてしまっていた。 そうであれば、海馬の言葉は当然その意図がある。 そして、この調子では城之内には全く伝わっていない。 「テメェ、それでよく社長サマに愛想尽かされねえな……。」 最早鈍いというより、信頼していない域にすら達している気がする。呆れの境地でそう呟いたバクラには、城之内は素で首を傾げていた。 「なんか、それ海馬にも言われた。愛想尽かさない自分が不思議だ、みたいに」 「……よかったな、バカ犬。社長サマの愛は物凄い深いようだぞ?」 半ば投げやりに言ったバクラに、城之内は嫌味を全く受け取らずにひどく嬉しそうに頷いている。 「おうっ、だからバクラ、ごめんな? 俺男になることがあっても、やっぱ海馬のトコ行くから!!」 「……行っとけ行っとけ、オレサマの手には負えねえよ」 「だって、俺、海馬のこと好きだし? 海馬が俺のこと好きって言ってくれてる間は、傍にいていいってことだろうし、だったら俺ずっとずっと海馬といるっ」 海馬といると言った傍からギュッと抱きついてきている城之内は、本当に嬉しかったのだろう。 愛されているときだけ愛すのではなく、愛されている間だけは傍にいさせてもらいたい。それは要するに海馬の気持ちに関係なく、城之内はずっと海馬が好きだということだ。 バクラですら分かる論法なので、空回りするほどひどく頭の回転はいいらしい海馬にはもっと強烈に響くのだろう。だからこそ、変なところで鈍くて自信がなさげでそれが逆説的に理不尽な言動に繋がっていても、海馬は城之内を突き放せないのだ。むしろますます目が離せなくて深みに落ちていっているのではないだろうかとすら思う。 海馬も決してまともな人間とは言いがたいので、つくづく割れ鍋に綴じ蓋だとバクラが思っていると、ガバッと体を離した城之内がいきなり右手を握ってきていた。 「あんだよ?」 「だからなっ!? バクラは適当に本田とかと結婚してやれよ、つか本田としてやれよ、ていうかなんか昨日からやけに本田が今更拳で決着つけようとかテストの順位で競うとか勝てもしねえのに張り合ってきてて鬱陶しいんだよバクラお前がなんとかしろって」 一気に言い切られて一瞬面食らったものの、拳はともかくテストならば多少本田の方がマシだったのではないかとバクラは思う。拳に関してはたとえ勝負を挑んでも結局本田は城之内を殴れないだろうし、ハナから勝負は決まっている。 その自覚もあるだろうに、愚痴でも言ってしまった本田は相当追いつめられているのか。鬱陶しいと既に言っている時点で、城之内が殴っていることも自明だ。バクラが知らないということは見えないところでやりとりがあったのだろうが、つくづく命知らずなヤツだと呆れてしまっていた。 「それは、オレサマがどうこうって問題じゃねえだろ? 大体その気もねえのに言い出したのはバカ犬の方じゃねえか」 「その気もねえって、失礼な。もし俺が男で海馬が全然相手にしてくれなくって更に海馬と報われないなら誰でもいいから結婚してやるとか人生投げやりになったら絶対バクラ選ぶのに!!」 「大丈夫だ、テメェの人生は捨てたモンじゃねえよ? あの社長サマも、男だろうがなんだろうが、今更その程度でテメェみたいな恋愛バカを見捨てたりしねえ。ほら、それがこの証拠なんだろ?」 どうせ理解はされないと学んでいたので真摯な表情で皮肉を散りばめ、バクラは握られていた右手で城之内の右手をギュッと握り返してみる。すると少し驚いたような顔をした城之内は、すぐに嬉しそうにニッコリと笑っていた。 「……おうっ!!」 「だからな、バカ犬?」 どこぞの角刈りがまた無駄に落ち込んでるからいい加減懐くな、と押し返してみるが、幸せいっぱいな城之内は聞いてくれるはずもなかった。だが結局昨日の誕生日に何も用意できなかったのだし、これぐらいはいいかとも思い直したし、今は好きにさせておいてやる。 仲間とも、友人とも表現しにくい。 それでも随分とその行く末が気になるバカな犬の生まれた日を、一日遅れで祝ってみたバクラだった。 |
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お誕生日おめでとう城之内克也。
なのに、なにこの話。
イヤンバカン…。
いろいろホントすいませんorz