■ひめごとトーク







 昨日、遂に結ばれた。
「……。」
「……山本?」
 ふと気づけばそのことばかり考えている自分に、嫌気が差す。
 いや、釘を刺す。
 自然と緩んでいた口元を引き締め、記憶を追い払うためにぶんぶんと首を振る。すると脳が揺れる感覚に、本当にあの思い出が消し飛んでしまうのではないかと不安になり、焦った。
「……ツ、ツナ!?」
「えっ、うん……!?」
「……。」
 だから、代わりに覚えていて。
 自分に万一のことがあって昨夜の幸せな記憶がごそっとなくなるような事態に見舞われた場合、こんなことがあったんだよと優しい親友に教えてもらいたくなった。いわば保険だ。いつもいつもバカだと言われる自分の頭脳など、山本はさほど信用していない。
 あれは大切な記憶だから、ツナに覚えておいてもらおう。そんな決意が言葉にならなかったのは、この思考自体がひどく破綻していると気がついたからではない。単に、話そうとしてたことが鮮明に脳裏に描き出され、気恥ずかしくなったのだ。
「や、山本?……いやだからそうして顔赤らめるってことは確実に獄寺君絡みだろうから聞きたくないんだけどでもこのままじゃオレもなんか気持ち悪いっていうか」
「……いや、なんでもねえ」
 それでも、黙っているうちに山本の中には少しだけ正常な理性が戻ってきていた。
 そもそも、簡単に話せることであれば、ツナにとっくに告げている。基本的には素直な性格なので、特に楽しいことに関しては黙っておくということはできないのが山本だ。
 そんな自分を自覚しているからこそ、山本は話してはいけないのだと決めたはずだった。
 大きく深呼吸をし、なんとか気持ちを落ち着ける。昼休みの屋上で、弁当はとっくに食べきっていたが、残っていた最後の牛乳をすすり上げてから、背もたれにしているフェンスをガシャンと鳴らした。
「山本?……で、また黙り込むんだ。いやまあそれって確実にオレに対する配慮なんだろうけどさ、正直ここまであからさまに朝から上機嫌だと推測できることが一つしかなくてそれも嫌なんだけど」
「……そ、そういえば遅いのなっ」
「うん、遅いね、獄寺君」
 話題を変えようと思い精一杯の配慮でそう切り出した山本は、ツナからの相槌で話題が変わっていなかったことを思い知らされた。
 そんなことは当然だ、あんなことをしたばかりであの存在を思考の外に置いておくことなんてできない。
 頭の片隅で囁く言葉に、山本は無意識に頷いていた。顔が赤くなっていることは自覚しているが、単にそれは先ほどから熱が引いていないだけだ。
 ともかく、昨夜のことではなく、今現在のことを考えるよう山本は努めた。
 山本が切り出し、ツナも頷いたように、この屋上にいつもつるんでいるもう一人の姿はない。相変わらず授業中も態度が悪かった獄寺は、四時間目の担当だった国語の教師に呼び出されたのだ。説教をいくら重ねたところで獄寺がまともに聞くはずもないが、こうして昼休みを潰されるのはつらい。さすがに昼食を食べる時間がなくなるようなことはないだろうが、本音で言えば、一分一秒でも長く傍に居たかった。
「……。」
「……で、また山本は幸せ噛み締めちゃうんだ。いい加減オレが気づいてないことを前提に隠してくれなくていいからとは思ってるけど、でも、今日それを言うとなに聞かされるかさすがに怖いよ、だって二人がオレの存在忘れてキスに浸ってたことなんて何度もあるんだからそれ以上って、ねえ、聞かされてもオレも困るよね?」
「え?……あ、ああ、うんうんっ、そーなのな!!」
 また、思考が獄寺にいってしまっていた。
 隣に親友がいるのに申し訳ないと思い、素直に頷いてみせた山本にツナはますます微妙な顔をしている。
 そんなツナに、すべてを話すべきかと山本は迷う。そもそも山本が獄寺との付き合いを報告していないのは、ツナが京子にまだ片想いだからだ。変な気を回したというよりは、回せと言われたので守っているにすぎない。もちろん山本にそう命じた恋人、獄寺にしてみれば、気遣い半分と後ろめたさ半分だ。要するに、尊敬する十代目と称するツナの親友を、手篭めにしてしまったことがバレたくなかった。
 もし獄寺の保身を聞いていれば、そのときはまだ手を出していなかったじゃない、とツナも笑ってみせることはできただろう。だが今朝からの山本の様子を見ていれば、合意の上には間違いないが、獄寺がやっと手を出したことは明らかである。
 長かった、と獄寺は昨夜完遂の悦びの際に思ったものだ。
 長かったね、とツナは今友人として獄寺の我慢強さというか、おそらくは自信のなさや臆病さに、どうせ至る行為は同じなのだからさっさとすませてほしかったと思っている。一応二人からの配慮でツナは関係を知らないことになっているので、たきつけることもできなかったのだ。ツナがそうして背中を蹴り飛ばしたかったのは、唯一点、キス以上に及んでもらえない山本の空元気が痛々しかったからだ。
「……。」
「……山本、それでまた浸りだしちゃうんだ」
 まあ別にいいけどね、とツナが隣で呆れつつ微笑ましく見守ってくれているのにも気がつかないほど、山本はまた幸せに包まれていた。
 話していないつもりのツナにもすっかり見抜かれていたように、山本は確かに獄寺とお付き合いをしていた。付き合うぞと言われたときにキスをされたので、キスに関してはそれなりにずっと交わしていた。だがいくら獄寺と唇を重ねても、体を重ねるには至らなかったのだ。山本には知識がなかったので、男同士でそこに至ることを最初から知っていたわけではない。むしろ、獄寺に教えられた。舌を絡める深いキスにも慣れてきた頃、体が顕著に興奮していることと一緒に、獄寺に教えられたのだ。
『……なんだよ、キスだけでこんなになってんのか? テメェも期待してるんだな?』
『うぁっ!? ……あ、何を?』
『何を、て……だから、セックスに決まってんだろ?』
『え?』
『……。』
『ええ?』
『……いや、だからな?』
 何故か相当険しい表情をしていた獄寺は、それでも男同士の行為について教えてくれた。初めて知った山本にとって、その事実は衝撃的すぎた。
 だが、驚きすぎたのがいけなかったらしい。無表情を否定と受け取ったらしい獄寺は、そのときはそれ以上進めることはなかった。山本としても知ったばかりで心の準備ができておらず、強行されなかったことは喜ばしい。まさかそれから二ヶ月も進展しないなどと予想だにしていなかったので、獄寺が時折恋人のときだけ見せる優しさにうっとりしていられた。
「……。」
「……で、どうしたまた山本は暗い顔してるの、まるで昨日までみたいじゃない、浮かれた調子はどこにいったのさ!?」
「獄寺ぁ……!!」
 知ってしまった山本は、キスに興奮する自分もおかしくないのだと理解した。だがそうと教えてくれたはずの獄寺がそこから進もうとしないことで、途方に暮れてしまったのだ。
 まだ時期ではないのかと、しばらくの間は待った。痺れを切らして何度か尋ねたこともあったが、獄寺は曖昧にはぐらかすばかりだった。
 獄寺は、もう自分とそんなことする気がないのだろうか。
 二ヶ月も経てば当然至った結論に山本は愕然とし、自覚はなかったが態度に如実に表れた。あのとき、最初に断る形になったことで、獄寺はする気が失せたのかもしれない。いや、あのときだけが唯一獄寺がその気になってくれただけなのかもしれない。なにしろ、男同士なのだ。獄寺の言う方法で繋がったとして、気持ちいいかは山本には分からない。普通に考えれば、女性とした方がいいに決まっている。それにも関わらず、あれだけモテる獄寺がいつまでもセックスもできない男と付き合ってくれているとは思えなくて、不安なのにどうすればいいのか分からず、余計に気持ちばかりが焦っていたところで昨夜の出来事になったのだ。
「……。」
「で、すぐまたデレデレに戻るんだ? まあ過ぎたことで泣かれても困るんだけど、いい加減話したいなら話していいから、他の人に話すよりはいいでしょ? オレだけで被害もすむんだし」
 驚いたが、嬉しかった。
 なにより幸せだった。
 優しいが激しい熱も伴っている記憶にまた包まれ、山本はうっとりする。できればこんな嬉しいことを親友にも伝えたいと思い、顔を上げた。
「……あっ、あのな、ツナ?」
「うん?」
「……。」
 だがそこで、大好きな恋人の言葉を思い出す。
「……あ、やっぱ言えねえ」
「そうなんだ? まあそれならそれでもいいだけど……?」
「だって、ツナが羨ましがったらいけねえからって。獄寺が気を遣えって言ってたのなっ」
「羨ましくないよ!? 正直、そこまで浮かれられると羨ましさとかもなくなるからねっ、負け惜しみじゃないからコレ!?」
 これがまだ京子との恋のアドバイスになるならば、山本も話すことに積極的になれたかもしれない。だがやはり自分たちは男同士であるし、あまり参考にならないだろう。そうこうしているうちに、昼休みがあと五分で終わるという予鈴が鳴り響く。五時間目は嬉しいことに自習なので急ぐ必要はないのだが、さすがに獄寺が遅いと思ったところで、屋上のドアが開いていた。
 どうやら五時間目が自習だと知られていたため、国語教師の説教が長引いていたらしい。相当不機嫌そうな顔で現れた獄寺だったが、こちらを見て表情を緩めてくれた理由の大部分は、ツナを見つけたからだろう。それでも少しくらいは、自分も笑顔の理由になっていたい。欲張りな感情に気がついて落ち込みかける山本に、追い討ちをかけるように獄寺は無視をしてツナにだけ笑顔で遅れた謝罪をする。それでも遅い昼食のためにフェンスに背をつけて腰を下ろした獄寺が、何も言わずに腰を引き寄せてくれただけで山本はまた幸せになれた。






「……で、ツナに話したいのっ、我慢してたのな」
「ハァ? バカッ、そんな話、十代目にお聞かせできるワケねえだろっ」
 当たり前の反応だ、と呆れてみせる獄寺は、とっくに昼食を終えていた。弁当ではなく、いつも購買かコンビニでパンを買っているため、食べるのは早い。昼休みが終わる予鈴と共にやっとこの屋上に足を踏み入れたが、十分もすれば二つのパンを平らげていた。
 そのまま移動するつもりはなく、山本たちは三人で屋上で自習時間を潰すつもりだった。だが何故かツナが用があると曖昧なことを言い出して、立ち上がったのだ。山本は獄寺と顔を見合わせて首を傾げたものの、すぐに察するものがあった。
 きっと、笹川京子と約束でもあるのだ。
 そういうことならばどうぞどうぞと見送っていた二人には、『相変わらずお互いが視界に入ってるとますます視野が狭まるんだね、そんな強運あるはずないよ』というツナの嘆きは届いていなかった。
「でもオレは、親友のツナに嬉しかったこと報告したかったのなっ」
「だからって、そんなこと言われても十代目だってお困りに……!?」
「でも我慢して言わなかったから、なあ獄寺、褒めて? 褒めて?」
 そうして二人になってしまえば、歯止めがかかるはずもない。元々腰を抱き寄せられていた山本は、獄寺に懐くように腕を回し、甘えながら話していた。
 内容としては、獄寺が国語教師に説教をされている間、ツナと二人でいたときも昨夜のことを話すのは我慢したというものだ。話さなかったのだと言えば、獄寺もそれは当然だと返してくる。つまり、正しい選択だったのだ。そのことは純粋に嬉しいものの、楽しいことを話したくてたまらないという気持ちはおさまってくれない。
「……でも、獄寺ぁ、オレ話してえの」
 褒めてと懐けばおざなりにでも髪を撫でてくれていた獄寺に、諦めきれない欲求が口を突いて出る。二人きりでいると意外なほど優しい、というか、割と山本の好きにさせて放置している感もある獄寺だが、この件はにわかに頷けないことのようだ。
「だから、ダメだって言ってんだろ? 十代目だってお困りになるだけだろうが、いくら親友でも他人の情事なんか聞かされたら」
「ん……。」
 しかも、獄寺が言うことも理解できるので、ますます山本は困ってしまうのだ。
 昨夜の幸せな気持ちはまだふわふわと自分の周りを漂っているようで、しっかりと自制していなければ誰彼構わず話して回りたくなる。そこはぐっと堪えたとしても、誰にも告げなければまるで夢だったのではないかと不安になるのだ。
 そう、これは不安だ。
 あまりに幸せだったからこそ、どこか現実感がないのかもれない。そう思えば急に心配になるが、だからといってやはりツナには話せないだろう。他の友人や、特に父親にはもっと話せない。だって獄寺が言うように当事者ではないのだから、と心の中で繰り返したところで、ハッと気がついて山本は顔を上げていた。
「……なんだよ、そのいかにもバカなこと思いついたって顔は?」
「じゃあ獄寺になら言ってもいいのな!?」
「は?……ハァアア!?」
 ツナを代表とした『他人』ではダメだ。
 ならば、当事者である自分たちならばいいだろう。
 見事なまでに盲点を突いたと山本は誇らしげに獄寺の腕の中で見上げるが、獄寺は相当困惑した様子で確認してきていた。
「いや、その……オレに、昨日のオレとのこと話すのか?」
「うん?」
「それって何の意味があんだよ!?」
 オレは知ってるに決まってるじゃねえか!! と怒鳴られるのもよく分かる。だがそれでも、山本は誰かにこの幸せを話したい。その相手として、獄寺以外に適任がないというのも事実だった。
「ダメ?」
「だ、ダメとか、そういうことじゃなくてだな……!?」
 もちろん、獄寺が聞きたくないと言われれば、それに従うしかない。聞くに堪えない、つまり事実として認めたくないのであれば、それも獄寺の自由だろう。いくら付き合っていようが、自分たちは所詮男同士なのだ。昨日のことも若気の至りや、偶発的な事故に過ぎなくて、獄寺はなかったことにしたいのかもしれない。
 獄寺に話せばいいと思いついたときはあんなにも嬉しかったのに、もうすっかり山本の気分は落ち込んでいる。そういえば今朝から浮かれ調子の山本とは対照的に、獄寺はどこか不機嫌そうに口数が少なかった。やはり昨夜のことを歓迎しておらず忘れたいのだろうと思えば、山本はじわっと目元に涙が浮かびそうになる。
「だからっ、なんで泣きそうになってんだよ!?」
「獄寺ぁ……!!」
「わ、分かった、聞いてやればいいんだろ? いいんだよな? だから泣くなっ、このバカ……!!」
 どこまで山本の勘繰りを察したのかは分からないが、獄寺は慌てたようにそう言うとギュッと抱きしめてくれた。こぼれそうになっていた涙も、そうして抱きしめてきた獄寺が更に目元に唇を押し当てて慰めてくれたことで一気に引っ込み、山本は浮かれてくる。
 ああ、やはり獄寺は優しいのだ。恋人になれて本当によかったと、こちらからもギュウギュウと抱きしめ返し、うっかり獄寺の上体を軋ませていたところで、嬉しそうに頷いていた。
「……じゃあ獄寺っ、ちゃんと聞いてほしいのなっ」
「あ、ああ……!?」
 軽く咳き込んでいる獄寺には気がつかず、山本はもたれかかる体勢から上体を引いていた。そのことで自然と回されていた腕が外れるものの、この方がずっとよく獄寺の顔が見える。
 話をするときは、相手の目を見るように。
 そんな教えに従っての行動だが、やはり獄寺の緑がかった瞳を見れば、少し照れてしまった。
「えっと、あのな?……オレ、恋人がいるのなっ」
「……ああ」
 それでもなんとか切り出せば、獄寺も不可解そうながらも頷いてくれていた。
 そっと伸ばされてきた片手に、山本は片手を乗せる。すると指を絡めるようにギュッと握られてしまい胸が弾むが、思わず気恥ずかしくて俯いたところで獄寺に確認されていた。
「……ちなみに、恋人の名前は?」
「え? 獄寺隼人」
「そう、だよな。まあいい、それで?」
 片手を繋いだままで先を促され、山本は小さく頷き、続けていた。
「オレと獄寺は、恋人だったんだけど。二ヶ月くらい前に、その……オレ、エッチとかよく分かってなくて。たぶん獄寺がその気になってたときに、変な反応しちまったから、獄寺する気なくしちまって」
「……たぶんじゃなくて完全にヤる気だったけどな、あのときは」
「あれから二ヶ月経って、獄寺、やっと昨日その気になってくれのなっ」
 それだけでも嬉しい、と思わずはにかんで告げれば、獄寺はなんとも微妙な顔をしている。だが嬉しくていろいろと気がつかない山本からは目を逸らし、獄寺はぼそっと呟いていた。
「……バカ、この二ヶ月オレは毎日その気だったっての。テメェが途中から変に必死になってくっから、夫になりてえのかって焦ったのも事実だけどな」
「ん?」
 よく聞き取れなかったので顔を覗き込むようにして尋ねれば、獄寺は胡散臭い笑みを浮かべて流し、先を促す。そんな笑顔にもまた気恥ずかしくなって、繋いだ手をギリギリと握り締めて驚異的な握力で獄寺の手を潰しそうになりながら、山本はゆっくりと口を開いていた。
「昨日は、オレ、部活があったから。終わってから泊まりに来いって獄寺に言われてて、まあ宿題みてくれんのかな? とか思いながら、いつもみたく行ったんだけど」
「……相変わらず、危機感なかったんだな」
 この二ヶ月に限っても、山本は週に一度は平日に獄寺の家に泊まっている。週末はほぼ毎回になるため、制服も私服も、着替えなどの私物はそれなりに獄寺の家に置いてあるのだ。
 昨日は部活もあったので一緒には帰らず、日も暮れてから山本は一人で獄寺のマンションに向かった。渡されている鍵でエントランスを抜け、エレベーターで上がって部屋の前まで行く。一度実家に寄ってきたので、夕食と、翌日の朝食は二人分持っていた。それを手土産に訪れた山本は、部屋の鍵を開けようとしたところで中からドアが開いたのだ。
「獄寺がドア開けてくれて、中に入って。寿司は獄寺に渡して玄関で靴脱いでたら……。」
「……なんだよ」
「え? あ……その、獄寺が……ギュッ、て。してきて、あと……チュウ、してくれて……。」
 一階のエントランスを開けるには、汎用のものと住人の個別のものがある。獄寺の部屋の鍵は、それを使ってエントランスを外から開ければ室内にチャイムが響くように設定されているので、ドアを開けて出迎えてくれたことはさほど不思議でもなかった。
 だが言葉にもしたように、渡した寿司を獄寺が冷蔵庫に一旦しまっているのを背で感じつつ、山本は靴を脱いでいた。時間が時間なのですぐに夕食分は食べないのだろうかと思ったが、もしかするとしまったのは朝食分だけなのかもしれない。そんなことを考えながら、スニーカーの紐を緩め、玄関から廊下へと上がる。そして振り返ったときには何故か獄寺が台所から戻ってきており、ドキッと胸が高鳴ったときにはもう抱きすくめられ、キスをされた。
「オレ、びっくりしたけど……嬉しかったし、気持ちよかった……。」
「……そうかよ」
 キスは何度もしているが、やはり慣れきるということはない。頬に手を当て、するから目を閉じろと宣言されればまだ心構えもできるのだが、このときはそんな予兆もなかったのだ。
「そーなのなっ……だって、獄寺、チュッてするだけの方じゃなくて…その、舌入れて、むちゅーって感じで、してくる方だったし……。」
「……その方が、気持ちいいのか?」
「え?……ん、好き」
 初めて舌を入れられたときは驚いたものだが、今ではすっかりそちらが多くなっている。
 獄寺から淡々と確認され、小さく頷けば顔が赤くなった気がした。恥ずかしいというより、そんなキスを思い出したのだ。無意識に舌で唇を舐めてしまえば、ますます獄寺とのキスが鮮明になってくるようで、やや動揺しかけていれば繋いでいた手にギュッと力を込められた。
「ん……うん、それで。その、獄寺が、『いいか?』て聞いてきたから……。」
 先を促されているのだと察し、山本はそう言葉を続ける。そして今度は恥ずかしさで頬の赤味を増加させてから、ニコッと笑って獄寺に話していた。
「オレ、なんのことか分かんなかったけど、『いいのな』って頷いたのなっ」
「バカッ、分かってなかったのかよ!?」
「へ? だって、獄寺がいっぱいエッチなチュウしてくっから?」
 身体的にも精神的にも、酸欠状態であまり理解できなかったのだ。完全に獄寺とのキスに酩酊していた山本は、いいかと尋ねられたので、いいと承諾し、荷物を玄関に残したまま半ば獄寺に引きずられた。さほど部屋数が多くない獄寺の家で、最も時間を過ごすのは当然居間だ。だが昨日はその居間ではなく、いつもであれば寝るときにしか入らない寝室に連れて行かれ、ベッドに押し倒された。
「いきなりベッドに転がされたから、オレ、獄寺相当眠いのかと思ったのな……。」
「バカッ、このバカ、だから外れた調子で子守唄とか歌いやがったのかよ、実は嫌がっててオレを昏睡させる気かとスゲェびびったんだぞ……!!」
 うるさいと口を塞がれたときは、もう子守唄も必要ないほど眠気が襲ってきているのかと山本は思ったものだ。どうも夜更かしをすることが多いらしい獄寺は、学校のある昼間や、夕方の時間帯など、中途半端な時間に仮眠を取ることがよくあった。泊まったときにはいつも大きめのベッドで二人で寝ており、やたら抱きしめられたりすることもあったので抱き枕扱いをされているという認識もある。そのため、まだ夜というほどではないが、日も落ちたので夕方は過ぎているような時間帯に眠くなったのだろうと山本はベッドで押し倒されたまま思っていたのだが、再び塞がれた唇は心地よさを増していた。
「そしたら、獄寺、すっごいチュウしてきて……オレの方が、寝ちゃいそうだったのなっ」
「だから、オレは寝かせるつもりなんかなかったんだっての……!!」
「そのうち、獄寺がシャツとか引っ張ってきて。寝るために着替えさせてくれんのかな、とか、思ってたら……。」
 だからあんなに素直に脱がされてたのかよ、と嘆く獄寺には気がつかず、山本は視線を落としてしまう。
 さすがに、思い出せば気恥ずかしくなったのだ。
「……獄寺、変なトコ触ってくるし」
「バカッ、いきなり下は触ってねえだろうが……!!」
「いっぱいチュウしながら、獄寺、変なトコ触ってくるから、オレ、変な声出るし……。」
「だから変なトコじゃねえだろうがっ、テメェだってよがってただろ!?」
 再び握られている手にギュッと力を込められ、そう怒鳴るようにして確認をされれば山本も頷くしかない。
「……ん。変なトコ弄られんの、気持ちよかった」
 女でもないのにと動揺したが、変な声が出たと自覚している山本にも、気持ちよかったという認識はあった。そう素直に認めれば、何故か獄寺は横で大袈裟なため息をついている。それに不思議そうに顔を上げたところで、繋いでいない方の獄寺の手が、すっと伸ばされてきていた。
「え?……んぁっ、ア……!?」
「ココ、どんなふうに弄られたんだよ? ちゃんと話せって」
「あぁっ、んん、獄寺ぁ……!!」
 今は制服のシャツの上からであるが、正確に場所を押し当てられただけで、山本はまた変な声が出てしまった。昨夜は初めて弄られたが、そのときに過剰に反応してしまったのがいけなかったのか、そこを獄寺に散々嬲られたのだ。今もまだ少し腫れぼったくなっているのではないかと思うほど過敏になっているそれは、獄寺の手で押し潰されるようにされただけでジンとした熱を感じさせる。シャツの上からもすぐに分かるほど硬くなった突起に、獄寺は指先で引っかくような刺激を与えてくるので、もどかしい愛撫に山本は体が震えた。
「ほら、山本、教えろよ?」
「んっ……ん、えっと……獄寺、最初は、指で…ぐにぐに、したり。ギュッて、したり。あと引っ張ったり、して……。」
「それで?」
「それ、から……そこ、チュウもされて、オレ気持ちよくて……!!」
 してきた当人なのだから知っているだろう、という言葉だけは、山本には言えない。そんなことは分かっていて、それでも話したいとせがんだのは山本だからだ。
 説明している間も、獄寺の指先はシャツの上から山本の胸の突起を執拗に引っかいてくる。そのことに不満があるとすれば、布越しなのでもどかしてたまらないことだ。あるいは、片方の手は繋いだままなので、結果的に二箇所いっぺんには弄ってもらえないことだ。そこを嬲られるのがすっかり気に入ってしまっている山本は、からかう延長としか思えない獄寺の指先にも、どんどんと熱が昂ぶってくる。
 もっと、ちゃんと、触ってほしい。
 昨日のような眩暈を起こしそうなほどの熱で翻弄してほしいと思ったところで、すっと獄寺の手が離れていた。
「それから?」
「……。」
 あっ、と名残惜しそうな声が漏れてしまったが、今は別にそういった行為に耽っていたわけではないのだ。思わず口元を空いている手の甲で拭ったが、涎は垂れていなかった。ただ甲に触れた自分の息が随分熱っぽくなっている気がして、そこがまた気恥ずかしくなりつつも山本は続けることにしていた。
「それ、から……獄寺が、オレの、触ってきて」
「……どんなふうに?」
「どんな、て……だから、こう、握って……擦る、みたいな……。」
 仕草としては、それこそ自慰をするような手つきと変わらない。だがその手が自分のものではない、特に獄寺の手だというだけで、山本の興奮は極端に増したのだ。今も思い出しただけでジンと腰の奥が疼く感覚がするくらいなので、本当にされていた昨晩は弾けるまであっという間だった。
「それが、すっごく気持ちよくて……オレ、すぐイッちまった……。」
「まあ、そうだよな。オレもちょっとびびるくれえ、早かった」
 それまでにキスや胸への愛撫で気持ちよくなっていた分があるにせよ、あっさり達したことには山本自身も驚いた。
 だが本当の困惑は、それから後だ。思わず緊張してゴクリと唾を飲み込み、山本はおずおずと口を開く。
「……そしたら、獄寺が、なんかぬるぬるした物?」
「ジェルだな」
「そーそー、それっ。ジェルで、その……オレの、あんなトコに、指突っ込んできて……。」
 達した余韻で意識が酩酊しかけていたこともあったが、いきなりそんなところに刺激を受けて山本は随分と困惑した。やがてそれが獄寺の指と分かり、同時に二ヶ月ほど前に男同士のセックスとして説明されたことを思い出したのだ。
「オレ、ビックリして……エッチする気なのな、て、分かって、嬉しくて泣きそうになったのな」
「あれ嬉しかったからなのか!? てっきり痛いとか嫌なのかと思って躊躇しかけただろうがっ、このバカ!!」
 互いの認識がずれていたのは、獄寺の方は玄関で既に了解を取った気になっており、山本はこのときまで獄寺の意図が分かっていなかったからだ。
「でも獄寺、指抜いてくれなかったよな?」
「……あそこまでいって、今更引き返せるかよ」
「指抜いたと思ったら、すぐに、その……獄寺の、突っ込んできたよな?」
 ためらったと言われたので不思議そうに尋ねれば、獄寺はやや不貞腐れたように視線を逸らす。重ねて確認をすれば、ますます険しい顔になった獄寺が、神妙に尋ねてきていた。
「……い、嫌だったのか?」
 その質問には、山本の方が驚いてしまった。
「なんで?」
「な、なんでって、そりゃあ痛いとか男としてのプライドだとか……!?」
「んー、痛かったけど、嬉しかった。苦しいし、血が出たらどうしようとかはあったけど、全然嫌じゃなかった。むしろ獄寺がいっぱい感じられて、獄寺でいっぱいにされて、オレ幸せだったのなっ」
 痛みや動揺がなかったとはさすがに言えない。だがそれを凌駕するほどの喜びがあったことも、また事実なのだ。だからこそ幸せで、誰かに話したくてたまらない。自然と笑みが漏れ、少し恥ずかしくなりながらもはっきりとそう言ってみれば、複雑そうな顔をした獄寺がもう一度念を押してくる。
「……嫌じゃ、なかったんだよな? 気持ちよかったか?」
「え?……あ、それはどうだろ?」
「やっぱ気持ちよくはなかったんじゃねえかっ、そりゃ分かってたけどな!? 分かってたけどよ!! オレだってテメェが初めてなんだよっ、技術のなさは大目に見てしばらくは我慢してくれるよな!?」
 気持ちよかったのかと言われれば、総合的に見れば気持ちがよかった。だが繋がってから行為に限定されると、山本にもよく分からないというのが本音なのだ。
「んー……だって、オレ、夢中だったからよく覚えてねえし」
「……。」
「痛いのも、途中からあんまり感じなくなったけど、気持ちよくなったっていうよりは体の感覚がふわふわして鈍くなった感じ? とにかく、獄寺の熱とか、息とか、声とか。そういうのばっかり感じてて、ああ、獄寺としてるんだなあって思ってたら、体の気持ちよさとかもどっと吹っ飛んじまってたのな」
 無意識に獄寺からの要請は無視し、山本は昨夜の自分の状態をなんとか説明していた。
 気持ちよくなかったということではなく、そうだったとしても体の反応が自分では認識できないほど精神的に獄寺で満たされていただけなのだ。とにかく、自分の体の状態は分からないのに、獄寺のことだけは生々しく感じられた。時折、自分が獄寺なのではないかと思うほどの一体感で、そのこと自体が恍惚とした快楽を齎してくれていたので、体が先か、心が引きずられたのか、その判別はつかない。
「だから、オレ、幸せだったのなっ。なあ獄寺、あと一つ聞いてくれる?」
「……なんだよ」
 長々と話すことで、幸せを再認識した。そうして記憶を噛み締めることで、ようやく自分がどうしてこんなにも話したかったのか、その根底が分かった気がする。
「あのな?……オレ、獄寺が好きなのなっ」
「……。」
 えへへっ、とはにかみながら繋いだ手を山本の方からギュッと握る。
 すると、それに獄寺はしばらく無言だった。だが不安にならなくてすんだのは、獄寺もまた手を握り返してくれたからだ。むしろ先ほどは胸を弄ってくれた方の手が肩に置かれ、ゆっくりと顔を近づけられれば、キスの予感に思わず口を開いてしまう。
「……あと、もう一つ言ってもいい?」
「なんだよ……。」
 もうすぐ唇が触れるところで尋ねたためか、獄寺はやや不機嫌そうな声だった。それにもまた胸がドキドキと高鳴りながら、山本は続ける。
「あのな、獄寺?……オレ、話してるうちに気持ちよくなっちゃったのな?」
「……バカッ!!」
「なあ獄寺ぁ、ダメ……?」
 そうでなくとも煽られていたのに、途中で胸に悪戯をされて拍車をかけられてしまった。ねだったつもりだったが自分の声が想像以上に甘ったるくて、山本は恥ずかしくなってくる。だがそんな山本に、肩が上下するほど大袈裟なため息をついた獄寺は、今度こそ唇を押し当てる前に答えてくれていた。
「……抜くだけだからな?」
「んっ……ん、ふ、あぁっ……!!」
 触れた唇はすぐに開かされ、獄寺の舌が滑り込んでくる。生暖かい舌で口内を嬲られながら抱き寄せられて屋上で仰向けにされた山本は、やっぱり獄寺が大好きだと実感していた。






「……なあ、獄寺」
「起きたのか?」
 それから数十分後、そろそろ五時間目の自習時間も終わりそうだ。宣言どおり繋がることはしなかったものの、一緒に抜いたことで山本は体力を消耗している。実を言えば、てっきり自分だけが抜いてもらえると思っていたのだが、押し倒してきた獄寺にひどく呆れられたのだ。
『……バカ、こんなに可愛いことされて、煽られてねえワケがねえだろうが』
『え?……んぁっ、ああ……!?』
 寛げられた制服のズボンの中から出された山本のモノに、同じように前を寛げて現れた獄寺のモノがぴたりと押し当てられる。
 その熱に、山本は眩暈がした。獄寺も興奮してくれていたのだと思うだけで、達しそうになった。
 そこから獄寺が腰を揺らしつつ、二人のモノをまとめて擦り上げてくれたことで、あっという間にのぼりつめた山本は、獄寺が出すまでに軽く三度は出してしまったのだ。
「最初から、寝てないのなっ……ちょっと、ぼんやりしてただけで」
「ま、あんだけ出しゃあ、ぼんやりもするよな?」
「……ん」
 おそらく声の調子からも獄寺はからかっているのだろうが、互いの身なりを整え、膝枕をされていれば怒る気力などなくなる。特に獄寺は煙草をふかしながら、反対の手で山本の短い髪を梳いてきてくれているのだ。あまりの心地よさで本当に寝入りそうだと思っていると、髪から滑ってきた獄寺の指先が軽く耳を引っ張る。
「んー……?」
「だから、なんだっての」
 そのことで、自分が何かを言いかけていたのだと山本は思い出した。
「あ……えっと。さっきの、というか、今もまだ続いてることだけど。また、話していい?」
「……。」
 初めてセックスをしたことを聞いてくれた上、学校の屋上で繋がらないにしろ気持ちいいことをしてくれ、更にこうして膝枕までしてくれているのだ。こんなにも嬉しいことはない。だがやはりツナなどには話してはいけないのだろうと察し、そう確認をすれば獄寺はため息をついていた。
 そのまま煙草を屋上のコンクリートで消し、携帯灰皿に放り込んでいる。そういえばその灰皿は誕生日に自分がプレゼントしたものだとぼんやり思い出している間に、獄寺の手が山本の顔を撫でていた。
「ん、獄寺……。」
「別に、言わなくていいだろうが? オレだって、テメェが幸せそうにしてたことぐらい、分かってるっての」
「んー、それはそうなんだけど、それだけじゃねえっていうか……。」
 そう曖昧に続ければ、獄寺の手がまた山本の耳を引っ張って促してくる。
「えっと、だから……話してたら、もっかい体験するみたいな感じになって、また幸せになれるのな?」
 そんな効果があると知ったのは実際に話してからだが、せっかくの効能なので是非余さず体感したい。だからまた話したいのだと繰り返せば、もう一度ため息をついた獄寺は、膝で寝る山本に起き上がるように促してから答えていた。
「……だったら、やっぱり無駄じゃねえか」
「なんで?」
 そのまま腰を引き寄せてきた獄寺は、もう一方の手を山本の頬へと添えると、呆れたように教えてくれる。
「過ぎた記憶で楽しむくらいなら、また新しく体験した方がずっと建設的だろ」
「え?……んんっ!!」
「……大体、一日前だろうが数分前だろうが、昔のオレにあんまりうっとりすんな。照れていいのか、嫉妬していいのか、こっちも困るんだよバカッ」
 押し当てるだけのキスの後、そんなふうにやや早口でまくしてた獄寺は、今度こそしっかりと深いキスを施してくれていた。
 そうしてじっとりと熱い舌を絡ませていると、山本はまた嬉しくてたまらなくなってくる。
 獄寺が好きだ、大好きだ。
 そんな獄寺に、言葉でなくとも好きだと示してもらえることが、こんなにも幸せだった。
 






 






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久しぶりに(?)14獄山…
初々しさを書いたつもりが、山っこが浮かれすぎだった…(笑
山っこは 獄寺さんが大好きだよね!(キュンキュン!

ロボっぽい何か