※注意※


これ書いてる時点(今日は12/10)で、本誌は標的173までです。
標的174以降であからさまにおかしい妄想になっちゃっても勘弁してね☆(オイオイ!



相変わらず妄想猛々しくてスイマセン…!


















■スイッチ










 濁流のように、と表現したくとも、その水は濁ってなどいない。
 ただ極度に澄みきった水ではないはずの水が、激しいうねりとしぶき上がることで無数の気泡を孕み、生きた白い弾幕のように広がっては弾けているだけだ。
 その中でチラチラと二つの黒い影が過ぎる。
 やがて大きな影が、小さな影へと接近し、すれ違ったように見えたときにザーッと映像が本当の意味で目隠されるように砂が舞い、暗転した。






「……あ、あの、リボーン?」
「リボーンさん、なんですか、これ……?」
 夕食後、すぐに集まるようにと指示をされ、ツナと一緒に向かったのは巨大なスクリーンがある作戦室だった。そこで映写機にセットされて再生された映像は、同じボンゴレリングの守護者の一人である山本武と、その指導にあたっていたリボーンとの修行映像だ。
 いや、これは本当に修行なのだろうか。
 自分やツナのように、ほぼ一人で技を編み出したり機械を標的にしていたのとは違う。
 本当の、戦いだ。
 身を切られそうなほど研ぎ澄まされた空気は、映像からも伝わってくるようだ。それに軽く萎縮してしまったツナと一緒になってそうリボーンに尋ねてみれば、どこか誇らしげに返された。
「山本の修行完了までの記録映像だ。せっかくだから、記念に残しておこうかと思ってな」
「なんのためにー!?」
「あんだけ離れた場所から撮ってた定点カメラが余波で破壊されるほどの奥義にオレを怯えさせるためですかーっ!?」
「獄寺も修行の成果が出たようだな、ますます洞察力に磨きがかかった」
 褒めてやるぞ、とそれこそ本当に珍しくリボーンから賛辞をもらっても、正直嬉しくない。
 確かに、映像の中の山本は強くなったようだった。
 とても、だとか、ひどく、だとかそんな尺度ではない。
 何かが変わった、と思わせるその強さには、得体の知れない恐怖がざわりと気持ち悪く背中を撫でているようだ。
 リボーンの戯言は、もしかすると本心なのかもしれない。この気持ち悪さは、強さに対してとは違う恐怖である。おそらくリボーンが本当に危惧しているのは、と、褒められたばかりの洞察力が無駄に先走った真実に辿り着く前に、重苦しい空気を吹き飛ばすような能天気な笑い声が響いた。
「あははっ、ほんっとよく撮れてんのな!! あ、でも、やっぱ自分の姿とか映像で見ると、ちょっと恥ずかしいのな?」
「山本っ、この、バカ……!!」
 それまでの雰囲気とはそぐわない調子だったので反射的に罵ってしまったが、すぐにこれはむしろ正しい振る舞いだと気がついた。なにしろ、山本の特式の技が完成する映像が流れてから、この室内はどこかおかしな空気だったのだ。
 これからの戦いを思えば、山本が強くなることは望ましい。
 ファミリーの一人としても山本の成長を喜んで当然なのに、素直に歓迎できないのは何故なのか。それも結局、山本は成長と同時に変質を見せていたからだ。正直に言えば、技が繰り出される前の方が怖かった。ライバルが実力をつけることに焦りや嫉妬を感じているのであれば、技が放たれたときに逆にほっとするはずもないのだ。
 そして、そんな自分たちの感想を、そういうことにだけは鈍感でいてくれない山本が、気がついていないはずもない。
 だから、わざと明るく口を開いたのだ。
 そこまで理解すればせっかくの山本の努力を無にしてはいけないと焦るのに、先ほどまでの映像が脳裏にちらついて乾いた口からはなかなか声が出なかった。
「いや、だからその、山本……!!」
「獄寺……?」
「……やっ、山本!? やっと修行も終わったんだね、新しい技の完成、おめでとう!!」
 まともにしゃべれない自分に苛立ちが増したとき、横でテーブルに手をついてガタッと立ち上がったのはツナだ。そのまま叫ぶようにまくし立てた言葉は、まさに自分が山本にかけてやりたかったそのものだ。さすがですとツナを尊敬する反面、不甲斐ない自分が情けなくなる。
 そんな間に、かなり大きな声で祝辞を述べられた山本は面食らったように目を瞬かせていたが、やがてニッコリと笑うとツナへと頷いていた。
「おうっ、ありがとな!! ツナも新しい技ができたんだろ? 楽しみにしてるぜ!!」
「う、うん、いやオレはまだ完成はしてないんだけどね……!!」
 すっかりいつもの雰囲気に戻っている二人に、ある意味において、またさすがだという感想を持つ。
 ツナはそのリングが示すとおり、大空のようにすべてを包み込むような懐の広さがあるからだ。
 そして山本の方は、単純にバカだからだ。
「なあ、獄寺は?」
「ハ!?」
 どんなふうにバカかといえば、せっかく気遣いらしきものを自ら見せておいて、それをぶち壊しにしてくれるところである。
 自分が動揺していることなど、分かっていたクセに。
 それでも追及してきたのは、決して意地悪ではない。純粋に、不安がっているのだ。
「獄寺は、褒めてくれねえの?」
「なっ……!!」
「獄寺は、嬉しくねえ?」
 そんなことはない、悔しいが山本が戦力として考えるには随分期待も大きいことは心得ている。強くなることは同時に、死ににくくなることでもあるのだ。ただのクラスメートやファミリーといったものだけではない感情を抱いている自分にとって、本音で言えば、素直に嬉しい。
「……バーカッ、誰が喜んでやるかよ。オレの方がもっとすげー技開発してるんだっての、調子に乗んな、このバカッ」
「痛てっ!?」
「獄寺君……。」
 それでも、口を突いて出たのはそんな憎まれ口だった。ついでに手まで出てしまい、額を軽く弾けば山本は拗ねたように唇を尖らせている。
 ツナも窘めるように名を呼びはしたが、表情はむしろ和らいで安堵した様子だ。それは額を弾かれて大袈裟にさすってみせてる山本が、どこか嬉しそうにしていたからだろう。
「……まあ、獄寺ならそう言うと思ってたけど」
 はにかむように続けられた言葉でも、察したことは正しかったらしい。
 一様にまたほんわかとした空気が流れたところで、自分もまた椅子から立ち上がる。
「で、リボーンさん。新しい弟子の修行成果お披露目会は、これでお開きでいいんですかね? オレ、もう体休めときたいんですけど?」
「ああ、解散でいいぞ。山本の仕上がりを自慢したかっただけだからな」
「あははっ、小僧がかよ!! でも、先生にそう言ってもらえると、ちょっと嬉しいような……て、あ……あっ、獄寺……。」
 まだ和やかな雰囲気に浸って、何かを思い出していたいのだろうと察し、席を外したつもりだった。自分がいればどうしてもケンカ腰になってしまうし、優しく接しようすれば違った撫で方をしてしまいそうだ。
 逃げたと思われても仕方がないが、いまいち自分の推測に確信がなかったのだ。
 まさかそこまでにはなっていないだろう、そこまでの自覚はまだないだろう。
 希望的観測はただの願望だと分かっていたが、先に作戦室を出ればスライド式のドアはシュッと機械音をさせて閉まる。だがその直後には再び開かれる音と追いかけてくる気配を感じれば、自分が選ばなかった方が正解だと察し、また複雑な気持ちがした。






「……。」
「……。」
 作戦室からいくつかの通路を抜け、個人の居住スペースがある区域まで辿り着く。
 その間、気配は少し距離を置いてずっとついてくる。時折何かを発しそうな気配の揺らぎを見せるが、結局それはいつも終息していく。だからといって気配は完全に置き去りになるのではなく、一定の距離を保ってずっとついてきているのだ。
「……。」
「……。」
 獄寺は、何も言わない。
 山本も、何も言わない。
「……。」
「……。」
 足音だけで互いの存在を認識しているような、そんな曖昧なやりとりが続いている。だがそれも獄寺が自分の部屋まで到達すれば、そこまでだ。
 横の壁にあるボタンを押せば、自動認識で部屋の主だと判断し、ドアは開く。そこに手を伸ばせば少し離れた場所からハッと息を飲む音がして、大きく肩で息を吐いてみせた獄寺は仕方なく振り返ってやることにしていた。
「……だから、なんだよ、山本?」
「獄寺……。」
 もちろん、あの作戦室からずっとついてきていたのは山本だ。いつもの騒々しさなど鳴りを潜め、変に距離をとってこちらをうかがっている。そんな態度自体おかしいが、表情や瞳は更に異質だった。
 一言で言えば、虚ろなのだ。作戦室では極めて『いつものように』見えていたのに、どことなく所在無さげにしている。いや、山本にとってはある意味その通りなのだろう。自らの身の置き場ではなく、自分そのものが不安定でぼやけてしまっているに違いない。
「なあ、獄寺、その……オレ、聞きたいことがあって……。」
 うろうろと視線をさまよわせている山本は、とても危うい感じがした。
 心ここにあらず、ではない。体がここにあることが信じられないといったような困惑を見せる顔で、やはりおかしいことを尋ねてきていた。
「なあ、獄寺、オレって……その、獄寺に、甘えてた?」
「……ああ」
「二人きりのときだけ?」
「そうだな」
「……めいっぱい?」
「甘ったれてたな、相当オレのことが好きなんだろ」
 オレは大型動物の飼育係か、と何度思ったかしれない。基本的に素直な山本は好意もあけっぴろげなため、そういう関係になってからはとにかく人前では懐くなと躾けた。動物に対する感覚になってしまうのは、まさに餌付けという本能で覚えこませたからだ。
 ちなみにこの場合、餌は獄寺自身である。大好きな獄寺を贄として差し出せば、山本は本当に喜んでベタベタと懐く。ついでに獄寺が快楽まで仕込んでやり、こんなご褒美が欲しければ言うことを聞けと迫れば、山本は人前ではすっかり我慢できるようになったのだ。そうしていれば二人きりのとき思いきり獄寺が甘やかしてくれるときちんと理解したからで、それなりの時間をかけた獄寺の成果でもあった。
 そんな関係も、確かにこの十年後の世界に来てからは減っていた。単純に時間もなかったし、気持ちがすれ違っていて素直になりにくかった時期もある。だがそれでも、細々と互いの体温を確かめ合うような時間は継続されていた。
 それなのに、突然記憶喪失にでもなったと言うつもりか。
 そう馬鹿にしなかったのは、原因も、山本が抱えている不安も、そして自らの内にくすぶる恐怖も獄寺は分かってしまっているからだ。
「……そっか。うん、オレ、獄寺のこと大好きなのなっ」
 どうやら聞きたかったことはそれだけだったようで、満足そうに小さく頷くと山本は踵を返そうとしている。
 話が終わったのでさっさと退散するだけのようにも見えるが、そちらの方向に山本の部屋はない。積極的に逃げようというよりは、山本の中で既に何らかの解釈がされているのではないか。
 そう察した獄寺は、苛立ちながら手が痛いほどにボタンを叩きつけて自室のドアを開いていた。
「獄寺……?」
「山本、入れよ」
「え、でも……?」
 甘えていたのかと確認したのは、これからも甘えたかったからだ。
 それでいてこのまま帰ろうとしているのは、たとえ山本からは甘えたかったとしても、もう獄寺にはそうさせるつもりがないと、勝手に決めつけているからだ。
 確かに恐怖がないわけではないが、それよりも悔しさが大きかった。
 信じてもらえていないことよりも、信じることができない山本自身を切なく思った。
「いいから、入れって? 修行終了の祝いでもしてやっから」
「えっ……え、あ……!?」
 いらねえならいいけど、と口早に言ってわざとらしく開いたドアから中へと入れば、慌てた足音が響いてくる。
「獄寺っ、待っ……!?」
 それでも部屋の主が室内に入ったことで、自動的にドアはシュッと閉まってしまった。
 こんなとき、機械はとても非情なものだ。
 だが機械はこれでいい、定められた性能どおりに動いてくれればいい。
 いつだって、人の気持ちを示すのは、人が起こす行動そのものなのだ。
「……!?」
「どんくせえな、さっさと入れよ」
「獄寺ぁ……!!」
 再び中からドアを開けてやれば、廊下には呆然とした顔のままの山本が立ち尽くしていた。その顔が驚きから喜びに変わるのも待てず、腕を引いて室内へと引きずり込む。そしてまたドアが自動で閉まった頃に両腕でしっかりと抱きしめてやれば、やたら強張っていた山本の体が、深呼吸と共にふっと弛緩してぐにゃりと絡みついてきた。
「……えへへっ、獄寺、獄寺ぁ」
「バカッ、お前、重いっての……!!」
 それまでのおかしな緊張が嘘のように懐いてきた山本は、それこそ昨日までの姿だ。文句は言いつつ、思わず安堵の息が漏れたことで、やはり自分も相当動揺していたのだと獄寺は察した。だが今はまだ早く伝えなければならないことがあると自らを奮い立たせ、軽く山本の背中を叩いて注意を引いてからベッドを示す。
「んー?」
「ほら、あっちに座るぞ?」
「……んっ」
 幸いにして、運んでくれだとか、ここでしたいなどとごねるほどにはスイッチは切れていないようだ。しっかりとくっついたままだがなんとか足は進めてくれ、獄寺は山本ともに靴を脱いでベッドへと上がる。体格がいいのは山本の方だが、その割りに獄寺の腕の中に入りたがることも分かっているため、さっさと枕をベッドヘッドへと押しやり、背もたれにして座り込めば当然のように山本も腰を下ろしていた。
「獄寺ぁ……。」
「ほら、山本、もっとちゃんと体寄せろって」
 軽く開いた足の間に斜めになるようにして座り込み、肩を獄寺の胸につけるようにして首筋に顔を埋めてくるのが山本が最も好きな体勢だ。獄寺の腕が回しやすいのと、顔を上げればすぐにキスができるのがいいらしい。いつぞやそんなことを恥ずかしげもなくのたまっていた山本は、その体勢をとると、いつものように顔を獄寺の首から鎖骨にかけて擦りつけてくる。
 その間に獄寺は両手を山本の背中から腰へと回し、しっかりと抱き寄せてやれば、また一つ安堵は重ねられる。だが慣れた体勢になったことで安心していたのは自分だけらしい、と直後に気がつかされたのは、ぽつりと呟かれた言葉によってだった。
「……なあ、獄寺。オレなんか変だった?」
「……。」
 仕草は甘えているのに、声には抑揚がない。極限まで研ぎ澄まされたことで、逆に一見すれば深い流れの水面が穏やかに見えてしまうのと感覚としては似ていた。
 それに、やはり自分が感じたことは間違いではなかったのだと獄寺は認めざるをえない。
 先ほどから時折甘えるスイッチが入る山本だが、それ以前からずっと、別のスイッチが落としきれていない。
「オレ、強くなったつもりなんだけど。そういう、ことじゃなくって……強いとか弱いとか、そういうところでじゃ、ないことで……。」
「……。」
「……なあ、獄寺。オレ、なんか変わった?」
 不意に黙る瞬間に、垣間見てしまうのはあの映像の中の山本だ。
 元より集中力がずば抜けている山本なので、戦いとなればいつものへらへらとした様子すら、別人かと思うような横顔を見せたりもする。
 だがそれは、最初の頃は一瞬だった。
 リングの争奪戦の際の修行を経て、技に入り始めると切り替わるようになった。
「なあ、獄寺……。」
「……。」
 そして、あの映像の中では、それこそ戦う前からこの集中モードに入っていた。いや、山本にとってはもうずっと戦いの中にいた気分だったのかもしれない。合格を示すはずのリボーンの一撃も、手応えはあったはずなのに緊張を解かない。本当の戦闘では反撃を食らうかもしれないので当然の反応でも、今までの山本にはなかったことだ。
 最初から戦いに集中していることも、もちろん実戦においては役に立つ。むしろ有利に働く要素ばかり得たにも関わらず、戸惑う自分に山本は戸惑っている印象を受けた。
「なあ……獄寺……。」
「……。」
 野球や友達が大事なことは、もちろん覚えている。
 ただ、今は自分たちの未来のためにも、今いる仲間たちと生き残るためにも、戦わなければならないことも承知している。
 そのためには修行で己を鍛え上げることが正しいと、なすべきことだと自らが選択し、そして成果を得たのに得体の知れない不安が残る。だがそれを上手く説明できなくて、山本は途方に暮れている。もしかするとあの映像をツナと獄寺に見せたいと言い出したのは山本なのではないかと、今更ながら気がついていた。
「……。」
「……。」
 山本にとって親友であり、最大の信頼も傾けているツナは、これまで通りの反応をしてみせた。そのことで、山本も受け入れられたと確認できたのだろう。獄寺もそうして返したつもりだったが、どうやら不安を払拭しきれていないようだ。
 獄寺からの返事がないことで黙り込んだ山本は、胸に顔を埋めるとゆっくりと瞳を閉じる。本当に寝てしまったのかと思うほど息も静かになるが、獄寺の服をつかむ手は小刻みに震え、何かに耐え続けているようだった。
 ボンゴレリングを受け取ったときから、自分が変わってしまうことも覚悟はしていたはずだ。
 だが本当にその入り口に立ったとき、山本は足を止めてしまった。躊躇いではない、ただの未練だ。嫌だとごねて引き返せないと知りながらも、心だけは引き摺られている。それがおかしな心身の乖離を引き起こしており、入ったままのスイッチが切れない原因のように思えた。
「……!?」
「マメだらけになってんじゃねえか、この手」
「あ、獄寺……?」
 そんな山本の不安に対し、とっくに答えていたつもりだったとは、獄寺も言えない。
 確かに言葉では大丈夫だと請け負ってやった、だが実際に直面すると獄寺の足も止まってしまったのだ。
 怖い、あれは怖い。
 映像の中の人物は誰なのか、本当に山本武なのか。
 そう思いはしても、真剣に疑うこともできなかったのは、へらへらと同席しているように見せて殺気の余韻が抜けきっていない山本が傍にいたからだ。結果的にそれが良くも悪くも真実だと、獄寺も腹を括って服を掴んでくる山本の手を取ってやった。
「ちゃんと修行してたって証じゃねえか。そらいきなり人格がごそっと変わったら、憑依だの洗脳だのって疑うかもしれねえけどよ?……テメェはこうしてマメができるまで、刀振った数だけ、ちょっとずつ変わっていったんだろ?」
「ごく、でら……。」
 そう呆れたように言ってみせたのは、自分に言い聞かせる言葉でもあった。
 確かに数年、いや数ヶ月会わなくていきなりあの山本と遭遇していたら、動揺も大きかったかもしれない。だが毎日顔を合わせ、ここ数日はやたら塞ぎ込んでいる様子で修行に打ち込んでいることも獄寺は知っていたのだ。あの新技を編み出すための準備期間だったのだと思えば、それも納得だ。改めて指を絡めるように手を握ってみれば、修行場に篭る前より更にマメが増え破れたところは硬くなっている気がする。変化と言うならばこれも変化だとつい合わせた手を擦りつけるようにして撫でていた獄寺に、山本はくすぐったそうにしていた。
「ん、獄寺ぁ……。」
「髪だって毎日ちょっとずつ伸びるし、考え方だって少しずつ変わってったりするだろ? そういう範疇にすぎねえんだよ、テメェはテメェだ。オレが知ってる、山本武だ」
「獄寺……。」
 動揺したことは認める、その点は謝ってやってもいい。
 ただ、それは本当に些細だったのだ。身近にいると徐々に変化していくことに気がつかない場合が多いというが、むしろ自分にはそうして慣らしておいてほしいとすら獄寺は思う。
 映像の中で刀を振るっていたのも、今こうして腕の中で大人しくしているのも、同じ山本なのだ。
 あの程度の変化など、十年経って図体もバカでかくなっていたヤツよりよほど理解しやすいと再びギュッと抱き締めれば、山本は急に身を捩じらせていた。
「山本……?」
「……えへへっ。獄寺、ありがとな?」
 どうやらあっさり納得できたようで、もう浮上してしまったらしい。それだけ葛藤も以前に比べれば浅かったのだと思えば、山本は確実に『こちら側』に近づいてきていることを示している。
 近付いたり、遠のいたり、それはどちらであっても関係ない。
 ただ獄寺の腕に抱かれたがってくれることだけが、歓迎すべきことなのだ。
 そう思い込むことでまだ燻り続けている不安はなんとか消し去り、獄寺は腰に回したままの手でしっかりと山本を撫でてやる。するとまた嬉しそうにはにかんでギュウギュウと繋いだ手を握り締めてくる山本に、痛みで顔をしかめてしまいつつもできるだけ呆れた様子で口を開いてやっていた。
「バーカッ、テメェのくだらねえ心配なんか最初からお見通しだってのっ。オレにしろ、十代目にしろ、あれくれえで今更びびらねえよ」
「ほんとに?」
「……いや、まあ、だからって気配落としてみてくれなくていいんだからな?」
 忘れかけていたが、山本はあまりに集中した時間が濃く長かったためか、いまいち殺気が抜け切れていないのだ。物騒とも凶暴とも違う、純粋な凶器のような危うさを感じる。それに思わず顔が引き攣るが、どうやら山本はわざとではないらしい。不思議そうに首を傾げた様はこれまでの可愛さそのもので、やや安心したところで完全に怖い方のスイッチを切らせることにしていた。
「それに、知ってるって言っただろ?……テメェが、ちょっと触られただけですぐよがるヤツってこととかな?」
「え? あっ、んぁっ!? ア、獄寺ぁ……!!」
 今は洋服に着替えていた山本の腰を撫でていた手で、いきなりベルトを外し、ジーパンの更に下の下着の中に手を突っ込む。そこで萎えていたものをギュッと握り締めれば、明らかに驚いただけではない声を山本は漏らしていた。
「んんっ、ん、あぁっ……!!」
「生きてんだから、誰だってちょっとずつ変わってく。でも変わらねえトコあったから、ああ、コイツはコイツなんだって理解もできるだろ?」
「ふぁっ!? あ、だからって……ん、アァッ、そんな…先っぽに、指……んんっ、ア、痛いのな……!!」
 どうやらほとんど硬くなっていないうちから、狭い下着の中で荒々しく性器を扱き、窪んだ先端に指先を立ててグリグリと刺激したのは痛かったらしい。だがそう言ってしがみついてくる山本は、決して獄寺の手を外させようとはしない。むしろ喘ぐ息にはどんどんと熱がこもり、それは獄寺の手にも硬さとなって伝わってくるのだ。
「ほら、こんなにされてもすぐよがるなんざ、山本武しかいねえだろ?」
「ヒ、アァッ……ア、ちが…オレ、獄寺、だから……!!」
「……こんなこと、オレにされてんだからすぐ気持ちよくなっちまうのは、オレのこと大好きな山本武しかいねえだろ?」
「!? ……んっ」
 荒い息遣いの合間に訴えようとしてきたことを察し、先に念を押してみれば山本は耳まで真っ赤にしつつも小さく頷いてきていた。
 すっかり下着の中では窮屈なほど熱を溜めているモノを握りながら、やはりこんな反応は山本だと安堵する。頷くついでに俯いていも、どうせすぐに視線は上げてくるのだ。それは顔が見たいからではなく、単にキスをねだるための仕草である。
「……ん、獄寺ぁ?」
 そして予想通りに顔を上げてきた山本が、せがむように名を呼んだ後も薄く口を開いたままでいるのを見て、嬉しくなりながら唇を寄せてやっていた獄寺は完全に失念していた。
「バカ、テメェいくつになってもそんななんだな、山本……。」
「……え?」
 不安がるほどお前は何も変わっていないと伝えたつもりで唇を塞ごうとするが、何故かふいっと山本に避けられてしまった。それに、山本はこんな反応ではなかったが、と予想ではなく記憶との違いを分析しかけていた獄寺は、そこでようやく自らの過ちに気がつきザッと青褪めていた。
「や、山本……?」
「……そういえば、前から聞きたかったんだけど。オレは十年後の獄寺に会ってねえけど、獄寺は十年後のオレに会ってるんだよな」
「それは、そうだけどよ、それが……!?」
「……したの?」
「なっ……!?」
「……したのな」
「い、いやいやいやいやいやいや!?」
「……してねえの?」
「……。」
「……したんだ」
「さ、最後まではしてねえよ!? これはほんとだ!!」
 繋いでいた手も放し、下着の中へと捻じ込まれていた方の獄寺の手も山本はぐいっと外させる。そのまま完全にそっぽを向いて拗ねているのに、その場からは動こうとしない。
 正直に言えば、拗ねているという表現を獄寺は使いたくなかった。黙り込む山本から受ける恐怖は、そんな程度の態度では到底ないからだ。特に切りきれていなかった方のスイッチがまた入りだしているのか、背筋が寒くなりそうな殺気まで漂ってきている気がする。
 このままでは、まずい。
 このままなし崩しで逃げれば山本を不安がらせるだけだと腹を括り、泣き出したいのを必死で堪えて、獄寺は両手を恐る恐る山本の頬へと伸ばす。
「いや、その、仕方ねえだろ? 十年後の山本だって、その……。」
「……獄寺のこと、大好きなのは分かるけど」
「そ、そうそうっ、それだっての!? いや向こうが求めたとかじゃねえけど、なんつか、こう、触ってみたらやっぱり山本なんだなって感動してるうちに、つい、ていうか……!?」
「……で、最後までしたのな」
「だから最後まではしてねえって!?」
 頬へと触れ、ゆっくりとこちらを向かせることは成功した。だが完全に据わりきっている山本の目に、やはり泣きそうに慌てふためいて否定をすれば、ふいっとまた山本は視線だけを逸らす。
「……それなら、いいけど」
「いいのかよ!? ……あ、いや、許して頂けるなら本当にそれはもう感謝感激なので文句ないです」
「でも、やっぱり羨ましいって思っちゃうのなっ。なあ獄寺、オレも獄寺に甘えたい」
 そして、そんなふうに吐き捨てる山本に、獄寺はやっぱりという感想を持ってしまう。
 十年後の山本と途中まで致してしまったとき、止めたのは山本の方だった。今より更に大きな体で頭を抱えていたこちらの世界の山本は、甘えてしまってすまないと、何度も繰り返していたのだ。
 結局のところ、山本にとって獄寺と触れ合うことはずっと自らの甘えだという認識なのだ。ともすれば律されそうで不安もよぎるが、それ以上にあの山本との共通点を見て安堵も大きく、かといって二度と失敗は繰り返せないので獄寺は胸を張って請け負ってやる。
「よ、よし山本っ、どーんと甘えてこい!?」
 だが甘えたいと言われたので甘えてこいと言われれば、何故か山本はますます唇を尖らせている。それでもふと気づけば先ほどまでの殺気はまたすっかり消えており、機嫌自体はよくなったのだと思ったところで、山本は口を開いていた。
「……獄寺が、甘やかして」
「山本……?」
 それでも、呟いたきりまたキュッと唇を噛み締めるようにして黙ってしまった山本に、獄寺はしばらく面食らっていた。
 結局、山本はどうしてほしいのだろう。
 交わされた会話から察しようとしても、いまいち分からない。だがふと思い出したのは、本当に甘えているときの山本の言葉には、大した意味がないということだった。
「……バカ、ここにきてそんな惚気かよっ」
「獄寺?……んんんっ、ん、ふぁっ……!!」
 思いきって押し倒してみれば、あっさり身を委ねた山本はしっかりとキスにも応えてくる。
 そう、これが山本だ。
 自らの根幹に関わるような深刻な悩みも、甘ったるい慕情の動揺も、すべて同次元でないまぜに存在している。切り替えが早いのはそもそもスイッチが近すぎて、軽すぎるためだ。同時にいくつもの感情をたゆたわせることができるのも、まさに水にたくさんの物を浮かべているような、それらがゆっくりと溶けてやがてひとつの液体に落ち着くような、獄寺にはできそうにない芸当である。
 最初は不可解でたまらず、理不尽だと怒ってみたり理解できないと途方に暮れたりもしたが、いつも山本はそんな獄寺すら受け入れてくれる。誰もがそこに飛び込むことはできるが、ただそれだけで、素通りさせてしまう。だが獄寺にだけはこの水の中でたゆたっていてくれとばかりに絡みついてくるくせに、溺れさせてはいけないと引き潮になったりもするので、見極めるのも一苦労だ。
「あっ、んん……ん、獄寺ぁ……?」
「なんだよ……?」
「んー……オレ、エッチなことしたいかも」
 ほんの少し、水の色が変わったことは認めよう。だがそれは本当に些細な差で、違う色も見せるようになったというだけの話だ。
 今は以前から持っていた色と温度で、甘ったるい香りまで漂わせている。すっかりまた甘えたがる蕩けたスイッチが入ってしまった様子でベッドに仰向けになっている山本に、獄寺は呆れて返していた。
「……バカ、オレはずっとしたかったんだっての」
「え、そーなのな?」
 そうでなくては、誰が恋人を夜に自室へと連れ込み、ベッドにまであげるのか。
 そんなふうに思いつつも、山本が愉しそうにしているので獄寺は黙って作業を進めてやる。
「んー……そう、だったら。えへへっ、オレ、すっごく嬉しいのな……?」
 脱がせている間に本当に嬉しそうにそんなことを言った山本に、少しだけあの映像の光景が脳裏を横切った。
 あれは、山本だ。
 そして、これも山本だ。
 ただそれだけのことだ。
「ん、獄寺ぁ……?」
「……オレは、どっちも好きなんだよ」
 鬼神のような威風を見せる立ち振る舞いには畏怖もするが、同時に悔しいくらいに格好いいとも思う。
 こうして獄寺の腕の中で乱れる山本ももちろん可愛くて仕方がないので、その両方を愛していると告げたつもりだった獄寺に、山本はしばらく目を瞬かせた後、ニッコリと笑って獄寺の股間を膝で蹴り上げていた。
 どうやら『どっちも』の意味を取り違え、今の山本も、十年後の山本も、と受け取ったらしい。
 変なところで意志の疎通が出来ないことを悔しがるより、今度こそ完全に拗ねたスイッチが入ってしまった山本の誤解を解いて宥めすかすことが獄寺の至上命令になる。ある程度説明が届けば、今度は証明しろと迫る山本に、一晩中頑張って『お前とが一番気持ちいい』と示してみせた獄寺は、それなりに自分は幸せなのではないかと思えてしまうことが次の悩みになったものだった。








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明らかにテーマが2つ滾っただけの突貫SSで すまない(許され…たい!
なにかが滾りました…
山本武が 滾りました…(ロボしっかり!

ロボっぽい何か