■夏休み
ひたひたと眠気が押し寄せるまどろみの中で、ぼんやりと電子表示の数字を見る。
「……。」
大きく主張している時刻ではなく、横で多少控えめに出ている日付だ。最近はひどく暑いし、真夏だということも分かっている。だが八月の半ばなのだと改めて思い知れば、どことなく心弾むような気持ちになっていた。きっと、いまだに学生の頃の夏休みの感覚が抜けていないのだろう。
大人になってもお盆周辺は休めるものだと思っていたが、この稼業ではそうもいかない。実際に、日付的には本日、感覚としては明けて翌日の午前中は、本部に行かなければならない用事があるのだ。しかも、普段から毎日のように本部に出向く獄寺ではなく、基本的には出張型任務で本部には不定期にしか呼び出されない自分の方が、である。
「……。」
せっかく獄寺が休みなんだから、合わせてくれればいいのに。
呼び出した本人ではなく、巡り合わせの悪さに神か何かに対して山本は心の中で思ったものだ。決して口にはしなかったが、もしかすると顔には出ていたのかもしれない。獄寺君が休日なのにごめんね、と本当にすまなさそうにツナに謝れれば、山本の方が恐縮したものだ。
そうして、滅多にない呼び出しで明日の午前中は本部に行かなければならないのだという件を、山本はちゃんと獄寺に伝えた。一瞬顔をしかめかけた獄寺も、呼び出したのが尊敬する十代目ボスと知れば文句など言うはずもない。ちゃんと遅刻せずに行けよとあっさり返してきたのには、安堵すると同時に、山本は物足りなさを感じてしまった。
少しくらい、嫌そうに引き止めてくれたりしないのだろうか。
そんなことを思ってしまった自分には嫌悪をして、努めて明るく振る舞っていたつもりだったが、獄寺の目には逆にそれが不審に映ったらしい。しっかりと本部に出向くのだと伝えたはずなのに、山本の挙動不審さに気を取られてすっかり忘れてしまったのか、獄寺は夜が更けて日付が変わっても山本を放してくれなかった。
「……まあ、今から寝れば充分だけど」
思わず欠伸と一緒にそんな言葉を吐き出し、うつ伏せで抱えていた枕に山本は顔を埋めた。
不定期にしか本部に出向かない山本に比べ、獄寺は本部に行かなくていい休日が不定期だ。明日から二日ほど久しぶりの休暇を取るということで、多少の期待はしていたものの、呼び出しを伝えたことで牽制になってしまうのではないかと山本は考えていた。だが夕食の後に風呂に入るときからいやらしいことを始め、ゆったりとではあるが何時間もそんなことに興じていたため、さすがの山本も疲れている。
今はようやくそれが終わり、ほとんど意識がないままで獄寺に引き摺られてシャワーを浴びてきた後だ。散々犯された後孔に獄寺の指が突き入れられ、中に注がれていた白濁の液をかき出されればぶるりと体が震えた。親切半分、煽るのが半分でしてくれていたと思われる獄寺はそんな山本に気がつき、シャワーの音が響く浴室で甘ったるく囁く。
『……なあ、まだヤりてえんだろ?』
『え……あ、でも……?』
山本を感じさせることを知り尽くした獄寺の声に、まだ挿し込まれていた指をキュウキュウと締め付けてしまう。それにまた快楽は震えたが、頭の隅にあったのは時間と翌朝の外出だ。
これ以上すると、さすがに起きれないかもしれない。
絡みつく獄寺の腕は酩酊しそうな誘惑だったが、山本はギリギリのところで抗った。なんだかんだとからかってくる獄寺も、本部に出向く用事がツナだと知っている以上は、強引なことはしてこない。やや名残惜しそうに腰を押し付けてきていたが、結局は体を洗うだけで終えてくれ、ちゃんとパジャマを着せてくれた。
「……。」
正確には、何か緊急の事態があってもなんとか街中を歩ける程度の室内着である。夏場ではあるものの、クーラーをしっかりと効かせた寝室では長袖でも暑くはない。柔らかい生地のシャツとスラックスに身を包み、タオルケットを腰の辺りに掛けてベッドに寝転がる山本は、そろそろ本当に眠りに落ちそうだった。
そうして先に山本をベッドに転がしておいて、獄寺は一人でゆっくりとシャワーを浴びてきている。
だが、それも長くはないだろう。そう思いずっと待っているのだが、なかなか獄寺がこの寝室に訪れない。
「……。」
今もシーツに直接肌が触れていないように、こうして服を着せたときは情事も終了ということだ。中学生の頃よりはかなり素直になったものの、口数としては減っている獄寺と饒舌に分かり合えるセックスは、ただの快楽以上の意味を持つ。もっと触れ合っていたいといつも考えているが、四六時中という願いは非現実的だ。
それぐらいは分かっているので、せめて少しでも長く、曖昧にでも触れていたい。
あれだけ濃厚な行為をしておきながら、このまま一人で寝てしまうというのは山本にはもったいなくてたまらない。あるいは、不安を煽って仕方がない。心地よく全身を愉悦に浸してくれた熱の存在を確かめたくて、眠りに落ちる前にもう一度獄寺に触れたかった。
「……。」
そう思い、疲労と眠気という最強のコンビと戦っていたが、そろそろ敗北しそうだ。相変わらず枕を抱えるようにしてベッドサイドの時計を見つめ、山本は欠伸を噛み殺す。獄寺のバカ、とつい呟きかけたところで、何の前触れもなく寝室のドアがギィと開いていた。
「……獄寺ぁ」
「なんだ、起きてたのかよ……。」
開けられる直前まで全く気がつかなかったのは、それだけ獄寺が気配を殺していたからだろう。浴室や脱衣所でもうとうとし、意識が途切れがちだった山本はとっくに眠っていると思っていたようだ。そんな気遣いに心はくすぐられ、字面は呆れていてもどこか嬉しそうな声色を乗せていた獄寺にこちらも喜びが伝染してきながら、山本は抱えている枕へと顔を伏せる。
「んー……でも、獄寺きてくれたから、もう…寝る、のな……。」
「ハ? バカ、なんでオレが来たら寝やがんだ、待ってたんじゃねえのか?」
自分の声が思った以上に甘ったるく響き、相当眠いようだと遅れて自覚する。その間にベッドに近づいてきた獄寺は、ギシリとスプリングを軋ませて上がってきながら、別のものを見ていたようだ。
「……もう少しで四時か」
「……?」
「山本、起きるの何時だったか?」
いや、先に見ていたのは山本ということになるのだろう。獄寺が視線をやったのは電子表示の時計であり、そんなふうに尋ねてくる。どうやら山本も時刻を確認していたと思ったようで、そう尋ねてきた獄寺には山本はまた欠伸をしながら答えていた。
「ふぁ……あー……えっと、八時、の予定……。」
「……。」
あと四時間しか眠れないと考えれば億劫なのに、タオルケットを剥いで隣に体を滑り込ませてくる獄寺を感じれば幸せの方が大きくなる。
ああ、やっと触れてもらえるのだ。
獄寺が横になって二人の体に一枚のタオルケットを掛け直したところで、山本は抱えていた枕から手を放し、横向きとなってずりずりと獄寺へと寄っていった。
「……なんだよ、寝るんじゃねえのか?」
「ん、寝る……から、獄寺ぁ……。」
「ったく、なんなんだよ、山本、お前寝るんだろ?」
声色こそ呆れたものへと変化したが、緩く抱きしめてくる獄寺の手は優しい。ちょうど収まりのよいところへ体を落ち着け、一度大きく息を吸えば風呂上がり獄寺の匂いで肺を満たすことができた。
それが、本当に幸せだ。
背中を撫でる手にも誘われ、今度こそ眠りに落ちかけていた山本だったが、すっと獄寺の手がおりていく感触に意識はかろうじて引き摺られていた。
「ん……?」
肩甲骨の下辺りを撫でていた手が、腰へとおり、尻まで伸ばされる。更に、今は衣類に包まれているとはいえ、先ほどまで獄寺のモノを咥え込んでいた箇所を指先で押されれば、このまま寝てしまうことはできない。
「獄寺ぁ……?」
「なあ山本、やっぱりお前、足りなかったんだろ? それならそうと言えよ、健気に寝ないで待ってるぐれえなら風呂場でたっぷり可愛がってやったのに……。」
「んっ……あ、獄寺……?」
しかも、焦らすように布越しに後孔を撫でながら、獄寺は髪や頬へと唇を落としてくるのだ。チュッ、チュッと音を立てて甘やかすように繰り返されるキスには、逆らえるはずがない。思わず横向きから仰向けへと姿勢を変えれば、獄寺は満足そうに覆いかぶさってくる。
「んんっ…ふ、あぁっん……!!」
「山本……。」
そのまま深いキスへと移っていく獄寺に、山本も自然と背中へと腕を回して受け入れていた。
クチュクチュと唾液が絡む音をさせて口内を熱い舌で愛撫されるのは、本当に気持ちがいい。仰向けになったことで、後孔ではなく前を服の上からゆったりと撫でてくる獄寺には、ますます熱が煽られた。
「んっ……ん、んぁっ……!!」
「……山本?」
「んー……ん、ごく、でら……。」
だが、今夜は本当に疲れているようだ。いつものならば獄寺に三度も撫でられれば服の上からでもはっきり分かるほど勃ってしまうそこも、まだゆるく熱を溜めただけである。喘ぐ吐息にも半分欠伸が混じり、生理的な反射ではなく目蓋は下りたままだ。
そんな山本の鈍い反応に、獄寺も違和感を覚えたようだ。キスを止めて片手で頬を撫でてきたところで、少し言葉が止まる。それにようやく目を開けてみれば、獄寺はベッドサイドを見ていた。
「……まあ、四時だしな」
「……。」
そして、まるで自分に言い聞かせるように獄寺が呟いたのは、ベッドサイドにある時計が指し示す時刻だった。
山本の反応の鈍さを、眠気というより翌朝の用事を考慮して避けたがっている結果だと考えたのだろう。軽いため息で納得しようとしている様子の獄寺に、ぼんやりと寝惚けた視線を向ける山本は、そろそろ思考も眠ってしまいそうだ。
「ごく、でら……違う……。」
「あ?」
「オレ、見てたの……時間、じゃ、なくて……。」
だからこそ、気にしていたのは日付なのだと、明日のために今の快楽を突っぱねたのではないと山本は主張したかった。単に眠すぎて、頭が論理的な思考を放棄していたとも言える。疲れてはいるはずだが、山本よりはまだ頭が起きている獄寺には、そんな訴えは不可解以外の何物でもなかっただろう。
だが山本が眠そうにしていることは明らかだったためか、頬を撫でながら先を促してくれていた。
「でも、時計見てただろ?」
「ん……日にち、見てた。もう…夏休み、半分終わっちゃった、なあ、って……。」
「……夏休み?」
そこまで伝えたところで、山本は急速に自分の意識が落ちていくのを感じた。
このまま眠ってしまうのは、嫌ではない。だってもう獄寺がきてくれたから、と思いながら背中に回していた腕に最後の力を込め、しっかりと獄寺を感じてから山本は眠りに落ちた。
その様子をじっと間近から見下ろしていた獄寺だったが、頬を撫で続けても目を覚ます様子のない山本に、そっとため息をつく。
「……バカ、ほんとに待ってただけかよ。これなら風呂で抜いてこなけりゃよかったとか思って喜んだのに、この、バカッ」
罵ってはいても、慈しみを隠しようがない。獄寺も相当疲れてはいるのだ。うつったとしか思えない欠伸を噛み殺しながら、獄寺はもう一度チュッと額に唇を落としてから覆いかぶさる姿勢を崩した。
すっかり隣で穏やかな寝息を立てている山本を感じながら、獄寺も仕方ないので寝ることにする。手を伸ばして壁に設置してある照明を消し、再び横になったところで自動的に数字の表示色が変わって暗がりでも見やすくなった時計に、獄寺はふと思い出していた。
「……。」
「ん……ごくでらぁ……。」
寝ているのに甘えてくるこのバカは、先ほどなんと言ったのか。
しっかりと撫で返してやりつつ、山本の『夏休み』という言葉が気になって仕方がない。仕事柄、長期の夏季休暇というものはない。むしろ、普通の休日ですら取れないのが獄寺である。一方の山本も、不定期な任務に対して常に待機状態のため、決して夏休み中というわけではない。
では、どうしてあんなことを言い出したのだろう。
単に寝惚けて中学や高校の頃と勘違いしたというよりは、願望なのかもしれない。
「山本……。」
「ん……。」
数年前なら、不安になっていただろう。いつ山本がこの道を捨てるかと気が気ではなく、真っ当な道を連想させるもの、特に野球や学校生活などを思い出さないように遠ざけておきたいという心理が働いた。
だが、今はもう少し自分の心にも余裕が生まれていたと獄寺は知る。
過去を懐かしむことは、誰にでもある。それを許容できるのは、ここに山本がいるのだと自分も確信が持てているからだ。こうして山本は傍にいるのだともう一度心の中で繰り返し、抱き寄せた体を撫でる。
「……。」
すると、煽られていた熱まで自覚して獄寺は億劫になった。
風呂場で抜いてきたばかりなのに、たったあれだけのキスで勃ってしまった自分が獄寺は本当に情けない。山本の方が出すまでの時間が極端に短いだけで、獄寺は不感症というわけではないのだ。むしろ山本相手だと感じやすすぎてすぐに熱を溜めてしまうから手を出さざるを得なくなるのだと思いながら、寝ている山本の邪魔にならないように獄寺は暗がりの中でいつまでも優しいキスと抱擁を繰り返した真夏の夜だった。
どうやら誤解されたらしいと山本が気がついたのは、それから半日近く経ってからだ。昼には帰ってこれると思っていた用事が意外に長引き、本部から帰宅したのは午後三時を回っていた。獄寺の昼食は作るつもりだったので、炎天下の中走って帰れば、相変わらず食事には無頓着な獄寺にメシより山本が食いたいとおかえりなさいのキスからそのまま玄関で食べられそうになった。
そこは、走ってきたばかりなので汗臭いからと抵抗すれば、獄寺はあっさりと手を離してくれた。それにはやや意外だったものの、すぐに浴室に押し込まれたのでさっさとシャワーを浴びてこいという意味に山本は受け取る。
『……。』
『……。』
そんなにも、獄寺は自分としたいのだ。
嬉しくなりながら大急ぎでシャワーを浴び、脱衣所に出ると着替えがなかった。
いや、正確には用意していたはずの服がなく、替わりにどこで調達してきたのか考えるだけで頭痛がしそうなものがずらっと並んでいたのである。
セーラー服に始まり、スクール水着や、下がブルマの体操服セット、ブレザータイプの制服などはもちろん女子用だ。正直、自分の体型では着れるのか謎である。何故か羊の着ぐるみも用意されていたが、暑そうなので却下すると中高生くらいの女子が着るようなものしか残らない。
『……。』
『……。』
きっと、寝る前に夏休みなどと口走ったから、学校生活を懐かしんでいるとでも思ったのだろう。
だから少しでも学校生活を思い出させてやりたいという気遣いは、獄寺なりの味付けがなされたようだ。
『……獄寺、なに着てほしい?』
『……!!』
脱衣所で裸のまま、タオルを片手に呆然と佇む山本を、廊下から数センチだけドアを開けて覗いている獄寺にそう尋ねてみる。すると、バレていないとでも思っていたのか、派手に驚いた様子の獄寺は慌ててドアを閉めていた。
それでも直前に、一番いやらしいと思うもの、という呟きを残して獄寺は消えたことで、山本はため息をつく。
どれを着ても、いやらしいかどうかは山本にはよく分からない。ただ獄寺が一番興奮してくれればいいなと願いながら選ぶしかない。
ある一着を手にしていそいそと着込む山本は、これから獄寺に撫でてもらえるのだと想像してもう顔が火照ってくる。
今年の夏も、まだまだ暑さは続きそうだ。
獄寺と過ごす夏は、山本は大好きだった。
| ▲SSメニューに戻る −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 2008年の夏コミの無料配布本を、今更のようにUP… たぶん、コスプレネタを書こうとしてて、タイムアップだったんじゃないかな…(まさかの! ロボっぽい何か |