■男の威厳





 ぐりっと押し付けられた金属の硬さに、思わず体が竦んでしまう。引き攣りそうな顔と声を必死で堪えていると、更にもう一度その金属、銃口を背中で捻るようにして存在感を主張され、意図を正確に理解した。
 早く尋ねろ、と。
 それがボスとして使命だ、と家庭教師である赤ん坊に脅される状況は今回が初めてではない。だがどれほど納得してなかろうが、ボスとしてこれはおかしいと思っている。こんなことを尋ねるのが、本当に修行だの素質だのということに関係しているのだろうか。
「……ただのオレの好奇心だ」
「やっぱりそうなのかよ、リボーン……!!」
 声に出さずとも、こちらの疑問は分かっていたらしい。押し殺したような声であっさり告げられた言葉に思わず呟けば、向かいに座っていた獄寺に不思議そうな顔をされてしまった。
「十代目? リボーンさんが、どうかなさったんですか?」
「え!? う、ううん、なんでもないよ……!?」
 そういや最近お見かけしないっスねーっ、とのん気なことを言っている元凶に、見かけないのは体躯が小さすぎて今自分の後ろに隠れているからだ、と教えたくてたまらなかった。
 そう、この屋上で、昼食を食べ終えてのんびり笑っている自称自分の右腕希望の本物マフィアの同級生が、元凶なのだ。背中に銃口を突きつけているのはリボーンだが、そうさせたのは獄寺なのである。だがもっと厳密に言えばその獄寺よりこの事態の発端に近い人物がいないこともないのだが、その当人は今寝入っていた。
 早朝練習がキツかったとやらで昼食後すぐに寝てしまったのだが、普段の体力といつもと同じメニューの練習がそうそう負担になったとは思えず、大方明け方まで別の運動でもしていたのが原因だろうがあくまで憶測だ。勘繰らなければ無視もできるが、現実に今目の前に胡坐をかくようにして座っている獄寺の後ろから、両腕を回してベッタリと懐くようにして寝る姿勢の意味は分からない。そんな姿勢では返って寝苦しいのでは、と指摘したくてたまらないのだが、口に出したが最後、では横になるという選択で膝枕でもされたらどうしようという恐怖からいまだに何も言えないでいた。
「……リボーン、ほんとにこの状況できけって言うのかよ」
 寝ると言っても完全に意識が落ちているわけではないようで、今も少し獄寺が身じろぎしただけで背後に負ぶさっている人物はむずがるように顔を首筋へと擦りつけていた。それを宥めるように獄寺が短い黒髪を撫でている間に、自分はチラリと肩越しに背後を振り返ってリボーンへと尋ねてみる。
「大丈夫だ、どうせ山本はきいちゃいねえぞ」
「でも寝てはないだろ、というかそもそも……!!」
「……ツナ、お前だって知りたいんだろ?」
 そう言われると、ぐっと言葉に詰まってしまう。
 確かにリボーンの言うように、気にならないわけではないのだ。ただ、そこまで強く知りたいと思っていたわけではないし、第三者が気軽に尋ねていいこととは到底思えない。なにより尋ねた場合、ついでにいろいろ聞きたくない事実まで聞かされてしまいそうで危惧もしているのだが、ニヤリと笑ったリボーンに引く様子がないことを悟ればいい加減腹を括るしかない。
「……あ、あの、獄寺君?」
「ハイッ、十代目、なんですか?……て、スイマセン、ちょっとこのバカ背負い直していいですか?」
「う、うん……どうぞ」
 意気込んで話しかけてみれば、同じように意気込んで返事をした獄寺の肩からずるりと山本の片腕が滑っていた。それに当然山本も気づき、緩慢に顔を上げようとしているが、先にさっさと獄寺が腕を直してしまう。するとしばらく顔を上げていた山本は、安堵したようにギュウッとゆっくり獄寺を抱きしめ直して、再び顔を伏せて大人しくなっていた。
「……。」
 そんな二人に、何を尋ねていいものか。
 これから続けてしまう質問によって獄寺が動揺でもした場合、それがひいては山本の安眠妨害に繋がることはリボーンも快く思ってはいないだろう。だが背中に感じる銃口は承知の上だと言っているようで、向き直ってくれた獄寺に自分はようやく尋ねてみることができていた。
「あ、あのね、獄寺君。答えにくかったら、別にいいんだけど……!!」
「はい?」
「えっと……その、山本、と。そういう関係なのは、分かってるんだけど。ええっと、だから……!!」
 だがここで、自分は難関に気がついてしまう。
 獄寺と山本が、何がどう転んでそうなったのか、いわゆる恋人同士のような関係にあることはもう承知のことだ。そこが疑問なのではなく、そうして恋人的な行為に及ぶ際、どうしてその役割分担だったのか。
 以前山本に期せずして尋ねてしまった際は、『させてくれと頼む獄寺が可愛かったから』というなんとも返答に困る理由を言ってくれていた。可愛ければさせてやれるものなのか、とよほど言いたかったが、先に同じことで獄寺が暴れてしまったので有耶無耶になっている。だがそうして分かったのは、あくまで山本側の言い分だ。獄寺の側ははたしてどうしてなのか、もちろん男として男役に志向が向かうのは当然としても、何故受け入れる寛容さは見せられなかったのか。
「……て、そ、そうだっ、そんなの当たり前だろリボーン!? なにしろこの獄寺君だよ、横暴さがうっかりまかり通っちゃっただけじゃないの!?」
「十代目……?」
 役割分担をどう言及していいのか悩んでいる間に、あっさり答えが出た気がしてそれはそれで自分も焦った。
 なにしろこの獄寺なのだ、頭は良くても高速回転の軸が解決的にズレている。相手の立場になって考える、などという殊勝な作業を期待できない以上、考えなしで好きな相手をヤっているだけではないのか。たまたま相手が山本というこれまた超破格の天然素材だったので上手くいっただけなのでは、とつい背後に確認を取ってしまっていると、返事の前にカチャリと金属音が響いていた。
「……!?」
「……山本も、男だぞ。いつか関係の不自然さが不公平だと気がついたとき、獄寺が軽々しく拒絶してみろ、仲違いした二人をお前が取り持たなきゃなんねえんだぞ?」
「十代目、どうされたんですか……?」
 その予防線だ、と続けるリボーンは、どうやら撃鉄を上げてしまったらしい。
 あくまでただの好奇心だと思っていたが、リボーンなりにファミリーを心配する理由も若干はあったようだ。確かに山本はああだが、いつまでもあのままだとは限らない。恋愛上手とは到底思えない獄寺なので、もし山本から自分が男役でとせがまれたとき、一度も想像すらしたことがなければとんでもない切り返しをしてしまいそうだというのもよく理解できた。
 そういう可能性もあるのだと、ちゃんと分かった上で付き合えと、獄寺に注意を喚起する。それがボスの務めかとうっかり洗脳されかけそうになりつつ、いやいや友達としても助言はしておいて為にはならないだろうと思い直し、再び獄寺へと向き直っていた。
「あ、あのね、獄寺君……!!」
「はい?」
「その、ほんと、お節介だって分かってるんだけど。えっと、その……もし、もしもの話だけどさ? 山本が、その。キミを、だから、なんていうか……!!」
「……捨てたら殺しますけど?」
「そうじゃなくって!? ていうかそれこそいらない心配だよっ、ついでにそんな兆候があってそこはかとなく知らせようと思ったとかじゃないからキレつつ悲しまないで!? ほんとオレが悪かった、獄寺君、泣かないで……!!」
 凄んではいるものの、そんな事態になって山本に手を下せるとも思えない獄寺だ。虚勢を張るようにして返してきた獄寺に慌てていると、雰囲気に意識がざわつかされたのか、山本が何かしら呟いたようだった。
 こちらには聞き取りにくかったものの、どうも好きだといった類のことを口にしたらしい。それに獄寺はハッと息を飲み、振り返るようにして背後の山本を見やっている。だがすっかりまた懐いて寝る体勢に入っている山本をしばらく見つめた後、安堵したように息をつき、胸の前に回されている腕を軽く撫でて獄寺はニッコリとこちへと向き直っていた。
「……すいません、十代目。それで、山本がオレに、なんですか?」
「う、うん……!!」
 穏やかな空気に戻っている獄寺に、愛されているんだね、という感想と、尻に敷かれてるの? という確認とで悩んでしまいそうだった。
 だがニコニコニとして続きを促され、何を言えるはずもない。仕方なく愛想笑いで返しつつ、今度こそ思い切って尋ねてみていた。
「ええっと、だから……その、もしもだけどさ。山本の方が、その、今のキミみたいな方でやりたいって言い出したら、どうするの?」
「仕方ないから寝てやりますけど?」
「ええっ、そうなの!? て、違う違う、そうやって背中で寝かせてあげることじゃなくって、だから、ベッドで!?」
 あまりにあっさり受諾されたので驚いてしまったが、獄寺が言ったのはそれこそ今この瞬間での役割分担だ。その逆ということは、山本の背中に懐くようにして獄寺が寝るというだけの話になる。それぐらい造作もない、と言ってのけた獄寺に、慌てて修正を試みたところで、ポカンとした表情に思わず胸が詰まった。
「……え?」
「ご、獄寺君、やっぱり考えたこともなかった……!?」
 聞き返すまでのタイムラグが、とてつもなく心苦しい。
 どうやら意味は正確に理解してくれたようだが、想像だにしていなかったようだ。だからこそ来るべき危機に備えて指摘したつもりだったのが、やがてどこか複雑そうな表情に変わっていく様を見ていると居たたまれない。あるいは他人にどうこう言われたくないという不愉快さかと焦ったが、どうやらそのすべては間違いのようだった。
「……いえ、そうでもないですけど。まあ本気でせがまれたらイヤとは言いきれないだろうなあとは思ってるんですけど、今のところその兆候はねえなあって」
「え、そうなの!? 獄寺君、山本が言えばさせてあげるんだ!?」
「可能な限りの説得で丸め込むつもりはありますけど、それが無理なら仕方ねえかなってぐらいの話ですよ? あくまで」
 積極的に応じたいわけではない、と言っている獄寺は、男として当然の感覚だろう。だがそれと同時に、同じことを既に山本にはさせているのだという現実も理解して、断ることはできないと腹は括っているらしかった。
 淡々と語っているこの様子では、今ここで返答を考えたわけではないことは自明だ。随分と前から、もしかすると初めて山本とする前から獄寺は覚悟を決めていたのかもしれない。
「……獄寺君て、意外に視野が広かったんだねえ」
「いやあっ、お褒め頂いて光栄っス!!」
 照れたように返している獄寺は、まず前提としてとてつもなく視野が狭いと思っていたこちらの失礼さには気がついていないようだった。そのことにはほっと胸を撫で下ろしつつ、予想したような困った事態にもならずにすんだことで、うっかり気が緩んでしまっていた。
「まあ、そんな事態になったら獄寺君、頑張ってね!!」
「……。」
「あ、あれ? 獄寺君……?」
 自分が危惧していたのは、あくまで獄寺が山本にせがまれるという事態を想定すらしていなかったということだ。それが外れていた以上、もう問題など存在していない。なにしろ獄寺にはいざというときの覚悟までできているようなのだから、と安心しきっていた自分の適当な励ましに、何故か獄寺の表情は曇っていた。
 不愉快というよりは、複雑、あるいは苦悩に近い顔だ。腹は括っていると言いきったときよりもずっとつらそうなその様子に、困惑した自分に獄寺は何故か悔しそうに視線を逸らしていた。
「ご、獄寺君……?」
「……そう、分かってはいるんです、頑張るしかないってことは。オレだって、山本がもしそう言ったなら応じようって、別にそういうことに限らず何でもきいてやって繋ぎとめたいと思ってはいるんですよ、これでも!!」
「う、うん? いやでも基本的に寛容には程遠いキミには無理だよね、ていうか別に山本もそんなキミを求めてないような気味悪がるだけのような……?」
「でもっ、でも十代目!! そればっかりは、あればっかりは、さすがのオレでも躊躇するんですよ!!」
 愛の深さは間違いないが、示し方でやはり獄寺は根本的に間違っているようだ。求められればなんでも応じるというのは、獄寺は性格的にできないだろうし、山本の方もまずしないだろう。だが心意気だけは褒められてもいいかもしれない獄寺にとっても、やはりベッドの役割分担は軽々しく逆転できないことのようだ。それは男として分かるよ、だからそんなに大声で叫ばないで山本起きちゃうよと思っていたところで、口惜しそうに獄寺が吐き捨てていた。
「十代目っ、だって……なにしろ、デカいんです」
「……は?」
「……ツナ、呆けてないで追及しろ」
 久しく忘れかけていた背後のリボーンに銃口で促されたが、それでもできれば聞き返したくはなかった。
 それこそ、獄寺は悔しそうに拳を屋上のコンクリートへと叩きつけているのだ。思いつめた表情は悲壮だが、そうであればあるほど理由は言及したくない。むしろ聞き流して去りたい衝動に駆られるが、ハッと顔を上げた獄寺にもう一度繰り返されてしまった。
「だからっ、十代目!! オレ、怖気づいてるとか思われたくはないんですけど、でも、あんなデカいのがオレの中に入るとはどうしても思えなくて!!」
「いやあの獄寺君、獄寺君? その、なに言って……?」
「だからナニですよっ、十代目!! そりゃそもそもの身長っていうか、体格の差なのかもしれないんスけど、でもそういうの抜きにしても!! あんなご立派なの、突っ込まれるとか思ったらどんだけ愛があっても血の気引きますよ!?」
 いや別にオレは山本のがご立派かどうかまず知らないから?
 ご立派でないという話も聞いたことはないが、かといってそんな下世話な話題が持ち上がるタイプではなかったと記憶している。多感な中学二年生、女子ならば誰が胸が大きいなどと注目されることもある。それと同様に、一年生のときの林間学校で男子はナニがどうこうということで有名になったりしないこともないのだ。
 あまりそういう話題をするクラスメートがいないのも事実だが、そうにしても山本に関して聞き及んだことはない。だからといって、背が高いのも事実なので体格に見劣りしないのだろうということはかろうじて納得もできる。だがそれでいて獄寺が力説するのは、平時と戦時の差なのかと気が滅入りそうな結論に陥りかけたとき、何故かまた獄寺はハッと息を飲んでいた。
「ち、違います十代目っ、確かに山本のはご立派かもしれないスけど!! オレだってそう捨てたモンじゃないんですよ!?」
「え?……ええっ、え、あの、ちょっと獄寺君……!?」
 男の見栄、沽券に関わる問題ではあるだろう。
 だからといって、示されたいはずがない。突然膝で立つようにして腰を上げた獄寺は、そう言うとガチャガチャとベルトを外し始めたのだ。
「信じてくださいっ、十代目!! オレのだって結構ご立派な……!!」
「獄寺君獄寺君落ち着いてほんとに落ち着いて!? そんなの見せられたってオレ困るっていうかそもそも……!?」
「……獄寺ぁ」
「おわっ!?」
 バックルを外し、ベルトの端を抜いて制服のズボンへと手をかけたところで、まさに天の助けが遅ればせながら声を上げてくれていた。
 獄寺が腰を上げたということは、後ろから懐いていた山本は当然体がずるりと滑っていたのだ。両肩へと掛けていた腕は手首の辺りまでずれ、かろうじて捕まっているような状態だ。顔が完全に獄寺の背中につくような姿勢になった山本が不満そうに名前を呼んだことで驚いた獄寺の手は一度止まるが、暴走までは止められないらしい。
「山本、ちょっと我慢してろ。オレは今忙しいんだよ、なにしろ十代目に疑われた汚名を挽回しなきゃいけねえんだからな!!」
「ん? なんかツナに誤解されたのか?」
 どうやらずり落ちた衝撃で目も覚めてきたのか、山本は比較的しっかりとした口調でそう言うと、獄寺の背中から手を離して大きく伸びをしている。だが同じように膝で立ったところで、山本は再び後ろから腕を回してギュッと獄寺に懐いていた。
 そんな様子を見ていれば、つくづく山本も獄寺が好きなのだなと分かって微笑ましい。できればその愛でカレシの暴走を止めてほしいと願うばかりだが、それは無理な相談のようだった。
「だからっ、オレのだって小さくねえってことを十代目にちゃんとご説明しようとしてんだよ!!」
「何が?」
「いやあの山本っ、どうせナニがって返されるだけっていうか、獄寺君がベルト外してる段階で気づいて欲しいっていうか、それよりオレがまず説明されたくないって分かってお願い!!」
「ツナ……?」
 別にこちらとしては獄寺のものがどうこうということに全く言及したつもりはなく、ましてや見せてみろと詰め寄ったつもりもない。大浴場などでノリと勢いで見せ合うような事態になったのであればまだしも、どうして、望みもしないのに昼休みの学校の屋上で友人のものを拝まなければならないのか。背中の銃口が大人しくしているということは、リボーンもこの展開を望んだわけではないが止めるのも面倒なのだろう。実際後ろに隠れる格好になっているリボーンは目の当たりにしなくてすむ。
 どうして自分ばっかりこんな目に、と切なさで胸がいっぱいになったとき、ある意味における奇跡が起こっていた。
「……獄寺、別に見せなくてもいいんじゃねえの?」
「や、山本……!?」
 恋人の破廉恥行為を止めたのか、単純にこちらの意図を汲んでくれたのか。
 理由はもうなんでもいい。とにかく、いつにない理解力で、山本が獄寺の手を止めていた。だがそれに、当然獄寺は反発している。
「けどっ、十代目に!! 尊敬申し上げる十代目に小さいとか思われたくねえじゃねえかっ、男として!!」
「思ってない、思ってないよ獄寺君、これでいいよね……!?」
「ああ、そーゆーことなのな!!」
「山本もなに今更納得してあげてんの!? ねえねえ、分かったから止めてくれたんじゃないのっ、オレに期待させただけ!?」
 せっかく獄寺君を止めてくれたと思ったのに、と嘆きかけるが、それでもよく見れば山本の手は獄寺の手を掴んだままだ。むしろ両手をまとめて右手でつかんだ山本は、左手を獄寺の腹の前へと回すとそのまま後ろに引っ張るようにしてストンと腰を下ろしていた。
「おわっ……!?」
「……だってな、獄寺?」
 互いに膝で立つようにしていたため、山本に引っ張られた獄寺もまた屋上のコンクリートに座り込まされている。昼寝のときと同様に、山本の方が後ろから腕を回している。だが今では山本の方が甘えさせているように見えるから不思議だなどと、やや視線を逸らしつつそんな感想を抱いていた。
「別に獄寺の、小さくねえし?」
「……。」
「……て、山本!? 違う違うそうじゃないっ、オレは獄寺君を止めて欲しかっただけだから!? わざわざ代わりに説明してくれなくていいんだよ、というか見たくないだけじゃなくて聞きたくない!!」
「だってオレ、すごい顎疲れるし」
 なんだか見せられるより衝撃的なことを聞いてしまった気がした。
 ゴリッ、と久しぶりに背中に銃口がめり込みそうなほどの突き上げを受け、もう自分は何も考えないようにして顔が引き攣ったままで尋ねてみる。
「……あの、山本?」
 だがそれ以上何も具体的なことは言えなかったにも関わらず、後ろからギュッと獄寺を抱きしめたままの山本はこんなときばかり理解してくれたようだった。ちなみに獄寺は照れている。
「ええっと、だからな、ツナ。獄寺のって、舐めてたら……?」
「もういいから!? 言ってくれなくていいからっ、ほんといいから、ていうか獄寺君もなに山本にさせてんのっ、て、それも答えてくれなくていいよ!?」
「そ、そうですか……?」
 照れていてもこちらの質問には答えねばと俄然意気込んだ獄寺を予め制し、肩越しにリボーンを睨む。
 もうこれ以上はいいだろう。
 これ以上恋人たちの生々しい会話を暴露させるのは忍びないだろうと訴えるのだが、当人たちはそんな感性に程遠いらしく、突然あっと声を上げた獄寺は山本の腕を外させて振り返っていた。
「ん?」
「山本っ、だからテメェあんましてくれねえのかよ!?」
「獄寺君っ、そういう追及は二人だけになってからにして……!!」
 向かい合うと今度は獄寺の方から山本の両肩へと腕を乗せ、ギュッと身を寄せていた。そうすれば必然的に顔も近くなり、それこそキスしてもおかしくない距離になる。だが互いに目を逸らすこともなく、平然と会話を続けている様は一種異様でもあった。
「それだけが理由でもねえけど?」
「……じゃあなんでだよ」
「あ、あの、山本もさ? 獄寺君に求められたらなんでもしてあげるってその姿勢、相手が相手だしかなりどうかと思うけどそれは二人の関係だしいいとしてもさ、お願いだから、そういう会話は……!!」
「だって、オレがしても獄寺あんまり気持ちよくねえだろ? まあアレに限ったことじゃねえけど、オレ、全然経験ねえから技術もなんもねえし。獄寺みたく上手くなりてーなーとは思うんだけどよ、練習しようもないし、練習で獄寺としたくねえし。なあ獄寺、下手でもした方がお前喜ぶの?」
 山本は山本なりに葛藤があったらしい。だがそれは獄寺だけが知ればいいことであって、完全な部外者である自分が聞いていい話とは思えなかった。
 ふと気がつけば、背中の痛みが消えている。恐る恐る振り返ってみれば、一足先にリボーンは退散してしまっており、心の中で呪詛を唱えてもこの場から同じように逃げ出すことは不可能だった。
「……バカ。山本からされたら嬉しいに決まってんだろ」
「ん、そうなのか? ならもっとさせてくれよ、オレも獄寺のこと好きなんだっての、もうちょっとやらせて?」
「したきゃすればいいだろ、て、待てよ山本っ、それオレに突っ込みてえてことか!?」
「え? それでもいいけど?」
「それじゃなくてもいいのか!? やっぱ前言撤回だ山本っ、テメェは何もすんな、オレが全部すっから寝てろ!!」
「えー……。」
 ……どこが、覚悟を決めているのだろう。
 山本も積極的にヤりたいと言ったわけではなかったが、少しでもそういう流れにいきかけると獄寺はこうして丸め込んできたようだ。今もまた、言うだけ言うと頭をぶつけない程度の勢いで屋上のコンクリートの上へと押し倒した獄寺だが、見上げている山本は随分と不満そうだ。
「イヤなのかよ……!!」
「イヤとかじゃねえけど、むしろオレも獄寺にされるの好きだけど。でも……。」
 なにしろ、今はまだ昼休みで、しかも学校の屋上だ。なによりリボーンのように、屋上から颯爽と消えてみせることなどできない自分という部外者がすぐ近くで居たたまれなくなっているという状況で、始めるのはいただけない。そんなふうに続けてくれることを心底期待したのだが、やはり山本は山本だった。
「それなら、獄寺がされて嬉しいこと、ちゃんとオレに教えてくれよ」
「山本……?」
「オレ、ほんとに獄寺のこと好きなのな。けどこういうの初めてで、オレ、どうしたら伝わるのかとか全然分かんなくて。なあ獄寺、オレ……。」
 仰向けに押し倒されたまま、そう言った山本はもどかしそうに獄寺の背中に回した腕でギュッと引き寄せていた。
 少しだけ。
 もう少しだけ待ってほしい。
 死ぬ気弾を撃たれたわけでもない自分は、屋上から飛び降りて無事ではすまないのだ。屋上から校舎に通じるドアまで移動するわずかな時間だけ待ってくれれば、自分は退散する。その後心置きなく愛を深めてほしいと思っているのに、やはり儚い祈りでしかないようだった。
「んんっ……獄寺?」
「……ちゃんと伝わってるっての。抱かれる側でもいいって我慢できるくらいには、オレのこと好きなんだってな」
 こちらが驚いて動けないのをいいことに、さっくりいないものとして忘れてくれている二人は、甘ったるいキスの後にそんな会話をしている。だがそれをいきなり吹き飛ばせるのは、やはり山本だった。
「別にそういうことじゃねえけど?」
「違うのかよ!? やっぱテメェ、オレのこと……!!」
「んーと、そっか、獄寺されたことねえから分かんねえのな!!」
「な、何がだよ……!?」
 獄寺の発言をよく吟味すれば、山本に好かれている自信がないことは明らかだ。そんなところは相変わらずなのかと内心ため息をつきつつ、会話の流れには少しだけ興味を持った。
 せがまれて可愛かったから抱かせてやった、というのが本心であれば、それは山本の方が愛が深いようにも感じられる。そこを我慢と置き換えて解釈した獄寺に、自分も実は異論がない。だがそういうことでないのだとあっさり否定して笑った山本は、獄寺は抱かれたことがないから知らないだけだと言ったのだ。
 だから教えてやる、といきなり山本が獄寺を押し倒すという展開も少しばかり予想したが、そうにしては山本は獄寺に組み敷かれたままだ。むしろ嬉しそうにその体勢で獄寺に腕を回したまま、見上げる視線であっさり返していた。
「だからな?……されてる方が、スゲェ愛されてる気がすんの」
「……実際そうだろ」
「だからオレも獄寺のこと愛したいなーって思うんだけど、別にいいって言うしさ。なあ、もしかして獄寺って愛されるのとか鬱陶しいタイプ?」
 だったらちょっと我慢しねえと、と続けている山本は、いろいろ根本的なところで認識の相違が生じている。
 獄寺の言動に共感できる際、自分が何度も心の中で繰り返したのは『男として』その気持ちは分かる、という類だった。だが山本は、それがごっそり抜け落ちている気がしていた。
 愛したいし、愛されたい。
 どちらの方向性でも同性というところに拘っていないのは、愛ゆえか山本だからか。
「……別に、愛されたくねえワケじゃねえよ」
「だったらどんなふうにしたらいいのか、どうやったらお前が喜ぶのか、それ教えてくれねえ? なあ獄寺、オレ、ほんとにお前のこと好きなのな?」
 そう言って笑った山本を、獄寺はしばらくただ黙って見下ろしていた。
 恐らく、悔しく思っているのだろう。それ以上に、幸せなはずだ。
「……山本」
「ん?」
 やがて一度名を呼んだ獄寺に、山本はあっけらかんとしてキスを受け入れていた。
 なんだかこちらまで妙な敗北感を味わった気分になりつつ、そろそろ本気で退散したい。ゆっくりと屋上の端から移動し、若干迂回してでも校舎内へと繋がるドアを目指す。ただそれだけの目的のために、持てる限りの能力で集中して走り出した途端、すべては無駄に終わっていた。
「あ、チャイム」
「もう昼休み終わりか……て、そういえば十代目?」
「な、なにかな……!?」
 どうやら二人は自分を忘れていなかったらしい。
 いつものことと言えばいつものことだが、最近は心底嬉しくない。だが今度は何を頼まれるかと怯えている間に、さっさと獄寺は山本から下りていた。
「次の授業って、なんでしたっけ?」
「えっと、確か……英語、だったかな……?」
「ああ、そういやそうでしたねーっ」
 そうして当然のように次の授業に出るつもりらしい獄寺に、やや呆気にとられてしまっていた。
 どうやらそう毎回毎回サボッていたすワケではないらしい。昼休みが終わる五分前のチャイムはとっくに余韻もなくなっているので、できるだけ早く教室に戻らなければならないだろう。そんなふうに思い、いつもと違って健全な中学生に戻るつもりらしい友人二人に安堵していた。
「……なあ獄寺、しねえの?」
「バカ、次英語だろ? お前成績最悪なんだからせめて出席は稼げよ」
「えー……。」
「そんな顔したってほだされねえからな、追試になった方が結局はヤる時間も減るだろうが。大体朝まであんだけヤってたんだから、腰も痛いんだろ?」
「もう平気だっての」
「睡眠は足りてねえだろうが」
「足りてねえのは獄寺だって」
「オレは別に眠くなんか……て、そっちかよ」
 だから、後ろから聞こえてくる会話は聞こえないことにした。
 続いていたはずの足音が止まり、やたらなまめかしい音が響いても自分は何も気づいていない。
 もっと獄寺に構ってほしいのだと、愛されたいのだとせがむのが結局は山本なりの愛し方なのか。本人の弁はどうであれ、愛され慣れていない獄寺にはまずはそうした接触の方が適切だったのかもしれない。
 そんなふうに適当に納得して一人さっさと校舎内に繋がるドアから出たところで、自分は思わずぼやいてしまっていた。
「……宿題、どうしよう」
 獄寺君に相談するつもりだったのにっ、と慌てて振り返ったところでドアのガラス越しにしっかり抱き合って深いキスを交わしている二人を目の当たりにし、少し意識が遠のいた日常だった。
 リボーンの気まぐれに振り回された、と解釈してもいいが、一つだけ確かなことはある。
 ファミリーという言い回しであれ、二人が自分の友達には違いないのだ。その二人とこれからも友情を続けていくために理解を深めたのだと思えば、悔しくないこともない。
 居たたまれなさは消えなくとも、そう思うことにした。










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アレな話題でスイマセンorz
代わり映えしない話でスイマセン、アワワワ…!
ところでいつの間にウチの山サンはこんなに獄寺氏が好きになったのだろう…
あとツナごめん。(い・つ・も!

ロボ1号