■キミの隣 キミと隣
「いやあ、それにしても!! 十代目、初日から災難でしたねっ」
「う、うん……。」
うららかな春の昼下がり、始業式だの大掃除だのといったくだらない時間ばかりだった二年生最初の学校が終わる。授業はないものの、半日丸々拘束されるので、ついでに学校で昼食は食べて行こうという話になった。今日から再開しているらしい購買で適当に購入し、いつものメンバーで連れ立って向かったのは屋上だ。
腰を下ろしながらそう声をかけた獄寺に、ツナは曖昧に頷いている。普段からツナの獄寺に対する微妙な感想など気がつきもしていないので、小さな差異に気がつくことはない。この日は本当に珍しく、ツナは獄寺の言葉に心から賛同していたのだ。その理由は単純に、今日からクラスメートになった人物のおかげで心底疲れてしまったからだ。
「けど、ツナも惜しかったよな? 学級委員」
フォローしている山本の言葉は、このときばかりはツナの心情とは真逆だった。だが自分は別になりたくなかったと訂正したところで、ならなかったのだからもう蒸し返したくない。そんな思いで曖昧に笑って頷くにとどめたツナにはやはり気付くことはなく、獄寺が腹立たしげに同意していた。
「だよなっ、あのヤロー、卑怯な手使いやがって!! 絶対十代目の方が相応しかったってのに!! ……あ、十代目、よかったらオレ、今からでも闇討ちしてきましょうか?」
「いっ、いいよ、大丈夫だから!? オレ全然気にしてないしっ、ね、獄寺君も、もう落ち着いてゴハンにしよう!?」
「まあ、十代目がそう言うんならいいんスけど。じゃ、いただきまーすっ、と!!」
食事の前に吸うつもりで手にしかけていた煙草は箱へと戻し、ガサガサと購買の袋を漁ってパンを出す。そうしてかぶりついてみれば、安っぽいのになんだか懐かしい気もして、獄寺は少し面食らった。
食べているパンは今日初めて買ってみた種類で、久しぶりの味に感動したということはない。だが、確かに懐かしく思った。そのことを面映くも感じる。理由を無意識に探すように屋上でゆっくりと視線を巡らせていると、向かいに座るツナに不思議そうな顔をされていた。
「どうしたの、獄寺君?」
「んぁ……。」
なんでもないです、と言いかけるが、パンを咥えたままでは上手くしゃべれない。そのことに気がつき、ボスに対して失礼だと慌ててパンを外そうとしたところで、横からポンと頭に手を置かれていた。
「なにしてんだよ、お前? ちゃんと噛んで食えって」
「……。」
まるで子供に言い聞かせるようなことを言ってくるのは、隣に座っている山本だ。
一瞬腹立たしく思いはしたものの、何故か怒鳴り返すほどの感情にはならずに獄寺は素直にモグモグとパンを咀嚼することにしていた。子供扱いされる苛立ちを、別の感情が凌駕したのだ。
もったいない、と獄寺は確かに思っていた。パンではなく、もちろんそれ以外の何か物質的なものではなく、今のこの空気を壊してしまうのをもったいないと感じた。
春休み中も何度となくつるんでいたが、やはりこうして学校があった日の放課後、あるいは時間帯的には昼休みに一緒にいるのは雰囲気が違う。久しぶりだ、とパンの味ではない匂いのようなものにそんな感想を持ったとき、ようやく口が開けた獄寺はぼそりと呟いていた。
「……クラス違ったらよかったのによ」
「え?」
「獄寺?」
この空気が心地よいからこそ、午前中に散々苛立たせてくれた元凶を憎たらしく思った。
あのトマゾの八代目めっ、とあらぬ方向を睨んで心の中だけで毒づいていた獄寺に、ツナと山本はそれぞれ不思議そうな顔をしている。脈絡のない発言に戸惑っただけでない二人に獄寺が気がつけたのは、二人から尋ねられてからだ。どうやらうっかり呪いそうな調子でぼやいた意味を、勘違いされたらしい。
「なんだよ、そんなにオレと同じクラスになりたくなかったのか?」
「……ハ?」
「獄寺君っ、考えてもみてよ? 山本だけ違うクラスだったら、何かと不便だって!!……主にキミが」
獄寺としてはロンシャンについて吐き捨てたつもりだったので、それがいつの間にか山本に対してだと二人揃って解釈している理由がさっぱり分からなかった。ちなみに獄寺は軽口だったのですっかり忘れているが、今日の朝、クラス分けの名簿が張り出されているところでツナと合流した際に、確かに山本も同じクラスなのが残念だと発言していたのだ。
心にもない照れ隠しを、と思ったツナと、意外と傷ついていた山本はその言葉をしっかり覚えていた。だが全く覚えていない獄寺は、三分の一ほど食べたパンを手で弄びつつ、ツナへと首を傾げてみせる。
「不便って、何がスか?」
「だ、だからほらっ、単純に会える時間も減るし? 放課後とかはただでさえ山本は部活あるんだし、時間合わせにくくなるでしょ?」
必死で説明をしてくれている間に、さり気なく髪を梳くようにしてきていた山本の指がするりとすり抜けていくのは分かっていた。引き止めたいような、だがそうすればまるで頭を撫でてもらいたがっているようで癪に障るような、妙な葛藤を押し込められたのは当然十代目への忠誠心だ。十代目がオレに話して下さってるんだから、と自分に言い聞かせ、しっかり話に集中はしたものの、その意味を理解するには程遠かった。
「えっと、それがなにか問題でも……?」
「えっ、獄寺君的にそんなことになってたら問題ないの!?」
仮定の話に実感が持てないということもあるが、実際にそうなっていたとしても、そこまで苦慮する事態だっただろうかと獄寺は首を傾げる。
「んーっ、確かに十代目とクラスが違ってたら、護衛したいってのが難しくなりそうで面倒だったな、と、思いますけど。いやでも、十代目の凄さはもうある程度浸透してると思いますし、それならいっそオレは他のクラスで十代目の支配勢力を広げるお手伝いに奔走した方がよかったですかね?」
「いやいやいやっ、お願い、お願いだからこれ以上オレの目の届かないところでいろいろしでかさないで獄寺君!!」
「え、そっスか? いやあっ、十代目から直々に傍での護衛をお願いされるなんて、右腕昇格確実のオレとしてもやっぱ嬉しいっス!!」
やっぱりこの人そればっかりだーっ、とツナが頭を抱えているのは全く意識に入らず、獄寺は照れたように笑ってしまう。だがそもそものツナの質問はそこではなかった、と無駄としか思えない頭のよさで思い出していた獄寺は、実に誠実に話題を戻す。
「まあ、だから。十代目と違ってたらアレコレ考えたと思いますけど、山本と違っても別に」
「そ、そうなんだ……!?」
なにやら隣で小さくため息をつかれた気もしたが、ツナには礼儀正しく接しようと心がけている獄寺なので視線を向けて確認することはない。それでも、ようやく納得してくれたようにツナも頷いて昼食のパンに手を伸ばし始めたのを見て、残り三分の二のパンを獄寺はさっさと口に押し込んでいた。
水気のないパンは少しばかり飲み込みにくかったが、さっさと両手を空けたかったので構わず嚥下する。そして適当に手を払って腰を浮かせた獄寺は、隣で黙々とパンを齧っていた山本に後ろから腕を回していた。
「おわっ……!?」
「ご、獄寺君……!?」
わずかばかりの劣等感を煽ってくれる広い背中に圧し掛かるようにしてギュッと抱きつき、その匂いを煙草の代わりに肺へといっぱいに吸い込んで満たす。実を言えば昨日も堪能したばかりの空気でも、やはりこうして『学校』という場で触れられるのはまた格別な味の気がしてた。
「なんだよ、獄寺……?」
怪訝そうに肩越しに振り返ってくる山本に、我慢できずに獄寺は口元を寄せる。そして衝動のままに、ガブッと耳を噛んでいた。
「獄寺くーんっ!?」
「コラ、痛いっての。あんま意味なく噛むのやめろって言ってんだろ?」
「意味あんだからいいじゃねえかっ。別にクラスが違おうが、たとえば転校だのしようが。いっそリボーンさんがやっとお前をファミリーから外してくれても、お前、オレのものなんだからなっ」
だから何してもいいはずだっ、と不遜に言い放ってもう一度歯型がつきそうなほど強く耳朶を噛んでやる。するとさすがに痛かったらしく息を詰めたのに気を良くして、獄寺はいたわるようにベロリと舌で舐めてやった。
そんな仕草ですら、いたわりや謝罪というより、単に山本を味わいたい衝動に近い。うっかり昨夜の熱を思い出しそうになったところで、屋上のコンクリートに手にしていた牛乳パックを置いた山本が体ごと振り返ってきていた。
「おっ?」
「あのなあ、獄寺……。」
表情こそしかめっ面だが、窘める口調に嬉しさが滲み出ていることをもう知っている。しっかりと合わせた瞳でそれを確認して、山本の嬉しさが伝染してきた気もする獄寺は、噛んだ方ではない耳にするりと指を這わせる。そしてゆっくりと今度こそ正面から顔を寄せていけば、唇に触れる前に山本の手ですっと押し戻されていた。
「……なんだよ」
「オレ、まだメシ食ってんだけど?」
「オレはもう食い終わった」
実を言えばパンは二つ買っていたのでまだ昼食も半分というところだったが、一度自覚した衝動は果たすまで抑えられそうにない。接近を阻む山本の手を押しのけ、今度こそ目的を遂げる。押し当てた唇を強引に開かせ、一度強く舌を絡める。食事中と言っただけあり少し牛乳の味がした気がしたが、構わず口内をまさぐるように舌を蠢かせてから、解放してやった。
クチュリと唾液が音を立てて短いキスを終えて、ようやく少しほっと息がつける。そのまま正面から両腕を回し、ギュッと山本を抱きしめたところで後ろから頷かれていた。
「……ああ、なるほどね」
「何がっスか、十代目?」
「えっ!? あ、ええっと……!?」
どうやら独り言のつもりだったらしく、不思議そうに尋ね返せば逆にひどく驚かれる。そんなツナとのやりとりには入ることなく、獄寺に懐かれたままの山本は一人さっさと昼食を再開していた。
「だ、だから、もしクラスが違ってたとしても、獄寺君は平気だったんだなって理由が……!!」
「ああ、それっスか」
ツナへと向き直る意味でも、体を反転させた獄寺は今度は山本に背を預けるようにして座る。腹の前に回させた片腕に自らの手を乗せ、ややもたれかかるようにしてから獄寺は続ける。
「会いたくなったら会えばいいし、クラスが違うくらいは大したことじゃないですよ」
「う、うん、まあその場合違うクラスにも平気で乗り込んで行ってたんだろうから、その意味ではほんとに同じクラスでよかったねというか……!!」
「まあ、オレあんま学校て分かんねえんで? オレが想像してるよりもっと面倒なことがあればあったで、そのとき手は打てばいいだけっスし!!」
こういう手を、とニカッと笑って獄寺がダイナマイトを構えてみせれば、ツナはザッと青褪める。だが相変わらず気がつかない獄寺が頼り甲斐ある部下としての自分の発言に満足していると、腹の前に回させていた腕で軽くシャツを引っ張られた。
「……なんだ?」
「でも、オレも獄寺と違うクラスだったら面白かったかもな、て思わねえでもねえ」
「……。」
「ちょ、ちょっと山本!? 獄寺君て人には無神経だけど自分には繊細だからそんな発言は……!?」
先ほどとは逆の位置で肩越しに振り返った獄寺は、そこで昼食を食べ終えたらしい山本をじっと睨み上げる。
「……理由言ってみやがれ」
「え? ああ、そんな大した理由でもねえけど……?」
「山本っ、早く、早く適当に獄寺君を安心させてあげて!? でないと道連れ自爆されても知らないよ!?」
返答次第では着火する、と手にしたままのダイナマイトは、山本には見えていないのかもしれない。ツナには見えているようで、実に的確な指摘にさすがは十代目と獄寺は心の中だけで絶賛する。だが今はこの野球バカの答えが重要だ、と睨み続けていれば、いつものようにあっけらかんと笑った山本があっさり教えてくれていた。
「いや、だからな? クラス違ったら、体育祭でも組が違うだろ?」
「……そうだな」
「お前とやり合ってみたかったかな、て、そんだけだ」
昨年の秋に行なわれた体育祭の印象は強烈だ。確かに組によっては二年生でも総大将となる可能性は互いになきにしもあらずだ。同じ組にツナがいればまた別ではあるが、そうでない場合は山本の言う仮定もあながち実現可能性がゼロということではない。
示された想定は、少しだけ獄寺の心を躍らせた。人をまとめあげる術も技もないと自覚はしているが、単純に、面白そうだと思ったのだ。十代目の右腕の座を巡り、なにかと競い合っている仲だ。その一つとして、たかが学校の体育祭の余興に乗る形であっても、団体戦でやってみるのも一興だ。
だが賛同できたのは、ほんのわずかだった。すぐにそんなたった一日のために、他の一年間のすべての時間、山本と違うクラスなのは嫌だと思っていた。
「……ダメだ。オレが違うクラスなのはいいけど、お前が違うのはダメだ」
「そうか?」
「あの、獄寺君、それどう違うの? そ、それとも、オレを含めた三人での話……!?」
困惑した様子でツナが尋ねたのも当然で、実はこのとき獄寺はツナを含めた三人ではなく、あくまで自らと山本の二人の関係においてのみで話していた。
要するに、獄寺が違うクラスということは、当然山本もクラスが違っている。
二人しかいないのであれば分かりきったことであるが、至極真剣に伝えた獄寺に、山本もやや面食らっていた。だがおかしいことを言っているつもりは全くない獄寺は、その能天気な顔にまた苛立ちを感じて、やや乱暴な口調で説明してやっていた。
「だからっ、オレがクラス違ってもテメェを好きにすっけどよ、テメェが違ったらオレのことどうでもよくなるだろうが!! どうせすぐ忘れちまうだろうからなっ、そうさせねえためにも山本はオレの傍に最初からいろ」
「……いや、別にクラス離れたくれえで忘れるとかなかったと思うけど」
やや呆気にも取られている山本に構わず、獄寺はフンッと不機嫌そうに鼻を鳴らして再び前へと向き直る。そしてドンッとわざとらしいほどの勢いをつけて後ろの山本へと寄りかかったところで、なんとも言えない微妙な顔をしているツナに気がついていた。
「……十代目、どうかされました?」
「え!? あ、ううん、大したことじゃないんだけど……!!」
必死に首を振っている様子に不思議そうにしていると、やがて曖昧に笑ったツナが言いにくそうに告げてくれていた。
「えっと、ただ……獄寺君て、凄いなあって」
「へ? 何がっスか?」
「深くはきかないで!? それよりオレ、今日そういえば用があったんだ、も、もう帰るよ!?」
言うだけ言うと、まだ昼食も途中に見えていたツナは、いきなり立ち上がっていた。それに思わずつられるように腰を上げかけた獄寺を、ツナは慌てて制してくる。
「あっ、獄寺君はいいよ、もっとゆっくりしてて!? オレ、一人で帰れるから……!!」
「そうですか……?」
一緒に帰ることも多いが、毎日というわけではない。特に山本の部活がある日はまちまちなのだ。今日は新学年の初日ということで、野球部は二時からという微妙な時間から集まりがある。もちろん山本はそれまで学校にいるので、ついでに時間潰しに付き合うつもりだった獄寺だったが、ツナが帰るのならばご一緒すべきかと思えば遠慮された。
ツナの気遣いがいまいち分かっていないので首を傾げたままで見送ることになった獄寺に、ツナは最後まで引き攣った笑みで手を振ってくれていた。そうしてまるで逃げるように、獄寺には分からない本心のところでは文字通り逃げ帰ったツナが屋上が消えてから、獄寺はぽつりと呟いていた。
「……十代目、なんだったんだろ?」
あんなに急いで帰る用があったなんて、と続ければ、一人ひらひらと手を振ってツナに応えていた山本が後ろから返す。
「さあ、よっぽど大事な用とか忘れてて焦ったんじゃねえのか。ツナってどっか抜けてるし」
「十代目をバカにすんなっ、てのと、お前にだけは言われたくねえよこの天然ヤロー」
字面では責めていても、それほど強い感情は篭っていない。山本の言葉に尊敬申し上げる十代目を馬鹿にする意図はないことは知っていたし、なによりこの天然素材には何を言ったところで伝わらない。ファミリーのことですら、いまだにマフィアごっこと思っているくらいなのだ。
ツナがいなくなった屋上で、妙な虚しさを感じた獄寺は大きくため息をつく。
なんとなく、ココにいる意味を失った気がしていた。
「……もう野球の方に行くのかよ」
背中に感じる温度も、腹の前に回されたままの腕も確かにそこにあるのに、急に一人になった錯覚は間違いではない。ツナという存在がなくなったことで、本当に失ったのはココにいてもいい意味の方だ。理由だとか、口実だとかとも言い換えられるそれを自覚して凹むのは嫌で、率先して自分から言及する。
すると、言葉より先に腹の前にある右腕が緩く返されていた。
「……?」
「まだ、二時までにはたっぷり時間あるぜ?」
示された右手首の時計の文字盤は、確かに一時にもなっていない。だが集合時間が二時であっても、多くの部員は部室などに集まっているのだろう。昼食から一緒に取っていることは、山本が教室で他の部員に誘われていたことからも明らかだ。
山本にはどうせ通じないので言いはしないが、十代目がまだ学校にいるならばファミリーとして行動を共にしても当然だ。だがそのツナが帰ってしまった以上、山本には屋上などにいる理由がないのでは、と思った獄寺に、後ろから左腕もゆっくりと回されてきていた。
「山本?」
「……お前が言ったんだろ、傍にいろって?」
「……!?」
もう忘れてんのかよ、と笑いながら続けた山本は、両腕で獄寺をおかしそうに抱きしめるとこちらの肩に後ろから顔を伏せてくる。そして、ほとんど聞き取れないような声で呟いていた。
「なあ、獄寺……オレって、そんなに信用ねえのか?」
声高に責め立てられたわけでもないのに、山本の言葉はドンッと胸を撃ち抜かれたような衝撃だった。
腹の前で合わせられている両手が、震えているようにも見える。あるいは合わせて、祈っているかのようだ。山本の手を見下ろしつつそう思った獄寺は、ほとんど無意識にまた手を重ねる。
「獄寺……?」
「……そう、思うんなら。オレや十代目以外に、へらへらしてんじゃねえよ」
疎い山本と違い、敏い自覚もある獄寺には、山本が言及したことは理解したつもりだった。だからこそそう不貞腐れたように返せば、背後で山本がこちらの肩から顔を上げたことが分かる。
「へらへら、は、してるつもりはねえんだけど。でも、笑うなってことなら……お前、結構難しいこと言うよなあ」
今も、きっと困ったように笑っているのだろう。
振り返って確認せずとも分かっていた獄寺は、腹の前で合わされていた山本の手を強引に外させる。そして山本を見るためではなく、山本に拝ませてやるために光の具合によっては緑がかっても見える色素の薄い瞳で見据えていた。
「まあ、山本にそんな器用なことできるとも思ってねえけどな? それよりお前、ほんとに二時までココにいるつもりか?」
五分前行動ならば二時直前までということになるのだろうが、細かいことは抜きにしてそう獄寺は尋ねる。完全に体ごと振り返り、正面からしっかりと見上げれば、山本はあっさりと頷いていた。
「ああ、ココ、ていうか……獄寺といるつもりだけど?」
屋上という場所ではなく、自分の傍に。
あるいは、自分と共に。
そう満額の回答をくれた山本に、獄寺は知らずニヤリと笑って両肩へと手を置いていた。
「獄寺?」
「……なら、することは一つだよな?」
そのままぐいっと肩を押し、屋上のコンクリートに山本を押し倒す。いきなり叩きつけるようなことはせず、意図だけを示すように少し押して止めてみせたので、こんなことは察しがいい山本は自分で後ろに手をついていた。そのままゆっくりと自ら仰向けの体勢にもっていく山本を見下ろしていれば、また満足な笑みが漏れた。
こんなことを教えたのも自分で、それを山本が受け入れてくれたのが愉しくて仕方がなかった。
だからこそ、怪訝そうに言われても笑っていられた。
「なあ、オレこれから練習もあんだけど……?」
「バーカッ、ヤるとは言ってねえだろ? メシ食ったら寝る、オレが寝る人、お前が枕な?」
四月の初旬、昼下がりは確かに眠気を誘う温暖な気候だ。昼寝など言いながら思いついたことだったが、意外に妙案かもしれないと覆い被されば軽くシャツの背中側を引っ張られる。
「……獄寺、反対」
「あんだよ、細けえな……。」
さして意味はなく右腕側に寄っていれば、逆にしろと窘められてしまい一気に機嫌が下がってしまった。いまいち理解はしていないが、山本は右投げ右打ちなので肩もそちらを気遣うらしい。いっそイカレてしまえと思うことが多々あることは否定しないが、触れてはいけない部分だと知っているので踏み込めはしない。
渋々体を起こし、山本の左肩から腕の辺りを枕するようにして再び身を伏せれば、やはり先ほどまでの心地よさとは数段違っていた。急に気温が下がったりするはずもないので、精神的なものが原因なのは明らかだ。チッ、と心の中だけで舌打ちをしたのが聞こえたはずもないが、一緒に寝転んでいる山本は苦笑して髪を撫でてくる。
「アハハッ、悪いな」
「……悪かねえけどよ。それより山本、オレも言うからお前も返せ」
「なんだ?」
長めの髪に絡められていた手を取り、獄寺は少しだけ体を起こす。そして山本を見下ろしながら、思い切って口にしてみる。
「……これからも一年、ヨロシクな」
クラスメートとしても。
それ以外の関係は濃厚に繋ぎとめて雁字搦めで離さないつもりではあるが、一つでも多く自分たちを関係付ける言葉が増えるのは嬉しかった。そんな思いで告げた獄寺に、山本は一瞬だけ驚いた後、いつもよりほんの少し控えめで、ずっと照れたような笑みで返してくれていた。
「……ああ、こっちこそヨロシクな?」
山本はほとんど体を起こせないが、それでも示し合わせたように唇を触れ合わせた春の始まりだった。
| ▲SSメニューに戻る −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1本目があんなんだったので、今度は獄寺にちょっとばかし自信つけさせてみたら、強気受みたいなキャラになってしまいました。 いくら書きやすいからって本末転倒だ自分!(ま☆さ☆に あ、あくまで獄山ですから! そこは間違いないです!(笑 難しいなあ、もうちっとヘタレな方がいいのかなあ(オイ 試行錯誤と迷走が続いております、イヤンバカン。 獄寺より山本をどうにかした方がいいのかしら。 ううむ、ううむ、難しいよ難しいよ難しいよぅ…!!! ロボ1号 |