■カレシの条件






 なんでもない日常に、キッカケは潜んでいるものだ。
 そんな世の摂理は、いろいろな意味で嫌というほど思い知らされて久しい。おかげで、同時にそのキッカケが目の前に転がっていたときは、そうと気付くこともないということももう知ってしまっていた。
 まさか、あんなことになるなんて。
 後にならなければ引き金だったとすら分からないほんの些細なキッカケは、目の前で落下した一冊の雑誌だった。
「……あ、黒川、本落ちたよ?」
「え?」
 昼休みに入ってすぐ、今日は天気が悪いので屋上に向かうことはない。弁当を手にし、教室内を友人たちの方へ移動しようとしたところで、近くを通っていたクラスメートの机から雑誌が落ちていた。
 何の気なしに拾ってみれば、表紙には派手な化粧と服を纏ったモデルらしき女性の写真に、ファンシーな文字が躍っている。男の自分には全く分からないが、いわゆるファッション雑誌だろう。内容までは知らないものの、名前くらいは有名すぎて聞いたこともあるその雑誌を差し出せば、ひどくあっさりと返されていた。
「ああ、もうそれいらないから。沢田にあげる」
「いらないよ、オレは……。」
「じゃあ捨てといて。ま、そういうの読んで、ちょっとは京子の気が引けるよう勉強してみたらーっ?」
 明らかに後半部分は取ってつけたような理由で、捨てるのが面倒で押し付けたに過ぎないのだろう。
 そうは分かっていても、その名を出されると自然と顔が赤らんで動揺してしまう。よりによって当人は黒川の横におり、なんとか言い訳をと思っている間にひらひらと手を振って二人は購買かどこかに向かってしまった。
 手に残ったのは、自分が読むには明らかに場違いな女性向けファッション雑誌。
 もう少しこういう雑誌への知識があれば、ややハイティーン向けであることも気づけていたかもしれない。だが自分には分かるはずもなく、どうしたものかと立ち尽くしていれば少し離れた場所から声をかけられていた。
「十代目ーっ、どうされたんですか?」
「ああ、えっと……。」
 比較的席が近い友人二人は、とっくに一つの机に集まって椅子を寄せている。隣の別のクラスメートを追い出してちゃっかり用意してくれている椅子には、乾いた笑いを返すしかない。だがニコニコして待ってくれている様子には逆らえず、さして意味はないままで片手に弁当、もう一方の手に雑誌を持ったままでそちらへと向かっていた。
「ツナ、どうしたんだ、その雑誌?」
 ささっ、と椅子を勧めてくれる獄寺より先に、何故か牛乳だけはもう空けて飲んでいた山本にそう尋ねられる。この様子では、二人からは自分と黒川とのやりとりが見えなかったか、見ていなかったのだろう。
 角度や方向で見えなかったのならば、なんの問題もない。
 だが退屈な授業が終わり、ようやくの昼休みに今は席が近い二人が昼食のためにと椅子を集めたりしている中で、互いしか見えていなかった可能性は充分にある。主に視界が極端に狭まるのは獄寺で、視線を向けられれば逸らせなくなるのが山本だ。二人の意識に入らなくなるのが寂しいなどということではなく、ただ単純に、この二人の周りのクラスメートたちが何故か微妙に視線を逸らして頬を赤らめているのが気になった。
 まさか自分が黒川と話している間にまた教室で何かしていたのでは。
 そう思いはしても、追及できるはずもない。むしろ話題の変換を幸いとばかりに、机にその雑誌を置いてみせていた。
「今そこで、黒川に押しつけられた。こんなのもらったって、オレもしょうがないのに」
 どうせ捨てるのが面倒だっただけなんだろうけど、と苦笑して続ければ、過敏な反応をするのは当然獄寺だ。
「十代目をゴミ箱ばかりにするなんてっ、あの女、オレ落とし前つけさせてきましょうか!?」
「お、落ち着いて獄寺君!? それに黒川は京子ちゃんの友達だしっ、て、そういうことじゃなくって!! そ、そうそう、ちょうどオレ、これ読みたかったんだよ!?」
「……コレを、ですか?」
 いつものごとく、物騒な発言をしてくれる獄寺を止めたくて、つい本音が漏れそうになったのを慌てて方向修正して大幅に間違えたことに気がついたのは、不思議そうに聞き返されてからだ。
 それはそうだ、獄寺でなくとも不思議だろう。
 どこからどう見ても、少女向けのファッション雑誌である。本音で言えば、持っているだけでも少し恥ずかしかったと思っていたところで、そんな感性とは無縁と思われる手が横からあっさり雑誌を開く。
「へーっ、ツナってこういうの興味あんのか。なんだ、参考にでもすんのか?」
「なっ、なに言っちゃってんの山本!?」
 おもしれーっ、と雑誌の内容ではなく、明らかにこちらの顔を見て笑っている邪気のない山本に、自分はひどく慌てて否定してた。
 ファッション雑誌ということは、当然可愛らしい服装に身を包んだモデルたちの写真が埋め尽くされている。それを読んだ女の子は自らのファッションの参考にするのだろうが、同じことを自分がすれば単なる変態ではないか。
 この手の雑誌というものがいまいち分かっていなかった自分は、相当慌てて否定をしていた。
「あーっ、なるほど。十代目、笹川っスか?」
「えっ、な、なにが……!?」
「だから、笹川を落とそうとコレを参考に?」
 だが重ねて獄寺にもそう断定され、激しく動揺していた自分はようやく違和感に気がつく。
 適当に山本が開いたと思われるページには、予想していたような女性モデルの写真など載っていなかったのだ。少し色合いを抑え、文字と可愛らしいイラストで埋め尽くされたページには『読者アンケート』というタイトルも見える。読者というのは当然雑誌の講読層であり、女性心理を反映していると言えるのかもしれない。それを知って参考にするという意味では黒川も幾許かの親切があったのでは、と胸を撫で下ろしかけて、多大な誤解だとすぐに思い知らされた。
「でもこれ、ツナには早いんじゃねえの?」
「え?」
「バカッ、十代目なんだぞ、早いワケあるか!! ささっ、十代目、『エッチの後でムカツク相手の仕草』とか、是非参考になさってください!!」
 声に出して読まないで獄寺君。
 そう口にすることもできないままで、自分はもう顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
 嫌がらせだ、絶対に嫌がらせだ。
 黒川だけでなく、獄寺も、山本も、絶対に無意識で嫌がらせをしている。特に獄寺の場合は心からの親切心で無茶をしでかしてくれるのでタチが悪い、が、恥ずかしくて顔も上げられない状況では止めることもできない。そう思っているのを察してくれたのか、頼りになるもう一人がさり気なく違う項目を示してくれていた。
「獄寺、誰も彼もがお前みたくコクる前にヤったりするタイプじゃねえだろ? ほら、ツナにはこの辺とか、ええと『これだけは外せない! カレシの必須条件』とかの方がいいんじゃねえ?」
「や、山本、オレへのフォローの前になんだかお前のカレシを貶めたのが聞こえたような……!?」
「そんなトコ読んだって意味ねえだろっ、なんたって十代目だ、すべての条件揃えてるに決まってる!! ええっと、なになに……『優しさ』も『経済力』も『ルックス』も『夜の相性』もなにもかも!!」
「あ、あの、獄寺君、そこまで言われると居たたまれないを通り越して誉め殺しかと疑っちゃいそうなんだけど……!!」
 大体、自分がそんなに何もかもを持ちえているならばいまだに片想いではないはずだ。そもそも、中学二年生にはハードルが高すぎる。
 女の子の方が早熟だというが、こんなにも違うとは。
 見る者が見ればライターが適当に羅列したとしか思えない無難な結果項目にも関わらず、うっかり凹みそうになったところで、ふと獄寺が黙り込んでいた。
 つられるように視線を落とせば、先ほど読み上げてみせたばかりの円グラフをじっと見つめている。
「……十代目」
「なっ、なに……!?」
 ひどく落ち着いた声に、またトンチキな発言をかましてくれるのかとつい身構えてしまう。だが不思議そうに獄寺が尋ねてきたのは、ある意味においてとても共感できることだった。
「この、一位になってる『優しさ』て、具体的にどういうことスかね?」
「え? あ、ああ……うーんと、性格が優しい、てことだよね、たぶん」
 好きなタイプと尋ねられて、『優しい人』と答えるのは最早常套句だ。むしろそう答えられた場合、まともに返す気がないサインとまで聞いたことがある。
 だが身を持ってなんだかいろいろ試されてしまった過去を思い出しかけて身震いしていたところで、更に獄寺は首を傾げる。
「優しいって言っても、いろいろあるじゃないですか。こう、物腰が柔らかいって意味だったり、親切ってことだったり。あと動物とか子供とかにいたわりがあるとか、幅が広いから、どういうのをさしてるのかなって」
「うーんっ、確かに。でもオレに聞かれても、アンケートに答えた女の子じゃないから分からないよ……。」
「そうですよね、スイマセン、十代目。ちょっと達成までの道筋が見えてこなくて、戸惑っちゃって」
 普通に会話をこなしてしまったが、明らかに獄寺はおかしいことを言っていた。
 達成ということは、それらの目的を目指す方法や手段を探していたのだろう。経済力ならば金を稼げばいいし、ルックスならば外見を磨くということだ。だが優しさを目指す、という場合、具体的な手法が思いつかずに尋ねてきていたらしい。
 つまり、獄寺はこの雑誌の記事を参考にしている。今更ながら紙面ではなく獄寺へと顔を向けてみれば、ひどく真剣な様子で膨大な量の文字を追っていることが分かっていた。
「ご、獄寺君……?」
「……『好きな仕草』で、髪をかきあげるってのは、まあオレ長いからいいとして。メガネってなんだ、メガネって。目が悪いワケでもねえのに……ああそうか、なら伊達メガネでも……。」
 ありがとう黒川、確実にこの雑誌イヤな方向に役立ってる。
 ぶつぶつと独り言のように繰り返している獄寺に、自分はなんだか優しい気持ちになった。けれども、きっとモテはしないだろう。この場合の自分の優しさは、諦めと現実逃避に似ているからだ。
 そう思ったとき、一人途中から話題に入らずさっさと弁当を広げていた山本が、いつもの調子で笑いながら口を開いていた。
「獄寺、難しい顔してんなーっ。なに真剣に読んでんだ?」
 恐らく山本が言ったのは、どうしてそんなにも真剣なのか、という意味だったはずだ。だが、何の記事を読んでいるのか、と思ったらしい獄寺は、素っ気ない仕草でトントンと指で紙面を叩く。
「コレ」
「ん? ああ、さっきのカレシにしたい男の条件てトコか」
 ちなみにこの二人がこんな話題をしているのは、それぞれの意味で違和感がありすぎる。
 山本に関しては、そんなことをしなくても普通に女の子が寄ってくるからだ。それでいて野球に集中しすぎている所為か、単なる鈍さからか、全く興味がない。そんな中で目の前のイタリア帰りの本物マフィアに強引に秘密の花園に引きずり込まれたのだから、モテたいという意味で女子の目を気にする必要などないはずだった。
 獄寺も同様に女子にはモテるが、言動が怖すぎるためか比較的遠巻きにして観賞用にされるモテ方だ。だがそれも今は昔、すっかり獄寺の緑がかった独特の瞳が恋色となって見つめる相手が明らか過ぎている。それでも女子の人気は衰えず、むしろ以前より親しみを持たれて応援されているのだからつくづく人徳だろう。そうでも思わなければやってられない、という投げやりな心境だ。
 それはともかくとして、もし山本が尋ねた本来の意味、『どうしてそんなに記事を真剣に読んでいるのか』という質問に対しては、自分でも答えられると心の中だけで思っていた。
 理由など単純だ。
 獄寺は山本に好かれたいだけだ、今以上に。
「一位になってるってことは、この『優しさ』てのは何を差し置いても一番必要ってことだろ?」
「まあ、そうなんじゃねえの?」
「けどよっ、どうすりゃいいのか、具体的に分かんねえんだよ……!!」
 まずは教室内で無駄にイチャつくのをやめることから始めるといいと思うよ。
 そんなアドバイスもしたくなったが、それは山本から見て『優しくない』ことではないのかもしれない。そう考えれば、絶対に無理だろうがランボをいじめず仲良くしてみるというのはどうだろう。
 言うだけ無駄だと知っていたので、不穏な空気になりそうな話題には混じらず、弁当を広げていたところで不思議そうな山本の声が耳に入る。
「……別に、しなくていいんじゃねえの?」
「や、山本!? ちょっと、そこは嘘でもいいから獄寺君に優しくというか落ち着いてというか無駄に火薬持ち出さないでとか言い包めちゃってよ!?」
「なんだとテメェッ、オレが、このオレが、わざわざ努力してやろうってのにいらねえって言うのかよ山本!!」
 果てさすぞテメェッ、とスチャッとダイナマイトを構える獄寺に、やっぱりこうなるのかと頭を抱えてしまう。
 ケンカするほど仲がいいと言うが、この二人の場合、特に獄寺が激しく周辺に被害をもたらすのでほどほどにしておいてほしいと心から願う。しかもケンカの理由の大半が、今では恥ずかしい惚気交じりなのだ。その巻き添えを食らうことほど理不尽なものはない、となんとか思いとどまってもらおうと口を開きかけたが、それより先に山本が笑っていた。
「そうは言ってねえけどよ、ほら、獄寺? ちゃんと記事読んでみろって」
「なんだと……!?」
 山本の言葉で、獄寺と共に改めて該当部分を見てみる。
 指摘されたところは、『これだけは外せない! カレシの必須条件』である。先ほど獄寺が羅列していた回答が円グラフと共に記事でも解説されているが、山本の言いたいことはよく分からない。だがハッと横で息を飲んだ獄寺には勘付くものがあったらしく、それを山本はニコニコしながら受けていた。
「な? コレって、つまり、今カレシがいない子が、カレシにするならこういう人がイイ、て条件だろ?」
「……ああ」
「えっと、山本、だから……?」
「ん? ああ、ツナ、だからな? もう付き合ってんなら、わざわざその前の段階に漕ぎ着けるための条件なんか、もうどうでもいいだろって話」
 普段は鈍い山本にしては、ひどく的確な指摘だった。
 いや、確かに山本は天然でいろいろ鈍く成績も自分と張るほど低空飛行だが、頭の回転が悪いわけではない。むしろ敏いことも多いのだが、このときやはり山本は天然だと思っていた。
 理解できたとしても、そんなことを簡単に口にできるものか。
 達観しそうな状況を唯一説明できるとすれば、それは最早、山本だからだとしか言いようがなかった。
「や、山本、それってつまり……?」
「……もうオレと付き合ってんだから、今更優しくなろうなんてしなくてもいいってことか?」
「ん? そうなんのかな、獄寺は獄寺だし。無理しなくていいんじゃねえの?」
 そのままのお前で充分だ。
 それはどんな口説き文句だ。のた打ち回りたい言葉をさらりと続けた山本に、獄寺は顔を真っ赤にして呆然としている。
 基本的には獄寺の方が愛の言葉は空回るほど溢れているが、山本が山本なので伝わっているかは甚だ怪しい。だが山本の方は、さらりと凄いことを口にする。加えて獄寺は感受性にも長けているため、確実に致命傷だろう。
「まあ、優しくないよりはいいだろうけどよ」
「テメェッ、どっちなんだよ!?」
「へ? まあ努力したいなら止めねえけど、必要ねえんじゃねえの? 獄寺今でも結構優しいし」
「ちょっとちょっと山本、お前、どこまで疎いんだよ、て、ああああっ、獄寺君、しっかりして!?」
 もう気恥ずかしくて顔が上げられないのか、俯いたまま椅子に座り、握った拳をぷるぷると震わせている獄寺は妙な発作でも起こしそうだ。照れ隠しで爆破、くらいのことはやってのける獄寺なので、普通に身の危険も感じる。そう思い、慌てて声をかけてみたが、なんとか踏みとどまってくれたようだった。
「そ、そうだよな、オレ結構優しいよな!! ……ヨシ、オレ山本に好かれてる」
「獄寺君、まだ確認しなきゃいけないほど不安なの……?」
「まあ、だからさ? ツナはその辺参考にしといて、獄寺はくっついた後の項目とか見とけばいいんじゃねえのっ」
 そうまとめた山本には、全く他意がなかったのだろう。
 単純に、カレシという立場にある者とない者、その程度の線引きだったはずだ。よって、山本の言葉でハッと思い出した獄寺に雑誌を見やすいように向き直され、昼休み中読まされる羽目になったのは少しばかり切ない思い出だった。





 そんなことがあった放課後、雨はすっかり上がっていた。午後から戻ってきた日差しで、地面も乾き始めている。元々朝は雨が降っていなかったので傘は持ってきておらず、ほっと胸を撫でおろし、帰ろうとしたところで不意に呼び止められた。
「十代目っ、いいところに!!」
「あれ、獄寺君? サボって帰ったんじゃなかったの?」
 昼休みにうっかり山本から関係を肯定される発言をされたからか、獄寺は午後の授業をサボっていたのだ。
 もちろん、山本の手を引いて。
 今日は野球部の練習がないことと、サボった科目のテスト勉強は見てやるという約束で山本のお持ち帰りに成功したと思っていた獄寺と、校舎を出たところで遭遇していた。ちなみに少し先には山本もいて、手を振ってくれている。
「帰ってはいませんよっ、というか十代目に見せたいことがあって!!」
「……なんだかとっても見たくない気がするんだけど」
「教室までお迎えに行こうかと思ってたところだったんで、下りてきてくださって助かりました!!」
 そんなことを言ってニコニコしてる獄寺は、明らかに接触したくないときのオーラを醸し出していた。
 何がどう違うとは言えないのだが、印象でいいならば肌がつやつやしていそうだ。要するに山本で満たされてきたのだろうと分かり易すぎる状態で、若干の気恥ずかしさを感じる。しかも大抵において獄寺は事後であることを隠しもせず、むしろ嬉々として報告してくれたりもするので居たたまれなさも倍増だ。
 少し先にいる山本のところに行き、当人を前にいかに先刻までの情事が素晴らしかったかを力説してくれるのはそう遠くない未来だろう。山本は山本でよく分かっていないのか、どうせ口は挟むが止めることはない。そんな状況に幾度も放り込まれていれば警戒もひとしおだったが、意外にもこのときはやや違っていた。
「実はですね、十代目。昼の、例の雑誌なんですけど」
「ああ、うん……?」
 すぐに山本のところに二人して向かうのだと思ったが、少し離れた場所に山本は待たせておいて、獄寺は声をひそめてきていた。
 昼の雑誌とは、当然あの黒川にもらったファッション誌だ。だが自分に読ませるフリをして、無意識にひどく真剣に熟読していた獄寺なので、内容自体はあの読者アンケートの記事に関してだろう。
「オレ、いろいろ考えたんスよ。やっぱ、付き合ってるからって胡坐かいてちゃいけねえな、て。努力はして然るべきだって!!」
「……どうしてだろう、ひどく殊勝な心がけのはずなのに、もう巻き込まれる不穏な予感で素直な賞賛の目をキミに向けられないよ」
「それで、あの記事、他にもいろいろあったじゃないスか。ほら、ムカツク仕草とか、好きな仕草とか」
 相変わらず聞き入れてくれない獄寺は、ひどく楽しそうに話を進めてくれている。どうせ止めたところで実行されることは分かっていたので、自分は少しでも心構えをしておくべく、記事の内容を思い出していた。
 確かに獄寺も言っている通り、あの記事にはいくつかのテーマがあった。その中には好きな仕草、ムカツク仕草といった類もあった気がする。正直なところあまり覚えていないが、適当に頷いていれば獄寺は続けてくれていた。
「それで、オレ、思ったんスよ!! ……好きな仕草、つか、行動? に、荷物持ってくれるってあったでしょ?」
「え……あった、かな……?」
「さり気なく、気遣う優しさ!! ついでにエッチの後のムカツク仕草てヤツで、いたわりがないってのもあったし、総合したらコレ、こういうことじゃありません!?」
 どういうことなんだよ。
 そう言ってみたい気持ちはあったものの、うっかり分かってしまった自分も嫌だった。
 見るものが見れば、オーソドックスすぎて逆に作為を感じるアンケート結果だが、だからこそそんなものかと納得させられそうな二面性がある。ともかく、獄寺が導き出したのはこういうことらしい。
 とりあえずヤる。
 その後、体をいたわって荷物を持ってやる。
「獄寺君、いくらなんでも、それがしたいだけで授業サボってまで致すのは……。」
 導き出された結論が本当に『優しさ』かは別として、ひどく分かりやすい思考回路だ。むしろ今まで獄寺はそれをやってみたくて、口実を探していただけなのではないか。そんな疑惑まで持ちつつ、やや呆れて返してみれば、途端に獄寺はそれこそ本物のマフィアを垣間見せる眼光の鋭さでギッと睨んできていた。
「十代目!!」
「わわっ、ご、ごめん、オレ……!?」
「違いますっ、違いますよ、確かにしてみたかったですけども!! オレ、それより単純に!! あのバカとヤりたくて!!」
 意に沿わないことを言われてキレたのかと思ったが、ああ違うのだと思い出した。
 獄寺は、本当に自分をボスとして尊敬してくれている。だからこそ、仮に気に入らない発言をされたとしても、怒る前に悲しむ。そして更に理解してもらおうと、弁解という名の赤裸々な言葉を連ねてくれるのだ。
「ご、獄寺君、落ち着いて!? 分かってるから、うん、ちゃんとオレ分かってるよ……!?」
「そ、そうスか? だって、十代目も聞いてらしたじゃないですか、昼休みのあのバカの発言。お、オレ、まだあんま実感なくって、好かれてるとかよく分かんなくって。だから、こう、肯定されるとなんかもうどうしようもなくなっちまって……。」
 からかうような発言をして悪かったなあとは思うのだが、すぐにまた惚気られ始めると苦笑が漏れる。
 傍目からはあんなにも両想いだが、獄寺はこうであるし、山本に至ってはああであるので、仕方のないことなのだろう。だからといって、嬉しくてついヤってしまいました、ではあまりに短絡的だと思うのだが、衝動的だと言い換えれば羨ましくないこともない。それだけ相手のことが好きで、自らの気持ちに真っ直ぐになれる。しかもそれを相手に受け止めてもらえているのだ。
 いつか、獄寺は分かって欲しいと思う。
 キミはキミが思ってるより、ずっと、幸せなんだよ、と。
「よ、よかったじゃない、獄寺君? 山本もさ、キミのこと好きで」
「……。」
 話したがらない過去では相当孤独な思いをしてきたらしい獄寺なので、素直に幸運に甘えればいいのにと願う。それができたらできたで自分を含めた周りがまたあてられてしまうのも分かっているが、ついそう口にしてみれば、獄寺は黙り込んでいた。
 信じられないのか、信じられないことを申し訳なく思っているのか。
 だが今回は珍しく、獄寺も響くほどに山本がアレコレしてくれていたらしい。
「……そ、そうなんじゃないかな、て、オレも思って。あっ、いや、オレいい気にはなってませんよ!? ホントですよ十代目!?」
「わ、分かってるよ、大丈夫だよ獄寺君……!!」
「えっと、だから、その。だったら余計に、こう、優しくしてやろうかと……!!」
 そうか、そういう流れだったのか。
 いつも奇想天外で、端的に言えばトンチキな言動過多の獄寺なので大して気にも留めていなかったが、今回は少しばかりの成長が理由だったらしい。いくら山本が特殊な性格の持ち主でも、迫られたからといって簡単に抱かれるはずもないだろう。そう指摘してみたことも過去にあったのだが、愕然として咥え煙草を落とした獄寺は山本に迫る男の排除という空回った行動に出てくれて、止めるのに非常に苦労した。そもそも山本にそういう意味で迫る男などそういるはずもなく、止め損ねた際の被害者はほとんどが普通に話しかけたり肩を叩いた程度の一般市民だ。
 とことん自信がないらしい獄寺だが、この様子では少しは山本を信用できたらしい。あまり臆病すぎても相手に失礼だし、いくら山本でも愛想を尽かしてしまうかもしれない。山本に限ってそれはないと思っているが、獄寺の空回りっぷりを見ていて若干心配にもなっていたので、この変化は歓迎できることだろう。
「いい心がけなんじゃないのかな、それって。頑張って、獄寺君!!」
「十代目……!!」
 よって、素直にそう応援すれば、獄寺は涙ぐんでまで感動してくれていた。
「ハイ、オレ、頑張ります!! 見ててください、十代目!!」
「ああ、うん、応援はするけど実は見ていたくはないっていうか……?」
「……なあっ、お前ら、帰んねえの?」
 だがそんなやりとりをしていれば、結構な時間が経っていたらしい。少し先で待っていたはずの山本が、手持ち無沙汰になったようにこちらへと歩いてきていた。
 弾かれたように獄寺と共にバッと顔を向ければ、山本はいつものようにあまり分かっていなさそうな顔をしていた。一旦決意をするためか、獄寺は顔を逸らす。自分も同じように視線は逸らしたが、それは単にネクタイをしたがらない山本の開いた首元にあからさまな鬱血痕を見つけてしまったからだ。
 優しさをアピールしたいならば、まずそういう気遣いから始めた方がいいのでは。
 そう思いはするのだが、当然獄寺にアドバイスすることはできなかった。まず間違いなく、山本は学校でキスマークを付けられても『優しくない』とは思っていないだろうから、と昼休みと同じ結論に至ったとき、獄寺が思いきったように顔を上げて叫んでいた。
「やっ、山本!!」
「ん?」
 頑張って獄寺君、と既に素直に応援できない心境に至りつつ、それでも気になって慌てて自分も二人へと視線を向けていた。
「山本、腰つらいだろ? に、荷物持ってやるよ!!」
「へ? 別にいらねえけど?」
「……。」
「や、山本、お前ってヤツは……!!」
 自分の荷物くらい自分で持つし、と、へらっと笑って見せた山本に、獄寺は撃沈していた。
 今日は部活がないため荷物自体が少なく、いつものカバンを斜め掛けにしている山本はあっさりとお断りしたのだ。
 実際に、山本が腰がつらいかどうかは分からない。だがこうして普段と変わらず歩いたり、立ったりはできるくらいのようだ。更に言えば山本は他の男子生徒と比べても力はある方だろうし、荷物を持ってもらうようなことにも慣れていないだろう。
 単純に考えて、この反応は予想してしかるべきだったのだ。だが獄寺はまだ諦めていない。
「……このオレが、気遣ってやってんだぞ。いいからカバン持たせろよ」
 いちいち『この』とつけてしまうのは、プライドの高さからか、それとも単純に自覚があるのか。どちらにしても獄寺が凄んでそう要求しているにも関わらず、あっさり笑って断れる山本は凄すぎると心底思った。
「いや、だからいいって? オレ、そんなヤワじゃねえしよ?」
「なんだとテメェッ、それどういう意味だ、オレにはテメェを足腰立たなくするまでヤれるテクがねえってことかよ!? テメェが体力バカなだけだろろうがっ、果てろ山本!!」
「ま、待って獄寺君!? 照れ隠しでうっかりいろいろ暴露しちゃってるのは今更だけどっ、ダメだよ、ダイナマイトは優しくない!!」
「ハッ、そ、そうでした、十代目……!!」
 ちなみにここはまだ校舎から出てすぐ、昇降口の前で屋根もあるような場所だ。半屋内に近いところで爆発など起こせば、被害は更地の比ではなくなる。
 精一杯の勇気で慌てて言ってみれば、なんとか獄寺も思いとどまってはくれたらしい。だがダイナマイトはしまったものの、口惜しそうな表情はそのままだ。
「け、けど、十代目……オレ、じゃあどうすれば……!!」
「獄寺君……。」
「なあなあ、それより早く帰らねえ? オレさ、家で……?」
 そんなとき、ハッと再び獄寺が息を飲む。
 どうやら何かを思いついたらしい。
 嫌な予感がたっぷりしてくる自分の目の前で、くるりと山本へと振り返った獄寺は妙にニコニコして命令していた。
「山本、ちょっとだけ屈め」
「ん? こうか?」
 随分と身長が高い山本に屈ませた上で、獄寺は片方の腕を肩へと回す。そしてもう一方の腕を山本の両膝の裏に回した段階で、自分は思わず心の中で、そうきたか!! と叫んでしまっていた。
「恥ずかしがってカバン持たせねえんならっ、テメェごと抱え上げればいいんだろうが!?」
「おわっ!?」
「獄寺君、物凄い発想の転換だね……。」
「いやあ、それほどでもないっス!! て……おぅわぁっ!?」
「獄寺君!?」
「獄寺!?」
 いわゆる横抱きで山本を抱えてあげていた獄寺だが、いきなり盛大にバランスを崩していた。
 山本自身は驚いてはいたものの、特に暴れはしていなかったので単純に獄寺の技術の問題だったのだろう。あるいは、腕力かもしれない。見た目には細めの山本だが、鍛えているので筋肉質で重いだろうし、なにより身長もある。背負ったカバンまで加えたその重量は、少なくとも獄寺が両手だけで軽々と抱え上げることができるものではなかったようだ。
 そのまま尻餅をつくようにしてドタンッとコケた獄寺だったが、最後まで山本を離すことはなかった。その根性は賞賛すべきことかもしれないが、おかげで抱え損ねた重量がそのまま落ちてきたことにもなる。下が土ではなくコンクリートだったことが更に拍車をかけたのか、座りこむ格好になった獄寺は派手に叫んでいた。
「いっ……てえっての、重いだろこのバカ!!」
「だ、大丈夫か、獄寺……?」
 自業自得と傍目には明らかでも、山本は加害者気分らしい。人がいいにもほどがある。だが最近、獄寺に対してのみ発揮される場合は、惚れた欲目ではないかという疑惑でいっぱいだ。
 それはともかくとして、山本は慌てて獄寺の上からどくと、痛がっている獄寺の傍に膝をつくようにして座りこみ、腰をさすってやっていた。
「全然大丈夫じゃねえよっ、責任取りやがれ!!」
「え、でも獄寺がいきなり……?」
「なんだよっ、オレが悪いってのか!? 素直にテメェがカバン持たせねえからいけねえんだろっ、オレの純愛弄びやがって!!」
 痛みでただでさえ危うい認識がブレてしまっているのか、獄寺はいつもにも増して自分勝手なことを喚きたてている。それに、最初こそ山本は驚いたような顔をしていたが、単純に声の大きさに驚いていたらしい。ぶつけられた内容にはさして疑問を持つでもなく、相変わらず腰をさすってやっていた。
「あーっ、えーと、悪かったな? うんうん、そーなのな、素直にカバン持ってもらえばよかったんだよな?」
「チッ、分かりゃあいいんだよ……!!」
「いや獄寺君、山本分かってない、確実に分かってないよ……!!」
 癇癪を起こした子供に適当に頷いてやっているのと大差ない反応でも、獄寺は一応は納得したらしい。だがそれも、山本が獄寺に対して背を向けるまでのことだった。
「よし、じゃあ責任取ってやるから?……ほら?」
「……なんだよ?」
「へ? だから負ぶってやるって?」
 家まで送ってやるよ、と肩越しに振り返って続けている山本には、獄寺でなくとも沈黙したくなっただろう。
 少しばかりの道徳観があれば、自らが勝手にしでかしておきながら、巻き込んだ相手にいたわられるという状況に申し訳なさを感じるはずだ。それがなくとも、子供扱いされているようだとか、男のプライドがどうとかというレベルでやや不愉快かもしれない。
 怪訝そうにしている獄寺の心境がどれに近かったのかは分からないが、確かなことは獄寺にしてもこの山本の反応は相当困惑の対象だということだ。仮に大怪我をしていても、素直に負ぶわれるようなことは意識があるうちは不得手な獄寺だ。それはもう無駄な意地というレベルを超え、本人にもどうしようもない病に近い。よって、幾許かの後ろめたさと、それより若干大きな不快感、最も多くを占める動揺で黙るかしなかった獄寺を、あっさり救い出せるのもまた山本という男の特性だった。
「なんだ、オレに乗りたくねえのか?」
「のっ……乗りてえに決まってんだろ!?」
「ちょっとちょっと獄寺君、それ明らかに意味が……!?」
「ん? なんだ、急に素直になって。ほら、じゃあ乗ってこいよ、獄寺?」
 じゃあお邪魔して、と、いそいそと腰を上げて両腕を山本の肩へとかけている獄寺は、ほんのりと頬を赤らめていた。
「……や、山本。でもオレ、お前が乗るようなのもイヤじゃねえからな?」
「あ、獄寺、なんか言ったか?」
「獄寺君は何も言ってないよ、うん、言ってない、何も言ってない、山本に意味が分かるようなことは何一つ言ってないから気にせずにいていいと思うよホント」
 ギュッとあっさり広い背中にすがりつくようにして負ぶわれている獄寺の独り言は、幸いにして山本には聞こえていないようだった。自らの片掛けのカバンはぐるりと回して胸の前にして、山本は獄寺を背負って立ち上がる。ちなみに獄寺は獄寺で背中にカバンを掛けているので、邪魔にはなっていないようだ。
 いくら互いに体重が違い、また腕だけで抱えるのと背負うのとでは違うと分かりつつも、姿勢をふらつかせることなく山本が立ち上がったことに獄寺は気がつかない方がいいだろう。うっかり比較して我に返れば、まだ暴れ出すことは目に見えている。だが客観的に自らの失敗を思い出すより、しっかりと両腕を回して感じられる体温に獄寺は頭はいっぱいになっているようだった。
「なあ山本、家までこうしてくれんのかよ?」
 先ほどはあんなにも躊躇していたくせに、一度触れた体温は相当甘い毒薬らしい。すっかりほだされた調子で背中からそう尋ねている獄寺を、自分は少し遠巻きにしたままで見上げている。すると自らの肩越しに振り返った山本は、当然のように笑っていた。
「ああ、どうせウチに寄るんだろ?」
「まあな」
「そうなんだ、そんな予定だったんだ、二人は……!!」
 仲間外れにされて寂しいわけではないのは、昼休みと同様である。もし宿題だので勉強をするのであれば、確実に集合場所は二人のところではなく、沢田家の二階にされていたはずだ。そう思って生温かい気持ちになっていると、歩き出すために前へと向き直った山本が、笑いながら続けた言葉に一気に空気が凍りついた。
「ま、優しいオレに獄寺も感謝してろって」
「……。」
 山本にしては珍しい軽口じみた口調だったが、今はあまりに間が悪すぎた。
 なにしろ、獄寺は山本に『優しさ』を押し売りしたかったのだ。それができなかったばかりか、逆にうっかりご相伴にあずかったと気がついて、果たしてクーリングオフが効くものか。無言となった獄寺に背筋が凍りそうな悪寒が走っていたが、やがて山本の背中で大きく息をついた獄寺が、急に自信を取り戻したように口を開いていた。
「……そうだな、それでもいい」
「ご、獄寺君どうしちゃったの!? いつものキミらしくないよ、あっさり譲るなんて……!!」
「十代目、オレ、気がついたんです。なんでもかんでも一人で背負うよりは、二人で一緒に支えるのもいいかなあって。これがほんとの、初めての共同作業スかね?」
 その単語が言ってみたかっただけでしょ獄寺君、というツッコミと、実質背負ってるのは山本一人に見えてるんだけど、という指摘の狭間で自分はひどく葛藤させられた。
 だがなんにせよ、獄寺が暴れないでくれるならばそれでいい。細かいことは気にしてやるものかと半ば投げやりになりかけていると、どうやら獄寺にはもう少し深い意味もあったらしい。
「山本、覚えてるか? 例の、カレシの条件てヤツ」
「ああ、ええと……『優しさ』以外は、なんだったっけな?」
 急に雑誌の記事の話題へと戻した獄寺に、山本はしっかりと背負ってやったままで首を傾げている。
 ちなみにその回答では細々とした少数派も載っていたのだが、紙面の都合かなんなのか、上位四つが殊更強調されていた。
「優しさ、経済力、ルックス、そんで夜の相性」
「ああ、確かそんなのだったな」
「だからな、山本? テメェは半分負担しろ、優しさとルックスは任せた」
 その発言には、少し驚いてしまった。優しさに関しては、山本にしか担えないことは分かりきっている。よって違和感の一つは単純に、ルックスを山本へと任せたことだ。
 ハーフということもあり、分かりやすく造型が整っているのは獄寺の方だ。同じように女子には人気があっても、山本はどちらかと言えば精悍さや男らしさといった容姿である。だが獄寺に限って謙遜とは思えないので、大方山本ならばルックスというかどんな表情などでももうダイスキとか、そういうことなのだろう。
 それと同時に不思議だったのは、残る二つが必然的に獄寺の担当になったことである。決して貧乏には見えないのだが、金回りがいいときとそうでないときの差が獄寺は激しい。あれだけの服やアクセサリー、なによりダイナマイトを仕入れられるので金がないわけではないのだろうが、その金の出所に関してはあまり詮索したくない。ファミリーからの軍資金だとしても、堂々と表に出ていい類ではないことは明らかだ。
 そもそも、今日も今日とてちゃっかり寿司をご馳走になる気になっている方が経済力は任せろと言ったところで、説得力がなさすぎではないだろうか。そんなふうに思っていると、珍しく山本も怪訝そうに振り返っていた。
「……なあ、それっておかしくねえ?」
「どこがだよ?」
 そう切り出した山本は、敢えて考えないようにしていた四つめにいきなり言及していた。
「だから、『夜の相性』てヤツ」
「なっ、なんだとテメェ!? やっぱオレのテクに不満なのかよっ、チクショウ、仕方ねえじゃねえかオレだってテメェが初めてだったんだからよ!! そこはない愛でなんとかしろよっ、嘘でもよがれよ、いや嘘なら無理すんなっ、バカにされてるみてえで返ってムカツク!!」
「獄寺君、いろいろ複雑なんだね、て、えええっ!?」
「うおっ!? ……ってえな、獄寺。だから、お前照れ隠しで噛むのやめろって」
 ムカツクと叫んで殴ったり髪を引っ張りするのならばある程度予測していたが、突然癇癪を起こしたように見えた獄寺は、いきなり後ろからガブッと山本の耳を噛んだのだ。山本の発言からして、これまでも何度かこういうことはあったのだろう。もちろん血が出るほどの凶暴さは孕んでいないようであったが、眉を顰めている山本の様子を見ていればそれなりには痛かったはずだ。
 もしかして意外に亭主関白なのだろうか。その場に立ち尽くしてガタガタと震えている自分の目の前で、噛んだばかりの山本の耳にぐりぐりと顔を摺り寄せていた獄寺は、拗ねたように呟く。
「……照れてねえよ。ただ、テメェがオレに抱かれるのイヤだっつうから」
「あ、あの、獄寺君……?」
「別にそうは言ってねえだろ? ほら、獄寺、空見てみろよ?」
 いや山本もそのテンションの落差を素で受け止めてないでよ、と内心思いつつ、二人が聞いてくれていないことは分かったので黙って上を向く。
 見上げてみれば、雨もすっかり上がった青空が見えた。
 背中で獄寺が同じように見上げていることも分かったらしい山本は、笑いながら説明をしてくれていた。
「な? 『夜』じゃねえだろ?」
「……て、山本っ、山本ほんとどうしちゃったんだよ!? そりゃある意味真昼間からお盛んだったんだろうけどさっ、だからって!!」
 どうやら山本が言いたかったのは、体の相性自体は否定せず、単に時間帯が不正確だと言いたかっただけらしい。
 基本的には素直なので尋ねれば答えてくれる山本だが、こんなふうに一人で話し出すのは本当に珍しい。そのことである疑惑が脳裏を掠めるが、それを確定する前にもっと気になっていたのは、意外にも獄寺が大人しくしていることだ。
「獄寺君……?」
 だがそれも、期待したような理由ではなかったらしい。
「し、仕方ねえなっ。そこまで言われちゃあな、オレだって日が暮れるまでにまだまだ……!!」
「獄寺君獄寺君っ、照れつつ山本の胸元に手を差し入れないでお願いココまだ校舎前だから結構生徒も残ってるからさ!!」
 背負われているため、後ろから腕を回していることと、元々山本がネクタイもせずシャツのボタンを開けがちな事が相俟って、獄寺を静かにどんどん暴走させていたらしい。
 もちろん山本の胸の前には比較的ピッタリとカバンが回されているので、それほど差し込めはしないだろうが、なにしろ山本は両手が空いていない。獄寺の手を止める術がないのだ。そうでなくとも止めようとしたかは怪しい山本に何も期待は出来なくて、自分は先ほど掠めた可能性に確信を深めていた。
 きっと、二人は自分のことを忘れている。
 完全に二人だけの世界に入っており、自分のことなど意識にないのだ。
「獄寺、まだ足りてねえの?」
「足りねえよ、つか何回ヤっても満足なんかできねえよ。なあ、山本、夕飯の前にまたヤらせろよ」
「んーっ、まあどうせこの時間、オヤジ忙しくて店にいるしな。無理じゃねえけど」
 背負われている側の獄寺が甘ったるく誘い、背負っている側の山本はあっけらかんとして了承している。
 そんなやりとりに、確信は事実となり、次の行動へのキッカケとなった。
 それは当然、『逃亡』だ。
 最早二人の世界に自分はいない、必要ない。これ以上いると二人もきっと迷惑だろう、全然気付いてくれてないけど!! と思い、さあダッシュをしようとあらぬ方向に体ごと向けた途端、いきなり声をかけられていた。
「……て、ことで。十代目ぇーっ、そろそろ帰りましょう!?」
「ご、獄寺君……!?」
「ツナ、待たせて悪かったな」
 まだオレのこと覚えててくれたんだ、という涙は、決して嬉しさからではなかった。
 おんぶされていることでいつもより視線が高い位置にある獄寺と、まるでランボやリボーンでも構っているかのように自然な山本は、そう言って歩き出していた。
 もちろん、こちらに向かって。
 どうやら一緒に帰るつもりではあるようで、仕方なく自分も二人が隣にきたところで足を踏み出していた。
「……ごめん二人ともっ、オレ、そういえば用事があったんだ、先に帰るね!!」
「十代目……!?」
「ツナ、またなーっ」
 友情は大切にしたいが、やはり居たたまれなさには勝てなかった。純粋に恋仲の二人を邪魔したくもなくて逃げ出したものの、校門をくぐろうとしたところで思わず足を止めてしまう。
 思いきってくるりと振り返れば、少し後ろに離れた場所で相変わらず獄寺は山本に背負われていた。遠目にもイチャイチャしていた二人に一瞬躊躇ったものの、勇気を出して叫んでみる。
「ふっ、二人とも……また明日ねっ、お幸せに!!」
 こちらに気付いた山本が手を振り、獄寺が慌てて頭を下げようとするのにニッコリと笑ってみせて、今度こそ自分は一人帰路を急ぐために踵を返して走り出した。
 なんだかんだで、二人はやっぱり仲がいい。
 カレシという単語にこだわらず、恋愛的に大切な人という意味での条件は、互いに充分に満たしているのだろう。
 もちろん、まだまだ足りないことも多いだろうけど。
 そこがまた気持ちを煽って執着と絆を強くしてるんだろうな、と思いつつ、気恥ずかしさを受け止めきれずに自分はアスファルトに残っていた水溜りを飛び越していた。



 君たちが君たちであることが、僕もまた僕であれる条件。
 大切な友人たちの間から余韻のように漂ってきた感情が、なんだかとても嬉しくて、変に浮かれた気分で走って帰った雨上がりの放課後だった。










▲SSメニューに戻る
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


なんだかごっきゅんが頑張りました(オイ
あたしの獄山は、こんな感じかもしれない…

ロボ1号