■ダイナマイト牛乳







 傍迷惑な言動に振り回される生活に慣れて久しい、今日この頃。
 ずっと思い込んでいたことがある。
「あっ、このアホ牛、なにしやがる!?」
「ガハハハハッ、もうこのパンはランボさんのものだもんね!!」
「待ちやがれっ、この……!!」
 それは、悪いのは百パーセント相手側なのだ、と。
 不穏当な発言をしてくれるのだから、うっかり理解してしまった自分は逆に百パーセントの被害者なのだ。
 そうんなふうに思っていたが、いつしかその割合が変動を見せていることに気がついてしまった。要するに、相手が全部悪いわけではない、ということだ。こちらにも責任があると解釈できるようになってしまう事態を、この日の屋上で嫌でも自覚させられたものだった。
「ノロマはすっこんでおきたまえ!! ……がぶっ、んまー!!」
「あ、アホ牛、マジで食いやがったオレの昼メシ……!!」
 天気もいいのでいつものように屋上で昼食を取ってると、何故かいつものごとくランボやイーピンが乱入してきていた。ここのところは自分も諦めがちで、大暴れにならなければ好きにさせている。だがこの日、よりによって獄寺のパンをランボが横取りして食べてしまったことで、小暴れくらいにはなりそうだ、と慌てて口を挟んでいた。
「ご、獄寺君、ごめんね!? よかったら、オレの弁当半分……!!」
「いえっ、十代目が責任とって下さる必要はないっス!! 悪いのはあのアホ牛なんですしっ、なにより十代目の偉大さをその身丈からも具現化するための大事な栄養素の塊を分けて頂くわけにはいきません!!」
 さり気なく身長に関してバカにされた気もしたが、獄寺は本気だ。ズレた気遣いはいつものことなので、あまり強く主張してもこじれるばかりだと学んでいた自分は、この辺りで引っ込んでおくことにする。
 それは友人としては非情なようだが、友人だからこそでもある。こんなときの獄寺を諌めるのには、最早『友人』という肩書きでは足りないのだと知っていた。
「じゃあオレの食うか、獄寺?」
 そう言って弁当箱を示したのは、山本だ。相変わらず米を牛乳と食べる組み合わせは凄いと思うのだが、この獄寺を相手にできていることで既にそれは尊敬の域にまで達しそうだ。だがそう言って勧めてみせた山本に、獄寺はきっぱり拒絶していた。
「テメェのを食う気はねえよっ、テメェを食うなら話は別だけどな!!」
「へ? えっと、どう違うんだ……?」
「ご、獄寺君っ、落ち着いて!? まだお昼だよ、ココ屋上だよ!?」
 一文字抜けるだけで、意味が全く変わってくる。
 日本語とは実に奥深い言葉だ。
 そんな逃避をしている場合ではなく、相変わらずな獄寺の発言に自分は必死で制止をかけていた。
 そう、言うなれば、これが百パーセント相手側が悪い事例である。
 獄寺はそのつもりで発言しているし、自分は正確に理解したからこそダメージを受けている。言われた当人の山本が気がつかないのはいつものことで、こちらの虚しさに拍車をかけてくれるのだ。
 だがこの日は、こういうことばかりではないのだという方向に事態は転がっていっていた。
「大体っ、パンはもう一つあるから平気だっての。くそっ、アホ牛に取られた方が食いたかったのは確かだけどよ、まあないよりは……?」
 獄寺が購買で買ってきていたパンは二つ、その一つをランボが取ったのだ。よってもう一つは残っており、完全に飢えるということはない。だが、育ち盛りの中学生の胃では物足りないだろう。その辺りは、帰りにテメェの家で食わせろと獄寺は山本に詰め寄っているので、胃も他のものも満たされるはずだ。なんにせよ、これで収まりそうだとほっとしかけたところで、不自然に獄寺の言葉が途切れていた。
「……ない」
「どうしたの、獄寺君?」
 見ると、パンを入れていた購買のビニール袋が所在なさげに風を含んでひらひらしていた。
 当然中身は入っておらず、あったはずのパンは面影すらない。その行き先を、確認するのは怖い。だが確かめないわけにもいかず、先ほどから妙に大人しくしていると思っていたランボに視線が集まれば、当の五歳児は口の周りにチョコをベタベタとつけて反論していた。
「し、知らないよ!! ランボさん、チョコが入ったあまーいパンなんて知らないよ、メロンパンしか食べてないよ!!」
「……。」
 押し黙った獄寺君はもっと怖かった。
 むしろ二つ目を取られ、食べ終わられるまで気がつかなかったのもどうかと思ったが、口にできるはずもない。
「獄寺、どうしたんだ? やっぱオレの弁当半分食うか?」
「山本、お前ほとんど食べちゃってるじゃない……。」
 そんな獄寺に、無神経というか空気を読まないというか、相変わらずな声をかけられるのは山本くらいだ。
 だが仁王立ちになっていた獄寺は、やがていきなり空を向く。
 その先には、済んだ青い空。
 胸がすくようなその高さに、獄寺の胸の内も浄化されればいいと願ったのは、儚い祈りだっただろうか。大きく肩を上下させ、わざとらしすぎるほどの深呼吸を獄寺はする。そして再び視線を屋上に戻したときには、既にその手にはダイナマイトが握られていた。
「……果てろ、アホ牛」
「くぴゃあっ!?」
「ああっ、ランボ!?」
 さすが早投げ、と戦闘時よりよほど機敏に投げた気もする獄寺を、間髪の差で止め損ねてしまった。
 イーピンは避難してしまっているし、そもそもランボを助けてはくれないだろう。山本に至ってはいまだ花火だと思っているし、今日も派手だなあと和んでいたりする。
 そんな状況なので、自分が助けてやらねばと思ったのだが、いかんせん距離が遠かった。取り敢えず死にはしないだろうが、泣かれて十年バズーカを持ち出されれば厄介だ。以前教室内で発動されて、入れ替わった大人ランボを女子たちに見られていろいろ面倒だったのだ。紹介してくれと迫られるのはもう勘弁なので、できれば自分でダイナマイトを避けてくれと願っていた目の前で、一つの奇跡が起こっていた。
「くるなぁっ、ドカーン!!」
「え、ランボ……?」
「なっ……!?」
「おお?」
 ドカーン、というのは、車をブーブーと子供が言うような感覚だったのだろう。いい加減ダイナマイトの威力は身にしみていたのか、手を払うような仕草で嫌がったランボが、偶然にもその一本を打ち返すようにしていた。
 もちろん残りの数本、あるいは数十本はランボの近くに落下したため、それこそドカーンである。だがその一本、たった一本手で打ち返されてきたダイナマイトは、どれほど偶然を重ねるつもりなのか、ズボッと突き刺さっていた。
「あ」
「うわっ、山本、危ないって……!?」
「……あのアホ牛ーっ!?」
 すっかり弁当を食べ終えていた山本は、弁当箱はもうしまって脇へと置いていた。今日は購買でストローが切れていたということで飲み口から直接飲んでいたいつもの牛乳パックに、キレイな弧を描いたダイナマイトが嵌ったのだ。
 まるで、花瓶に花を挿したかのようだ。せめて逆向きならば、まだだいぶ残っているらしい中身の牛乳によって火は消えていただろう。だが着火に差があるためか、ランボにお見舞いされたような誘爆とも無縁なその一本は、まだ導火線がチリチリと燃えている。
 花火だと思っている所為か、それともあまりにキレイに刺さったことに感動したのか。
 手に牛乳パックを持ったままの山本は、キレている獄寺を呼ぶ。
「あんのアホ牛っ、余計なことしやがって!!」
「なあなあ、それより見てみろよ、獄寺? オレのにお前のが入ってるぜ?」
「……て、山本っ、もうちょっと表現を選んでお願い!?」
 確かに、山本の『牛乳パック』に、獄寺の『ダイナマイト』は入っているが、変なところで略されてしまうといかがわしく聞こえてしまう。だがこちらの願いなど聞き入れてくれるはずもない山本に、話しかけられた当の獄寺も怒鳴り返している。
「このバカッ、口に突っ込まれて喜んでんじゃねえよ!!」
「ち、違う獄寺君、ちゃんと『飲み口』て言って……!!」
「でも、よく入ったよなあ? ほら、いっぱいに広げても、ギチギチだろ?」
「ギリギリ、せめてギリギリって言って山本……!!」
 確かに市販の牛乳パックの飲み口と、ダイナマイトの直径は計ったようなピッタリ具合である。だが感動している場合ではない。徐々に短くなっていく導火線の残りに、獄寺はひどく親切なことを叫んでいた。
「とにかく山本っ、もう危ねえから離せって!?」
 爆発する、と慌てた獄寺は牛乳パックを奪おうとしたのだろうが、慌てすぎて目測でも誤ったらしい。持っていた山本の手を叩くような格好になってしまい、揺れた牛乳パックからダイナマイトの横をすり抜けた白濁の液体がビチャッと舞っていた。
「うわっ!? ……なんだよ獄寺、顔にかけんなって」
「山本、牛乳でそれはシャレになってない……!!」
「オレだって顔にかけるつもりじゃなかったんだっての、いいから、とにかく離せって!? もうヤバイって言ってんだろ!!」
 せめて零れた牛乳で消火されれば、と思っていたが、そう上手くはいかないらしい。
「え、ヤバイのか?」
「ヤバイに決まってんだろっ、テメェのの中で果てちまうだろうが!!」
「山本の『牛乳パックの』中で、だよね? 獄寺君、お願いだからあんまり略さないで……!!」
「とにかくもう時間がっ、て……おわっ!?」
「うおっ!?」
 だがそうしている間に、ダイナマイトは爆発してしまっていた。それでも、下の方が牛乳に浸かっており火薬が湿気ていたのか、普段よりはよほど小さな爆発だった。おかげで手で持っていた山本も、怪我をした様子はない。ただ、爆発によって弾けた牛乳パックの中身が、先ほどの比ではない量頭からかぶってしまった程度の話だ。
「あーっ……結局、ぶっかけられちまった」
「山本も単語の選択おかしいから、それおかしいから、ホント……!!」
「ちゃんと飲みたかったのになあ、まあ、獄寺のだから別にいいっちゃいいんだけどよ」
「獄寺君の『いつもの花火遊びに付き合ってやった』んだから、別にいいんだよね? そうだよね、山本……!!」
 ポタポタと髪や顎のラインから牛乳を滴らせ、仕方なさそうに笑っている山本はいつもの通りだ。だがそれを見て、獄寺は押し黙っている。握った拳を震わせているので感動でもしたのかと勘繰ったが、どうやらそういうわけではないらしい。
「山本、その……オレ、そんなつもりじゃなくて、だから……!!」
「ん? 気にしなくていいって」
「そら確かにこれ以上身長差開かねたかねえとは思ってたけどよっ、でも、だからって!! テメェのミルクを弾けさすつもりじゃあ……!!」
「待って待って獄寺君、なんでそこでいきなり『ミルク』表現なの? そりゃ果てさせられた牛乳はその通りだけどさ……!!」
 基本的には山本にも横暴な獄寺だが、愛がある分、故意にではなく迷惑をかけることになったのが不安らしい。愛想を尽かされるのでは、と心配している様子は、あまりに滑稽だ。こんな程度で山本が見限るならば、最初から受け入れるはずなどない。もっと愛されてる自信を持てばいいのに、と微笑ましくなってもいられないのは、更にこんな会話が継続されているからだ。
「気にしなくていいって、ホントに?……ああ、でもこのまま放ってたらカピカピになるよなあ」
「いやそれ事実だけど、牛乳だから事実だけどさ……!?」
「……山本、オレに後始末させろ。お前の弾けさせたの、結局オレのだし、手もちょっとは火傷してんだろ? キズモノにした責任はちゃんと取ってやるよ」
「獄寺君、何故だかオレは素直に賞賛できない申し出だよ……!!」
 獄寺が悪いのではない、山本が悪いのでもない。
 この辺りまでくれば、いい加減自分にも自覚は生まれていた。
 そんなつもりのない会話を、嫌なふうに曲解しているのは自分だけだ。それでダメージを受けているのだから世話はない、と分かってはいるのだが、一度そう思ってしまうとどうしてもそんなふうに聞こえてしまって仕方がないのだ。
「いいって、獄寺これからメシだろ? オレ、部室の鍵持ってっから、ちょっとシャワー浴びてからジャージにでも着替えてくるわっ」
 野球部専用ではないのだが、運動部の共用のシャワー室というものが校庭の端の方にある。その鍵は各部室内にあり、山本は自主トレーニングなどの関係で三年生ではないが鍵を持たせてもらっているのだ。
 顔の近くで爆発した牛乳パックによって、その中身の大部分は顔と胸の辺りにかかってしまっている。更にそこから滴ったこともあり、いっそ制服は水で洗って持ち帰り、午後の授業はジャージで過ごした方が無難だろう。
 山本の宣言はひどく妥当で、分かりやすい。だが原因を作ってしまったと焦る獄寺には、いささか不安だったようだ。
「じゃあオレも一緒にいく!!」
「……ごめんね獄寺君、オレの今の頭じゃあまた変な宣言に聞こえてきたよ」
「別にいいって、オレのが早いし?」
「だから山本もっ、オレ『一人で行ってくる方が』早い、て、ちゃんと言ってよ!!」
 そう叫んだ途端、獄寺がいきなり行動を起こす。決してこちらの言葉が聞こえていたわけではなく、単に山本に対しての衝動が爆発したらしい。
「テメェだけいかせたりしねえよっ!!」
「おわっ!? ……ご、獄寺?」
「獄寺君っ、落ち着いて、落ち着いて……!?」
 どうやら自らもシャワー室にいかなければならない理由を作ろうとしたらしい。
 そのために、獄寺はいきなり山本に両腕を回してガバッと抱きついていた。当然上半身が牛乳で濡れていた山本に身を寄せれば、獄寺の制服もまた牛乳で汚れる。これならば文句はないだろうとばかりに顔を上げた獄寺は、まだ山本の頬に残っていた牛乳をベロリと舐めていた。
「……にがっ」
「えっ、な、なんでなの獄寺君……!?」
「湿気た火薬が混じってやがんな。なあ山本、それより、一緒にいこうぜ?」
 やたら顔を摺り寄せて、火薬混じりの牛乳で汚れてみせる獄寺を、山本は仕方なさそうに抱き返していた。
 どうやら、満更でもないらしい。そんなことは当然だ、なにしろ山本も獄寺のことは大好きなのだから。
「んーっ、でもよ、獄寺マジで腹減ってんじゃねえの?」
 それでも素直に喜べないのは、結局獄寺がこのままでは昼食抜きになってしまうかららしい。
 やや心配そうに聞き返した山本に、しっかり懐いている獄寺はニヤリと笑ってからおもむろに唇を合わせていた。
「んんっ……!?」
「獄寺くーんっ!?」
「……一食くらい抜いたって平気だっての。なあ山本、それよりテメェを食わせろよ?」
 いつのまにか、獄寺の方は少なくともそういう意味での発言になっていた。それが分かっているのかいないのか、一度深いキスをされてから手を引かれ、獄寺と共に立ち上がっている山本はひどく素直だ。結局のところ、山本も獄寺と居たいらしいと再確認していると、いきなり声をかけられる。
「それじゃあ十代目っ、ちょっと失礼します!!」
「あ、ああ、うんっ、いってらっしゃい……!?」
 ニコッと笑っている獄寺は、牛乳にまみれている山本の手をしっかりと握っていた。握られている方の山本は平然としているが、もしかするともう『自然』になっているのかもしれない。
「ツナ、そういうワケだからさ、オレの弁当箱持って帰っといてくれね?」
「う、うん、大丈夫だよ、任せて……!!」
「こらっ、山本、十代目にパシリさせてんじゃねえよっ」
 これぐらいで大袈裟な、と苦笑していると、なんだか普段の日常が戻ってきたようだ。だがせっかく安堵しかけていたところを壊してくれるのは、なんだかんだで獄寺はない。天然だからこそ、いろんな意味で破壊力が予想だにつかない山本が、なんでもないことのようにさらりと続けていた。
「あとな、オレらのジャージも持ってきてくれるか?……五時間目が終わった頃に」
「……うん、分かったよ」
「そっか、じゃあ頼むな!!」
「すいません十代目っ、よろしくお願いします……!!」
 もちろん頼まれたジャージは持って行ってやるが、分かったと言ったのはそこではない。
 そう、確かに了解はしたのだ。
 いつの時点でかは分からないが、山本もまた、獄寺に食べられる認識が定まっていたのだ、と。
 もう歩き始めている二人に乾いた笑いで手を振り、それとはなしに見送っておく。少し離れて聞こえてくる会話に、もう曲解は必要ない。
「あっ、目に入ってきちまった……。」
「バカ、こするなって? 山本、ちょっと目閉じてろ」
「ん?」
 会話がどうこうではなく、目元を舐めてやっている光景など目の当たりにして誤解もなにもない。二人はああいう関係で、関係の奥にはちゃんと気持ちが備わっている。
 願わくば、早くシャワー室とやらでイチャついてくれますように。
 この屋上は、あまりに開放的過ぎる。
「……あららのら? ツナさんどうしちゃったの、そんな暗い顔して?」
「ランボ……!!」
 今日の会話の、半分くらいは自分の曲解で勝手にダメージを受けてしまったという自覚はある。ただでさえこうなのに、自分から更に背負い込んでいては世話はない。自分のダメさ加減に億劫になっていたところで、そもそもの原因であるランボの無邪気な、いや、邪気の塊のような顔を見て腹が立った。
「このランボさんに相談してみなよ? 今ならぶどう3粒で手を打ってあげてもよろしくってよ、ガハハハ!!」
「ランボッ、お前の所為でーっ!?」
 だがいくら腹が立っても、殴りつけるようなこともできない。
 ただ軽くキュッと首を絞めるだけにしておいて、自分はため息ですべてを流すことにしていた。
 そろそろあの二人は、シャワー室に着いた頃だろうか。
「……途中でお腹が鳴ったりして、獄寺君が逆ギレしたりしないのかなあ」
「ツ、ツナさんっ、ロープロープ、ランボさん死んじゃ、う……!!」
「ああっ、ランボごめん!?」
 うっかり絞めすぎていたランボをガクガクを揺さぶって謝りつつ、今から購買に走ってパンか何かを購入し、二人が始める前に届けた方がいいのではと思ってしまう人の良さに、自分はまた億劫さが増した日だった。
 



 







▲SSメニューに戻る
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


長らく拍手用のSSとして飾ってたものです。
地下に、続きのエロがある、はず…