■子供じみてる




「ガハハハッ、いい気味、いい気味ぃーっ!!」
「このアホ牛っ、ぶっ殺す……!!」
 いつものことと言えば、いつものやりとり。
 止める気が更々起きないのは、今日はこれで五回目だからだ。こちらも毎度のことだが、宿題を一緒にしようという目的で集まってから数時間。元々できない自分と、単に野球が忙しくて勉強する暇がないだけらしい山本は、傍目にはどちらも揃って落ちこぼれだ。だが実際にせざるをえない状況に追い込まれれば、ちゃんとできてしまう山本が友達として誇らしいが少し憎らしい。
 それ以上にいろいろ納得できないのは、今もランボ相手にムキになっている獄寺が、そんな山本よりはるかに頭がいいことだ。成績と精神年齢は別物だと分かっていても、世の中は不思議で満ちていると改めて思っていた。
「……おっ、なるほどな。よし、解けたぞ」
「え、嘘、山本できたの!? うっわ、オレまだ全然なのに……。」
 横でギャーギャーと騒いでいるランボと獄寺に気がつく様子もなくプリントに集中していた山本だが、突然そう呟くとガリガリと書き始める。一気に数行分の数式を書き、満足そうに頷いているところを見ればどうやら本当に解けてしまったらしい。ちなみに粋な教師の計らいで、宿題のプリントは数種類用意され、自分と山本、更に獄寺は別のものを渡されている。写し合うことを避ける目的は心憎いほど功を奏しており、斜め前から山本の解答を見たところでこちらのプリントには全く関係のないものだった。
「ツナはまだなのか?」
「もう、さっぱり……。」
「おい獄寺、ツナに教えて……て、おいおい、なにやってんだ?」
 あまりにケンカが日常茶飯事だった所為か、プリントに集中していた山本は気がつくのが遅れたようだ。そうして周りの喧騒が耳に入らなくなるほどの集中力が差か、とはさすがに思わない。気がつかなかったのは単に山本の天然具合がなせる業だ。そして獄寺に首を絞められて落ちかけているランボを素直に助けられるのも、その特性ゆえだった。
「なに子供相手にムキになってんだよ、離してやれって?」
「けどこのアホ牛がよぉ……!!」
「くぴゃあっ……!?」
「まーまー、落ち着けよ? 獄寺が構いすぎるからチビも暴れんだろ、ほら、こっち寄越せ」
 山本の言葉に返しつつ、更に首を絞める手に力を込めた獄寺により、ランボは最後の悲鳴を上げていた。
 いっそ落ちたくれた方が静かになっていいかもしれない、とぐったりした気持ちで思ってしまうのは仕方がない。それだけ、今日はうるさかったのだ。そのまま手を離せば泣き喚いてまたうるさくなり、十年バズーカを持ち出されればもれなく厄介ごとがついてくる。
 だがランボが獄寺の手から解放されるのを特に止めなかったのは、文字通り放られたランボが山本の手に渡ったからだ。ようやく解放されて咳き込んでぐずっているランボも、しっかりと山本にしがみついてあやされている。ほとんど住み込み状態のランボなので、一番一緒にいる時間が長い自分に懐くのはある意味よく分かる。だが時間的にはさほど一緒にいたわけではない山本にも懐いているのは、子供だからこその素直さだろう。
「山本ォ……ぐすっ……。」
「おお、こわかったのか? 獄寺おっかねえからな、ガキ相手には。ほら、もう泣き止めって?」
「人をお山の大将みたく言うんじゃねえ!!」
 ダンッと机を叩いて反論している獄寺に、ビクッと肩を震わせて怯えたのはランボだ。平然としている山本を見ていれば、あながち指摘は間違っていないと思っていたのだが、急に矛先がこちらに向けられていた。
「そんなことないっスよ、十代目!! オレ、ちゃんと大人にも恫喝できますから!?」
「え!? い、いや、しなくていいから、むしろ素でなってるから大丈夫だよ獄寺君……!!」
 少なくとも、大人とは言いがたいがランボのような子供でもない自分は、充分怯えている。引き攣った笑みでそう訴えていると、ふと獄寺の手に一枚のプリントが握られているのが見えていた。沢田さんに迷惑はかけられない、というよく分からない理屈で基本的に宿題なども当たり障りなく提出している獄寺なので、問題が違う自らのプリントは持ってきていない。目の前に自分のプリントがある以上は、今獄寺が手にしているのは山本のものだろう。
「……合ってる」
「おっ、そうか? やった、オレ宿題終わりぃーっ、と!!」
「いいなあ、山本……。」
 ランボを絞殺しかけていても、山本の独り言はちゃっかり聞こえていたらしい。ぐずりすぎてそろそろ寝かけているランボを膝に乗せたままの山本は、獄寺に解答をチェックしてもらい随分と嬉しそうだ。それを羨んだ声を出しつつも、自分はふと随分と対照的な光景に気がついていた。
 勉強ができる獄寺と、できない山本。
 子供に懐かれる山本と、ケンカばかりの獄寺。
 まさかこんなに違う二人が、あんなことになるなんて、としみじみ思っていると、ふと獄寺と目が合う。
「十代目、なんスか?」
「えっ!? あ、いや、ええっと……!?」
 後に思い返せば、自分はこのとき何を口走っていたわけでもないのだ。直前に、自分は宿題が終わっていなくて憂鬱だといった旨のため息をついていたのだから、素直に教えてくれと頼めばよかったのだろう。
 だが、絶妙なタイミングすぎて半ば焦った。つい先日聞かされたばかりの友人たちの艶かしい関係を想像していたのを指摘された気がして、誤魔化そうとしてしまった。オレは何も知りませんよ、という無駄な主張から口を滑らせたのは、大失敗もいいところだった。
「だからっ、その……ご、獄寺君、ほんっと子供嫌いだよね、ていうか!?」
「……嫌いですけど?」
「だから、大丈夫なのかなあって……!?」
 かつて年上の野郎はすべて敵と公言していた獄寺だが、年下は言うに及ばずだ。あっさり肯定した獄寺は、やはり雨の日のフゥ太でしか保父さんが向いているなどと断言できる素質はない。
 一応、二人の関係を教えてもらったときは『内緒ですよ?』とデレデレになりながら念を押されたので、山本には自分が知ってるとバラしてはいけないのかと思っていた。よって、あくまで獄寺がいずれ女性と結婚して子供が生まれて、ということを想定した発言だったのが、あまりに飛躍しすぎていただろう。案の定、山本などは意味が分からなかったようで首を傾げている。だがこんなときばかり、自分たちより優秀らしい頭脳は正確な解答を導いてくれたようだった。
「ああ、大丈夫っスよ、十代目!!」
「え、あ、うん……?」
 今のやりとりで通じたのか、という意味と、通じているならば何がどう大丈夫なのか、という意味で怪訝そうに聞き返してしまう。するとニカッと笑った獄寺は、おもむろに腕を伸ばす。
「……くぴゃあ!?」
「どけ、アホ牛」
「ら、ランボ!?」
「獄寺っ、お前、なにやって……?」
 山本の膝ですやすやと眠っていた五歳児を放り投げた獄寺は、そのまま自分がドカッと山本に乗る。随分と大きなお子さんで、と思わず言いかけてしまったところで、振り返った獄寺に実に力強く宣言されていた。
「コイツが子供好きっスから!!」
「ああ……うん、そうだね……。」
「そらオレは子供好きだけどよ、それがどう関係あんだ?」
 しっかりと抱えてやっている山本はいまいち分かっていない様子だが、自分は視線を逸らして呟くしかない。
「……ていうか、獄寺君、産む気なんだ」
「頼もしい部下を持って幸せだな、ツナ」
「リボーン!? ていうかお前がそういうの言うとコワイよっ、できそうな道具とか出してきそうだろ!?」
「あっ、リボーンさん!! 実はお話が……!!」
「獄寺、山本とのことなら知ってるぜ?」
 やっぱりその話題にふれちゃうんだーっ!! と頭を抱えてしまった自分と違い、やはり既にご存知でしたかっ、と獄寺は目を輝かせている。無視されていたランボが泣きながら投げた手榴弾を軽く弾き飛ばしているリボーンに、山本は笑いながら話しかけていた。
「よう小僧、今日はいないのかと思ってたぜっ。元気だったか?」
 相変わらず獄寺を抱えるようにしたまま、普通に話している山本はある意味偉大だ。先ほどまで五歳児のランボを膝に乗せていたのと、大差ない心境なのかもしれない。やっぱり大物だ、と感想を深めるが、尊敬とは別方向な気がする。
 そんな山本だからか、リボーンはひどく気に入ってるようだ。やはりリボーンも子供ということか、と解釈するにはいろいろ無理がないでもないが、少なくとも自分に対してよりはずっと扱いがいい。破格と言ってもいいほどだし、と思っているとリボーンはいつものように山本へと返していた。
「ちゃおっス。ちょうどいい、山本もいるなら伝えておくべきファミリーの掟があるぞ」
「マフィアごっこのか? そら聞いとかねえとなっ」
「獄寺も関係あるぞ?」
 わざわざ獄寺も指名して話し出すリボーンに、激しく嫌な予感がする。
 先日獄寺に山本との嬉し恥ずかしなお付き合いを聞かされた際に、リボーンにだけはすぐに相談というか、報告はしたのだ。二人揃っているところにリボーンが現れたのはそのとき以来初めてで、また何かとんでもないことを言い出すのでは、と思った予感は当たった。
「なんスか、リボーンさん?」
「獄寺、山本。ボンゴレの掟では、ファミリー内で性的関係を持つ際にはちゃんとした決まりがある」
「……ハイ?」
「スゲェな、そんなことまで決めてんのかっ」
「ちょっとリボーン、なに言い出してるんだよ!?」
 おもしれーっ、と笑っているのは山本だけだ。完全に面食らっている獄寺に、リボーンは見間違いでなければニヤリと笑って続けていた。
「つまり、より有能な者、ボスに近しい者。右腕たるだけの実力者、と言ってもいいが、そういうヤツが男役なんだ。男女の場合でもな」
「……。」
「男女の場合で男役、てなんだ?」
「山本っ、そこはオレたちにはまだ早いディープな世界だから!? ていうかっ、リボーン、獄寺君固まってるじゃないか!!」
 完全に沈黙した獄寺の心情を察しきれず、ひどく慌ててしまう。明らかに口からでまかせで、からかっているだけと思われるリボーンの『掟』だが、獄寺はこういうところはひどく生真面目なのだ。恐らく真に受けて悩んでいるのだろうが、どの程度の段階での苦悩か、想像したくないと思ったところで急に獄寺が笑い出していた。
「アハハハッ、なんだ、リボーンさん、驚かさないでくださいよ!!」
「ご、獄寺君……!?」
 珍しく冗談だと分かったのか、と感動しかけていた自分に、ひどくいい笑顔の獄寺が力強く頷いてくれていた。
「安心してくださいっ、オレが十代目の右腕になることは約束された未来ですから!? ちょっとばかり先走って既成事実作っちゃいましたが、どっちにしても右腕になるためのレースで先行してるのオレですし、問題ないっス!!」
「……獄寺君」
「だ、そうだぞ、ツナ? 疑問がとけてよかったな」
 恩着せがましく言っているが、別に頼んでない。
 そう返したいのは山々だったが、衝撃だったことも事実だったので、思わず呟いてしまう。
「産むんじゃなくて、産ませる側だったんだ獄寺君……。」
「あ、十代目、なにかおっしゃいましたか!?」
 今度はこちらに視線を向けてくる獄寺を抱えたまま、山本は首を傾げている。どうやら一人会話についていけないらしい。色事に限らずとも疎いところがある山本なので、今のやりとりでは分からなかったのかもしれない。だがこのまま分からない方がいいのでは、と思ったところで、山本が尋ねていた。
「なあ小僧、そらどういうことだ?」
 蒸し返すように説明を求めた山本に対し、リボーンはやけにあっさりと解説していた。
「つまり、ツナの右腕に山本がなれば獄寺をヤれるってことだ」
「……へ?」
「リボーンッ、ほんと、そういう言い方やめろよ!? そんなこと言ったって、山本は……!?」
 マフィアのことすら理解しておらず、そもそも獄寺と付き合っているらしいというのも獄寺だけの妄想ではないのかと勘繰っていたのだ。実際に、リボーンに宣言された山本はしばらく呆気に取られた後、自らが抱えてやっている獄寺をまじまじと見つめている。
「……なんだよ」
「あ、いや……おもしれーなあと思って」
「なっ……!?」
「や、山本……!?」
「山本も満更じゃあないようだな。よし、寝室での主導権を巡ってツナの右腕の座を争え」
 そんな賞品で争われる座って、と頭を抱えていると、先に噛み付いたのは獄寺だった。
「十代目の右腕の座は譲らねえぜ!! あと、てめーをヤるのもな!!」
「獄寺君、付き合ってからそこに至るまでが早すぎだよ……。」
「フッ、ツナはまだまだ子供だな」
 ガシッと耳から短めの髪をまとめてつかんだ獄寺が、至近距離からそう山本に宣戦布告をしている。凄みを増している獄寺に動じるでもなく、山本は瞳を逸らさず返していた。
「挑まれたら、受けて立たねえとな。獄寺、覚悟しろよ?」
「うっ、なんだそれ!? お前、ヤられる側なの実はイヤだったのかよ!?」
「いや獄寺君、普通の男の子ならたとえそういう関係になったとしてもさ……?」
「別にイヤじゃなかったけど?」
「山本イヤじゃなかったんだーっ!?」
 さすがだな、とリボーンが褒めている意味は最早分からない。
 大方、『面白そうだったから』がその理由なのだろうが、そうにしてもベッドでの役割分担まで譲れてしまうのはどうかと思う。器がデカいとか、そういうレベルでもない。むしろどこか壊れているのでは、と心配になってきたところで、こちらの叫びが聞こえていたらしい山本に、予想とは少し外れた答えをもらってしまった。
「ああ、なんかヤらせてくれって頼む獄寺が可愛かったからな」
「……可愛かったんだ獄寺君、てか可愛かったら許せちゃうんだ」
「どういう意味だ山本!? じゃあなにかっ、お前は可愛かったら誰でもいいのかっ、あのアホ牛でも!? あのアホ牛でもか!!」
 山本が普段可愛いと言っている相手が他に思いつかなかったのか、二度ランボの名前を繰り返した獄寺は襲撃疲れで寝ていたランボを大人気なく蹴っている。あまりに不憫で慌ててランボを確保しようとするが、それより先に山本の言葉が獄寺の凶行を止めていた。
「バーカッ、お前以外に可愛く頼まれても応じるはずねえだろ? 恋人に操立てる誠意くらい、オレだって理解してるぜ?」
 むしろ他とヤれって言われても無理だけど、と笑って続けた山本を、しばらく獄寺はポカンとして見つめていた。だがやがてボッと顔を赤らめると、思いきり顔を逸らしている。そうしてしばらく幸せでも噛み締めるような表情で小刻みに震え、再び山本をじっと見上げる。
「……山本」
「ん?」
「……十代目、すいません」
「え、オレ? 獄寺君、どうし……えええっ!?」
 山本の名前を呼んだ後、一度こちらへとチラリと視線を向けた獄寺はいきなり謝ってきていた。その意図を尋ねようと思ったときには、獄寺はもう山本へと向き直っていた。そして聞き違いでなければ、我慢できねえ、と呟いた後いきなり山本の口を塞いでいた。
 もちろん、自らの唇で、だ。
 ドラマや映画では見たことのあるキスシーンだが、目の前で、しかも知り合い同士というのは気恥ずかしさのレベルが違う。しかも最初から舌を入れて濃厚なキスを施す獄寺を、本気で可愛いとでも思っているのか、山本は派手に抵抗するでもなく受け入れていた。
「……情熱的な部下を持って幸せだな、ツナ」
「リボーン……!!」
 お前が余計なことをしてくれたおかげで、と恨み節を続けようとすれば、足にポンと手が置かれる。
「そんな部下たちのために、ボスであるお前が今できるのは、部屋から出て行ってやることだけだ」
「う、ボスとしての行動に従うのは癪だけど今はオレも逃げ出したい……て、そんなことしたらっ、二人にベッド使われちゃうかもしれないだろ!?」
 さすがにそれはと危惧してしまうのは、すっかり気分が乗ってきているのか獄寺が完全に山本を床に押し倒しているからだ。止めたいが、声がかけられない。かといってこのまま見学してしまうのも、退散して場を提供する羽目になるのも御免だと葛藤していると、リボーンがニヒルに笑った、気がした。
「……ツナ、大人になったな」
「どういう意味だよ!? というかリボーン、なんとかしろよ!!」
「それは十代目の仕事だ。自分でなんとかしろ」
 それとも、と銃口を見せられても、こんな場面で死ぬ気になった場合止めようとして自分が何をしてしまうのか、そちらの方が恐ろしい。そう思い、一生分かと思うほどの勇気で叫んでみていた。
「……ごっ、獄寺君!!」
「!? ハ、ハイ、なんスか十代目!?」
「うっ……!!」
 完全に山本に馬乗りとなり、シャツの下にまで手を入れていた獄寺だが、やはり忠誠心には厚いということなのか。必死になって叫べば、慌てて体を起こしてくれていた。手の甲で口元を拭っているのを目の当たりにはできなくて、つい視線を逸らしてしまいつつも頑張ってお願いしてみる。
「そ、その……そういうプレイは、早いと思う」
「へ? ええっ、あ、そうか、なるほど!!」
 さすがっス十代目!! と妙な賛辞をしてくれながら、獄寺は押し倒していた山本を引っ張り上げていた。心なしほっとしている間に、素直に体を起こしてきた山本へと獄寺は胸を張る。
「そういうことだ、山本!!」
「どういうことだ? ツナ?」
「ご、ごめんな、山本……!!」
 邪魔されて不愉快になっている様子は見えないが、抵抗しなかったということで山本はその気だったのかもしれない。よって一応謝ってみれば、山本は笑って許してくれていた。
「いや、こっちこそ悪かったな!! 獄寺の所為で、ビックリさせちまって」
「オレの所為かよ!?」
「だ、大丈夫、結構いつものことだから!? そ、それよりさ、オレ宿題が……!!」
 まだ終わっていないので手伝ってほしいな、と思い出したように言ってみれば、二人もそもそもの集合の目的を思い出してくれたらしい。山本の前からどき、最初の座り位置に戻っている獄寺と、確認してもらった自分の宿題のプリントをカバンにしまっている山本。先ほどまでのイチャつきっぷりが嘘のように元の雰囲気を取り戻し、教科書を開いている獄寺に安心していると、何故かシャーペンを机からリボーンに落とされた。
「甘いな、ツナ」
「はぁ? ったく、なんでシャーペン落とすんだよ……えっ!?」
 床を転がったペンが机の下に入ってしまったため、仕方なく身を屈めてみれば、床に近い目線になって初めて気がついていた。
 山本はカバンの方に向いているが、プリントをしまっているのは片手だ。もう一方の手は床につかれており、その手に重ねるようにして獄寺もまた片手を乗せていたのだ。それで獄寺君は片手で教科書を開いてたのかっ、と、分かったところで嬉しくはない。思わずため息をついてしまうと、敏感に獄寺が反応する。
「十代目っ、大丈夫っスよ!! オレがちゃんと分かるまで教えて差し上げますから!?」
「え、あ、ありがとう……。」
「どうしたんだ、ツナ? ペンが見つからねえのか?」
 オレの使うか? とプリントを仕舞い終わった山本は自分のシャーペンを差し出してくれるが、借りる気にはならなかった。さっさと自分のシャーペンを拾い上げ、机に向かうようにしていればもう見えなくなる。
 山本の手を、上から押さえつけるようにしていた獄寺の手。
 床に縫いとめて繋ぎとめようとするかのような仕草は、二人の関係をよく示していると直感的に思ったのだ。
「……けど」
「十代目?」
 シャーペンを拾って体を起こす直前、プリントを仕舞い終えた山本のその手が、ゆっくりと床から離されていた。獄寺の手を乗せたまま少し浮かせた手は、躊躇なく返されて、しっかりと繋がれる。それが山本の手からの仕草だったことに、改められていたはずの認識を再確認した気分だった。
 きっと、二人の関係は獄寺からの一方的な衝動によるものではない。
 獄寺がああなので分かりにくく、山本がこうなのでにわかに信じられなかったが、山本からも特別な執着はあるらしい。
「……まあ、それもそうだよね」
「ん、ツナ、オレになんか言ったのか?」
 山本は子供好きなのだ。一人納得した後に、改めて獄寺を見ればこちらの視線に気付くことなくひっそりと嬉しそうにしている。その理由など、チラチラと床に落とされる視線であからさますぎた。
 幸せそうだなあ、と思えば、なんだか羨ましくなってくる。
 自分は死ぬ気にならなければ、告白すらできなかった。
 だが獄寺を素直に尊敬できるのはそこまでで、自分はたとえ恋人となる者ができても、人前で手を繋いだままうっかり『やっぱヤりてえ』などと呟かないようにしようと思った休日だった。
 ちなみにこの直後、思い出したようにランボが暴れ、リボーンに返り討ちにされていた。その巻き添えを食らった獄寺がキレて、ランボを今度こそ息の根を止めようと掴みかかり、それを山本が後ろから羽交い絞めにして必死で止めていた。
 いつものことと言えば、いつものこと。
 少しだけ違うのは、ランボを放す代わりにキスを所望してきたどうしようもないお子サマに、山本保育士があっさりと応じた光景で、自分が衝撃を受けてうっかり死にかけたことぐらいだった。








▲SSメニューに戻る
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


拍手用第1弾でした。
ツナはとっても苦労性…。

ロボ1号