■キャンディ





 暇だ。
 ざわめく教室でそう思ったときに、無意識に制服のポケットへと手が伸びる。そんな自分の行動に気がついたのは、いまだ前の席のヤツの椅子を反対にして向かい合うようにして座っていた相手の視線からだ。
「獄寺ぁ、だからお前、タバコは……。」
「……うるせえよ、テメェに指図される謂れはねえって言っただろ」
 窘める言葉にも視線にもあからさまに不愉快だと示し、自分はガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。表面的にはタバコを取り出す手は止めたものの、それは戦略的撤退にしかすぎない。決して相手の弁を聞き入れたのではなく、単にうるさいヤツがいないところに移動しようと思っただけだ。
 それすら解釈によっては逃げているようなものだが、実際に教室で、しかもまだ昼休みでクラスメートが多くいる中で吸うつもりもなかった。元々タバコに手を伸ばしたことに自分で気がつけていれば、いちいち言われるまでもなく手を止めこうして立ち上がったはずだ。
 よって、これは逃げたのではない。
 ましてや唯々諾々として相手に従ったのでもない。
「けど、そんな大量に吸ってたら体に……。」
「テメェにオレの体心配される理由はねえってのと、大量じゃなきゃいいのかよってのは何度もオレ言ったよなあ」
「獄寺っ、待てって……。」
 字面だけならば反論だが、何度も繰り返していればそこに語気というものは失われていた。毎度の符牒のようなやりとりを口先だけで交わしながら、視線を絡めるでもなく自分はさっさと教室から出て行くことにする。
 比較的窓側の席から廊下に出るには、何人ものクラスメートの横を通り抜けなければならない。だが基本的には態度が悪く、ましてや今は相当不機嫌そうな顔をしている自分に明確な用もないのに話しかけようという勇者もいない。
 昼休みも半分を過ぎ、ほとんどの者が昼食を終えて談笑に興じたりしている中、自分は誰に声をかけられるでもなくドアまで辿り着いた。そしてそのまま廊下に出て、屋上に向かおうとしたところで後方の教室内からいくつかの声が聞こえてきていた。
 どこに行くのだと尋ねる男子生徒の声。
 野球するなら混ぜてくれと誘う他の男子生徒の声。
 委員会がどうのと女子生徒の声がしたときに、ようやく返事らしいものをしている声が聞こえてきていた。
「……。」
 追いかけてくる素振りを見せたくせに。
 他の男子生徒とグラウンドに遊びに出るのならばまだしも、何故か女子生徒の数人と話し始めたようだ。そんな気配を悟りなくて、なによりそのことにいらついた自分を否定もしたくて、足早に屋上に向かうことにしていた。
 ポケットに握り締めたタバコは、きっと、この気分を晴らしてくれると信じていた。





「あー……。」
 暇だ。
 だが屋上について早速一服ふかした獄寺は、そう繰り返していた。天気がいい日の昼休みはここで三人で昼食を取ることが多いためか、まだ休憩も半分だというのに他の生徒はいなかった。ほとんど占有状態にできているのは、ひとえに獄寺の態度の悪さのおかげである。
 日頃の自らの立ち振る舞いの恩恵にあずかりながら、獄寺はもう一度大きく煙を吸い込んでいた。肺が慣れた空気でいっぱいに満たされるが、どうにも気分は晴れてこない。その理由がなんとなく分かっているのがまた腹立たしいが、口にするようなこともなく、ただフェンスにもたれてぼんやりと煙を燻らせていた。
「……。」
 そもそも、四時間目が終了する間際に、教師がツナを昼休みに呼び出したのが発端だ。テストのことがどうとかで、威圧的にご指名してみせた教師に獄寺は無言で前の席の椅子を蹴った。不幸なその生徒は驚いて竦みあがっていたが、それ以上に顔を引き攣らせたのは教師の方だ。どうやら獄寺の意図は正確に伝わったようだが、呼び出し自体は撤回されない。ただ、昼食を食べてからでいいと付け加え、教師はそそくさと授業を終わらせて教室から退散していた。
 これで昼休み中弁当も抜きで説教などいう事態は免れたものの、わざわざ屋上に移動するのは面倒ということで今日は教室で昼食をとったのだ。食べ終わり次第教師のところに向かうツナを見送れば、当然二人になることは分かっていたはずだ。そこで何を話せばいいのか困惑し、妙な居心地の悪さからタバコに手が伸びていたことは否定できない。
「……。」
 ツナと一緒につるんでいる相手、山本武は元々気に入らないヤツだった。やたら十代目に馴れ馴れしいのも、マフィアのことを理解していないくせに実力が折り紙つきなところも、何もかもが気に入らなかった。
 だが、退屈なヤツだと思ったことはない。
 うるさくて、時に鬱陶しくて、大抵は理解不能なおかしい男だが、獄寺にしてみればいつも突拍子もないことを言い出す男である分、退屈ではなかったはずだ。
 それにも関わらず、先ほど教室で暇だと思ったのは、そんな山本が話しかけてこなくなったからではない。むしろ以前と変わらず話しかけてくるのが不可解すぎて、イラつき、殊更無視していると他にすることがなくなってしまっただけだった。
「……バカか、オレは」
 認めるのは癪だが、これでは本当にただ山本から逃げ出したようなものだった。
 きっかけは単純で、今も咥えているタバコが原因である。スポーツマンらしく、山本自身はタバコを吸わない。獄寺にもいい顔はしないが、たまに窘める程度であまり気にはしていない。そう獄寺は思っていた。
 だがこれは自覚もあることだが、最近獄寺の喫煙本数はやたら多くなっている。純粋な嗜好目的と、戦闘時の着火目的。それ以外の理由でタバコを吸うようになって、格段に増えてしまったのだ。
 それはさすがに山本も見逃せない、あるいは心配な数だったらしく、やたら控えるように言われ、獄寺はまたイラついた。
 誰の所為で、こうなっていると思っているのだ。
 誰が自分に、こうしていないと抑えられないような情をかきたてていると思っているのだ。
「……まあ、あのバカはなぁんも気づいてねえんだろうけど」
 そもそも発想が逆なのだ。獄寺がタバコを増やしたのではなく、山本が増やさせた。山本といるとき、特にツナがおらず二人になると途端にタバコが必要になってくるので、結果として山本は獄寺がタバコを吸ってばかりいるように見えてしまうだけだ。
 そんなことは説明できないし、する気もない。苛立ったり、暇だったりというのは嘘ではない。だがそうして山本と二人になると、急に不安に似た何かに気持ちをざわつかされ、安定剤と口枷代わりにタバコをくわえているような状態だった。
「……。」
 タバコでもくわえていないと、何かを言ってしまいそうだ。
 あるいは、何かをしてしまいそうだ。
 無防備に視界にも心の領域にも侵犯してくる山本に、タバコを吸うという行為は発炎筒でも焚いている気分になる。危険が迫っているとのろしを上げるが、相手には全く伝わっていない。とにかくあまりにズカズカと自分のすべてに土足で踏み込まれる感覚に、いい加減腹も立った獄寺が、つい逆襲したのは昨日の夕方だ。
 いつものように三人で下校し、ツナを送ってからは短い時間二人になる。沢田家の玄関が閉まるのを笑顔で確認した直後、一歩踏み出すと同時に獄寺はもうポケットからタバコを出していた。
『……なあ獄寺、いくらなんでもそれは早すぎじゃねえの?』
『ああ? なにがだよ』
 すっかり慣れた仕草でくわえタバコのままそう返し、歩きながら火をつける。隣に追いつくようにして並んだ山本は、そんな獄寺の口元を指差していた。
『だから、タバコ』
『……。』
『前よりずっと量増えたよな。さすがに吸いすぎだって、ちょっとは控えた方がいいんじゃねえの』
 良識的で正当な意見だと思うが、同じだけの根拠で聞き入れてやらない自由もあるはずだと思い、無視した。ツナの家から獄寺の自宅までは、ぐるっと通りを回らなければならない。だがこの日はなんとなく、手前にある公園を突っ切って近道をしようという気になっていた。
 昼間は閉鎖されてるわけでもないその公園を、これまで通り抜けはしないことの方がおかしかったのだ。そう思うことにしていた。ここを通れば帰宅時間は半分に短縮されるのに、律儀に大きく迂回する理由はない。
『なあ獄寺、オレこっちなんだけど?』
『……知ってる』
 だが、ないと思い込みたい理由そのものにそう言われ、獄寺は面倒くさそうに答えていた。
 なんのことはない、道路沿いに進んでいけばそのうち寿司屋があるというだけだったのだ。せっかくだから上がっていけだとか、そのついでに宿題だの晩飯だのという文句も重ねられ、なんとなく迂回ルートが自然になっていた。もちろん暖簾をくぐることなく、寿司屋の前で別れることが大半だが、それでも獄寺は近道をして帰るということはできなかった。
 そもそも、晩飯にありつけるという打算的な期待は二の次だ。少しでも長く隣に、という自らの目的をもう自覚してしまっている獄寺には、これまでと同じ行動は取りづらくなっている。なにしろ、これだけ心配されるほどのタバコの量でないと誤魔化せないくらい、獄寺は自制が効かなくなりつつある。そのこともまた自覚しており、特に二人きりになると何をしでかすか分からないという不安から、獄寺は公園に足を踏み入れていた。
『獄寺……?』
『……。』
 後ろで不思議そうにしている山本を置き去りにして公園へと入ってみれば、意外にも人はおらず閑散としていた。日が落ちるにはまだ早く、子供たちが遊んでいてもおかしくない時間帯だ。この辺りは住宅街なので、今日はたまたまなのかもしれない。確かに今にも雨が降りそうだしな、と雲行きの怪しい空を見上げたとき、何故かそんな声が聞こえてきた。
『……まあ、たまにはいっか』
『……?』
『獄寺っ、だから、タバコ吸いすぎだって』
 追いかけてきた声には、ひどく驚いて振り返ってしまう。すると公園を突っ切れば確実に遠回りになるはずの山本が、あっけらかんとした調子で続けていた。
『それに、雨降りそうだろ? ココで休憩もいいけどよ、できればさっさとウチに来ねえ?』
『……あのなあ』
 どうやら山本は単にここに休憩、あるいはだべりにでも来たと思っているらしい。そうではなく、これから自分はさっさと帰るのだ。そう言いたくてたまらないのに、あっさりと家に上げることを約束してきている山本に、獄寺は咥えていたタバコを落とした。
 無意識ではなく、意図した行動だ。足元に落下したタバコを踏み消せば、山本はひどく嬉しそうにしている。
『獄寺、じゃあ……?』
 だがその顔を見れば、何を言う前に獄寺はまた視線を逸らすしかなかった。そして箍が外れてしまう前に、と焦ってポケットからタバコを出せば、パッケージごと地面に落ちてしまった。
 それは意図したものではなく、本当にうっかりしたミスだった。
 なにをこんなに焦っているのか。軽く自分に嫌気が差しつつタバコを拾おうと身を屈めるが、それより先にすっと伸びてきた手が掠め取る。
『なっ……!?』
『なあ、なんでそんなタバコ吸ってんの?』
 一歩進んでしゃがみこみ、獄寺よりも長い手でさっさと取り上げたタバコを握ったまま、そう山本は尋ねていた。
 普段は見上げるばかりの顔が、このときは下にあった。更に全く警戒せずに近すぎる位置まで踏み込んできていた山本に、見当違いな怒りまで湧き上がってくる。
『なあ獄寺、なんで?』
『それ、は……!!』
『花火つけるときはまだしも、今は火種なんかいらねえだろ? まあそれとは別に、好きで吸ってるんだろうけど、そうにしたっていきなり吸う量が……?』
 増えすぎだぜ、とでも続けようとしていたらしい山本だったが、その言葉が発せられることはなかった。
 後悔しても遅すぎだが、このとき獄寺はごく自然に文字通り山本の口を塞いでいたのだ。驚きすぎていつもより大きく瞠られた瞳を、至近距離から覗き込む。嫌悪感すら浮かばない困惑の表情だ。生粋の日本人だと分かりやすい深く黒い瞳をじっと見つめたまま、獄寺は無意識に次の行動に移ろうとする。元々話している途中でこうして押し当てため、薄っすらと開かれていた唇から舌を差し入れようとしたところで、ビクッと身を竦められた。
『んんっ……あ、えっと、獄寺……?』
『……。』
 嫌がるように眉間を顰められたのは、山本と同じように目を閉じていなかった獄寺にはよく分かった。そのことで我に返り、無言で背筋を伸ばしたものの内心では慌てふためく。
 やってしまった。
 こんなことにならないように、タバコを多用していたのになんたるザマか。
 自制しきれなかった自己嫌悪に暴れだしたい衝動には駆られるが、それを上回る後悔と諦観、更には堪え続けた疲労感で逆に獄寺は黙りこんでしまった。どういう反応をすればいいのか分からなかったというのも大きい。むしろどう誤魔化せばいいのか、とようやく少しずつ具体的な方向に思考が回りかけたとき、先に下から尋ねられた。
『……口寂しいとか、そういうこと?』
『……。』
 一瞬何を言っているのか本当に分からなくて怪訝そうにしてしまったが、山本が言ったのはこのところ増えたタバコの量についての解答らしい。確かにそれを言いかけたところで唇を塞ぐことになったので、そう解釈しても間違いではない。しかもまったくの真実だ、否定のしようはない。
 だがこのとき獄寺が不可解になったのは、いつにない勘の良さで見抜かれてしまったことではなく、平然としている山本の態度だ。友達だと思っていた相手に、しかも男が男にキスをされて、こんなに落ち着いていられるものなのだろうか。山本の鈍さという前提で現実が霞みがちだが、少なくともキスをした当初くらいは驚いていたのだ。それにも関わらず、今のこの反応はなんなのか。あるいはこんなことには慣れて、という方向に思考が回りかけたのが本当に不愉快で、獄寺は少し屈んでバッと山本の手からタバコを奪い返した。
『あっ……獄寺、帰んの? メシは?』
『……今日は用があって急いでんだよ。テメェはさっさと帰れ』
『あ、そーなのな? ごめんなっ、引きとめちまって!!』
 じゃあまた明日学校で、と返す言葉に振り向くでもなく、獄寺は公園を抜けて自分のマンションに向かう。その途中、握り締めたままだったタバコを一度咥えかけるが、やめておいた。なんとなく、今タバコを吸ってしまうとただの事故のようなものとはいえ、味わうことになった唇の感触を忘れてしまいそうだ。そう思った獄寺は、深いため息でまた自己嫌悪に陥った。
 妙にタバコを増やさせたり、今度は禁煙をさせてきたり。
 無意識でこうも翻弄してくるあの男が悔しくて、明日会うときにどんな顔をすればいいのかという当面の問題から目を逸らしたものだった。
「……なのに、あのバカ」
 それなりに緊張して今朝登校してきた獄寺だったが、肩透かしを食らった気分になった。
 可能性は二つに一つ。さすがに自覚して相手も気まずそうにしているというパターンは、とりあえず全くなかった。よってもう一つのパターン、平然としすぎて無邪気に蒸し返してくるという一番困った予想に慄いたが、それもなかったのだ。
 教室で尋ねられたり、ツナもいる前で言及されればどうすべきかと危惧していたが、山本にそんな意志はないようだった。もしかすると忘れているのかもしれないとすら思う。あるいは、キスという行為自体を知らないのか。
「いや、さすがにそれはねえよな……。」
 いくら山本が鈍く天然でも、キス自体を知らないということはありえない。実践したことがあるかは別にして、少なくとも日本では友達同士であまりするものではないという認識ぐらいはあるはずだ。それでいて、どういうつもりだったのかと言及されないのは何故なのか。また面白くない結論に至ってしまう前に、獄寺はタバコを大きく吸い込んで、長く煙を吐いた。
 片手で髪をかきあげつつ、屋上のフェンスに寄りかかる。風が吹いてくる方向に視線を向ければグラウンドが目に入り、山本は結局クラスメートたちと野球をしに行ったのだろうかと目で探しかけて、また嫌気が差した。
 無意識に探してしまったこともだが、そもそもそうして誘ったクラスメートたちに山本が答えたのは聞こえなかった。要するに、手でも振って断ったのだろう。山本がちゃんと会話をしていたのは女子生徒の方で、よりいっそう面白くない気持ちが募ってきたとき、いきなり屋上の扉が開いていた。
「……あっ、やっぱココなのなーっ!!」
「山本……?」
 委員会だかなんだか知らないが、山本の方がむしろ積極的に話しかける雰囲気が耐えられなくてここに逃げ込んだはずだった。だがその山本が、もちろん一人で嬉しそうに屋上に入ってくるという光景に、獄寺は一瞬自分の都合のいい幻覚かと疑いかけた。
「お前、委員会かなんかあったんじゃねえの」
「え? ああ、なんか昨日あったのすっかり忘れてて、オレ、帰っちゃってたのな? 最後の委員会だったのにて怒られたけど、プリントくれた。あ、怒るってほどじゃないけど、なんだろ、呆れられた?」
「……同情する」
 そんな会話を、あんなに楽しそうに弾んでしていたのか。
 教室から離れていく背中では内容まで聞き取れたわけではないが、もっと嬉しそうに話しているような印象を受けたのだ。だがそれこそ呆れ返って獄寺がそう言えば、山本はニコニコして歩いてくる。
「まあサボっちゃったのは悪かったけど、でもオレ、昨日なら委員会出たくなかったしなーっ!!」
「……バカ、テメェに同情したんじゃねえよ」
 どうやら獄寺の皮肉を誤解したらしいが、相変わらず通じていない山本は気にする様子はない。ただ獄寺のすぐ前まで来ると、なんの予告もなくいきなり手を伸ばしてきていた。
「なっ……に、しやがんだ!?」
「んー? だから、吸いすぎだって」
「バカッ、しかも勝手に手ぇ突っ込んできてんじゃねえ!!」
 口元に伸ばされた手が、くわえていたタバコを取ったことはまだ分かる。だがもう一方の手がいきなりズボンのポケットに突っ込まれたときは、何事かと獄寺も焦った。どうやら目当てのものがなかったらしく、反対のポケットにまで手を入れられそうになって、ようやく気がつけた獄寺は先に自分で出してやる。
「……ほらよ」
「なんだ、やっぱり持ってんのな? 昨日ポイ捨てしてたから、使ってくれてねえのかと思ってたぜ」
 仕方なく獄寺が差し出しているのは、携帯用の灰皿だ。マナーなどさして守る気はないのだが、校内ではさすがに面倒だ。特にツナにまで言いがかりが及ぶ可能性を苦慮して念のため持ち歩いており、蓋を開けてやれば山本はそこに手にしたタバコを押し付けて消していた。まだ吸えたのにもったいない、と思わないでもないが、それより気恥ずかしいような嬉しさが凌駕しているので文句は言わない。
 山本が、追いかけてきてくれた。
 しかも単にタバコを消すだけであっても、二人で一つの作業を行うということに異常に緊張してしまった。蓋を閉じて携帯灰皿をポケットにしまいつつ、顔が上げられなくなりそうな獄寺は思わず呟いてしまう。
「……相当重症だな」
 更に言えば、この携帯灰皿をほとんど使わないくせに持ち歩いているのは、去年の誕生日に山本が押し付けてきたものだからだ。面倒なヤツだと思い、使うつもりは更々なかったが、もらってからずっとポケットには入れるようにしていた。そう考えれば、自覚はなくとも当時から自分はコイツを、と思えば虚しさも募るが、自嘲する前に妙に納得したように頷かれた。
「うんうんっ、やっぱりそーなのな!!」
「山本……?」
「安心しろって、獄寺? オレ、ちゃんともらってきてやったからな!!」
 誉めてくれと言わんばかりに上機嫌な山本に、気恥ずかしさより興味が勝ってつい顔を上げてしまう。
 すると獄寺の横に移動し、フェンスに背をつけて寄りかかった山本は、自分のポケットから何かを出していた。
「さっきの、委員会が一緒だった子にな、もらってきた!!」
「……ああ、そうかよ」
 ジャーンッ、とばかりに差し出してくれたのは、棒のついた飴だった。時折ランボが食べているような、飴の部分が平面で渦を巻いているような大きなものではない。せいぜい直径が3センチほどしかない球形の飴に、爪楊枝よりはやや太い白いスティックがついている。いかにも外来品とばかりにアルファベットが踊るパッケージを、山本はご丁寧に剥いてくれている。
「獄寺、口寂しいんだろ? これでも舐めとけよ」
 そして作業の合間に告げられた言葉で、いろいろと理解できていた。
 どうやら山本は、昨日の公園でのやりとりをそう解釈したらしい。またキスされないための自衛かと勘繰るが、それならばそもそも獄寺に近づかなければいいだけの話だ。山本の性格から考えても、これは口が寂しいなどいう理由を真に受けたことからの、純然たる厚意なのだろう。
「いらねえよ、飴なんか」
「でもくわえてたら気もまぎれるんじゃねえの? せっかくもらってきたんだし、ほら?」
 禁煙用のガムとかもあるだろ、と続ける山本だが、それは緩和剤が入っているからだと説明しかけて、やめた。パッケージを剥がして差し向けられた飴が、やたら高い位置にあるのだ。手渡すつもりとは思えない高さで、獄寺の口元へと寄せられている。
「獄寺、食えってば?」
 いらないと言うつもりで開いた口を、何も言わずに止めてしまったのはささやかな打算からだ。
 このまま雛鳥のように口を開けていれば、山本がそのまま咥えさせてくれるのではないか。期待というにはあまりに小さいものだったが、あまり気にするタイプではない山本は、あっさりと獄寺の望みどおりの行動をしてくれた。
「ほらっ」
「んっ……ん、なんの味だ、これ?」
「え、知らね」
 適当にもらってきたヤツだから、と山本は言っているが、獄寺も正確な答えを求めたわけではない。ただ気恥ずかしさを紛らわすために何かを言わなければと思っただけだ。そもそも味が分からないのは、単に獄寺自身がまだ動揺しているからだという自覚もあった。
 タバコの量が増えれば心配をし、見当違いではあっても代わりになるものを与えてくれたりもする。十代目と尊敬するツナを除けば、そんなことをされても鬱陶しいだけだ。しかも同じ配慮をツナがしてくれれば純然な嬉しさだけだが、殊山本にされればそれ以外の邪な悦びも加味される。
 つくづく、どうしようもない。
 厚意につけこんでいる後ろめたさがなくはないが、危険だから近づくなとは散々発してやっていた。それにも関わらず近づいてきた山本の自業自得だ、と思い込むことにして、獄寺はしばらくこの幸せの味を噛み締めることにしていた。
「……?」
「獄寺?」
 だが抽象的な意味ではなく、味が分からないことにやがて気がつく。スティックがついているので口内で自由に転がすことはできないが、舌で器用に回転させつつ獄寺は首を傾げていた。
 口に入れられる前に見たときには、濃いオレンジのような、赤にも近く見える合成的な色をした飴だった。その印象にたがわず、味も合成的だ。甘味ばかりが目立つのだが、製造元が一体なんの味を意図して配合したのかがいまいち分からない。
「……これ、ほんとになんの味だ?」
「え? んーと……読めねえ」
「貸せ」
 重ねて獄寺が質問したことに回答を求められていると思ったのか、山本は既に手で握りつぶしていた包み紙を広げている。だがアルファベットばかりで読めなかったらしい山本に呆れてみせ、寄越せと手を出しておく。すると素直に山本は包み紙を渡してくれるが、ちょうどそのとき強めの風が吹いて舞ってしまった。
「あ」
 それに山本は条件反射に近く手を伸ばすが、獄寺はそうはしなかった。一度大きく斜め上に舞っただけの包み紙は、少し移動して手を伸ばせば確実につかめるだろう。山本の身体能力ならば容易に可能だ。
 だがそうするということは、山本は隣にいるという位置から離れてしまう。既に視線と注意は外されているのだから、と思ったときは、包み紙が届かないところまでいってしまう時間を稼ぐために口を開いていた。
「いらねえよ」
「え、でも……あっ、外行っちまった……!!」
 仮に獄寺がもう必要ないと言ったところで、ゴミはゴミ箱に、という思考から山本は包み紙を追いかけようとしただろう。だが獄寺の言葉に不思議そうに視線を戻している間に、再びの風で舞い上がった包み紙は、屋上に一度も落ちることなく校舎の外へと消えていた。
 さすがにそこまで飛べばつかめるはずもなく、山本は獲物を逃したような目で残念そうにしている。それに獄寺が満足していれば、軽いため息で気持ちを仕切り直したらしい山本が横から尋ねてきていた。
「……で、結局それ、何の味だったのか分かんなくなっちまったな」
 調べようと思えば、飴をくれた女子生徒に尋ねるだとか、記憶にあるパッケージを頼りに店で調べたりいくつか購入して確かめるという手立てがないわけではない。もちろん獄寺にはそこまでする気はなく、ねっとりと溶けてきた飴を舌の上で転がしつつ返しておく。
「甘い」
「確かに、甘そうだよなあ」
「ついでに、もういらねえ」
 甘いもの全般が嫌いというわけではないが、正体不明の合成料をいつまでも舐めておく趣味はなかった。山本に差し出された、という幸運が時間の経過で薄まってくれば、この飴は獄寺にとって面倒くさいものでしかない。大体、飴に棒をつける意味が分からない。時折ランボが食べているようなサイズであれば、むしろアレは舐めるのではなく噛み砕いて食べるものなのだろうと妙な納得の仕方も出来るが、今獄寺がくわえているものならば飴だけの方が絶対に食べやすいはずだ。そう思った獄寺は、スティックの部分を持つと横で同じようにフェンスに寄りかかっている山本にできるだけ平然と言ってやった。
「山本」
「んー?」
「あーん?」
「あー……んぐっ!?」
 これはこれで楽しい。
 獄寺は内心密やかな悦びを抱いて、そう思っていた。
 運動部に属しているからか、元々の性質からか、スキンシップの多い山本はたとえばジュースの回し飲みなども気にするタイプではない。よって食べかけの飴でも気にせずもらいはするだろうと思ったが、先ほどとは反対に、獄寺がスティックを持ったまま差し向ければそのまま咥えてくれたのだ。
 いや、正確には口を開けたところに押し込んだままだ。つい手は離さずにいれば、飴を自由にはできない山本はやや困惑した様子のままで舐め始めていた。要するに、舐めさせられている格好だ。そう自覚したとき、急に何か後ろめたい想像と重ねてしまいそうで慌てて手を離した獄寺に、ようやく飴を好きにできた山本は首を傾げた。
「獄寺?」
「な、なんでもねえよ……!!」
 しかも咥えタバコに慣れている獄寺とは違うためか、飴を咥えてしゃべる山本の言葉はいまいちはっきりしない。そのことに変な興奮は更に煽られ、獄寺はさすがに居たたまれなくて視線を逸らしていた。
 そんな獄寺を山本は当然不思議そうにしていたが、あまり深くは追求してこない。どうやら他に気になることがあるらしく、フェンスに背中をつけて寄りかかったままコロコロと飴を舌で回していた。
「んー……確かに、なんだろな、この味」
「……謎だろ」
「ん、謎。分かんねえ、甘いってのは確かだけど」
 ひょこひょこと忙しくなく動く白いスティックが舌の動きを連想させ、獄寺はまともに見ていられなくなる。当の山本はそんなことに気づきもせず考えている様子で、やや不明瞭な口調のままでそんなことを言っていた。 
 合成的に甘い、という点は一致したが、やはり山本にも何の味を再現しようとしているものか分からないようだ。ただ甘いことは確かなので、子供ならば喜ぶのかもしれない。だがこれが、それこそ就学前の子供を対象にしている菓子であれば、スティックは逆に危険ではないのだろうかなどと思考が羽ばたき始めたのは、獄寺が焦っている証拠でもあった。
「オレンジ色ぽかったから、オレンジ味なのかな?」
「……かもな」
「でも、なんかミカンとかそういう、えっと、柑橘系? ぽくはねえよな、甘いだけだし」
 いやオレンジて酸っぱくはねえんだっけ? と首を傾げている山本に適当な相槌を打っていても、獄寺は別のことに気を取られ続ける。
 味をしっかり確かめるため、たっぷり舐めている所為なのかやたら白いスティックが動いている。むしろ動かして遊んでいるのかもしれない。最初はそこから連想してしまう舌の動きに動揺が増したが、徐々に純粋な落ち着かなさが募ってくる。端的に言えば、気になるのだ。苛立ちにも近い衝動で、とにかく気になって仕方がない。
「けど、外国のってこんなモン? あ、これって輸入品じゃなくって、日本で作ってるのか? オレよく分かんねえけど、なあ獄寺、そういやイタリアの菓子とかも……?」
 どうやら違った方向に思考が回りかけていた山本は、そこで不思議そうに見つめ返してきていた。
 獄寺が無意識だったのは、そうして山本の正面に移動するまでである。黒い瞳とばっちり目が合ったときに、獄寺は気になって仕方がないもう一つの理由がはっきりと分かった。
「獄寺?……んっ!?」
 そのまま顔を寄せ、ガチッと歯で噛んでやれば当然山本は驚いていた。昨日と位置関係は逆だが、同じようなことをされると予想したのだろう。
 だが獄寺が噛んだのはあくまで山本が咥えていた飴のスティックだ。プラスチック製の白い柄は意外に硬いため、噛んだところで痕も残っていないだろう。それでも、スティックの長さは十センチもないのだ。両端を咥えていることになれば、互いの距離は本当に近くなる。
「ご、獄寺……?」
「……。」
 山本には、獄寺の行動の意味が全く分からなかったに違いない。仮にスティックを忙しなく動かしていたのを止めさせるのであれば、言葉でも、あるいは手でもよかったはずなのだ。
 それにも関わらず、いきなり獄寺はスティックを咥えるという行動に出た。
 どういう意図が、と黒い瞳が怪訝そうにしているのを満足げに間近から見上げていた獄寺は、やがてニヤリと笑って教えてやっていた。
「……返せ」
「え? あ、ああ、なんだ、やっぱり欲しくなったのか? 返せってんなら、そら返すけ、ど……?」
 伸ばされてきた獄寺の両手に、山本はこのとき完全に意味を取り違えたようだった。
 いらないと渡してきておいて、人が食べているのを見ていればやはり欲しくなった。だから返せと獄寺は近づき、手で飴を取ってこようとしていると思ったようだが、事実はそうではない。
 獄寺の手は山本の顎に触れた後、そのまま後ろに流され頭を抱え込む仕草を見せた。てっきり飴を返すのだと思っていた山本は、やや下を向かされたことで口内にズルッとした感触を味わうことになる。
 開きがちだった口から、飴が滑り落ちたのだ。
 だが獄寺の両手は頭の後ろへと回され、受け取ってくれる様子はない。あるいはスティックの側であっても先ほどのように口で咥えれば、と山本が思えなかったのは、それが可能な獄寺の口は既に別の用途で塞がれていたからだ。
「んんんっ……!?」
「山本……。」
 正確には、獄寺の方が山本の口を塞いできていた。昨日の事故のような偶発的なものと違い、獄寺は明確な意志を持ってしっかりと山本に唇を押し当てていた。
 なんのことはない、返せと言ったのは飴に対してだったのだ。
 昨日触れ損ねた山本の口内で、惜しげもなく舌で舐められていることに嫉妬した。その場所は自分のものだ、返せと強く思って出た言葉だった。無機質な、しかも菓子などにそんな気持ちを抱くのは惨めだという自覚もあったが、それでも構わないと開き直る。
 ようやく獄寺にとっては招かれざる客を追い出し、山本の中に侵入できた気分だった。公園での際より更に山本が口を開けていた所為か、難なく舌を滑り込ませることに成功する。
「んんっ……んぁっ……!!」
「……。」
 当然山本は驚いていたが、驚きすぎて抵抗だの反撃だのという方向には行動が移せないらしい。舌を思い切り噛まれるという事態だけに気をつけて、獄寺は慎重さの欠片もなく山本の口内を好き勝手に荒らした。歯列や上顎の裏を舐め、逃げる舌を絡め取る。唾液以上にねっとりした感触と、合成的な甘さに先客の名残りを感じるが、今はそれすら歓迎できる。
 山本に深いキスを施してしまえた以上、飴は飴でしかなく、嫉妬の対象になるはずがない。むしろ同じ味を共有しているということに興奮も覚え、もっと混ざりたいと願って舌を絡ませ続けた。
「んっ、ふぁっ……あ、んんっ……!!」
「山本……。」
 頭を抱え込むようにしていた手はいつしか片方だけとなり、外したもう一方で山本の背中を抱く。腰を引き寄せるというあからさまなことができなかったのは、幾許かの保身があったのかもしれない。それほどまでに、山本と交わすキスは極上で、合成的な甘味料で慰められるものではないと獄寺に教えてくれていた。
 そうしてたっぷりと舌を絡めるキスが終わりを告げることになったのは、山本からの抵抗ではない。確かに山本が原因ではあるが、どうやら体が支えきれなくなったようで崩れるようにその場にしゃがみこんでしまったのだ。
「ん……あ……?」
「……。」
 背中にフェンスがあったことと、獄寺が背中に片手を回していたことで落ちるように尻餅をつくことは避けられていた。ずるずると滑るように膝を折った山本は、フェンスを背にして座り込み、呆然としている。
 上気している肌も、小刻みに上がっている息も艶かしいが、それより扇情的なのは唾液に濡れた唇だと獄寺は思っていた。部活や体育で体を動かせば、誰でも息は上がるし顔も上気する。そんな姿の山本は何度も見たことがあるが、今の姿はまた別だ。なにしろ自分がこうしてやったのだ、という変な優越感で見下ろしていても、実際には困惑の方が大きかった。
 またやってしまった。
 昨日より大きな後悔に押し流されそうで、逆に虚勢を張ったからこそまだ立っていられる。今度ばかりは誤魔化しが効かないと内心焦っていると、不意に山本に拳を向けられていた。
「……なんだよ」
「飴……。」
 殴ろうとしてきたのではない、腰が抜けているらしい山本にはそんな力は残っていない。だが吐息に乗せて囁かれた言葉に、獄寺はようやく思い出していた。
 あの飴は、どうなったのだろう。
 落ちた場所が場所なので、互いの制服にくっついてしまっていてもおかしくない。あるいは、その上に山本が座ってしまったのか。だがそのどちらでもないようだ、とは開かれた手のひらですぐに気がつけていた。
「……山本、お前な?」
「だって、返せって、言うから。まあ、ほとんど反射みてえなモンだったけど……。」
 ある意味あの状態で実行できたことを誉めるべきか、山本は屋上のコンクリートに落下したと思われていた飴を、しっかりと右手で握り締めていた。運よくスティックの部分は手に刺さらなかったようで、怪我はしていない。だが元々舐めていた飴を素手でつかんだのだ、だいぶ溶けてべっとりとしている。
 それを見下ろし、呆れてみせつつも獄寺は妙にほっとしていた。どうやら山本はまた思考が追いついていないらしい。キスより前の会話に意識が囚われたままというのは、結局キスは理解できないからだろう。軽く足を開くようにして座りこみ、フェンスに背をつけて寄りかかっている山本は、やがて残念そうに自らの手のひらに視線を落とす。
「でも、これじゃあ……。」
 さすがに獄寺には、と項垂れているのは、返し損ねたと心苦しく思っているのだろう。そもそも獄寺にしてみれば飴など返してもらうつもりはない。加えて言えば、山本の手が握ったものならばそんな状態でも食べることに抵抗はなかった。
 だがわざとらしく肩で息をしてみせた獄寺は、ずるいと知りつつ足元の山本へと口を開く。
「仕方ねえなっ、山本、それはテメェが食え」
「え? ああ、まあそれでもいいけど……?」
 山本自身は、自分の手なのでさして嫌悪感もない様子だ。言われたとおり右手を口元に寄せようとしているが、それを獄寺は止めていた。
「獄寺……?」
 獄寺も屋上のコンクリートへと膝をつき、山本の手から飴を外してやる。溶けた飴が少し糸を引くが、気にせずスティックの部分を持ち、山本の口元に差し出してやった。
「ほら」
「ん……んー……?」
 素直に口を開き、やや不恰好に小さくなった飴を山本は舐めている。それを確認したところで獄寺は座ったままで体を反転させ、腰を下ろしていた。やや足を開いて座っていた山本の前に座るということは、フェンスではなく山本が背もたれ代わりだ。
「獄寺ぁ……?」
 そんな体勢にやや不思議そうに山本が後ろから名を呼んだのは、獄寺がいまだ山本の右手を持ったままだったからだろう。溶けた飴がべっとりとついている手のひらは、下手にハンカチなどで拭いても厄介だ。水で洗い流すしかない。それが山本も分かっているからこそ、制服などで拭こうともしていなかったのだろうが、その右の手のひらを獄寺はべろっと舐めてやっていた。
「わっ……!?」
「オレは、こっちで我慢してやる」
 あくまで、手にうつった飴を舐めてやっている。
 そう言いつつ、実際には飴などついていない指までたっぷりと口に含んで舌で愛撫してやっていた。それに身を強張らせているのは背後で感じるが、やはり抵抗は見られない。あるいはこれは獄寺の親切の延長などと思っているのかもしれない、と考えたところで、飴を咥えたままの山本が後ろから寄りかかってきていた。
「バカ、重えよ」
「なあ、獄寺ぁ……。」
 文句を言いつつ、熱を帯びた声には素直に胸が弾んだ。大方理由でもきいてくるのだろうと思いつつ、まだ飴が残っている手を舐めてやっていれば、やがて山本が小さく続ける。
「……オレも、こっちがいい」
「山本?」
「こっちが、いい……。」
 そう言って山本の手が初めて意識的に動いたのは、こっち、の意味するところを正確に示すためだった。舐めるために這わされていた獄寺の舌に、恐る恐る触れてくる。飴よりもこちらがいい、と重ねられた言葉を、獄寺が誤解する必要はなかった。なにしろ背中にべったりとくっついてきている山本の心臓の音が、異常に早くなっているのが感じられる。
「……テメェがその飴、食い終わったらな」
「ん……。」
 何か皮肉でも返そうかと思ったが、滲み出る嬉しさには勝てず、獄寺はそう言っておく。すると後ろで頷いた直後、ガリッと飴を噛み砕く音がして獄寺はまた笑ってしまいそうになった。
 どうやらよほど、キスが気に入ったらしい。
 キスをする理由だとか、他のヤツとはするなだとか、教えなければならないことはたくさんある。だがまずは慣らしてやってから、と思えば我慢も出来ず、山本の右手からあらかた飴を舐め終わったところで獄寺は振り返っていた。
「ん、獄寺……。」
 まだ白いスティックを咥えて動かしていた山本は、食べ終わってはいなかったのだろう。だがもう待てるはずもない獄寺は、さっさと口からスティックを抜いてやり適当に投げ捨てていた。
「あ、獄寺、まだ……?」
 スティックから飴はほぼなくなっていたが、口内には塊で残っている。まだ食べきっていないと言いたかったらしい山本に構わず、獄寺は再び唇を塞いでやっていた。
 驚いている山本も、おずおずと口を開いて抵抗はしない。そこから舌を差し入れれば、確かにまだ欠片と言うには少し大きめの飴が口内にあるのが獄寺も分かった。
「んんっ……ん、んぁっ……!!」
「山本、ゆっくり飲み込めよ……?」
「んっ……!!」
 それを噛み砕くのではなく、もちろんそのまま飲ませるのではなく、互いの舌で舐めあって溶かしていく。やたら甘い唾液が溜まったところでそれを飲み込ませつつ、獄寺は思っていた。
 今はまだ、誤解でもいい。
 少しずるい刷り込みでも構わない。
「んぁっ……んんっ……!!」
「山本……。」
 合成的な甘みと混同してでもいいので、獄寺とのキスがこんなにも甘いのだと教えてやりたかった。
 素直に時折唾液を嚥下しつつ、山本は徐々に獄寺の舌にも慣れてきたようだ。大きな塊はほとんどなくなった口内で、山本の舌は目的を失ったように戸惑っている。
 そんなところにつけこむのはずるい気がして、一瞬唇が離れたとき山本が息をついていた。
「……やっぱ」
「なんだよ」
「え? んー……オレ、こっちのが好きなのな?」
 そして無意識に漏れたと思われる言葉につい聞き返せば、あっさりと告げられていた。
 だがそれに、獄寺はにわかに顔をしかめてしまう。こっち、と表現されたのは、甘ったるく飲み込んだばかりの唾液、その味付けをした飴の方かもしれない。互いになんの確証もないまま交わしているキスなので、そう今度は不安になれば、獄寺は自然と尋ねてしまっていた。
「だから、どっちだよ」
 飴なのか、オレなのか。
 尋ねてしまう情けなさを感じなかったのは、どうせ山本は二択の選択肢すら分からないだろうと高を括っていたからだ。だが至近距離で見つめた黒い瞳は困惑した様子もなく、あっさりと口を開いていた。
「んーと、こっち」
「山本?……んんっ!?」
 そしてそのまま押し付けられた唇に、今度は獄寺が驚かされる番だった。だが焦らすように唇を舐めてくる舌は、獄寺の口内に侵入してくることはない。その意図は見詰め合ったままの瞳から明白で、安堵と興奮から口を開いた獄寺は、言葉ではなく舌で山本に応えてやっていた。
 山本がこうして応じてくれる意味も、理由も、正直まだ分からない。
 だがそれは追々尋ねればいいし、山本のことなのであまり深く考えない行動だったならば、きちんと意味は与えてやるつもりだった。
 だから、もう少しこのままで。
 背中に回され、愛しく抱き返すかのような山本の腕にも気がつかないままで、獄寺は甘いキスに興じていた。



 もう少し、あと少し。
 それはキスを続けたいと願う祈りでもあり、互いの気持ちが一致していたと言葉で確認するまでの時間でもあった。













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チャットで盛り上がったネタ、チュッパチャプス(笑
こんなんになりましたー!(笑>Aさんへ
あ、柄の方をがじがじ噛む獄寺氏、てのはAさん提案です、融合させてもらいました(笑
けど、攻だからか、まだお付き合い前(笑)の獄寺氏だからか、あんま可愛くならなくてごめんなさい…!
それにしても。チュウしたい二人はいいですねハァハァ(なにその〆!

ロボ1号