■キミは、もういない
大空の対戦が決し、長かったようであっという間だったリングを賭けた闘いは終わった。
チェルベッロ機関の少女が抑揚がない声で勝利が告げた直後、まさに精根尽き果てたという様相でツナが意識を失った。
「十代目!!」
「ツナ!!」
距離的にも近くにいた獄寺と山本は、口々にそう名を呼んでしゃがみこむが、その二人より先にツナの肩にポンと手を置いたのはリボーンだ。
「ツナはシャマルに運ばせる。お前たちも怪我してんだ、今日はゆっくり休め」
「小僧……?」
「お気遣いは感謝しますが、よりによってあのヤブ医者に十代目を任せるというのは、ちょっと」
オレだって聞いてねえよ、と離れた場所から呆れたように答えているシャマルだが、嫌がって逃げるでもなく仕方なさそうに歩み寄ってくる。そのことで、観覧組だった者たちが、獄寺たち守護者を気遣ってくれているということは分かった。
それに甘えていいものか、獄寺はしばらく逡巡する。本音で言えば、ザンザスとの戦いでボロボロになった十代目をお運びしたい。だが自分もいい加減回復しているとは言えない状況で、運ぶ途中にうっかり倒れでもすれば大事だ。更に自分の怪我が悪化すれば十代目も気にされるのだろうということは、疑うまでもない。
「……獄寺、どうする?」
「まあ、リボーンさんがそう言ってくれてんだ。十代目の心配を取り除くのも部下の務めだ、今夜くらいはそれもいいんじゃねえか」
「……。」
「なんだよ?」
尊敬する十代目、という部分を、親友と置き換えれば山本も似たり寄ったりの解釈のはずだ。だからこそ尋ねてきたのだろうと思い、獄寺はふっと肩から力を抜く仕草を見せてそう返した。
それに、山本はしばらく驚いたような表情で見つめ返してくる。獄寺と違い、色素が濃い瞳が何かを言いたそうにしているが、口元は動かない。
伝えたいことはあるが、言葉にしていいとは思っていない。
大方そんなところか、と獄寺が思ったところで、更にリボーンが続けた。
「それから、明日は祝勝会だ。パーティー会場は山本のトコにしてえんだが、山本、いいか?」
「え? あ、ああ、大丈夫だと思うぜ?」
オヤジにも言っとくな、と笑った山本の顔が、少し不自然だった。
可能性としては、三つ。
何かしらの理由で、明日竹寿司でパーティーを開くのが実は困難な場合。
あるいは、傷が痛んで上手く笑えないだけという場合。
そして、このとき獄寺が最も確率的に高いと感じたのは、先ほど口にはしなかったことをまだ胸の内に抱えていて、リボーンからの言葉に焦って反応したという場合だ。
「じゃあ解散だ。パーティーは昼からでいいだろう、呼ぶ連中にはオレから伝えとく」
「ああ、頼んだなっ、小僧。ツナもしっかり休ませてやってくれよ」
普通に考えれば自営業の店をいきなり貸し切るというのは、その息子が勝手に約束していいものではない。だが竹寿司に関して言えば、主人は寿司屋である前に親バカなのだ。加えて、息子が参加していたリングの争奪戦も、察している様子があるらしい。ならばその祝勝会を、頼まずともやってくれそうであり、開催に関しては微塵の疑いもなかった。
軽い挨拶で頷き合い、山本はツナの横から立ち上がる。獄寺はそれに少し遅れ、シャマルがちゃんとツナを担ぎ、バジルが横から気遣う様を確認してから続こうとしたが、ふとリボーンの視線に気がついた。
「……。」
「……獄寺は、まあ、遅れはしねえだろうが。ちゃんとパーティーに出ろよ」
リボーンはまず獄寺を見て、視線を誘うように巡らせた。その先には、ボンゴレの者たちに連行されるヴァリアーの面々の姿があった。だがリボーンがわざとらしさで示した者は、ボンゴレよりキャバッローネの者たちに囲まれ、車椅子しか見えない後姿だ。
そこから視線を戻して獄寺に語りかけたリボーンだったが、こちらを見てはいない。
随分と低い目線が見上げているのは、獄寺の向こう、先に立ち上がっていた山本だ。
「……ええ、まあ、こんな祝いの席ですしね。遅らせるような真似はしませんよ」
「そうか、それならいい。それじゃあ、獄寺も、また明日な」
「はい」
立ち上がる動作に誤魔化すようにして、獄寺も山本を見た。
だが山本は了平や髑髏を心配しているだけで、リボーンが見ていた方にはチラリとも視線を向けていなかった。
明らかに主体が違う受け答えをした獄寺にも、訂正が入ることはない。要するに、リボーンもそうしろと言っているのだと察した。了平、髑髏に続き、ランボの様子も覗き込んで安堵の息をついた頃を見計らって、獄寺は後ろから軽くシャツを引っ張る。
「ん?……あ、獄寺?」
「帰るぞ」
短く言ってもう手を離し、獄寺はさっさと歩き始める。了平たちには軽く手を挙げるだけで挨拶をすませ、ランボの無事だけはちゃんと確かめていち早くこの場から抜け出そうとしている獄寺に、山本は小走りで追いかけてきていた。
「あっ、あの、獄寺……?」
さほど距離はあいていなかったので、すぐに追いついて横に並んだ山本は不思議そうな顔をしている。
各自解散だとしても、帰る際に一人だけ誘うというのはおかしな話だ。学校からの帰路となるので途中までは同じ道だが、それを言えば了平たちにも声をかけるべきだろう。
だから不可解だ、と顔には書いてあっても、山本はしっかりとついてきている。そして大空戦の名残りが至る所にある校内を抜け、正門から出たところで獄寺は口を開いていた。
「……今日、お前のトコに泊めろ」
「え……。」
「嫌なのかよ?」
日付も変わった深夜なので、辺りは静まり返っている。だがボンゴレやキャバッローネの者たちが多く出入りしているため、気配だけは騒然としていた。それでも、話し声としてはほとんどない夜の帳が下りる中、足を止めて振り返った獄寺がそう言えば、山本はまた微妙な顔をして黙ってしまった。
先ほどと、同じだ。
目では何かを訴えているのに、口がもどかしそうに動くことはない。言ってはいけないことだと心得ているという証拠であり、軽くため息をついた獄寺は一歩進んで山本のすぐ目の前に立った。
「……言えよ、オレしか聞いてねえよ」
「……!?」
互いの胸が触れそうな距離は、わずかにずれて立っていなければ顔がぶつかってしまいそうだ。そんな位置で告げた言葉は、辺りに響くことなく山本の耳にだけ吸い込まれていくかのような錯覚を起こさせる。
さすがにこれでは顔を見て確認することは出来ないが、息を飲むような気配で反応は得られた。
だがへらっと笑ってみせたのだろうなという推察は、同じように耳元で返された言葉から容易に窺い知れた。
「あ、えっと……泊まるのは、いいけど。獄寺のトコじゃなくて、いいのな?」
「テメェの父親にパーティーのこと、伝えなきゃなんねえんだろうが?」
「あ、そっか。うん、そーなのな、だからオレ、家に帰らねえと……。」
帰るのが嫌だったのではなく、泊まるとすればほとんど獄寺の家でだったので、純粋に疑問に思っていたのだろう。軽く頷いて納得している様子の山本に、見逃してやるのは一度だけだと無言で促す。
するとやがて困ったように笑っていた気配が急に無風状態のように落ち着き、そこに誰もいなくなったような幻想に獄寺が陥りかけたところで、トンと肩に顔が伏せられていた。
「……山本」
「獄寺、その……。」
ここにきても、まだ可能性は二つあると獄寺は思っていた。
リボーンからの配慮もあって、こうして二人きりになったのだ。
山本はようやくあの名を口にできるのか。
それとも、ただの浮ついた慕情だとして誤魔化すのか。
「……終わったばっかりで、不謹慎だって、分かってはいるんだけど。でも、久しぶりに獄寺と一緒で、オレ、嬉しいのなっ」
「……。」
はにかむように告げた山本の言葉は、嘘ではない。
むしろ、絶対の真実のはずだ。先ほど言いたそうにしていた言葉も、この種の、たとえば今夜は一緒にいたいだとか、そんな類だったらしい。
そうであることは、薄々獄寺も勘付いていた。
なにしろ、山本はあの男にまともに注意を払っていなかったからだ。だからこそリボーンも気づいたのだろうと察すれば、獄寺はそっと山本の背中に腕を回してやるしかない。
「えっと、獄寺……?」
「……ああ、オレも嬉しい」
「え? あ……ん、だったら、オレも嬉しいのな……。」
互いの傷をいたわり、緩く腕を回し合う抱擁は心地良かった。
一度受けた深い傷は、いくら癒えたとしても傷痕が残る。ましてや、深く傷ついたという事実や記憶は消せない。
それにも関わらず、山本のこの様子は、ある推測を獄寺に導かせた。
山本の中では、あの男は死んでいなかったのだ。
……願望ではなく事実として認識されて理由を、獄寺は知るのが怖いと思った。
「……え? ああ、だって、死んだと思ってなかったし」
「そうかよ」
それから一時間ほどした真夜中に、獄寺はようやく切り出すことができた。随分と緊張して尋ねたものの、山本からの返答はやはりあっさりしたものだった。
連れ立って帰宅した際、山本の父親はまだ実家で起きて息子の帰りを待っていた。多少傷が開き、また土などでも汚れていた服装を見ても、父親はなに一つ尋ねない。山本もなにを説明するでもなく、ただ一言、終わったとだけ告げ、日付的にはもう今日の昼過ぎからのパーティーのことだけを頼んでいた。
いわゆるお付き合いに関しては黙認状態の山本の父親だが、獄寺が同伴してきたことにはむしろ安堵の表情を浮かべ、いつになく上機嫌で風呂も勧めてくれた。そんな反応で、やはり山本の父親も何かしらを察してはいるのだと獄寺は知る。
だが、山本の父親は何もきかない。
山本は、何も言わない。
そして獄寺はそれを見て、黙っている。
会話は穏やかに為されているのに、誰も肝心なことは口にしないという変な空気の中、獄寺は勧められたままに先に風呂を借りた。上がってみれば山本のジャージが用意されており、パジャマ代わりに着込んでおく。若干袖や裾が長いことは気に食わなかったが、入れ代わりで風呂に向かった山本には癪なので言わないでおいた。
父親は既に寝たらしく、静まり返った家の中を勝手知ったるとばかりに獄寺はさっさと二階の山本の部屋に上がる。大きめのベッドの下、床に来客用の布団は敷かれていたが、たぶん使うことはないだろうとぼんやり思った。だがいくら歓迎する部分はあっても、父親としてやはりこうして別々の寝床を用意するのが最後の砦なのだろうなとも感じ、ベッドに腰掛けた獄寺は適当に足で布団を乱しておく。これでこちらの布団も使ったのだと誰に対する言い訳かも分からない無意味な動作を終えたときに、ふと自分の携帯電話にメールの着信があることに気がつき、窓を開けた。
「ああ、でも、今日いたのはビックリしたかも。だって二日? 三日? くらいしか経ってねえもんな。あとディーノさんたちが連れてきてたのも、驚いた」
「それはオレも驚いた」
「後でちょっと聞いたけど、ほんとはオレを助けるつもりで張ってくれてたんだってな。あははっ、やっぱオレ、期待されてなかったのなっ」
山本が風呂に入っている間、獄寺の携帯電話にメールを入れたのはツナの名前になっていたが、文面からしてリボーンが代わりに打っていたようだ。ツナが無事に帰宅して大きな怪我もなく眠りについているという報告には、まずはほっと胸を撫で下ろす。そしてもう一つ、届け物をバジルに頼んだとあったので、獄寺は窓を開けて確認したのである。
おそらく獄寺がメールに気づくまでずっと待っていたと思われるバジルは、目が合ってほっとした様子だった。できるだけ階段を軋ませないように一階まで下り、バジルから託された物を受け取る。そしてリボーンからではない伝言も、獄寺は一緒にもらってしまった。それに怪訝そうにしているのには意を介した様子も見せず、頭を下げて去っていったバジルは凛とした背中で判断は任せると語っていた。
夜の闇に消えた姿をいつまでも眺めていても仕方ないので、獄寺はさっさと勝手口から中へと入り、山本の部屋に戻った。そして再びベッドに腰を下ろしたところでガラリと浴室のドアが開く音が聞こえたことで、軽く緊張が増す。
山本が部屋に戻ってきたら、切り出さなければならない。
ペタペタと裸足で階段をのぼる音が一歩ずつ近付くことで、覚悟を迫られた気分だった。
リングを巡る守護者の戦いは終わったのに、どうして自分はこんなにも心が休まらないのか。
それはリングを手にした守護者が己との戦いに移行するからだと気がついているからこそ、虚しい愚痴すら口にする気も起きない。、なによりこの役目を誰かに譲りたくもなくて、獄寺は審判のときを待ったのだった。
「……何か、理由があんのかよ?」
濡れた髪を拭き、珍しく牛乳ではなくスポーツドリンクを片手に飲みながら部屋に現れた山本に、用件は三つあった。だが根底では繋がっていることだと思い、まずは一番避けたい話題から獄寺は切り出したのだ。
それが、スクアーロのことである。
獄寺に限らず、多くの者は雨の対戦でスクアーロは命を落としたと思っていたはずだ。生きていた、と知った状況が状況なので、獄寺たちも驚きはしてもそれ以上の反応はしなかった。
だが、山本は違うはずだった。
ああして戦い、誤認だったとはいえスクアーロの死を目の当たりにし、瓦礫の上でいつまでも蹲っていた山本だけは、そんな軽い動揺程度ではすまなかったはずである。もっと歓喜し、連行されるスクアーロに駆け寄って話しかけるぐらいのことはするのではないかと思っていた。さすがにツナが戦っているときは無理でも、チェルベッロが勝利を宣言した後ならば問題はなかったはずだ。
「え? さあ、ディーノさんは時雨蒼燕流が見切られてるって予想してたから、だからオレの分が悪いと思って、負けるんじゃないかって……?」
「そっちじゃねえよ。なんで、あの男が生きてるって思ってたんだって話だ。具体的な確証があったのか?」
「……。」
しばらく布団の上に立っていた山本は、やはりこの布団を使う気がないのだろうと獄寺は思った。
部屋の中央で立ったままスポーツドリンクを飲み、片手でタオルをガシガシと動かしている山本に、獄寺は手を伸ばしたくてたまらなくなる。だがそうして手伝ってしまえば、甘い雰囲気に流されて有耶無耶になってしまうだろう。今夜を逃せば今後聞きだせることはないという確信で追及すれば、やがてまだ半分残っているペットボトルを学習机に置いた山本は、ギシリとスプリングを軋ませて獄寺の隣に腰を下ろしていた。
「……そういうわけじゃ、ねえけど」
「見間違いとか、自信がなくて言えなかったのか? テメェは一番近くにいたんだ、もしかして跳ね馬が張らせてたっていうダイバーとかの影が薄っすら見えてたのかよ?」
もしそうであれば、辻褄が合う。
山本は瓦礫が積みあがった丘状の島の上に蹲っており、いくら水が深く血や埃で淀んでいたとしてもダイバーの姿が見えていたのかもしれない。だが水中に飛び込んで確認はできないし、放たれた獰猛な海洋生物が複数だったという可能性もある。なにより、願望が見せた幻覚ということも考えれば、山本も迂闊なことは言えなかったはずだ。
だから、スクアーロが救助された確率が高いと薄々察していたので、生きていたことそのものにはさして驚かなかった。
そうであってほしいと願う獄寺に、山本は隣からじっと見つめ返した後、あっさりと笑っていた。
「んーん? そんなの、全然見えなかった」
「……なんで」
「崩れたばっかで水が淀んでたのもあるし、血って水に溶けるとなんか黒っぽくなるのな? 元々照明が足りてない感じだったし、全然気がつかなかった」
あのとき水中にいっぱい人がいたんだなー、と感心したように続ける山本は、きっとわざとだと獄寺は察する。
いや、わざとであってほしい。
何故と問うた獄寺の言葉を取り違えているのは、誤魔化しているだけだ。
「……そうじゃねえ。だから、なんであの男が死んでねえって、そう確信できたのかってきいたんだよ」
怒鳴り散らしたい衝動は、声の大きさが真実に近づける手段だと誤解しているからだ。その自覚もあり、ぐっと抑えて繰り返した獄寺に、山本はやがてふいっと視線を逸らしていた。
「……獄寺は、人殺したことある?」
「……!?」
そして切り返された質問は、まさに核心を突いていた。致命傷になる。もちろん、獄寺にとっての痛手であり、ぐっと声を詰まらせるが、当の山本は返事を求めていなかった。
「オレはな、ねえの。誰も殺してない」
「それは、そう、だよな……!!」
「だって、死体上がらなかっただろ? あのままだとしても、誰も死んでねえの」
だが言い聞かせるように続いた言葉には、獄寺はにわかに修正を余儀なくされる。
山本からの切り出しは、てっきりマフィアになることに対して覚悟が決まったという話だと思ったのだ。直接手を下したわけでもない輩の生死など大した問題ではないと、そう割り切れるようになったのだと思ったが、どうやら早合点だったのかもしれない。
くすくすと笑いながら、どこか子供っぽい口調で繰り返す山本は、ベッドにやたら深く腰掛けて投げ出した膝から下をパタパタと忙しなく動かしている。まるで、本当に子供の仕草だ。それに言い知れない不安を覚え、思わず横から怪訝そうな視線を向けた獄寺に気がついたとき、山本からふっと表情が消えた。
「……でもアイツが生きて戻ってきたから。やっぱり、オレ、人を殺しかけた」
「……!?」
「未遂だけど、これで二人目だ」
死体が上がらなければ、死んでいない。
あまりに子供じみた理屈だ。あるいは突きつけられた現実が重すぎて、そんな自己欺瞞しかできなかったのだろうか。だがそれを山本が信じきっていたとすれば、深く傷ついたように水面を睨み続けたあの背中はなんだったのか。
一つの解釈として、結論を保留したということは考えられる。
なんでもすぐに白黒はっきりつけさせたがるお国柄ではない特性、と言ってしまえばそれまでだが、分からないことを分からないままでしておける心理状態があるらしい。だがそれは一概に逃げとは限らず、予想されるすべての結論を受け止めていたということだ。
よって、生きていると思っていた、という言葉は正確ではない。
『生きている場合もあると思っていた。』
また、死んでないと思っていた、という言葉も同様に不正確である。
『死んでない可能性もあると考えていた。』
そういうことなのだろう。なにかしら確定的な事実があがるまで、それは死体だのということに限らず、ある程度の期間消息がやはりつかめないということも要素として含め、とにかく山本はすべての可能性の責任を取るつもりがあった。スクアーロの生存が予想外に早く判明したため、生きている可能性が山本の中で消されていなかっただけなのだ。だから驚きもさほどではなかった、ということは理解できなくもない。
「……二人?」
だが、スクアーロが重傷を負っても生きていたという事実は、確定したたった一つの結論だ。
そこから次の段階に思考が移ったことで、雨の対戦がようやく位置づけられる。
つまり、殺人未遂という解釈だ。殺しかけたことは間違いない、ただそれを認めなかったのは、殺したのか、殺しかけたのか、そこがはっきりしなかっただけらしい。
冷静すぎる分析に、思わずぶるりと体が震えた。だが聞き逃せない単語に少し間を置いてから繰り返せば、山本は不思議そうな顔をした後、妙に納得したように頷いていた。
「……ああ、そっか。獄寺、あのときいなかったから」
「あのとき、て……?」
一瞬脳裏をかすめたのは、城島犬との戦いだが、さすがにそんな雰囲気はなかった。確かに獄寺たちと一緒に暴れることも多い山本だが、殺しかけたというほどのことはない。もしかするとケンカではなく偶発的な事故か、と考えをめぐらせたところで、獄寺はすぐに気づけなかった自分にむしろ苛立ちを覚えた。
「……二人、か?」
「え? ああ……まあ、三人て、言えなくもねえけど、でもオレは別に……。」
「山本、お前……!!」
山本が念頭に置いているのは、獄寺が転校してきた当初の自殺未遂の件だ。確かにあのとき、獄寺はちょうどイタリアに帰国しており現場に居合わせていない。だが後から聞いた話によれば、山本はツナを巻き込んで転落してしまったらしいので、一人目とはまず間違いなくツナのことだろう。
そしてスクアーロで二人目だ、と足し算をしたらしい山本に、もう一人いるだろうと獄寺は諭した。だがそもそも殺そうとしていた自分自身を数に入れるのはおこがましいと笑っている山本は、一体何を話したいのか。
いや、それは薄々分かっている。
だが察したとバレたくないし、正面きってきかれても獄寺には答えられることではない。
「なあ、獄寺……。」
「だから、なんだよ……!!」
山本はきっと、『こちら側』に行こうと一度は決めたのだ。
もちろんそれは、スクアーロを殺してしまった可能性があると思っていたからだ。たとえ生死が判明していなくとも、可能性があるだけで、もう引くことはできない。そんなふうに、腹を括った。なにより、スクアーロに再会するまで、髑髏を助けに向かった際の一連の行動があまりに的確で豪胆すぎた。あれは山本の中で、マフィアというものにならなければならないという覚悟が、皮肉なことに能力をまた一段階上まで開花させたようなものだと今ならば分かる。
だがスクアーロが生きていたことで、山本はまた揺らいだ。ならなくてもいい口実を得た気がして、おそらくそう感じたことだけで自らを嫌悪した。だから敢えて未遂だのと自分に言い聞かせ、一度決めた覚悟を覆さないように自らに対して予防線を張っている。そんなふうに見えていた山本は、また唐突に話題を変える。
「さっき、オレが風呂入ってるとき。外で誰に会ってた?」
「……。」
「……教えてくれねえの? だったらオレ、浮気とか疑っちゃってちょっと凹むのなーっ」
久しぶりの夜なのにひどいと笑っている山本に、心にもねえことを獄寺は内心で舌打ちをする。
抱えた状況を抜きにしても、山本はそんなふうに思考が回るタイプではない。浮気だと疑えば疑うほど、口に出来ないはずだ。それを言えているということは、それだけ冗談にしかすぎないということか、あるいは他に軽口として叩ける内容の備えがなかったのか。
不愉快そうに黙り込む獄寺に、軽い調子でおどけたように笑っていた山本は、やがて大人しくなる。そしてどこか対戦の日を思わせるような静けさを伴って、山本は尋ねていた。
「……なんか、まだまずいことになってんの?」
リングの件がまだ片付いていないのかと、そう確認してきた山本に、獄寺は大きくため息をつくしかない。
「……そうじゃねえよ」
「え、あ……じゃあ、その、やっぱり浮気みたいな……。」
だが否定だけでとどめていれば、山本は急にしょんぼりした様子でおかしなことを口にしていた。いや、疑念が戻っただけであるが、最初のものはあくまで冗談だと思っていたので、獄寺にとっては新たな反応に見えた。
どうしてそういう解釈になるのか、まったくもって理解できない。それをため息で示し、ベッドから立ち上がれば、切なそうな声に追いかけられてますます苛立ちが募った。
「獄寺……。」
怒って席を立ったのではなく、単にバジルから渡されたものを取りに行こうと思っただけだ。隠すのも妙な話だと思ったのだが、手に持って山本を迎える勇気もなかった。脱いだ服の間に押し込めていたそれを手に取りつつ、獄寺は振り返らないままで呆れたように尋ねる。
「なんでそんな疑ってんだよ、オレが何か変わったことでもしたか?」
浮気と疑われるような言動でもしたのかと言ってみれば、山本は少し黙った後、ベッドで寝転がったようだ。
「……獄寺じゃなくて、オレが、変わったから」
「……。」
「たぶん、獄寺は。オレが部外者で、分かってないトコが好きっていうか、安心できてたんだろうなあって知ってるから」
つくづく変なところで察しがいいヤツだと、今度は心の中ではなく本当に舌打ちしてしまった。
最初は、分かっていないことに苛立った。だが次第に、分かっていないのに傍にいてくれることに安堵を覚え、分からないままでいてほしいと願う気持ちも確かにあったのだ。
山本には、できれば『こちら側』を知られたくない。
血生臭いことに巻き込みたくないというのは、純粋な心配がほんのわずかと、山本が変わってしまうことで愛しさを感じられなくなる可能性が少しだった。大半は、こちら側を知ってしまった山本には相手にされなくなるのではという恐怖だったが、今更論じても仕方のないことだ。
「それは……これを、ちゃんと意味が分かった上で受け取る覚悟ができるように変わった、てことか?」
「……え? あれっ、なんで、その指輪が?」
獄寺が服の下から取り出し、山本に見せた指輪は二つ。ジャラッと音をさせたチェーンは一つだ。
もちろん嵐と雨のリングであり、チェーンは普段指につけられないだろうという配慮で山本用に首から提げるものとしてつけられたものだ。ゆっくりと立ち上がり、獄寺は分かりやすく雨のリングをチェーンに通してやる。その上で放り投げれば、山本は慌ててつかんでいた。
「わっ……あ、えっと、コレ届けてもらった?」
「ああ。ケータイで呼び出された」
「あ、うん、そっか……そーなのな……。」
よかった、と小さく呟いたのは、浮気疑惑が晴れたからだと分かる。そこまで疑われていたのかということも追及したいところだが、それよりやはり簡単に受け取ったことの方が気にかかる。反射的に持っただけにしろ、もう少し感慨はないのだろうか。
怪訝に思った獄寺だったか、直接尋ねるようなまどろっこしいことはしない。
「山本」
「ん?」
名を呼び、注意を向けさせてから自らの嵐のリングを示してみせる。山本の視界に入ったことを確認し、獄寺はこのリングを迷うことなく右手の中指に嵌めてみせた。
「……。」
「お前はどうすんだよ?」
儀式的な意味合いなど、獄寺には既にない。勝ったのだから、この指輪は獄寺のものだ。そこで受け取るか受け取らないか、守護者になるとはどういう意味を持つのか。獄寺は向き合う必要はないが、山本はそうではないはずだ。
さっさと嵌めて再びベッドに腰を下ろす頃には、山本はじっと手の中のチェーンに通された指輪を見ていた。だが隣に獄寺が来たことで、困ったように笑って口を開く。
「あの、獄寺……その、オレ、不器用だから。首の後ろで留めるの難しいし、やってくれねえ?」
そう言って差し出してきた山本に、獄寺は素っ気なく返す。
「頭の包帯も自分で巻いてたヤツが、そんな不器用とは思えねえけどな」
「……!?」
「……甘えてんじゃねえよ、オレを言い訳にすんな。後で責任転嫁されるのはまっぴらだっての」
一つ目の用件は、スクアーロのこと。
二つ目の用件は、このリングを渡すこと。
そしてバジルから伝言という形でもたらされた三つ目の用件に繋がることを期せずして言及し、獄寺は自分の運び方に満足しながらじっと待つ。
獄寺の手を借りたがったのは、いろいろな意味での甘えと、余地を残しておきたいという防御本能だと見抜いている。恋人としての行為ならばいくでも甘やかしてやるが、これは駄目だ。そんな覚悟できていい世界ではないのだと暗に示した獄寺に、山本は手を引っ込めつつ口を開く。
「オレ、そんなつもりじゃ……。」
「ほんとに苦手なだけか? じゃあ首の前で留めろよ、それからぐるっと回せばいいだろ?」
「……うん」
小さく頷いた山本は、まずはチェーンの留め具を外しにかかっていた。別段複雑な構造ではなく、先ほど獄寺は片手でも開けられたものだ。だが山本は両手で散々手間取った上、両端を握ったまま首へと持っていって困惑していた。
「……あれ?」
「バカ、片手で両方の端持って、首の後ろで片方渡せ」
「あ、ああ、そーいうことか……。」
普段つけ慣れていないので失敗したと思われる山本は、笑いながら一度チェーンを首から離そうとする。だがやたら震えていた手でリングも揺れ、首に触れたときに異常なまでにビクッと体を跳ねさせていた。
「……!?」
それでも声すらあげず、山本は獄寺が促したように右手でチェーンの両端を持つ。二つ折りになったチェーンの中央にぶら下がったリングが、カチャカチャと金属的な音を立てていた。
要するに、また手が震えているのだ。
チェーンとぶつかり合って立てるその音は、山本の心の叫びのようだ。硬質で、全く地違う形状のものが一つに結び付けられている。だがその二つは決して混ざり合ったり一つになったりすることはなく、首輪のように枷として戒め続ける象徴だ。
「……やめとけ」
「あっ……!?」
そんな状態にも関わらず、首の後ろに持って行きかけた山本に、獄寺は横からぐっとその手を押さえた。
驚いた声に苦痛めいたものが混じっていたのは、傷が痛んだのかもしれない。同時に、やや安堵も垣間見えたのは気がつかなかったことにして、山本の手からチェーンごとリングを取った。
「まだ割り切れてねえくせに、焦ってんじゃねえよ」
さっさと留め具をかけ、チェーンからリングが落ちないようにする。その上でベッド横の棚に慎重に置いてやりながら、獄寺はそう素っ気なく言い捨てる。
「獄寺、その……オレ……。」
「言い換えてやろうか?……平気そうなフリしてんじゃねえ。オレの前でまで強がんな、テメェがまだ分かりきったワケじゃねえことぐらい、オレは知ってる」
「獄寺……。」
「あの男のこと、殺してなかったこと。一度は決めた覚悟の落ち着き先を変えてもいいのか、変えたとしてオレたちの側に在っていいのか、分かってねえんだろ? かといって、すべてを忘れてただの野球バカに戻ることができるとも思ってねえくらいには敏いテメェは、怖くて仕方ねえんだろ?」
「ごく、でら……!!」
きっと、山本から見た人間関係は、四つに分類されるのだろう。
一つは野球部やクラスメートを中心にした、ただの中学生として接する友人たちだ。個々には思い入れは少なくとも、数は多いので占める割合も大きい。特にここを失えば野球もできなくなり、つくづく団体競技は面倒くさいと獄寺などは思ってしまう。
二つ目は、ツナを代表にしたマフィア絡み、マアィアごっこ絡みと思っていた連中だ。普通の友人とは一線を画しているという認識はあるはずで、山本がリングを受け取れば関係は続く者たちである。
そして、自分はそこからも独立した第三の種類だろうという獄寺は自認している。あれだけ平気そうに振る回っていた山本を、ここまで揺さぶれるのは自分だけだ。そう思い込みたいだけなのかもしれないが、軽く手を目元へと伸ばしても抵抗されないことで、やはり特別に想ってもらえていると確認できる。
「ロマーリオからの伝言、聞いたぞ。テメェ、包帯は翌日には取れてたらしいじゃねえか?」
「……!!」
「この眼帯だって、ほんとはそんなにいらねえんだってな? 見えにくいのがクセになったり、視力が落ちでもしたらバカみたいだから外せって言われてんだろ、テメェ?」
雨の対戦から二日間は包帯を巻き、それからは眼帯になった。風呂上りで髪も濡れているというのに、山本はこの部屋に入ったときから既に眼帯をつけていたのだ。ロマーリオからの伝言としてバジルに聞いた話では、傷は既に塞がっているらしく、大袈裟な被覆は必要ないらしい。傷自体はやや長いが、それは破片が皮膚の上を滑ったからであり、最も深い傷だった眉尻の下辺りさえ開かないように固定すれば充分らしい。それにも関わらず、傷全体を隠し続けたのは山本が見せたくなかったからだ。
「ご、獄寺……!!」
「いいよな、外しても?……オレならいいだろ?」
左目下のバンド部分に指を引っ掛け、そう尋ねたのは自信からではない。単に、山本が隠したいと思った相手ではないからだろうという確信で、そう念を押せば山本は目を伏せがちにすることで頷いてみせていた。
対戦の翌日くらいまでなら、傷を見せたくない相手にツナも入っていただろう。だが傷が塞がり、痕でしかなくなっても見せたくなかったのは、きっと四番目の相手だ。
もちろん一つ目の、野球部やクラスメートといった連中にもできれば変にきかれたくはないだろうが、そうなっても笑って誤魔化すことは山本ならばできたはずだ。個々に対する思い入れが低いことと、周りを安心させるためならば意外に平然と嘘をつく性質を獄寺も知っている。
だが、そういったその他大勢ではなく、またツナたちでもなく、獄寺でもない相手にだけは傷を見せたくなかった。体に残るもっと重傷なものは、服を着ていれば隠しておける。だが目の上のものはそうはいかず、ロマーリオに忠告されても覆い続けたのは、間違いなく父親に対してのはずだった。
「……あ、ちょっと眩しい」
「オイ、一応テープで固定しろって言われてんじゃねえのかよ?」
眼帯でもやや透けて見えるものを使用しているらしいので、完全に右目は閉ざされていたわけではないのだろうが、外せばやはり少し眩しいらしかった。だが獄寺が気になったのは、念のため傷が最も深かった眉の下の箇所はテープで固定するようにと言われていると聞いていたからだ。塞がってまだ数日の傷は、明らかに皮膚の色が違い、風呂上りということもあってやたらピンク色に上気しているように見える。そこに固定用のテープなどなく、つい諌める口調で質せば山本は困ったように答えていた。
「あ、えっと……その、風呂上りだったから、つい」
「それなら、普通は眼帯をしねえモンなんじゃねえのか? まあいいけどよ」
「……えっ、あ、うぁっ!?」
山本の最後の砦だったはずの眼帯を外させ、ベッドの脇の棚にリングと並べて置いておいてやる。その上で両手で頬を包み、べろり傷を舐めてやれば山本は当然驚いて身を竦ませていた。
ただの遊びで、こんなところに怪我はしない。
だがそもそも山本に剣術を教えてくれたのは、父親だ。
それでもどこまで理解してもらえるのか、山本は不安だったのだろう。
帰宅したばかりのときも、父親は何もきかず、山本も何も言わなかった。それは互いに話さなくても通じるからではなく、互いに決定的なことを確認し合うのを避けてきただけだ。
「ご、獄寺……!?」
獄寺にしてみれば、父親など最も安全牌ではないかと思う。父親という存在全般ではなく、あの山本剛という男に限定すれば、何がどうあっても息子を見限ったり積極的に決別したりしようと思うはずがない。山本もそうは思っているのだろうが、まだ確かめていない。だから、リングを受け取るときに手が震えたのだ。
ならばさっさと父親と話し合えばいいのに、と思ったところで、ふと気がついてしまう。
数時間後には魚市場に向かって直接ネタを仕入れてくるあの父親が、こんな時間まで起きて息子の帰りを待っていたのだ。話し合うつもりだったとすれば、実行できなかったのは獄寺がついてきてしまったからとしか考えられない。
そうであれば、とんだ邪魔をしてしまった。
きっと獄寺が今夜ここに足を運ばすとも、バジルからリングが届けられた時点で山本は父親と話しただろう。そこで決意を固め、日付的には今日の昼過ぎには眼帯も外し、首からリングも提げて笑顔でツナたちを迎えられたはずだ。
自分の図々しさと浅慮に舌打ちしかけるが、思いとどまった理由の一つはこのお泊りをリボーンからも後押しされたからである。そしてもう一つの理由としては、傷を舐めただけで相当動揺していた山本が、やがてゴクリと唾を嚥下し、神妙な面持ちで尋ねてきたからだ。
「あ、あのっ、獄寺……その、エッチなこと、する、つもりだった?」
「……ハ?」
「だ、だから、オレのトコに泊まるって、その、いきなり……!!」
やや顔を赤らめ、動揺している山本は嫌がっているようには見えない。確かにこれまでどちらの家に泊まるにしろ、することはしていた。リングの争奪戦が始まってからはそれどころではなかったが、ようやく終わったという開放感から事に及ぶのはやぶさかではない。
「なんだ、期待してくれてたのか?」
「わっ……!?」
少しだけ、安堵したのも事実だ。
こういう雰囲気が久しぶりということもあるが、なにより山本の中で心的変化が起こった場合、見限られる可能性に怯えていたことを獄寺は否定できない。やたら浮気を疑われるのは、そうであってほしいのかと邪推までしかけていたところだったので、嬉しい誤算というものである。
もう一度傷を舐め、緩く頬に唇を押し付けてやる。そしてベッドで互いに横を向くようにして正面からしっかりと瞳を覗き込んだ獄寺は、そこで自分がいかに浮かれていたかを思い知らされて情けなくなった。
「あっ、えっと、その……今日は、ていうか、今夜は? その、エッチなこと、しないでくれたら、嬉しいのな」
「……からかっただけだっての、オレだってそんなつもりで来たんじゃねえ」
バカにするなとばかりに強く否定したのは、山本からの断りが意外にショックが大きかったからだ。だが否定すればしたで、山本の望み通りになるはずなのに、何故か泣き出しそうな目で見つめられてしまう。
それに、獄寺はため息をつきたいのをぐっと堪え、前言を撤回してやることにした。
「……するつもりがなかったとは言わねえよ、どれだけしてねえと思ってんだよ? ただ、テメェはしたくねえとか言いやがるし、そうじゃなくても怪我人相手にできるワケねえだろ」
他の用件で頭がいっぱいだったこともあるが、こうして山本の部屋を訪ねておいて、しないということはあまり考えていなかったと獄寺は素直に認めてやった。すると少しだけ安心したように、嬉しそうに笑った山本は、おずおずと確認してくる。
「なあ、怪我は大丈夫だから。その、明日、ていうか今夜? あれ? ええっと、日付としては今日の夜なんだけど……。」
「分かるっての、大体」
「その、今日の夜なら……エッチなこと、してほしいのな?」
獄寺が、よかったら。
そう続けた山本に、獄寺はしばらく考えてみた。
今すぐは嫌だが、約一日経って獄寺にその気があればしたいらしい。今は嫌というより、無理という心境なのだろう。なにしろ、スクアーロが生きていたという事実と、殺しかけたのだという現実を受け止めている最中で、更にそこから導かれる決意や覚悟を父親に伝えなければならない。その上でリングを自ら首に掛け、ようやくツナたちを笑って迎えられる。
すべてをこなしてからでないと、山本は獄寺とそんなことをできる気分になれない。あるいは、余裕がない。
それでいて、獄寺がよかったら、という注釈がついたということで、やっとすべてが繋がった気がした。
「……ああ、そういうことかよ」
「獄寺……?」
獄寺がここに、このタイミングで来なければならなかった理由は、確かに存在していたのだ。
気づいてしまえばなんでもないことだが、自分自身に関わることなので見落としていた感は否めない。一人頷いた獄寺は山本から手を放すと、さっさとベッドから立ち上がって山本も促していた。
「一緒に寝るくれえはいいんだろ? ほら、さっさと寝るぞ」
「え、あ……うん……。」
「奥詰めろ、ギリギリなんだからよ」
掛け布団と毛布をめくりあげ、山本を奥側へと上がらせて獄寺もそれに続く。面食らっている様子の山本だが、嫌がる素振りはない。そんなことは当たり前なのだ。山本にしてみれば、きっと父親という四つ目に至る前の、三つ目の段階が不確定だと思っているからだ。
「なあ、獄寺……?」
照明のスイッチはリモコンで行えるため、ベッドに寝転がっていても手が届く。よって部屋は明るいままで一緒にベッドで横になった獄寺は、久しぶりの体温を貪りたい衝動はぐっと堪え、山本の頬を撫でてやっていた。
「すぐに決めろとも、待ってやるともオレは言わねえ。大体、テメェの中でもう結論は出てて、その期限までも決まっちまってて、後は納得できるかどうかだけなんだろ?」
「……ん」
「悩むなとも、やっぱり言えねえよ。どれだけ素質があろうが、テメェはずっと無関係で平和なところで生活してきたんだしな」
それでいてまだ悩んでしまうのは、決まっている結論が時間切れを迎えて表明を強いられた際に、失うものの割合が分からないからだろう。結論が動かない以上、相談ではなく、説得だ。山本は自分を理解してもらうという方向でしか、喪失を減らすことはできない。
「まあ、十代目やリボーンさんたちは大丈夫だよな、そもそもそこに行くんだし」
「……。」
「学校の連中もしばらく大丈夫だろ、どうせ気づきやしねえよ。大体、オレや十代目だって今まで平然と通ってたくれえだし」
「……そう、だよな」
「テメェの父親だって大丈夫だっての、どうせ元々堅気じゃねえだろ? まあ足洗ってたトコ見ると子供には継がせたくなかったのかもしれねえけど、そんなの親の勝手だしな。稽古つけてくれた時点で、あっちだって覚悟決めてるはずだよな?」
「……だと、思うけど」
小さく相槌を打つ山本の声は、ややくぐもって聞こえてくる。眠くなったのではなく、半分布団に顔が隠れそうなほどうつむいてきているからだ。頬に添えていた手ではやや近くなりすぎたので、狭苦しさから逃れるためにも獄寺は山本の背中へとその手を回す。すると、傷に触れてはいないのにビクッと体を竦ませた山本は、完全に獄寺の胸に顔を埋めてしまっていた。
「だから……なんにも心配しねえで、ゆっくり悩めよ? まあ時間的には今日の昼くらいまでって決まってはいるけどよ、それまではたっぷり葛藤しろ、あの男が生きてたこと喜べ。殺しかけたて解釈するのも、そもそも戦いの最中に刃は向けねえての貫いたからだって受け取るのも、テメェの次第だ」
「ごく、でら……!!」
「どっちに取っても、覚悟や決意でテメェがどう変わったとしても。オレは、テメェを見限らねえよ」
苦しそうに名を呼ぶ山本の背中をゆっくりと優しく叩いていると、するりとそんな言葉が漏れた。
その直後、胸に埋めるようにしていた山本がガバッと顔を上げてくる。ボロボロと涙がこぼれていた様子を目の当たりにして、獄寺はもう苦笑するしかなかった。
「……分かってねえトコがいらついて、気になって、それが好意になって安心したのは本当だ。でも、だからって、理解されたからって今更テメェを離せるかよ?」
「獄寺ぁ……!!」
「正直言えば、引き込んじまった後悔がないワケじゃねえ。でも、情けねえけど、テメェが分かってないままだったらいつかは別れてたことは確かだからな。それが先延ばしになっただけで、どれだけテメェが苦しんでるって知ってても、オレは自分勝手だから嬉しくて幸せで堪らねえんだよ」
……うまく、笑えただろうか。
明かり消していれば逆に気配に敏い山本にバレてしまいそうで、獄寺は笑顔を作って見せるという賭けに出る。だが余計に泣かれてしまったので、成功しなかったのだろう。
後はもう泣きじゃくるだけの山本をしっかりと抱き締め、時折慰めるようなキスを贈る。唇には触れない方がいいのかとも思ったが、むしろ山本から積極的に深いキスを求められ、施してやっていればどちらが慰められているのか分かったものではないと獄寺は思う。
「んんっ、ん……あ、獄寺、ごくでらぁ……!!」
「テメェが決めたことなら、ちゃんと考えて決めたことなら、誰もそれを理由にテメェを嫌ったりはしねえよ。もちろん決意の種類によっちゃあ、距離を置かなきゃいけねえ連中は出てくるかもしれねえけど、そんなにすぐの話でもねえ……。」
野球部員やクラスメートなどは、山本がマフィアの道に進めばいずれ縁を切らなければならないときが来るだろう。それまで繋がっているかという問題は、今は棚上げしておく。どうやら九代目は命を取りとめた様子なので、ツナがすぐに十代目としてイタリアに渡らないのであれば、自分たちはこちらで高校くらいはいけるかもしれない。
そんなことを言い聞かせても、山本の様子を見ていれば効果があまりないことは明らかだ。つくづく自分はこういうことは下手だと憂いつつ、獄寺はぼやいてしまう。
「……こんなに泣いてるテメェにも、やっぱり自制が必要って辺りでオレも諭せる側の人間じゃねえよなあ」
「……!!」
「あ? ああ、心配すんな、だからって約束破って強引に抱いたりしねえよ? だから安心して泣いてろっての、オレだってテメェに見限られたくねえんだ」
するりと口を突いて出た言葉で、また新たな発見もあった。
リボーンがどこまで企図していたかは不明だが、今夜、山本が決意を見せるまでに共に在る必要があったのは、獄寺も同じだったのだ。
もしこのまま山本の動揺を突きつけられず、祝勝会で爽やかにリングを提げる山本と再会していたら、きっと獄寺は分かったふりをして何も確かめなかっただろう。一生、この夜の葛藤を現実のこととして知ろうとしなかったはずだ。それはどれだけ後から確かめようとしても、言葉にすれば嘘になるような微妙な感覚で、今を逃せばきっと理解はできなかった。
「……ん?」
「獄寺、オレは……!!」
やっぱりここに来て、少なくともオレはよかった、と感慨深くなっている間に、少しだけ泣き止んできた山本の視線を感じた。腕の中の顔を見下ろせば、洟をすすり上げた山本が、濡れた瞳で訴えてきてくれる。
「オレは、獄寺のこと、そんな……そんな、の、今更……そんな、こと……!!」
「……言葉にして言ってもらえると、オレも安心できるんだけどな」
「えっ……あ、オレは、獄寺が……!!」
ずっと、好きだから。
「……ああ、オレもずっと山本が好きだからな」
「ん……!!」
好きだという言葉の甘さで紛らしつつ、恋愛的な慕情ばかりではない重みが互いにはあった。
きっと、互いの生き方を認めたのだ。
認めるというのは、別れることだと獄寺はずっと思っていた。
だがそれが山本の決意によって覆されたのに、こんなに哀しいのは何故なのだろう。
「だから、獄寺……!!」
「山本……?」
ああ、それはあまりに単純なことだった。
こんな生き方を認めるということは、『死』を常に意識しなければならない。
もちろん、自分に対しても、相手に対してもだ。
共に在れる選択をしたにも関わらず、早急に永遠に引き離される確率も跳ね上がった。
その矛盾に泣くしかない山本と、諦めるしかない自分は、いつまでこうしていられるのだろう。
そう思ったときには、ようやく獄寺は本当に心からの笑みを浮かべることができた。
生きている間は、ずっと傍にいる。
そんな誓いを込めたキスを贈ったときに、獄寺の頬にも雫が一筋すっと流れ、山本の涙と混ざって夜の静けさに消えた。
日付的には同じだが、感覚的には翌朝、獄寺が目を覚ましたのは昼前だった。既にベッドに山本はおらず、下の店舗から忙しない気配を感じる。どうやら何人かが既に集まり、パーティーの準備をしているようだ。
大きく伸びをしたところで、傷がズキリと痛んでのた打ち回りかけた。
自分の記憶力のなさを一通り心の中で罵ったところで、ふとベッドの脇にある棚を見れば、寝る前に置いたはずの物は、一つは残され、一つはなくなっていた。
「……。」
残っていたのは眼帯で、なくなっていたのがチェーンに通された雨のリングだ。
そもそも父親以外の誰かともう会っているのだ、山本は腹を括ったはずである。きっと、数時間前にあれだけ泣きじゃくったことも、山本の中ではなかったことにされるのだろう。そういうヤツだと苦笑しつつ、ベッドからおりた獄寺は布団の脇に畳んである自分の服から、煙草とライターを取り出した。その際に、畳んである昨日の私服が血や埃で汚れているのに気がつき、一度家に帰って着替えた方がいいかと一瞬悩む。だが手にした煙草を箱から一本取り出す頃には、山本の箪笥をあさって妥協できる服を勝手に拝借することに決めて立ち上がった。
山本はもちろん煙草を吸わないが、泊まりでなくても獄寺が頻繁に訪れるので灰皿代わりにした空き缶がある。それも持って窓辺に移動し、カラカラと軽い音を立てて窓を開け放ってから獄寺は煙草に火をつけた。
「……これで、よかったんだよな」
そして誰ともなくそう告げて、獄寺は大きく煙を吸い込む。まだ少ししか吸っていない煙草を空き缶へと落とし、昇る煙と青空がしみたことにして、一度手の甲で目元を拭った。
階下から聞こえてくるのん気な笑い声の主は、もう決めたのだ。
そのことで、お前を嫌ったりはしない。
「そう、約束したけど……。」
自分のことは嫌いになっちまいそうだ、とぼやいた獄寺は、自分にとってだけ幸せな結果というものがいまだにつらくて、涙が出そうだった。
一晩寝たくらいで、このぐちゃぐちゃの自己嫌悪はどうにかできそうにない。
だが他の者の前では平然と振舞えるくらいには回復していることを自分で確認し、窓を閉めて軽く気合を入れた。
「……よしっ」
パーティーくらいは、乗り切れる。
その後は自信がないが、今度は山本が自分を慰めてくれてもいいはずだ。もちろん泣きじゃくってあやされたいのではなく、もっと即物的な要求である。山本自身も夜にはと言っていたので、異論はないだろう。そんなことを思ってジャージから着替えようとしたところで、階段を上がってくる足音に気がついた。
「……。」
おそらく、二階の窓が開けられる音に気がついたのだ。あるいはただの偶然かもしれないが、その方がなんだか面映い。
トントンと軽快な足音が続き、やがて部屋の前でピタリと止まる。まだ寝ているのかもしれないと配慮している様子でそっと開けられていくドアを眺めながら、獄寺は最初にかける言葉を思案していた。
おはよう。
こんにちは。
それとも……さようなら、だろうか。
「……あっ、獄寺、もう起きてたのな?」
いや、未明の混乱しきった山本はもういない。だから、別れの挨拶は不適切だ。
そんなことを考えている間に、ドアを開けた山本にそう話しかけられてしまった。顔には眼帯はなく、傷の一部だけを保護テープで固定している。そして首に提げられていた雨のリングに一瞬眩しそうに目を細めた獄寺は、何も考えずに本能に任せてみることにした。
「獄寺……?」
「……はじめまして」
「……!?」
なるほど、これは的確だとうっかり自分で笑いそうになってしまった。だが完全に硬直してしまっている山本に、妙な誤解をさせないうちに獄寺は笑いながら歩み寄る。
そして、ゆっくりと唇を重ねる前に続けてやっていた。
「……これからも、ヨロシクな?」
これが、お前の選んだお前なら。
オレはそのお前も愛していけると思った。
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